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1972年の日本競馬

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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1972年の日本競馬(1972ねんのにほんけいば)では、1972年昭和47年)の日本競馬界についてまとめる。馬齢は旧表記で統一する。

1971年の日本競馬 - 1972年の日本競馬 - 1973年の日本競馬

できごと

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1月 - 3月

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  • 1月 - 馬インフルエンザが流行、中央競馬の1回東京開催(1月4日-)、および地方競馬の浦和・船橋・大井・川崎・福山開催がしばらく中止となる[1]
  • 1月18日 - 馬インフルエンザの発熱馬がすべて解熱、流行が終息する[1]
  • 2月14日 - 馬インフルエンザに伴う馬の移動禁止措置が制限付きで解除される[1]
  • 2月26日 - 関東地区で中止されていた競馬が中央・地方ともに再開される[1]
  • 3月3日 - オーストラリアにて第10回アジア競馬会議が開かれ、日本からは日本中央競馬会の山野冨次郎常務理事らが出席[1]
  • 3月11日 - オーストラリアのフレミントン競馬場で行われた国際騎手招待競走に、中央競馬の加賀武見騎手が出場、優勝した[1]

4月 - 6月

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  • 4月1日 - 新佐賀県競馬組合が設立される[1]
  • 4月15日・16日 - 厩務員ストライキのため、中央競馬の中山・阪神・福島で開催予定の競馬が中止となる[1]
  • 4月22日・23日 - 厩務員ストライキのため、中央競馬の東京・京都・福島で開催予定の競馬が中止となる[1]
  • 4月25日 - 益田競馬場でスタンドの落成式が行われる[1]
  • 5月1日 - 中央競馬において、重賞競走の厩務員賞が騎手賞と同額に改正される[1]
  • 5月29日 - 国有財産関東地方審議会の答申により、在日米軍より返還された横浜競馬場の一部を森林公園という形で横浜市に無償貸与するとともに、それ以外の一部を旧所有者の後継団体である日本中央競馬会に正式に払下げることが決定する[1]
  • 6月7日 - 日本中央競馬会元理事長の石坂弘が勲三等旭日中綬章を受章し、その祝賀会がこの日松屋サロンで行われる[1]
  • 6月29日

7月 - 9月

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  • 7月16日 - 中央競馬3回東京4日第5競走において発馬機が故障、2頭分のゲートが開かなかったために再発走となる[1]
  • 7月30日 - 中央競馬の野平祐二騎手が日本短波賞スガノホマレで優勝、1296勝の中央競馬最多勝記録を樹立した[1]
  • 8月1日 - 地方競馬全国協会の創立10周年記念式典が虎ノ門共済会館で開かれる[2]
  • 8月9日 - 京都競馬場の乗馬センターの開場式が行われる[2]
  • 8月25日 - 宝塚市の市民フェスティバル「宝塚まつり」の第1回が阪神競馬場で開催される[2]
  • 8月 - 軽種馬防疫協議会が発足する[2]

10月 - 12月

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その他

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競走成績

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中央競馬の主な競走

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中央競馬・障害

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表彰

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優駿賞

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誕生

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この年に生まれた競走馬は1975年のクラシック世代となる。

競走馬

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人物

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死去

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脚注

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参考文献

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注釈

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出典

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  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q 『総合年表』p.194
  2. ^ a b c d e f g h i j 『総合年表』p.195