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栄橋 (十日町市)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
栄橋
地図
基本情報
日本の旗 日本
所在地 新潟県十日町市木落 - 下条
交差物件 信濃川
用途 道路橋
路線名 国道252号標識国道252号
管理者 新潟県十日町地域振興局地域整備部
施工者 オリエンタルコンクリート
着工 1959年(昭和34年)10月30日
竣工 1964年(昭和39年)11月
開通 1964年(昭和39年)11月12日
座標 北緯37度11分33.1秒 東経138度46分13.3秒 / 北緯37.192528度 東経138.770361度 / 37.192528; 138.770361 (栄橋)
構造諸元
形式 単純T桁橋11連
材料 プレストレスト・コンクリート
全長 402.6 m
6.0 m
最大支間長 36.6 m
関連項目
橋の一覧 - 各国の橋 - 橋の形式
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国道252号標識
国道252号標識

栄橋(さかえばし)は、新潟県十日町市大字木落字前島 - 大字下条字桑原の信濃川に架かる国道252号の橋長402.6 m (メートル) の桁橋

概要

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歴史

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1952年昭和27年)7月4日橘村上野村下条村仙田村真人村の5村によって信濃川架橋期成同盟会が結成され、架橋運動が開始され、昭和の大合併後も川西町十日町市小千谷市に継承された[5][9]

1959年(昭和34年)7月23日新潟県議会で信濃川架橋が決定され[9]、10月30日に起工された[8]

架橋位置は上流案(三領 - 中条己字北原)と下流案(木落 - 下条字廿日城)が提唱されたが位置が決まらず県に一任された。このため、1959年(昭和34年)10月10日に調査が行われ、上流案は川幅が広く乱流がみられるため工費が多くかかること、下流案は水衝部で洗堀の恐れがあることから廿日城下流地点に決定され、10月23日に詳細調査の結果架橋地点が桑原の渡しの上流約200 mの大字木落字前島 - 大字下条字桑原に決定された[8]

工事は右岸取り付け路から着手され、総工費約1億7000万円を費やして、1964年(昭和39年)11月12日に橋梁と右岸取り付け道路(延長600 m)・左岸取り付け道路(延長330 m)が開通した[5][3][4]

橋名は、一般公募を経て当時の新潟県知事である北村一男により弥栄に通じる栄橋と名付けられた[10][5]

脚注

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注釈

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  1. ^ 現・オリエンタル白石

出典

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  1. ^ 新潟県の道路建設のあゆみ” (PDF). 新潟県 土木部道路建設課 (2019年3月29日). 2020年9月21日閲覧。
  2. ^ 【十日町】地域整備部のあゆみ” (PDF). 新潟県十日町地域振興局地域整備部 (2020年4月10日). 2020年9月21日閲覧。
  3. ^ a b 市報とおかまち No.96 昭和39年10月15日” (PDF). 十日町市. p. 1 (1964年10月15日). 2020年9月21日閲覧。
  4. ^ a b 市報とおかまち No.97 昭和39年11月15日” (PDF). 十日町市. p. 4 (1964年11月15日). 2020年9月21日閲覧。
  5. ^ a b c d 広報かわにし No.73 昭和39年11月10日” (PDF). 川西町. p. 1 (1964年11月10日). 2020年9月21日閲覧。
  6. ^ 栄橋1964-11-23”. 土木学会附属土木図書館. 橋梁史年表. 土木学会. 2020年9月21日閲覧。
  7. ^ 建設省北陸地方建設局『信濃川百年史』社団法人北陸建設弘済会、1979年3月30日、1156頁。 
  8. ^ a b c 広報かわにし No.13 昭和34年11月10日” (PDF). 川西町. p. 1 (1959年11月10日). 2020年9月21日閲覧。
  9. ^ a b 広報かわにし No.11 昭和34年9月10日” (PDF). 川西町. p. 1 (1959年9月10日). 2020年9月21日閲覧。
  10. ^ 広報かわにし No.12 昭和34年10月10日” (PDF). 川西町. p. 1 (1959年10月10日). 2020年9月21日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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