二歩
第92手 橋本崇載八段の二歩
橋本崇載八段 △持ち駒:なし
9 | 8 | 7 | 6 | 5 | 4 | 3 | 2 | 1 | |
香 | 桂 | 金 | 一 | ||||||
王 | 銀 | 金 | 香 | 二 | |||||
歩 | 歩 | 歩 | 桂 | 三 | |||||
歩 | 歩 | 金 | 銀 | 飛 | 歩 | 四 | |||
歩 | 桂 | 歩 | 歩 | 歩 | 五 | ||||
歩 | 銀 | 角 | 歩 | 歩 | 六 | ||||
銀 | 歩 | 角 | 歩 | 歩 | 七 | ||||
香 | 玉 | 金 | 八 | ||||||
飛 | 桂 | 香 | 九 |
二歩(にふ)とは、自分の歩兵が配置されている筋に、持ち駒の歩兵を打つ手のこと。将棋の禁じ手の一つである。
概要
[編集]既に歩兵が配置されている筋に、持ち駒から歩兵を打つこと、つまり縦の列(筋)に2枚の歩兵を配置することを禁じるルールである。ただし成った歩兵、すなわちと金のある筋に歩兵を打つことは、その筋に別の歩兵がなければ認められており禁じ手ではない。これは盤上のと金が、金将と同じ駒として扱われるためである。同様に、歩兵のある筋にと金を動かすことも認められている。
この二歩のルールによって合法な局面である限り、歩兵は先手・後手のそれぞれのプレイヤーについて同じ筋の中に1枚以下しか存在できない事になる。
初めて成文化したのは二代大橋宗古とされる。二歩が禁止になった理由としては、飛車先の歩の前に別の歩が打てると優劣がはっきりしすぎるために面白くなくなる事が指摘されている[1]。他にも千日手が容易になる、と金攻めの破壊力が落ちる[注釈 1]など、その問題点は掘り起こそうと思えば限りを知らない。
従来は禁じ手(二歩に限らず)を指しても、投了による勝敗が優先となっていた。しかし2019年10月1日に日本将棋連盟の対局規定が改定され[2]、既に終局していた場合であっても、同じ棋戦の次の対局が始まる前に二歩などの反則が判明すれば、遡って反則を犯した側の負けとなることとなった[3][2]。ただし一部の大会等では、未だに投了優先のままな場合もある。[要出典]
初歩的な禁じ手だが、将棋の反則の中では最も起こりやすいものの一つでもあり、プロ高段者の対局においてさえしばしば発生する[注釈 2]。自陣で追いつめられ前の方の歩に気付かずに合駒してしまう、敵陣で相手を攻めるのに夢中になり暫く前に打っていた自陣深くの歩を見落とす、敵陣に打ち込んで不成のまま放置していた歩に気付かない、などの状況でうっかり打ってしまうことが多い。また、盤上の歩を見落とすだけではなく、駒台の他の駒と歩を持ち間違えて二歩を打つこともある。特に持ち時間の少ない早指し戦などでは、十分に注意する必要がある。森内俊之の説によれば、二歩の半数以上に底歩(自陣の最下段の歩)が関係しており、既に底歩を打っておいた筋に別の歩を打ってしまうか、別の歩がある筋に底歩を打ってしまうケースであると述べている[4]。
アマチュアの対局であっても、公式な大会では二歩を打った時点で即時負けとされることが多い。一方で将棋ソフトやネット将棋などでは、禁じ手であることを指摘されるだけで指せないようになっている。
二歩の例
[編集]年 | 棋戦 | 二歩を指した 棋士・女流棋士 |
対局相手 | 手番 | 備考 |
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1977年 | 関屋喜代作 | 青野照市 | |||
1980年 | 有吉道夫 | 森安秀光 | |||
1982年 | 米長邦雄 | 島朗 | |||
山口千嶺 | 関根茂 | 5七歩の上に5六歩を重ね打ち | |||
1985年 | 淡路仁茂 | 島朗 | |||
1986年 | 順位戦 | 淡路仁茂 | 石田和雄 | 145手目 7二歩 | |
1988年 | 二上達也 | 西村一義 | |||
1992年 | 順位戦 | 所司和晴 | 石川陽生 | 131手目 8二歩 | |
1997年 | 淡路仁茂 | 矢倉規広 | |||
1998年 | 銀河戦 | 山崎隆之 | 佐伯昌優 | 94手目 4一歩 | |
2004年 | NHK杯 | 豊川孝弘 | 田村康介 | 109手目 2九歩 | 第54回1回戦第12局(6月20日) |
順位戦 | 田中寅彦 | 中村修 | 142手目 5三歩 | ||
棋聖戦 | 山崎隆之 | 小林裕士 | 87手目 3三歩 | 先手83手目に3九歩[5] | |
2005年 | NHK杯 | 松尾歩 | 先崎学 | 98手目 3六歩 | 第55回1回戦第4局(4月24日) |
2006年 | 棋聖戦 | 室岡克彦 | 瀬川晶司 | 54手目 7一歩 | |
順位戦 | 小林健二 | 小倉久史 | 149手目 9二歩 | ||
2007年 | JT将棋 | 郷田真隆 | 佐藤康光 | 117手目 9六歩[6] | |
2015年 | NHK杯 | 橋本崇載 | 行方尚史 | [7] | 92手目 6三歩第64回準決勝第2局(3月8日) |
銀河戦 | 高橋道雄 | 安用寺孝功 | [8] 3五歩[9] | 95手目第23期本戦Fブロック8回戦(2月13日収録、5月7日放送) 両対局者が二歩に気付かずさらに13手指し続けた[9][8] | |
2016年 | JT将棋 | 郷田真隆 | 佐藤天彦 | 105手目 6三歩[10] | 二回戦第一局(9月3日) |
2018年 | 女流王位戦 | 武富礼衣[11] | 石本さくら | 第30期予選2回戦(10月19日) | |
順位戦 | 青野照市[11] | 都成竜馬 | 54手目 7七歩 | 第77期順位戦C級1組6回戦(10月23日) | |
銀河戦 | 長沼洋 | 木村孝太郎アマ | 118手目 6六歩 | 第27期Gブロック4回戦(10月25日収録、2019年1月15日放送)[12] | |
2019年 | 叡王戦 | 先崎学 | 島朗 | 184手目 5三歩 | 第5期九段予選Cブロック1回戦(2019年8月12日)[13] |
2020年 | 銀河戦 | 増田康宏 | 野月浩貴 | 69手目 2二歩 | 第28期Gブロック8回戦(2月21日収録、6月9日放送) |
2021年 | 女流ABEMA | 内山あや | 香川愛生 | 133手目 7六歩 | (非公式戦)第2回予選Bリーグ第1試合第4局(10月30日放送)[14] |
女流順位戦 | 大島綾華 | 貞升南 | 65手目 7二歩 | 第2期女流順位戦D級2回戦(11月8日)[15] | |
2022年 | マイナビ | 長沢千和子 | 加藤結李愛 | 第16期マイナビ女子オープン予備予選(5月28日)[16] | |
ABEMA | 木村一基 | 黒沢怜生 | 117手目 6九歩 | (非公式戦)第5回本戦2回戦第3試合第1局(8月27日放送) | |
2023年 | 順位戦 | 中村修 | 村山慈明 | 137手目 1二歩 | 第81期順位戦B級2組8回戦(2023年1月11日) |
女流ABEMA | 山根ことみ | 上田初美 | 103手目 5八歩 | (非公式戦)2023年度1回戦第一試合第5局(3月11日放送)[17] | |
銀河戦 | 森下卓 | 野月浩貴 | 77手目 4八歩 | 第31期銀河戦Hブロック5回戦(2023年2月15日対局)[18] | |
2024年 | ABEMA
地域対抗戦 |
増田康宏 | 佐藤天彦 | 74手目 8三歩 | (非公式戦)予選Bリーグ 2位決定戦(2024年3月23日放送) |
詰将棋における二歩
[編集]詰将棋では二歩を主題とする問題がある。禁じ手であるため手順中に二歩が現れることはないが、将来の二歩を予防するために歩を捨てる、相手方に二歩の制約を与えるために取れる歩をわざと取らない、などが解答の鍵となっている問題である。
いわゆる「フェアリー」(通常や一般のルールセットとは異なるルールによる問題)としては、「禁じられているのは二歩を『打つ』ことであって、二歩が『存在する』ことは禁じられていない」という論理のもと、問題図が二歩の作品もある[19]。
例題
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図1-Aは▲1四香、△2四玉、▲2五歩、△1五玉、▲2六金、△同飛、▲1六歩(図1-B)、△同飛、▲2七桂までの9手詰。1手目で▲1四歩とすると7手目の▲1六歩が二歩になるため、▲1四香の不利先打で解決する。
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図2-Aは▲3五角、△2六桂、▲同角、△同玉、▲1八桂(図2-B)、△2五玉、▲2七龍、△1四玉、▲3二角、△1三玉、▲2三龍(角成)までの11手詰。2手目の合駒が歩ならば取られても詰まないが、その場合▲3九角(図2-C)とすれば2八に歩で合駒ができず(桂も行き所のない駒であるため合駒に使えず、金銀香のどれかを打つことになる)、△2八香▲同角△1八玉▲1九香で早く詰む。逆に2手目の合駒が歩でない場合に▲3九角と打つと△2八歩(図2-D)と合駒され、▲2八同角△1八玉で詰まない(▲1九歩は打ち歩詰め)。
歴史
[編集]二歩を主題とする詰将棋を初めて作ったのも二代大橋宗古であり、「象戯図式」(1636年 俗称「将棋智実」)第1番が1号局である。
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図3-Aから進めて図3-Bのとき、▲2六歩、△2四玉、▲2五歩、△同玉として2七の歩を取り除き、将来の二歩を予防する。以下▲1七桂、△2四玉、▲1五馬、△同歩、▲2五歩(図3-C)となり、歩を取り除いた効果が現れる。
(図3-Aは▲2一金、△1三玉、▲2二銀、△2四玉、▲2五金、△同玉(図3-B)、▲2六歩、△2四玉、▲2五歩、△同玉、▲1七桂、△2四玉、▲1五馬、△同歩、▲2五歩(図3-C)、△1四玉、▲2六桂まで17手詰)
なお、二歩禁の規則自体はこれ以前の詰将棋にも適用されており、例えば初代大橋宗桂の「象戯造物」(1602年 伝慶長版)の第45番は、玉方が二歩の合駒をすれば詰まない。
類似のゲームにおける事例
[編集]- チェスでは将棋の歩兵に相当するポーンが、敵の駒を取るときのみ正面ではなく斜め前方に進むため、必然的に二歩のような形になる場合がある(ダブルポーン)。ルール上は問題ないが、縦に並んでいると正面のポーンが守りにくくなるので通常は不利な形とされている。
- マークルックのビアもポーンと同じく駒を取るときに斜め前方へ進むため、縦に二つ並んだ形になる場合がある。こちらもルール上は問題ない。
- どうぶつしょうぎでは、将棋の歩兵に相当する「ひよこ」を同じ縦の列に打つこと(二ひよこ)が許されている。ただし二ひよこが好手になる場面は少なく、主に敗勢時の手数稼ぎに用いられる。
- 中将棋・大将棋などの多くの古将棋は持ち駒のない取り捨てルールのため、二歩の状態は発生し得ず規定もない。禽将棋は持駒ルールだが、歩に当たる燕の駒は初形から縦に2つ並んでおり、同じ縦筋の燕は2つまでは可で3つは禁止という、いわば「三歩」のルールになっている。現代に考案された鯨将棋も歩に相当するイルカについて同様の「三歩」ルールを採用している。
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ 谷川浩司『将棋新理論』(河出書房新社)、1999年6月、ISBN 9784309721835、p.9
- ^ a b 「将棋、500手で引き分けに 日本将棋連盟が規定改定」『朝日新聞東京夕刊』2019年10月7日、4面。
- ^ 対局規定(抄録):日本将棋連盟
- ^ 原田泰夫 (監修)、荒木一郎 (プロデュース)、森内俊之ら(編)、2004、『日本将棋用語事典』、東京堂出版 ISBN 4-490-10660-2 pp. p.59
- ^ “076kisei_yosen010.kif(「第76期棋聖戦」1次予選特選局 山崎隆之五段×小林裕士五段(87手目▲3三歩で二歩反則負け)”. www.sankei.co.jp. 2005年4月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2005年4月23日閲覧。
- ^ “郷田、まさかの「二歩」 七尾でJT将棋 佐藤が準決勝進出”. 47NEWS. 北國新聞 (2007年9月3日). 2015年7月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年7月17日閲覧。
- ^ “将棋NHK杯まさかの二歩決着 橋本八段痛恨「あっ」頭抱える”. スポーツニッポン (2015年3月8日). 2016年9月4日閲覧。
- ^ a b “【将棋】また二歩で反則負け、今度は高橋道雄九段”. スポーツ報知. 2015年5月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年5月8日閲覧。
- ^ a b 高橋道雄 (2015年5月7日). “幻の13手”. みっち・ザ・わーるど. 2015年5月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年12月1日閲覧。
- ^ “郷田王将「二歩」で反則負け JTプロ公式戦”. 毎日新聞. 2016年9月4日閲覧。
- ^ a b c “将棋プロ反則負け、6日で3回 青野九段も 異例ペース”. 東京新聞 (2018年10月24日). 2018年10月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年12月1日閲覧。
- ^ “銀河戦 | 将棋 | 囲碁・将棋チャンネル”. www.igoshogi.net. 2019年3月16日閲覧。
- ^ ニコ生公式_将棋 (2019年8月12日). “8/12(月) 島朗九段 vs.先崎学九段の対局は184手までで、先崎九段の二歩により、島九段が勝利しました。”. @nico2shogi. 2019年8月12日閲覧。
- ^ “本人は「ごめんなさいっ!」仲間は「あー!」と絶叫 まさかの二歩で大騒ぎ/将棋・女流ABEMAトーナメント”. ABEMA TIMES (2021年11月2日). 2021年11月2日閲覧。
- ^ マイナビ出版 将棋情報局編集部
- ^ “将棋情報局”. book.mynavi.jp. 2022年5月28日閲覧。
- ^ “まさかの二歩に敵も味方も本人も「あっ!」超早指しだから起こるハプニングに解説棋士・先輩女流も「こういうこともある」「大丈夫」/将棋・女流ABEMAトーナメント”. ABEMA TIMES (2023年3月13日). 2023年4月23日閲覧。
- ^ 第31期本戦トーナメント Hブロック 5回戦
- ^ 初形に「二歩」がある作品(詰将棋マニアックス)