西倉橋
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西倉橋 | |
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基本情報 | |
国 | 日本 |
所在地 | 新潟県長岡市 |
交差物件 | 信濃川 |
用途 | 道路橋 |
路線名 | 新潟県道83号川口塩殿線 |
管理者 | 新潟県長岡地域振興局小千谷維持管理事務所 |
施工者 | 東京鐵骨橋梁製作所 |
着工 | 1970年(昭和45年)4月 |
竣工 | 1975年(昭和50年)3月 |
開通 | 1975年(昭和50年)6月5日 |
座標 | 北緯37度16分2.1秒 東経138度51分4.1秒 / 北緯37.267250度 東経138.851139度 |
構造諸元 | |
形式 | 連続鈑桁橋 |
材料 | 鋼 |
全長 | 310.0 m |
幅 | 7.5 m |
最大支間長 | 61.6 m |
関連項目 | |
橋の一覧 - 各国の橋 - 橋の形式 |
西倉橋(さいくらばし)とは、新潟県長岡市西川口の信濃川に架かる新潟県道83号川口塩殿線の道路橋梁。
概要
[編集]長岡市川口地域の西川口の信濃川に架かる橋長310.0 m (メートル) の橋である。
- 形式 - 3径間および2径間鋼連続非合成RC床版鈑桁橋[1]
- 橋長 - 310.0 m[1][2]
- 主径間支間割 - 3×61.6 m[1]
- 幅員 - 7.5 m[1][2]
- 施工 - 東京鐵骨橋梁製作所[1]
- 着工 - 1970年(昭和45年)4月[2]
- 竣工 - 1975年(昭和50年)3月[3][4]
- 開通 - 1975年(昭和50年)6月5日[2]
歴史
[編集]西川口地区の西倉集落では信濃川のため、交通が極めて不便であった。架橋以前は江戸時代からの渡船に頼っていた。1967年(昭和42年)2月28日に新潟県道川口塩殿線に指定されると、渡船も県営に移管された。
不便解消のため、1969年(昭和44年)11月15日に西倉橋架橋促進期成会が設立され、国から600万円の予算が割り当てられ、1970年(昭和45年)4月に着工し、左岸側(西倉側)の取り付け部の用地買収が行われた。1971年度(昭和46年度)は取り付け道路(延長370 m)と左岸橋台が完成した。1972年度(昭和47年度)は下部工が完了し、上部の3径間の桁を発注した。1973年度(昭和48年度)は3径間の桁の架橋と、残り2径間の桁の発注、右岸側(西川口側)の取り付け道路(延長60 m)を施工した[5][6]。
3億5500万円の工費を費やして、1975年(昭和50年)6月5日に供用された[2]。
脚注
[編集]出典
[編集]- ^ a b c d e “橋梁年鑑 昭和54年版” (PDF). pp. 94, 95. 2020年9月21日閲覧。
- ^ a b c d e f g h “広報かわぐち No.23 昭和50年6月号” (PDF). 長岡市政ライブラリー. 川口町. pp. 1, 2 (1975年6月20日). 2020年9月21日閲覧。
- ^ “新潟県の道路建設のあゆみ”. 新潟県土木部道路建設課 (2019年3月29日). 2020年9月21日閲覧。
- ^ “西倉橋”. 日軽エンジニアリング. 2020年9月21日閲覧。
- ^ “広報かわぐち No.2 昭和47年6月号” (PDF). 長岡市政ライブラリー. 川口町. p. 1 (1972年6月30日). 2020年9月21日閲覧。
- ^ “広報かわぐち No.10 昭和50年6月号” (PDF). 長岡市政ライブラリー. 川口町. p. 1 (1973年8月13日). 2020年9月21日閲覧。
外部リンク
[編集]- 新潟県長岡地域振興局地域整備部
- 新潟県長岡地域振興局地域整備部小千谷維持管理事務所 - 橋梁管理者
- 空から見た信濃川・魚野川 - 北陸地方整備局 信濃川河川事務所