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{{RFD notice|'''対象リダイレクト:'''[[Wikipedia:リダイレクトの削除依頼/2011年1月#RFD乃木源三郎希典|乃木源三郎希典（2011年1月依頼）]]}}
{{基礎情報 軍人
{{基礎情報 軍人
| 氏名 = 乃木 希典
| 氏名 = 乃木 希典
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| 指揮 = [[第三軍司令官]]
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'''乃木 希典'''（のぎ まれすけ、[[嘉永]]2年[[11月11日 (旧暦)|11月11日]]（[[1849年]][[12月25日]]） - [[大正]]元年（[[1912年]]）[[9月13日]]）は、[[日本]]の[[武士]]（[[長府藩]]士）、[[軍人]]。[[陸軍大将]][[従二位]]・[[勲一等]]・[[金鵄勲章|功一級]]・[[伯爵]]。<!-- 本姓という概念が廃された明治時代以降の人物なので正式な名前も乃木希典と思われる。正式に'''源希典'''。-->第10代[[学習院]]院長。贈[[正二位]]（[[1916年]]）。家紋は「市松四つ目結い」。「乃木大将」、「乃木将軍」などの呼称で呼ばれることも多い。
'''乃木 希典'''（のぎ まれすけ、[[嘉永]]2年[[11月11日 (旧暦)|11月11日]]（[[1849年]][[12月25日]]） - [[大正]]元年（[[1912年]]）[[9月13日]]）は、[[日本]]の[[武士]]（[[長府藩]]士）、[[軍人]]。[[陸軍大将]][[従二位]]・[[勲一等]]・[[金鵄勲章|功一級]]・[[伯爵]]。第10代[[学習院]]院長。贈[[正二位]]（[[1916年]]）。家紋は「市松四つ目結い」。幼名は無人で、その後、源三、文蔵と名を改めた。また、源希典との署名もよく用いた<ref>佐々木英明著『乃木希典――予は諸君の子弟を殺したり――』（ミネルヴァ書房、2005年）113頁参照</ref>。「乃木大将」、「乃木将軍」などの呼称で呼ばれることも多い<ref>小堀桂一郎著『乃木将軍の御生涯とその精神』（国書刊行会）、乃木神社・中央乃木会監修『いのち燃ゆ ― 乃木大将の生涯 ―』（近代出版社）等を参照。</ref>。


==概観==
==概観==
[[東郷平八郎]]とともに[[日露戦争]]の英雄とされ、「聖将」と呼ばれた。しかしいわゆる「殉死」の評価についても諸説あるように、[[司馬遼太郎]]など「愚将」とする考え方もあるが、これに対する名将論・反論・擁護論も数多くある<ref>『乃木希典―高貴なる明治』</ref>。
[[日露戦争]]において旅順要塞を攻略したことから、[[東郷平八郎]]とともに日露戦争の英雄とされ、「聖将」と呼ばれた。


しかし、旅順要塞攻略に際して多大な犠牲を生じたことや、明治天皇が崩御した際に殉死したことなど、その功績及び行為に対する評価は様々である。例えば、[[司馬遼太郎]]は、著書『[[坂の上の雲]]』『[[殉死 (小説) |殉死]]』において、[[福岡徹]]は著書『軍神　乃木希典の生涯』において乃木を愚将と評価した。他方で、司馬遼太郎らに対する反論や、乃木は名将であったとする主張など乃木を擁護する意見もある<ref>岡田幹彦著『乃木希典―高貴なる明治』（展転社、2001年）、桑原嶽著『名将 乃木希典－司馬遼太郎の誤りを正す－』（中央乃木会）など</ref>。
若い頃は放蕩の限りを尽くしたが、[[ドイツ帝国]]留学において質実剛健な[[プロイセン]]軍人に影響を受け、帰国後は質素な古武士のような生活を旨とするようになったという。当時にしては上背があり、頭部が小振りで、足が長く長靴の軍装が映えた。


==生涯==
乃木は他の将官と違い省部経験・政治経験がほとんどなく、軍人としての生涯の多くを司令官として過ごした。また、[[明治天皇]]の後を追った乃木夫妻の[[殉死]]は、当時の日本国民に多大な衝撃を与えた。
===幼少期===
[[ファイル:Stone monument of Maresuke Nogi's birthplace.jpg|thumb|right|200px|[[六本木ヒルズ]]内にある「乃木大將生誕之地」碑]]
乃木は、[[嘉永2年]]（[[1849年]]）[[12月11日]]、[[長州藩]]の支藩である長府藩の藩士（[[馬廻]]）[[乃木希次]]と<ruby><rb>乃木壽子</rb><rp>（</rp><rt>のぎ ひさこ</rt><rp>）</rp></ruby>（'''壽'''とする文献もある<ref>佐々木・前掲書40頁参照</ref>。）との三男として、長府藩上屋敷において生まれた。ただし、乃木の長兄及び次兄は既に夭折していたので、実質的には長男であった。


幼名は無人（なきと）である。無人という名には、乃木が長兄及び次兄のように夭折することなく壮健に成長して欲しいという願いが込められている<ref>佐々木・前掲書40頁参照</ref>。
[[京都府]]、[[山口県]]、[[栃木県]]、[[東京都]]、[[北海道]]など、複数の地に乃木を祀った[[乃木神社]]がある。


乃木の家は代々江戸詰の藩士であり、乃木は、10歳までの間、長府藩上屋敷において生活した。この屋敷は[[赤穂浪士]]・[[竹林唯七]]ら10名が[[切腹]]するまでの間預けられた場所であったから、乃木は、赤穂浪士に親しみながら成長した<ref>佐々木・前掲書41頁参照</ref>。
幾つかの文献で[[元帥 (日本)|元帥]]となっているが、乃木が元帥だった事実は無い（元帥の称号を賜る話はあったが、乃木本人が固辞したため）。


幼少の乃木は虚弱体質であり、臆病であった。友人に泣かされることも多く、「泣き人」（なきと）とあだ名された。
== 年譜 ==

[[ファイル:Stone monument of Maresuke Nogi's birthplace.jpg|thumb|right|200px|[[六本木ヒルズ]]内にある「乃木大將生誕之地」碑]]
父・希次は、こうした乃木を極めて厳しく養育した。例えば、「寒い」と不平を口にした7歳の乃木に対し、「よし。寒いなら、暖かくなるようにしてやる。」と述べ、乃木を井戸端に連れて行き、冷水を浴びせたという。この挿話は、昭和初期の日本における国定教科書にも記載されていた<ref>佐々木・前掲書45～46頁参照</ref>。
* 嘉永2年（1849年）12月11日 - 現在の[[東京都]][[港区 (東京都)|港区]]に[[長州藩]]（現・[[山口県]]）の支藩である[[長府藩]]の藩士（[[馬廻]]）、[[乃木希次]]・<ruby><rb>[[乃木壽子]]</rb><rp>（</rp><rt>のぎ ひさこ</rt><rp>）</rp></ruby>）（'''久子'''表記の文献あり）の三男（長兄・次兄が相次いで[[夭折]]したため、事実上の長男）に生まれる。現在、[[六本木ヒルズ]]になっている長府藩上屋敷が生誕の地。幼少期に蚊帳の下で寝ていた処、蚊帳の金具が落ちて左目に当たった為、左目がほぼ失明状態となる。（母親による折檻によって失明したと云う説もある。）
=== 長府への転居・元服 ===
* [[安政]]5年（[[1858年]]）-　長府に帰郷。
[[安政5年]]（[[1858年]]）11月、父・希次は、藩主の跡目相続に関する紛争に巻き込まれ、長府へ下向するよう藩から命じられた上、閉門及び減俸を命じられた。乃木もこれに同行し、同年12月、長府へ転居した。
* [[慶応]]元年（[[1865年]]）-　長府藩[[報国隊]]に入り[[奇兵隊]]に合流し幕府軍と戦う。

* [[明治]]4年（[[1871年]]） - [[陸軍少佐]]に任官。この異例の抜擢は従兄弟の[[御堀耕助]]を介して知遇を得た[[黒田清隆]]の推挙によると言われる。
[[安政6年]]（[[1859年]]）4月、11歳になった乃木は、[[結城香崖]]に入門して漢籍及び詩文を学び始めた。
* 明治10年（[[1877年]]） - [[歩兵第14連隊]]長心得として[[西南戦争]]に参加。軍旗を西郷軍に奪われた。乃木はこれを終生忘れることはなかった。この事が後に乃木の自刃の遠因となる（[[軍旗#軍旗の扱い|軍旗]]を参照）。

* 明治19年（[[1886年]]） - [[川上操六]]らとともに[[ドイツ]]に留学。
また、[[万延元年]]（[[1860年]]）1月以降、[[流鏑馬]]、弓術、西洋流砲術、槍術及び剣術なども学び始めた。
* 明治25年（[[1892年]]） - 歯科疾患のため歩兵第5[[旅団長]]を辞任して2月に休職となる。12月に歩兵第1旅団長の就任ため復職。

* 明治27年（[[1894年]]） - 歩兵第1旅団長（[[陸軍少将]]）として[[日清戦争]]に出征。[[旅順要塞]]を一日で陥落させた包囲に加わった。
しかし、依然として泣き虫で、妹にいじめられて泣くこともあった。[[文久2年]]（[[1862年]]）[[6月20日]]、乃木は[[集童場]]に入った。同年12月、乃木は元服して名を'''源三'''と改めたが、依然、幼名の無人にかけて、泣き虫であることを揶揄された<ref>佐々木・前掲書44頁参照</ref>。
* 明治28年（[[1895年]]） - [[第2師団 (日本軍)|第2師団]]長（陸軍[[中将]]）として[[台湾]]征討に参加。

* 明治29年（[[1896年]]） - [[台湾総督]]に就任。母の壽子も台湾に来るが総督官舎で病から自刃して亡くなる。
=== 学者を志して出奔 ===
* 明治31年（[[1898年]]） - 台湾統治失敗の責任をとって台湾総督辞職。
文久3年（1863年）3月、16歳の乃木は、学者となることを志して父・希次と対立した結果、出奔して、萩（後の[[萩市]]）まで徒歩で赴き、[[玉木文之進]]への弟子入りを試みた。玉木は、当初、乃木の弟子入りを拒絶した<ref>福田和也『乃木希典』（文春文庫、2007）50頁以下参照</ref>。しかし、結局、乃木は玉木家に住むことを許され、玉木の農作業を手伝う傍ら、学問の手ほどきを受けた。
* 明治32年（[[1899年]]） - [[第11師団 (日本軍)|第11師団]]の初代師団長（中将）に親補せられる。

* 明治37年（[[1904年]]） - 休職中の身であったが[[日露戦争]]の開戦にともない、[[第3軍 (日本軍)|第三軍司令官]]（大将）として[[旅順攻囲戦|旅順攻撃]]を指揮し、また[[奉天会戦]]に参加する。2児の[[乃木勝典|勝典]]が[[金州南山]]で、[[乃木保典|保典]]が[[203高地]]でそれぞれ戦死する。
[[元治元年]]（[[1864年]]）9月からは、[[明倫館]]文学寮に通学することとなったが、一方で、[[一刀流]]剣術も学び始めた（一刀流については、明治3年（1867年）1月に[[目録]]を伝授されている。）<ref>佐々木・前掲書122頁以下頁参照</ref>。
* 明治40年（[[1907年]]） - [[学校法人学習院|学習院]]院長として[[皇族]]子弟の教育に従事。[[昭和天皇]]も厳しくしつけられたという。

* 明治44年（[[1911年]]） - 7月1日に[[大英帝国]]の[[ハイドパーク]]で英国少年軍（[[ボーイスカウト]]）を閲兵。
=== 第2次長州征討に従軍 ===
* 大正元年（1912年） - [[明治天皇]]大葬の9月13日夜、妻[[乃木静子|静子]]とともに自刃。享年62。墓所は[[港区 (東京都)|港区]][[青山霊園]]。
[[元治2年]]（[[1864年]]）、乃木は、集童場時代の友人らと盟約状を交わして、[[長府藩報国隊]]を組織した。
* 大正5年（[[1916年]]） - [[昭和天皇|裕仁親王]]の立太子礼に際して、[[正二位]]を追贈される。

[[慶応元年]]（[[1865年]]）、[[第二次長州征討]]が開始されると、同年4月、乃木は萩から長府へ呼び戻され、長府藩報国隊に属し、山砲一門を率いて小倉口での戦闘（[[小倉戦争]]）に加わり、[[奇兵隊]]の[[山縣有朋]]指揮下において戦った。しかし、乃木は、そのまま軍にとどまることはなく、[[慶応2年]]（[[1866年]]）、長府藩の命令に従い、明倫館文学寮に入学（復学）した<ref>佐々木・前掲書123頁以下頁参照</ref>。

その後、報国隊は、越後方面に進軍して戦闘を重ねたが、乃木はこれに参加しなかった。明倫館在籍時、講堂で[[相撲]]を取り、左足を挫いたことから参加することができなかったといわれる<ref>半藤一利ほか『歴代陸軍大将全欄　明治編』176頁参照</ref>。

=== 陸軍少佐任官 ===
[[慶応4年]]（[[1868年]]）1月、報国隊の漢学助教となるが、同年11月、藩命により、伏見[[御親兵]]兵営に入営して[[フランス]]式訓練法を学んだ。

これは、従兄弟であり報国隊隊長であった[[御堀耕助]]が、乃木に対し、学者となるか軍人となるか意思を明確にせよと迫り、乃木が軍人の道を選んだことから、御堀が周旋した結果発せられたという<ref>福田和也・前掲書63頁以下参照</ref>。

[[明治2年]]（[[1869年]]）7月、乃木は京都河東御親兵練武掛となり、次いで、[[明治3年]]（[[1870年]]）[[1月4日]]、[[豊浦藩]]（旧・長府藩）の陸軍練兵教官となる<ref>佐々木・前掲書430頁参照</ref>。

そして、[[明治4年]]（[[1971年:]]）[[11月23日]]、乃木は陸軍[[少佐]]に任官し、[[東京鎮台]]第2分営に属した。当時22歳の乃木が少佐に任じられたのは異例の大抜擢であったが、これには、御堀耕助を通じて知り合った[[黒田清隆]]が関与したとみられている。乃木は、少佐任官を喜び、後日、少佐任官の日は『生涯何より愉快だった日』であると述べている<ref>福田和也・前掲書66頁参照</ref>。

[[明治4年]]（[[1871年]]）12月、[[正七位]]に除せられた乃木は、名を'''希典'''と改めた。

その後、乃木は、東京鎮台第3分営[[大弐]]心得及び[[名古屋鎮台]]大弐を歴任し、[[明治6年]]（[[1872年]]）[[6月25日]]には[[従六位]]に除せられる。

[[明治7年]]（[[1873年]]）[[5月12日]]から4か月間の休職に入るが、同年[[9月10]]日には陸軍卿伝令使となった。

=== 秋月の乱を鎮圧 ===
[[明治8年]]（[[1875年]]）12月、[[熊本鎮台]][[歩兵]]第14[[連隊]]長[[心得]]に任じられ、[[小倉]]に赴任した。不平[[士族]]の反乱に呼応する可能性があった山田頴太郎（[前原一誠]]の実弟）が連隊長を解任されたことを受けての人事であった。

連隊長心得就任後、実弟である玉木正諠（たまき　まさよし、幼名は真人。当時、玉木文之進の養子となっていた。）がしばしば乃木の下を訪問し、前原一誠に同調するよう説得を試みた。しかし乃木はこれに賛同せず、かえって山縣有朋に事の次第を通報した<ref>佐々木・前掲書125頁以下参照</ref>。

[[明治9年]]（[[1876年]]）、[[宮崎車之助]]らによる[[秋月の乱]]が起きると、乃木は、他の反乱士族との合流を図るため東進する反乱軍の動向を察知し、[[豊津]]においてこれを挟撃して、反乱軍を潰走させた<ref>福田和也・前掲書74頁以下参照</ref>。

秋月の乱の直後、[[萩の乱]]が起こった。実弟・玉木正諠は反乱軍に与して戦死し、学問の師である玉木文之進は自らの門弟の多くが萩の乱に参加したことに対する責任をとるため自刃した。

萩の乱に際し、乃木は、麾下の第14連隊を動かさなかった。これに対し、陸軍大佐・[[福原和勝]]は、乃木に書簡を送り、秋月の乱における豊津での戦闘以外に戦闘を行わず、[[大阪鎮台]]に援軍を要請した乃木の行為を批判し、長州の面目に関わると述べて乃木を厳しく非難した。乃木は、小倉でも反乱の気配があったこと等を挙げて連隊を動かさなかったことの正当性を主張した<ref>福田和也・前掲書77頁以下参照。福田は、福原の書簡の内容が一方的であると述べて、乃木を擁護している。</ref>。

=== 西南戦争への従軍 ===
[[明治10年]]（[[1877年]]）、[[西南戦争]]が勃発すると、同年[[2月19日]]、乃木は第14連隊を率いて[[久留米]]に入り、同月22日夕刻、[[植木町]]（後の[[熊本市]]植木町）付近において西郷軍との戦闘に入った。

乃木の連隊はよく応戦したが、午後9時頃、退却することとした。その際に連隊旗を保持していた河原林少尉が討たれ、連隊旗を西郷軍に奪われてしまう。西郷軍は、奪取した連隊旗を見せびらかした<ref>福田和也・前掲書79頁以下、佐々木・前掲書122頁以下参照</ref>。

その後、乃木は、部下が止めるのも構わず、弾丸の下を奔走して連隊を指揮し、重傷を負って[[野戦病院]]に入院してもなお脱走して戦地に赴こうとした。このときの負傷が元で、乃木は左足がやや不自由となる<ref>佐々木・前掲書119頁以下、27頁以下参照</ref>。

[[熊本城]]を包囲していた西郷軍が駆逐された後の[[明治10年]]（[[1877年]]）[[4月22日]]、乃木は[[中佐]]に昇進するとともに、[[熊本鎮台]]の参謀となり、第一線指揮から離れた。{{要出典範囲|乃木の死地を求める行動に自殺願望をみた[[山縣有朋]]や[[児玉源太郎]]など周囲が謀った事と言われる|date=2011年1月}}。

乃木は、連隊旗喪失を受け、官軍の実質的な総指揮官であった山縣に待罪書を送り、厳しい処分を求めた。しかし、山縣からは、不問に付す旨の指令書が返信された。これに対し、乃木は納得せず、何度も自殺を図った。児玉源太郎は、自殺しようとする乃木を見つけ、乃木が手にした軍刀を奪い取って諫めたという<ref>佐々木・前掲書119頁以下参照</ref>。

=== 放蕩生活と結婚 ===
秋月の乱以後、西南戦争に至る一連の士族争乱は、乃木にとって実に辛い戦争であった。連隊旗を失うという恥辱もさることながら、萩の乱では実弟・玉木正誼が敵対する士族軍について戦死し、師であり、正誼の養父でもあった[[玉木文之進]]が切腹した。

西南戦争の後、乃木の放蕩が尋常でなくなった。乃木は、[[明治11年]]（[[1878年]]）[[10月27日]]、お七（結婚後に静と改名した。静子ともいわれる。）と結婚する。しかし、風采優美な偉丈夫として花柳界に知られていた乃木は、祝言当日も料理茶屋に入り浸り、祝言に遅刻したほどであった。乃木の度を超した放蕩は、ドイツ留学まで続いた<ref>佐々木・前掲書89頁以下、122頁以下参照</ref>。

=== 少将への出世と留学 ===
乃木は、[[明治12年]]（[[1879年]]）[[12月20日]]、[[正六位]]に叙せられ、翌[[明治13年]]（[[1880年]]）[[4月29日]]に[[大佐]]へと昇進し、同年[[6月8日]]には[[従五位]]に叙せられた。

[[明治16年]]（[[1883年]]）[[2月5日]]、乃木は東京鎮台参謀長に任じられ、[[明治18年]]（[[1885年]]）5月21日には[[少将]]に昇進し、歩兵第11[[旅団]]長に任じられた。また、同年[[7月25日]]には、[[正五位]]に叙せられた。

この間、長男・勝典（[[明治12年]]（[[1879年]]）[[8月28日]]生）及び次男・保典（[[明治14年]]（[[1881年]]）[[12月16日]]生）がそれぞれ誕生している。

[[明治20年]]（[[1887年]]）1月から[[明治21年]]（[[1888年]]）[[6月10日]]まで、乃木は政府の命令によって、[[川上操六]]とともに[[ドイツ帝国]]へ留学した<ref>佐々木・前掲書431頁以下参照</ref>。

乃木は、ドイツ軍の参謀将校から『歩兵操典』に基づく講義を受けた。
帰国後、乃木は、実質的に乃木単独で作成した復命書を[[大山巌]]に提出した（形式上は川上と乃木の連名であったが、川上は帰国後病に伏したので、ほとんどを乃木が記述した。）。復命書は、軍人は徳義を本文とすべき事こと、制服の重要性及び厳正な軍紀を維持するための軍人教育の必要性に重きを置いたものとなった<ref>福田和也・前掲書102頁以下参照</ref>。

帰国後の乃木は、復命書の記載を体現するかのように振る舞うようになり、留学前には足繁く通っていた料理茶屋・料亭には赴かないようになり、[[芸妓]]が出る宴会には絶対に出席せず、生活をとことん質素にし（平素は[[稗]]を食し、来客時には[[蕎麦]]を「御馳走」と言って振る舞った。）、いついかなる時も乱れなく軍服を着用するようになった<ref>特に軍服の着用について、佐々木・前掲書201頁以下参照</ref>。


こうした乃木の変化について、福田和也は、西南戦争で軍紀を喪失して以来厭世家となった乃木が、空論とも言うべき理想の軍人像を体現することに生きる意味を見いだしたと分析している<ref>福田和也・前掲書121頁参照</ref>。
== 経歴・人物 ==
=== 秋月の乱・萩の乱、西南戦争 ===
乃木は陸軍入隊の際に少佐として任官され、第14連隊長心得として小倉に赴任する。時を置かず勃発した[[秋月の乱]]を鎮圧、つづいて[[西南戦争]]に従軍した。西南戦争では、初戦時、退却の際に連隊旗を保持していた兵が討たれ、連隊旗を薩摩軍に奪われてしまう。乃木は自責の念から、戦死を望むかのような蛮戦を繰り返し、負傷して[[野戦病院]]に入院しても脱走して戦地に赴こうとした。退院後は熊本鎮台の参謀となり第一線指揮から離れた。乃木の行動に自殺願望をみた[[山縣有朋]]や[[児玉源太郎]]など周囲が謀った事と言われる。


=== 日清戦争への従軍 ===
乃木は官軍の実質的な総指揮官であった山縣に待罪書を送り、厳しい処分を求めた。しかし、連隊旗紛失後の奮戦も含め、自ら処罰を求めた乃木の行動はかえって潔いと好意的に受け止められ、罪は不問とされた。しかし乃木は納得せず、ある日割腹自決を図り児玉に取り押さえられるという事件があったと言われる。「軍旗は天皇陛下から給わったもの。詫びなければならない」と言って譲らない乃木に対し、児玉は厳しく諫めたという。
乃木は、[[明治25年]]（[[1892年]]）に一度休職した後復職し、[[明治27年]]（[[1895年]]）、歩兵第1旅団長として[[日清戦争]]に従軍した。


乃木率いる歩兵第1旅団は、[[明治27年]]（[[1894年]]）[[9月24日]]に東京を出発し、同年[[10月24日]]、[[清]]に上陸。同年11月から破頭山、金州、産国及び和尚島において戦い、同月24日には旅順要塞をわずか1日で陥落させた。
後に乃木が殉死した際、遺書とともにこのときの待罪書が見つかった。大将にまで上り詰めた乃木が、若き日に起こした失態の責任を忘れていなかったことと、その時果たせなかった切腹による引責を殉死によって遂げたことが明らかになり、その壮烈な責任感は、日本のみならず世界に大きな衝撃を与えた。


翌[[明治28年]]（[[1895年]]）、乃木は蓋平、太平山、営口及び田庄台において戦い、日清戦争終結間際の同年[[4月5日]]、[[中将]]に昇進して、仙台に本営を置く第2師団の師団長となった。
一連の士族争乱は、乃木にとって実に辛い戦争であった。連隊旗を失うという恥辱もさることながら、萩の乱では実弟・玉木正誼が敵対する士族軍について戦死している（正誼は兄・希典に士族軍に付くよう何度も説得していた）。さらには、師であり、正誼の養父でもあった[[玉木文之進]]が、萩の乱に正誼と弟子らが参加した責任を感じて切腹した。この後、乃木の放蕩が尋常でなくなり、たびたび暴力まで振るうようになったことから、西南戦争が乃木の精神に与えた傷がいかに深かったかが知れる。乃木の度を超した放蕩は、ドイツ留学まで続いた。


=== 台湾統治 ===
=== 台湾出兵への参加と台湾総督への就任 ===
{{出典の明記|section=1|date=2011年1月}}
台湾総督時代には抵抗運動鎮圧に苦労し、後の児玉源太郎や[[明石元二郎]]のような積極的な内政整備は出来なかった。そのため、本人も総督としての職務失敗を理由に辞職する。乃木の統治については、[[蔡焜燦]]などのように、あの時期に乃木のような実直で清廉な人物が総督になったことは支配側の綱紀粛正や現地人の信頼獲得に大いに役立ち、児玉時代以降の発展の基礎を築いたと高く評価している人もいる。
台湾総督時代には抵抗運動鎮圧に苦労し、後の児玉源太郎や[[明石元二郎]]のような積極的な内政整備は出来なかった。そのため、本人も総督としての職務失敗を理由に辞職する。乃木の統治については、[[蔡焜燦]]などのように、あの時期に乃木のような実直で清廉な人物が総督になったことは支配側の綱紀粛正や現地人の信頼獲得に大いに役立ち、児玉時代以降の発展の基礎を築いたと高く評価している人もいる。


=== 日露戦争・旅順攻略戦 ===
=== 日露戦争への従軍 ===
==== 馬蹄銀事件による休職 ====
台湾総督を辞任した後休職していた乃木は、[[明治31年]]（[[1898年]]）[[10月3日]]、[[香川県]][[善通寺]]に新設された第11師団長として復職した。

しかし、[[明治34年]]（[[1901年]]）[[5月22日]]、[[馬蹄銀事件]]に関与したとの嫌疑を乃木の部下がかけられたことから、休職を申し出て、帰京した。乃木は計4回休職したが、この休職が最も長く、2年9か月に及んだ。

休職中、乃木は、那須野石林にあった別邸で農耕をして過ごした<ref>佐々木・前掲書96頁以下参照</ref>。

==== 復職と出撃・長男戦死 ====
[[日露戦争]]開戦の直前である[[明治37年]]（[[1904年]]）[[2月5日]]、動員令が下り、乃木は留守近衛師団長として復職した。

乃木はこの後備任務に不満であったから、[[明治37年]]（[[1904年]]）[[5月2日::、第三軍司令官に任命されると、「どうです、若返ったように見えませんか」と述べて喜んだ<ref>佐々木・前掲書53頁以下参照</ref>。なお、乃木が第3軍の司令官に起用された背景について、司令官のうち薩摩藩出身者と長州藩出身者とを同数にすべきであるという藩閥政治の結果とする主張もある<ref>『日露戦争―陸海軍、進撃と苦闘の五百日 (歴史群像シリーズ 24) 』（学習研究社、1991年）166頁（上田滋執筆部分）</ref>。

乃木は、[[明治37年]]（[[1904年]]）[[6月1日]]、[[宇品]]を出航し、戦地に赴いた。

乃木が日本を立つ直前の[[明治37年]]（[[1904年]]）[[5月27日]]、長男・勝典が[[南山の戦い]]において戦死した。乃木は、[[広島]]において勝典の訃報を聞き、これを東京にいる妻・静に電報で知らせた。電報には、名誉の戦死を喜べと記載されていたといわれる。長男・勝典の戦死は新聞でも報道された<ref>佐々木・前掲書54頁以下参照</ref>。

==== 旅順攻囲戦 ====
乃木が率いる第3軍は、第2軍に属していた第1師団及び第11師団を基幹とする軍であり、その編成目的は[[旅順要塞]]の攻略であった。

[[明治37年]]（[[1904年]]）[[6月6日]]、塩大澳に上陸した。このとき、[[大将]]に昇進し、同月12日には[[正三位]]に叙せられている。

乃木率いる第3軍は、[[明治37年]]（[[1904年]]）[[6月26日]]から進軍を開始し、同年[[8月7日]]以降、3度にわたって総攻撃を行った。しかし、旅順要塞が容易に陥落しなかった。これを受けて、軍内部の乃木に対する非難が高まり、一時、乃木を第3軍司令官から更迭する案も浮上したが、明治天皇が[[御前会議]]において乃木更迭に否定的な見解を示したことから、乃木の続投が決まったといわれている<ref>佐々木・前掲書65頁以下参照</ref>。

また、乃木に対する批判は国民の間にも起こり、東京の乃木邸は投石を受けることもあった<ref>半藤一利ほか『歴代陸軍大将全欄　明治編』189頁参照</ref>。

第3回総攻撃の際、次男・保典が戦死した。これを知った乃木は、「よく戦死してくれた。これで世間に申し訳が立つ。」と述べたという<ref>佐々木英明著『乃木希典――予は諸君の子弟を殺したり――』（ミネルヴァ書房、2005年69頁以下参照</ref>。長男と次男を相次いで亡くした乃木に日本国民は大変同情し、「一人息子と泣いてはすまぬ、2人なくした人もある」という俗謡が流行するほどだった<ref>佐々木・前掲書18頁参照</ref>。

[[明治38年]]（[[1905年]]）[[1月1日]]、旅順要塞司令官[[アナトーリイ・ステッセリ]]（ステッセルとも表記される。）は、乃木に対し、降伏書を送付し、同月2日、戦闘が停止され、旅順要塞は陥落した<ref>『日露戦争―陸海軍、進撃と苦闘の五百日 (歴史群像シリーズ 24) 』（学習研究社、1991年）48頁以下、70頁以下参照</ref>。詳細は[[旅順攻囲戦]]を参照。

==== 旅順要塞攻略と水師営の会見での会見 ====
[[ファイル:Nogi and Stessel.jpg|250px|thumb|[[水師営]]会見　中央二人が乃木将軍と[[アナトーリイ・ステッセリ|ステッセル]]将軍]]
[[ファイル:Nogi and Stessel.jpg|250px|thumb|[[水師営]]会見　中央二人が乃木将軍と[[アナトーリイ・ステッセリ|ステッセル]]将軍]]


旅順要塞攻略後の[[明治38年]]（[[1905年]]）[[1月5日]]、乃木は同要塞司令官ステッセリと会見した。この会見は第3軍の司令部が置かれた[[水師営]]において行われたので、'''水師営の会見'''といわれる。乃木は、ステッセリに帯剣を許すなど紳士的にふるまい、酒を酌み交わして打ち解けた。また、乃木は、[[従軍記者]]たちの再三の要求にもかかわらず会見写真は一枚しか撮影させずに、ステッセリらロシア軍人の武人としての名誉を重んじた<ref>半藤一利ほか『歴代陸軍大将全欄　明治編』192頁参照</ref>。
日露戦争では、旅順要塞攻略のために新たに編成された第三軍の司令官に任命される。第一回総攻撃では空前の大規模な砲撃を行った後、第三軍を構成する各師団の歩兵部隊に対し、ロシア旅順要塞の堡塁へ白昼突撃を敢行させ多くの犠牲者を出した。乃木はこの失敗により要塞の堡塁直前まで塹壕を掘るなどし犠牲者を激減させた。この一連の戦闘で次男保典少尉が戦死（長男勝典も、先に行われた[[南山の戦い]]で戦死している）。


こうした乃木の振る舞いは、旅順要塞を攻略した武功と併せて世界的に報道され、賞賛された<ref>佐々木・前掲書76頁以下参照</ref>。
ロシア[[旅順要塞]]攻略後に同要塞司令官[[アナトーリイ・ステッセリ]]との間で'''水師営の会見'''が行われた。乃木は紳士的にふるまい、従軍記者たちの再三の要求にもかかわらず会見写真は一枚しか撮影させず、彼らの武人としての名誉を重んじた。


乃木は、[[明治38年]]（[[1905年]]）[[1月13日]]、旅順要塞に入城し、翌14日、旅順攻囲戦において戦死した将兵の弔いとして招魂祭を挙行した<ref>佐々木・前掲書71頁以下、434頁</ref>。
旅順攻略戦が極めて困難であったことや、二人の子息を戦死で亡くしたことから、乃木の凱旋には多くの国民が押し寄せた。


==== 奉天会戦 ====
日露戦争時の乃木、特に旅順攻略戦に対する乃木の評価は識者の間だけでなく、歴史通の人々の間でも評価が分かれる。当時は名将論が一般的であったが、一部に乃木無能論もあった。これが広まったのは1960年代末から書かれた[[司馬遼太郎]]の小説『[[坂の上の雲]]』によるところが大きく、その刊行後、すぐに乃木擁護論が反論されるなど、大きな反響をもたらした。
乃木率いる第3軍は、旅順要塞攻略後、[[奉天会戦]]にも参加した。


第3軍は、西から大きく回り込んでロシア軍の右側背後を突くことを命じられ、猛進した。ロシア軍の総司令官である[[アレクセイ・クロパトキン]]は、第3軍を日本軍の主力であると誤解して兵力を振り分けたので、第3軍は激しい抵抗にあった。第3軍の進軍如何によって勝敗が決すると考えられていたので、総参謀長・児玉源太郎は、第3軍参謀長・[[松永正敏]]に対し、「乃木に猛進を伝えよ。」と述べた。児玉に言われるまでもなく進撃を続けていた乃木は激怒し、第3軍の司令部を再前線にまで突出させたが、幕僚の必至の説得により、司令部は元の位置に戻された。
後、各戦役での活躍や、徳行から乃木希典は軍の武徳の具現者と見なされた。明治天皇を追った殉死の後は、日本各地に乃木神社が建てられ、文武の神として崇められた。支那事変から大東亜戦争の間、軍部の国家総動員政策のうち精神動員に、乃木は陸軍の英雄として利用され、国民の戦意をあおった。戦後『坂の上の雲』発表当時も、世間ではまだ乃木に対する好感は高かった。乃木の功績や、名将・凡将・愚将論は今日も定まっていない。<!-- (司馬遼太郎も乃木の伝記的小説「[[殉死]]」や「[[坂の上の雲]]」の中でその面は高く評価している) -->


その後も第3軍はロシア軍からの熾烈な攻撃を受け続けたが、奉天会戦に勝利した<ref>『日露戦争―陸海軍、進撃と苦闘の五百日 (歴史群像シリーズ 24) 』（学習研究社、1991年）73頁以下</ref>。
他方日露戦争での日本の勝利は、ロシアの[[南下政策]]に苦しめられていた[[オスマン帝国]]で歓喜をもって迎えられた。乃木はオスマン帝国でも英雄となり、子どもに乃木の名前を付ける親までいたという<ref>『学び、考える歴史』 [[浜島書店]]</ref>。


=== 日露戦争後の乃木 ===
==== 凱旋 ====
旅順攻略戦が極めて困難であったことや、二人の子息を戦死で亡くしたことから、乃木の凱旋は他の諸将とは異なる大歓迎となり、新聞も帰国する乃木の一挙手一投足を報じた<ref>佐々木・前掲書14頁、18頁参照</ref>。
少将時代の乃木が訪れた[[金沢]]の街で辻占売りの少年を見かけた。その少年が父親を亡くしたために幼くして一家の生計を支えていることを知り、少年に当時としてはかなりの大金である金二円を渡した。少年は感激して努力を重ね、その後金箔加工の世界で名をなしたという逸話によるものである。乃木の人徳をしのばせる逸話であり、後に[[旅順攻囲戦|旅順戦]]を絡めた上で脚色され「乃木将軍と辻占売り」という唱歌や講談ダネで有名になった。


乃木を歓迎するムードは高まっていたが、対する乃木は、日本へ帰国する直前、旅順攻囲戦において多数の将兵を戦死させた自責の念から、戦死して骨となって帰国したい、日本へ帰りたくない、守備隊の司令官になって中国大陸に残りたい、箕でも笠でもかぶって帰りたい、などと述べ、凱旋した後に各方面で催された歓迎会への招待もすべて断った<ref>佐々木・前掲書22頁、28頁以下参照</ref>。
戦時中は一般国民にまで戦下手と罵られた乃木であったが、水師営の会見をはじめとする、多々の徳行、高潔な振舞いにより、稀代の精神家として徐々に尊敬の対象に変化していった。諸外国の報道機関では乃木を日本軍人の典型として紹介し、明治時代の日本人の地位を大きく向上させることに一役買った。


乃木は、凱旋後、明治天皇の御前で自筆の復命書を奉読した。復命書は、旅順要塞の攻略に長期間を要した上、多大な犠牲を被ったこと等を率直に認める内容であり、乃木は、これを読み上げるうち、涙声となった。さらに乃木は、明治天皇に対し、自刃して明治天皇の将兵に多数の死傷者を生じた罪を償いたいと奏上した。しかし、明治天皇は、乃木の苦しい心境は理解したが今は死ぬべき時ではない、どうしても死ぬというのであれば朕が世を去った後にせよ、という趣旨のことを述べたとされる<ref>佐々木・前掲書32頁以下参照</ref>。
戦後の乃木は、旅順や奉天で戦死・戦傷した部下や遺族の窮状を聞くと、密かに訪れて見舞金を渡したり、従者を送ったりした。やがてこのことは報道機関の知るところになり、乃木はさらに神格化された。また、上腕切断者のために自ら設計に参加した'''乃木式義手'''を完成させ、自分の年金を担保に製作・配布した。この義手で書いたという負傷兵のお礼を述べる手紙が乃木あてに届き、乃木が感涙にむせんだという逸話も新聞にも取り上げられ、庶民の「乃木将軍」はますます大きくなり、英雄・偉人というだけでなく、ある種の信仰対象という域までになった。例えば、子供が好き嫌いをすると、母親が「乃木将軍が子供の頃は、嫌いなものを残すと、食べるまで何度も嫌いなものが出されたのよ」などと、乃木を引き合いに出して叱責するといった具合であった。


=== 学習院院長就任 ===
少年時代の[[石原莞爾]]が、興味本位で紹介状も無く、いきなり乃木を訪ねた際に乃木は喜んで石原を家に招き入れた（石原も「乃木閣下ならば紹介状が無くても必ず会ってくれる」と確信して訪問していたようである）。日露戦争の補給線などに関わる質問にも、地図を持ち出して来て丁寧に答え、暇乞いをしようとする石原に夕飯を食べてゆくよう勧めた。石原には白米の飯を出されたが、「閣下と同じ物を食べたいのです」と乃木が日露戦争時から食べていた[[ヒエ|稗飯]]をせがんだ。石原は稗飯のあまりの味のなさには閉口したが、それでもぜんぶ平らげて乃木を感心させた。
明治40年（1907年）1月31日、乃木は[[学習院]]院長を兼任する。自身の子供を無くした分、自分の子供だと思って育てるようにと明治天皇が就任を命じたと言われる<ref>福田和也・前掲書151頁</ref>。明治41年（1908年）4月、後の[[昭和天皇]]が学習院に入学したが、後に、昭和天皇は、自身の人格形成に最も影響があった人物として乃木の名を挙げている<ref>佐々木・前掲書393頁</ref>。


乃木は、学習院の生徒に対し、厳格な教育方針で臨む一方、よくだじゃれを飛ばして生徒を笑わせていたという<ref>佐々木・前掲書224頁</ref>。
=== 殉死 ===
[[ファイル:Count Nogi and his wife.JPG|thumb|250px|自決当日の乃木夫妻]]
[[ファイル:House of Maresuke Nogi.jpg|250px|thumb|[[乃木神社 (東京都港区)|旧乃木希典邸]]。乃木および静子夫人が自刃した場所でもある。]]
[[ファイル:Nogi Maresuke's second house at Nasushiobara.jpg|250px|thumb|[[乃木神社 (那須塩原市)|乃木希典那須野旧宅]]。日清戦争後に閑居していた時期に使用された。]]

乃木は、[[大正元年]]（[[1912年]]）[[9月13日]]、明治天皇大葬の夕に、妻とともに自刃して亡くなった。まず静が乃木の介添えで胸を突き、つづいて乃木が割腹し、再び衣服を整えたうえで、自ら頸動脈と気管を切断して絶命した。遺書には、明治天皇に対する殉死であり、西南戦争時に連隊旗を奪われたことを償うための死であるむねが記されていた。このときに乃木は
: ''うつ志世を神去りましゝ大君乃みあと志たひて我はゆくなり''
という[[辞世]]を詠んでいる。

乃木の訃報は、日本国内にとどまらず、[[ニューヨーク・タイムズ]]など欧米の新聞においても報道された<ref>佐々木・前掲書287頁以下</ref>。

== 年譜 ==
* 嘉永2年（1849年）12月11日 - 誕生
* [[安政]]5年（[[1858年]]）-　長府に帰郷。
* [[慶応]]元年（[[1865年]]）-　長府藩報国隊に入り[[奇兵隊]]と合流して幕府軍と戦う。
* [[明治]]4年（[[1871年]]） - [[陸軍少佐]]に任官。名を希典と改める。
* 明治10年（[[1877年]]） - [[歩兵第14連隊]]長心得として[[西南戦争]]に参加。この際、軍旗を西郷軍に奪われた（[[軍旗#軍旗の扱い|軍旗]]を参照）。
* 明治19年（[[1886年]]） - [[川上操六]]らとともに[[ドイツ]]に留学。
* 明治25年（[[1892年]]） - 歯科疾患のため歩兵第5[[旅団長]]を辞任して2月に休職となる。12月に歩兵第1旅団長の就任ため復職。
* 明治27年（[[1894年]]） - 歩兵第1旅団長（[[陸軍少将]]）として[[日清戦争]]に出征。[[旅順要塞]]を一日で陥落させた包囲に加わった。
* 明治28年（[[1895年]]） - [[第2師団 (日本軍)|第2師団]]長（陸軍[[中将]]）として[[台湾出兵]]に参加。
* 明治29年（[[1896年]]） - [[台湾総督]]に就任。母の壽子も台湾に来るが総督官舎で病から{{要出典範囲|自刃して|date=2011年1月}}亡くなる。
* 明治31年（[[1898年]]） - 台湾統治失敗の責任をとって台湾総督辞職。
* 明治32年（[[1899年]]） - [[第11師団 (日本軍)|第11師団]]の初代師団長（中将）に親補せられる。
* 明治37年（[[1904年]]） - 休職中の身であったが[[日露戦争]]の開戦にともない、[[第3軍 (日本軍)|第三軍司令官]]（大将）として[[旅順攻囲戦]]を指揮し、また[[奉天会戦]]に参加する。2児の[[乃木勝典|勝典]]が[[金州南山]]で、[[乃木保典|保典]]が[[203高地]]でそれぞれ戦死する。
* 明治40年（[[1907年]]） - [[学校法人学習院|学習院]]院長として[[皇族]]子弟の教育に従事。[[昭和天皇]]も厳しくしつけられたという。
* 明治44年（[[1911年]]） - 7月1日に[[大英帝国]]の[[ハイドパーク]]で英国少年軍（[[ボーイスカウト]]）を閲兵。
* 大正元年（1912年） - [[明治天皇]]大葬の9月13日夜、妻[[乃木静子|静子]]とともに自刃。享年62。墓所は[[港区 (東京都)|港区]][[青山霊園]]。
* 大正5年（[[1916年]]） - [[昭和天皇|裕仁親王]]の立太子礼に際して、[[正二位]]を追贈される。

== 栄典 ==
* 明治11年（1878年）1月30日：[[勲四等]]
* 明治18年（1885年）4月7日：[[勲三等旭日中綬章]]
* 明治28年（1895年）8月20日:[[功三級金鵄勲章]]、[[旭日重光章]]、[[男爵]]
* 明治30年（1897年）6月26日:[[勲一等瑞宝章]]
* 明治37年（1904年）9月21日:[[伯爵]]
* 明治39年（1906年）4月1日:[[勲一等旭日桐花大綬章]]
* 明治39年（1906年）9月8日:[[ドイツ帝国]]から[[プール・ル・メリット勲章]]受領。
* 明治40年（1907年）4月16日：[[フランス]]政府から[[レジヨン・ドヌール勲章]]受領。
* 明治42年（1909年）4月28日：[[チリ]]政府から金製有功章を受領。
* 明治44年（1911年）10月25日：ルーマニア皇帝から勲章受領。
* 明治45年（1912年）5月10日：[[イギリス]]から[[グランド・クロス・オブ・ザ・ヴィクトリア勲章]]受領。
*明治45年（1912年）6月5日：[[イギリス]]から[[バス勲章]]受領。

== 人物 ==
=== 辻占売りの少年 ===
少将時代の乃木が訪れた[[金沢]]の街で辻占売りの少年を見かけた。その少年が父親を亡くしたために幼くして一家の生計を支えていることを知り、少年に当時としてはかなりの大金である金二円を渡した。少年は感激して努力を重ね、その後金箔加工の世界で名をなしたという逸話によるものである。乃木の人徳をしのばせる逸話であり、後に[[旅順攻囲戦|旅順戦]]を絡めた上で脚色され「乃木将軍と辻占売り」という唱歌や講談ダネで有名になった<ref>佐々木・前掲書91頁以下参照</ref>。
=== 戦死者へのいたわり ===
戦後の乃木は、旅順や奉天で戦死・戦傷した部下や遺族の窮状を聞くと、密かに訪れて見舞金を渡したり、従者を送ったりした。やがてこのことは報道機関の知るところになり、乃木はさらに神格化された。また、上腕切断者のために自ら設計に参加した'''乃木式義手'''を完成させ、自分の年金を担保に製作・配布した。この義手で書いたという負傷兵のお礼を述べる手紙が乃木あてに届き、乃木は喜んだという<ref>佐々木・前掲書209頁以下</ref>こうした{{要出典範囲|逸話も新聞にも取り上げられ、庶民の「乃木将軍」はますます大きくなり、英雄・偉人というだけでなく、ある種の信仰対象という域までになった。例えば、子供が好き嫌いをすると、母親が「乃木将軍が子供の頃は、嫌いなものを残すと、食べるまで何度も嫌いなものが出されたのよ」などと、乃木を引き合いに出して叱責するといった具合であった|date=2011年1月}}。

=== 初対面の石原莞爾を歓待する。 ===
{{出典の明記|section=1|date=2011年1月}}
少年時代の[[石原莞爾]]が、興味本位で紹介状も無く、いきなり乃木を訪ねた際に乃木は喜んで石原を家に招き入れた。石原も「乃木閣下ならば紹介状が無くても必ず会ってくれる」と確信して訪問していたようである。日露戦争の補給線などに関わる質問にも、地図を持ち出して来て丁寧に答え、暇乞いをしようとする石原に夕飯を食べてゆくよう勧めた。石原には白米の飯を出されたが、「閣下と同じ物を食べたいのです」と乃木が日露戦争時から食べていた[[ヒエ|稗飯]]をせがんだ。石原は稗飯のあまりの味のなさには閉口したが、それでもぜんぶ平らげて乃木を感心させた。

=== 明治天皇からの信望・昭和天皇の教育 ===
{{出典の明記|section=1|date=2011年1月}}
乃木は明治天皇からの信望が厚く、明治天皇が後継者と期待していた迪宮裕仁親王（後の[[昭和天皇]]）の教育係として学習院院長に命じられる。幼親王も乃木を慕い、乃木も聡明な親王に[[陽明学]]を勧めた。殉死の数日前には、乃木は親王に自ら写本した[[山鹿素行]]の『[[中朝事実]]』と『[[中興鑑言]]』を渡し、この本がいかに素晴らしいかを説き、熟読するよう念押しした。当時弱冠10歳の親王は、乃木のただならぬ気配に、これは遺言だと気付き、思わず「閣下はどこかに行ってしまわれるのですか？」と聞いたという。昭和天皇は後々まで、乃木の教えや逸話を記者会見で紹介した。
乃木は明治天皇からの信望が厚く、明治天皇が後継者と期待していた迪宮裕仁親王（後の[[昭和天皇]]）の教育係として学習院院長に命じられる。幼親王も乃木を慕い、乃木も聡明な親王に[[陽明学]]を勧めた。殉死の数日前には、乃木は親王に自ら写本した[[山鹿素行]]の『[[中朝事実]]』と『[[中興鑑言]]』を渡し、この本がいかに素晴らしいかを説き、熟読するよう念押しした。当時弱冠10歳の親王は、乃木のただならぬ気配に、これは遺言だと気付き、思わず「閣下はどこかに行ってしまわれるのですか？」と聞いたという。昭和天皇は後々まで、乃木の教えや逸話を記者会見で紹介した。


=== 楠木正成に対する尊敬 ===
{{出典の明記|section=1|date=2011年1月}}
乃木はまた、[[楠木正成]]を深く崇敬した。乃木の尽忠報国は[[楠公]]を見習ったものである。乃木は楠公に関する書物をできる限り集め考究した。ちなみに楠公が[[楠木正行|正行]]と別れた大阪府島本町の史蹟[[桜井駅跡]]の石碑の「楠公父子訣別之所」という文字は乃木によって書かれたものである。そして、乃木は楠公について次のような歌を詠んでいる。
乃木はまた、[[楠木正成]]を深く崇敬した。乃木の尽忠報国は[[楠公]]を見習ったものである。乃木は楠公に関する書物をできる限り集め考究した。ちなみに楠公が[[楠木正行|正行]]と別れた大阪府島本町の史蹟[[桜井駅跡]]の石碑の「楠公父子訣別之所」という文字は乃木によって書かれたものである。そして、乃木は楠公について次のような歌を詠んでいる。
* いたづらに立ち茂りなば楠の木もいかでかほりを世にとどむべき
* いたづらに立ち茂りなば楠の木もいかでかほりを世にとどむべき
101行目: 254行目:
国史学者[[笹川臨風]]は、「乃木将軍閣下は楠公以降の第一人なり」と乃木を評しており、[[伏見宮貞愛親王]]は乃木について、「乃木は楠木正成以上の偉い人物と自分は思う」「乃木の忠誠、決して楠公のそれに下るべからず」と述べている。
国史学者[[笹川臨風]]は、「乃木将軍閣下は楠公以降の第一人なり」と乃木を評しており、[[伏見宮貞愛親王]]は乃木について、「乃木は楠木正成以上の偉い人物と自分は思う」「乃木の忠誠、決して楠公のそれに下るべからず」と述べている。


== 殉死とその影響 ==
== 評価 ==
=== 軍人としての能力に対する評価 ===
[[ファイル:Count Nogi and his wife.JPG|thumb|250px|自決当日の乃木夫妻]]
乃木の軍人としての能力、特に、旅順攻囲戦における作戦指揮能力に関して、乃木を有能・名将であるとする主張と、無能・愚将であるとする主張とがある。
[[ファイル:House of Maresuke Nogi.jpg|250px|thumb|[[乃木神社 (東京都港区)|旧乃木希典邸]]。乃木および静子夫人が自刃した場所でもある。]]
[[ファイル:Nogi Maresuke's second house at Nasushiobara.jpg|250px|thumb|[[乃木神社 (那須塩原市)|乃木希典那須野旧宅]]。日清戦争後に閑居していた時期に使用された。]]


乃木を無能であるとする主張が広まったのは、1960年代末から書かれた[[司馬遼太郎]]の小説『[[坂の上の雲]]』及び『[[殉死_(小説)|殉死]]』によるところが大きい<ref>佐々木・前掲書66頁以下参照</ref>。司馬は、『殉死』の中で、乃木が率いた第3軍は「その信じられぬほどの無能と上級機関の助言にはいっさい耳を傾けぬ頑固さ」が特長であるなどと述べて批判した。
乃木は、大正元年（1912年）9月13日、明治天皇大葬の夕に、妻とともに自刃して亡くなった。まず静子が乃木の介添えで胸を突き、つづいて乃木が割腹し、再び衣服を整えたうえで、自ら頸動脈と気管を切断して絶命した。遺書には、明治天皇に対する殉死であり、西南戦争時に連隊旗を奪われたことを償うための死であるむねが記されていた。このときに乃木は
: ''うつ志世を神去りましゝ大君乃みあと志たひて我はゆくなり''
という[[辞世]]を詠んでいる。


これに対し、乃木を擁護する論説として、[[福田恆存]]「乃木将軍は軍神か愚将か」（『中央公論』昭和45年12月輪寺増刊号）などが発表された。
日露戦争時において乃木は子息を無くし、多くの犠牲者を出したことから、責任を取るために切腹を申し出ていたが、明治天皇から制止され、子供を無くした分、自分の子供だと思って育てるようにと学習院の院長を命ぜられた。その際「自分が死ぬまで死ぬことはまかりならん」と言われた通り、明治天皇崩御に合わせ殉死した。


また、別宮暖朗は、著書『旅順攻防戦の真実』（PHP文庫、2006年）において、以下のように述べて乃木を擁護している。

#司馬遼太郎が乃木を批判するために引用した[[ボーバン]]の攻囲論は日露戦争当時既に200年を経過した古い理論であるから、これに従わなかったことをもって乃木を批判する主張は失当である。乃木は、かえって、当時のヨーロッパにおける主要な軍事論文をすべて読破した理論派であった<ref>別宮暖朗著『旅順攻防戦の真実』（PHP文庫、2006年）93頁、346頁参照</ref>。
#日露戦争当時、塹壕を突破して要塞を陥落させる方法は、ある程度の犠牲を計算入れた、歩兵による突撃以外に方法がなく、有効な戦術が考案されたのは第一次世界大戦中期であるから、後世の観点から乃木を批判すべきではない<ref>別宮・前掲書104頁以下参照</ref>。
#乃木率いる第3軍は、第1回総攻撃による被害が大きかったことを受け、突撃壕を掘り進めて味方の損害を押さえる戦術に転換している<ref>別宮・前掲書181頁、328頁以下、341頁以下参照</ref>。
#仮に、当初から203高地の攻略を第1目標に置いたとしても、被害の拡大は避けられず、また、要塞の攻略に必要なのは、ある地点を占領することではなく、敵軍を消耗させることであるから、203高地を主攻しなかったことをもって乃木を批判することはできない。実際、203高地を占領した後、旅順要塞が陥落するまで約1か月を要している<ref>別宮・前掲書177頁、194頁以下、214頁以下参照</ref>。


=== 乃木の人格に対する評価 ===
=== 「乃木式」の隆盛 ===
乃木が学習院院長に就任した後の[[明治40年]]（[[1907年]]）ころ、「乃木式」という言葉が流行し、大正4年には「乃木式」という名称の雑誌も発行され、乃木の人格は尊敬を集めていた<ref>佐々木・前掲書191頁以下、206頁以下参照</ref>。

=== 日本国外における評価 ===
戦時中は一般国民にまで戦下手と罵られた乃木であったが、水師営の会見をはじめとする、多々の徳行、高潔な振舞いにより、稀代の精神家として徐々に尊敬の対象に変化していった。諸外国の報道機関では乃木を日本軍人の典型として紹介し、明治時代の日本人の地位を大きく向上させることに一役買った。

また、日露戦争での日本の勝利は、ロシアの[[南下政策]]に苦しめられていた[[オスマン帝国]]で歓喜をもって迎えられた。乃木はオスマン帝国でも英雄となり、子どもに乃木の名前を付ける親までいたという<ref>『学び、考える歴史』 [[浜島書店]]</ref>。

=== 殉死に対する評価 ===
{{出典の明記|section=1|date=2011年1月}}
この事件は当時の社会にあってきわめて衝撃的に受け止められ、結果的に死後乃木の盛名をさらに高からしめることになった。事件に対する態度は主として、
この事件は当時の社会にあってきわめて衝撃的に受け止められ、結果的に死後乃木の盛名をさらに高からしめることになった。事件に対する態度は主として、
# 天皇に忠誠を誓う[[武士道]]的精神、[[軍人]]精神の極致として賞賛する受け止め方
# 天皇に忠誠を誓う[[武士道]]的精神、[[軍人]]精神の極致として賞賛する受け止め方
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# 作戦失敗を繰り返し、多くの部下を無為に死傷させた、当然の結果という受け止め方
# 作戦失敗を繰り返し、多くの部下を無為に死傷させた、当然の結果という受け止め方
# 古武士のような徹底した清廉な生き方を称賛する受け止め方
# 古武士のような徹底した清廉な生き方を称賛する受け止め方
の4種類に区分できる。生前から(4)の受け止め方は国民の間で主流であった。事件直後は(1)(2)(3)(4)が混在していたが、やがて[[大正デモクラシー]]の影響によって(2)の立場を取る側とそれに対抗して乃木を神格化しようとする(1)の立場が主流になる。昭和初年ごろから社会全体が右傾化してゆく風潮のなかで(1)が圧倒的な勢力を得たこともあった。[[戦後]]は、[[陸軍悪玉論]]や軍人に対する嫌悪感から(3)を支持する意見と、(4)を支持する意見がある。
の4種類に区分できる。生前から(4)の受け止め方は国民の間で主流であった。事件直後は(1)(2)(3)(4)が混在していたが、やがて[[大正デモクラシー]]の影響によって(2)の立場を取る側とそれに対抗して乃木を神格化しようとする(1)の立場が主流になる。昭和初年ごろから社会全体が右傾化してゆく風潮のなかで(1)が圧倒的な勢力を得たこともあった。[[第二次世界大戦後]]は、[[陸軍悪玉論]]や軍人に対する嫌悪感から(3)を支持する意見と、(4)を支持する意見がある。
* (1)の立場はもちろん、何時の世にも存在する。なお、[[夏目漱石]]の『[[こゝろ|こころ]]』における受け止め方がその典型であるという意見が極めて一部にあるが「こころ」の先生も、漱石自身も乃木の自殺を（1）のような立場で「天皇に忠誠を誓う武士道的精神を賞賛する」受け止め方はしていない。「こころ」の先生と遺書、56節を一読すればわかることである。
* (1)の立場はもちろん、何時の世にも存在する。なお、[[夏目漱石]]の『[[こゝろ|こころ]]』における受け止め方がその典型であるという意見が極めて一部にあるが「こころ」の先生も、漱石自身も乃木の自殺を（1）のような立場で「天皇に忠誠を誓う武士道的精神を賞賛する」受け止め方はしていない。「こころ」の先生と遺書、56節を一読すればわかることである。
* (2)については[[森鴎外]]の『興津弥五右衛門の遺書』、『[[阿部一族]]』などが挙げられる。（鴎外は乃木の殉死に衝撃を受けてこの作品を執筆した）。
* (2)については[[森鴎外]]の『興津弥五右衛門の遺書』、『[[阿部一族]]』などが挙げられる。（鴎外は乃木の殉死に衝撃を受けてこの作品を執筆した）。
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また、第三軍に従軍していた記者[[スタンレー・ウォシュバン]]は乃木の殉死を聞いて、『乃木大将と日本人（原題『Nogi』）』を著し故人を讃えた。
また、第三軍に従軍していた記者[[スタンレー・ウォシュバン]]は乃木の殉死を聞いて、『乃木大将と日本人（原題『Nogi』）』を著し故人を讃えた。


=== 漢詩 ===
乃木伯爵家は成人した息子は二人とも[[日露戦争]]で戦死、長女と三男は夭折した。息子の戦死後、乃木家の戸籍に入っていた実弟集作を大館氏に養子として出したため嗣子がおらず、[[山縣有朋]]や[[寺内正毅]]らは養子を立てて相続させようと画策したが、乃木の遺言により廃絶している。しかし乃木夫妻の死からちょうど3年後にあたる大正4年（1915年）9月13日、乃木家の旧主にあたる[[長府藩]]主の後裔、[[毛利元敏]]の次男・[[毛利元智|元智]]が伯爵に叙爵され、姓も乃木に改めた上で新乃木伯爵家を創設したが批判の声が強く、元智は[[昭和]]9年（1934年）に爵位を返上、姓も毛利に戻した。

== 漢詩 ==
乃木希典は静堂の号を持ち[[漢詩]]<ref>『[[西郷隆盛]]　乃木希典』（[[新学社]]近代浪漫派文庫、2006年）で漢詩と和歌が読める。</ref> をよくした。
乃木希典は静堂の号を持ち[[漢詩]]<ref>『[[西郷隆盛]]　乃木希典』（[[新学社]]近代浪漫派文庫、2006年）で漢詩と和歌が読める。</ref> をよくした。


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== 肉声 ==
== 肉声 ==
明治43年（[[1910年]]）[[1月31日]]に、九段[[偕行社]]で[[加藤清正]]300年祭に関する相談会があり、その際に乃木を含めた出席者一同が[[蓄音機]]に肉声を吹き込むという余興が行われた。その最初に吹き込まれたのが乃木の「'''私が乃木希典であります'''」という声である。昭和5年（[[1930年]]）12月に[[小笠原長生]]の解説（相談会の出席者でもあった）を付して「乃木将軍の肉声と其憶出（乃木将軍の肉声）」として発売された。現在では[[昭和館]]で聞くことができるほか、[[ビクターエンタテインメント]]が発売している「戦中歌年鑑（1）昭和4～12年」にも収録されている。
[[明治43年]]（[[1910年]]）[[1月31日]]に、九段[[偕行社]]で[[加藤清正]]300年祭に関する相談会があり、その際に乃木を含めた出席者一同が[[蓄音機]]に肉声を吹き込むという余興が行われた。その最初に吹き込まれたのが乃木の「'''私が乃木希典であります'''」という声である。昭和5年（[[1930年]]）12月に[[小笠原長生]]の解説（相談会の出席者でもあった）を付して「乃木将軍の肉声と其憶出（乃木将軍の肉声）」として発売された。現在では[[昭和館]]で聞くことができるほか、[[ビクターエンタテインメント]]が発売している「戦中歌年鑑（1）昭和4～12年」にも収録されている。

== 栄典 ==
* 明治28年（1895年）8月20日:[[男爵]]
* 明治30年（1897年）6月26日:[[勲一等瑞宝章]]
* 明治37年（1904年）9月21日:[[伯爵]]
* 明治39年（1906年）4月1日:[[勲一等旭日桐花大綬章]]
* 明治39年（1906年）9月8日:[[プロイセン王国]]・[[プール・ル・メリット勲章]]
* 大正元年（1912年）：[[イギリス]]・[[バス勲章]]


== 家族 ==
== 家族 ==
* 妻：[[乃木静子]]（湯地お七）
* 妻：乃木静（湯地お七）
* 子供
* 子供
** 長男：[[乃木勝典]]（1879-1904）
** 長男：[[乃木勝典]]（1879-1904）
** 次男：[[乃木保典]]（1881-1904）
** 次男：[[乃木保典]]（1881-1904）
** 長女：[[乃木恒子]]（1885-1886）
** 長女：乃木恒子（1885-1886）
** 三男：[[乃木直典]]（1889-1889）
** 三男：乃木直典（1889-1889）
* 孫
* 孫
**子供は4人とも子を持たないまま亡くなっている為、子孫はいない。
**子供は4人とも子を持たないまま亡くなっている為、子孫はいない。
* 養子：元智（毛利子爵家の出身、昭和9年に返上、毛利姓に復す）<ref>『華族事件録』千田稔、（新人物往来社　2002年、新潮文庫　2005年）第五章参照：『乃木希典日記』和田政雄編、金園社、1970年</ref>
* 養子：元智（毛利子爵家の出身、昭和9年に返上、毛利姓に復す）<ref>千田稔著『華族事件録』（新人物往来社　2002年、新潮文庫　2005年）第五章、和田政雄編『乃木希典日記』（金園社、1970年）参照</ref>


== 愛馬 ==
== 愛馬 ==
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*雷号
*雷号


== 乃木家のその後 ==
==脚注==
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乃木伯爵家は成人した息子は二人とも[[日露戦争]]で戦死、長女と三男は夭折した。息子の戦死後、乃木家の戸籍に入っていた実弟集作を大館氏に養子として出したため嗣子がおらず、[[山縣有朋]]や[[寺内正毅]]らは養子を立てて相続させようと画策したが、乃木の遺言により廃絶している。しかし乃木夫妻の死からちょうど3年後にあたる大正4年（1915年）9月13日、乃木家の旧主にあたる[[長府藩]]主の後裔、[[毛利元敏]]の次男・[[毛利元智|元智]]が伯爵に叙爵され、姓も乃木に改めた上で新乃木伯爵家を創設したが批判の声が強く、元智は[[昭和]]9年（1934年）に爵位を返上、姓も毛利に戻した。
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== 乃木神社 ==
乃木の死去を受けて、[[京都府]]、[[山口県]]、[[栃木県]]、[[東京都]]、[[北海道]]など、複数の地に乃木を祀った[[乃木神社]]が建立された<ref>佐々木・前掲書252頁</ref>。


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==
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==脚注==
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2011年1月15日 (土) 10:21時点における版

乃木 希典
渾名 乃木将軍
生誕 1849年12月25日
江戸（長府藩上屋敷）
死没 1912年9月13日
所属組織  大日本帝国陸軍
軍歴 1871年 - 1912年
最終階級 陸軍大将
指揮 第三軍司令官
戦闘 長州征討
西南戦争
日清戦争
日露戦争
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乃木 希典（のぎ まれすけ、嘉永2年11月11日（1849年12月25日） - 大正元年（1912年）9月13日）は、日本の武士（長府藩士）、軍人。陸軍大将従二位・勲一等・功一級・伯爵。第10代学習院院長。贈正二位（1916年）。家紋は「市松四つ目結い」。幼名は無人で、その後、源三、文蔵と名を改めた。また、源希典との署名もよく用いた[1]。「乃木大将」、「乃木将軍」などの呼称で呼ばれることも多い[2]。

概観

日露戦争において旅順要塞を攻略したことから、東郷平八郎とともに日露戦争の英雄とされ、「聖将」と呼ばれた。

しかし、旅順要塞攻略に際して多大な犠牲を生じたことや、明治天皇が崩御した際に殉死したことなど、その功績及び行為に対する評価は様々である。例えば、司馬遼太郎は、著書『坂の上の雲』『殉死』において、福岡徹は著書『軍神　乃木希典の生涯』において乃木を愚将と評価した。他方で、司馬遼太郎らに対する反論や、乃木は名将であったとする主張など乃木を擁護する意見もある[3]。

生涯

幼少期

六本木ヒルズ内にある「乃木大將生誕之地」碑

乃木は、嘉永2年（1849年）12月11日、長州藩の支藩である長府藩の藩士（馬廻）乃木希次と乃木壽子（のぎ ひさこ）（壽とする文献もある[4]。）との三男として、長府藩上屋敷において生まれた。ただし、乃木の長兄及び次兄は既に夭折していたので、実質的には長男であった。

幼名は無人（なきと）である。無人という名には、乃木が長兄及び次兄のように夭折することなく壮健に成長して欲しいという願いが込められている[5]。

乃木の家は代々江戸詰の藩士であり、乃木は、10歳までの間、長府藩上屋敷において生活した。この屋敷は赤穂浪士・竹林唯七ら10名が切腹するまでの間預けられた場所であったから、乃木は、赤穂浪士に親しみながら成長した[6]。

幼少の乃木は虚弱体質であり、臆病であった。友人に泣かされることも多く、「泣き人」（なきと）とあだ名された。

父・希次は、こうした乃木を極めて厳しく養育した。例えば、「寒い」と不平を口にした7歳の乃木に対し、「よし。寒いなら、暖かくなるようにしてやる。」と述べ、乃木を井戸端に連れて行き、冷水を浴びせたという。この挿話は、昭和初期の日本における国定教科書にも記載されていた[7]。

長府への転居・元服

安政5年（1858年）11月、父・希次は、藩主の跡目相続に関する紛争に巻き込まれ、長府へ下向するよう藩から命じられた上、閉門及び減俸を命じられた。乃木もこれに同行し、同年12月、長府へ転居した。

安政6年（1859年）4月、11歳になった乃木は、結城香崖に入門して漢籍及び詩文を学び始めた。

また、万延元年（1860年）1月以降、流鏑馬、弓術、西洋流砲術、槍術及び剣術なども学び始めた。

しかし、依然として泣き虫で、妹にいじめられて泣くこともあった。文久2年（1862年）6月20日、乃木は集童場に入った。同年12月、乃木は元服して名を源三と改めたが、依然、幼名の無人にかけて、泣き虫であることを揶揄された[8]。

学者を志して出奔

文久3年（1863年）3月、16歳の乃木は、学者となることを志して父・希次と対立した結果、出奔して、萩（後の萩市）まで徒歩で赴き、玉木文之進への弟子入りを試みた。玉木は、当初、乃木の弟子入りを拒絶した[9]。しかし、結局、乃木は玉木家に住むことを許され、玉木の農作業を手伝う傍ら、学問の手ほどきを受けた。

元治元年（1864年）9月からは、明倫館文学寮に通学することとなったが、一方で、一刀流剣術も学び始めた（一刀流については、明治3年（1867年）1月に目録を伝授されている。）[10]。

第2次長州征討に従軍

元治2年（1864年）、乃木は、集童場時代の友人らと盟約状を交わして、長府藩報国隊を組織した。

慶応元年（1865年）、第二次長州征討が開始されると、同年4月、乃木は萩から長府へ呼び戻され、長府藩報国隊に属し、山砲一門を率いて小倉口での戦闘（小倉戦争）に加わり、奇兵隊の山縣有朋指揮下において戦った。しかし、乃木は、そのまま軍にとどまることはなく、慶応2年（1866年）、長府藩の命令に従い、明倫館文学寮に入学（復学）した[11]。

その後、報国隊は、越後方面に進軍して戦闘を重ねたが、乃木はこれに参加しなかった。明倫館在籍時、講堂で相撲を取り、左足を挫いたことから参加することができなかったといわれる[12]。

陸軍少佐任官

慶応4年（1868年）1月、報国隊の漢学助教となるが、同年11月、藩命により、伏見御親兵兵営に入営してフランス式訓練法を学んだ。

これは、従兄弟であり報国隊隊長であった御堀耕助が、乃木に対し、学者となるか軍人となるか意思を明確にせよと迫り、乃木が軍人の道を選んだことから、御堀が周旋した結果発せられたという[13]。

明治2年（1869年）7月、乃木は京都河東御親兵練武掛となり、次いで、明治3年（1870年）1月4日、豊浦藩（旧・長府藩）の陸軍練兵教官となる[14]。

そして、明治4年（1971年:）11月23日、乃木は陸軍少佐に任官し、東京鎮台第2分営に属した。当時22歳の乃木が少佐に任じられたのは異例の大抜擢であったが、これには、御堀耕助を通じて知り合った黒田清隆が関与したとみられている。乃木は、少佐任官を喜び、後日、少佐任官の日は『生涯何より愉快だった日』であると述べている[15]。

明治4年（1871年）12月、正七位に除せられた乃木は、名を希典と改めた。

その後、乃木は、東京鎮台第3分営大弐心得及び名古屋鎮台大弐を歴任し、明治6年（1872年）6月25日には従六位に除せられる。

明治7年（1873年）5月12日から4か月間の休職に入るが、同年9月10日には陸軍卿伝令使となった。

秋月の乱を鎮圧

明治8年（1875年）12月、熊本鎮台歩兵第14連隊長心得に任じられ、小倉に赴任した。不平士族の反乱に呼応する可能性があった山田頴太郎（[前原一誠]]の実弟）が連隊長を解任されたことを受けての人事であった。

連隊長心得就任後、実弟である玉木正諠（たまき　まさよし、幼名は真人。当時、玉木文之進の養子となっていた。）がしばしば乃木の下を訪問し、前原一誠に同調するよう説得を試みた。しかし乃木はこれに賛同せず、かえって山縣有朋に事の次第を通報した[16]。

明治9年（1876年）、宮崎車之助らによる秋月の乱が起きると、乃木は、他の反乱士族との合流を図るため東進する反乱軍の動向を察知し、豊津においてこれを挟撃して、反乱軍を潰走させた[17]。

秋月の乱の直後、萩の乱が起こった。実弟・玉木正諠は反乱軍に与して戦死し、学問の師である玉木文之進は自らの門弟の多くが萩の乱に参加したことに対する責任をとるため自刃した。

萩の乱に際し、乃木は、麾下の第14連隊を動かさなかった。これに対し、陸軍大佐・福原和勝は、乃木に書簡を送り、秋月の乱における豊津での戦闘以外に戦闘を行わず、大阪鎮台に援軍を要請した乃木の行為を批判し、長州の面目に関わると述べて乃木を厳しく非難した。乃木は、小倉でも反乱の気配があったこと等を挙げて連隊を動かさなかったことの正当性を主張した[18]。

西南戦争への従軍

明治10年（1877年）、西南戦争が勃発すると、同年2月19日、乃木は第14連隊を率いて久留米に入り、同月22日夕刻、植木町（後の熊本市植木町）付近において西郷軍との戦闘に入った。

乃木の連隊はよく応戦したが、午後9時頃、退却することとした。その際に連隊旗を保持していた河原林少尉が討たれ、連隊旗を西郷軍に奪われてしまう。西郷軍は、奪取した連隊旗を見せびらかした[19]。

その後、乃木は、部下が止めるのも構わず、弾丸の下を奔走して連隊を指揮し、重傷を負って野戦病院に入院してもなお脱走して戦地に赴こうとした。このときの負傷が元で、乃木は左足がやや不自由となる[20]。

熊本城を包囲していた西郷軍が駆逐された後の明治10年（1877年）4月22日、乃木は中佐に昇進するとともに、熊本鎮台の参謀となり、第一線指揮から離れた。乃木の死地を求める行動に自殺願望をみた山縣有朋や児玉源太郎など周囲が謀った事と言われる[要出典]。

乃木は、連隊旗喪失を受け、官軍の実質的な総指揮官であった山縣に待罪書を送り、厳しい処分を求めた。しかし、山縣からは、不問に付す旨の指令書が返信された。これに対し、乃木は納得せず、何度も自殺を図った。児玉源太郎は、自殺しようとする乃木を見つけ、乃木が手にした軍刀を奪い取って諫めたという[21]。

放蕩生活と結婚

秋月の乱以後、西南戦争に至る一連の士族争乱は、乃木にとって実に辛い戦争であった。連隊旗を失うという恥辱もさることながら、萩の乱では実弟・玉木正誼が敵対する士族軍について戦死し、師であり、正誼の養父でもあった玉木文之進が切腹した。

西南戦争の後、乃木の放蕩が尋常でなくなった。乃木は、明治11年（1878年）10月27日、お七（結婚後に静と改名した。静子ともいわれる。）と結婚する。しかし、風采優美な偉丈夫として花柳界に知られていた乃木は、祝言当日も料理茶屋に入り浸り、祝言に遅刻したほどであった。乃木の度を超した放蕩は、ドイツ留学まで続いた[22]。

少将への出世と留学

乃木は、明治12年（1879年）12月20日、正六位に叙せられ、翌明治13年（1880年）4月29日に大佐へと昇進し、同年6月8日には従五位に叙せられた。

明治16年（1883年）2月5日、乃木は東京鎮台参謀長に任じられ、明治18年（1885年）5月21日には少将に昇進し、歩兵第11旅団長に任じられた。また、同年7月25日には、正五位に叙せられた。

この間、長男・勝典（明治12年（1879年）8月28日生）及び次男・保典（明治14年（1881年）12月16日生）がそれぞれ誕生している。

明治20年（1887年）1月から明治21年（1888年）6月10日まで、乃木は政府の命令によって、川上操六とともにドイツ帝国へ留学した[23]。

乃木は、ドイツ軍の参謀将校から『歩兵操典』に基づく講義を受けた。 帰国後、乃木は、実質的に乃木単独で作成した復命書を大山巌に提出した（形式上は川上と乃木の連名であったが、川上は帰国後病に伏したので、ほとんどを乃木が記述した。）。復命書は、軍人は徳義を本文とすべき事こと、制服の重要性及び厳正な軍紀を維持するための軍人教育の必要性に重きを置いたものとなった[24]。

帰国後の乃木は、復命書の記載を体現するかのように振る舞うようになり、留学前には足繁く通っていた料理茶屋・料亭には赴かないようになり、芸妓が出る宴会には絶対に出席せず、生活をとことん質素にし（平素は稗を食し、来客時には蕎麦を「御馳走」と言って振る舞った。）、いついかなる時も乱れなく軍服を着用するようになった[25]。

こうした乃木の変化について、福田和也は、西南戦争で軍紀を喪失して以来厭世家となった乃木が、空論とも言うべき理想の軍人像を体現することに生きる意味を見いだしたと分析している[26]。

日清戦争への従軍

乃木は、明治25年（1892年）に一度休職した後復職し、明治27年（1895年）、歩兵第1旅団長として日清戦争に従軍した。

乃木率いる歩兵第1旅団は、明治27年（1894年）9月24日に東京を出発し、同年10月24日、清に上陸。同年11月から破頭山、金州、産国及び和尚島において戦い、同月24日には旅順要塞をわずか1日で陥落させた。

翌明治28年（1895年）、乃木は蓋平、太平山、営口及び田庄台において戦い、日清戦争終結間際の同年4月5日、中将に昇進して、仙台に本営を置く第2師団の師団長となった。

台湾出兵への参加と台湾総督への就任

台湾総督時代には抵抗運動鎮圧に苦労し、後の児玉源太郎や明石元二郎のような積極的な内政整備は出来なかった。そのため、本人も総督としての職務失敗を理由に辞職する。乃木の統治については、蔡焜燦などのように、あの時期に乃木のような実直で清廉な人物が総督になったことは支配側の綱紀粛正や現地人の信頼獲得に大いに役立ち、児玉時代以降の発展の基礎を築いたと高く評価している人もいる。

日露戦争への従軍

馬蹄銀事件による休職

台湾総督を辞任した後休職していた乃木は、明治31年（1898年）10月3日、香川県善通寺に新設された第11師団長として復職した。

しかし、明治34年（1901年）5月22日、馬蹄銀事件に関与したとの嫌疑を乃木の部下がかけられたことから、休職を申し出て、帰京した。乃木は計4回休職したが、この休職が最も長く、2年9か月に及んだ。

休職中、乃木は、那須野石林にあった別邸で農耕をして過ごした[27]。

復職と出撃・長男戦死

日露戦争開戦の直前である明治37年（1904年）2月5日、動員令が下り、乃木は留守近衛師団長として復職した。

乃木はこの後備任務に不満であったから、明治37年（1904年）[[5月2日::、第三軍司令官に任命されると、「どうです、若返ったように見えませんか」と述べて喜んだ[28]。なお、乃木が第3軍の司令官に起用された背景について、司令官のうち薩摩藩出身者と長州藩出身者とを同数にすべきであるという藩閥政治の結果とする主張もある[29]。

乃木は、明治37年（1904年）6月1日、宇品を出航し、戦地に赴いた。

乃木が日本を立つ直前の明治37年（1904年）5月27日、長男・勝典が南山の戦いにおいて戦死した。乃木は、広島において勝典の訃報を聞き、これを東京にいる妻・静に電報で知らせた。電報には、名誉の戦死を喜べと記載されていたといわれる。長男・勝典の戦死は新聞でも報道された[30]。

旅順攻囲戦

乃木が率いる第3軍は、第2軍に属していた第1師団及び第11師団を基幹とする軍であり、その編成目的は旅順要塞の攻略であった。

明治37年（1904年）6月6日、塩大澳に上陸した。このとき、大将に昇進し、同月12日には正三位に叙せられている。

乃木率いる第3軍は、明治37年（1904年）6月26日から進軍を開始し、同年8月7日以降、3度にわたって総攻撃を行った。しかし、旅順要塞が容易に陥落しなかった。これを受けて、軍内部の乃木に対する非難が高まり、一時、乃木を第3軍司令官から更迭する案も浮上したが、明治天皇が御前会議において乃木更迭に否定的な見解を示したことから、乃木の続投が決まったといわれている[31]。

また、乃木に対する批判は国民の間にも起こり、東京の乃木邸は投石を受けることもあった[32]。

第3回総攻撃の際、次男・保典が戦死した。これを知った乃木は、「よく戦死してくれた。これで世間に申し訳が立つ。」と述べたという[33]。長男と次男を相次いで亡くした乃木に日本国民は大変同情し、「一人息子と泣いてはすまぬ、2人なくした人もある」という俗謡が流行するほどだった[34]。

明治38年（1905年）1月1日、旅順要塞司令官アナトーリイ・ステッセリ（ステッセルとも表記される。）は、乃木に対し、降伏書を送付し、同月2日、戦闘が停止され、旅順要塞は陥落した[35]。詳細は旅順攻囲戦を参照。

旅順要塞攻略と水師営の会見での会見

水師営会見　中央二人が乃木将軍とステッセル将軍

旅順要塞攻略後の明治38年（1905年）1月5日、乃木は同要塞司令官ステッセリと会見した。この会見は第3軍の司令部が置かれた水師営において行われたので、水師営の会見といわれる。乃木は、ステッセリに帯剣を許すなど紳士的にふるまい、酒を酌み交わして打ち解けた。また、乃木は、従軍記者たちの再三の要求にもかかわらず会見写真は一枚しか撮影させずに、ステッセリらロシア軍人の武人としての名誉を重んじた[36]。

こうした乃木の振る舞いは、旅順要塞を攻略した武功と併せて世界的に報道され、賞賛された[37]。

乃木は、明治38年（1905年）1月13日、旅順要塞に入城し、翌14日、旅順攻囲戦において戦死した将兵の弔いとして招魂祭を挙行した[38]。

奉天会戦

乃木率いる第3軍は、旅順要塞攻略後、奉天会戦にも参加した。

第3軍は、西から大きく回り込んでロシア軍の右側背後を突くことを命じられ、猛進した。ロシア軍の総司令官であるアレクセイ・クロパトキンは、第3軍を日本軍の主力であると誤解して兵力を振り分けたので、第3軍は激しい抵抗にあった。第3軍の進軍如何によって勝敗が決すると考えられていたので、総参謀長・児玉源太郎は、第3軍参謀長・松永正敏に対し、「乃木に猛進を伝えよ。」と述べた。児玉に言われるまでもなく進撃を続けていた乃木は激怒し、第3軍の司令部を再前線にまで突出させたが、幕僚の必至の説得により、司令部は元の位置に戻された。

その後も第3軍はロシア軍からの熾烈な攻撃を受け続けたが、奉天会戦に勝利した[39]。

凱旋

旅順攻略戦が極めて困難であったことや、二人の子息を戦死で亡くしたことから、乃木の凱旋は他の諸将とは異なる大歓迎となり、新聞も帰国する乃木の一挙手一投足を報じた[40]。

乃木を歓迎するムードは高まっていたが、対する乃木は、日本へ帰国する直前、旅順攻囲戦において多数の将兵を戦死させた自責の念から、戦死して骨となって帰国したい、日本へ帰りたくない、守備隊の司令官になって中国大陸に残りたい、箕でも笠でもかぶって帰りたい、などと述べ、凱旋した後に各方面で催された歓迎会への招待もすべて断った[41]。

乃木は、凱旋後、明治天皇の御前で自筆の復命書を奉読した。復命書は、旅順要塞の攻略に長期間を要した上、多大な犠牲を被ったこと等を率直に認める内容であり、乃木は、これを読み上げるうち、涙声となった。さらに乃木は、明治天皇に対し、自刃して明治天皇の将兵に多数の死傷者を生じた罪を償いたいと奏上した。しかし、明治天皇は、乃木の苦しい心境は理解したが今は死ぬべき時ではない、どうしても死ぬというのであれば朕が世を去った後にせよ、という趣旨のことを述べたとされる[42]。

学習院院長就任

明治40年（1907年）1月31日、乃木は学習院院長を兼任する。自身の子供を無くした分、自分の子供だと思って育てるようにと明治天皇が就任を命じたと言われる[43]。明治41年（1908年）4月、後の昭和天皇が学習院に入学したが、後に、昭和天皇は、自身の人格形成に最も影響があった人物として乃木の名を挙げている[44]。

乃木は、学習院の生徒に対し、厳格な教育方針で臨む一方、よくだじゃれを飛ばして生徒を笑わせていたという[45]。

殉死

自決当日の乃木夫妻
旧乃木希典邸。乃木および静子夫人が自刃した場所でもある。
乃木希典那須野旧宅。日清戦争後に閑居していた時期に使用された。

乃木は、大正元年（1912年）9月13日、明治天皇大葬の夕に、妻とともに自刃して亡くなった。まず静が乃木の介添えで胸を突き、つづいて乃木が割腹し、再び衣服を整えたうえで、自ら頸動脈と気管を切断して絶命した。遺書には、明治天皇に対する殉死であり、西南戦争時に連隊旗を奪われたことを償うための死であるむねが記されていた。このときに乃木は

うつ志世を神去りましゝ大君乃みあと志たひて我はゆくなり

という辞世を詠んでいる。

乃木の訃報は、日本国内にとどまらず、ニューヨーク・タイムズなど欧米の新聞においても報道された[46]。

年譜

栄典

人物

辻占売りの少年

少将時代の乃木が訪れた金沢の街で辻占売りの少年を見かけた。その少年が父親を亡くしたために幼くして一家の生計を支えていることを知り、少年に当時としてはかなりの大金である金二円を渡した。少年は感激して努力を重ね、その後金箔加工の世界で名をなしたという逸話によるものである。乃木の人徳をしのばせる逸話であり、後に旅順戦を絡めた上で脚色され「乃木将軍と辻占売り」という唱歌や講談ダネで有名になった[47]。

戦死者へのいたわり

戦後の乃木は、旅順や奉天で戦死・戦傷した部下や遺族の窮状を聞くと、密かに訪れて見舞金を渡したり、従者を送ったりした。やがてこのことは報道機関の知るところになり、乃木はさらに神格化された。また、上腕切断者のために自ら設計に参加した乃木式義手を完成させ、自分の年金を担保に製作・配布した。この義手で書いたという負傷兵のお礼を述べる手紙が乃木あてに届き、乃木は喜んだという[48]こうした逸話も新聞にも取り上げられ、庶民の「乃木将軍」はますます大きくなり、英雄・偉人というだけでなく、ある種の信仰対象という域までになった。例えば、子供が好き嫌いをすると、母親が「乃木将軍が子供の頃は、嫌いなものを残すと、食べるまで何度も嫌いなものが出されたのよ」などと、乃木を引き合いに出して叱責するといった具合であった[要出典]。

初対面の石原莞爾を歓待する。

少年時代の石原莞爾が、興味本位で紹介状も無く、いきなり乃木を訪ねた際に乃木は喜んで石原を家に招き入れた。石原も「乃木閣下ならば紹介状が無くても必ず会ってくれる」と確信して訪問していたようである。日露戦争の補給線などに関わる質問にも、地図を持ち出して来て丁寧に答え、暇乞いをしようとする石原に夕飯を食べてゆくよう勧めた。石原には白米の飯を出されたが、「閣下と同じ物を食べたいのです」と乃木が日露戦争時から食べていた稗飯をせがんだ。石原は稗飯のあまりの味のなさには閉口したが、それでもぜんぶ平らげて乃木を感心させた。

明治天皇からの信望・昭和天皇の教育

乃木は明治天皇からの信望が厚く、明治天皇が後継者と期待していた迪宮裕仁親王（後の昭和天皇）の教育係として学習院院長に命じられる。幼親王も乃木を慕い、乃木も聡明な親王に陽明学を勧めた。殉死の数日前には、乃木は親王に自ら写本した山鹿素行の『中朝事実』と『中興鑑言』を渡し、この本がいかに素晴らしいかを説き、熟読するよう念押しした。当時弱冠10歳の親王は、乃木のただならぬ気配に、これは遺言だと気付き、思わず「閣下はどこかに行ってしまわれるのですか？」と聞いたという。昭和天皇は後々まで、乃木の教えや逸話を記者会見で紹介した。

楠木正成に対する尊敬

乃木はまた、楠木正成を深く崇敬した。乃木の尽忠報国は楠公を見習ったものである。乃木は楠公に関する書物をできる限り集め考究した。ちなみに楠公が正行と別れた大阪府島本町の史蹟桜井駅跡の石碑の「楠公父子訣別之所」という文字は乃木によって書かれたものである。そして、乃木は楠公について次のような歌を詠んでいる。

  • いたづらに立ち茂りなば楠の木もいかでかほりを世にとどむべき
  • 根も幹ものこらず朽果てし楠の薫りの高くもあるかな

国史学者笹川臨風は、「乃木将軍閣下は楠公以降の第一人なり」と乃木を評しており、伏見宮貞愛親王は乃木について、「乃木は楠木正成以上の偉い人物と自分は思う」「乃木の忠誠、決して楠公のそれに下るべからず」と述べている。

評価

軍人としての能力に対する評価

乃木の軍人としての能力、特に、旅順攻囲戦における作戦指揮能力に関して、乃木を有能・名将であるとする主張と、無能・愚将であるとする主張とがある。

乃木を無能であるとする主張が広まったのは、1960年代末から書かれた司馬遼太郎の小説『坂の上の雲』及び『殉死』によるところが大きい[49]。司馬は、『殉死』の中で、乃木が率いた第3軍は「その信じられぬほどの無能と上級機関の助言にはいっさい耳を傾けぬ頑固さ」が特長であるなどと述べて批判した。

これに対し、乃木を擁護する論説として、福田恆存「乃木将軍は軍神か愚将か」（『中央公論』昭和45年12月輪寺増刊号）などが発表された。

また、別宮暖朗は、著書『旅順攻防戦の真実』（PHP文庫、2006年）において、以下のように述べて乃木を擁護している。

  1. 司馬遼太郎が乃木を批判するために引用したボーバンの攻囲論は日露戦争当時既に200年を経過した古い理論であるから、これに従わなかったことをもって乃木を批判する主張は失当である。乃木は、かえって、当時のヨーロッパにおける主要な軍事論文をすべて読破した理論派であった[50]。
  2. 日露戦争当時、塹壕を突破して要塞を陥落させる方法は、ある程度の犠牲を計算入れた、歩兵による突撃以外に方法がなく、有効な戦術が考案されたのは第一次世界大戦中期であるから、後世の観点から乃木を批判すべきではない[51]。
  3. 乃木率いる第3軍は、第1回総攻撃による被害が大きかったことを受け、突撃壕を掘り進めて味方の損害を押さえる戦術に転換している[52]。
  4. 仮に、当初から203高地の攻略を第1目標に置いたとしても、被害の拡大は避けられず、また、要塞の攻略に必要なのは、ある地点を占領することではなく、敵軍を消耗させることであるから、203高地を主攻しなかったことをもって乃木を批判することはできない。実際、203高地を占領した後、旅順要塞が陥落するまで約1か月を要している[53]。


乃木の人格に対する評価

「乃木式」の隆盛

乃木が学習院院長に就任した後の明治40年（1907年）ころ、「乃木式」という言葉が流行し、大正4年には「乃木式」という名称の雑誌も発行され、乃木の人格は尊敬を集めていた[54]。

日本国外における評価

戦時中は一般国民にまで戦下手と罵られた乃木であったが、水師営の会見をはじめとする、多々の徳行、高潔な振舞いにより、稀代の精神家として徐々に尊敬の対象に変化していった。諸外国の報道機関では乃木を日本軍人の典型として紹介し、明治時代の日本人の地位を大きく向上させることに一役買った。

また、日露戦争での日本の勝利は、ロシアの南下政策に苦しめられていたオスマン帝国で歓喜をもって迎えられた。乃木はオスマン帝国でも英雄となり、子どもに乃木の名前を付ける親までいたという[55]。

殉死に対する評価

この事件は当時の社会にあってきわめて衝撃的に受け止められ、結果的に死後乃木の盛名をさらに高からしめることになった。事件に対する態度は主として、

  1. 天皇に忠誠を誓う武士道的精神、軍人精神の極致として賞賛する受け止め方
  2. 封建制の遺風による野蛮で時代遅れの行為として皮肉にとらえる受け止め方
  3. 作戦失敗を繰り返し、多くの部下を無為に死傷させた、当然の結果という受け止め方
  4. 古武士のような徹底した清廉な生き方を称賛する受け止め方

の4種類に区分できる。生前から(4)の受け止め方は国民の間で主流であった。事件直後は(1)(2)(3)(4)が混在していたが、やがて大正デモクラシーの影響によって(2)の立場を取る側とそれに対抗して乃木を神格化しようとする(1)の立場が主流になる。昭和初年ごろから社会全体が右傾化してゆく風潮のなかで(1)が圧倒的な勢力を得たこともあった。第二次世界大戦後は、陸軍悪玉論や軍人に対する嫌悪感から(3)を支持する意見と、(4)を支持する意見がある。

  • (1)の立場はもちろん、何時の世にも存在する。なお、夏目漱石の『こころ』における受け止め方がその典型であるという意見が極めて一部にあるが「こころ」の先生も、漱石自身も乃木の自殺を（1）のような立場で「天皇に忠誠を誓う武士道的精神を賞賛する」受け止め方はしていない。「こころ」の先生と遺書、56節を一読すればわかることである。
  • (2)については森鴎外の『興津弥五右衛門の遺書』、『阿部一族』などが挙げられる。（鴎外は乃木の殉死に衝撃を受けてこの作品を執筆した）。
  • (3)については京都帝国大学教授谷本富（とめり）、信濃毎日新聞主筆桐生悠々などが、事件直後に新聞紙上で殉死批判を展開した結果物議を醸すこととなった。
  • (4)については乃木夫妻の殉死後、日本各地に乃木神社が建てられたのが、代表的な例として挙げられる。

このほか、彼を題材にした文学作品に櫻井忠温の『将軍乃木』『大乃木』、司馬遼太郎の『殉死』、芥川龍之介の『将軍』、渡辺淳一の『静寂の声』などがある。

また、第三軍に従軍していた記者スタンレー・ウォシュバンは乃木の殉死を聞いて、『乃木大将と日本人（原題『Nogi』）』を著し故人を讃えた。

漢詩

乃木希典は静堂の号を持ち漢詩[56] をよくした。

乃木が作成した漢詩の中でも金州城外の作、爾霊山、凱旋は特に優れているとされ、「乃木三絶」と呼ばれている。

唱歌に詠われた水師営の棗の木（乃木邸内）

司馬遼太郎『坂の上の雲』の中で、乃木の「爾霊山」の詩を読んだ志賀重昂が、「これは神韻だ」と驚嘆したエピソードが紹介されている。

金州城外の作
山川草木轉荒涼 （山川草木　転（うた）た荒涼）
十里風腥新戰場 （十里　風腥（なまぐさ）し　新戦場）
征馬不前人不語 （征馬前（すす）まず　人語らず）
金州城外立斜陽 （金州城外　斜陽に立つ）
爾霊山
爾霊山嶮豈難攀 （爾霊山険しかれども　豈に攀（よ）ぢ難からんや）
男子功名期克艱 （男子功名　克艱を期す）
鐵血覆山山形改 （鉄血山を覆し　山形改む）
萬人斉仰爾霊山 （万人斉しく仰ぐ　爾霊山）
  • 爾霊山（にれいさん）は203高地の当字で、乃木のこの詩によって有名になった。


富岳を詠ず
崚曾富嶽聳千秋 （崚曾たる富岳　千秋に聳え）
赫灼朝暉照八州 （赫灼たる朝暉　八洲を照らす）
休説區區風物美 （説くを休めよ　区区たる風物の美を）
地靈人傑是神州 （地霊人傑　是れ神州）
  • 漢詩人としての乃木の代表作。
無題
肥馬大刀無所酬 （肥馬大刀　酬ゆる所無く）
皇恩空沿幾春秋 （皇恩空しく沿ふこと　幾春秋）
斗瓢傾盡醉余夢 （斗瓢傾尽す　醉余の夢）
踏破支那四百州 （踏破す　支那四百州）
その他
  • 「詠梅」
  • 「凱旋」
  • 「富嶽」
  • 「陣中の作」

肉声

明治43年（1910年）1月31日に、九段偕行社で加藤清正300年祭に関する相談会があり、その際に乃木を含めた出席者一同が蓄音機に肉声を吹き込むという余興が行われた。その最初に吹き込まれたのが乃木の「私が乃木希典であります」という声である。昭和5年（1930年）12月に小笠原長生の解説（相談会の出席者でもあった）を付して「乃木将軍の肉声と其憶出（乃木将軍の肉声）」として発売された。現在では昭和館で聞くことができるほか、ビクターエンタテインメントが発売している「戦中歌年鑑（1）昭和4～12年」にも収録されている。

家族

  • 妻：乃木静（湯地お七）
  • 子供
    • 長男：乃木勝典（1879-1904）
    • 次男：乃木保典（1881-1904）
    • 長女：乃木恒子（1885-1886）
    • 三男：乃木直典（1889-1889）
  • 孫
    • 子供は4人とも子を持たないまま亡くなっている為、子孫はいない。
  • 養子：元智（毛利子爵家の出身、昭和9年に返上、毛利姓に復す）[57]

愛馬

乃木家のその後

乃木伯爵家は成人した息子は二人とも日露戦争で戦死、長女と三男は夭折した。息子の戦死後、乃木家の戸籍に入っていた実弟集作を大館氏に養子として出したため嗣子がおらず、山縣有朋や寺内正毅らは養子を立てて相続させようと画策したが、乃木の遺言により廃絶している。しかし乃木夫妻の死からちょうど3年後にあたる大正4年（1915年）9月13日、乃木家の旧主にあたる長府藩主の後裔、毛利元敏の次男・元智が伯爵に叙爵され、姓も乃木に改めた上で新乃木伯爵家を創設したが批判の声が強く、元智は昭和9年（1934年）に爵位を返上、姓も毛利に戻した。

乃木神社

乃木の死去を受けて、京都府、山口県、栃木県、東京都、北海道など、複数の地に乃木を祀った乃木神社が建立された[58]。

関連項目

ウィキクォートに乃木希典に関する引用句集があります。
ウィキメディア・コモンズには、乃木希典に関連するメディアがあります。

作品

  • 司馬遼太郎　『殉死』『坂の上の雲』　文春文庫
  • 池波正太郎　『将軍』（『賊将』収録）新潮文庫
  • 戸川幸夫　『人間 乃木希典』人物文庫
  • 福田和也　『乃木希典』　文春文庫
  • スタンレー・ウォシュバン『乃木大将と日本人』　講談社学術文庫

参考文献

  • 中西輝政『乃木希典――日本人への警醒』国書刊行会、2010年4月。ISBN 978-4-336-05178-3。 
  • 日本博学倶楽部『日露戦争・あの人の「その後」――東郷平八郎、秋山兄弟から敵将ステッセルまで』PHP研究所〈PHP文庫〉、2004年4月。ISBN 4-569-66169-6。 
  • 松下芳男『乃木希典』吉川弘文館〈人物叢書 新装版〉、1985年12月。ISBN 4-642-05023-X。 

外部リンク

脚注

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  1. ^ 佐々木英明著『乃木希典――予は諸君の子弟を殺したり――』（ミネルヴァ書房、2005年）113頁参照
  2. ^ 小堀桂一郎著『乃木将軍の御生涯とその精神』（国書刊行会）、乃木神社・中央乃木会監修『いのち燃ゆ ― 乃木大将の生涯 ―』（近代出版社）等を参照。
  3. ^ 岡田幹彦著『乃木希典―高貴なる明治』（展転社、2001年）、桑原嶽著『名将 乃木希典－司馬遼太郎の誤りを正す－』（中央乃木会）など
  4. ^ 佐々木・前掲書40頁参照
  5. ^ 佐々木・前掲書40頁参照
  6. ^ 佐々木・前掲書41頁参照
  7. ^ 佐々木・前掲書45～46頁参照
  8. ^ 佐々木・前掲書44頁参照
  9. ^ 福田和也『乃木希典』（文春文庫、2007）50頁以下参照
  10. ^ 佐々木・前掲書122頁以下頁参照
  11. ^ 佐々木・前掲書123頁以下頁参照
  12. ^ 半藤一利ほか『歴代陸軍大将全欄　明治編』176頁参照
  13. ^ 福田和也・前掲書63頁以下参照
  14. ^ 佐々木・前掲書430頁参照
  15. ^ 福田和也・前掲書66頁参照
  16. ^ 佐々木・前掲書125頁以下参照
  17. ^ 福田和也・前掲書74頁以下参照
  18. ^ 福田和也・前掲書77頁以下参照。福田は、福原の書簡の内容が一方的であると述べて、乃木を擁護している。
  19. ^ 福田和也・前掲書79頁以下、佐々木・前掲書122頁以下参照
  20. ^ 佐々木・前掲書119頁以下、27頁以下参照
  21. ^ 佐々木・前掲書119頁以下参照
  22. ^ 佐々木・前掲書89頁以下、122頁以下参照
  23. ^ 佐々木・前掲書431頁以下参照
  24. ^ 福田和也・前掲書102頁以下参照
  25. ^ 特に軍服の着用について、佐々木・前掲書201頁以下参照
  26. ^ 福田和也・前掲書121頁参照
  27. ^ 佐々木・前掲書96頁以下参照
  28. ^ 佐々木・前掲書53頁以下参照
  29. ^ 『日露戦争―陸海軍、進撃と苦闘の五百日 (歴史群像シリーズ 24) 』（学習研究社、1991年）166頁（上田滋執筆部分）
  30. ^ 佐々木・前掲書54頁以下参照
  31. ^ 佐々木・前掲書65頁以下参照
  32. ^ 半藤一利ほか『歴代陸軍大将全欄　明治編』189頁参照
  33. ^ 佐々木英明著『乃木希典――予は諸君の子弟を殺したり――』（ミネルヴァ書房、2005年69頁以下参照
  34. ^ 佐々木・前掲書18頁参照
  35. ^ 『日露戦争―陸海軍、進撃と苦闘の五百日 (歴史群像シリーズ 24) 』（学習研究社、1991年）48頁以下、70頁以下参照
  36. ^ 半藤一利ほか『歴代陸軍大将全欄　明治編』192頁参照
  37. ^ 佐々木・前掲書76頁以下参照
  38. ^ 佐々木・前掲書71頁以下、434頁
  39. ^ 『日露戦争―陸海軍、進撃と苦闘の五百日 (歴史群像シリーズ 24) 』（学習研究社、1991年）73頁以下
  40. ^ 佐々木・前掲書14頁、18頁参照
  41. ^ 佐々木・前掲書22頁、28頁以下参照
  42. ^ 佐々木・前掲書32頁以下参照
  43. ^ 福田和也・前掲書151頁
  44. ^ 佐々木・前掲書393頁
  45. ^ 佐々木・前掲書224頁
  46. ^ 佐々木・前掲書287頁以下
  47. ^ 佐々木・前掲書91頁以下参照
  48. ^ 佐々木・前掲書209頁以下
  49. ^ 佐々木・前掲書66頁以下参照
  50. ^ 別宮暖朗著『旅順攻防戦の真実』（PHP文庫、2006年）93頁、346頁参照
  51. ^ 別宮・前掲書104頁以下参照
  52. ^ 別宮・前掲書181頁、328頁以下、341頁以下参照
  53. ^ 別宮・前掲書177頁、194頁以下、214頁以下参照
  54. ^ 佐々木・前掲書191頁以下、206頁以下参照
  55. ^ 『学び、考える歴史』 浜島書店
  56. ^ 『西郷隆盛　乃木希典』（新学社近代浪漫派文庫、2006年）で漢詩と和歌が読める。
  57. ^ 千田稔著『華族事件録』（新人物往来社　2002年、新潮文庫　2005年）第五章、和田政雄編『乃木希典日記』（金園社、1970年）参照
  58. ^ 佐々木・前掲書252頁
  59. ^ “ブーム発端乃木将軍”. YOMIURI ONLINE (読売新聞社). (2009年10月18日). http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kagawa/news/20091017-OYT8T01190.htm 2009年10月19日閲覧。 [リンク切れ]


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