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*: 愛媛県松山市湊町5丁目<ref name="yamamori-sogo-no1-1988-1" />1-1 [[伊予鉄道]][[松山市駅]]のターミナルデパート。売り場面積23,517m<sup>2</sup>。
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*: そごう破綻後、2000年(平成12年)12月提携解消、2001年(平成13年)6月1日に「伊予鉄百貨店」と改称の上グループを離脱<ref name="taihan-news-2001-6-18-4">“いよてつ百貨店6月1日の再スタートに「いよてつ友の会」を設立”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2001年6月18日)</ref>。2001年(平成13年)10月10日の<ref name="taihan-news-2001-9-17-5">“いよてつ百貨店増床オープンは10月10日 愛媛県松山市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2001年9月17日)</ref>増床オープンに合わせて「伊予鉄高島屋」に店名変更し<ref name="taihan-news-2001-9-20-7">“伊予鉄百貨店10月増床時に店名いよてつ高島屋に変更”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2001年9月20日)</ref>、[[島屋]]との資本提携を行い、2002年(平成14年)3月1日に社名も「'''株式会社伊予鉄高島屋'''」とした<ref name="taihan-news-2002-2-21-5">“伊予鉄百貨店は3月1日付けで社名は伊予鉄高島屋に店名は「いよてつ高島屋」に変更”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2002年2月21日)</ref>。旧そごうグループで破綻を免れた唯一の企業。{{Main|伊予鉄高島屋}}
*: そごう破綻後、2000年(平成12年)12月提携解消、2001年(平成13年)6月1日に「伊予鉄百貨店」と改称の上グループを離脱<ref name="taihan-news-2001-6-18-4">“いよてつ百貨店6月1日の再スタートに「いよてつ友の会」を設立”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2001年6月18日)</ref>。2001年(平成13年)10月10日の<ref name="taihan-news-2001-9-17-5">“いよてつ百貨店増床オープンは10月10日 愛媛県松山市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2001年9月17日)</ref>増床オープンに合わせて「伊予鉄高島屋」に店名変更し<ref name="taihan-news-2001-9-20-7">“伊予鉄百貨店10月増床時に店名いよてつ高島屋に変更”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2001年9月20日)</ref>、[[島屋]]との資本提携を行い、2002年(平成14年)3月1日に社名も「'''株式会社伊予鉄高島屋'''」とした<ref name="taihan-news-2002-2-21-5">“伊予鉄百貨店は3月1日付けで社名は伊予鉄高島屋に店名は「いよてつ高島屋」に変更”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2002年2月21日)</ref>。旧そごうグループで破綻を免れた唯一の企業。{{Main|伊予鉄高島屋}}
* '''小倉そごう'''  
* '''小倉そごう'''  
*: 福岡県北九州市小倉北区[[京町 (北九州市)|京町]]3-1-1 [[小倉駅前アイム|セントシティ北九州]] 売り場面積43,774m<sup>2</sup>。
*: 福岡県北九州市小倉北区[[京町 (北九州市)|京町]]3-1-1 [[小倉駅前アイム|セントシティ北九州]] 売り場面積43,774m<sup>2</sup>。

2020年6月15日 (月) 21:41時点における版

そごうSOGO)は、セブン&アイ・ホールディングスの傘下の株式会社そごう・西武が運営する日本の百貨店である。

2009年7月31日までこれを運営していた株式会社そごう(英: Sogo Co., Ltd.)はそごう・西武を参照。

概要

2009年(平成21年)8月1日付で、かつての運営会社「株式会社そごう」が、西武百貨店と持株会社のミレニアムリテイリングを吸収合併し、株式会社そごう・西武に商号変更した。

大阪が発祥の百貨店である。登記上の本店は創業から大阪店閉店までと心斎橋本店開店からそごう・西武への再編前まで長年大阪心斎橋にあった。横浜店は売場面積 (83,654m2) と売上高(1,000億強)が最大。1957年(昭和32年)、有楽町にも開店し、「有楽町で逢いましょう」を宣伝文句に東京に進出した。同名の歌番組、歌謡曲、映画が制作され、大流行になった(有楽町で逢いましょう#楽曲作成経緯とそごうの歴史参照)。映画では大阪店・有楽町店が撮影に使用され、衣装提供も行なった。

「人、街、世界をつなぐ、そごうネットワーク」なるキャッチフレーズも存在した。西武百貨店と統合したことで、MDや売場編集を西武流に。POSシステムの技術提供も受け、良きにつけ悪しきにつけ従来のイメージは一掃された。

イメージフラワーはダリアで、かつては包装紙や紙袋に印刷されたほか、関連組織の名称にも、ダリアルーム、ダリア友の会など、ダリアを冠したものがある。

ロゴマークは創業以来、初代十合伊兵衛の生家・屋の家紋であるちきり(縦糸を巻くための織機の付属部品。また石材や木材を繋ぎ止める部品の名)を丸で囲んだ「まるちきり」が使われている。ちきりはまた「ちきり」という言葉と「契り」の連想から、客との結びつきを末長く大切にといった意味も含んでいる。

ロゴマークの形状自体に変更はないが、色については、翡翠を経て、民事再生直後に原点回帰志向のもとで赤に、さらにミレニアムリテイリンググループのカラーとしてのに変更している。また、民事再生以前については、「そごう」ロゴと「SOGO」ロゴとが存在した。後者が後発で、前者も民事再生時点まで併用されていた。ロゴカラーが緑の時代には、続け字で右上がりの「Sogo」をCIに採用した時期もある。外装への採用例としては1996年(平成8年)から2001年(平成13年)の神戸店本館北側の壁面がある。

POSシステムは、日本電気NECプラットフォームズ)製を使用。

店舗

2019年10月現在、国内で営業しているのは大宮店、川口店、千葉店、横浜店、西神店、広島店、徳島店の7店舗のみである。大宮店、千葉店、横浜店、広島店と閉店した神戸店はセブン&アイ・ホールディングス「基幹店」の位置づけ(注:「旗艦店」ではない)となっている[1]。2020年以降は広島店を除き首都圏の店舗のみとなり、2021年以降は基幹4店舗のみの運営となる。

経営破綻時、東京・大阪・神戸の各店(現在は閉店)は、千葉そごう・興銀が大株主である上場会社の「株式会社そごう」の直営店で、それ以外は水島廣雄が過半数株主の「千葉そごう(資本金1億円)」と、同社100%出資で完全子会社の「柏そごう」「廣島そごう」の出資によって、店舗ごとに子会社が設立されて経営が行われた。前述の3社と各地の店舗運営子会社の間で株式持ち合いが行われ、メインバンクであるかつての長銀興銀を筆頭に、地方銀行からも出資会社の債務保証を取り付けて多額の融資を受けていた。この複雑な資本関係のため、経営破綻するまで、店舗ごとの財務状態は明らかにされなかった。報道では「そごうグループXX社」と称されていた。後項も参照のこと。

現在は全店「そごう○○店」が正式名称であるが、経営破綻以前は、直営3店舗はそれぞれ「有楽町そごう」(東京店)、「心斎橋そごう」(大阪店)、「神戸三ノ宮そごう」(神戸店)という通称があり、子会社運営の店舗は「○○そごう」が正式な店名であった。一般には経営破綻前の名残から現在も通称として使われている(西武も同様)。

東日本地域のほとんどの店舗は再開発組合や鉄道・デベロッパー会社など他の事業体によって竣工されたテナントビルに入居する形式を取り、1980年代以降1997年(平成9年)の錦糸町そごう(2000年(平成12年)閉店)まで立て続けに出店を行っていた。そごうのテナント区画外にある店舗・飲食店ではミレニアムカードや「全国百貨店共通商品券」などが使用できない。

  • 大宮店
    埼玉県さいたま市大宮区桜木町1-8-4 大宮スカイビル[2] 大宮駅西口[2] 売場面積40,295m2
    1981年(昭和56年)「株式会社大宮そごう」設立。1987年(昭和62年)[3]3月27日開店。
  • 川口店
    埼玉県川口市栄町3-5-1 川口再開発ビル 川口駅東口第3街区再開発組合[2] 売場面積39,149m2
    1983年(昭和58年)9月6日「株式会社川口そごう」設立。1991年10月16日開店。
    2019年10月10日に、2021年2月末で閉店することが発表された。
  • 千葉店
    旧店:1966年(昭和41年)10月28日「株式会社千葉そごう」設立[4]。1967年(昭和42年)3月21日開店-1993年4月業態転換。
    千葉県千葉市中央区富士見2-3-1[4] 塚本大千葉ビル[4] 
    別会社方式によるそごうグループ多店舗化1号店[3]。開業2年目で地域一番店となり、3年目に早くも黒字化した[3]。以降出店の際は全て千葉そごうが出資する形を取っていた[3]
    1993年4月27日に新店舗開設に伴い 若者向けやスポーツ用品の専門館に業態転換し、4館合計で売り場面積約90,000m2となった[5][3]。(店舗名「Bee-One」)経営破綻後、閉店。現在は複合オフィスビル。
    新店:1992年「株式会社新千葉そごう」設立。1993年4月27日開店[5]
    千葉県千葉市中央区新町1000 センシティビルディング 京成千葉駅直結 売場面積69,648m2
    売上高は、そごう各店の中で第2位。千葉そごう美術館を併設。
    旧店舗跡にはヨドバシカメラやかねたや家具などが入居した[6]
  • 横浜店
    神奈川県横浜市西区高島2-18-1 横浜新都市ビル 横浜駅東口[2] 売場面積68,410m2[3]
    1969年(昭和44年)「株式会社横浜そごう」設立。1985年(昭和60年)9月30日開店[2]
    開店資金約590億円を投資した百貨店史上類をみない超弩級の巨艦百貨店。開店初年度売上額世界一のデパートであり、現在も記録は破られていない。[要出典]そごう美術館を併設。
  • 西神店
    兵庫県神戸市西区糀台5-2-3 神戸市営地下鉄西神山手線:西神中央駅前 プレンティ 売場面積17,904m2
    1990年「株式会社西神そごう」設立。1990年10月10日開店[7]
    正確には神戸店の分店の扱いで、「そごう神戸店西神館」が正式名称であった[8]。当初は2017年10月1日付で神戸店と同時に西神店もH2Oリテイリングに引き継がれる予定だったが、建物所有者である神戸市が賃料引き下げに応じたため、西神店に関しては事業引継ぎ対象からは除外された。このため2017年(平成29年)10月1日からは「そごう西神店」と単独店舗扱いになったが、2019年10月10日に、2020年で閉店することが発表された。
    ダイエー西神店と2核1モール。
    直下を地下鉄が走っているため、多くの百貨店で見られる「デパ地下」が存在せず、食料品売り場は1階にある。
  • 広島店
    本館:1972年(昭和47年)2月15日に株式会社廣島そごう設立[9]。1974年(昭和49年)10月10日開店[10]。早期の出店で黒字化していたため、千葉そごうなどと並んで各地の出店で出資していた[3]
    広島県広島市中区基町6-27 広島センタービル(広島バスセンター
    新館:1990年(平成2年)会社設立「広島そごう新館」。1994年4月22日開店。
    広島県広島市中区基町6-78 広島電鉄:紙屋町西 NTTクレド基町ビル[3]
    広島電鉄紙屋町西電停前 売場面積57,839m2
  • 徳島店
    徳島県徳島市寺島本町西1-5 徳島駅前再開発ビルアミコビル 売場面積26,738m2
    1979年(昭和54年)「徳島そごう」設立。1983年(昭和58年)10月1日開店[11]
    内町小学校跡地を含む約2haに建設された再開発ビルの核店舗として出店した[12]
    セブン&アイ・ホールディングスの完全子会社となったのに伴い、従来四国には店舗を持たなかったセブン&アイグループが店舗を持つこととなった。
    2019年10月10日に、2020年で閉店することが発表された。これにより、徳島県は山形県に次いで、百貨店がない県になる予定である。

過去に存在した店舗

ギフトショップを除く。

2019年(平成31年)1月現在。※各店開店閉店年月日 「そごう社史」より

そごう・西武(セブン&アイ)移行後

  • 心斎橋本店
    大阪府大阪市中央区心斎橋筋1-8-3
    2005年(平成17年)9月7日開店、2009年(平成21年)8月31日閉店。
    建物は隣接する大丸に売却され、2009年(平成21年)11月14日大丸心斎橋店北館となった。
  • 八王子店
    東京都八王子市旭町1-1 JR八王子ターミナルビル 八王子ナウ。売場面積35,538m2。1990年(平成2年)9月増床(5070㎡)、全館リモデルオープン[13]
    1982年(昭和57年)「八王子そごう」設立。1983年(昭和58年)11月1日開店[14]、2012年(平成24年)1月31日閉店[15]
  • 呉店
    広島県呉市西中央1-1-1[2] 呉駅前西地区再開発ビル[2] 21,395m2
    1987年(昭和62年)9月26日「呉そごう」設立。1990年(平成2年)3月18日開店[16]、2013年(平成25年)1月31日閉店[17]。JR呉駅北側に出店していた[18]
  • 柏店
    千葉県柏市柏1-1-21[19] 柏駅東口[3]。売場面積32,593m2
    1971年(昭和46年)6月1日「株式会社柏そごう」設立[19]。1973年(昭和48年)10月10日開店。2016年(平成28年)9月30日閉店[20]。早期の出店で黒字化していたため、千葉そごうなどと並んで各地の出店で出資していた[3]
  • 神戸店
    兵庫県神戸市中央区小野柄通8-1-8 三宮阪神ビル 阪神三宮駅に直結。売場面積42,563m2
    1933年(昭和8年)10月1日開業[4][21]。1969年(昭和44年)増築開店(株式会社設立50周年記念事業)。
    本館は三宮阪神ビル+三宮さくらビル+自社ビルを束ねて外装工事でひとつのビルに、新館はケイエスビル+S・ヨシマツビル。セブン&アイ・ホールディングス「基幹店」であった。
    2016年(平成28年)10月6日、セブン&アイ・ホールディングスとエイチ・ツー・オー(H2O)リテイリングは業務資本提携することで合意し、H2Oグループが神戸店の事業を2017年(平成29年)10月1日付で引き継いだ。2019年(令和元年)9月30日付で閉店。10月5日神戸阪急として再オープン。

そごう・西武(セブン&アイ)移行前

  • 大阪店(心斎橋そごう)
    大阪府大阪市中央区心斎橋筋1-8-3 
    1935年(昭和10年)5月25日開店、2000年(平成12年)12月25日閉店。
    建物は解体。跡地に心斎橋本店を再建し2005年(平成17年)9月7日に開店するも、2009年(平成21年)8月31日に閉店。
  • そごうホップ(大阪市阿倍野区):売り場面積4,500m2[2]。阿倍野そごう・広島そごう共同出資→あべのベルタ[2]の完成に伴いDIY・生活雑貨・文具などの生活雑貨の専門店として開店。2000年(平成12年)12月閉鎖。
  • そごう難波店:1963年(昭和38年)閉鎖。
  • そごう神戸店岡山分店:1975年(昭和50年)、岡山ターミナルホテル(現・ホテルグランヴィア岡山)内に開店。ホテル改築により閉鎖。
  • その他、昭和40年代まで国鉄大阪駅前高架下に「そごう食堂」を営業しており、当時発行していた自社商品券「そごうお買い物クーポン」裏面に利用可能の趣旨が記載されていた(のちの新梅田食道街)。
  • 東京店(有楽町そごう)
    東京都千代田区有楽町1-11-1 「読売会館」。15,275m2
    1957年(昭和32年)5月25日開店[22]、2000年(平成12年)9月24日閉店[23]
    売り上げの45%を外商が占める外商比率の高い店舗であった[13]
    店舗跡には2001年(平成13年)6月14日、ビックカメラ有楽町店が開店[24]
  • 札幌そごう
    北海道札幌市中央区北5条西2丁目1番地[4] 札幌駅ビル「エスタ」核テナントとして出店[2]。27,999m2(直営22,000m2[4]
    1973年(昭和48年)11月2日会社設立[4]。1978年(昭和53年)9月1日開店[4][25][26]。2000年(平成12年)12月25日閉店[26][27]。食品売り場のみ2000年(平成12年)12月31日まで営業を続けた[28]
    「札幌ターミナルビル」の核店舗として出店した[26]。店舗跡には2001年(平成13年)7月26日にビックカメラ札幌店が開店[29]
  • 錦糸町そごう
    東京都墨田区錦糸2-2-1[30] アルカタワーズ錦糸町 31,350m2
    1991年(平成3年)会社設立、1997年(平成9年)10月22日開店。2000年(平成12年)12月25日 閉店[27]
    錦糸町駅北口の再開発事業に参画して出店した店舗で、入居する商業施設ビルの40%を約240億円で取得して残りを日本生命から賃借する形で出店した[31]。出店に当たっては店舗の不動産を取得して出店しても採算に合わないと一度却下したものの、先述の条件に切り替えて1988年(昭和63年)1月に出店を決定している[31]
    しかし業績悪化に伴って金融機関が出店資金の貸出を渋ったため、1993年(平成5年)1月には再開発負担金を滞納し、阪神大震災直後の1995年(平成7年)2月に出店辞退を通告するに至った[31]。この通告に対して再開発組合が差し押さえをすると通告したため、再び出店へと方針を変更し、銀行も差し押さえの影響が読み切れないとして融資を行うこととなったため、出店が実現することになった[31]。ただし、この出店資金の融資については水島広雄会長が個人保証を付けることが条件となって融資された[31]
    店舗跡には2002年(平成14年)3月29日に「アルカキット錦糸町」が開店した[30]
  • 多摩そごう
    東京都多摩市落合1-46-1 多摩センター駅前に立地。34,200m2[32]
    1988年(昭和63年)会社設立、1989年(平成元年)10月20日開店。2000年(平成12年)7月に特別清算申請[32]、同2000年9月17日閉店[33]
  • 船橋そごう
    千葉県船橋市浜町2-1-1 ららぽーとTOKYO-BAY西館。32,580m2
    1978年会社設立、1981年(昭和56年)4月2日開店。2000年(平成12年)12月閉店。
    ワンフロア15,000m2、4階建の低層という従来にないフロア構成で、新しい百貨店スタイルを提案した。
    1988年(昭和63年)4月に浦安シェラトンホテルにブライダルギフトショップを開設したのを機に、同年に東京ベイヒルトンホテル、1989年(平成元年)に幕張プリンスホテルに、1991年(平成3年)にはホテルスプリングスに出店するなど、複数のホテルでブライダルギフトショップを展開していた[13]
    1997年(平成9年)9月 新業態専門フロア「ベイ・プラネット」オープン。トイザらスなど人気ショップや話題の専門店を導入した。
    2000年4月には収益増加を目的に、1 - 2階で引き続き営業していた百貨店フロアも全てテナント化。以後「そごう」の名前を冠しつつも、閉店までそごうは実質施設運営の役割に集中した[38]
    店舗跡は2001年(平成13年)9月21日にららぽーとウエストとして新装開店した[39]
  • 木更津そごう(サカモトそごう)
    1977年(昭和52年)12月 地方百貨店「サカモト」(創業1913年)との資本提携により「サカモトそごう」設立。
    旧店舗:千葉県木更津市中央1丁目3番8号[4] 売場面積10,066m2。1978年(昭和53年)10月1日開店[4]-1988年(昭和63年)新店舗開店に伴い閉鎖。建物は解体。跡地にフェリズ木更津(マンション)を開業。
    新店舗:千葉県木更津市富士見1-2-1 木更津駅西口再開発ビル(38,400m2)の核店舗として出店していた[2]。アインスビル。19,349m2。1988年(昭和63年)開店。「木更津そごう」に商号変更。2000年(平成12年)7月13日に自己破産申請し、閉店[40]
    閉店後の2001年(平成13年)12月22日にビルを所有していた第3セクターの木更津都市開発が約74.7億円の負債を抱えて千葉地方裁判所に破産申請して倒産した[41]ため、2003年(平成15年)に木更津市が購入[42]
  • 茂原そごう
    千葉県茂原市千代田町1-6 茂原駅前。15,060m2
    1989年(平成元年)会社設立、1992年(平成4年)3月7日開店。2000年(平成12年)2月29日閉店[43]
    南総通運株式会社がテナントビル「南総サンヴェルプラザ」として運営。
  • 長野そごう(丸光そごう)
    長野県長野市鶴賀問御所町1200。11,157m2
    1982年(昭和57年) 地方百貨店「丸光」(1957年(昭和32年)開店)と資本提携により「丸光そごう」設立。
    1983年(昭和58年)6月30日開店、1987年(昭和62年)5月リニューアル時に「長野そごう」へ社名変更。2000年(平成12年)7月13日自己破産を申請し閉店[40]
    元から店舗の営業不振による2000年11月限りでの閉鎖が発表されており、自己破産により閉店が早まった形となった。SBC信越放送へ売却、「TOiGO」が建設された。
  • 豊田そごう 
    愛知県豊田市西町6丁目[2]85-1 豊田市駅西口市街地再開発ビル[2] 売り場面積35,909m2+専門店街5,331m2[2]
    1986年(昭和61年)8月28日会社設立、トヨタ自動車7%出資。1988年(昭和63年)[3]10月8日開店、2000年(平成12年)12月25日閉店[27]
    店舗跡には松坂屋が出店することになり[44]、2001年(平成13年)10月に松坂屋豊田店が開店[45]
  • 奈良そごう  
    奈良県奈良市二条大路南1丁目[2]3-1 46,201m2
    1984年(昭和59年)11月21日会社設立。1989年(平成元年)10月2日開店[31]、2000年(平成12年)12月25日閉店[27]。食品売り場のみ2000年(平成12年)12月31日まで営業を続けた[27]
    店祖十合伊兵衛生誕の地に念願の出店との見方が多かったが、関西への出店が遅れたことの挽回策という側面も強かったとされる[31]
    重装備店舗。埋蔵文化財長屋王邸宅跡に建設され、開業前の発掘調査で5万点の木簡が出土した[3]地元住民や研究者の反対を押し切って貴重な遺跡を破壊したため、そごうの経営破たんについて、奈良では長屋王の祟りとささやく声もあった。[要出典]
    店舗跡には2003年(平成15年)7月10日にイトーヨーカドー奈良店が開店した[46]。しかし、イトーヨーカドーも2017年に閉店し、2018年4月からは複合商業施設ミ・ナーラとなっている。
  • 加古川そごう 
    兵庫県加古川市加古川町篠原町32番地[2] 売り場面積30,854m2。1991年(平成3年)11月13日に本館から100m離れた場所に別館開業(旧ジャスコ加古川店、現加古川JAビル、売場面積9937㎡)、同時に本館リモデル実施[13]
    1988年(昭和63年)会社設立。1989年(平成元年)9月[47]15日開店、2000年(平成12年)12月25日閉店[27]。食品売り場のみ2000年(平成12年)12月31日まで営業を続けた[27]
    加古川市がビルを購入、第三セクターが管理。2001年(平成13年)3月30日にヤマトヤシキ加古川店が開店[48]
  • 福山そごう 
    広島県福山市西町1-1-1 売り場面積39,100m2[3]
    1988年(昭和63年)会社設立。1992年(平成4年)4月[49]29日開店。2000年(平成12年)12月25日閉店[27]。なお、支店である尾道駅前店も同日閉店している。
    福山駅から西へ400mの山陽染工の工場跡地へ出店した[49]
    2003年(平成15年)4月25日に天満屋がロッツを出店した[50]が2013年(平成25年)4月24日閉店[51]。2013年(平成25年)9月12日に大和ハウスグループの大和情報サービスが管理・運営する「リム・ふくやま」が開業した[52]
  • コトデンそごう
    香川県高松市常磐町1-3-1 コトデン瓦町ビル 売り場面積29,500m2
    1991年(平成3年)11月に高松琴平電気鉄道と合弁会社設立[53]。1997年(平成9年)4月23日開店[54]-2001年(平成13年)1月22日 民事再生法適用申請[55] 4月15日閉店[54]
    高松琴平電気鉄道グループが60%、そごう本体と徳島そごう、広島そごうのそごうグループが40%という出資比率となっていたため、他のそごうグループ各店と同時には破綻しなかった[56]
    開業時の目標であった売上高300億円を大きく下回って毎期20億円前後の赤字が続いていたところに、そごうグループの再生法適用申請で「そごう」ブランドの信用が低落した影響などで、2000年(平成12年)7月以降の売上高が前年同月比5%から14%減と落ち込んだことから2001年(平成13年)1月22日に民事再生法適用を申請して破たんした[55]。2000年(平成12年)2月期の売上高は約227億円で経常損益は約26.43億円の赤字だった[55]
    同社への債務保証が影響し[57]、親会社である高松琴平電気鉄道も同年12月7日に民事再生法の適用を申請(連鎖倒産)した[58]
    負債総額は約250.7億円で[59]、2001年(平成13年)11月16日に民事再生の手続きが終わっていたものの、そごう本体を相手に未払い債権の返済を求めて提訴したため、2003年(平成15年)夏に清算を完了している[60]
    天満屋が設立した子会社による高松天満屋が2001年(平成13年)9月1日に開店したが[61]、2014年(平成26年)3月31日に閉店している[62]。ビルには2015年10月、専門店を集めた「瓦町FLAG」がオープンした。
  • いよてつそごう
    愛媛県松山市湊町5丁目[2]1-1 伊予鉄道松山市駅のターミナルデパート。売り場面積23,517m2
    1969年(昭和44年)9月[2]1日伊予鉄道と合弁会社設立。1971年(昭和46年)7月5日開店[4]
    そごう破綻後、2000年(平成12年)12月提携解消、2001年(平成13年)6月1日に「伊予鉄百貨店」と改称の上グループを離脱[63]。2001年(平成13年)10月10日の[64]増床オープンに合わせて「伊予鉄高島屋」に店名変更し[65]髙島屋との資本提携を行い、2002年(平成14年)3月1日に社名も「株式会社伊予鉄高島屋」とした[66]。旧そごうグループで破綻を免れた唯一の企業。
  • 小倉そごう  
    福岡県北九州市小倉北区京町3-1-1 セントシティ北九州 売り場面積43,774m2
    1988年(昭和63年)会社設立。1993年(平成5年)10月10日開店[67]-2000年(平成12年)12月25日閉店[27]
    当初は小倉東映の跡地への出店構想であったが、駅前へ出店先を変更している[3]。九州第1号店となるはずだったが、諸般の事情により開店が遅れた。初期投資等515億円の負債を抱え、毎月億単位の借入金返済に追われていた。閉鎖された店舗で最も再生が遅れた。
    2002年(平成14年)3月10日に地上12階・地下2階建てのうち地下1階から地上4階の約13,000m2を利用して小倉玉屋の仮店舗が開業したが[68]、2002年(平成14年)12月25日に閉店して廃業した[69]
    2004年(平成16年)2月10日に小倉伊勢丹と専門店街「アイム」が同時に開業したが[70]、売上高が260億円を大きく下回って2007年(平成19年)3月期で約170億円に留まって約29億円の債務超過に陥ったため目標の2008年(平成20年)3月25日に閉店した[71]
    2008年(平成20年)4月1日に「コレット井筒屋」が開業し[72]、改装後の2009年(平成21年)3月11日から「コレット」と改称して営業している[73]
    2019年(平成31年)2月 井筒屋の経営不振により閉店予定[74]
  • 黒崎そごう 
    福岡県北九州市八幡西区黒崎1−1−1 黒崎駅前東地区再開発ビル「メイト黒崎」核テナントとして出店[75]。28,259m2[2]
    1977年(昭和52年)10月21日会社設立。1979年(昭和54年)10月6日開店[76]-2000年(平成12年)12月25日閉店[27]
    2001年(平成13年)10月3日、黒崎井筒屋が開店。
    2019年(平成31年)5月、井筒屋の経営不振により閉店予定[74]だったが、7月迄現状営業し、8月からは縮小・テナント誘致して営業開始予定。
    そごうでは初めて店舗内に、川を流れる水と緑のある飲食店街を導入した店舗であった[3]


世界展開

経営破綻に至るまでは積極的に展開を行い、中国香港台湾タイマレーシアシンガポールインドネシアイギリススペインに 合弁会社、現地法人を設立していた。が、再建中に資本は全て引き上げ撤退した。現在も「そごう」の商標を用いているものもあるが、これはライセンス供与フランチャイズの関係。

  • 北京荘勝そごう中国大陸
    北京庄胜崇光百货(北京語読み:ペイジン・チュアンシェン・チョングァン・パイフォ 英文表記:Junefield SOGO Department Store Group Ltd.)
    北京市西城区宣武門外大街8号 地下鉄4号線菜市口駅 1998年(平成10年)6月[32]24日開店。84,000m2
    1998年(平成10年)4月3日設立。荘勝百貨(ジューンフィールド・デパート)グループ
    そごう・西武」との関係は商標貸与のみ[77]。中国本土で「そごう」を名乗れるのは当グループ店のみ。
    武漢荘勝そごう 湖北省武漢市礄口区解放大道374号 33,700m2。2000年(平成12年)12月24日開店。
  • 香港そごう香港
    香港崇光百貨(英文表記:SOGO Hong Kong Company Limited)
    香港島銅鑼湾(コーズウェイベイ)1985年(昭和60年)5月31日開店[2]。売り場面積33,000m2[3]
    1983年(昭和58年)9月設立。2001年(平成13年)1月 香港企業利福國際グループ (Lifestyle International Holdings)に売却したため、「そごう・西武」との関係は商標貸与のみ[77]
    九龍尖沙咀(チムサーチョイ)支店 2005年9月30日開店。2014年2月閉店。[78] 同年11月、近くにあるシェラトンホテルのショッピングモールに再開。[79][80]
  • 遠東SOGO台湾
    太平洋崇光百貨(北京語読み:タイピンヤン・チョングァン・パイフォ 英文表記:Pacific SOGO Department Stores Co., Ltd.)が運営。
    1986年(昭和61年)3月会社設立。当初はそごうが出資していたが、2002年(平成14年)以降は台湾企業遠東グループの100%出資会社[81]。副会長は日本人・井上哲氏。「そごう・西武」との関係は商標貸与のみ。
    本社 台北忠孝館 台北市大安区忠孝東路四段45号 1987年(昭和62年)11月11日開店[2]。同店の開店により「ダブルそごう計画(20店舗構想)」が達成された。初日に33万人の来店客を集めた[2]。地上13階建て総面積53,000m2[2]
    台北市内の他、中壢(1998年(平成10年)9月開業[32])、新竹高雄(1996年(平成8年)9月開業[32])に支店がある。 2017年9月1日、店舗名は遠東そごうに変更された[82]
  • 廣三そごう台湾
    廣三崇光(北京語読み:クァンサン・チョングァン 英文表記:Kuang San SOGO Department Store)
    台中市西区台中港路一段299号 36,000m2
    1992年(平成4年)3月12日 台湾 廣三建設との合弁で「廣三崇光百貨股份有限公司」設立。
    1995年(平成7年)11月11日 本館開業。1999年(平成11年)12月6日 2館開業 21,000m2
    1998年(平成10年) 債務超過や違法な金銭授受の疑いで廣三建設が財務危機に陥り、曾正仁会長が逃亡。
    2003年(平成15年) 2館閉店。ビルを活性化するために「廣三崇光國際開發股份有限公司」が設立されたが、5年間に所有者は何度も交代し、スラム化していた。
    2007年(平成19年) 國泰人壽(キャセイ生命)が2館を13億NT$で買収。それぞれ商業ビルとオフィスビルとしてリニューアルし、再生された。
    「そごう・西武」との関係は商標貸与のみ。会長は日本人・原島榮一氏、前会長・辻裕氏。[83] 12階には紀伊國屋書店が入居。
  • そごうインドネシア SOGO Department Store Indonesia
    地場財閥「カジャ・ツンガル Gajah Tunggal」との合弁。そごうグループを離れた後も商標はそのままで存続[77]。中流以上の層を対象としたデパート。
    • プラザ・インドネシア店ジャカルタ) Plaza Indonesia 売り場面積16,000m2[3]
      Jl. MH Thamrin Kav 28-30, Jakarta Pusat
      1990年(平成2年)>3月1日開店[84]。インドネシア1号店。2006年(平成18年)2月 プラザの改築の際、閉店。スーパーマーケット部門のみ残し「ザ・フード・ホール・グルメ The Food Hall Gourmet」と改称して営業している。[85]
    • クラパ・ガディン・モール店(ジャカルタ) Kelapa Gading Mall
      Jl. Kelapa Gading Boulevard Blok M East Jakarta
      1995年(平成7年)1月開店。11,000m2。華僑系高級住宅街に立地。
    • プラザ・スナヤン店(ジャカルタ)  Plaza Senayan
      Jl. Asia Afrika No.8 South Jakarta 紀伊國屋書店入居。
      1999年(平成11年)10月29日開店。スナヤンはプラザインドネシアと並ぶ高級モール。
    • ポンドキンダ・モール店(ジャカルタ)  Pondok Indah Mall
      Jl. Metro Pondok Indah South Jakarta 2005年(平成17年)開店
    • エンポリウム・プルイット(ジャカルタ) Emporium Pluit Mall
      Kawasan CBD Pluit Jl. Pluit Selatan Raya North Jakarta スーパー無し。
    • セントラル・パーク・モール店(ジャカルタ) Central Park Mall
      Jl. Letjen S. Parman Kav.28 West Jakarta スーパー無し。
    • コタ・カサブランカ・モール店(ジャカルタ) Kota Kasablanka Mal
      Jl. Casablanca Raya Kav.88 South Jakarta
    • パリス・ファン・ジャワ店バンドン) Paris van Java
      Jl. Sukajadi No.137-139 Bandung
    • サン・プラザ店メダン) Sun Plaza
      Jl. K.H. Zainul Arifin No.7 Medan
    • プラザ・タンジュンガン店スラバヤ) Plaza Tunjungan
      Jl. Embong Malang No.7-21 Surabaya
    • ギャラクシー・モール店(スラバヤ) Galaxy Mall
      Jl. Dharmahusada Indah Timur No.35-37 Surabaya
    • バリ・コレクション店(バリ・ヌサドゥア) Bali collection
      BTDC Complex Nusa Dua, Nusa Dua スーパー無し。
    • ディスカバリー・モール店(バリ・クタ) Discovery Shopping Mall(centro)
      Kartika Plaza Street, Kuta 2006年(平成18年)開店。スーパー無し。
  • そごうKL SOGO (KL) Department Store Sdn Bhd
    1991年(平成3年)7月、マレーシア旧国営コングロマリット、プルナス Pernas との合弁会社「そごうプルナス」として設立。
  • ペナンそごう[3]ペナン州) Penan SOGO
    10150 Georgetown,Penang
    1989年(平成元年)[3]9月「ガマ・デパート」 Gama Supermarket & Departmental Store 開店。地下2階地上8階 売り場面積11,000m2[3]
    1989年(平成元年)12月 広島そごうがガマを約3940万RMで買収。[87] そごうグループを離れたガマ・デパートは存続している。かつて入居していた紀伊國屋書店は撤退。
  • そごうシンガポール SOGO Department Stores (S) Pte Ltd
    1984年(昭和59年)1月 シンガポール開発銀行 The Development Bank of Singapore Limited(旧政府系)との合弁会社として設立。国家的プロジェクトとして同行が立地していた場所を開発した「ラッフルズシティRaffles City[88]に賃貸入居。
    • ラッフルズ・シティー店 Raffles City 
      Raffles City Shopping Centre 252 North Bridge Road, Singapore
      1986年(昭和61年)10月25日開店[89]。2000年(平成12年)9月30日閉店[90]。売り場面積12,500m2[3]
      撤退後はイギリス資本の ロビンソンズRobinsons(アメリカ系ロビンソン百貨店とは別)、マークス&スペンサーMarks & Spencerが入居。
    • タンピネス店 Tampines Store
      1993年(平成5年)[3]4月開店。1998年(平成10年)10月閉店[32]。売り場面積5,400m2[3]。撤退後、2009年(平成21年)4月からショッピング・モール「タンピネスワン」tampines1
    • パラゴン by そごう Paragon by SOGO
      290 Orchard Road, Singapore 1989年(平成元年) 6億9000万S$で買収。1996年(平成8年)12月 約6億8230万S$で売却。
      そごうグループを離れた後モール・グループが運営。グッチダンヒルサルヴァトーレ・フェラガモなどの高級ブランド中心の高級ショッピング・モール。
  • そごうタイランド SOGO(Thailand)Co., Ltd.
    1983年(昭和58年)7月設立。タイ アマリン開発公社 Amarin Development Public Co.,Ltd 他 地場資本51%の合弁会社。資本金2,500万B。
    バンコク ラーチャダームリ通り、ラーチャプラソング交差点交差点に庶民派の「アマリンそごう」と高級志向の「エラワンそごう」の2店が隣り合って並んでいた[3]。どちらも大成建設が建てたビル[91]、どちらもそごうタイランドとアマリンが出資しながら、それぞれ独立した会社による運営だった。そごう本体の破綻の都合で撤退。合弁パートナーが撤退する場合、タイ側に株式を譲渡することがタイの法律で定められている[92]ため、2店ともアマリンが引き継いでショッピング・センターを運営することになった。
    • アマリンそごう Amarin SOGO Co., Ltd
      500 Ploenchit Rd., Lumpinee, Patumwan, Bangkok. BTSチッドロム駅と直結。
      1984年(昭和59年)[3]12月1日開店。アマリン・タワー Amarin Tower 1-4階。そごう海外1号店[3]。売り場面積12,000m2[3]
      撤退後、「アマリン・プラザ Amarin Plaza として運営されている。タワー9階にはJCBプラザ、15階には盤谷日本人商工会議所が入居する他、ホテル、スパなどがある。
    • エラワンそごう Erawan SOGO Co., Ltd
      494 Rajdamri Road, Pathumwan, Bangkok.
      1990年(平成2年)12月4日開店。グランド・ハイアット・エラワン・バンコクビル内。売り場面積13,435m2[3]
      撤退後、2004年(平成16年)11月24日から高級ショッピングセンター「エラワン・バンコク Erawan Bangkok として運営されている。「バーバリー」の旗艦店、タイ初出店の「コーチ」などが入居。[93]
  • ロンドンそごう SOGO(London) Ltd
    1991年(平成3年)10月1日会社設立。1992年(平成4年)7月[3]7日開店。1999年(平成11年)[77]4月閉店。売り場面積2,037m2[3]。後、ヴァージン・メガストアーズVirgin Megastores
    ヨーロッパ1号店[3]。中心地のピカデリーサーカスに出店していたが、2000年(平成12年)初めには土地・建物を売却して撤退した[32]
  • バルセロナそごう SOGO Espana S.A.
    1991年(平成3年)5月設立。1992年(平成4年)開店[3]。1996年(平成8年)閉店[77]。売り場面積7,400m2[3]
    当時スペイン一高い高さ153mの「ザ・ホテル・アーツ・バルセロナ」も併設して運営していたが[3]、売却して撤退した[32]
  • ローマそごう
    1989年(平成元年)開店[77]。1998年(平成10年)閉店[77]
  • ミラノ
    1991年(平成3年)開店[81]
  • ビバリーヒルズのロデオドライブにショッピングセンターも出店していたが、2.25億ドルで買収したものを1.3億ドルで売却して撤退した[32]

構想はあったが出店を断念した店舗

北海道地方

  • 札幌そごう新館[32]

東北地方

  • 仙台そごう - 水島そごう時代[32]およびミレニアムグループの新店舗として仙台にそごうの出店計画が数度あったが、その後断念。
  • 郡山そごう - 1983年(昭和58年)1月に国鉄郡山駅前西口市街地再開発ビルの核テナントとして出店が決まり[94]、1984年(昭和59年)1月に郡山市が建設申請を提出して[95]同年10月に申請が受理されていたが[96]、1985年(昭和60年)4月に百貨店を核とする再開発計画に慎重派だった青木久市長が当選した[97]ため、1986年(昭和61年)1月出店断念[98]。予定地には2001年(平成13年)3月に郡山ビッグアイが落成[99]
  • 北上そごう - ツインモールプラザの核テナントとして川徳と出店を競り合ったが、バブル崩壊により断念。ダックビブレ(現在はさくら野百貨店)が最終的に進出した。

関東地方

JR東日本との共同計画[102]。千葉市美浜区の幕張新都心にあるJR海浜幕張駅南側の約5,300m2に地上9階建てのビルを建設して出店する計画で約330億円を投じる計画であったが、採算性に問題があるとして計画を撤回した[102]。当初計画1996年(平成8年)春開店予定。1992年(平成4年)3月白紙撤回、断念。
  • 池袋そごう - 現在のサンシャインシティへの出店計画[49]。一度は出店が決定したが、池袋駅から地下道を通す条件がクリアできず出店断念[49]三越直営による「サンシャインシティ・アルタ」などが入居している。
  • 新宿そごう - 現在のタカシマヤタイムズスクエアの位置に出店計画があったが[32]賃料が坪3万円を超える見込みとなったことから採算が合わないとして出店を断念した[49]
  • JR東日本立川そごう[32] - JR東日本との共同計画。1993年(平成5年)12月出店発表(共同子会社設立合意)。当初計画1997年(平成9年)開店予定。JR立川駅南口の商業ビルの核店舗として入居予定だったが、1996年(平成8年)6月出店断念[32]。1999年(平成11年)に阪急百貨店との折半出資によるグランデュオが開業。
  • 橋本そごう - 現在のイオン橋本店(相模原市)近辺に位置する。JR橋本駅前市街地再開発の一環で、賃料坪単価8,000円以上と競合した近鉄百貨店の2倍の提示額で、地元の京王百貨店を含む競合を退けて1989年(平成元年)10月に出店が決定した[31]。1993年(平成5年)8月に出店凍結し、その3年後に出店契約を解約して正式に出店断念[31]
  • 横浜そごう新館(新・横浜スカイビル[32]) - 1992年(平成4年)6月出店凍結、自然消滅。1996年(平成8年)9月の竣工により丸井横浜東口店(現・マルイシティ横浜)が出店。
  • 港北ニュータウンそごう[32] - タウンセンター第2地区の開発計画の一環。コンペには他に横浜高島屋、西武、東急の3百貨店が参加していた。当初計画では建物面積約50,000m2、事業費約500億円。1995年(平成7年)開店予定だったが、その後出店を断念。
  • 北千住そごう - 北千住駅の再開発に向けて1988年(昭和63年)出店を発表したが断念し、2004年(平成16年)に丸井が開業した。
  • 溝口そごう-JR武蔵溝ノ口・東急溝の口駅前の川崎市主導の再開発ビルのコンペに参加したが、ヤング・ファミリー層から支持を受けた丸井に決定した。

中部地方

  • JR名古屋そごう - JR東海と合弁で松坂屋とともに出店候補に挙がったが最終的にはジェイアール名古屋タカシマヤが出店。
  • 清水そごう - 狐ヶ崎ヤングランド跡地に1995年(平成7年)の開業を目指すも撤回。現在はイオン清水店。
  • 駿東そごう - (駿東郡清水町)バブル期に大東紡績三島工場跡地に東部地区最大の百貨店を計画。バブル崩壊により出店断念。その後ユニーとキミサワが出店を表明するも実現せず最終的には1997年(平成9年)にHome Assistを核とするサントムーン柿田川が開業。2008年にサントムーンアネックス(エディオン)がオープンした。

近畿地方

  • 茨木そごう - JR茨木駅にほど近い日本たばこ産業の工場跡地に売り場面積85,000m2の百貨店の出店を計画して1991年(平成3年)に出店契約を結んでいたが、経営不振から計画が中止となった[31]。出店予定地にはマイカル茨木(現:イオンモール茨木)が建設され2001年(平成13年)より営業している。開店していた場合は当時最大規模となる郊外型百貨店だった。
  • 阿倍野そごう[32] - 現在のあべのキューズタウン(2011年(平成23年)4月26日開業:核テナントはイトーヨーカドーあべの店)の場所に出店を予定していた。
  • 中百舌鳥そごう - 南海高野線中百舌鳥駅前再開発への出店計画で西武百貨店と激しい争奪戦を繰り広げたが両社ともに経営悪化で進出を断念した[31]。1992年(平成4年)10月に出店が決定したが[49]、1993年(平成5年)7月出店断念。
  • 湊町そごう - 湊町駅前の再開発計画の一環。駅ビルの商業層への出店計画だったが、1992年(平成4年)6月に出店を凍結。
  • りんくうタウンそごう - 関西国際空港の対岸部の埋立地「りんくうタウン」に出店を計画[32]。1989年(平成元年)出店構想発表。1990年(平成2年)競合していた三菱地所近鉄グループと共同分譲を締結した。

中国地方

  • 伏見町そごう - 福山駅前の伏見町市街地再開発計画の核店舗として1990年(平成2年)11月に出店を決定した[49]。他社の進出を阻止するための出店計画との見方もされていた[49]
  • 防府そごう - 防府駅北東に位置する街区の再開発計画の一環。防府商工会議所が再開発会社「防府商業近代化株式会社」を設立し、防府市も全面協力という計画だった。当初計画では、建物は面積約20,000m2、初年度売上目標は百数十億円で、1984年(昭和59年)開業予定だったが、その後出店を断念した。同街区は現在、再開発によりマンションや中小規模の商店、防府市立図書館などが入居する複合施設「ルルサス防府」となっている。
  • 宇部そごう[32] - 宇部市役所前の新天町一丁目西地区市街地再開発計画の一環。当初構想は、地上14階・地下2階のオフィスタワー、地上8階・地下2階の商業棟(約30,000m2)、地上9階・地下1階の駐車場ビルからなる複合施設を建設するというもの。1988年(昭和63年)に出店表明、1991年(平成3年)に基本構想が宇部市より発表され、1993年(平成5年)の開業を目指していたが、既存の百貨店や地元商店街の反対を受け徐々に開発計画が縮小され、1994年5月に出店断念。

九州地方

  • 福岡そごう - 事前のコンペではそごうの出店がほぼ決定していたが、他地域とのバランス面や政治的な動き等により、三越福岡三越)となった。
  • 長崎そごう - 長崎県と国が造成していた長崎港元船地区埋立地への出店計画。1993年(平成5年)に出店を表明したものの、地元商店街からの激しい反対運動を受け、1994年に出店断念。
  • 鹿児島そごう - 関係者の話によれば1980年代後半から1992年(平成4年)頃に西鹿児島駅(現・鹿児島中央駅)前の一番街アーケード一帯のすべての街区をまるごと潰して再開発する構想があったようだが1993年(平成5年)以降は交渉が進展せず自然消滅した。順調に実現していれば、錦糸町そごう(現在のアルカキット錦糸町)と同時に開店する見込みだった。

海外

  • シドニーそごう - 熊谷組と共同で買収した土地にオフィスを併設する超高層ビルを建設し、その中に出店する構想であった[32]。現地ボンド・コーポレーションから買収したシドニーの中心部「パークプラザ」に出店を計画。1998年(平成10年)11月出店断念。
  • イスタンブールそごう - イスタンブール市街のタクシム広場周辺に出店を計画。1991年(平成3年)に出店を発表したが、その後断念。

プロ野球球団の応援セール

有楽町そごうが閉店するまでは読売ジャイアンツの応援セールを行っていたが、これは入居する建物(読売会館)の建物所有者が読売グループであることによる。東京進出に際して建物がなかなか見つからずにいたところに、読売グループが建物を快く提供したため、これに対する恩返しの意味もあったとされる。そごうの経営再建に伴い、応援セールの権利は三越が引き継ぐことになった。

なお、西武百貨店全店(旧ロビンソン百貨店を含む)と同様、埼玉西武ライオンズの応援セールを行っている。ただし、セールを行う店舗は、ライオンズの地元埼玉県にある大宮川口の2店舗が基本的に対象である。かつては埼玉県を商圏に含む店舗も対象であり、(2015年まで)・八王子(2010年まで)もセール対象だった。2018年は大宮・川口に加えて横浜千葉西神徳島の各店が対象となった。しかし横浜は2019年の西武優勝セールは実施せず横浜DeNAベイスターズの応援セールに回った。

広島そごう(現:そごう広島店)は、広島東洋カープが優勝した際に優勝セールを行っている。2008年まで同球団の本拠地だった旧広島市民球場は徒歩圏内にあった。

そごう神戸店では阪急阪神東宝グループへの移管以前より、三宮阪神ビルに入居している関係や地域性もあり、阪神タイガースの優勝時にセールを実施していた[103]。また、阪急東宝グループ(当時)の球団売却後には、神戸に拠点があったオリックス・ブルーウェーブの優勝セールも行ったことがある。

イッツ・ア・スモールワールド時計(世界の人形時計)

最後のからくり運用時には横浜店では多くの客が集まった。
旧茂原そごうの時計。2008年(平成20年)に針と文字盤の数字が撤去された(2013年2月撮影)。
一部店舗で表記されている東京ディズニーランドのロゴ(画像は旧茂原そごうの物)

東京ディズニーランドのアトラクション「イッツ・ア・スモールワールド」のスポンサーだったそごうの一部の店舗には、正時の約5分前になるとアトラクションに登場するからくり人形と共にテーマ曲である「小さな世界」を演奏する「イッツ・ア・スモールワールド時計」(世界の人形時計)が設置されていた。

1985年(昭和60年)に開業した横浜そごうを皮切りに一部の新規、既存店舗に国内店舗全19台、海外店舗全4台の計23台が設置された。

ほとんどの店舗で地上または地下のメインエントランス部分に設置され、待ち合わせスポットとしても親しまれたが、大阪店(旧店舗)や奈良そごうのように店内に設置されている場合もあった。

最盛期(1994年6月の千葉店設置から同年10月の柚木そごう閉店までと、1996年の神戸店設置から2000年2月の茂原そごう閉店まで)には国内で18台稼働していたが、そごう破綻の影響もあり、からくり機能終了時点では10台となっていた。茂原そごうや奈良そごうのように撤去費用の面での問題があり撤去されていないもの一部あり、後者は壁で覆われている。人形の修繕工事も定期的に行っており、最初に導入した横浜そごうでは2006年(平成18年)に修繕工事を行った。時計の後ろにはメンテナンス用の扉があり人形の取り外しもできる。時計1つの金額は1億円以上と言われている。

以前、時計の有無にかかわらず全店で毎正時に館内放送で時報を鳴らしていた。曲は冒頭に同様の"It's a Small World"を流した後、時報案内のアナウンスが流れていた。

2008年(平成20年)4月15日を以って「老朽化のため」として、設置されている全店舗で時計のからくり機能の運用を一斉に終了した。この日、最後の運用時に各店舗の店長が観覧客に対して感謝の意を表した。奇しくもこの日は、東京ディズニーランド開園25周年の記念日である。

これらのからくり機能を楽しみにしていた子供達に対し、「おにんぎょうさんたちは、おやくそくがあって、おうちにかえることになりました。」と全てひらがなで書かれた終了告知が一般の告知と共に掲示された。なお、時計自体は撤去されず、文字盤の人形のみ4月15日以降順序撤去され、時刻表示のみの「鐘が鳴る大時計」として現在も使用されている。

そごうの公式ウェブサイトでは、そごう横浜店(横浜そごう)のページのみ4月16日付けで告知された。また、朝日新聞大阪本社版や神戸新聞でも報道された。

この措置はそごうが同アトラクションのスポンサー契約を同日を以って終了したことが実際の理由であり、案内文中の「おやくそく」とは契約の事、「おうちにかえる」は人形の撤去をそれぞれ指していると推測される。時計の下にあった「イッツ・ア・スモール・ワールド」関連の掲示物は全て撤去され、一部店舗の時計にあった東京ディズニーランドのロゴは時計の文字盤同様の色のステッカーを貼り付けて対応した。なお、遠東SOGOの一部店舗では香港ディズニーランドのロゴ・仕様に変更(契約先の変更)した上で、現在も運用されている。そのため、遠東SOGOが香港ディズニーランドのイッツ・ア・スモールワールドのスポンサーとなっている。

なお、この時計は同じくかつて東京ディズニーランドのスポンサーだったセイコー製である。

時計の人形の種類と各店舗の違い

そごうの時計の人形は一部店舗で若干デザイン等が異なり、地域に合わせた限定人形が設置されていたりする店舗も存在する(徳島店、小倉店)。ここでは各店舗に設置されている人形等の違いを一部記載する。

ロゴの位置

横浜店等、1990年以前に設置されているタイプは、針の下のパネルにセイコーのロゴ、左下のパネルに(当時の東京ディズニーランドの)マーク左側の東京ディズニーランドのロゴが刻まれている(横浜店のみセイコーのロゴのみ刻まれている)。大宮店は1段表記で刻まれている。川口店等の1991年以降に設置されているタイプは、左下のマスにセイコーのロゴ、右下のパネルにマーク右側の東京ディズニーランドのロゴが刻まれている。3×9タイプのみ、マーク左側で1段表記(神戸店のみセイコーのロゴのみ刻まれている)である。

6のパネルのキャラクター(シンボル)の下の表記

初号機の横浜店は「©1985 Walt Disney Productions」と表記されており、広島店は「©1988 Walt Disney Company」と、この2つの店舗のみ、表記に設置年が記載されている。それ以外の店舗は「©Walt Disney Company」と、設置年が未記載である(4×4タイプの個体は設置されている人形が異なるため上記のような表記はかかれていない)。

設置店舗

店舗ごとにそれぞれデザインが異なっており、正方形(5×5マス)型・正方形(4×4マス)型・長方形(横)形・長方形(イッツ・ア・スモールワールド仕様で横)型の4種類がある。時計の両端、もしくは上にカリヨンが併設されている(大宮店のみ時計の左上のマス部分に小さいカリヨンが2つ連なって設置されている。呉店では鐘は上部に3つ設置されていた)。

鐘の鳴る回数は、以前は時刻に関わらず6回固定であった(奈良そごうは5回、福山そごうと広島店は「キーン」「コーン」をそれぞれ1回とカウントし時刻に連動した回数分鳴っていた)が、からくり機能終了後は全店舗で時刻に連動した回数分鳴っている。

遠東SOGO運営の一部店舗では鐘の音色が変更され3回となっている。

  • 正方形(5×5マス)型の設置店舗は○。
  • 正方形(4×4マス)型の設置店舗は●。
  • 長方形(横)形の設置店舗は△。
  • 長方形(イッツ・ア・スモールワールド仕様で横)型の設置店舗は▲。

日本のそごうの店舗

記号 店舗 設置番号 設置年月 備考 現状
横浜店 1号機 1985年9月 そごうに設置された「世界の人形時計」の初号機。他店舗と鐘の音色が若干異なる。 からくり廃止、時報機能のみ作動
川口店 11号機(日本では10号機) 1991年10月 鐘が時計上部に設置されている。 同上
柏店 17号機(日本では16号機) 1992年12月 既存店への設置、日本の店舗における正方形5×5タイプの最終機。閉店(塗装歴あり)。 時計機能のみ作動
茂原そごう 14号機(日本では13号機) 1992年3月 閉店、時計の数字、人形、針が撤去されている(本体や動作制御に関わる機器の一部(スピーカー等)は閉店後も残っている)。 完全廃止
多摩そごう 7号機(日本では6号機) 1989年10月 閉店(晩年は故障で作動時刻を減らしていたことがあった)。 撤去
柚木そごう 15号機(日本では14号機) 1992年6月 閉店。 同上
豊田そごう 16号機(日本では15号機) 1992年11月 既存店への設置、閉店。 同上
奈良そごう 6号機(日本では5号機) 1989年10月 閉店、場面に応じてライトの当たる位置が変わったり、最初の鐘が鳴る(他店舗とは異なり5回鳴る)タイミングで針が正時を指す。カメラ映像をエレベーターに中継して表示していた。撤去費用の問題で閉店後はフリークライミングの壁に覆われた(ミ・ナーラに改装された後も残されている)。 完全廃止
大阪店 12号機(日本では11号機) 1991年11月 既存店への設置、後継店の心斎橋本店には未設置。 撤去
西神店 9号機(日本では8号機) 1990年10月 横浜店を参照
福山そごう 12号機(日本では11号機) 1992年4月 閉店、鐘の鳴るリズムは広島店と同様だった。 撤去
呉店 8号機(日本では7号機) 1990年3月 閉店(故障歴あり)、鐘が上部に3つ設置されている。2018年頃、時計も停止した。 完全廃止
広島店 4号機(日本では3号機) 1988年11月 既存店への設置、本館に設置。鐘の鳴るリズムは福山店と同様だった。 横浜店を参照
徳島店 10号機(日本では9号機) 1990年10月 既存店への設置(塗装歴あり)、オリジナルの人形が1体(日本の人形が阿波踊りの人形になっている)含まれていた。 横浜店を参照
大宮店 2号機 1987年3月 柱に取り付けられており、側面にメンテナンスの扉が付いている。人形の動きも若干異なり、独特な動きをする。 横浜店を参照
加古川そごう 5号機(日本では4号機) 1989年9月 閉店、形状は大宮店と同じだが、人形が1体多く(上述の大宮店には該当する位置に鐘が設置されている)、時計上部に鐘が設置されている。 撤去
千葉店 19号機(日本では18号機) 1994年6月 既存店への設置。 横浜店を参照
神戸店 21号機(日本では19号機) 1996年4月 既存店への設置(塗装歴あり)、復旧オープンした際に誕生したサンファーレ広場に設置。事業継承に伴い閉店。日本の「世界の人形時計」最終機。 横浜店を参照
小倉そごう 18号機(日本では17号機) 1993年10月 閉店、オリジナルの人形が2体(小倉祇園太鼓を叩く少年と少女の人形)含まれた。 撤去

台湾の店舗

記号 店舗 設置番号 設置年月 備考 現状
台中廣三店 20号機(台湾では2号機) 1995年11月 海外店舗で唯一の正方形タイプ(正方形5×5マス型の最終機でもある)。 稼働中
台北忠孝館 3号機(台湾では1号機) 1987年11月 セイコーから販売された海外3台目のからくり時計(1台目はシンガポール伊勢丹のからくり時計、2台目はイオンスタイル康怡のからくり時計)。 同上
中壢元化館 23号機(台湾では4号機) 1998年9月 台湾に設置された「世界の人形時計」最終機(最も新しいタイプでもある)。 同上
高雄店 22号機(台湾では3号機) 1996年9月 若干デザインが異なり、人形の配置も異なる。2018年頃から不具合が多発しており、演出終了から約5分後に再び作動することがあった。 同上

脚注

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  99. ^ “経済県都発展のシンボル 郡山駅西口再開発ビル 「ビッグアイ」落成式 駅前広場も完成祝う 滝のモニュメント、からくり時計” 福島民報 (福島民報社). (2001年3月23日)
  100. ^ a b 森義弘「中心市街地活性化の核「URALA(ウララ)」誕生〜土浦駅前地区第一種市街地再開発事業竣工〜」『新都市』第51巻第11号、都市計画協会、1997年11月、56-62頁、NAID 40001929740 
  101. ^ a b 「土浦駅前地区第一種市街地再開発事業 ウララ」『近代建築』第51巻第12号、近代建築社、1997年12月、75-82頁、NAID 40000778683 
  102. ^ a b 館沢貢次 『総点検 JRという「株式会社」の真実 その将来性はどの程度の「買い」か?』 こう書房、1992年5月1日。ISBN 978-4769604488
  103. ^ “INAC神戸、優勝なら神戸で「Vセール」実施”. スポーツニッポン. (2010年10月30日). http://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2011/10/30/kiji/K20111030001919940.html 2017年1月22日閲覧。 

関連項目

外部リンク