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バブルガムフェロー

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バブルガムフェロー
2008年10月30日撮影
(ブリーダーズ・スタリオン・ステーション)
欧字表記 Bubble Gum Fellow[1]
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1993年4月11日
死没 2010年4月26日(17歳没)
登録日 1995年9月7日
抹消日 1998年1月15日
サンデーサイレンス
バブルカンパニー
母の父 Lyphard
生国 日本の旗 日本北海道千歳市
生産者 社台ファーム千歳
馬主 (有)社台レースホース
調教師 藤沢和雄美浦
厩務員 手島正勝
競走成績
タイトル JRA賞最優秀3歳牡馬(1995年)
生涯成績 13戦7勝
獲得賞金 5億5443万円
IC 113M(1996年)[2]
121L(1997年)[3]
勝ち鞍
GI 朝日杯3歳S 1995年
GI 天皇賞(秋) 1996年
GII スプリングS 1996年
GII 鳴尾記念 1997年
GII 毎日王冠 1997年
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バブルガムフェローとは、日本競走馬である。主な勝ち鞍は朝日杯3歳ステークス天皇賞(秋)。1995年JRA賞最優秀3歳牡馬。引退後は種牡馬となっていた。名前の由来は「風船ガムを噛む奴」を英訳したもの。

戦績

馬齢は旧表記(数え年

3歳

美浦藤沢和雄厩舎に入厩したバブルガムフェローは1995年10月、東京でデビューした。デビュー戦こそ3着に敗れたが、2戦目であっさりと勝ち上がった。その後、府中3歳ステークス(当時オープン特別)も勝ったバブルガムフェローは朝日杯3歳ステークスに挑んだ。

この朝日杯で1番人気に推されたバブルガムフェローは、最後の直線で先に抜け出したエイシンガイモンを捕らえて優勝、3連勝でGI初制覇を果たした。この朝日杯の勝利が決め手となり、バブルガムフェローはこの年、JRA賞最優秀3歳牡馬(旧称。現在のJRA賞最優秀2歳牡馬)に選ばれている。

4歳

1996年クラシックの主役として、ダンスインザダークとともに期待されていたバブルガムフェローは初戦の皐月賞トライアルスプリングステークスで1番人気に応えて快勝した。しかし、皐月賞の1週前に右後脚を骨折してしまい、春のクラシックである皐月賞と日本ダービーを断念することとなった。

骨折は全治6ヶ月と診断されていたが、予想以上に回復が早く、バブルガムフェローは夏に帰厩し、秋に備えた。秋になると、バブルガムフェローは距離適性を考慮して菊花賞ではなく、秋の天皇賞を目指すことになり、天皇賞の前哨戦にあたる毎日王冠で復帰した。毎日王冠で古馬相手に3着と善戦したバブルガムフェローは、秋の天皇賞でマヤノトップガンサクラローレルマーベラスサンデーの3強に挑むことになった。

しかし、主戦の岡部幸雄ブリーダーズカップ・クラシックに出走するタイキブリザードに騎乗するためにカナダへ遠征することになり、騎乗できなくなった。そのため、この秋の天皇賞では蛯名正義が騎乗することになった。

レースでは、バブルガムフェローは4コーナー3番手から直線鋭く伸び、追ってきた3強を抑えて優勝した。秋の天皇賞を4歳(現在の3歳)馬として制したのは、JRAでは第1回のハッピーマイト以来史上2頭目(第3回以降第94回までの天皇賞・秋は旧4歳馬には出走権はなかった)だった。また、鞍上の蛯名もこの天皇賞での勝利がJRAでのGI初勝利であった。

天皇賞後、バブルガムフェローは鞍上を岡部に戻して、ジャパンカップに出走したが、走る気を全く起こさずに13着と大敗し、この年を終えている。このジャパンカップ時の関係者の落胆ぶりは相当なもので、騎乗した岡部は「壊れた(故障した)のではないですか?」という記者の質問に対し、「壊れたのは、馬の頭だよ」と述べている。

5歳

1997年、休養から帰ってきたバブルガムフェローは鳴尾記念を快勝し、宝塚記念に出走した。宝塚記念では岡部がタイキブリザードに騎乗するため、鞍上は蛯名に戻っている。レースでは、ゴール前でマーベラスサンデーに豪快に差し切られ、2着に敗れた。

秋に入り、鞍上を岡部に戻して、毎日王冠を快勝したバブルガムフェローは連覇を狙って、秋の天皇賞に出走した。対抗馬と目されていたサクラローレルマヤノトップガンは故障で既に引退、マーベラスサンデーも骨折で休養中、バブルガムフェローと同い年のロイヤルタッチは故障明け初戦、ジェニュインは既に前走で破っていることから、秋の天皇賞連覇は濃厚と見られていたバブルガムフェローは1.5倍の断然の1番人気に推された。

しかし、レースでは、エアグルーヴとの壮絶な叩きあいの末にクビ差競り負けて、2着に敗れた。鞍上の岡部はレース後に「馬が前を行く(大逃げした)サイレンススズカを早めに捕まえようとしてしまった」と嘆いた。

天皇賞後、バブルガムフェローはジャパンカップに出走したが、ピルサドスキー、エアグルーヴに及ばず3着に終わった。このジャパンカップを最後にバブルガムフェローは現役を引退し、種牡馬入りした。

競走成績

年月日 競馬場 競走名


オッズ
(人気)
着順 騎手 斤量
[kg]
距離状態 タイム
上り3F
着差 勝ち馬/(2着馬)
1995. 10. 7 東京 3歳新馬 12 1 1 1.3(1人) 03着 岡部幸雄 53 芝1800m(良) 1.53.7(34.3) -0.0 アービルサンゴッド
10. 29 東京 3歳新馬 9 1 1 1.2(1人) 01着 岡部幸雄 53 芝1800m(良) 1.49.3(36.8) -0.2 (トーシンアトラス)
11. 19 東京 府中3歳S OP 12 6 7 3.4(2人) 01着 岡部幸雄 54 芝1800m(良) 1.50.0(35.0) -0.2 サクラスピードオー
12. 10 中山 朝日杯3歳S GI 12 4 4 2.6(1人) 01着 岡部幸雄 54 芝1600m(良) 1.34.2(35.7) -0.1 エイシンガイモン
1996. 3. 24 中山 スプリングS GII 13 2 2 1.5(1人) 01着 岡部幸雄 56 芝1800m(良) 1.50.1(35.7) -0.1 チアズサイレンス
10. 6 東京 毎日王冠 GII 12 6 8 5.0(2人) 03着 岡部幸雄 56 芝1800m(良) 1.46.0(34.9) -0.2 アヌスミラビリス
10. 27 東京 天皇賞(秋) GI 17 2 4 7.2(3人) 01着 蛯名正義 56 芝2000m(良) 1.58.7(34.5) -0.1 マヤノトップガン
11. 24 東京 ジャパンC GI 15 3 6 3.7(2人) 13着 岡部幸雄 55 芝2400m(良) 2.26.8(38.8) -3.0 シングスピール
1997. 6. 15 阪神 鳴尾記念 GII 15 6 10 3.3(2人) 01着 岡部幸雄 59 芝2000m(良) 2.01.4(35.6) -0.3 トウカイタロー
7. 6 阪神 宝塚記念 GI 12 5 6 3.5(3人) 02着 蛯名正義 58 芝2200m(良) 2.11.9(36.6) -0.0 マーベラスサンデー
10. 5 東京 毎日王冠 GII 9 6 6 2.0(1人) 01着 岡部幸雄 59 芝1800m(良) 1.46.1(35.0) -0.1 ツクバシンフォニー
10. 26 東京 天皇賞(秋) GI 16 4 7 1.5(1人) 02着 岡部幸雄 58 芝2000m(良) 1.59.0(35.1) -0.0 エアグルーヴ
11. 23 東京 ジャパンC GI 14 8 13 3.7(1人) 03着 岡部幸雄 57 芝2400m(良) 2.26.0(34.9) -0.2 ピルサドスキー

種牡馬時代

引退後は2003年までは社台スタリオンステーション2004年からはブリーダーズ・スタリオン・ステーションで繋養されていた。また、オーストラリアにもシャトル種牡馬として行っており、オセアニアで重賞馬も複数輩出している。

1999年から2005年までは日本国内だけでも毎年150頭以上の繁殖牝馬を集めた[4]リーディングサイアーランキングの最高位は2004年の9位[5]

2010年4月26日午後8時40分、供用先の北海道沙流郡日高町のブリーダーズ・スタリオン・ステーションで肺炎のため死亡した。

主な産駒

2015年2月18日現在[5]

母の父としての産駒

血統表

バブルガムフェロー血統 (血統表の出典)[§ 1]
父系 サンデーサイレンス系ヘイロー系
[§ 2]

*サンデーサイレンス
Sunday Silence
1986 青鹿毛
アメリカ
父の父
Halo
1969 黒鹿毛
Hail to Reason Turn-to
Nothirdchance
Cosmah Cosmic Bomb
Almahmoud
父の母
Wishing Well
1975 鹿毛
Understanding Promised Land
Pretty Ways
Mountain Flower Montparnasse
Edelweiss

*バブルカンパニー
Bubble Company
1977 栗毛
Lyphard
1969 鹿毛
Northern Dancer Nearctic
Natalma
Goofed Court Martial
Barra
母の母
Prodice
1969 栗毛
Prominer Beau Sabreur
Snob Hill
Euridice Tabriz
Euroclydon
母系(F-No.) (FN:1-b) [§ 3]
5代内の近親交配 Almahmoud 4×5 [§ 4]
出典
  1. ^ JBISサーチ バブルガムフェロー 5代血統表 2017年8月28日閲覧。
  2. ^ [6]netkeiba.com バブルガムフェロー 5代血統表 2017年8月28日閲覧。
  3. ^ JBISサーチ バブルガムフェロー 5代血統表 2017年8月28日閲覧。
  4. ^ JBISサーチ バブルガムフェロー 5代血統表 2017年8月28日閲覧。


主な近親

脚注

  1. ^ バブルガムフェロー”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2021年11月15日閲覧。
  2. ^ 優駿』、日本中央競馬会、1997年2月、23頁。 
  3. ^ 優駿』、日本中央競馬会、1998年2月、121頁。 
  4. ^ バブルガムフェロー/世代・年次別”. J-BISサーチ. 2015年2月18日閲覧。
  5. ^ a b バブルガムフェロー/種牡馬成績”. J-BISサーチ. 2015年2月18日閲覧。
  6. ^ バブルガムフェローの種牡馬情報”. 競馬ラボ. 2020年7月9日閲覧。

外部リンク