24時間テレビ 「愛は地球を救う」
24時間テレビ 「愛は地球を救う」 24HOUR TELEVISION "LOVE SAVES THE EARTH" | |
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番組シンボルマーク | |
ジャンル | チャリティー番組/長時間特別番組 |
演出 | 古立善之(総合演出) |
出演者 | 各回の放送概要を参照 |
オープニング |
(エンディングテーマの インストゥルメンタルアレンジ版) |
エンディング | 谷村新司・加山雄三「サライ」 |
製作 | |
製作総指揮 |
岡部智洋、松本達夫、森實陽三、小林景一(制作) 山田克也(制作指揮) |
プロデューサー |
滝澤真一郎 江成真二(総合プロデューサー) 道坂忠久(チーフプロデューサー) |
制作 | 日本テレビ |
放送 | |
映像形式 | 通常:リアルタイム字幕放送(2011年より・ミニローカル枠は除く)[注 1] ドラマスペシャル放送時:文字多重放送 番組連動データ放送 |
音声形式 | 通常:ステレオ放送[注 2] ドラマスペシャル放送時:解説放送[注 3] |
放送国・地域 | 日本 |
放送期間 | 1978年8月26日 - 継続中 |
放送時間 | 毎年8月第3 - 5土曜日18:30 - 翌日曜日20:54 |
放送分 | 26時間24分 |
回数 | 42 |
公式サイト | |
特記事項: 放送回数は第42回(2019年)時点まで。 |
24時間テレビ チャリティー・リポート | |
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ジャンル | チャリティー番組/ミニ番組 |
出演者 | 日本テレビアナウンサー(ナレーター) |
オープニング | 谷村新司・加山雄三「サライ」[注 4] |
製作 | |
制作 | 日本テレビ |
放送 | |
放送国・地域 | 日本 |
放送期間 | 1978年9月9日 - 現在 |
放送時間 | 日曜 5:25 - 5:30→ 日曜 5:40 - 5:45→ 日曜 5:40 - 6:00内→ 日曜 5:10 - 5:30内→ 毎週日曜 5:40 - 6:00内 |
放送分 | 5分 |
回数 | 1646 |
公式サイト | |
特記事項: 放送回数は2012年10月7日時点。日本テレビでは2012年10月7日放送分より『日テレアップDate!』内で放送されている。 |
『24時間テレビ 「愛は地球を救う」』(にじゅうよじかんテレビ あいはちきゅうをすくう、英: 24HOUR TELEVISION "LOVE SAVES THE EARTH")は、1978年から毎年8月下旬[注 5]の土曜から日曜にかけて生放送されている日本のチャリティー番組である。通称『24時間テレビ』、『24HTV』。
日本テレビ系列(NNN・NNS)30社[注 6]に沖縄テレビ放送(フジテレビ系列)[注 7]を加えた31社が共同で主催している。
第17回(1994年)以降の正式番組タイトルは『24時間テレビ○○ 「愛は地球を救う」』(○○には放送回が入る)[注 8][注 9]。第14回(1991年)以前は『19xx スーパー・スペシャル』と言う冠タイトルも頭に付けられていたが、番組冒頭のオープニングなど、ごく一部でしか表記されていなかった[1]。このタイトルは、現在も青森放送が番組公式サイトで使用している[2]。
概要
1978年、「愛は地球を救う」をキャッチフレーズとして、日本各地でチャリティーキャンペーン活動を行う番組として誕生した。年末年始や緊急時などを除いて、通常の放送を休止し特別番組を終夜放送[注 10]することは当時としては画期的な企画であった。
視聴者からの寄付を、国内外の福祉・環境保護・災害復興の支援に役立てる事を目的とした番組であり「本当の主役は(テレビの前の)あなたです」を謳い文句にしている。このキャッチフレーズは2000年代初頭までエンディングで表記されていた[注 11]が、表記されなくなった後も徳光和夫が番組内で時々このフレーズを言及することがある。
番組のイメージカラーは黄色。番組のシンボルマークは久里洋二が制作。赤色・黄色・緑色のグラデーションで色付けされた太陽と軌道上を周回する地球をデザインしたものである[注 12]。
毎年8月下旬の土曜日夜から日曜日夜まで生放送されている(8月最終週の週末に放送されることが多い)。第1回(1978年)の放送時間は土曜日20:00 - 日曜日20:00であり、文字通り「24時間」であったが、その後は回により増減しながら24時間以上放送されるようになり、第25回(2002年)以降は原則として土曜日18:30 - 日曜日20:54と26時間半に亘って放送されている[注 13]。
番組内容は毎年設定されるメインテーマに基づき、健常者のみならず、障害者や被災者、難病患者などにも着目し、チャリティーマラソンやドラマスペシャル、ドキュメンタリー、チャレンジ企画などを中心に構成されている。番組内では出演者が応援ソングを歌う場面があり、使用される楽曲は毎年40曲前後にも上る。
第3回(1980年)以降、メイン会場として日本武道館が使用されている[注 14]ほか、日産グローバル本社ギャラリーや系列各局のイベント会場では、チャリティーオークションなどのチャリティーイベントが開催される。
徳光和夫は1978年の番組開始以来全ての回に出演している。第3回(1980年)から第33回(2010年)まで31年連続で総合司会を務めた[注 15]。
歴代最多のメインパーソナリティーは、6回務めた櫻井翔であり、嵐として第27回(2004年)、第31回(2008年)、第35回(2012年)、第36回(2013年)、第42回(2019年)に務め、第40回(2017年)には亀梨和也と小山慶一郎と共にメインパーソナリティーを務めた。
募金活動
全国31社の民間放送局によって、全国から寄せられた募金の管理および適切な配分・行使を行うことを目的として、「24時間テレビチャリティー委員会」を組織している。全国各地で行われるチャリティーキャンペーン活動は、加盟各社がそれぞれの放送エリアで独立して実施している。
募金は経費を一切差し引くこと無く[注 16]、全額が3つの支援活動に分配されて活用される。
- 「福祉」(高齢者や身体障害者への支援):福祉車両の贈呈、身体障害者補助犬普及支援、障害者情報保障支援など
- 「環境」(地球環境保護支援):日本をきれいにするプロジェクト、全国各地での環境美化活動など
- 「災害復興」(災害緊急支援):日本国内・海外で発生した災害に対する緊急支援など
委員会や主催局は、社会福祉法第73条及び同施行規則14条・15条[3]に基づき、厚生労働大臣の許可を得て募金活動・慈善活動・資金配分などを行っている。この様な法的な規制や公正な募金活動の実施のため、募金スタッフの責任者は法令に基づいた「寄附金募集従事証」を所持している。
募金はメイン会場の日本武道館、汐留・日本テレビ本社(超☆汐留パラダイス!会場内)、日産グローバル本社ギャラリー、系列各局のイベント会場、協賛企業・協力店[注 17]で受け付けているほか、金融機関[注 18]での振込による募金やイオンカード、クレジットカードを利用したインターネット募金も可能[注 16]。金融機関の24時間テレビ専用口座での振込募金は年間を通じて行う事が可能となっている。募金の方法は番組内及び公式サイトなどでも案内される。
東日本大震災や西日本豪雨などの大災害が発生した場合には、日本テレビ系列各局が「24時間テレビ緊急募金」を告知し、募金を呼びかけている。この際、預けられた募金は日本赤十字社を通じて全額が被災地への義援金として贈呈される。
現在は携帯電話のウェブコンテンツを利用した「24時間テレビケータイチャリティー」も実施しており、番組携帯サイトから待ち受け画像や着信ボイス、着信ムービーなどのチャリティーコンテンツを購入することで募金に参加することができる。第35回(2012年)以降はスマートフォンからも参加可能になった。
日本テレビの夏のイベント「超☆汐留パラダイス!」の収益の一部もチャリティー募金として寄付されている。
日本テレビ系列局が無い沖縄県からは、フジテレビ系列の沖縄テレビ放送が参加しているが、FNS協定に反するという理由で一時期募金を行っていなかった。現在は募金額の一部をFNSチャリティー[注 19]に納入するという条件付きで募金を行っている。
本番組の募金活動を悪用した詐欺行為が度々発生している。そのため、番組内や公式サイト、募金の告知スポットCMなどでは戸別訪問募金を一切行っていないことを強調し、詐欺行為に騙されない様に注意を呼び掛けている。
2013年12月1日、「24時間テレビチャリティー委員会」は内閣府の公益認定等委員会から公益社団法人の認定を受けた。これにより、新たに発足した「公益社団法人24時間テレビチャリティー委員会」に対する寄附金には寄附金控除(企業の場合は損金参入)などの税制上の優遇措置が適用されるようになった[4]。
福祉車両
初回の放送から「リフト付きバス」および「訪問入浴車」、「電動車椅子」を進呈。第24回の放送から「スロープ付き自動車」の進呈を開始。第16・34・35回には車両の特別進呈を実施。第36回から「福祉サポート車」の進呈を行っている[5]。
第39回までに10,430台の車両の進呈を行っている。第39回は222台の車両進呈を行い、この時点で前寄贈車両の内、3分の1に相当する3,267台が稼働している[5]。
第39回の放送時点で、「リフト付きバス」、「スロープ付き自動車」、「訪問入浴車」、「電動車椅子」、「福祉サポート車」を取り扱っている[6]。
車両の寄贈を受けたい団体は4月までに申し込み、11月中旬までに寄贈先を決定。12月から順次納車される[6]。
寄贈された車両について年に一回稼働状況の確認を行い、廃車時はチャリティー委員会に報告してから廃車される。第三者へ無断で売却や譲渡することは禁止。廃車後は別の福祉車両の、素材や部品に再利用される[5]。
車体の塗装は、白色ベースで屋根と車体の下半分を青色に塗り、白色部分の周りに細く赤いラインを引いた物が長らく使用されてきた。第26回以降は白色ベースで車体両サイドに羽ばたく青い鳥「ハッピーバード」を描いた、新デザインのものに改められている。車体の前後左右に番組のシンボルマークと番組名、使用者の団体名が記されている。
主催局
現在の主催局
現在の主催局は日本テレビ系列30社[注 6] と沖縄テレビ放送[注 7] の計31社で、各局が共同主催で実施している。フジテレビ系列やテレビ朝日系列とのクロスネット局では、一部時間帯は当番組をネットせず、他系列の番組や自社制作番組を放送する。
多くの時間帯は日本テレビからの内容が放送されるが、系列各局独自の内容も放送され、これを「ローカル差し替え」と呼んでいる。差し替えた時間帯に日本テレビで放送された企画が見られないことに対する意見・苦情に配慮して、その企画を当日または後日の夕方・深夜などに遅れ放送する局もある。
放送地域 | 放送局 | 系列 | 備考・脚注 |
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関東広域圏 | 日本テレビ | 日本テレビ系列 | 基幹制作局 |
北海道 | 札幌テレビ放送 | 北海道地区幹事局 | |
青森県 | 青森放送 | ||
岩手県 | テレビ岩手 | ||
宮城県 | 宮城テレビ放送 | 東北地区幹事局 | |
秋田県 | 秋田放送 | ||
山形県 | 山形放送 | ||
福島県 | 福島中央テレビ | ||
山梨県 | 山梨放送 | ||
新潟県 | テレビ新潟放送網 | 第4回(1981年)から参加 | |
長野県 | テレビ信州 | ||
静岡県 | 静岡第一テレビ | 第2回(1979年)から参加[注 20] | |
富山県 | 北日本放送 | ||
石川県 | テレビ金沢 | 第13回(1990年)から参加 | |
福井県 | 福井放送 | 日本テレビ系列 / テレビ朝日系列 | [備考 1] |
中京広域圏 | 中京テレビ放送 | 日本テレビ系列 | 中部地区幹事局 |
近畿広域圏 | 讀賣テレビ放送 | 関西地区幹事局 | |
鳥取県 島根県 |
日本海テレビジョン放送 | ||
広島県 | 広島テレビ放送 | 中国・四国地区幹事局 | |
山口県 | 山口放送 | ||
徳島県 | 四国放送 | ||
香川県 岡山県 |
西日本放送 | ||
愛媛県 | 南海放送 | ||
高知県 | 高知放送 | ||
福岡県[注 21] | 福岡放送 | 九州地区幹事局[注 22] | |
長崎県 | 長崎国際テレビ | 第14回(1991年)から参加 | |
熊本県 | 熊本県民テレビ | 第5回(1982年)から参加[注 22] | |
大分県 | テレビ大分 | 日本テレビ系列 / フジテレビ系列 | [備考 2] |
宮崎県 | テレビ宮崎 | フジテレビ系列 / 日本テレビ系列 / テレビ朝日系列 | [注 6][備考 3] |
鹿児島県 | 鹿児島讀賣テレビ | 日本テレビ系列 | 第17回(1994年)から参加 |
沖縄県 | 沖縄テレビ放送 | フジテレビ系列 | [注 7][備考 4] |
- 備考
- ^ クロスネット局ではあるが、フルネット局と同様にほぼ全ての時間帯を同時ネットで放送する。
- ^ クロスネット局のため、日曜日の夕方に一時中断する時間帯があるものの、大部分の時間帯を同時ネットで放送する。
- ^ クロスネット局のため、土曜日のプライムタイムの時間帯は同時ネットせず、日曜日の朝と夕方にも一時中断する。
- ^ 日本テレビ系列局ではないため、同時ネットするのは日曜日の未明・朝・昼の一部時間帯に限られている。オープニングやエンディングも同時ネットせず、多くの時間帯は放送しない。
過去の主催局
放送対象地域 | 放送局 | 現在の系列 | 参加期間 |
---|---|---|---|
新潟県 | 新潟総合テレビ | フジテレビ系列 | 第1回(1978年) - 第3回(1980年) |
静岡県 | 静岡けんみんテレビ[注 23] | テレビ朝日系列 | 第1回(1978年)[注 24] |
長崎県 | 長崎放送 | TBS系列 | 第1回(1978年) - 第6回(1983年)[注 25] |
テレビ長崎 | フジテレビ系列 | 第1回(1978年) - 第13回(1990年)[注 26] | |
熊本県 | テレビ熊本 | 第2回(1979年) - 第4回(1981年) | |
鹿児島県 | 鹿児島テレビ放送 | 第1回(1978年) - 第16回(1993年) |
ネット状況
放送時間 | 番組名[注 27] | ネット状況 | 備考 |
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18:30 - 21:20頃 | PART1 | 全国ネット | テレビ宮崎は19:00に飛び降り[7]。沖縄テレビは非ネット。 |
21:20頃 - 23:20頃 | ドラマスペシャル | テレビ宮崎・沖縄テレビは後日遅れネット。 | |
23:20頃 - 翌1:45 | PART2 | テレビ宮崎は『土曜プレミアム』終了後に飛び乗り[注 28]。沖縄テレビは非ネット。 PART2に内包される形で1:38 - 1:45に『NNNニュース』を放送。 | |
1:45 - 4:30 | PART3 | 沖縄テレビはこのパートの途中から飛び乗り。 | |
4:30 - 6:43 | PART4 | 沖縄テレビは6:00に飛び降り。 | |
6:43 - 6:55 | 『NNNニュースサンデー』 | テレビ宮崎・沖縄テレビは非ネット。 | |
6:55 - 8:30頃 | PART5 | テレビ宮崎は7:30に飛び乗り。 | |
8:30頃 - 9:30頃 | ローカル枠 | 一部の地方局は独自の企画を放送する。日本テレビの内容をそのままネットする局が多い。 | |
9:30頃 - 11:17 | 全国ネット | 沖縄テレビはここから飛び乗り。 | |
11:17 - 11:27 | 『NNNストレイトニュース』 | テレビ大分・テレビ宮崎・沖縄テレビは非ネット。 | |
11:27 - 12:27 | PART6 | ローカル枠 | ほぼ全ての地方局が独自の企画を放送する。日本テレビの内容をそのままネットする局もある。 |
12:27 - 16:54 | PART7 | 全国ネット | |
16:54 - 16:59 | 『NNNニュース』 | 『真相報道 バンキシャ!』の代替。 テレビ大分・テレビ宮崎・沖縄テレビは非ネット。 | |
16:59 - 17:23 | PART8 | ローカル枠 | 多くの地方局は独自の企画を放送する。日本テレビの内容をそのままネットする局もある。 |
17:23 - 19:00 | PART9 | 全国ネット | テレビ大分・テレビ宮崎・沖縄テレビは非ネット。 |
19:00 - 20:54 | PART10 | テレビ大分・テレビ宮崎はここから飛び乗り。沖縄テレビは翌日未明に遅れネット。 |
歴史
『11PM』のスタッフだった都築忠彦が、ラスベガスで毎年開催されていたチャリティーテレソン『レイバー・デイ・テレソン』を見て、日本でもやれると考え企画し、当時制作局長の井原高忠を口説き落として実現した[8]。『11PM』の「巨泉の考えるシリーズ・世界の福祉特集」から誕生したものでもある。
- 第1回(1978年) - 『日本テレビ開局25年記念番組・テレビ25年スーパースペシャル・24時間テレビ 愛は地球を救う』としてスタートした。
- 放送時間は土曜日20:00 - 日曜日20:00の24時間。
- 当時の民放番組のスポンサー体制は一社提供が主流であり、複数社が提供を行う形とした本番組の仕組みにスポンサーが難色を示していたことに加え、週末のゴールデンタイムの番組が固定されていた関係で、局内からも本番組の放送には反対の声が多かった。そのため1回限りの予定で放送されたが、募金額が予想以上に多かったこともあり、当時日本テレビ社長の小林與三次の意向で翌年以降も開催することが決定した[9]。
- 募金総額は同年11月2日の『木曜スペシャル』にて「みなさんありがとう!こんなに集まりました。きっと誰かが幸せになれます。24時間テレビ ありがとう番組」のタイトルで放送された報告番組にて発表された[10]。
- 第2回(1979年) - テレビ熊本が熊本県での放送を開始した。静岡県での放送が静岡けんみんテレビ(現:静岡朝日テレビ)から静岡第一テレビに移行した。西日本放送の放送エリア拡大に伴い、岡山県での放送を開始した。番組開始時刻を19:00、番組終了時刻を19:30にそれぞれ繰り上げた。
- 第3回(1980年) - メイン会場として初めて日本武道館が使用された。徳光和夫が初めて総合司会を務めた。
- 第4回(1981年) - テレビ信州が放送を開始した。新潟県での放送が新潟総合テレビからテレビ新潟放送網に移行した。
- 第5回(1982年) - 熊本県での放送がテレビ熊本から熊本県民テレビに移行した。
- 第6回(1983年) - 「日本テレビ開局30年記念番組」として放送された。
- 第7回(1984年) - 前年まで長崎放送とテレビ長崎での相互放送であった放送がテレビ長崎に一本化された。
- 第8回(1985年) - 番組開始時刻を17:30に繰り上げ、番組終了時刻を20:00に繰り下げた。これによって、土曜日も夕方のニュースが内包されるようになった。
- 第9回(1986年) - 番組終了時刻を18:30に繰り上げた。
- 第10回(1987年) - 「第10回記念番組」として放送された。番組開始時刻を19:00、番組終了時刻を20:00にそれぞれ繰り下げた。この年と第11回(1988年)は、番組と並行して昭和記念公園でチャリティーコンサートが行われた。
- 第11回(1988年) - 「日本テレビ開局35年記念番組」として放送された。番組開始時刻を17:00、番組終了時刻を19:00にそれぞれ繰り上げた。この年から現在も続く「チャリティー笑点」がスタートした。
- 第12回(1989年) - 番組開始時刻を12:00に繰り上げ(日本テレビと一部地域のみ)、放送時間が31時間となる。「グランドプロローグショー」は17:00から(この時間から開始する地域もあった)。この年の放送終了時の時点で、第1回(1978年)からの募金総額が100億円を突破した。
- 第13回(1990年) - テレビ金沢の開局により、石川県での放送を開始した。これにより、全都道府県でのネット体制が確立した。この年から提供クレジットを全面表示から画面下部表示に変更。
- 第14回(1991年) - 日本武道館の改修工事と、1991年世界陸上競技選手権大会の日テレ系独占放送などの事情から、放送が7月末に繰り上がり、東京都庁舎がメイン会場として使用され、この年は新宿アルタ前の新宿ステーションスクエアでも募金受付を実施した。しかし、番組内容のマンネリ化が進んだことで募金額や視聴率が低迷し、責任を取る形で都築忠彦が同年を最後に番組から降板した。また、番組開始以来多数の番組挿入曲を提供し、音楽監督として参加してきた大野雄二も同年限りで番組から降板している。なお、同年の平均視聴率は6.6%(ビデオリサーチ調べ、関東地区・世帯・リアルタイム)で、過去最低を記録している。またこの年、長崎県での放送がテレビ長崎から長崎国際テレビに移行した。番組開始時刻を14:00に繰り下げた。また、提供クレジットに現在も続いているアニメーションが付く。
- 第15回(1992年) - 番組の「テコ入れ」を図るため、以下のリニューアルを行い、番組のエンターテインメント化を図った。
- 前年までは各コーナー毎に放送時間をはっきりと区切っていた[注 29]番組全体を1つのプログラムとして作られるようになり、タイムテーブル上のパート編成を開始した。
- 「悲惨な現状を確認することも大事だが、今年は楽しみながら感動し、参加できるチャリティーを目指す」とし、従来のドラマやドキュメンタリーなどチャリティー色の強いものから、歌と音楽をテーマにしたシンプルな物に改められ、タイトルも「愛の歌声は地球を救う」に設定された[11]。
- チャリティーマラソンがスタートした。
- 新たな番組テーマソングとして、番組放送時間内で「サライ」が製作された。前年まで大野が作曲し使用されてきた、従来の番組挿入曲・テーマ曲がほぼ使用されなくなった[注 30]。
- 番組開始時刻を19:00、番組終了時刻を20:00にそれぞれ繰り下げた。土曜夕方のニュース枠も、この年以降は単独番組として放送している。
- 提供クレジットから提供読み[注 31]が廃止され、代わりに提供社名の上下に「この放送は(ここからは・ここまでは・ひきつづき)」「の提供でお送りします(しました)」という文言が付く。
- 第1回から放送されていた讀賣テレビ放送制作担当のコーナーは、この年を最後に放送されていない。
- 第16回(1993年) - 「日本テレビ開局40年記念番組」として放送され、タイトルも前年に引き続き「愛の歌声は地球を救う」として設定された。
- 第17回(1994年) - この回に限り番組開始時刻を18:00に繰り上げた。鹿児島県での放送が鹿児島テレビ放送から鹿児島讀賣テレビに移行し、現在のネット局体制が確立した。
- 第21回(1998年) - 「日本テレビ開局45年記念番組」として放送された。
- 第24回(2001年) - 番組開始時刻を18:30に繰り上げた。徳光和夫が同年6月に急性心筋梗塞の手術を受けたため、体調を考慮して土曜日深夜から日曜日昼まではみのもんたが総合司会を代行した。
- 第25回(2002年) - 番組終了時刻を20:54に繰り下げた。以降の放送時間は一部の回を除き、土曜日18:30 - 日曜日20:54の約26時間半となっている。
- 第26回(2003年) - 「日本テレビ開局50年記念番組」として放送された。
- 第27回(2004年) - アテネオリンピックを中継する影響で土曜日19:30 - 日曜日21:24に放送される予定だったが、野球中継が延長したことやチャリティーマラソンのゴール時刻が遅れたことから、土曜日19:45 - 日曜日21:34に放送された。この年から東名阪エリアにおいて地上デジタル放送での放送が開始され、武道館の映像のみこの年からハイビジョン撮影[注 32]になる。
- 第28回(2005年) - IYグループが協賛から撤退し、替わってイオンが参入した。平均視聴率が過去最高の19.0%(ビデオリサーチ調べ、関東地区・世帯・リアルタイム)を記録した。
- 第29回(2006年) - 本格的なハイビジョン制作を開始した[注 33]。『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』の人気企画だった「高校生ダンス甲子園」が復活した。
- 第30回(2007年) - 新テーマソング「勇気のカタチ 〜私を変えてくれたあなたへ〜」が誕生した(翌年以降は使用されていない)。グランドフィナーレ中の20:52には、歴代最高となる瞬間最高視聴率43.9%を記録した(ビデオリサーチ調べ、関東地区・世帯・リアルタイム)[12]。この回はATP賞の特別賞を受賞し、10月23日に行われた授賞式には萩本欽一と徳光が参加した。
- 第31回(2008年) - 「日本テレビ開局55年記念番組」として放送された。
- 第32回(2009年) - この回限り、番組終了時刻を21:00に繰り下げた。日本武道館に代わり、東京ビッグサイトがメイン会場として使用された。日曜日が第45回衆議院議員総選挙の投開票日と重なったため、本番組終了直後の21:00からは『ZERO×選挙2009』を放送した[注 34]。PART10を例年とは異なり、19:59で打ち切ったうえで、投票締め切り1分前の19:59から20:05までの6分間は本番組を中断して『ZERO×選挙2009』のスタジオから出口調査の速報を報じた。再開後の最終パートであるPART11(20:05 - 21:00)ではL字型画面やテロップで当落情報を随時伝えた。選挙特別番組との兼ね合いからメイン会場を変更したりローカル枠を縮小する地方局も多かった。
- 第34回(2011年) - 前年まで長らく総合司会を務めてきた徳光和夫がチャリティーランナーに起用された。これにより総合司会には羽鳥慎一が起用された。この年は東日本大震災に伴ってチャリティー募金の受付開始時期を繰り上げたこともあり、第1回(1978年)以降上回ることがなかった年間募金総額が歴代最高を記録した[13][注 35]。
- 第35回(2012年) - この回限り、番組終了時刻を21:09に繰り下げた。
- 第36回(2013年) - 「日本テレビ開局60年記念番組」として放送された。
- 第37回(2014年) - グランドフィナーレにあたるPART10(日曜日19:00 - 20:54)の平均視聴率が歴代最高となる31.5%を記録した(ビデオリサーチ調べ、関東地区・世帯・リアルタイム)。
- 第41回(2018年) - 「日本テレビ開局65年記念番組」として放送された。長らく行っていたFAXによる応援メッセージの投稿募集を廃止し、Twitterとインスタグラムからの投稿のみに限定した。名称も『応援イラスト』と変更し、FAXと同様にイラストとメッセージを添えて送る形式となっている。
- 第42回(2019年) - 2019年世界柔道選手権大会の開催と2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けた改修工事で日本武道館が使用できないため、メイン会場を両国国技館に移して行われた[14]。24時間チャリティー駅伝の第3区間走者として水卜麻美が選ばれた。現役の局アナおよび番組の総合司会が走るのは史上初となった[15][16]。水卜は準備のため深夜企画から席を外し、日曜日の早朝企画から「チャリティー笑点」開始までは代役を立てずに羽鳥が1人で進行した。
各回の放送概要
各回の平均視聴率はビデオリサーチ調べ、関東地区・世帯・リアルタイム(ただし「24時間テレビ」枠外となる、ニュース等の一時中断番組を含めた数字)。
回 | 放送日 | メインテーマ | 総合司会 | パーソナリティー | サポーター ほか |
メイン会場 | 募金総額 | 平均 視聴率 | ||
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メイン | チャリティー | 番組 | ||||||||
1 | 1978年 8月26・27日 |
寝たきり老人にお風呂を! 身障者にリフト付きバスと車椅子を! |
萩本欽一 大竹しのぶ 大橋巨泉 竹下景子 |
- | ピンク・レディー | - | - | 郵便貯金 ホール |
1,190,118,399円 | 15.6% |
2 | 1979年 8月25・26日 |
萩本欽一 黒柳徹子 國弘正雄 |
徳光和夫 ピンク・レディー |
日本青年館 | 727,657,482円 | 11.5% | ||||
3 | 1980年 8月30・31日 |
カンボジア・ベトナム・ラオスの 難民のために! アジア・アフリカの難民のために1割を[17] |
萩本欽一 徳光和夫 |
石野真子 | 日本武道館 | 982,293,333円 | 10.8% | |||
4 | 1981年 8月22・23日 |
アジア・アフリカの障害者のために! 国際障害者年記念 アジア・アフリカなどの障害児に援助を![17] |
徳光和夫 見城美枝子 |
萩本欽一 宮崎美子 |
885,191,232円 | 11.3% | ||||
5 | 1982年 8月21・22日 |
ストップ!ニッポン姥捨て時代! | 徳光和夫 | 萩本欽一 星野知子 岩崎宏美 |
605,736,459円 | 8.2% | ||||
6 | 1983年 8月20・21日 |
君の地球のボランティア! アフリカ飢餓緊急援助! 世界コミュニケーション記念 |
萩本欽一 斉藤慶子 斉藤ゆう子 |
1,036,578,114円 | 10.5% | |||||
7 | 1984年 8月18・19日 |
この地球(ほし)の未来は子どもたちのもの! | 徳光和夫 沢田亜矢子 |
萩本欽一 | 805,085,881円 | 8.0% | ||||
8 | 1985年 8月24・25日 |
アフリカ飢餓救援 飢えるアフリカの救援と老人・障害者に福祉を![17] |
徳光和夫 アグネス・チャン |
小泉今日子 | 1,013,429,697円 | 10.7% | ||||
9 | 1986年 8月23・24日 |
寝たきり老人にお風呂を! 身障者にリフト付きバスと車椅子を! そしてアジア・アフリカの 飢えた子どもたちのために! 次代に残そう平和と福祉[17] |
沢口靖子 | 749,355,128円 | 8.9% | |||||
10 | 1987年 8月22・23日 |
SAVE THE CHILDREN | 菊池桃子 | 885,465,365円 | 7.7% | |||||
11 | 1988年 8月27・28日 |
君は地球のボランティア お年寄りに在宅福祉を、 障害者に社会参加を! |
徳光和夫 アグネス・チャン 久和ひとみ 小牧ユカ |
後藤久美子 | 787,437,001円 | 7.8% | ||||
12 | 1989年 8月26・27日 |
アジア・アフリカの 子どもたちに海外援助を! |
徳光和夫 アグネス・チャン 和田アキ子 渡辺徹 |
南野陽子 | 662,211,879円 | 11.6% | ||||
13 | 1990年 8月25・26日 |
地球を救え!10年計画 21世紀をになう子供の生命を[17] |
徳光和夫 アグネス・チャン 山田邦子 渡辺徹 |
宮沢りえ 南野陽子 |
806,551,220円 | 8.5% | ||||
14 | 1991年 7月27・28日 |
雲仙・普賢岳災害救援! 寝たきりのお年寄りにお風呂カーを! 障害者に社会参加を! アジア・アフリカに海外援助を! 地球はみんなの宇宙船[17] |
渡辺徹 森口博子 徳光和夫 福留功男 |
宮沢りえ 西田ひかる 畠田理恵 |
東京都庁舎 | 883,192,270円 | 6.6% | |||
15 | 1992年 8月29・30日 |
愛の歌声は地球を救う チャリティーやで[18] |
徳光和夫 楠田枝里子 |
観月ありさ | ダウンタウン | 日本武道館 | 957,702,743円 | 17.2% | ||
16 | 1993年 8月21・22日 |
愛の歌声は地球を救う 出会い |
赤井英和 裕木奈江 |
松村邦洋 松本明子 |
853,389,423円 | 15.9% | ||||
17 | 1994年 8月20・21日 |
チャレンジ! | 牧瀬里穂 | 中山秀征 酒井法子 |
788,460,358円 | 14.7% | ||||
18 | 1995年 8月26・27日 |
もう一度、チャレンジ | 徳光和夫 永井美奈子 |
鈴木杏樹 | SMAP 久本雅美 |
1,056,798,341円 | 16.9% | |||
19 | 1996年 8月24・25日 |
ONE LOVE 〜つなげよう!ひとつの愛〜 |
瀬戸朝香 | 間寛平 江角マキコ |
909,012,004円 | 14.1% | ||||
20 | 1997年 8月23・24日 |
勇気を出して | 飯島直子 | KinKi Kids 加藤紀子 |
960,303,779円 | 15.5% | ||||
21 | 1998年 8月22・23日 |
いま、始めよう | 徳光和夫 笛吹雅子 |
広末涼子 | TOKIO | 908,938,502円 | 12.0% | |||
22 | 1999年 8月21・22日 |
伝えたい…夢のちから! | SPEED | - | KONISHIKI 爆笑問題 |
877,487,670円 | 13.9% | |||
23 | 2000年 8月19・20日 |
がんばる…君のために! | RIKACO 藤井隆 |
V6 | ナインティナイン モーニング娘。 |
768,442,030円 | 14.7% | |||
24 | 2001年 8月18・19日 |
家族って何? | 徳光和夫 松本志のぶ |
モーニング娘。 | 今田耕司 | えなりかずき | 846,047,659円 | 15.7% | ||
25 | 2002年 8月17・18日 |
家族で笑ってますか…? | 雨上がり決死隊 | 石塚英彦 えなりかずき ケイン・コスギ |
765,705,996円 | 15.4% | ||||
26 | 2003年 8月23・24日 |
あなたを一番愛する人… | TOKIO | - | - | 柴田理恵 石塚英彦 舞の海 オセロ |
776,638,125円 | 15.6% | ||
27 | 2004年 8月21・22日 |
あなたの夢はみんなの夢 | 嵐 | 東山紀之 オセロ 曙太郎 石塚英彦 |
719,045,124円 | 11.7% | ||||
28 | 2005年 8月27・28日 |
生きる | 徳光和夫 西尾由佳理 |
草彅剛 香取慎吾 |
キャイ〜ン ガレッジセール アンガールズ 磯野貴理子 小池栄子 菊川怜 青木さやか |
1,000,346,999円 | 19.0% | |||
29 | 2006年 8月26・27日 |
絆(キズナ) 〜今、私たちにできること〜 |
KAT-TUN | 篠原涼子 | 久本雅美 くりぃむしちゅー |
柴田理恵 次長課長 綾小路きみまろ 小池栄子 |
940,682,462円 | 17.7% | ||
30 | 2007年 8月18・19日 |
人生が変わる瞬間(とき) | タッキー&翼 | 黒木瞳 新庄剛志 |
タカアンドトシ | - | 1,015,442,574円 | 18.6% | ||
31 | 2008年 8月30・31日 |
誓い 〜一番大切な約束〜 |
嵐 | 仲間由紀恵 | 久本雅美 チュートリアル |
1,083,666,922円 | 18.6% | |||
32 | 2009年 8月29・30日 |
START! 〜一歩を踏みだそう〜 |
NEWS | 菅野美穂 | ネプチューン ベッキー |
東京 ビッグサイト |
951,081,316円 | 16.8% | ||
33 | 2010年 8月28・29日 |
ありがとう 〜今、あの人に伝えたい〜 |
TOKIO | 米倉涼子 | 森三中 AKB48 |
日本武道館 | 974,028,568円 | 15.8% | ||
34 | 2011年 8月20・21日 |
力(ちから) 〜わたしは、たいせつなひとり。〜 |
羽鳥慎一 西尾由佳理 |
関ジャニ∞ | 堀北真希 | 宮川大輔 イモトアヤコ |
黒木瞳 真矢みき |
1,986,414,252円 | 17.1% | |
35 | 2012年 8月25・26日 |
未来 みらい | 羽鳥慎一 鈴江奈々 |
嵐 | 新垣結衣 | タカアンドトシ | - | 1,168,471,704円 | 17.2% | |
36 | 2013年 8月24・25日 |
ニッポンって…? 〜この国のかたち〜 |
羽鳥慎一 桝太一 |
上戸彩 | - | 徳光和夫 間寛平 |
1,545,226,444円 | 18.1% | ||
37 | 2014年 8月30・31日 |
小さなキセキ、大きなキセキ | 羽鳥慎一 水卜麻美 |
関ジャニ∞ | 杏 | 徳光和夫 太川陽介 片岡愛之助 木村佳乃 宮迫博之 後藤輝基 ふなっしー |
936,955,640円 | 17.3% | ||
38 | 2015年 8月22・23日 |
つなぐ 〜時を超えて笑顔を〜 |
V6 Hey! Say! JUMP |
松下奈緒 | 徳光和夫 間寛平 タカアンドトシ ハリセンボン |
856,728,209円 | 15.4% | |||
39 | 2016年 8月27・28日 |
愛 〜これが私の生きる道〜 |
NEWS | 波瑠 | オリエンタルラジオ[注 36] | 徳光和夫 今田耕司 |
887,482,001円 | 15.4% | ||
40 | 2017年 8月26・27日 |
告白 〜勇気を出して伝えよう〜 |
櫻井翔 亀梨和也 小山慶一郎 |
石原さとみ | - | 徳光和夫 東野幸治 宮迫博之 後藤輝基 渡部建 ブルゾンちえみ 梅沢富美男 |
699,153,512円 | 18.6% | ||
41 | 2018年 8月25・26日 |
人生を変えてくれた人 | Sexy Zone | 木村佳乃 | サンドウィッチマン | 徳光和夫 南原清隆 出川哲朗 坂上忍 くっきー |
893,767,362円 | 15.2% | ||
42 | 2019年 8月24・25日 |
人と人 〜ともに新たな時代へ〜 |
嵐 | 浅田真央 | - | 徳光和夫 | 両国国技館 | 1,550,158,595円 | 16.5% |
現在行われているコーナー
本番直前スペシャル
日本テレビと一部の系列局で放送当日の夕方に60分 - 90分の枠で放送され、本編の内容予告や総合司会・パーソナリティーへのインタビュー、チャリティーランナーの現状報告、チャレンジ企画先との中継などが行われる。
第2回(1979年)に『始まるまで待てない!24時間テレビ超特大予告編!!』のタイトルで開始[19]。第16回(1993年) - 第28回(2005年)は『TVおじゃマンボウ』、第29回(2006年) - 第31回(2008年)は『ラジかるッ』の特別版として中山秀征をMCに日本テレビのスタジオから生放送された。第32回(2009年)以降はベースとする番組は無く、メイン会場から独自の内容で放送されている。第33回(2010年)からはビビる大木がMCを担当している。
系列局の中には、独自にローカル枠の事前番組を放送する局もある。
オープニング
各回のメインテーマに基づくメッセージ性のあるVTRやメインパーソナリティーによる生ライブから番組はスタートし、オープニングジングルと同時に番組タイトルとメインテーマが表示される。
その後、メインパーソナリティーが挨拶し、チャリティーパーソナリティー・番組パーソナリティー・総合司会・サポーターが紹介される[注 37]。続いて、スタート直前のチャリティーマラソンなど各企画先との中継やこの後の番組内容の予告、募金方法の説明、応援ツイートの募集、基幹局やチャリティーイベント会場とのリレー中継などが行われる。
第14回(1991年)までは、このコーナーの枠を『グランド・プロローグショー』と銘打っていた。
ローカル編成枠
ミニローカル枠
2分間 - 3分間のミニローカル枠が番組内で15回程度設けられている。総合司会やパーソナリティーが「続いてはこちらです」または「こちらをどうぞ」とコメントした後、日本テレビ以外の各局では独自の内容(各局のメイン募金会場[注 38]からの中継が多い)に切り替わる。
この間、日本テレビでは、この後の放送内容の予告や「日本列島ダーツの旅的全国1億人インタビュー」などのミニコーナー、募金方法・募金受付店舗・チャリティーグッズや協賛企業(後述)の募金活動紹介のためのコント仕立てのVTRなどを放送する。ローカル各局では、各地域の募金・イベントに関する呼びかけや長時間ローカル枠の予告、募金受付会場・福祉車両・チャリティーイベントの様子などを紹介する。局によっては募金方法・募金受付店舗の部分のみテロップを差し替え、日本テレビと同じ映像を放送する局、ミニローカル枠を早めに終わらせ、コント仕立てのVTR部分のみネットする局もある。
それが終わると東京のメイン会場に画面が切り替わり、総合司会やパーソナリティーにより「皆様のご協力、お待ちしております」という挨拶が行われる[注 39]。
第14回(1991年)まではミニローカル枠を「チャリティーのお知らせ」と称しており、各コーナー終了時などに放送されていた。開始時に日本テレビで静止画[注 40]によるアイキャッチが表示されてから各局に切り替えていた[注 41]。終了時はその逆で、日本テレビに切り替えて終了のアイキャッチを表示していた。日本テレビでは、武道館のMC席からその年の新人アナウンサーが募金方法を読み上げていた[注 42]。
長時間ローカル枠
日曜日には、各局が独自の企画を放送する長時間のローカル枠が設けられている。朝は8:30頃 - 9:30頃(放送回によって多少前後する)、昼は『NNNストレイトニュース』後の11:27 - 12:27、夕方は『NNNニュース』(『真相報道 バンキシャ!』の代替)後の16:59 - 17:23に編成される。
長時間ローカル枠を独自に放送するかどうかは各局の任意となっている。朝のローカル枠を差し替えて放送する局は少なく、日本テレビからの内容をそのまま放送する局が多い。昼・夕方のローカル枠はほとんどの局が独自に放送する。
これ以外の時間帯でも独自に差し替えて放送する局[注 43]もあれば、反対にこれらの時間帯も差し替えを実施せず、日本テレビからの内容をそのまま放送する局もある。
長時間ローカル枠の時間帯に日本テレビで放送された内容を、本放送の当日深夜以降に遅れ放送する局もある(放送時間の関係で再編集・再構成することがある)。
チャリティーマラソン
第15回(1992年)の番組リニューアル以降、毎年実施されている。初代走者は間寛平。
土曜日の19時頃にスタートし、番組終了までにゴールとなるメイン会場を目指す。走行距離は走者の年齢や体力などを考慮して決定されるが、100km前後であることが多い。夏の厳しい暑さという過酷な条件下で行われるため、万一の事態に備えて伴走者や休憩所の設営などサポート体制には万全を期している。坂本雄次が基礎体力作りや練習から本番までサポートする[注 44]。
初めて実施された第15回(1992年)は事前に出発地や武道館までの経路を公開したため、一目見ようと道路に人が殺到してしまい交通の妨げになるとして途中棄権となった。翌年以降は出発地やマラソン経路地は原則非公開となっているものの、後述の有志による追跡班によりスタート地点や経路地の割り出しが行われている。
第28回(2005年)からは、ラジオ日本でマラソンの中継リポートを随時放送している。第29回(2006年)以降は、日テレオンデマンドで独自映像を1時間に1回程度配信している。
番組中に寄せられた走者(パーソナリティーへのものも含まれる)に対しての激励のメッセージはセットに貼り出されるほか、ゴールする際に走者が降りてくるタラップ式の階段(ゴールの際に武道館西側、MC席横に特設される)[注 45]やゴールテープの代わりとして使われる。
走者が放送時間内にゴールできなかった場合は、放送時間を延長したり、放送終了後に特別番組を編成するなどして対応してきた。第28回(2005年)以降は一部の年[注 46] を除き、直後に『行列のできる法律相談所』の生放送スペシャルが編成されており、ゴールが遅れた場合はその番組内で引き続きマラソンの様子を生中継して対応している。『行列』は日本武道館の剣道場[注 47]からの生放送となっている。
放送の翌日(月曜日)には、走者の決定からトレーニングの様子、当日の舞台裏まで密着したドキュメンタリー番組が放送される。以前は『スーパーテレビ情報最前線』(2004年まで)→『アンテナ22』(2006年)→『夏ドキュ!』(2007年)内で扱っていたが、2005年及び2008年以降は特別番組『24時間マラソンの舞台裏』として月曜日の21時台または22時台に生放送されている[注 48][注 49]。また、本番当日のダイジェストは月曜日の報道番組・情報番組の中でも放送される。
走者の決定に関しては、萩本欽一のように前年中に決まっていることもあれば、ブルゾンや水卜のように本番当日まで伏せられることもあるため、本番へ向けてのトレーニング期間も大きく異なる。また複数名選出の場合もあり、この場合は同時走行のケースもあればリレー駅伝方式もある。
走者の発表に関しては、その年のメインスタッフが担当している番組またはメインパーソナリティーやチャリティーランナーがレギュラー出演して番組内で行われることが多く、生放送で発表される場合もある。
出来事
- 第18回(1995年)は、同年1月17日に発生した阪神・淡路大震災で宝塚市の自宅を失った間寛平が被災地の復興を願うため、神戸市内から日本武道館までの約600kmを1週間かけて走破した。本人曰く「被災者のみんなに勇気を与えたかった」とのこと。昼間は体力を奪われるため、放送日前日までは基本的に夜間のみ走っていた。
- 第19回(1996年)は、たすきリレーマラソンの片方のルートの到着が遅れてしまい、赤井英和のスタートが予定より大きく遅れた影響でゴールも遅れたため、放送時間を急遽15分延長した[注 50]。
- 第25回(2002年)は、西村知美が2日目18時の時点で残り30kmだったのに対し、1時間後には一気に残り10kmとなっていたことで、「車でワープしたのではないか」という疑惑が発生した。それ以来、本当に規定の距離を走ったのか証明するために、有志により追跡班が結成されている[20][21][22]。
- 第26回(2003年)は、山田花子が日本武道館まで残り4kmのところで放送が終了した。そのため、22時から10分間の特別番組を編成し、ゴールの模様を生中継した。その際、日本武道館の使用時間期限を過ぎていたため、玄関前でのゴールとなった。『おしゃれカンケイ』以降の番組は10分ずつ繰り下げた。以降、チャリティーランナーのゴールが遅れた場合は後番組の『行列のできる法律相談所』の内容を変更して生中継するようになった。
- 第27回(2004年)は、杉田かおるのゴールの影響で以降の番組を10分繰り下げた。クロスネット局のテレビ宮崎は深夜にアテネオリンピック中継・陸上決勝と女子レスリングのハイライトを控えたため、『NNNきょうの出来事』を短縮した。
- 第28回(2005年)は、丸山和也が『行列のできる法律相談所』に出演していた関係で、当日の『行列』は初めて日本武道館の道場から生放送を行った。レギュラー出演者に加え、ゴール直後の丸山も生出演した。この回の『行列』は関東地区で30.8%の視聴率を記録した(2005年に放送された全バラエティ番組の中でトップの記録)。
- 第30回(2007年)は、萩本欽一が日本武道館まで残り700mのところで放送が終了した。それによりゴールが遅れたため、直後の『行列のできる法律相談所』は内容変更の上、ゴールの様子を日本武道館から引き続き生放送した。この回の『行列』は関東地区で35.3%の視聴率を記録した(1990年以降に放送された全バラエティ番組の中でトップの記録)。
- 第32回(2009年)は、イモトアヤコが残り1kmのところで放送が終了した。この年は同日8月30日に執行された第45回衆議院議員総選挙の投開票日に従ってZERO×選挙2009が21時から放送されていた関係上、ゴールの模様は生中継されずに選挙特番中の22時前に録画で約3分間放送された。この措置について賛否両論があったが[23]、日本テレビは「『24時間テレビ』と『選挙特番』という大型の2つの生放送が連続する、過去に例のない番組編成の中、なるべく早くイモトさんのゴールを伝えることを念頭に置きつつ、まずは、日本中が注目していた選挙を迅速かつ正確に伝えることを優先致しました。(中略)今回の経験をもとに、今後も引き続き視聴者の皆さまのニーズにお応えする放送を行うように心掛けます」とのコメントを発表している[24]。
- 第36回(2013年)は、大島美幸が日本武道館まで残り2kmのところで放送が終了した。そのため、直後の『行列のできる法律相談所』は内容変更の上、ゴールの様子を日本武道館から引き続き生放送した。この回の『行列』は関東地区で27.5%の視聴率を記録した。
- 第42回(2019年)は、「24時間駅伝」最終走者のいとうあさこが残りわずかのところで放送が終了した。放送終了から『行列のできる法律相談所』が始まるまでの間の20時58分頃[注 51]にゴールしたため、直後の『行列』は内容変更の上、ゴール後の会場の様子を生中継しゴールの様子をVTRで放送した。ゴール直前には内村光良が僅かな時間あさこと伴走したものの、それも本編では生放送されず『行列』の中で放送となった。この回の『行列』は関東地区で26.3%の視聴率を記録した。
歴代走者の年齢と走行距離
芸名および当時の年齢に関しては、走者しての出演当時に使用・公表していたものを記載している。
放送回(放送年) | 走者 | 当時の年齢 | 走行距離 | 備考 |
---|---|---|---|---|
第15回(1992年) | 間寛平[注 52] | 43歳 | 153km | 苗場プリンスホテルからスタート。 200kmの予定だったが、前述のトラブルにより途中リタイア[25]。 |
第16回(1993年) | 44歳 | 200km | ||
第17回(1994年) | 肥後克広 上島竜兵 寺門ジモン |
31歳 33歳 31歳 |
100km | ダチョウ倶楽部が3人同時に走行。 |
第18回(1995年) | 間寛平 | 46歳 | 600km | 神戸市から日本武道館まで1週間かけて走った。 |
第19回(1996年) | 赤井英和 | 37歳 | 100km | 「つなげよう!愛のたすきリレー 日本列島縦断3600km」 一般参加者600人とのリレーマラソン。 一般による北ルートと南ルートが合流後、アンカーとして赤井が走行。 |
第20回(1997年) | 山口達也 | 25歳 | ||
第21回(1998年) | 森田剛 | 19歳 | ||
第22回(1999年) | にしきのあきら | 50歳 | 110km | |
第23回(2000年) | トミーズ雅 | 40歳 | 150km | |
第24回(2001年) | 研ナオコ | 48歳 | 85km | |
第25回(2002年) | 西村知美 | 31歳 | 100km | |
第26回(2003年) | 山田花子 | 28歳 | 110km | |
第27回(2004年) | 杉田かおる | 39歳 | 100km | |
第28回(2005年) | 丸山和也 | 59歳 | ||
第29回(2006年) | 山根良顕 田中卓志 |
30歳 | アンガールズが2人同時に走行。 | |
第30回(2007年) | 萩本欽一 | 66歳 | 70km | |
第31回(2008年) | エド・はるみ | (44歳) | 113km | 当時生年月日は非公開だったが、 2011年末に公開された。 |
第32回(2009年) | イモトアヤコ | 23歳 | 126.585km | |
第33回(2010年) | はるな愛 | 38歳 | 85km | |
第34回(2011年) | 徳光和夫 | 70歳 | 63.2km | |
第35回(2012年) | 佐々木健介 健之介 誠之介 北斗晶 |
46歳 13歳 9歳 45歳 |
61.6km 6km 4km 47.9km |
一家4人による120kmのリレーマラソン。 最初の500mは、全員で走行。 走行順は上からの記載。 |
第36回(2013年) | 大島美幸 | 33歳 | 88km | |
第37回(2014年) | 城島茂 | 43歳 | 101km | |
第38回(2015年) | DAIGO | 37歳 | 100km | 「47都道府県 想いをつなぐたすきリレー」 北ルートと南ルートが合流後、アンカーとしてDAIGOが走行したリレーマラソン。 |
第39回(2016年) | 林家たい平 | 51歳 | 100.5km | 桂歌丸の本名にちなんだ距離になった(いわおGO)。 |
第40回(2017年) | ブルゾンちえみ | 27歳 | 90km | 走者は放送当日に発表。 |
第41回(2018年) | みやぞん | 33歳 | 161.95km | 初のトライアスロン形式。 水泳1.55km→自転車60.4km→マラソン100km。 本編開始前の土曜日午後からスタート[注 53]。 |
第42回(2019年) | 近藤春菜 よしこ 水卜麻美 いとうあさこ |
36歳 28歳 32歳 49歳 |
32.195km 32.195km 42.195km 42.195km |
合計148.78kmで4人による駅伝形式。 水卜は4人目のランナーとして放送当日に発表。 走行順は上からの記載。 |
メイン会場入口からの中継
リポーターの呼びかけを合図に番組内で随時中継で放送されている。
日本武道館北入口[注 54]に待機するその時の人気芸人や若手アナウンサーが日本武道館を訪れるゲストを紹介し、ステージに案内する。
モザイクアート制作
第29回(2006年)から実施している。
視聴者や出演者から提供された写真を集めて張り合わせ、チャリティーランナーや番組テーマに基づく巨大なモザイクアート作品をメイン会場内で制作する。制作段階が番組内で随時報告され、グランドフィナーレで完成作品が披露される。
日本列島ダーツの旅的全国1億人インタビュー
第26回(2003年)から番組内で随時放送されている。
『1億人の大質問!?笑ってコラえて!』の人気コーナー「日本列島ダーツの旅」の特別版。全国各地に総合司会・パーソナリティー・サポーターが向かい、出会った人々にその年のメインテーマに基づいたインタビューを行う。
ドキュメンタリー
チャイムの音を合図に番組内で随時放送されている。
有名人やハンディキャップを持つ人、闘病者、被災者、故人などにスポットライトを当て、その年のメインテーマに基づく感動の実話を紹介する。
VTR終了後には本人とその家族がステージに招かれ、総合司会やパーソナリティが話を聞いたり、歌手が登場して歌を披露することもある。
チャレンジ企画
番組内で随時中継で放送されている。
障害者や被災者がタレントと共に水泳・遠泳、トライアスロン、登山など様々な企画に挑戦する。かつては富士山登頂を目指す企画が度々行われていた。場所やチャレンジ距離など状況に応じて直前番組や『ズームイン!!サタデー』・『メレンゲの気持ち』内でスタートする場合もある。
天候や体調の影響で、やむなくリタイアとなるケースもある。
ドラマスペシャル
第3回(1980年)より開始され[注 55]、土曜日の21時20分頃から23時20分頃まで約2時間放送されている。
多くの作品が闘病記などノンフィクションを基にしている[注 56]。第40回(2017年)・第41回(2018年)は昭和期に大活躍した偉人の半生を描いたドラマが放送されたが、第42回(2019年)は再び闘病記ものに回帰した。2000年代以降はメインパーソナリティーを務めるグループのメンバーを主演に据えている場合が多い。
番組内でこのコーナーのみ解説放送が行われている(アイパートナーは石丸博也が担当)[注 57]。また、字幕放送も同時に行われている。
ドラマ放送中に挿入されるCMの前後に数回、チャリティーランナーの現在の様子が報告される。
日曜日の午前中には、主役が演じた実際の人物やその家族・仲間をメイン会場に迎え、原作・原案となった実話を「24時間テレビドラマスペシャル 真実の物語」と題してドキュメンタリーの形で放送する。
ドラマスペシャルを同時ネットしないテレビ宮崎と沖縄テレビ放送では、後日に遅れネットで放送される(提供クレジットは非表示)。
2009年10月28日には、第29回(2006年)の『ユウキ』から第32回(2009年)の『にぃにのことを忘れないで』まで4年分のドラマがDVD化されて発売された。第33回(2010年)以降の作品も順次DVD化され、売り上げの一部はチャリティー募金として寄付されている。
放送回(放送年) | タイトル | 主演 | 脚本 | 原作 | 視聴率 |
---|---|---|---|---|---|
第3回(1980年) | 機の音 | 森繁久彌・北林谷栄 | 倉本聰 | - | - |
第4回(1981年) | いのち・ひとつ | 大原麗子 | - | 新藤兼人 | |
第5回(1982年) | スリーマンにアタック! | 若尾文子 | 武田和子 | ||
第6回(1983年) | 黒い雨・姪の結婚 | 森繁久彌 | 高橋玄洋 | 井伏鱒二 | |
第7回(1984年) | さよならは涙を拭いてから | 古手川祐子 | 寺内小春 | - | |
第8回(1985年) | いつかある日 | 大坂志郎 | 橋田壽賀子 | ||
第9回(1986年) | 縁談・結婚・そのさきX | 沢口靖子 | 小山内美江子 | ||
第10回(1987年) | 車椅子の花嫁[注 58] | 国生さゆり | 重森孝子 | 鈴木ひとみ | |
長らえしとき | 松坂慶子 | 佐々木守 | 早瀬圭一 | ||
第11回(1988年) | 二十歳・もっと生きたい | 沢口靖子 | 井沢満・水島総 | 福嶋あき江 | |
第12回(1989年) | 叫んでも……聞こえない! | 斉藤由貴 | 佐々木守 | 小野卓司 | |
第13回(1990年) | いつか見た青い空! 盲導犬ハッピー号の大冒険 | 南野陽子・和久井映見 | 今野勉 | - | |
第14回(1991年) | 夜が明けるまでに 恵子の選択 | 岸本加世子 | 菊池有起 | ||
第20回(1997年) | 勇気ということ | 堂本光一 | 松原敏春 | 26.3 % | |
第21回(1998年) | 心の扉 | 滝沢秀明 | 石塚喜之 | 18.6% | |
第24回(2001年) | 最後の夏休み | 安倍なつみ | 水橋文美江 | 24.7% | |
第25回(2002年) | 父さんの夏祭り | 石川梨華・渡辺謙 | 森脇佐和子 | 19.9% | |
第26回(2003年) | ふたり 私たちが選んだ道 | 長瀬智也 | 鎌形睦美 | 23.3% | |
第27回(2004年) | 父の海、僕の空 | 滝沢秀明 | 寺田敏雄 | - | 14.0% |
第28回(2005年) | 小さな運転士 最後の夢 | 阿部寛 | 26.6% | ||
第29回(2006年) | ユウキ | 亀梨和也 | 水橋文美江・山岡真介 | 岸川悦子 | 22.7% |
第30回(2007年) | 君がくれた夏 〜がんばれば、幸せになれるよ〜 | 滝沢秀明 | 吉田智子 | 山崎敏子 | 23.3% |
第31回(2008年) | みゅうの足パパにあげる | 松本潤 | 山岡真介 | 山口隼人 | 25.6% |
第32回(2009年) | にぃにのことを忘れないで | 錦戸亮 | 遊川和彦 | 川上ますみ | 20.5% |
第33回(2010年) | みぽりんのえくぼ | 広末涼子・長瀬智也 | 吉本昌弘 | 岡田典子 | 19.9% |
第34回(2011年) | 生きてるだけでなんくるないさ | 村上信五 | 篠崎絵里子 | 玉元栄作 | 22.2% |
第35回(2012年) | 車イスで僕は空を飛ぶ | 二宮和也 | 寺田敏雄 | 長谷川泰三 | 23.8% |
第36回(2013年) | 今日の日はさようなら | 大野智 | 橋部敦子 | 幸和也 | 23.4% |
第37回(2014年) | はなちゃんのみそ汁 | 大倉忠義 | 西田征史 | 安武信吾・千恵・はな | 22.3% |
第38回(2015年) | 母さん、俺は大丈夫 | 山田涼介 | 水橋文美江 | 清水久美子 | 20.2% |
第39回(2016年) | 盲目のヨシノリ先生〜光を失って心が見えた〜 | 加藤シゲアキ | 新井淑則 | 20.5% | |
第40回(2017年) | 時代をつくった男 阿久悠物語 | 亀梨和也 | 松田裕子 | - | 25.6% |
第41回(2018年) | ヒーローを作った男 石ノ森章太郎物語 | 中島健人 | 福原充則 | 16.2% | |
第42回(2019年) | 絆のペダル | 相葉雅紀 | 松田裕子 | 18.0%[26] |
深夜企画
日本武道館が使用できない深夜の時間帯にあたるPART2・PART3(土曜日の23時20分頃[注 59]から翌4時30分まで[注 60])には、番町C1・C3スタジオ[注 61]からバラエティー色の強い企画が放送される。
進行役はこれまでダウンタウン、ナインティナイン、三宅裕司、中山秀征、久本雅美、オセロ、ロンドンブーツ1号2号、爆笑問題、中川翔子、くりぃむしちゅー、スザンヌ、ネプチューン、チュートリアル、嵐、有吉弘行らが歴任している。
- 歴史
当初は音楽ライブを中心とした構成が多く、第2回(1979年)と第3回(1980年)は東京・浅草にあった国際劇場で夜通しの音楽ライブが行われた[27]。
第4回(1981年)は、当時放送されていた『今夜は最高!』のスピンオフとして「タモリの素晴らしき今夜は最低の仲間達」を放送。赤塚不二夫とタモリによる「SM鞭打ち合戦」や出演者がミゼットレスラーに扮したプロレス等の過激な企画が行われた。
第15回(1992年)以降はチャリティー色を薄めたバラエティー企画が中心となっている。過激な内容が放送されることも多く、第15回(1992年)には『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』の企画「チキチキ大喜利大合戦」のスピンオフ「ミッドナイト大喜利歌合戦」で、ダウンタウンがヘルメットを被った吉田ヒロの頭にチェーンソーの刃を当てたことがある。第17回(1994年)の放送では、『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』でも行われていた「人間水車クイズ」が行われた。
第19回(1996年)は「ナイナイのニュース決定戦」と「スポーツ超人選手権」の2つのコーナーを並行して放送した。
第27回(2004年)までは2部制で放送されることが多く、主に前半は出演者がテーマに沿った歌を歌う企画(『THE夜もヒッパレ』の生放送版やその発展版である『HOT HIT 100』シリーズ)、後半はバラエティー企画が放送されていた。
第28回(2005年)は「懐かしの名番組 夜の同窓会」と題し、『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』、『マジカル頭脳パワー!!』、『電波少年』、『スーパーJOCKEY』、『お笑いスター誕生!!』など、かつて同局で放送されていた人気番組の出演者が揃い、当時放送されたVTRやそれにまつわるトーク、人気コーナーの再現などで振り返った。この年行われた『スーパーJOCKEY』の「熱湯コマーシャル」の復活版は第32回(2009年)まで継続して行われた。
第29回(2006年)から第31回(2008年)には、スタジオ出演者を含む芸能人の恥ずかし秘蔵映像をランキング形式で流す企画を放送した。
第32回(2009年)からは『しゃべくり007』をベースにした「朝まで生しゃべくり007」が放送されている。
第35回(2012年)から第38回(2015年)は『嵐にしやがれ』と『しゃべくり007』の2部制、第39回(2016年)から第41回(2018年)は『嵐にしやがれ』と『しゃべくり007』と『有吉反省会』の3部制で放送した。
第42回(2019年)は『嵐にしやがれ』と特別企画『二宮和也のあの人に会いたくない』と『しゃべくり007』の3部制で放送した。
ニュース枠
番組内で1回および番組を一時中断して3回、計4回のニュースが挿入される。ニュースコーナーを担当するキャスターもチャリTシャツを着用する[注 62]。
- 『NNNニュース』(PART2の1コーナーとして放送):日曜日1:38 - 1:45にNNN30局で放送される[注 63][注 64]。
- 『NNNニュースサンデー』(単独番組扱い):日曜日6:43 - 6:55[注 65]にテレビ宮崎を除くNNN29局[注 66]で放送される。日本テレビ小鳩文化事業団による同時手話通訳放送が行われる。
- 『NNNストレイトニュース』(単独番組扱い):日曜日11:17 - 11:27にテレビ大分・テレビ宮崎を除くNNN28局[注 67][注 68]で放送される。
- 『NNNニュース』(単独番組扱い):『真相報道 バンキシャ!』の代替として、日曜日16:54 - 16:59にテレビ大分・テレビ宮崎を除くNNN28局で放送される。
スポーツ世界記録工場
『徳光&所の世界記録工場』の特別版。土曜日の深夜から随時放送される。
アスリートや芸能人、小学生チームが様々なスポーツの世界記録やギネス世界記録に挑戦する。
これまで「ソフトボール世界一ピッチャーからヒットが打てるか?」、「ボウリング1分間で何回ストライクを出せるか?」、「トランポリンダンク世界記録に挑戦!」、「8の字跳びギネス世界記録に挑戦!」などの企画が放送された。
日本全国お天気リレー→復活ズームイン!!
かつて同局で放送されていた『ズームイン!!朝!』の「お天気リレー」の特別版。日曜日の早朝[注 69]に行われる。
『天才!志村どうぶつ園』など同局の人気番組やマジック、漫談、ものまねといった演芸とコラボレーションするなど、通常の「お天気リレー」とは一風変わったスタイルで放送される。系列各局やチャレンジ企画先と中継で結び、日曜日の天気予報のほか、メインテーマに沿った人物や風景を紹介していく。演芸とのコラボでは、総合司会の羽鳥が毎年必ず「天気予報は本当です!」と実際の予報を伝えていることを強調している。
第40回(2017年)からは歴代の『ズームイン』シリーズの司会者である徳光和夫、福留功男、福澤朗、羽鳥慎一と『ZIP!』の司会である桝太一の5人が出演している。これは第34回(2011年)の放送で徳光がマラソンにチャレンジした際に、7時をきっかけに休憩所に応援に来たアントン・ウィッキーとズームイン!!ポーズをとり、きくち教児・辛坊治郎・森たけしと回線をつないだことがベースとなっている。
募金額中間報告
その時点での募金額を総合司会が報告する。
1回目は日曜日昼の長時間ローカル枠終了後、2回目はグランドフィナーレの「サライ」間奏時[注 70]。
第28回(2005年)までは募金額表示用に特設された電光掲示板(電球方式で数字のみ表示)、第29回(2006年)からは日本武道館に設置されている電光掲示板(LED方式で単位の漢字表記も加えられた)で表示されている。
東京都庁舎で開催された第14回(1991年)は、紙に手書きで募金額を記入して発表した。東京ビッグサイトで開催された第32回(2009年)は、ステージ中央の大画面モニター(1回目の中間発表はパーソナリティー席のモニター)に映し出された。両国国技館で開催された第42回(2019年)は、ステージセットがMC席を除いて巨大な横長モニターになっていたため、CGの右上に枠を表示して武道館と同様の表記がなされた。
スペシャルコンサート・スペシャルダンス
パーソナリティーと障害者が協力して演奏やダンスを披露する。
第21回(1998年)と第33回(2010年)に行われた「旅立ちの時コンサート」では久石譲が音楽監督・指揮を務めた。第29回(2006年)・第33回(2010年)・第36回(2013年)のスペシャルダンスにはダウン症児者のダンスチーム・ラブジャンクスが出演した。
海外リポート
日曜日夕方の長時間ローカル枠で放送される[注 71]。
パーソナリティーが海外に赴き、戦争・難民・ストリートチルドレン・スラム街・飢餓・難病・伝染病・エイズ・幼児売春などの問題をリポートする。
チャリティー笑点
第11回(1988年)から放送されている。
『笑点』の特別版。日曜日の17時20分頃から18時過ぎまで麹町Gスタジオから生放送される。
パーソナリティーが演芸に出演したり、座布団運びを務めることがある。
グランドフィナーレ
番組終盤には谷村新司と加山雄三がメイン会場を訪れ[注 72]、日曜日の20時40分頃から「サライ」の大合唱が始まる。
合唱は東京のメイン会場だけではなく、チャリティーイベント会場や各局のメイン募金会場[注 73]、各企画の中継先でも行われる。合唱中は番組のハイライトと各会場の合唱の様子が次々と切り替わって映る(ただし、チャリティーランナーが未到着または到着直後の場合はそちらの様子が優先され、合唱の様子はワイプによる小画面での放送となる)。ステージ上の日本テレビ小鳩文化事業団手話コーラス部による手話コーラスの様子が映るのも恒例となっている。
楽曲の間奏中には20時現在の募金額を総合司会が報告する。その後、スタッフロールが縦に流れ、メイン会場の外観やメインステージの遠景をバックに、各回のメインテーマに則したメッセージと提供クレジットが表示され、番組終了となる[注 74]。番組終了直後には第1回(1978年)からの協賛企業である日産自動車のヒッチハイクが入る(一部地域では差し替えあり)。
読売テレビなど一部の局では、日本テレビからのエンディングの途中(「サライ」歌唱中のタイミング)で各局の会場に切り替え、「ローカルパートのエンディング」として、最後の挨拶やローカルパートのスタッフロールを流している。しかし第37回(2014年)で、読売テレビがこの年のチャリティーランナーだった城島茂が武道館に入る直前に読売テレビからの映像に切り替え、それが終わった頃には間奏での募金中間発表が済んで城島がゴールテープを切る直前から飛び乗る格好になってしまい、視聴者から意見が届いたことがあった[28]。それを受け、読売テレビでは翌年以降は差し替えは行わず、3枠目の長時間ローカル枠終了直後にある『チャリティー笑点』前の最終ローカル枠をエンディングに充てている。これに対し福島中央テレビなどでは、右下に表示される系列局の中継・ハイライト映像の上から自局の映像を途中で数秒ほど被せて対応するケースを取っている。
過去に行われていたコーナー
アニメスペシャル
初回から第13回(1990年)[注 75]にかけて、日曜日の10時頃から正午頃に約2時間のスペシャルアニメが放送された。第13回(1990年)を最後に放送されていない。
放送回(放送年) | タイトル | 原作 | 制作 |
---|---|---|---|
第1回(1978年) | 100万年地球の旅 バンダーブック | 手塚治虫 | 手塚プロダクション |
第2回(1979年) | 海底超特急マリンエクスプレス | ||
第3回(1980年) | フウムーン | ||
第4回(1981年) | ブレーメン4 地獄の中の天使たち | ||
第5回(1982年) | アンドロメダ・ストーリーズ | 光瀬龍・竹宮惠子 | 東映動画 |
第6回(1983年) | タイムスリップ10000年プライム・ローズ | 手塚治虫 | 手塚プロダクション |
第7回(1984年) | 大自然の魔獣バギ | ||
第8回(1985年) | 悪魔島のプリンス三つ目がとおる | 東映動画 | |
第9回(1986年) | 銀河探査2100年 ボーダープラネット | 手塚プロダクション | |
第12回(1989年) | 手塚治虫物語 ぼくは孫悟空 | ||
第13回(1990年) | それいけ!アンパンマン みなみの海をすくえ! | やなせたかし | 東京ムービー |
高校生ダンス甲子園
第29回(2006年)から第37回(2014年)にかけて、日曜日の14時台に放送された。
『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』の人気コーナーの復活版。高校生が1分半程度のオリジナルダンスパフォーマンスで競う。
出場資格はメンバー全員が高校生であること、2人以上のチームであること(高等専門学校は在学3年以内、特別支援学校は高等部在籍)。全国各地での1次審査(遠方の場合はビデオ審査での参加も可能)と予選大会を勝ち抜いた6チーム[注 76] が本番当日にメイン会場でパフォーマンスを行い、視聴者による投票(番組連動データ放送またはパソコン・スマートフォンで参加可能)[注 77] によって優勝チームが決まる。『元気が出るテレビ!!』の演出担当だったテリー伊藤がパーソナリティーと共にコーナーを進行する。
全チームのパフォーマンスが終了した後には、エキシビジョンとしてパーソナリティーとコラボパフォーマンスを行う。
全国高等学校合唱選手権
第39回(2016年)のみ放送。
高校生チームが合唱を披露し、全国の高校合唱部のNo.1を決める。
出場資格はメンバー全員が高校生であること、8人以上30人以内のチームであること(ダンス甲子園同様高等専門学校は在学3年以内、特別支援学校は高等部在籍)。音楽のジャンルは問わない。1次審査と予選を勝ち抜いたチームが本番当日にメイン会場で合唱を披露し、タレント審査員・高校生観客審査員・視聴者(番組連動データ放送またはパソコン・スマートフォンで参加可能)による投票によって優勝チームを決定する。
大会委員長を音楽プロデューサーのつんく♂が務める。
番組使用曲
番組内ではチャリティーソングとして、番組オリジナルの楽曲やパーソナリティーを務める歌手の楽曲、メイン会場を訪れるゲストアーティストの楽曲が多数歌われる。番組内で使用される楽曲は毎年40曲前後にも上る。
第1回(1978年)は番組全ての音楽を大野雄二が担当し、以降第14回(1991年)まで大野の曲が多く使用された。第15回(1992年)の大幅な番組リニューアルと同時に大野が作曲した曲はほとんどが使用されなくなっている(同時に大野自身も番組から離脱)。
使用されている主な楽曲
原曲のアーティスト名も併記する。一部アーティストはメイン会場を訪れ、番組内で歌唱・演奏を行う。
- サライ
- 負けないで・マイ フレンド・揺れる想い
- でっかい宇宙に愛がある
- 第24回(2001年)・第25回(2002年)のチャリティーパーソナリティーであるモーニング娘。の曲。翌年以降も毎年ハロー!プロジェクトのメンバーがメイン会場を訪れ、この曲を歌うのが恒例となっている[注 80]。
- 愛は勝つ
- 希望の轍
- 世界中の誰よりきっと
- それが大事
- TOMORROW
- どんなときも。
- 夢をあきらめないで
- Runner
- チャリティーマラソンのゴール直前(「負けないで」より前)やチャレンジ企画の山場でパーソナリティーとゲストが歌うことが多い。
- 千の風になって
- ハナミズキ
- ドキュメンタリー企画で歌われることが多い(前者は故人を取り上げた際に使われる)。
かつて使用されていた主な楽曲
- LOVE SAVES THE EARTH
- 愛はマジック
- エバー・グリーン・ラブ〜人間という名の大きな樹
- この星をあなたに
- 以上は第14回(1991年)まで長年使用された。一部の地方局では番組のリニューアル以後も協賛CM、募金の告知スポットCM、チャリティーイベントなどで使用されていた。
- 2001年愛の詩
- 勇気のカタチ 〜私を変えてくれたあなたへ〜
付記事項
協賛企業
協賛企業は番組最初のネットセールス枠(土曜18時台)と月曜日に放送される『24時間マラソンの舞台裏』でもスポンサーを務めており、『24時間マラソンの舞台裏』では全社の連名で、エンディングの募金中間発表を改めて報告するとともに募金への感謝のメッセージを伝えるCMを製作・放送している。
現在の協賛企業
- 日産自動車(福祉車両の製造も担当):第1回(1978年) -
- イオン(チャリTシャツの販売も担当):第28回(2005年) -
- 住友生命[注 81]:第29回(2006年) -
- 東洋水産:第32回(2009年) -
- ヤクルト:第37回(2014年) -
- ライオン[注 82]:第41回(2018年) -
過去の協賛企業
- イエローハット:第20回(1997年) - 第24回(2001年)
- IYグループ(現在のセブン&アイ・ホールディングス):第7回(1984年) - 第27回(2004年)
- ろうきん:第26回(2003年) - 第28回(2005年)
- ジェーシービー:第13回(1990年) - 第32回(2009年)
- KDDI:第31回(2008年) - 第36回(2013年)
- サンスター:第35回(2012年) - 第40回(2017年)
チャリTシャツ
番組オリジナルのTシャツは「チャリTシャツ」と呼ばれ、基本的に黄色をベースにしている。24時間テレビ企画発案者でもある都築忠彦によれば、番組がスタートした1978年はベトナム戦争終結からまだ3年しか経っておらず、暗い空気が世界中に漂っていたこともあり、「幸せを求める」「平和を求める」という思いで映画『幸福の黄色いハンカチ』から採ったものである。また、番組開始当時は屋外での企画が多かったこともあり、表参道でのチャリティーパレードには警察が交通整理をしなければならなくなる程の人だかりが出来ることもあったため、一目で24時間テレビのスタッフだと分かるように目立つ色にしたかったからとも語っている[注 83][29]。なお、第15回(1992年)から第27回(2004年)は山吹色、第28回(2005年)以降はレモン色に近い配色になっている。
第28回(2005年)は香取慎吾の発案で黄色以外の色のTシャツが製作され、翌年以降も色のバリエーションが増えた(下表参照)。番組開始からしばらくの間は、浅葉克己デザインによる太陽と地球をイメージした番組シンボルマークをデザインしたものを使っていたが、1990年代後半からはパーソナリティーや著名デザイナーのデザインによるものが多くなっている。
チャリTシャツはタオル、缶バッジ、クリアフォルダ、チャリティーバンド、チャリティーバッグなどと共にチャリティーグッズとして市販されている。
第1回(1978年)から現金書留による通信販売が行われ、1980年代から第27回(2004年)まではイトーヨーカドーの一部店舗で販売されていたが、協賛企業がIYグループ(現在のセブン&アイ・ホールディングス)からイオンに替わった第28回(2005年)以降は、イオングループ各店舗(イオン・ダイエー・マックスバリュ・イオンスーパーセンター・ミニストップ・ビブレなど)で販売されている。
その他、日本テレビオフィシャルショップ「日テレ屋」(汐留店・東京駅店)や協力店[注 84]でも購入できる。通信販売も行なっており、「24時間テレビチャリティーグッズ通販サイト」で注文を受け付けている。
チャリTシャツは毎年約30万枚 - 100万枚程度売り上げており、販売収益金はチャリティー募金として寄付されている。歴代最多の販売枚数は第36回(2013年)の124万枚。
出演者とスタッフはほぼ全員チャリTシャツを着用し、番組内に挿入されるニュースコーナーを担当するキャスターやニュース専門チャンネル『日テレNEWS24』に出演するキャスターも当日はチャリTシャツを着用する。また、スタッフの多くは番組開始以来使われてきたスタッフ専用の山吹色のTシャツを着用する。ただし、コーナー出演者やゲスト出演者は例外的にスーツやタキシード・ジャージなど別の衣装で登場する場合がある。
番組プロモーションの一環として、本番組の約1ヶ月前から日本テレビ系列の報道番組・情報番組の一部出演者はチャリTシャツを着て番組に出演する。
各回の色とデザイン
放送回(放送年) | 色 | デザイナー |
---|---|---|
第1回(1978年) - 第14回(1991年) | ■黄 | 浅葉克己 |
第15回(1992年) - 第21回(1998年) | ■黄 | |
第22回(1999年) | 新垣仁絵 | |
第23回(2000年) | ||
第24回(2001年) | 飯田圭織 | |
第25回(2002年) | 工藤静香 | |
第26回(2003年) | 松岡昌宏 | |
第27回(2004年) | 大野智 | |
第28回(2005年) | ■黄・■赤・■青・■黒・□白 | 香取慎吾&佐藤可士和 |
第29回(2006年) | ■黄・■緑 | スタジオジブリ&中丸雄一 |
第30回(2007年) | ■黄・■赤 | NIGO |
第31回(2008年) | ■黄・■桃・■水 | 村上隆 |
第32回(2009年) | ■黄・■桃・■灰 | ピクサー |
第33回(2010年) | ■黄・■桃・■赤・■青・■緑 | スタジオジブリ |
第34回(2011年) | ■黄 | 森本千絵 |
第35回(2012年) | ■黄・■桃・■水 | 奈良美智&大野智 |
第36回(2013年) | ■黄・■桃・■水・□白 | 草間彌生&大野智 |
第37回(2014年) | ■黄・■桃・■水・□白・■黒 | 天野喜孝 |
第38回(2015年) | ニッポンの未来をつなぐ人々[注 85] | |
第39回(2016年) | ■黄・■桃・■水・□白 | 蜷川実花 |
第40回(2017年) | ■黄・■桃・■橙・□白・■紺 | 野老朝雄 |
第41回(2018年) | ■黄・■紫・■桃・■黒 | 渡辺直美&ハティー・スチャート |
第42回(2019年) | ■黄・□白・■桃・■水・■ミント | 大野智 |
メイン会場での観覧
以前は日本武道館への入館や観覧は自由であり、一度入館したら翌日の放送終了まで終始館内に留まって座席にて夜通しで観覧することが可能だったが、警備上の問題に加え、出演するタレントを目当てとした観客が長時間に亘って会場に留まり続ける「出待ち」などの問題が指摘されたため、第20回(1997年)からは事前申し込み制に改められた。
観覧希望者は公式サイトに記載された内容に沿ってはがきで申し込みを行う(1人1通まで)。入れ替え制のため、1日目(18時半 - 21時頃)と2日目(7時頃 - 21時)のいずれかを選択して応募する。応募者多数の場合は抽選によって当選者が決まる。
当選者には事前に観覧招待券(1人につき1枚、未就学児は送付された保護者と同伴でしか入場が許されない)が送付される。入場時には本人確認のため、本人確認書類の原本を提示を求められるほか、会場内での撮影や録音は一切認められない。再入場については、土曜日は会場の使用時間の関係で不可となっているが、日曜日については来場者にリストバンドを配布し、それを装着することで退場・再入場が可能となっている。
客席での弁当持参・飲食は可能で、施設内の自動販売機・売店も利用できる。また、両日の放送終了後にはメインパーソナリティによるミニコンサート(この模様は放送されない)も行われる。武道館では1階を募金受付列やスタッフ・カメラ・企画等のスペースに充てるため1階席は用意されないが、第32回(2009年)のメイン会場だった東京ビッグサイトは1階席が設けられた。また、第42回(2019年)の両国国技館は1階マス席を格納して席の上部のみ開放、下部分は完全格納した上で武道館と同様のスペースに充てた。2階部分は椅子に着席、1階マス席は床にそのまま座る方式となった。
募金に関しては自由来場となっているが、募金後はすぐに退出する事となっており、客席への入場は一切認められていない。また、土曜日21時頃から日曜日7時頃までは入場できない。武道館正面入口にはアリーナ内とは別に募金受付用のテント(かつては記帳所もあった)があるが、こちらは夜通しで募金受付を行っている。第32回(2009年)のメイン会場だった東京ビッグサイトは募金受付が会場の外に設けられていたため、会場内に入ることはできなかった。
チャリティーイベント
日産グローバル本社ギャラリー(横浜みなとみらい21)[注 86]では、番組と連動したチャリティーイベントが放送日に合わせて2日間開催され、お笑いタレント、アイドル、ミュージシャン、アスリートなどが多数参加する。
パーソナリティー、イベント出演者、有名人から提供された品物のチャリティーオークションやお笑いライブ、音楽ライブなど各種イベントが行われる。オークションの売り上げは寄付され、福祉車両の購入費などに充てられる。
会場では協賛企業である日産自動車のエコカーや福祉車両(ライフケアビークル)の展示が行われ、日曜日の午前中にはメイン会場からパーソナリティーの1人が駆けつけ、福祉車両の贈呈式が行われ、番組内でも中継される[注 87]。
日本テレビの新人アナウンサーが先輩アナウンサーと共に司会として参加する。また、かつては日テレジェニックが出演するのが恒例になっていた。
系列各局もローカル枠と連動したチャリティーイベントを独自に開催する。タレントをゲストに呼ぶ局もある。メイン会場は社屋である場合が多いが、近年はイオングループがスポンサーになっている関係もあり、イオンモールとするケースも見られる。
番組ボランティア
番組放送当日に募金の受付や募金会場の準備・撤収、車椅子利用者の介助などを担当するボランティアを毎年公式サイトなどで募集している。
応募資格は満16 - 29歳の学生又は社会人で男女は問わない[注 88]。ただし、放送回や系列局によっては応募資格が若干異なる場合があり、一般募集自体を行わない(局が指定した福祉関係学科のある高校・大学での内部募集のみなど)系列局もある。
ヤングチャリティーボランティア
番組放送日を含む前1週間(月曜日 - 放送当日)に、チャリTシャツを着用して街頭で募金呼び掛けを行う。
日当はなく、食費補助として1日数百円が支給される。着用したTシャツはもらう事ができ、7日間参加すると2枚支給される。系列各局が7月下旬 - 8月上旬にCM、公式サイトを通じて募集する。
草の根チャリティーネットワーク
チャリティーの趣旨や活動に賛同し、募金活動に協力している団体。
商店街、自治体、ボランティアサークル、学校などの団体が系列各局に登録しており、年間を通して募金活動を実施している。
事前番組
放送日の1ヶ月前から毎週日曜日の午後に関東ローカルで1時間枠の事前番組が生放送される。総合司会、パーソナリティー、サポーターやチャリティーランナーが生出演し、番組の見どころを紹介する。
放送前週の月曜日からは深夜に5分枠のミニ事前番組が編成され、放送週の月曜日深夜からは15分枠に拡大される。また、放送週の火曜日からは20:54 - 21:00にもミニ事前番組が編成される。
他番組との関連
第25回(2002年)より、『行列のできる法律相談所』は本番組の直後に放送される番組となっている[注 89]。第28回(2005年)以降は一部の回[注 46]を除き、チャリティーランナーが放送時間内にゴールできなかった場合の中継枠を兼ねて、日本武道館の道場から生放送を行っている。その際は、本番組終了直後の総合司会・パーソナリティー・チャリティーランナーがゲスト出演する。また、第28回(2005年)・第30回(2007年)・第34回(2011年)・第37回(2014年)には同番組の生放送スペシャルでチャリティーランナーの発表が行われた。
第35回(2012年) - 第37回(2014年)・第40回(2017年)・第42回(2019年)には『嵐にしやがれ』でメインパーソナリティーを発表した。また、第35回(2012年)・第36回(2013年)・第42回(2019年)には同番組でチャリティーランナーの発表(2019年は4人いたチャリティーランナーの3人目の追加発表)が行われたほか、第42回(2019年)には同番組でスペシャルドラマの追加キャスト発表が行われた。
『おしゃれイズム』には、本番組放送翌週の回にチャリティーランナーがゲスト出演することがある。
毎年、9月第1日曜日に系列局の青森放送で放送される青森県民駅伝競走大会中継では、チャリティーマラソンで使用した移動中継車が日本テレビより貸し出され、1号車として使用される。中継の直前番組では、中継車を紹介する際に必ずチャリティーマラソンについて言及する。
他局とのコラボレーション
読売新聞社の呼び掛けにより、『FNS27時間テレビ』放送日にフジテレビ本社前で共同でチャリティー募金活動を行ったことがある。
第12回(1989年)には、在京民放各局の看板アナウンサーやキャスターが出演し、世界の福祉や貧困などに関わるクイズ形式のリポート企画が行われた。このためエンディングには、協力として「東京放送(テレビ局としては現在のTBSテレビ)」「フジテレビ」「全国朝日放送(現在のテレビ朝日)」「テレビ東京」と民放キー局4社がクレジットされた。
第28回(2005年)には、メインパーソナリティーの香取慎吾が司会を務めるテレビ朝日系列の生番組『SmaSTATION-4』と同時中継を行った。テレビ朝日本社の受付にも募金箱が設置され、チャリティーを行った。
協力要請と注意喚起
番組をかたるアンケートメールがあるため公式ホームページにおいて「現在番組名をかたり、アーティストが関わっているかのようなアンケート形式の迷惑メールが出回っていますが、当番組とは一切関係ありません。十分、ご注意ください。」と注意喚起が行われている[30]。
日本武道館に隣接する北の丸公園を管理する環境省では「【お願い】24時間テレビに伴う混雑の緩和にご協力ください」とのお知らせを出している[31]。
批判
2016年8月28日に当番組の裏番組として放送されたNHK Eテレ『バリバラ〜障害者情報バラエティー〜』「検証!『障害者×感動』の方程式[32]」が感動ポルノを取り上げ、当番組を批判した[33][34]。
スタッフ
- 第42回(2019年)
- 構成:桜井慎一、ヒロハラノブヒコ、川上トリオ、木南広明、林田晋一、アリエシュンスケ、利光宏治、成瀬正人、石塚祐介、大谷裕一、橋本大介、大久保政男
- 演奏:ガッシュアウト、フェイスミュージック
- 編曲:したかたかし、たかしまかんた
- 技術統括:山口裕司
- 美術統括:大川明子
- 編成:田中俊光、齊藤久志、黄木美奈子、関根龍太郎、鶴田史隆
- 技術協力:NiTRo
- 美術協力:日テレアート
- 協力:公益財団法人 日本相撲協会
- 制作協力:AX-ON、いまじん、IVSテレビ制作、アガサス、えすと、オンリー・ワン、これから、極東電視台、クリエイティブ30、Call、コスモ・スペース、ゴットキッズ、ZION、THE WORKS、ZIPPY、厨子王、Sp!ce Factory、仁プロデューシング、創輝、東阪企画、フォアキャスト・コミュニケーションズ、日企、日テレイベンツ、DAYDREAM、passion、Boom up、モスキート、マイプラン、ユニオン映画、ランナーズ・ウェルネス、ロール・ワンほか
- 制作進行:東原祐子、西村友美
- 全体進行:斉藤寿
- 汐留本社S1サブディレクター:山下聖司、伴在正行、冨永琢磨、渡辺邦宏、井上将司、蒲龍太郎
- 国技館企画ディレクター:市川隆、前川瞳美、須原翔
- 国技館ディレクター:渡邉友一郎、原司、久木野大、藤戸星妃、新井万季、大井章生、小松正樹
- 国技館プロデューサー:笹部智大、國谷茉莉、末延靖章
- S1サブ演出:高橋利之、清水星人、上利竜太、橋本和明
- 国技館演出:石崎史郎
- プロデューサー:滝澤真一郎
- 総合プロデューサー:江成真二
- 総合演出:古立善之
- チーフプロデューサー:道坂忠久
- 制作:岡部智洋、松本達夫 / 森實陽三、小林景一
- 制作指揮:山田克也
- 製作著作:日本テレビ
歴代のスタッフ
- 日本武道館ディレクター:倉増吉継、雨宮秀彦、櫨山裕子、林田竜一、柳川剛、飯田達哉
- 日本武道館プロデューサー:河野直樹、和田隆、新国誠、轟浦康江
- 総合ディレクター:土屋泰則
- 麹町Gスタジオディレクター:矢迫孝男、矢坂義之、竹田次彦、加藤宏美、新田正明、和佐田幸弘、飯沼誠、斉藤敏豪、坂本秀直、小林宏充、若林利明、小池孝志、若目田光弘、千葉昭、金城正尚
- 麹町Gスタジオプロデューサー:桜田和之、菅賢治、大塚歩、内矢浩
- 総合ディレクター:吉川圭三
- 放送本部ディレクター:安藤正臣、古野千秋、神蔵克、江口義明、桑原勇蔵、見山欣也、河戸憲男
- コーディネーター:室川治久 / 城朋子、古屋和子、福地聡、渡辺一裕、鈴木睦
- 制作本部:八田一郎、高橋靖二、服部比佐夫、藤川昭夫、中村良男、吉田勲明、金谷勲夫、梅沢勝哉、小松伸生、伊藤和明、神成尚亮、小山啓、吉田真、水田伸生、西牟田知夫、池田健司、斎藤政憲、中西太 / 原薫太郎、八木博善、草野公、大鐘智
- 制作進行:東原祐子、鈴江秀樹、毛利忍、遊佐恵、小原知佐子、佐竹賢一、福浦草介、村上貴大、斉藤寿
- 総合演出:菅原正豊、五味一男
- プロデューサー:小杉善信、渡辺弘、佐野譲顕、中村英明 / 酒井武、重松修
- チーフプロデューサー:篠崎安雄
- チーフディレクター:神戸文彦、吉岡正敏
- 制作指揮:高橋進
- 総指揮:漆戸靖治
- 日本武道館ディレクター:雨宮秀彦、古野千秋、松崎聡男、磯野太、林田竜一、永原浩一、渡辺宏
- 日本武道館プロデューサー:和田隆、岡田謙吾、村松宏、大谷哲郎、新国誠、萩原伸之
- 総合ディレクター:土屋泰則
- 麹町Gスタジオディレクター:矢迫孝男、加藤晋也、矢坂義之
- 麹町Gスタジオプロデューサー:桜田和之、河野直樹
- 麹町Kサブディレクター:菅沼直樹、財津功、江口義明
- 麹町Kサブプロデューサー:室川治久
- コーディネーター:城朋子、福地聡、河野英裕、茂木達郎、福井宏
- 制作本部:八田一郎、加賀義二 / 高橋靖二、小杉義夫、服部比佐夫、長冨忠裕、平林邦介、金谷勲夫、大井紀子、五歩一勇、梅沢勝哉、中俣遼、土屋敏男、小山啓、水田伸生、井上健、吉川圭三、藤井淳 / 平山秀成、八木博善、大鐘智
- 制作進行:東原祐子、佐竹賢一、毛利忍、大場吾郎、小原知佐子、村上貴大、遊佐恵、斉藤寿
- 総合コーディネーター:佐野譲顕、中村英明
- 総合演出:菅原正豊、五味一男
- プロデューサー:小杉善信、渡辺弘
- チーフプロデューサー:篠崎安雄、吉岡正敏、重松修
- チーフディレクター:神戸文彦
- 制作指揮:高橋進
- 総指揮:漆戸靖治
- 日本武道館ディレクター:塩谷憲明、高島一郎、藤井淳 / 土屋泰則
- 日本武道館プロデューサー:和田隆、村松宏、大谷哲郎、新国誠、萩原伸之、松尾邦夫、宮崎徹 / 染井将吾、岡田謙吾、岩崎泰治
- 麹町Gスタジオディレクター:竹田次彦、伊藤慎一、中尾満、柳川剛、飯沼誠、加藤宏実、柳井誠也、岡村勝久、海野祐二
- 麹町Gスタジオ演出:小澤龍太郎、矢坂義之、工藤浩之
- 麹町Gスタジオプロデューサー:桜田和之、土屋敏男、河野直樹
- 麹町Kサブディレクター:梅原幹、安藤正臣、赤間佳彦、三觜雅人
- 回線コーディネーター:室川治久、城朋子、河野英裕、明石成司、高田耕作、小山和行、上野真二、村田清治、神野基彦、渡辺一裕、西谷政仁、木村勇、常泰幸文、大沼潤、木村智恵子
- 制作進行:東原祐子、佐竹賢一、毛利忍、大場吾郎、遊佐恵、斎藤みさ子 / 斉藤寿
- 制作本部:白石重昭、篠崎安雄 / 吉岡正敏、金谷勲夫、大井紀子、小杉善信、小山啓、吉川圭三 / 棚次隆、大鐘智、鈴木義治、初川則夫
- プロデューサー:佐野譲顯、吉田真
- 総合演出:雨宮秀彦、中村英明 / 五味一男
- チーフプロデューサー:渡辺弘
- チーフディレクター:神戸文彦
- 制作指揮:萩原敏雄
- 総指揮:漆戸靖治
- 日本武道館ディレクター:磯野太、藤井淳、斎藤政憲、森實陽三、瓜生健、環真吾、南波昌人 / 財津功
- 日本武道館プロデューサー:小湊義房、似鳥利行 / 和田隆、村松宏、大谷哲郎、荻原伸之、松尾邦夫、天笠ひろ美、加藤晋也、輿森重行
- 麹町Kサブディレクター:安藤正臣、赤間佳彦、三觜雅人、福士睦 / 西田弘一、岡田泰三 / 梅原幹、中村英明
- 回線コーディネーター:城朋子 / 渡辺一裕、高井健司、村田清治、神野基彦、明石成司、石井志知、松島大悟、高田耕作、古田進、本多哲也、木村智恵子、小木裕介、江尻直孝
- 制作進行:東原祐子 / 佐竹賢一、毛利忍、斎藤みさ子 / 山本文子、小俣猛 / 斉藤寿
- 制作本部:白石重昭、篠崎安雄 / 吉岡正敏、金谷勲夫、小杉善信、大井紀子 / 室川治久 / 棚次隆、大鐘智、川口勲、初川則夫
- エグゼグティブディレクター:神戸文彦
- プロデューサー:佐野譲顯、吉田真
- 総合演出:五味一男、雨宮秀彦
- チーフプロデューサー:渡辺弘
- 制作指揮:萩原敏雄
- 総指揮:漆戸靖治
- 日本武道館ディレクター:吉岡正敏、中村英明、藤井淳、森實陽三、金田有浩、川口仁
- 日本武道館プロデューサー:渡辺満子 / 村松宏、河野直樹、小俣匡彦、荻原伸之、松尾邦夫、天笠ひろ美、加藤晋也、輿森重行、中川幸美
- 麹町Kサブディレクター:安藤正臣、赤間佳彦、三觜雅人 / 岡田泰三、菅沼直樹 / 今倉一正、福地聡
- 回線コーディネーター:城朋子 / 小澤龍太郎、小木裕介、西谷政仁、渡辺一裕、小林景一、高井健司、近藤英之、糸井峰郎、田中護
- 制作本部:斉藤隆志、篠崎安雄、山根義紘 / 長冨忠裕、吉岡正敏、棚次隆、森岡正彦、小杉善信、高田真治、柏木登、桜田和之 / 大鐘智、川口勲、初川則夫 / 政橋雅人
- 制作進行:東原祐子、山本文子、桂若穂、斉藤寿
- エグゼグティブディレクター:神戸文彦
- 総合演出:渥美光三、土屋泰則、財津功、佐藤一
- プロデューサー:笹尾光
- チーフプロデューサー:室川治久
- 総指揮:萩原敏雄
- 制作進行:東原祐子、小峰文子、斉藤寿
- エグゼグティブディレクター:神戸文彦
- 総合演出:五味一男、財津功
- プロデューサー:佐野譲顯、吉田真
- チーフプロデューサー:渡辺弘
- 総指揮:萩原敏雄
- 制作進行:東原祐子、斉藤寿
- エグゼグティブディレクター:神戸文彦
- 総合演出:吉川圭三
- プロデューサー:面高直子、松崎聡男
- チーフプロデューサー:桜田和之
- 総指揮:萩原敏雄
- 制作進行:川上トリオ、竹内美佐、野本亜希子、松田敦子、松原由希香 / 東原祐子、斉藤寿
- エグゼグティブディレクター:五味一男、神戸文彦
- 日本武道館ディレクター:江成真二、徳永清孝、今井大輔、河野雄平、那須大輔
- 汐留本社S1サブディレクター:伴在正行、大野聰介、小野隆史、横山裕康、町尻具宗
- プロデューサー:下田明宏、東山将之、藤井淳、瀬戸口正克 / 磯野太
- チーフディレクター:村上和彦、高橋利之
- S1サブ演出:上田識喜、倉田忠明、宮本誠臣
- 制作:中山良夫、城朋子
- 日本武道館演出:原司
- 総合演出:福士睦
- チーフプロデューサー:松岡至、吉川圭三
- 制作指揮:渡辺弘
- 制作進行:小松正樹、野本亜希子、松田瑠美 / 東原祐子、斉藤寿
- 監修:五味一男
- 汐留本社S1サブディレクター:伴在正行、大野聰介、小野隆史、八重沢亮、吉田尚代、廣瀬由紀子
- プロデューサー:上田識喜、納富隆治、金田有浩、伊東修、松本浩明
- S1サブ演出:高橋利之、古立善之、原司
- 制作:城朋子、安齋健一郎、小杉善信
- 日本武道館演出:江成真二
- 演出:瓜生健
- 総合演出:三觜雅人
- 総合プロデューサー:藤井淳、森實陽三 / 梅原幹
- 制作指揮:渡辺弘
- 協力:東京ビッグサイト
- 制作進行:小松正樹、野本亜希子 / 東原祐子、斉藤寿
- 監修:五味一男
- 汐留本社S1サブディレクター:伴在正行、大野聰介、藤森和彦、西川宏一
- 東京ビッグサイトディレクター:鈴木淳一、福田逸平太、久木野大、橋本和明
- プロデューサー:伊東修、安彦真利江 / 遠藤正累
- S1サブ演出:髙橋利之、納富隆治、三觜雅人、川邉昭宏、原司
- 制作:城朋子、安齋健一郎、小松伸生、菅賢治、吉川圭三
- 総合プロデューサー:田中宏史、松本京子
- 東京ビッグサイト演出:江成真二
- 総合演出:古立善之
- チーフプロデューサー:松岡至
- 制作指揮:桜田和之
- 制作進行:東原祐子、古賀絢子
- 監修:五味一男
- 制作:城朋子、小湊義房 / 菅賢治、今村司
- 日本武道館ディレクター:福田逸平太、久木野大、上田崇博、川口信洋、小松正樹
- 汐留本社S1サブディレクター:伴在正行、橋本和明、廣瀬由紀子、岩鼻優
- 武道館プロデューサー:前田直敬、松本京子
- S1サブ演出:三觜雅人、納富隆治
- 全体進行:斉藤寿
- プロデューサー:滝澤真一郎、岩下英恵
- 演出:髙橋利之、川邉昭宏
- 日本武道館演出:江成真二
- 総合演出 : 古立善之
- 総合プロデューサー:田中宏史
- チーフプロデューサー:松岡至
- 制作指揮:桜田和之
- 制作進行:東原祐子、西村友美、戸谷志帆梨
- 制作:菊地剛太、廣瀬健一
- 武道館ディレクター:久木野大、上田崇博、川口信洋、井上尚也、小松正樹
- 汐留本社S1サブディレクター:伴在正行、佐々竜太郎、橋本和明、小田玲奈、岩鼻優
- 武道館プロデューサー:江成真二、伊東修、遠藤正累
- S1サブ演出:髙橋利之、三觜雅人、福士睦、古立善之
- 全体進行:斉藤寿
- プロデューサー:糸井聖一、岩下英恵
- 日本武道館演出:福田逸平太
- 総合プロデューサー:田中宏史
- 総合演出:川邉昭宏
- チーフプロデューサー:菅賢治
- 制作指揮:佐野譲顯
- 全体進行:斉藤寿
- 制作:菊池剛太、長尾泰希
- 制作進行:東原祐子、西村友美、古賀絢子
- S1サブ演出:高橋利之、福士睦、川邊昭宏
- 日本武道館演出:福田逸平太
- プロデューサー:遠藤正累、松本京子、岩下英恵
- 総合演出:古立善之
- 総合プロデューサー:田中宏史
- チーフプロデューサー:加藤幸二郎
- 制作指揮:佐野譲顯
- 編成:久保真一郎、佐藤俊之、阿部寿徳、小林将高、切田美伸、合田伊知郎
- 武道館ディレクター:上田崇博、利根川広毅、川口信洋、井上尚也、小松正樹
- 汐留本社S1サブディレクター:伴在正行、森山琢哉、岩鼻優、山下聖司
- 武道館プロデューサー:川添武明、尾高賢哉、前田直敬
- S1サブ演出:高橋利之、川邊昭宏、古立善之、上利竜太、橋本和明
- 武道館演出:福田逸平太、黒川高
- プロデューサー:小野隆史
- 総合演出:清水星人
- 総合プロデューサー:吉無田剛、岩下英恵
- チーフプロデューサー:道坂忠久、田中宏史
- 制作:加藤幸二郎 / 梅原幹、長尾泰希、廣瀬健一
- 制作指揮:福田博之
- 技術統括:土屋隆
- 編成:荻野陽介、長田宙、大東徹也、切田美伸
- 制作進行:東原祐子、西村友美、岸加苗
- 全体進行:斉藤寿
- 汐留本社S1サブディレクター:岩鼻優、伴在正行、上田崇博、森山琢哉、渡辺春佳、山下聖司、伊藤茉莉衣
- 武道館ディレクター:利根川広毅、川口信洋、井上尚也、渡邉友一郎、小松正樹
- 武道館プロデューサー:笹部智大、前田直敬、江成真二
- S1サブ演出:高橋利之、清水星人、古立善之、福田逸平太、橋本和明
- 武道館演出:徳永清孝
- プロデューサー:西川宏一
- 総合プロデューサー:岩下英恵
- 総合演出:上利竜太
- チーフプロデューサー:道坂忠久、伊東修
- 制作:長尾泰希、黒崎太郎、福田博之 / 松岡至、福地聡
- 制作指揮:加藤幸二郎
- 技術統括:山口裕司
- 美術統括:大川明子
- 編成:長田宙、高島陽子、渡邊真誉、切田美伸、川口信洋
- 制作進行:東原祐子、西村友美
- 全体進行:斉藤寿
- 汐留本社S1サブディレクター:森山琢哉、伴在正行、渡辺春佳、山下聖司、冨永琢磨、渡辺邦宏
- 武道館ディレクター:上田崇博、井上尚也、吉川真一朗、諸田景子、小松正樹
- 武道館企画演出:福田逸平太、市川隆、利根川広毅、石崎史郎
- 武道館プロデューサー:江成真二、島田総一郎、笹部智大、吉無田剛、岩下英恵、末延靖章、杉山直樹、宮太一
- S1サブ演出:清水星人、安島隆、上利竜太、橋本和明
- 武道館演出:古立善之
- プロデューサー:西川宏一
- 総合プロデューサー:横田崇
- 総合演出:髙橋利之
- チーフプロデューサー:道坂忠久
- 制作:黒岩直樹、黒崎太郎、福田博之 / 福地聡、森實陽三
- 制作指揮:加藤幸二郎
- 技術統括:山口裕司
- 美術統括:大川明子
- 編成:武末大作、川口信洋、南斉岬、渡邊真誉
- 制作進行:東原祐子、西村友美
- 全体進行:斉藤寿
- 汐留本社S1サブディレクター:森山琢哉、伴在正行、渡辺春佳、山下聖司、渡辺邦宏、井上将司
- 武道館ディレクター:井上尚也、久木野大、藤戸星妃、諸田景子、小松正樹
- 武道館企画演出:福田逸平太、市川隆
- 武道館プロデューサー:江成真二、笹部智大、末延靖章、合田伊知郎、杉山直樹
- S1サブ演出:高橋利之、清水星人、古立善之、上利竜太、水嶋陽、吉川真一朗
- 武道館演出:藤森真実
- プロデューサー:黄木美奈子
- 総合プロデューサー:吉無田剛
- 総合演出:橋本和明
- チーフプロデューサー:道坂忠久、遠藤正累
- 制作:福田博之、松本達夫 / 山田克也、森實陽三、福士睦
- 制作指揮:加藤幸二郎
24時間テレビチャリティー・リポート
日本テレビ系列局で放送されている5分間のミニ番組。日本テレビでは1978年9月9日から放送されている。
集められた募金の使用経過の報告を行う。7月から9月には本番組の内容予告や開催当日のミニリポートを行う場合がある。
放送時間は各放送局により異なり、日本テレビ系列局が無い沖縄県など未放送の地域もある。日本テレビでは2012年9月30日までは日曜日早朝に単独番組として放送されていたが、2012年10月7日放送分より『日テレアップDate!』の内包番組として放送されている。
放送地域 | 放送局 | 系列 | 放送日時 | 字幕 |
---|---|---|---|---|
関東広域圏 | 日本テレビ 制作局 |
日本テレビ系列 | 日曜 5:40 - 6:00内 | ○ |
北海道 | 札幌テレビ放送 | 土曜 4:19 - 4:24 | × | |
岩手県 | テレビ岩手 | 水曜 11:50 - 11:55 | ○ | |
秋田県 | 秋田放送 | 火曜 10:55 - 11:00 | × | |
山形県 | 山形放送 | 土曜 5:10 - 5:15 | ○ | |
福島県 | 福島中央テレビ | 土曜 9:25 - 9:30 | × | |
山梨県 | 山梨放送 | 土曜 11:40 - 11:45 | ○ | |
長野県 | テレビ信州 | 月曜 2:05 - 2:10(日曜深夜) | ||
新潟県 | テレビ新潟放送網 | 日曜 4:40 - 4:45 | ||
静岡県 | 静岡第一テレビ | 日曜 3:35 - 3:40(土曜深夜) | ||
富山県 | 北日本放送 | 月曜 11:25 - 11:30 | ||
石川県 | テレビ金沢 | 日曜 6:10 - 6:15 | ||
中京広域圏 | 中京テレビ放送 | 日曜 5:25 - 5:30 | ||
近畿広域圏 | 讀賣テレビ放送 | 月曜 3:26 - 3:30(日曜深夜) | ||
鳥取県・島根県 | 日本海テレビジョン放送 | 日曜 5:10 - 5:15 | ||
広島県 | 広島テレビ放送 | 日曜 3:50 - 3:55(土曜深夜) | ||
山口県 | 山口放送 | 火曜 11:25 - 11:30 | × | |
徳島県 | 四国放送 | 日曜 6:10 - 6:15 | ○ | |
香川県・岡山県 | 西日本放送 | 月曜 2:05 - 2:10(日曜深夜) | ||
愛媛県 | 南海放送 | 日曜 5:10 - 5:15 | × | |
高知県 | 高知放送 | 日曜 5:10 - 5:15 | ○ | |
福岡県 | 福岡放送 | 土曜 4:55 - 5:00 | ||
長崎県 | 長崎国際テレビ | 日曜 4:55 - 5:00 | ||
熊本県 | 熊本県民テレビ | 日曜 5:40 - 5:45 | ||
大分県 | テレビ大分 | 日本テレビ系列 フジテレビ系列 |
日曜 5:10 - 5:15 | |
鹿児島県 | 鹿児島讀賣テレビ | 日本テレビ系列 | 日曜 5:40 - 5:45 |
脚注
注釈
- ^ 通常は白色で表示されるが、エンディングのスタッフロール表示時は黄色で表示される。
- ^ 第1回(1978年)のみモノラル放送。
- ^ 対応は第40回(2017年)まではドラマスペシャルのパートのみ、第41回(2018年)からはPART1全編。
- ^ インストゥルメンタルアレンジ版、イントロ部分のみ。
- ^ 第14回(1991年)のみ7月下旬に実施された。
- ^ a b c テレビ宮崎はNNSには非加盟。
- ^ a b c 沖縄県には日本テレビ系列局が無いため、唯一フジテレビ系列のシングルネット局による参加となっている。
- ^ 第14回(1991年)までは『24時間テレビ「愛は地球を救う」○○』と、放送回数を末尾に表記したものが正式タイトルだった。
- ^ 第15回(1992年)・第16回(1993年)はタイトルを『24時間テレビ15(16)「愛の歌声は地球を救う」』とした。
- ^ 当時、終夜放送は緊急時(大規模な地震、台風などの自然災害や、戦争・紛争、交通ストライキなど)、ならびに近代オリンピックのうち、時差の関係で日本時間の深夜に開催されるヨーロッパ・アフリカやアメリカ大陸で開催する場合を除いて行われていなかった。第1回でスタジオ総合司会を務めた巨泉は、「これから24時間、今までやっていた通常の放送をすべてお休みにして、全く白紙に戻して、テレビが一体何ができるのかやってみたい。地球に住む我々が一体何が幸せかをかみしめたい。世の中にいる社会的弱者がテレビを通して役立つかどうか。テレビを通してチャリティーをやりたい」とのスピーチ(24時間テレビ(第1回 (1978))オープニング冒頭部分)をしている。
- ^ 第15回(1992年)・第16回(1993年)は、当時日本テレビのキャッチフレーズだった「みんなのなかに、私はいます。」が使われた。
- ^ 第40回(2017年)の番組内で久里自身が発言。しかし、番組スタッフのほとんどはこれを地球と月と勘違いし、社内では「地球マーク」と呼ばれていた。
- ^ 土曜日19:45 - 日曜日21:34に放送された第27回(2004年)と土曜日18:30 - 日曜日21:09に放送された第35回(2012年)は除く。
- ^ 但し、日本武道館が諸事情により使用出来ない年など、別の会場を使用するケースもある。実例は第14回(1991年)・第32回(2009年)・第42回(2019年)の3回。
- ^ 第1回(1978年)はグランドフィナーレ(代々木公園)の進行、第2回(1979年)はチャリティーパーソナリティー、第34回(2011年)はチャリティーマラソンランナー、第35回(2012年)は出演者のひとり、第36回(2013年)以降は24時間テレビサポーターとして参加している。
- ^ a b 但し、インターネット募金をする際に発生するクレジットカード決済と携帯キャリア決済のシステム利用料は寄付金から差し引かれる。この事については公式サイトでも明記されている。
- ^ 日産ギャラリー、NISSAN CROSSING、日産販売会社ショールーム(ブルーステージ、レッドステージ、レッド&ブルーステージ、日産自動車販売、日産フォークリフトなど)、日産カレスト、イオングループ各店舗、住友生命各支社来店窓口、東洋水産各支店・営業所・工場・特設会場、ヤクルト本社・各支店、ライオンオフィス・事務所・特設会場、読売新聞販売店(YC)、草の根チャリティーネットワーク、新宿高島屋・大宮高島屋、日本橋三越本店、横浜・川崎モアーズ、町田東急ツインズ、藤沢・小田急百貨店、東京駅一番街、ツリービレッジなど。
- ^ ゆうちょ銀行、三井住友銀行、三菱UFJ銀行、みずほ銀行、イオン銀行、じぶん銀行など。
- ^ 2017年頃から『フジネットワーク・サザエさん募金』の愛称を使用。
- ^ 1999年のCM間引き問題で、日本民間放送連盟・NNSの会員資格を除名・停止させられた際には、自主的な募金活動を自粛した。
- ^ 放送対象地域は福岡県のみだが、募金活動や各種支援活動、福祉車両の贈呈などについては福岡県・佐賀県の両県を対象地域としている。
- ^ a b 1997年のCM間引き問題で、福岡放送が日本民間放送連盟・NNSの会員資格を除名・停止させられた際には自主的な募金活動を自粛し、熊本県民テレビが九州地区幹事局を代行した。
- ^ 現在の静岡朝日テレビ。
- ^ アニメスペシャル『100万年地球の旅 バンダーブック』については、静岡放送(SBS)が10:30 - 11:25に短縮版を放送した。
- ^ オープニングから日曜日の早朝まで放送。第5回(1982年)は長崎大水害発生の影響を受けて参加を自粛し、テレビ長崎のみが参加したが、この時もテレビ長崎は前半部分をネットせず、後半のみの放送になった。
- ^ 第1回(1978年) - 第6回(1983年)は日曜日の早朝からエンディングまで放送。第7回(1984年) - 第13回(1990年)は24時間放送。
- ^ ビデオリサーチ社による。番組表上ではPART1、ドラマスペシャル、PART2は一括でPART1扱い、PART8 - PART10は一括でPART7扱いで若干異なる。
- ^ PART2開始より早く終わった場合には自社発のローカル枠で穴埋め。
- ^ なお、各コーナー内でも、他系列の番組や自社制作番組を放送するネット局の飛び乗り・飛び降りに配慮し、区切りの部分が設置されていた。「グランドプロローグショー」や「グランドフィナーレ」は2 - 3部制で対応していた。
- ^ 一部系列局では、この年まではローカル枠・協賛CMでも使用されていた。
- ^ 第14回(1991年)までは「このコーナーは…」で始まる提供読みがあった。
- ^ 放送時はアナログ・デジタル共にサイドカットされ、日本テレビ・中京テレビ・読売テレビのデジタル放送は、左右を黄色(英文ロゴが並べられており、右下にはシンボルマークを配置)のサイドパネルで対応。なお、収録映像自体は、サイドカットされずハイビジョンで保存されている。
- ^ 地上デジタル放送では、この年からサイドカットせずに16:9で放送。なお、VTR映像やネット局など一部の中継は後年までに順次整備された。
- ^ NHKと民放5系列の中で、20時台から選挙特番を編成しなかった局は日本テレビ系列のみであった。
- ^ 「東日本大震災緊急募金」に寄せられた義援金を含む。
- ^ 高畑裕太も出演予定だったが、不祥事により降板。
- ^ 以前はメインパーソナリティーが先に登場してから各出演者を呼び込み、一言ずつ挨拶しながら登場していたが、近年は歌いながら登場することが多い。第42回(2019年)は各中継地点に分散してのスタートとなった。
- ^ 外部の施設やイオンモールをメイン募金会場にしている局ではメイン会場の受付・入場時間内は会場から放送し、使用できない深夜から早朝の時間帯は自局のスタジオから放送する。
- ^ メイン会場が使用できない深夜帯を除く。
- ^ 第10回(1987年)からはVTR。
- ^ このアイキャッチは2000年代初期まで毎年変えながら続いた。
- ^ 第1回(1978年)は日本テレビGスタジオから進行の大橋巨泉、竹下景子の2人がチャリティーの方法を案内していた。また、地方局に切り替わる際は「各局の皆さん準備はよろしいですか?」と呼びかけていた場面もあった。
- ^ 読売テレビ、中京テレビ、福岡放送など。
- ^ 第33・37回は手術明けだったため、常時の併走は見合わせた。第42回(2019年)はマラソン用中継車の放送席にて解説も行った。
- ^ 第32回(2009年)の東京ビッグサイトでは階段を設けず、モザイクアート企画で制作したゴールゲートが左右に開く形式をとった。第42回(2019年)の両国国技館では、長い通路を経てから国技館に常設された階段を通ってゴールした。
- ^ a b 第29回(2006年)・第31回(2008年) - 第33回(2010年)。
- ^ 第42回(2019年)のみ両国国技館の通路。
- ^ 第36回(2013年)・第37回(2014年)は『24時間テレビ マラソン&深夜しゃべくりの裏側SP』として2部制で放送された。
- ^ 通常は親サブの汐留S1サブにて実況・レポーターのアナウンサー・走者・坂本で番組を進める。第42回(2019年)は走者4名と坂本のみで進行。
- ^ 直後に放送された『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』は前半コーナーの一部をカットするなど放送時間を短縮し、21時以降は通常編成となった。
- ^ 日本テレビでは『音のソノリティ』及び前後のステブレCM枠。
- ^ 第29回(2006年)・第30回(2007年)・第36回(2013年)・第37回(2014年)には陸上十種競技マスターズ日本記録に挑戦した。第36回(2013年)以後は24時間テレビサポーターなどとして武道館に毎年参加している。
- ^ スイムは土曜日12:00 - 13:30の『メレンゲの気持ち』(一部地域では非ネット)内、バイクは土曜日15:30 - 16:55の事前番組(一部地域では非ネット)内、ランは本編開始後にスタート。
- ^ 第42回(2019年)は両国国技館のロビー。
- ^ 第15回(1992年) - 第19回(1996年)・第22回(1999年)・第23回(2000年)は除く。
- ^ 第1作目の『機の音』(脚本:倉本聰)は「118歳で機織りを続ける日本最高齢者」を主人公とするフィクションである。
- ^ 長きに渡ってモノラル多重音声を実施していたが、第40回(2017年)よりステレオ多重音声を実施している。第41回(2018年)からはドラマスペシャルを含むPART1(オープニングから深夜企画の途中まで)全編が多重音声に対応するようになったが、実際に多重音声を実施しているのは、従来通りドラマスペシャルのみである。
- ^ 『24時間テレビ』放送前日の『金曜ロードショー』で特別企画として放送された。
- ^ ドラマ後は深夜企画の最中であるが、番組表上では深夜企画に挿入される『NNNニュース』後の1時45分までがPART1、1時45分から早朝企画開始までがPART2、早朝企画開始から『NNNニュースサンデー』開始までの時間帯がPART3。PART2終了・PART3開始は年によって異なるため詳細な時間はここでは省略する。
- ^ 第37回(2014年)までは翌5時半、第38回(2015年)は翌5時、第39回(2016年)から第41回(2018年)までは翌4時まで。
- ^ 第28回(2005年)までは麹町Gスタジオ、第29回(2006年)から第41回(2018年)は汐留S1・S2スタジオ。
- ^ 第1回(1978年)は通常通りスーツとネクタイを着用していた。
- ^ 第39回(2016年)までは日曜日1:10 - 1:45に『Going!Sports&News』(それ以前は『NNNきょうの出来事』『スポーツうるぐす→SUPERうるぐす』)の特別版として放送されていた。深夜企画のスタジオに『Going!』のキャスター陣が出演し、メインパーソナリティーや深夜企画の進行役がゲスト出演していた。
- ^ 『きょうの出来事』時代の1990年代初期までは当時の土曜日の定刻通りに開始した短縮版で放送されていた。また、報道スタジオにはその年の出演者がゲスト出演することもあった。
- ^ 第39回(2016年)までは6:45 - 6:57。
- ^ テレビ宮崎は朝のニュースはFNNから供給を受けるため、日曜朝に通常時ならばフジテレビと同時ネットの『FNNニュース』をこの日に限り時差ネットしている。
- ^ テレビ宮崎と福井放送は昼のニュースをANNから供給を受けているため、昼の長時間ローカル枠内で『ANNニュース』を通常通り放送している。
- ^ テレビ大分は昼のニュースをFNNから供給を受けているため、昼の長時間ローカル枠内で『FNN Live News days』を通常通り放送している。
- ^ このコーナーを含め6時台途中までは武道館の外から放送している。第39回(2016年)以降は4時台・5時台を汐留・マイスタジオから放送している。冒頭に総合司会とパーソナリティが「全国の皆さん、おはようございます。」と挨拶する。また、この時間帯にヨネスケと柴田理恵がメイン会場を訪れることが恒例になっている。回によっては朝7時頃に徳光が登場し、当時の演出を再現する形で行うこともある。
- ^ かつては笑点チャリティー大喜利終了後にも中間報告を行っていた回もある。
- ^ 第36回(2013年)・第37回(2014年)・第41回(2018年)など、放送されない回もある。
- ^ 第32回(2009年)は放送日がアリスのコンサート開催日と重なったため、谷村は欠席し、加山のみが出演した。
- ^ 各局会場ではローカル枠・イベントの出演者やスタッフ・ボランティア等が勢揃いして「サライ」を歌う。また、必ずと言っていいほど局ロゴもしくは県名(日産本社ギャラリーは「NISSAN」ロゴ)が書かれたパネルを見せる。メイン会場がイオンモール専門店街で閉店時間が21時の場合、もしくはイベントが夕方に終わる局の場合は、自局のスタジオに移動して対応することが多い。なお、沖縄テレビはこの中継には参加していない。
- ^ かつてはこの映像の後、「LOVE SAVES THE EARTH」をBGMにエンドロール(出演者・コーナースタッフ等)を流し、「そして、本当にこの番組を作ったのは…あなたです。」というメッセージを出して終了となった。
- ^ 第10回(1987年)・第11回(1988年)は除く。
- ^ 第37回(2014年)は予選大会を勝ち抜いた7チームが当日の午前中にチャリティーイベント会場(日産グローバル本社ギャラリー)で準決勝を行い、その内5チームが決勝に進出した。
- ^ 第36回(2013年)までは電話投票。
- ^ 第28回(2005年)はこの曲の後に続けて、SMAPの「世界に一つだけの花」の大合唱でエンディングを迎えた。
- ^ 第37回(2014年)、第40回(2017年)はオープニングでも歌われた。
- ^ 第36回(2013年)と第38回(2015年)には歌われなかった。
- ^ かつて番組内で日曜日の朝に放送されていたアニメスペシャルを「スミセイ・アニメスペシャル」の冠タイトルで提供していたことがある。
- ^ 字幕放送CMで実施。
- ^ 当時は黄色い私服を着用する人がいなかったため。なお、私服がカラフルになるのは1980年代後半のバブル景気頃である。
- ^ 「Tree Village」(東京スカイツリータウン・東京ソラマチ内)、よしもと各劇場(よしもとテレビ通り渋谷店・新宿店・NGK店、神保町花月、よしもとたのむヮ買うてぇ屋 道頓堀店)、よみうりランド(グッズショップ「よみうり本舗」)、ランキンランキン(自由が丘店・あざみ野店・北千住店・ekimoなんば店)など。
- ^ きゃりーぱみゅぱみゅ、阿萬暖々果、川島義徳、山中伸弥、高橋宗司、ゆめ花、松浦敬一、大川香菜、桂歌丸、山崎直子、TAKA、重松夏帆・山本美歩、上地結衣、小栗楓子、羽生結弦。
- ^ 第31回(2008年)までは旧・日産本社ギャラリー及び日産銀座ギャラリー(いずれも銀座。銀座ギャラリーは建て替えられ、NISSAN CROSSINGとなった)。第34回(2011年)は日産スタジアム東ゲート前広場で開催された。
- ^ 第13回(1990年)以前は、日中に事前収録したものを土曜深夜(ドラマスペシャル終了後)に『チャリティー報告』のタイトルで放送していた。当時は出演者の一人がチャリティー委員会の代表という形で出演していた。
- ^ 第37回(2014年)、日本テレビの場合。
- ^ 第32回(2009年)は『ZERO×選挙2009』を放送したため、同番組は休止となった。
- ^ a b c d e スタッフロール内では武道館スタッフ枠内に表示。
出典
- ^ 『福島民報』、1988年08月27日朝刊、22面、紙面下部の福島中央テレビの当番組番宣広告より引用。
- ^ 青森放送のイベントサイト 2018年08月19日閲覧。
- ^ 「社会福祉法施行規制」 法令データ提供システム。
- ^ 「24時間テレビチャリティー委員会」に公益認定
- ^ a b c 福祉車両進呈 - 24時間テレビチャリティー委員会
- ^ a b 福祉 - 24時間テレビチャリティー委員会
- ^ 18:45頃からは県内ローカル放送を行い、19:00に番組が一旦終了する。
- ^ 井原高忠 『元祖テレビ屋大奮戦!』(文藝春秋、1983年)5章3節。
- ^ 『週刊昭和タイムズ』第15号。
- ^ 『福島民報』1978年11月2日付朝刊、8面、テレビ欄。同9面、みもの欄。
- ^ 「ゴンドラ・歌と音楽中心に楽しく」『読売新聞』1992年8月29日朝刊、第28面より引用。
- ^ 日刊スポーツ、2007年8月21日付。
- ^ 24時間テレビ34「愛は地球を救う」募金報告 総額は歴代最高の19億8,641万4,252円
- ^ “嵐 新元号最初の大役「新時代にふさわしい24時間テレビを作りたい」”. スポニチアネックス (2019年3月17日). 2019年3月17日閲覧。
- ^ “水卜麻美アナが「24時間駅伝」走る!総合司会で初のランナー挑戦…よしこ、春菜、水卜、あさこの順でタスキリレー”. スポーツ報知 (2019年8月24日). 2019年8月24日閲覧。
- ^ 総合司会経験者としては第30回(2007年)の萩本欽一、第34回(2011年)の徳光和夫に続き3人目。
- ^ a b c d e f 広島テレビ放送 24時間テレビの歴史
- ^ 指南役のTVコンシェルジュ 第19回「王者日テレの歴史」(後編)
- ^ 『朝日新聞』、1979年08月25日朝刊、41面、テレビ欄。
- ^ 24時間テレビ歴代マラソンランナー&やらせ真相まとめ!西村知美ワープ事件とは
- ^ 「24時間テレビ」マラソンランナーを追う「24時間マラソン追跡団」はどんな人たち? メンバーに聞いてみた
- ^ 今年も24時間マラソンランナーの現在位置がわかるアカウント登場!MAPでわかりやすいぞ
- ^ “24時間マラソン挑戦のイモト、中継されず不満広がる”. J-CASTニュース (ジェイ・キャスト). (2009年8月31日) 2011年7月9日閲覧。
- ^ 自己批評・検証番組『あなたと日テレ』2009年9月6日放送分より
- ^ 「ゴンドラ・歌と音楽中心に楽しく」『読売新聞』1992年8月29日付朝刊、第28面。
- ^ “「24時間テレビ」平均視聴率16.5% 瞬間最高は“あさこゴールなるか”39.0%”. Sponichi Annex (スポーツニッポン新聞社). (2019年8月26日) 2019年8月26日閲覧。
- ^ GODIEGO UNOFFICIAL WEBSITE(2017年7月24日閲覧)
- ^ “[声〜あなたと読売テレビ (2014年9月13日放送回) の番組概要ページ - gooテレビ番組(関西版)]”. goo (2014年9月13日). 2018年8月24日閲覧。
- ^ “SMAPでチャリTシャツのカラーが増えた 『24時間テレビ』の歴史に東野幸治「覚えてるよ『0524』」”. Techinsight(2019年8月22日作成). 2019年8月27日閲覧。
- ^ “24時間テレビ 愛は地球を救う”. 日本テレビ放送網. 2016年8月27日閲覧。
- ^ “【お願い】24時間テレビに伴う混雑の緩和にご協力ください(8月27日、28日)”. 環境省. 2016年8月27日閲覧。
- ^ 検証!『障害者×感動』の方程式
- ^ 岩下恭士 (2016年9月17日). “全盲記者・岩下恭士のユニバーサロン「感動ポルノ」は要らない /東京”. 毎日新聞地方版 2016年9月17日閲覧。
- ^ 今一生. “24時間テレビを感動ポルノと批判した「バリバラ」の快挙”. iRONNA. 2016年9月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年9月17日閲覧。
関連項目
外部リンク
- 24時間テレビ 「愛は地球を救う」 - 番組公式サイト
- 公益社団法人24時間テレビチャリティー委員会 - 公式サイト
- 24時間テレビ (@24hourTV) - X(旧Twitter)