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稔台

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
日本 > 千葉県 > 松戸市 > 稔台
稔台
稔台の位置(千葉県内)
稔台
稔台
稔台の位置
北緯35度47分01.9秒 東経139度55分43.8秒 / 北緯35.783861度 東経139.928833度 / 35.783861; 139.928833
日本の旗 日本
都道府県 千葉県
市町村 松戸市
人口
2020年(令和2年)2月28日現在)
 • 合計 14,256人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
270-2231[1]
市外局番 047[2]
ナンバープレート 松戸

稔台(みのりだい)は、千葉県松戸市町名。現行行政地名は稔台一丁目から稔台八丁目と稔台(丁目なし)。郵便番号は270-2231[1]

地理

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松戸市南部に位置する。町域内は住宅地となっており、町域北部を新京成電鉄新京成線が通り、みのり台駅(所在地:松戸新田)が置かれている。五丁目・六丁目エリアには稔台工業団地が立地している。東は日暮、西と北は松戸新田、南は和名ヶ谷と接している。東西を走る千葉県道281号松戸鎌ケ谷線はラーメン街道として名高く、ロードサイドに人気ラーメン店が多く密集する。

歴史

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稔台の歴史については「『稔台ものがたり』 大井藤一郎編著 稔台連合町会(1995)」が詳しい。

沿革

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明治~昭和(戦前)

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昭和(戦後)

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  • 1945年(昭和20年)10月3日 - 八柱演習場(正式名称は八柱作業場)が、復員軍人で構成された帰農者・入植者に開放され、この地のシンボル的存在だった一本杉の下(現在の稔台公園)で開村の鍬入れ式が行われる。
  • 1946年(昭和21年) - 入植者の公募によって稔台(みのりだい)の地名が命名される。
  • 1950年(昭和25年) - 新町名として稔台(みのりだい)が成立。
  • 1952年(昭和27年) - 国府台にいた、乳児院・養護施設の拡充に尽力していたアメリカ人のルーテル教会宣教師ミス・エーネ・パウラス女史の噂を聞きつけて陳情し、農村乳幼児・児童を対象とした稔台保育園を開設。その労に報いるため現在の日本福音ルーテル稔台教会(1953年宣教開始)の敷地を割譲する。
  • 1955年(昭和30年)4月21日 - 新京成電鉄新京成線の松戸から津田沼全線単線開通し、新京成電鉄新京成線みのり台駅」(陸軍工兵学校八柱演習場入口地点、所在は松戸新田)開業。国鉄(現JR)線と連絡運輸も開始される。
  • 1960年(昭和35年) - 「稔台工業団地」の造成が始まる。(現在の稔台五丁目・六丁目周辺)
  • 1961年(昭和36年)11月25日 - 新京成電鉄新京成線の「松戸駅」から「八柱駅」間の3.8キロの複線営業開始。
  • 1965年(昭和40年)4月1日 - 松戸市立稔台小学校が開校。
  • 1965年(昭和40年)10月3日 - 町の守護神社が「みのり神社」と改称。
  • 1967年(昭和42年) - 街区公園として「稔台公園」が開園。
  • 1969年(昭和44年)7月3日 - 松戸開発株式会社によって近隣に「松戸サニーランド」開業。※「稔台工業団地」の準工業地域
  • 1975年(昭和50年)2月7日 - 新京成電鉄新京成線の「松戸駅」から「新津田沼駅」間が全線複線化。
  • 1975年(昭和50年)4月 - 「稔台連合町会」が創設される。※前身の「稔台町会」を「稔台第1町会」~「稔台第10町会」の10の単位町会に分割し構成。
  • 1982年(昭和57年) - 「稔台中央集会所」完成。
  • 1982年(昭和57年)10月6日 - 新京成電鉄新京成線みのり台駅」跨線橋化。
  • 1988年(昭和63年)4月17日 - 駐輪場施設も兼ね備えた「稔台市民センター別館」がオープン。

平成

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  • 1990年(平成2年) - 「みのり台駅前広場」予定地周辺の地権者で構成される「稔台駅前街づくり研究会」が発足。
  • 1992年(平成4年)4月28日 - 新京成電鉄新京成線「みのり台駅」駅舎改築竣工。
  • 1993年(平成5年)10月7日 - 新京成電鉄新京成線「みのり台駅」の壁画完成。
  • 1995年(平成7年)9月24日 - 「森のホール21」の小ホールにて稔台開村50年を祝い、稔台の人たちの手作りによるミュージカル「稔台ものがたり」が上演。
  • 1995年(平成7年)10月1日 - 「みのり神社」にて「稔台開拓50年記念碑」の除幕式が行なわれる。
  • 1996年(平成8年) - 「稔台まちづくりコンクール」開催。(教育委員会後援)
  • 1997年(平成9年) - 「稔台まちづくりシンポジウム」開催。
  • 2000年(平成12年)4月 - オウム真理教信者が転入し給食センターを操業。住民が決起する(後述)。
  • 2002年(平成15年)4月 - 「稔台連合町会」に「ティアラシティ町会」が加わり、11の単位町会で構成される。
  • 2003年(平成15年)3月 - 住民側とオウム側との協定に則り、すべてのオウム真理教信者が退去する。
  • 2003年(平成15年) - 街区公園として「稔台第2公園」が開園。
  • 2004年(平成16年)10月3日 - 稔台開墾60年。昭和40年代に枯れて伐採されてしまった開拓のシンボルであった一本杉の復活と、稔台地区の永遠の発展と平和を願い、旧稔台開拓組合員一同により一本杉を植樹。(現在の稔台公園)
  • 2006年(平成18年)2月 - 町名変更実施。稔台の一部が 稔台一丁目・二丁目 となる。
  • 2006年(平成18年)4月 - 地方自治法が改正され、指定管理者制度により「稔台連合町会」が「稔台市民センター」の指定管理者となる。
  • 2006年(平成18年)9月24日 - 「松戸サニーランド」(ジェーソンマクドナルド・ボウリング場・ゲームセンター・パチンコ店・ビリヤード場・卓球場・バッティングドームの複合施設)が閉業。※「稔台工業団地」の準工業地域
  • 2007年(平成19年)2月 - 町名変更実施。稔台の一部が 稔台三丁目~六丁目 となる。
  • 2007年(平成19年)5月13日 - 稔台駅前交差点の歩道橋が老朽化、バリアフリー化にともない撤去される。※第1回松戸市景観表彰(平成23年度)松戸景観賞
  • 2008年(平成20年)1月26日 - 町名変更実施。稔台の一部が 稔台七丁目・八丁目 となる。
  • 2009年(平成21年)8月21日 - 「松戸サニーランド」跡地にヤマダ電機テックランドNew松戸本店が開業。※「稔台工業団地」の準工業地域
  • 2010年(平成22年)3月24日 - 第165回千葉県都市計画審議会によって50年以上未整備だった「みのり台駅前広場」の計画が廃止される。
  • 2011年(平成23年)3月31日 - 新京成電鉄新京成線みのり台駅」スロープ、多機能トイレ、南口改札口使用開始。
  • 2011年(平成23年)6月16日 - 新京成電鉄新京成線「みのり台駅」の遠隔監視開始。
  • 2012年(平成24年) - 「稔台市民センター」のバリアフリー化。
  • 2017年(平成29年)12月27日 - 松戸市立総合医療センターが開院。※国保松戸市立病院を移転し改称
  • 2018年(平成30年)12月27日 - 松戸市立総合医療センターへの無料シャトルバスが八柱駅北口より運行し、みのり台駅入口(ケーヨーデイツー前)から乗車可能となる。
  • 2019年(平成31年)2月18日 - 稔台小学校内に「放課後KIDSルーム」開設。※放課後児童クラブ(児童クラブ、学童クラブ、学童保育)とは異なる

令和

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  • 2020年(令和元年) - 新型コロナウイルス感染症の流行により、稔台の三大行事(後述)が中止となる。
  • 2021年(令和3年) - 稔台交番前から和名ヶ谷に向けた歩道の改修計画で、「みのり台駅」最寄りの交差点で歩道を安全にする為の工事を実施し黄色いポールの設置が進む。
  • 2022年(令和4年)9月 - 稔台の三大行事(後述)の一つである「みのり台ふるさと祭り」(10月)の再開準備を進めていたが、県の定めるコロナウイルス感染対策の徹底が困難であることを理由に中止となる。
  • 2023年(令和5年)1月4日 - 元松戸市議会議員、稔台連合町会の元最高顧問であった『稔台ものがたり』編著の大井藤一郎氏逝去。
  • 2023年(令和5年)5月 - 「稔台中央集会所」の建て替え計画が連合町会総会にて承認。
  • 2023年(令和5年)8月5日 - 新型コロナウイルス感染症の流行により中止となっていた、稔台の三大行事(後述)のひとつ「納涼盆踊り大会」が4年ぶりに開催される。
  • 2023年(令和5年)10月7日 - 新型コロナウイルス感染症の流行により中止となっていた、稔台の三大行事(後述)のひとつ「みのり台ふるさと祭り」が4年ぶりに開催される。

地名の由来

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戦後、GHQは日本の軍国主義復活を恐れ、軍用地を復員兵や引き揚げ者に開放し農地にしようとした。現在の「みのり台駅」の南側には、当時の陸軍工兵学校の八柱演習場(正式名称は八柱作業場)があり、その広さは、現在の「稔台」「和名ヶ谷」「日暮」「松戸新田」にまたがる総面積は約115万平米、35万坪であった。戦後1945年、そこに除隊したばかりの62人が入植し「八柱帰農組合」を作って開拓を始めた。入植者は主に、市川市国府台の第12方面軍・第2砲兵司令部・野戦重砲兵第26連隊(昭和20年2月28日編成、連隊長:田地季朔中佐)、および東部第74部隊からの復員軍人で構成された。当時はササとススキの根が張った広大な原野が広がっており、農業経験者が10人に満たない帰農者たちにとって開拓は苦労の連続であった。そのため、まずは、育てやすく、痩せた土地でも育つサツマイモの栽培で食いつないだ。1946年には入植者の公募で、たくさんの食べ物がみのるように祈りを込めて「稔台(みのりだい)」と命名した。これがこの地の地名の由来である。これにより「八柱帰農組合」は「稔台農事組合」と改めた。

駅前通りの商店街(みのり台一番街商店会)を歩行者天国にして行われる「みのり台ふるさと祭り」は、戦後この地に開拓団が入植し、この地のシンボル的存在だった一本杉の下で稔台開村の鍬入れ式が行われたのが昭和20年10月3日だったことにちなんで10月最初の土曜・日曜に行われ、神輿を担いで大いに賑わう。一本杉は昭和40年代に枯れてしまったが、その場所は現在の「稔台公園」であり、今は新しく植樹された杉と記念碑が立っている。「みのり台ふるさと祭り」の初日は「みのり神社」の神事で始まる。この神社はもとは弁財天をまつった小さな祠だったが、現在では、稔台の人たちの手により小さいながらも立派な神社として手厚く整備されている。

史跡

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みのり神社

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「みのり神社」の祭神弁財天にして、その始まりは天文七年(1538年)と言われている。古説によれば「相模台(現在の松戸市岩瀬)合戦」(第一次国府台合戦)の際、里見氏方の一武将が弁財天勧請し、鬱蒼たる大樹の下、淙々と湧き出る清水のそばに安置して戦勝を祈願した処と伝えられる。当時は、千葉県市川駅北側の真間山(弘法寺)から千葉県松戸駅東側の相模台城(岩瀬城)までを国府台と呼んでいた。住民から古来より敬拝されてきたが、土地の所有者が祭神を移転させるたびに不可解なことが起きたためにこの地に安置することにした。昭和40年10月3日、「みのり神社」と改称し、現在は稔台の守護神社となっており、稔台開拓50年記念碑、公園、自治会館などが併設されている。八柱演習場があった頃までは弁天谷と呼ばれる谷で、杉の根本からは清水が湧き出しており、毎朝指揮官が弁財天に演習の無事を祈ったが、現在は周辺の都市化が行われたため清水は湧き出していない。

皇太子裕仁親王殿下駐駕(ちゅうが)所

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昭和天皇がまだ皇太子であった1926年(大正15年)に八柱演習場で行われた陸軍工兵学校の演習を見るために行啓したことを示す石碑が建立されている。題字の揮毫は陸軍元帥上原勇作、文は陸軍工兵学校長若山善太郎少将、現在の「東京靴流通センター 松戸稔台店」の裏手、稔台7-10-2に所在。

稔台遺跡

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稔台四丁目付近に点在する遺跡群。近隣に河原塚古墳があることからも、古代より人が居住していた地域であったことが窺える。稔台遺跡で出土した甕(弥生土器)が松戸市立博物館で展示されたことがある。松戸に人が住み始めたのは約3万年前、旧石器時代と言われ、縄文時代(1万3000年前から2300年前)には台地の下まで海が入り込み、全国的にも有名な幸田(こうで)貝塚を始めとして100を越える遺跡が確認されている。

 遺構概要

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包含地。 県報(旧石器-石器集中1/弥生-住居2/古墳-住居3/平安-住居1/近世-溝3)。 県文化財地図、集落。国分川水系。旧石器+弥生後期+古墳前期-住居+溝+土坑。<立地>台地上。<現況>宅地+畑地。 市調査会報(旧石器-石器集中/弥生-竪穴建物2/古墳-竪穴建物3/平安-竪穴建物1/近世-溝4)。

 遺物概要

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県報(旧石器-石器/縄文-縄文土器/弥生-弥生土器+土製品3/平安-土器+鉄器2)。 県文化財地図、弥生後期-弥生土器(前野町式)/古墳前期-土師器+土製品+鉄製品。 市調査会報(旧石器-旧石器/縄文(前期〜後期)-縄文土器/弥生後期-弥生土器/弥生-石器/古墳前期-土師器/古墳-鉄器/平安-土師器+鉄器)。

鮮魚街道(なまかいどう)

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江戸時代には川を使った水運が栄え、銚子沖でとれた魚は夕刻に銚子を出発し、利根川を伝って翌朝に布佐河岸(我孫子市布佐)で陸上げされ、金ヶ作を通り松戸河岸まで馬で運ばれた。再び船で行徳を経て夕方から夜に日本橋に着き、翌朝のせりに出された。この陸送路を鮮魚街道(なまみち)と呼び、輸送される魚は年間500トンにものぼった。稔台の東西を走る千葉県道281号松戸鎌ケ谷線(産業道路)は江戸時代の鮮魚街道(なまかいどう)に重なる。(かっぱ横丁~産業道路~湯楽の里 松戸店から入ったHondaCars西千葉 松戸北店の裏手の道)

世帯数と人口

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2020年令和2年2月28日現在の世帯数と人口は以下の通りである。稔台五丁目・六丁目は主に稔台工業団地が立地しているエリアのため、人家が少なく世帯数が少ない。

丁目 世帯数 人口
稔台一丁目 1,272世帯 2,341人
稔台二丁目 1,131世帯 2,278人
稔台三丁目 1,221世帯 3,006人
稔台四丁目 166世帯 436人
稔台五丁目 142世帯 314人
稔台六丁目 3世帯 3人
稔台七丁目 1,788世帯 3,566人
稔台八丁目 704世帯 1,449人
稔台 340世帯 863人
6,767世帯 14,256人

小・中学校の学区

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市立小・中学校に通う場合、主な学区は以下の通りとなる[3]

丁目 小学校 中学校
稔台一丁目 松戸市立稔台小学校 松戸市立河原塚中学校
松戸市立寒風台小学校 松戸市立第六中学校
稔台二丁目 松戸市立稔台小学校 松戸市立河原塚中学校
稔台三丁目
稔台四丁目
松戸市立稔台小学校
松戸市立和名ヶ谷小学校
稔台五丁目 松戸市立稔台小学校
松戸市立和名ヶ谷小学校
稔台六丁目 松戸市立稔台小学校
松戸市立和名ヶ谷小学校
稔台七丁目 松戸市立稔台小学校
稔台八丁目 松戸市立稔台小学校 松戸市立河原塚中学校
松戸市立松ケ丘小学校 松戸市立第六中学校
稔台 松戸市立稔台小学校 松戸市立河原塚中学校
松戸市立和名ヶ谷小学校
松戸市立寒風台小学校 松戸市立第六中学校

関連組織

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稔台連合町会

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稔台の11の町会(稔台第1町会、稔台第2町会、稔台第3町会、稔台第4町会、稔台第5町会、稔台第6町会、稔台第7町会、稔台第8町会、稔台第9町会、稔台第10町会、ティアラシティ町会)の連合組織で構成され、稔台の三大行事の運営、稔台市民センターの管理など、様々な地域貢献活動を行っている。

稔台連合町会警防団

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通称「稔台警防団」と呼ばれており、町内行事の警備・整理などの任にあたる治安維持組織。警防団員による集団の夜間見回りのほか、パトカー様としたデザインの青色灯の車両によるパトロールなども行っている。

稔台工業会

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「稔台工業団地」の造成に伴う国有地の払い下げのための母体として昭和37年1962年)に「稔台工業懇話会」として発足。「稔台工業会」に改称し、工業団地内の異業種交流の場(懇親会、野球大会、納涼会、BBQ、忘年会、新年会、ボウリング大会)を提供するほか、路灯のLED化や防犯カメラの設置をするなど、地域貢献の団体ともなっている。(2020年1月30日現在、53社が所属)

みのり台一番街商店会

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みのり台駅から交差点方面に直進した通り一帯にある昔ながらの商店街。マスコットキャラクターはみのりちゃん。価格破壊の店舗(生活食料品店と八百屋)を中心として賑わっている。

みのり通り商店会

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みのり台駅から線路沿いに東に向かい、稔台1-8-1から入った通り一帯にある昔ながらの商店街。

稔台の三大行事

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「稔台連合町会運動会」(5月)

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各町会対抗形式の運動会。参加者には連合町会より昼食のお弁当なども振舞われる。

「納涼盆踊り大会」(8月)

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稔台連合町会によって稔台小学校校庭にて例年開催されている盆踊り大会。

「みのり台ふるさと祭り」(10月)

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10月の最初の土曜・日曜に駅前通りの商店街(みのり台一番街商店会)を歩行者天国にして行われる。34人の会員でつくる「稔台睦」が支えており、小さいながらも浅草由来の江戸前の本格的な祭典となっている。使われている神輿は、本社神輿(平成元年 2.6尺辺り 作・行徳 中台製作所 中台祐信)、婦人神輿(昭和58年 1.8尺辺り 作・浅草 宮本宮本卯之助商店 宮本重義)、子供神輿(1.2尺辺り)の三基。この他、曳き山と曳き太鼓が巡行する。松戸駅周辺でおこなわれる「松戸まつり」と同じ日程で開催されるが、「お囃子」「獅子舞」「阿波踊り」「かっぽれ」「津軽三味線」「太鼓演奏」「カラオケ大会」「小学校・中学校のブラスバンド演奏」「幼稚園児による合奏」「ダンススクールによるパフォーマンス」といった非常に盛りだくさんなコンテンツと、各町会・商店街などがリーズナブルな価格設定の模擬店を出店しており、稔台地域外の住民も多数来場して大きく賑わう祭となっている。

公共施設

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教育

※以下、稔台を学区として通学を可としている上記以外の区域外の小中学校・幼稚園

保育所

  • 社会福祉法人チルドレンスパラダイス 稔台保育園(稔台二丁目)
  • NPO法人ねばぁらんど 稔台放課後児童クラブ(2019年 NPO法人 いきいき杉の子会より移譲)(日本福音ルーテル稔台教会内)
  • 稔台エンゼル保育園(小規模認可保育園)(稔台七丁目)
  • ゆいまーる保育園みのり台(小規模認可保育園)(稔台七丁目)

※以下、稔台を学区として通園を可としている上記以外の区域外の保育所

  • 松戸市立 松ケ丘保育所(松戸新田)
  • 社会福祉法人 竹友会 子すずめ保育園(日暮)
  • 社会福祉法人 松戸福祉会 八景台保育園(松戸新田)

公園

  • 稔台公園(稔台二丁目)
  • 稔台第2公園(稔台七丁目)
  • みのり神社公園(稔台一丁目)
  • 太陽公園(稔台三丁目)

銀行・郵便局

行政

  • 稔台市民センター(稔台七丁目)
  • 松戸市立図書館 稔台分館(稔台市民センター内)
  • 松戸警察署 稔台交番(稔台七丁目)
  • 松戸市稔台駅南口第1自転車駐車場(稔台市民センター別館1階)

医療

  • 岡産婦人科稔台クリニック(稔台一丁目)
  • エマオ耳鼻科医院(稔台一丁目)
  • クリニックソワニエ(稔台七丁目)
  • 稔台吉田内科クリニック循環器科(稔台一丁目)
  • 稔台整形外科クリニック(稔台一丁目)
  • 高橋デンタルクリニック(稔台四丁目)
  • 稔台歯科(稔台一丁目)
  • 渡辺デンタルclinic&maintenance(稔台七丁目)
  • 藤歯科医院(稔台一丁目)
  • タウン歯科(稔台七丁目)
  • 砂長歯科医院(稔台七丁目)

福祉

  • ニチイケアセンター稔台(稔台二丁目)

宗教

商業施設

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スーパーマーケット

ホームセンター

  • ロイヤル金物 松戸みのり台(稔台)

コンビニエンスストア

ドラッグストア

外食チェーン

  • 安楽亭 みのり台店(稔台八丁目)
  • 吉野家 松戸みのり台店(稔台八丁目)
  • 百楽門酒家 稔台店(稔台一丁目)
  • インド・ネパール料理タァバン みのり台店(稔台七丁目)

学習塾チェーン

  • KUMON 稔台教室(稔台一丁目)
  • ITTO個別指導学院 松戸みのり台校(稔台一丁目)
  • 学研 みのり台教室(稔台三丁目)
  • Rader Chart みのり台(稔台七丁目)

その他

  • 東京靴流通センター 松戸稔台店(稔台七丁目)
  • セオサイクル 稔台店(稔台一丁目)
  • みんなのお店 今日和 みのり台店 Hello!(稔台一丁目)
  • HondaCars松戸 稔台店(稔台一丁目)
  • ネッツトヨタ千葉 松戸稔台店(稔台五丁目)
  • ガーデン 松戸店 (稔台三丁目)

※商業施設の開店・閉店状況は「松戸つうしん」や「松戸ロード」といった地域情報サイトでも確認することができるようになった。

稔台地区内ではないが稔台の名称がつく施設等

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銀行・郵便局

医療

  • おかデンタルクリニックみのり台(松戸新田)
  • 稔台斎藤クリニック(松戸新田)
  • みのり台調剤薬局(松戸新田)
  • みのり台駅前歯科(松戸新田)

スーパーマーケット

ホームセンター

コンビニエンスストア

外食チェーン

  • 備長炭火ホルモン焼 しちりん 稔台駅前店(松戸新田)
  • 養老乃瀧 みのり台駅前店(松戸新田)
  • 千人力 みのり台店(松戸新田)

学習塾チェーン

運送

ガソリンスタンド

新聞

クリーニング

  • Cleaningグローバル 稔台店(松戸新田)

稔台を東西に走る千葉県道281号松戸鎌ケ谷線(松戸ラーメン街道)沿い、及び域内のラーメン提供店

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松戸はラーメン激戦区として注目されつつあり、県道281号線は松戸ラーメン街道とも呼ばれる。松戸ラーメン街道と並行して走る新京成電鉄新京成線が「ラーメンライン」と一部から呼ばれている特長を活かし、「新京成ラーメン得々スタンプラリー」が毎年行われ、稔台のラーメン店も参加している。

  • らーめん めんぱち 麺八(松戸新田)
  • 味処 むさし野(松戸新田)
  • とんこつ屋台ラーメン 貴生 稔台店(稔台八丁目)
  • 成都担担面(稔台八丁目)
  • ガツ盛リラーメン みちる屋 松戸店(稔台七丁目)
  • 中華そば 志の田 (松戸新田)
  • 百楽門酒家 稔台店(稔台一丁目)
  • 大古洞(稔台一丁目)
  • 麺響 万蕾(稔台一丁目)
  • 九州らあめん どん きさろく 八柱店(日暮)
  • どさん娘まこちゃん(日暮)
  • 四川料理 鵬龍(稔台一丁目)
  • 麺割烹 亀壱(稔台一丁目)
  • さんのじ(稔台七丁目)
  • エイホウ飯店 (稔台五丁目)
  • 榮鳳(稔台)
  • 満留賀 本店(稔台四丁目)
  • 中国料理 大福元 稔台店(稔台三丁目)
  • 一番軒(稔台七丁目)

※成都担担面(旧・楽山担担面)は、TBSチューボーですよ!」などで紹介、榮鳳は、テレビ東京モヤモヤさまぁ~ず2」で紹介されている。 

松戸市では、近代都市に必要な産業構成をつくるため、1960年(昭和35年)から1970年(昭和45年)まで、松戸市内に内陸工業団地を造成し、「煙を出さない公害のない工業」を条件に企業を誘致し、工業の集積を図った。松戸市内の3つの内陸工業団地のうちのひとつが稔台工業団地であり、稔台域内に立地している。松戸市は都心からも近く、東京外環自動車道の延伸によって三郷南インターチェンジから高谷ジャンクション間が接続され松戸インターチェンジの整備がされたことや、JR常磐線の東京駅乗り入れによる交通アクセスも飛躍的に向上していることから、交通インフラも充実し利便性が高い。また、「稔台工業団地」は新京成電鉄新京成線「みのり台駅」からほど近いところに位置し、職住近接の就労環境も整っていることなどから、大手EC企業「楽天西友ネットスーパー」のBTS型施設として国内最大級レベルの物流倉庫が2022年に完成した。

  • いわき商工(稔台五丁目)
  • 岩代鋼材株式会社(稔台三丁目)
  • 有限会社風間運送店(稔台六丁目)
  • 株式会社菊池金型製作所(稔台六丁目)
  • 株式会社木下(稔台五丁目)
  • 協立機電工業株式会社(稔台六丁目)
  • クレハ運輸株式会社(稔台六丁目)
  • 越ヶ谷製氷冷蔵株式会社(稔台五丁目)
  • 株式会社小島半田製造所(松戸新田)
  • 株式会社小沼製作所(松戸新田)
  • 株式会社斎藤英次商店(和名ヶ谷)
  • サトウ商事株式会社(稔台六丁目)
  • 株式会社佐藤セルロイド商店(松戸新田)
  • 佐藤鉄工株式会社(稔台六丁目)
  • サトー熱処理工業株式会(和名ヶ谷)
  • 株式会社三和工業所(松戸新田)
  • 澁澤倉庫株式会社(稔台六丁目)
  • ジャパンクリーンプラント株式会社(稔台六丁目)
  • 株式会社レゾナック(稔台五丁目)
  • 株式会社レゾナック・テクノサービス(稔台七丁目)
  • 株式会社新宮商行(稔台六丁目)
  • 株式会社杉野製作所(松戸新田)
  • 有限会社スズキサービス(稔台五丁目)
  • タイヘイ株式会社(稔台六丁目)
  • ダイヘンスタッド株式会社(稔台六丁目)
  • 高橋金属株式会社(稔台六丁目)
  • 千葉日産自動車 株式会社(稔台六丁目)
  • 東京プラント工業株式会社(稔台六丁目)
  • 株式会社東美(稔台六丁目)
  • 株式会社トーカン(稔台六丁目)
  • 戸田建設株式会社(稔台五丁目)
  • 日邦工業株式会社(稔台六丁目)
  • ネッツトヨタ東都 株式会社(松戸新田)
  • 株式会社バースヴィジョン(和名ヶ谷)
  • ハリマ産業株式会社(松戸新田)
  • 株式会社福島紙器(稔台五丁目)
  • 株式会社宮田(和名ヶ谷)
  • 株式会社ミヤモト(稔台六丁目)
  • 武蔵野金属 株式会社(稔台五丁目)
  • 株式会社メリーチョコレートカムパニー(稔台六丁目)
  • 株式会社モリケン(稔台五丁目)
  • 森杉工業株式会社(稔台五丁目)
  • 株式会社吉野工業所(稔台六丁目)
  • 楽天西友ネットスーパー 株式会社(稔台五丁目)
  • 株式会社 LIXILトータルサービス(稔台五丁目)
  • リソースガイア株式会社(稔台六丁目)

※工業団地内の交流の場として「稔台工業会」が存在し、2020年1月30日現在、53社が所属している。

※メリーチョコレートカムパニー松戸工場が、第6回松戸市景観表彰(平成28年度)の建築物・工作物部門において松戸景観優秀賞、第9回松戸市景観表彰(令和3年度)の建築物・工作物部門(屋外広告物)において「シンプルかつ工夫のある看板表現により、地域および景観への配慮を行っていること」を評価され、景観奨励賞。

かっぱ横丁

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みのり台駅(所在地:松戸新田)から線路沿いにのびる「かっぱ横丁」は、かつて日本の高度経済成長期に稔台工業団地の労働者の利用する飲み屋街として賑わった。江戸時代は鮮魚街道(なまかいどう)と呼ばれた旧道である。

交通

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鉄道

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新京成電鉄新京成線が通るが駅は置かれていない。域外の「みのり台駅」「松戸新田駅」「八柱駅」が利用できる。

努力はみのり、桜咲く「合格祈念きっぷ」
新京成電鉄新京成線に「みのり台駅」「三咲駅」という駅があることから「努力はみのりきっと大きな桜咲く」になぞらえ、受験生に向けた「合格祈念きっぷ」が発売されたことがある。発売前に「鎌ケ谷駅」近くの道野辺八幡宮で祈とうを受けたもので、両駅に関係する乗車券と入場券がセットになっていた。きっぷ部分を切り取ると絵馬の形状になり、裏面に願い事を書くことができ、「初富駅」には専用の絵馬掛けが設置された。

バス

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松戸新京成バスが走っている。

道路

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事件

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オウム真理教信者が転入し給食センターを操業

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2000年4月、松戸市稔台地区の商店街でオウム真理教信者が信者向けの食品工場の操業を始め、地域住民が対策委員会を設置して決起するなど騒動に発展した。最終的に住民側が1200万円の補償金を支払い、オウム側が5年契約の賃貸借契約を3年に短縮し工場を閉鎖・退去するという内容の協定が結ばれた。補償金は住民たちの募金活動によって賄われた。2003年3月20日にすべての信者が退去して以降、松戸市の「オウム信者転入拒否」の姿勢は現在まで続いており、松戸市役所内には「本市は、オウム真理教(アレフに改称)信者の転入・転出届を受理しません」とする看板が現在も掲げられている。

人を襲った体長120センチ「紀州犬」に警察官が13発を発砲し射殺

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2015年9月14日、千葉県松戸市稔台の路上で女性が紀州犬(7歳雄、体長1m20cm余、体重21kg)に噛まれる事故があった。前日に10代の男性が噛まれたことで脱走が判明しており、犬を捜索していた松戸署署員3名と飼い主で取り押さえようとしたが飼い主にも噛みついたため、松戸署員が飼い主に許可を取って拳銃を発砲し射殺した。発砲は13発にも及んでおり全国から非難が殺到したが、松戸署は「麻酔銃は猟友会などしか持っておらず、警察の通常装備にはない。緊急時の対応として、拳銃の使用は適切だった」としている。犬用のおりや網も手配していたが間に合わなかったという。事故後のマスコミ取材で、この犬は劣悪な飼育環境・管理のもとで飼育されていたことが分かった。近所の住民によると、5年前に脱走して人や小型犬に噛みついて以来は狭いベランダで飼われており、散歩に連れていかれるのを見たこともなく、片づけられていない糞尿の異臭がしていたという。その後、11月に松戸署は過失傷害などの罪で飼い主を松戸区検に書類送検しているが、2016年2月12日に松戸区検は不起訴処分としている。理由は明らかにされていない。

脚注

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  1. ^ a b 千葉県 松戸市 稔台の郵便番号 - 日本郵便”. www.post.japanpost.jp. 2020年8月28日閲覧。
  2. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2020年9月11日閲覧。
  3. ^ ま行(町名)”. www.city.matsudo.chiba.jp. 2020年9月13日閲覧。

関連項目

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