王烈
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王 烈(おう れつ、141年 - 218年)は、中国後漢の人物。字は彦方。青州平原郡平原県の出身。
人物
[編集]曹操の招聘に応じず、戦乱を避けて遼東で暮らした。その後、遼東が乱れると、その一族は東夷に散らばる[1]。
子孫
[編集]十七世の孫の王文林は、高句麗で西部将を務めた軍人[2]。王文林の八世の孫の王楽徳は、渤海国で暮らしたが、遼の太祖耶律阿保機が渤海国を征服すると、息子とともに東丹王を奉じて遼陽に移住した。王楽徳の曾孫の王継遠は、東丹王に仕えて翰林学士となる。王継遠の末裔が王庭筠である[3]。
脚注
[編集]- ^ “발해인 왕문림(王文林)에 대하여 논하다.”. 東北アジア歴史財団. オリジナルの2022年9月26日時点におけるアーカイブ。
- ^ 전덕재 (2017年7月). “한국 고대사회 外來人의 존재양태와 사회적 역할” (PDF). 東洋學 第68輯 (檀國大學校 東洋學硏究院): p. 103-104. オリジナルの2022年4月23日時点におけるアーカイブ。
- ^ “왕문림(王文林)에 대하여 언급하다.”. 東北アジア歴史財団. オリジナルの2022年9月26日時点におけるアーカイブ。
参考文献
[編集]- 元好問. “遺山集・巻十六-巻十八”. 浙江大学図書館. p. 20-21