中部方面隊
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中部方面隊 JGSDF Middle Army | |
---|---|
部隊章 | |
創設 | 1960年(昭和35年)1月14日 |
所属政体 | 日本 |
所属組織 | 陸上自衛隊 |
部隊編制単位 | 方面隊 |
所在地 | 兵庫県伊丹市 |
編成地 | 伊丹 |
愛称 | 中方、MA |
上級単位 | 防衛大臣直轄(有事 陸上総隊) |
担当地域 |
近畿地方、中国地方 四国地方、静岡県を除く東海地方、新潟県を除く北陸地方 |
中部方面隊(ちゅうぶほうめんたい、英語:JGSDF Middle Army)は、陸上自衛隊の方面隊の一つである。防衛大臣直轄(有事の際は陸上総隊直轄)にあり、東海(静岡県を除く)・北陸(新潟県を除く)・近畿・中四国地区2府19県(全国面積の約30%)の防衛警備や災害派遣等を担任。方面総監部は伊丹駐屯地に置かれている。
概要
[編集]中部方面隊は、2個師団及び2個旅団を基幹兵力としており、管内には31個の駐屯地、5個の分屯地、21個の自衛隊地方協力本部が配置されている。
沿革
[編集]中部方面隊
- 1960年(昭和35年)
- 1月14日:方面管区制施行により中部方面隊編成完結[1]。警備担当区域は富山県、石川県、福井県、岐阜県、愛知県、三重県、滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県、和歌山県、鳥取県、島根県、岡山県、広島県、徳島県、香川県、愛媛県、高知県[2][3]。
- 3月25日:中部方面総監部開庁式(伊丹駐屯地)[1]。
- 1961年(昭和36年)8月17日:第4施設団(大久保駐屯地)を新編。
- 1962年(昭和37年)1月18日:部隊改編。
- 総監部付中隊を総監部付隊に改編。
- 師団制への改編により、第3管区隊は第3師団に、第10混成団は第10師団にそれぞれ称号変更、改編。
- 第13師団を新編。山口県の警備担当を西部方面隊から移管[4]。
- 中部方面航空隊(八尾駐屯地)を新編。
- 1963年(昭和38年)3月31日:中部方面通信隊(伊丹駐屯地・大久保駐屯地)を新編。
- 1964年(昭和39年)3月24日:中部方面武器隊(桂駐屯地)を新編。
- 1968年(昭和43年)3月1日:中部方面通信隊が中部方面通信群に称号変更。
- 1969年(昭和44年)4月1日:第304保安中隊(伊丹駐屯地)が編成完結。
- 1970年(昭和45年)3月10日:第3師団・第13師団改編(甲師団化)。
- 1976年(昭和51年)
- 1978年(昭和53年)1月30日:方面総監部の組織改編。中部方面資料隊を廃止。
- 1981年(昭和56年)3月25日:四国・淡路島の警備を担当する第2混成団が編成完結。第13師団が乙師団化。
- 1994年(平成 6年)3月28日:第3師団が乙師団化。
- 1998年(平成10年)3月26日:関西地区補給処が関西補給処に称号変更。
- 1999年(平成11年)3月29日:第13師団を第13旅団に改編。
- 2002年(平成14年)3月27日:中部方面指揮所訓練支援隊(川西駐屯地)を編成完結。
- 2003年(平成15年)
- 2月7日:中部方面総監部の新庁舎が落成。
- 3月27日:中部方面調査隊を廃止。
- 2004年(平成16年)3月29日:部隊改編。
- 2005年(平成17年)
- 2月:第5次イラク復興支援群派遣。
- 5月:第6次イラク復興支援群派遣。
- 2006年(平成18年)
- 2007年(平成19年)3月28日:中部方面情報処理隊(伊丹駐屯地)を新編。
- 2008年(平成20年)3月26日:中期防衛力整備計画 (2005)に基づく部隊改編。
- 2010年(平成22年)3月26日:中部方面情報処理隊(伊丹駐屯地)を中部方面情報隊に改編、中部方面移動監視隊と同日付で新編された中部方面無人偵察機隊(今津駐屯地)を編合。
- 2014年(平成26年)3月26日:第10師団の改編(即応予備自衛官訓練を終了し第49普通科連隊を中部方面混成団に移管)。
- 2016年(平成28年)5月:伊勢志摩サミット支援。
- 2018年(平成30年)
- 3月27日:下記の新・改編を実施。
- 2019年(令和元年)6月:G20大阪サミット支援。
- 2022年(令和 4年)3月17日:方面総監部、部隊の改編。
- 2024年(令和 6年)
- 1月2日:前日1日に発生した令和6年能登半島地震に対処するため、中部方面総監を長とする統合任務部隊(JTF)を編成[8][9]。
- 2月2日:統合任務部隊を解組し、中部方面隊を中心とする態勢に移行[10]。
- 3月21日:中部方面特科隊を廃止し、中部方面特科連隊を新編。
編成
[編集]- 中部方面総監部(伊丹駐屯地)
- 中部方面総監部付隊「中方‐付」
- 中部方面システム通信群
- 中部方面後方支援隊
- 中部方面会計隊
- 中部方面衛生隊
- 中部方面音楽隊
- 中部方面指揮所訓練支援隊
- 中部方面情報隊
- 陸上自衛隊関西補給処
方面総監部
[編集]→詳細は「方面隊 § 方面総監部の内部組織」を参照
主要幹部
[編集]官職名 | 階級 | 氏名 | 補職発令日 | 前職 |
---|---|---|---|---|
中部方面総監 | 陸将 | 小林弘樹 | 2024年 | 3月28日陸上幕僚副長 |
幕僚長 兼 伊丹駐屯地司令 |
陸将補 | 相園和宏 | 2024年 | 8月 2日北部方面総監部幕僚副長 |
幕僚副長 | 陸将補 | 宮﨑章 | 2023年 | 8月29日第2師団副師団長 兼 旭川駐屯地司令 |
堀田秀成 | 2023年 | 8月29日陸上自衛隊富士学校機甲科部長 兼 諸職種協同センター副センター長 | ||
参事官 | 事務官 | 林浩一 | 年 月 日 | |
総務部長 | 1等陸佐 | 森貴義 | 2023年 | 8月 1日北部方面航空隊長 兼 丘珠駐屯地司令 |
人事部長 | 1等陸佐 | 押川誠 | 2023年 | 8月29日統合幕僚監部運用部運用第2課国際協力室長 |
情報部長 | 1等陸佐 | 小野一也 | 2024年 | 3月21日東北方面特科隊長 |
防衛部長 | 1等陸佐 | 大山修 | 2024年 | 3月28日陸上幕僚監部監理部総務課長 |
装備部長 | 1等陸佐 | 奈良一志 | 2022年12月23日 | 陸上幕僚監部指揮通信システム・情報部 指揮通信システム課長 |
医務官 | 1等陸佐 | 田中宏史 | 2023年 | 3月13日自衛隊福岡病院第1内科部長 兼 外来診療科部長 |
監察官 | 1等陸佐 | 淺田健 | 2023年 | 8月 1日自衛隊滋賀地方協力本部長 |
法務官 | 1等陸佐 | 伊藤亮基 | 2023年 | 3月13日第3師団司令部第3部長 |
歴代主要幹部
[編集]代 | 氏名 | 在職期間 | 出身校・期 | 前職 | 後職 |
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中部方面隊準備本部長 | |||||
- | 池野清躬 | 1959年 | 8月 1日 - 1960年 1月13日東京帝国大学 | 西部方面総監 | 中部方面総監 |
中部方面総監 | |||||
1 | 池野清躬 | 1960年 | 1月14日 - 1963年 3月15日東京帝国大学 | 中部方面隊準備本部長 | 東部方面総監 |
2 | 加納富夫 | 1963年 | 3月16日 - 1967年 3月19日東京帝国大学 | 東北方面総監 | 退職 |
3 | 久保田茂 | 1967年 | 3月20日 - 1969年 6月30日陸士44期・ 陸大51期 |
防衛大学校幹事 | 退職 |
4 | 渡邊博 | 1969年 | 7月 1日 - 1971年 6月30日陸士46期・ 陸大56期 |
第1師団長 | 退職 |
5 | 谷村弘 | 1971年 | 7月 1日 - 1973年 6月30日陸士49期・ 陸大59期 |
統合幕僚会議事務局長 兼 統合幕僚学校長 |
退職 |
6 | 平林克己 | 1973年 | 7月 1日 - 1975年 3月16日陸士51期・ 陸大58期 |
第7師団長 | 退職 |
7 | 中村定臣 | 1975年 | 3月17日 - 1977年 3月15日陸士53期・ 陸大60期 |
防衛大学校幹事 | 退職 |
8 | 登弘美 | 1977年 | 3月16日 - 1979年 3月15日陸士55期 | 防衛大学校幹事 | 退職 |
9 | 鈴木敏通 | 1979年 | 3月16日 - 1980年 2月11日陸士57期 | 陸上幕僚副長 | 陸上幕僚長 |
10 | 村井澄夫 | 1980年 | 2月12日 - 1981年 5月31日陸士58期 | 第5師団長 | 陸上幕僚長 |
11 | 瀧武正 | 1981年 | 6月 1日 - 1983年 3月15日陸士59期 | 第9師団長 | 退職 |
12 | 大澤渉 | 1983年 | 3月16日 - 1984年 6月30日陸士60期 | 第11師団長 | 退職 |
13 | 青砥聖 | 1984年 | 7月 1日 - 1986年 3月16日陸士61期 | 第6師団長 | 退職 |
14 | 竹田寛 | 1986年 | 3月17日 - 1988年 3月15日名古屋大学 昭和28年卒 |
第4師団長 | 退職 |
15 | 多田利雄 | 1988年 | 3月16日 - 1989年 6月29日大阪府立大学 昭和31年卒 |
第3師団長 | 退職 |
16 | 中尾時久 | 1989年 | 6月30日 - 1991年 3月15日防大1期 | 陸上幕僚副長 | 退職 |
17 | 西元徹也 | 1991年 | 3月16日 - 1992年 3月15日防大3期 | 陸上幕僚副長 | 陸上幕僚長 |
18 | 宇野章二 | 1992年 | 3月16日 - 1993年 6月30日防大4期 | 防衛大学校幹事 | 東部方面総監 |
19 | 松島悠佐 | 1993年 | 7月 1日 - 1995年 6月29日防大5期 | 第8師団長 | 退職 |
20 | 宮本敏明 | 1995年 | 6月30日 - 1997年 6月30日防大7期 | 陸上幕僚副長 | 退職 |
21 | 大北太一郎 | 1997年 | 7月 1日 - 1998年 6月30日防大8期 | 陸上自衛隊幹部学校長 兼 目黒駐屯地司令 |
退職 |
22 | 中谷正寛 | 1998年 | 7月 1日 - 2001年 1月10日防大10期 | 第4師団長 | 陸上幕僚長 |
23 | 岩猿進 | 2001年 | 1月11日 - 2003年 3月26日防大12期 | 第7師団長 | 退職 |
24 | 渡邊元旦 | 2003年 | 3月27日 - 2005年 7月27日防大14期 | 統合幕僚会議事務局長 | 退職 |
25 | 折木良一 | 2005年 | 7月28日 - 2007年 3月27日防大16期 | 陸上幕僚副長 | 陸上幕僚長 |
26 | 中村信悟 | 2007年 | 3月28日 - 2008年 3月23日防大17期 | 防衛大学校幹事 | 退職 |
27 | 火箱芳文 | 2008年 | 3月24日 - 2009年 3月23日防大18期 | 防衛大学校幹事 | 陸上幕僚長 |
28 | 角南俊彦 | 2009年 | 3月24日 - 2010年 7月25日防大19期 | 第6師団長 | 退職 |
29 | 荒川龍一郎 | 2010年 | 7月26日 - 2012年 7月25日防大21期 | 陸上幕僚副長 | 退職 |
30 | 河村仁[11] | 2012年 | 7月26日 - 2013年 8月21日防大22期 | 陸上自衛隊幹部学校長 兼 目黒駐屯地司令 |
退職 |
31 | 堀口英利 | 2013年 | 8月22日 - 2014年 8月 4日防大23期 | 陸上自衛隊補給統制本部長 兼 十条駐屯地司令 |
退職 |
32 | 山下裕貴 | 2014年 | 8月 5日 - 2015年 8月 3日大分工業大学 幹候62期[12] |
陸上幕僚副長 | 退職 |
33 | 鈴木純治 | 2015年 | 8月 4日 - 2017年 8月 7日防大26期 | 陸上幕僚副長 | 退職 |
34 | 岸川公彦 | 2017年 | 8月 8日 - 2019年 8月22日防大28期 | 防衛大学校幹事 | 退職 |
35 | 野澤真 | 2019年 | 8月23日 - 2021年12月21日防大30期 | 第2師団長 | 退職 |
36 | 堀井泰蔵 | 2021年12月22日 - 2024年 | 3月27日二松學舍大学[13] | 第8師団長 | 退職 |
37 | 小林弘樹 | 2024年 | 3月28日 -防大34期 | 陸上幕僚副長 |
代 | 氏名 | 在職期間 | 出身校・期 | 前職 | 後職 |
---|---|---|---|---|---|
1 | 伊代茂 | 1960年 | 1月14日 - 1962年 3月15日陸士42期・ 陸大54期 |
中部方面隊準備本部幕僚長 | 陸上自衛隊武器補給処長 兼 霞ヶ浦駐とん地司令 |
2 | 田熊利三郎 | 1962年 | 3月16日 - 1964年 7月15日陸士43期・ 陸大52期 |
中部方面総監部幕僚副長 | 陸上幕僚監部付 →1965年1月1日 退職(陸将昇任) |
3 | 三岡健次郎 | 1964年 | 7月16日 - 1966年 6月30日陸士46期・ 陸大55期 |
陸上自衛隊幹部学校教育部長 | 第9師団長 |
4 | 村田稔 | 1966年 | 7月 1日 - 1968年 3月15日陸士48期・ 陸大58期 |
陸上幕僚監部施設課長 | 第5師団長 |
5 | 正寶治平 | 1968年 | 3月16日 - 1970年 6月30日陸士49期・ 陸大59期 |
第5師団副師団長 兼 帯広駐とん地司令 |
陸上自衛隊通信学校長 |
6 | 平林克己 | 1970年 | 7月 1日 - 1971年 6月30日陸士51期・ 陸大58期 |
自衛隊東京地方連絡部長 | 第7師団長 |
7 | 廣谷次夫 | 1971年 | 7月 1日 - 1972年 6月30日陸士53期・ 陸大60期 |
陸上幕僚監部第1部長 | 第12師団長 |
8 | 吉松秀信 | 1972年 | 7月 1日 - 1974年 6月30日陸士54期 | 自衛隊大阪地方連絡部長 | 陸上自衛隊通信学校長 兼 久里浜駐とん地司令 |
9 | 安岡幸吉 | 1974年 | 7月 1日 - 1976年 6月30日陸士56期 | 中部方面総監部幕僚副長 | 陸上自衛隊高射学校長 兼 下志津駐とん地司令 |
10 | 藤吉俊男 | 1976年 | 7月 1日 - 1978年 3月15日陸士58期 | 自衛隊大阪地方連絡部長 →1978年1月10日 陸将昇任 |
第12師団長 |
11 | 中村薫正 | 1978年 | 3月16日 - 1980年 3月23日陸士58期 | 東北方面総監部幕僚副長 →1979年7月1日 陸将昇任 |
陸上自衛隊幹部候補生学校長 兼 前川原駐とん地司令 |
12 | 大澤渉 (陸将) |
1980年 | 3月24日 - 1981年 3月30日陸士60期 | 中部方面総監部幕僚副長 | 第11師団長 |
13 | 柴田幸彌 | 1981年 | 3月31日 - 1982年 6月30日陸航士60期 | 陸上幕僚総監部監理部長 →1981年7月1日 陸将昇任 |
陸上自衛隊関西地区補給処長 兼 宇治駐屯地司令 |
14 | 平塚宏 | 1982年 | 7月 1日 - 1983年 6月30日愛媛大学 昭和28年卒 |
陸上自衛隊富士学校普通科部長 →1983年3月16日 陸将昇任 |
第5師団長 |
15 | 中川芳一 | 1983年 | 7月 1日 - 1985年 3月15日鹿児島大学 昭和28年卒 |
陸上自衛隊幹部学校副校長 兼 企画室長 →1984年7月1日 陸将昇任 |
陸上自衛隊高射学校長 兼 下志津駐屯地司令 |
16 | 種具正二郎 | 1985年 | 3月16日 - 1986年 3月16日中央大学 昭和30年卒 |
自衛隊大阪地方連絡部長 →1985年7月1日 陸将昇任 |
第4師団長 |
17 | 深山明敏 | 1986年 | 3月17日 - 1988年 3月15日防大1期 | 陸上自衛隊富士学校機甲科部長 | 第3師団長 |
18 | 山崎友久 | 1988年 | 3月16日 - 1990年 3月15日防大3期 | 陸上幕僚監部調査部長 | 第6師団長 |
19 | 齊野光浩 | 1990年 | 3月16日 - 1991年 6月30日防大4期 | 陸上幕僚監部調査部長 | 第7師団長 |
20 | 室本弘道 | 1991年 | 7月 1日 - 1993年 3月23日防大6期 | 陸上幕僚監部調査部長 | 防衛研究所副所長 兼 第2研究所長 |
21 | 久留島昭彦 | 1993年 | 3月24日 - 1996年 3月24日防大8期 | 第4施設団長 兼 大久保駐屯地司令 |
陸上自衛隊武器補給処長 兼 霞ヶ浦駐屯地司令 |
22 | 池田修 | 1996年 | 3月25日 - 1997年 1月19日防大9期 | 陸上自衛隊富士学校普通科部長 | 第10師団長 |
23 | 安村勇徳 | 1997年 | 1月20日 - 1998年 6月30日防大10期 | 統合幕僚会議事務局第2幕僚室長 | 第5師団長 |
24 | 宮武良光 | 1998年 | 7月 1日 - 2000年 4月27日防大11期 | 陸上幕僚監部監察官 | 第8師団長 |
25 | 河野芳久 | 2000年 | 4月28日 - 2002年12月 1日防大14期 | 陸上自衛隊北海道補給処長 兼 島松駐屯地司令 |
第2師団長 |
26 | 矢澤昌志 | 2002年12月 | 2日 - 2003年12月 4日防大15期 | 陸上幕僚監部監察官 | 第1師団長 |
27 | 輪倉昇 | 2003年12月 | 5日 - 2005年 3月27日防大17期 | 陸上幕僚監部監察官 | 第2師団長 |
28 | 師岡英行 | 2005年 | 3月28日 - 2006年 8月 3日防大19期 | 陸上自衛隊北海道補給処長 兼 島松駐屯地司令 |
第2師団長 |
29 | 君塚栄治 | 2006年 | 8月 4日 - 2007年 7月 2日防大20期 | 陸上幕僚監部人事部長 | 第8師団長 |
30 | 中川義章[14] | 2007年 | 7月 3日 - 2009年12月 6日東京大学 昭和53年卒 |
統合幕僚監部報道官 | 第1師団長 |
31 | 日髙政広 | 2009年12月 | 7日 - 2011年 8月 4日防大23期 | 第1特科団長 兼 北千歳駐屯地司令 |
第6師団長 |
32 | 鈴木純治 | 2011年 | 8月 5日 - 2013年 8月21日防大26期 | 第10師団副師団長 兼 守山駐屯地司令 |
第3師団長 |
33 | 角南良児 | 2013年 | 8月22日 - 2015年 8月 3日防大27期 | 第6師団副師団長 兼 神町駐屯地司令 |
第3師団長 |
34 | 山内大輔 | 2015年 | 8月 4日 - 2017年 3月26日防大29期 | 警務隊長 | 陸上自衛隊関東補給処長 兼 霞ヶ浦駐屯地司令 |
35 | 蛭川利幸 | 2017年 | 3月27日 - 2019年 3月31日防大31期 | 自衛隊大阪地方協力本部長 | 第6師団長 |
36 | 木口雄司 | 2019年 | 4月 1日 - 2020年 8月24日防大32期 | 陸上自衛隊高射学校長 兼 下志津駐屯地司令 |
防衛研究所副所長 |
37 | 中野義久 | 2020年 | 8月25日 - 2021年 3月25日防大31期 | 防衛研究所副所長 | 第10師団長 |
38 | 酒井秀典 | 2021年 | 3月26日 - 2022年12月22日防大33期 | 第11旅団長 | 第10師団長 |
39 | 今村武 | 2022年12月23日 - 2022年 | 8月 1日防大34期 | 陸上自衛隊中央業務支援隊長 兼 市ヶ谷駐屯地司令 |
第13旅団長 |
40 | 相園和宏 | 2022年 | 8月 2日 -防大37期 | 北部方面総監部幕僚副長 |
脚注
[編集]- ^ a b c 朝雲新聞社編集局 監修・陸上幕僚監部『陸上自衛隊20年年表』朝雲新聞社、1971年。
- ^ “自衛隊法施行令の一部を改正する政令(昭和34年政令第372号)”. 国立公文書館デジタルアーカイブ. 2022年4月15日閲覧。
- ^ 自衛隊法施行令の一部を改正する政令(昭和34年政令第372号)『官報』本紙第9900号(昭和34年12月21日)
- ^ 自衛隊法施行令の一部を改正する政令(昭和36年政令第260号)『官報』本紙第10370号(昭和36年7月15日)
- ^ 政府により特定非常災害・激甚災害に指定され、陸上総隊及び各方面隊・海自・空自からも支援を受けたが、災統合任務部隊としての扱いは受けなかった
- ^ 陸上総隊司令部、方面総監部、師団司令部及び旅団司令部組織規則の一部を改正する省令(令和4年防衛省令第2号。令和4年3月17日施行)官報号外第54号、2022年3月16日
- ^ 防衛省発令(2022年3月17日付:1佐職人事)
- ^ “防衛大臣臨時記者会見”. 防衛省. (2024年1月2日) 2024年1月2日閲覧。
- ^ 防衛省・自衛隊(災害対策) [@ModJapan_saigai] (2024年1月2日). "防衛省・自衛隊は、令和6年能登半島地震において、陸自第10師団長(守山)は石川県知事から 災害派遣 要請を受理し、陸自中部方面総監を長とする統合任務部隊(JTF)を編成し陸海空自衛隊約10,000名態勢で捜索救助活動等に全力で対応をしております。". X(旧Twitter)より2024年1月2日閲覧。
- ^ “自衛隊、能登半島地震の統合任務部隊解消 陸自中心に生活支援実施”. 産経新聞. (2024年2月2日) 2024年2月2日閲覧。
- ^ 航空工学修士(米スタンフォード大学)
- ^ 防大25期相当
- ^ 防大32期相当
- ^ マサチューセッツ工科大学大学院
出典
[編集]“防衛省人事発令”. 2015年12月18日閲覧。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 陸上自衛隊 中部方面隊
- 中部方面隊 (@JGSDF_MA_pr) - X(旧Twitter)
- 中部方面隊 - YouTubeチャンネル
- 中部方面隊 (中部方面隊-1112501508794761) - Facebook