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秋葉忠宏

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
秋葉 忠宏
名前
愛称 AKB[1]
カタカナ アキバ タダヒロ
ラテン文字 AKIBA Tadahiro
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1975-10-13) 1975年10月13日(49歳)
出身地 千葉県千葉市若葉区
身長 173cm[2]
体重 68kg[2]
選手情報
ポジション MF / DF(CB)
利き足 右足
ユース
1991-1993 日本の旗 市立船橋高校
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1994-1996 日本の旗 ジェフユナイテッド市原 54 (2)
1997 日本の旗 アビスパ福岡 0 (0)
1998 日本の旗 セレッソ大阪 5 (0)
1999-2004 日本の旗 アルビレックス新潟 204 (2)
2005-2006 日本の旗 徳島ヴォルティス 62 (2)
2006 日本の旗 ザスパ草津(loan) 11 (0)
2007-2008 日本の旗 ザスパ草津 68 (0)
2009-2010 日本の旗 SC相模原
通算 404 (5)
代表歴
1995  日本 U-20 4 (0)
1996  日本 U-23 1 (0)
監督歴
2009-2010 日本の旗 SC相模原
2013-2014 日本の旗 ザスパクサツ群馬
2020-2022 日本の旗 水戸ホーリーホック
2023- 日本の旗 清水エスパルス
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

秋葉 忠宏(あきば ただひろ、1975年10月13日 - )は、千葉県千葉市若葉区出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはミッドフィールダーディフェンダー(センターバック)。

来歴

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クラブ

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船橋市立船橋高等学校から1994年にジェフユナイテッド市原に入団。1995年からレギュラーとなり、主にボランチとして活躍。同年U-20日本代表として1995 FIFAワールドユース選手権に出場し、センターバックとしてチームの準々決勝進出に貢献した。翌1996年にはアトランタオリンピックのアジア予選を突破し、日本の28年ぶりの五輪出場に貢献。本大会のメンバーにも選出された。しかしナイジェリアとの試合でスタメンの田中誠の負傷退場によって急遽出場するもオウンゴールを犯してしまい、結果的にこの1失点が響き2勝しながらもグループリーグ敗退となった。同年のレギュラーシーズンは怪我などもあって出場機会が減少し、1997年にアビスパ福岡へ、1998年にセレッソ大阪へ、1999年にJ2アルビレックス新潟へ移籍。2001年シーズンの主将に就任。以後チームの中心選手として活躍し、献身的なプレーで2003年のチームのJ1昇格にも大きく貢献した。その後2005年に徳島ヴォルティスへ移籍。2006年9月からザスパ草津へ期限付き移籍を経て2007年に完全移籍[3]。2009年からは神奈川県社会人サッカーリーグSC相模原で監督兼選手としてプレー。2010年限りで退団し、現役を引退した。

現役引退後

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2011年から2012年まで水戸ホーリーホックのヘッドコーチを務めた。

2013年にザスパクサツ群馬の監督に就任。2014年シーズン終了をもって群馬の監督を退任した[4]

2014年12月、2016年リオデジャネイロオリンピックを目指すU-21日本代表のコーチに就任した[5]。2017年からは2019 FIFA U-20ワールドカップを目指すU-18日本代表のコーチに就任[6]。2020年1月付けで日本サッカー協会ナショナルコーチングスタッフの契約を満了する[7]

2020年から水戸ホーリーホックの監督に就任すると発表された[8]

2022年をもって水戸ホーリーホックの監督を退任することが発表された[9]

2023年に清水エスパルスのヘッドコーチに就任。4月にゼ・リカルドの後任として監督に就任[10]

2024年5月6日、ザスパ群馬戦に勝利し、J2通算100勝を達成した[11]

人物・エピソード

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所属クラブ

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個人成績

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国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
1994 市原 - J 1 0 0 0 0 0 1 0
1995 37 1 - 1 0 38 1
1996 16 1 9 0 0 0 25 1
1997 福岡 15 0 0 3 0 0 0 3 0
1998 C大阪 13 5 0 1 0 0 0 6 0
1999 新潟 22 J2 35 0 2 0 3 0 40 0
2000 6 32 1 2 0 3 0 37 1
2001 43 0 2 0 0 0 45 0
2002 41 1 - 3 0 44 1
2003 39 0 - 4 0 43 0
2004 J1 14 0 5 0 0 0 19 0
2005 徳島 17 J2 41 0 - 1 0 42 0
2006 21 1 - - 21 1
草津 30 11 0 - 2 0 13 0
2007 17 41 0 - 2 0 43 0
2008 27 0 - 0 0 27 0
2009 相模原 5 神奈川県2部 0 - - 0
2010 6 神奈川県1部 -
通算 日本 J1 73 2 18 0 1 0 92 2
日本 J2 331 3 6 0 18 0 355 3
日本 神奈川県1部 -
日本 神奈川県2部 0 - - 0
総通算 404 5 24 0 19 0 447 5

指導歴

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監督成績

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年度 所属 クラブ リーグ戦 カップ戦
順位 試合 勝点 勝利 引分 敗戦 リーグ杯 天皇杯
2009 神奈川県2部 相模原 優勝 11 33 11 0 0 - 県予選敗退
2010 神奈川県1部 優勝 11 29 9 2 0 - 県予選敗退
2013 J2 群馬 20位 42 40 9 13 20 - 2回戦敗退
2014 18位 42 49 14 7 21 - 4回戦敗退
2020 水戸 9位 42 58 16 10 16 - -
2021 10位 42 59 16 11 15 - 2回戦敗退
2022 13位 42 54 14 12 16 - 2回戦敗退
2023 清水 4位 35 69 20 9 6 GS敗退 2回戦敗退
  • 2009年、2010年は選手兼任
  • 2023年は途中就任

代表歴

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脚注

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  1. ^ @hollyhock_staff (2020年6月8日). "全体トレーニングが始まり今日で1週間❗️久しぶりにみんなに会えた喜びを歌とダンスで表現したAKB監督、、改め #秋葉忠宏 監督⚽️". X(旧Twitter)より2020年11月18日閲覧
  2. ^ a b c d 登録選手一覧表 Jリーグ 2008.12.12
  3. ^ 秋葉忠宏選手 ザスパ草津へ完全移籍のお知らせ』(プレスリリース)徳島ヴォルティス、2007年1月10日http://www.vortis.jp/news/detail.php?pressid=62018年10月24日閲覧 
  4. ^ 【トップチーム】秋葉忠宏監督 今季限りで退任のお知らせ ザスパクサツ群馬 オフィシャルサイト
  5. ^ 秋葉忠宏氏 U-21日本代表タイ・バングラデシュ遠征(12月11日~20日)コーチ選出のお知らせ』(プレスリリース)J's GOALザスパクサツ群馬)、2014年12月5日http://www.jsgoal.jp/official/00182000/00182516.html2014年12月5日閲覧 
  6. ^ “U18代表は影山雅永氏、U15は有馬氏が監督就任”. 日刊スポーツ. (2017年1月20日). https://www.nikkansports.com/soccer/japan/news/1767568.html 2018年10月24日閲覧。 
  7. ^ 秋葉忠宏ナショナルコーチングスタッフ 契約期間満了のお知らせ publisher=日本サッカー協会』(プレスリリース)2019年10月21日https://www.jfa.jp/national_team/u20_2019/news/00023177/2019年11月19日閲覧 
  8. ^ 秋葉 忠宏氏 2020シーズン監督就任のお知らせ』(プレスリリース)水戸ホーリーホック、2019年12月2日http://www.mito-hollyhock.net/news/167332019年12月2日閲覧 
  9. ^ 秋葉忠宏監督の来季契約について”. 水戸ホーリーホック公式サイト (2022年10月2日). 2022年10月17日閲覧。
  10. ^ 秋葉 忠宏 監督就任のお知らせ”. 清水エスパルス公式WEBサイト. 2023年4月3日閲覧。
  11. ^ J2清水 秋葉監督がJ2通算100勝を達成 「多くの方に支えてもらった」 - スポニチ Sponichi Annex サッカー”. スポニチ Sponichi Annex. 2024年9月28日閲覧。
  12. ^ 浅野もビックリ!? 超絶スルーパスに「初めてすごい選手だと…」 - ゲキサカ 2016.7.25

関連項目

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外部リンク

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