コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

若松島

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
若松島
龍観山から望む若松大橋
右側と手前は若松島、左側と奥は中通島
所在地 日本の旗 日本長崎県南松浦郡新上五島町
所属諸島 五島列島
座標 北緯32度52分 東経129度01分 / 北緯32.867度 東経129.017度 / 32.867; 129.017座標: 北緯32度52分 東経129度01分 / 北緯32.867度 東経129.017度 / 32.867; 129.017
面積 30.99 km²
海岸線長 123.7 km
最高標高 339.2 m
最高峰 鳥越山
最大都市 若松
五島列島における若松島の位置
プロジェクト 地形
テンプレートを表示

若松島(わかまつじま)は、五島列島を構成する島の一つである。五島列島では4番目に大きな島で、奈留島中通島の間に位置する。全島が長崎県南松浦郡新上五島町に属し、人口は 2010年国勢調査確定値時点で1,661人[1][2][3]

自然

[編集]

全体は「U」字型に例えられるが、五島列島の他島と同じく海岸線は複雑なリアス式海岸である。最高峰は北東部の鳥越山で標高339.2mだが、平地に乏しく丘陵地が海岸まで迫り、高さ100m近い海食崖もある。南は五島灘、北は対馬海峡に面しており、奈留島との間は「滝ヶ原瀬戸」、中通島との間は「若松瀬戸」である。なお若松瀬戸には桐ノ小島、上中島、下中島などの小さな島が点在する[1][2]

豊かな自然が見られることから、島の北部と東部の広い範囲が西海国立公園区域内である[3]。植生は照葉樹林シイツバキなどが多いが、海岸性のハマゴウハマボウ、南方系のサキシマフヨウハマジンチョウルリハコベ等も見られる。地質は北部に砂岩泥岩を主とする第三紀層の堆積岩「五島層群」が見られるが、南部は流紋岩・石英斑岩など火成岩が見られる[1]

交通

[編集]

北西の漁生浦島有福島日島とは1979年(昭和54年)に橋と堤防道路が開通、さらに若松瀬戸に1991年(平成3年)に若松大橋が開通したことで、中通島の奈良尾港や有川港から上中島を経由して若松島まで陸路で行けるようになった[1][2]が、中通島と若松島を公共交通機関で移動することはできない[4]

船便は五島旅客船福江島奈留島から定期船を運航し、若松港や島の南部の土井ノ浦港に発着している[1][2]。2014年7月6日までは野母商船・博多-福江航路の下り便が若松港に寄港していたが、翌7日から船舶「太古」が代替されて若松港に寄港しなくなった。

歴史・民俗・産業

[編集]

古くは「西島」「貝俣島」「狩俣島」と呼ばれていた。福江藩時代の安永元年(1772年-1773年)に大村藩外海地区(現・長崎市)よりキリシタン16戸70名が移住し、現在も北部の大平教会、南部の土井ノ浦教会がある他、明治期の迫害の際に信徒が隠れ住んだ「キリシタン洞窟」が残る[1][2]

中世-近代は、島の西部は日島村、島の東部は中通島西部と併せて若松村であった。1956年(昭和31年)に2村が合併して若松町が成立[1]、さらに2004年(平成16年)に5町の合併で新上五島町の一部となった。

起伏が激しく平地が少ない地形のため、基幹産業は漁業である。リアス式海岸で波静かな港があり、沿岸漁業も養殖業も行われている[1][2]

名所・観光スポット

[編集]
  • 龍観山展望台 - 若松港の北にある標高138mの山。若松瀬戸が一望できる[2]
  • 若松神社
  • カトリック土井ノ浦教会
  • キリシタン洞窟

脚注

[編集]
  1. ^ a b c d e f g h 角川日本地名大辞典 42 長崎県』1987年 ISBN 9784040014203
  2. ^ a b c d e f g 財団法人 日本離島センター,1998.「日本の島ガイド SHIMADAS」872-888p.ISBN 4931230229
  3. ^ a b ながさきのしま|長崎のしま紹介【五島】|五島のプロフィール 長崎県 企画振興部 地域振興課
  4. ^ 旧若松町当時から若松港⇔島内各所へはスクールバスによる旅客運送が行われ、2014年4月から奈良尾港⇔若松港間も含めて西肥自動車が路線バスを運行してきたが、2022年度より予約制乗合タクシー「Smart GOTO」の導入に伴って路線バスは全路線運行休止となった。

関連項目

[編集]