「角川映画」の版間の差分
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それまでの映画会社はテレビをライバル視していたことと、あまりに広告料が高いためテレビCMはあまりやらなかった。しかし角川は広告費をつぎ込み、テレビCMなど宣伝をうち、書籍と映画を同時に売り込むことによって相乗効果を狙った結果、成功を収める。映画製作を目的とした(旧)角川春樹事務所も、1976年に設立された。翌[[1977年]]の第2作『[[人間の証明#映画|人間の証明]]』は日活撮影所で撮影し、配給は東映、興行は東宝洋画系という従来の日本映画界では考えられない組み合わせで映画界に新風を巻き起こした<ref>[[#キネ旬1993|キネ旬1993]]、「角川映画の歩み」、p.58。</ref>。脇役には主演作が多い[[三船敏郎]]・[[鶴田浩二]]らを起用し、監督へも高額の演出料を払った。テレビCMでは映像と「お父さん怖いよ。何か来るよ。大勢でお父さんを殺しにくるよ」、「狼は生きろ、豚は死ね。」、「歴史は、我々に何をさせようというのか?」、「カイカン。」などのキャッチコピーや劇中の台詞と音楽が流れ、映画と出版と音楽による相乗効果のメディアミックスは角川商法と呼ばれた。横溝に続いて[[森村誠一]]・[[大藪春彦]]・[[半村良]]・[[赤川次郎]]らの小説も次々と映画化された。角川文庫には映画割引券をしおりとして封入した<ref>日本ジャーナリスト会議・出版支部編著『目でみる出版ジャーナリズム小史 増補版』高文研、1985年初版、1989年増補版、p.106</ref><ref>[[#角川2005|角川2005]]、p.140。</ref><ref>井筒和幸『ガキ以上、愚連隊未満。』ダイヤモンド社、2010年、p.120</ref>。 |
それまでの映画会社はテレビをライバル視していたことと、あまりに広告料が高いためテレビCMはあまりやらなかった。しかし角川は広告費をつぎ込み、テレビCMなど宣伝をうち、書籍と映画を同時に売り込むことによって相乗効果を狙った結果、成功を収める。映画製作を目的とした(旧)角川春樹事務所も、1976年に設立された。翌[[1977年]]の第2作『[[人間の証明#映画|人間の証明]]』は日活撮影所で撮影し、配給は東映、興行は東宝洋画系という従来の日本映画界では考えられない組み合わせで映画界に新風を巻き起こした<ref>[[#キネ旬1993|キネ旬1993]]、「角川映画の歩み」、p.58。</ref>。脇役には主演作が多い[[三船敏郎]]・[[鶴田浩二]]らを起用し、監督へも高額の演出料を払った。テレビCMでは映像と「お父さん怖いよ。何か来るよ。大勢でお父さんを殺しにくるよ」、「狼は生きろ、豚は死ね。」、「歴史は、我々に何をさせようというのか?」、「カイカン。」などのキャッチコピーや劇中の台詞と音楽が流れ、映画と出版と音楽による相乗効果のメディアミックスは角川商法と呼ばれた。横溝に続いて[[森村誠一]]・[[大藪春彦]]・[[半村良]]・[[赤川次郎]]らの小説も次々と映画化された。角川文庫には映画割引券をしおりとして封入した<ref>日本ジャーナリスト会議・出版支部編著『目でみる出版ジャーナリズム小史 増補版』高文研、1985年初版、1989年増補版、p.106</ref><ref>[[#角川2005|角川2005]]、p.140。</ref><ref>井筒和幸『ガキ以上、愚連隊未満。』ダイヤモンド社、2010年、p.120</ref>。 |
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映画音楽や主題歌にも力を入れ<ref>[[#樋口2004|樋口2004]]、p.147。</ref>、音楽著作権管理する角川音楽出版や音楽企画制作の角川レコードを設立。[[1970年代]]は上記映画のほか、[[1978年]]の『[[野性の証明#映画|野性の証明]]』、[[1979年]]の『[[戦国自衛隊 (映画)|戦国自衛隊]]』と大作路線を続けていくが、この1本立て上映の大作路線は、当時は2本立ての[[プログラムピクチャー]]を上映していた他社にも影響を与えて、大作ブームを招いた<ref>関根忠郎、山田宏一、山根貞男『惹句術 映画のこころ 増補版』ワイズ出版、1995年、p.410</ref><ref>[[中島貞夫]]『遊撃の美学 映画監督中島貞夫』ワイズ出版、2004年、p.312</ref><ref>[[樋口尚文]]『ロマンポルノと実録やくざ映画 禁じられた70年代日本映画』[[平凡社新書]]、2009年、p.319</ref>。この他、[[1976年]]から[[1980年]]頃まで、[[大阪府|大阪]]の[[MBSテレビ|毎日放送]]制作により[[TBSテレビ|TBS]]系で放送された「[[古谷一行の金田一耕助シリーズ#横溝正史シリーズ |
映画音楽や主題歌にも力を入れ<ref>[[#樋口2004|樋口2004]]、p.147。</ref>、音楽著作権管理する角川音楽出版や音楽企画制作の角川レコードを設立。[[1970年代]]は上記映画のほか、[[1978年]]の『[[野性の証明#映画|野性の証明]]』、[[1979年]]の『[[戦国自衛隊 (映画)|戦国自衛隊]]』と大作路線を続けていくが、この1本立て上映の大作路線は、当時は2本立ての[[プログラムピクチャー]]を上映していた他社にも影響を与えて、大作ブームを招いた<ref>関根忠郎、山田宏一、山根貞男『惹句術 映画のこころ 増補版』ワイズ出版、1995年、p.410</ref><ref>[[中島貞夫]]『遊撃の美学 映画監督中島貞夫』ワイズ出版、2004年、p.312</ref><ref>[[樋口尚文]]『ロマンポルノと実録やくざ映画 禁じられた70年代日本映画』[[平凡社新書]]、2009年、p.319</ref>。この他、[[1976年]]から[[1980年]]頃まで、[[大阪府|大阪]]の[[MBSテレビ|毎日放送]]制作により[[TBSテレビ|TBS]]系で放送された「[[古谷一行の金田一耕助シリーズ#横溝正史シリーズI(1977年)|横溝正史シリーズ]]」や「森村誠一シリーズ」などのテレビドラマの企画を、一連の角川映画と連動する形で角川春樹事務所が手がけた。 |
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[[1980年代]]は[[1980年]]の『[[復活の日]]』を最後に大作一辺倒の路線の撤退を宣言し<ref>『キネマ旬報』1981年2月下旬号、p.121</ref>、[[スター・システム (俳優)|スター・システム]]による2本立て上映のアイドル映画を中心に、プログラムピクチャーを量産するようになる<ref>[[#樋口2004|樋口2004]]、pp.228-229。</ref><ref name="shigo">ひげじい「キネマの天地とハリウッドに見る20世紀の映画事情」『20世紀死語辞典』20世紀死語辞典編集委員会編、[[太田出版]]、2000年、p.276</ref>。製作費に22億円をかけた『復活の日』が<ref group="注釈">25~35億円とする資料もある。</ref>、[[配給収入]]24億円の結果{{Refnest |group = "注釈" |name = |日本映画製作者連盟の数字を使用した<ref name="配収1980">{{映連配給収入|1980}}</ref>。中川右介の著書では製作費22億円、配給収入23億7000万円{{sfn |中川|2014| p=127}}。配給収入25億とする資料もある。}}に終わって制作費を回収できず、路線変更をせざるを得なかったのである<ref name="キネ旬1309">角川春樹「夏八木勲の男気 かけがえのない同士」『キネマ旬報』2013年9月上旬号、p.106</ref>。正月作品の大作『[[戦国自衛隊]]』も配収13億5000万円を挙げながら収支がトントンといった状態であった<ref>「角川春樹氏特別インタビュー 『戦国』から『大和』へ!!」『ビッグマンスペシャル 戦国自衛隊パーフェクBOOK』世界文化社、2005年、p.15</ref>。ハイリスクの大作映画に対して『[[セーラー服と機関銃 (映画)|セーラー服と機関銃]]』(1981年)は製作費1億5000万円と{{sfn |中川|2014| p=155}}『復活の日』の10分の1の予算ながら興行成績では『復活の日』に匹敵する配給収入23億円を挙げた{{Refnest |group = "注釈" |name = |23億は『[[燃える勇者]]』と二本立て、及び完璧版との合算<ref name="配収1982">{{映連配給収入|1982}}</ref>。中川右介の著書では22億8800万円{{sfn |中川|2014| p=268}}。}}。映画公開当時、角川書店から出版されていた赤川次郎の本は、文庫が『セーラー服と機関銃』と『血とバラ』、単行本が『さびしがり屋の死体』、『悪妻に捧げるレクイエム』の計4冊しかなく、大規模なブック・フェアは出来なかった{{sfn |中川|2014|pp=160-161}}。[[中川右介]]は、角川映画の[[ビジネスモデル]]が「文庫本を売るための映画作り」から「専属女優とそのファンのための映画作り」に『セーラー服と機関銃』から移行したと分析している{{sfn |中川|2014|p=161}}。翌1982年に角川春樹事務所はコンテストで[[渡辺典子]]・[[原田知世]]を発掘{{sfn |中川|2014| pp=165-166}}。既に専属女優だった[[薬師丸ひろ子]]を含めて彼女たちは角川[[3人娘]]と呼ばれた。1983年の『[[探偵物語 (1983年の映画)#映画|探偵物語]]』と『[[時をかける少女 (1983年の映画)|時をかける少女]]』の2本立ては配給収入28億円に達した<ref name="配収1983">{{映連配給収入|1983}}</ref>。彼女らはテレビに露出することが少なく、テレビに出演しているアイドルが映画に出演するという[[1970年代]]以降の形でなく、映画全盛期のスクリーンでしか見られなかったかつての映画スターと同様の存在として、若い観客を映画館へ呼び戻し<ref>金澤誠「脱スター以降の個性派たち」『<日本製映画>の読み方 1980-1999』武藤起一、森直人、フィルムアート社編集部編集、[[フィルムアート社]]、1999年、p.155-156</ref><ref name="shigo" />、自社スターによるプログラムピクチャー路線で角川映画の1980年代前半を牽引した<ref name="キネ旬1309" />。自社雑誌『[[バラエティ (日本の雑誌)|バラエティ]]』を1977年に創刊して情報の発信をしていた<ref name="hiho2">[[#洋泉社2003|洋泉社2003]]、p.98。</ref>。 |
[[1980年代]]は[[1980年]]の『[[復活の日]]』を最後に大作一辺倒の路線の撤退を宣言し<ref>『キネマ旬報』1981年2月下旬号、p.121</ref>、[[スター・システム (俳優)|スター・システム]]による2本立て上映のアイドル映画を中心に、プログラムピクチャーを量産するようになる<ref>[[#樋口2004|樋口2004]]、pp.228-229。</ref><ref name="shigo">ひげじい「キネマの天地とハリウッドに見る20世紀の映画事情」『20世紀死語辞典』20世紀死語辞典編集委員会編、[[太田出版]]、2000年、p.276</ref>。製作費に22億円をかけた『復活の日』が<ref group="注釈">25~35億円とする資料もある。</ref>、[[配給収入]]24億円の結果{{Refnest |group = "注釈" |name = |日本映画製作者連盟の数字を使用した<ref name="配収1980">{{映連配給収入|1980}}</ref>。中川右介の著書では製作費22億円、配給収入23億7000万円{{sfn |中川|2014| p=127}}。配給収入25億とする資料もある。}}に終わって制作費を回収できず、路線変更をせざるを得なかったのである<ref name="キネ旬1309">角川春樹「夏八木勲の男気 かけがえのない同士」『キネマ旬報』2013年9月上旬号、p.106</ref>。正月作品の大作『[[戦国自衛隊]]』も配収13億5000万円を挙げながら収支がトントンといった状態であった<ref>「角川春樹氏特別インタビュー 『戦国』から『大和』へ!!」『ビッグマンスペシャル 戦国自衛隊パーフェクBOOK』世界文化社、2005年、p.15</ref>。ハイリスクの大作映画に対して『[[セーラー服と機関銃 (映画)|セーラー服と機関銃]]』(1981年)は製作費1億5000万円と{{sfn |中川|2014| p=155}}『復活の日』の10分の1の予算ながら興行成績では『復活の日』に匹敵する配給収入23億円を挙げた{{Refnest |group = "注釈" |name = |23億は『[[燃える勇者]]』と二本立て、及び完璧版との合算<ref name="配収1982">{{映連配給収入|1982}}</ref>。中川右介の著書では22億8800万円{{sfn |中川|2014| p=268}}。}}。映画公開当時、角川書店から出版されていた赤川次郎の本は、文庫が『セーラー服と機関銃』と『血とバラ』、単行本が『さびしがり屋の死体』、『悪妻に捧げるレクイエム』の計4冊しかなく、大規模なブック・フェアは出来なかった{{sfn |中川|2014|pp=160-161}}。[[中川右介]]は、角川映画の[[ビジネスモデル]]が「文庫本を売るための映画作り」から「専属女優とそのファンのための映画作り」に『セーラー服と機関銃』から移行したと分析している{{sfn |中川|2014|p=161}}。翌1982年に角川春樹事務所はコンテストで[[渡辺典子]]・[[原田知世]]を発掘{{sfn |中川|2014| pp=165-166}}。既に専属女優だった[[薬師丸ひろ子]]を含めて彼女たちは角川[[3人娘]]と呼ばれた。1983年の『[[探偵物語 (1983年の映画)#映画|探偵物語]]』と『[[時をかける少女 (1983年の映画)|時をかける少女]]』の2本立ては配給収入28億円に達した<ref name="配収1983">{{映連配給収入|1983}}</ref>。彼女らはテレビに露出することが少なく、テレビに出演しているアイドルが映画に出演するという[[1970年代]]以降の形でなく、映画全盛期のスクリーンでしか見られなかったかつての映画スターと同様の存在として、若い観客を映画館へ呼び戻し<ref>金澤誠「脱スター以降の個性派たち」『<日本製映画>の読み方 1980-1999』武藤起一、森直人、フィルムアート社編集部編集、[[フィルムアート社]]、1999年、p.155-156</ref><ref name="shigo" />、自社スターによるプログラムピクチャー路線で角川映画の1980年代前半を牽引した<ref name="キネ旬1309" />。自社雑誌『[[バラエティ (日本の雑誌)|バラエティ]]』を1977年に創刊して情報の発信をしていた<ref name="hiho2">[[#洋泉社2003|洋泉社2003]]、p.98。</ref>。 |
2021年4月18日 (日) 08:44時点における版
角川映画(かどかわえいが)は、KADOKAWAないしその前身企業である角川書店ないし角川春樹事務所(初代法人1976年設立、1989年4月角川書店に吸収。二代目法人1993年3月に角川書店に吸収。1996年設立の同名企業とは別)、角川映画株式会社(2002年設立、2011年角川書店に吸収合併)によって1976年より製作された一連の映画の通称・総称及び映像事業ブランドである。
一般的に「角川映画」という呼称は、角川書店による映画を元にしたメディアミックス展開の一例として捉えられる場合が多い。「角川商法」としてメディアミックスの成功例の代表として取り上げられている。
概要
角川春樹時代
1976年、当時角川書店社長だった角川春樹は、自社が発行する書籍(主に角川文庫が中心となった)の売上向上のため、その宣伝として映画を利用することにした。当時、推理作家の横溝正史ブームを仕掛けていたため、横溝作品の映画化に関わっていた。最初は1975年にATGの『本陣殺人事件』に宣伝協力費の形で50万円を出資した。ところが次に組んだ松竹の『八つ墓村』が松竹側の都合で製作が延期され、書店で予定していた横溝正史フェアに影響したことから、角川は自ら映画製作を行うことを決意し[1]、1976年に第1作『犬神家の一族』を公開した。
それまでの映画会社はテレビをライバル視していたことと、あまりに広告料が高いためテレビCMはあまりやらなかった。しかし角川は広告費をつぎ込み、テレビCMなど宣伝をうち、書籍と映画を同時に売り込むことによって相乗効果を狙った結果、成功を収める。映画製作を目的とした(旧)角川春樹事務所も、1976年に設立された。翌1977年の第2作『人間の証明』は日活撮影所で撮影し、配給は東映、興行は東宝洋画系という従来の日本映画界では考えられない組み合わせで映画界に新風を巻き起こした[2]。脇役には主演作が多い三船敏郎・鶴田浩二らを起用し、監督へも高額の演出料を払った。テレビCMでは映像と「お父さん怖いよ。何か来るよ。大勢でお父さんを殺しにくるよ」、「狼は生きろ、豚は死ね。」、「歴史は、我々に何をさせようというのか?」、「カイカン。」などのキャッチコピーや劇中の台詞と音楽が流れ、映画と出版と音楽による相乗効果のメディアミックスは角川商法と呼ばれた。横溝に続いて森村誠一・大藪春彦・半村良・赤川次郎らの小説も次々と映画化された。角川文庫には映画割引券をしおりとして封入した[3][4][5]。
映画音楽や主題歌にも力を入れ[6]、音楽著作権管理する角川音楽出版や音楽企画制作の角川レコードを設立。1970年代は上記映画のほか、1978年の『野性の証明』、1979年の『戦国自衛隊』と大作路線を続けていくが、この1本立て上映の大作路線は、当時は2本立てのプログラムピクチャーを上映していた他社にも影響を与えて、大作ブームを招いた[7][8][9]。この他、1976年から1980年頃まで、大阪の毎日放送制作によりTBS系で放送された「横溝正史シリーズ」や「森村誠一シリーズ」などのテレビドラマの企画を、一連の角川映画と連動する形で角川春樹事務所が手がけた。
1980年代は1980年の『復活の日』を最後に大作一辺倒の路線の撤退を宣言し[10]、スター・システムによる2本立て上映のアイドル映画を中心に、プログラムピクチャーを量産するようになる[11][12]。製作費に22億円をかけた『復活の日』が[注釈 1]、配給収入24億円の結果[注釈 2]に終わって制作費を回収できず、路線変更をせざるを得なかったのである[15]。正月作品の大作『戦国自衛隊』も配収13億5000万円を挙げながら収支がトントンといった状態であった[16]。ハイリスクの大作映画に対して『セーラー服と機関銃』(1981年)は製作費1億5000万円と[17]『復活の日』の10分の1の予算ながら興行成績では『復活の日』に匹敵する配給収入23億円を挙げた[注釈 3]。映画公開当時、角川書店から出版されていた赤川次郎の本は、文庫が『セーラー服と機関銃』と『血とバラ』、単行本が『さびしがり屋の死体』、『悪妻に捧げるレクイエム』の計4冊しかなく、大規模なブック・フェアは出来なかった[20]。中川右介は、角川映画のビジネスモデルが「文庫本を売るための映画作り」から「専属女優とそのファンのための映画作り」に『セーラー服と機関銃』から移行したと分析している[21]。翌1982年に角川春樹事務所はコンテストで渡辺典子・原田知世を発掘[22]。既に専属女優だった薬師丸ひろ子を含めて彼女たちは角川3人娘と呼ばれた。1983年の『探偵物語』と『時をかける少女』の2本立ては配給収入28億円に達した[23]。彼女らはテレビに露出することが少なく、テレビに出演しているアイドルが映画に出演するという1970年代以降の形でなく、映画全盛期のスクリーンでしか見られなかったかつての映画スターと同様の存在として、若い観客を映画館へ呼び戻し[24][12]、自社スターによるプログラムピクチャー路線で角川映画の1980年代前半を牽引した[15]。自社雑誌『バラエティ』を1977年に創刊して情報の発信をしていた[25]。
1983年には、マッドハウスと組んでアニメ映画にも進出[26][27]。角川アニメ第1弾の『幻魔大戦』は[23][28]、配給収入で10億円以上を記録し[23]、同年末の『里見八犬伝』は1984年の配給収入で邦画1位の23億2000万円を計上している[29][注釈 4]。こうして1970年代末から1980年代半ばの角川映画は、洋画とテレビに押される一方だった日本映画界の停滞を打ち破るヒットを連発した。角川映画の指揮をとりキャッチコピーも考えていた角川春樹は、西崎義展や山本又一朗らの独立プロデューサーとともに映画界の寵児になり[31]、1982年には優秀なプロデューサーに贈られる藤本賞を受賞した。映画宣伝の際は俳優や監督以上に積極的にメディアへ露出し、角川映画は角川春樹の代名詞とも言える存在であった。当初は話題先行と見られて映画評論家からは低かった評価も、1982年の『蒲田行進曲』、1984年の『Wの悲劇』と『麻雀放浪記』が映画賞を受賞し、『犬神家の一族』の後は圏外が続いていたキネマ旬報ベスト・テンにランクインするなど、内容的な充実も認められるようになった[25][32][33][34]。
日本映画界に定着する一方で、製作から10年目を迎えた1980年代後半以降、角川映画の勢いは失速していった[35][36]。それには、民放のフジテレビが映画界に本格参入して[注釈 5]、角川映画のお株を奪う大量スポットや局を挙げてのメディアミックス戦略を仕掛けたこと[37][38]、また、内部的には1985年に薬師丸ひろ子が角川春樹事務所から独立、翌1986年には同事務所自体が芸能部門から撤退して、所属する原田知世と原田貴和子、渡辺典子も独立したことなど[39][40] の影響があった[35][36]。
角川春樹時代の角川映画は作品の製作のみで、完成した作品の配給と興行は東映や東宝など他社に依存。1981年にはジャニーズ事務所の『ブルージーンズメモリー』と2本立てだった『ねらわれた学園』の宣伝の扱いをめぐって配給する東宝とトラブルになる[41][42]。1985年になって念願の配給業に乗り出し、さらに札幌市で角川春樹事務所が経営する形の「角川シアター」という映画館を開いて興行を始めるも、配給は2本の共同配給で終わった。角川シアターもその後は松竹系の札幌ピカデリーを経てアーバンホールとなったが[注釈 6]、このときの配給と興行の試みは成功しなかった[36][43]。当時の角川作品は松竹に匹敵する配給収入を挙げており、自社配給と自主興行を成功させ、第6の映画会社として自立されることを恐れた日本映画界の妨害があったともされ[44][45]、東映の岡田茂は、角川の自主配給の動きに対し、今後は協力しないと突き放す発言をしている[46]。
監督は市川崑・佐藤純彌・深作欣二ら実績のあるベテランに加えて、1980年代から当時若手だった大林宣彦・相米慎二・井筒和幸・森田芳光・根岸吉太郎・崔洋一や、ほぼTVのみに活動が限られていた中堅の斉藤光正らにチャンスを与え、積極的に登用するようになった[47][48][49][50]。
1990年には1990年代初の大作『天と地と』を手がけて興行収入は92億円を上げた[51]。しかし1992年にハリウッド進出第1弾と称した『ルビー・カイロ』を製作するが失敗し、これらを含む一連の映画事業の失敗が、角川春樹と弟の角川歴彦の対立を招く下地となり、1992年に角川書店のお家騒動が勃発する[52]。翌1993年には、角川映画を牽引した角川春樹が薬物所持により逮捕され、角川書店を離れる事態に至り、同年7月封切の『REX 恐竜物語』が角川春樹が角川書店在籍中の最後の映画となる。
角川春樹製作時代の「角川映画」の著作権を巡って、角川春樹と角川書店の間で係争も起こった。著作権は自分にあるとする角川春樹の提訴に対して、東京地方裁判所は角川映画の著作権を角川書店側に認める判断を下している[53]。角川春樹がかつて製作した映画には「角川春樹事務所作品」または「Haruki Kadokawa Presents」というタイトルクレジットがあり、これらはビデオソフト化やテレビ放送の際には削除されていたが、2014年よりリリースされた4Kスキャニングマスター版Blu-rayシリーズ以降に新規マスターが製作された作品は、無修正のまま収録ないし放送される機会が多くなっている。
角川春樹時代の評価
1982年5月29日の朝日新聞朝刊「討論の広場」欄で「日本映画はどこへ行く」と題して、岡田茂日本映画製作者連盟会長、映画監督・大島渚、小栗康平、映画評論家・白井佳夫が参加して討論会が行われた[54]。討論会の趣旨は、映画人口が最盛期の1958年の11億人から1981年に1億5000万人に割り込んだことを受け、白井が「角川春樹のセンセーショナルな大宣伝によってマイナーな娯楽映画を大ヒットさせる商法に屈服した映画業界」などを問題提起して挙げ、長い討論会中、角川映画に関する言及は、角川春樹を支援していた岡田茂は「角川はいま日本で、監督はまずまず揃っているが、これをどうして、いつ当てて、どういう宣伝をして、どうやって金を取るかと、見通しを持ちながら全てのことをちゃんと支配していくプロデューサー」と評価した。しかし大島渚は「角川さんはプロデューサーとしてある意味強すぎて、監督とのバランスが全部とれない。あの人のところで誰が撮ったって全部角川さんの映画になって、監督の映画が全然出ない。これはいいプロデューサーじゃないんですね、結果的には」と評し、白井佳夫は「プロデューサーというのは元々縁の下の人なんですよね。角川さんは十本以上の映画をあれだけ当てた。角川と組んで映画をすることで有名になった監督が二、三人出なきゃ嘘だし、角川によってスターになった女優や男優が五、六人は出なきゃ嘘なんですよね。まあ薬師丸ひろ子というスターが一人出たけども、あとはみんな既成のスター、既成の監督、既成のシナリオライターを使って作っている」などと評した[54]。
1981年の日本映画界の観客動員1500万人減について、映画評論家の白井佳夫は大量宣伝で成功する角川映画を原因として決めつけた[55]。それに対し、角川春樹は大量宣伝で成功した角川映画は『人間の証明』1本しか存在しないと反論した[56]。映画監督の大島渚は、当初は角川映画は旧態依然とした日本映画界を覆したと評価していたが[57]、後に[いつ?]角川映画が大量の前売券を企業に購入させたことと大量宣伝を批判した。前売券が金券ショップで安価で売られて正規の料金で入場した観客の不信感を買うこと、そして大量宣伝につられて映画を見に行ってもつまらない映画だった場合に映画そのものが観客に疑われるようになるというのがその主旨である[58]。角川映画への批判の中心はこの大量宣伝と前売券による動員、そして作品の質が伴わないという3点であった[59]。
映画監督の佐藤純彌は1986年、斜陽の日本映画界にあって角川映画が映画ビジネスが儲かるものであることを証明し、これに追随して異業種から映画界への資金提供者が現れたこと、久々に薬師丸ひろ子や原田知世といった映画界出身のアイドルを誕生させたこと、従来の新聞中心だった映画宣伝を改変したこと、日本映画界の縦割りの構図を破り、既成メジャーとは異質の映画作りを成立させたことなどを角川映画の功績として挙げている[60]。
映画評論家の田山力哉は、評価できるのは『蒲田行進曲』くらいで、角川映画は札束映画、前売券をバラまいて日本映画はひどいものという印象を与えたとこき下ろした[61]。
映画ジャーナリストの大高宏雄は、角川春樹時代の角川映画は映画製作本数が65本、製作会社としては空前の総配給収入463億円、当時の日本映画歴代配収ベスト50位の中に12番組がランクインと、20年近く、日本映画を興行的側面から支えてきた功績を指摘している[62]。東映・東宝・松竹の大手3社はその恩恵を受け、自らは製作部門を分離するなか、最もリスクの多い映画の製作という役割を角川映画が引き受け、または、角川映画に引き受けさせたとも分析している[62]。
映画評論家の増當竜也によれば、観客から支持されても映画評論家や映画マスコミからは「ヒットはしても中身はない」と言われた角川映画のイメージは、『人間の証明』[注釈 7]・『野性の証明』[注釈 8]の「証明2部作」によって決定づけられた[63][64]。
マッドハウス社長であった丸山正雄は、角川アニメが子供向けではないアニメ映画の制作されるきっかけになったとし、アニメーションの歴史においても大きな影響を与えたとの考えを述べている[65]。また、角川春樹がスタッフの自由にやらせ、古いものを壊し新しい要素を取り入れていったことも重要であったとしている[65]。
配給収入
No. | 公開年 | タイトル | 配給収入[注釈 9] (単位:億円[注釈 10]) |
---|---|---|---|
1 | 1976年 | 犬神家の一族 | 15.6 |
2 | 1977年 | 人間の証明 | 22.5 |
3 | 1978年 | 野性の証明 | 21.8 |
4 | 1979年 | 悪魔が来りて笛を吹く | 7.3 |
5 | 1979年 | 白昼の死角 | 6.1 |
6 | 1979年 | 蘇える金狼/金田一耕助の冒険 | 10.4 |
7 | 1979年 | 戦国自衛隊 | 13.5 |
8 | 1980年 | 復活の日 | 24.0 |
9 | 1980年 | 野獣死すべし/ニッポン警視庁の恥といわれた二人 刑事珍道中 | 7.3 |
10 | 1981年 | スローなブギにしてくれ | 3.9 |
11 | 1981年 | 魔界転生 | 10.5 |
12 | 1981年 | ねらわれた学園/東宝映画『ブルージーンズメモリー』 | 12.5 |
13 | 1981年 | 悪霊島/蔵の中 | 9.3 |
14 | 1981年 | セーラー服と機関銃[注釈 11]/東映映画『燃える勇者』 | 23.0 |
15 | 1982年 | 化石の荒野 | 2.6 |
16 | 1982年 | 蒲田行進曲[注釈 12]/この子の七つのお祝いに | 17.6 |
17 | 1982年 | 汚れた英雄/伊賀忍法帖 | 16.0 |
18 | 1983年 | 幻魔大戦 | 10.6 |
19 | 1983年 | 探偵物語/時をかける少女[注釈 13] | 28.0 |
20 | 1983年 | 里見八犬伝 | 23.2 |
21 | 1984年 | 少年ケニヤ/短編アニメ『スヌーピーとチャーリー』 | 6.5 |
22 | 1984年 | 晴れ、ときどき殺人/湯殿山麓呪い村 | 3.9 |
23 | 1984年 | メイン・テーマ/愛情物語 | 18.5 |
24 | 1984年 | 麻雀放浪記/いつか誰かが殺される | 5.1 |
25 | 1984年 | Wの悲劇/天国にいちばん近い島 | 15.5 |
26 | 1985年 | カムイの剣/ボビーに首ったけ | 2.1 |
27 | 1985年 | 友よ、静かに瞑れ/結婚案内ミステリー | 1.4 |
28 | 1985年 | 早春物語/二代目はクリスチャン | 12.5 |
29 | 1986年 | キャバレー/彼のオートバイ、彼女の島 | 9.5 |
30 | 1986年 | オイディプスの刃 | 0.8 |
31 | 1986年 | 時空の旅人/火の鳥 鳳凰編 | 2.3 |
32 | 1987年 | 黒いドレスの女/恋人たちの時刻 | 2.5 |
33 | 1988年 | 花のあすか組!/ぼくらの七日間戦争 | 3.3 |
34 | 1989年 | 宇宙皇子/ファイブスター物語 | 4.0 |
35 | 1989年 | 花の降る午後 | 3.0 |
36 | 1990年 | 天と地と[注釈 14] | 50.5 |
37 | 1991年 | 天河伝説殺人事件 | 4.9 |
38 | 1991年 | 幕末純情伝/ぼくらの七日間戦争2 | 8.6 |
39 | 1991年 | アルスラーン戦記/サイレントメビウス | 3.5 |
40 | 1992年 | 風の大陸 | アルスラーン戦記II/サイレントメビウス2/2.4 |
41 | 1992年 | ルビー・カイロ | 2.5 |
42 | 1993年 | REX 恐竜物語 | 22.0 |
映画主題歌
順位 | 曲名 | 歌手 | 映画名 | オリコン売上 | |
---|---|---|---|---|---|
単位:万枚 | 出典 | ||||
1 | セーラー服と機関銃 | 薬師丸ひろ子 | セーラー服と機関銃 | 86.5 | [68] |
2 | 探偵物語 | 薬師丸ひろ子 | 探偵物語 | 84.1 | [68] |
3 | 守ってあげたい | 松任谷由実 | ねらわれた学園 | 69.5 | [69] |
4 | 時をかける少女 | 原田知世 | 時をかける少女 | 58.7 | [70] |
5 | 人間の証明のテーマ | ジョー山中 | 人間の証明 | 51.7 | [71] |
6 | メイン・テーマ | 薬師丸ひろ子 | メイン・テーマ | 51.2 | [68] |
7 | 恋人も濡れる街角 | 中村雅俊 | 蒲田行進曲 | 47.7 | [72] |
8 | Woman "Wの悲劇"より | 薬師丸ひろ子 | Wの悲劇 | 37.3 | [73] |
9 | 汚れた英雄 | ローズマリー・バトラー | 汚れた英雄 | 35.0 | [74] |
10 | 愛情物語 | 原田知世 | 愛情物語 | 32.1 | [70] |
角川歴彦時代
角川書店製作時代
1993年の角川春樹の社長辞職以後も、社長に就任した弟の角川歴彦によって出版と映像のメディアミックス路線は継承された。ただし、春樹時代のようにプロデューサーの強烈な個性は発揮されず、製作委員会方式が多くなっており、角川春樹の頃のように積極的に「角川映画」をアピールしなかった。1995年に日本映画の製作と外国映画の輸入、単館系配給を行うヘラルド・エースと提携して、エースピクチャーズとし、角川書店の子会社とした。1997年になって『パラサイト・イヴ』『失楽園』『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 シト新生』を元旦の新聞広告で「新角川映画始動!」と角川映画の再開を正式に謳った[75]。
1998年になってエースピクチャーズは、住友商事の子会社で外国映画の輸入と単館系配給、ビデオグラムの販売を行うアスミックと合併し、アスミック・エースエンタテインメントになる。
角川映画株式会社製作時代
2002年に、経営不振に陥っていた大映とその親会社である徳間書店は、過去の作品資産や調布市の大映スタジオを含めた全事業を、角川書店へ売却することで合意した。ただし、大映テレビは徳間の資本下ではなかったため、これに含まれていない。同年11月に角川書店は株式会社角川大映映画を設立し、大映の事業を同社が譲り受ける新旧分離方式による買収となった。
2004年、角川大映映画と角川本体で映画事業を行っていた角川書店エンタテイメント事業部、テレビドラマ等の映像製作会社のトスカドメインを統合させ、商号を角川映画株式会社とした。
2005年、外国映画の輸入・配給を営む日本ヘラルド映画(ヘラルドグループの中核企業)を角川グループが買収、角川映画と合併し、角川ヘラルド・ピクチャーズに名称を変更した。その後の2006年に、商号を角川ヘラルド映画株式会社とした。1年後の2007年に、同社は再び社名を「角川映画株式会社」に変更した。日本ヘラルド映画を買収したことで、アスミック・エースエンタテインメントの出資比率を下げていき、2010年に角川グループから離脱。
DVD類のビデオグラム事業に関しては、角川書店が擁する邦画(従来の角川映画)・アニメ作品に加え、大映作品・日本ヘラルドおよびアスミックがソフト発売権を有する洋画作品(2009年までアスミックが販売・発売権を有していたドリームワークス作品を含む)の発売元として角川エンタテインメントが担っていたが、2009年に角川映画に吸収合併されている。
一連のM&Aの結果、それ以前の角川書店が行ってきたゲーム・アニメ作品や小説作品の映画化に関わる制作・出資という役割に加え、大映の流れから自前のスタジオ施設・人員による邦画の製作が可能となった。また、ヘラルドの流れから海外作品の配給に積極的に取り組み、角川書店グループのバックグランドによってノベライズの刊行を盛んに行っている。その展開は一層強まっており、こうした映画・映像関連の部門は角川映画株式会社を中核とした事業体制になったことで、完全に固まったものとなっている。
なお、旧・日本ヘラルドは映画興行事業(シネプレックス)を行なう子会社「ヘラルド・エンタープライズ」を抱えており、この買収により、従来の角川書店・旧大映による製作部門に加え、映画館運営・ミニシアター系の配給まで一貫して手がけられることとなり、製作・配給・興行を自前で一貫して行えるメジャーの一角に食い込むようになった。ただし、配給網は既存大手3社(松竹、東宝、東映)と比べて大きいとは言えず、『沈まぬ太陽』など大作や話題作については、東宝の配給網を借りる形で劇場公開されている。2006年には新宿三丁目に所在する三和興行所有の新宿文化シネマ(同年9月閉館)を借り上げる形で同年12月に直営のミニシアター(角川シネマ新宿)を、2011年2月には旧シネカノン有楽町1丁目跡に角川シネマ有楽町をオープンし、旧ヘラルドの配給網の有効活用を模索していた。2013年3月にはかつて出資したこともあるユナイテッド・シネマの持株会社、ユナイテッド・エンターテインメント・ホールディングス(UEH)と戦略的業務提携を締結、角川シネプレックス(13サイト)を譲渡し角川シネマの2サイトを除いて映画館運営から撤退したが、映画配給や周辺事業に関してUEHと協業を進めていくこととなる。
2005年11月に角川ホールディングス・チャイナが、香港の映画配給・シネコン事業の持株会社Intercontinental Group Holdings Ltd.を買収し、中国映画館市場に参入、香港6サイトと中国広東省2サイトの映画館運営をしていたが[76]、2013年8月に小室哲哉が創業した旧Rojam Entertainmentを傘下に持つeSun Holdings Limited(Lai Sun Group)に売却。2018年現在は、KADOKAWAの持分法適用会社(香港・新華集団との合弁会社)Sun Wah Kadokawa (Hong Kong) Group Ltd.の子会社が中国での映画館事業を行っている。
2011年1月1日に、出版と映像の一体化によるメディアミックスの強化を目的として角川書店(三代目法人)と角川映画が合併し、法人としての角川映画は消滅、以後「角川映画」は角川書店・角川グループの映像事業ブランドとして存続することとなった。
KADOKAWA製作時代
2013年には角川書店(三代目法人)がKADOKAWA(角川グループホールディングスより社名変更)に吸収合併され、「角川映画」はKADOKAWAの映画事業という扱いになっている。
近年では、劇場アニメ配給レーベル「角川ANIMATION」を立ち上げた。当レーベルでは、『ノーゲーム・ノーライフ ゼロ』や『劇場版 メイドインアビス 深き魂の黎明』などのメディアミックスとしての劇場アニメの配給を主に行っている。
主な映画作品
※公開年月のみ記載の作品は配給映画
1970年代
- 犬神家の一族(1976年 10月公開、配給:東宝)
- 人間の証明(1977年 10月公開、配給:東映)
- 野性号の航海 翔べ 怪鳥モアのように(1978年 5月公開、配給:日本ヘラルド)
- 野性の証明(1978年 10月公開、配給:東映・日本ヘラルド)
- 悪魔が来りて笛を吹く(1979年 1月公開、東映、角川春樹個人がプロデューサーに迎えられた純粋の東映映画である)
- 白昼の死角(1979年 4月公開、東映、同上)
- 金田一耕助の冒険(1979年 7月公開、配給:東映)
- 蘇える金狼(1979年 8月公開、配給:東映)
- 戦国自衛隊(1979年 12月公開、配給:東宝)
1980年代
- 復活の日(1980年 6月公開、配給:東宝)
- 野獣死すべし(1980年 10月公開、配給:東映)
- ニッポン警視庁の恥といわれた二人 刑事珍道中(1980年 10月公開、配給:東映)
- スローなブギにしてくれ(1981年 3月公開、配給:東映)
- 魔界転生(1981年 6月公開、東映)
- ねらわれた学園(1981年 7月公開、配給:東宝)
- 悪霊島(1981年 10月公開、配給:東映・日本ヘラルド)
- 蔵の中(1981年 10月公開、配給:東映セントラルフィルム)
- セーラー服と機関銃(1981年 12月公開、配給:東映)
- 化石の荒野(1982年 4月公開、配給:東映)
- 蒲田行進曲(1982年 10月公開、配給:松竹)
- この子の七つのお祝いに(1982年 10月公開、配給:松竹)
- 汚れた英雄(1982年 12月公開、配給:東映)※ポニーより劇場公開と同時にビデオグラムを発売[77]。
- 伊賀忍法帖(1982年 12月公開、配給:東映)
- 幻魔大戦(1983年 3月公開、配給:東宝東和)※アニメーション
- 探偵物語(1983年 7月公開、配給:東映)
- 時をかける少女(1983年 7月公開、配給:東映)
- 里見八犬伝(1983年 12月公開、配給:東映)
- 少年ケニヤ(1984年 3月公開、配給:東映)※アニメーション、角川アニメ第2弾
- 晴れ、ときどき殺人(1984年 5月公開、配給:東映セントラルフィルム)
- 湯殿山麓呪い村(1984年 5月公開、配給:東映セントラルフィルム)
- メイン・テーマ(1984年 7月公開、配給:東映)
- 愛情物語(1984年 7月公開、配給:東映)
- 麻雀放浪記(1984年 10月公開、配給:東映)
- いつか誰かが殺される(1984年 10月公開、配給:東映)
- Wの悲劇(1984年 12月公開、配給:東映)
- 天国にいちばん近い島(1984年 12月公開、配給:東映)
- カムイの剣(1985年 3月公開、配給:東映)※アニメーション
- ボビーに首ったけ(1985年 3月公開、配給:東映)※アニメーション
- 友よ、静かに瞑れ(1985年 6月公開、配給:東映セントラルフィルム)
- 結婚案内ミステリー(1985年 6月公開、配給:東映セントラルフィルム)
- 早春物語(1985年 9月公開、東宝と共同配給)
- 二代目はクリスチャン(1985年 9月公開、東宝と共同配給)
- キャバレー(1986年 4月公開、配給:東宝)
- 彼のオートバイ、彼女の島(1986年 4月公開、配給:東宝)
- オイディプスの刃(1986年 9月公開、配給:東宝)
- 時空の旅人(1986年 12月公開、配給:東宝)※アニメーション
- 火の鳥 鳳凰編(1986年 12月公開、配給:東宝)※アニメーション
- 黒いドレスの女(1987年 3月公開、配給:東宝)
- 恋人たちの時刻(1987年 3月公開、配給:東宝)
- 迷宮物語(1987年 9月東京国際ファンタスティック映画祭にて上映)※アニメーション
- 花のあすか組!(1988年 8月公開、配給:東宝)
- ぼくらの七日間戦争(1988年 8月公開、配給:東宝)
- 妖精王(1988年 12月公開)※アニメーション
※以上、昭和時代作品。
1990年代
- 天と地と(1990年6月、配給:東映)※角川映画15周年記念作品
- ロードス島戦記第1部伝説への序章 第2部炎の出発(1990年9月、配給:東映クラシックフィルム)※アニメーション
- 天上編 宇宙皇子(1990年9月、配給:東映クラシックフィルム)※アニメーション
- 天河伝説殺人事件(1991年3月、配給:東映)※角川映画15周年記念作品
- 幕末純情伝(1991年7月、配給:松竹)
- ぼくらの七日間戦争2(1991年7月、配給:松竹)
- サイレントメビウス(1991年8月、配給:松竹)※アニメーション
- アルスラーン戦記(1991年8月、配給:松竹)※アニメーション
- 風の大陸(1992年7月、配給:松竹)※アニメーション
- サイレントメビウス2(1992年7月、配給:松竹)※アニメーション
- アルスラーン戦記II(1992年7月、配給:松竹)※アニメーション
- ルビー・カイロ(1992年12月、配給:松竹富士)※アメリカ映画
- REX 恐竜物語(1993年7月、配給:松竹)
- スレイヤーズ(1995年7月、配給:東映)※アニメーション
- レジェンド・オブ・クリスタニア(1995年7月、配給:東映)※アニメーション
- 劇場版 天地無用! in LOVE(1996年4月、配給:ギャガ・コミュニケーションズ)※アニメーション
- X(1996年8月、配給:東映)※アニメーション
- スレイヤーズRETURN(1996年8月、配給:東映)※アニメーション
- 八つ墓村(1996年10月、配給:東宝)
- パラサイト・イヴ(1997年2月、配給:東宝)
- 魔法学園ルナ 青い竜の秘密すっぽこ魔法作戦(1997年3月、配給:東映)※アニメーション
- 新世紀エヴァンゲリオン劇場版 シト新生(1997年3月、配給:東映)※アニメーション
- 失楽園(1997年5月、配給:東映)
- 新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に(1997年7月、配給:東映)※アニメーション
- スレイヤーズぐれえと(1997年8月、配給:東映)※アニメーション
- 天地無用!真夏のイヴ(1997年8月、配給:東映)※アニメーション
- リング(1998年1月、配給:東宝)
- らせん(1998年1月、配給:東宝)
- REVIVAL OF EVANGELION 新世紀エヴァンゲリオン劇場版 DEATH (TRUE)² / Air / まごころを、君に(1998年3月、配給:東映)※アニメーション
- 女刑事RIKO 聖母の深き淵(1998年4月、配給:エースピクチャーズ)
- MAZE☆爆熱時空 天変脅威の大巨人(1998年4月、配給:東映)※アニメーション
- ようこそロードス島へ!(1998年4月、配給:東映)※アニメーション
- 不夜城(1998年6月、配給:東映・アスミック・エース エンタテインメント)
- 機動戦艦ナデシコ -The prince of darkness-(1998年8月、配給:東映)※アニメーション
- スレイヤーズ ごうじゃす(1998年8月、配給:東映)※アニメーション
- 愛を乞うひと(1998年9月、配給:東宝)
- 始皇帝暗殺(1998年11月、配給:日本ヘラルド映画)※中国・日本・フランス合作
- リング2(1999年1月、配給:東宝)
- 死国(1999年1月、配給:東宝)
- 天地無用! in LOVE2 遙かなる想い(1999年4月、配給:ギャガ・コミュニケーションズ)※アニメーション
- 金融腐蝕列島 呪縛(1999年9月、配給:東宝)
- 黒い家(1999年11月、配給:東宝)
2000年代
- リング0 バースデイ(2000年1月、配給:東宝)
- 十三番目の人格 ISOLA(2000年1月、配給:東宝)
- 映画おじゃる丸 約束の夏 おじゃるとせみら(2000年7月、配給:東映)※アニメーション
- 六門天外モンコレナイト 伝説のファイアドラゴン(2000年7月、配給:東映)※アニメーション
- 仮面学園(2000年8月、配給:東映)
- 死者の学園祭(2000年8月、配給:東映)
- 狗神(2001年1月、配給:東宝)
- 弟切草(2001年1月、配給:東宝)
- 時の香り リメンバー・ミー(2001年、配給:ドラゴン・フィルム)
- 冷静と情熱のあいだ(2001年、配給:東宝)
- サクラ大戦 活動写真(2001年12月、配給:東映)※アニメーション
- スレイヤーズぷれみあむ(2001年12月、配給:東映)※アニメーション
- Di Gi Charat 星の旅(2001年12月、配給:東映)※アニメーション
- 短編 あずまんが大王 THE ANIMATION(2001年12月、配給:東映)※アニメーション
- 仄暗い水の底から(2002年1月、配給:東宝)
- 恋に唄えば(2002年11月、配給:東映)
- 青の炎(2003年3月、配給:東宝)
- 魔界転生(2003年4月、配給:東映)
- 着信アリ(2004年1月、配給:東宝)※角川大映映画第1回製作作品。
- 嗤う伊右衛門(2004年2月、配給:東宝)
- インストール(2004年12月、エンジェル・シネマと共同配給)
- ベロニカは死ぬことにした(2006年2月)
- 着信アリ2(2005年2月、配給:東宝)
- 戦国自衛隊1549(2005年6月、配給:東宝)
- 妖怪大戦争(2005年8月、配給:松竹)
- 疾走(2005年12月、エンジェル・シネマと共同配給)
- 超劇場版ケロロ軍曹(2006年3月)※アニメーション。※第1回角川ヘラルド映画作品。
- 小さき勇者たち〜ガメラ〜(2006年4月、配給:松竹)
- 着信アリFinal(2006年6月、配給:東宝)
- 時をかける少女(2006年7月)※アニメーション
- ラブサイコ[78](2006年7月、配給:ジャパン・デジタル・コンテンツ信託)※角川ホラーシネマ第3弾
- 幻遊伝(2006年8月) ※日本・台湾合作
- アジアンタムブルー(2006年11月)
- 犬神家の一族(2006年12月、配給:東宝)※角川映画30周年記念作品
- となり町戦争(2007年3月)
- バッテリー(2007年3月、配給:東宝)
- 超劇場版ケロロ軍曹2 深海のプリンセスであります!/ちびケロ ケロボールの秘密!?(2007年3月)※アニメーション
- 劇場版 灼眼のシャナ(2007年4月)※アニメーション
- 劇場版キノの旅 the Beautiful World 病気の国 For You(2007年4月)※アニメーション
- いぬかみっ! THE MOVIE 特命霊的捜査官・仮名史郎っ!(2007年4月)※アニメーション
- ドリーム・クルーズ(2007年5月)※アメリカ映画
- 初雪の恋 ヴァージン・スノー(2007年5月)※日本・韓国合作
- 転校生 -さよなら あなた- (2007年6月)
- サウスバウンド(2007年10月)
- 鳳凰 わが愛(2007年11月)※日本・中国合作
- 超劇場版ケロロ軍曹3 ケロロ対ケロロ天空大決戦であります!/武者ケロ お披露目!戦国ラン星大バトル!!(2008年3月)※アニメーション
- 口裂け女2(2008年3月、配給:ジョリー・ロジャー)
- カンフーくん(2008年)
- 歓喜の歌(2008年2月、配給:シネカノン)
- DIVE!!(2008年6月)
- ワン・ミス・コール(2008年7月)※アメリカ映画
- 悪魔のリズム(Guantanamero)(2008年10月)※イギリス・スペイン合作
- その日のまえに(2008年11月)
- ジュテーム〜わたしはけもの(2008年11月、アンプラグドと共同配給)
- 空へ-救いの翼 RESCUE WINGS-(2008年12月)
- 禅 ZEN(2009年1月)
- 旭山動物園物語 ペンギンが空をとぶ(2009年2月)
- 超劇場版ケロロ軍曹 撃侵ドラゴンウォリアーズであります!/ケロ0 出発だよ! 全員集合!!(2009年3月)※アニメーション
- ドロップ(2009年3月)
- インスタント沼(2009年5月、アンプラグドと共同配給)
- いけちゃんとぼく(2009年6月)
- ロボゲイシャ(2009年10月)
- 沈まぬ太陽(2009年10月、配給:東宝)
2010年代
- 板尾創路の脱獄王(2010年1月)
- 涼宮ハルヒの消失(2010年2月、クロックワークスと共同配給)※アニメーション
- 人間失格(2010年2月)
- 超劇場版ケロロ軍曹 誕生!究極ケロロ 奇跡の時空島であります!!/超電影版SDガンダム三国伝 Brave Battle Warriors(2010年2月)※アニメーション
- 誘拐ラプソディー(2010年4月)
- いばらの王 -King of Thorn-(2010年5月)※アニメーション
- ヒーローショー(2010年5月)
- ロストクライム -閃光-(2010年7月)
- オカンの嫁入り(2010年9月)
- ヌードの夜/愛は惜しみなく奪う(2010年10月、配給:クロックワークス)
- 死刑台のエレベーター(2010年10月)
- 最後の忠臣蔵(2010年12月)
- 嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん(2011年)
- 漫才ギャング(2011年3月)
- 劇場版 そらのおとしもの 時計じかけの哀女神(エンジェロイド)(2011年6月)※アニメーション
- 日輪の遺産(2011年8月)
- 夜明けの街で(2011年10月)
- ギャルバサラ -戦国時代は圏外です-(2011年11月)
- 源氏物語 千年の謎(2011年12月、配給:東宝)
- 月光ノ仮面(2012年1月)
- 劇場版テンペスト3D(2012年)
- キツツキと雨(2012年)
- ストライクウィッチーズ 劇場版(2012年)※アニメーション
- ももへの手紙(2012年)※アニメーション
- 貞子3D(2012年)
- 愛と誠(2012年、東映と共同配給)
- 図書館戦争 革命のつばさ(2012年)※アニメーション
- Another アナザー(2012年、配給:東宝)
- 天地明察(2012年)
- 愛を歌うより俺に溺れろ!(2012年8月)
- BUNGO〜ささやかな欲望〜(2012年)
- 花の詩女 ゴティックメード(2012年)※アニメーション
- 私の奴隷になりなさい(2012年11月)
- 映画 鈴木先生(2013年、テレビ東京と共同配給)
- 劇場版 STEINS;GATE 負荷領域のデジャヴ(2013年)※アニメーション
- 体脂肪計タニタの社員食堂(2013年)
- フィギュアなあなた(2013年)
- 貞子3D2(2013年)
- 甘い鞭(2013年)
- 赤×ピンク(2014年)
- パズル(2014年)
- バイロケーション(2014年)
- 劇場版 世界一初恋〜横澤隆史の場合〜(2014年)※アニメーション
- サンブンノイチ(2014年)
- そらのおとしものFinal 永遠の私の鳥籠(2014年)※アニメーション
- ライヴ(2014年)
- 最近、妹のようすがちょっとおかしいんだが。(2014年)
- 万能鑑定士Q -モナ・リザの瞳-(2014年、配給:東宝)
- ちょっとかわいいアイアンメイデン(2014年)
- ルパン三世(2014年、配給:東宝)
- 鬼灯さん家のアネキ(2014年)
- ストライクウィッチーズ Operation Victory Arrow Vol.1 サン・トロンの雷鳴(2014年)※アニメーション
- 劇場版 零 ゼロ(2014年)
- ストライクウィッチーズ Operation Victory Arrow Vol.2 エーゲ海の女神(2015年)※アニメーション
- ストライクウィッチーズ Operation Victory Arrow Vol.3 アルンヘムの橋(2015年)※アニメーション
- Zアイランド(2015年、吉本興業と共同配給)
- GONIN サーガ(2015年、ポニーキャニオンと共同配給)
- グラスホッパー(2015年、松竹と共同配給)
- 紅殻のパンドラ(2015年)※アニメーション
- セーラー服と機関銃 -卒業-(2016年)※角川映画40周年記念作品
- エヴェレスト 神々の山嶺(2016年、配給:東宝・アスミック・エース)
- のぞきめ(2016年)
- 太陽(2016年)
- 貞子vs伽椰子(2016年)※角川映画40周年記念作品
- 君の名は。(2016年、配給:東宝、製作委員会参加)※アニメーション
- カノン(2016年)
- 聖の青春(2016年)※角川映画40周年記念作品
- 劇場版 艦これ(2016年)※角川映画40周年記念作品 アニメーション
- ハルチカ(2017年)※角川映画40周年記念作品
- 劇場版総集編 オーバーロード 不死者の王(2017年)※アニメーション
- ターシャ・テューダー 静かな水の物語(2017年)
- 破裏拳ポリマー(2017年)
- 吉田類の「今宵、ほろ酔い酒場で」(2017年)
- 結婚(2017年)
- ノーゲーム・ノーライフ ゼロ(2017年)※アニメーション(角川ANIMATION名義)
- ナミヤ雑貨店の奇蹟(2017年、松竹と共同配給)
- 氷菓(2017年)※角川映画40周年記念作品
- こいのわ 婚活クルージング(2017年)
- 最低。(2017年)
- 劇場版Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ 雪下の誓い(2017年)※アニメーション(角川ANIMATION名義)
- ザ・リング/リバース(2018年)※アメリカ映画
- 空海-KU-KAI- 美しき王妃の謎(2018年、東宝と共同配給)※中国・日本合作
- 劇場版 文豪ストレイドッグス DEAD APPLE(2018年)※アニメーション(角川ANIMATION名義)
- 家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。(2018年)
- 劇場版 のんのんびより ばけーしょん(2018年)※アニメーション(角川ANIMATION名義)
- Re:ゼロから始める異世界生活 Memory Snow(2018年)※アニメーション
- ビブリア古書堂の事件手帖(2018年)
- 私の奴隷になりなさい第2章 ご主人様と呼ばせてください(2018年)
- 私の奴隷になりなさい第3章 おまえ次第(2018年)
- ハード・コア(2018年)
- 劇場版 幼女戦記(2019年)※アニメーション(角川ANIMATION名義)
- 劇場版総集編 メイドインアビス 【前編】旅立ちの夜明け(2019年)※アニメーション(角川ANIMATION名義)
- 劇場版総集編 メイドインアビス 【後編】放浪する黄昏(2019年)※アニメーション(角川ANIMATION名義)
- チワワちゃん(2019年)
- ソローキンの見た桜(2019年)
- パンドラとアクビ(2019年)※アニメーション(角川ANIMATION名義)
- 殺人鬼を飼う女(2019年)
- 貞子(2019年)
- 新聞記者(2019年、配給:スターサンズ/イオンエンターテイメント、製作委員会参加)
- 天気の子(2019年、配給:東宝、製作委員会参加)※アニメーション
- よこがお(2019年)
- 映画 この素晴らしい世界に祝福を!紅伝説(2019年)※アニメーション(角川ANIMATION名義)
- いなくなれ、群青(2019年、エイベックス・ピクチャーズと共同配給)
- 初恋ロスタイム(2019年)
- 宮本から君へ(2019年、スターサンズと共同配給)
- 空の青さを知る人よ(2019年、配給:東宝、製作委員会参加)※アニメーション
- 楽園(2019年)
- 冴えない彼女の育てかた Fine(2019年、配給:アニプレックス、製作委員会参加)※アニメーション
- 最初の晩餐(2019年)
- 殺さない彼と死なない彼女(2019年、ポニーキャニオンと共同配給)
2020年代
- ロマンスドール(2020年)
- 劇場版メイドインアビス 深き魂の黎明(2020年)※アニメーション(角川ANIMATION名義)
- 阪神タイガース THE MOVIE~猛虎神話集~(2020年)
- Fukushima 50(2020年、 松竹と共同配給)
- 劇場版 ひみつ×戦士 ファントミラージュ! ~映画になってちょーだいします~(2020年、 イオンエンターテイメントと共同配給)
- 宇宙でいちばんあかるい屋根(2020年)
- 望み(2020年)
- ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ(2020年)
- 水上のフライト(2020年)
- 滑走路(2020年)
- ジョゼと虎と魚たち(2020年、松竹と共同配給)※アニメーション
- ネズラ1964(2021年)
- ヤクザと家族 The Family(2021年、スターサンズと共同配給)
- ファーストラヴ(2021年)
- 劇場版 ポリス×戦士 ラブパトリーナ!〜怪盗からの挑戦! ラブでパパッとタイホせよ!〜(2021年4月予定、イオンエンターテイメントと共同配給)
- クドわふたー(2021年5月予定)※アニメーション(角川ANIMATION名義)
- 映画大好きポンポさん(2021年6月予定)※アニメーション(角川ANIMATION名義)
- 妖怪大戦争 ガーディアンズ(2021年夏予定)
Webシネマ作品
テレビドラマ作品
- 電池が切れるまで(2004年、テレビ朝日、製作)
- 雨と夢のあとに(2005年、テレビ朝日、製作)
- 着信アリ(2005年、テレビ朝日、制作)
- サギ師リリ子(2009年、テレビ東京、製作)
- 監察医・篠宮葉月 死体は語るシリーズ(テレビ東京、製作)
- ボクら星屑のダンス(2011年、テレビ東京、製作)
- 松本清張特別企画・張込み(2011年、テレビ東京、製作)
- 松本清張特別企画・鉢植を買う女(2011年、テレビ東京、製作)
- 松本清張特別企画・聞かなかった場所(2011年、テレビ東京、製作)
- 葬儀屋松子の事件簿シリーズ(テレビ東京、製作)
- 松本清張没後20年特別企画 事故〜黒い画集〜(2012年、テレビ東京、製作)
- 立証〜離婚弁護士 香月佳美(2013年、テレビ東京、製作)
- 堂場瞬一サスペンス逸脱〜捜査一課・澤村慶司〜(2013年、フジテレビ、制作著作)
- 新・犯罪交渉人百合子(2013年、テレビ東京、製作)
- 「黄金のバンタム」を破った男(2014年、フジテレビ、制作著作)
- 堂場瞬一サスペンス執着〜捜査一課・澤村慶司2〜(2014年、フジテレビ、制作著作)
- 警視庁総務部縁結び課桜井はなの事件ファイル(2014年、フジテレビ、制作著作)
- 罪火(2014年、テレビ東京、製作)
- 事故調(2015年、テレビ東京、製作)
- 保身(2015年、テレビ東京、製作)
角川映画に関係する人物
※角川一族は除く。
- 阿部忠道 - 角川書店ソフト事業部元取締役。トスカドメイン元社長。
- 原正人 - エースピクチャーズ、アスミック・エース エンタテインメント元社長。
- 江川信也 - 角川書店元取締役エンタテインメント事業部長。角川映画株式会社元専務取締役。日本映画ファンド元社長。カドカワピクチャーズUSA元社長。
- 黒井和男 - 角川映画株式会社 (角川大映映画)初代社長。
- 井上泰一 - 旧・角川春樹事務所元取締役営業部長。角川映画株式会社二代目社長。
- 椎名保 - アスミック・エース エンタテインメント元社長。角川映画株式会社社長三代目社長。
- 井上伸一郎 - KADOKAWA代表取締役副社長執行役員。角川書店(三代目法人)元社長。
- 堀内大示 - KADOKAWA執行役員 IPEx事業本部副本部長 映像事業局長。日本映画ファンド社長。エンジェル・シネマ元社長。
- 小畑良治 - 角川映画株式会社元常務取締役。角川大映スタジオ社長。
- 菅原浩志 - 旧・角川春樹事務所元社員。「ぼくらの七日間戦争」で監督デビュー。
- 大川裕 - 旧・角川春樹事務所、角川書店、角川映画元社員。「花のあすか組!」「八つ墓村」「パラサイト・イヴ」「着信アリ」等に参加。
- 土川勉 - 角川大映スタジオ元取締役[80]。プロデューサーとして「戦国自衛隊1549」「沈まぬ太陽」等に参加。
- 井上文雄 - 角川映画の元プロデューサー。
- 椿宜和 - KADOKAWAのプロデューサー。「空海-KU-KAI- 美しき王妃の謎」等に参加。
脚注
注釈
- ^ 25~35億円とする資料もある。
- ^ 日本映画製作者連盟の数字を使用した[13]。中川右介の著書では製作費22億円、配給収入23億7000万円[14]。配給収入25億とする資料もある。
- ^ 23億は『燃える勇者』と二本立て、及び完璧版との合算[18]。中川右介の著書では22億8800万円[19]。
- ^ 劇場公開とビデオ発売が同日。ビデオも大ヒットする[30]。
- ^ フジテレビは元々東宝・松竹・大映が中心となって開局した経緯から、テレビドラマの制作で映画会社と関係が深かった。その中でも、劇場映画では、特に資本関係の強い東宝との提携を中心としていた。
- ^ 2005年12月をもって完全撤退し、跡地はキリンビール園となっている。
- ^ キネマ旬報ベスト・テン(映画評論家)50位、読者8位[63]。
- ^ キネマ旬報ベスト・テン(映画評論家)40位、読者7位[63]。
- ^ 1980年以降の配給収入10億円を越えた映画に関しては、日本映画製作者連盟のサイトをもとにした[13]。それ以外の映画に関しては、中川右介著の『角川映画 1976‐1986 日本を変えた10年』を参考にした[66]。
- ^ 百万円の位を四捨五入。
- ^ 翌年公開の『セーラー服と機関銃 完璧版』との合計[18]。興行収入は47億円[67]。
- ^ 翌年のアンコール上映との合計。
- ^ 興行収入は51億円[51]。
- ^ 興行収入は92億円[51]。
出典
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- ^ キネ旬1993、「角川映画の歩み」、p.58。
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- ^ 角川2005、p.140。
- ^ 井筒和幸『ガキ以上、愚連隊未満。』ダイヤモンド社、2010年、p.120
- ^ 樋口2004、p.147。
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- ^ 中島貞夫『遊撃の美学 映画監督中島貞夫』ワイズ出版、2004年、p.312
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- ^ a b ひげじい「キネマの天地とハリウッドに見る20世紀の映画事情」『20世紀死語辞典』20世紀死語辞典編集委員会編、太田出版、2000年、p.276
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- ^ 中川 2014, p. 155.
- ^ a b 1982年配給収入10億円以上番組 - 日本映画製作者連盟
- ^ 中川 2014, p. 268.
- ^ 中川 2014, pp. 160–161.
- ^ 中川 2014, p. 161.
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参考文献
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- 中川右介『角川映画 1976‐1986 日本を変えた10年』角川マガジンズ、2014年3月。ISBN 4-047-31905-8。
- 樋口尚文『『砂の器』と『日本沈没』: 70年代日本の超大作映画』筑摩書房、2004年3月。ISBN 978-4-480-87343-9。
- 『別冊映画秘宝VOL.2 アイドル映画30年史』洋泉社、2003年。ISBN 978-4-89691-764-2。
関連書籍
外部リンク
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- “角川映画祭”. KADOKAWA (2016年6月9日). 2016年7月5日閲覧。 音量注意
- “角川映画の40年”. 東京国立近代美術館フィルムセンター (2016年6月23日). 2016年7月7日閲覧。