絵鞆町
絵鞆町 | |
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町 | |
北緯42度20分4秒 東経140度56分17秒 / 北緯42.33444度 東経140.93806度座標: 北緯42度20分4秒 東経140度56分17秒 / 北緯42.33444度 東経140.93806度 | |
国 | 日本 |
都道府県 | 北海道 |
市町村 | 室蘭市 |
人口情報(2023年(令和5年)12月31日現在) | |
人口 | 2,111[1] 人 |
世帯数 | 1,150[1] 世帯 |
設置日 | 1974年(昭和49年)8月1日 |
郵便番号 | 051-0035[2] |
市外局番 | 0143(室蘭MA)[3] |
ナンバープレート | 室蘭 |
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絵鞆町(えともちょう)は北海道室蘭市の地名。絵鞆町一丁目から四丁目の町がある。四丁目を除き住居表示実施済み。郵便番号は051-0035。かつて同名の字が存在した。
地理
[編集]室蘭市の南西部に位置し、東に祝津町、南に増市町と接し、西は内浦湾,北は室蘭港に面する。
海洋
[編集]- 内浦湾
- 室蘭港
地域の特徴
[編集]室蘭市の都市計画マスタープランでは蘭西地域に属する[4]。
絵鞆半島の北西端である。南部は丘陵地で北部は埋め立て地、西の海岸は崖となっている。沖には大黒島、恵比須島がある。住宅地であり、町の東から北海道道844号祝津西小路中央線が入り、南東に折れた後、南東縁に沿って出ていく。一丁目に絵鞆町会館,絵鞆神社、二丁目にみたらの杜美術館、絵鞆岬展望台、四丁目に絵鞆漁港、むろらん温泉ゆらら、室蘭市B&G海洋センターがある。
歴史
[編集]1964年(昭和39年)海の見える丘陵を造成して公園化し、アイヌ民族慰霊碑を建立[5]。その後造成地には高層市営住宅,海上保安部宿舎,開発局アパート,市職員住宅などが立ち並び、市街地へと変容した[5]。1969年(昭和44年)絵鞆地区区画整理事業開始、丘陵を削り道路を整備して、500戸の造成地となった[5]。1972年(昭和47年)絵鞆墓地が神代町霊園に移転[5]。1974年(昭和49年)北外防波堤灯台が築設されたことにより、室蘭灯台(1891年(明治24年)大黒島灯台として設立)の灯は消えた[5]。
地名の由来
[編集]アイヌ語の「エンルム」に由来し、語原は「エンルム」(岬),「エン・ルム」(突き出ている・頭)である[6]。
沿革
[編集]- 1922年(大正11年)4月1日 - 字名改正により絵鞆村(大字)の一部が絵鞆町(字)となり、絵鞆村(大字)を廃止[5][7]。
- 1922年(大正11年)8月1日 - 市制施行により室蘭区絵鞆町(字)は室蘭市絵鞆町(字)となる[8]。
- 1966年(昭和41年)7月1日 - 絵鞆町新設[9]。
- 1974年(昭和49年)8月1日 - 絵鞆町一丁目 - 三丁目新設[10]。
- 1980年(昭和55年) - 絵鞆町四丁目新設[5]。
町名の変遷
[編集]実施内容 | 実施年月日 | 実施後 | 実施前 |
---|---|---|---|
字名改正 | 1922年(大正11年)4月1日 | 祝津町(字) | 絵鞆村(大字)の字、エトモ[7] |
町名新設 | 1966年(昭和41年)7月1日 | 絵鞆町 | 絵鞆町(字)の一部[11] |
町名新設 住居表示 |
1974年(昭和49年)8月1日 | 絵鞆町一丁目 | 絵鞆町,祝津町三丁目の各一部[10] |
絵鞆町二丁目 | 絵鞆町の一部[10] | ||
絵鞆町三丁目 | 絵鞆町の一部[10] | ||
町名新設 | 1980年(昭和55年) | 絵鞆町四丁目 | 埋立地[5] |
世帯数と人口
[編集]2023年(令和5年)12月31日現在(室蘭市発表)の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
町 | 世帯数 | 人口 |
---|---|---|
絵鞆町一丁目 | 253世帯 | 481人 |
絵鞆町二丁目 | 642世帯 | 1,166人 |
絵鞆町三丁目 | 255世帯 | 464人 |
絵鞆町四丁目 | -世帯 | -人 |
計 | 1,150世帯 | 2,111人 |
人口の変遷
[編集]国勢調査による人口の推移。
1995年(平成7年) | 2,626人 | [12] | |
2000年(平成12年) | 2,660人 | [13] | |
2005年(平成17年) | 2,606人 | [14] | |
2010年(平成22年) | 2,667人 | [15] | |
2015年(平成27年) | 2,426人 | [16] | |
2020年(令和2年) | 2,258人 | [17] |
世帯数の変遷
[編集]国勢調査による世帯数の推移。
1995年(平成7年) | 947世帯 | [12] | |
2000年(平成12年) | 1,022世帯 | [13] | |
2005年(平成17年) | 1,033世帯 | [14] | |
2010年(平成22年) | 1,069世帯 | [15] | |
2015年(平成27年) | 1,035世帯 | [16] | |
2020年(令和2年) | 1,007世帯 | [17] |
学区
[編集]市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[18]。
町 | 街区 / 地番 | 小学校 | 中学校 |
---|---|---|---|
絵鞆町一丁目 | 全域 | 室蘭市立みなと小学校 | 室蘭市立室蘭西中学校 |
絵鞆町二丁目 | |||
絵鞆町三丁目 | |||
絵鞆町四丁目 |
交通
[編集]バス
[編集]道南バスが路線バスを運行する。
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道路
[編集]施設
[編集]役所・公的機関
[編集]- 室蘭市B&G海洋センター
公共施設
[編集]- 絵鞆町会館
文化施設
[編集]- みたらの杜美術館
寺社
[編集]- 絵鞆神社
公園
[編集]- 絵鞆2丁目公園
- 絵鞆2丁目2号公園
- 絵鞆3丁目公園
その他
[編集]脚注
[編集]- ^ a b c “町別の人口と世帯数(日本人のみ)”. 室蘭市 (2024年1月4日). 2024年2月11日閲覧。
- ^ “郵便番号”. 日本郵便. 2024年2月11日閲覧。
- ^ “市外局番の一覧”. 総務省. 2024年2月11日閲覧。
- ^ “室蘭市都市計画マスタープラン”. 都市建設部都市政策推進課都市政策推進係. 2024年1月6日閲覧。
- ^ a b c d e f g h 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典 1.北海道 上巻』角川書店、1987年、216頁。ISBN 4040010116。
- ^ 室蘭市市史編さん委員会『新室蘭市史 第1巻』室蘭市役所、1981年3月25日、180頁。
- ^ a b 室蘭市市史編さん委員会『新室蘭市史 第2巻』室蘭市役所、1981年3月25日、106頁。
- ^ 室蘭市市史編さん委員会『新室蘭市史 第2巻』室蘭市役所、1981年3月25日、65頁。
- ^ “自治省告示第176号”, 官報 (国立印刷局) 号外第140号, (1966-11-30)
- ^ a b c d “自治省告示第94号”, 官報 (国立印刷局) 第14483号, (1975-04-14)
- ^ 室蘭市市史編さん委員会『新室蘭市史 第2巻』室蘭市役所、1981年3月25日、118頁。
- ^ a b “平成7年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2014年3月28日). 2023年7月17日閲覧。
- ^ a b “平成12年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2014年5月30日). 2023年7月17日閲覧。
- ^ a b “平成17年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2014年6月27日). 2023年7月17日閲覧。
- ^ a b “平成22年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2012年1月20日). 2023年7月17日閲覧。
- ^ a b “平成27年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2017年1月27日). 2023年7月17日閲覧。
- ^ a b “令和2年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2022年2月10日). 2023年7月17日閲覧。
- ^ “室蘭市内小中学校通学区域”. 室蘭市 教育部・学校教育課. 2024年2月12日閲覧。
関連項目
[編集]祝津町 | ||||
絵鞆町 | ||||
増市町 |