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大仲清治

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

大仲 清治おおなか せいじ[出典 1]1934年昭和9年〉12月15日[出典 2] - 没年不明)は、日本の元プロ野球選手、元俳優。旧芸名および別名は大仲 清二。身長183センチメートル、体重83キログラム[1]奈良県[3]五條市出身[1]

人物

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高校卒業後に阪急ブレーブス(現:オリックス・バファローズ)に入団するが、1954年に退団し[1]手塚勝巳が設立した東宝の野球部に移籍する[5]。その後、宝塚映画での俳優活動をきっかけに、1956年3月に東宝専属となり[1]、以降はジャンルを問わず数多くの映画に出演した。出演作品の多くはノンクレジットである[4]

183cmという長身から、『怪獣島の決戦 ゴジラの息子』ではゴジラミニラが並ぶシーンのゴジラのスーツアクターとして抜擢される。しかし、撮影の合間のキャッチボール中にボールを拾おうとしてマンホールに指を挟んだことで負傷してゴジラ役を降板したため、関田裕が代役として急遽起用されたというエピソードがある[6][3]

普段から「俺は野球のために東宝に来たから、役者はあんまり向いていない」と言っており、専属俳優制度が危うくなった際には真っ先に東宝系列のボウリング場への異動願を提出し、俳優を引退した。その後、「みんなも大仲を見習ってほしい」という上層部の声や異動先で係長に出世した大仲の姿を見て、異動を決意した俳優も多かったという。

没年は不明であるが、2016年に洋泉社から刊行された『特撮秘宝 VOL・3』には、故人である旨が記述されている[7]

主な出演作品

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映画

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テレビドラマ

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  • 快獣ブースカ
    • 第11話「ブー横丁の学習塾」(1967年):人間コング
    • 第33話「不思議なドンブラ島」・第34話「ドンブラ島の化け狸」(1967年):藤原純友の部下

脚注

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注釈

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  1. ^ 書籍『モスラ映画大全』では、新婚カップルと記述している[3]
  2. ^ ミニラ共演時[4]
  3. ^ 書籍『モスラ映画大全』では、防衛庁幹部と記述している[3]
  4. ^ ノンクレジット。

出典

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  1. ^ a b c d e f g 東宝特撮映画全史 1983, p. 528, 「怪獣・SF映画俳優名鑑」
  2. ^ a b c ゴジラ大百科 1993, p. 116, 構成・文 岩田雅幸「決定保存版 怪獣映画の名優名鑑」
  3. ^ a b c d e f g モスラ映画大全 2011, p. 33, 「脇役俳優辞典09」
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r 野村宏平、冬門稔弐「12月15日」『ゴジラ365日』洋泉社映画秘宝COLLECTION〉、2016年11月23日、360頁。ISBN 978-4-8003-1074-3 
  5. ^ a b c d 中島春雄 2010, p. 351.
  6. ^ 中島春雄 2010, pp. 162–163.
  7. ^ 『特撮秘宝』 vol.3、洋泉社〈洋泉社MOOK 別冊映画秘宝〉、2016年、225頁。ISBN 978-4-8003-0865-8 
  8. ^ 「俳優名鑑」『東宝特撮映画DVDコレクション』第9号、デアゴスティーニ・ジャパン、2010年2月16日、8頁、雑誌 22763-2/16。 
  9. ^ 東宝特撮映画全史 1983, pp. 535–537, 「主要特撮作品配役リスト」

出典(リンク)

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参考文献

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外部リンク

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