藤並町
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藤並町 | |
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北緯34度43分26.76秒 東経137度25分21.43秒 / 北緯34.7241000度 東経137.4226194度 | |
国 | 日本 |
都道府県 | 愛知県 |
市町村 | 豊橋市 |
面積 | |
• 合計 | 0.7898766 km2 |
人口 (2015年(平成27年)10月1日現在)[WEB 2] | |
• 合計 | 258人 |
• 密度 | 330人/km2 |
等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
郵便番号 |
441-8114[WEB 3] |
市外局番 | 0532[WEB 4] |
ナンバープレート | 豊橋 |
地理
[編集]豊橋市中央部に位置する[1]。東は大岩町、西は西幸町、北は東幸町に接する[1]。
河川
[編集]字一覧
[編集]- 相生(あいおい)[WEB 5]
- 井島(いのしま)[WEB 5]
- 大沢(おおざわ)[WEB 5]
- 新相生(しんあいおい)[WEB 5]
- 新井島(しんいのしま)[WEB 5]
- 天王(てんのう)[WEB 5]
- 西側(にしがわ)[WEB 5]
- 八反田(はったんだ)[WEB 5]
- 藤並(ふじなみ)[WEB 5]
- 摩耶(まや)[WEB 5]
歴史
[編集]町名の由来
[編集]人口の変遷
[編集]国勢調査による人口および世帯数の推移。
1995年(平成7年)[WEB 6] | 100世帯 278人 |
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2000年(平成12年)[WEB 7] | 84世帯 278人 |
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2005年(平成17年)[WEB 8] | 78世帯 285人 |
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2010年(平成22年)[WEB 9] | 67世帯 260人 |
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2015年(平成27年)[WEB 10] | 72世帯 258人 |
沿革
[編集]- 寛文8年(1668年) - 開発により三河国渥美郡高足村より分立し、藤並新田となる[2]。吉田藩領[2]。
- 1878年(明治11年) - 高師村の一部となる[2]。
- 1932年(昭和7年) - 高師村大字高師の一部が豊橋市藤並町となる[2]。
- 1957年(昭和32年) - 豊橋市高師町の一部を編入する[2]。
- 1962年(昭和37年) - 一部が天伯町・東高田町に編入され、天伯町の一部を編入する[2]。
- 1973年(昭和48年) - 一部が高田町に編入され、浜道町・高田町の各一部を編入する[2]。
交通
[編集]施設
[編集]脚注
[編集]WEB
[編集]- ^ “愛知県豊橋市の町丁・字一覧”. 人口統計ラボ. 2023年4月13日閲覧。
- ^ 総務省統計局 (2017年1月27日). “平成27年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (CSV). 2021年7月21日閲覧。
- ^ “愛知県豊橋市の郵便番号一覧”. 日本郵便. 2023年4月13日閲覧。
- ^ “市外局番の一覧” (PDF). 総務省 (2022年3月1日). 2022年3月22日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i j “愛知県豊橋市 住所一覧から地図を検索”. ONE COMPATH. 2023年8月17日閲覧。
- ^ 総務省統計局 (2014年3月28日). “平成7年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (CSV). 2021年7月20日閲覧。
- ^ 総務省統計局 (2014年5月30日). “平成12年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (CSV). 2021年7月20日閲覧。
- ^ 総務省統計局 (2014年6月27日). “平成17年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (CSV). 2021年7月21日閲覧。
- ^ 総務省統計局 (2012年1月20日). “平成22年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (CSV). 2021年7月21日閲覧。
- ^ 総務省統計局 (2017年1月27日). “平成27年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (CSV). 2021年7月21日閲覧。
書籍
[編集]参考文献
[編集]- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典 23 愛知県』角川書店、1989年3月8日。ISBN 4-04-001230-5。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- ウィキメディア・コモンズには、藤並町に関するカテゴリがあります。
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