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「ダイワスカーレット」の版間の差分

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'''ダイワスカーレット'''({{Lang-en-short|Daiwa Scarlet}}、[[2004年]][[5月13日]] - )は、[[日本]]の[[競走馬]]、[[繁殖牝馬]]<ref name="jbis">{{Cite web |title=ダイワスカーレット|JBISサーチ(JBIS-Search) |url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000798369/|website=www.jbis.or.jp |accessdate=2022-02-06}}</ref>。主な勝ち鞍は[[2007年]]の[[桜花賞]]、[[秋華賞]]、[[エリザベス女王杯]]、[[2008年]]の[[有馬記念]]
'''ダイワスカーレット'''(欧字名:{{Lang|en|Daiwa Scarlet}}、[[2004年]][[5月13日]] - )は、[[日本]]の[[競走馬]]、[[繁殖牝馬]]<ref name="jbis">{{Cite web |title=ダイワスカーレット|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000798369/|website=www.jbis.or.jp |accessdate=2022-02-06}}</ref>。


通算成績12戦8勝2着4回、12戦12[[連対]]。19戦19連対の[[シンザン]]に次いで[[中央競馬]]史上第2位の「[[連対率100%の競走馬一覧|生涯連対]]{{Efn|出走した競走がすべて2着以内。}}」を記録した。2008年には、1971年[[トウメイ]]以来37年ぶり4例目となる牝馬の[[有馬記念]]({{GI}})優勝を達成。[[JRA賞最優秀父内国産馬]]部門の最後の受賞馬(2007年)である。
[[皐月賞]]などGI競走で5勝を挙げた[[ダイワメジャー]]は半兄(異父兄)。なお、ダイワメジャーの父がダイワスカーレットの祖父と同じ[[サンデーサイレンス]]であるため、3/4兄(血量が75%同じ)とも言われる。


同期の[[東京優駿]](日本ダービー)優勝牝馬、[[JRA顕彰馬|顕彰馬]]の[[ウオッカ (競走馬)|ウオッカ]]とは「ライバル」関係にあるとされ、5回対決して2勝2敗1分の五分五分。初対決となった2007年春[[チューリップ賞]]({{JpnIII}})で敗北し、直後の[[桜花賞]]({{JpnI}})で雪辱。秋の[[秋華賞]]({{JpnI}})を勝利して逆転したが、間を空けて約10か月ぶりの再会となった2008年[[天皇賞(秋)]]({{GI}})では2センチメートル先着を許し、意趣返しをされた。
== 競走馬時代 ==
=== 出生-デビュー前 ===
母・[[スカーレットブーケ]]は現役時代GIIIを4勝<ref>{{Cite web |url=https://race.sanspo.com/keiba/news/20180713/etc18071319150010-n1.html |title=ダイワスカーレット、メジャーの母スカーレットブーケ死す |website=サンスポZBAT!競馬 |date=2018-07-13 |accessdate=2020-12-27}}</ref>。繁殖牝馬としては、5番仔にGIを5勝の[[ダイワメジャー]]がいる。父・[[アグネスタキオン]]は現役時代の通算戦績4戦4勝、主な勝鞍は皐月賞。


その他の勝ち鞍に、2007年の[[エリザベス女王杯]]({{GI}})、[[ローズステークス]]({{JpnII}})。2008年の[[産経大阪杯]]({{GII}})。その他の表彰に、2007年の[[JRA賞最優秀3歳牝馬]]。祖母[[スカーレットインク]]に始まる「スカーレット一族」に属する。母は[[重賞]]4勝[[スカーレットブーケ]](父:[[ノーザンテースト]])、半兄は{{GI}}5勝の[[ダイワメジャー]](父:[[サンデーサイレンス]])である。
本馬は2004年5月13日に生まれた。生産者は[[北海道]][[千歳市]]の[[社台ファーム]]。


== デビューまで ==
馬名の由来は[[冠名]](ダイワ)+「スカーレット」は映画『[[風と共に去りぬ]]』の[[ヒロイン]]である[[スカーレット・オハラ]]にちなんでいるとされている<ref name="net081228">{{Cite web |url=http://www.netkeiba.com/news/?pid=news_view&no=33523&category=A |title=有馬記念アラカルト |author= |publisher=netkeiba.com |accessdate=2010-01-06 |date=2008-12-28}}</ref><ref group="注">「スカーレット」は、母スカーレットブーケ、その母スカーレットインクにも共通している。「[[スカーレット]]」は緋色のことで、スカーレットインクの父クリムゾンサタンの「[[クリムゾン]]」は「紅色」と訳される。</ref>。

=== 誕生までの経緯 ===

==== スカーレットインクとノーザンテースト ====
{{Main|スカーレットインク|ノーザンテースト}}
[[スカーレットインク]]は、1971年にアメリカ合衆国で生産された牝馬である<ref>{{Cite web |title=スカーレツトインク(USA)|JBISサーチ(JBIS-Search) |url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000381167/ |website=www.jbis.or.jp |accessdate=2022-03-20}}</ref>。名前の由来は、映画「[[風と共に去りぬ (映画)|風と共に去りぬ]]」の主人公[[スカーレット・オハラ|'''スカーレット'''・オハラ]]であった<ref name="優駿-2008-3-70">『優駿』2008年3月号 70頁</ref>。アメリカで競走馬としてデビューし1戦未勝利で引退。近親に目立った活躍馬はおらず、脚が曲がっていたが、スカーレットインクの3代母ユアホステスを高く見込んでいた日本の[[社台ファーム]]創業者、[[吉田善哉]]が[[繁殖牝馬]]として購入した<ref name="優駿-2008-3-70" />。1973年に日本に導入されたが、初年度から3番仔までの成績は今一つだった<ref name="優駿-2008-3-71">『優駿』2008年3月号 71頁</ref>。さらに続く4年間は、相手を取っ替え引っ替えするもすべて不受胎に終わっていた<ref name="優駿-2008-3-71" />。そしてその次の年にようやく受胎したのが[[ノーザンテースト]]であり、1982年に待望の4番仔が産まれていた<ref name="優駿-2008-3-71" />。

ノーザンテーストは、1972年に吉田善哉の長男で、アメリカの社台の拠点フォンテンブローファームの場長[[吉田照哉]]が幼駒として購入<ref name="優駿-2015-11-86">『優駿』2015年11月号 86頁</ref>。競走馬としてヨーロッパ{{G1}}を勝利した後、日本の社台で[[種牡馬]]として供用し、[[ダイナガリバー]]や[[アンバーシャダイ]]などをはじめとする活躍馬を輩出するなど、長く[[リーディングサイアー]]に君臨し続けていた<ref name="優駿-2015-11-86" />。

スカーレットインクは、そのノーザンテーストと何度も交配を行い、特に牝馬をいくつも出産する<ref>『優駿』2008年3月号 72頁</ref>。繁殖牝馬は年を取るにつれて産駒の成績が落ちる傾向にあったが、ノーザンテーストとの仔は重賞勝利を挙げるなど、今一つだった3番仔までを上回る活躍を見せた<ref name="優駿-2007-6-51">『優駿』2007年6月号 51頁</ref>。特に出世したのが重賞6勝を挙げた9番仔、17歳の時に産んだ牝馬[[スカーレットブーケ]]だった<ref name="優駿-2007-6-51" />。

==== スカーレットブーケとサンデーサイレンス系 ====
{{Main|スカーレットブーケ|サンデーサイレンス|アグネスタキオン}}
1988年に生産されたスカーレットブーケは、1991年の[[牝馬三冠]]競走を完走していた<ref name="優駿-2008-3-73">『優駿』2008年3月号 73頁</ref>。[[桜花賞]]は[[シスタートウショウ]]{{Efn|後にライバルとなるウオッカの大叔母である。シスタートウショウの全姉エナジートウショウの第2仔が「ウオッカの母」タニノシスターである。なお同レースには「『ウオッカの父[[タニノギムレット]]』の母」タニノクリスタルも出走していた。}}<ref>{{Cite web |title=スカーレット一族の先祖対決とオジサンの役割 - 島田明宏 {{!}} 競馬コラム |url=https://news.netkeiba.com/?pid=column_view&cid=40927 |website=netkeiba.com |accessdate=2022-03-20 |language=ja}}</ref>に敗れる4着、[[優駿牝馬]](オークス)は[[イソノルーブル]]に敗れる5着、[[エリザベス女王杯]]{{Efn|当時は、[[秋華賞]]が存在せず、三冠目は[[エリザベス女王杯]]だった。エリザベス女王杯は3歳牝馬限定(新年齢表記)の競走だった。}}は[[リンデンリリー]]に敗れる3着<ref name="優駿-2008-3-73" />。重賞は6勝しながらも{{JRAGI}}タイトルには届かずに引退し、社台ファームで繁殖牝馬となった<ref name="優駿-2008-3-73" />。初年度と2年目の交配相手には[[トニービン]]が選ばれたが、初仔は[[チューリップ賞]]({{JRAGIII}})2着、通算1勝。2番仔も中央競馬1勝、[[岩手競馬]]3勝に留まっていた<ref name="優駿-2008-3-73" />。そして3年目の交配相手に選ばれたのが、[[サンデーサイレンス]]だった<ref name="優駿-2008-3-73" />。サンデーサイレンスは、1990年に吉田善哉が種牡馬として日本に導入。多数の{{JRAGI}}優勝馬を送り出すなど活躍馬を輩出し、長くリーディングサイアーに君臨していた。

スカーレットブーケは、そのサンデーサイレンスと何度も交配を行い、仔を産み続けていた<ref name="優駿-2008-3-73" />。初めてとなるサンデーサイレンスの仔、3番仔[[スリリングサンデー]]は通算5勝<ref>{{Cite web |title=スリリングサンデー|JBISサーチ(JBIS-Search) |url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000308973/ |website=www.jbis.or.jp |accessdate=2022-03-20}}</ref>。4番仔グロリアスサンデーも通算5勝<ref>{{Cite web |title=グロリアスサンデー|JBISサーチ(JBIS-Search) |url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000316320/ |website=www.jbis.or.jp |accessdate=2022-03-20}}</ref>。2頭は[[社台レースホース|有限会社社台レースホース]]所有の競走馬だったが、5番仔は[[冠名]]「ダイワ」を用いる馬主[[大城敬三]]が所有して[[ダイワルージュ]]となった<ref>{{Cite web |url=http://www.plus-blog.sportsnavi.com/saikyokeiba/article/719 |title=【最強ヒストリー】 ダイワスカーレット 第2話 大いなる期待 |accessdate=2022-3-21 |publisher=[[競馬最強の法則]] |author=瀬戸慎一郎 |archivedate=2014‐7‐6 |archiveurl=https://web.archive.org/web/20140706113328/http://www.plus-blog.sportsnavi.com/saikyokeiba/article/719}}</ref><ref name="JBIS-ダイワルージュ">{{Cite web |title=ダイワルージュ|JBISサーチ(JBIS-Search) |url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000324986/ |website=www.jbis.or.jp |accessdate=2022-03-20}}</ref>。ダイワルージュは2000年の[[新潟3歳ステークス]]({{JRAGIII}})を優勝し、スカーレットブーケ産駒の初[[重賞]]勝利を届けている<ref name="JBIS-ダイワルージュ" />。おまけに[[阪神3歳牝馬ステークス]]や[[桜花賞]]では、いずれも[[テイエムオーシャン]]に敗れて2着、3着、{{JRAGI}}で入着するまで出世していた<ref name="JBIS-ダイワルージュ" />。その後のスカーレットブーケは、[[ナリタブライアン]]に浮気して6番仔を儲ける一年<ref name="JBIS-スカーレットブーケ牝系">{{Cite web |title=繁殖牝馬情報:牝系情報|スカーレットブーケ|JBISサーチ(JBIS-Search) |url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000213918/broodmare/info/ |website=www.jbis.or.jp |accessdate=2022-03-20}}</ref>、種付けを休む一年があったが<ref name="JAIRS-スカーレットブーケ血統" />、2年後の2000年からサンデーサイレンスとの交配を再開する<ref name="JBIS-スカーレットブーケ牝系" />。7番仔、8番仔を得て、2002年にサンデーサイレンスは死亡する。サンデーサイレンスを喪った直後2002年は、サンデーサイレンスの後継種牡馬[[スペシャルウィーク]]と交配し、9番仔を得ていた<ref name="JBIS-スカーレットブーケ牝系" />。
[[ファイル:Agnes tachyon.jpg|サムネイル|231x231ピクセル|[[アグネスタキオン]]]]
2003年5月5日、前年に続いて再びスペシャルウィークと種付けしたが、受胎はせずに相手を変更<ref name="JAIRS-スカーレットブーケ血統">{{Cite web |url=https://www.studbook.jp/users/ja/Honba.php?sid=151951302 |title=スカーレットブーケ(JPN) |accessdate=2022-3-20 |publisher=公益財団法人ジャパン・スタッドブック・インターナショナル |archiveurl=https://web.archive.org/web/20220320140010/https://www.studbook.jp/users/ja/Honba.php?sid=151951302 |archivedate=2022‐3-20}}</ref>。5月25日に同じくサンデーサイレンスの後継[[アグネスタキオン]]と種付けを実施している<ref name="JAIRS-スカーレットブーケ血統" />。この当時は、サンデーサイレンス亡きあとの後継争いが勃発しており、アグネスタキオンは社台が力を入れていた種牡馬だった<ref>『優駿』2007年6月号 53頁</ref>。それから1年後、2004年5月13日、[[北海道]][[千歳市]]の社台ファームにて10番仔となる父アグネスタキオンの栗毛の牝馬(後のダイワスカーレット)が誕生する<ref name="優駿-2015-11-87">『優駿』2015年11月号 87頁</ref>。アグネスタキオンにとっては、2世代目の産駒だった<ref>『優駿』2007年6月号 52頁</ref>。

==== ダイワメジャーとスカーレット一族 ====
[[ファイル:Daiwa Major 20051009.jpg|サムネイル|193x193ピクセル|[[ダイワメジャー]]]]
10番仔が生まれた2004年春には、7番仔の兄[[ダイワメジャー]](父:サンデーサイレンス)が[[皐月賞]]({{JRAGI}})を10番人気で優勝。スカーレットブーケ産駒として初めて{{JRAGI}}勝利を挙げていた<ref name="優駿-2007-11-74" />。スカーレットブーケは{{JRAGI}}優勝馬の母となったが、スカーレットブーケの姉妹、スカーレットブルー、[[スカーレットリボン]]、スカーレットローズの子孫にも重賞優勝馬や{{JRAGI}}好走馬、その他活躍馬が続出するようになる<ref name="優駿-2015-11-86" /><ref name="優駿-2007-6-51" />。次第にそのすべての祖スカーレットインクが名牝として認識されるようになった<ref name="優駿-2015-11-86" />。併せて、スカーレットインクがノーザンテーストと交配して産まれた娘たちブルー、リボン、ブーケ、ローズが、枝葉となってその牝系を広めていることが知られるようになった<ref name="優駿-2007-6-51" />。こうしてこの牝系は、スカーレットインクの一部、もしくはスカーレットインク、ブルー、リボン、ブーケ、ローズに共通する「スカーレット」の名をとって「'''スカーレット一族'''」と呼ばれるようになった<ref name="優駿-2008-3-70" />。

スカーレット一族は、先に述べたダイワメジャーが皐月賞優勝後、{{JRAGIII}}1勝、{{JRAGII}}2勝。{{JRAGI}}は皐月賞の他に2006年[[天皇賞(秋)]]、2006年、07年[[マイルチャンピオンシップ]]連覇、2007年安田記念の5勝を挙げて、重賞8勝の活躍<ref>{{Cite web |title=ダイワメジャー|JBISサーチ(JBIS-Search) |url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000725485/ |website=www.jbis.or.jp |accessdate=2022-03-20}}</ref>。その他、ローズの孫には{{GI}}級競走9勝を挙げた[[ヴァーミリアン]](父:[[エルコンドルパサー]])や<ref>{{Cite web |title=ヴァーミリアン|JBISサーチ(JBIS-Search) |url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000742999/ |website=www.jbis.or.jp |accessdate=2022-03-20}}</ref>、[[サカラート]](父:[[アフリート]])がいた<ref>{{Cite web |title=サカラート|JBISサーチ(JBIS-Search) |url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000701739/ |website=www.jbis.or.jp |accessdate=2022-03-20}}</ref>。

=== 幼駒時代 ===
[[ファイル:Owner Ohshiro Keizo.svg|サムネイル|大城敬三「ダイワ」の[[勝負服 (競馬)|勝負服]]]]
10番仔は、ダイワルージュやダイワメジャーと同じく大城が所有することになった。大城の冠名「ダイワ」に、スカーレット一族の「スカーレット」を組み合わせた「'''ダイワスカーレット'''」という競走馬名が与えられる。登録する際「スカーレット」には、スカーレットインクと同じ由来「『風と共に去りぬ』の登場人物」スカーレット・オハラと説明されていた<ref>{{Cite web |title=有馬記念アラカルト {{!}} 競馬ニュース |url=https://news.netkeiba.com/?pid=news_view&no=33523 |website=netkeiba.com |accessdate=2022-03-20 |language=ja}}</ref>。父アグネスタキオン、母スカーレットブーケという社台ファーム生産馬の両親を持ち、かつダイワメジャーの妹であるダイワスカーレットは、生まれ落ちた瞬間から牧場で評判となり、期待が大きかった<ref name="優駿-2008-3-74">『優駿』2008年3月号 74頁</ref><ref name="ふるさと-秋華賞ウイナー">{{Cite web |title=2007年10月14日 秋華賞 Jpn1 {{!}} 重賞ウイナーレポート {{!}} 競走馬のふるさと案内所 |url=https://uma-furusato.com/winner_info/36518.html |website=uma-furusato.com |accessdate=2022-03-21}}</ref>。出産に立ち会った社台ファーム獣医師の池田充は、ダイワスカーレットを見て「16歳を迎えた繁殖牝馬(スカーレットブーケ)の仔とは思えない雄大な馬体<ref name="優駿-2008-3-74" />」で驚きを隠せなかったという。馬体重は、誕生直後の兄ダイワメジャーよりも大きく、同じ牝馬、姉ダイワルージュと比較しても筋肉量に富んでいた<ref name="優駿-2008-3-74" />。その後、育成に移っても期待や評判通りに成長する<ref name="ふるさと-秋華賞ウイナー" /><ref name="優駿-2008-3-75">『優駿』2008年3月号 75頁</ref>。好成績を上げた兄姉を超えるパフォーマンスを見せて「母スカーレットブーケの最高傑作になるのでは<ref name="優駿-2008-3-75" />」(村本浩平)「無事に競馬場へ送り出せば必ず大きな仕事をするのではないか<ref>{{Cite web |title=2007年04月08日 桜花賞 Jpn1 {{!}} 重賞ウイナーレポート {{!}} 競走馬のふるさと案内所 |url=https://uma-furusato.com/winner_info/37119.html |website=uma-furusato.com |accessdate=2022-03-21}}</ref>」と考えられていた<ref name="優駿-2008-3-75" />。ダイワスカーレットは、[[栗東トレーニングセンター]]に所属する[[松田国英]]調教師の管理馬となった。2歳となった2006年、8月11日に函館競馬場に入厩<ref name="ウマジン-松田国英" />。それから9月1日に栗東に移動している<ref name="ウマジン-松田国英" />。性格的に憶病なところ、それに「きつい」ところがあるため、特にゲートが課題だった<ref name="ウマジン-松田国英" />。そこで松田は、ダイワスカーレットにゲート練習を通常の6倍の時間をかけていた<ref name="ウマジン-松田国英" />(詳細は、[[ダイワスカーレット#ゲート克服]]を参照。)。

== 競走馬時代 ==


=== 2006年(2歳) ===
=== 2006年(2歳) ===
11月19日、[[京都競馬場]]の[[新馬戦]](芝2000メートル)でデビューを果たした。[[武豊]]と[[安藤勝己]]が調教に騎乗しており、武とともにデビューする予定だった<ref name="競馬ラボ-アンカツ" />。しかし同レースに出走する[[池江泰郎]]厩舎のウインスペンサー騎乗の約束と被ってしまい、武は先約だったウインスペンサーを選択。代わりにダイワスカーレットに安藤が騎乗することとなった<ref name="競馬ラボ-アンカツ">{{Cite web |title=アンカツだけが知る名馬たちの素顔 |url=https://www.keibalab.jp/column/specialtalk/vol_16_2/ |website=www.keibalab.jp |accessdate=2022-03-10 |language=ja}}</ref>。安藤は以後、引退まで騎乗することとなる。デビュー2週間前に初コンタクトをとった安藤は「能力の大きさはその時点で感じました……ただ……少し前向きすぎる……一流の能力とスピードを秘めていることは乗った感じですぐに分かったけど、そのテンションの高さが少し気になりました<ref name="優駿-2009-4-37" />」と述べている。
デビューは[[2006年]][[11月19日]]、[[京都競馬場]]第5競走の[[新馬|新馬戦]](芝2000m)。陣営は[[武豊]]に騎乗を依頼したが、先約があったために[[安藤勝己]]が騎乗することとなった。レースでは先行策からほぼ馬なりで快勝を収めた<ref>{{Cite web |url=http://keiba.radionikkei.jp/keiba/entry-138585.html |title=【新馬戦】(京都5R)〜ダイワメジャーの半妹ダイワスカーレットが快勝! |website=ラジオNIKKEI |date=2006-11-19 |accessdate=2020-12-27}}</ref>。安藤勝己は以後全レースで騎乗することになる。なお同日のメインレースの[[マイルチャンピオンシップ]]では半兄のダイワメジャーが優勝し、兄妹同日勝利を挙げ話題になった。

スピードと前向きな気性を兼ねており、適性は短距離にあると考えられていた{{Efn|松田はダイワスカーレットの持つスピードを考えれば「普通なら、使い出しは1400メートルがいいと思われるはずです<ref name="優駿-2007-10-50">『優駿』2007年10月号 50頁</ref>」と述べている。}}。しかし中距離の芝2000メートルでのデビュー{{Efn|調教に騎乗した武は、松田に対して1400メートルでのデビューを提案している<ref group="注釈">デビュー当日の武は、牝馬限定の新馬芝1400メートルの騎乗予定がなかった。</ref><ref name="ウマジン-安藤勝己">{{Cite web |title=安藤勝己/アンカツ大いに語る!! 「運命の巡り合いに」 |url=https://uma-jin.net/sp/column/columnDetail.do?charaId=52&pcId=100130 |website=uma-jin.net |accessdate=2022-03-20}}</ref>。しかしそれは却下された。武はダイワスカーレットを見限り、先約の騎乗を優先している。松田は「ユタカくんは2000メートルは持たないと判断したんじゃないですか<ref name="ウマジン-松田国英" />」と述べている。}}。これは松田が、短距離でデビューさせて、短距離だけを得意とするスプリンターにすることを嫌ったための選択だった{{Efn|松田は「卓越したスピードがある馬ほど、道中リラックスして走ることや、タメを作ること、ジョッキーとコミュニケーションをとりながら走ることなどを教えるべき……『三つ子の魂百まで』と言うように最初に1200メートルや1400メートルの早いレースをしてしまったら、ずっとそのイメージで競馬をすることになってしまう……勝ったとしても、先々に勝てるレースの幅は狭まりますよね<ref name="優駿-2007-10-50" />。」と述べている。}}<ref name="優駿-2009-4-37">『優駿』2009年4月号 37頁</ref>。当日のメーン競走は兄ダイワメジャーが出走するマイルチャンピオンシップであり、兄妹が同じ京都に参戦している。ダイワスカーレットに手ごたえを感じていた松田は、そのポテンシャルを周りに「早く知らしめよう<ref name="日刊-桜花賞">{{Cite web |title=ダイワスカーレット、ウオッカに雪辱1冠/G1復刻|url=https://p.nikkansports.com/goku-uma/news/article.zpl?topic_id=1&id=1801676&year=2017&month=04&day=08 |website=p.nikkansports.com |accessdate=2022-03-18 |language=ja}}</ref>」と敢えてこの日を選択していた<ref name="日刊-桜花賞" />。単勝オッズ1.8倍、ウインスペンサーを3.2倍の2番人気に押しのけて1番人気となる<ref>{{Cite web |title=2歳新馬|2006年11月19日|url=https://db.netkeiba.com/race/200608060605/ |website=db.netkeiba.com |accessdate=2022-03-10}}</ref>。スタートから2番手の好位を追走。第3コーナーから先頭に立って最終コーナーで抜け出し、後方に1馬身4分の3差をつけて入線。初勝利を挙げた<ref name="優駿-2009-4-37" /><ref>{{Cite web |title=【新馬戦】(京都5R)〜ダイワメジャーの半妹ダイワスカーレットが快勝! |url=http://keiba.radionikkei.jp/keiba/entry-138585.html |website=keiba.radionikkei.jp |accessdate=2022-03-10}}</ref>。この直後メーン競走マイルチャンピオンシップでも兄ダイワメジャーが優勝。兄妹同日勝利となり、ダイワスカーレットの勝利は、通常の新馬戦勝利以上に取り上げられた<ref name="日刊-桜花賞" />。


続く中京2歳ステークスでは同じく先行策から同じアグネスタキオン産駒評判馬・[[アドマイヤオーラ]]の追撃を余裕を残して封じデビュー2連勝を飾った<ref>{{Cite web |url=http://keiba.radionikkei.jp/keiba/entry-139062.html |title=【中京】(中京)〜ダイワスカーレット連勝で制す |website=ラジオNIKKEI |date=2006-12-16 |accessdate=2020-12-27}}</ref>。
それから12月16日、[[中京2歳ステークス]](OP)に臨む。[[ビワハイジ]]とアグネスタキオンの仔、[[松田博資]]厩舎[[アドマイヤオーラ]]対決となりダイワスカレットが2.2倍の1番人気、アドマイヤオーラが2.5倍の2番人気となった<ref>{{Cite web |title=報知杯中京2歳S|2006年12月16日|url=https://db.netkeiba.com/race/200607040508/ |website=db.netkeiba.com |accessdate=2022-03-10}}</ref>。スタートから2番手を追走、直線で追われて抜け出した<ref name="ラジオNIKKEI-中京2歳S" /><ref name="優駿-2009-4-38">『優駿』2009年4月号 38頁</ref>。3、4番手から追い上げたアドマイヤオーラが迫って来たが、半馬身差をつけて入線。2連勝を果たす<ref name="ラジオNIKKEI-中京2歳S">{{Cite web |title=【中京2S】(中京)〜ダイワスカーレット連勝で制す |url=http://keiba.radionikkei.jp/keiba/entry-139062.html |website=keiba.radionikkei.jp |accessdate=2022-03-10}}</ref>。


=== 2007年(3歳) ===
=== 2007年(3歳) ===
年明け初戦の[[シンザン記念]]では牡馬相手に強い内容で連勝してきた実績を買われて1番人気に支持されるものの、やや掛かり気味にレースを進めた上に終始アドマイヤオーラのマークを受け、直線では同馬に差されて2着となり初黒星を喫した<ref>{{Cite news2 |url=http://keiba.radionikkei.jp/keiba/entry-139334.html |title=【シンザン記念】(京都)〜良血馬アドマイヤオーラがデビュー3戦目で重賞制覇! |newspaper=ラジオNIKKEI |date=2007-01-08 |accessdate=2020-12-27}}</ref>。


==== 戦術の模索、2連敗 ====
続く桜花賞[[トライアル競走|トライアル]]の[[チューリップ賞]]では前年の2歳女王[[ウオッカ (競走馬)|ウオッカ]]と対戦。スタート良くハナを切り、直線では本番のライバルになるであろうウオッカの瞬発力を測るため、あえて仕掛けを遅らせて後方から差してくるウオッカに真っ向勝負を望むかのように引き付けたが、前に出られると差し返すことはできず、クビ差で敗れた<ref>{{Cite news2 |url=http://keiba.radionikkei.jp/keiba/entry-140078.html |title=【チューリップ賞】(阪神)〜ウオッカが制する |newspaper=ラジオNIKKEI |date=2007-03-03 |accessdate=2020-12-27}}</ref>。
1月8日、[[シンザン記念]]({{JpnIII}})で始動。[[ローレルゲレイロ]]やアドマイヤオーラなど9頭の牡馬と対決、紅一点ながら単勝オッズ1.9倍の1番人気に推される<ref>{{Cite web |title=日刊スポシンザン記念|2007年1月8日|url=https://db.netkeiba.com/race/200708010311/ |website=db.netkeiba.com |accessdate=2022-03-10}}</ref>。スタートから3番手を追走<ref>{{Cite web |title=【シンザン記念】(京都)〜良血馬アドマイヤオーラがデビュー3戦目で重賞制覇! |url=http://keiba.radionikkei.jp/keiba/entry-139334.html |website=keiba.radionikkei.jp |accessdate=2022-03-16}}</ref>。直線で抜け出しにかかったが、外からアドマイヤオーラに並びかけられた。抵抗したがかわされて、1馬身半差の2着<ref name="優駿-2007-3-66" />。初めての敗戦となり、アドマイヤオーラに仕返しされた<ref name="優駿-2007-3-66">『優駿』2007年3月号 66頁</ref>。松田は「ボクの油断負けです。1回負かした馬でしたから、目算を誤りました<ref>『優駿』2007年3月号 94頁</ref>。」。また、安藤はこの時「後ろからの競馬を試してみたいという気持ちがあった<ref name="優駿-2009-4-38" />」と回顧している。直線ではアドマイヤオーラに並ばれてからスパートを開始。今後のために、ダイワスカーレットの繰り出す末脚の威力を測っていたが「ビュンッて一瞬で加速する感じではなかった……キレないというよりは、気がいい馬だからタメきれていない……自分ではタメているつもりでも、馬が縮まっていない<ref name="優駿-2009-4-38" />」様子だったという。このレースでは、中団待機から追い込んだアドマイヤオーラの末脚の「キレ味」(安藤)が勝る形となった<ref name="優駿-2009-4-38" />。


続いて3月3日、桜花賞の[[トライアル競走]]である[[チューリップ賞]]({{JpnIII}})に臨む。前年の[[阪神ジュベナイルフィリーズ]]を勝利した[[ウオッカ (競走馬)|ウオッカ]]との初対決となった。ウオッカは、松田の弟子である[[角居勝彦]]調教師の管理馬であり、松田の管理したダービー馬[[タニノギムレット]]の仔である<ref name="優駿-2007-10-50" />。対決を前に松田はウオッカを名指しでライバル視<ref name="優駿-2007-10-22" />。「これまでに強い牝馬をたくさん見てきましたけど、今年の牝馬クラシック戦線は、たぶん、(ダイワスカーレットが)かつてないほどしっかりとしたレースをすると思いますよ。でも、今回の場合は、ウオッカよりもじょうずに立ち居振る舞わないと{{ママ}}、あの馬は負かせないと思いますね。(カッコ内補足加筆者)<ref>『優駿』2007年3月号 95頁</ref>」と述べていた。ウオッカが1.4倍、ダイワスカーレットが2.8倍に推され、3番人気の[[ローブデコルテ (競走馬)|ローブデコルテ]]を14.6倍まで突き放していた<ref name="netkeiba-チューリップ賞">{{Cite web |title=チューリップ賞|2007年3月3日|url=https://db.netkeiba.com/race/200709010311/ |website=db.netkeiba.com |accessdate=2022-03-11}}</ref>。
大外18番枠からの発走となった本番の[[桜花賞]]では、前走の敗戦で陣営は瞬発力勝負では分が悪いと判断し、直線で早めに抜け出す積極策でウオッカの追撃を抑えて優勝<ref>{{Cite news2 |url=http://keiba.radionikkei.jp/keiba/entry-140602.html |title=【桜花賞(GI)】(阪神)〜桜の女王はダイワスカーレット ウオッカに雪辱 |newspaper=ラジオNIKKEI |date=2007-04-08 |accessdate=2020-12-27}}</ref><ref>{{Cite news2 |url=https://p.nikkansports.com/goku-uma/news/article.zpl?topic_id=1&id=1801676&year=2017&month=04&day=08 |title=ダイワスカーレット、ウオッカに雪辱1冠/G1復刻 |newspaper=日刊スポーツ |date=2017-04-08 |accessdate=2020-12-27}}</ref><ref>{{Cite news2 |url=https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/200811300021-spnavi |title=ダイワスカーレット、逆転で桜の女王に 安藤勝は連覇&JRA通算700勝メモリアルV |newspaper=スポーツナビ |date=2007-04-08 |accessdate=2021-01-06}}</ref>。前走の雪辱を果たすとともに兄妹[[クラシック (競馬)|クラシック]]制覇を成し遂げた。
[[ファイル:Vodka(horse) 20070527R1.jpg|サムネイル|239x239ピクセル|[[ウオッカ (競走馬)|ウオッカ]]]]
4枠7番からスタートして逃げて折り合いを保ち、先頭のまま最終コーナーを通過。直線で突き放しにかかったが、外からウオッカに並びかけられた。後続との差を広げながら一騎打ち、抵抗したがかわされてクビ差の2着<ref>{{Cite web |title=チューリップ賞、女王ウオッカ完勝|url=https://news.netkeiba.com/?pid=news_view&no=19044 |website=netkeiba.com |accessdate=2022-03-16 |language=ja}}</ref>。安藤はシンザン記念と同じように、ウオッカが迫り来てからスパートを開始し、再び敗れていた。安藤は「今日は勝ち馬の強さを認めるしかない<ref>『優駿』2007年4月号 7頁</ref>」。また桜花賞に臨むにあたり「ウオッカがモノ凄く強いのは間違いないけど、もしかしたら(ダイワ)スカーレットももっと力を出せる乗り方があるのかもしれない<ref>『優駿』2007年4月号 40頁</ref>」と述べている。


==== 桜花賞優勝 - 優駿牝馬回避 ====
[[優駿牝馬|優駿牝馬(オークス)]]ではウオッカが[[東京優駿|東京優駿(日本ダービー)]]に出走するため不動の本命と目されていたが、[[感冒]]により回避<ref>{{Cite news2 |url=http://keiba.radionikkei.jp/keiba/entry-141058.html |title=ダイワスカーレット、オークス回避 |newspaper=ラジオNIKKEI |date=2007-05-17 |accessdate=2020-12-27}}</ref>。[[山元トレーニングセンター]]へ放牧され[[8月10日]]に帰厩した。
4月8日、桜花賞({{JpnI}})に臨む{{Efn|開催される阪神競馬場は、前年にリニューアル、外回りコースが新設されていた。その外回りコースを使用する、初めての開催となった<ref name="優駿-2007-5-8">『優駿』2007年5月号 8頁</ref>。}}。ウオッカが1.4倍の1番人気。重賞3勝、阪神ジュベナイルフィリーズではウオッカにクビ差の2着、[[フィリーズレビュー]]優勝から臨む[[アストンマーチャン]]が5.2倍の2番人気。ダイワスカーレットはそれに次ぐ5.9倍の3番人気<ref name="netkeiba-桜花賞">{{Cite web |title=桜花賞|2007年4月8日|url=https://db.netkeiba.com/race/200709020611/ |website=db.netkeiba.com |accessdate=2022-03-13}}</ref>。上位人気3頭は、4番人気ショウナンタレントを34.7倍まで突き放す「三強」となった<ref name="netkeiba-桜花賞" /><ref name="優駿-2007-5-8" />。{{External media|width=300px|video1=[https://www.youtube.com/watch?v=KmcPm__NSss&ab_channel=JRA%E5%85%AC%E5%BC%8F%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%83%AB 2007年 桜花賞({{JpnI}})<br />レース映像 JRA公式YouTubeチャンネルによる動画]|video2=[https://www.youtube.com/watch?v=GXRCX4xcvYc&ab_channel=%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%AC%E7%AB%B6%E9%A6%AC%E3%80%90%E5%85%AC%E5%BC%8F%E3%80%91 2007年 桜花賞({{JpnI}})<br />レース映像 関西テレビ競馬公式YouTubeチャンネルによる動画]}}大外枠8枠18番からスタートして3番手の好位、逃げると目された馬が出遅れたことでスローペースとなった<ref name="瀬戸-第4話">{{Cite web |url=http://www.plus-blog.sportsnavi.com/saikyokeiba/article/721 |title=【最強ヒストリー】 ダイワスカーレット 第4話 快勝! |accessdate=2022-3-13 |publisher=[[競馬最強の法則]] |author=瀬戸慎一郎 |archiveurl=https://web.archive.org/web/20140709232453/http://www.plus-blog.sportsnavi.com/saikyokeiba/article/721 |archivedate=2014-7-9}}</ref>。2番手アストンマーチャンが折り合いを欠いたが、ダイワスカーレットは折り合いをつけて追走した。真後ろにウオッカを従えながら第3コーナーを通過<ref name="優駿-2007-5-8" /><ref name="瀬戸-第4話" />。三強が接近しながら直線に向き、内からアストンマーチャン、ダイワスカーレット、ウオッカの順に雁行していた<ref name="優駿-2007-6-68">『優駿』2007年6月号 68頁</ref>。真ん中ダイワスカーレットは、前方アストンマーチャンを捕らえ次第、後方ウオッカに並ばれる前にスパートを実行<ref name="瀬戸-第4話" />。残り200メートルでウオッカを突き放した<ref name="優駿-2007-6-68" />。以後独走し、安藤が右手を天に掲げる余裕を見せながら入線する<ref name="優駿-2007-5-8" />。ウオッカに雪辱、母スカーレットブーケ{{Efn|1991年4着(優勝馬[[シスタートウショウ]]に1.0秒(6馬身半)差)<ref>{{Cite web |title=10R 桜花賞|1991年4月7日(日)3回京都6日|url=https://www.jbis.or.jp/race/result/19910407/108/10/ |website=www.jbis.or.jp |accessdate=2022-03-13}}</ref>}}、姉ダイワルージュ{{Efn|2001年3着。(優勝馬[[テイエムオーシャン]]と0.5秒(3馬身+クビ)差)<ref>{{Cite web |title=11R 桜花賞|2001年4月8日(日)2回阪神6日|url=https://www.jbis.or.jp/race/result/20010408/109/11/ |website=www.jbis.or.jp |accessdate=2022-03-13}}</ref>}}の届かなかった桜花賞優勝を成し遂げた<ref name="競馬ブック-桜花賞アラカルト">{{Cite web |title=桜花賞アラカルト(8日) |url=https://p.keibabook.co.jp/news/detail/41589 |website=競馬ブック |accessdate=2022-03-13}}</ref>。また2004年皐月賞を制した兄ダイワメジャーに続いて兄妹クラシック勝利<ref>{{Cite web |title=【桜花賞】〜アラカルト |url=http://keiba.radionikkei.jp/keiba/entry-140604.html |website=keiba.radionikkei.jp |accessdate=2022-03-16}}</ref>、史上15組目となる兄弟姉妹クラシック勝利となった<ref name="日刊-桜花賞" />。加えて安藤は、前年の[[キストゥヘヴン]]に続いての桜花賞優勝であり、[[福永洋一]]、武豊、[[田原成貴]]に続いて史上4頭目の連覇を果たしている<ref name="競馬ブック-桜花賞アラカルト" />。
[[ファイル:Ankatsu 700 DSCN3654 20070408.JPG|サムネイル|桜花賞優勝時。桜花賞がJRA通算700勝目だった<ref>{{Cite web |title=安藤勝騎手、700勝を桜花賞で飾る(8日) |url=https://p.keibabook.co.jp/news/detail/41588 |website=競馬ブック |accessdate=2022-03-21}}</ref>。]]
安藤は、先の連敗で末脚の特徴を掴んでいた<ref name="優駿-2009-4-38" />。ダイワスカーレットは、短い時間で鋭く伸びる「瞬発力」よりも、時間をかけて緩やかに加速する「持続力」に秀でている、そして負かすべきウオッカは「瞬発力」に秀でていると分析していた<ref name="瀬戸-第4話" />。迎えた本番桜花賞の直線、安藤は「いままでよりもワンテンポ早く<ref name="優駿-2007-5-8" />」「(連敗時のように)いっぺんに加速するのではなく、早めにある程度スピードを上げておいてから(カッコ内補足引用者)<ref name="優駿-2009-4-38" />」、ウオッカに並ばれる前にスパートを実行<ref name="優駿-2007-5-8" />。ダイワスカーレットが持つすべての力を発揮できるように、同時にウオッカを早めにスパートさせて、その瞬発力が活きないようにするためだった<ref>{{Cite web |title=ダイワスカーレット、逆転で桜の女王に=安藤勝は連覇&JRA通算700勝メモリアルV|url=https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/200811300021-spnavi |website=スポーツナビ |accessdate=2022-03-13 |language=ja}}</ref>。瞬発力勝負ではなく、持続力勝負に持ち込んだ結果、逆転に成功。安藤によれば「『前の2戦で同じ負け方をした』ことがポイントだった<ref name="優駿-2009-4-38" />」と振り返っている。


それに松田によれば、連敗時よりも良い状態で桜花賞に臨めていたという<ref name="優駿-2007-10-50" />。チューリップ賞時は基礎体温が安定せず、球節にむくみがあったが、桜花賞前にはそれが解消されていた<ref name="優駿-2007-10-50" />。また、チューリップ賞でのウオッカが手綱を左右に替えながら伸びていたことから「見た目よりも目一杯の走り<ref name="優駿-2007-5-8" />」だったと考えていた。そこでダイワスカーレットに「前走よりも時計を0.5秒縮めるための調教<ref name="優駿-2007-5-8" />」を施している。チューリップ賞と桜花賞の決着タイムは、いずれも1分33秒7である。チューリップ賞では2頭が同タイムだったが、桜花賞ではダイワスカーレットが0.2秒上回り、先着を果たした<ref name="netkeiba-チューリップ賞" /><ref name="netkeiba-桜花賞" />。
復帰後初戦は[[ローズステークス]]に出走。優駿牝馬ハナ差2着の[[ベッラレイア]]との初対決が注目を集めた。レースではスタート直後から徐々に先頭に立つと、そのまま押し切り1着でゴール<ref>{{Cite news2 |url=http://keiba.radionikkei.jp/keiba/entry-142410.html |title=【ローズS】(阪神)〜良血ダイワスカーレットが人気に応える |newspaper=ラジオNIKKEI |date=2007-09-16 |accessdate=2020-12-27}}</ref>。[[10月3日]]に発表された重賞・オープン特別競走レーティングでは109ポンドの評価を得た。なお、このレース以降、レース中は青い[[馬具#競走馬用の馬具|メンコ]]を装着している。


桜花賞戴冠後は、5月20日の優駿牝馬(オークス)を目指した<ref>{{Cite web |title=ダイワスカーレット、オークスに直行 |url=https://p.keibabook.co.jp/news/detail/41632 |website=競馬ブック |accessdate=2022-03-11}}</ref>。[[東京競馬場]]芝2400メートルで桜花賞2着のウオッカとの再戦が期待されたが、ウオッカは、同じ東京2400メートルでも、主に牡馬が出走する[[東京優駿]](日本ダービー)に参戦を表明していた。ライバルが不在の中、ダイワスカーレット一強ムードで二冠目に向かうはずだったが、3日前に[[感冒]]、[[熱発]]<ref>{{Cite web |title=ダイワスカーレット、オークス回避(17日) |url=https://p.keibabook.co.jp/news/detail/41912 |website=競馬ブック |accessdate=2022-03-11}}</ref>。直前で出走を断念した<ref>{{Cite web |title=ダイワスカーレット、オークス回避 |url=http://keiba.radionikkei.jp/keiba/entry-141058.html |website=keiba.radionikkei.jp |accessdate=2022-03-11}}</ref>。6月5日に[[宮城県]][[山元町]]の[[山元トレーニングセンター]]へ放牧に出される<ref name="優駿-2007-10-22">『優駿』2007年10月号 22頁</ref>。吉田は、北海道の社台ファームからダイワスカーレット専任のスタッフを山元に派遣<ref name="優駿-2007-12-33">『優駿』2007年12月号 33頁</ref>。そのスタッフのもと夏を過ごした<ref name="優駿-2007-12-33" />。
その後[[第12回秋華賞]]に出走。このレースは、64年ぶりに牝馬のダービー馬となったウオッカと春以来の再戦ということもあり非常に注目されていた。距離の面で不安視されていたが、道中かかり気味に2番手を追走し先頭を行くヒシアスペンを3コーナーで捕らえると後続の追撃を払い、そのまま押し切り完勝<ref>{{Cite news2 |url=http://keiba.radionikkei.jp/keiba/entry-142811.html |title=【秋華賞(GI)】(京都)〜ダイワスカーレット 完勝で3強対決制 |newspaper=ラジオNIKKEI |date=2007-10-14 |accessdate=2020-12-27}}</ref>。中央競馬牝馬2冠を達成した。


==== 秋華賞優勝、二冠達成 ====
秋華賞後はマイルチャンピオンシップへの出走も視野に入れていたが[[第32回エリザベス女王杯]]に出走。レース前日まで1番人気だったウオッカがレース当日に出走を取り消したために、最終的には1番人気に支持された。レースではスタートから押し出されるような形で先頭に立つと、最後の直線では前年優勝の[[フサイチパンドラ]]や前々年優勝の[[スイープトウショウ]]を抑え1着となった<ref>{{Cite news2 |url=http://keiba.radionikkei.jp/keiba/entry-143170.html |title=【エリザベス女王杯(GI)】(京都)〜ダイワスカーレット、古馬も撃破しGI3勝 |newspaper=ラジオNIKKEI |date=2007-11-11 |accessdate=2020-12-27}}</ref>。なお翌週のマイルチャンピオンシップで兄のダイワメジャーが安藤を背に快勝。兄妹による2週連続のGI制覇となった。
8月10日、栗東に帰厩する<ref name="優駿-2007-10-22" />。夏を越したダイワスカーレットは外面こそ大きく変化しなかったが、精神面、体質面の成長していた<ref name="優駿-2007-10-22" />。まず精神面では、これまでにない落ち着きを得ていた。安藤は春の2400メートルについて持たないのではないかと不安を抱えていたが、夏を経てそれが解消<ref name="優駿-2007-10-22" />。「『これなら少々長めの距離でも大丈夫』と確信できるぐらい<ref name="優駿-2007-10-22" />」(安藤)までになっていた。加えて、春は自分の背後をしきりに警戒して、蹴ったり蹴られたりしていたが、それも解消したという<ref name="優駿-2007-10-22" />。また体質面では、基礎体温の安定化にも改めて成功していた<ref name="優駿-2007-10-22" /><ref name="優駿-2007-10-50" />。松田は、そんなダイワスカーレットの秋のローテーションを[[ローズステークス]]、[[秋華賞]]、[[エリザベス女王杯]]に設定する<ref name="優駿-2007-10-22" />。マイルから2000メートル超の中距離へ転向するにあたりこれ以降は、距離延長で引っ掛からないように[[馬具#メンコ|メンコ]]を着用、口を割らないように舌を縛る馬具を使用している<ref name="優駿-2007-12-31">『優駿』2007年12月号 31頁</ref>。


9月16日、秋華賞のトライアル競走であるローズステークス({{JpnII}})で始動する<ref>{{Cite web |title=桜花賞馬ダイワスカーレットが戦列復帰 |url=https://p.keibabook.co.jp/news/detail/42732 |website=競馬ブック |accessdate=2022-03-13}}</ref>。優駿牝馬ハナ差の2着、[[秋山真一郎]]から武豊に乗り替わった[[ベッラレイア]]と初対決となった<ref>{{Cite web |title=ベッラレイア、武豊騎手で阪神・ローズSへ |url=https://p.keibabook.co.jp/news/detail/42612 |website=競馬ブック |accessdate=2022-03-11}}</ref>。ダイワスカーレットは、単勝オッズ1.6倍の1番人気。ベッラレイアが3.4倍、上がり馬レインダンスが8.9倍、[[NHKマイルカップ]]優勝の[[ピンクカメオ]]が17.1倍で続いていた<ref>{{Cite web |title=関西TVローズS|2007年9月16日|url=https://db.netkeiba.com/race/200709040311/ |website=db.netkeiba.com |accessdate=2022-03-11}}</ref>。好スタートからハナを奪って逃げ、持ったまま最終コーナーを通過。直線でスパートして、先頭を守り切った。最も内側から伸びたベッラレイアに半馬身差をつけ優勝<ref>{{Cite web |title=【ローズS】(阪神)〜良血ダイワスカーレットが人気に応える |url=http://keiba.radionikkei.jp/keiba/entry-142410.html |website=keiba.radionikkei.jp |accessdate=2022-03-16}}</ref>。5か月ぶりの出走で連勝を果たした<ref name="優駿-2007-11-74">『優駿』2007年11月号 74頁</ref>。
[[11月26日]]に都内で行われたオーナー主催のパーティーにおいて、生産者で共同オーナーの[[吉田照哉]]から来春の[[ドバイターフ|ドバイデューティフリー]]遠征、さらには[[第52回有馬記念]]での兄妹対決が語られ、その動向に注目が集まった。[[11月29日]]に発表された重賞・オープン特別競走レーティングでは、エリザベス女王杯を制したことにより過去7年で最も高い115ポンドの評価を得た。有馬記念で安藤が兄・ダイワメジャーと当馬のどちらに騎乗するのか話題になったが、引き続き当馬に騎乗することになった。有馬記念ファン投票では7万4134票を集め4位となった。ちなみにダイワメジャーは3位であった。


それから10月14日、秋華賞({{JpnI}})に臨む。ウオッカとの再戦となった。ウオッカはダービーを優勝した後、[[宝塚記念]]8着、秋は[[凱旋門賞]]挑戦を目指したものの一頓挫あって断念し、国内専念に切り替えていた<ref name="優駿-2007-12-30" />。急遽目標を変更したウオッカに比べて、予定通りのダイワスカーレットの方が順調に本番を迎えていたが<ref name="優駿-2007-12-31" />、当日の人気は、ウオッカが2.7倍に対し、ダイワスカーレットは2.8倍。僅差ながらウオッカに1番人気を譲っている。3番人気は、3.8倍のベッラレイア。4番人気のオッズは20倍台に飛躍しており「三強」となっていた<ref>{{Cite web |title=【秋華賞(GI)】(京都)〜ダイワスカーレット 完勝で3強対決制す |url=http://keiba.radionikkei.jp/keiba/entry-142811.html |website=keiba.radionikkei.jp |accessdate=2022-03-13}}</ref>。この世代は、牡馬と牝馬が重賞およびオープン競走を戦った時、牝馬が優勝する割合が例年よりも高かった<ref>『優駿』2007年11月号 27頁</ref>{{Efn|この年(2007年)は44戦中13回牝馬が優勝した<ref name="優駿-2007-11-28" />。勝率29.5パーセント。前年は21.6パーセント、前々年は15パーセントだった<ref name="優駿-2007-11-28">『優駿』2007年11月号 28頁</ref>。}}。さらに夏から初秋にかけて、3歳牝馬のアストンマーチャンや[[クーヴェルチュール|ク―ヴェルチュール]]が、古馬を下して重賞や{{GI}}勝利を達成<ref name="優駿-2007-11-29">『優駿』2007年11月号 29頁</ref>。加えて下級条件でも古馬を下して勝利する3歳牝馬の割合が例年の1.5倍だった<ref name="優駿-2007-11-28" />。それゆえにこの年の3歳牝馬は、大物がいるうえに層が厚く、全体としてのレベルが高いと考えられていた<ref name="優駿-2007-11-29" />。そんな中にあって牝馬三冠競走の最終戦には、桜花賞優勝馬、桜花賞2着並びに阪神ジュベナイルフィリーズおよびダービー優勝馬、さらに優駿牝馬優勝馬、その2着馬、NHKマイルカップ優勝馬が結集し、そのうえ重賞優勝馬も多数出走<ref name="優駿-2007-12-30">『優駿』2007年12月号 30頁</ref>。{{GI}}級優勝馬4頭の競演はレース史上最多だった<ref name="競馬ブック-秋華賞アラカルト">{{Cite web |title=秋華賞アラカルト(14日) |url=https://p.keibabook.co.jp/news/detail/42999 |website=競馬ブック |accessdate=2022-03-13}}</ref>。レベルの高い世代のその覇者たち、実績馬たちが揃いも揃った秋華賞は「この秋一番の注目レース<ref name="優駿-2007-12-30" />」「レース史上最高メンバー<ref name="優駿-2007-12-66">『優駿』2007年12月号 66頁</ref>」とも評されていた。{{External media|width=300px|video1=[https://www.youtube.com/watch?v=K2udO-nl2CA&t=16s&ab_channel=JRA%E5%85%AC%E5%BC%8F%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%83%AB 2007年 秋華賞({{JpnI}})<br />レース映像 JRA公式YouTubeチャンネルによる動画]|video2=[https://www.youtube.com/watch?v=iPB_PWMwnQI&t=38s&ab_channel=%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%AC%E7%AB%B6%E9%A6%AC%E3%80%90%E5%85%AC%E5%BC%8F%E3%80%91 2007年 秋華賞({{JpnI}})<br />レース映像 関西テレビ競馬公式YouTubeチャンネルによる動画]}}
そして迎えた有馬記念では、初のGI級牡馬との対戦に加え初体験となる長距離、関東遠征、さらに鞍上の安藤が中山の芝重賞未勝利であることを不安視する声もあったが兄を上回る単勝5番人気に支持される。レースでは道中2番目に付け直線で抜け出しを図るも、経済コースを通っていた[[マツリダゴッホ]]に内をすくわれるとこれを交わすことはできず1馬身1/4差の2着に敗れる<ref>{{Cite news2 |url=http://keiba.radionikkei.jp/keiba/entry-143759.html |title=【有馬記念(GI)】(中山)〜伏兵マツリダゴッホ 積極策でGI初制覇 |newspaper=ラジオNIKKEI |date=2007-12-23 |accessdate=2020-12-27}}</ref>。[[スターロツチ]]以来の3歳牝馬での有馬記念制覇はならなかったが最後の直線では追いすがる兄を突き放し[[天皇賞]]春秋連覇を達成した[[メイショウサムソン]]やライバルのウオッカ、同世代牡馬の[[ロックドゥカンブ]]らに先着し、改めて能力の高さを見せつけた。
7枠13番からスタート。1枠1番に先頭は譲り2番手を追走した<ref name="優駿-2007-11-6">『優駿』2007年11月号 6頁</ref>。ウオッカと、ベッラレイアは後方に位置していた<ref name="優駿-2007-11-6" />。平均ペースで1000メートルを通過したものの、以後逃げ馬がペースをダウンさせていた<ref name="日刊-秋華賞">{{Cite web |title=【G1復刻】ダイワスカーレット最強世代の女王!桜花賞に続き2冠/秋華賞|url=https://p.nikkansports.com/goku-uma/news/article.zpl?topic_id=1&id=202110120000784&year=2021&month=10&day=16 |website=p.nikkansports.com |accessdate=2022-03-14 |language=ja}}</ref>。しかしダイワスカーレットはそれに抗い、第3コーナーすぎたあたりで先頭を奪取、ウオッカを待たずしてロングスパートを開始した<ref name="優駿-2007-12-66" />。外から追い込んだ7番人気レインダンス、ウオッカが迫ってきたが寄せ付けなかった<ref name="日刊-秋華賞" />。それらに1馬身4分の1差をつけて先頭で入線する<ref name="優駿-2007-12-66" />。{{GI}}級競走2勝目、[[二冠馬#中央競馬の牝馬二冠馬|牝馬二冠]]と相成った<ref name="競馬ブック-秋華賞アラカルト" />。


==== エリザベス女王杯優勝 ====
この年内GI3勝に加え有馬記念2着、ダービー馬ウオッカにはGIで3回対戦してすべて先着したことが評価され、[[JRA賞#歴代年度代表馬|JRA賞年度代表馬]]の座こそ海外戦を含むGI3勝を挙げた[[アドマイヤムーン]]に譲ったものの、ウオッカを抑えて[[JRA賞最優秀3歳牝馬]]および[[JRA賞最優秀父内国産馬]]を受賞した<ref>{{Cite news2 |url=http://keiba.radionikkei.jp/keiba/entry-143859.html |title=JRA賞受賞馬のプロフィール〜選考の経緯 |newspaper=ラジオNIKKEI |date=2008-01-09 |accessdate=2020-12-27}}</ref>。JRA賞最優秀父内国産馬はこの年限りで廃止されており、本馬が最後の受賞馬となった。なお牝馬の有馬記念連対は[[1994年]]の[[ヒシアマゾン]]以来13年ぶりであり、このレースで[[2003年]]の[[スティルインラブ]]を抜いて牝馬のJRA年間獲得賞金額歴代1位となった。
秋華賞後は、[[マイルチャンピオンシップ]]の選択肢もあったが、予定通り11月11日のエリザベス女王杯({{GI}})に臨む<ref name="日刊-秋華賞" />。秋華賞3着のウオッカは、エリザベス女王杯と[[ジャパンカップ]]の二択だったが、馬主[[谷水雄三]]が前者を選択し再戦が実現した<ref name="優駿-2007-12-34">『優駿』2007年12月号 34頁</ref>。角居も「もう一度ダイワ(スカーレット)とやりたい<ref name="優駿-2007-12-34" />」気持ちだったという。直線の長い京都外回り2200メートルという舞台、休み明け叩き2戦目であるウオッカのさらなる上昇が見込まれて、ウオッカが有利だと考えられていた<ref name="優駿-2007-12-34" />。また松田は、叩き3戦目のダイワスカーレットについて「心身はマックス……それが私にとって怖さにも……2戦目の(ウオッカの)上がり目のほうが安心して受け入れられる……私は『ウオッカの方が有利だ』と持ち上げるつもり……。そうすると、勝負の魔物が遠ざかってくれるような気がするんです<ref name="優駿-2007-12-34" />。(カッコ内補足加筆者)」と述べていた。


ライバルとの再戦の舞台だったが、[[古馬]]との初対決の舞台でもあった。前年のワンツースリーフォーファイブ、[[フサイチパンドラ]]、[[スイープトウショウ]]、[[ディアデラノビア]]、[[アサヒライジング]]、[[アドマイヤキッス]]が再び集結<ref>{{Cite web |title=エリザベス女王杯|2006年11月12日|url=https://db.netkeiba.com/race/200608060411/ |website=db.netkeiba.com |accessdate=2022-03-14}}</ref>。「ライバル」とローブデコルテという牝馬三冠とダービー馬の3頭の3歳勢に、前年優勝馬フサイチパンドラと前々年優勝馬スイープトウショウを中心とする11頭の古馬勢が迎え撃つ図式となっていた<ref name="netkeiba-エリ女">{{Cite web |title=エリザベス女王杯|2007年11月11日|url=https://db.netkeiba.com/race/200708050411/ |website=db.netkeiba.com |accessdate=2022-03-14}}</ref>。ただしレース前日のオッズは、ウオッカが2.1倍、ダイワスカーレット3.6倍、スイープトウショウ9.0倍と続き、人気の中心はあくまでも3歳牝馬2頭だった<ref>{{Cite web |title=エリザベス女王杯前日オッズ、ウオッカ2.1倍|url=https://news.netkeiba.com/?pid=news_view&no=24256 |website=netkeiba.com |accessdate=2022-03-14 |language=ja}}</ref>。ところが当日朝にウオッカが跛行のため出走取消<ref name="競馬ブック-エリ女-ウオッカ取消" />。ライバル同士の対決は結局持ち越しとなった。ウオッカ絡みの[[勝馬投票券]]15億円が返還、13頭での競走に変更された<ref name="競馬ブック-エリ女-ウオッカ取消">{{Cite web |title=ウオッカ、出走取消 ~エリザベス女王杯 |url=https://p.keibabook.co.jp/news/detail/43211 |website=競馬ブック |accessdate=2022-03-14}}</ref>。最終オッズはダイワスカーレットが繰り上がって1.9倍の1番人気、スイープトウショウが6.6倍、フサイチパンドラが8.3倍だった<ref name="netkeiba-エリ女" />。ウオッカが除かれても、{{GI}}級優勝馬は既出の4頭に加えて2006年桜花賞優勝馬の[[キストゥヘヴン]]もおり、5頭の競演はレース史上最多タイだった<ref name="競馬ブック-エリ女アラカルト">{{Cite web |title=エリザベス女王杯アラカルト(11日) |url=https://p.keibabook.co.jp/news/detail/43218 |website=競馬ブック |accessdate=2022-03-15}}</ref>。{{External media|width=300px|video1=[https://www.youtube.com/watch?v=lMPYY2JiCFY&ab_channel=JRA%E5%85%AC%E5%BC%8F%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%83%AB 2007年 エリザベス女王杯({{GI}})<br />レース映像 JRA公式YouTubeチャンネルによる動画]|video2=[https://www.youtube.com/watch?v=zJEOJVY82nU&ab_channel=%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%AC%E7%AB%B6%E9%A6%AC%E3%80%90%E5%85%AC%E5%BC%8F%E3%80%91 2007年 エリザベス女王杯({{GI}})<br />レース映像 関西テレビ競馬公式YouTubeチャンネルによる動画]}}
レース後には、初のダート戦となる[[フェブラリーステークス]]をステップに、[[ドバイワールドカップ]]かドバイデューティフリーへの参戦が予定された。


5枠7番からスタート。逃げると思われていたアサヒライジングが出遅れ、ダイワスカーレットは楽にハナを奪取し逃げに出た<ref>{{Cite web |url=http://www.plus-blog.sportsnavi.com/saikyokeiba/article/723 |title=【最強ヒストリー】 ダイワスカーレット 第6話 完勝 |accessdate=2022‐3‐15 |publisher=[[競馬最強の法則]] |author=瀬戸慎一郎 |archiveurl=https://web.archive.org/web/20140708144018/http://www.plus-blog.sportsnavi.com/saikyokeiba/article/723 |archivedate=2014-7-8}}</ref>。折り合いをつけてスローペースで先導<ref name="優駿-2008-1-64">『優駿』2008年1月号 64頁</ref>。第3コーナーの坂の下りでペースを上げ、先頭で最終コーナーを通過した<ref name="優駿-2008-1-64" />。直線では、内からスイープトウショウ、外からフサイチパンドラが追い上げて来たが、もう一伸びして寄せ付けなかった<ref>{{Cite web |title=【エリザベス女王杯(GI)】(京都)〜ダイワスカーレット、古馬も撃破しGI3勝目 |url=http://keiba.radionikkei.jp/keiba/entry-143170.html |website=keiba.radionikkei.jp |accessdate=2022-03-15}}</ref>。フサイチパンドラに4分の3馬身差、スイープトウショウに約2馬身差をつけて先頭で入線する<ref name="優駿-2008-1-64" />。{{GI}}級競走3勝目<ref name="優駿-2008-1-64" />。2002年[[ファインモーション]]、2003年[[アドマイヤグルーヴ]]、2006年フサイチパンドラ以来史上4例目となる3歳馬の優勝{{Efn|古馬に開放された1996年以降<ref name="優駿-エリ女アラカルト" />。}}<ref name="優駿-エリ女アラカルト">『優駿』2008年1月号 65頁</ref>。また、1998、1999年連覇の[[メジロドーベル]](父:[[メジロライアン]])に続いて史上2例目となる[[父内国産馬]]の優勝となった<ref name="競馬ブック-エリ女アラカルト" />。安藤は「ウオッカがいたらわからなかったかな<ref name="優駿-2007-12-39">『優駿』2007年12月号 39頁</ref>」、松田はウオッカ取消の第一報を聞いた時「正直、(ダイワスカーレットは)運がいいな、と思いました<ref name="優駿-2007-12-39" />。」と述べている。
=== 2008年(4歳) ===
[[1月31日]]にドバイワールドカップ及びドバイデューティフリーの選出馬となり<ref>{{Cite web |url=http://keiba.radionikkei.jp/keiba/entry-144092.html |title=【ドバイ・ワールドC】〜ヴァーミリアン、ダイワスカーレットら7頭選出 |website=ラジオNIKKEI |date=2008-01-31 |accessdate=2020-12-27}}</ref>、ドバイへのステップとしてフェブラリーステークスに登録したが、調教中に走路から跳ね上がったウッドチップ(木片)が右目に入り、創傷性角膜炎と診断された。そのためフェブラリーステークスを回避し、併せてドバイ遠征も白紙となった。


==== 有馬記念2着 ====
古馬となっての初戦に陣営は[[大阪杯|産経大阪杯]]を選択。前年度の大阪杯優勝馬にしてGⅠ4勝のメイショウサムソン、前年度の皐月賞馬[[ヴィクトリー_(競走馬)|ヴィクトリー]]、[[菊花賞]]馬[[アサクサキングス]]らが出走するレベルの高いメンバー構成となったが単勝2.0倍の1番人気に支持され、これに勝利で応えた<ref>{{Cite web |url=http://keiba.radionikkei.jp/keiba/entry-147678.html |title=【産経大阪杯(GII)】(阪神)~女王ダイワスカーレット 好発進 |website=ラジオNIKKEI |date=2008-04-06 |accessdate=2020-12-27}}</ref>。次走は[[ヴィクトリアマイル]]を目標に調整されていたが左前脚管骨骨瘤を発症したため、春シーズンを全休した<ref>{{Cite web|title=スカーレット故障は左前肢骨瘤、秋2戦へ - 競馬ニュース : nikkansports.com|url=https://www.nikkansports.com/race/news/p-rc-tp0-20080427-352991.html|website=www.nikkansports.com|accessdate=2021-10-05}}</ref>。そのため出走に至らなかったが、[[宝塚記念]]ファン投票では4位となる3万9234票を獲得している。


続いてファン投票4位となる7万4134票を集め、12月23日の[[有馬記念]]({{GI}})に臨む<ref>{{Cite web |title=☆有馬記念ファン投票最終結果☆〜最終発表もウオッカ1位 |url=http://www.radionikkei.jp/keiba/entry-143534.html |website=www.radionikkei.jp |accessdate=2022-03-15}}</ref>。この年の天皇賞を独占した[[メイショウサムソン]]、ジャパンカップ2着や前年2着の[[ポップロック (競走馬)|ポップロック]]、{{GI}}5勝のダイワメジャーなどの古牡馬と初対決。特に引退レースのダイワメジャーとは兄妹対決{{Efn|また有馬記念で兄と妹の対決が実現したのは、1961年の兄[[シーザー (競走馬)|シーザー]]、妹オカメに続いて史上2例目であった<ref>{{Cite web |title=有馬記念アラカルト(23日) |url=https://p.keibabook.co.jp/news/detail/43574 |website=競馬ブック |accessdate=2022-03-15}}</ref>。シーザー(父:[[ハクリヨウ]]<ref>{{Cite web |title=シーザー|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000005287/ |website=www.jbis.or.jp |accessdate=2022-03-15}}</ref>)とオカメ(父:[[ヒンドスタン]]<ref>{{Cite web |title=オカメ|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000006094/ |website=www.jbis.or.jp |accessdate=2022-03-15}}</ref>)の母は、共にトートレルである<ref>{{Cite web |title=トートレル(FR)|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000376825/ |website=www.jbis.or.jp |accessdate=2022-03-15}}</ref>。}}であり、史上初めてとなる「{{GI}}級優勝兄弟姉妹による{{GI}}対決」となった<ref>『優駿』2008年1月号 24頁</ref>。ダイワメジャーは同じく安藤が主戦騎手を務めていたが、安藤は、将来性を考えて{{Efn|安藤は「(ダイワ)スカーレットのほうが先に来る(先着する)と思って選んだわけではない<ref name="優駿-2009-4-38" />」としている。それでも「この馬の手綱は誰にも渡したくないという気持ちもあった<ref name="優駿-2009-4-38" />」とも。しかし年末の中山競馬場2500メートルという舞台設定は、ダイワスカーレットにとって不安要素が多々あり「むしろ(ダイワ)メジャーに乗る方が気は楽<ref name="優駿-2009-4-38" />」だったと述懐している。}}ダイワスカーレットを選択<ref name="優駿-2008-1-23">『優駿』2008年1月号 23頁</ref>。空いたダイワメジャーには、[[ミルコ・デムーロ]]が舞い戻っていた<ref name="優駿-2008-1-23" />。またエリザベス女王杯を取り消してジャパンカップ4着となったウオッカも出走し、4度目のライバル対決が実現していた<ref>『優駿』2008年1月号 25頁</ref>。メイショウサムソンが2.4倍、ポップロックが5.0倍、ウオッカが6.9倍。ダイワスカーレットは、8.1倍の5番人気だった<ref>{{Cite web |title=有馬記念|2007年12月23日|url=https://db.netkeiba.com/race/200706050809/ |website=db.netkeiba.com |accessdate=2022-03-15}}</ref>。{{External media|width=300px|video1=[https://www.youtube.com/watch?v=0d4jAyUUhiQ&ab_channel=JRA%E5%85%AC%E5%BC%8F%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%83%AB 2007年 有馬記念({{GI}})<br />レース映像 JRA公式YouTubeチャンネルによる動画]}}
その後は秋まで休養しステップレースを使わず秋の天皇賞へ出走。当初は出走が微妙な状態だったが、「少しでも不安があればエリザベス女王杯の選択肢もありますが、昨年も勝ったレース。限定戦の楽な選択をするより、強い馬が集まるレースで強いことを証明したい」という理由から出走を決断した。大阪杯以来の故障休養明けでのGI出走に加え東京コース未経験であることを不安視する声もあったが、ウオッカに次ぐ2番人気に支持された。好スタートからハナを奪い、直線に入ると追い込んでくるウオッカと壮絶な1着争いを繰り広げ、2cm差の2着に敗れた(レースの詳細については[[第138回天皇賞]]を参照のこと)<ref>{{Cite web |url=http://keiba.radionikkei.jp/keiba/entry-158248.html |title=【天皇賞・秋(GI)】(東京)~歴史的激闘! ウオッカがハナ差でレコードV |website=ラジオNIKKEI |date=2008-11-02 |accessdate=2020-12-27}}</ref>。
4枠7番からスタート、[[チョウサン]]にハナを叩かれて、離れた2番手で追走した<ref name="優駿-2008-2-68">『優駿』2008年2月号 68頁</ref>。第1、第2コーナーでは折り合いがつかなかった<ref>{{Cite web |title=蛯名も「ビックリ!」 大穴マツリダゴッホが激走V=有馬記念 |url=https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/200804240001-spnavi?p=2 |website=スポーツナビ |accessdate=2022-03-15 |language=ja}}</ref>。第3、最終コーナーでは最内を進むチョウサンと別れて外に持ち出し、後方外から進出を企む有力のウオッカやメイショウサムソンなどを牽制<ref name="日刊-2008有馬記念">{{Cite web |title=祭だ祭だマツリダゴッホ!有馬最大の波乱/G1復刻|url=https://p.nikkansports.com/goku-uma/news/article.zpl?topic_id=1&id=1748851&year=2016&month=12&day=20 |website=p.nikkansports.com |accessdate=2022-03-16 |language=ja}}</ref>。ところが空けた内側を3番手追走の9番人気、マツリダゴッホに突かれてしまった<ref name="優駿-2008-2-24">『優駿』2008年2月号 24頁</ref><ref name="日刊-2008有馬記念" />。以後、マツリダゴッホに突き放されて独走を許した<ref name="優駿-2008-2-24" /><ref name="優駿-2008-2-68" />。牽制先の有力馬が揃って下位に沈んだこともあって、それ以上かわされることはなかった<ref name="優駿-2008-2-24" />。優勝マツリダゴッホに1馬身半差をつけられ、3着ダイワメジャーに2馬身半差をつける2着を確保する<ref name="優駿-2008-2-68" />。


この年の[[JRA賞]]表彰では、全289票中275票を集めて[[JRA賞最優秀3歳牝馬|最優秀3歳牝馬]]{{Efn|[[ウオッカ (競走馬)|ウオッカ]]が14票で次点<ref name="優駿-2007JRA賞" />。}}、162票を集めて[[JRA賞最優秀父内国産馬|最優秀父内国産馬]]{{Efn|[[ウオッカ (競走馬)|ウオッカ]]が123票で次点。以下[[アドマイヤオーラ]]1票、[[アストンマーチャン]]1票、[[メイショウトウコン]]1票、該当馬なし1票<ref name="優駿-2007JRA賞" />。}}を受賞<ref>{{Cite web |title=JRA賞受賞馬のプロフィール〜選考の経緯 |url=http://keiba.radionikkei.jp/keiba/entry-143859.html |website=keiba.radionikkei.jp |accessdate=2022-03-16}}</ref>。また73票を集めて[[JRA賞年度代表馬|年度代表馬]]の次点{{Efn|178票を集めた[[アドマイヤムーン]]が受賞。アドマイヤムーンはこの年、[[ドバイデューティフリー]]({{G1}})と[[宝塚記念]]({{GI}})、[[ジャパンカップ]]({{GI}})を勝利していた<ref>『優駿』2008年2月号 14頁</ref>。以下、ダイワスカーレット73票、[[メイショウサムソン]]17票、[[ウオッカ (競走馬)|ウオッカ]]12票、[[ヴァーミリアン]]5票、該当馬なし2票、[[マツリダゴッホ]]1票、無効1票<ref name="優駿-2007JRA賞">『優駿』2008年2月号 15頁</ref>。}}となった<ref name="優駿-2007JRA賞" />。
年末には[[第53回有馬記念]]に出走し1番人気に推された。レースでは外枠13番からの発走の影響もなくスタート良くハナに立ち、最初の900mを53.1秒という淀みないペースで逃げ、最後の直線でも他馬を寄せ付けることなく完勝、人気に応えた<ref>{{Cite web |url=https://news.netkeiba.com/?pid=news_view&no=148754 |title=【有馬記念】安藤勝己ダイワスカーレットが圧巻の走りで37年振りの牝馬制覇/平成有馬記念列伝(2008年) |website=netkeiba.com |date=2018-12-21 |accessdate=2020-12-27}}</ref><ref>{{Cite web |url=https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/200812280007-spnavi |title=ダイワスカーレット圧逃V! 37年ぶりの牝馬制覇=有馬記念 最強女傑の座へ、09年は「海外3勝」目標 |website=スポーツナビ |date=2008-12-28 |accessdate=2021-01-06}}</ref>。牝馬による有馬記念制覇は、[[1971年]]の[[トウメイ]]以来、37年ぶりの快挙であった。なお、牝馬の有馬記念制覇は史上4頭目だが1番人気での優勝は初である。


=== 2008-09年(4-5歳) ===
レース後には、再び海外遠征のプランが持ち上がった。調教師の[[松田国英]]は海外での3勝を目標とし、2008年は断念したドバイ遠征に再度挑戦したいと発言。生産者である社台ファーム代表の[[吉田照哉]]も日本国内産馬でのヨーロッパGI制覇を期待しているコメントをした。


==== 目の怪我、脚の怪我 ====
2008年度の[[JRA賞]]は年度代表馬、最優秀4歳以上牝馬部門ともウオッカが選ばれ、本馬に対する[[JRA賞特別賞|特別賞]]授与について審議が行われたが、委員総数の4分の3以上(8人中6人以上)の推薦が得られなかったため(賛成4、反対3、欠席1)、受賞には至らなかった<ref>{{Cite web |url=http://keiba.radionikkei.jp/keiba/entry-161429.html |title=JRA賞各賞の選考経過、投票結果 |website=ラジオNIKKEI |date=2009-01-06 |accessdate=2020-12-27}}</ref>。
年をまたいで古馬となった2008年、春の目標を3月下旬、アラブ首長国連邦の[[ナド・アルシバ競馬場|ナドアルシバ競馬場]]で行われる[[ドバイミーティング]]に設定。中でも世界最高賞金が用意された[[ドバイワールドカップ]]({{G1}}、ダート2000メートル)出走を目指した<ref>{{Cite web |title=ドバイワールドカップ2008 カーリンが優勝を飾る |url=https://www.afpbb.com/articles/-/2371530 |website=www.afpbb.com |accessdate=2022-03-15 |language=ja}}</ref>。ダート初挑戦を見越して、まず2月24日、日本の[[フェブラリーステークス]]({{GI}})でリハーサル。フェブラリーステークスのスタート地点から約100メートルは実績の芝コースであるため、松田も勝つ見込みがあると捉えていた<ref>{{Cite web |title=鞍上興奮!凄い!凄いぞスカーレット/フェブラリーS |url=https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2009/02/12/kiji/K20090212Z00001570.html |website=スポニチ Sponichi Annex |accessdate=2022-03-15 |language=ja}}</ref>。しかしレース1週間前の17日、坂路での調教中に跳び上がったウッドチップが右目を傷つけた<ref>{{Cite web |title=ダイワスカーレットがフェブラリーS回避|url=https://news.netkeiba.com/?pid=news_view&no=26359 |website=netkeiba.com |accessdate=2022-03-15 |language=ja}}</ref>。その傷は眼球に及び、創傷性角膜炎と診断<ref>{{Cite web |title=ダイワスカーレット、フェブラリーS回避 |url=https://p.keibabook.co.jp/news/detail/44009 |website=競馬ブック |accessdate=2022-03-15}}</ref>。数日様子を見ても治まらなかったことからフェブラリーステークスの回避が決定した<ref name="スポニチ-2008ドバイ白紙">{{Cite web |title=スカーレット回避!ドバイまで白紙に |url=https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2008/02/20/kiji/K20080220Z00001720.html |website=スポニチ Sponichi Annex |accessdate=2022-03-15 |language=ja}}</ref>。ドバイへの遠征もフェブラリーステークスの出走ありきで組み立てられており、同時にドバイ遠征見送りも決定<ref name="スポニチ-2008ドバイ白紙" />。陣営は目標を[[ヴィクトリアマイル]]({{JpnI}})もしくは安田記念({{GI}})とし、ひいては宝塚記念、海外遠征に改めていた。松田が「一番強い馬が集まると思った<ref name="優駿-2008-9-18">『優駿』2008年9月号 18頁</ref>」という理由で[[産経大阪杯]]で始動となる<ref>{{Cite web |url=http://www.plus-blog.sportsnavi.com/saikyokeiba/article/725 |title=【最強ヒストリー】 ダイワスカーレット 第8話 躓き |accessdate=2022-3-14 |publisher=[[競馬最強の法則]] |archivedate=2014-7-8 |archiveurl=https://web.archive.org/web/20140708034416/http://www.plus-blog.sportsnavi.com/saikyokeiba/article/725}}</ref>。


4月6日の産経大阪杯({{GII}})は、メイショウサムソンや{{GI}}上位の[[インティライミ]]、[[ドリームパスポート]]、それに前年の[[皐月賞]]優勝馬[[ヴィクトリー (競走馬)|ヴィクトリー]]、[[菊花賞]]優勝馬[[アサクサキングス]]など10頭の牡馬と対決した<ref name="netkeiba-産経大阪杯">{{Cite web |title=産経大阪杯|2008年4月6日|url=https://db.netkeiba.com/race/200809020411/ |website=db.netkeiba.com |accessdate=2022-03-16}}</ref>。そんな中で2.0倍の1番人気に推され、メイショウサムソンを3.0倍、ドリームパスポートを8.3倍に押しのけていた<ref name="netkeiba-産経大阪杯" />。スタートからハナを奪取して逃げ、そのまま最終コーナーを通過<ref>『優駿』2008年6月号 100頁</ref>。直線では内から[[エイシンデピュティ]]、外からアサクサキングスが迫って来たが、もう一伸びして突き放した。4分の3馬身差をつけて逃げ切り<ref>{{Cite web |title=【産経大阪杯(GII)】(阪神)~女王ダイワスカーレット 好発進 |url=http://keiba.radionikkei.jp/keiba/entry-147678.html |website=keiba.radionikkei.jp |accessdate=2022-03-16}}</ref><ref>『優駿』2008年5月号 6頁</ref>。1998年[[エアグルーヴ]]以来となる牝馬による産経大阪杯優勝となった<ref>『優駿』2008年6月号 101頁</ref>。
=== 2009年(5歳) ===

この年もドバイワールドカップを目標に、前年同様にステップレースとしてフェブラリーステークスに登録していたが、1週前追い切りを終えた直後の[[2月12日]]に脚部不安を発症したために出走を回避した<ref>{{Cite web |url=http://keiba.radionikkei.jp/keiba/entry-163153.html |title=【フェブラリーS】(22日、東京)~ダイワスカーレット出走回避 |website=ラジオNIKKEI |date=2009-02-12 |accessdate=2020-12-27}}</ref>。翌日には[[屈腱炎|浅屈腱炎]]であることが判明、ドバイワールドカップも回避し<ref>{{Cite web |url=http://keiba.radionikkei.jp/keiba/entry-163224.html |title=ダイワスカーレット、ドバイワールドCも出走回避 |website=ラジオNIKKEI |date=2009-02-13 |accessdate=2021-06-9}}</ref>、その後[[大城敬三]]と吉田照哉の間で協議が行われた結果、[[2月18日]]付で競走馬登録を抹消され現役を引退した<ref>{{Cite web |url=http://keiba.radionikkei.jp/keiba/entry-163331.html |title=ダイワスカーレット、引退が決定 |website=ラジオNIKKEI |date=2009-02-16 |accessdate=2020-12-27}}</ref>。
ただしこの始動戦、ダイワスカーレットにとっては単なる前哨戦だったにもかかわらず、勝利のために最大出力を発揮してしまっていた<ref name="優駿-2008-9-18" />。その影響で脚が腫れ、1週間経過しても引かなかったという<ref name="優駿-2008-9-18" />。まもなく調教不能状態に陥り、その後の予定が全撤回となった<ref>{{Cite web |title=スカーレットはヴィクトリアM回避濃厚 |url=https://www.nikkansports.com/race/news/p-rc-tp0-20080419-349949.html |website=www.nikkansports.com |accessdate=2022-03-16}}</ref><ref>{{Cite web |title=スカーレット骨りゅうのため、放牧へ |url=https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2008/04/25/kiji/K20080425Z00001540.html |website=スポニチ Sponichi Annex |accessdate=2022-03-16 |language=ja}}</ref>。山元トレーニングセンターに放牧に出されて検査したところ、管骨瘤{{Efn|骨瘤には「右前脚」と「左前脚」の二説が伝わる。「右」は、[[島田明宏]]<ref name="優駿-2015-11-82">『優駿』2015年11月号 82頁</ref>、競走馬のふるさと案内所<ref>{{Cite web |title=2008年12月28日 有馬記念 G1 {{!}} 重賞ウイナーレポート {{!}} 競走馬のふるさと案内所 |url=https://uma-furusato.com/winner_info/37076.html |website=uma-furusato.com |accessdate=2022-03-20}}</ref>、[[旭堂南鷹]]<ref>{{Cite web |title=【18】勝つために角居がスタッフに掛ける言葉も多くなった |url=https://tospo-keiba.jp/vodka/1799 |website=東スポ競馬 |accessdate=2022-03-20 |language=ja}}</ref>など。「左」は石田敏徳<ref name="優駿-2008-9-18" />、[[日刊スポーツ]]<ref name="日刊-骨瘤" />、スポーツナビ<ref>{{Cite web |title=ウオッカ vs.ダイワスカーレット――府中2000m頂上決戦!=天皇賞・秋 展望 |url=https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/200810290008-spnavi |website=スポーツナビ |accessdate=2022-03-20 |language=ja}}</ref>など。}}が判明<ref name="優駿-2008-9-18" /><ref name="日刊-骨瘤">{{Cite web |title=スカーレット故障は左前肢骨瘤、秋2戦へ |url=https://www.nikkansports.com/race/news/p-rc-tp0-20080427-352991.html |website=www.nikkansports.com |accessdate=2022-03-16}}</ref>。春は全休して復帰は秋から、山元トレーニングセンターや社台ファームで夏を過ごした<ref name="優駿-2008-9-18" /><ref name="日刊-骨瘤" />。

==== 天皇賞(秋) ====

===== 参戦までの経緯 =====
管骨瘤が完治後、7月末からハッキング{{Efn|軽めの[[歩法 (馬術)#駈歩|キャンター]]<ref name="優駿-2008-9-18" />。}}を開始<ref name="優駿-2008-9-18">『優駿』2008年9月号 18頁</ref>。秋は2戦、エリザベス女王杯と有馬記念参戦を目論んでいた<ref>{{Cite web |title=ダイワスカーレット、順調に復調なればエリザベス女王杯で復帰 |url=https://p.keibabook.co.jp/news/detail/45051 |website=競馬ブック |accessdate=2022-03-18}}</ref>。しかし放牧先の社台ファームで、1ハロン平均を15秒で走る調教の一つの基準<ref>{{Cite web |title=【競馬】トレセン内で頻繁に耳にする「15-15」 その奥深い意味合いとは/デイリースポーツ online |url=https://www.daily.co.jp/opinion-d/2022/02/22/0015081957.shtml |website=デイリースポーツ online |accessdate=2022-03-18 |language=ja}}</ref>「15-15」を3本こなすなど順調<ref name="日刊-復帰前倒し" /><ref name="優駿-2008-12-27">『優駿』2008年12月号 27頁</ref>。予定を2週間前倒しして天皇賞(秋)での復帰が検討されるほどであり<ref name="日刊-復帰前倒し">{{Cite web |title=スカーレット復帰予定前倒しで盾出走も |url=https://www.nikkansports.com/race/news/p-rc-tp0-20080828-401979.html |website=www.nikkansports.com |accessdate=2022-03-18}}</ref>、ついには天皇賞(秋)1か月前に行われる毎日王冠出走まで検討されていた<ref>{{Cite web |title=早期復帰へ!スカーレット秋の盾路線に変更も |url=https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2008/08/29/kiji/K20080829Z00001100.html |website=スポニチ Sponichi Annex |accessdate=2022-03-19 |language=ja}}</ref>。9月5日に帰厩する<ref name="優駿-2008-12-27" />。放牧中は運動が控えられたために増量、社台ファームでの運動中もなかなか絞ることができず、帰厩時540キログラム台、ベスト体重からプラス40キロで停滞していた<ref name="優駿-2009-2-30">『優駿』2009年2月号 30頁</ref><ref name="優駿-2008-12-27" />。そこで松田はダイエット目指して「異例の調整方法<ref name="優駿-2008-12-27" />」(石田敏徳)を実行する。1週間に1度だけ、調教助手ではなく、騎乗技術に長けた騎手の安藤に調教を依頼<ref name="優駿-2008-12-27" />。安藤の腕で以て、ダイワスカーレットに減量を促していた<ref name="優駿-2008-12-27" />。併せて脚に負担をかけないように慎重に「馬なり」調教、強度ではなく回数を稼ぐことで体重を絞りにかかった<ref name="優駿-2009-2-30" />。安藤が騎乗するようになって2週間後、停滞を脱して516キロまで減量することに成功する<ref name="優駿-2008-12-28">『優駿』2008年12月号 28頁</ref>。その姿を見て松田は、レース3週間前に天皇賞(秋)出走を決断する<ref name="優駿-2008-12-28" />。

この年の天皇賞(秋)出走メンバーは14頭いずれも重賞優勝経験があった<ref>{{Cite web |title=【天皇賞・秋】武豊ウオッカと安藤勝己ダイワスカーレットが2cm差の大接戦/平成天皇賞・秋 名勝負列伝|url=https://news.netkeiba.com/?pid=news_view&no=145259 |website=netkeiba.com |accessdate=2022-03-19 |language=ja}}</ref>。そんな中、前年有馬記念以来約10か月ぶり5回目となるウオッカとの対決となった<ref>{{Cite web |title=【競馬秘宝館】天皇賞・秋 名勝負ベスト3 今も語り継がれる「2センチ差」 |url=https://tospo-keiba.jp/reporter-column/4410 |website=東スポ競馬 |accessdate=2022-03-19 |language=ja}}</ref>。有馬記念後のウオッカは、ダイワスカーレットが断念したドバイ遠征を実施し4着<ref>{{Cite web |title=ウオッカ4着、Aオーラ9着/ドバイDF |url=https://p.keibabook.co.jp/news/detail/44390 |website=競馬ブック |accessdate=2022-03-19}}</ref>。帰国してヴィクトリアマイルで[[エイジアンウインズ]]に届かず2着<ref>{{Cite web |title=エイジアンが快勝ウオッカ2着/Vマイル |url=https://www.nikkansports.com/race/news/f-rc-tp0-20080518-361504.html |website=www.nikkansports.com |accessdate=2022-03-19}}</ref>。東京優駿優勝以降は丸一年勝利から遠ざかっていたが、安田記念で復活し{{GI}}級競走3勝目<ref>{{Cite web |title=岩田で復活、強いウオッカ/安田記念 |url=https://www.nikkansports.com/race/news/p-rc-tp0-20080609-369892.html |website=www.nikkansports.com |accessdate=2022-03-19}}</ref>。夏休みを経て秋初戦の毎日王冠にて、[[スーパーホーネット]]にアタマ差届かず2着となっていた<ref>{{Cite web |title=ウオッカ逃げて2着「力んだ」/毎日王冠 |url=https://www.nikkansports.com/race/news/p-rc-tp0-20091012-554613.html |website=www.nikkansports.com |accessdate=2022-03-19}}</ref>。東京優駿を始め東京での良績が目立つウオッカと、東京初参戦となるダイワスカーレットという組み合わせだった<ref>『Number PLUS 名馬堂々。』2021年11月号 82頁</ref>。ウオッカは2.7倍の1番人気、ダイワスカーレットは3.6倍の2番人気<ref name="netkeiba-天皇賞(秋)" />。ライバル同士2番人気までを占めたが「二強」とはならず、3番人気が4.1倍で続く「三強」となっていた<ref name="netkeiba-天皇賞(秋)">{{Cite web |title=天皇賞(秋)|2008年11月2日|url=https://db.netkeiba.com/race/200805040811/ |website=db.netkeiba.com |accessdate=2022-03-19}}</ref><ref name="優駿-2008-12-12">『優駿』2008年12月号 12頁</ref>。3番人気の[[ディープスカイ]]は、[[毎日杯]]、NHKマイルカップ、東京優駿、[[神戸新聞杯]]を4連勝中の3歳牡馬だった<ref>{{Cite web |title=ディープスカイの次走は菊花賞か天皇賞・秋、決定は来週 |url=https://p.keibabook.co.jp/news/detail/45953 |website=競馬ブック |accessdate=2022-03-19}}</ref>。
[[ファイル:Deep Sky 20080511P1.jpg|サムネイル|[[ディープスカイ]]]]
7か月ぶりの出走となった当日、ダイワスカーレットは先の減量、調教のせいで気持ちが高まってしまっていた。最終追い切り直後は512キログラムだった体重が競走前の計量では、498キログラムまで減量<ref name="優駿-2008-12-28" />{{Efn|1週間前の追い切り後の計量は、510キログラム。松田は「これ以上は減らないでしょう<ref>{{Cite web |title=スカーレット復活へ猛トレ52秒0/天皇賞 |url=https://www.nikkansports.com/race/news/p-rc-tp0-20081024-422129.html |website=www.nikkansports.com |accessdate=2022-03-19}}</ref>」と述べていたが、実際はそれより20キログラム減らしてレースに臨んでいた<ref name="優駿-2008-12-28" />。}}。安藤は「今までは休むたびに落ち着きを増していたのにあのときは全然違っていた。普段から気負いこんでいて、我慢がきかない感じだった。頭のいい馬だからきっと、自分で体を絞りにかかっていたんじゃないかな<ref name="優駿-2009-4-40">『優駿』2009年4月号 40頁</ref>。」と述懐している。本来なら返し馬で走る気を高めるところ、装鞍所やパドックの時点で既に気持ちが高まってしまっていた<ref name="優駿-2008-12-29" />。結局スタート直前、ゲート内でもその高まりが収まることはなかったという<ref name="優駿-2009-4-40" />。

===== 展開 =====
[[ファイル:The 138th tennno sho.jpg|サムネイル|278x278px|展開図]]
4枠7番からスタート。安藤はこの時「徐々に、スーッとかそくしてくいつもとは全然違って、スタートを切ったら一気にトップスピードに入っちゃった<ref name="優駿-2009-4-40" />」という。トップスピードで以てハナを奪取し、単騎で逃げてしまった<ref name="優駿-2009-4-40" />。そのまま向こう正面に入り、安藤は「これじゃあ絶対にもたない<ref name="優駿-2009-4-40" />」と覚悟していた。これまでレースでは見せなかった暴走する姿を、阿部珠樹は「素直な優等生が、はじめて少し短いスカートをはいて、反抗の気配を見せた<ref>『優駿』2008年12月号 13頁</ref>」と表現している。

おまけに向こう正面では、ウオッカと同じ角居厩舎の14番人気[[トーセンキャプテン]]が接近して来ていた<ref name="優駿-2008-12-29" />。逃げ馬ならば、本来ここでペースを落とし、終盤で使う脚を温存するのがセオリーだったが、捨て身のトーセンキャプテンに後ろから突っつかれて、セオリーを破らざるを得なかった<ref name="優駿-2008-12-29" />。11秒台のラップを連発しながら前半1000メートルを58.7秒で通過するハイペース<ref name="優駿-2008-12-29" />。トーセンキャプテンは最終コーナーで既に一杯、脱落していた<ref name="優駿-2008-12-29" />。スタートからここまで安藤は「悪いリズムで走ってしまった<ref name="優駿-2009-4-40" />」という。そうして迎えた最後の直線では、馬場の最も内側に位置して逃げ切りを狙った。すぐに先行勢を失速させることには成功したが、中団外から並んで追い込むディープスカイ、ウオッカが迫って来る。安藤はここまでのレース運びから「3着が精一杯だと思った<ref name="優駿-2008-12-29" />」という。{{External media|width=300px|video1=[https://www.youtube.com/watch?v=UaZ_lj2MBdI&ab_channel=JRA%E5%85%AC%E5%BC%8F%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%83%AB 2008年 天皇賞(秋)({{GI}})<br />レース映像 JRA公式YouTubeチャンネルによる動画]|video2=[https://www.youtube.com/watch?v=D_lA5E-If70&t=58s&ab_channel=%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%AC%E7%AB%B6%E9%A6%AC%E3%80%90%E5%85%AC%E5%BC%8F%E3%80%91 2008年 天皇賞(秋)({{GI}})<br />レース映像 関西テレビ競馬公式YouTubeチャンネルによる動画]}}

三強横一線、内ダイワスカーレット、真ん中ディープスカイ、外ウオッカで並び立った。ほどなくしてハイペースが祟り、ダイワスカーレットの脚が鈍って外の2頭が優勢となった<ref name="優駿-2008-12-29" />。ただし、外の2頭もまたハイペースの中団追走が祟って脚を温存できず、得意の瞬発力を使うことができなかった<ref>『優駿』2009年3月号 39頁</ref><ref name="優駿-2008-12-14">『優駿』2008年12月号 14頁</ref>。誰も完全に突き抜けることができないまま迎えた残り100メートルからは、劣勢のダイワスカーレットが盛り返した<ref name="優駿-2008-12-14" />。再び横一線、3頭揃って脚が止まって藻掻いていた<ref name="優駿-2008-12-14" />。終いには、後方でしっかり脚を温存し発揮する追い込み勢[[カンパニー (競走馬)|カンパニー]]や[[エアシェイディ]]の2頭が台頭し、三強を脅かすまでになっていた<ref name="優駿-2008-12-14" />。ゴール手前、真ん中ディープスカイが脱落して、カンパニーとエアシェイディに飲み込まれる<ref name="優駿-2008-12-14" />。ところが、内ダイワスカーレットと外ウオッカの2頭は並び立ったまま、先頭を争い続けた<ref name="優駿-2008-12-15">『優駿』2008年12月号 15頁</ref>。三強と追い込み勢の5頭が横一線になって決勝線、特にダイワスカーレットとウオッカは、盛り返したダイワスカーレットが「むしろ優勢と映る形勢で<ref name="優駿-2008-12-29">『優駿』2008年12月号 29頁</ref>」(石田敏徳)通過した。遅れてカンパニーとディープスカイ、さらに遅れてエアシェイディが通過する<ref name="netkeiba-天皇賞(秋)" />。

1位2位入線のダイワスカーレットとウオッカの優劣、3位4位入線のカンパニーとディープスカイの優劣は写真判定に委ねられ、大外エアシェイディの5位入線だけが目視で判断される混戦<ref name="Number-2021-11-83" />。1999年に[[スペシャルウィーク]]が樹立したレースレコードよりも0.8秒速い決着となった<ref name="競馬ブック-天皇賞(秋)アラカルト">{{Cite web |title=天皇賞(秋)アラカルト |url=https://p.keibabook.co.jp/news/detail/46276 |website=競馬ブック |accessdate=2022-03-19}}</ref>。加えて1958年セルローズ、ミスオンワード以来、天皇賞(秋)史上50年ぶりとなる牝馬ワンツーフィニッシュと相成った<ref name="競馬ブック-天皇賞(秋)アラカルト" /><ref>{{Cite web |title=ウオッカ武豊2センチ差の戴冠/天皇賞 |url=https://www.nikkansports.com/race/news/p-rc-tp0-20081103-425584.html |website=www.nikkansports.com |accessdate=2022-03-19}}</ref>。入線から13分が経過して、ウオッカのハナ差、約2センチメートル先着とダイワスカーレットの敗退が確定<ref name="優駿-2008-12-15" />。ダイワスカーレットからクビ差遅れて3着ディープスカイ、ディープスカイからハナ差遅れて4着カンパニー、カンパニーからクビ差遅れて5着エアシェイディだった<ref name="優駿-2008-12-12" />。

===== 評価、回顧 =====
[[ファイル:2008 Tenno Sho.jpg|サムネイル|307x307px|2008年天皇賞(秋)入線直後<br/>青帽:'''ダイワスカーレット'''<br />橙帽:[[ウオッカ (競走馬)|ウオッカ]]<br />白帽(白袖青二本輪):[[ディープスカイ]]<br />桃帽:[[カンパニー (競走馬)|カンパニー]]<br />黒帽(青袖):[[エアシェイディ]]]]
この一戦を阿部珠樹は、「[[テンポイント]]、[[トウショウボーイ]]、[[グリーングラス]]の3頭が上位を占めた[[1977年有馬記念|1977年の有馬記念]]……31年前のグランプリに匹敵するような20年、30年に一度のレース<ref name="優駿-2008-12-12" />」と表現している。7か月の休み明けに加えて初の東京コース、気持ちが高ぶりながらハイペースの逃げ、それでいてレコード決着ハナ差の2着のパフォーマンスは、ダイワスカーレットの評価をさらに高めた。とりわけ最後の直線で見せた盛り返しは「奇跡のような脚<ref>『優駿』2008年12月号 34頁</ref>」([[井崎脩五郎]])「驚嘆すべき粘り腰<ref name="優駿-2008-12-29" />」(石田敏徳)「信じられないような巻き返し<ref name="優駿-2008-12-14" />」(阿部珠樹)と表されている。

安藤は「もし、道中まともに走らせることができていたなら、結果は違っていたはずなんです<ref name="瀬戸-第10話">{{Cite web |url=http://www.plus-blog.sportsnavi.com/saikyokeiba/article/727 |title=【最強ヒストリー】 ダイワスカーレット 第10話歴史に残る名勝負? |accessdate=2022‐3-19 |publisher=[[競馬最強の法則]] |author=瀬戸慎一郎 |archiveurl=https://web.archive.org/web/20140706113904/http://www.plus-blog.sportsnavi.com/saikyokeiba/article/727 |archivedate=2014-7-6}}</ref>」「あんなチグハグなレースになったら、普通はウオッカとディープスカイにアッサリやられてしまうはずなんですよね。にもかかわらず、あれだけの接戦に持ち込んだわけですから……とにかく尋常な馬じゃない……強さに一番驚いたのは、もしかすると乗っていたボク自身かもしれません<ref name="瀬戸-第10話" />」と述べている。また松田は、道中で角居のトーセンキャプテンに絡まれた件を「あれが(ダイワ)スカーレットを潰すためのチーム戦術だとしたら、やってはいけないこと<ref name="Number-2021-11-83">『Number PLUS 名馬堂々。』2021年11月号 83頁</ref>」としながらも、トーセンキャプテンが来なければ平均ペースになり、瞬発力に秀でたウオッカやディープスカイ有利の展開になっていただろうとして「2センチのハナ差ではなくもっと大きな着差で敗れていたのかもしれません<ref name="優駿-2008-12-29" />」と述べている。

三強が揃って止まりながら、2センチメートル差のワンツーに収束するまで、ダイワスカーレットの盛り返しとウオッカの差し返しが発生していた<ref name="瀬戸-第10話" />。これはウオッカが、ディープスカイを下して先頭に躍り出た瞬間に、自身が勝利したと考えて「気を抜いた」ことが原因だった<ref>『優駿』2008年12月号 19頁</ref><ref name="優駿-2008-12-20">『優駿』2008年12月号 20頁</ref>{{Efn|武によれば「ウオッカは追いかけるスピードは凄いんですが、いったん交わして{{ママ}}しまうと気を抜くようなところがある<ref name="瀬戸-第10話" />。」と述べている、}}。その間にダイワスカーレットが盛り返して2頭横一線。それからウオッカが、新たな負かすべき相手を認識して、2センチメートル突き出たところが決勝線だった<ref name="優駿-2008-12-20" />。2頭横一線となって以降は、盛り返したダイワスカーレットが常に前、入線直後もダイワスカーレットが前だった<ref name="優駿-2008-12-20" />。それでもウオッカの先着に至ったのは、決勝線の瞬間だけウオッカが前に出ていたためだった<ref name="優駿-2008-12-20" />。ウオッカとダイワスカーレットの対決は結果的にこれが最後となる。3歳春から5戦して2勝2敗1分の五分だった<ref>『優駿』2009年3月号 38-39頁</ref>。(ウオッカとのライバル関係についての詳細は、[[ウオッカ (競走馬)#ダイワスカーレット]]を、競走に関する詳細は、[[第138回天皇賞]]を参照。)

==== 有馬記念 ====
天皇賞(秋)の後はジャパンカップを見送り、12月28日の有馬記念に臨む。天皇賞(秋)の気持ちの高ぶりはなく良い状態、順調に調整できていたという<ref name="優駿-2009-2-30" />。ファン投票では、13万6千票を集めたウオッカが1位、ダイワスカーレットは13万1千票の2位だった<ref name="netkeiba-2008有馬記念ファン投票">{{Cite web |title=有馬記念ファン投票、最終結果発表|url=https://news.netkeiba.com/?pid=news_view&no=33056 |website=netkeiba.com |accessdate=2022-03-16 |language=ja}}</ref>。天皇賞(秋)1着3着のウオッカ、ディープスカイは、いずれもジャパンカップに進んで2着、3着。距離や中山の適性から有馬記念を2頭とも回避していた<ref name="優駿-2009-2-28">『優駿』2009年2月号 28頁</ref>。[[キャプテントゥーレ]]は長期離脱中<ref>{{Cite web |title=皐月賞馬トゥーレが復帰/関屋記念 |url=https://www.nikkansports.com/race/news/p-rc-tp0-20090803-526546.html |website=www.nikkansports.com |accessdate=2022-03-16}}</ref>、[[オウケンブルースリ]]は回避<ref>{{Cite web |title=オウケンブルースリが有馬記念を回避 |url=https://www.nikkansports.com/race/news/f-rc-tp0-20081211-439118.html#:~:text=%E8%8F%8A%E8%8A%B1%E8%B3%9E%E9%A6%AC%E3%82%AA%E3%82%A6%E3%82%B1%E3%83%B3%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%AA%EF%BC%88%E7%89%A1,%E3%81%AB%E3%81%97%E3%81%9F%E3%80%8D%E3%81%A8%E8%A9%B1%E3%81%97%E3%81%9F%E3%80%82 |website=www.nikkansports.com |accessdate=2022-03-16}}</ref>、[[アドマイヤジュピタ]]は引退しており<ref>{{Cite web |title=アドマイヤジュピタが屈腱炎で引退 |url=https://www.nikkansports.com/race/news/f-rc-tp0-20081021-421343.html |website=www.nikkansports.com |accessdate=2022-03-16}}</ref>、この年のクラシック優勝馬、天皇賞春秋優勝馬が揃ってグランプリを欠場<ref name="優駿-2009-2-28" />。特にウオッカの不参戦により、[[アカネテンリュウ]]が出走を取り消した1971年以来37年ぶり{{Efn|ウオッカは出走登録すら行わなかった。1位が出走登録さえしなかったのは、1958年に故障で回避した[[カツラシユウホウ]]以来50年ぶりだった<ref>{{Cite web |title=有馬投票1位馬の回避は50年ぶりの珍事 |url=https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2008/12/12/kiji/K20081212Z00002260.html |website=スポニチ Sponichi Annex |accessdate=2022-03-19 |language=ja}}</ref>。}}となる「ファン投票1位を欠いた[[グランプリ (中央競馬)|グランプリ]]」となった<ref name="競馬ブック-2009年有馬記念アラカルト">{{Cite web |title=有馬記念アラカルト |url=https://p.keibabook.co.jp/news/detail/46769 |website=競馬ブック |accessdate=2022-03-16}}</ref>。それでも、ジャパンカップで上述2頭を下した[[スクリーンヒーロー]]、前年の有馬記念優勝馬マツリダゴッホ、これが引退レースのメイショウサムソン、1歳年上の牝馬二冠馬[[カワカミプリンセス]]などが集結<ref name="優駿-2009-2-30" />。出走メンバーは「有馬記念というレースのステータスに相応しいもの<ref name="優駿-2009-2-30" />」(石田敏徳)だったという。そんな中、ダイワスカーレットは、2.6倍の1番人気の支持<ref name="netkeiba-2008年有馬記念" />。マツリダゴッホ4.4倍、スクリーンヒーロー6.4倍、メイショウサムソン8.4倍で続いていた<ref name="netkeiba-2008年有馬記念">{{Cite web |title=有馬記念|2008年12月28日|url=https://db.netkeiba.com/race/200806050810/ |website=db.netkeiba.com |accessdate=2022-03-17}}</ref>。{{External media|width=300px|video1=[https://www.youtube.com/watch?v=byffPMG2Me8 2008年 有馬記念({{GI}})<br />レース映像 JRA公式YouTubeチャンネルによる動画]|video2=[https://www.youtube.com/watch?v=18X-1C9CEeg&ab_channel=%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%AC%E7%AB%B6%E9%A6%AC%E3%80%90%E5%85%AC%E5%BC%8F%E3%80%91 2008年 有馬記念({{GI}})<br />レース映像 関西テレビ競馬公式YouTubeチャンネルによる動画]}}
8枠13番からスタート、ハナを奪取し逃げに出た<ref name="優駿-2009-2-31" />。ラップタイム11秒台を連発しながら直線コースを走行し、第1、2コーナーで13秒台に緩めたが、ハイペースで先導した<ref name="優駿-2009-2-31" />。向こう正面後半からペースアップして再び11秒台で進行。第3コーナーでは2、3番手のメイショウサムソン、カワカミプリンセスからマークを受けてプレッシャーをかけられたが、それらを下して先頭を守った<ref>{{Cite web |title=ダイワスカーレット圧逃V! 37年ぶりの牝馬制覇=有馬記念 |url=https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/200812280007-spnavi |website=スポーツナビ |accessdate=2022-03-18 |language=ja}}</ref>。続いて後方待機からまくるスクリーンヒーローとマツリダゴッホが接近するが直線に入って失速<ref name="優駿-2019-11-41">『優駿』2019年11月号 41頁</ref>。それを尻目にもう一伸び、先行馬も差し馬も潰して独走状態となった<ref name="優駿-2019-11-41" />。最後方の大外から[[アドマイヤモナーク]]が唯一追い上げを見せたが、ダイワスカーレットの先頭を脅かすものではなかった<ref name="優駿-2009-2-31" />。安藤が右手を天に掲げる余裕を見せながら入線<ref name="優駿-2019-11-41" />。アドマイヤモナークに1馬身4分の3差をつけて優勝を果たす。

{{GI}}級4勝目。'''1959年[[ガーネツト|ガーネット]]、1960年[[スターロツチ|スターロッチ]]、1971年[[トウメイ]]以来37年ぶり、史上4頭目となる牝馬による有馬記念優勝'''と相成った<ref name="優駿-2009-2-97">『優駿』2009年2月号 97頁</ref>。1959年は、不良馬場の中、当時としては画期的だった外ラチ沿いからガーネットの差し切り勝利{{Efn|後年、[[シンザン]]が通ったことで有名<ref name="優駿-2011-1-26" />。ガーネットが制した1959年は、注目を集めたその年のダービー馬[[コマツヒカリ]]が不良馬場に泣いて、菊花賞馬[[ハククラマ]]が体調不良だったことも、ガーネットにとって「追い風」だった<ref name="優駿-2011-1-26" />。}}<ref name="優駿-2011-1-26">『優駿』2011年1月号 26頁</ref>。1960年は、後方との差がある2番手追走、展開に恵まれたスターロッチの押し切り勝利<ref name="優駿-2011-1-26" />。1971年は、[[馬インフルエンザ]]が流行して有力馬が続々出走を取消して6頭立て、1番人気[[メジロムサシ]]も馬インフルエンザ感染が噂されるほどの体調不良<ref>『名馬を読む2』13頁</ref>、そんな最中の最後方待機トウメイの追い込み勝利<ref name="優駿-2011-1-27">『優駿』2011年1月号 27頁</ref>。石田敏徳は過去の3例には、牝馬を優勝たらしめる「追い風」の存在があったが、ダイワスカーレットの逃げ切り優勝は、有馬記念に相応しい面子を真正面から下す「敗者にどんな弁解も許さないもの……堂々の横綱相撲<ref name="優駿-2011-1-27" />」だったと評価<ref name="優駿-2011-1-27" />。この点から、ダイワスカーレットを「そうした先輩たち(過去3頭)とは一線を画していた(カッコ内補足加筆者)<ref name="優駿-2011-1-27" />」存在だと表している。

その他、安藤と松田は有馬記念初優勝<ref name="競馬ブック-2009年有馬記念アラカルト" />。安藤は、中山の芝初優勝であり、中山の重賞は[[マンボツイスト]]で制した2002年、ダートの[[マーチステークス]]({{GIII}})以来の優勝だった<ref name="競馬ブック-2009年有馬記念アラカルト" />。またスカーレットブーケは、産駒のJRA-{{GI}}9勝(ダイワメジャー5勝、ダイワスカーレット4勝)に到達<ref name="優駿-2009-2-97" />。これまで最多記録で並び立っていた[[パシフィカス]]、産駒のJRA-{{GI}}8勝([[ビワハヤヒデ]]3勝、[[ナリタブライアン]]5勝)を追い抜いて単独最多記録を樹立した<ref>{{Cite web |title=スカーレットブーケにも“日本一の勲章”/有馬記念 |url=https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2008/12/29/kiji/K20081229Z00001440.html |website=スポニチ Sponichi Annex |accessdate=2022-03-19 |language=ja}}</ref>。ダイワスカーレットに1馬身4分の3遅れて14番人気アドマイヤモナーク、さらに4分の3馬身遅れて10番人気エアシェイディが入線<ref name="競馬ブック-2009年有馬記念アラカルト" />。2着3着のワイド2万8200円、3頭の三連複19万2500円、三連単98万5580円は、いずれもその式別の有馬記念史上最高払戻金額を記録している<ref name="優駿-2009-2-97" />。

この年のJRA賞、ダイワスカーレットはどれにも選出されなかった{{Efn|[[JRA賞最優秀父内国産馬]]は、前年の受賞を最後に廃止されている<ref name="ラジオNIKKEI-JRA賞変更">{{Cite web |title=JRA賞の変更発表~「最優秀父内国産馬」は廃止へ |url=http://keiba.radionikkei.jp/keiba/entry-156241.html |website=keiba.radionikkei.jp |accessdate=2022-03-16}}</ref>。}}<ref name="スポニチ-2009JRA賞">{{Cite web |url=https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2009/01/07/kiji/K20090107Z00001060.html |title=女王ダイワスカーレット無冠に終わる |accessdate=2022‐3-16 |publisher=[[スポーツニッポン]]}}</ref>。年度代表馬選考では全300票中79票を集めてウオッカの次点{{Efn|ウオッカが180票で受賞。ダイワスカーレット79票を挟んで、以下[[ディープスカイ]]37票、[[カネヒキリ]]1票、[[スリープレスナイト]]1票、該当馬なし1票<ref name="優駿-2009-2-22" />。}}<ref name="優駿-2009-2-22">『優駿』2009年2月号 22頁</ref>。[[JRA賞最優秀4歳以上牝馬|最優秀4歳以上牝馬]]選考では、104票を集めてウオッカの次点だった{{Efn|196票を集めたウオッカが受賞。2頭で票を独占している<ref name="優駿-2009-2-22" />。}}<ref name="優駿-2009-2-22" />。また天皇賞(秋)での接戦と有馬記念の優勝が評価され、特別賞を授与するか否かが選考委員会に持ち上がった<ref name="優駿-2009-2-22" />。審議された結果、全8票中、賛成が4人に留まって選考委員会の推薦が得られず{{Efn|特別賞授与には、受賞馬選考委員会の委員総数の4分の3以上の推薦が必要。委員が8人だったこの年、授与には6人の推薦が必要だが、反対が3票、欠席が1票だった<ref name="スポニチ-2009JRA賞" />。}}{{Efn|この年から特別賞選出基準が厳格化。前年までは、委員の3分の2以上が出席した受賞馬選考委員会で「過半数」で選出されていたが、この年から「4分の3以上」に変更されていた。前年にはウオッカとメイショウサムソンが特別賞に選出されていた<ref name="ラジオNIKKEI-JRA賞変更" />。}}、受賞を逃している<ref>{{Cite web |title=JRA賞各賞の選考経過、投票結果 |url=http://keiba.radionikkei.jp/keiba/entry-161429.html |website=keiba.radionikkei.jp |accessdate=2022-03-16}}</ref>。

==== 引退 - 幻の海外転戦計画 ====
5歳となった2009年、改めてドバイワールドカップを目標に設定。再びフェブラリーステークスをステップに遠征する予定だった<ref name="スポニチ-フェブラリーS回避">{{Cite web |title=ダイワスカーレット ドバイ遠征も困難に… |url=https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2009/02/13/kiji/K20090213Z00001650.html |website=スポニチ Sponichi Annex |accessdate=2022-03-18 |language=ja}}</ref>。しかしその1週間前追い切り後、左前脚の熱が治まらず、再びフェブラリーステークス回避が決定<ref name="スポニチ-フェブラリーS回避" /><ref>{{Cite web |title=【フェブラリーS】(22日、東京)~ダイワスカーレット出走回避 |url=http://keiba.radionikkei.jp/keiba/entry-163153.html |website=keiba.radionikkei.jp |accessdate=2022-03-16}}</ref>。翌日にはそれが[[屈腱炎|浅屈腱炎]]だと判明してドバイ遠征も断念し、遂には引退が決定した。2月18日付でJRAの競走馬登録を抹消される<ref>{{Cite web |title=ダイワスカーレット、引退が決定 |url=http://keiba.radionikkei.jp/keiba/entry-163331.html |website=keiba.radionikkei.jp |accessdate=2022-03-16}}</ref>。通算成績12戦8勝2着4回、デビューから[[連対]](2着以内)し続ける「生涯連対」を達成<ref name="優駿-2019-11-41" /><ref name="スポニチ-生涯連対">{{Cite web |title=生涯連対12戦はシンザンに次ぐ記録 |url=https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2009/02/17/kiji/K20090217Z00001780.html |website=スポニチ Sponichi Annex |accessdate=2022-03-16 |language=ja}}</ref>。'''[[シンザン]]の19戦15勝2着4回に次ぐ、史上第2位の「生涯連対」記録'''となった<ref name="スポニチ-生涯連対" />{{Efn|デビュー以来連続「12連対」は、シンザンの19連対、[[ビワハヤヒデ]]の15連対に次ぐ史上3番目の記録<ref name="競馬ブック-2009年有馬記念アラカルト" />。ビワハヤヒデは、結果的にラストランとなった1994年天皇賞(秋)にて5着に敗退<ref group="注釈">優勝:[[ネーハイシーザー]]、2着:[[セキテイリュウオー]]</ref>し「生涯連対」を逃している<ref>{{Cite web |title=ビワハヤヒデ死す 史上2位デビュー15戦連続連対|url=https://p.nikkansports.com/goku-uma/news/article.zpl?topic_id=1&id=202007210001399&year=2020&month=07&day=22 |website=p.nikkansports.com |accessdate=2022-03-16 |language=ja}}</ref>。}}<ref name="競馬ブック-2009年有馬記念アラカルト" />。

松田は有馬記念直後、翌2009年の野望を「海外で3つ勝ちたい……一番強い馬が集まるレースにぶつけたい<ref name="優駿-2009-2-31">『優駿』2009年2月号 31頁</ref>」と述べていた。ドバイ、[[イギリス]]、[[アメリカ合衆国|アメリカ]]、日本の4か国を転戦するつもりだったという<ref name="日刊-2009年予定">{{Cite web |title=スカーレット09年は有馬連覇で締めくくる |url=https://www.nikkansports.com/race/news/p-rc-tp0-20090108-447904.html |website=www.nikkansports.com |accessdate=2022-03-16}}</ref>。フェブラリーステークスからドバイミーティングに参戦した後は、イギリスへ。6月の[[アスコット競馬場]]・[[ロイヤルアスコット開催]]の[[プリンスオブウェールズステークス (イギリス)|プリンスオブウェールズステークス]]({{G1}}、芝2000メートル)に参戦<ref name="日刊-2009年予定" />。それから秋は、前年2着の天皇賞(秋)あるいはアメリカ遠征・[[サンタアニタパーク競馬場|サンタアニタ競馬場]]で行われる[[ブリーダーズカップ・ワールド・サラブレッド・チャンピオンシップ]]の[[ブリーダーズカップ・クラシック]]({{G1}}、ダート2000メートル)に参戦、終いに日本の有馬記念で連覇を狙う<ref name="日刊-2009年予定" />。という一年間の計画だった<ref name="日刊-2009年予定" />。この計画は、吉田と大城の意向によるものが大きかった。中でも、大城は天皇賞(秋)出走を特に望んでいたという<ref name="優駿-2009-3-52">『優駿』2009年3月号 52頁</ref>。そこで吉田は大城に対し「春は私の夢に挑戦させて下さい<ref name="優駿-2009-3-52" />」と提案。そうして吉田の夢であるプリンスオブウェールズステークスが予定に組み入れられていた<ref name="優駿-2009-3-52" />。吉田によれば、秋のブリーダーズカップ参戦プランは、プリンスオブウェールズステークス優勝が条件だったという<ref name="優駿-2009-3-52" />。しかしこれらの計画は、故障引退によりすべて幻となった。

== 繁殖牝馬時代 ==
引退後は、社台ファームで[[繁殖牝馬]]となった。初年度は、[[チチカステナンゴ (競走馬)|チチカステナンゴ]]と交配。2010年3月6日に初仔の牝馬を生産した<ref>{{Cite web |url=http://www.sanspo.com/keiba/news/100308/kba1003080503005-n1.htm |title=ダイワスカーレット、初仔の牝馬が誕生 |website=サンケイスポーツ |date=2010-03-08 |accessdate=2010-03-08 |archiveurl=https://web.archive.org/web/20100412082700/https://www.sanspo.com/keiba/news/100308/kba1003080503005-n1.htm |archivedate=2010-04-12 |deadlinkdate=2021-06-10}}</ref>。それから2020年までに10番仔まで生産、すべて牝馬だった<ref name="日刊-初仔">{{Cite web |title=ダイワスカーレットに初の牡馬誕生|url=https://p.nikkansports.com/goku-uma/member/news/news.zpl?topic_id=10102&id=202104290000400&year=2021&month=4&day=29 |website=p.nikkansports.com |accessdate=2022-03-18}}</ref>。この間に、特に[[キングカメハメハ]]や[[ノヴェリスト]]、[[ロードカナロア]]とは複数年交配し、複数頭の牝の仔を得ている。2021年の11番仔でようやく牡馬(父:ロードカナロア)を生産した<ref name="日刊-初仔" />。

産駒は、大城敬三が2020年に死去するまで所有した<ref>{{Cite web |title=社台Fの吉田代表「いいオーナーでした」 ダイワのオーナー大城敬三氏が死去、96歳/デイリースポーツ online |url=https://www.daily.co.jp/horse/2020/06/15/0013424363.shtml |website=デイリースポーツ online |accessdate=2022-03-18 |language=ja}}</ref>。7番仔まで「ダイワ」の冠名を用いた競走馬名である<ref name="JBIS-ダイワスカーレット牝系" />。初仔ダイワレーヌ(父:チチカステナンゴ)は勝利を挙げられなかったが、2番仔ダイワレジェンド(父:キングカメハメハ)は2戦目の未勝利戦で勝ち上がり<ref>{{Cite web |title=スカーレット娘レジェンド初V/東京2R |url=https://www.nikkansports.com/race/news/f-rc-tp0-20131027-1209987.html |website=nikkansports.com |accessdate=2022-03-18 |language=ja}}</ref>。通算4勝で準オープンクラスまで出世した<ref>{{Cite web |title=競走成績:全競走成績|ダイワレジェンド|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0001140189/record/ |website=www.jbis.or.jp |accessdate=2022-03-18}}</ref>。3番仔ダイワミランダ(父:[[ハービンジャー]])は産駒で初めて新馬戦で勝ち上がり<ref>{{Cite web |title=【東京5R新馬戦】ダイワミランダが二の脚伸ばし勝利 |url=https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2014/11/01/kiji/K20141101009208480.html |website=スポニチ Sponichi Annex |accessdate=2022-03-18 |language=ja}}</ref>。4番仔ダイワウィズミ―(父:キングカメハメハ)は中央未勝利の後、[[南関東公営競馬]]で2勝<ref>{{Cite web |title=競走成績:全競走成績|ダイワウィズミー|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0001171036/record/ |website=www.jbis.or.jp |accessdate=2022-03-18}}</ref>。5番仔ダイワエトワール(父:[[エンパイアメーカー]])は3勝を挙げ、1000万円以下まで出世<ref>{{Cite web |title=競走成績:全競走成績|ダイワエトワール|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0001187587/record/ |website=www.jbis.or.jp |accessdate=2022-03-18}}</ref>。以上5頭は競走馬引退後、いずれも繁殖牝馬として供用されている<ref name="JBIS-ダイワスカーレット牝系" />。

6番仔ダイワメモリー(父:ノヴェリスト)は新馬戦を含めて3勝して、1600万円以下(途中で3勝クラスに改称)まで出世<ref>{{Cite web |title=競走成績:全競走成績|ダイワメモリー|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0001203605/record/ |website=www.jbis.or.jp |accessdate=2022-03-18}}</ref>。2020年7月11日の福島競馬場、テレビユー福島賞(3勝クラス)の競走中に[[急性心不全]]で死亡した<ref name="netkeiba-ダイワメモリー" />。7番仔ダイワクンナナは、中途で大城敬三から大城正一へ、さらにダイワスカーレットの共同オーナーだった社台ファーム代表の[[吉田照哉]]に継承された。ダイワクンナナは、新馬戦を含めて3勝し中央競馬を退いている<ref>{{Cite web |title=競走成績:全競走成績|ダイワクンナナ|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0001231173/record/ |website=www.jbis.or.jp |accessdate=2022-03-18}}</ref>。8番仔以降は、吉田照哉の妻吉田千津や、社台傘下のクラブ法人[[社台レースホース|有限会社社台レースホース]]が所有している<ref name="JBIS-アンブレラ" /><ref name="JBIS-オーラ" />。産駒の競走馬名に「ダイワ」が用いられなくなった。8番仔アンブレラデート(父:[[エイシンフラッシュ]])は、2021年の[[フィリーズレビュー]]({{GII}})で入着を果たした<ref>{{Cite web |title=競走成績:全競走成績|アンブレラデート|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0001263253/record/ |website=www.jbis.or.jp |accessdate=2022-03-18}}</ref>。


== 競走成績 ==
== 競走成績 ==
以下の内容は、netkeiba.comの情報<ref name="netkeiba-ダイワスカーレット">{{Cite web |url= https://db.netkeiba.com/horse/2004103198/ |title=ダイワスカーレット |publisher=株式会社ネットドリーマーズ |website=netkeiba.com |accessdate=2008-12-28}}</ref>に基づく。
以下の内容は、[[netkeiba.com]]<ref name="netkeiba-ダイワスカーレット">{{Cite web |url= https://db.netkeiba.com/horse/2004103198/ |title=ダイワスカーレット |publisher=株式会社ネットドリーマーズ |website=netkeiba.com |accessdate=2008-12-28}}</ref>およびJBISサーチ<ref>{{Cite web |title=競走成績:全競走成績|ダイワスカーレット|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000798369/record/ |website=www.jbis.or.jp |accessdate=2022-03-10}}</ref>の情報に基づく。
{| style="border-collapse: collapse; font-size: 90%; text-align: center; white-space: nowrap;"
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! 競走日 !! 競馬場 !! 競走名 !! 格 !! 距離(馬場) !! 頭<br />数 !! 枠<br />番 !! 馬<br />番 !! オッズ<br />(人気) !! 着順 !! タイム<br />(上り3F) !! 着差 !! 騎手 !! 斤量<br />[kg] !! 馬体重<br />[kg] !! 1着馬(2着馬)
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| 55
|55
|(レインダンス)
| 484
|484
| (レインダンス)
|-
|-
| {{0|0000.}} [[11月11日|11.11]]
|{{0|0000.}} [[11月11日|11.11]]
| 京都
|京都
| [[エリザベス女王杯]]
|[[エリザベス女王杯]]
| {{GI}}
|{{GI}}
| 芝2200m(良)
|芝2200m(良)
| 13
|13
| 5
|5
| 7
|7
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| {{Color|darkred|1着}}
|{{Color|darkred|1着}}
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| {{Nowiki|-}}0.1
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| 安藤勝己
|{{0}}安藤勝己
| 54
|54
|([[フサイチパンドラ]])
| 484
|484
| ([[フサイチパンドラ]])
|-
|-
| {{0|0000.}}[[12月23日|12.23]]
|{{0|0000.}}[[12月23日|12.23]]
| [[中山競馬場|中山]]
|[[中山競馬場|中山]]
| [[有馬記念]]
|[[有馬記念]]
| {{GI}}
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| 芝2500m(稍)
|芝2500m(稍)
| 15
|15
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| {{Color|darkblue|2着}}
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| 安藤勝己
|{{0}}安藤勝己
| 53
|53
|[[マツリダゴッホ]]
| 486
|486
| [[マツリダゴッホ]]
|-
|-
| [[2008年|2008.]][[4月6日|{{0}}4.{{0}}6]]
|[[2008年|2008.]][[4月6日|{{0}}4.{{0}}6]]
| 阪神
|阪神
| [[大阪杯|産経大阪杯]]
|[[大阪杯|産経大阪杯]]
| {{GII}}
|{{GII}}
| 芝2000m(良)
|芝2000m(良)
| 11
|11
| 7
|7
| 9
|9
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| {{Color|darkred|1着}}
|{{Color|darkred|1着}}
| {{0|R}}1:58.7(34.8)
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| 安藤勝己
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| 498
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| ([[エイシンデピュティ]])
|-
|-
| {{0|0000.}}[[11月2日|11.{{0}}2]]
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| 東京
|東京
| [[天皇賞(秋)]]
|[[天皇賞#天皇賞(秋)|天皇賞(秋)]]
| {{GI}}
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| 芝2000m(良)
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| 17
|17
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|56
|ウオッカ
| 498
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| ウオッカ
|-
|-
| {{0|0000.}}[[12月28日|12.28]]
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| 中山
|中山
| 有馬記念
|有馬記念
| {{GI}}
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| 芝2500m(良)
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| 14
|14
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|8
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| {{Color|darkred|1着}}
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| 安藤勝己
|{{0}}安藤勝己
| 55
|55
|([[アドマイヤモナーク]])
| 494
|494
| ([[アドマイヤモナーク]])
|}
|}


== 評価 ==
== 繁殖成績 ==
{| class="wikitable" style="font-size: 90%"
デビュー戦から引退まで12戦8勝・2着4回とすべての出走レースで[[連対]]を果たした。デビューから引退までの12戦連続連対はJRA所属の牝馬としては最多記録となっている(最多記録は19戦連対の[[シンザン]])。
!

!馬名
同世代のウオッカと熾烈な争いを繰り広げ、ともに牝馬ながらG1級の牡馬とも互角以上に渡り合った<ref>{{Cite web |url=https://www.nikkankeiba.co.jp/furikaeru/memorial201411/memorial201411.html |title=日刊競馬で振り返るメモリアルホース 『府中で魅了 21世紀の名牝 ~ウオッカ~』 |website=日刊競馬 |date=2014-10-31 |accessdate=2021-01-06}}</ref>。安藤勝己は現役引退後にダイワスカーレットとウオッカの上下について、自身の[[Twitter]]において「贔屓目でもなんでもなく、ダイワスカーレットはウオッカよりも、持っとる能力がかなり上やったと思う」と述べている<ref>{{Twitter status2|andokatsumi|318582461862912001|4=安藤勝己(アンカツ)の2013年4月1日のツイート|accessdate=2020-11-04}}</ref>。
! style="white-space: nowrap;" |誕生年

!性
2015年に[[日本中央競馬会]]の広報誌「[[優駿]]」が実施した投票企画「未来に語り継ぎたい名馬BEST100」では9位に選出されている(8位は[[トウカイテイオー]]、10位は[[エルコンドルパサー]])<ref>{{Cite web |title=「未来に語り継ぎたい名馬BEST100」1位ディープインパクト、あの3冠馬はベスト10漏れ |url=https://www.tokyo-sports.co.jp/horse/371396/ |website=東スポWeb |date=2015-02-26 |accessdate=2020-11-04}}</ref><ref>{{Cite web |title=未来に語り継ぎたい名馬 |url=https://prc.jp/jraracingviewer/contents/yushun/ |website=JRAレーシングビュアー |accessdate=2020-11-04}}</ref>。
! style="white-space: nowrap;" |毛色

!父
== 繁殖牝馬時代 ==
!厩舎
引退後は生まれ故郷の社台ファームで繁殖入りした。[[2010年]][[3月6日]]、チチカステナンゴとの交配による初仔を出産した<ref>{{Cite web |url=http://www.sanspo.com/keiba/news/100308/kba1003080503005-n1.htm |title=ダイワスカーレット、初仔の牝馬が誕生 |website=サンケイスポーツ |date=2010-03-08 |accessdate=2010-03-08 |archiveurl=https://web.archive.org/web/20100412082700/https://www.sanspo.com/keiba/news/100308/kba1003080503005-n1.htm |archivedate=2010-04-12 |deadlinkdate=2021-06-10}}</ref>。初仔は牝馬で、チチカステナンゴにとっては日本での初年度産駒となる。産駒は10頭続けて牝馬だったが、第11仔で初の牡馬が誕生した<ref>{{Cite web |url=https://www.facebook.com/ShadaiFarm/photos/a.2571881959516148/3826030304101301/ |title=ダイワスカーレットの子どもが生まれました! |website=社台ファーム - Facebook |publisher=Facebook |date=2021-04-27 |accessdate=2021-04-28}}</ref>。
!馬主

!戦績
=== 繁殖成績 ===
!主な成績
{| class=wikitable border="1"
!供用
!出典
|-
|-
|初仔
!||馬名||誕生年||性||毛色||父||厩舎||馬主||戦績||備考
|ダイワレーヌ
| style="white-space: nowrap;" |2010年
| rowspan="6" |[[牝馬|牝]]
|[[黒鹿毛]]
| nowrap="" |[[チチカステナンゴ (競走馬)|チチカステナンゴ]]
| nowrap="" |松田国英(栗東)
| rowspan="6" nowrap="" |大城敬三
|4戦0勝
|
| rowspan="5" |繁殖牝馬
|<ref>{{Cite web |title=ダイワレーヌ|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0001125389/ |website=www.jbis.or.jp |accessdate=2022-03-10}}</ref>
|-
|-
|第2仔
|初仔||ダイワレーヌ||2010年||牝||黒鹿毛||[[チチカステナンゴ (競走馬)|チチカステナンゴ]]||栗東・松田国英|| rowspan="8" nowrap="" |大城敬三||4戦0勝||(引退・繁殖)<ref>{{Cite web |url=http://www.nikkansports.com/race/news/f-rc-tp0-20130417-1113727.html |title=スカーレットの初子ダイワレーヌ繁殖入り |website=日刊スポーツ |date=2013-04-17 |accessdate=2013-04-18}}</ref>
|ダイワレジェンド
| style="white-space: nowrap;" |2011年
| rowspan="3" |[[栗毛]]
|[[キングカメハメハ]]
| rowspan="2" |[[国枝栄]](美浦)
|22戦4勝
|10下2勝
|<ref>{{Cite web |title=ダイワレジェンド|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0001140189/ |website=www.jbis.or.jp |accessdate=2022-03-10}}</ref>
|-
|-
|第3仔
|第2仔||ダイワレジェンド||2011年||牝||栗毛||[[キングカメハメハ]]||nowrap rowspan="2"|[[美浦トレーニングセンター|美浦]]・[[国枝栄]]||22戦4勝||(引退・繁殖)
|ダイワミランダ
| style="white-space: nowrap;" |2012年
|[[ハービンジャー]]
|14戦2勝
|[[スイートピーステークス|スイートピーS]]8着
|<ref>{{Cite web |title=ダイワミランダ|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0001154388/ |website=www.jbis.or.jp |accessdate=2022-03-10}}</ref>
|-
|-
|第4仔
|第3仔||ダイワミランダ<ref>{{Cite web |url=http://db.netkeiba.com/horse/2012104278 |title=ダイワミランダ {{!}} 競走馬データ |website=netkeiba.com |accessdate=2014-07-25}}</ref>||2012年||牝||栗毛||[[ハービンジャー]]||14戦2勝||(引退・繁殖)
|ダイワウィズミー
|2013年
|キングカメハメハ
|松田国英(栗東)<ref>{{Cite web |title=5R サラ系2歳 新馬|2015年11月7日(土)5回東京1日|url=https://www.jbis.or.jp/race/result/20151107/105/05/ |website=www.jbis.or.jp |accessdate=2022-03-10}}</ref><br />→立花伸([[大井競馬場|大井]])<ref>{{Cite web |title=6R サラ系一般 C2七八|2017年1月25日(水)16回大井3日|url=https://www.jbis.or.jp/race/result/20170125/220/06/ |website=www.jbis.or.jp |accessdate=2022-03-10}}</ref><br />→[[川島正一]]([[船橋競馬場|船橋]])
|21戦2勝
|
|<ref>{{Cite web |title=ダイワウィズミー|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0001171036/ |website=www.jbis.or.jp |accessdate=2022-03-10}}</ref>
|-
|-
|第5仔
|第4仔||ダイワウィズミー||2013年||牝||栗毛||キングカメハメハ||栗東・松田国英<br/>→[[大井競馬場|大井]]・[[立花伸 (競馬)|立花伸]]<br/>→[[船橋競馬場|船橋]]・[[川島正一]]||21戦2勝(うち地方14戦2勝)||(引退・繁殖)
|ダイワエトワール
|2014年
|黒鹿毛
|[[エンパイアメーカー]]
|[[鹿戸雄一]](美浦)
|11戦3勝
|5下2勝
|<ref>{{Cite web |title=ダイワエトワール|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0001187587/ |website=www.jbis.or.jp |accessdate=2022-03-10}}</ref>
|-
|-
|第6仔
|第5仔||ダイワエトワール||2014年||牝||黒鹿毛||[[エンパイアメーカー]]||美浦・[[鹿戸雄一]]||11戦3勝||(引退・繁殖)
|ダイワメモリー
|-
|2015年
|第6仔||ダイワメモリー||2015年||牝||栗毛|| nowrap="" |[[ノヴェリスト]]||美浦・国枝栄||16戦3勝<ref>{{Cite web |title=ダイワメモリー {{!}} 競走馬データ |url=https://db.netkeiba.com/horse/2015104406/ |website=netkeiba.com |accessdate=2020-07-14}}</ref>||死亡(現役中)<ref>{{Cite web |url=https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2020/07/12/kiji/20200712s00004048044000c.html |title=良血馬ダイワメモリー死す…母はG1・4勝馬ダイワスカーレット |website=スポニチアネックス |date=2020-07-12 |accessdate=2020-07-14}}</ref><ref>{{Cite web |title=【JRA】ダイワスカーレットの娘ダイワメモリーが死亡、競走中に急性心不全 |url=https://news.netkeiba.com/?pid=news_view&no=173749 |website=netkeiba.com |date=2020-07-11 |accessdate=2020-07-14}}</ref><ref group="注">[[2020年]][[7月11日]]、テレビユー福島賞にて、競走中に[[急性心不全]]を発症。15着入線ののち、死亡した。</ref>
|栗毛
|[[ノヴェリスト]]
|国枝栄(美浦)
|16戦3勝
|テレ玉杯(10下)優勝
|現役中死亡<ref name="netkeiba-ダイワメモリー">{{Cite web |title=【JRA】ダイワスカーレットの娘ダイワメモリーが死亡、競走中に急性心不全|url=https://news.netkeiba.com/?pid=news_view&no=173749 |website=netkeiba.com |accessdate=2022-03-10 |language=ja}}</ref>
|<ref>{{Cite web |title=ダイワメモリー|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0001203605/ |website=www.jbis.or.jp |accessdate=2022-03-10}}</ref>
|-
|-
|
|
|(不受胎)
|(不受胎)
|2016年
|
|
|
|
|
334行目: 490行目:
|
|
|
|
|
|
|<ref name="JBIS-ダイワスカーレット牝系">{{Cite web |title=繁殖牝馬情報:牝系情報|ダイワスカーレット|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0000798369/broodmare/info/ |website=www.jbis.or.jp |accessdate=2022-03-10}}</ref>
|-
|-
|第7仔||ダイワクンナナ||2017年||牝||鹿毛
|第7仔
|ダイワクンナナ
|2017年
| rowspan="4" |牝
|ノヴェリスト||美浦・[[池上昌和]]<br />→美浦・国枝栄||14戦3勝||現役
| rowspan="5" |[[鹿毛]]
|ノヴェリスト
|池上昌和(美浦)<br />→国枝栄(美浦)<ref name="JBIS-クンナナ国枝">{{Cite web |title=10R ユートピアS 3勝クラス|2021年11月14日(日)5回東京4日|url=https://www.jbis.or.jp/race/result/20211114/105/10/ |website=www.jbis.or.jp |accessdate=2022-03-10}}</ref><br/>→荒山勝徳([[小林牧場|小林]])
|大城敬三<ref>{{Cite web |title=9R 織姫賞 1勝クラス|2020年7月12日(日)2回福島4日|url=https://www.jbis.or.jp/race/result/20200712/103/09/ |website=www.jbis.or.jp |accessdate=2022-03-10}}</ref><br/>→大城正一<ref name="JBIS-クンナナ国枝" /><br/>→[[吉田照哉]]
|15戦3勝
|[[フェアリーステークス|フェアリーS]]13着 
|現役競走馬
|<ref>{{Cite web |title=ダイワクンナナ|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0001231173/ |website=www.jbis.or.jp |accessdate=2022-03-10}}</ref>
|-
|-
|第8仔
|第8仔||アンブレラデート||2018年||牝||鹿毛||[[エイシンフラッシュ]]||栗東・[[角居勝彦]]||吉田千津||8戦2勝||現役
|アンブレラデート
|2018年
|[[エイシンフラッシュ]]
|[[角居勝彦]](栗東)<ref>{{Cite web |url=https://hochi.news/articles/20210301-OHT1T50194.html?page=1 |title=角居厩舎42頭の転厩先が決定 キセキ、ワイドファラオは辻野厩舎へ |accessdate=2022-3-10 |publisher=[[スポーツ報知]] |archiveurl=https://web.archive.org/web/20220310024045/https://hochi.news/articles/20210301-OHT1T50194.html?page=1 |archivedate=2022-3-10}}</ref><br/>→[[藤原英昭]](栗東)
|吉田千津
|9戦2勝
|[[フィリーズレビュー|フィリーズR]]4着
|現役競走馬
|<ref name="JBIS-アンブレラ">{{Cite web |title=アンブレラデート|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0001263253/ |website=www.jbis.or.jp |accessdate=2022-03-10}}</ref>
|-
|-
|第9仔
|第9仔||スカーレットオーラ<ref>{{Cite web |url=https://db.netkeiba.com/horse/2019104797/ |title=スカーレットオーラ {{!}} 競走馬データ |website=netkeiba.com |accessdate=2020-07-14}}</ref>||2019年||牝||鹿毛|| rowspan="3" |[[ロードカナロア]]||栗東・[[中内田充正]]||[[社台レースホース]]||-||(デビュー前)
|スカーレットオーラ
|2019年
| rowspan="3" |[[ロードカナロア]]
|[[中内田充正]](栗東)
|[[社台レースホース|社台RH]]
|未出走
|
|現役競走馬
|<ref name="JBIS-オーラ">{{Cite web |title=スカーレットオーラ|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0001304983/ |website=www.jbis.or.jp |accessdate=2022-03-10}}</ref>
|-
|-
|第10仔
|第10仔
|ダイワスカーレットの2020
|ダイワスカーレットの20
|2020年
|2020年
|[[安田翔伍]](栗東)
|牝
|社台RH
|鹿毛
| 栗東・[[安田翔伍]]
| 社台レースホース
| -
| -
|
|(デビュー前)
|血統登録
|<ref>{{Cite web |title=_________|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0001318911/ |website=www.jbis.or.jp |accessdate=2022-03-10}}</ref>
|-
|-
|第11仔
|第11仔
|ダイワスカーレットの2021
|ダイワスカーレットの21
|2021年
|2021年
|牡
|[[馬|牡]]
|鹿毛
|
|
|
|
|
|
|
|(デビュー前)
|血統登録
|<ref>{{Cite web |title=_________|url=https://www.jbis.or.jp/horse/0001332369/ |website=www.jbis.or.jp |accessdate=2022-03-10}}</ref>
|-
|
|
|2022年
|
|
|{{Small|[[ブリックスアンドモルタル]]}}
|
|
|
|
|
|<ref name="JBIS-ダイワスカーレット牝系" />
|}
|}
* 情報は、2022年3月10日時点。


== エピソード ==
* 2022年2月9日現在

=== ゲート克服 ===
松田は、サンデーサイレンスには「肉食獣のような『きつさ』<ref name="優駿-2009-2-161">『優駿』2009年2月号 161頁</ref>」という精神面の弱点があり、それは産駒にも受け継がれて「気持ちで走るところ<ref name="優駿-2009-2-161" />」があったという。それでも孫世代になれば、その血が薄まり、全体的にその弱点が改善方向にあると考えていた<ref name="優駿-2009-2-161" />。しかし松田厩舎のサンデーサイレンスの孫、アグネスタキオン産駒には、精神面の弱点が正しく受け継がれていて、特にゲートに手を焼いていた<ref name="優駿-2009-2-161" />。ある「走る馬{{Efn|走るだろうと期待する馬。}}」には「精神的に切れて、ゲートの中でひっくり返るんじゃないか<ref name="優駿-2009-2-161" />」と心配したこともあった。この経験から松田は、スピードがあり「走る馬」のアグネスタキオン産駒、それに神経質で有名だったダイワメジャーの妹、心配な父系母系を受け継ぐダイワスカーレットに、時間をかけて入念にゲート練習をさせていた<ref name="優駿-2008-11-11">『優駿』2008年11月号 11頁</ref><ref name="ウマジン-松田国英">{{Cite web |title=松田国英/ダイワスカーレット「極限の果てに |url=https://uma-jin.net/sp/column/columnDetail.do?charaId=52&pcId=100086 |website=uma-jin.net |accessdate=2022-03-20}}</ref>。これは、オーナー大城に了解を得たうえでの松田の決断だった<ref name="優駿-2008-11-11" />。
[[ファイル:Kunihide-Matsuda20100306.jpg|サムネイル|251x251ピクセル|[[松田国英]]]]
父系や兄の傾向に従ってダイワスカーレットは、ゲートの一部が身体に触れただけで錯乱したり<ref name="優駿-2008-11-11" />、周囲特に背後を異常に気にする精神の持ち主だった<ref name="ウマジン-松田国英" />。それを矯正するために、「相撲の[[まわし]]ようなもの『ヒラヒラ』」をトモ(後躯)につけてゲート練習を行い、何かが触れても錯乱しないように慣れさせていった<ref name="優駿-2008-11-11" />。通常、入厩から10日ほどで合格するゲート試験を、ダイワスカーレットは2カ月を要して合格<ref name="ウマジン-松田国英" />。それから2か月後、入厩から4か月後にデビューを迎えている<ref name="ウマジン-松田国英" />。ただし初戦は、出遅れ気味の「ジャンプスタート」だった<ref name="優駿-2009-4-37" /><ref name="優駿-2008-11-11" />。しかし2戦目に五分のスタートを切ることができ、やがてダイワスカーレットの「武器」(石田敏徳)にすり替わっていった<ref name="優駿-2008-11-11" />。松田は「スタートを上手に切れるようになったのは、アンカツさん(安藤勝己)の技術によるところも大きかった<ref name="優駿-2008-11-11" />」という。安藤は「……スタートが速かったね。デビューのころはあまりスタートがうまくなくて、2、3戦目ぐらいからうまくなってきたんです……。ただ、そのうちにスタートが抜群にうまくなって、安心して乗れるようになりましたね<ref name="ウマジン-安藤勝己" />」と述べている。

=== 安藤勝己の鬼門 ===
[[ファイル:Nakayama-Racecourse03.jpg|サムネイル|[[中山競馬場]]直線コースの坂。]]
安藤勝己にとって、[[中山競馬場]]は鬼門だった。安藤はかつて[[地方競馬]]、[[笠松競馬場|笠松競馬]]所属の騎手だった。小回りの競馬場、ダート競走が主流の地方競馬は、スタートから前方に位置して直線で早めに押し切るという勝ちパターンとなっていた<ref name="競馬ラボ-安藤">{{Cite web |title=今だから明かせる、現役当時の本音 |url=https://www.keibalab.jp/column/specialtalk/vol_16_3/ |website=www.keibalab.jp |accessdate=2022-03-20 |language=ja}}</ref>。しかし中山は、小回りだったが、直線コースに急な坂を備えている「トリッキー<ref name="アサ芸-安藤">{{Cite web |title=第58回「有馬記念」08年有馬制覇“アンカツ”こと安藤勝己が注目馬を完全診断(2) |url=https://www.asagei.com/18701 |website=アサ芸プラス |accessdate=2022-03-20 |language=ja}}</ref>」(安藤)な競馬場だった。早めに動いても坂で失速、直線が短いためそれまである程度の位置を確保しなければならなかった<ref name="競馬ラボ-安藤" /><ref name="アサ芸-安藤" />。地方の勝ちパターンが身に染みている安藤は中央移籍後、そんな中山に苦手意識があったという<ref name="競馬ラボ-安藤" />。中山の重賞は、2002年マーチステークスのマンボツイストが最初で最後、それから5年以上勝利から遠ざかり、芝重賞は勝利できずにいた<ref name="競馬ブック-2009年有馬記念アラカルト" />。そして迎えた2008年、中山の有馬記念にダイワスカーレットと参戦する。ダイワスカーレットは不安を抱える安藤を導いていた<ref name="デイリー-安藤と中山">{{Cite web |title=安藤勝「スカーレットだからできた」 ダイワスカーレットの37年ぶり偉業/デイリースポーツ online |url=https://www.daily.co.jp/horse/2021/12/23/0014936287.shtml |website=デイリースポーツ online |accessdate=2022-03-20 |language=ja}}</ref>。逃げ切り優勝、安藤に中山の芝重賞初勝利をもたらした<ref name="競馬ブック-2009年有馬記念アラカルト" />。安藤は、入線時に普段は見せないガッツポーズを披露している<ref name="デイリー-安藤と中山" />。安藤はその後2013年1月末まで騎手を続け、中央競馬には10年所属<ref name="日刊-安藤勝己引退">{{Cite web |title=アンカツ引退「オレって持っているなあ」 |url=https://www.nikkansports.com/race/news/p-rc-tp0-20130204-1080666.html |website=nikkansports.com |accessdate=2022-03-20 |language=ja}}</ref>。中央競馬の重賞は移籍前も併せて、JRA-{{GI}}22勝を含む81勝したが<ref name="日刊-安藤勝己引退" />、中山の重賞はこの有馬記念が最後、通算2勝に留まった<ref name="競馬ラボ-安藤" />。

== 特徴 ==

=== "逃げ" ===
ダイワスカーレットは、性格の問題から仕方なく逃げていたわけではなかった<ref name="優駿-2015-11-82" />。島田明宏は「ただ、走るのが速く、それもスタートしてすぐトップスピードに乗る能力があり、また、その能力を出したい、速く走りたい――という気持ちを抑えきれなかったので、他馬より前に行くことになった<ref name="優駿-2015-11-82" />」と分析している。また逃げて強い印象を与えた[[サイレンススズカ]]と比較し、島田は「サイレンススズカは、他馬がついてくることのできない領域に『逃げて』いたように見えたが、(ダイワ)スカーレットの走りは純粋に『ただスピードに乗っていただけ』<ref name="優駿-2015-11-83">『優駿』2015年11月号 83頁</ref>」だった述べている。ダイワスカーレットは逃げ切り勝利こそ挙げているが、大敗するリスクや他を差し置いて逃げ切った際の興奮が「逃げ馬」とは違って存在しなかったという<ref name="優駿-2015-11-79" />。翻って逃げて連対し続けるという相反する二つが同居する「逃げ馬」だった<ref name="優駿-2015-11-79" />。島田はダイワスカーレットを「『普通』ではなかった<ref name="優駿-2015-11-79" />」と評し、「この馬を『逃げ馬』と呼ぶことに少なからぬ抵抗を感じる<ref name="優駿-2015-11-79">『優駿』2015年11月号 79頁</ref>」と述べている。

=== 適性 ===
吉田は「2000メートルというのが(ダイワ)スカーレットが一番強い距離……守備範囲は1600メートルから2400メートル<ref name="優駿-2009-3-52" />」また[[天皇賞(春)]]3200メートルについては「ちょっと合わない<ref name="優駿-2009-3-52" />」と述べている。また吉田は「あの馬は、牝とか牡とかいう次元を超えている<ref name="優駿-2015-11-87" />」とも述べている。一方安藤は「走法から考えても、2000くらいの距離がベスト……気性的にもマイルから2000くらい<ref>{{Cite web |title=安藤勝己騎手×諸星由美(前編) {{!}} 安藤勝己騎手 {{!}} 競馬ラボ |url=https://www.keibalab.jp/column/interview/5/ |website=www.keibalab.jp |accessdate=2022-03-20 |language=ja}}</ref>」であるとしている。

== 評価 ==

=== 定量的評価 ===

==== ファン投票による評価 ====
{| class="wikitable"
!年
!競走名
!順位
!票数
!成績
!出典
|-
| rowspan="2" |3歳
|宝塚記念
|15位
|{{0}}2万1177票
|回避
|<ref>{{Cite web |title=宝塚記念ファン投票最終結果、メイショウサムソンが1位 {{!}} 競馬ニュース |url=https://news.netkeiba.com/?pid=news_view&no=20921 |website=netkeiba.com |accessdate=2022-03-19 |language=ja}}</ref>
|-
|有馬記念
|{{0}}4位
|{{0}}7万4134票
|{{Color|darkblue|{{0}}2着}}
|<ref>{{Cite web |title=有馬記念ファン投票最終結果、ウオッカが1位 {{!}} 競馬ニュース |url=https://news.netkeiba.com/?pid=news_view&no=24937 |website=netkeiba.com |accessdate=2022-03-19 |language=ja}}</ref>
|-
| rowspan="2" |4歳
|宝塚記念
|{{0}}4位
|{{0}}3万9234票
|回避
|<ref>{{Cite web |title=【宝塚記念(29日・阪神)】~ファン投票最終発表 1位はウオッカ、2位はメイショウサムソン {{!}} 競馬実況web {{!}} ラジオNIKKEI |url=http://keiba.radionikkei.jp/keiba/entry-151056.html |website=keiba.radionikkei.jp |accessdate=2022-03-19}}</ref>
|-
|有馬記念
|{{Color|darkblue|{{0}}2位}}
|13万1460票
|'''{{Color|darkred|{{0}}1着}}'''
|<ref name="netkeiba-2008有馬記念ファン投票" />
|}

==== レーティングによる評価 ====

===== 国際的評価 =====
{| class="wikitable"
| colspan="11" |[[ワールド・サラブレッド・レースホース・ランキング]]<br/>[[ワールド・サラブレッド・ランキング]]
|-
| rowspan="2" |年度
| rowspan="2" |順位
| rowspan="2" |レート
| colspan="2" |部門
| colspan="5" |コラム別
| rowspan="2" |出典
|-
|距
|場
|S
|M
|I
|L
|E
|-
|2007
|149位
|'''115'''
|L
|芝
|
|
|
|115
|
|<ref name="WTRR-2007" />
|-
|2008
|52位
|'''119'''
|L
|芝
|
|
|
|119
|
|<ref name="WTR-2008" />
|-
| colspan="11" |〔注〕距離およびコラムの「SMILE」は、それぞれ下記の距離区分の略号。

* S = Sprint(短距離): 1000 - 1300 m、北米は1000 - 1599 m
* M = Mile(マイル): 1301 - 1899 m、北米は1600 - 1899 m
* I = Intermediate(中距離): 1900 - 2100 m
* L = Long(長距離): 2101 - 2700 m
* E = Extended(超長距離): 2701 m -
|}

===== 日本国内の評価 =====
{| class="wikitable"
| colspan="13" |[[JPNサラブレッドランキング]]
|-
| rowspan="2" |年度
| colspan="2" |部門
| rowspan="2" |順位
| rowspan="2" |レート
ポンド (lb)
| rowspan="2" |キログラム
換算 (kg)
| colspan="5" |コラム別
| rowspan="2" |出典
| rowspan="2" |備考
|-
|齢
|場
|S
|M
|I
|L
|E
|-
|2007
|2歳
|芝
|17位
|104
|47.0
|
|
|
|
|
|<ref>{{Cite web |url=https://www.jra.go.jp/datafile/ranking/jpn/2006/2.pdf |title=JPNサラブレッドランキング-2006年 2歳 |accessdate=2022-3-19 |publisher=[[日本中央競馬会]]}}</ref>
|
|-
|2008
|3歳
|芝
|2位
|115
|52.0
|
|113
|114
|115
|
|<ref>{{Cite web |url=https://www.jra.go.jp/datafile/ranking/jpn/2007/3-turf.pdf |title=JPNサラブレッドランキング-2007年 3歳芝 |accessdate=2022-3-19 |publisher=[[日本中央競馬会]]}}</ref>
|{{Efn|「115」は、2002年[[ファインモーション]]、2006年[[カワカミプリンセス]]と同等の評価<ref>『優駿』2008年2月号 39頁</ref>。}}
|-
|2009
|4歳上
|芝
|4位
|119
|54.0
|
|
|
|119
|
|<ref>{{Cite web |url=https://www.jra.go.jp/datafile/ranking/jpn/2008/4-turf.pdf |title=JPNサラブレッドランキング-2008年 4歳以上・芝 |accessdate=2022-3-19 |publisher=[[日本中央競馬会]]}}</ref>
|{{Efn|牝馬のセックスアローワンス(4ポンド加算)を考慮すると国内第2位<ref>『優駿』2009年2月号 51頁</ref>。}}
|}


== 血統 ==
== 血統 ==
{{競走馬血統表|
{{競走馬血統表|
|name = ダイワスカーレット
|name = ダイワスカーレット
408行目: 787行目:
}}
}}


* 半姉・[[ダイワルージュ]]、半兄・[[ダイワメジャー]](いずれも父サンデーサイレンス)をはじめ、兄姉にオープン馬多数。ダイワルージュの産駒に[[ダイワファルコン]]([[福島記念]])。
* 半姉・[[ダイワルージュ]]、半兄・[[ダイワメジャー]](いずれも父:サンデーサイレンス)をはじめ、兄姉にオープン馬多数。ダイワルージュの産駒に[[ダイワファルコン]]([[福島記念]])。
* 母・スカーレットブーケはGIII4勝。
* 母・スカーレットブーケはGIII4勝。
* 近親に下記の活躍馬。
* 近親に下記の活躍馬。
** [[スカーレットリボン]](母の全姉、[[フィリーズレビュー|報知杯4歳牝馬特別]]勝
** [[スカーレットリボン]](母の全姉、[[フィリーズレビュー|報知杯4歳牝馬特別]]勝
** [[サカラート]]、[[ヴァーミリアン]]、[[キングスエンブレム]]、[[ソリタリーキング]]兄弟(母の全姉・[[スカーレットローズ]]の孫)
** [[サカラート]]、[[ヴァーミリアン]]、[[キングスエンブレム]]、[[ソリタリーキング]]兄弟(母の全姉・スカーレットローズの孫)
** [[トーセンジョウオー]](祖母・スカーレットインクの曾孫、[[エンプレス杯]]等交流重賞を5勝)
** トーセンジョウオー(祖母・スカーレットインクの曾孫、[[エンプレス杯]]等交流重賞を5勝)


== 脚注 ==
== 脚注 ==
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=== 注釈 ===
=== 注釈 ===
<references group="注"/>
<references group="注" />
=== 出典 ===
=== 出典 ===
{{Reflist|2}}
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== 参考文献 ==

* 江面弘也「トウメイとテンメイ 運命の母子」『名馬を読む2』三賢社、2019年8月30日(第1刷)、ISBN 4908655146

* 『[[Sports Graphic Number]]』([[文藝春秋]])
** 2009年10月1日号
*** [[島田明宏]]「【ドキュメント・天皇賞秋 2008】ウオッカ vs.ダイワスカーレット 1分57秒2+13分の伝説」
**** 同内容転載『競馬ノンフィクション選集 名馬堂々。』(『Sports Graphic Number PLUS』2021年11月号)、2021年11月24日。
**** 同内容Web版あり『[https://number.bunshun.jp/articles/-/12253 Sports Graphic Number Web]』、2009年10月8日。

* 『[[優駿]]』([[日本中央競馬会]])
** 2007年3月号
*** 優駿編集部「【杉本清の競馬談義 262】ゲスト松田国英調教師」
** 2007年4月号
*** 阿部珠樹「【YUSHUN Point of View】アドマイヤオーラが弥生賞を、ウオッカがチューリップ賞を制す!」
*** [[吉沢譲治]]「【2007年皐月賞&桜花賞プレビュー】アグネスタキオン ダイワスカーレット」
*** [[平松さとし]]「【優駿ダブルインタビュー】安藤光影×安藤勝己」
** 2007年5月号
*** 奥岡幹浩「【YUSHUN Point of View】ダイワスカーレットが桜花賞制覇。」
**2007年6月号
***吉沢譲治「【クローズアップ】ダイワスカーレット "緋色"の血を継ぎし者」
** 2007年10月号
*** 津田照之「【秋の{{GI}}シリーズ開幕!】桜花賞馬 ダイワスカーレット」
*** 島田明宏「【優駿ロングインタビュー】松田国英 広がる未来を夢見て」
** 2007年11月号
*** 平松さとし「【ヘッドライン】"強い3歳牝馬"同士の秋の大一番は、ダイワスカーレットが圧巻の走りで完勝」
*** 島田明宏「今年の3歳牝馬はどれだけ強いのか」
** 2007年12月号
*** 島田明宏「【ドキュメント 第12回秋華賞】ダイワスカーレット "タイプの違う最強馬"2頭によるライバル物語 牝馬三冠戦はスカーレットの2戦2勝で幕を閉じた」
*** 島田明宏「【ドキュメント 第32回エリザベス女王杯】ダイワスカーレット ウオッカ出走取消の衝撃と歴代女王を完封した逃げ切り劇」
** 2008年1月号
*** 平松さとし「【第52回有馬記念 対決の瞬間】選ばれ師注目馬6頭 ダイワメジャー」
*** 島田明宏「【第52回有馬記念 対決の瞬間】選ばれし注目馬6頭 ダイワスカーレット」
*** 江面弘也「【第52回有馬記念 対決の瞬間】選ばれし注目馬6頭 ウオッカ」
**2008年2月号
***「【2007年JRA賞決定】年度代表馬にアドマイヤムーン」
***島田明宏「【クローズアップ】第52回有馬記念 波乱の結果となったグランプリは 待ち受ける『世界戦』のプロローグ」
**2008年3月号
***村本浩平「【優駿ノンフィクション】スカーレットブーケ 一族をさらなる繁栄に導いた 名牝の知られざる20年」
**2008年5月号
***島田明宏「【YUSHUN Point of View】ダイワスカーレットvsウオッカ」
**2008年9月号
***石田敏徳「【有力馬たちのいま、そして決戦へ…】ダイワスカーレット そのポテンシャルに託された使命」
**2008年11月号
***石田敏徳「【第138回天皇賞(秋)プレビュー】ダイワスカーレット&安藤勝己騎手 ジョッキーが果たした」
**2008年12月号
***阿部珠樹「【第138回天皇賞(秋)詳報】最後の100メートルで示された 3頭のフィジカルな能力と精神力」
***江面弘也「【第138回天皇賞(秋)詳報】ウオッカ 2000メートル先に待っていた2cm差の栄冠」
***石田敏徳「【第138回天皇賞(秋)詳報】ダイワスカーレット あり得ないはずの二の脚」
***[[井崎脩五郎]]「【第138回天皇賞(秋)クロスレビュー】世紀の一戦に思うところ 奇跡のような脚」
** 2009年2月号
*** 石田敏徳「【クローズアップ】ダイワスカーレット レースを完全掌握する圧巻の走りで37年ぶりの『重い歴史の扉』を開いた」
*** 「【2008年JPNサラブレッド・ランキング発表!】4歳以上芝 ウオッカ、ダイワスカーレットなど各コラムで牝馬が活躍」
*** 橋浜保子(JRDB)「【アグネスタキオン徹底分析】アグネスタキオン産駒『ここが凄い』"走る産駒"の馬体に迫る」
** 2009年3月号
*** 阿部珠樹「【至高のライバル対決】ウオッカ vs ダイワスカーレット 古馬になって初めての、待ちに待った最強牝馬対決」
*** 街風隆雄「【優駿ロングインタビュー】吉田照哉『血はまたよみがえる』」
** 2009年4月号
*** 石田敏徳「【引退特別企画】ダイワスカーレット 名手が語る、名牝の実像」
**2011年1月号
***石田敏徳「【第55回有馬記念直前大特集】キーワードで振り返る有馬記念『牝馬の優勝』」
** 2015年11月号
*** 島田明宏「【未来に語り継ぎたい名馬物語(9)】ウオッカと激闘を演じたターフの大女優 ダイワスカーレットの美学」
*** [[河村清明]]「【優駿たちのルーツを辿る(9)】社台ファーム 時を経て大輪を咲かせた一粒の種」
**2019年11月号
***金宮肴「【優駿列伝 秋に輝いた名牝たち】2008年有馬記念 ダイワスカーレット 37年ぶり4頭目の快挙を達成」
**2020年3月号
***横手礼一「【決定!このレースがすごい!!】1984-2019桜花賞 第1位 2007年ダイワスカーレット 初めてウオッカを破った日」
** 各号「【重賞プレイバック】出走重賞10競走」
*** 2007年3月号(シンザン記念)
*** 2007年5月号(チューリップ賞)
*** 2007年6月号(桜花賞)
*** 2007年11月号(ローズステークス)
*** 2007年12月号(秋華賞)
*** 2008年1月号(エリザベス女王杯)
*** 2008年2月号(有馬記念)
*** 2008年6月号(産経大阪杯)
*** 2009年2月号(有馬記念)


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==
426行目: 885行目:


== 外部リンク ==
== 外部リンク ==
* {{競走馬成績|netkeiba=2004103198|yahoo=2004103198|jbis=0000798369|racingpost=677761}}
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2022年3月21日 (月) 05:59時点における版

ダイワスカーレット
2008年11月2日、東京競馬場
欧字表記 Daiwa Scarlet[1]
品種 サラブレッド[1]
性別 [1]
毛色 栗毛[1]
生誕 2004年5月13日(20歳)[1]
抹消日 2009年2月18日[2]
アグネスタキオン[1]
スカーレットブーケ[1]
母の父 ノーザンテースト[1]
生国 日本の旗 日本北海道千歳市[1]
生産者 社台ファーム[1]
生産牧場 社台ファーム[3]
育成 社台ファーム[4]
馬主 大城敬三[注釈 1][5][1]
調教師 松田国英栗東[1]
調教助手 松田巧[6]
厩務員 斉藤正敏[6]
競走成績
タイトル JRA賞最優秀3歳牝馬(2007年)[1]
JRA賞最優秀父内国産馬(2007年)[1]
生涯成績 12戦8勝[1]
獲得賞金 7億8668万5000円[1]
WTRR
WTR
L115 / 2007年[7]
L119 / 2008年[8]
勝ち鞍
GI エリザベス女王杯 2007年
GI 有馬記念 2008年
JpnI 桜花賞 2007年
JpnI 秋華賞 2007年
GII 産経大阪杯 2008年
JpnII ローズS 2007年
テンプレートを表示

ダイワスカーレット(欧字名:Daiwa Scarlet2004年5月13日 - )は、日本競走馬繁殖牝馬[1]

通算成績12戦8勝2着4回、12戦12連対。19戦19連対のシンザンに次いで中央競馬史上第2位の「生涯連対[注釈 2]」を記録した。2008年には、1971年トウメイ以来37年ぶり4例目となる牝馬の有馬記念GI)優勝を達成。JRA賞最優秀父内国産馬部門の最後の受賞馬(2007年)である。

同期の東京優駿(日本ダービー)優勝牝馬、顕彰馬ウオッカとは「ライバル」関係にあるとされ、5回対決して2勝2敗1分の五分五分。初対決となった2007年春チューリップ賞JpnIII)で敗北し、直後の桜花賞JpnI)で雪辱。秋の秋華賞JpnI)を勝利して逆転したが、間を空けて約10か月ぶりの再会となった2008年天皇賞(秋)GI)では2センチメートル先着を許し、意趣返しをされた。

その他の勝ち鞍に、2007年のエリザベス女王杯GI)、ローズステークスJpnII)。2008年の産経大阪杯GII)。その他の表彰に、2007年のJRA賞最優秀3歳牝馬。祖母スカーレットインクに始まる「スカーレット一族」に属する。母は重賞4勝スカーレットブーケ(父:ノーザンテースト)、半兄はGI5勝のダイワメジャー(父:サンデーサイレンス)である。

デビューまで

誕生までの経緯

スカーレットインクとノーザンテースト

スカーレットインクは、1971年にアメリカ合衆国で生産された牝馬である[9]。名前の由来は、映画「風と共に去りぬ」の主人公スカーレット・オハラであった[10]。アメリカで競走馬としてデビューし1戦未勝利で引退。近親に目立った活躍馬はおらず、脚が曲がっていたが、スカーレットインクの3代母ユアホステスを高く見込んでいた日本の社台ファーム創業者、吉田善哉繁殖牝馬として購入した[10]。1973年に日本に導入されたが、初年度から3番仔までの成績は今一つだった[11]。さらに続く4年間は、相手を取っ替え引っ替えするもすべて不受胎に終わっていた[11]。そしてその次の年にようやく受胎したのがノーザンテーストであり、1982年に待望の4番仔が産まれていた[11]

ノーザンテーストは、1972年に吉田善哉の長男で、アメリカの社台の拠点フォンテンブローファームの場長吉田照哉が幼駒として購入[12]。競走馬としてヨーロッパG1を勝利した後、日本の社台で種牡馬として供用し、ダイナガリバーアンバーシャダイなどをはじめとする活躍馬を輩出するなど、長くリーディングサイアーに君臨し続けていた[12]

スカーレットインクは、そのノーザンテーストと何度も交配を行い、特に牝馬をいくつも出産する[13]。繁殖牝馬は年を取るにつれて産駒の成績が落ちる傾向にあったが、ノーザンテーストとの仔は重賞勝利を挙げるなど、今一つだった3番仔までを上回る活躍を見せた[14]。特に出世したのが重賞6勝を挙げた9番仔、17歳の時に産んだ牝馬スカーレットブーケだった[14]

スカーレットブーケとサンデーサイレンス系

1988年に生産されたスカーレットブーケは、1991年の牝馬三冠競走を完走していた[15]桜花賞シスタートウショウ[注釈 3][16]に敗れる4着、優駿牝馬(オークス)はイソノルーブルに敗れる5着、エリザベス女王杯[注釈 4]リンデンリリーに敗れる3着[15]。重賞は6勝しながらもGIタイトルには届かずに引退し、社台ファームで繁殖牝馬となった[15]。初年度と2年目の交配相手にはトニービンが選ばれたが、初仔はチューリップ賞GIII)2着、通算1勝。2番仔も中央競馬1勝、岩手競馬3勝に留まっていた[15]。そして3年目の交配相手に選ばれたのが、サンデーサイレンスだった[15]。サンデーサイレンスは、1990年に吉田善哉が種牡馬として日本に導入。多数のGI優勝馬を送り出すなど活躍馬を輩出し、長くリーディングサイアーに君臨していた。

スカーレットブーケは、そのサンデーサイレンスと何度も交配を行い、仔を産み続けていた[15]。初めてとなるサンデーサイレンスの仔、3番仔スリリングサンデーは通算5勝[17]。4番仔グロリアスサンデーも通算5勝[18]。2頭は有限会社社台レースホース所有の競走馬だったが、5番仔は冠名「ダイワ」を用いる馬主大城敬三が所有してダイワルージュとなった[19][20]。ダイワルージュは2000年の新潟3歳ステークスGIII)を優勝し、スカーレットブーケ産駒の初重賞勝利を届けている[20]。おまけに阪神3歳牝馬ステークス桜花賞では、いずれもテイエムオーシャンに敗れて2着、3着、GIで入着するまで出世していた[20]。その後のスカーレットブーケは、ナリタブライアンに浮気して6番仔を儲ける一年[21]、種付けを休む一年があったが[22]、2年後の2000年からサンデーサイレンスとの交配を再開する[21]。7番仔、8番仔を得て、2002年にサンデーサイレンスは死亡する。サンデーサイレンスを喪った直後2002年は、サンデーサイレンスの後継種牡馬スペシャルウィークと交配し、9番仔を得ていた[21]

アグネスタキオン

2003年5月5日、前年に続いて再びスペシャルウィークと種付けしたが、受胎はせずに相手を変更[22]。5月25日に同じくサンデーサイレンスの後継アグネスタキオンと種付けを実施している[22]。この当時は、サンデーサイレンス亡きあとの後継争いが勃発しており、アグネスタキオンは社台が力を入れていた種牡馬だった[23]。それから1年後、2004年5月13日、北海道千歳市の社台ファームにて10番仔となる父アグネスタキオンの栗毛の牝馬(後のダイワスカーレット)が誕生する[24]。アグネスタキオンにとっては、2世代目の産駒だった[25]

ダイワメジャーとスカーレット一族

ダイワメジャー

10番仔が生まれた2004年春には、7番仔の兄ダイワメジャー(父:サンデーサイレンス)が皐月賞GI)を10番人気で優勝。スカーレットブーケ産駒として初めてGI勝利を挙げていた[26]。スカーレットブーケはGI優勝馬の母となったが、スカーレットブーケの姉妹、スカーレットブルー、スカーレットリボン、スカーレットローズの子孫にも重賞優勝馬やGI好走馬、その他活躍馬が続出するようになる[12][14]。次第にそのすべての祖スカーレットインクが名牝として認識されるようになった[12]。併せて、スカーレットインクがノーザンテーストと交配して産まれた娘たちブルー、リボン、ブーケ、ローズが、枝葉となってその牝系を広めていることが知られるようになった[14]。こうしてこの牝系は、スカーレットインクの一部、もしくはスカーレットインク、ブルー、リボン、ブーケ、ローズに共通する「スカーレット」の名をとって「スカーレット一族」と呼ばれるようになった[10]

スカーレット一族は、先に述べたダイワメジャーが皐月賞優勝後、GIII1勝、GII2勝。GIは皐月賞の他に2006年天皇賞(秋)、2006年、07年マイルチャンピオンシップ連覇、2007年安田記念の5勝を挙げて、重賞8勝の活躍[27]。その他、ローズの孫にはGI級競走9勝を挙げたヴァーミリアン(父:エルコンドルパサー)や[28]サカラート(父:アフリート)がいた[29]

幼駒時代

大城敬三「ダイワ」の勝負服

10番仔は、ダイワルージュやダイワメジャーと同じく大城が所有することになった。大城の冠名「ダイワ」に、スカーレット一族の「スカーレット」を組み合わせた「ダイワスカーレット」という競走馬名が与えられる。登録する際「スカーレット」には、スカーレットインクと同じ由来「『風と共に去りぬ』の登場人物」スカーレット・オハラと説明されていた[30]。父アグネスタキオン、母スカーレットブーケという社台ファーム生産馬の両親を持ち、かつダイワメジャーの妹であるダイワスカーレットは、生まれ落ちた瞬間から牧場で評判となり、期待が大きかった[31][32]。出産に立ち会った社台ファーム獣医師の池田充は、ダイワスカーレットを見て「16歳を迎えた繁殖牝馬(スカーレットブーケ)の仔とは思えない雄大な馬体[31]」で驚きを隠せなかったという。馬体重は、誕生直後の兄ダイワメジャーよりも大きく、同じ牝馬、姉ダイワルージュと比較しても筋肉量に富んでいた[31]。その後、育成に移っても期待や評判通りに成長する[32][4]。好成績を上げた兄姉を超えるパフォーマンスを見せて「母スカーレットブーケの最高傑作になるのでは[4]」(村本浩平)「無事に競馬場へ送り出せば必ず大きな仕事をするのではないか[33]」と考えられていた[4]。ダイワスカーレットは、栗東トレーニングセンターに所属する松田国英調教師の管理馬となった。2歳となった2006年、8月11日に函館競馬場に入厩[34]。それから9月1日に栗東に移動している[34]。性格的に憶病なところ、それに「きつい」ところがあるため、特にゲートが課題だった[34]。そこで松田は、ダイワスカーレットにゲート練習を通常の6倍の時間をかけていた[34](詳細は、ダイワスカーレット#ゲート克服を参照。)。

競走馬時代

2006年(2歳)

11月19日、京都競馬場新馬戦(芝2000メートル)でデビューを果たした。武豊安藤勝己が調教に騎乗しており、武とともにデビューする予定だった[35]。しかし同レースに出走する池江泰郎厩舎のウインスペンサー騎乗の約束と被ってしまい、武は先約だったウインスペンサーを選択。代わりにダイワスカーレットに安藤が騎乗することとなった[35]。安藤は以後、引退まで騎乗することとなる。デビュー2週間前に初コンタクトをとった安藤は「能力の大きさはその時点で感じました……ただ……少し前向きすぎる……一流の能力とスピードを秘めていることは乗った感じですぐに分かったけど、そのテンションの高さが少し気になりました[36]」と述べている。

スピードと前向きな気性を兼ねており、適性は短距離にあると考えられていた[注釈 5]。しかし中距離の芝2000メートルでのデビュー[注釈 7]。これは松田が、短距離でデビューさせて、短距離だけを得意とするスプリンターにすることを嫌ったための選択だった[注釈 8][36]。当日のメーン競走は兄ダイワメジャーが出走するマイルチャンピオンシップであり、兄妹が同じ京都に参戦している。ダイワスカーレットに手ごたえを感じていた松田は、そのポテンシャルを周りに「早く知らしめよう[39]」と敢えてこの日を選択していた[39]。単勝オッズ1.8倍、ウインスペンサーを3.2倍の2番人気に押しのけて1番人気となる[40]。スタートから2番手の好位を追走。第3コーナーから先頭に立って最終コーナーで抜け出し、後方に1馬身4分の3差をつけて入線。初勝利を挙げた[36][41]。この直後メーン競走マイルチャンピオンシップでも兄ダイワメジャーが優勝。兄妹同日勝利となり、ダイワスカーレットの勝利は、通常の新馬戦勝利以上に取り上げられた[39]

それから12月16日、中京2歳ステークス(OP)に臨む。ビワハイジとアグネスタキオンの仔、松田博資厩舎アドマイヤオーラとの対決となり、ダイワスカーレットが2.2倍の1番人気、アドマイヤオーラが2.5倍の2番人気となった[42]。スタートから2番手を追走、直線で追われて抜け出した[43][44]。3、4番手から追い上げたアドマイヤオーラが迫って来たが、半馬身差をつけて入線。2連勝を果たす[43]

2007年(3歳)

戦術の模索、2連敗

1月8日、シンザン記念JpnIII)で始動。ローレルゲレイロやアドマイヤオーラなど9頭の牡馬と対決、紅一点ながら単勝オッズ1.9倍の1番人気に推される[45]。スタートから3番手を追走[46]。直線で抜け出しにかかったが、外からアドマイヤオーラに並びかけられた。抵抗したがかわされて、1馬身半差の2着[47]。初めての敗戦となり、アドマイヤオーラに仕返しされた[47]。松田は「ボクの油断負けです。1回負かした馬でしたから、目算を誤りました[48]。」。また、安藤はこの時「後ろからの競馬を試してみたいという気持ちがあった[44]」と回顧している。直線ではアドマイヤオーラに並ばれてからスパートを開始。今後のために、ダイワスカーレットの繰り出す末脚の威力を測っていたが「ビュンッて一瞬で加速する感じではなかった……キレないというよりは、気がいい馬だからタメきれていない……自分ではタメているつもりでも、馬が縮まっていない[44]」様子だったという。このレースでは、中団待機から追い込んだアドマイヤオーラの末脚の「キレ味」(安藤)が勝る形となった[44]

続いて3月3日、桜花賞のトライアル競走であるチューリップ賞JpnIII)に臨む。前年の阪神ジュベナイルフィリーズを勝利したウオッカとの初対決となった。ウオッカは、松田の弟子である角居勝彦調教師の管理馬であり、松田の管理したダービー馬タニノギムレットの仔である[37]。対決を前に松田はウオッカを名指しでライバル視[49]。「これまでに強い牝馬をたくさん見てきましたけど、今年の牝馬クラシック戦線は、たぶん、(ダイワスカーレットが)かつてないほどしっかりとしたレースをすると思いますよ。でも、今回の場合は、ウオッカよりもじょうずに立ち居振る舞わないと〔ママ〕、あの馬は負かせないと思いますね。(カッコ内補足加筆者)[50]」と述べていた。ウオッカが1.4倍、ダイワスカーレットが2.8倍に推され、3番人気のローブデコルテを14.6倍まで突き放していた[51]

ウオッカ

4枠7番からスタートして逃げて折り合いを保ち、先頭のまま最終コーナーを通過。直線で突き放しにかかったが、外からウオッカに並びかけられた。後続との差を広げながら一騎打ち、抵抗したがかわされてクビ差の2着[52]。安藤はシンザン記念と同じように、ウオッカが迫り来てからスパートを開始し、再び敗れていた。安藤は「今日は勝ち馬の強さを認めるしかない[53]」。また桜花賞に臨むにあたり「ウオッカがモノ凄く強いのは間違いないけど、もしかしたら(ダイワ)スカーレットももっと力を出せる乗り方があるのかもしれない[54]」と述べている。

桜花賞優勝 - 優駿牝馬回避

4月8日、桜花賞(JpnI)に臨む[注釈 9]。ウオッカが1.4倍の1番人気。重賞3勝、阪神ジュベナイルフィリーズではウオッカにクビ差の2着、フィリーズレビュー優勝から臨むアストンマーチャンが5.2倍の2番人気。ダイワスカーレットはそれに次ぐ5.9倍の3番人気[56]。上位人気3頭は、4番人気ショウナンタレントを34.7倍まで突き放す「三強」となった[56][55]

映像外部リンク
2007年 桜花賞(JpnI
レース映像 JRA公式YouTubeチャンネルによる動画
2007年 桜花賞(JpnI
レース映像 関西テレビ競馬公式YouTubeチャンネルによる動画

大外枠8枠18番からスタートして3番手の好位、逃げると目された馬が出遅れたことでスローペースとなった[57]。2番手アストンマーチャンが折り合いを欠いたが、ダイワスカーレットは折り合いをつけて追走した。真後ろにウオッカを従えながら第3コーナーを通過[55][57]。三強が接近しながら直線に向き、内からアストンマーチャン、ダイワスカーレット、ウオッカの順に雁行していた[58]。真ん中ダイワスカーレットは、前方アストンマーチャンを捕らえ次第、後方ウオッカに並ばれる前にスパートを実行[57]。残り200メートルでウオッカを突き放した[58]。以後独走し、安藤が右手を天に掲げる余裕を見せながら入線する[55]。ウオッカに雪辱、母スカーレットブーケ[注釈 10]、姉ダイワルージュ[注釈 11]の届かなかった桜花賞優勝を成し遂げた[61]。また2004年皐月賞を制した兄ダイワメジャーに続いて兄妹クラシック勝利[62]、史上15組目となる兄弟姉妹クラシック勝利となった[39]。加えて安藤は、前年のキストゥヘヴンに続いての桜花賞優勝であり、福永洋一、武豊、田原成貴に続いて史上4頭目の連覇を果たしている[61]

桜花賞優勝時。桜花賞がJRA通算700勝目だった[63]

安藤は、先の連敗で末脚の特徴を掴んでいた[44]。ダイワスカーレットは、短い時間で鋭く伸びる「瞬発力」よりも、時間をかけて緩やかに加速する「持続力」に秀でている、そして負かすべきウオッカは「瞬発力」に秀でていると分析していた[57]。迎えた本番桜花賞の直線、安藤は「いままでよりもワンテンポ早く[55]」「(連敗時のように)いっぺんに加速するのではなく、早めにある程度スピードを上げておいてから(カッコ内補足引用者)[44]」、ウオッカに並ばれる前にスパートを実行[55]。ダイワスカーレットが持つすべての力を発揮できるように、同時にウオッカを早めにスパートさせて、その瞬発力が活きないようにするためだった[64]。瞬発力勝負ではなく、持続力勝負に持ち込んだ結果、逆転に成功。安藤によれば「『前の2戦で同じ負け方をした』ことがポイントだった[44]」と振り返っている。

それに松田によれば、連敗時よりも良い状態で桜花賞に臨めていたという[37]。チューリップ賞時は基礎体温が安定せず、球節にむくみがあったが、桜花賞前にはそれが解消されていた[37]。また、チューリップ賞でのウオッカが手綱を左右に替えながら伸びていたことから「見た目よりも目一杯の走り[55]」だったと考えていた。そこでダイワスカーレットに「前走よりも時計を0.5秒縮めるための調教[55]」を施している。チューリップ賞と桜花賞の決着タイムは、いずれも1分33秒7である。チューリップ賞では2頭が同タイムだったが、桜花賞ではダイワスカーレットが0.2秒上回り、先着を果たした[51][56]

桜花賞戴冠後は、5月20日の優駿牝馬(オークス)を目指した[65]東京競馬場芝2400メートルで桜花賞2着のウオッカとの再戦が期待されたが、ウオッカは、同じ東京2400メートルでも、主に牡馬が出走する東京優駿(日本ダービー)に参戦を表明していた。ライバルが不在の中、ダイワスカーレット一強ムードで二冠目に向かうはずだったが、3日前に感冒熱発[66]。直前で出走を断念した[67]。6月5日に宮城県山元町山元トレーニングセンターへ放牧に出される[49]。吉田は、北海道の社台ファームからダイワスカーレット専任のスタッフを山元に派遣[68]。そのスタッフのもと夏を過ごした[68]

秋華賞優勝、二冠達成

8月10日、栗東に帰厩する[49]。夏を越したダイワスカーレットは外面こそ大きく変化しなかったが、精神面、体質面の成長していた[49]。まず精神面では、これまでにない落ち着きを得ていた。安藤は春の2400メートルについて持たないのではないかと不安を抱えていたが、夏を経てそれが解消[49]。「『これなら少々長めの距離でも大丈夫』と確信できるぐらい[49]」(安藤)までになっていた。加えて、春は自分の背後をしきりに警戒して、蹴ったり蹴られたりしていたが、それも解消したという[49]。また体質面では、基礎体温の安定化にも改めて成功していた[49][37]。松田は、そんなダイワスカーレットの秋のローテーションをローズステークス秋華賞エリザベス女王杯に設定する[49]。マイルから2000メートル超の中距離へ転向するにあたりこれ以降は、距離延長で引っ掛からないようにメンコを着用、口を割らないように舌を縛る馬具を使用している[69]

9月16日、秋華賞のトライアル競走であるローズステークス(JpnII)で始動する[70]。優駿牝馬ハナ差の2着、秋山真一郎から武豊に乗り替わったベッラレイアと初対決となった[71]。ダイワスカーレットは、単勝オッズ1.6倍の1番人気。ベッラレイアが3.4倍、上がり馬レインダンスが8.9倍、NHKマイルカップ優勝のピンクカメオが17.1倍で続いていた[72]。好スタートからハナを奪って逃げ、持ったまま最終コーナーを通過。直線でスパートして、先頭を守り切った。最も内側から伸びたベッラレイアに半馬身差をつけ優勝[73]。5か月ぶりの出走で連勝を果たした[26]

それから10月14日、秋華賞(JpnI)に臨む。ウオッカとの再戦となった。ウオッカはダービーを優勝した後、宝塚記念8着、秋は凱旋門賞挑戦を目指したものの一頓挫あって断念し、国内専念に切り替えていた[74]。急遽目標を変更したウオッカに比べて、予定通りのダイワスカーレットの方が順調に本番を迎えていたが[69]、当日の人気は、ウオッカが2.7倍に対し、ダイワスカーレットは2.8倍。僅差ながらウオッカに1番人気を譲っている。3番人気は、3.8倍のベッラレイア。4番人気のオッズは20倍台に飛躍しており「三強」となっていた[75]。この世代は、牡馬と牝馬が重賞およびオープン競走を戦った時、牝馬が優勝する割合が例年よりも高かった[76][注釈 12]。さらに夏から初秋にかけて、3歳牝馬のアストンマーチャンやク―ヴェルチュールが、古馬を下して重賞やGI勝利を達成[78]。加えて下級条件でも古馬を下して勝利する3歳牝馬の割合が例年の1.5倍だった[77]。それゆえにこの年の3歳牝馬は、大物がいるうえに層が厚く、全体としてのレベルが高いと考えられていた[78]。そんな中にあって牝馬三冠競走の最終戦には、桜花賞優勝馬、桜花賞2着並びに阪神ジュベナイルフィリーズおよびダービー優勝馬、さらに優駿牝馬優勝馬、その2着馬、NHKマイルカップ優勝馬が結集し、そのうえ重賞優勝馬も多数出走[74]GI級優勝馬4頭の競演はレース史上最多だった[79]。レベルの高い世代のその覇者たち、実績馬たちが揃いも揃った秋華賞は「この秋一番の注目レース[74]」「レース史上最高メンバー[80]」とも評されていた。

映像外部リンク
2007年 秋華賞(JpnI
レース映像 JRA公式YouTubeチャンネルによる動画
2007年 秋華賞(JpnI
レース映像 関西テレビ競馬公式YouTubeチャンネルによる動画

7枠13番からスタート。1枠1番に先頭は譲り2番手を追走した[81]。ウオッカと、ベッラレイアは後方に位置していた[81]。平均ペースで1000メートルを通過したものの、以後逃げ馬がペースをダウンさせていた[82]。しかしダイワスカーレットはそれに抗い、第3コーナーすぎたあたりで先頭を奪取、ウオッカを待たずしてロングスパートを開始した[80]。外から追い込んだ7番人気レインダンス、ウオッカが迫ってきたが寄せ付けなかった[82]。それらに1馬身4分の1差をつけて先頭で入線する[80]GI級競走2勝目、牝馬二冠と相成った[79]

エリザベス女王杯優勝

秋華賞後は、マイルチャンピオンシップの選択肢もあったが、予定通り11月11日のエリザベス女王杯(GI)に臨む[82]。秋華賞3着のウオッカは、エリザベス女王杯とジャパンカップの二択だったが、馬主谷水雄三が前者を選択し再戦が実現した[83]。角居も「もう一度ダイワ(スカーレット)とやりたい[83]」気持ちだったという。直線の長い京都外回り2200メートルという舞台、休み明け叩き2戦目であるウオッカのさらなる上昇が見込まれて、ウオッカが有利だと考えられていた[83]。また松田は、叩き3戦目のダイワスカーレットについて「心身はマックス……それが私にとって怖さにも……2戦目の(ウオッカの)上がり目のほうが安心して受け入れられる……私は『ウオッカの方が有利だ』と持ち上げるつもり……。そうすると、勝負の魔物が遠ざかってくれるような気がするんです[83]。(カッコ内補足加筆者)」と述べていた。

ライバルとの再戦の舞台だったが、古馬との初対決の舞台でもあった。前年のワンツースリーフォーファイブ、フサイチパンドラスイープトウショウディアデラノビアアサヒライジングアドマイヤキッスが再び集結[84]。「ライバル」とローブデコルテという牝馬三冠とダービー馬の3頭の3歳勢に、前年優勝馬フサイチパンドラと前々年優勝馬スイープトウショウを中心とする11頭の古馬勢が迎え撃つ図式となっていた[85]。ただしレース前日のオッズは、ウオッカが2.1倍、ダイワスカーレット3.6倍、スイープトウショウ9.0倍と続き、人気の中心はあくまでも3歳牝馬2頭だった[86]。ところが当日朝にウオッカが跛行のため出走取消[87]。ライバル同士の対決は結局持ち越しとなった。ウオッカ絡みの勝馬投票券15億円が返還、13頭での競走に変更された[87]。最終オッズはダイワスカーレットが繰り上がって1.9倍の1番人気、スイープトウショウが6.6倍、フサイチパンドラが8.3倍だった[85]。ウオッカが除かれても、GI級優勝馬は既出の4頭に加えて2006年桜花賞優勝馬のキストゥヘヴンもおり、5頭の競演はレース史上最多タイだった[88]

映像外部リンク
2007年 エリザベス女王杯(GI
レース映像 JRA公式YouTubeチャンネルによる動画
2007年 エリザベス女王杯(GI
レース映像 関西テレビ競馬公式YouTubeチャンネルによる動画

5枠7番からスタート。逃げると思われていたアサヒライジングが出遅れ、ダイワスカーレットは楽にハナを奪取し逃げに出た[89]。折り合いをつけてスローペースで先導[90]。第3コーナーの坂の下りでペースを上げ、先頭で最終コーナーを通過した[90]。直線では、内からスイープトウショウ、外からフサイチパンドラが追い上げて来たが、もう一伸びして寄せ付けなかった[91]。フサイチパンドラに4分の3馬身差、スイープトウショウに約2馬身差をつけて先頭で入線する[90]GI級競走3勝目[90]。2002年ファインモーション、2003年アドマイヤグルーヴ、2006年フサイチパンドラ以来史上4例目となる3歳馬の優勝[注釈 13][92]。また、1998、1999年連覇のメジロドーベル(父:メジロライアン)に続いて史上2例目となる父内国産馬の優勝となった[88]。安藤は「ウオッカがいたらわからなかったかな[93]」、松田はウオッカ取消の第一報を聞いた時「正直、(ダイワスカーレットは)運がいいな、と思いました[93]。」と述べている。

有馬記念2着

続いてファン投票4位となる7万4134票を集め、12月23日の有馬記念GI)に臨む[94]。この年の天皇賞を独占したメイショウサムソン、ジャパンカップ2着や前年2着のポップロックGI5勝のダイワメジャーなどの古牡馬と初対決。特に引退レースのダイワメジャーとは兄妹対決[注釈 14]であり、史上初めてとなる「GI級優勝兄弟姉妹によるGI対決」となった[99]。ダイワメジャーは同じく安藤が主戦騎手を務めていたが、安藤は、将来性を考えて[注釈 15]ダイワスカーレットを選択[100]。空いたダイワメジャーには、ミルコ・デムーロが舞い戻っていた[100]。またエリザベス女王杯を取り消してジャパンカップ4着となったウオッカも出走し、4度目のライバル対決が実現していた[101]。メイショウサムソンが2.4倍、ポップロックが5.0倍、ウオッカが6.9倍。ダイワスカーレットは、8.1倍の5番人気だった[102]

映像外部リンク
2007年 有馬記念(GI
レース映像 JRA公式YouTubeチャンネルによる動画

4枠7番からスタート、チョウサンにハナを叩かれて、離れた2番手で追走した[103]。第1、第2コーナーでは折り合いがつかなかった[104]。第3、最終コーナーでは最内を進むチョウサンと別れて外に持ち出し、後方外から進出を企む有力のウオッカやメイショウサムソンなどを牽制[105]。ところが空けた内側を3番手追走の9番人気、マツリダゴッホに突かれてしまった[106][105]。以後、マツリダゴッホに突き放されて独走を許した[106][103]。牽制先の有力馬が揃って下位に沈んだこともあって、それ以上かわされることはなかった[106]。優勝マツリダゴッホに1馬身半差をつけられ、3着ダイワメジャーに2馬身半差をつける2着を確保する[103]

この年のJRA賞表彰では、全289票中275票を集めて最優秀3歳牝馬[注釈 16]、162票を集めて最優秀父内国産馬[注釈 17]を受賞[107]。また73票を集めて年度代表馬の次点[注釈 18]となった[6]

2008-09年(4-5歳)

目の怪我、脚の怪我

年をまたいで古馬となった2008年、春の目標を3月下旬、アラブ首長国連邦のナドアルシバ競馬場で行われるドバイミーティングに設定。中でも世界最高賞金が用意されたドバイワールドカップG1、ダート2000メートル)出走を目指した[109]。ダート初挑戦を見越して、まず2月24日、日本のフェブラリーステークスGI)でリハーサル。フェブラリーステークスのスタート地点から約100メートルは実績の芝コースであるため、松田も勝つ見込みがあると捉えていた[110]。しかしレース1週間前の17日、坂路での調教中に跳び上がったウッドチップが右目を傷つけた[111]。その傷は眼球に及び、創傷性角膜炎と診断[112]。数日様子を見ても治まらなかったことからフェブラリーステークスの回避が決定した[113]。ドバイへの遠征もフェブラリーステークスの出走ありきで組み立てられており、同時にドバイ遠征見送りも決定[113]。陣営は目標をヴィクトリアマイルJpnI)もしくは安田記念(GI)とし、ひいては宝塚記念、海外遠征に改めていた。松田が「一番強い馬が集まると思った[114]」という理由で産経大阪杯で始動となる[115]

4月6日の産経大阪杯(GII)は、メイショウサムソンやGI上位のインティライミドリームパスポート、それに前年の皐月賞優勝馬ヴィクトリー菊花賞優勝馬アサクサキングスなど10頭の牡馬と対決した[116]。そんな中で2.0倍の1番人気に推され、メイショウサムソンを3.0倍、ドリームパスポートを8.3倍に押しのけていた[116]。スタートからハナを奪取して逃げ、そのまま最終コーナーを通過[117]。直線では内からエイシンデピュティ、外からアサクサキングスが迫って来たが、もう一伸びして突き放した。4分の3馬身差をつけて逃げ切り[118][119]。1998年エアグルーヴ以来となる牝馬による産経大阪杯優勝となった[120]

ただしこの始動戦、ダイワスカーレットにとっては単なる前哨戦だったにもかかわらず、勝利のために最大出力を発揮してしまっていた[114]。その影響で脚が腫れ、1週間経過しても引かなかったという[114]。まもなく調教不能状態に陥り、その後の予定が全撤回となった[121][122]。山元トレーニングセンターに放牧に出されて検査したところ、管骨瘤[注釈 19]が判明[114][126]。春は全休して復帰は秋から、山元トレーニングセンターや社台ファームで夏を過ごした[114][126]

天皇賞(秋)

参戦までの経緯

管骨瘤が完治後、7月末からハッキング[注釈 20]を開始[114]。秋は2戦、エリザベス女王杯と有馬記念参戦を目論んでいた[128]。しかし放牧先の社台ファームで、1ハロン平均を15秒で走る調教の一つの基準[129]「15-15」を3本こなすなど順調[130][131]。予定を2週間前倒しして天皇賞(秋)での復帰が検討されるほどであり[130]、ついには天皇賞(秋)1か月前に行われる毎日王冠出走まで検討されていた[132]。9月5日に帰厩する[131]。放牧中は運動が控えられたために増量、社台ファームでの運動中もなかなか絞ることができず、帰厩時540キログラム台、ベスト体重からプラス40キロで停滞していた[133][131]。そこで松田はダイエット目指して「異例の調整方法[131]」(石田敏徳)を実行する。1週間に1度だけ、調教助手ではなく、騎乗技術に長けた騎手の安藤に調教を依頼[131]。安藤の腕で以て、ダイワスカーレットに減量を促していた[131]。併せて脚に負担をかけないように慎重に「馬なり」調教、強度ではなく回数を稼ぐことで体重を絞りにかかった[133]。安藤が騎乗するようになって2週間後、停滞を脱して516キロまで減量することに成功する[134]。その姿を見て松田は、レース3週間前に天皇賞(秋)出走を決断する[134]

この年の天皇賞(秋)出走メンバーは14頭いずれも重賞優勝経験があった[135]。そんな中、前年有馬記念以来約10か月ぶり5回目となるウオッカとの対決となった[136]。有馬記念後のウオッカは、ダイワスカーレットが断念したドバイ遠征を実施し4着[137]。帰国してヴィクトリアマイルでエイジアンウインズに届かず2着[138]。東京優駿優勝以降は丸一年勝利から遠ざかっていたが、安田記念で復活しGI級競走3勝目[139]。夏休みを経て秋初戦の毎日王冠にて、スーパーホーネットにアタマ差届かず2着となっていた[140]。東京優駿を始め東京での良績が目立つウオッカと、東京初参戦となるダイワスカーレットという組み合わせだった[141]。ウオッカは2.7倍の1番人気、ダイワスカーレットは3.6倍の2番人気[142]。ライバル同士2番人気までを占めたが「二強」とはならず、3番人気が4.1倍で続く「三強」となっていた[142][143]。3番人気のディープスカイは、毎日杯、NHKマイルカップ、東京優駿、神戸新聞杯を4連勝中の3歳牡馬だった[144]

ディープスカイ

7か月ぶりの出走となった当日、ダイワスカーレットは先の減量、調教のせいで気持ちが高まってしまっていた。最終追い切り直後は512キログラムだった体重が競走前の計量では、498キログラムまで減量[134][注釈 21]。安藤は「今までは休むたびに落ち着きを増していたのにあのときは全然違っていた。普段から気負いこんでいて、我慢がきかない感じだった。頭のいい馬だからきっと、自分で体を絞りにかかっていたんじゃないかな[146]。」と述懐している。本来なら返し馬で走る気を高めるところ、装鞍所やパドックの時点で既に気持ちが高まってしまっていた[147]。結局スタート直前、ゲート内でもその高まりが収まることはなかったという[146]

展開
展開図

4枠7番からスタート。安藤はこの時「徐々に、スーッとかそくしてくいつもとは全然違って、スタートを切ったら一気にトップスピードに入っちゃった[146]」という。トップスピードで以てハナを奪取し、単騎で逃げてしまった[146]。そのまま向こう正面に入り、安藤は「これじゃあ絶対にもたない[146]」と覚悟していた。これまでレースでは見せなかった暴走する姿を、阿部珠樹は「素直な優等生が、はじめて少し短いスカートをはいて、反抗の気配を見せた[148]」と表現している。

おまけに向こう正面では、ウオッカと同じ角居厩舎の14番人気トーセンキャプテンが接近して来ていた[147]。逃げ馬ならば、本来ここでペースを落とし、終盤で使う脚を温存するのがセオリーだったが、捨て身のトーセンキャプテンに後ろから突っつかれて、セオリーを破らざるを得なかった[147]。11秒台のラップを連発しながら前半1000メートルを58.7秒で通過するハイペース[147]。トーセンキャプテンは最終コーナーで既に一杯、脱落していた[147]。スタートからここまで安藤は「悪いリズムで走ってしまった[146]」という。そうして迎えた最後の直線では、馬場の最も内側に位置して逃げ切りを狙った。すぐに先行勢を失速させることには成功したが、中団外から並んで追い込むディープスカイ、ウオッカが迫って来る。安藤はここまでのレース運びから「3着が精一杯だと思った[147]」という。

映像外部リンク
2008年 天皇賞(秋)(GI
レース映像 JRA公式YouTubeチャンネルによる動画
2008年 天皇賞(秋)(GI
レース映像 関西テレビ競馬公式YouTubeチャンネルによる動画

三強横一線、内ダイワスカーレット、真ん中ディープスカイ、外ウオッカで並び立った。ほどなくしてハイペースが祟り、ダイワスカーレットの脚が鈍って外の2頭が優勢となった[147]。ただし、外の2頭もまたハイペースの中団追走が祟って脚を温存できず、得意の瞬発力を使うことができなかった[149][150]。誰も完全に突き抜けることができないまま迎えた残り100メートルからは、劣勢のダイワスカーレットが盛り返した[150]。再び横一線、3頭揃って脚が止まって藻掻いていた[150]。終いには、後方でしっかり脚を温存し発揮する追い込み勢カンパニーエアシェイディの2頭が台頭し、三強を脅かすまでになっていた[150]。ゴール手前、真ん中ディープスカイが脱落して、カンパニーとエアシェイディに飲み込まれる[150]。ところが、内ダイワスカーレットと外ウオッカの2頭は並び立ったまま、先頭を争い続けた[151]。三強と追い込み勢の5頭が横一線になって決勝線、特にダイワスカーレットとウオッカは、盛り返したダイワスカーレットが「むしろ優勢と映る形勢で[147]」(石田敏徳)通過した。遅れてカンパニーとディープスカイ、さらに遅れてエアシェイディが通過する[142]

1位2位入線のダイワスカーレットとウオッカの優劣、3位4位入線のカンパニーとディープスカイの優劣は写真判定に委ねられ、大外エアシェイディの5位入線だけが目視で判断される混戦[152]。1999年にスペシャルウィークが樹立したレースレコードよりも0.8秒速い決着となった[153]。加えて1958年セルローズ、ミスオンワード以来、天皇賞(秋)史上50年ぶりとなる牝馬ワンツーフィニッシュと相成った[153][154]。入線から13分が経過して、ウオッカのハナ差、約2センチメートル先着とダイワスカーレットの敗退が確定[151]。ダイワスカーレットからクビ差遅れて3着ディープスカイ、ディープスカイからハナ差遅れて4着カンパニー、カンパニーからクビ差遅れて5着エアシェイディだった[143]

評価、回顧
2008年天皇賞(秋)入線直後
青帽:ダイワスカーレット
橙帽:ウオッカ
白帽(白袖青二本輪):ディープスカイ
桃帽:カンパニー
黒帽(青袖):エアシェイディ

この一戦を阿部珠樹は、「テンポイントトウショウボーイグリーングラスの3頭が上位を占めた1977年の有馬記念……31年前のグランプリに匹敵するような20年、30年に一度のレース[143]」と表現している。7か月の休み明けに加えて初の東京コース、気持ちが高ぶりながらハイペースの逃げ、それでいてレコード決着ハナ差の2着のパフォーマンスは、ダイワスカーレットの評価をさらに高めた。とりわけ最後の直線で見せた盛り返しは「奇跡のような脚[155]」(井崎脩五郎)「驚嘆すべき粘り腰[147]」(石田敏徳)「信じられないような巻き返し[150]」(阿部珠樹)と表されている。

安藤は「もし、道中まともに走らせることができていたなら、結果は違っていたはずなんです[156]」「あんなチグハグなレースになったら、普通はウオッカとディープスカイにアッサリやられてしまうはずなんですよね。にもかかわらず、あれだけの接戦に持ち込んだわけですから……とにかく尋常な馬じゃない……強さに一番驚いたのは、もしかすると乗っていたボク自身かもしれません[156]」と述べている。また松田は、道中で角居のトーセンキャプテンに絡まれた件を「あれが(ダイワ)スカーレットを潰すためのチーム戦術だとしたら、やってはいけないこと[152]」としながらも、トーセンキャプテンが来なければ平均ペースになり、瞬発力に秀でたウオッカやディープスカイ有利の展開になっていただろうとして「2センチのハナ差ではなくもっと大きな着差で敗れていたのかもしれません[147]」と述べている。

三強が揃って止まりながら、2センチメートル差のワンツーに収束するまで、ダイワスカーレットの盛り返しとウオッカの差し返しが発生していた[156]。これはウオッカが、ディープスカイを下して先頭に躍り出た瞬間に、自身が勝利したと考えて「気を抜いた」ことが原因だった[157][158][注釈 22]。その間にダイワスカーレットが盛り返して2頭横一線。それからウオッカが、新たな負かすべき相手を認識して、2センチメートル突き出たところが決勝線だった[158]。2頭横一線となって以降は、盛り返したダイワスカーレットが常に前、入線直後もダイワスカーレットが前だった[158]。それでもウオッカの先着に至ったのは、決勝線の瞬間だけウオッカが前に出ていたためだった[158]。ウオッカとダイワスカーレットの対決は結果的にこれが最後となる。3歳春から5戦して2勝2敗1分の五分だった[159]。(ウオッカとのライバル関係についての詳細は、ウオッカ (競走馬)#ダイワスカーレットを、競走に関する詳細は、第138回天皇賞を参照。)

有馬記念

天皇賞(秋)の後はジャパンカップを見送り、12月28日の有馬記念に臨む。天皇賞(秋)の気持ちの高ぶりはなく良い状態、順調に調整できていたという[133]。ファン投票では、13万6千票を集めたウオッカが1位、ダイワスカーレットは13万1千票の2位だった[160]。天皇賞(秋)1着3着のウオッカ、ディープスカイは、いずれもジャパンカップに進んで2着、3着。距離や中山の適性から有馬記念を2頭とも回避していた[161]キャプテントゥーレは長期離脱中[162]オウケンブルースリは回避[163]アドマイヤジュピタは引退しており[164]、この年のクラシック優勝馬、天皇賞春秋優勝馬が揃ってグランプリを欠場[161]。特にウオッカの不参戦により、アカネテンリュウが出走を取り消した1971年以来37年ぶり[注釈 23]となる「ファン投票1位を欠いたグランプリ」となった[166]。それでも、ジャパンカップで上述2頭を下したスクリーンヒーロー、前年の有馬記念優勝馬マツリダゴッホ、これが引退レースのメイショウサムソン、1歳年上の牝馬二冠馬カワカミプリンセスなどが集結[133]。出走メンバーは「有馬記念というレースのステータスに相応しいもの[133]」(石田敏徳)だったという。そんな中、ダイワスカーレットは、2.6倍の1番人気の支持[167]。マツリダゴッホ4.4倍、スクリーンヒーロー6.4倍、メイショウサムソン8.4倍で続いていた[167]

映像外部リンク
2008年 有馬記念(GI
レース映像 JRA公式YouTubeチャンネルによる動画
2008年 有馬記念(GI
レース映像 関西テレビ競馬公式YouTubeチャンネルによる動画

8枠13番からスタート、ハナを奪取し逃げに出た[168]。ラップタイム11秒台を連発しながら直線コースを走行し、第1、2コーナーで13秒台に緩めたが、ハイペースで先導した[168]。向こう正面後半からペースアップして再び11秒台で進行。第3コーナーでは2、3番手のメイショウサムソン、カワカミプリンセスからマークを受けてプレッシャーをかけられたが、それらを下して先頭を守った[169]。続いて後方待機からまくるスクリーンヒーローとマツリダゴッホが接近するが直線に入って失速[170]。それを尻目にもう一伸び、先行馬も差し馬も潰して独走状態となった[170]。最後方の大外からアドマイヤモナークが唯一追い上げを見せたが、ダイワスカーレットの先頭を脅かすものではなかった[168]。安藤が右手を天に掲げる余裕を見せながら入線[170]。アドマイヤモナークに1馬身4分の3差をつけて優勝を果たす。

GI級4勝目。1959年ガーネット、1960年スターロッチ、1971年トウメイ以来37年ぶり、史上4頭目となる牝馬による有馬記念優勝と相成った[171]。1959年は、不良馬場の中、当時としては画期的だった外ラチ沿いからガーネットの差し切り勝利[注釈 24][172]。1960年は、後方との差がある2番手追走、展開に恵まれたスターロッチの押し切り勝利[172]。1971年は、馬インフルエンザが流行して有力馬が続々出走を取消して6頭立て、1番人気メジロムサシも馬インフルエンザ感染が噂されるほどの体調不良[173]、そんな最中の最後方待機トウメイの追い込み勝利[174]。石田敏徳は過去の3例には、牝馬を優勝たらしめる「追い風」の存在があったが、ダイワスカーレットの逃げ切り優勝は、有馬記念に相応しい面子を真正面から下す「敗者にどんな弁解も許さないもの……堂々の横綱相撲[174]」だったと評価[174]。この点から、ダイワスカーレットを「そうした先輩たち(過去3頭)とは一線を画していた(カッコ内補足加筆者)[174]」存在だと表している。

その他、安藤と松田は有馬記念初優勝[166]。安藤は、中山の芝初優勝であり、中山の重賞はマンボツイストで制した2002年、ダートのマーチステークスGIII)以来の優勝だった[166]。またスカーレットブーケは、産駒のJRA-GI9勝(ダイワメジャー5勝、ダイワスカーレット4勝)に到達[171]。これまで最多記録で並び立っていたパシフィカス、産駒のJRA-GI8勝(ビワハヤヒデ3勝、ナリタブライアン5勝)を追い抜いて単独最多記録を樹立した[175]。ダイワスカーレットに1馬身4分の3遅れて14番人気アドマイヤモナーク、さらに4分の3馬身遅れて10番人気エアシェイディが入線[166]。2着3着のワイド2万8200円、3頭の三連複19万2500円、三連単98万5580円は、いずれもその式別の有馬記念史上最高払戻金額を記録している[171]

この年のJRA賞、ダイワスカーレットはどれにも選出されなかった[注釈 25][177]。年度代表馬選考では全300票中79票を集めてウオッカの次点[注釈 26][178]最優秀4歳以上牝馬選考では、104票を集めてウオッカの次点だった[注釈 27][178]。また天皇賞(秋)での接戦と有馬記念の優勝が評価され、特別賞を授与するか否かが選考委員会に持ち上がった[178]。審議された結果、全8票中、賛成が4人に留まって選考委員会の推薦が得られず[注釈 28][注釈 29]、受賞を逃している[179]

引退 - 幻の海外転戦計画

5歳となった2009年、改めてドバイワールドカップを目標に設定。再びフェブラリーステークスをステップに遠征する予定だった[180]。しかしその1週間前追い切り後、左前脚の熱が治まらず、再びフェブラリーステークス回避が決定[180][181]。翌日にはそれが浅屈腱炎だと判明してドバイ遠征も断念し、遂には引退が決定した。2月18日付でJRAの競走馬登録を抹消される[182]。通算成績12戦8勝2着4回、デビューから連対(2着以内)し続ける「生涯連対」を達成[170][183]シンザンの19戦15勝2着4回に次ぐ、史上第2位の「生涯連対」記録となった[183][注釈 31][166]

松田は有馬記念直後、翌2009年の野望を「海外で3つ勝ちたい……一番強い馬が集まるレースにぶつけたい[168]」と述べていた。ドバイ、イギリスアメリカ、日本の4か国を転戦するつもりだったという[185]。フェブラリーステークスからドバイミーティングに参戦した後は、イギリスへ。6月のアスコット競馬場ロイヤルアスコット開催プリンスオブウェールズステークスG1、芝2000メートル)に参戦[185]。それから秋は、前年2着の天皇賞(秋)あるいはアメリカ遠征・サンタアニタ競馬場で行われるブリーダーズカップ・ワールド・サラブレッド・チャンピオンシップブリーダーズカップ・クラシックG1、ダート2000メートル)に参戦、終いに日本の有馬記念で連覇を狙う[185]。という一年間の計画だった[185]。この計画は、吉田と大城の意向によるものが大きかった。中でも、大城は天皇賞(秋)出走を特に望んでいたという[186]。そこで吉田は大城に対し「春は私の夢に挑戦させて下さい[186]」と提案。そうして吉田の夢であるプリンスオブウェールズステークスが予定に組み入れられていた[186]。吉田によれば、秋のブリーダーズカップ参戦プランは、プリンスオブウェールズステークス優勝が条件だったという[186]。しかしこれらの計画は、故障引退によりすべて幻となった。

繁殖牝馬時代

引退後は、社台ファームで繁殖牝馬となった。初年度は、チチカステナンゴと交配。2010年3月6日に初仔の牝馬を生産した[187]。それから2020年までに10番仔まで生産、すべて牝馬だった[188]。この間に、特にキングカメハメハノヴェリストロードカナロアとは複数年交配し、複数頭の牝の仔を得ている。2021年の11番仔でようやく牡馬(父:ロードカナロア)を生産した[188]

産駒は、大城敬三が2020年に死去するまで所有した[189]。7番仔まで「ダイワ」の冠名を用いた競走馬名である[190]。初仔ダイワレーヌ(父:チチカステナンゴ)は勝利を挙げられなかったが、2番仔ダイワレジェンド(父:キングカメハメハ)は2戦目の未勝利戦で勝ち上がり[191]。通算4勝で準オープンクラスまで出世した[192]。3番仔ダイワミランダ(父:ハービンジャー)は産駒で初めて新馬戦で勝ち上がり[193]。4番仔ダイワウィズミ―(父:キングカメハメハ)は中央未勝利の後、南関東公営競馬で2勝[194]。5番仔ダイワエトワール(父:エンパイアメーカー)は3勝を挙げ、1000万円以下まで出世[195]。以上5頭は競走馬引退後、いずれも繁殖牝馬として供用されている[190]

6番仔ダイワメモリー(父:ノヴェリスト)は新馬戦を含めて3勝して、1600万円以下(途中で3勝クラスに改称)まで出世[196]。2020年7月11日の福島競馬場、テレビユー福島賞(3勝クラス)の競走中に急性心不全で死亡した[197]。7番仔ダイワクンナナは、中途で大城敬三から大城正一へ、さらにダイワスカーレットの共同オーナーだった社台ファーム代表の吉田照哉に継承された。ダイワクンナナは、新馬戦を含めて3勝し中央競馬を退いている[198]。8番仔以降は、吉田照哉の妻吉田千津や、社台傘下のクラブ法人有限会社社台レースホースが所有している[199][200]。産駒の競走馬名に「ダイワ」が用いられなくなった。8番仔アンブレラデート(父:エイシンフラッシュ)は、2021年のフィリーズレビューGII)で入着を果たした[201]

競走成績

以下の内容は、netkeiba.com[202]およびJBISサーチ[203]の情報に基づく。

競走日 競馬場 競走名 距離
(馬場)



オッズ
(人気)
着順 タイム
(上り3F)
着差 騎手 斤量
[kg]
1着馬
(2着馬)
馬体重
[kg]
2006.11.19 京都 2歳新馬 芝2000m(良) 12 3 3 1.8(1人) 1着 R2:04.1(35.0) -0.3 0安藤勝己 54 (コスモグルミット) 496
0000.12.16 中京 中京2歳S OP 芝1800m(良) 8 1 1 2.2(1人) 1着 R1:47.8(33.7) -0.1 0安藤勝己 54 アドマイヤオーラ 488
2007.01.08 京都 シンザン記念 JpnIII 芝1600m(良) 10 7 8 01.9(1人) 2着 R1:35.3(33.7) -0.2 0安藤勝己 56 アドマイヤオーラ 490
0000.03.03 阪神 チューリップ賞 JpnIII 芝1600m(良) 16 4 7 02.8(2人) 2着 R1:33.7(33.9) -0.0 0安藤勝己 54 ウオッカ 488
0000.04.08 阪神 桜花賞 JpnI 芝1600m(良) 18 8 18 05.9(3人) 1着 R1:33.7(33.9) -0.2 0安藤勝己 55 (ウオッカ) 486
0000.09.16 阪神 ローズS JpnII 芝1800m(良) 14 4 5 01.6(1人) 1着 R1:46.1(33.6) -0.4 0安藤勝己 55 ベッラレイア 490
0000.10.14 京都 秋華賞 JpnI 芝2000m(良) 18 7 13 02.8(2人) 1着 R1:59.1(33.9) -0.2 0安藤勝己 55 (レインダンス) 484
0000. 11.11 京都 エリザベス女王杯 GI 芝2200m(良) 13 5 7 01.9(1人) 1着 R2:11.9(34.1) -0.1 0安藤勝己 54 フサイチパンドラ 484
0000.12.23 中山 有馬記念 GI 芝2500m(稍) 15 4 7 08.1(5人) 2着 R2:33.8(35.8) -0.2 0安藤勝己 53 マツリダゴッホ 486
2008.04.06 阪神 産経大阪杯 GII 芝2000m(良) 11 7 9 02.0(1人) 1着 R1:58.7(34.8) -0.1 0安藤勝己 56 エイシンデピュティ 498
0000.11.02 東京 天皇賞(秋) GI 芝2000m(良) 17 4 7 03.6(2人) 2着 R1:57.2(35.2) -0.0 0安藤勝己 56 ウオッカ 498
0000.12.28 中山 有馬記念 GI 芝2500m(良) 14 8 13 02.6(1人) 1着 R2:31.5(36.4) -0.3 0安藤勝己 55 アドマイヤモナーク 494

繁殖成績

馬名 誕生年 毛色 厩舎 馬主 戦績 主な成績 供用 出典
初仔 ダイワレーヌ 2010年 黒鹿毛 チチカステナンゴ 松田国英(栗東) 大城敬三 4戦0勝 繁殖牝馬 [204]
第2仔 ダイワレジェンド 2011年 栗毛 キングカメハメハ 国枝栄(美浦) 22戦4勝 10下2勝 [205]
第3仔 ダイワミランダ 2012年 ハービンジャー 14戦2勝 スイートピーS8着 [206]
第4仔 ダイワウィズミー 2013年 キングカメハメハ 松田国英(栗東)[207]
→立花伸(大井[208]
川島正一船橋
21戦2勝 [209]
第5仔 ダイワエトワール 2014年 黒鹿毛 エンパイアメーカー 鹿戸雄一(美浦) 11戦3勝 5下2勝 [210]
第6仔 ダイワメモリー 2015年 栗毛 ノヴェリスト 国枝栄(美浦) 16戦3勝 テレ玉杯(10下)優勝 現役中死亡[197] [211]
(不受胎) 2016年 キングズベスト [190]
第7仔 ダイワクンナナ 2017年 鹿毛 ノヴェリスト 池上昌和(美浦)
→国枝栄(美浦)[212]
→荒山勝徳(小林
大城敬三[213]
→大城正一[212]
吉田照哉
15戦3勝 フェアリーS13着  現役競走馬 [214]
第8仔 アンブレラデート 2018年 エイシンフラッシュ 角居勝彦(栗東)[215]
藤原英昭(栗東)
吉田千津 9戦2勝 フィリーズR4着 現役競走馬 [199]
第9仔 スカーレットオーラ 2019年 ロードカナロア 中内田充正(栗東) 社台RH 未出走 現役競走馬 [200]
第10仔 ダイワスカーレットの20 2020年 安田翔伍(栗東) 社台RH - 血統登録 [216]
第11仔 ダイワスカーレットの21 2021年 血統登録 [217]
2022年 ブリックスアンドモルタル [190]
  • 情報は、2022年3月10日時点。

エピソード

ゲート克服

松田は、サンデーサイレンスには「肉食獣のような『きつさ』[218]」という精神面の弱点があり、それは産駒にも受け継がれて「気持ちで走るところ[218]」があったという。それでも孫世代になれば、その血が薄まり、全体的にその弱点が改善方向にあると考えていた[218]。しかし松田厩舎のサンデーサイレンスの孫、アグネスタキオン産駒には、精神面の弱点が正しく受け継がれていて、特にゲートに手を焼いていた[218]。ある「走る馬[注釈 32]」には「精神的に切れて、ゲートの中でひっくり返るんじゃないか[218]」と心配したこともあった。この経験から松田は、スピードがあり「走る馬」のアグネスタキオン産駒、それに神経質で有名だったダイワメジャーの妹、心配な父系母系を受け継ぐダイワスカーレットに、時間をかけて入念にゲート練習をさせていた[219][34]。これは、オーナー大城に了解を得たうえでの松田の決断だった[219]

松田国英

父系や兄の傾向に従ってダイワスカーレットは、ゲートの一部が身体に触れただけで錯乱したり[219]、周囲特に背後を異常に気にする精神の持ち主だった[34]。それを矯正するために、「相撲のまわしようなもの『ヒラヒラ』」をトモ(後躯)につけてゲート練習を行い、何かが触れても錯乱しないように慣れさせていった[219]。通常、入厩から10日ほどで合格するゲート試験を、ダイワスカーレットは2カ月を要して合格[34]。それから2か月後、入厩から4か月後にデビューを迎えている[34]。ただし初戦は、出遅れ気味の「ジャンプスタート」だった[36][219]。しかし2戦目に五分のスタートを切ることができ、やがてダイワスカーレットの「武器」(石田敏徳)にすり替わっていった[219]。松田は「スタートを上手に切れるようになったのは、アンカツさん(安藤勝己)の技術によるところも大きかった[219]」という。安藤は「……スタートが速かったね。デビューのころはあまりスタートがうまくなくて、2、3戦目ぐらいからうまくなってきたんです……。ただ、そのうちにスタートが抜群にうまくなって、安心して乗れるようになりましたね[38]」と述べている。

安藤勝己の鬼門

中山競馬場直線コースの坂。

安藤勝己にとって、中山競馬場は鬼門だった。安藤はかつて地方競馬笠松競馬所属の騎手だった。小回りの競馬場、ダート競走が主流の地方競馬は、スタートから前方に位置して直線で早めに押し切るという勝ちパターンとなっていた[220]。しかし中山は、小回りだったが、直線コースに急な坂を備えている「トリッキー[221]」(安藤)な競馬場だった。早めに動いても坂で失速、直線が短いためそれまである程度の位置を確保しなければならなかった[220][221]。地方の勝ちパターンが身に染みている安藤は中央移籍後、そんな中山に苦手意識があったという[220]。中山の重賞は、2002年マーチステークスのマンボツイストが最初で最後、それから5年以上勝利から遠ざかり、芝重賞は勝利できずにいた[166]。そして迎えた2008年、中山の有馬記念にダイワスカーレットと参戦する。ダイワスカーレットは不安を抱える安藤を導いていた[222]。逃げ切り優勝、安藤に中山の芝重賞初勝利をもたらした[166]。安藤は、入線時に普段は見せないガッツポーズを披露している[222]。安藤はその後2013年1月末まで騎手を続け、中央競馬には10年所属[223]。中央競馬の重賞は移籍前も併せて、JRA-GI22勝を含む81勝したが[223]、中山の重賞はこの有馬記念が最後、通算2勝に留まった[220]

特徴

"逃げ"

ダイワスカーレットは、性格の問題から仕方なく逃げていたわけではなかった[123]。島田明宏は「ただ、走るのが速く、それもスタートしてすぐトップスピードに乗る能力があり、また、その能力を出したい、速く走りたい――という気持ちを抑えきれなかったので、他馬より前に行くことになった[123]」と分析している。また逃げて強い印象を与えたサイレンススズカと比較し、島田は「サイレンススズカは、他馬がついてくることのできない領域に『逃げて』いたように見えたが、(ダイワ)スカーレットの走りは純粋に『ただスピードに乗っていただけ』[224]」だった述べている。ダイワスカーレットは逃げ切り勝利こそ挙げているが、大敗するリスクや他を差し置いて逃げ切った際の興奮が「逃げ馬」とは違って存在しなかったという[225]。翻って逃げて連対し続けるという相反する二つが同居する「逃げ馬」だった[225]。島田はダイワスカーレットを「『普通』ではなかった[225]」と評し、「この馬を『逃げ馬』と呼ぶことに少なからぬ抵抗を感じる[225]」と述べている。

適性

吉田は「2000メートルというのが(ダイワ)スカーレットが一番強い距離……守備範囲は1600メートルから2400メートル[186]」また天皇賞(春)3200メートルについては「ちょっと合わない[186]」と述べている。また吉田は「あの馬は、牝とか牡とかいう次元を超えている[24]」とも述べている。一方安藤は「走法から考えても、2000くらいの距離がベスト……気性的にもマイルから2000くらい[226]」であるとしている。

評価

定量的評価

ファン投票による評価

競走名 順位 票数 成績 出典
3歳 宝塚記念 15位 02万1177票 回避 [227]
有馬記念 04位 07万4134票 02着 [228]
4歳 宝塚記念 04位 03万9234票 回避 [229]
有馬記念 02位 13万1460票 01着 [160]

レーティングによる評価

国際的評価
ワールド・サラブレッド・レースホース・ランキング
ワールド・サラブレッド・ランキング
年度 順位 レート 部門 コラム別 出典
S M I L E
2007 149位 115 L 115 [7]
2008 52位 119 L 119 [8]
〔注〕距離およびコラムの「SMILE」は、それぞれ下記の距離区分の略号。
  • S = Sprint(短距離): 1000 - 1300 m、北米は1000 - 1599 m
  • M = Mile(マイル): 1301 - 1899 m、北米は1600 - 1899 m
  • I = Intermediate(中距離): 1900 - 2100 m
  • L = Long(長距離): 2101 - 2700 m
  • E = Extended(超長距離): 2701 m -
日本国内の評価
JPNサラブレッドランキング
年度 部門 順位 レート

ポンド (lb)

キログラム

換算 (kg)

コラム別 出典 備考
S M I L E
2007 2歳 17位 104 47.0 [230]
2008 3歳 2位 115 52.0 113 114 115 [231] [注釈 33]
2009 4歳上 4位 119 54.0 119 [233] [注釈 34]

血統

ダイワスカーレット血統 (血統表の出典)[§ 1]
父系 サンデーサイレンス系ヘイロー系
[§ 2]

アグネスタキオン
1998 栗毛
父の父
*サンデーサイレンス
Sunday Silence
1986 青鹿毛
Halo Hail to Reason
Cosmah
Wishing Well Understanding
Mountain Flower
父の母
アグネスフローラ
1987 鹿毛
*ロイヤルスキー Raja Baba
Coz o'Nijinsky
アグネスレディー *リマンド
イコマエイカン

スカーレットブーケ
1988 栗毛
*ノーザンテースト
Northern Taste
1971 栗毛
Northern Dancer Nearctic
Natalma
Lady Victoria Victoria Park
Lady Angela
母の母
*スカーレットインク
Scarlet Ink
1971 栗毛
Crimson Satan Spy Song
Papila
Consentid Beau Max
La Menina
母系(F-No.) スカーレットインク系(FN:4-d) [§ 3]
5代内の近親交配 Almahmoud5×5、Lady Angela5・4(母内) [§ 4]
出典
  1. ^ [235]
  2. ^ [236][237]
  3. ^ [235]
  4. ^ [235]


脚注

注釈

  1. ^ 共同オーナーに吉田照哉
  2. ^ 出走した競走がすべて2着以内。
  3. ^ 後にライバルとなるウオッカの大叔母である。シスタートウショウの全姉エナジートウショウの第2仔が「ウオッカの母」タニノシスターである。なお同レースには「『ウオッカの父タニノギムレット』の母」タニノクリスタルも出走していた。
  4. ^ 当時は、秋華賞が存在せず、三冠目はエリザベス女王杯だった。エリザベス女王杯は3歳牝馬限定(新年齢表記)の競走だった。
  5. ^ 松田はダイワスカーレットの持つスピードを考えれば「普通なら、使い出しは1400メートルがいいと思われるはずです[37]」と述べている。
  6. ^ デビュー当日の武は、牝馬限定の新馬芝1400メートルの騎乗予定がなかった。
  7. ^ 調教に騎乗した武は、松田に対して1400メートルでのデビューを提案している[注釈 6][38]。しかしそれは却下された。武はダイワスカーレットを見限り、先約の騎乗を優先している。松田は「ユタカくんは2000メートルは持たないと判断したんじゃないですか[34]」と述べている。
  8. ^ 松田は「卓越したスピードがある馬ほど、道中リラックスして走ることや、タメを作ること、ジョッキーとコミュニケーションをとりながら走ることなどを教えるべき……『三つ子の魂百まで』と言うように最初に1200メートルや1400メートルの早いレースをしてしまったら、ずっとそのイメージで競馬をすることになってしまう……勝ったとしても、先々に勝てるレースの幅は狭まりますよね[37]。」と述べている。
  9. ^ 開催される阪神競馬場は、前年にリニューアル、外回りコースが新設されていた。その外回りコースを使用する、初めての開催となった[55]
  10. ^ 1991年4着(優勝馬シスタートウショウに1.0秒(6馬身半)差)[59]
  11. ^ 2001年3着。(優勝馬テイエムオーシャンと0.5秒(3馬身+クビ)差)[60]
  12. ^ この年(2007年)は44戦中13回牝馬が優勝した[77]。勝率29.5パーセント。前年は21.6パーセント、前々年は15パーセントだった[77]
  13. ^ 古馬に開放された1996年以降[92]
  14. ^ また有馬記念で兄と妹の対決が実現したのは、1961年の兄シーザー、妹オカメに続いて史上2例目であった[95]。シーザー(父:ハクリヨウ[96])とオカメ(父:ヒンドスタン[97])の母は、共にトートレルである[98]
  15. ^ 安藤は「(ダイワ)スカーレットのほうが先に来る(先着する)と思って選んだわけではない[44]」としている。それでも「この馬の手綱は誰にも渡したくないという気持ちもあった[44]」とも。しかし年末の中山競馬場2500メートルという舞台設定は、ダイワスカーレットにとって不安要素が多々あり「むしろ(ダイワ)メジャーに乗る方が気は楽[44]」だったと述懐している。
  16. ^ ウオッカが14票で次点[6]
  17. ^ ウオッカが123票で次点。以下アドマイヤオーラ1票、アストンマーチャン1票、メイショウトウコン1票、該当馬なし1票[6]
  18. ^ 178票を集めたアドマイヤムーンが受賞。アドマイヤムーンはこの年、ドバイデューティフリーG1)と宝塚記念GI)、ジャパンカップGI)を勝利していた[108]。以下、ダイワスカーレット73票、メイショウサムソン17票、ウオッカ12票、ヴァーミリアン5票、該当馬なし2票、マツリダゴッホ1票、無効1票[6]
  19. ^ 骨瘤には「右前脚」と「左前脚」の二説が伝わる。「右」は、島田明宏[123]、競走馬のふるさと案内所[124]旭堂南鷹[125]など。「左」は石田敏徳[114]日刊スポーツ[126]、スポーツナビ[127]など。
  20. ^ 軽めのキャンター[114]
  21. ^ 1週間前の追い切り後の計量は、510キログラム。松田は「これ以上は減らないでしょう[145]」と述べていたが、実際はそれより20キログラム減らしてレースに臨んでいた[134]
  22. ^ 武によれば「ウオッカは追いかけるスピードは凄いんですが、いったん交わして〔ママ〕しまうと気を抜くようなところがある[156]。」と述べている、
  23. ^ ウオッカは出走登録すら行わなかった。1位が出走登録さえしなかったのは、1958年に故障で回避したカツラシユウホウ以来50年ぶりだった[165]
  24. ^ 後年、シンザンが通ったことで有名[172]。ガーネットが制した1959年は、注目を集めたその年のダービー馬コマツヒカリが不良馬場に泣いて、菊花賞馬ハククラマが体調不良だったことも、ガーネットにとって「追い風」だった[172]
  25. ^ JRA賞最優秀父内国産馬は、前年の受賞を最後に廃止されている[176]
  26. ^ ウオッカが180票で受賞。ダイワスカーレット79票を挟んで、以下ディープスカイ37票、カネヒキリ1票、スリープレスナイト1票、該当馬なし1票[178]
  27. ^ 196票を集めたウオッカが受賞。2頭で票を独占している[178]
  28. ^ 特別賞授与には、受賞馬選考委員会の委員総数の4分の3以上の推薦が必要。委員が8人だったこの年、授与には6人の推薦が必要だが、反対が3票、欠席が1票だった[177]
  29. ^ この年から特別賞選出基準が厳格化。前年までは、委員の3分の2以上が出席した受賞馬選考委員会で「過半数」で選出されていたが、この年から「4分の3以上」に変更されていた。前年にはウオッカとメイショウサムソンが特別賞に選出されていた[176]
  30. ^ 優勝:ネーハイシーザー、2着:セキテイリュウオー
  31. ^ デビュー以来連続「12連対」は、シンザンの19連対、ビワハヤヒデの15連対に次ぐ史上3番目の記録[166]。ビワハヤヒデは、結果的にラストランとなった1994年天皇賞(秋)にて5着に敗退[注釈 30]し「生涯連対」を逃している[184]
  32. ^ 走るだろうと期待する馬。
  33. ^ 「115」は、2002年ファインモーション、2006年カワカミプリンセスと同等の評価[232]
  34. ^ 牝馬のセックスアローワンス(4ポンド加算)を考慮すると国内第2位[234]

出典

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参考文献

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        • 同内容転載『競馬ノンフィクション選集 名馬堂々。』(『Sports Graphic Number PLUS』2021年11月号)、2021年11月24日。
        • 同内容Web版あり『Sports Graphic Number Web』、2009年10月8日。
  • 優駿』(日本中央競馬会
    • 2007年3月号
      • 優駿編集部「【杉本清の競馬談義 262】ゲスト松田国英調教師」
    • 2007年4月号
      • 阿部珠樹「【YUSHUN Point of View】アドマイヤオーラが弥生賞を、ウオッカがチューリップ賞を制す!」
      • 吉沢譲治「【2007年皐月賞&桜花賞プレビュー】アグネスタキオン ダイワスカーレット」
      • 平松さとし「【優駿ダブルインタビュー】安藤光影×安藤勝己」
    • 2007年5月号
      • 奥岡幹浩「【YUSHUN Point of View】ダイワスカーレットが桜花賞制覇。」
    • 2007年6月号
      • 吉沢譲治「【クローズアップ】ダイワスカーレット "緋色"の血を継ぎし者」
    • 2007年10月号
      • 津田照之「【秋のGIシリーズ開幕!】桜花賞馬 ダイワスカーレット」
      • 島田明宏「【優駿ロングインタビュー】松田国英 広がる未来を夢見て」
    • 2007年11月号
      • 平松さとし「【ヘッドライン】"強い3歳牝馬"同士の秋の大一番は、ダイワスカーレットが圧巻の走りで完勝」
      • 島田明宏「今年の3歳牝馬はどれだけ強いのか」
    • 2007年12月号
      • 島田明宏「【ドキュメント 第12回秋華賞】ダイワスカーレット "タイプの違う最強馬"2頭によるライバル物語 牝馬三冠戦はスカーレットの2戦2勝で幕を閉じた」
      • 島田明宏「【ドキュメント 第32回エリザベス女王杯】ダイワスカーレット ウオッカ出走取消の衝撃と歴代女王を完封した逃げ切り劇」
    • 2008年1月号
      • 平松さとし「【第52回有馬記念 対決の瞬間】選ばれ師注目馬6頭 ダイワメジャー」
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    • 2008年2月号
      • 「【2007年JRA賞決定】年度代表馬にアドマイヤムーン」
      • 島田明宏「【クローズアップ】第52回有馬記念 波乱の結果となったグランプリは 待ち受ける『世界戦』のプロローグ」
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      • 阿部珠樹「【第138回天皇賞(秋)詳報】最後の100メートルで示された 3頭のフィジカルな能力と精神力」
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      • 井崎脩五郎「【第138回天皇賞(秋)クロスレビュー】世紀の一戦に思うところ 奇跡のような脚」
    • 2009年2月号
      • 石田敏徳「【クローズアップ】ダイワスカーレット レースを完全掌握する圧巻の走りで37年ぶりの『重い歴史の扉』を開いた」
      • 「【2008年JPNサラブレッド・ランキング発表!】4歳以上芝 ウオッカ、ダイワスカーレットなど各コラムで牝馬が活躍」
      • 橋浜保子(JRDB)「【アグネスタキオン徹底分析】アグネスタキオン産駒『ここが凄い』"走る産駒"の馬体に迫る」
    • 2009年3月号
      • 阿部珠樹「【至高のライバル対決】ウオッカ vs ダイワスカーレット 古馬になって初めての、待ちに待った最強牝馬対決」
      • 街風隆雄「【優駿ロングインタビュー】吉田照哉『血はまたよみがえる』」
    • 2009年4月号
      • 石田敏徳「【引退特別企画】ダイワスカーレット 名手が語る、名牝の実像」
    • 2011年1月号
      • 石田敏徳「【第55回有馬記念直前大特集】キーワードで振り返る有馬記念『牝馬の優勝』」
    • 2015年11月号
      • 島田明宏「【未来に語り継ぎたい名馬物語(9)】ウオッカと激闘を演じたターフの大女優 ダイワスカーレットの美学」
      • 河村清明「【優駿たちのルーツを辿る(9)】社台ファーム 時を経て大輪を咲かせた一粒の種」
    • 2019年11月号
      • 金宮肴「【優駿列伝 秋に輝いた名牝たち】2008年有馬記念 ダイワスカーレット 37年ぶり4頭目の快挙を達成」
    • 2020年3月号
      • 横手礼一「【決定!このレースがすごい!!】1984-2019桜花賞 第1位 2007年ダイワスカーレット 初めてウオッカを破った日」
    • 各号「【重賞プレイバック】出走重賞10競走」
      • 2007年3月号(シンザン記念)
      • 2007年5月号(チューリップ賞)
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      • 2008年2月号(有馬記念)
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関連項目

外部リンク