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騎士団長殺し

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
騎士団長殺し
著者 村上春樹
イラスト チカツタケオ
発行日 2017年2月24日
発行元 新潮社
ジャンル 小説
日本の旗 日本
言語 日本語
形態 上製本
ページ数 512ページ (第1部)
544ページ (第2部)
公式サイト 村上春樹『騎士団長殺し』新潮社公式サイト
コード ISBN 978-4-10-353432-7
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騎士団長殺し』(きしだんちょうごろし、英語Killing Commendatore)は、村上春樹の14作目の長編小説。新潮社から2017年2月24日に発行された。

妻に離婚を切り出された画家の「私」は、家を出て放浪の末、友人の父親宅を借りることになった。そこで「騎士団長殺し」という日本画を発見して以来、不思議な出来事に巻きこまれていく。

概要

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全2巻で第1部「顕れるイデア編」と第2部「遷ろうメタファー編」に分かれている。初版部数は2巻合わせて130万部で、一部の書店では午前0時から販売を開始した。2010年の『1Q84 BOOK3』から7年ぶりの長編作品になる。

表紙の装丁と帯には「Killing Commendatore」と「騎士団長殺し」の英訳が書かれている。

あらすじ

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妻との離婚話から自宅を離れ、友人の父親である日本画家アトリエに借り暮らしすることになった肖像画家の「私」は、アトリエの屋根裏で『騎士団長殺し』というタイトルの日本画を発見する。アトリエ裏の雑木林に小さなと石積みのがあり、塚を掘ると地中から石組みの石室が現れ、中には仏具と思われるが納められていた。日本画と石室・鈴を解放したことでイデアが顕れ、さまざまな事象が連鎖する不思議な出来事へと巻き込まれてゆく。

登場人物

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主人公。36歳。肖像画家。
人の顔の特徴を一目で捉えて脳裏に焼き付けて絵(デッサンクロッキー)として表現でき、物の位置関係なども詳細に記憶できる。閉所恐怖症をもっている。
離婚話から家を出て、東北・北海道を一ヶ月半放浪した後、神奈川県小田原市郊外の山中にある雨田具彦のアトリエに落ち着き、小田原市内の絵画教室で指導する。
柚(ゆず)
主人公の妻で、ユズが愛称。主人公より三つ年下。建築事務所に勤務(二級建築士)。
六年間の主人公との結婚生活を経て、離婚手続きの少し前から別の男と付き合い妊娠中。
小径(こみち)
主人公の妹で、コミが愛称。故人。主人公より三つ年下。心臓に先天的疾患があり、12歳でこの世を去った。
雨田 政彦(あまだ まさひこ)
主人公の美大時代からの友人で、二歳年上。独身。広告代理店に勤務するグラフィックデザイナー
主人公に父親のアトリエへの仮住まいと絵画教室での仕事を世話。
雨田 具彦(あまだ ともひこ)
政彦の父で高名な日本画家。92歳。認知症となり伊豆高原養護施設(療養所)に入院中。『騎士団長殺し』というオペラドン・ジョバンニ』をモチーフにした未発表の日本画を描く。
戦前は洋画家だったが、ウィーン留学中にナチス高官暗殺未遂事件に関与し日本へ送還され、戦後日本画家へと転身。
雨田 継彦(あまだ つぐひこ)
具彦の三つ年下の弟で、政彦の叔父。
ピアニストを目指す東京音楽学校の学生であったが、20歳の時に徴兵で中国へ配属され、いわゆる「南京虐殺」に無理矢理加担させられたことで復員後に自殺。
免色 渉(めんしき わたる)
54歳。独身。主人公が暮らすアトリエから谷を隔てた向かい側の山にある豪邸に三年ほど前から住んでおり、主人公に自身の肖像画制作を依頼。白髪で、身長は170センチより少しある。
以前IT関係の会社を経営していたが、インサイダー取引脱税の容疑で検挙され東京拘置所の独房に435日間拘留された後、無罪釈放となった過去がある。現在は自宅でインターネットを介した株式と為替による利ザヤで収益を得ている。
主人公が暮らすアトリエ裏の石積みの塚を撤去し石室を掘り出す手助け(造園業者の手配と支払い)や雨田具彦・継彦の調査をした。
免色はまりえが自分の娘ではないかと思っていて、自宅の選定も秋川家が見える場所を選んでいた。
主人公にまりえの肖像画を描くよう依頼し、モデルにさせるようにはかる。
秋川 まりえ(あきかわ まりえ)
13歳、中学生。幼い頃に母親がスズメバチに刺され亡くなっている。無口。
主人公が教える絵画教室の生徒で、主人公が暮らすアトリエと尾根続きの山にある家に住んでいる。
秋川 笙子(あきかわ しょうこ)
まりえの叔母。独身。以前は東京で秘書の仕事をしていたが、現在はまりえと暮らしている。
秋川 良信(あきかわ よしのぶ)
まりえの父親。
小田原一帯の大地主だった実家を継承し、市内に複数の物件を所有する不動産事業家。
絵画教室の生徒の女
41歳(だったと主人公は記憶している)。人妻で二人の娘もいる。
主人公のガールフレンドになり、不倫関係に陥る。
主人公に免色渉に関する噂話を伝える。
イデア
『騎士団長殺し』に描かれた騎士団長の姿を形体化して顕れる。身長は60センチほど。
単数の人間に対し「諸君」と呼び、「あたし」「~ではあらない」など特徴的なしゃべり方をする。
メタファー
『騎士団長殺し』に描かれ主人公が「顔なが」と呼ぶ姿で顕れる。身長は70センチから80センチほど。
失踪したまりえを探す主人公を「メタファー通路」という異空間へと誘う。
白いスバル・フォレスターの男
主人公が東方を放浪中、宮城県の海岸沿いの小さな町のファミリーレストランで遭遇した白いスバル・フォレスターに乗っていた中年男性。
肖像画を描くことをやめた主人公が自発的に彼の肖像画を描く。
実在するのか不明な存在で、主人公は「二重メタファー(心の中にいて正しい思いをつかまえて貪り食べてしまうもの)」だと感じる。

絵画としての『騎士団長殺し』

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物語の中心となるのが雨田具彦が描いた『騎士団長殺し』という日本画である。

大きさは縦横が1メートルと1メートル半ほどで、横に長い長方形。

飛鳥時代の恰好をした男女が描かれている。細い真っ黒な口髭をはやし淡いよもぎ色の衣服を着た若い男が古代の剣を、白い装束で豊かな白い鬚をはやし珠を連ねた首飾りをつけている年老いた男(騎士団長)の胸に突き立てており、胸から血が勢いよく噴き出し、白い装束を赤く染めている。その様子を真っ白な着物を着て、髪をあげ大きな髪飾りをつけた若い女性と、簡単な草履を履き、腰に短い脇差のようなものを差し、左手に帳面のようなものを持つ小柄でずんぐりした召使いのように見える若い男が傍観している。さらに画面の左下に地面についた蓋を押し開け首をのぞかせる、曲がった茄子のような細長い顔で、顔中が黒い鬚だらけで髪がもつれた男(顔なが)が、構図を崩すようなかたちで描き込まれている。

主人公は年老いた男が『ドン・ジョバンニ』における「騎士団長(コメンダートレ)」、刺殺する若い男が「ドン・ジョバンニ(ドン・ファン)」、若い女は騎士団長の娘「ドンナ・アンナ」、召使いはドン・ジョバンニに仕える「レポレロ」に相当すると推察した。

時代設定と時間軸

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最終章で、妻と復縁し生まれた娘(「室(むろ)」と命名)と生活を共にするようになってから数年後に東日本大震災福島第一原子力発電所事故が起ったとあることから、2011年平成23年)より数年前の2000年代半ばが舞台と思われる。

主人公はその年の3月半ばに妻から離婚を申し出られ、5月まで愛車のプジョーで東北と北海道を放浪し、その月から翌年初めまでの約九ヶ月を小田原で過ごしている。

登場する文化・風俗

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音楽

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文学・作家・書籍

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映画

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自動車

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その他

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翻訳

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翻訳言語 タイトル 翻訳者 発行日 発行元
英語 Killing Commendatore フィリップ・ガブリエル
テッド・グーセン
2018年10月9日 Knopf
フランス語 Le Meurtre du Commandeur Hélène Morita 2018年10月11日 Belfond
ドイツ語 Die Ermordung des Commendatore Ursula Gräfe 2018年 DuMont
イタリア語 L'assassinio del commendatore Antonietta Pastore 2018年
2019年
Einaudi
フィンランド語 Komtuurin surma Juha Mylläri 2018年 Tammi
ポーランド語 Śmierć Komandora Anna Zielińska-Elliott 2018年10月17日
2018年11月28日
Muza
ハンガリー語 A kormányzó halála I-II. I. Ikematsu-Papp Gabriella(池松パプ・ガブリエラ)
II. Mayer Ingrid(マイエル・イングリッド)
I.2019年12月
II.2020年1月
ゲオペン社
ロシア語 Убийство командора Андрей Замилов 2019年 Эксмо
中国語 (繁体字) 刺殺騎士團長 頼明珠 2017年12月12日 時報出版
中国語 (簡体字) 刺杀骑士团长 林少華 2018年3月9日 上海译文出版社
韓国語 기사단장 죽이기 ホン・ウンジュ 2017年7月12日 문학동네
アラビア語 مقتل الكومنداتور (ميسرة عفيفي) マイサラ・アフィーフィー 2020年1月16日 دار الآداب

書評

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  • 読売新聞が催した紙面論壇で、早稲田大学教授松永美穂は「冥界をさまよい、主人公は再生してゆく」と「メタファー通路」での主人公の体験の意味を探り、作家上田岳弘は「記憶社会個人の関わりを描くことは作家の課題」と歴史認識を書くことの意義を評価、同紙編集委員で文芸評論家尾崎真理子は「手作業による芸術の価値が薄れる時代に、芸術の力を思い出させる」と文中に登場する音楽や車の役割に触れ、「村上自身の人生肯定に感じる」とした[30]
  • 国際政治学研究者東京大学講師三浦瑠麗は「都会的だった村上小説が東北や小田原といった土地柄を感じさせるようなった」「村上自身が共感しないマイホーム的家族観ナショナリズム否定しているが、それは先進国個人主義によるもので、それを”輪廻転生”のようなもので物語を紡ごうとしている」と推察。経済学者で東大教授の柳川範之は「深い穴など過去の作品にも登場したモチーフが登場するが、そこから導かれるものは同じではない。違う見方が可能で、見方によって世界は違って見えることを示したかったのではないか」「読み手の価値観や見方を反映して違ったものが見えるよう仕組まれている」と村上の意図や手法を分析している[31]
  • 読売新聞の文芸月評(文化部・待田晋哉)ではメタファー通路に関し、村上が「人間の魂には地下二階の場所がある」と話すことに触れ、「自分でも操れない心の深い場所に誘われ、自己の健全な発展を阻害するものを見つけ、真の自分と出会う」と解釈[32]

インタビュー

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本作上梓後、初めて村上がインタビューに応じた[33]

  • 「『グレート・ギャツビー』へのオマージュを込めた」
  • 「『雨月物語』が出てくるのは、父の葬儀で世話になった住職の京都の寺に、秋成の墓があると聞いて訪ねた縁から。物語の容れ物としての力を保つのが古典で、引用しない手はない」
  • 「人が人を信じる力。これは以前の結末には出てこなかった。僕の小説に家族の営みが登場したのも初めて。第3部があるか、まだ自分にもわからない」
  • 「今の日本人のサイキ(精神性)を描くには、災害がもたらした大きな傷を、そこに重ねていくことになるだろうな、と思った。ジレンマを抱えながらも、主人公は新しい家庭を作るだろう」
  • 「歴史とは国にとっての集団的記憶であり、戦後生まれだから僕に責任がないとは思わない。物語の形で問い続ける」
  • 「国家や経済のシステムはもっと洗練されると考えたが、そうはならなかった。それでも、善き物語には人にある種の力を与えると信じている」
  • 「物語を読んだ人の中でそれぞれ一段階を経て返ってくるものは、実に多様だ。僕はその多様な力を大切にしたい」

脚注

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注釈

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  1. ^ ヴィレンベルクの『Revolt in Treblinka』は2015年7月、みすず書房から『トレブリンカ叛乱―死の収容所で起こったこと1942-43』という題名で翻訳出版された。村上が訳した部分は同書の113-114頁に該当する。
  2. ^ 著者のサムエル・ヴィレンベルクは捕らえられトレブリンカ強制収容所に送り込まれるが、彼の父親はそれよりも前に偽造の身分証明書を手に入れ、聾唖者になりすまし、油絵肖像画家として生計を立てていた[15]

出典

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  1. ^ 本書、第1部、36頁。
  2. ^ 本書、第1部、40頁。
  3. ^ 本書、第1部、60頁。
  4. ^ 本書、第1部、72頁。
  5. ^ 回転木馬のデッド・ヒート講談社文庫、旧版、189頁。
  6. ^ 本書、第1部、247頁。
  7. ^ 本書、第1部、317頁。
  8. ^ a b c d 本書、第2部、221-222頁。
  9. ^ 本書、第2部、429頁。
  10. ^ 本書、第2部、273頁。
  11. ^ 本書、第2部、274頁。
  12. ^ 本書、第2部、280頁。
  13. ^ 本書、第1部、313頁。
  14. ^ 本書、第1部、506-507頁。
  15. ^ 『トレブリンカ叛乱―死の収容所で起こったこと1942-43』 みすず書房、近藤康子訳、2015年7月24日、193頁。
  16. ^ 本書、第1部、450頁。
  17. ^ 本書、第2部、50頁。
  18. ^ 本書、第2部、138頁。
  19. ^ 本書、第2部、165頁、182頁。
  20. ^ 本書、第2部、195-196頁。
  21. ^ 本書、第2部、269頁。
  22. ^ 海辺のカフカ』上巻、新潮文庫、384頁。
  23. ^ 本書、第2部、495頁。
  24. ^ 本書、第1部、438頁。
  25. ^ 本書、第1部、451頁。
  26. ^ 本書、第2部、309頁。
  27. ^ 本書、第2部、420頁。
  28. ^ スプートニクの恋人講談社文庫、2001年4月13日、16頁。
  29. ^ 本書、第2部、137頁。
  30. ^ 読売新聞 2017年2月28日
  31. ^ 読売新聞 2017年3月19日
  32. ^ 読売新聞 2017年3月28日
  33. ^ 読売新聞 2017年4月2日

関連項目

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外部リンク

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