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しずてつジャストライン相良営業所

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

しずてつジャストライン相良営業所(さがらえいぎょうしょ)は、静鉄グループのバス会社であるしずてつジャストラインの事業所の一つであり、静岡県榛南地域島田市を主に管轄する。ペットマークはカモメ

しずてつジャストライン相良営業所 車庫
しずてつジャストライン相良営業所 社屋

所在地

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  • 所在地 421-0514 静岡県牧之原市菅ヶ谷1026-1
  • 案内窓口営業時間 10:00 - 18:00(休憩・13:00 - 14:00) ※年末年始及びお盆期間については営業時間及び営業日が変更になる可能性有り。

概説

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沿革

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現在の所管路線(一般路線バス)

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特急静岡相良線

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富士山静岡空港静岡線

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  • 運行系統及び停車停留所
    • 新静岡 - 静岡駅前 - 静岡IC入口 - 東名焼津西 - 東名大井川 - 吉田IC入口 - 井口堺 - 富士山静岡空港
  • 概説
    • 系統番号はない。
    • 県の補助により空港開港当初に比べ本数が増え、静岡空港への利便性が向上した。
    • 特急静岡相良線と車両を共用している他、特急静岡相良線同様に浜岡営業所鳥坂営業所丸子営業所との共管である。
    • 開通当初は清水港までの直通便が設定されていたが、現在は削除されている。
    • 2019年(平成31年)3月31日のダイヤ改正で、丸子営業所が担当営業所に加わった。これにより相良から車両が移籍した。
    • 2020年(令和2年)7月1日 10%の運賃値上げが実施された。

日本平線

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  • 運行系統及び主要停留所
  • 概説
    • 平日日中は相良営業所 - 新静岡バスターミナル - 日本平ロープウェイを直通運行している。
    • この路線は小鹿営業所浜岡営業所唐瀬営業所との共管である。
    • 2019年10月末の特急静岡相良線・富士山静岡空港静岡線ダイヤ改定により、それまで設定されていた特急車両の間合い運行は廃止され、日本平ロープウェイ行の直通運転のみとなった。

日本平球技場線(Jリーグシャトル)

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  • 運行系統
  • 概説
    • 系統番号はない。
    • 日本平スタジアムでの清水エスパルスの試合開催日に運行される。
    • 特急静岡相良線の予備車で運行される。

藤枝相良線

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  • 運行系統及び主要停留所
  • 概説
    • 1990年代末期に「藤枝御前崎線」が藤枝駅南口 - 御前崎サンホテル間から相良営業所間に区間を縮小したことに伴い誕生した路線である。
    • 現路線に変更後も、相良営業所以西から県立榛原高等学校への通学のアクセス確保のために朝夕は暫く御前崎発着の便が設定されていたが、スクールバスの運行開始により廃止された。
    • 国土交通省の地域公共交通確保維持改善事業における地域間幹線系統に位置付けられており、沿線の市町が国・県と併せて補助を実施している。[56]
    • 榛原総合病院までの通院、藤枝駅を利用した通勤、沿線の高校への通学手段としての利用者が多く、2020年度現在で市町をまたいだ広域的な移動割合が49.1%となっている。[56]
    • 基本は1時間間隔で運行するが、朝夕は増発される。
    • しずてつジャストラインの運行する藤枝駅発着路線で、この路線のみ南口より発着する(藤枝駅を発着する他の路線は北口より発着する。以前はこの路線も北口発であった。)
    • 停留所には静岡鉄道駿遠線の駅名がそのまま継承されているものもある。(例:高洲、遠州神戸、片浜、太田浜など)
    • ルートは静岡鉄道駿遠線や旧国道に沿っているが、新道路の開通で静波海岸入口付近の一部ルートが変更された。
  • 沿革
    • 1999年(平成11年)4月1日 - 「藤枝御前崎線」の相良営業所 - 御前崎サンホテル区間が廃止され、「特急静岡御前崎線」の相良営業所 - 御前崎サンホテル区間を各駅停車にすることで吸収統合された。これにより路線名が「藤枝相良線」に変更された。また、平日の日中を榛原総合病院経由とし、病院へのアクセスを向上させた。以降は沿線の高校が徐々にスクールバスの導入を進め通学需要が減少したため、朝夕の時間帯の本数が著しく減少していった。
    • 2004年(平成16年)10月1日 - 県道235号の新道付け替えに伴い榛原高校入口 - 榛原町区間の経路が変更され、静波三丁目および静波四丁目停留所が移転した。

島田静波線

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  • 運行系統及び主要停留所
  • 概説
    • 戦後に静岡鉄道が開設した、島田 - 相良間を初倉を経由して結ぶ「谷口線」をルーツとし、同様に初倉を経由して金谷 - 相良間を結ぶ「初倉線」と共に1950年代後半に系統が整理されて「初倉線」となり、2010年代初頭に現在の路線名に変更された。
    • 島田営業所との共管路線であったが、運行本数の減少と営業所の統廃合により現在は相良営業所のみの管轄路線となっている。
    • 国土交通省の地域公共交通確保維持改善事業における地域間幹線系統に位置付けられており、沿線の市町が国・県と併せて補助を実施している。[56]
    • 榛原総合病院島田市立総合医療センターまでの通院、島田駅を利用した通勤、高校への通学手段として利用者が多く、2020年度現在で市町をまたいだ広域的な移動割合が島田市民病院-静波海岸入口系統で49.9%、島田駅-静波海岸入口系統で59.8%となっている。[56]
    • 基本的には1時間間隔で運行するが、朝夕は増発される。
    • 榛南地区でのルートは旧榛原町では「藤枝相良線」に同じ、吉田町では住吉経由となる。
    • 土日祝日は全便島田駅発着となる。
  • 沿革
    • 1924年(大正13年)
      • 12月1日 - 大井自動車が金谷 - 住吉間の路線を開業した。[57]
      • 12月28日 - のちの川崎KY自動車商会が島田 - 静波間の路線を開業した。[58]
        • 島田 - 初倉 - 住吉 - 静波
    • 1925年(大正14年)2月5日 - 大井自動車が金谷 - 川崎間に営業路線を延伸した。[57]
      • 金谷 - 初倉 - 住吉 - 川崎
    • 1928年(昭和3年)- 時刻表では「川崎島田驛間乗合自動車」が1日8往復となっている。[59]
    • 1932年(昭和7年)1月27日 - 川崎KY自動車商会が六合村御請 - 大洲村善佐衛門間に支線(のちの細島線)を開設した。
    • 1934年(昭和9年)7月 - 藤相鉄道が川崎KY自動車商会を買収し、島田 - 川崎間の路線を継承した。[9][60]同年12月1日改正の時刻表では「川崎島田間」と大井自動車の「初倉経由川崎金谷間」が、どちらも1日10往復の運行であった。[10][12]
    • 1950年(昭和25年)4月 - 静岡鉄道島田 - 相良間の営業運行を再開した。[19][61]
    • 1953年(昭和28年)9月の時刻表では、金谷 - 相良間には3つの系統があったことから、それぞれの経由地名で「初倉線」「勝間田線」「萩間線」という路線名がつけられていた。また、色尾 - 相良を重複区間として金谷系統の「初倉線」に対して大井川の谷口橋(やぐちばし)を経由し島田駅を結ぶ系統を「谷口線」として、「初倉線」と共にひとつの時刻表にまとめられていた。[62][63][64]
      • 谷口線 :島田駅 - 谷口橋 - 色尾 - 住吉 - 川崎 - 相良
      • 初倉線 :金谷駅 - 湯日 - 色尾 - 住吉 - 川崎 - 相良
      • 勝間田線:金谷駅 - 猪土井 - 勝間田 - 川崎 - 相良
      • 萩間線 :金谷駅 - 猪土井 - 大沢原 - 萩間 - 相良 - 御前崎
    • 1957年(昭和32年)コンクリート永久橋谷口橋が完成した。
    • 1958年(昭和33年)6月15日 - 色尾 - 相良間が重複する「谷口線」と「初倉線」は、谷口橋を経由して島田駅に至る「初倉線」として統合し、それまで「初倉線」であった金谷駅 - 色尾間は、谷口橋を経由して島田駅に至る「湯日線」として分離された。また、複数の路線が重複していた榛原 - 相良間は朝昼各1往復、晩1往復の4往復のみの運行で、他は鹿島発着となっている。[65]
    • 1959年(昭和34年)10月現在の時刻表では、榛原支所(静波車庫)の開設に伴い上り最終便に静波車庫送り込みを兼ねた相良発住吉止まり、折り返し住吉発静波駅前止まりの区間便が存在している。また、榛原町駅前 - 相良間は朝晩の2往復に減便されている。[28]
    • 1961年(昭和36年)3月1日 - 榛原支所の移転に伴い榛原車庫前が主な起終点となり、静波駅前系統が廃止された。[32][33]
    • 1963年(昭和38年)7月 -「静鉄海の家」の開設にあわせ一部の便が季節運行で静波海水浴場への乗り入れを開始した。[34][36]
      • 島田駅 - 谷口橋 - 色尾 - 神戸 - 片岡 - 川尻 - 住吉 - 根松 - 静波二丁目 - 榛原車庫前(- 静波海水浴場)
    • 1972年(昭和47年)榛原営業所(バスターミナル)の開設に伴い、従前の榛原車庫前 - 鹿島間が「藤枝御前崎線」の各駅停車に統合され、島田駅 - 榛原町間に路線が縮小された。[47]
    • 1980年代末期~1990年代初頭 時期不詳「初倉線」が島田営業所との共管から相良営業所(榛原営業所)のみの管轄となった。
    • 1998年(平成10年)6月 - 事業者単独で維持できない不採算路線として「乗合バス不採算路線計画」に盛り込まれ、路線維持策について沿線市町と協議を重ねた。[66]
    • 1999年(平成11)4月 - 沿線市町との路線維持方策の協議の結果、公共施設や病院へのアクセス向上や接続を見直すダイヤ改正が行われ、平日日中のみ榛原総合病院経由を開設し、島田市民病院まで延伸した。また、島田市内の路線が藤枝営業所島田支所から相良営業所の管轄に替わる移行期であったため、日中は下片岡止まりとして島田市内の仕業に戻る区間便も存在した。
    • 2004年(平成16年)10月1日 - 県道235号の新道付け替えに伴い榛原高校入口 - 榛原町区間の経路が変更され、静波三丁目および静波四丁目停留所が移転した。
    • 2011年(平成23年)3月27日 - 路線名を「初倉線」から「島田静波線」に改名した。
    • 2015年(平成27年)10月1日 - 旭町 - 谷口橋間の運行経路を島田市道(道悦旭町線)経由に変更した。これに伴い道悦島、旭町公民館前停留所が移転、道悦三丁目、島田第五小学校停留所が新設され、高島停留所が廃止された。
    • 2021年(令和3年)5月2日 - 市立島田病院の名称変更に伴い「島田市民病院」停留所が「島田市立総合医療センター」となった。

金谷島田病院線

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  • 運行系統及び主要停留所
  • 概説
    • 1986年(昭和61年)4月26日六合駅が開業し「中部国道線B」の島田駅 - 藤枝駅間の利用が島田工業高校の通学需要を始めとして著しく減少した一方、1988年(昭和63年)3月には島田市民病院の増築工事が完了し、診療科の新規開設や病床の200床以上の増加により同病院への通院需要の増加が見込まれた。このため「中部国道線B」の島田藤枝間の一部を「大津線」の島田市民病院系統と結合し、金谷駅島田市民病院間に転換し「金谷島田病院線」とすることで、金谷地区や島田駅以西からの同病院へのアクセス向上が図られた。
    • 開設当初は島田営業所の管轄であったが、後に相良営業所に移管された路線である。
    • 平日のみの運行の通院路線である。
    • 島田駅・医療センター方面行の最終便は島田駅止。金谷駅前方面行の始発便は東町発、最終便は島田駅発稲荷町止。
  • 沿革
    • 1990年(平成2年)8月 - 同月現在の路線図では次の経路を運行していた。[67]
    • 1993年(平成5年)1月 - 同月現在の時刻表では「中部国道線・金谷島田病院線」としてひとつに纏められており、朝8時代と17時代が各1往復、9時から16時代が毎時2往復確保されていた一方で、路線開設前には日中毎時4~5本の頻繁ダイヤであった「大津線」は、朝晩のみの島田駅 - 島田市民病院区間のみの運行となっていた。[68][69][70]
    • 1998年(平成10年)-「中部国道線B」が事業者単独で維持できない不採算路線として「乗合バス不採算路線計画」に盛り込まれ、路線維持策について沿線自治体と協議を重ねた。[66]
    • 1999年(平成11年)4月 - 沿線市町との協議の結果、公共施設や病院へのアクセス向上や接続を見直すダイヤ改正が行われた。この結果「中部国道線B」の金谷駅 - 島田駅間は廃止され、金谷駅 - 島田駅間は完全に「金谷島田病院線」に分離された。また、島田駅 - 島田市民病院区間には「初倉線」と「湯日線」が乗り入れを開始した。なお、この時点では「金谷島田病院線」は黒字路線であった。
    • 2007年(平成19年)4月1日 - 利用者減少により島田市による欠損補助路線となった。
    • 2017年(平成29年)3月26日 - ダイヤ改正により平日のみの運行となった。
    • 2021年(令和3年)5月2日 - 市立島田市民病院の名称変更に伴い「島田市民病院」停留所が「島田市立総合医療センター」となった。

富士山静岡空港島田線

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空港・新金谷線(富士山静岡空港金谷線)

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  • 系統及び停車停留所
  • 概説
    • 富士山静岡空港(株)が金谷駅・新金谷駅方面からのアクセスバス路線として2019年より実証運行開始した。大鉄アドバンスに運行委託している。
    • 2022年3月27日のダイヤ改正により、新金谷駅 - 蓬莱橋間を延伸した。この時から、しずてつジャストラインも運行受託している。
    • 蓬莱橋 - 富士山静岡空港間の全区間を運行する便と新金谷駅 - 富士山静岡空港間の区間便は大鉄アドバンスが運行している。
    • 現金支払いのほか、代わりにPayPay及びau PAYでの支払いが可能。ただし、他のしずてつジャストライン一般路線バスと異なりLuLuCa交通系ICカードでの支払いは不可。
    • この路線はしずてつジャストラインホームページでは案内されていない。

現在の所管路線(高速バス)

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相良渋谷線(渋谷ライナー)

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  • 運行系統及び停車停留所
  • 概説[71]
    • 2016年(平成28年)12月16日から運行を開始した。
    • 東急トランセとの共同運行である。
    • 1日に相良方面に4便、渋谷方面に4便出ている。
    • 他の高速路線とは違い、割引料金の設定などはない。
    • 営業所移転に伴う路線延長時に設置された大沢公園停は通過する。
    • 2024年6月より起点を藤枝駅南口に移して運行開始。

自主運行路線

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萩間線

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  • 運行系統及び主要停留所
  • 概説
    • 島田市菊川市牧之原市による共同自主運行バスである。
    • 平日は上り10便、下り11便、土日祝日は上り下り共に7便、平日の通学時間帯のみ金谷小学校発着、水呑経由便が存在する。
    • 中原、矢崎工場前、六本松は牧之原市デマンド型乗合タクシーまきのはら号の特定施設に指定されている。
  • 沿革
    • 1925年(大正14年)3月23日 - 輪栄舎が相良から萩間を経由して金谷を結ぶ「相良・金谷線」を開設した。[4][73][13]
    • 1928年(昭和3年)6月9日 - 藤相鉄道が鉄道線と競合する輪栄舎の路線を買収し、「相良・金谷線」のみが輪栄舎自動車(野村栄作)の路線となった。1日12往復が運行されていた。[13][12][59]
    • 1932年(昭和7年)12月1日 - 相良側の起終点が現在の牧之原市役所相良庁舎入口交差点付近から静岡銀行相良支店・中央駐車場入り口交差点付近に延伸した。[13]
    • 1943年(昭和18年)10月21日 - 静岡鉄道が野村自動車(輪栄舎自動車)を統合した。[74]
    • 1948年(昭和23年)静岡鉄道が金谷 - 御前崎間の運行を再開した。[21][75]
    • 1952年(昭和27年)の金谷駅発の時刻表では、相良行が1日5本に加え、朝晩1本づつ計2本の御前崎直通便が存在した。[62]
    • 1953年(昭和28年)の時刻表・路線図では次の運行経路であった。[64]
      • 御前崎 - 地頭方 - 相良 - 菅山入口 - 東萩間 - 金谷
    • 1958年(昭和33年)の時刻表では御前崎 - 相良間は「海岸本線」に整理され、相良 - 金谷駅前に区間が縮小されている。[65]
      • 相良 - 菅山入口 - 東萩間 - 大曲 - 大沢原 - 仁王辻 - 猪土居 - 金谷中学校前 - 金谷
    • 1967年(昭和42年)11月1日 - 布引原付近の矢崎総業榛原工業団地が全面操業を開始し矢崎工場経由の系統が誕生した。
    • 1975年(昭和50年)10月 -「菊川榛原線」の仁王辻 - 大久保間の区間運休(のちに廃止)に伴い、東萩間 - 大曲間が牧之原サービスエリア入口停留所を経由する経路に変更された。[76]
    • 1984年(昭和59年)の時刻表および路線図によると、次の2系統が存在した。[77][78]
      • 大沢原経由 :相良営業所 - 菅山入口 - 東萩間 - 牧之原サービスエリア入口 - 大曲 - 八十原 - 大沢原 - 猪土居 - 牧之原公園前 - 金谷駅
      • 矢崎工場経由:相良営業所 - 菅山入口 - 東萩間 - 牧之原サービスエリア入口 - 大曲 - 矢崎工場前 - 猪土居 - 牧之原公園前 - 金谷駅
    • 1993年(平成5年)に開通した東名高速道路 相良牧之原インターチェンジ周辺の道路整備により、大沢原経由がさらに八十原経由と牧之原小学校経由に分離された。1994年(平成6年)7月の路線図では次の3系統が存在した。[79]
      • 矢崎工場経由:相良営業所 - 菅山入口 - 東萩間 - 牧之原サービスエリア入口 - 大曲 - 矢崎工場前 - 猪土居 - 牧之原公園前 - 金谷駅
      • 八十原経由 :相良営業所 - 菅山入口 - 東萩間 - 牧之原サービスエリア入口 - 大曲 - 八十原 - 仁王辻入口 - 大沢原 - 猪土居 - 牧之原公園前 - 金谷駅
      • 牧小経由 :相良営業所 - 菅山入口 - 東萩間 - 牧之原サービスエリア入口 - 大曲 - 牧之原小学校 - 仁王辻入口 - 大沢原 - 猪土居 - 牧之原公園前 - 金谷駅
    • 1998年(平成10年)6月 事業者単独で維持できない不採算路線として「乗合バス不採算路線計画」に盛り込まれ、沿線市町が静岡鉄道から利用者減少による撤退の申し出を受けた。 これに伴い当時の金谷町榛原町相良町菊川町が路線維持策について協議し、翌年度(平成11年度)より赤字補てんのための補助金を交付して路線を存続させることを決定した。特に金谷町、榛原町、相良町は通学需要(学校組合立牧之原小、金谷小)を担っていたことから存続の必要性が高いものと判断された。[66][80]
    • 1999年(平成11年)4月1日 - 金谷町榛原町相良町菊川町共同での赤字補てんによる自主運行バスに移行した。また、藤枝営業所島田支所の管轄する島田市内の路線の一部を相良営業所が担当し、島田市内路線への送り込みを兼ねて「萩間線」の上りを運用し、午後に島田市内からの相良への入庫を兼ねて下りを運行するなど、運用の効率化が行われた。
    • 2004年(平成16年)4月1日 - 朝の区間便である大沢原発倉沢経由と八十原経由が廃止され、牧之原小学校・大沢原経由と矢崎工場経由の2系統となった。
    • 2011年(平成23年)より欠損補助方式から委託方式の自主運行バスに変更された。また、それまでの大沢原経由と矢崎工場経由の経路が変更され、牧之原小学校を経由して矢崎工場経由の経路に戻る牧之原小学校経由に統一された。[80]
      • 相良営業所 - 菅山入口 - 東萩間 - 牧之原サービスエリア入口 - 大曲 - 牧之原小学校 - 矢崎工場前 - 牧之原公園前 - 金谷駅前
    • 2020年(令和2年)4月1日 - 牧之原市水呑、大久保地域の牧之原小学校通学児童の利用を目的に水呑停留所が新設され、金谷小学校発着の通学系統に水呑経由が設定された。[81]

勝間田線

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  • 運行系統及び主要停留所
  • 概説
    • 島田市牧之原市による共同自主運行バスである。
    • 平日5本・土休日3本の運行である。
    • 平日のみの運行で金谷小学校通学者のために同校着の便が朝1便、同発が午後1便設定されている。
    • 平日・開校日のみの運行で坂下発榛原総合病院行が設定されている。
  • 沿革
    • 1924年(大正13年)7月15日 - 勝間田自動車によって静波 - 金谷間に路線が開設された。[82][83]
    • 1928年(昭和3年)には1日16往復が運行されていた。[59]
    • 1930年(昭和5年)12月 - 藤相鉄道が勝間田自動車を買収し路線免許を承継した。
    • 1934年(昭和9年)12月1日改正の藤相鉄道の時刻表では、「勝間田経由川崎金谷間」として1日11往復が運行されていた。また、大沢原から勝間田を経由して藤枝駅を結ぶ路線も存在していた。経路は次の通り。[7][10][12]
    • 1952年(昭和27年)戦後の時刻表では相良 - 金谷駅間のみとなっており、1日8便の内最終が川崎(榛原町)止まりとなっている。[62]
    • 1955年(昭和30年)2月24日 - 運輸審議会に川崎町 - 勝間田間(のちの朝生経由)の免許が申請された。[84]
    • 1958年(昭和33年)
      • 6月15日 - 中経由(1日7往復)と朝生経由(1日4往復)の2系統となり、相良 - 鹿島間が廃止されている。
      • 12月5日 - 中経由の内、1日4往復が新たに榛原支所が開設された静波駅前を経由するようになった。[65]
    • 1961年(昭和36年)3月1日 - 榛原支所の移転に伴い榛原車庫前が起終点となり、静波駅経由が1日1往復に減便された。[32] [33]
    • 1963年(昭和38年)7月 - 静鉄海の家の開業にあわせて季節運行で榛原車庫から静波海水浴場まで乗り入れる系統が開設された。[34][36]
      • (静波海水浴場)- 榛原車庫前 - 金谷駅
    • 1984年(昭和59年)の時刻表、路線図では次の2系統が存在した。[77]
      • 中経由 :榛原町 - 静波二丁目 - 榛原中学校前 - 中 - 勝間学校前 - 猪土居 - 牧之原公園前 - 金谷駅前
      • 朝生経由:榛原町 - 庄内宮前 - 朝生橋 - 勝間学校前 - 猪土居 - 牧之原公園前 - 金谷駅前
    • 1998年(平成10年)6月 - 事業者単独で維持できない不採算路線として「乗合バス不採算路線計画」に盛り込まれ、沿線自治体が静岡鉄道から利用者減少による撤退の申し出を受けた。[66] これに伴い当時の金谷町榛原町相良町菊川町が路線維持策について協議し、翌年度(平成11年度)より赤字補てんのための補助金を交付して存続させることを決定した。特に金谷町、榛原町、相良町は通学需要(学校組合立牧之原小、金谷小)を担っていたことから存続の必要性が高いものと判断された。[80]
    • 1999年(平成11年)4月1日 - 金谷町榛原町相良町菊川町共同での欠損補助による自主運行バスに移行した。
    • 2004年(平成16年)4月1日 - 県道235号の新道付け替えに伴い榛原高校入口 - 榛原町区間の経路が変更され、静波三丁目および静波四丁目停留所が移転した。
    • 2011年(平成23年)より欠損補助方式から委託方式の自主運行バスに変更された。[80]

相良御前崎線

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  • 運行系統及び主要停留所
    • 相良本通 - 地頭方海岸 - 御前崎支所前 - 御前崎海洋センター[72]
  • 概説

島田市コミュニティバス

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詳細は当該項を参照。

過去に所管していた路線

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静岡成田空港線 (高速バス)

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三保静岡線、国道静岡清水線

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休廃止路線

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静岡・御前崎線、急行海岸本線

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静岡焼津線

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焼津御前崎線、焼津相良線

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  • 運行系統および主要停留所
  • 概説
  • 沿革
    • 1979年(昭和54年)- それまでの「急行海岸本線」を野秋 - 御前崎サンホテル間に短縮し上吉田経由とし、「静岡焼津線」の焼津駅 - 榛原町区間を住吉経由として統合して開設された。なお、急行や準急の設定は無く全ての系統が各駅停車であったが、大幡 - 上吉田区間および榛原町 - 坂井区間は国道150号を経由し「藤枝御前崎線」の各駅停車とは別の運行経路であった。また野秋 - 焼津駅前間も「急行海岸本線」の経路を踏襲し、中里東 - 焼津駅前区間は「静岡焼津線」の本通・150号バイパス経由とは別の経路であった。なお、上吉田経由の野秋 - サンホテル直通は日中のみの運行で、朝晩のラッシュ時は焼津駅-御前崎、焼津駅 - 相良営業所、平日朝のみ運行の住吉新田発焼津駅行、大井川発焼津駅行などの区間便も存在した。運行系統および主要停留所は次の通り。
      • 住吉経由
        • 焼津駅前 - 浅草幸町 - 園田病院前 - 石津新田 - 大島新田 - 宗高新町 - 大井川 - 大幡(150号) - 下神戸 - 片岡 - 川尻 - 住吉 - 住吉新田 - 根松(旧道) - 細江(旧道) - 静波二丁目 - 榛原町
      • 上吉田経由
        • 野秋 - 中里東 - 中里西 - フィッシュセンター - 焼津駅前 - 浅草幸町 - 園田病院前 - 石津新田 - 大島新田 - 宗高新町 - 大井川 - 大幡(150号) - 下神戸 - 上吉田 - 根松(旧道) - 細江(旧道) - 静波二丁目 - 榛原町 - 鹿島(150号) - 堀切(150号) - 片浜 - 坂井 - 相良営業所 - 地頭方辻 - 御前崎 - 御前崎サンホテル
    • 1983年(昭和58年)4月 焼津市立病院が焼津市道原(どうばら)に新築移転し、道原停留所が「道原市立病院入口」に名称変更されると共に、病院敷地内に「焼津市立病院」停留所が新たに設置された。以降、住吉経由が焼津市立病院経由となった。
    • 1992年(平成4年)4月1日 - 大富三和 - 本中根間に静岡精華短期大学2004年より静岡福祉大学)が開学し、「精華短大入口」停留所が開設された。また、大学正門前にも「精華短大」停留所が開設され、平日のみ運行の精華短大行が新設された。[108]
    • 1993年(平成5年)相良営業所 - 御前崎サンホテル間が廃止され、同区間は「藤枝御前崎線」(現 藤枝相良線)に吸収された。また日中1往復のみとなっていた野秋 - 焼津駅間も廃止された。これに伴い「焼津御前崎線」は「焼津相良線」に名称変更された。[109][110]
    • 1999年(平成11年)4月 - 住吉経由並びに上吉田 - 相良営業所間が廃止され、焼津駅前 - 上吉田間が欠損補助により「焼津吉田線」として存続した。また、焼津駅 - 焼津市立病院区間の経路が焼津市南部の区画整理事業によって整備された市道焼津駅道原線を経由するルートに変更され、焼津営業所(2006年4月1日以降は岡部営業所)単独の管轄路線となった。
    • 2007年(平成19年)3月には大島新田 - 吉田町役場(旧上吉田)間が廃止され、「焼津大島線」に整理統合された。

藤枝御前崎線

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住吉線、坂部線、住吉坂部循環線、静波高尾線

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  • 概説
    • 藤相鉄道藤相線沿線の鉄道空白地帯である坂部、住吉などのエリアを補完する路線として運行していた路線を、戦後藤枝営業所の管轄で「住吉線」「坂部線」として再開した。
    • 一時は「住吉坂部循環線」として藤枝大手を起終点とするラケット状の循環路線となったが1960年代以降、静波駅 - 高尾系統の開設と榛原支所(静波車庫)の開設を機に藤枝大手から藤枝駅発着に路線を短縮し、藤枝営業所から相良営業所へ移管した。
    • 1970年代静岡鉄道駿遠線の廃止により「住吉線」が「藤枝御前崎線」の住吉経由に整理統合された一方、「坂部線」は榛原町内の循環路線として存続したが、1980年代前半までに廃止されている。
  • 沿革
    • 1950年(昭和25年)静岡鉄道が戦争によって中断していた藤枝 - 相良間の運行を再開した。[19][21]
    • 1953年(昭和28年)9月現在、戦前の路線を継承した「住吉線」が藤枝大手 - 住吉間で運行されていた。また、坂部 - 大沢原間を廃止し駿遠線の根松駅から川崎駅を経由し相良に至る「坂部線」も運行されていた。当時は藤枝営業所の管轄下で藤枝営業区と相良営業区の共管路線であった。[64]
    • 1958年(昭和33年)の時刻表では藤枝大手 - 相川間が重複する「住吉線」「坂部線」は「住吉坂部循環線」(坂部廻り・住吉廻り)に統合されおり、藤枝営業所の管轄となっている。[65]
    • 1960年(昭和35年)6月1日 -「住吉坂部循環線」は再度「住吉線」と「坂部線」に分離され、「坂部線」が坂部停留所(坂部農協前)から高尾山石雲院の参道下まで延伸しており、相良営業所榛原支所が開設された静波駅と高尾口を結ぶ1日5往復の新規系統「静波高尾線」も開設された。[123][124]
    • 1961年(昭和36年)3月1日 - 榛原支所の移転を機に「坂部線」「住吉線」は共に静波駅前から榛原車庫前が起終点となり、相良営業所に移管された。また静波車庫廻りが「坂部線」の1日1往復のみとなり、「住吉線」は藤枝大手 - 藤枝駅前間が廃止となった。[32][33][125]
      • 坂部線:
        • 藤枝大手 - 藤枝駅前 - 土瑞橋 - 相川辻 - 大幡 - 遠州神戸 - 坂部 - 根松 - 静波駅前 - 静波二丁目 - 榛原車庫前
        • 高尾口 - 坂部小学校前 - 坂部 - 根松 - 静波駅前 - 静波二丁目 - 榛原車庫前
      • 住吉線:藤枝駅前 - 土瑞橋 - 相川辻 - 大幡 - 川尻 - 住吉 - 根松 - 静波二丁目 - 榛原車庫前
    • 1968年(昭和43年) 静岡鉄道駿遠線廃止の対案として当時の榛原町静岡鉄道が町内に朝昼晩の1日3往復の循環バスを運行する覚書を交わした。[126][127]
    • 1971年(昭和46年)12月21日 静岡県バス路線問題対策協議会において「坂部線」の2系統が赤字による廃止検討対象路線となった。[128]
    • 1972年(昭和47年) 時期不詳 - 「坂部線」の藤枝駅 - 遠州神戸区間は「住吉線」や「榛原御前崎線」と共に「藤枝御前崎線」に整理され、「坂部線」は次の2系統となった。[129][130]
      • 遠州神戸 - 坂部
      • 高尾口 - 坂部 - 根松 - 静波二丁目 - 榛原車庫前
    • 1974年(昭和49年)10月16日 -「坂部線」の2系統が廃止され、静岡鉄道駿遠線廃止の対案であった循環路線に切り替えられた。[131]
    • 1977年(昭和52年)の路線図では「坂部線」は次の経路で運行されていた。[105]
      • 榛原町 - 榛原高校入口 - 細江学校前 - 根松 - 外之久保(とのくぼ)- 坂部 - 坂部小学校前 - 法士 - 中 - 榛原中学校前 - 榛原高校入口 - 榛原町
    • 1980年代前半 時期不詳 - 利用者減少のため廃止された。[77]

代行バス駿遠線、駿遠線

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  • 概説
  • 沿革
    • 1968年(昭和43年)8月21日 駿遠線大井川駅 - 堀野新田駅区間が廃止され、翌22日より「代行バス駿遠線」の運行を開始した。車両には「代行バス」のサボが掲示され、既存の路線と重複する停留所には「鉄道代行バス」という標識と時刻表が別に設置されていた。代行バスには次の3系統が存在した。なお時刻表上の(新道)は現在の国道150号を指す。[114]
      • 新道経由
        • 大井川駅(駿遠線) - 大幡(新道) - 下神戸 - 上吉田 - 根松(新道) - 細江(新道) - 静波(新道) - 榛原町(新道) - 片浜 - 太田浜 - 相良 - 新相良 - 波津 - 須々木 - 落居 - 地頭方 - 堀野新田
      • 榛原町旧道・下神戸経由
        • 新藤枝 - 高州 - 大洲 - 上新田 - 大井川駅前(新道) - 大幡(新道)- 下神戸 - 上吉田 - 根松 - 細江 - 静波二丁目 - 榛原車庫前 - 片浜 - 太田浜 - 相良 - 新相良 - 波津 - 須々木 - 落居 - 地頭方 - 堀野新田
      • 榛原町旧道・遠州神戸経由
        • 新藤枝 - 高州 - 大洲 - 上新田 - 大井川駅前(新道) - 大幡(神社前) - 遠州神戸 - 上吉田 - 根松 - 細江 - 静波二丁目 - 榛原車庫前 - 片浜 - 太田浜 - 相良 - 新相良 - 波津 - 須々木 - 落居 - 地頭方 - 堀野新田
    • 1970年(昭和45年)7月31日 - 新藤枝駅 - 大井川駅区間の廃止を以って静岡鉄道駿遠線の全線が廃止され、8月1日より新藤枝から堀野新田までの全区間が乗合バスの「駿遠線」となった。これに伴い新道経由の大井川駅 - 堀野新田系統は全て新藤枝までの運行となり、新藤枝 - 大井川駅系統が新たに開設され、藤枝営業所が管轄した。また、廃線直後から高洲 - 大洲(現在の大東町)区間の線路跡に藤相田沼街道新道(県道33号藤枝大井川線)の建設工事が開始され、旧田沼街道からの付け替え工事により8月8日から藤枝駅 - 大洲区間が藤相田沼街道新道経由となった。[115][111]
      • 大井川駅系統
        • 新藤枝 - 田沼三丁目 - 高州 - 大洲 - 上新田 - 大井川(大井川駅跡地)
      • 新道経由
        • 新藤枝 - 田沼三丁目 - 高州 - 大洲 - 上新田 - 大井川(新道) - 大幡(新道) - 下神戸 - 上吉田 - 根松(新道) - 細江(新道) - 静波(新道) - 榛原町(新道) - 片浜 - 太田浜 - 相良 - 新相良 - 波津 - 須々木 - 落居 - 地頭方 - 堀野新田
      • 下神戸経由
        • 新藤枝 - 田沼三丁目 - 高州 - 大洲 - 上新田 - 大井川(新道) - 大幡(新道)- 下神戸 - 上吉田 - 根松 - 細江 - 静波二丁目 - 榛原高校入口 - 榛原車庫前 - 相良 - 堀野新田
      • 遠州神戸経由
        • 新藤枝 - 田沼三丁目 - 高州 - 大洲 - 上新田 - 大井川(新道) - 大幡 - 遠州神戸 - 上吉田 - 根松 - 細江 - 静波二丁目 - 榛原高校入口 - 榛原車庫前 - 相良 - 堀野新田
    • 1972年(昭和47年)7月7日 榛原支所が駿遠線榛原町駅跡地に移転し榛原営業所(榛原町、現・静波海岸入口)となった。これに伴い榛原車庫前停留所は廃止され、旧道経由の系統が全て榛原町(榛原営業所)を経由するようになった。[47]
    • 1970年代前半 時期不詳 「藤枝御前崎線」と藤枝営業所が管轄する「藤枝大井川線」に集約され廃止となった。

榛原御前崎線

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  • 概説
    • 1968年(昭和43年)の広報はいばらに登場するが詳細な経路は不明である。 [39][40]

相良御前崎線(旧)

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  • 運行系統及び主要停留所
    • 相良営業所 - 地頭方 - 地頭方辻 - 御前崎中学 - 白羽学校前 - 御前崎学校前 - 御前崎[77][132]
  • 概説
    • 現在の自主運行路線とは全く別の経路を運行し、日祝日及び休校日は運休となる純然たる通学路線であった。
    • 1973年(昭和48年)- 新規開設。[133]
    • 1986年(昭和61年)4月16日 - 運行を休止した。[134]
    • 1987年(昭和62年)3月を以って廃止された。

相良・浜岡線(相良・横須賀間代行バス)

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  • 運行系統および主要停留所
    • 相良駅 - 相良 - 地頭方駅 - 堀野新田 - 浜岡町
  • 概説
    • 1964年(昭和39年)9月27日 - 駿遠線の堀野新田 - 新三俣の区間廃止と相良 - 堀野新田区間の減便に伴い「相良・浜岡線」と「横須賀線」(浜岡 - 新横須賀駅間)が開設され、「相良・浜岡線」を相良営業所が担当した。

菊川榛原線

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  • 運行系統および主要停留所
    • 菊川駅前 - 六郷小学校前 - 牛渕 - 仁王辻 - 大曲 - 水呑 - 大久保 - 朝生橋 - 庄内宮前 - 榛原車庫前
    • 菊川駅前 - 六郷小学校前 - 牛渕 - 仁王辻 - 丸尾原下
  • 概説
    • 大井川鉄道静岡鉄道との競願交渉の末に運行を開始した路線であり、菊川駅から現在の県道235号沿線を榛原町駅まで結ぶ系統と、同時に開設された「牧の原線」「浜岡線」と牧之原中学校から併行して丸尾原下を結ぶ支線系統が存在した。
    • 1970年代に入ると「牧の原線」と共に不採算路線として廃止検討が行われ、菊川 - 仁王辻間と大久保 - 榛原町間に分断されたが、通学路線であったため、1970年代後半まで系統が維持された。
  • 沿革
    • 1958年(昭和33年)6月5日 - 菊川営業所と相良営業所の共管で運行を開始した。[65]
      • 菊川駅前 - 六郷小学校前 - 牛渕 - 牧之原中学校前 - 大曲 - 水呑 - 大久保 - 朝生橋 - 庄内宮前 - 榛原町駅前
      • 菊川駅前 - 六郷小学校前 - 牛渕 - 牧之原中学校前 - 丸尾原下
    • 1969年(昭和44年)に開通した東名高速道路の造成工事に伴う仁王辻周辺の区画整理と道路拡幅整備により仁王辻停留所が牧之原中学校側に移転し、従前の仁王辻停留所は仁王辻入口となった。これに伴い仁王辻を経由するようになった。
      • 菊川駅前 - 六郷小学校前 - 牛渕 - 仁王辻 - 大曲 - 水呑 - 大久保 - 朝生橋 - 庄内宮前 - 榛原車庫前
    • 1971年(昭和46年)12月21日 - 赤字による廃止検討対象路線となり、静岡県バス路線問題対策協議会で対応が協議された。[128]
    • 1973年(昭和48年)8月の榛原町広報誌には、赤字2路線バス対策として朝生橋 - 大久保間の狭隘区間について、カーブミラーや退避所の整備等でワンマン化できる方法を対策協議会で検討との記述が残る。[135][130]
    • 1975年(昭和50年)10月 - 仁王辻 - 大久保間が廃止され、菊川営業所の管轄する菊川駅 - 仁王辻間と、榛原営業所の管轄する大久保 - 榛原町区間に分割されたが、菊川営業所便は仁王辻地先の道路障害により復旧まで菊川駅 - 上の原間の運行となり[76]、その後のダイヤ改正で菊川駅 - 仁王辻間は「菊川仁王辻線」に名称が変更された。一方の大久保 - 榛原町間は、大久保地区の川崎小学校児童のための通学路線維持の要望により、榛原町からの補助により路線が維持された。
      • 菊川駅前 - 六郷小学校前 - 牛渕 - 上の原
      • 大久保 - 朝生橋 - 榛原町
    • 1977年(昭和52年)9月2日 - 榛原町が町営のスクールバスを6年間運行する覚書を地元と交わし、9月末を以って大久保 - 榛原町区間の運行が廃止された。[136][137][138]

牧の原線、牧之原線、牧ノ原線

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  • 運行系統および主要停留所
    • 金谷駅 - 金谷中学校前 - 猪土井 - 大沢原 - 仁王辻 - 牧之原中学校前 - 丸尾原下 - 新野原 - 京松原 - 須々木原 - 相良
  • 概説
    • 1958年(昭和33年)6月5日 大井川鉄道との競願交渉の決着により運行を開始した。相良から須々木原、京松原を経由し、新野原 - 金谷駅区間は「浜岡線」と共通のルートであった。[65]
    • 1959年(昭和34年)12月現在の時刻表では目次は「牧の原線」、時刻表は「牧之原線」と表記されている。[28]
    • 1960年(昭和35年)12月1日 - 同日現在の時刻表では「牧ノ原線」に表記が統一されている。
    • 1971年(昭和46年)12月21日 - 静岡県バス路線問題対策協議会における赤字による廃止検討対象路線となり、金谷駅 -新野原間は「浜岡線」に、新野原 - 相良営業所区間は「相良平田線」に整理され廃止となった。[128]

相良掛川線

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  • 概説
    • 1940年代後半~1950年代前半 時期不詳 現在の県道69号に沿って相良 - 平田間を掛川間まで延伸した「掛川・相良線」が開設された。
    • 1953年(昭和28年)の時刻表では「掛川・相良線」の路線名で次の2系統が存在した。[64]
      • 菅山経由:相良 - 菅山入口 - 新野原 - 平田 - 応声院前 - 掛川
      • 北原経由:相良 - 北原 - 新野原 - 平田 - 応声院前 - 掛川
    • 1958年(昭和33年)の時刻表では路線名は「相良掛川線」となっており、北原経由は南山を経由するようになっている。[65]
      • 菅山経由:相良 - 菅山入口 - 菅山小学校前 - 新野原 - 磯部 - 川上 - 棚草 - 平田 - 応声院前 - 掛川駅前
      • 北原・南山経由:相良 - 園原 - 京松原 - 北原 - 新野原 - 磯部 - 女学校前 - 南山 - 平田 - 応声院前 - 掛川駅前
    • 1960年代 時期不詳 相良 - 平田間は菊川駅発着の「相良平田線」に、掛川 - 平田間は浜岡町を起終点とする「掛川平田線」に整理され「掛川平田線」は菊川営業所および掛川営業所の管轄となった。

相良千浜線

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  • 運行系統および主要停留所
    • 相良 - 園原 - 京松原 - 北原 - 新野原 - 磯部 - 女学校前 - 南山 - 千浜
  • 概説
  • 沿革
    • 1960年(昭和35年)12月1日現在の時刻表では相良 - 千浜間が1日3往復、相良 - 南山の区間便が1日1往復運行されていた。[139]
    • 1961年(昭和36年)10月1日 - 南山 - 千浜 間が「御前崎線」に整理され「相良掛川線」に統合された。[140]

堀ノ内・相良線、相良平田線

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  • 概説
  • 沿革
    • 1926年(大正15年)9月15日 - 堀之内軌道運輸が堀之内 - 相良間の営業運行を開始した。
      • 堀之内 - 半済 - 西横地 - 平田 - 新野原 - 相良
    • 1934年(昭和9年)5月 - 藤相鉄道が「平田・相良線」を開設した。[60]
    • 1935年(昭和10年)7月 - 藤相鉄道堀之内軌道運輸の乗合自動車事業を譲受し、堀之内 - 相良間の免許を承継した。
    • 1952年(昭和27年)12月1日 - 同日現在の静岡鉄道の時刻表では「堀ノ内・相良線」として次の2系統が運行されていた。[141]
      • 北原経由:相良 - 北原 - 平田 - 堀之内
      • 菅山経由:相良 - 菅山 - 平田 - 堀之内
    • 1953年(昭和28年)9月 - 相良 - 平田間を掛川間まで延伸した「掛川・相良線」が開設され、平田 - 菊川間を「御前崎線」に整理し一旦は消滅した。[64]
    • 1960年代半ば 時期不詳 -「相良掛川線」の掛川 - 平田間を「掛川御前崎線」に整理し、残る相良 - 平田間と「御前崎線」の平田 - 菊川間を再び接続して「相良平田線」が開設された。
    • 1967年(昭和42年)の時刻表では菊川駅 - 相良営業所間の直通運行は朝晩の1日2往復のみとなっており、他は相良営業所 - 平田間の運行であった。[36]
    • 1972年(昭和47年)の路線図では「相良平田線」には下記の系統が存在した。[47]
      • 菅山経由 :相良営業所 - 栄町 - 菅山入口 - 菅山小学校前 - 菅山原 - 新野原辻 - 磯部 - 川上 - 棚草 - 平田 -上平川 - 東名菊川 - 菊川駅前
      • 鬼女新田経由:相良営業所 - 栄町 - 柳田 - 園 - 鬼女新田 - 京松原 - 北原 - 新野原 - 新野原辻 - 磯部 - 川上 - 棚草 - 平田 -上平川 - 東名菊川 - 菊川駅前
      • 須々木原経由:相良営業所 - 園原 - 須々木原 - 京松原 - 北原 - 新野原 - 新野原辻 - 磯部 - 女学校前 - 南山 - 赤土 - 平田 -上平川 - 東名菊川 - 菊川駅前
    • 1977年(昭和52年)の路線図では下記の系統が存在した。[105]
      • 菅山経由 :相良営業所 - 栄町 - 菅山入口 - 菅山小学校前 - 新野原辻 - 川上 - 棚草 - 平田 -上平川 - 東名菊川 - 菊川駅前
      • 鬼女新田経由:相良営業所 - 園 - 鬼女新田 - 京松原 - 北原 - 新野原 - 新野原辻 - 川上 - 棚草 - 平田 -上平川 - 東名菊川 - 菊川駅前
      • 須々木原経由:相良営業所 - 須々木原 - 京松原 - 北原 - 新野原 - 新野原辻 - 川上 - 棚草 - 平田 -上平川 - 東名菊川 - 菊川駅前
    • 1970年代末期 - 1980年代初頭 時期不詳 菊川 - 平田間が「御前崎線」に整理され、相良 - 平田間となり、さらに新野原辻 - 川上区間が廃止となり「丹野線」に整理、相良営業所 - 新野原辻間は「新野原線」に整理され廃止となった。 [77]

新野原線

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  • 運行系統及び主要停留所[77]
    • 鬼女経由:相良営業所 - 園 - 鬼女新田 - 新野原
    • 菅山経由:相良営業所 - 栄町 - 菅山小学校前 - 新野原
  • 概説
    • 相良平田線」の区間整理に伴って開設された路線である。
    • 実質は循環系統であったが、時刻表の上では新野原を起終点とし、外回りを新野原行(鬼女経由)→相良営業所行(菅山経由)、内回りを新野原行(菅山経由)→相良営業所行(鬼女経由)としていた。[142]
    • 1980年代末期~1990年代初頭 時期不詳 利用者減少により廃止された。

鬼女新田線

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  • 概説
  • 沿革
    • 1963年(昭和38年)3月1日 - 相良町道大原朝比奈線の開通により相良車庫 - 上朝比奈原間に「鬼女新田線」が開設された。1日5往復で全て相良営業所起点であり、終点で「浜岡循環線」に接続していた。[144][145]
    • 1980年代は次の3系統が存在し、浜岡営業所との共管路線であった。平日昼のみの運行で須々木入口止まりの区間便も存在した。[77][146]
      • 京松原・新野原経由: 相良営業所 - 鬼女新田 - 京松原 - 新野原 - 浜岡北小 - 浜岡町 - 浜岡営業所
      • 朝比奈経由: 相良営業所 - 鬼女新田 - 朝比奈原 - 朝比奈幼稚園前 - 宮ヶ谷 - 浜岡町 - 浜岡営業所
      • 比木経由 : 相良営業所 - 鬼女新田 - 朝比奈原 - 西原 - 比木幼稚園前 - 浜岡町 - 浜岡営業所
    • 1991年(平成3年)の時刻表では相良営業所のみの管轄で平日3往復、全て須々木入口止まりとなっている。[147]
      • 相良営業所 - 柳田 - 鬼女新田 - 須々木入口
    • 1998年(平成10年)6月 - 静岡鉄道から沿線に不採算路線として廃止の意向が伝えられた。
    • 1999年(平成11年)4月 - 自主運行路線として存続し、相良営業所を起点として8の字形の運行経路に整理された。純然たる通学路線であったため、朝1本のみの運行で学休日は運休となった。
      • 相良営業所 - 園原 - 原公民館 - 中原公民館 - 須々木入口 - 鬼女宮前 - 鬼女中原 - 鬼女新田 - 七曲 - 園 - 柳田 - 相良営業所
    • 2019年(令和元年)5月21日 - 同年5月31日限りで「鬼女新田線」が運行終了となることが発表された。
    • 2020年(令和2年)4月7日 - 当路線をリニューアルした牧之原市営バス「鬼女・菅山線」が運行開始された。相良小学校及び菅山小学校開校日のみ運行する。マイクロバスでの運行のため、小学生が優先乗車する形をとる。

比木線

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  • 運行系統及び主要停留所
  • 概説
    • 1934年(昭和9年)5月 - 藤相鉄道が「比木線」9月に「池新田線」を開設した記録が残るが詳しい運行経路は不明である。[60]
    • 1934年(昭和9年)12月1日改正の藤相鉄道の時刻表では、相良 - 池新田間を1日4往復運行していた。[10][11]
    • 1953年(昭和28年)の時刻表には「比木線」として1日3往復が掲載されているが、全て池新田(浜岡分区)からの往復運用であった。[64]
      • 池新田 - 比木 - 相良
    • 1958年(昭和33年)の時刻表では1日6往復となっており、相良営業所に移管され全て相良からの往復運用となっている。
      • 浜岡町 - 東町 - 比木学校前 - 比木口 - 須々木駅前 - 須々木本村 - 波津神社前 - 上波津 - 相良
    • 1971年(昭和46年) - 都市計画道路 井原・浜丁線(現・国道473号)開通により運行経路が変更された。
      • 浜岡町 - 東町 - 比木学校前 - 地代口 - 須々木 - 須々木海岸 - 波津 - 相良営業所
    • 1973年(昭和48年)3月3日 - 浜岡営業所の開設に伴い同営業所が起終点となった。
      • 浜岡営業所 - 浜岡町 - 東町 - 比木学校前 - 地代口 - 須々木 - 須々木海岸 - 波津 - 相良営業所
    • 1985年(昭和60年)の時刻表では平日5往復、日・祝日4往復に減便されている。[148]
    • 1990年(平成2年)8月現在の路線図からは既に消滅している。[67][149]

中部国道線B

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湯日線

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島田市内線

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  • 運行系統及び主要停留所
    • 島田駅 - 島田市役所 - 中溝町 - 若松町西 - 稲荷町 - 大井神社 - 島田駅
  • 概説
    • 島田営業所の管轄する路線であった。
    • 2009年3月限りで全線廃止となった。

島田学園線

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方向幕

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  • 基本的に静岡市内に乗り入れる特急静岡相良線を除いては系統番号が振られていない。故に行き先表示のみの案内となっている。
  • 以前静岡市内の営業所所属時に方向幕をLED表示器に交換した車両は、相良営業所に転属してきてもLED表示器をそのまま使用している。
  • 島田市自主運行バスの専用車のみ幕式を使用している。

車両概況

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  • いすゞ日野三菱日産ディーゼルを使用しているが、一般路線車ではいすゞ、高速路線車では日野が圧倒的に多い。
  • 特急静岡相良線を擁する関係上、観光バスタイプの車両が多く配属されている。
  • 島田市コミュニティバスにはリエッセなどの専用の車両が使用されるほか、「島田金谷病院線」や「島田静波線」などで使われる通常の車両が充当されることがある。[注 3]

脚注

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注釈

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  1. ^ 1950年代前半の静岡鉄道路線図には住吉付近に自動車々庫の記録が残っている。
  2. ^ 時刻表上は各駅停車の表記は無いが、準急廃止までは車内放送では各駅停車と案内されていた。
  3. ^ 代走時にはフロント部にマグネットステッカー等を貼付して明示される。

出典

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  5. ^ 川原崎次郎 編『城下町相良区史』城下町相良区史刊行会、1986年10月1日、403-404頁。 
  6. ^ 川原崎次郎 編『城下町相良区史』城下町相良区史刊行会、1986年10月1日、256頁。 
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  8. ^ 川原崎次郎 編『城下町相良区史』城下町相良区史刊行会、1986年10月1日、403頁。 
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座標: 北緯34度40分59秒 東経138度11分40秒 / 北緯34.683121度 東経138.194471度 / 34.683121; 138.194471