コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

シュガー・ベイブ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
シュガー・ベイブ
出身地 日本の旗 日本 東京都
ジャンル
活動期間 1973年 - 1976年
レーベル NIAGARAELEC
事務所
  • 風都市(1974年)
  • TAKE ONE(1974年 - 1976年)
旧メンバー

シュガー・ベイブSUGAR BABE)は、1973年から1976年まで活動していた日本ポップスバンド

概略

[編集]

1972年発売の自主制作盤「ADD SOME MUSIC TO YOUR DAY」の制作メンバーにより、1973年に結成されたインディーズ・バンドである。当時はまだ珍しかった、メジャー7th分数コードなどのコードプログレッションを多用するほか、コーラスワークに重点を置いた音作り。当時はポップスミュージックがほとんど知られておらず[注 1]セールス的には低迷し、アンダーグラウンドな存在に留まっていた。

1976年に解散。活動当時は極めてマイナーなバンドであった。

メンバー

[編集]
第1期:1973年4月 - 1975年4月
第2期:1975年4月 - 1975年6月
  • 山下達郎 – ヴォーカル、ギター、キーボード、コーラス
  • 大貫妙子 – ヴォーカル、キーボード、コーラス
  • 村松邦男 – ヴォーカル、ギター、コーラス
  • 伊藤銀次(いとう ぎんじ) – ギター
  • 寺尾次郎(てらお じろう) – ベース、コーラス
  • 上原裕(うえはら ゆたか) – ドラムス
第3期:1975年6月 - 1976年4月
  • 山下達郎 – ヴォーカル、ギター、キーボード、コーラス
  • 大貫妙子 – ヴォーカル、キーボード、コーラス
  • 村松邦男 – ヴォーカル、ギター、コーラス
  • 寺尾次郎 – ベース、コーラス
  • 上原裕 – ドラムス

略歴

[編集]
1971年
  • 3月、大貫妙子、高校を卒業。在学中にはバンドを組んだり、吉祥寺の“ビ・バップ”や“ライトハウス”、新宿の“ソウル・イート”といったロック喫茶に通うなど音楽は好きだったが、将来音楽家になる意思はなかった。
  • 春、大貫、美術学校に入学。一生できる仕事をしたいとの理由で陶芸家を目指して学校に通い始めたが、朝8時位からのデッサンを半年近く続けたところ、持病の肩こりが悪化。首が全く回らなくなり、根詰める仕事は一切ダメだと医者に止められ退学。ただ、音楽は趣味で続けていて、喫茶店でキャロル・キングIT'S TOO LATE」をボサノヴァぽく歌うというような弾き語りをしていた。
  • 冬、大貫、ギターを持って渋谷ヤマハに譜面を買いに来たところ、入り口付近にたむろしていた林謙司と広瀬ジョージの2人に声をかけられ、グループ“三輪車”への参加を持ちかけられる。とにかくバンドに女の子がほしいという彼らの話から“この先、肩こりで絵も描けないし、どうしようかと思っていた頃だし、まだ若いから何やってもいいや”と思い、参加を決める。最初は嘘かと思っていたが翌日、当時彼らがすでに契約していたワーナー・パイオニアに行き大野という女性のディレクターを紹介される。こうして、グループへの加入を機に実質的なプロとしてのキャリアがスタートする。
  • 大貫、三輪車としてのレッスンを始めるが、この頃のレパートリーは「あの子この子」や「落松葉」「伊那」といった北原白秋の詩に曲をつけたり、フォーク然としたオリジナル曲ばかりだったので、彼女の嗜好と一致していなかった。それでも彼女はグループの一員として地方のラジオ局周りやスーパーの開店記念イベントでの店頭演奏などを行う傍ら、必要に迫られ自らも曲作りを始めていた。
1972年
  • 7月、山下達郎、アルバム『ADD SOME MUSIC TO YOUR DAY』を友人達と3か月かけて自主制作。グループ名は特になく、メンバーは山下の中学時代のクラスメイトだった並木進、並木が高校で知り合った鰐川己久男と武川伸一の4人。メンバー全員が大学に進学した同年春、誰の口からともなく、今までの活動を何か形にして残そうという提案が出されたのがきっかけだった。アナログA面にザ・ビーチ・ボーイズ、B面にドゥーワップロックンロールのカヴァーをそれぞれ収録。制作費は100枚で13万円。それをメンバー4人で25枚ずつ分け、友達に1枚1,500円で無理矢理売るが、結局最後はほとんどタダ同然で配ってしまう。このレコーディング時に並木からの依頼でエコー・マシーンを貸すため村松邦男がレコーディング・スタジオになっていた並木家を訪れ、「SINCERELY」のコーラスを手伝う。村松は並木の高校の友人の1年先輩。以後、並木家で行われていたセッションにギターを携え毎週、顔を出すようになる。
  • 秋、『ADD SOME~』レコーディング・メンバーの山下・鰐川・並木・武川に村松が加わり、アルバム・ジャケットのデザインを手がけた金子辰也が当時通っていた美術学校の文化祭に出演[注 2]
  • 秋、大貫、三輪車のレコーディング制作がスタートし始める。大貫の書いた曲に大野ディレクターは十分理解を示してはくれたが、会社の方針からとりあえずはプロの作家に依頼することになった。作詞は千家和也が手掛けたが、その詞は大貫には気に入らない内容だった。若さゆえに自尊心も強く、“売れなくてもいいからカッコ悪いことはいやだ、カッコ悪いことだけはしたくない”という思いからグループを辞めたいとの思いが次第に強くなる。
  • 秋、大貫、三輪車を辞めたいが契約があるのでどうしようかと思っていた頃、当時ワーナーからプロジェクトを始めるときのスタッフとしてアレンジを請け負っていた矢野誠を紹介される。矢野は三輪車についてレコード会社から「学生街の喫茶店」が流行っていたので、ああいうのを目標にしてやってみたらどうかと言われるが、矢野自身は好みではなかった。その一方、大貫のオリジナルを聴き、シュールで冷たい詞を結構気に入っていて、次第に矢野の嗜好する音楽に大貫が接近して行く。「グループを辞めたい」と漏らした大貫に、矢野は「じゃあ、辞めたら。もっといい仲間がいるから」と答えた。結局、三輪車はなし崩し的に辞めてしまい、矢野の紹介で四谷のロック喫茶“ディスク・チャート”を訪れる。
  • ディスク・チャートは同年秋、ジャズ喫茶“いーぐる”のオーナー後藤雅洋が“いーぐる”のすぐ傍にオープンさせたロック喫茶。当時、長門芳郎と長門の学生時代からの友人でバンド仲間でもあった小宮康裕の二人が店の運営を任されていた。長門は大学を中退して土方をしていたが、この年の夏に故郷の長崎ではっぴいえんどを招いてイベント“大震祭Vol.3”[注 3]を主催した。その後音楽事務所に入るつもりで再上京したがやめて、小宮に誘われてこの店に勤めるようになった[注 4]。長門と小宮がレコードのセレクトを任されてからは、それまでのメジャーでハードな路線から、当時はまだサブカルチャー的だったともいえるソフトなアメリカン・ロックがかかるようになっていた。
  • ディスク・チャートでは閉店後、毎週水曜日に地下室でセッションが行われていた。メンバーは大貫のほか、長門と小宮。元ソルティー・シュガーの山本コウタローや徳武弘文。この時カメラマンのアシスタントをしていて後にシュガー・ベイブに参加する野口明彦。他に矢野や武蔵野タンポポ団若林純夫、後に広告業界に身を置く下條高志などが参加して自作曲やCMソングの録音が行われていた。併せて、後にTVプロデューサーとなる日野原幼紀のアイデアで、大貫のソロ・デビューに向けたオリジナル曲のデモ・テープ制作も行われるようになり、「午后の休息」[注 5]他数曲が録音される。
  • 11月、山下、自主制作盤のレコーディング・メンバーだった武川から彼の大学で評判になっていたディスク・チャートの存在を知らされる。しばらく講習がたて込んでいて行けそうもないという武川に代わって山下が『ADD SOME~』を置いてもらうように店に行き、チーフの長門と会う。音楽の趣味があったため話に熱が入り、結局持参したレコードはプレゼントしてしまう。その場で聴いた長門は、山下のヴォーカルにすぐさま惹かれ、彼をディスク・チャートで閉店後地下室で行われていたセッションを見に来ないかと誘う。
  • 12月、山下・鰐川・武川・村松、ディスク・チャートで閉店後地下室で行われていた大貫のデモ・レコーディングのセッションを見学する。以後、山下は一人で足繁く通うようになり、やがて見学だけではおさまらず、コーラス・アレンジに意見を出したり、自分もギターを持ち込んで演奏に加わって歌うなど、次第にセッションに欠かせない存在となる。
  • 暮れ、山下、この頃にはオリジナルの作品を何曲か作っていたが、まだそれをバンドで演奏した事がなかった。バンドそのものが『ADD SOME~』完成の時点で既に解散していて、以降は勝手に集まってセッションを繰り返しているにすぎなかった。オリジナル曲をやるのであれば、またバンドを組んで演奏活動をしなければ意味がないと考え、勝手な妄想から自身のバンド構想が出来上がる。
  • 暮れ、コーラス・レンジを広げるため、まずはシンガーとしてソロ・デビュー計画があった大貫にバンドへの参加を持ちかける。大貫には三輪車の時のわだかまりが残っていて、グループを組んで音楽活動をすることにためらいがあった。しかし、今の状況で深夜にデモ・テープを作っていても、出来上がった後の展開にいまひとつ不安があることも確かだった。さらに、今後一人だけで音楽活動を続けていく自信もなく、どうしても一緒に活動するミュージシャンが必要になるとの考えから、参加を了承する。併せて、山下の“女性はバンドではキーボードを弾くもの”と決めていた説得でギターから、小学校4年生の時に引越でピアノを手放して以来触ったことが無かったというキーボードへの転向も了承する。
  • 暮れ、山下、鰐川にベースでメンバーになるよう説得。もともとギタリストだった鰐川は当初渋ったものの、バンドをやりたいとの思いに勝てず、これを了承する。
1973年
  • 1月、山下、ギターは鰐川のほうが指は速かったが“フレーズが泣く”という理由で、すでに会社員として勤務していた村松を口説き、最終的には参加させる。
  • 3月、知り合いのつてを頼ってドラムのメンバー募集を開始。4月の一日を使ってメンバーと一緒に演奏してオーディションを行い、決めることにする。並行して大貫のキーボードの特訓も始まり、数曲をバンドで演奏できるようにした。
  • 4月、応募してきたドラマーのオーディションを行う。参加したドラマーは全員そこそこは叩けたが、協調性のなさや妙な癖があるなど何かしらの見過ごせない欠点があり、結果は惨敗だった。一度は山下が自分で叩くしかないかとも考えたが、ディスク・チャートのセッションで顔見知りだった野口が最近ドラムを始めたことを大貫から聞き、山下がドラムを教えれば2、3か月でどうにかなるだろうということで野口に会うことにする。
  • 4月、山下、野口と会う。野口は話を聞くとあっさりとバンド加入を了承、ようやくメンバーが決まる。
  • 5月、山下、長門にマネージャーになるよう依頼、長門も引き受けることを決める。バンド名は映画『砂丘[注 6]で使われていたヤングブラッズの曲名からとって“シュガー・ベイブ”に決定するが、この時、山下と長門は同じ名前を考えていた。
  • 初夏、はちみつぱいのベーシスト、和田博巳の経営する高円寺のロック喫茶“MOVIN'”で伊藤銀次と駒沢裕城が『ADD SOME~』を聴き、大滝詠一に伝える[注 8]。和田は、渋谷ヤマハで買い求めた『ADD SOME~』を、店でよくかけていたという。
  • 8月18日、山下、長門とともに福生の大滝宅を訪問。以後、大滝のレコード・コレクションを聴くため通い詰める。大滝、山下にはっぴいえんどラスト・ライヴでのコーラスを依頼する。
  • 8月23日、長門が故郷の長崎で友人たちと主催したイベント“大震祭Vol.4”にて、デビューコンサート(長崎NBCビデオ・ホール 共演:グッド・モーニング、ドゥーワー・ブラザース)[注 9]。大貫がMCを担当した、最初で最後のステージ。
  • 8月26日日本テレビ系「遠くへ行きたい」放送。番組中、大貫が知床で切り株に腰掛けて「光の中へ」(山下作)と「港の灯り」(小宮やすゆう作)、列車の中で番組のテーマ曲「遠くへ行きたい」を歌う。
  • 9月、はっぴいえんどラスト・ライヴに向け、ココナツ・バンクと合同でリハーサルを行うためコーラス隊の山下、大貫、村松が数回、大滝宅を訪れる。音を出しながら曲の構成をまとめつつ、同時に山下がそれを横で聴きながらコーラスのアイデアを考えて、すぐにコーラスを試す。それを1曲ごとに行い、それらがある程度決まったらパーカッション部隊の鰐川・野口を呼んで、全員で仕上げのリハにとりかかるという段取りで進めることになった[注 10]
  • 9月10日、新宿ラ・セーヌ(共演:ビートルズのコピーバンド)[注 11]
  • 9月11日、はっぴいえんどラスト・ライヴに向けた、ココナツ・バンクとの合同リハーサルのため、今度はメンバー全員で大滝宅を訪れる。リハーサルは以後数日行われる。
  • 9月21日、はっぴいえんどラスト・ライヴ“CITY-LAST TIME AROUND”にて大滝詠一、ココナツ・バンク、布谷文夫のコーラスに参加(文京公会堂)。後に『ライブ!! はっぴいえんど[注 12]として発売。
  • 10月、“三菱ラジオジーガム(日本語改作版)”レコーディング(HITスタジオ)[注 13]。大滝のCMソングに、シュガー・ベイブがコーラスで初参加。
  • 11月9日東洋大学“白山祭”。
  • 11月18日跡見女子短期大学学園祭。
  • 12月17日、“HELLO! WE'RE SUGAR BABE”(青山タワー・ホール 共演 : 小宮やすゆうとレッド・アイ・エキスプレス, 山本コウタローと少年探偵団, はちみつぱい[注 14]。ライブ中突然、山下がMCでこの年に発売された洋楽アルバムのベストテンとワーストテンを発表した。そのときの様子を、伊藤とともにライブを見ていた大滝曰く“8月に(福生に)来たにいちゃんがバンドで怪気炎上げてて”[7]
  • 数日後、はっぴいえんどが所属していたプロダクション“風都市”が長門に接触、バンドと一緒の入社を打診してくる。メンバーと相談した結果、長門は承諾の返事をする。
1974年
  • 1月1日、マネージャーの長門とともに、風都市に入社。これを機に、それまで練習スタジオ代わりに使用していた並木宅から、風都市が契約していた新宿のスタジオでリハーサルを行うようになる。
  • 1月16日、“三ツ矢サイダー'74”レコーディング(~17日 ポリドール・スタジオ)[注 15]
  • 1月24日、“三ツ矢サイダー'73 (Long Version)”レコーディング(ポリドール・スタジオ)[注 16]
  • 1月28日、“大滝詠一&鈴木茂コンサート”にゲスト出演(仙台市公会堂)。鈴木が風邪のため南佳孝が出演。
  • 2月15日、ファッションショーでの大貫のパフォーマンスに山下がバッキングで参加(有楽町・読売ホール)[注 17]
  • 3月2日渋谷・ジァン・ジァン“昼の部”に初出演。
  • 3月、レコード会社へのプレゼン用デモ・テープ録りの話が具体化。4月の第1週にニッポン放送銀河スタジオでの録音決定が、長門からメンバーに告げられる。
  • 4月3日、デモ・テープ録音(ニッポン放送第一スタジオ)[注 18]
  • 4月、プロモーション用のとアーティスト写真撮影(六本木~新宿)。デモ・テープとアーティスト写真をセットにすることでレコード会社へのプロモーション効果を高めようと考えていた風都市の意向で、プロのカメラマンを起用しての撮影となった。
  • 4月14日、新宿・サムライ。
  • 4月16日、大宮の女子高文化祭。
  • 4月18日、“HOBO'Sコンサート”に出演(池袋シアター・グリーン 共演:南正人)。
  • 4月24日、デモ・テープ録音(ニッポン放送第一スタジオ)[注 18]
  • 4月28日、渋谷・ジァン・ジァン“昼の部”(共演:生田敬太郎)。
  • この頃、風都市を辞め、長門が友人たちと新しく設立した事務所“テイク・ワン”に移る。テイク・ワンはPAの会社と共同で笹塚のマンションに2LDKの部屋を借り、その所属アーティストの筆頭は山下洋輔トリオだったので、後にシュガー・ベイブの山下と合わせて“ダブル山下の事務所”と言われていた。テイク・ワンの真下の部屋はテイク・ワンと親しい関係の会社が借りていたが、そこには伊藤銀次が入り浸っていた。上下階での行き来も頻繁だったので、これが「DOWN TOWN」をはじめとする山下・伊藤の共作曲誕生のきっかけとなった。
  • 5月7日、山下、亀淵友香コンサートにコーラスで出演(青山・タワー・ホール)[注 19]。当初、コーラスで参加予定だったシンガーズ・スリーが直前で不参加となり、丁度遊びに来ていた大貫と村松をリハーサルなしで急遽ステージに上げ、なんとかこなした。この時客席で彼らを見ていた荒井由実が後に、3人を自身のレコーディングに呼ぶ。
  • 5月8日ラジオ関西公開録音。11日まで、初の大阪ツアー。
  • 5月9日、六番町コンサート(共演 : 布谷文夫&ココナツ・バンク、スターキング・デリシャス)。風都市マネージメントによる、最後のステージ。
  • 5月10日、大阪・DUKE。この日のライブ以降、テイク・ワンがマネージメントを手掛ける。
  • 5月11日、京都・拾得。山下は客からの「帰れ!」に落ち込んが、観に来ていた山岸潤史の「本当は外人の方がもっと怖い。外人はノッていたから心配あらへん」との言葉に慰められる。
  • 5月19日、渋谷・ジァン・ジァン“昼の部”(共演:神山慶子)。
  • 5月中旬、高島屋ローズホール(共演:オイルフッド・ブラザース)。
  • 5月28日、新宿厚生年金会館。
  • 6月9日、“第13回A・ROCK祭”に出演(日本青年館ホール 共演:ミッキー・カーチス & ポーカーフェイス他)。
  • 6月21日、“7TH ステッチ・コンサート イシバシ・オン・ザ・ロック”にゲスト出演(御茶ノ水・日仏会館 共演:スモーキー・メディスン、他アマチュア・バンド)。
  • 6月25日、“三愛バーゲンフェスティヴァル'74”レコーディング(アバコ・スタジオ)[注 20][注 21]。山下にとって、初めて依頼されたCMソング。
  • 6月26日、“HOBO'Sコンサート”に出演(池袋シアター・グリーン 共演 : センチメンタル・シティ・ロマンス)。この時から、2組の長い交流が始まる。
  • 7月、“第11回三ツ矢フォーク・メイツ・フェス”公開録音の通しリハーサル(文化放送のスタジオ)。
  • 7月11日文化放送“第11回三ツ矢フォーク・メイツ・フェス”公開録音に出演(有楽町・読売ホール 司会:小室等 出演:大滝詠一、布谷文夫、バック : 上原裕伊藤銀次、駒沢裕城、田中章弘、岡田徹、シンガーズ・スリー、稲垣次郎セクション、飛び入りゲスト:鈴木茂[注 22]。録音はAM放送用モノラル音源のみ。
  • 7月19日、山下と大貫、沢チエ“CHIE-BEAT POPS IN SO・GETSU”にコーラスで参加(草月会館ホール 出演 : 沢チエ、下田逸郎、矢野誠、ココナツ・バンク、鈴木顕子)。
  • 7月20日、バンド・リハーサル(エレック・スタジオ)。
  • 7月23日、“三ツ矢フルーツソーダ'74”レコーディング(TSC(東京スタジオセンター))[注 23][注 21]
  • 7月28日、“7TH ステッチ・コンサート イシバシ・オン・ザ・ロック”にゲスト出演(日本青年館ホール 共演:エディ藩 & オリエント・エキスプレス、ミッキー・カーチス & ポーカーフェイス、VSOP、他アマチュア・バンド10組)。その後、荒井由実のレコーディングに参加。「12月の雨」と「瞳を閉じて」でコーラスを担当。この頃からレコーディングでのコーラスは、主に吉田美奈子を加えた4人編成になる。
  • 7月30日、山梨県清里のスケート場(共演:チャコとヘルス・エンジェル、フレンズ、アンデルセン)。
  • 8月5日、センチメンタル・シティ・ロマンスの月例コンサートにゲスト出演(名古屋雲龍ホール)。
  • 8月8日、郡山“ONESTEP FESTIVAL”に出演[注 24]
  • 8月24日、千葉・セントラル・プラザ7Fホール。
  • 8月、山下・大貫・村松と吉田美奈子、ルネ・シマール日本公演のコーラス打ち合わせ(浜松町・アルファレコード)。大阪1回、東京2回のレコード発売記念コンサートでのコーラスを、シュガー・ベイブの3人に吉田を加えた4人が依頼を受けた。これは、コーラスでレコーディングに参加した荒井由実の所属するアルファレコードから来た話だった。
  • 9月4日、山下・大貫・村松と吉田、ルネ・シマールのコンサートにコーラスで出演(大阪厚生年金会館)。
  • 9月6日、“不二家ハートチョコレート'74”レコーディング(赤坂ミュージック・スタジオ)[注 25][注 21]
  • 9月14日、山下・大貫・村松と吉田美奈子、ルネ・シマールのコンサートにコーラスで出演(~15日 渋谷公会堂)。
  • 9月、ルネ・シマールのコンサートの仕事の合間にテイク・ワンに、難航していたレコーディングの話が本決まりになったとの連絡が入る。レコード会社はエレック、時期は10月末、レーベルは大瀧詠一の主催するナイアガラ
  • 9月半ば、バンド、リハーサル(新宿・御苑スタジオ~エレック・スタジオ)。1か月半ほどの集中的なリハーサルの目的は、今までの曲のレパートリーのアレンジをレコーディング用に見直すことと、「DOWN TOWN」「過ぎ去りし日々」「風の世界」といった新曲の練習の二つ。10月末からのレコーディングまでの間、初めの1か月を新宿の御苑スタジオで、その後エレック社内のリハーサル室に移動して行われた。
  • 9月26日、“伊勢丹どんな顔するかな”レコーディング(モウリ・スタジオ)[注 26]
  • 9月29日、横浜・グリーン・ピース。
  • 10月5日、渋谷・ジァン・ジァン“昼の部”(共演 : きりぎりす)。
  • 10月7日、“資生堂バスボン'74”レコーディング(TSC)[注 27][注 28]
  • 10月9日、山下、大滝とザ・キングトーンズのライヴを見に行く(新宿ルイード)。
  • 10月13日、“HOBO'Sコンサート”に出演(池袋シアター・グリーン)。
  • 10月25日高千穂商科大学文化祭。
  • 10月28日、アルバム・レコーディング開始(~12月26日 エレック・スタジオ)。楽器のセッティング~音決め、「SHOW」レコーディング。
  • 10月29日、「DOWN TOWN」レコーディング(エレック・スタジオ)。以後、数曲のヴォーカル、ダビングは工事中の福生45スタジオで行う。
  • 11月3日城西大学体育館“コマ祭”シェイキー・フラット・コンサート(共演:内田裕也 & 1815R&Rバンド、クリエーション、イエロー、ヘルハウス、ミルキーウェイ他)。
  • 11月6日、“らんまんコンサートVol.4 〜小坂忠・細野晴臣 再会…そして出発〜”にコーラスで出演(新宿厚生年金小ホール 共演:小坂忠、ティン・パン・アレー、細野晴臣、林立夫、松任谷正隆、矢野誠、伊藤銀次、吉田美奈子)[注 24][注 29]
  • 11月10日金沢女子短期大学文化祭(共演:浅野由彦)。
  • 11月15日、センチメンタル・シティ・ロマンスの月例コンサートにゲスト出演(名古屋雲龍ホール)。
  • 11月23日、“ティン・パン・アレイ・セッション”(~24日 荻窪ロフト 共演:細野晴臣, 林立夫, 伊藤銀次, 矢野誠, はちみつぱい, 上原裕)。
  • 11月24日、横浜・グリーン・ピース。伊藤銀次、矢野誠等と布谷文夫のバックを担当。
  • 12月6日、荻窪ロフト(共演:吉田美奈子)。
  • 12月11日、渋谷ヤマハ店頭。
  • 12月8日、“ホーボーズ・コンサート”に出演(池袋シアター・グリーン 共演:久保田麻琴と夕焼け楽団)。
  • 12月25日、山下と大貫、“荒井由実クリスマス・コンサート”にアンコールでゲスト出演、コーラスを担当する。
1975年
  • 1月14日、“SKYHILLS PARTY Vol.1”に出演(横浜市民ホール 共演:荒井由実 & ダディー・オー、吉田美奈子)[注 30]
  • 1月15日、渋谷・ジァン・ジァン“昼の部”。
  • 1月24日、“シュガー・ベイブ セカンド・コンサート”(新宿厚生年金会館小ホール ゲスト&司会:細野晴臣、鈴木慶一 特別ゲスト:大滝詠一 ダンサー:荒井由実 & 横浜CLUB 162)[注 24][注 31]
  • 2月2日、山下、大滝・吉田美奈子・伊集加代子と共にかまやつひろし「お先にどうぞ」(作詞・作曲・編曲 : 大瀧)レコーディングにコーラスで参加(東芝EMIスタジオ)。
  • 2月22日、荻窪ロフト(共演:センチメンタル・シティ・ロマンス)。
  • 2月23日、渋谷・ジァン・ジァン(共演:中山ラビ)。
  • 3月7日、アルバム『SONGS』完成。
  • 3月、野口に代わって当時、ハイ・ファイ・セットのバッキング・メンバーだった上原裕(Ds)が参加。更に上原の意向で伊藤銀次(G)が加入[注 32]
  • 3月、鰐川に代わって当時、上原・伊藤と共にハイ・ファイ・セットのバッキング・メンバーだった寺尾次郎(B)が参加。鰐川は去年の秋頃からレコーディング終了後にバンドを辞めようと考えていた。そのため、正月明けから後任のベーシスト探しがメンバーやスタッフによって始められたが、なかなかこれといったメンバーが見つからなかった。そんな折、2月に上原から「シュガー・ベイブに入れへんか」と勧誘を受けた寺尾が、メンバーになりたいと自らテイク・ワンに電話をかけてきた[8]。元々、寺尾はシュガー・ベイブのファンで、事務所に何度もコンサート予約の電話をかけていたことから、スタッフとは懇意になっていた。
  • 3月、マネージャーが長門から柏原卓に交代する。
  • 3月22日 荻窪ロフト(共演 : 愛奴)。
  • 3月29日、“ベイ・エリア・コンサート スーパーロックジェネレーション”に出演(文京公会堂 出演:ティン・パン・アレー、大滝詠一、ココナツ・バンク(伊藤銀次、上原裕、藤本雄志)、鈴木茂バンド(鈴木茂、佐藤博、林敏明、田中章弘、小坂忠、吉田美奈子)[注 33][注 34]
  • 3月30日、千葉ヤマハ。
  • 4月4日、“ベイエリア・コンサート スーパーロックジェネレーション”に出演(大阪サンケイ・ホール)[注 35]
  • 4月5日、“ベイエリア・コンサート スーパーロックジェネレーション”に出演(名古屋市公会堂)[注 36]
  • 4月20日、“ブルース・パワー・スプリング・カーニバル・イン日比谷”に出演(日比谷野外音楽堂 共演:ウエスト・ロード・ブルース・バンド、鈴木茂バンド、久保田麻琴と夕焼け楽団、ウィーピング・ハープ・セノオ & ヒズ・ローラーコースター)。この日のライブ写真が翌週の雑誌『週刊プレイボーイ』に掲載される。
  • 4月25日、アルバム『SONGS』とシングル「DOWN TOWN」を同時発表。以降、「雨は手のひらにいっぱい」ようなメロディアスな曲から「WINDY LADY」のような16ビートの楽曲へと、次第に山下の作風に変化が生じる[注 37]
  • 4月26日、渋谷・ジァン・ジァン“昼の部”。
  • 5月4日、山下、アルバム『NIAGARA MOON』を明け方にミックス・ダウン中の大瀧に“滝の音がないとだめだよ”と助言。明日搬入予定にも拘らず白糸の滝に行って滝の音を録って夜、戻ってくる。夜中じゅう山下の録音してきた滝の音がミックスされた後にマスタリング、翌5日に搬入された(六本木CBS・ソニースタジオ)。
  • 5月8日、バンド・リハーサル(新宿・御苑スタジオ)。
  • 5月9日、“資生堂店頭BGM'75「南の島」”レコーディング(音響ハウス[注 38][注 28]
  • 5月10日、山下・大貫・村松、コーラス・レコーディング 1日目(六本木CBS・ソニースタジオ)。
  • 5月11日、バンド・リハーサル(エレック・スタジオ)。その後、静岡放送の取材。
  • 5月13日、服飾メーカーのCMレコーディング(音響ハウス)。
  • 5月14日、バンド・リハーサル(~15日 渋谷ヤマハ)。
  • 5月16日、山下・大貫・村松、コーラス・レコーディング 2日目(六本木CBS・ソニースタジオ)。
  • 5月17日、バンド・リハーサル(~18日 福生45スタジオ)。
  • 5月19日、家電メーカーのCMデモ・レコーディング(音響ハウス)。その後、バンド・リハーサル(新宿・御苑スタジオ)。
  • 5月20日、バンド・リハーサル(渋谷ヤマハ)。
  • 5月21日、FM東京“週刊FM サウンドスペシャル”に出演(目黒・パイオニア・スタジオ)[注 39]
  • 5月23日、バンド・リハーサル(四谷スタジオ)。その後、山下・大貫・村松、コーラス・レコーディング。この日予定されていた19日録音のCMデモの本録りはキャンセルになった。
  • 5月24日、“ティン・パン・アレイ・フェスティバル”に出演(中野サンプラザ 出演:鈴木茂バンド、小坂忠 + ティン・パン・アレー、細野晴臣 + セッション・バンド、大滝詠一 + セッション・バンド、バンブー、ブレッド&バター、トランザム + クニ河内、シュガー・ベイブ)[注 40]。その後、山下・大貫・村松、コーラス・レコーディング(溜池・クラウン・レコーディング・スタジオ)。
  • 6月、「DOWN TOWN」のラジオ・スポットCMのオンエアが始まる。
  • 6月1日、山下・大貫・村松、フジテレビ幼児向け番組のコーラス・レコーディング。その後、アーティスト写真の打ち合わせ。福生での撮影が決まる。
  • 6月2日、アーティスト写真撮影および、バンド・リハーサル(~5日 福生45スタジオ)。
  • 6月6日、自動車メーカーのCMソング・レコーディング(新橋・飛行館スタジオ)。
  • 6月11日、バンド・リハーサル(~13日 福生45スタジオ)。
  • 6月14日、バンド・リハーサル(チョコレートスタジオ)。
  • 6月15日、渋谷・ジァン・ジァン“昼の部”。この日を最後に伊藤がバンドを離籍。
  • 6月16日、製菓メーカーのCMソング・コーラス・レコーディング(アオイスタジオ)。
  • 6月18日、バンド・リハーサル(~20日 福生45スタジオ)。
  • 6月20日、“いちじく浣腸'75”レコーディング(音響ハウス)[注 41][注 21]
  • 6月22日、バンド・リハーサル(~23日 福生45スタジオ)。
  • 6月24日、“SKYHILLS PARTY Vol.2”に出演(横浜教育会館 共演:センチメンタル・シティ・ロマンス、鈴木茂 & ハックルバック)[注 42]
  • 6月25日、製菓メーカー、自動車メーカー、別の製菓メーカーのCMソング・レコーディング(KRCスタジオ, アオイスタジオ, 音響ハウス)。
  • 6月28日、センチメンタル・シティ・ロマンスの月例コンサートにゲスト出演(~29日 名古屋雲龍ホール)。
  • 7月、マネージャー牧村憲一立会いのもと、ナイアガラ・レーベルとのレコーディング契約を破棄。ただしコンサート等のバッキングは継続することで合意。
  • 7月、黒木真由美、アルバム:『12のらくがき』発売。山下作曲・編曲「恋人と呼ばれて」「北極回り」収録[注 43]
  • 7月3日、バンド・リハーサル(~5日 福生45スタジオ)。
  • 7月6日、“うたのおーどぶる 第10回ポピュラー・ソング・コンテスト横浜大会”にゲスト出演(横浜市民ホール)。
  • 7月8日、アーティスト写真撮影(福生45スタジオ)。
  • 7月9日、バンド・リハーサル(高円寺・Sit-Inスタジオ)。
  • 7月11日、バンド・リハーサル(アダンスタジオ)。
  • 7月12日、高円寺・次郎吉。
  • 7月13日TVKヤング・インパルス”公開放送に出演(共演 : 愛奴[注 44]
  • 7月15日、家電メーカーのCMソング・レコーディング(音響ハウス)。
  • 7月16日、文化放送“ハロー・パーティー”公開録音(文化放送内スタジオ)[注 45]
  • 7月18日、バンド・リハーサル(アダンスタジオ)。
  • 7月19日、渋谷・ジァン・ジァン“昼の部”(共演 : 音つばめ)[注 46]
  • 7月20日、荻窪ロフト(共演 : 愛奴)。初めて満員になる。
  • 7月23日、バンド・リハーサル(~25日 新宿・御苑スタジオ)。
  • 7月26日、“サマー・ロック・カーニバル”に出演(日比谷野外音楽堂 共演:鈴木茂&ハックルバック、頭脳警察、愛奴、上田正樹 & サウス・トゥ・サウスサンハウス[注 47]
  • 8月2日、バンド・リハーサル(福生45スタジオ)。
  • 8月5日、バンド・リハーサル(~6日 新宿・御苑スタジオ)。
  • 8月7日、九頭竜フェスティバルのリハーサルがこの日の午後行われるため早朝5時、笹塚の事務所テイク・ワンに集合、6時出発。北陸ツアー開始(~18日)。
  • 8月8日、“福井・九頭竜フェスティバル”に出演(~9日)。
  • 8月10日、“金沢・百万石夏祭”に出演。
  • 8月11日、バンド・リハーサル(金沢VanVanスタジオ)。「WINDY LADY」と「愛は幻」の2曲を集中的に練習する。
  • 8月13日、バンド・リハーサル(~16日 金沢VanVanスタジオ)。山下が体調不良のため欠席、4人で行う。
  • 8月17日、“金沢・卯辰山フェスティバル”に出演(共演:ジプシ・グッピー、バッド・ボーイズ、上田正樹 & サウス・トゥ・サウス、めんたんぴんカルメン・マキ & OZ、ダウン・タウン・ブギウギ・バンド)。
  • 8月18日、富岡市民会館(共演:めんたんぴん)。
  • 8月21日、山下、センチメンタル・シティ・ロマンスのレコード発売記念コンサートにゲスト出演(御茶ノ水・日仏会館)。彼らの演奏をバックにハンド・マイクで「DOWN TOWN」を歌う。
  • 8月26日、新宿の喫茶店「嵐山」にて取材。
  • 8月29日、村松、CMレコーディング(世田谷・KRCスタジオ)。
  • 9月1日、デモ・レコーディング(渋谷・アダンスタジオ)。
  • 9月3日、コーラス・レコーディング(音響ハウス)。その後、酒造メーカーのCMレコーディング(アバコ・スタジオ)。
  • 9月4日、バンド・リハーサル(渋谷・アダンスタジオ)。
  • 9月5日、コーラス・レコーディング(モウリスタジオ)。
  • 9月7日、“うたのおーどぶる 第10回ポピュラーソングコンテスト北海道大会”にゲスト出演(札幌厚生年金会館)。
  • 9月8日、“ラグノオ シュガーレス・ケーキ'75”レコーディング(アオイスタジオ)[注 48][注 28]
  • 9月10日、バンド・リハーサル(渋谷・エピキュラススタジオ)。
  • 9月11日、バンド・リハーサル(サイコスタジオ)。その後、女性歌手のコーラス・レコーディング(キング・スタジオ)。
  • 9月12日、めんたんぴんのコンサート“MENTANPIN IN TOKYO”にゲスト出演(中野公会堂)。
  • 9月13日神奈川大学学園祭(神奈川大学大講堂 共演:めんたんぴん)。
  • 9月15日、バンド・リハーサル(渋谷・エピキュラススタジオ)。
  • 9月18日、自動車メーカーのCMレコーディング(~19日 音響ハウス)。
  • 9月23日、女性歌手のコーラス・レコーディング(アルファ・スタジオ)。
  • 9月26日、バンド・リハーサル(新宿・御苑スタジオ)。
  • 9月27日、“ニューミュージック・コンサート”(芝・増上寺ホール 共演 : 久保田麻琴と夕焼け楽団、鈴木茂 & ハックルバック)[注 49]
  • 9月29日、バンド・リハーサル(新宿・御苑スタジオ)。山下、大滝詠一のゴー・ゴー・ナイアガラ 第16回“NIAGARA SPECIAL 1”に伊藤銀次とゲスト出演。
  • 9月30日、電話リクエストの番組テーマソング、ジングル・レコーディング(音響ハウス)。
  • 10月1日、村松、大滝詠一のバックバンド・リハーサル。
  • 10月2日、バンド・リハーサル(新宿・御苑スタジオ)。その後、村松、大滝詠一のバックバンド・リハーサル。
  • 10月3日、山下と大貫、ハイ・ファイ・セットとともに吉田美奈子のコンサートにコーラスでゲスト出演(中野サンプラザ)。後に『MINAKO II Live at Sun Plaza Hall October 3, 1975』として発売[注 50]。村松・寺尾・上原、文化放送“三ツ矢フォーク・メイツ・フェス”公開録音にゲスト出演する大滝のバックで参加(新宿厚生年金会館)。
  • 10月4日、“ニッポン放送ハンドメイド・スペシャル”公開録音(渋谷・エピキュラスホール 共演: 荒井由実 & コズミックララバイ)[注 51]
  • 10月6日、荻窪ロフト。山下、大滝詠一のゴー・ゴー・ナイアガラ 第17回“NIAGARA SPECIAL 2”に伊藤銀次とゲスト出演。THE BEACH BOYS「DARLIN'」のカヴァーをオン・エア。終了後、新会社を設立し新たにコロムビアと契約する大滝から、その第一弾として1973年からここまでの三人の活動を記録しておきたいという“トライアングル企画”が山下・伊藤の二人に提案される。
  • 10月9日、バンド・リハーサル(~11日 新宿・御苑スタジオ)。
  • 10月12日、“第10回ポピュラー・ソング・コンテスト名古屋大会”にゲスト出演(四日市市内の会場)。コンサート後、山下、四日市のレコード店「ワンワン」でのアマチュア・コンサートにゲスト出演。アマチュア・バンドの演奏をバックに「DOWN TOWN」を歌う。
  • 10月16日、バンド・リハーサル(渋谷ヤマハ)。
  • 10月17日、バンド・リハーサル(渋谷・エピキュラススタジオ)。
  • 10月18日、荻窪ロフト。
  • 10月19日、渋谷ヤマハ店頭。当時大学1年だった竹内まりやが、友人らと黒山の人だかりの中でシュガー・ベイブの演奏を聴く。
  • 10月27日、村松・寺尾・大貫、筒井康隆山下洋輔『家』レコーディングに参加(六本木・フォノグラムスタジオ)。
  • 10月29日、バンド・リハーサル(~30日 渋谷・エピキュラススタジオ)。
  • 10月31日、石橋楽器“ステッチコンテスト・グランプリ”にゲスト出演(御茶ノ水・日仏会館)。
  • 11月3日、郡山・日大学園祭。
  • 11月7日、山下、『NIAGARA TRIANGLE Vol.1』レコーディング開始(~11日 福生45スタジオ, 赤坂コロムビアスタジオ)。
  • 11月12日、アバコ・スタジオ。その後、バンド・リハーサル(新宿・御苑スタジオ)。
  • 11月13日、バンド・リハーサル(~14日 福生45スタジオ)。
  • 11月15日、“TWILIGHT TIME CONCERT”(青山・VAN99ホール)[注 52]
  • 11月16日、下北沢・マライカ(昼)。その後、“ハックルバックさよならコンサート”にゲスト出演の大滝のバックで参加(新宿厚生年金会館小ホール 出演:鈴木茂 & ハックルバック、大滝詠一、トーマス・レディング)。
  • 11月19日、“ナショナルまきまきカール'75”レコーディング(アルファ・スタジオ)[注 53][注 21]
  • 11月20日、バンド・リハーサル(渋谷・エピキュラススタジオ)。
  • 11月22日、渋谷・ジァン・ジァン“昼の部”。その後、“大滝詠一 Live In 荻窪ロフト”にバックで参加(ゲスト:吉田美奈子(Cho)、稲垣次郎(Sax) 臨時参加:矢野顕子(P))。
  • 11月23日、荻窪ロフト(共演:フライング・グライダース)。
  • 11月24日明治大学学園祭。
  • 11月25日、“資生堂MG5'76”レコーディング(音響ハウス)[注 54][注 28]
  • 11月28日、バンド・リハーサル(渋谷・エピキュラススタジオ)。
  • 11月29日、駒場・東京大学農学部学園祭(共演:めんたんぴん、金子マリ中山ラビ)。
  • 11月30日、高円寺・次郎吉。
  • 12月13日、バンド・リハーサル(渋谷・エピキュラススタジオ)。
  • 12月14日、名古屋ヤマハ店頭。
  • 12月15日、大滝のリハーサル(赤坂コロムビアスタジオ)。
  • 12月16日、“SKYHILLS PARTY Vol.3 –細野晴臣・大滝詠一 TROPICAL MOON–”に大滝のバックバンドで出演(横浜市民ホール 出演 : 細野晴臣, 大滝詠一, 南佳孝)[注 55]
  • 12月17日、バンド・リハーサル(新宿・御苑スタジオ)。
  • 12月22日、バンド・リハーサル(新宿・御苑スタジオ)。
  • 12月23日、“シュガー・ベイブ クリスマス・コンサート”(新宿厚生年金会館小ホール ゲスト:センチメンタル・シティ・ロマンス、坂本龍一(Key)、大滝(Vo、2回目のアンコールのみ)、伊藤(G、2回目のアンコールのみ)[注 56][注 57]
  • 12月28日、バンド・リハーサル(アダンスタジオ)。
  • 12月29日、女性歌手のコーラス・レコーディング(キング・スタジオ)。
  • 12月31日、“グッバイ・コンサート 第2部:カモン・ロマンス・ベイビー”(オールナイト)に出演(名古屋雲龍ホール 共演:センチメンタル・シティ・ロマンス、デキシー・ダウン、尾関ブラザーズ、愛奴)。
1976年
  • 1月、新年のミーティングの席上「ユカリ(上原)が辞める。代わりのドラマーがいない」[9]との理由でバンドの解散が、山下から大貫・村松・寺尾(上原は欠席)に伝えられる(新宿の喫茶店)。
  • 1月6日、女性歌手のコーラス・レコーディング(キング・スタジオ)。
  • 1月8日、“山下達郎のオールナイトニッポン”スタート(~9月28日)。
  • 1月18日、“下北沢から51年”に出演(玉川区民会館 共演:センチメンタル・シティ・ロマンス、めんたんぴん、ハート・オブ・サタディ・ナイト(元 神無月)、ストロベリージャム他)。
  • 1月24日、下北沢ロフト。
  • 1月28日、“細野晴臣・大滝詠一 TROPICAL MOON”(仙台電力ホール 出演 : 細野晴臣, 大滝詠一)。当初は大滝のバックバンドのみでの参加予定だったが、ゲストの鈴木茂が風邪で欠席のためシュガー・ベイブが急遽出演[注 58]
  • 1月29日、“三ツ矢サイダー'76”レコーディング 1日目(赤坂ミュージック・スタジオ)[注 59][注 21]
  • 1月31日、“大滝詠一コンサート”に大滝のバックで参加(~2月1日 各2回公演 神戸サンダー・ハウス)[注 60]
  • 2月14日、下北沢ロフト。
  • 2月16日、山下、大滝詠一のゴー・ゴー・ナイアガラ 第36回“NIAGARA TRIANGLE”に伊藤銀次とゲスト出演。
  • 2月19日、山下達郎のオールナイトニッポン 第7回“ナイアガラ・トライアングル特集”放送(ゲスト:大滝詠一、伊藤銀次)[注 61]
  • 2月24日、“第2回音協スターライズ・コンサート”(都市センターホール 共演 : センチメンタル・シティ・ロマンス)[注 62]。山下、解散を発表。
  • 2月27日、“三ツ矢サイダー'76”レコーディング 2日目(赤坂ミュージック・スタジオ)[注 59][注 21]
  • 3月4日、山下、吉田美奈子“MINAKO'S WEEK”にゲスト出演(新宿紀伊国屋ホール)。
  • 3月5日、大貫、吉田美奈子“MINAKO'S WEEK”にゲスト出演(新宿紀伊国屋ホール)。山下が大貫のバッキングで参加。
  • 3月7日、吉田美奈子“MINAKO'S WEEK”にゲストの大滝とともに山下が飛び入り出演(新宿紀伊国屋ホール)。ミナコ・バンドは“FLYING KID SCREW”と名付けられる。
  • 3月13日、山下、“ニッポン放送ハンドメイド・スペシャル”に出演(渋谷・エピキュラスホール 出演:南佳孝、山下達郎、吉田美奈子、大滝詠一)[注 63][注 64]
  • 3月20日、山下、文化放送“三ツ矢フォーク・メイツ・フェス”公開録音にゲスト出演する吉田美奈子のバッキングで参加(新宿厚生年金会館)。
  • 3月25日、アルバム『NIAGARA TRIANGLE Vol.1』(山下・伊藤銀次・大滝詠一)発売。
  • 同日、吉田美奈子、アルバム『FLAPPER』発売。「永遠に」「ラスト・ステップ」収録。
  • 3月29日、山下、“ナイアガラ・トライアングル コンサート”に出演(芝・ABC会館ホール 出演:伊藤銀次、山下達郎、大滝詠一)[注 65]
  • 3月31日、“シュガーベイブ 解散コンサート”(荻窪ロフト)[注 66][注 67]。当初は1日だけの予定だったが、入りきれなかった約100人のファンが居残り、店のスタッフと交渉。最終的にはマネージャー柏原のOKを受けて、翌日の追加公演が決定する。
  • 4月1日、“シュガーベイブ 解散コンサート(追加公演)”(荻窪ロフト)[注 66][注 68]。同日、ナイアガラ・トライアングル、シングル「幸せにさよなら/ドリーミング・デイ」発売。
  • 4月4日、山下、大滝の“ナイアガラ・トライアングルDJパーティー”に伊藤と共にゲスト出演(日仏会館)。
  • 4月13日、山下達郎のオールナイトニッポン 第15回“シュガー・ベイブ特集 1”放送。
  • 4月20日、山下達郎のオールナイトニッポン 第16回“シュガー・ベイブ特集 2”放送(ゲスト:大貫妙子、寺尾次郎、上原裕)[注 69]
  • 4月27日、山下達郎のオールナイトニッポン 第17回“シュガー・ベイブ特集 3”放送(ゲスト:大貫妙子)。
  • 6月12日、大貫、アルバム『Grey Skies』レコーディング開始(~8月)。
  • 7月30日、山下、ソロ・コンサート(~31日 下北沢ロフト)[注 70]
  • 8月16日、山下、アルバム『CIRCUS TOWN』レコーディングの為渡米(~9月5日 8月17 - 26日:ニューヨーク、8月30日 - 9月3日:ロスアンジェルス)。
  • 8月28日、大貫“デビュー・ライブ”(~29日 下北沢ロフト)[注 71]
  • 9月25日、大貫、ファースト・アルバム『Grey Skies』発売。「時の始まり」「約束」「愛は幻」収録。
  • 10月25日、山下、ファースト・アルバム『CIRCUS TOWN』発売。「WINDY LADY」「LAST STEP」収録。
1977年
1983年
  • 9月25日、村松、ファースト・アルバム『GREEN WATER』発売。「うたたね」収録。

ディスコグラフィー

[編集]

シングル

[編集]
  1. DOWN TOWN ⁄ いつも通り」 (ナイアガラエレック 7inch:NAS-001) – 1975年4月25日発売
    LPヴァージョンよりもモノラルに近いシングル用ミックス。エンディングが11秒ほど短い。
  2. シュガー・ベイブ ⁄ 山下達郎「DOWN TOWN ⁄ パレード」 (ナイアガラ ⁄ CBS・ソニー 7inch:07SH 1166) – 1982年4月1日発売
    “NIAGARA FOREVER GREEN SERIES”の第1弾、グリーン・レーベルでのリリース。A面はリマスターされてのシングル・カット。エンディングが9秒ほど短い。セカンド・プレスからはイエロー・レーベルに変更。
  3. 山下達郎 ⁄ シュガー・ベイブ「パレード ⁄ DOWN TOWN」 (ナイアガラ ⁄ イースト・ウエスト SCD:AMDM-6103) – 1994年1月25日発売
    オリジナル・シングルのマスターが現存しないため、そのミックスに限りなく近づけた“オリジナル・シングル・ヴァージョン”。

アルバム

[編集]
  1. SONGS』(ナイアガラ ⁄ エレック LP:NAL-0001)– 1975年4月25日 (1975-04-25)発売

その他編集アルバム

[編集]
  1. TATSURO YAMASHITA FROM NIAGARA』(ナイアガラ ⁄ コロムビア LP:AX-7623-E, CT:CAY-1188-E) – 1980年7月10日 (1980-07-10)発売
    『SONGS』から7曲収録。
  2. NIAGARA FALL STARS』(ナイアガラ ⁄ CBS・ソニー LP:27AH 1246) – 1981年4月1日 (1981-04-01)発売
    リミックス版「すてきなメロディ」「いつも通り」、デモ・テイクの「夏の終わりに」「パレード」を収録。このアルバムは後に『NIAGARA VOX』にも組み込まれた(LP:00AH 1388)。
  3. 『MORE MORE NIAGARA FALL STARS “NIAGARA RARE MASTERS SERIES Vol.3”』(ナイアガラ ⁄ CBS・ソニー LP:00AH 1389) – 1981年12月2日 (1981-12-02)発売
    『NIAGARA VOX』に収められた『NIAGARA FALL STARS』の第3弾。「DOWN TOWN」の別ミックスを収録。
  4. DAWN IN NIAGARA “NIAGARA RARE MASTERS SERIES Vol.4”』(ナイアガラ ⁄ CBS・ソニー CD:00DH 407) – 1986年6月1日 (1986-06-01)発売
    『NIAGARA CD BOOK I』(8CD:00DH 401-8)の中の一枚。デモ・テイクの「夏の終わりに」「パレード」「指切り」「SHOW」を収録。
  5. TATSURO FROM NIAGARA』(ナイアガラ ⁄ ソニー CD:SRCL 5010) – 2009年3月21日 (2009-03-21)発売
    『TATSURO YAMASHITA FROM NIAGARA』のCD版。「すてきなメロディー(幻カズー入り)」「SUGAR(オリジナル・ミックス)」を収録。
  6. 『NIAGARA FALL STARS '81 Remix Special (NIAGARA RARE MASTER SERIES Vol.5)』(ナイアガラ ⁄ ソニー CD:SRCL 8710) – 2015年3月21日 (2015-03-21)発売
    『NIAGARA CD BOOK II』(12CD:SRCL 8700-11)の中の一枚。1981年にリリースされた3種の『NIAGARA FALL STARS』の中から70年代の楽曲を81年にリミックスしたものだけを集めたコンピレーション盤。「DOWN TOWN」「いつも通り」「すてきなメロディー」を収録。

参加作品

[編集]
1974年
ココナツ・バンク「日射病」「無頼横町」にコーラスで参加。
大瀧詠一とココナツ・バンク「空飛ぶ・ウララカ・サイダー」「ココナツ・ホリデー」にコーラスで参加。
  • 亀渕友香『Touch Me, Yuka』(3月発売 POLYDOR LP:MR-5040)
クレジットはないがコーラスで参加。
「ひとりぼっちのトランプ」- 作詞:みやさきみきお、作・編曲:矢野誠
「眠れないわ」- 作詞:崎南海子、作・編曲:矢野誠
  • 亀渕友香「眠れないわ ⁄ ひとりぼっちのトランプ」(POLYDOR 7inch:DR-1841)
両曲にコーラスで参加。
  • 斉藤哲夫『グッド・タイム・ミュージック』(7月1日発売 CBS/SONY LP:SOLL-70)
クレジットはないが「グッド・タイム・ミュージック」にコーラスで参加。
  • 斉藤哲夫「グッド・タイム・ミュージック ⁄ ハロー・ハロー」(CBS/SONY 7inch:SOLB-138)
両曲にコーラスで参加。
  • 沢チエ『23(TWENTY-THREE YEARS OLD)』(7月発売 CANYON LP:C-3045)
「恋人たちの夜(Lover's Evening)」「かもめ(Sea Gull)」にコーラスで参加。
「生まれた街で」- Background vocals : Sugar Babe, Minako Yoshida
「瞳を閉じて」- Background vocals : Sugar Babe
「12月の雨」- Background vocals : Sugar Babe
「あなただけのもの」- Background vocals : Minako Yoshida, Tatsuro Yamashita, Akiko Suzuki, Taeko Ohnuki
「たぶんあなたはむかえに来ない」- Background vocals : Sugar Babe, Minako Yoshida
background vocals arrangement : Tatsuro Yamashita
クレジットはないがコーラスで参加。
  • ルネ『First Live Album』(11月21日発売 CBS/SONY LP:SOLL-96)
1974年9月14、15日、渋谷公会堂にて収録。クレジットはないが「ヌ・クペ・パ・レ・ローゼズ」「ヨー・ヨー」「廃墟の鳩」「小さな生命」に山下達郎, 大貫妙子, 村松邦男, 吉田美奈子がコーラスで参加。
1975年
吉田美奈子, 山下達郎, 大貫妙子がコーラスで参加。
「お先にどうぞ」- Backing Vocal : 大滝詠一, 山下達郎, 吉田美奈子, 伊集加代子
  • ルネ『君のすべてが欲しい』(4月1日発売 CBS/SONY LP:SOLL-129)
「愛の翼をひろげて」「虹をあげよう」「涙のプレリュード」「朝露のきらめき」「クリスマス・トゥリー」に山下達郎, 吉田美奈子, 大貫妙子がコーラスで参加。
  • バズ「はつかり5号 ⁄ サマー・ビーチ・ガール」(5月10日発売 LONDON ⁄ KING 7inch:BS(L)-8004)
クレジットはないが「サマー・ビーチ・ガール」にコーラスで参加。
「サマー・ビーチ・ガール (SUMMER BEACH GIRL)」- 作詞:竜まち子、作・編曲:高橋幸宏
「ナイアガラ・ムーン」- Strings Arrangement : 山下達郎
「三文ソング」- Backing Vocals : 大滝詠一 & 山下達郎
「Rock'n' Roll March」- Brass Band Arrangement : 山下達郎 / Backing Vocals : Sugar Babe, GH助川
「Fussa Strut Pt.2」- Backing Vocals : Sugar Babe, 伊藤銀次, GH助川
「Cider '73 -Long Version-」- Backing Vocals : Sugar Babe & Singers Three
「Cider '74 -A Capella-」- Group A Capella : Sugar Babe, Singers Three & 大滝詠一
「Cider '74」- Backing Vocals : Sugar Babe & Singers Three / Chorus Arrangement : 山下達郎
「Cider '75」- Backing Vocals : Sugar Babe, Singers Three, 吉田美奈子 / Chorus Arrangement : 山下達郎
「ナイアガラ・ムーンがまた輝けば」- Strings Arrangement : 山下達郎
その他、アルバムの冒頭と終りの滝の音を録音(クレジットでは““Niagara” Sound Creators 山下、助川、荻原、前島 at Niagara, Canada!”。ただし、実際は長野県白糸の滝)。
クレジットはないがコーラスで参加。
「でいどりーむ」「ロンリネス」- コーラス : 山下達郎, 大貫妙子, 村松邦男, 吉田美奈子, ハイ・ファイ・セット / コーラス・アレンジ : 山下達郎
Background vocals : Minako Yoshida, Taeko Ohnuki, Tatsuro Yamashita, Kayoko Ishu
All background vocals arranged by Tatsuro Yamashita
  • GARO『吟遊詩人』(6月25日発売 Mushroom LP:CD-7134-Z)
「個人的メッセージ」「悲歌(えれじい)」- コーラス : ガロ, シュガー・ベイブ, 吉田美奈子 / コーラス・アレンジ : 山下達郎
コーラスで山下達郎が参加。
  • ルネ『去年の夏』(7月1日発売 CBS/SONY LP:SOLB-285)
コーラスで山下達郎が参加。
「マイ・ウディ・カントリー」にコーラスで山下達郎が参加。
「すくすく」「虹を下さい」に山下達郎がコーラス・アレンジ、シュガー・ベイブ(山下達郎, 吉田美奈子, 大貫妙子)がコーラスでそれぞれ参加。
「シナモンの木」「アンコール」「海岸通り」「踊る人形」に山下達郎がコーラス・アレンジ、山下と大貫妙子がコーラスでそれぞれ参加。
「月にてらされて」- Chorus : 山下達郎、大貫妙子 / Chorus Arranged : 山下達郎
「CHOO CHOO GATTA GOT '75」- Chorus : 山下達郎、大貫妙子 / Chorus Arranged : 山下達郎
「JACKSON」- Chorus : 伊集加代子、大貫妙子、山下達郎 / Chorus Arranged : 山下達郎
  • VARIOUS ARTISTS『海や山の神様たち-ここでも今でもない話』(11月25日発売 VICTOR LP:JBX-75)
「長い長い昔話」- 編曲:坂本龍一、山下達郎
「神様の絵」- 編曲:坂本龍一、山下達郎
「天の滴」- 編曲:坂本龍一、山下達郎
「ものおぼえのいい郵便屋さん」- 編曲:坂本龍一、山下達郎
「星のある川(リコップオマナイ)」- 編曲:坂本龍一、山下達郎
「海を守る神様」- 編曲:坂本龍一、山下達郎
「ピリカコタン」- 編曲:坂本龍一、山下達郎
「コロボックル」- 編曲:坂本龍一、山下達郎
「火の子供達」- 編曲:坂本龍一、山下達郎 / コーラス:シュガー・ベイブ(山下、大貫)
「丹頂鶴」- 編曲:坂本龍一、山下達郎 / コーラス:シュガー・ベイブ(山下、大貫)
「神様だって」- 編曲:坂本龍一、山下達郎
クレジットはないがシュガー・ベイブ(山下達郎, 大貫妙子, 村松邦男)がコーラスで参加。
「東京タワーを鉛筆にして」- 作詞:喜多條忠、作曲:小泉まさみ、編曲:船山基紀
「望郷の街」「自画像」- 作詞:橋本淳、作曲:森田貢、編曲:荻田光雄
Drums : 上原裕、E.Bass : 寺尾次郎
1976年
「なんとなく……」- コーラス : シュガー・ベイブ(山下達郎, 大貫妙子, 村松邦男)
「街風便り」「スカイラウンジ」「Bye-bye」- コーラス : 山下達郎, 大貫妙子, 村松邦男 / コーラス・アレンジ : 山下達郎
「愛は彼方」- Tatsuro Yamashita : Chorus Arrangements, Background Vocals / Minako Yoshida, Taeko Ohnuki : Background Vocals
「朝は君に」- Tatsuro Yamashita : Chorus Arrangements, Background Vocals / Minako Yoshida, Akiko Yano, Taeko Ohnuki : Background Vocals
「ケッペキにいさん」- Tatsuro Yamashita : Chorus Arrangements, Background Vocals / Taeko Ohnuki : Background Vocal, Clapping:
「ラムはお好き?」- Tatsuro Yamashita : Chorus Arrangements
夢で逢えたら」- Tatsuro Yamashita : Horns Chorus & Strings Arrangements, Background Vocals, Grockenspiel, Electric Guitar / Minako Yoshida, Kayoko Ishu, Taeko Ohnuki : Background Vocals
「チョッカイ」- Tatsuro Yamashita : Chorus Arrangements, Background Vocals / Minako Yoshida, Akiko Yano, Taeko Ohnuki : Background Vocals
「ラスト・ステップ」- Tatsuro Yamashita : Chorus Arrangements, Background Vocals, Clapping / Minako Yoshida, Taeko Ohnuki : Background Vocals
1981年
  • 『MORE NIAGARA FALL STARS “NIAGARA RARE MASTER SERIES Vol.2”』(12月2日発売 NIAGARA ⁄ CBS/SONY LP:00AH 1388)
「お早う眠り猫君 ⁄ ココナツ・バンク」- コーラスで参加。『1973.9.21 SHOW BOAT 素晴しき船出』,『ライブ!! はっぴいえんど』の未発表テイク。

脚注

[編集]

注釈

[編集]
  1. ^ シュガーベイブが活動した1970年代はムード歌謡フォークソングが全盛期の時代だった
  2. ^ メンバー:山下達郎(Ds)、並木進(B)、鰐川己久男(G)、村松邦男(G)、武川伸一(Key)
  3. ^ 1972年8月5日、長崎市公会堂
  4. ^ 大貫がディスク・チャートを訪れた理由を長門は「矢野誠さんと前から知り合いだったのね。ディスク・チャートに矢野さんが“大貫妙子っていう面白い子がいる”っていって連れてきたんですよね。ワーナー・パイオニアでレコード出すとか出さないとかって話があって。で、大貫妙子と三輪車を分断しようって作戦があったわけ。あの頃からメロディーがすごくよかったし、彼女はもっといいもの持ってたし。繊細だけども大胆な感じもする不思議な少女だったね。で、店の地下室で彼女のデモ・テープ作ってたんですよ。で、ほぼ同時に(山下)達郎が来始めて、その内、ギター弾いたりするようになってね、達郎も。“じゃあ、一緒にグループやろう”ってことになって。それが72年の暮。実際、練習を始めたのは73年の頭から。シュガー・ベイブって名前はヤング・ブラッズの曲名から」[4]と語っている。
  5. ^ 紙ジャケット仕様再発盤『Grey Skies』(2007年10月3日発売 PANAM ⁄ NIPPON CROWN CRCP-2048)にボーナス・トラックで収録。
  6. ^ 『砂丘 (Zabriskie Point)』1970年公開アメリカ映画 監督 : ミケランジェロ・アントニオーニ 主演 : マーク・フレチェットダリア・ハルプリンポール・フィックスロッド・テイラー
  7. ^ 布谷文夫悲しき夏バテ』 1973年11月21日発売 POLYDOR LP:MR-5037
  8. ^ この経緯について大滝は「キーマンは(伊藤)銀次なの。ナイアガラに関して言うならば。銀次のバンド(ごまのはえ)がナイアガラ第1号の予定になるために私がプロデュースをやりだしたっていうところから始まってて。なんだかんだってすったもんだやってて。あの頃、狭山によく遊びに行ってて、そこでコマコ(駒沢裕城)と意気投合して。それで彼がセッション・メンバーとして来るようになった。それから布やんのレコーディングが始まった[注 7]。コマコと銀次が共同生活みたいなことになった。その二人が高円寺のムーヴィンっていう喫茶店に行くと。そこで<ドント・ウォーリー・ベイビー>がかかったときに、論争にならなければそこで終わってるんだよ。論争したというのが一番のポイントだな。銀次が一人で行ったとかコマコが一人でとかだったらなんともなんなかったんじゃないの? で、このかかっている<ドント・ウォーリー・ベイビー>はビーチ・ボーイズか、ビーチ・ボーイズではないかというその論争で、ならばその盤を確かめようということでお店の人に見せてもらったら自主制作盤(『ADD SOME~』)だったと。そのアナログ盤があって。自主制作盤とは面白いと。それを銀次が持ち帰って、“てえへんだ、てえへんだ”ってことになって、早速聴いた。これはすごいと。それで、ちょうど9.21(“CITY -LAST TIME AROUND”)が控えてて。ココナツ・バンク(ごまのはえから改名)をメンバー・チェンジして銀次をヴォーカルにしてたんだが、ヴォーカルが一人ではちょっと寂しいと。そしたらコーラスいっぱいやってるし、この人たちがいたらヴォーカル面が分厚くなるだろうと。とにかくこのリーダーの人(山下)の歌と選曲のセンスの良さに惹かれて会ってみたいと思ったんですよ。だからこれは救世主現るってことですよ」[5]と語っている。
  9. ^ メンバー : 山下達郎(Vo、G)、大貫妙子(Key、Vo)、村松邦男(G、Vo)、鰐川己久男(B、Cho)、野口明彦(Ds)
  10. ^ シュガー・ベイブのメンバーがはじめて福生の大滝宅に来た時のことを伊藤は「最初、シュガー・ベイブを僕たちはコーラス・グループだと思ったんです。それで来た時に、ビーチ・ボーイズばりのコーラスをやってくれることを期待してたんですね。そしたら達郎の例のポリシーが出てきてね、“僕たちはコーラス・グループじゃないんだ。僕たちにはちゃんとしたリズム隊もいるんだ”と。しかも“僕はビーチ・ボーイズをすごく愛してる。愛してるからいい加減な形でコーラスをやりたくないんだ。僕たちの今のヴォーカルでは出来ないから、僕たちの持ってるサウンドの中でやってくれ”って言っていたっていうのを思い出しますけどね」[6]と語っている。
  11. ^ 曲目 : 1. Devil May Care(Joe South)、 2. Up on the RoofCarole King)、3. 港の灯り、4. 夏の終りに、5. 想い
  12. ^ ライブ!! はっぴいえんど』 1974年1月15日発売 BELLWOOD LP:OFL-20
  13. ^ メンバー:大滝詠一(Vo)、イーハトーブ田五三九(Dr)、南部半九郎(B)、多羅尾伴内(P)、シュガー・ベイブ(Cho)、村岡健(Sax)、Unkown(Tuba)、駒沢裕城(Steel G)
  14. ^ 曲目:1. SHOW、2. それでいいさ、3. 想い、4. 夏の終りに、5. 時の始まり、6. 風の吹く日、7. 指切り、8. SUGAR、9. 港のあかり、10. Come Go with Me、11. Endless Night (Do You Wanna Dance)
  15. ^ メンバー:大滝詠一(Vo)、林立夫(Dr)、細野晴臣(B)、伊藤銀次(G)、松任谷正隆(Key)、シンガーズ・スリー & シュガー・ベイブ(Cho)、村岡健セクション(Horn)、Unknown(Fl))
  16. ^ メンバー:大滝詠一(Vo)、林立夫(Dr)、細野晴臣(B)、伊藤銀次(G)、松任谷正隆(Key)、シンガーズ・スリー & シュガー・ベイブ(Cho)、ブレッスン・フォー(Bass Voice)、村岡健セクション(Horn)、Unknown(Fl))
  17. ^ 曲目:1. 港のあかり, 2. 光の中へ
  18. ^ a b 曲目:夏の終りに、パレード、SHOW、指切り
  19. ^ メンバー:林立夫(Ds)、細野晴臣(B)、鈴木茂(G)、松任谷正隆・矢野誠・鈴木顕子(Key)
  20. ^ メンバー : 山下達郎(Vo、Key、Per、Cho)、村松邦男(G、Cho)、大貫妙子(Cho)、鰐川己久男(B)
  21. ^ a b c d e f g 山下達郎CM全集 Vol.1 (Second Edition)』(1996年6月発売 WILD HONEY RECORDS CD:WCD-8002)に収録。
  22. ^ 曲目 : 1. 外はいい天気だよ (Up-Tempo Version)、2. おもい (Ballade Version)、3. 朝寝坊 (New Orleans Version)、4. あつさのせい (Calypso Version)、5. Cider'73 (with 小室等)、6. びんぼう (Jailhouse Rock Version)(大滝詠一)、7. 深南部牛追唄~達者でな(布谷文夫、鈴木茂(G))、8. 冷たい女(布谷文夫)、9. SHOW、10. DARLIN'、11. 指切り、12. 今日はなんだか(シュガー・ベイブ)、13. 海を渡る汽車ポッポ(恋の汽車ポッポ・第三部~STAY)、14. ウララカ (Java Version)、15. Cider'74(コーラス~ヴォーカル~ニューソウル~メレンゲ~ヴォーカル)、(アンコール): 空飛ぶくじら(大滝詠一)
  23. ^ メンバー:山下達郎(Vo、Key、Per、Cho)、村松邦男(G、Cho)、伊藤銀次(B)、上原裕(Dr)、大貫妙子(Cho)
  24. ^ a b c メンバー:山下達郎(Vo、G、Key)、大貫妙子(Key、Vo)、村松邦男(G、Cho)、鰐川己久男(B、Cho)、野口明彦(Ds)、サポート:木村真(Per)
  25. ^ メンバー:山下達郎(Vo、Key、Per、Cho)、村松邦男(G、Cho)、鰐川己久男(B)、上原裕(Dr)、大貫妙子(Cho)
  26. ^ メンバー:大滝詠一(Vo)、林立夫(Dr)、細野晴臣(B)、鈴木茂(G)、松任谷正隆(Key)、山下達郎(Cho)、村松邦男(Cho)、吉田美奈子(Cho)、大貫妙子(Cho))
  27. ^ メンバー:山下達郎(Vo、Key、Vib、Per、Cho)、伊藤銀次(G)、岡田徹(P)、上原裕(Dr)
  28. ^ a b c d 山下達郎CM全集 Vol.2』(2001年2月発売 WILD HONEY RECORDS CD:WCD-8003)に収録。
  29. ^ 曲目:1. SHOW、2. OVERTURE~風の世界、3. DOWN TOWN、4. 今日はなんだか
  30. ^ 曲目:1. SHOW、2. DOWN TOWN、3. いつも通り、4. ためいきばかり、5. 雨は手のひらにいっぱい、6. SUGAR、7. 風の世界、8. 今日はなんだか、9. YUMIN'
  31. ^ 曲目:1. からっぽの椅子、2. 蜃気楼の街、3. 過ぎ去りし日々“60's Dream”、4. 約束、5. SHOW、6. DOWN TOWN、7. いつも通り、8. 雨は夜更け過ぎ、9. 雨は手のひらにいっぱい、10. ためいきばかり、11. SURFER GIRL~三ツ矢フルーツソーダ、12. YOUR SUMMER DREAM、13. SURFIN' USA、13. YUMIN'、14. 風の世界、15. SUGAR、16.今日はなんだか、(アンコール):パレード~SUGAR
  32. ^ メンバー・チェンジの経緯について後年、山下は「僕と銀次の関係っていうのは、言われてるほど音楽的に深いものではなくて、銀次にとってのシュガー・ベイブっていうのは非常に一時期の在籍であったわけで、今だから言うけど、僕は本当はユカリ(上原)が欲しかったのね。ところがユカリってのは非常にネコみたいな人でね。なかなか行動を起こさない。その時、銀次はユカリと一番、人間的に深かったから、銀次込みで引っ張り込んじゃったわけ。戦略的に。結局、ツーギターいらなくて、銀次は居場所がなくなってやめちゃったんだけど、そういうわけで、彼には悪いことをしたと思ってるんだけど」[6]と話している。
  33. ^ メンバー:山下達郎(Vo、G)、大貫妙子(Key、Vo)、村松邦男(G、Vo)、伊藤銀次(G)、寺尾次郎(B)、上原裕(Ds)
  34. ^ 曲目:1. ココナツ・ホリデイ、2. DOWN TOWN、3. 雨は手のひらにいっぱい、4. ためいきばかり、5. 風の世界、6. 約束、7. YUMIN'、8. 今日はなんたか
  35. ^ 曲目:1. ココナツホリデー、2. DOWN TOWN、3. ためいきばかり、4. 風の世界、5. 約束、6. こぬか雨、7. YUMIN'、8. 今日はなんだか、9. エンディングテーマ
  36. ^ 曲目:1. ココナツホリデー、2. DOWN TOWN、3. ためいきばかり、4. 風の世界、5. 約束、6. こぬか雨、7. YUMIN'、8. 今日はなんだか
  37. ^ その理由を山下は「謂れない罵声や批判を浴びながらやってる期間が長かったからね。アルバムを出した後も、けっこう野音とか地方のイベントとかで、そういう思いしたし、そういうのに半分精神的に負けそうになってやってたからね。ほんとは<雨は手のひらにいっぱい>みたいな曲をずっとやれればよかったんだけど、それが辛くなったんで。結局、そういうイベントの時に少なくとも野次られないようにはしようと。それで<WINDY LADY>とかああいう方向になっていくんですよね。転向というか修正させられるというか、そういう時期がアルバムを出してメンバー・チェンジの後、75~76年にかけて」[5]と語っている。
  38. ^ メンバー:山下達郎(Vo、G Solo、Key、Cho)、村松邦男(G、Cho)、伊藤銀次(G、Cho)、寺尾次郎(B)、上原裕(Dr)、大貫妙子(Cho)、岡崎資夫(Alto Sax)、稲垣次郎・荒川達彦(Tenor Sax)
  39. ^ 曲目:1. SHOW、2. DOWN TOWN、3. 風の世界、4. こぬか雨、5. YUMIN'、6. ココナツホリデー
  40. ^ 曲目:1. DOWN TOWN、2. こぬか雨、3. 風の世界、4. いつも通り、5. YUMIN'、6. 今日はなんだか、7. 外はいい天気、8. 三文ソング、9. FUSSA STRUT、10. 水彩画の町、11. 乱れ髪、12. ナイアガラ・ムーンがまた輝けば、13. お先にどうぞ、14. HAND CLAPPING RHUMBA~ドレッサー、15. ロックン・ロール・マーチ、16. 恋はメレンゲ(1–6:シュガー・ベイブ、7–16:大滝詠一 + シュガー・ベイブ)
  41. ^ メンバー : 山下達郎(Vo、Key、Per、Cho)、上原裕(Per)
  42. ^ メンバー:山下達郎(Vo、G)、大貫妙子(Key、Vo)、村松邦男(G、Vo)、寺尾次郎(B)、上原裕(Ds)
  43. ^ メンバー:上原裕(Dr)、寺尾次郎(B)、松村邦男(E.G)、吉川忠英(A.G)、鈴木顕子(Key)、Unknown(Per)、シュガー・ベイブ(Cho)
  44. ^ 曲目:1. 雨は手のひらにいっぱい、2. いつも通り、3. 今日はなんだか
  45. ^ 曲目:1. パレード、2. DOWN TOWN、3. 今日はなんだか
  46. ^ 曲目:1. パレード、2. DOWN TOWN、3. OVERTURE~風の世界、4. いつも通り、5. うたたね、6. 雨は手のひらにいっぱい、7. 約束、8. WINDY LADY、9. YUMIN'、10. 愛は幻、11. 今日はなんだか、(アンコール): 1. SUGAR、2. こぬか雨
  47. ^ 曲目:1. DOWN TOWN、2. いつも通り、3. うたたね、4. 風の世界、5. YUMIN'、6. SUGAR、7. 愛は幻、8. 今日はなんだか
  48. ^ メンバー:山下達郎(G、Cho)、村松邦男(G、Cho)、大貫妙子(Key、Cho、"I LOVE YOU")、寺尾次郎(B)、上原裕(Dr)
  49. ^ 曲目:1. WINDY LADY、2. YUMIN'、3. いつも通り、4. 雨は手のひらにいっぱい、5. SUGAR、6. 愛は幻、7. DOWN TOWN
  50. ^ 吉田美奈子『MINAKO II Live at Sun Plaza Hall October 3, 1975』 1975年12月20日発売 RCA/RVC LP:RVH-8006
  51. ^ 曲目:1. WINDY LADY、2. SUGAR、3. 愛は幻、4. DOWN TOWN、5. 少しだけ片思い(Vo:荒井由実)
  52. ^ 曲目:1. こぬか雨、2. 雨は手のひらにいっぱい、3. いつも通り、4. 指切り、5. 風の世界、6. 約束、7. うたたね、8. YUMIN'、9. WINDY LADY、10. SUGAR、11. すてきなメロディー、12. 愛は幻、13. 今日はなんだか、14. DOWN TOWN
  53. ^ メンバー:山下達郎(Vo、Key、Harp、Per、Cho)、村松邦男(G、Cho)、寺尾次郎(B)、上原裕(Dr)、大貫妙子(Cho)
  54. ^ メンバー:山下達郎(Vo、G、Per、Cho)、村松邦男(G、Cho)、坂本龍一(key)、寺尾次郎(B)、上原裕(Dr)、大貫妙子(Cho)
  55. ^ 曲目:1. NIAGARA MOON~三文ソング、2. 論寒牛男、3. ロックン・ロール・マーチ~いかすぜ! この恋、4. お先にどうぞ、5. あの娘にご用心、6. 朝寝坊、7. おもい、8. 外はいい天気、9. シャックリ・ママさん、10. 楽しい夜更し、11. HAND CLAPPING RHUMBA~ドレッサー(Vo:山下)、12. 恋はメレンゲ、13. ナイアガラ・ムーンがまた輝けば、(アンコール): 1. CIDER'73,'74,'75, 2.びんぼう(大滝詠一 + シュガー・ベイブ)
  56. ^ 曲目:(第1部)1. SHOW、2. DOWN TOWN、3. 雨は手のひらにいっぱい、4. 約束(大貫ソロ、Key:坂本)、5. 愛忘れて(大貫ソロ、Key:坂本)※未発表曲、6. からっぽの椅子(大貫ソロ、Key:坂本)、7. LAST STEP、8. DAVE & EDDIE / MY HAWAIIラスカルズ)、(センチメンタル・シティ・ロマンス)9. U.S.A タイムマシーン、10. おかめとひょっとこ、(第2部)11. こぬか雨、12. 指切り、13. ためいきばかり、14. 風の世界、15. いつも通り、16. WINDY LADY、17.愛は幻、18. 今日はなんだか、19. 過ぎ去りし日々、20. SUGAR、(1回目のアンコール)1. パレード、(2回目のアンコール)1. ROCK'N ROLL MARCH~いかすぜ!この恋、(3回目のアンコール)1. DOWN TOWN
  57. ^ メンバー:山下達郎(Vo、G、Key)、大貫妙子(Key、Vo)、村松邦男(G、Vo)、寺尾次郎(B)、上原裕(Ds)、サポート:告井延隆 from S.C.R.(Per)
  58. ^ 曲目:1. WINDY LADY、2. DOWN TOWN、3. 愛は幻、4. 今日はなんだか
  59. ^ a b メンバー:山下達郎(Vo、Cho、Per)
  60. ^ 曲目(1月31日):1. こぬか雨、2. DOWN TOWN、3. いつも通り、4. 風の世界、5. WINDY LADY、6. 愛は幻、7. 今日はなんだか、8. SUGAR、(シュガー・ベイブ)1. 論寒牛男、2. ロックン・ロール・マーチ~いかすぜ! この恋、3. お先にどうぞ、4. あの娘にご用心、5. 朝寝坊、6. おもい、7. 外はいい天気、8. シャックリ・ママさん、9. 楽しい夜更し、10. HAND CLAPPING RHUMBA、11. 恋はメレンゲ、(アンコール)1. CIDER'73,'74,'75(大滝詠一 + シュガー・ベイブ)
  61. ^ 1. ドリーミング・デイ / 山下達郎、2. パレード / 山下達郎、3. 遅すぎた別れ / 伊藤銀次、4. 日射病 / 伊藤銀次、5. ココナツ・ホリデイ'76 / 伊藤銀次、6. 幸せにさよなら / 伊藤銀次、7. 幸せにさよなら / ナイアガラ・トライアングル、8. 新無頼横町 / 伊藤銀次、9. フライング・キッド / 山下達郎、10. FUSSA STRUT Part-1 / 大滝詠一、11. 夜明け前の浜辺 / 大滝詠一、12. ナイアガラ音頭 / 大滝詠一、13. Little Deuce Coupe / The Beach Boys
  62. ^ 曲目:1. パレード、2. DOWN TOWN、3. 雨は手のひらにいっぱい、4. いつも通り、5. SUGAR、6. WINDY LADY、7. 愛は幻、8. 今日はなんだか
  63. ^ メンバー:山下達郎(Vo、G、Key)、大貫妙子(Cho)、村松邦男(G、Cho)、寺尾次郎(B)、上原裕(Ds)、矢野顕子(P)、後藤照夫 from FLYING KID SCREW(Sax)
  64. ^ 曲目:1. 時の過ぎ行くままに、2. あの娘にご用心、3. シャックリ・ママさん、4. 三文ソング、5. 論寒牛男、6. ロックン・ロール・マーチ、7. いかすぜ! この恋、8. 楽しい夜更かし、9. HAND CLAPPING RHUMBA~ドレッサー(Vo:山下)、10. 恋はメレンゲ、11. ナイアガラ・ムーンがまた輝けば、12. びんぼう(大滝詠一)、ドリーミング・デイ(山下達郎)、風にさらわれて、他(南佳孝)外はみんな、週末、他(吉田美奈子)
  65. ^ 曲目:1. 幸せにさよなら、2. 日射病、3. 無頼横丁、4. ココナツ・ホリデイ'76、(伊藤銀次 & バイバイ・セッション・バンド)1. MR. BLUE、2. COMIC、3. 過ぎ去りし日々“60's Dream”、4. ドリーミング・デイ、5.パレード、6. 遅すぎた別れ、7. 永遠に、8. MICKEY'S MONKEY、(山下達郎セッション)1. BLUE SUEDE SHOES、2. 楽しい夜更し、3. FUSSA STRUT Part.1、4. HAND CLAPPING RHUMBA~ドレッサー、5. ナイアガラ音頭(Vo:布谷文夫)、アンコール:1. 幸せにさよなら(Vo:大滝 + 山下 + 伊藤)、2. ナイアガラ音頭(Vo:布谷)
  66. ^ a b メンバー:山下達郎(Vo、G、Key、B)、大貫妙子(Key、Vo)、村松邦男(G、Vo)、寺尾次郎(B)、上原裕(Ds) ゲスト:伊藤銀次(G、Vo)、坂本龍一(Key)
  67. ^ 曲目:1. SHOW、2. パレード、3. 指切り、4. こぬか雨、5. 風の世界、6. いつも通り、7. ためいきばかり、8. うたたね、9. 約束、10. すてきなメロディー、11. 不二家ハートチョコレート、12. 雨は手のひらにいっぱい、13. 蜃気楼の街、14. WINDY LADY、15. 愛は幻、16. 今日はなんだか、17. SUGAR、18. DOWN TOWN、(1回目のアンコール):1. LAST STEP、2. 砂の女、3. からっぽの椅子、(2回目のアンコール):1. 幸せにさよなら
  68. ^ 曲目:1. SHOW、2. パレード、3. 指切り、4. こぬか雨、5. 風の世界、6. いつも通り、7. うたたね、8. 約束、9. 三愛バーゲンフェスティバル~フルーツソーダ~不二家ハートチョコレート~いちじく浣腸~まきまきカール~三ツ矢サイダー、10. すてきなメロディー、11. 蜃気楼の街、12. 雨は手のひらにいっぱい,、13. WINDY LADY、14. 愛は幻、15. 今日はなんだか、16. SUGAR、17. DOWN TOWN、(アンコール):1. 砂の女、2. ココナツ・ホリデー 他
  69. ^ 1. SHOW、2. パレード、3. いつも通り、4. 雨は手のひらにいっぱい、5. 風の世界、6. WINDY LADY、7. DOWN TOWN、8. SUGAR(1~6、8:4月1日 荻窪ロフト、7:1月28日 仙台電力ホール)
  70. ^ メンバー:山下達郎(Vo、G)、上原裕(Ds)、寺尾次郎(B)、徳武弘文(G)、緒方泰男(Key)、沢井原児(Sax、7/31のみ)
  71. ^ メンバー:大貫妙子(Vo、G、Key)、坂本龍一(Key)、緒方泰男(Key、G)、土屋昌巳(G)、六川正彦(B)、つのだひろ(Ds)

出典

[編集]
  1. ^ a b シュガー・ベイブ(シュガー・ベイブ)の情報まとめ”. OKMusic. ジャパンミュージックネットワーク株式会社. 2020年5月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年5月6日閲覧。
  2. ^ “Jポップ”を創造した革命的なアルバム! シュガー・ベイブの名盤『Songs』!”. OKMusic. ジャパンミュージックネットワーク株式会社 (2014年2月19日). 2018年1月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年5月6日閲覧。
  3. ^ a b c d 栗本斉 (2018年12月21日). “シティポップがなぜ世界中でブレイクしているのか?”. nippon.com. 公益財団法人ニッポンドットコム. 2021年5月6日閲覧。
  4. ^ 大貫妙子「MUSICIAN FILE 大貫妙子徹底研究“ファイル・インタビュー”」『ミュージック・ステディ』第3巻第4号、ステディ出版、1983年10月20日、67-114頁。 
  5. ^ a b 湯浅学「山下達郎 / 大滝詠一インタビュー」『レコード・コレクターズ』第25巻第1号、株式会社ミュージック・マガジン、2006年1月1日、42-51頁。 
  6. ^ a b 伊藤銀次「MUSICIAN FILE 伊藤銀次徹底研究“ファイル・インタビュー”」『ミュージック・ステディ』第3巻第3号、ステディ出版、1983年8月20日、115-146頁。 
  7. ^ 湯浅学「1972~1974」『大滝詠一 Talks About Niagara』第30巻第8号、株式会社ミュージック・マガジン、2011年4月1日、6-25頁、JAN 4910196380410 
  8. ^ 萩原健太「ナイアガラ・トライアングル VOL2」『大滝詠一 Talks About Niagara Complete Edition』第33巻第7号、株式会社ミュージック・マガジン、2014年4月1日、292-323頁、JAN 4910196380441 
  9. ^ Net-Sprout Music!あるバンドの物語 第6章 第1話

関連項目

[編集]

外部リンク

[編集]

関連サイト

[編集]