尾鷲駅
尾鷲駅 | |
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駅舎(2022年6月) | |
おわせ[* 1] Owase | |
◄相賀 (6.7 km) (4.1 km) 大曽根浦► | |
所在地 | 三重県尾鷲市中村町7-60 |
所属事業者 | 東海旅客鉄道(JR東海) |
所属路線 | ■紀勢本線 |
キロ程 | 123.3 km(亀山起点) |
電報略号 | ワセ |
駅構造 | 地上駅 |
ホーム | 2面2線 |
乗車人員 -統計年度- |
379人/日(降車客含まず) -2019年- |
開業年月日 | 1934年(昭和9年)12月19日[1] |
備考 |
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尾鷲駅(おわせえき)は、三重県尾鷲市中村町にある、東海旅客鉄道(JR東海)紀勢本線の駅である。
尾鷲市の代表駅となっており、特急「南紀」を含む全列車が停車する。
歴史
[編集]1934年12月、鉄道省紀勢東線(現・紀勢本線)三野瀬駅 - 当駅間延伸時に開設。当初は多気駅から延びる同線の終着駅であり、その状態は1957年1月に当駅 - 九鬼駅間延伸まで、約20年続いた。当駅開設に伴い、尾鷲への旅客・貨物輸送はほぼ鉄道が独占することとなり、尾鷲から矢ノ川峠を越えて木本町(現熊野市)へ至る県道(現・国道42号)が開通すると1936年(昭和11年)10月16日より尾鷲 - 上木本間(45km、所要2時間45分)に省営自動車(後の国鉄バス)「紀南線」が運行されるようになった[2]。
なお、駅の読みは開設当初は「おわし」であったが、紀勢本線全通に際して現在の「おわせ」に改めている[3]。また、三重県内の紀伊木本駅・相可口駅・山田駅でも同日にそれぞれ駅名を熊野市駅・多気駅・伊勢市駅に変更している[3]。
年表
[編集]- 1934年(昭和9年)12月19日:鉄道省紀勢東線(現・紀勢本線)の尾鷲駅(をわしえき(旧かな))として開設[1][4][5]。開業当日は尾鷲港で開通式が挙行され、各種余興で盛上げられた[2]。終着駅。
- 1951年(昭和26年)11月22日:昭和天皇が尾鷲市に行幸。お召し列車が発着(昭和天皇の戦後巡幸)[6]。
- 1957年(昭和32年)1月12日:紀勢東線当駅 - 九鬼駅間延伸、途中駅となる[1]。
- 1959年(昭和34年)7月15日:線路名称改定。紀勢東線が紀勢本線へ編入、同線の駅となる。同時に駅名の読みを「おわせえき」へ変更[3][7]。
- 1984年(昭和59年)2月1日:貨物取扱廃止[8]。
- 1985年(昭和60年)3月14日:荷物扱い廃止[8]。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化に伴い、JR東海の駅となる[1]。
- 2008年(平成20年)8月7日:信号機器室発煙に伴い、信号設備の一部が使用不可となり列車待避が行えなくなった(交換可能)。同14日から特急待避を他駅へ変更。
駅構造
[編集]相対式ホーム2面2線を有する列車交換可能な地上駅。以前は島式・単式ホーム2面3線であったが、駅舎から一番遠い3番線は線路が剥がされ、ホームにフェンスが新設された。大半の列車は、駅舎に接する1番線に発着している。2番線は普通列車交換時等で使用しており、2021年3月改正ダイヤにおいては上り2本、下り1本が使用する。また、以前は1・2番線間に中線があり、貨物列車待避及び入換作業に使用されていた。両ホームは跨線橋で連絡している。木造駅舎を備える。駅舎は改装されているが、開業当初からのもの。
駅長・駅員配置駅(直営駅)である。管理駅として、船津駅 - 賀田駅間の各駅を管理している。自動改札機は設置されていないが自動券売機が1台設けられている[注釈 1]。JR全線きっぷうりば設置駅で、マルス端末設備を有する。
のりば
[編集]番線 | 路線 | 方向 | 行先 | 備考 |
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1・2 | ■紀勢本線 | 下り | 新宮方面 | 特急含む。2番線発着は普通列車上り2本、下り1本のみ。 |
上り | 亀山・名古屋方面 |
(出典:JR東海:駅構内図)
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便石山から望む駅構造(2015年3月)
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改札口(2023年7月)
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ホーム(2023年7月)
- 付記事項
- 2008年8月7日、当駅信号機器室発煙に伴い信号設備の一部が使用出来なくなり、その後2010年3月13日ダイヤ改正まで暫定的に1番線を下り専用、2番線を上り専用ホームとしていた(対向列車との行違いは可能)。この期間は普通列車が後続特急列車待ち合わせを行うことが出来ないために2008年8月14日以降は後続待ちを他の駅とするダイヤに一部変更し、2009年3月14日のダイヤ改正で当駅で後続待ちを行わないダイヤに固定化されていた。
利用状況
[編集]「三重県統計書」等によると、近年の1日平均乗車人員の推移は以下の通り[9]。
年度 | 1日平均 乗車人員 |
---|---|
1935年[2] | 364 |
1936年[2] | 401 |
1937年[2] | 412 |
1938年[2] | 435 |
1939年[2] | 570 |
1940年[2] | 671 |
1941年[2] | 829 |
1942年[2] | 1,051 |
1943年[2] | 1,436 |
1944年[2] | 1,438 |
1945年[2] | 1,674 |
1998年 | 995 |
1999年 | 983 |
2000年 | 920 |
2001年 | 856 |
2002年 | 807 |
2003年 | 797 |
2004年 | 762 |
2005年 | 735 |
2006年 | 660 |
2007年 | 623 |
2008年 | 561 |
2009年 | 531 |
2010年 | 546 |
2011年 | 533 |
2012年 | 584 |
2013年 | 571 |
2014年 | 534 |
2015年 | 509 |
2016年 | 445 |
2017年 | 426 |
2018年 | 410 |
2019年 | 379 |
駅周辺
[編集]尾鷲市中心街西端に位置する。尾鷲市役所を始めとする行政機関等に近い。また、駅前にはコンビニエンスストア等の商業施設がある。
名勝他
[編集]行政機関
[編集]- 尾鷲市の機関
- 尾鷲市役所
- 三重紀北消防組合 尾鷲消防署
- 三重県の機関
- 国の機関
文教施設
[編集]その他
[編集]バス路線
[編集]三重交通一般路線バスは駅前ロータリーには入らず、駅から200m程離れた尾鷲駅口バス停を利用する。尾鷲市ふれあいバスはロータリーへ入る。なお三重交通名古屋行・大宮(埼玉県)行高速バスは、駅から800m程離れた国道42号上の尾鷲市病院前・尾鷲市バス停(バス停異なるが同一地点)からの乗車となる。
隣の駅
[編集]脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ a b c d 曽根悟(監修) 著、朝日新聞出版分冊百科編集部 編『週刊 歴史でめぐる鉄道全路線 国鉄・JR』 25号 紀勢本線・参宮線・名松線、朝日新聞出版〈週刊朝日百科〉、2010年1月10日、19-21頁。
- ^ a b c d e f g h i j k l m 三重県尾鷲市役所 編 1971, p. 518.
- ^ a b c 熊野市史編纂委員会 編 1983, p. 587.
- ^ 「鉄道省告示第621号」『官報』1934年12月14日(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 『鉄道停車場一覧. 昭和12年10月1日現在』(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 原武史『昭和天皇御召列車全記録』新潮社、2016年9月30日、107頁。ISBN 978-4-10-320523-4。
- ^ 『鉄道公報(号外)』日本国有鉄道総裁室文書課、昭和34-07-09、『通報』p.9頁。
- ^ a b 石野哲(編)『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 Ⅱ』(初版)JTB、1998年10月1日、373頁。ISBN 978-4-533-02980-6。
- ^ 三重県統計書 - 三重県
- ^ 主要停留所案内図・時刻表 尾鷲駅口 - 三重交通
参考文献
[編集]- 三重県尾鷲市役所 編『尾鷲市史 下巻』三重県尾鷲市役所、1971年5月3日、874頁。
- 熊野市史編纂委員会 編『熊野市史 中巻』熊野市、1983年3月31日、1377頁。全国書誌番号:88024262
関連項目
[編集]- 日本の鉄道駅一覧
- 三重県道203号尾鷲港尾鷲停車場線
- 石和温泉駅 - 山梨県にある中央本線の駅。類似の構造を持つ(2面3線→相対式ホーム2面2線:駅舎から一番遠い3番線が廃止されたことにより)。
外部リンク
[編集]- 尾鷲駅 - 東海旅客鉄道
- あなたの駅前物語 尾鷲駅(三重県) - テレビ朝日
- 地理院地図/GSI Maps「尾鷲駅」 - 国土地理院