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千葉信

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
千葉信
ちば まこと
生年月日 1904年9月28日
出生地 日本の旗 日本 北海道[注釈 1]
没年月日 (1970-12-26) 1970年12月26日(66歳没)
出身校 札幌通信生養成所普通科卒業
前職 全逓信労働組合電通顧問
(現・日本郵政グループ労働組合
所属政党日本社会党→)
労働者農民党→)
左派社会党→)
日本社会党
称号 従三位
勲二等旭日重光章

選挙区 北海道選挙区
当選回数 3回
在任期間 1947年5月3日 - 1965年6月1日

その他の職歴
日本社会党参議院議員会長
1959年 - 1963年
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千葉 信(ちば まこと、1904年9月28日[1]1970年12月26日[2])は、日本政治家参議院議員(3期)。

略歴

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北海道出身[注釈 1]1919年、札幌通信生養成所普通科卒業。札幌電信局事務員となり、主事を務める[2]全逓北海道地方委員長、北海道地方労組協議会議長、全逓電通顧問などを歴任し[2]、戦後日本社会党結成に参加。1947年第1回参議院議員通常選挙北海道地方区から日本社会党公認で出馬し初当選する(連続3回)[3]。参議院人事、決算、社会労働の各委員長を務めた[2]

1948年、社会党を離党し、労働者農民党結成に参加するが、1952年には労働者農民党を離れ、左派社会党に所属する。

左右社会党の統一後は、1959年から1963年まで委員長鈴木茂三郎の下で党参議院議員会長を務めた[2]1965年の参議院選挙には出馬せず、引退。

1970年12月26日死去、64歳。死没日をもって勲二等旭日重光章追贈(勲八等からの昇叙)、従七位から従三位に叙される[4]

脚注

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注釈

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  1. ^ a b 『大衆人事録 第19版 東日本篇』では「岩手県出身」[1]

出典

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  1. ^ a b 『大衆人事録 第19版 東日本篇』339頁。
  2. ^ a b c d e 『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』355頁。
  3. ^ 『朝日選挙大観』569頁。
  4. ^ 『官報』第13209号12頁 昭和46年1月4日号

参考文献

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  • 帝国秘密探偵社編『大衆人事録 第19版 東日本篇』帝国秘密探偵社、1956年。
  • 衆議院参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 朝日新聞選挙本部編『朝日選挙大観』朝日新聞社、1997年。
議会
先代
岡三郎
日本の旗 参議院社会労働委員長
1956年 - 1957年
次代
阿具根登
先代
田中一
日本の旗 参議院決算委員長
1956年
次代
三浦義男
先代
門田定藏
日本の旗 参議院人事委員長
1953年
次代
村尾重雄