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2017年4月20日 (木) 08:24時点における版

おおたし ウィキデータを編集
太田市
太田市旗
2005年1月1日告示
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 群馬県
市町村コード 10205-9
法人番号 7000020102059 ウィキデータを編集
面積 175.54km2
総人口 221,097[編集]
推計人口、2024年5月1日)
人口密度 1,260人/km2
隣接自治体 伊勢崎市桐生市みどり市
邑楽郡大泉町邑楽町
栃木県足利市
埼玉県熊谷市深谷市
市の木 マツ(シンボル木)、モクセイ
カエデイチョウ
市の花 キクサルビア
ツツジシュンラン
太田市役所
市長 清水聖義
所在地 373-8718
群馬県太田市浜町2番35号
北緯36度17分28.1秒 東経139度22分31.4秒 / 北緯36.291139度 東経139.375389度 / 36.291139; 139.375389座標: 北緯36度17分28.1秒 東経139度22分31.4秒 / 北緯36.291139度 東経139.375389度 / 36.291139; 139.375389
太田市役所庁舎
太田市役所庁舎
外部リンク 太田市公式サイト

太田市位置図

― 市 / ― 町 / ― 村

特記事項

緯度・経度は市役所(本庁舎)の位置
コミュニティ放送FM TARO


ウィキプロジェクト
太田市中心部周辺の空中写真。市街地の中央に太田駅。駅の北東に見える楕円形の車両テストコースおよび工場がSUBARU[注釈 1]群馬製作所本工場である。また、画像中央最下部に見える規模の大きな構造物も富士重工関連施設である。太田市は富士重工の企業城下町である。
1986年撮影の8枚を合成作成。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成。

太田市(おおたし)は、関東地方の北部、群馬県南東部(東毛)にある人口約22万人の(群馬県内での人口は高崎市前橋市に続き3番目に多い)。2007年平成19年)4月1日に西に隣接する伊勢崎市とともに特例市に移行した。特例市の制度は2015年に廃止され、太田市は中核市に移行していないため、施行時特例市という扱いである(2016年現在)。SUBARU[注釈 1]のお膝元(企業城下町)であり、北関東随一の工業都市である。隣接する桐生市栃木県足利市と共に両毛地域を形成する。1948年(昭和23年)の市制施行当時の区域は旧新田郡。現在の市域は、旧山田郡新田郡の区域で構成される。人口増加率は県内有数の伸びを示している。西に隣接する伊勢崎市(人口は約21万人・県下4位)と僅かの差で拮抗しており、両市とも人口は増加している。

概要

東京都心から北西に約80km、県庁所在地である前橋市からは東に約30km、高崎市からは同じく東に約40kmに位置する。

江戸時代には大光院門前町日光例幣使街道宿場町太田宿)として発達した。

大正期以降は、現在のSUBARU[注釈 1]とその前身である中島飛行機企業城下町として飛躍的な発展を遂げた。工業統計調査によると平成25年の工業製品出荷額等は2兆3491億3099万円で全国13位。これは広島市に匹敵する規模を誇り、浜松市や京都市、北九州市といった政令指定都市を上回る関東内陸工業地域を代表する工業都市である。工業製品の製造品出荷額等に占める輸送用機器の割合は7割を超え、富士重工を中心に坂本工業やしげる工業、東亜工業、イチタンといった関連メーカーの拠点の他、日野自動車新田工場など自動車産業の集積地といえる。

太田駅北口は旧街道(本町通り)を中心に商店街を形成しているが、衰退が著しい。一方で太田駅南口は駐車場への中央小開校などを経て商店街としては衰退し、飲食店など店舗が多く入り、北関東有数の南一番街という一大歓楽街を形成している。 太田市でもロードサイドショップや大型ショッピングセンターが多数進出するなど、郊外の商業地の発達が著しい。その一方で、太田駅周辺唯一の大型商業施設「ベルタウン」は、「イオンモール太田」が市街地東部にオープンして以来急激に顧客を奪われ、キーテナントであるユニー太田店が撤退、同時に2007年1月から約半年間にわたって閉鎖された。その後太田駅南口が改装され、ディベロッパーはキーテナントに「ドン・キホーテ」を誘致してリニューアルオープンした。中心街空洞化は、隣接する伊勢崎市と共に深刻である。太田駅周辺の整備が進み、東武鉄道の路線網が発達している事から、通勤・通学・買い物で周辺駅から鉄道を利用して太田駅へ移動するような公共交通を中心としたまちづくり政策が求められている。 太田駅周辺では北口で「おおたBITO」の建設が始まり、南口で再開発が始まった。今後の動きが注目される。

地理

群馬県南東部の関東平野北部に位置し(上毛かるたに「鶴舞う形の群馬県」と詠われているの首部分に位置する)、南に利根川、北東に渡良瀬川に挟まれた地域にある。市内の標高が南部、南西部、北東部、東部は30 - 40mの低地、市街地付近など中央部と西部、北西部は40 - 70mだが、市街地北部に標高223mの金山がそびえ立ち、北西部の東武桐生線より東側や藪塚温泉付近は100m - 200m弱の八王子丘陵となっている。

太田市役所庁舎展望ホールから見た太田市街(上:北方面、下:南方面)
太田市役所庁舎展望ホールから見た太田市街(上:北方面、下:南方面)

歴史

町村制施行当時の町村

旧・太田市

旧・藪塚本町

旧・新田町

旧・尾島町

岩宿遺跡の発掘調査で明らかになったように、この地域には約3万年前の旧石器時代からヒトが住んでいた。

都市名の由来は、宿場町時代の「太田宿(おおたじゅく)」に因み、それ以前は新田義貞が生誕し、開拓した地であることから「新田荘(にったのしょう)」と呼ばれていた。 太田町

太田町
廃止日 1940年9月13日
廃止理由 新設合併
太田町九合村沢野村山田郡韮川村太田市
現在の自治体 太田市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 群馬県
新田郡
太田町役場
所在地 群馬県新田郡太田町
ウィキプロジェクト
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  • 1889年(明治22年)04月01日 - 町村制施行に伴い、新田郡に太田町・九合村沢野村鳥之郷村強戸村宝泉村が、山田郡韮川村毛里田村が誕生。
  • 1893年(明治26年)07月15日 - 山田郡韮川村から矢場川村休泊村が分立。
  • 1934年(昭和9年) - ラジオ聴取加入普及率が県内の市町村でトップだった。
  • 1936年(昭和11年) - 太田町が30万大都市構想を掲げた[1]
  • 1940年(昭和15年)04月 - 太田都市計画新興工業都市建設区画整理事業が内務省から告示された。太田都市計画区域のうち対象面積は3800haでそのうち「公園緑地ハ総地積ノ3%以上」、「小学校敷地ハ23校分保留」、「土地用途ヲ工場・住宅・商店ニ適応スルヨウ決定スルモノ」とあるので市街化予定地であり、単純に比較するとこれは筑波研究学園都市の研究学園地区2,700haを超えていた。
  • 1940年(昭和15年)04月01日 - 新田郡九合村、沢野村、山田郡韮川村と合併し太田町となる。
  • 1943年(昭和18年)11月01日 - 新田郡鳥之郷村が太田町に編入される。
  • 1943年(昭和18年) - 旧太田市(1963年 - 2005年)の市域組替人口が推計で約11万人近くでこれは1973年まで超えなかった[注釈 2]
  • 1945年(昭和20年) - 連日警戒警報・空襲警報が出され工場等各地の空襲の被害は甚大であったが、中心市街地の大部分は罹災を免れた。

旧・太田市

太田市
廃止日 2005年3月28日
廃止理由 新設合併
太田市薮塚本町新田町尾島町太田市
現在の自治体 太田市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 群馬県
面積 97.96km2
総人口 152,000
(2004年3月1日)
隣接自治体 前橋市
佐波郡赤堀町東村境町
埼玉県本庄市
太田市役所
所在地 373-8718
群馬県群馬県太田市浜町2番35号
ウィキプロジェクト

新・太田市

行政・立法

歴代市長

代(旧太田市) 氏名 よみがな 就任年月日 退任年月日
成田作兵衛 なりた さくべえ 1948年5月3日 1948年12月24日
2 中村藤兵衛 なかむら とうべえ 1949年2月15日 1949年8月8日
3 武藤傳次郎 むとう でんじろう 1949年9月22日 1953年9月14日
4 堀越節義 ほりこし せつよし 1953年9月15日 1957年9月14日
5 武川英男 たけかわ ひでお 1957年9月15日 1959年4月28日
6 - 9 田島宗仁 たじま むねひと 1959年6月16日 1975年6月15日
10 - 14 戸澤久夫 とざわ ひさお 1975年6月16日 1995年6月15日
15 - 17 清水聖義 しみず まさよし 1995年6月16日 2005年3月27日
代(新太田市) 氏名 よみがな 就任年月日 退任年月日
初 - 4 清水聖義 しみず まさよし 2005年4月18日 現職(4期目)

合併直前の3町の長

  • 初代市長の成田作兵衛は太田町の最終町長であり、1947年4月15日から任務している。
  • なお、2005年3月28日に平成の大合併により新しい太田市が誕生してから同年4月17日までの間は、旧新田町長である山﨑 昭(やまざき あきら)が市長職務執行者を務めた。
  • 新田町閉鎖時の新田町長
    • 山﨑 昭(やまざき あきら)太田市社会福祉協議会長を歴任
  • 尾島町閉鎖時の尾島町長
    • 相澤 邦衛(あいざわ くにえ)太田市教育長を歴任
  • 藪塚本町閉鎖時の藪塚本町長
    • 桐生 博司(きりゅう ひろじ)太田市監査委員を歴任

市議会

合併直後は旧市町の議員をそのまま市議会議員としたため73名で構成されていたが、2007年4月22日の市議会議員選挙で約半分の38名に改選され、2011年4月24日の市議会議員選挙で34名となった。2015年の選挙では30人に定数削減

会派構成(2015年5月18日現在)
会派名 議員数
創政クラブ 10
おおた政研クラブ 6
太田クラブ 5
公明クラブ 4
日本共産党 2
太田政友クラブ 2
市民の会 1

群馬県議会(太田市選出)

  • 定数:5名
  • 任期:2015年(平成27年)5月11日~2019年(平成31年)5月10日
議員名 会派名 備考
阿部知世
薬丸潔 公明党
黒沢孝行 リベラル群馬 党籍は民主党
井下泰伸 自由民主党
穂積昌信 自由民主党

衆議院

選挙区 議員名 党派名 当選回数 備考
群馬県第3区2区に属さない太田市、館林市邑楽郡 笹川博義 自由民主党 2 選挙区

市役所

新田庁舎
尾島庁舎

市役所(本庁舎)は1998年(平成10年)に改築され、地下1階、地上12階の近代的なビルとなった。ビル型の庁舎は高崎市役所と同様である。

太田市役所本庁舎
〒373-8718 太田市浜町2-35
旧太田市役所を太田市役所本庁とし、他3町の庁舎は総合支所であったが、2008年4月1日より庁舎に変更。データは以下の通り。
新田庁舎(旧新田町役場)
〒370-0392 太田市新田金井町29
現在は農業関係の部署が入る
尾島庁舎(旧尾島町役場)
〒370-0495 太田市粕川町520
現在は教育委員会があり、教育関係の部署が入る
藪塚本町庁舎(旧藪塚本町役場)
〒379-2392 太田市大原町661-1
現在は開発事業関係の部署が入るほか、太田市土地開発公社、藪塚本町行政センターが庁内にある

市章・市紋章

旧太田市の市章(昭和11年制定)を廃止し、市民の投票により新太田市の市章を決定し、2005年6月28日に制定された。

市紋章は、市に関係の深い新田氏家紋である「大中黒」に、ひらがなで「おおた」と入ったデザインであり、2005年7月1日に制定された。デザイン者は不明。

マスコット

太田市内の4つの地区をモチーフにしたキャラクターであり、「おおたん」という名前である。市役所などでぬいぐるみやバッジを販売している。また、太田駅構内には「おおたん」の石像があり、市民の待ち合わせスポットとしても利用されている。

構造改革特区

2003年4月、太田市の英語教育特区構想が構造改革特区第1号として認可された。これは小学校から高校までの一貫教育校を設立し、国語などを除き、すべて英語で授業を行う(英語イマージョン教育)という構想である。太田市が中心となって学校法人太田国際学園(理事長は清水聖義市長)が設立・認可され、2005年4月よりぐんま国際アカデミー(初代校長はユージーン・E・クーパー)が開校する。初年度は1年生(定員90名)と4年生(定員60名)が入学する。この先進的な取り組みに、国内外の教育関係者は注目している。

姉妹都市

地域

太田市では旧自治体単位で地域ごとに分割している。

地区 旧市町 およその位置
太田地区 太田市 中央部・東部
尾島地区 尾島町 南西部
新田地区 新田町 西部
藪塚本町地区 藪塚本町 北西部

市外局番

  • 太田地域、尾島地区新田地区は「0276」(太田MA)
    • 太田地区→「22・25・26」、「31 - 33、37・38」、「45 - 49」
    • 新田地区は「56、57」、尾島地域は「52」だが、「55」も含めて現在は藪塚地域を除く市内全域で使用している。
      • そのほか、「20、30、40、60」を大泉町邑楽町(館林MA)と共通して使用している。(※「52」 - 「59」は空き番号として太田市内だけではなく館林・邑楽地区でも使用されている。)
    • ただし、北東端の市場町の一部と、高瀬町は栃木県足利市の「0284」(足利MA)を使用し、旧尾島地域の前小屋町の利根川南岸(現・埼玉県深谷市前小屋)は「048」(深谷MA)となっている。
  • 藪塚本町地区は「0277」「78、79」(桐生MA)
    元々桐生広域圏であったため「0277」であるが、これといって市外局番を新たに「0276」にするという話は現時点では無い。

郵便番号

  • 太田地区:「373-00XX」、「373-08XX
  • 新田地域:「370-03XX
  • 尾島地域:「370-04XX
  • 薮塚本町地域:「379-230X
    • 薮塚本町地域は下2桁以外はみどり市笠懸地域と同じで「379-23」である。
    • みどり市笠懸地域は「379-231X

住所表記

※太田地域は変更なし。
※SUBARU[注釈 1]本工場は「太田市スバル町」。
※尾島地域と藪塚本町地域は従来の大字名に「町」が付いたのみで以下の通りである。
  • 新田郡尾島町大字安養寺→太田市安養寺町
  • 新田郡藪塚本町大字大原→太田市大原町
※新田地域はすべて「新田」が付き、その後に合併前の大字名が付く。
  • 新田郡新田町大字市野井→太田市新田市野井町

ただし、例外もある。

  • 新田郡尾島町大字堀口の一部(南ヶ丘団地)→太田市南ヶ丘町
    新田郡尾島町大字堀口(上記以外)→太田市堀口町
  • 新田郡尾島町大字太子町(たいしちょう)→太田市太子町(「町」が重なるため、付けなかった)
  • 新田郡新田町大字反町→太田市新田反町町(にったそりまちちょう「町」が二重になっている)

また、尾島、新田、藪塚本町の三地域は大字が廃止された。(旧太田市の条例に則り、大字名の後に町を付け町制にしたため)

人口

太田市(に相当する地域)の人口の推移
1970年(昭和45年) 141,491人
1975年(昭和50年) 158,525人
1980年(昭和55年) 175,381人
1985年(昭和60年) 189,931人
1990年(平成2年) 197,139人
1995年(平成7年) 203,599人
2000年(平成12年) 210,022人
2005年(平成17年) 213,299人
2010年(平成22年) 216,465人
2015年(平成27年) 219,807人
2020年(令和2年) 223,014人
総務省統計局 国勢調査より

前述したとおり人口増加率は県内有数の伸びを示している。西に隣接する伊勢崎市(人口は約21万人・県下4位)と僅かの差で拮抗しており、両市とも人口は増加している。

交通

SUBARU[注釈 1]企業城下町であるためか自動車の依存度が高く、ラッシュ時の渋滞が激しい。鉄道は東武鉄道太田駅からたすき状に4方向へと路線が伸び、県内東部(東毛)の交通の要衝の1つとなっている。特急りょうもうが太田駅と藪塚駅(一部木崎駅に停車)に停車し、浅草駅まで運行されているが、都心への接続があまりよろしくない。そのため、北千住駅で東京メトロ(日比谷線・千代田線・半蔵門線)に乗り換える人も少なくない。また、所要時間が浅草まで約80分で、なおかつ特急料金も含まれて2,000円以上もするため、熊谷駅籠原駅から高崎線を利用する市民もいる。(熊谷から上野まで約60分、新宿まで約75分)

2007年までは市内には高速道路がなく、市民は東北自動車道館林IC佐野藤岡IC関越自動車道東松山IC北関東自動車道伊勢崎ICなど近隣のインターチェンジを利用していたが、2008年3月8日には北関東自動車道太田桐生ICまで延伸し、高崎JCT関越自動車道に接続できる様になり、長野県藤岡JCT上信越自動車道経由)や新潟県にも短時間で行くことができるようになった。さらに、2011年3月19日には太田桐生ICと佐野田沼IC間が開通し同自動車道は全線開通となり岩舟JCT東北自動車道との接続も可能になり、東北地方茨城県に行くことができるようになった。しかし都心へは、花園ICや東松山ICから関越道、館林ICから東北道を利用した方が速い場合もある。勿論、一般道で1時間もかかる前橋市高崎市へも30分ほどで行けるようになった。東毛幹線開通(国道354号)により 県内東西交通の利便性が増した。

道路

道の駅

鉄道

市内には東武鉄道が3路線(4方面に)走っているが、太田駅から下りの列車はすべてワンマン運転となっており、昼間は乗客も少ない。東京方面に行く場合は東武伊勢崎線特急電車「りょうもう号」で、北千住駅まで約70分。また熊谷駅からJR高崎線を利用する乗客も多い。

市内にある東武鉄道の駅は9駅で、栃木県日光市の12駅に次ぎ2番目に多い。また、同じ市内に東武鉄道の路線が3路線ある自治体は本市と同県の館林市のみである。

人口20万人以上の特別区およびの中でJRの駅が無いのは太田市の他に、茨城県つくば市埼玉県春日部市、埼玉県草加市東京都世田谷区、東京都目黒区、東京都文京区、東京都練馬区、東京都調布市神奈川県大和市、神奈川県厚木市愛知県豊田市大阪府豊中市沖縄県那覇市がある。これらは目黒区・文京区・大和市を除きJRの鉄道路線自体が通らないことも共通する。

東武鉄道

太田駅北口
伊勢崎線
桐生線
小泉線

バス

かつては市内に東武バスの路線が複数あったが、現在は東武鉄道系の朝日自動車太田営業所)による太田駅 - 熊谷駅の路線があるのみである。

太田市が運営する路線バス・シティライナーおおた(市内にある矢島タクシーに運行を委託)も運行していたが2010年3月31日で新田線・尾島線を除く路線は廃止された[注釈 3]。現在は市が直営で無料のデマンドバス(予約制バス)を交通弱者を対象に運行している。無料のデマンドバスは全国でも例が無く、各地から視察が来ているという[注釈 4]

そのほかBUSターミナルおおたから各地への遠距離バスなどがある。

中距離バスでは、高崎・前橋から宇都宮間を結ぶ高速バスが運行を開始したが、両地域の中間地点であり、競合する直通の交通手段が無いにもかかわらず太田・足利には停車しない。

※現在、高崎宇都宮間の高速バスは営業停止中である。

路線バス

新幹線のダイヤに対応しており、最終の新幹線(下り)にも対応している。
  • 太田駅南口 - イオンモール太田(矢島タクシー)
  • 太田駅北口 - 新田暁高校(市営・矢島タクシーに運行委託)
  • 太田駅北口 - 尾島歴史公園(市営・矢島タクシーに運行委託)
  • 太田駅北口 - 市内循環線(市営・矢島タクシーに運行委託)※2014年4月運行開始。
  • 太田記念病院 - 本島総合病院-太田駅北口・イオンモールおおた経由 - 邑楽町役場(邑楽町公共バス・矢島タクシーに運行委託)
  • 太田記念病院 - 本島総合病院-太田駅南口・大泉町役場経由 - 千代田町役場(大泉町公共バス・矢島タクシーに運行委託)

おうかがい市バスデマンドバス・矢島タクシーに運行委託)

市内全域で75歳以上の身体障がい者および重度の知的・精神障がい者を対象に運行する事前予約制の無料福祉バス。前日までに利用時間や目的地を告げて予約すると、自宅から市内の商店・病院、最寄り駅などまで送迎してくれる。一見、コストがかかりそうなシステムだが、朝夕はスクールバスを運転する運転手が昼間おうかがい市バスを運転するなど別の事業との組み合わせで無駄を廃している。
ただし2012年4月に片道100円に[注釈 5]有料化されたが、所定の条件を満たす交通弱者に拡大してハードルを下げた。一方で、所定の停留所(自宅近くおよび目的地近く)を指定する形になった。また、運行および予約なども外部業者に委託するようになった為、若干利便性が低下している現状もある。

BUSターミナルおおた発着の長距離バス路線

  • 成田空港ゆき「メープル号
  • 羽田空港ゆき「エアポートリムジン」
  • 名古屋・金沢・京都・大阪ゆき「シルクライナー」
  • 仙台ゆき「仙台ライナー」

経済

産業

主な事業所

「スバル」のブランド名で知られるSUBARU[注釈 1]企業城下町として有名。SUBARUの社員および家族が多く、市内の企業もスバル車を使用しているところが多い。市内にはSUBARUおよびその系列企業の工場が多数点在している。

NECパーソナルコンピュータの前身のNEC群馬はNECデスクトップパソコン周辺機器を開発生産していた。主力はPC-9800シリーズであった。ミシュラン太田サイトは、欧州、米国、日本と世界に3か所ある研究開発センターのひとつである。

更に2008年3月8日には北関東自動車道太田桐生IC太田藪塚ICが開通し、両インター周辺にも工場等が進出する予定である。

工業団地

  • 東部工業団地(東新町地内)(UDトラックス三和シヤッター工業など)
  • 西部工業団地(西新町地内)
  • 尾島工業団地 (世良田町地内)(ボッシュサンノーバ
  • 尾島第二工業団地(世良田町地内)(味の素ゼネラルフーヅ、キッコーマン)
  • 新田中部工業団地(新田木崎町、新田反町町地内)(コクヨ、王子製鉄)
  • 新田西部工業団地(新田早川町地内)(日野自動車、澤藤電機)
  • 藪塚工業団地(大原町地内)

商業

スーパーマーケット「フジマート」・「マルシェ」・居酒屋チェーンの「いっちょう」などを展開するフジタコーポレーション本社が市内にある。

ショッピングモール

  • イオンモール太田(旧・イオン太田ショッピングセンター)(石原町、2003年(平成15年)12月5日開店[3]
  • パワーモールおおた(飯塚町)
  • ニコモール新田(新田市野井町)
  • 太田東ショッピングモール(植木野町)
  • 下田島ショッピングモール(下田島町、2004年(平成16年)12月21日開店[4]
  • 小舞木ショッピングセンター(小舞木町)

スーパーマーケット

  • イオン太田店(イオンモール太田内、石原町)
  • Aコープブレイス(新田市野井町)、新田店(新田早川町)
  • ベイシア 尾島店(安養寺町)、おおたモール店(パワーモールおおた内、飯塚町)
  • トライアル 太田由良店(由良町)
  • とりせん 太田新井店(新井町)、東矢島店(東矢島町)、下田島店(下田島町)[5]、鳥山店(鳥山下町)、城西の杜店(城西町)[6]、大原店(大原町)[7]
  • フレッセイ 宝泉店(宝町)、鳥山店(鳥山上町)
  • アバンセ藪塚店(大原町)
  • コープぐんま 新井店(新井町)、藪塚店(大原町)
  • ヤマグチ太田韮川店(台之郷町)
  • ヤオコー太田小舞木店(小舞木町、2007年(平成19年)4月6日開店[8]
  • ベルク 竜舞店(竜舞町)、太田植木野店(植木野町)[9]

ホームセンター

ディスカウントストア

家電量販店

映画館

  • イオンシネマ太田(イオンモール太田内、石原町)

金融機関

観光

明治以降も金山大光院は各地からの行楽客で賑った。東京から郊外電車が走る目的地の1つだった。古墳時代の東国文化、『太平記』や建武の新政への影響、徳川の発祥、高山彦九郎幕末志士への影響などの史実がある。

SUBARU[注釈 1]企業城下町であることから、同社にちなんだ「スバル最中」(伊勢屋[10]、「スバルサブレ」(新虎)[11]といった土産菓子がある。

近年では、太田市内に焼きそば店が多く営業することから、市の観光協会では「焼きそばの街」としての売り込みを始め、太田焼きそばとして知られている。

市内には数々の史跡があり、「歩け歩け大会」が開催されている。

太田市北部運動公園は春季には芝桜が、秋季から冬季にかけてイルミネーションが見られ、北関東自動車道からも一望できる。

史跡・名所

太田吉沢ゆりの里

市内全体に史跡が点在しているが、特に尾島地域は「徳川氏発祥の地」と呼ばれ世良田東照宮などの史跡があり、「尾島歴史公園」がある。縁切寺満徳寺も世界で2つしかない縁切寺として海外のマスコミに取り上げられている。

レジャー・歓楽街

温泉

  • やぶ塚温泉(藪塚町、藪塚本町地域)
  • 温泉施設
    • 太田金山温泉・安眠の湯(下小林町、太田地域(イオンモール太田に隣接))
    • ユーランド新田(新田金井町、新田地域)
    • 尾島・利根の湯(備前島町、尾島地域)
    • 天然温泉 湯楽部(植木野町、太田地域(旧コロナの湯、太田スマイルタウン内))

特産物

イベント

  • おおた芝桜まつり(4月上旬-5月上旬) 東日本最大級の100万本の芝桜が植えられ観光地として定着しつつある。
  • 八瀬川桜まつり(4月上旬)
  • 太田まつり(7月第3土曜・日曜)
  • 新田まつり(8月第2土曜・日曜)
  • 藪塚まつり(8月第1土曜)
  • 尾島ねぷたまつり(8月14日・15日)
  • 航空ページェント(尾島町地域)(11月3日)
  • 出雲神社えびす講(伊佐須美神社境内)(11月19日・11月20日)

スポーツ

毎年1月1日に行われる全日本実業団対抗駅伝大会(ニューイヤー駅伝)は伊勢崎市から国道354号を経由して太田市役所本庁舎前が第4中継所(4区→5区)となっており、県道太田桐生線を経由して桐生市に抜けるコースをとる。SUBARU陸上競技部は、この大会への出場と地域社会の活性化への貢献を目的として1998年6月に太田市を拠点に結成されたものである。SUBARU[注釈 1]は、他に硬式野球部社会人野球日本野球連盟所属)も太田市(太田市運動公園野球場)に本拠地を置く。

また、パナソニック ワイルドナイツジャパンラグビートップリーグ)は邑楽郡大泉町に工場を置く三洋電機のラグビー部(旧称・三洋電機ワイルドナイツ)だが、練習グラウンドを太田市内に置いている。

教育

教育委員会本部は尾島庁舎内にある。

大学・短期大学

専修学校・その他

高等学校

中学校

小学校

特別支援学校

研修施設

出身有名人

歴史上の人物

政治家

芸能人

スポーツ選手

アナウンサー

その他


ゆかりのある人物

公共施設

警察

消防

ラジオ局

市が登場する作品

脚注

注釈

  1. ^ a b c d e f g h i 旧社名は富士重工業
  2. ^ 翌年の旧太田市(1963年 - 2005年)の市域組替人口は96810人だった
  3. ^ ただし2012年4月に足利赤十字病院行きが新設され、毛里田線の一部復活ともいえる。
  4. ^ デマンドバス自体は各地で多くみられるが、すべて有料である
  5. ^ 当初は片道300円で利用可能区域をゾーン区分とする計画があった。

出典

  1. ^ 『太田市歴史年表』
  2. ^ “週刊首都圏 - 飛び地、線上のドラマ-”. 朝日新聞 (朝日新聞社). (2010年5月28日) 
  3. ^ “イオン太田ショッピングセンター12月5日(金)グランドオープン 群馬県太田市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2003年12月1日)
  4. ^ “太田下田島ショッピングモール 昨年12月21日オープン 群馬県太田市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2005年1月20日)
  5. ^ “とりせん下田島店 来春1月12日オープンへ 群馬県太田市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2004年6月28日)
  6. ^ “とりせん城西の杜ショッピングモール 10月8日オープンめざす 群馬県太田市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2007年3月15日)
  7. ^ “とりせん大原店 群馬県太田市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2009年2月23日)
  8. ^ “ヤオコー太田小舞木店 4月6日オープン 群馬県太田市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2007年5月14日)
  9. ^ “ベルク、マツモトキヨシ、西松屋チェーン 太田植木野モール 来年8月6日開店めざす 群馬県太田市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2005年12月26日)
  10. ^ お菓子類 (1)”. 太田市物産振興協会. 2017年4月12日閲覧。
  11. ^ お菓子類 (2)”. 太田市物産振興協会. 2017年4月12日閲覧。
  12. ^ 山下清海(2014)"斎藤 功先生のご逝去を悼む"地理学評論日本地理学会).87(4):351-352.(351ページより)
  13. ^ 県議会議員プロフィール 笹川博義自民党群馬県支部連合会。2015年12月25日閲覧。

関連項目

外部リンク