「岸田文雄」の版間の差分
編集の要約なし |
|||
4行目: | 4行目: | ||
|各国語表記 = きしだ ふみお |
|各国語表記 = きしだ ふみお |
||
|画像 = Fumio Kishida October 2017.jpg |
|画像 = Fumio Kishida October 2017.jpg |
||
|画像サイズ = |
|画像サイズ = 480px |
||
|画像説明 = 2017年10月19日、[[大阪府]][[大阪市]]にて |
|画像説明 = 2017年10月19日、[[大阪府]][[大阪市]]にて |
||
|国略称 = {{JPN}} |
|国略称 = {{JPN}} |
2020年9月7日 (月) 22:01時点における版
この記事は最新の出来事を扱っています。 |
岸田 文雄 きしだ ふみお | |
---|---|
生年月日 | 1957年7月29日(67歳) |
出生地 | 日本 東京都渋谷区 |
出身校 | 早稲田大学法学部卒業 |
前職 |
日本長期信用銀行行員 衆議院議員岸田文武秘書 |
所属政党 | 自由民主党(岸田派) |
称号 | 法学士(早稲田大学・1982年) |
配偶者 | 岸田裕子 |
親族 |
祖父・岸田正記(元衆議院議員) 父・岸田文武(元衆議院議員) 従兄弟・宮澤洋一(参議院議員) |
公式サイト | 岸田文雄ホームページ |
第143-144代 外務大臣 | |
内閣 |
第2次安倍内閣 第2次安倍改造内閣 第3次安倍内閣 第3次安倍第1次改造内閣 第3次安倍第2次改造内閣 |
在任期間 | 2012年12月26日 - 2017年8月3日 |
第16代 防衛大臣 | |
内閣 | 第3次安倍第2次改造内閣 |
在任期間 | 2017年7月28日 - 2017年8月3日 |
内閣 |
第1次安倍改造内閣 福田康夫内閣 |
在任期間 | 2007年8月27日 - 2008年8月2日 |
内閣 | 第1次安倍改造内閣 |
在任期間 | 2007年8月27日 - 2007年9月26日 |
選挙区 |
(旧広島1区→) 広島1区 |
当選回数 | 9回 |
在任期間 | 1993年7月19日 - 現職 |
岸田 文雄(きしだ ふみお、1957年7月29日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(9期)、自由民主党政務調査会長(第58代)、宏池会会長(第8代)。
内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策、規制改革、国民生活、再チャレンジ、科学技術政策)、外務大臣(第143代・第144代)、防衛大臣(第16代)、自民党国会対策委員長(第52代)、自民党たばこ議員連盟副会長などを歴任。血液型AB型。
中小企業庁長官、衆議院議員を務めた岸田文武は父[1]。戦前戦後に衆議院議員を務めた岸田正記は祖父。参議院議員・経済産業大臣を務めた宮澤洋一は従兄弟。
来歴
出生
東京都渋谷区出身。本籍地は広島県広島市比治山町(現:南区比治山町)。父・岸田文武は広島県出身の通産官僚。
学生時代
小学校一年生から三年生まで、父の仕事の関係でアメリカ合衆国・ニューヨークに居住し、現地の公立小学校に通う[2]。
帰国後千代田区立永田町小学校の三年次に転入し、千代田区立麹町中学校を経て開成高等学校卒業。2年の浪人を経て、1978年に早稲田大学法学部に入学。1982年、同大学同学部(民法(不法行為):浦川道太郎ゼミ[3])卒業[1]、同年日本長期信用銀行に入行[1]。
政界
1993年、第40回衆議院議員総選挙に旧広島1区から自由民主党公認で出馬し、初当選[1][4]。父親と同じ宏池会に所属する。1996年の第41回衆議院議員総選挙では、小選挙区比例代表並立制の導入に伴い広島1区から出馬し、以後広島1区で連続8選[1]。
2001年、第1次小泉内閣で文部科学副大臣に任命される。2007年、第1次安倍改造内閣で内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策、規制改革、国民生活、再チャレンジ、科学技術政策)に任命され、初入閣した[1]。続く福田康夫内閣でも内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策、規制改革、国民生活、科学技術政策)に任命され、引き続き入閣。併せて消費者行政担当大臣、宇宙開発担当大臣の特命事項も任された[1]。
2009年の第45回衆議院議員総選挙では、広島1区で民主党の菅川洋を破り、6選(広島県の小選挙区で議席を獲得した自民党の候補者は岸田のみ。また、広島1区では初めて次点以下の候補者が比例復活した)。2011年9月、自民党総裁谷垣禎一の下、党国会対策委員長に就任(2012年9月退任)[1]。2012年10月、政界引退を表明した古賀誠から宏池会を継承し、第8代宏池会会長に就任した。同年12月の第46回衆議院議員総選挙では、広島1区で7選。
外務大臣
選挙後に発足した第2次安倍内閣では外務大臣として入閣し、第2次安倍改造内閣で留任、さらに2014年12月の第47回衆議院議員総選挙で8選した後に第3次安倍内閣でも再任、自民党総裁選後の2015年10月に発足した第3次安倍第1次改造内閣でも外相を留任する。
2015年7月5日に決定した軍艦島のユネスコ文化遺産登録では、韓国の妨害に対して「forced to work(働かされた)」という表現を用いて遺産の説明を行うことで対処した。この表現について岸田は「強制連行」を意味しないことを明言し、徴用工訴訟問題と関連付けしないことも合意させた[5]。
同年12月28日ソウル市内で尹炳世韓国外交部長官と外相会談をし、日本国政府は韓国政府が設立する元慰安婦を支援するための財団に10億円拠出し慰安婦問題を最終的かつ不可逆的に解決することで合意する日韓合意がなされた[6]。
2016年4月、地元広島で開催されたG7外相サミットの議長を務め[7]、他のG7外相と共に広島平和記念公園を訪問。広島平和記念資料館を訪れた後、原爆死没者慰霊碑に献花を行う[8]。同年5月、バラク・オバマの広島訪問が実現した際にオバマに対して原爆ドームなどについて説明を行う[9]。
参議院選挙後、同年8月に発足した第3次安倍第2次改造内閣でも留任。同年12月、安倍晋三の真珠湾訪問に同行する[10]。2017年1月6日、外務大臣在職期間が大平正芳を超え、戦後の外務大臣としては歴代2位[11]、専任の外務大臣としては歴代最長となる。
外相の起用
政策面では、内政の知識と経験が豊富であるが、外務大臣に起用されるまで外交に携わった経験はなく、幼少期のニューヨーク在住を除けば留学・在外勤務の経験もないため、本来なら外相は門外漢であった。しかし、外相起用に際しては普天間基地移設問題などを念頭に、岸田が沖縄担当相を歴任し、知事の仲井真弘多との親交も深いことが理由とされる一方、中国要人との太いパイプを持つ古賀誠を後見人に持ち、対話を重視するスタイルの岸田の起用が中国など関係諸国へのメッセージであるとの報道もある[13]。
安倍晋三とは1993年の当選同期であり、派閥は異なるが関係は良い。安倍が幹事長代理を務めていた時代に、党改革で議論を交わした仲とされ[12]、1度目、2度目いずれの安倍内閣にも入閣しており、信頼も厚い。特に、第2次内閣発足以降、「タカ派」と評される安倍が、連続5期、4年半余りにわたって岸田を外務大臣に起用し続けた理由については、岸田の実務能力と、「ハト派」「親中派」である宏池会出身という点を鑑みて、中国をはじめとする周辺諸国への友好姿勢をアピールする狙いがあるといわれている。
防衛大臣
2017年7月28日、自衛隊南スーダン派遣での日報の隠蔽疑惑に関する問題の責任を取って稲田朋美が辞任したのに伴い、内閣改造までの一週間に渡って防衛大臣を兼務した[14]。
政調会長
2017年8月の内閣改造では以前から希望していた党三役ポストである自由民主党政務調査会長に就任し、安倍晋三首相を支持して党内を乱さないことで2020年以降の『ポスト安倍晋三』に向けて存在感を示す方針を取った[15][16]。
2018年9月の自民党総裁選挙に向けては、岸田派内では若手を中心に岸田の出馬を求める主戦論が優勢である一方、ベテランなど一部に今回は首相支持に回り3年後に首相からの「禅譲」を狙うべきだとする慎重論があり[17]、最終的に7月24日に岸田が自身の立候補見送りと安倍への支持を表明したが、党内からは「乗り遅れだ」との冷ややかな見方が広がった[18]。
2020年の自民党総裁選には、9月1日に岸田派の臨時総会で出馬を表明した[19][20][21]。
人物
- 宏池会に所属し、派閥会長を務めた古賀誠との関係が近く、古賀の側近とされた。宏池会の政治家らしく酒豪で知られ[22]、自民党青年局における台湾との交流では、青年局長であった安倍晋三があまり酒を飲まないため、酒に強い台湾の政治家らの歓迎を一手に引き受けたという[23]。
- 2004年4月4日、広島市南区の比治山陸軍墓地にて、岸田が会長を務める広島比治山陸軍墓地奉賛会の主催で合同追悼式が行われた[24]。戦没者の遺族や関係者ら約270人が参列し[24]、岸田は「苦難に立ち向かった人の記憶を語り継がなければならない」とあいさつした[24]。黙祷の後、遺族が祭壇に献花した[24]。
- 女子サッカーチームアンジュヴィオレ広島創立に関わっている[25][26]。
- 日本新体操連盟が2003年に社団法人として設立された際に名誉顧問に委嘱されている[27]。
- クラブは、中学の時は軟式テニス部、高校の時は野球部だった[28]。
- 東京都出身だが、父親の影響もあり幼少期から広島東洋カープのファン。セントラル・リーグ初優勝時(1975年10月15日)には後楽園球場まで観戦に行ったとのこと。[29]2016年3月27日には上記のG7外相サミットのPRのためMAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島で行われた広島東洋カープ×横浜DeNAベイスターズ戦にて始球式を行った[30]。
- 2015年、第28回日本メガネベストドレッサー賞・政界部門を受賞[31][32]。
- 大和田秀樹の漫画『疾風の勇人』のファン。第3次安倍第3次改造内閣を控えた2017年7月、東京都内の日本料理店で首相の安倍晋三に同作を熱っぽく紹介した。ちなみに、同作の中では安倍の祖父・岸信介元首相が主人公・池田勇人元首相の「敵役」として登場しており、後でそれに気づいた岸田は「ちょっとまずかったかなあ」と周囲に漏らしたが、安倍は意に介さなかった[33]。
- 座右の銘は「天衣無縫」[34]。
- 好きな食べ物は納豆[34]。
政策・主張
経済
- 財政再建派として知られている[35]。岸田の側近は、「仮に(岸田が)自民党総裁選に出るとなれば財政再建は政策の大きな柱になる」と発言している[36]。財政出動に関しては、財政健全化の見通しがない中で実施しても、将来への不安を増大させることになりかないと否定的な立場を取る[37]。「財政健全化の道筋を示すことで、消費を刺激して経済の循環を完成させる」と主張している[37]。
- 投資家のピーター・タスカは、「(岸田は)経済問題では官僚の言いなりにならないとは信じがたく、(アベノミクスにとって代わる)キシダノミクスは決して生まれない」と述べている[38]。
- 2019年の消費税増税について「日本の政治は消費税率引き上げに様々なトラウマがある。成功体験を実感することが大事だ」[39]と発言している。なお、消費増税後の10月から12月にかけて日本のGDPは年率換算マイナス7.1パーセントを記録した。[40]
- 新型コロナウイルスの感染拡大に伴う経済対策として、当初は岸田が主導していた減収世帯への30万円の給付が検討されていたが、政府はこれを撤回し、全国民への一律10万円給付を行う形となった。岸田氏は自身のツイッターで『自民党も当初から訴えてきた10万円一律給付を首相が決断した』とツイート。実際、党内にも一律給付を求める声はあったが、最終的な党の提言には盛り込まれなかった。このため党のベテラン議員は「歴史の書き換えだ」、ネット上でも「うそ言わないで」といった批判が殺到した。[41]
その他
- 「自民党が右傾化していると言われるが、保守穏健派があると示すためにも、仲間の応援に飛び回りたい」と党内の穏健派をアピールしている[42]。
- 「今の日本の政治において気になることがあります。強いリーダーシップ、米国中心外交、タカ派的体質が強調されることです。それぞれの意義を否定するものではありませんが要はバランスが大切だと思っています。」と述べている[43]。
- 憲法改正に賛成[44]。
- 集団的自衛権の行使を禁じた政府の憲法解釈を見直すことに賛成[44]。
- 日本の核武装について検討すべきでないとしている[44]。
- 原子力規制委員会の新基準を満たした原発は再開すべきとしている[44]。
- 女性宮家の創設に反対[44]。
- 選択的夫婦別姓制度の導入にどちらかといえば反対[45]。
役職歴
内閣
- 国務大臣「消費者行政を統一的・一元的に推進するための企画立案及び行政各部の所管する事務の調整担当」
- 国務大臣「宇宙開発利用に関する施策を総合的かつ計画的に推進するため企画立案及び行政各部の所管する事務の調整担当」
- 内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策・規制改革・国民生活・科学技術政策)
衆議院
- 厚生労働委員長[1]
- 国家基本政策委員会与党筆頭理事[1]
- 国土交通委員会与党理事[1]
- 消費問題委員会与党筆頭理事[1]
- 文部科学委員会与党筆頭理事[1]
- 議院運営委員会理事[1]
- 経済産業委員会理事[1]
- 衆議院議事進行係[1]
自民党
- 政務調査会長 [1]
- 国会対策委員長 [1]
- 選挙対策局長代理[1]
- 副幹事長[1]
- 消費者問題調査会長[1]
- 団体総局長[1]
- 経理局長[1]
- 商工部会長[1]
- 法務部会長代理[1]
- 商工部会長代理[1]
- 内閣・商工副部会長[1]
- 財政副部会長[1]
- 青年局長[1]
所属団体・議員連盟
- 自民党たばこ議員連盟(副会長)[46][47]
- 日本会議国会議員懇談会[48]
- 神道政治連盟国会議員懇談会[48]
- 日本の前途と歴史教育を考える議員の会
- 公立学校施設耐震化会長代行[1]
- 航空議員連盟副会長[1]
- ソフトボール振興議員連盟幹事長[1]
- 子供の体力向上推進幹事長[1]
- 創・畜・省エネ推進議連幹事長[1]
- 臨床心理職国家資格化事務局長[1]
- まちづくり三法見直しWT主査[1]
- 公共工事品質確保議連幹事(制度検討部会長)[1]
- 著作権に関するWT座長[1]
- 消費者問題PT座長[1]
- 核燃料税等PT主査[1]
- 知的財産小委員長[1]
- 証券市場育成議連事務局長[1]
- 保険制度改善議連事務局長[1]
- 日越友好議連事務局長[1]
- 国宝・重文を護る会事務局長[1]
- コンテンツ産業振興議連幹事長[1]
- 小規模企業税制確立議連幹事長[1]
- 学校栄養士議員連盟事務局長[1]
- 外交を学ぶ会事務局長[1]
- 日傷援護議員協議会幹事[1]
- ライフサイエンス議連事務局長[1]
- アイスランド友好議連副会長[1]
- 小規模企業税制確立議員連盟
- 日本新体操連盟名誉顧問[27]
- 日朝国交正常化推進議員連盟顧問[49]
- 美ら島議連初代会長[50]
家族・親族
岸田家
- 自家
- 妻、息子3人[42]
親戚
- 叔母
略系図
岸田幾太郎 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
井口良二 | 岸田正記 | 岸田正次郎 | 宮澤裕 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
母 | 岸田文武 | 岸田俊輔 | 邦子 | 後藤英輔 | 玲子 | 宮澤弘 | 宮澤喜一 | 宮澤泰 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
岸田文雄 | 岸田武雄 | 典子 | 可部哲生 | 宮澤洋一 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
脚注
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao ap aq ar as at au av aw ax ay az ba 岸田文雄ホームページ
- ^ a b 山本一太の「大臣vs大臣」 ゲスト:岸田文雄・外務大臣
- ^ 石破茂元防衛相「家で塾歌が入ったDVD鑑賞」慶應を愛して止まないワケ AERA dot.
- ^ 当選同期には安倍晋三、江崎鉄磨、熊代昭彦、塩崎恭久、高市早苗、田中真紀子、野田聖子、浜田靖一らがいる
- ^ “岸田外相「強制労働を意味するものでない」 財産請求権で韓国にクギ刺したが…”. 産経新聞. (2015.7.6 01:51)
- ^ 2015年12月29日中日新聞朝刊1面
- ^ G7外相会合、広島で開幕 対テロ連携強化で一致朝日新聞2016年4月11日[リンク切れ]
- ^ “【G7外相会合】岸田外相がコメントを発表 「歴史的な一歩になった」 原爆ドーム訪問はケリー氏提案”. 産経ニュース. (2016年4月11日) 2016年7月1日閲覧。
- ^ “オバマ氏、被爆者と握手” 2016年8月3日閲覧。
- ^ [1]時事通信2015年12月27日[リンク切れ]
- ^ 岸田外相の在職日数、大平元首相と並ぶ 戦後歴代2位に朝日新聞2017年1月5日
- ^ a b 何事も堅実、外交手腕は 岸田外相朝日新聞2012年12月26日
- ^ 「対話重視」で役割分担 岸田外相、路線対立も中国新聞2013年1月2日
- ^ 支持率急落の安倍政権に打撃…稲田防衛相辞任読売新聞2017年7月28日
- ^ “裏切り者”石破氏の党内評価急落…「ポスト安倍」争い、岸田氏が逆転リード
- ^ きょう内閣改造 岸田氏、高まる存在感
- ^ “岸田氏、総裁選不出馬を表明 安倍首相の3選が有力に”. 日本経済新聞. (2018年7月24日) 2020年4月4日閲覧。
- ^ “2018自民党総裁選:岸田氏不出馬 派閥分裂回避に腐心”. 毎日新聞. (2018年7月26日) 2020年4月4日閲覧。
- ^ 岸田氏が総裁選立候補を正式表明「私の全てをかけて」(2020年9月1日、朝日新聞)2020年9月5日閲覧
- ^ 岸田文雄氏が正式出馬表明「全力で取り組む」(2020年9月1日、産経フォト=産経新聞)2020年9月5日閲覧
- ^ 岸田政調会長が出馬表明 自民総裁選(2020年9月1日、時事通信)2020年9月5日閲覧
- ^ 読売新聞、2012年12月27日
- ^ 機関紙「翔」Vol.special2
- ^ a b c d 比治山陸軍基地で 遺族ら合同追悼式(2004年4月5日中国新聞)
- ^ “広島横川“女子サッカーチーム”の名称 及び 監督の発表”. フレンドリースポーツ (2011年10月27日). 2015年6月10日閲覧。
- ^ “アンジュヴィオレ広島選手発表会”. 岸田文雄ホームページ (2012年3月). 2015年6月10日閲覧。
- ^ a b "社団法人日本新体操協会設立総会議事録" (PDF) (Press release). 日本新体操連盟. 22 April 2003. 2016年10月30日閲覧。
- ^ 「山本一太の「大臣vs大臣」 ゲスト:岸田文雄・外務大臣 - ログミー」
- ^ https://dot.asahi.com/wa/2016090700184.html
- ^ http://www.news24.jp/articles/2016/03/27/04325806.html
- ^ 前回は甘利明が受賞。
- ^ “『メガネ ベストドレッサー』、桐谷美玲&中村アンらが受賞”. ORICON STYLE (2015年10月6日). 2015年10月6日閲覧。
- ^ 読売新聞2017年9月17日付朝刊4面「政なび 偉人に重ねるストーリー」岡田遼介記者
- ^ a b 毎日新聞「ポスト安倍:岸田氏、石破氏の戦略は? - 毎日新聞」2017年9月4日
- ^ “開成高OB会:岸田氏の応援団結成? 永田町・霞が関に”. 毎日新聞 (2017年9月14日). 2018年3月1日閲覧。
- ^ “安倍1強 財政再建で挑む 問われる歳出改革”. 日本経済新聞 (2018年2月14日). 2018年3月1日閲覧。
- ^ a b “首相vs岸田氏、財政健全化で論戦 首相「経済成長優先」岸田氏「財政出動は不安増大」”. 日本経済新聞 (2018年2月2日). 2018年3月1日閲覧。
- ^ “アベノミクス成功は明白 「首相の改革、推進を」驚異の6四半期連続成長 投資家のピーター・タスカ氏寄稿”. 産経新聞 (2017年8月28日). 2018年3月1日閲覧。
- ^ “自民・岸田氏、消費増税「トラウマから成功体験に」”. 日本経済新聞 (2019年9月7日). 2019年9月閲覧。
- ^ 大和総研グループ. “2019年10-12月期GDP二次速報 | 大和総研グループ”. www.dir.co.jp. 2020年3月閲覧。
- ^ “岸田氏、メンツ丸つぶれ 肝煎り「30万円」撤回で―新型コロナ経済対策:時事ドットコム”. www.jiji.com. 2020年4月閲覧。
- ^ a b 衆院選:候補者の横顔 1区・2区 /広島 毎日新聞 2012年12月6日
- ^ 機関紙「翔」Vol.31
- ^ a b c d e “2012衆院選 広島1区 岸田文雄”. 毎日jp (毎日新聞社) 2014年4月8日閲覧。
- ^ 朝日新聞、2014年衆院選、朝日・東大谷口研究室共同調査、2014年。
- ^ “「自民党たばこ議員連盟」役員(2017/3/7現在)及び役員へのタバコ販売&耕作者政治連盟からの6年間の献金額(万円)”. 2018年4月11日閲覧。
- ^ “自民党たばこ議員連盟臨時総会(出席者)”. 2018年4月11日閲覧。
- ^ a b 俵義文、日本会議の全貌、花伝社、2016年
- ^ “日朝国交正常化推進議員連盟活動再開 – 広範な国民連合”. 2019年8月22日閲覧。
- ^ “岸田文雄ホームページ”. www.kishida.gr.jp. 2020年1月7日閲覧。
- ^ 「霞が関「7人の天才」はこんな人たち~頭がキレて、モノが違う」週刊現代2017.9.11
- ^ a b 佐藤朝泰 著 『豪閥 地方豪族のネットワーク』 (立風書房 2001年) 446頁
- ^ 佐藤朝泰 著 『豪閥 地方豪族のネットワーク』 (立風書房 2001年) 446 – 447頁
外部リンク
- 岸田文雄ホームページ - 公式サイト
- 岸田文雄 (@kishida230) - X(旧Twitter)
- 岸田文雄 (fkishida) - Facebook
- 岸田文雄 政治家 (368763319958602) - Facebook
- 岸田文雄 (@fumio_kishida) - Instagram
公職 | ||
---|---|---|
先代 玄葉光一郎 |
外務大臣 第148・149代:2012年 - 2017年 |
次代 河野太郎 |
先代 稲田朋美 |
防衛大臣 第16代:2017年 |
次代 小野寺五典 |
先代 高市早苗 |
特命担当大臣(沖縄及び北方対策) 第9・10代:2007年 - 2008年 |
次代 林幹雄 |
先代 高市早苗 |
特命担当大臣(科学技術政策) 第10・11代:2007年 - 2008年 |
次代 野田聖子 |
先代 渡辺喜美 |
特命担当大臣(規制改革) 第10・11代:2007年 - 2008年 |
次代 与謝野馨 |
先代 創設 |
特命担当大臣(国民生活) 初・第2代:2007年 - 2008年 |
次代 廃止 |
先代 創設 |
特命担当大臣(再チャレンジ) 初代:2007年 |
次代 廃止 |
先代 大野功統 河村建夫 |
文部科学副大臣 青山丘と共同 2001年 - 2002年 |
次代 河村建夫 渡海紀三朗 |
議会 | ||
先代 鴨下一郎 |
衆議院厚生労働委員長 2006年 |
次代 桜田義孝 |
党職 | ||
先代 茂木敏充 |
自由民主党政務調査会長 第58代:2017年 - |
次代 現職 |
先代 逢沢一郎 |
自由民主党国会対策委員長 第52代:2011年 - 2012年 |
次代 浜田靖一 |
先代 古賀誠 |
宏池会会長 第8代:2012年 - |
次代 現職 |
先代 安倍晋三 |
自由民主党青年局長 第32代:1997年 - 1998年 |
次代 小此木八郎 |