コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

1983年の西武ライオンズ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
1983年の西武ライオンズ
成績
日本一
日本S 4勝3敗(対巨人[1]
パシフィック・リーグ優勝
86勝40敗4分 勝率.683[2]
本拠地
都市 埼玉県所沢市
球場 西武ライオンズ球場
球団組織
オーナー 堤義明
経営母体 国土計画(コクド
監督 広岡達朗
スローガン
闘球
« 1982
1984 »

テンプレートを表示

1983年の西武ライオンズ(1983ねんのせいぶライオンズ)では、1983年の西武ライオンズにおける動向をまとめる。

この年の西武ライオンズは、広岡達朗監督の2年目のシーズンであり、2年連続7度目のリーグ優勝と2年連続5度目の日本シリーズ制覇[3]を果たしたシーズンである。

概要

[編集]

西鉄ライオンズ時代の1963年以来19年ぶりのリーグ優勝、そして1958年以来24年ぶりの日本一を成し遂げたチームはこの年も石毛宏典田淵幸一スティーブテリーなど打線の活躍で開幕ダッシュに成功。5月初めまではロッテが追いかけるが、そのロッテが5月後半から大型連敗で一気に脱落。西武と同じく優勝候補の阪急日本ハムが後を追いかけるものの、チームはその両球団に6月以降10ゲーム以上をつけて独走状態に突入。この年4番の田淵は開幕から絶好調だったが、夏場に死球で離脱。それでも田淵の穴を大田卓司片平晋作などのベテランが補い、また若手でも伊東勤金森栄治が台頭するなどベテランと若手が融合したチームはほとんど首位を譲らず、10月10日には阪急に勝って地元で優勝決定(前年の優勝は日本ハム戦で後楽園球場で決めた)。投手陣は田淵とプロ入り同期の東尾修をはじめ、高橋直樹杉本正松沼博久松沼雅之など先発が盤石で、リリーフでは小林誠二森繁和工藤公康などを配置し、投打ともに層が厚かった。同年の日本シリーズ巨人と第7戦までもつれ込んだが、4勝3敗で勝ち広岡監督、そして西武ライオンズの悲願である「打倒巨人」がようやく実現した。

チーム成績

[編集]

レギュラーシーズン

[編集]
開幕オーダー[4]
1 石毛宏典
2 山崎裕之
3 スティーブ
4 田淵幸一
5 大田卓司
6 片平晋作
7 テリー
8 大石友好
9 西岡良洋
高橋直樹
1983年パシフィック・リーグ順位変動
順位 4月終了時 5月終了時 6月終了時 7月終了時 8月終了時 9月終了時 最終成績
1位 西武 -- 西武 -- 西武 -- 西武 -- 西武 -- 西武 -- 西武 --
2位 ロッテ 0.5 阪急 8.0 日本ハム 12.0 日本ハム 14.0 日本ハム 11.5 阪急 16.0 阪急 17.0
3位 阪急 2.5 日本ハム 8.5 阪急 12.0 阪急 14.5 阪急 15.0 日本ハム 18.0 日本ハム 20.5
4位 日本ハム 3.5 南海 9.0 南海 15.0 南海 16.0 近鉄 21.0 近鉄 26.0 近鉄 29.5
5位 南海 4.0 近鉄 11.0 近鉄 15.0 近鉄 16.5 南海 25.0 南海 28.5 南海 31.5
6位 近鉄 4.5 ロッテ 11.5 ロッテ 21.0 ロッテ 26.0 ロッテ 32.5 ロッテ 37.5 ロッテ 39.5
1983年パシフィック・リーグ最終成績
順位 球団 勝率
1位 西武ライオンズ 86 40 4 .683 優勝
2位 阪急ブレーブス 67 55 8 .549 17.0
3位 日本ハムファイターズ 64 59 7 .520 20.5
4位 近鉄バファローズ 52 65 13 .444 29.5
5位 南海ホークス 52 69 9 .430 31.5
6位 ロッテオリオンズ 43 76 11 .361 39.5

[2]

日本シリーズ

[編集]
1983年 日本シリーズ
日付 試合 ビジター球団(先攻) スコア ホーム球団(後攻) 開催球場
10月29日(土) 第1戦 読売ジャイアンツ 3 - 6 西武ライオンズ 西武ライオンズ球場
10月30日(日) 第2戦 読売ジャイアンツ 4 - 0 西武ライオンズ
10月31日(月) 移動日
11月1日(火) 第3戦 西武ライオンズ 4 - 5x 読売ジャイアンツ 後楽園球場
11月2日(水) 第4戦 西武ライオンズ 7 - 4 読売ジャイアンツ
11月3日(木) 第5戦 西武ライオンズ 2 - 5x 読売ジャイアンツ
11月4日(金) 移動日
11月5日(土) 第6戦 読売ジャイアンツ 3 - 4x 西武ライオンズ 西武ライオンズ球場
11月6日(日) 第7戦 雨天中止
11月7日(月) 読売ジャイアンツ 2 - 3 西武ライオンズ
優勝:西武ライオンズ(2年連続5回目)

[1]

オールスターゲーム1983

[編集]
  • 選出選手及びスタッフ
ポジション 名前 選出回数
監督 広岡達朗
投手 森繁和 2
松沼博久 3
松沼雅之 3
高橋直樹 6
一塁手 田淵幸一 11
遊撃手 石毛宏典 3
内野手 山崎裕之 11
スティーブ
外野手 テリー
大田卓司 3
  • 太字はファン投票による選出、取消線は出場辞退。

できごと

[編集]

選手・スタッフ

[編集]

[5]

表彰選手

[編集]
リーグ・リーダー
選手名 タイトル 成績 回数
東尾修 最優秀選手 初受賞
最優秀防御率 2.92 初受賞
最多勝利 18勝 8年ぶり2度目
スティーブ 最多安打 153本 初受賞
最高出塁率 .419 初受賞
高橋直樹 最高勝率 .813 初受賞
森繁和 最優秀救援投手 39SP 初受賞
ベストナイン
選手名 ポジション 回数
東尾修 投手 初受賞
スティーブ 三塁手 2年連続2度目
石毛宏典 遊撃手 3年連続3度目
テリー 外野手 2年ぶり2度目
ダイヤモンドグラブ賞
選手名 ポジション 回数
東尾修 投手 初受賞
片平晋作 一塁手 初受賞
石毛宏典 遊撃手 3年連続3度目

ドラフト

[編集]
順位 選手名 ポジション 所属 結果
1位 渡辺久信 投手 前橋工業高 入団
2位 辻発彦 内野手 日本通運 入団
3位 青山道雄 外野手 プリンスホテル 入団
4位 川村一明 投手 プリンスホテル 入団
5位 仲田秀司 捕手 興南高 入団

出典

[編集]
  1. ^ a b 1983年度日本シリーズ”. 日本野球機構. 2015年10月16日閲覧。
  2. ^ a b 年度別成績 1983年 パシフィック・リーグ”. 日本野球機構. 2015年10月16日閲覧。
  3. ^ 川上哲治さんにまつわる美談。プロというのはプライドの塊である/廣岡達朗コラム”. 週刊ベースボールONLINE (2021年10月15日). 2021年10月19日閲覧。
  4. ^ 『読売新聞』1983年4月10日付朝刊、14版、16面
  5. ^ 西武ライオンズ公式HP 背番号の歴史”. 埼玉西武ライオンズ. 2015年10月16日閲覧。