駅前停留場
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駅前停留場 | |
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ホーム(2017年9月) | |
えきまえ Ekimae | |
(0.3 km) 駅前大通 2► | |
左下は豊橋駅、下は新豊橋駅 | |
所在地 | 愛知県豊橋市花田町西宿 |
駅番号 | 1 |
所属事業者 | 豊橋鉄道 |
所属路線 | ■東田本線 |
キロ程 | 0.0 km(駅前起点) |
駅構造 | 地上駅 |
ホーム | 2面1線 |
開業年月日 | 1925年(大正14年)7月14日 |
乗換 |
豊橋駅(JR・名鉄線) 新豊橋駅(豊橋鉄道渥美線) |
駅前停留場(えきまえていりゅうじょう)は、愛知県豊橋市花田町西宿にある豊橋鉄道東田本線(路面電車)の停留場(電停)である。東田本線の起点であり、停留場番号は「1」を付する。
概要
[編集]東海旅客鉄道(JR東海)・名古屋鉄道(名鉄)の豊橋駅前にあり、豊橋鉄道渥美線の新豊橋駅にも隣接するため、乗換駅となっている。当停留場名は「駅前」が正式名称であり、第3回中部の駅百選に認定された。
歴史
[編集]- 1925年(大正14年)7月14日:開業。
- 1950年(昭和25年)10月20日:駅前 - 神明間の複線化が完了。
- 複線化にあわせ、線路を広小路通りから駅前大通りへと移設した。その過渡期において、東田方面へ行く電車が広小路通りを走り、駅前駅に来る電車は駅前大通りを走るという時期もあった。
- 1952年(昭和27年)10月5日:駅前 - 市民病院前間が開業。2か月後の12月25日には複線化され、駅前駅にも渡り線が設置される。
- 1969年(昭和44年)5月15日:国鉄豊橋駅改築に伴う交通混雑を理由に駅前 - 市民病院前が休止。当停留場は150メートルほど東側に移設される。
- 1973年(昭和48年)3月31日:駅前 - 市民病院前間廃止。
- 1978年(昭和53年)7月1日:下り乗降場に上屋を新設し、地下道と接続。
- 1998年(平成10年)2月19日:豊橋駅総合開発事業計画により、路線が150メートル延長。同時にペデストリアンデッキ下の現在地に移転[1]。
- 2011年(平成23年)10月8日:「市電おもてなしアナウンス」[注釈 1]を導入。アナウンスを担当するのは豊橋出身の俳優である松平健[2]。
停留場構造
[編集]愛知県道143号豊橋停車場線(駅前大通り)の併用軌道上にあり、豊橋駅ビル(カルミア・ホテルアソシア)に平行している。豊橋駅やその周辺とは、階段やエスカレーター、エレベーターでペデストリアンデッキや地下道と通じている。
ホームは頭端式で、1本の線路をホームがコの字形に囲んでいる。豊橋駅に近い西側のホームは降車専用、東側のホームは乗車専用となっている。臨時電車や貸切電車に対応できるように、最大2両が停車できるようになっている。
平日朝は乗車ホームで係員が運賃収受をするので、中ドアからも乗車可能となる。
東田本線の駅では唯一、自動券売機が1台設置されており、普通乗車券や一日乗車券が購入できるほか、ICカード乗車券(manaca等)のチャージ機も設置されている。
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豊橋駅東口1階、右側に駅前電停がある(2005年9月)
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自動券売機(2017年9月)
停留場周辺
[編集]主な施設
[編集]→「豊橋駅 § 駅周辺」を参照
周辺の道路
[編集]バス路線
[編集]→「豊橋駅 § バス路線」を参照
その他
[編集]- 路面電車の停留所で「○○駅前」は日本各地にあっても「駅前」はここだけである。停留場名(電停名)は「駅前」であるが、運転士による肉声の放送では、「豊橋駅前」と案内することがある。
- 毎年10月の豊橋まつりにおいては、駅前大通りにおいて「市民総おどり」が催されるため、当日の夕方は駅前、駅前大通停留場が休止となり通常の駅前行き電車が新川停留場行きとなり、折り返しの駅前始発が新川停留場始発になる。その際は札木停留場 - 豊橋駅前間で臨時バスが運行される。
隣の停留場
[編集]現在の隣の停留場
[編集]- 豊橋鉄道
- ■東田本線
- 駅前停留場 (1) - 駅前大通停留場 (2)
隣の停留場の変遷
[編集]- 1952年(昭和27年)
- 駅前 - 駅大通
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 豊橋市役所東館13階、とよはし物語館で季節ごとに変わるアナウンスの全パターンを聴く事が出来る。
出典
[編集]参考資料
[編集]- 白井良和他編 『豊橋のチンチン電車』 郷土出版社、発行年:1998年
- 伊奈彦定 『伊奈彦定画集第2集 豊橋今昔市電のある風景/設楽残像なつかしの田口線』 豊川堂、発行年:1996年
- 日本路面電車同好会名古屋支部 『路面電車と街並み 岐阜・岡崎・豊橋』 トンボ出版、発行年:1999年