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2023年1月27日 (金) 04:59時点における版

平田 真吾
横浜DeNAベイスターズ #34
2014年7月27日 明治神宮野球場
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 山口県下関市
生年月日 (1989-08-29) 1989年8月29日(35歳)
身長
体重
182 cm
85 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2013年 ドラフト2位
初出場 2014年3月28日
年俸 3300万円(2023年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
派遣歴

平田 真吾(ひらた しんご、1989年8月29日 - )は、山口県下関市出身のプロ野球選手投手)。右投右打。横浜DeNAベイスターズ所属。

経歴

プロ入り前

小学生の頃にソフトボールを始め、中学時代は軟式野球部に所属[2]山口県立豊北高等学校時代は目立った結果を残せず、北九州市立大学に進学後も3年秋のリーグ戦まではわずか1試合しか登板できずにいた。しかし、4年秋のリーグ戦では5勝0敗、防御率1.15を記録し敢闘賞。2012年、Honda熊本硬式野球部へ入部。

2年目に日本選手権初戦で0-1で惜敗するも完投した[3]2013年のプロ野球ドラフト会議横浜DeNAベイスターズから2巡目指名を受け、契約した[4]。背番号は「34」。

DeNA時代

2014年3月23日、西武ドームにて

2014年は春季キャンプ・オープン戦にて首脳陣から評価を得て、ルーキーイヤーの開幕を一軍で迎えることになった。3月28日の東京ヤクルトスワローズ戦(明治神宮野球場)でプロ入り初登板を果たし、1回を無失点に抑えた。しかし、2試合目の登板となった4月2日の読売ジャイアンツ戦(横浜スタジアム)では1死満塁のピンチを招き降板。後続の山口俊も打ち込まれ、この回1イニング10失点を喫する要因となった(負け投手は山口)[5]。即座に一軍登録を抹消されるものの、7月に一軍復帰した後は7試合の登板で11回2/3を投げ、防御率0.77と持ち直した。

2015年6月6日の埼玉西武ライオンズ2回戦で9回に登板し、プロ野球史上17人目となる1イニング4奪三振を記録した。この年は6月にシーズン初昇格すると、6月・7月と続けて防御率0点台と好投を続けたが、8月2日の広島東洋カープ戦、8月4日の中日ドラゴンズ戦と、続けて打ち込まれて敗戦投手になってしまい、最終的には28試合の登板で、防御率3.38に終わった。

2016年は二軍で30試合に登板して2勝0敗11セーブ、35回を投げて防御率1.03と成績を残した。しかし一軍では登板した全ての試合で失点するなど精彩を欠き、4試合で防御率21.60という成績に終わった。

2017年はオープン戦では8試合8回1/3を投げ防御率1.04の成績を残し、ルーキーイヤー以来となる開幕一軍は逃すも、4月1日に一軍登録。9月まで防御率2点台と好調を維持し、ロングリリーフを中心に自己最多の33試合に登板した。チーム19年振りの進出となった福岡ソフトバンクホークスとの日本シリーズでも第1戦(福岡ヤフオク!ドーム)で登板し、三者凡退に抑えた。

2018年は4月11日の巨人戦(東京ドーム)でプロ入り初の先発投手として起用され、5回無失点と好投した(勝ち負けつかず)[6]。その後は敗戦処理などで起用されたが、防御率は6点台と前年よりも悪化した。

2019年も前年同様に敗戦処理として8試合に登板。8試合中5試合で失点し、防御率も9点台と振るわなかった。オフに阪口皓亮大貫晋一笠井崇正とともにオーストラリアン・ベースボールリーグキャンベラ・キャバルリーへ派遣された[7]

2020年は4年ぶりに開幕一軍入りを果たし、シーズン終了まで一軍に帯同。中継ぎ陣の一角として好投を続けた。また、今永昇太平良拳太郎ら先発陣に故障者が続出していた経緯もあり、10月7日の巨人戦(東京ドーム)でプロ2試合目の先発登板を果たすと、5回2失点7奪三振と好投し通算130試合目の登板でプロ初勝利を挙げた。130試合でのプロ初勝利は、2000年の大阪近鉄バファローズ柴田佳主也が記録した168試合目、2017年に中日の祖父江大輔が記録した142試合目に続く歴代3番目の遅さである[8]。最終的には一度も二軍に落ちることなくシーズンを終え、キャリアハイとなる43試合の登板で1勝1敗、11ホールド、防御率2.84の成績を残した。12月9日の契約更改では940万円増の年俸2200万円(推定)でサインした[9]

2021年は2年連続で開幕一軍入りを果たすも、安定感に欠ける投球が続き、5月以降は登板機会自体が減少した。9月29日のヤクルト戦(神宮)でプロ初セーブを挙げる[10]など、最後は7試合連続無失点でシーズンを終えたものの、38試合の登板で防御率4.10と前年よりも成績がやや悪化した。11月4日には横浜市内の病院で右肘のクリーニング手術を行ったことが球団から発表された[11]

2022年は手術の影響で春季キャンプから二軍スタートとなり調整を続けていたが[12]、3月25日に新型コロナウイルスの陽性が判明し開幕から出遅れる[13]。その後、4月19日の二軍の巨人戦で実戦復帰し、4月23日に一軍登録され中継ぎでの登板を続ける[14]。セットアッパーのエドウィン・エスコバー伊勢大夢の連投が続くと、入江大生とともに勝ちパターンの一角を担った[15]。8月17日の巨人戦(横浜スタジアム)では、先発の濵口遥大の後を受けて同点の6回に登板すると、逆転を呼び込む好リリーフを見せ、キャリアハイとなる4勝目を挙げた[16]。しかし、自己最多登板を更新し疲労が重なった9月は打ち込まれることが増え、3点台だった防御率も悪化し、9月18日から疲労を考慮され一時出場選手登録を外された[17]。最終的に47試合を投げ、4勝3敗10ホールド、防御率は4.29となった[18]。シーズン終了後の10月20日、横浜市内の病院にて右肘尺骨神経前方移行術を行った[19]

選手としての特徴

最速151km/hを誇るストレートと切れのあるスライダーフォークボール[20]カーブツーシームを投げる。また、カットボールを2019年オフのオーストラリア・リーグ遠征の際に習得した[21]

人物

ドラフト指名後の2013年に大学時代、野球部マネージャーの知人だった女性と結婚[22]。入寮時には新妻を地元に残しての上京となった[23]

プロ初勝利を挙げた2020年10月7日の試合中には、Twitter上で「#平田真吾初勝利チャレンジ」なるハッシュタグがトレンド入りし、最高2位にランクインしている。

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2014 DeNA 9 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 50 13.0 9 1 5 0 1 7 2 0 5 5 3.46 1.08
2015 28 0 0 0 0 0 2 0 4 .000 140 32.0 29 2 14 0 1 27 4 0 12 12 3.38 1.34
2016 4 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 21 3.1 7 2 3 0 1 2 0 0 9 8 21.60 3.00
2017 33 0 0 0 0 0 1 0 1 .000 157 36.1 32 5 17 0 4 29 2 1 19 19 4.71 1.35
2018 17 1 0 0 0 0 0 0 0 ---- 116 25.2 35 3 6 0 0 27 0 0 19 19 6.66 1.60
2019 8 0 0 0 0 0 0 0 1 ---- 48 9.2 15 2 4 0 2 11 0 0 11 10 9.31 1.97
2020 43 1 0 0 0 1 1 0 11 .500 195 44.1 38 2 25 3 2 46 3 0 16 14 2.84 1.42
2021 38 0 0 0 0 2 0 1 3 1.000 185 41.2 41 6 21 1 2 34 1 0 21 19 4.10 1.62
2022 47 0 0 0 0 4 3 0 10 .571 180 42.0 47 5 8 0 2 39 0 0 21 20 4.29 1.31
通算:9年 227 2 0 0 0 7 7 1 30 .500 1092 248.0 253 28 103 4 15 222 12 1 133 126 4.57 1.44
  • 2022年度シーズン終了時

年度別守備成績



投手












2014 DeNA 9 1 1 0 0 1.000
2015 28 2 8 0 0 1.000
2016 4 0 1 0 0 1.000
2017 33 1 6 0 1 1.000
2018 17 0 7 0 1 1.000
2019 8 0 0 0 0 ----
2020 43 3 5 0 0 1.000
2021 38 4 4 0 1 1.000
2022 47 2 6 1 1 .889
通算 227 13 38 1 4 .981
  • 2022年度シーズン終了時

記録

初記録
投手記録
打撃記録
  • 初打席:2014年7月21日、対中日ドラゴンズ11回戦(横浜スタジアム)、2回裏に岩田慎司から三振
その他の記録

背番号

  • 34 (2014年 - )

脚注

  1. ^ DeNA - 契約更改 - プロ野球”. 日刊スポーツ. 2022年11月26日閲覧。
  2. ^ 34 平田 真吾(投手)”. カナロコ (2020年6月3日). 2022年11月28日閲覧。
  3. ^ 2014スポニチプロ野球選手名鑑
  4. ^ DeNA、ドラフト2位平田と契約金7500万円で合意(SANSPO.COM) 2013年11月14日。
  5. ^ 中畑監督 8回に新人・平田…悔やむ継投ミス「隙与えた」 スポニチ Sponichi Annex 2014年4月3日掲載
  6. ^ DeNA筒香 6回先制3号2ラン プロ初先発平田は5回無失点の好投 スポニチ Sponichi Annex 2018年4月11日掲載
  7. ^ “DeNAが提携先の豪州Lキャンベラに阪口、大貫ら4選手派遣 昨季は今永らが渡豪”. Full-Count. (2019年10月15日). https://full-count.jp/2019/10/15/post573791/ 2020年1月28日閲覧。 
  8. ^ #平田真吾初勝利チャレンジ 130試合目で成功 - プロ野球 : 日刊スポーツ”. nikkansports.com. 2020年10月7日閲覧。
  9. ^ DeNA平田、940万円増の2200万円でサイン「収穫の多かった1年」”. サンスポ. 2022年2月20日閲覧。
  10. ^ 【DeNA】38登板&プロ初セーブの平田真吾が微増でサイン「ピリッとせずに迷惑をかけた」”. スポーツ報知 (2021年12月2日). 2022年2月20日閲覧。
  11. ^ 平田真吾選手の手術について | 横浜DeNAベイスターズ”. 横浜DeNAベイスターズ オフィシャルホームページ. 2022年2月20日閲覧。
  12. ^ 【DeNA】平田真吾、右肘手術から順調回復 2軍視察に訪れた三浦大輔監督の前でブルペン投球”. スポーツ報知 (2022年2月18日). 2022年5月29日閲覧。
  13. ^ 【DeNA】平田真吾がコロナ陽性 倦怠感の症状も現在は回復”. 日刊スポーツ (2022年3月25日). 2022年5月29日閲覧。
  14. ^ 【DeNA】2軍で実戦復帰した三上朋也と平田真吾が1軍に合流”. 日刊スポーツ (2022年4月23日). 2022年5月29日閲覧。
  15. ^ 【DeNA】2軍で実戦復帰した三上朋也と平田真吾が1軍に合流”. ショウアップナイター (2022年9月12日). 2022年11月8日閲覧。
  16. ^ DeNAが大技小技と完全継投で巨人を粉砕!三浦監督「良い雰囲気で戦えている」”. BASEBALL KING (2022年8月17日). 2022年11月8日閲覧。
  17. ^ 【DeNA】平田真吾、京山将弥1軍試合前練習に合流 28日登録可能に”. 日刊スポーツ (2022年9月27日). 2022年11月8日閲覧。
  18. ^ DeNA、平田真吾投手が右肘手術”. カナロコ (2022年10月20日). 2022年11月8日閲覧。
  19. ^ 平田真吾選手の手術について”. 横浜DeNAベイスターズ (2022年10月20日). 2022年11月8日閲覧。
  20. ^ DeNAドラ2 抑え候補に?恐怖のあっち向いてホイ投法”. スポニチ Sponichi Annex (2014年2月3日). 2014年11月22日閲覧。
  21. ^ ベイスターズ阪口皓亮×大貫晋一×平田真吾対談「僕たちがオーストラリア行きを志願した理由」”. ベースボールチャンネル (2020年4月15日). 2020年12月1日閲覧。
  22. ^ DeNAドラ2平田が結婚「頑張りたい」”. スポニチ Sponichi Annex (2013年12月28日). 2015年10月22日閲覧。
  23. ^ 【DeNA】平田が新妻を地元に残し入寮”. スポニチ Sponichi Annex (2014年1月7日). 2015年10月22日閲覧。

関連項目

外部リンク