メガラー
メガラー(古希: Μεγάρα, Megarā)は、ギリシア神話の女性である。長母音を省略してメガラとも表記される。テーバイの王クレオーンの娘。一説にリュコスの娘とも[1]。ヘーラクレースの最初の妻で、3人の息子テーリマコス、クレオンティアデース、デーイコオーンを生んだ[2][3]。
また後にイオラーオスと結婚し[4]、娘レイペピレーを生んだ。レイペピレーはヘーラクレイダイの1人ピューラースと結婚し、ヒッポテース、テーローを生んだ[5]。
メガラーについては異説が多い。メガラーとヘーラクレースの子共の数は2人、8人とも言われている。彼女の子供たちは気が狂ったヘーラクレースによって殺されるが、その死はヘーラクレースの12の難行以前とも、難行後であると言われ、特に前者の場合は12の難行および、ヘーラクレースがオイカリアー王エウリュトスを滅ぼすきっかけとなっている。一方、後者の説ではメガラーも子供たちと一緒に殺されたことになっている。
神話
[編集]アポロドーロス
[編集]アポロドーロスによると、ヘーラクレースはテーバイとオルコメノス王エルギーノスとの戦争でエルギーノスを討ち取り、オルコメノスの軍勢を潰走させた。さらにテーバイはオルコメノス王クリュメノスを殺した賠償として、20年間の貢物を課されていたが、ヘーラクレースはオルコメノスにテーバイに対してその2倍の貢物を支払うことを認めさせた。これらの功績がクレオーンに認められ、メガラーはヘーラクレースの妻として与えられた[2]。
ところが戦争後、ヘーラクレースは気が狂い、メガラーとの間に生まれた子供たちと、イーピクレースの子供たちを火に投げ込んで殺した。これはヘーラーの嫉妬が原因であったと言われる。この事件によってヘーラクレースは自らテーバイを去り、デルポイの神託によって12年間エウリュステウスに仕え、10の難行に挑むこととなった。これがいわゆるヘーラクレースの12の難行である[6]。
この難行を果たしたのち、ヘーラクレースはメガラーを甥のイオラーオスに与え、自分はオイカリア―王エウリュトスの娘イオレーに求婚した[4]。しかしエウリュトスとその息子たちはメガラーの子供たちのように、イオレーとの間に生まれた子供を殺すのではないかと考えて拒否した[7]。ヘーラクレースはこれをうらみ、後にエウリュトスの一族を滅ぼしてイオレーを奪うことになる[8]。
エウリーピデース
[編集]エウリーピデースの悲劇『ヘーラクレース』では、この事件はヘーラクレースが12番目の難行を果した後に起きたことになっている。ヘーラクレースが冥界から帰還したとき、テーバイの王権は内乱に乗じてクレオーン王を殺した簒奪者リュコスの手に落ち、さらにメガラーと3人の子供たち、アムピトリュオーンを殺そうとしていた。彼女たちはゼウスの祭壇に逃げ込んで一時的に難を逃れるが[9]、メガラーは年老いたアムピトリュオーンに頼るしかない弱々しい女であり[10]、死の運命が避けられないならば、屈辱に満ちた殺され方をするよりは一思いに死んだほうが良いと考えている[11]。しかしそこにヘーラクレースが帰還し、リュコスを殺してメガラーたちを救出するが、ヘーラーの送ったリュッサ(狂気)によって気が狂い、メガラーと子供たちを殺してしまう。
セネカ
[編集]セネカの悲劇『狂えるヘルクレース』では、簒奪者リュコスは王権を確実なものとするためにメガラーを自分のものにしようとするが、メガラーはヘーラクレースの妻としての誇りから拒絶する[12]。後にヘーラクレースは冥府から帰還してリュコスを殺すが、ユノー(ヘーラー)の送った狂気に憑りつかれ、メガラーとその子供たちを惨殺する[13]。
ヒュギーヌス
[編集]ヒュギーヌスによるとメガラーとヘーラクレースの結婚はテーバイ攻めの7将との戦争が終わり、アンティゴネーとその夫ハイモーンが死んだ後である[14]。2人の間にはテーリマコスとオピーテースの2子が生まれた[15][16][14]。
冥府から戻ったヘーラクレースは簒奪者リュコスを殺すが、気が狂ってメガラーとその子供たちを殺す。正気に戻ったヘーラクレースは罪の穢れを浄める方法を神託を求めるが、アポローンが答えたがらなかったためデルポイから三脚台を奪い取る。ゼウスはヘーラクレースに三脚台を返還させ、嫌がるアポローンに神託を与えさせた。この神託によってヘーラクレースはリューディアの女王オムパレーに奴隷として仕えた[16]。またヘーラクレースがヒッポコオーンの子ネーレウスを彼の10人の子供たちと一緒に殺したのは、ヘーラクレースがメガラー及びテーリマコスとオピーテースを殺した罪を浄めなかったためだとしている[15]。
アポロドーロスでは、ヘーラクレースがデルポイの三脚台を奪ったのはエウリュトスの息子イーピトスを殺したときである[7]。またネーレウスは普通はテューローとポセイドーンの子である[17]。
その他の伝承
[編集]一説によるとヘーラクレースはメガラーの子供たちを殺した後、テーバイに帰ってこようとしなかったので、メガラーはイーピクレースとリキュムニオスの捜索について行き、ティーリュンスでヘーラクレースと再会したという[1]。オデュッセウスは冥府で多くの名高い女性に出会っているが、その中にアルクメーネーとメガラーもいた[18]。パウサニアスによればメガラーの子供たちの墓はテーバイにあった[19][20]。ピンダロスはメガラーとヘーラクレースの8人の子供たちがテーバイ人たちによって祭祀される様子を描いている[21]。
系譜
[編集]その他のメガラー
[編集]脚注
[編集]- ^ a b c 高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』p.278b。
- ^ a b アポロドーロス、2巻4・11。
- ^ アポロドーロス、2巻7・8。
- ^ a b アポロドーロス、2巻6・1。
- ^ ヘーシオドス断片190(パウサニアス、9巻40・6 による『大エーホイアイ』の引用)。
- ^ アポロドーロス、2巻4・12。
- ^ a b アポロドーロス、2巻6・2。
- ^ アポロドーロス、2巻7・7。
- ^ エウリーピデース『ヘーラクレース』26行-50行。
- ^ エウリーピデース『ヘーラクレース』60行-86行。
- ^ エウリーピデース『ヘーラクレース』275行-311行。
- ^ セネカ『狂えるヘルクレース』341行−437行。
- ^ セネカ『狂えるヘラクレース』1002行−1026行。
- ^ a b ヒュギーヌス、72話。
- ^ a b ヒュギーヌス、31話。
- ^ a b ヒュギーヌス、32話。
- ^ アポロドーロス、1巻9・8。
- ^ 『オデュッセイア』11巻266行-269行。
- ^ パウサニアス、1巻41・1。
- ^ パウサニアス、9巻11・2。
- ^ ピンダロス『イストミア祝勝歌』第4歌61行-66行。
参考文献
[編集]- アポロドーロス『ギリシア神話』高津春繁訳、岩波文庫(1953年)
- 『ギリシア悲劇全集6 エウリーピデースII』、岩波書店(1991年)
- 『セネカ悲劇集1』小川正廣他訳、京都大学学術出版会(1997年)
- パウサニアス『ギリシア記』飯尾都人訳、龍溪書舎(1991年)
- ヒュギーヌス『ギリシャ神話集』松田治・青山照男訳、講談社学術文庫(2005年)
- ピンダロス『祝勝歌集/断片選』内田次信訳、京都大学学術出版会(2001年)
- 『ヘシオドス 全作品』中務哲郎訳、京都大学学術出版会(2013年)
- ホメロス『オデュッセイア(上)』松平千秋訳、岩波文庫(1994年)
- 高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』、岩波書店(1960年)