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|画像説明 = JR大垣駅ビル「アピオ」 |
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|よみがな = おおがき |
|よみがな = おおがき |
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|ローマ字 = Ōgaki |
|ローマ字 = Ōgaki |
2020年2月15日 (土) 02:47時点における版
大垣駅 | |
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JR大垣駅ビル「アピオ」 | |
おおがき Ōgaki | |
所在地 | 岐阜県大垣市高屋町一丁目 |
所属事業者 |
東海旅客鉄道(JR東海・駅詳細) 樽見鉄道(駅詳細) 養老鉄道(駅詳細) |
大垣駅(おおがきえき)は、岐阜県大垣市高屋町一丁目にある、東海旅客鉄道(JR東海)・樽見鉄道・養老鉄道の駅である。JR東海の駅番号はCA77。
乗り入れ路線
JR東海の東海道本線、樽見鉄道の樽見線、養老鉄道の養老線が乗り入れている。JR東海道本線に関しては本線と美濃赤坂支線との分岐駅となっている。樽見線は当駅を起点としている。樽見線は1984年までは東海道本線とともに日本国有鉄道(国鉄)の路線であり、樽見鉄道へ転換されて以降も同線の駅はJR(旧国鉄)との共同使用駅となっている。
以下、東海道本線美濃赤坂支線については、案内上の名称である「美濃赤坂線」と記述する。
歴史
- 1884年(明治17年)5月25日:官設鉄道(のちの国鉄・JR)大垣駅 - 関ケ原駅間延伸時に官設鉄道大垣駅が開業。一般駅。
- 1887年(明治20年)1月21日:官設鉄道が当駅から加納駅(現在の岐阜駅)まで延伸。途中駅となる。
- 1891年(明治24年)10月28日:濃尾地震により本屋全壊[2][3]
- 1895年(明治28年)4月1日:線路名称制定。東海道線(1909年に東海道本線に改称)の所属となる。
- 1913年(大正2年)7月31日:養老鉄道(初代・後の近鉄養老線)養老駅 - 池野駅間の開通時に同線の大垣駅が開業。
- 1922年(大正11年)6月13日:会社合併により、養老鉄道(初代)の駅は揖斐川電気(現・イビデン)が継承。
- 1928年(昭和3年)4月6日:揖斐川電気の鉄道事業分社化により、同社の駅は養老電気鉄道が継承。
- 1929年(昭和4年)10月1日:会社合併により、養老電気鉄道の駅は伊勢電気鉄道が継承。
- 1936年(昭和11年)5月20日:伊勢電気鉄道が養老線を分社し、同社の駅を養老電鉄が継承。
- 1940年(昭和15年)
- 日付不明:国鉄駅舎改築。
- 8月1日:会社合併により、養老電鉄の駅は参宮急行電鉄が継承。
- 1941年(昭和16年)3月15日:大阪電気軌道と参宮急行電鉄が合併し関西急行鉄道発足。参急の駅も関西急行鉄道の駅となる。
- 1944年(昭和19年)6月1日:戦時統合により関西急行鉄道が近畿日本鉄道に改組され、関急の駅も近畿日本鉄道の駅となる。
- 1956年(昭和31年)3月20日:国鉄樽見線が大垣 - 谷汲口間で開業。
- 1984年(昭和59年)
- 1985年(昭和60年)12月7日:橋上駅化。これに伴い、それまで北改札口と南改札口とを結んでいた跨線橋が、北口と駅本屋とを結ぶ自由通路となり、また駅前南側のロータリーも作り直された。それまでの北口改札の建物は『PIER BURGER』など数回店舗が入居していたが、やがて倉庫となる。なお、ほぼ同じ頃に養老線駅舎も改築。
- 1986年(昭和61年)
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、国鉄の駅は東海旅客鉄道(JR東海)が継承。
- 2006年(平成18年)11月25日:JR東海でICカード「TOICA」の利用が可能となる。
- 2007年(平成19年)10月1日:近鉄が養老線を分社し、同社の駅を養老鉄道(2代目)が継承。
- 2009年(平成21年)9月19日:バリアフリー設備を備えた新しい南北自由通路が開通した(愛称『水都ブリッジ』)。これに伴い旧自由通路と旧北口解体。ただし旧北口前のロータリーは残る。
- 2012年(平成24年)
- 2016年(平成28年)3月26日:1日3往復のJR西日本車(221系・223系・225系)の大垣乗入れが廃止されて姫路方面への直通列車がなくなり、すべての下り普通列車が米原駅にて乗り換えとなった。また、「しなの」の大阪直通終了に伴い、当駅を経て米原駅以遠の東海道本線に直通する旅客列車は「ひだ」と「サンライズ瀬戸」「サンライズ出雲」だけとなった。
- 2018年(平成30年)8月31日:駅ビル「アピオ」の営業を終了。
- 2019年(平成31年)4月25日:飲食店やコンビニ、ドラッグストアなどが入居する複合駅ビル「アスティ大垣」が開業。
駅構造
JR東海・樽見鉄道
JR・樽見鉄道 大垣駅 | |
---|---|
JR大垣駅(北口) | |
おおがき Ōgaki | |
所在地 | 岐阜県大垣市高屋町一丁目145 |
所属事業者 |
東海旅客鉄道(JR東海) ■樽見鉄道 |
電報略号 | カキ |
駅構造 | 地上駅(橋上駅) |
ホーム | 3面7線 |
乗車人員 -統計年度- |
(JR東海)17,079人/日(降車客含まず) (樽見)724人/日(降車客含まず) -(JR東海)2016年 (樽見)2016年- |
開業年月日 | 1884年(明治17年)5月25日 |
乗入路線 4 路線 | |
所属路線 |
東海道本線(名古屋地区上り本線・垂井線) (JR東海) |
駅番号 | CA 77 |
キロ程 | 410.0 km(東京起点) |
◄CA76 穂積 (7.7 km) (8.1 km) 垂井 CA78*► | |
所属路線 | 東海道本線(名古屋地区下り本線)(JR東海) |
キロ程 | 410.0 km(東京起点) |
◄CA75 穂積 (7.7 km) (13.8 km) 関ケ原 CA79*► | |
所属路線 | 東海道本線(美濃赤坂支線)(JR東海) |
キロ程 | 0.0 km(大垣起点) |
(3.4km) 荒尾*► | |
所属路線 | ■樽見線(樽見鉄道) |
キロ程 | 0.0 km(大垣起点) |
(2.7km) 東大垣► | |
備考 |
共同使用駅 JR東海:駅長配置駅(管理駅) JR東海:JR全線きっぷうりば 有 |
* この間に南荒尾信号場有り(当駅から3.1km先)。 |
地上駅。単式ホーム1面1線(1番線)と島式ホーム2面4線(2・4・5・7番線)、および4番線ホームの西側にある切欠きホーム1面1線(3番線)、5番線ホームの東側に作られた切欠きホーム1面1線(6番線)、合計3面7線のホームを持つ。
2・4番線が東海道線の本線、6番線が樽見線の本線となっている。この他のホームがある4線は副本線で、7番線の北側にもホームのない副本線が1本、その北側に側線3線が引かれている。また構内東側には保線基地も置かれている。
当駅のアナウンス(駅員)は、東海道線上りを「岐阜・名古屋方面(上り 名古屋方面と放送される場合あり)」、下りを「垂井・関ヶ原方面」、美濃赤坂線を「荒尾・美濃赤坂(美濃赤坂は省略の場合あり)方面」と放送される。
JR東海と樽見鉄道は共同の橋上駅舎を使用する。駅ビルは6階建(床面積約13,000m2)で商業施設「アスティ」が入居しており、2階部分に改札口が設けられている。東海道本線(美濃赤坂支線を除く)利用時にTOICAおよびTOICAと相互利用可能なICカード(対象カードはTOICAを参照)が利用できる。
JR東海の駅は駅長・駅員配置駅(直営駅)である。管理駅として、垂井 - 醒ヶ井間の各駅および美濃赤坂支線の2駅(荒尾駅・美濃赤坂駅)を管理している。JR全線きっぷうりば、自動券売機、自動精算機(改札内)、自動改札機が設置されている。
エスカレーターは北口・南口ともに設置がある。エレベーターは北口のみ設置。南口からのエレベータ利用はアスティのエレベーターを利用。
のりば
番線 | 会社 | 路線 | 方向 | 行先 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
1 | JR東海 | 東海道本線 | 下り | 米原方面 | 下りは待避・始発列車 上りは当駅始発のみ |
上り | 岐阜・名古屋方面 | ||||
2 | 下り | 米原方面 | |||
3 | ■美濃赤坂線 | 下り | 美濃赤坂方面 | ||
4 | 東海道本線 | 上り | 岐阜・名古屋方面 | 特急「しらさぎ」「ひだ」は4番線 | |
5 | |||||
6 | 樽見鉄道 | ■樽見線 | - | 本巣・樽見方面 | |
7 | 1日2本のみ |
ダイヤ・発着番線
2015年6月20日[4]現在でも多くの列車が起終点とする名古屋都市圏の西端に位置するターミナル駅である。日中は快速を中心に岐阜・名古屋・豊橋方面への列車の充実が図られている。また、かつては1日3往復のみであるが大阪・京都方面からの西日本旅客鉄道(JR西日本)の列車も当駅を起終点としていたが[注釈 1]、2016年3月26日の改正で米原止まりとなり、当駅から米原駅まではJR東海の車両での運用に置き換えられた[5]。
原則として、名古屋方面と米原方面を直通する東海道線の下り列車は2番線、上り列車は4番線を使用する(ただし上り列車は一部5番線、下り列車は一部1番線発着もある)。美濃赤坂線の列車はすべて切欠きホームである3番線で折り返すが、名古屋方面からの直通列車があった頃は1番線や2番線からの発車もあった。
1999年12月3日以前は快速系統を含む大半の普通列車が当駅を起終点としていた。翌4日のダイヤ改正で快速系統を除く大半の普通列車の起終点が岐阜駅に変更された。ただし、朝晩の普通列車は当駅起終点になっている。7番線の西側部分のホームは南北自由通路の工事に伴い6番線から発着していた樽見鉄道のホーム使用が一時停止され、樽見鉄道の列車発着に使用することになったため、樽見鉄道車両の出入口高さに合わせて高さを切り下げ、簡単な柵で仕切られている。樽見鉄道の切符売り場として使用される事務所(営業時間8時00分 - 16時00分)も設置された。南北自由通路の完成ならびに旧自由通路の撤去に伴い2010年2月末に樽見鉄道のホームは再び6番線に戻った。
樽見鉄道の改札ではTOICAの処理はできず、当駅までTOICAで乗車し樽見鉄道に乗り換える場合は一度改札口を出て樽見鉄道の乗車券を自動券売機(Kiosk左隣の一台のみ、JR東海の券売機と共用)で購入するか、乗車駅からの運賃を現金で支払い証明書を受け取り次回のTOICA使用時に入場状態を解除してもらう必要がある。樽見鉄道を無人駅から乗車し、当駅で降車する場合は車内で運賃を精算した上で運転士から出場証を受け取り、改札口で駅員に渡すか自動改札機に入れることになる(JRへの乗り換えの際は車掌に見せて切符を購入する。美濃赤坂線のワンマン列車に乗り換えの際は下車駅でJRの運賃と共に出場証を運賃箱に入れる)。
その他
1969年10月のダイヤ改正以来、2009年3月まで「大垣夜行」の愛称で知名度のあった、東京からの定期夜行普通列車(1996年より快速「ムーンライトながら」、2009年4月より臨時快速化)の終着駅であった。青春18きっぷ利用可能期間の早朝には、「ムーンライトながら」から米原方面へ乗り継ぐ旅行者で混雑し、始発下り列車に乗り換えるために一斉にダッシュすることを指して「大垣ダッシュ」と呼ばれることもある[6]。改札前や階段に「構内10km/h以下」と構内の乗客に向けて注意を喚起する看板が掲げられていた時期があったが、2014年時点では撤去され「危険 走らないでください」という表示になっている。
以前は当駅では輸送社員が列車の停車、通過を含めて終日立ち会いを行っており、停車する営業列車においては発車ベル扱い及び停車する営業列車、非営業列車(主に当駅を発車する回送列車)共にブザー式出発合図(ワンマン列車)または出発指示合図(ツーマン列車)を行っていたが、2015年2月以降、それらは行われなくなった。
なお2015年5月現在、JR東海の駅でブザー式出発合図を行う駅は名古屋駅のみである。
また当駅はJR東海の中京圏の駅で見られる車掌操作用の発車ベルスイッチと従来の駅員操作用ベルが共存していた駅であったが、2012年4月からは従来の駅員操作用ベルは使用されなくなった。
大垣駅はTOICAエリアの駅であるため、ICOCAエリアである米原以遠京都、大阪方面若しくは長浜、近江塩津方面などからICOCAなどの交通系ICカードで乗車してくることはできない(逆も同様)。その為改札口近辺にはその旨を記載した掲示が至る所にされている。また美濃赤坂線はエリア外となる。
東海道本線は美濃赤坂駅への支線である通称「美濃赤坂線」および下り本線と下り垂井駅経由の別線である「垂井線」との分岐駅であるが、実際の分岐は大垣 - 垂井間の南荒尾信号場である。また、垂井方面にJR東海の車両基地(大垣車両区、かつての大垣電車区・大垣機関区)がある。
2008年現在、当駅を跨いで運行される普通列車・区間快速・快速・新快速・特別快速の運転士および車掌は、ごく一部の例外を除き当駅で交代する。
-
樽見鉄道線ホーム(6・7番線)
-
1番線 停車しているのは当駅止まりの373系「ムーンライトながら」(定期列車時代)
-
JRの1番線の階段を上りきったところには「構内10km/h以下」という注意書きがあった(現在は撤去済)
-
新しく作られた「走らないで下さい」の表示
-
切欠きホーム 3番線(2010年3月)
養老鉄道
養老鉄道 大垣駅 | |
---|---|
駅舎(近鉄時代に撮影) | |
おおがき ŌGAKI | |
◄西大垣 (1.8 km) (1.1 km) 室► | |
所在地 | 岐阜県大垣市高屋町一丁目130-2 |
所属事業者 | 養老鉄道 |
所属路線 | 養老線 |
キロ程 | 43.0 km(桑名起点) |
駅構造 | 地上駅 |
ホーム | 1面2線 |
乗降人員 -統計年度- |
(特定日)7,090人/日 -2018年- |
開業年月日 | 1913年(大正2年)7月31日 |
養老鉄道は独立した地上駅舎を持つが、ホームは中間改札を挟んでつながっている。頭端式ホーム1面2線を有する地上駅で、桑名方面から揖斐方面へはスイッチバックとなる。だが渡り線が片方向であるため、1番線は桑名方面からの出入りしか対応していない。
ダイヤ上では当駅を跨いで直通運転する営業列車はなく、それぞれの方面へは乗り換えが必要である[注釈 2]。 また、出口付近には精算券の券売機がある。無人駅から乗車した場合はこの券売機で精算券を購入し、乗車駅で発行された乗車票と一緒に改札係員に渡して出場することになる。
のりば
のりば | 路線 | 方向 | 行先 |
---|---|---|---|
1 | ■養老線 | 上り | 養老・多度・桑名方面 |
2 | 下り | 池野・揖斐方面 |
-
養老鉄道ホーム内にある駅名標(近鉄時代のデザインをそのまま継承している)
-
養老鉄道ホームは1面2線で、「人」の字状に線路が分かれていく
駅営業面
- 有人駅。
- きっぷうりば(出札窓口)があり、往復乗車券、回数乗車券、定期乗車券(養老鉄道線内相互間及び大垣接続のJR東海との連絡定期)を発売している。
連絡改札口
JR大垣駅の1番線、米原・美濃赤坂方の養老鉄道への乗換通路上には連絡改札口が設置されている。この連絡改札口は2段階で設置されており、JR東海側は自動改札機(無人改札)、養老鉄道側は有人改札口になっている。この連絡改札口には自動券売機、自動精算機等が設置されていない為、JR東海から養老鉄道へ乗り継ぐ場合で、乗車券の乗り越し精算が必要な場合、TOICA等のIC乗車券利用の場合でチャージが不足している場合、複数枚の乗車券で乗車の場合でそれが自動改札機に対応していない場合、養老鉄道の乗車券を所持していない場合や、養老鉄道からJR東海へ乗り継ぐ場合で、JR線の乗車券を所持していない場合や青春18きっぷ等の自動改札機に対応していない乗車券を所持している場合はこの連絡改札口が利用できない為、アスティ大垣2階のJR東海改札口へ向かうことになる。
配線図
↑ ■ 養老・桑名方面 | ||
← ■ 岐阜・ 名古屋方面 ← ■ 樽見方面 |
→ ■ 米原・ 美濃赤坂方面 |
|
↓ ■ 揖斐方面 | ||
凡例 出典:[7] |
利用状況
JR東海・樽見鉄道
「大垣市統計書」によると、1日の平均乗車人員は以下の通りである。
年度 | JR東海 | 樽見鉄道 |
---|---|---|
1日平均 乗車人員 |
1日平均 乗車人員 | |
2000年 | 17,191 | |
2001年 | 16,631 | |
2002年 | 16,419 | 702 |
2003年 | 16,402 | 685 |
2004年 | 16,240 | 692 |
2005年 | 16,528 | 663 |
2006年 | 16,305 | 745 |
2007年 | 16,572 | 626 |
2008年 | 16,619 | 631 |
2009年 | 16,330 | 594 |
2010年 | 16,368 | 602 |
2011年 | 16,455 | 627 |
2012年 | 16,531 | 651 |
2013年 | 16,895 | 655 |
2014年 | 16,688 | 683 |
2015年 | 17,000 | 712 |
2016年 | 17,079 | 724 |
養老鉄道
調査によると、近年1日の平均乗降人員は以下の通りである[8][9][10]。
- 1972年までは年の平均乗車人員
※降車人員は含まれていない
- 1982年からは1日の乗降人員
年度 | 当駅分輸送実績(乗車人員):人/年度 | 乗降人員調査結果 人/日 | |
---|---|---|---|
合 計 | 調査日 | 調査結果 | |
1956年(昭和31年) | 401,399 | ||
1957年(昭和32年) | 415,706 | ||
1958年(昭和33年) | 413,524 | ||
1959年(昭和34年) | 373,211 | ||
1960年(昭和35年) | 452,205 | ||
1961年(昭和36年) | 499,633 | ||
1962年(昭和37年) | 514,044 | ||
1963年(昭和38年) | 503,606 | ||
1964年(昭和39年) | 510,246 | ||
1965年(昭和40年) | 474,307 | ||
1966年(昭和41年) | 444,428 | ||
1967年(昭和42年) | 462,911 | ||
1968年(昭和43年) | 412,368 | ||
1969年(昭和44年) | 418,225 | ||
1970年(昭和45年) | 401,000 | ||
1971年(昭和46年) | 376,000 | ||
1972年(昭和47年) | 354,000 | ||
1973年(昭和48年) | |||
1974年(昭和49年) | |||
1975年(昭和50年) | |||
1976年(昭和51年) | |||
1977年(昭和52年) | |||
1978年(昭和53年) | |||
1979年(昭和54年) | |||
1980年(昭和55年) | |||
1981年(昭和56年) | |||
1982年(昭和57年) | 11月16日 | 11,564 | |
1983年(昭和58年) | 11月8日 | 11,289 | |
1984年(昭和59年) | 11月6日 | 11,139 | |
1985年(昭和60年) | 11月12日 | 10,982 | |
1986年(昭和61年) | 11月11日 | 10,914 | |
1987年(昭和62年) | 11月10日 | 11,211 | |
1988年(昭和63年) | 11月8日 | 12,941 | |
1989年(平成元年) | 11月14日 | 11,366 | |
1990年(平成2年) | 11月6日 | 12,618 | |
1991年(平成3年) | |||
1992年(平成4年) | 11月10日 | 11,774 | |
1993年(平成5年) | |||
1994年(平成6年) | |||
1995年(平成7年) | 12月5日 | 11,711 | |
1996年(平成8年) | |||
1997年(平成9年) | |||
1998年(平成10年) | |||
1999年(平成11年) | |||
2000年(平成12年) | 11月7日 | 10,340 | |
2001年(平成13年) | |||
2002年(平成14年) | |||
2003年(平成15年) | 11月11日 | 8,997 | |
2004年(平成16年) | |||
2005年(平成17年) | 11月8日 | 8,911 | |
2006年(平成18年) | |||
2007年(平成19年) | |||
2008年(平成20年) | 11月14日 | 8,790 | |
2009年(平成21年) | |||
2010年(平成22年) | 11月9日 | 8,469 | |
2011年(平成23年) | |||
2012年(平成24年) | 11月13日 | 7,789 | |
2013年(平成25年) | |||
2014年(平成26年) | |||
2015年(平成27年) | 11月10日 | 7,687 | |
2016年(平成28年) | |||
2017年(平成29年) | |||
2018年(平成30年) | 11月13日 | 7,090 |
駅周辺
- 大垣城
- 大垣城郷土博物館
- 大垣城ホール
- 常葉神社
- 大垣市役所
- 大垣市守屋多々志美術館
- 大垣法務合同庁舎
- 岐阜地方裁判所大垣支部
- 岐阜家庭裁判所大垣支部
- 大垣簡易裁判所
- 大垣税務署
- 大垣郵便局
- ゆうちょ銀行大垣店
- 大垣駅前郵便局
- 大垣藤江郵便局
- 大垣室町郵便局
- 大垣林町郵便局
- ソフトピアジャパン - バス連絡。
- エフエム岐阜 - 同上。
- 大垣車両区 - JR東海の車両基地。
- ヤナゲン大垣本店 - 百貨店。
- アクアウォーク大垣
- アピタ大垣店
- 三菱UFJ銀行大垣支店
- 大垣共立銀行大垣駅前支店 - 本店は駅の南1kmにある[注釈 3]。
- 大垣競輪場 - 無料送迎バス連絡。
- 大垣日本大学高等学校
- 大垣市立北中学校
- 大垣市立北小学校
- 大垣市北公園野球場
- イオンタウン大垣
- ハローワーク大垣
- 大垣平野学園
- 大垣文化総合専門学校
駅周辺の整備計画状況
人口およそ40万人(後に30万人)の大型中核都市となるはずだった合併構想が破綻したために、駅の高架化計画が不透明になっている。
当駅北口周辺では、オーミケンシの工場内の遊休地を利用し、岐阜県内のサティでは初のシネマコンプレックス型[注釈 4]となる大垣サティを建設する予定があったものの、南口の商店街や当時駅近くにあった東宝映画館[注釈 5]、グランドタマコシ[注釈 6]などの反対運動が起こり、運営会社のマイカルそのものも経営不振に陥ったことで中止となった。これにより、サティと共同で計画していた北口ロータリーの整備計画も棚上げとなり、その後もこの問題が長引いたために、整備は行われるものの北口ロータリーの整備面積を縮小する予定となった。2008年1月頃に南北自由通路の付け替え[注釈 7]に関する看板が立てられ、看板には北口完成イメージイラストが描かれているとともに、2008年度に着工した工事の状況を携帯サイトからもわかるようにとQRコードも掲載されていた。2009年9月19日に南北自由通路が開通した(愛称『水都ブリッジ』)。北口ロータリーは2012年4月より歩道部分のみ使用開始、9月16日に自噴水を活用した親水広場『水都北口 オアシス(名称は公募により決定)』の運営開始により、全面完成となった。
縮小したオーミケンシ大垣工場の一部敷地利用については、ユニー(アピタ)が進出することになり、建設は2006年9月に大垣市からの許可が下り、2007年1月に着工、アクアウォーク大垣として同年10月23日にプレオープン、同年10月27日にグランドオープンした。そして2009年9月19日、『水都ブリッジ』の開通と同時に当駅北口とアクアウォーク大垣を連絡する高架通路『アクアブリッジ』が開通した。徳洲会病院の建設は2006年7月に着工、2008年4月1日に大垣徳洲会病院として開院した[注釈 8]。
なお、残った敷地でプリント基板製造を行っていたオーミケンシ大垣EP事業場は、2009年9月に閉鎖された。2012年09月にオーミケンシが、跡地約6万m2を大手住宅メーカーの積水ハウス、パナホームの計2社に譲渡すると発表した。2社は分譲住宅用地として開発を計画している。
さらに、オーミケンシ跡地南部には2014年2月に「大垣駅北ショッピングモール(仮称)」の整備計画が進んでいることが明らかとなった。岐阜県初出店となるディスカウントストアの大黒天物産(ラ・ムー大垣店、本社・岡山県倉敷市)、家電量販店大手のヤマダ電機(本社・群馬県高崎市)、衣料品販売のAOKI(本社・神奈川県横浜市)、スポーツクラブの東祥(本社・愛知県安城市)の4社がそれぞれ出店。2014年4月より着工をはじめ、10月9日にラ・ムー大垣店がオープンした以降、他店舗も順次オープンする[11]。
バス路線
以前はイオンタウン大垣まで無料送迎バスが運行されていたが、その後日中名阪近鉄バスが乗り入れるようになったため設定はなくなっている[注釈 9]。
隣の駅
- 東海旅客鉄道(JR東海)
- 東海道本線(上り本線・垂井線)
- 東海道本線(下り本線)
- 東海道本線(美濃赤坂支線、全列車が各駅に停車)
- 大垣駅 (CA77) - (南荒尾信号場) - 荒尾駅
- 樽見鉄道
- 樽見線
- 大垣駅 - 東大垣駅
脚注
注釈
- ^ 旧国鉄時代は現行ダイヤより多く設定されていた(交通公社時刻表1968年10月号)。
- ^ 2007年1月現在、桑名 - 揖斐間の全区間を直通する列車は、回送列車・近畿日本鉄道塩浜検修車庫で全般検査を受ける車両・電気検測車モワ24系「はかるくん」のみである。
- ^ 同行のATMは駅構内に2箇所、ヤナゲン店舗外に1箇所、北口の林町出張所とアクアウォーク内(アクアウォーク大垣出張所)にも設置されている。
- ^ 2005年に開業したロックシティ大垣ショッピングセンター内のコロナワールドに存在する。
- ^ その後閉館した。
- ^ その後倒産し、受け皿会社が平和堂東海となった。
- ^ かつての自由通路は幅が狭い上に階段が多く、バリアフリー対応が困難な状況であった。
- ^ 元ゴルフ練習場の場所である。
- ^ 詳細は名阪近鉄バス、ロックシティ大垣を参照。
出典
- ^ 日本国有鉄道旅客局(1984)『鉄道・航路旅客運賃・料金算出表 昭和59年4月20日現行』。
- ^ 『日本国有鉄道百年史 2』231頁
- ^ 「震災報告(鉄道庁)」『官報』1891年11月2日(国立国会図書館デジタル化資料)
- ^ 交通新聞社『JR時刻表』2015年7月号
- ^ 平成28年春ダイヤ改正について (PDF) - 西日本旅客鉄道近畿統括本部 2015年12月18日
- ^ “大垣ダッシュとは - 日本語表現辞典 Weblio辞書”. 2014年11月21日閲覧。
- ^ 川島令三、『東海道ライン 全線・全駅・全配線 第5巻 名古屋駅 - 米原エリア』、pp.18-19, 講談社、2009年7月、ISBN 978-4062700153)
- ^ 近鉄及び養老鉄道カード式交通調査より - 養老鉄道
- ^ 養老鉄道の駅別乗降客数ランキング(2015年11月10日)
- ^ “養老線交通調査結果 2018年11月13日”. 養老鉄道株式会社. 2019年10月23日閲覧。
- ^ 岐阜新聞2014年2月21日