コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

「西宮北口駅」の版間の差分

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
削除された内容 追加された内容
Matsukaze (会話 | 投稿記録)
Batshu (会話 | 投稿記録)
(同じ利用者による、間の1版が非表示)
154行目: 154行目:
当時のレールの一部は、[[北神急行電鉄]]の[[谷上車両基地]]に保存・展示されており、見学会の際などに公開されることがある。また阪急創立100周年記念として、このダイヤモンドクロスのジオラマが[[2007年]][[10月27日]]に発売された。その他、[[阪急西宮ガーデンズ]]内の「阪急西宮ギャラリー」には[[1982年|1982]] - 1984年ごろの当駅周辺を再現した150分の1の[[ジオラマ]]が置かれ、北側にある「高松ひなた緑地」には実物のレールが展示されている。
当時のレールの一部は、[[北神急行電鉄]]の[[谷上車両基地]]に保存・展示されており、見学会の際などに公開されることがある。また阪急創立100周年記念として、このダイヤモンドクロスのジオラマが[[2007年]][[10月27日]]に発売された。その他、[[阪急西宮ガーデンズ]]内の「阪急西宮ギャラリー」には[[1982年|1982]] - 1984年ごろの当駅周辺を再現した150分の1の[[ジオラマ]]が置かれ、北側にある「高松ひなた緑地」には実物のレールが展示されている。


{{駅配線図|title=阪急西宮北口駅配線図(平面交差時代)|image=Hankyu Nishinomiya Kitaguchi diamond crossing2.svg|width=600px|left=神戸本線<br/>梅田方面|right=神戸本線<br />三宮方面|up=今津線 今津方面|down=今津線 宝塚方面|source=川島 P.57。ただし、点線および水色のホームは神戸新聞<ref>{{cite news |author=広畑千春|url = http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/0002338380.shtml|title = 西宮北口駅「幻の線路」廃線前の写真見つかる|work = [[神戸新聞]]|date = 2009年9月12日|accessdate = 2009年9月17日}}</ref>による。|note=平面交差時代(1984年以前)の配線図。点線の線路のうち、神戸本線と今津線との連絡線は1968年に、残りの線路と水色のホームは1977年廃止。<br />神戸新聞掲載配線図では連絡線誤りがある{{要出典|2010年7月}}ほか、車庫線の形状が一部異なる。}}
{{駅配線図|title=阪急西宮北口駅配線図(平面交差時代)|image=Hankyu Nishinomiya Kitaguchi diamond crossing2.svg|width=600px|left=神戸本線<br/>梅田方面|right=神戸本線<br />三宮方面|up=今津線 今津方面|down=今津線 宝塚方面|source=川島 P.57による。|note=平面交差時代(1984年以前)の配線図。点線の線路のうち、神戸本線と今津線との連絡線は1968年に、残りの線路と水色のホームは1977年廃止。なお、2009年に当連絡線の写真が発見されたという報道<ref>{{cite news |author=広畑千春|url = http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/0002338380.shtml|title = 西宮北口駅「幻の線路」廃線前の写真見つかる|work = [[神戸新聞]]|date = 2009年9月12日|accessdate = 2009年9月17日}}</ref>されたが当該記事中の連絡線及び呼称ついては異論がある。}}


== 利用状況 ==
== 利用状況 ==

2010年7月28日 (水) 06:02時点における版

西宮北口駅
南西口(2005年10月28日)
にしのみや きたぐち

Nishinomiya-kitaguchi -
(阪急西宮ガーデンズ前)
所在地 兵庫県西宮市高松町
所属事業者 阪急電鉄
駅構造 地上駅
ホーム (神戸本線)4面4線
(今津北線)3面2線
(今津南線)1面1線
乗車人員
-統計年度-
40,600人/日(降車客含まず)
-2008年-
乗降人員
-統計年度-
81,344人/日
-2008年-
開業年月日 1920年大正9年)7月16日
乗入路線 2 路線
所属路線 神戸本線
キロ程 15.6 km(梅田起点)
武庫之荘 (3.3 km)
(2.7 km) 夙川
所属路線 今津線
キロ程 7.7 km(宝塚起点)
門戸厄神 (1.3 km)
(0.9 km) 阪神国道
テンプレートを表示

西宮北口駅(にしのみやきたぐちえき)は、兵庫県西宮市高松町[1]にある、阪急電鉄副駅名阪急西宮ガーデンズ前。西宮市の中心駅の一つである。

駅の通称はもとは単に「北口」だったが、最近は「西北(にしきた)」と略称される事の方が多い。

利用可能な鉄道路線

  • 阪急電鉄
    • 神戸本線
    • 今津線
      • 俗に、当駅から宝塚方面に向かう列車を「今津(北)線」、今津方面に向かう列車を「今津(南)線」と呼ばれている。

概要

神戸本線今津(北)線の間を直通運転する準急・臨時急行を除く全列車が停車する。また、神戸本線の急行は当駅以西で各駅停車となる。 高級志向の商業施設や、文化施設が点在する。また大阪(梅田)と神戸(三宮)のほぼ真ん中に位置しており、乗客数は同市内の駅で最も多い。

なお、駅名の「西宮」には市名と同じく「ノ」の字はもともと入っていないが、1922年当時の駅名標では「西ノ宮北口」と表記していた。大正から昭和初期にかけての時刻表や沿線案内においては国鉄(現JR西日本東海道本線の「西ノ宮駅」(2007年3月に西宮駅と改称)と混同したのか、「西ノ宮北口」と表記されているものも見られた。

駅構造

地上駅1985年橋上駅舎化された。

改札口は2階コンコースに南北2ヶ所が設けられている。このうち南改札口はブックファーストの移設でスペース確保のため一時期改札機の台数を減らしていたが、兵庫県立芸術文化センター阪急西宮ガーデンズなどの開業により利用者が増加したため再び増台している。

かつては5号線ホーム北側の連絡通路に臨時改札口があったが閉鎖、取り壊された[2]。また、橋上駅舎化されてからも暫くは7号線降車ホーム横に旧来の西改札口が残存していた(場所は現在の北西口出入口あたり)ため、その名残で7号線降車ホームとコンコースを結ぶエスカレーターは2基設置されている[3]

トイレは2階コンコース三宮方と6号線降車ホーム南端(4号線降車ホーム横)にある。前者は改装されてオストメイト対応多機能トイレが併設された。

改札口北側はアクタ西宮、空港リムジンバス乗り場、高級住宅地として知られる甲風園・南昭和町・北昭和町方面へ通じており、南側は阪急バス阪神バス路線バス乗り場、兵庫県立芸術文化センター、阪急西宮ガーデンズ方面へ通じている。

改札内には多数の店舗があり、コンコース内だけでもブックファーストサウンドファースト551蓬莱、喫茶店や雑貨店などが営業している。また、6・7号線ホームにも幾つか店舗がある。

コンコース外周には、神戸本線の南北間を往来する人のために連絡通路が設けられており、コンコース内を通らなくてもよいようになっている[4]

2010年現在、5号線ホームの高架化工事が進行している。同年内に高架ホームへの切り替えが、2011年春ごろにその周辺を含めた全体完成が予定されている。また、高架ホームへの切り替えと同時に、ホーム南端に新しい改札口を設置する予定となっている。

のりば

1・2 神戸本線(下り) 神戸(三宮)六甲新開地山陽電鉄線明石姫路)方面
3・4 神戸本線(上り) 大阪(梅田)十三伊丹京都北千里方面
5 今津(南)線 今津阪神国道方面
6・7 今津(北)線 宝塚門戸厄神甲東園仁川川西能勢口箕面方面
(6号線はラッシュ時のみ使用)
神戸本線:1 - 4号線
待避設備を持つ4面4線(うち島式ホーム2面)となっており、いずれも10両編成に対応している。1号線と4号線は両側をホームで挟む構成であり、外側のホームは降車専用となっている。3・4号線ホームは、降車ホームを若干削って拡幅された。また、1号線の大阪方と2号線の神戸方には折り返し線が隣接して設けられている。配線上では1号線と4号線が待避線、2号線と3号線が主本線であるが、混雑緩和と降車専用ホームの有効活用のため、2006年10月のダイヤ改正まではほぼ終日にわたり待避列車を主本線の2・3号線に入れ、優等列車を待避線の1・4号線に入れて追い越す形を基本としていた。現在では特急のスピードアップに合わせて、日中は基本的に特急が主本線の2・3号線、普通が待避線の1・4号線に入線している。
今津(南)線:5号線
単式1面1線で、3両編成に対応している。旧5号線ホーム真下には半地下構造の改札外通路が設置されていた。
2009年1月17日より、5号線ホーム高架化工事に伴い、5号線を閉鎖した上で仮設ホームを設置、旅客列車は全て今津線車両の入出庫のための神戸本線への渡り線である8号線(5号線西側)に発着するようになった。この際、8号線の線形の関係から今津方に1両ほど後退させて設置された(ただし、案内上は「5号線ホーム」としている)。同年4月より旧5号線ホームにあった待合室も閉鎖・撤去されたためホームが狭くなっている。
今津(北)線:6・7号線
頭端式3面2線で、6両編成に対応。両端が降車専用、中央が乗車ホームとなっている。神戸本線4号線降車ホームとは壁一つ隔てて繋がっており、非常用の扉も設けられている。主に7号線を使用し、6号線は朝・夕方 - 夜間と臨時列車(主に阪神競馬開催日夕方の増発)の運転時に使用する。
6号線降車ホーム東側に神戸本線への渡り線(9号線)があり、今津線車両の入出庫と、当駅通過となる直通列車(臨時急行・準急)が使用する。9号線は線路が急カーブしており、車両とホームの隙間が大きく開きすぎて危険なため旧来から客扱いは行っておらず、直通列車は通過扱いとしている。さらに9号線東側には引き上げ線が新たに設置され、2009年5月より使用を開始している。
橋上駅化されてから線路改良されて若干カーブ曲線が緩和されたものの、現在でも列車がこのカーブを通過する際は、レールと車輪が擦れて軋み音を発している。
このホームには、中央部にイートインベーカリー「フレッズカフェ」(当初はマクドナルドであった)や化粧雑貨店「カラーフィールド」、QB HOUSE、階段側にはアズナス阪急そば 若菜が、それぞれ営業している。
阪急西宮北口駅配線図
↑ 今津線(今津南線)
今津方面

神戸本線
梅田方面
阪急西宮北口駅配線図
神戸本線
三宮方面
↓ 今津線(今津北線)
宝塚方面
凡例
出典:川島 P.28 - P.29
2009年3月現在の配線。今津南線の配線は高架化工事中の暫定的なものであり、5号線ホームは仮設ホームである。また、1号線東側にも引上線がある。


橋上駅舎化以前

1985年の橋上駅舎化以前は、各ホームが離れた状態で設置されていた。駅開業当初は構内踏切で各ホームを行き来していたが、危険が伴うので後に地下道が設けられ、各ホームの連絡はこちらを使用するようになった。ただし、構内踏切も今津線分断化まではラッシュ時や阪急西宮球場(のちの阪急西宮スタジアム)での野球・競輪やイベント開催時には使用されていた。

改札口は、神戸本線北側に地下の東改札口と地上の西改札口が、元臨時改札口付近に地上の南改札口が、計3ヶ所あった。また、地下道上の明り取り窓の上には花壇が設けられていた。

これらの地下道は、1984年の平面交差解消後も1年間使用され、1985年の橋上駅舎落成により閉鎖された。

さらに、神戸本線と今津線の列車同士が衝突するのを避けるため、それぞれの平面交差手前に脱線転轍器(脱線ポイント)が設けられていた。

神戸本線:1 - 4号線
南北に結ぶ今津線を挟んで、東側に神戸方面行きホーム(1・2号線)、西側に大阪方面行きホーム(3・4号線)が存在していた。1号線と4号線は現在と同様に両側をホームで挟む構成で、外側のホームが降車専用となっていた。ただし、当時は神戸方に折り返し線はなく、折り返しの車両はいったん三宮方に引き上げ、本線上で直接折り返しを行っていた。

既に宝塚本線京都本線でも実施されていた10両編成運転を神戸本線でも実施するため、1984年に平面交差を解消。1985年の橋上駅舎化の際に、1・2号線ホームは現在の位置である3・4号線の南側に移動した。さらに地下道入口閉鎖工事とともにホームを延長して10両編成対応とした。また3・4号線も、大阪方にホームが延伸された。

今津線:5 - 7号線、旧8号線
上下線とも東西に結ぶ神戸本線を挟んで北側にあり、西側から7号線降車ホーム、7号線・6号線(宝塚方面)ホーム、5号線(今津方面)ホームとなっていた。当駅までの運行列車は基本的に7号線に入線していたが、すぐ隣の西宮車庫に入庫する列車は5号線で折り返していた。また、1977年の今津線6両編成化による駅改良工事までは7号線の西側に旧8号線が存在しており、ラッシュ時の折り返し用に使用されていた。

1984年の平面交差解消後に、6号線の線路部分は埋められ、現在の6・7号線乗車用ホームとなった。また同様に旧5号線ホームは6号線降車ホームとなっている。なお、線路の位置自体は、6号線降車ホームを拡幅するため、後の工事で元の5号線よりも若干西側に移動している。

また旧8号線は、かつては神戸本線上り線と線路が繋がっており、これらの線を使用して宝塚 - 神戸間直通列車が運行されていた。また京都 - 宝塚間を神戸本線・今津線経由で直通する「歌劇特急」は、宝塚から京都へ向かう場合はこれらの線を経由していったん神戸本線に入線し、当駅での客扱いを行っていた。これらの神戸方連絡線機能はいずれも昭和40年代初頭までに廃止され、折り返し専用となった。

ダイヤモンドクロス

ダイヤモンドクロス 今津線宝塚行の列車が神戸線を横切る

当駅のダイヤモンドクロスとは、かつて1・2号線ホームの西側、3・4号線ホームの東側、5-7号線ホームの南側に存在していた、神戸本線と今津線が直角に交わる平面交差である。

1926年の今津線延伸当時は立体交差が技術的に難しかったこともあり、平面交差を採用した。路面電車同士や路面電車と鉄道線の平面交差は珍しくはなかったが、高速走行を前提とする路線同士が平面交差するものは、日本唯一のものであった。

長らく神戸本線と今津線の運行ダイヤ作成上のネックであったが、神戸本線の特急を10両編成化するのに伴い、1984年今津線を分断したことで解消された。以降今津線は当駅で今津(北)線と今津(南)線の2路線に分割された形となっている。

当時のレールの一部は、北神急行電鉄谷上車両基地に保存・展示されており、見学会の際などに公開されることがある。また阪急創立100周年記念として、このダイヤモンドクロスのジオラマが2007年10月27日に発売された。その他、阪急西宮ガーデンズ内の「阪急西宮ギャラリー」には1982 - 1984年ごろの当駅周辺を再現した150分の1のジオラマが置かれ、北側にある「高松ひなた緑地」には実物のレールが展示されている。

阪急西宮北口駅配線図(平面交差時代)
↑ 今津線 今津方面

神戸本線
梅田方面
阪急西宮北口駅配線図(平面交差時代)
神戸本線
三宮方面
↓ 今津線 宝塚方面
凡例
出典:川島 P.57による。
平面交差時代(1984年以前)の配線図。点線の線路のうち、神戸本線と今津線との連絡線は1968年に、残りの線路と水色のホームは1977年廃止。なお、2009年に当連絡線の写真が発見されたという報道[5]がなされたが、当該記事中の連絡線形状及び呼称については異論がある。


利用状況

  • 2004年の年間の乗客総数は14,483,000人である[6]。したがって、1日あたりの平均は39,571人となる。おおよその乗降客数は乗客数の2倍で計算すると約79,000人。
  • 阪急西宮ガーデンズ開業以降利用客は増加しており、2008年12月の乗降客数は1日平均114,000人で三宮駅の数字を上回った。2009年1月になってからも前年実績を2 - 3万人上回る数字を残している[7]
  • 2008年の年間平均乗降人員(平日)は81,344人。これは阪急電鉄全線において、梅田駅、三宮駅に次ぎ第3位[8](以下、烏丸駅十三駅とつづく)。

駅周辺

今津(南)線踏切

昔からの地元住民や、阪神間で「キタグチ」といえば西宮北口を指すが、「ニシキタ」と呼ばれることの方が多い。

駅の北西エリア、甲風園、北昭和町・南昭和町(旧、昭和園)の一帯は西宮七園を構成するお屋敷街として、谷崎潤一郎の作品世界の雰囲気を今に伝えている。また多くの学生が通学に当駅を利用する事から、大手から中小まで学習塾予備校がひしめきあう関西有数の塾激戦区ともなっている。

開業当時は周囲に何もない駅だったとされているが、大阪や神戸への利便性や、高級住宅街のイメージも手伝い、戦後、急速に市街化した。

阪神・淡路大震災前は、駅を基準に、概ね、以下のような特徴を有していた。

  • 駅の北東側:北口本通り商店街や北口市場・新北口市場などの商店街・市場、少し離れると閑静な住宅街
  • 駅の北西側:銀行、証券会社、学習塾、飲食店やスーパーマーケットなど、少し離れると閑静な住宅街(甲風園昭和園
  • 駅の南西側:幼稚園や公団住宅、社宅、公民館、デパート・スポーツクラブ、ショップ
  • 駅の南東側:バスターミナル、阪急西宮球場(のちの阪急西宮スタジアム)を中心としたスポーツ施設、飲食店、個人商店、住宅街

阪神・淡路大震災では、当駅周辺にも大きな被害が出たが、特に駅の北東側にあった古くからの商店は殆どが壊滅した。また、阪急神戸本線が不通になっていた時期は、阪急西宮スタジアム前が代替バスの発着場所となっており、毎日、長蛇の列ができた。

駅周辺は狭い道が非常に多かったことから(今でも幾つか残されている)、戦後は路線バスやトラックなど大型車両の通行が困難を極めるようになり、周辺道路にも影響をおよぼすなど街の発展を阻害する状況に陥っていた。そのため土地区画整理事業により現在の姿とすることが震災前から計画されていたものの、周辺住民の猛反対により頓挫していた。だが、震災からの復興を機に駅周辺一帯が西宮市の土地区画整理事業の推進地区となり、併せて周辺住民の理解も得られたことから再開発が急速に進展し、現在の姿となった。

  • 駅の北東側:震災の被害が特に大きかったエリア。市場や商店街の跡地に地上18階建ての再開発ビル「アクタ西宮」が建設された。また、駅東側を南北に結ぶアンダーパスが拡充整備され、周辺道路の交通事情が大幅に改善された。
  • 駅の南西側:新たに出口とロータリーが設けられ、バスターミナルが駅の南東側から移転した。公団住宅は取り壊され、その跡地に高層タワーマンションが建設された。バスターミナル南側には南東側にあったマンションなどの立ち退きに伴う再開発ビル「プレラにしのみや」、兵庫県立芸術文化センター2005年10月開館)、芸術文化センターと駅を直結するペデストリアンデッキ、さらにその間のバスターミナル横には商業ビルとスポーツクラブ、高層タワーマンションが建設された。デパートは閉店し解体されたが、現状は更地のまま残されている。
  • 駅の南東側:阪急西宮スタジアムなどのスポーツ施設が閉鎖・解体され、その跡地には大型ショッピングセンター「阪急西宮ガーデンズ」が2008年11月26日に開業し、同時に駅直結のペデストリアンデッキが新設された。さらに阪急西宮ガーデンズ西側の隣接地に、甲南大学が新キャンパス「Konan CUBE 西宮」(マネジメント創造学部)を2009年4月に開設した[9]
  • 駅の北西側:銀行、証券会社、学習塾や飲食店がひしめき合う。閑静な住宅街(甲風園・昭和園)もそのまま残っているなど、このエリアだけは震災前から大きな変化はない。

周辺施設


バス

南側バスターミナル 阪急バス

  • 1番のりば
    • 96番(豊中西宮線) 阪急石橋・石橋北口 行【西宮中央病院前・昆陽の里・伊丹市役所前・北村経由】
    • 97番(豊中西宮線) 豊中 行【西宮中央病院前・昆陽の里・伊丹市役所前・北村・蛍池 経由】
    • 1番(夙川台線) 西宮甲山高校前甲山墓園前・五ヶ池 行【JR西宮・西宮市役所前(国道上)・JRさくら夙川阪急夙川・西宮甲山高校前・甲山墓園前経由】
    • 2番(夙川台線) かぶとやま荘 行【JR西宮・西宮市役所前(国道上)・JRさくら夙川・阪急夙川・甲山墓園前・西宮甲山高校前経由】
    • 6番(西宮市内線) 阪急夙川 行【JR西宮・西宮市役所前(阪神西宮駅東口)・阪神香櫨園経由】※土曜日早朝1便のみ運行
    • 7番(西宮市内線) 阪急夙川 行【JR西宮駅北・JR西宮・江上町・JRさくら夙川経由】※土曜日日中1便のみ運行
    • 26番(西宮市内線) 阪神西宮 行【JR西宮・西宮市役所前(国道上)経由】
    • 39番(西宮市内線) JR甲子園口 行【甲子園短期大学前・熊野町経由】
    • 50番(西宮市内線) 西宮中央病院前 行【甲子園短期大学前・熊野町・JR甲子園口・熊野町・瓦木中学校前・樋ノ口小学校前経由】
    • さくらやまなみバス(西宮山口線) 名来・有馬系統 名来 行【JR西宮・JRさくら夙川・阪急夙川・夙川短大前・西宮甲山高校前・<盤滝トンネル>・十八丁橋(白水峡霊園前)・有馬温泉流通センター南・下山口経由】
    • さくらやまなみバス(西宮山口線) 北六甲台・金仙寺系統 山口営業所前 行【JR西宮・JRさくら夙川・阪急夙川・夙川短大前・西宮甲山高校前・<盤滝トンネル>・西宮高原ゴルフ場・金仙寺・下山口・北六甲台センター前・西宮北インター経由】
  • 2番のりば
    • 21番(西宮市内線) 甲東園 行【JR西宮・中村・上ヶ原六番町・関西学院前経由】
    • 25番(西宮市内線) 甲東園 行【能登町・上ヶ原六番町・関西学院前経由】
    • 27番(西宮市内線) 甲東園 行【能登町・愛宕山・関西学院前経由】
    • 29番(西宮市内線) 甲東園 行【JR西宮・中村・愛宕山・関西学院前経由】
  • 3番のりば
    • 22・23番(西宮市内線) 朝凪町 行【両度町・JR西宮・西宮市役所前(阪神西宮駅東口)・誠成公倫会館[※開館日のみ]経由】
    • 23A番(西宮市内線) 朝凪町 行【西宮営業所前・JR西宮・西宮市役所前(阪神西宮駅東口)・誠成公倫会館[※開館日のみ]経由】

阪神バス

  • 1番のりば
    • 西宮北口線 阪神西宮 行【JR西宮(北口)・西宮市役所前(国道上)経由】
      • 阪急バスとの共同運行。ただし、定期券の相互利用は不可。
    • 西宮浜線 西宮浜方面 行【JR西宮(南口)・西宮市役所前(国道上)・阪神西宮経由】

北側バスターミナル

空港リムジンバス

歴史

阪急電鉄の直系前身である箕面有馬電気軌道が、灘循環電気軌道を買収して十三線の名称で阪神間の新線を計画した際は、この地域は今より北の門戸厄神東光寺辺りを経由するルートで申請されていた。現在の山陽新幹線および国道171号のルートに相応するものである。

これは十三線の敷設が主に伊丹一帯の開発を名目としていたためであり、また十三線の申請以前に宝塚 - 西宮香櫨園(現在の阪神本線香櫨園駅辺り)間の免許を箕面有馬電気軌道が有していたため、それと接続する形を取ったからでもあった。

しかし阪神間を高速で結ぶ目的を達するため、同社は伊丹へは支線の阪急伊丹線を開業させることで代替とし、南の塚口を経由する短絡ルートへ変更した。それに伴い宝塚から南下する計画線との接続点も変更され、結果両線の接続および車庫の設置を目的とし、当地に駅が開設されることになった。以上の経緯は阪神急行電鉄の項目も参照のこと。

開業時、駅は西宮町(1925年に市制施行で西宮市となる)の市街地から大きく離れ、武庫郡瓦木村(1942年に同市へ編入)に属する農村地帯に存在したが、当初より「瓦木」ではなく「西宮北口」を名乗った[10]。これは、宝塚からの支線(西宝線として1922年に開業)をさらに南下させ、西宮の市街地まで延伸させる計画があり、それとの接続点ともなる予定であったからだと言われている(阪急今津線も参照)。

しかし、この西宮市街地への延伸計画は実現せず未成線となり、代わりに阪神本線への接続を図る計画が立てられ、それを1926年に実施して現在の今津線となった。前述したダイヤモンドクロスはこのとき生じている。

なお、西宝線の開業時は宝塚方面から来た線路は神戸方面に向かって神戸線と合流するように敷かれており、西宝線から西宮車庫への入車庫線も同じく宝塚方面から分岐させる形としたため、神戸線とあわせて駅北側でデルタ線(三角線)を形成することになった。

今津延伸後もこのデルタ線は残り、1935年(昭和10年)ごろには神戸方面を向いた連絡線を用いて、神戸(上筒井)駅から門戸厄神駅へ向かう神戸女学院女学生専用電車が設定されていたといわれている。その他、このデルタ線を用いて京都線用の100形を方向転換したこともある。後、神戸方面へ向かう連絡線は撤去された。

また、戦前1930年(昭和5年)より戦中1944年(昭和19年)まで大阪(梅田)と神戸(当初は上筒井までで、のちに三宮までとなる)の間で運行された特急電車は、西宮北口駅のみを途中停車駅としていた。

1934年(昭和9年)から1942年(昭和17年)ごろの戦前最速期における梅田 - 西宮北口間の特急所要時間は14分、西宮北口 - 神戸間の所要時間は11分であった。現在のように十三駅が特急停車駅に加わったのは、戦後1949年(昭和24年)に特急運転が再開されたときであり、また岡本駅が加わったのは震災復旧後の1995年(平成7年)6月12日夙川駅2006年(平成18年)10月28日である。

1946年(昭和21年)10月14日には、当駅のホームにおいて漫才師ミスワカナ(初代)が心臓発作のため急逝(享年36)するという出来事もあった。

年表

  • 1920年大正9年)7月16日 - 阪神急行電鉄(現在の阪急電鉄)神戸(本)線開通と同時に開業。
  • 1921年(大正10年)9月2日 - 西宝線として宝塚 - 西宮北口間開業。
  • 1926年(大正15年)12月18日 - 西宮北口 - 今津間が開業。宝塚 - 今津間が今津線となる。神戸線と今津線の間で平面軌道交差が生じる(先述)。
  • 1984年昭和59年)3月25日 - 駅改装に伴い駅構内の平面軌道交差が廃止。今津線の運行系統が当駅を境に分断される。
  • 1995年平成7年)
    • 1月17日 - 兵庫県南部地震阪神・淡路大震災)発生。阪急神戸線は西宮北口 - 夙川間の路盤が崩壊し、梅田 - 西宮北口間折り返し運行となった。そのため被災地に救援に向かう人々は、この駅から徒歩で神戸に向かうことになった。
    • 6月12日 - 西宮北口 - 夙川間復旧。これにより、神戸線は全線が運行を再開したことになった。
  • 2000年(平成12年)西宮市の土地区画整理事業にあわせ、南西口を新設。

副駅名と駅名標

現在のホームの駅名標
阪急西宮ガーデンズ開業直前のホームの駅名標

1990年までは阪急ブレーブス→オリックス・ブレーブス(現オリックス・バファローズ)のホームグラウンド、2002年までは競輪場西宮競輪場)でもあった阪急西宮スタジアム(旧称:阪急西宮球場)への最寄り駅としても賑わっており、「阪急西宮球場前」→「阪急西宮スタジアム前」の副称が存在した。

スタジアムの廃止に伴い、ホームの駅名標からは副称が削除された。これにより漢字表記の「西宮北口」とローマ字表記の「NISHINOMIYA-KITAGUCHI」との間に隙間(消した跡が残っている)が空いていた時期があった。

車内放送でも長らく「次は西宮北口、西宮球場前(改称後は西宮スタジアム前)でございます」と案内されていた[11]

スタジアム跡地に建設された阪急西宮ガーデンズがオープンした2008年11月26日からは「阪急西宮ガーデンズ前」の副称が新たにつけられ、駅名標と車内放送の両方で用いられている[12]。併せて、駅名標の英語表記は全て大文字から大文字・小文字混成のものに改められている。

作品における描写

隣の駅

阪急電鉄
神戸本線
特急
十三駅 - 西宮北口駅 - 夙川駅
通勤特急・快速急行・急行(急行は当駅から夙川方の各駅に停車)
塚口駅 - 西宮北口駅 - 夙川駅
準急(今津北線から直通)
通過(今津線からの渡り線(連絡線)を通り、客扱いはしない)
通勤急行・普通
武庫之荘駅 - 西宮北口駅 - 夙川駅
今津線(今津北線)
準急(神戸本線へ直通)
通過(神戸本線への渡り線(連絡線)を通り、客扱いはしない)
普通
門戸厄神駅 - 西宮北口駅
今津線(今津南線、全列車各駅に停車)
西宮北口駅 - 阪神国道駅

開業時から戦中にかけては、西宮神社および廣田神社の最寄り駅として、西宮戎臨時駅が隣の夙川駅との間に設けられていたことがあった。

参考文献

  • 『東海道ライン 全線・全駅・全配線 第7巻 大阪エリア-神戸駅』川島令三 編著、講談社〈図説 日本の鉄道〉、2009年。ISBN 978-4-06-270017-7 

脚注

  1. ^ 駅北東に「北口町」があるが、当駅は高松町の区域である。駅名は町名に因んだものではなく、町名が駅名に因んだもの。
  2. ^ この臨時改札口は阪急西宮スタジアムでのイベント開催時(主にプロ野球阪急ブレーブス→オリックスブレーブス公式戦、西宮競輪)に使用されてきたが、阪急西宮スタジアム閉鎖により使用される見込みがなくなったことから後にシャッターの2/3は撤去され、出入口の付いた壁となった。現在は5号線ホーム高架化工事のため、旧5号線ホームと合わせて取り壊された。
  3. ^ コンコースと6・7号線ホームを結ぶエスカレーターは1基のみ。
  4. ^ 東半分は橋上駅舎化された際に既に開通していたものの、西半分は資材置き場などとして使用されたまま20年以上放置されていたが、2005年11月下旬になってようやく開通した。
  5. ^ 広畑千春 (2009年9月12日). “西宮北口駅「幻の線路」廃線前の写真見つかる”. 神戸新聞. http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/0002338380.shtml 2009年9月17日閲覧。 
  6. ^ 西宮市統計書(平成17年度版)掲載データに基づく。http://www.nishi.or.jp/homepage/siryo/toukei/index.html
  7. ^ 西宮ガーデンズ開業で乗降客が3倍!阪急西宮北口駅 - 神戸新聞社阪急の乗降客数、西宮北口2位浮上-昨年12月「ガーデンズ」効果で三宮抜く - 日経ネット関西版
  8. ^ 阪急電鉄 鉄道情報ホームページ 駅別乗降人員(上位50位)掲載データに基づく。 http://rail.hankyu.co.jp/station/passenger.html
  9. ^ 当初は2008年4月だったが、現地の遺跡調査により奈良時代の井戸、木簡などが発掘されたため延期された。
  10. ^ 阪急神戸線の開業後の1934年(昭和9年)7月20日東海道本線JR神戸線)において同じ瓦木村へ設置された駅も「瓦木」ではなく、阪神電気鉄道が開発した甲子園にちなんで「甲子園口」を名乗っている。
  11. ^ なお戦前の案内は、「次は西宮、西宮北口、西宮球場前でございます」であった。
  12. ^ 阪急電鉄プレスリリースによる

関連項目

外部リンク