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横川重次

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
横川重次
よこかわ じゅうじ
生年月日 1894年11月9日
出生地 日本の旗 日本 埼玉県比企郡大河村
没年月日 (1964-09-11) 1964年9月11日(69歳没)
出身校 早稲田大学大学部文学科哲学科卒業
前職 農業
所属政党無所属→)
立憲政友会→)
翼賛政治会→)
日本進歩党→)
自由党→)
自由民主党
配偶者 横川マスエ
親族 義兄・遠藤柳作(参議院議員)

選挙区 (埼玉3区→)
(埼玉2区→)
旧埼玉2区
当選回数 8回
在任期間 1927年 - 1928年1月21日
1930年2月20日 - 1945年12月18日
1952年10月1日 - 1953年3月14日
1955年2月27日 - 1958年4月25日
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横川 重次[1][2](よこかわ じゅうじ、1894年明治27年)11月9日[3] - 1964年昭和39年)9月11日)は、日本の実業家、政治家衆議院議員(8期)。埼玉県多額納税者[4][5]武蔵野銀行相談役[3]

経歴

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埼玉県比企郡大河村腰越(現・小川町)出身[1][2]。横川宗作の長男[2][4][6]旧制早稲田中学を経て[要出典]1917年早稲田大学大学部文学科哲学科卒業[4][5]ドイツに留学し[1]ベルリン大学社会学を専攻した[6]1924年家督を相続した[4]

農業[4]製材[6]を営み埼玉県多額納税者となった[4]。大河村信用組合長[1]、小川無尽[7]、横川製材各社長[8]、武州本場絹織物工業、比企繭販売利用各組合長[6]などをつとめた。

1927年3月28日、第15回衆議院議員総選挙の埼玉県第3区補欠選挙で衆議院議員に当選[9]立憲政友会に所属した[4]1931年犬養内閣が成立すると、商工大臣秘書官に任じ、従五位に叙せられる[2]1939年阿部内閣商工政務次官に就任した。

1945年に日本林業会長となる[3]。戦後、公職追放となり[10]1951年に追放解除された[11]。追放解除後は1952年第25回衆議院議員総選挙1955年第27回衆議院議員総選挙で2回当選した。1952年8月7日、日本共産党の人物に襲撃され、重傷を負った(横川元代議士襲撃事件)。1952年に武蔵野銀行取締役となり、1957年相談役となる[3]

襲撃後、自宅療養中の横川

人物

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横川には「会って話してこんな気持ちのいい人はない」という定評があった[12]。清浄で、うそがいえない性格であった[12]貴族院多額納税者議員選挙の互選資格を有した[13]

宗教は浄土宗[3]。趣味は囲碁[3]。住所は埼玉県比企郡大河村腰越[3](現・小川町)、東京市豊島区池袋[6]

家族・親族

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横川家

横川家は埼玉県比企郡腰越村(現・小川町)の旧家名望家である[14]

  • 祖父・利家 - 戸長、連合戸長をつとめた[14]
  • 父・宗作1864年 - 1924年、素封家[2]、篤農家[15]、農林業、埼玉県会副議長[14]
  • 母・ハナ群馬、澁澤六三の二女)[4]
    • いつ東京、吉田丹次兵衛の妻)[4]
    • タネ(埼玉、遠藤柳作の妻)[4]
  • 弟・(埼玉、岩澤よしの養子)[4]
  • 妻・マスエ1898年 - ?、埼玉、下田純一郎の六女)[4]
  • 長男[3]
  • 二男[3]
  • 三男[3]
  • 四男[3]
  • 五男[3]
  • 六男[3]
  • 長女[3]
親戚

脚注

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  1. ^ a b c d 『御大典栄誉記念写真帖 昭和三年十一月』(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年1月28日閲覧。
  2. ^ a b c d e 『大東京の現勢』人物編16頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年1月28日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n 『大衆人事録 第20版 東京篇』よ1034頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年1月28日閲覧。
  4. ^ a b c d e f g h i j k l 『人事興信録 第9版』ヨ7頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年2月4日閲覧。
  5. ^ a b 『早稲田大学紳士録 昭和15年版』903頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2017年11月24日閲覧。
  6. ^ a b c d e 『人事興信録 第13版 下』ヨ7頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年2月4日閲覧。
  7. ^ 『日本紳士録 第36版』埼玉ヤ、ユ、ヨ、ラ、リ、ル、レ、ロ、ワ之部18頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2017年6月19日閲覧。
  8. ^ 『第三回普選総選挙大観』112頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2017年11月23日閲覧。
  9. ^ 『総選挙衆議院議員当選回数調 - 第1回乃至第19回』261頁。『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』700頁。
  10. ^ 『朝日新聞』1946年2月10日一面。
  11. ^ 『朝日新聞』1951年8月7日朝刊二面。
  12. ^ a b 『埼玉人物評論』374-375頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年2月4日閲覧。
  13. ^ 『貴族院多額納税者名鑑』139頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2017年6月19日閲覧。
  14. ^ a b c 『埼玉県議会史 6巻』附録その1 埼玉県議会歴代議員録109頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年1月28日閲覧。
  15. ^ 『大日本篤農家名鑑』291頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年2月4日閲覧。

参考文献

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  • 大日本篤農家名鑑編纂所編『大日本篤農家名鑑』大日本篤農家名鑑編纂所、1910年。
  • 織田正誠編『貴族院多額納税者名鑑』太洋堂出版部、1926年。
  • 『御大典栄誉記念写真帖 昭和三年十一月』埼玉正論社、1929年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第9版』人事興信所、1931年。
  • 東京毎夕新聞社編『大東京の現勢』東京毎夕新聞社、1932年。
  • 『第三回普選総選挙大観』朝日新聞社、1932年。
  • 交詢社編『日本紳士録 第36版』交詢社、1932年。
  • 埼玉人物評論社編『埼玉人物評論』埼玉評論社総務部、1936年。
  • 衆議院事務局編『総選挙衆議院議員当選回数調 - 第1回乃至第19回』衆議院事務局、1936年。
  • 早稲田大学紳士録刊行会編『早稲田大学紳士録 昭和15年版』早稲田大学紳士録刊行会、1939年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第13版 下』人事興信所、1941年。
  • 帝国秘密探偵社編『大衆人事録 第20版 東京篇』帝国秘密探偵社、1958年。
  • 埼玉県議会史編さん委員会編『埼玉県議会史 6巻』埼玉県議会、1966年。
  • 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。

関連項目

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外部リンク

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名誉職
先代
佐々木長治
日本の旗 最年少衆議院議員
1927年 - 1928年
次代
水谷長三郎