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久子内親王 (仁明天皇皇女)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
久子内親王
時代 平安時代初期 - 前期
生誕 不詳[1]
薨去 貞観18年6月18日876年7月12日
父母 父:仁明天皇、母:高宗女王
兄弟 文徳天皇宗康親王光孝天皇時子内親王人康親王源多本康親王久子内親王高子内親王源冷国康親王常康親王貞登成康親王源光源覚源効
斎宮 天長10年3月26日833年4月19日)- 嘉祥3年3月21日850年5月6日
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久子内親王(きゅうしないしんのう)は、仁明天皇の第七皇女または第八皇女。母は従五位上・高宗女王[2]伊勢斎宮

天長10年(833年)3月26日、父の仁明天皇の即位により斎宮に卜定される(賀茂斎院高子内親王も同日卜定)。承和2年(835年)9月5日、伊勢に群行。嘉祥3年(850年)3月21日、仁明天皇の崩御により在任17年で退下。清和天皇の治世末期の貞観18年(876年)6月18日、無品のまま没した。

脚注

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  1. ^ 天長8年(833年)以前
  2. ^ 従四位上・岡屋王の娘、高市皇子の曾孫

参考文献

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