コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

国道58号

半保護されたページ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
国道58号線から転送)

一般国道
国道58号標識
国道58号
地図
総延長 881.9 km
実延長 272.4 km
現道 240.7 km
陸上区間 272.4 km
海上区間 609.5 km
制定年 1972年昭和47年)
起点 鹿児島県鹿児島市
西郷隆盛銅像前交差点[1]北緯31度35分42.04秒 東経130度33分13.45秒 / 北緯31.5950111度 東経130.5537361度 / 31.5950111; 130.5537361 (西郷隆盛銅像前交差点)
主な
経由都市
鹿児島県
西之表市熊毛郡南種子町種子島
奄美市大島郡瀬戸内町奄美大島
沖縄県
国頭郡国頭村名護市中頭郡嘉手納町宜野湾市浦添市(沖縄本島)
終点 沖縄県那覇市
明治橋北緯26度12分28.56秒 東経127度40分27.88秒 / 北緯26.2079333度 東経127.6744111度 / 26.2079333; 127.6744111 (明治橋)
接続する
主な道路
記法
国道10号標識 国道10号
国道224号標識 国道224号
国道331号標識 国道331号
国道329号標識 国道329号
国道330号標識 国道330号
国道332号標識 国道332号
テンプレート(ノート 使い方) PJ道路
全ての座標を示した地図 - OSM
全座標を出力 - KML

国道58号(こくどう58ごう)は、鹿児島県鹿児島市から種子島奄美大島を通り、沖縄県沖縄島那覇市に至る一般国道である。複数のフェリーで結ばれている、海上航路部分も国道扱いとなっている。

概要

途中、種子島奄美大島を経て、沖縄本島に達する。全体の約7割を占める海上区間の延長609.5 kmは日本最長で[2]、海上区間を含む国道の路線別総延長でも、2022年令和4年)3月31日現在、第1位の長さをもつ[3][注釈 1]。2桁国道であるが、種子島と奄美大島は指定区間外である。

県庁所在地である鹿児島市那覇市とを、種子島、奄美大島を中継して連絡する日本では一番長大な海上国道である[4][2][5]沖縄県の一部区間、大宜味村宮城島を通過する。航路は、鹿児島市 - 種子島間と鹿児島市 - 奄美大島 - 沖縄本島間が就航している[5]

鹿児島市内では700 m程だが『朝日通り』の愛称がある[4]。沖縄県では「沖縄の大動脈・国道58号」などと称されている。沖縄県内では、主に地元の人の間で「ゴーパチ」「ゴッパチ」「ゴーハチ」などと呼ばれている、もしくは米軍統治下の名残から(後述)単に「1号線」とも呼ばれている。また沖縄県内で唯一の片側3車線道路(明治橋 - 嘉手納交差点付近の区間)である。種子島や奄美大島では唯一の国道であるため、単に「国道」と言えば本道路のことを指す場合が多い。

九州・沖縄を通じて交通量がもっとも多い国道である。平成17年度道路交通センサスによる平日24時間交通量は、沖縄県浦添市勢理客(じっちゃく)で81,255台/日であり、九州・沖縄で第1位であった[注釈 2]

沖縄県の嘉手納町 - 北谷町嘉手納基地沿いは、ヤシ並木の優れた街路樹景観が評価され、読売新聞社選定の「新・日本街路樹100景」(1994年)のひとつに選定されている[6]

毎年10月に開催される那覇まつりのメインイベントである那覇大綱挽は、那覇市久茂地交差点付近で、可動式の中央分離帯を撤去した上で行われる[注釈 3]

路線データ

一般国道の路線を指定する政令[7][注釈 4]に基づく起終点および重要な経過地は次のとおり。

歴史

沖縄県内での起点・国頭村奥にある記念碑。本土復帰した1972年に一般国道への指定を記念して建立された。

国道58号の沖縄県内部分は、米軍が整備・指定したHighway No.1(那覇市 - 国頭村)がその起源となる[9]。この道路は那覇軍港普天間基地嘉手納基地などをつなぐ、沖縄の大動脈である。なお「緊急時の滑走路としての利用も考えられて作られていた」と言われることがあるが、当時は沿線に7箇所の飛行場があり滑走路として使用する必要性はほぼなく都市伝説に過ぎない。1952年4月1日琉球政府発足後、琉球政府の道路法に基づき、読谷村大湾 - 名護町名護 - 国頭村奥は政府道一号線(政府道は日本の国道に相当)に認定されたが、那覇市明治橋 - 読谷村大湾は米軍が管理する軍道のままであった。なおこの時期は舗装はなされていたものの、歩道などの付属設備等はそれほど進んでいなかった。読谷村 - 名護町についても、政府道にはなっていたが、管理は米軍が行っていた。1972年4月25日、軍道の管理が琉球政府に移管された。以下に述べるように国道58号となった後も沖縄県内では一般には時に1号線と呼ばれた。

その年の5月15日沖縄返還と同時に「沖縄の復帰に伴う建設省関係政令の改正に関する政令」が施行され、政府道一号線を含む鹿児島県鹿児島市から沖縄県那覇市までの区間が一般国道58号に指定された。1965年に国道の一級・二級の別がなくなり、以降新設される国道には三桁(272号以降)の路線名が与えられていた。その後に新設された一般国道58号は、特例として二桁の路線名が付与されたものである。ゆえに、一級国道であったことはない。

なお、この時点では経由地に種子島・奄美大島は含まれておらず、鹿児島市の直後が沖縄県国頭村となっていた。昭和49年(1974年)政令第364号にて経由地に西之表市・南種子町・笠利町・名瀬市・瀬戸内町が加えられた。

沖縄県での自動車の普及に伴い順次整備が進み、那覇近郊では最大8車線に拡張、読谷村から名護市にかけての山裾、海岸沿いの連続するカーブ[注釈 7]や勾配なども多くが改められ、現在に至る。奄美大島でも龍郷-名瀬間などはトンネルの掘削による改良が行われたが、交通量の少ない種子島では片側1車線の区間が大半である。

路線状況

海上区間の航路としては、鹿児島市・鹿児島港 - 種子島・西之表港間にコスモライン、鹿児島港 - 奄美大島・名瀬港 - 沖縄本島・本部港 - 那覇港マルエーフェリーマリックスラインが就航する[5]。ただし、種子島 - 奄美大島間の航路は無く、奄美大島 - 沖縄本島間の航路も沖縄本島の起点である国頭村に寄港しないため、航路を考慮してもこの区間は断続することになる[5]

バイパス

別名

  • 国頭方西海道
    琉球王朝時代の同街道にほぼ沿っている。ただし、恩納村山田 - 読谷村伊良皆および浦添市牧港以南は県道指定など別ルートである。
  • ゴーパチ・ゴッパチ・ゴッパー・ゴーハチ・58号・1号。

重複区間

  • 国道224号(鹿児島県鹿児島市山下町・西郷隆盛銅像前交差点(起点) - 鹿児島市本港新町・鹿児島港)
  • 国道329号(沖縄県那覇市旭町・旭橋交差点 - 那覇市通堂町・明治橋交差点(終点))

道の駅

二輪車の車両通行区分規制

国道58号の嘉手納南(嘉手納町) - 城間(浦添市)と、勢理客北(浦添市) - 旭橋(那覇市)の2区間計約19.7キロには二輪車の車両通行帯(車両通行区分)の交通規制が導入されていたが、2024年9月末までに解除されることになった[10]。この規制は二輪車は原則として第一通行帯(第一車線)を走行し、右折・横断する場合は手前からできる限り道路の中央に寄って右折・横断する(原付の二段階右折場所を除く)という規制である[11]。この二輪車の車両通行区分規制はバイクの車線変更時の事故の多発を受け、1983年に導入され他府県でも導入されていたが、徐々に解除され、沖縄県の国道330号と国道58号のみとなった[10]。国道330号の二輪車の車両通行区分規制も2024年8月末までに廃止されることが決定しており、同年9月末までに国道58号の二輪車の車両通行区分規制も廃止されることで全廃となる見通しである[10]

地理

起点・西郷隆盛銅像前交差点(鹿児島市)
種子島区間(中種子町役場付近)
奄美市の夜景
沖縄本島起点・奥橋(国頭村)
塩屋大橋(大宜味村)
上空を飛行する米軍戦闘機(嘉手納町)
宜野湾バイパス(宜野湾市)
終点・明治橋(那覇市)

通過する自治体

交差する道路

交差する道路 都道府県名 市町村名 交差する場所
国道10号
国道224号 重複区間起点
鹿児島県 鹿児島市 山下町 西郷隆盛銅像前交差点 / 起点
鹿児島県道25号鹿児島蒲生線 山下町 県文化センター前交差点
鹿児島県道204号鹿児島停車場線
鹿児島県道214号鹿児島港線
泉町 泉町交差点
国道224号 重複区間終点 本港新町 鹿児島港
海上区間
鹿児島県道581号伊関国上西之表港線
鹿児島県道582号西之表港線
鹿児島県 西之表市 西町
鹿児島県道75号西之表南種子線 東町 東町交差点
鹿児島県道582号西之表港線 東町 池田三文字交差点
鹿児島県道76号野間十三番西之表線 西之表 天神橋交差点
鹿児島県道583号新種子島空港線 熊毛郡 中種子町 納官
鹿児島県道588号野間島間港線 野間
鹿児島県道75号西之表南種子線 重複区間起点 野間
鹿児島県道75号西之表南種子線 重複区間終点 野間
鹿児島県道586号茎永上中線 南種子町 中之上 上中交差点
鹿児島県道75号西之表南種子線 島間
鹿児島県道588号野間島間港線 島間 島間港
海上区間
鹿児島県道601号佐仁万屋赤木名線
鹿児島県道602号佐仁赤木名線
鹿児島県 奄美市 笠利町里
鹿児島県道82号竜郷奄美空港線 大島郡 龍郷町 赤尾木
鹿児島県道81号名瀬龍郷線 瀬留
鹿児島県道611号戸口大勝線 戸口
鹿児島県道604号和光浦上線 奄美市 名瀬和光町
鹿児島県道79号名瀬瀬戸内線
鹿児島県道81号名瀬龍郷線
名瀬永田町 永田橋交差点
鹿児島県道607号小湊朝戸線 名瀬朝戸
鹿児島県道609号山間役勝線 住用町大字役勝
鹿児島県道85号湯湾新村線 住用町大字役勝
鹿児島県道79号名瀬瀬戸内線
鹿児島県道626号蘇刈古仁屋線
大島郡 瀬戸内町 古仁屋
海上区間
沖縄県道70号国頭東線 沖縄県 国頭郡 国頭村
沖縄県道2号線 与那
国道331号 大宜味村 塩屋
沖縄県道9号線 津波
沖縄県道14号線 名護市 源河
沖縄県道110号線 真喜屋 真喜屋交差点
国道505号 仲尾次 仲尾次(北)交差点
沖縄県道71号名護宜野座線 伊差川 伊差川西交差点
国道58号 / 名護東道路 伊差川 伊差川IC(平面交差)
沖縄県道84号名護本部線 宮里 白銀橋交差点
国道449号 / バイパス 宮里4丁目 宮里4丁目(北)交差点
国道449号 / 現道
沖縄県道91号本部循環線
宮里3丁目 宮里3丁目交差点
沖縄県道71号名護宜野座線 重複区間起点 城3丁目 城1丁目交差点
沖縄県道84号名護本部線 東江5丁目 東江4丁目(北)交差点
国道329号 東江5丁目 世冨慶交差点
国道58号 / 名護東道路 数久田 数久田IC
E58 沖縄自動車道 許田 10 許田IC
沖縄県道71号名護宜野座線 重複区間終点 許田 許田交差点
沖縄県道104号線 国頭郡 恩納村 安富祖 安富祖交差点
国道58号 / 恩納バイパス 字瀬良垣
国道58号 / 恩納バイパス
沖縄県道88号屋嘉恩納線
恩納 南恩納交差点
国道58号 / 恩納南バイパス 恩納
国道58号 / 恩納南バイパス
沖縄県道73号石川仲泊線
仲泊 仲泊交差点
沖縄県道6号線 重複区間起点 仲泊 仲泊(南)交差点
沖縄県道6号線 重複区間終点 山田 山田交差点
沖縄県道12号線 中頭郡 読谷村 喜名 喜名交差点
沖縄県道6号線 伊良皆 伊良皆交差点
沖縄県道16号線 重複区間起点 大湾 大湾交差点
沖縄県道74号沖縄嘉手納線
沖縄県道16号線重複区間終点
嘉手納町 字嘉手納 嘉手納ロータリー
沖縄県道23号沖縄北谷線 北谷町 伊平 国体道路入口交差点
沖縄県道24号線 吉原
沖縄県道130号線 北谷 北谷交差点
国道58号 / 宜野湾バイパス 宜野湾市 伊佐 伊佐(北)交差点
沖縄県道81号宜野湾北中城線 伊佐 伊佐交差点
沖縄県道34号宜野湾西原線 大謝名 大謝名交差点
国道58号 / 宜野湾バイパス
沖縄県道153号線
浦添市 牧港 牧港交差点
沖縄県道38号浦添西原線 屋富祖 屋富祖交差点
沖縄県道82号那覇糸満線 那覇市 字安謝 安謝交差点
那覇市道那覇中環状線 天久
沖縄県道29号那覇北中城線 高橋交差点
沖縄県道43号線 前島 泊ふ頭入口交差点
那覇市道久茂地松尾線(一銀通り)
(旧沖縄県道222号真地久茂地線)
久茂地 松山交差点
那覇市道松山通り(那覇西道路へ接続)
沖縄県道42号線
沖縄県道221号那覇内環状線
久茂地 久茂地交差点
沖縄県道47号線 久米2丁目 泉崎交差点
国道329号 重複区間起点
国道330号
国道390号
国道507号
旭町 旭橋交差点
国道329号 重複区間終点
国道331号
国道332号
通堂町 明治橋交差点 / 終点

主な峠

国道58号にまつわるエピソード

沖縄県民の多くの人々にとって、国道58号は沖縄を象徴する最も慕われた道路として存在し、国道58号関連の土産物グッズは日本の国道の中でも特に多いといわれる[12]

  • 沖縄県出身のインディーズバンド「かりゆし58」の58は、この国道58号からとられている[13]。「かりゆし」とは縁起のいいと言う意味の方言。バンドはインディーズとしては異例の日本有線大賞新人賞を受賞している。
  • 沖縄県出身のハードロックバンドのアルバム『PURPLESSENCE』の中に、「58」という国道58号をモチーフにした曲がある。
  • 沖縄県出身のバンドであるBEGINのアルバム『ビギンの一五一会・58(ごっぱち)ドライブ』は、国道58号を指した「58」をアルバムの名前の中に盛り込んだ作品名で発表している[13]
  • 沖縄県生まれのタレント範田紗々のアルバム『We love goya』のデザインは、国道58号の標識を模す。「58」は「ゴーヤ」の語呂合わせでもある。
  • 日本のほぼすべてでは(すね)を「弁慶の泣き所」というのに対し、沖縄地区の一部では「一号」という。この由来は国道58号の本土復帰前のHighway No.1となっている。
  • 国道58号を取り上げたドキュメンタリー番組として『鹿児島放送開局30周年記念番組 海の道が結ぶ自然遺産〜屋久島・奄美大島 奇跡の島々へ〜』(2013年1月27日、鹿児島放送制作、テレビ朝日系列)がある[14]

脚注

注釈

  1. ^ a b c d e f g h i 2022年3月31日現在
  2. ^ 九州・沖縄地区の交通量第2位は国道202号長崎県長崎市大黒町長崎駅前(76,346台/日)、第3位は国道3号福岡県糟屋郡新宮町大字三代(70,372台/日)である。
  3. ^ ただし2020年令和2年)は新型コロナウイルス感染拡大防止のため中止となった。
  4. ^ 一般国道の路線を指定する政令の最終改正日である2004年3月19日の政令(平成16年3月19日政令第50号)に基づく表記。
  5. ^ 国道3号国道10号国道225号国道226号終点より国道10号寄り180 m程の位置にある。
  6. ^ a b 2006年3月20日 - 名瀬市・大島郡笠利町・住用村が合併し奄美市が発足。
  7. ^ 許田と名護の間は「名護の七曲がり」と称され、8 km内に40以上のカーブが続くつづら折れの道であった。

出典

  1. ^ a b c 交差点名標識を観光地名称等に変更します! 〜観光地へのわかりやすい案内に向けて〜』(PDF)(プレスリリース)国土交通省九州地方整備局鹿児島国道事務所、2018年12月25日。オリジナルの2019年2月13日時点におけるアーカイブhttps://web.archive.org/web/20190213005542/http://www.qsr.mlit.go.jp/kakoku/hodo/h30/181225.pdf2020年5月16日閲覧 
  2. ^ a b 浅井建爾 2015, pp. 18–19.
  3. ^ a b c d e f g h i 表26 一般国道の路線別、都道府県別道路現況” (XLS). 道路統計年報2023. 国土交通省道路局. 2024年4月5日閲覧。
  4. ^ a b “鹿児島―那覇 長さ日本一の国道58号は7割が海の上”. 南日本新聞. (2021年4月19日). オリジナルの2021年4月19日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20210419064135/https://373news.com/_news/?storyid=135837 2021年4月19日閲覧。 
  5. ^ a b c d 松波成行 2008, p. 87.
  6. ^ 浅井建爾『道と路がわかる辞典』(初版)日本実業出版社、2001年11月10日、127頁。ISBN 4-534-03315-X 
  7. ^ 一般国道の路線を指定する政令(昭和40年3月29日政令第58号)”. e-Gov法令検索. 総務省行政管理局. 2020年6月28日閲覧。
  8. ^ 一般国道の指定区間を指定する政令(昭和33年6月2日政令第164号)”. e-Gov法令検索. 総務省行政管理局. 2012年10月26日閲覧。
  9. ^ 『やんばる国道物語』 p.70
  10. ^ a b c 観光客「沖縄だけ、なぜこんなルールが」50cc超えるバイク走行も第1通行帯に限定 県警、9月末で全廃”. 沖縄タイムス (2024年6月21日). 2024年6月26日閲覧。
  11. ^ 沖縄県における二輪車の車両通行帯(車両通行区分)の交通規制について”. 沖縄県警察. 2024年6月26日閲覧。
  12. ^ 佐藤健太郎 2014, pp. 232–233、「58号のアイテム」より。
  13. ^ a b 佐藤健太郎 2014, p. 238、「沖縄のマザーロード」より。
  14. ^ 鹿児島放送開局30周年記念番組 海の道が結ぶ自然遺産~屋久島・奄美大島 奇跡の島々へ〜”. 鹿児島放送. 2012年1月27日閲覧。

参考文献

  • 『沖縄 自動車ものがたり』(1906 - 2002) 沖縄トヨタ自動車株式会社 2002年3月 (沖縄県那覇市立図書館蔵書) p.66「1号線から国道58号へ」 主に沖縄県の本土復帰後、58号線の改善について。
  • 『やんばる国道物語』 北部国道事務所 2005年3月
  • 浅井建爾『日本の道路がわかる辞典』(初版)日本実業出版社、2015年10月10日。ISBN 978-4-534-05318-3 
  • 佐藤健太郎『ふしぎな国道』講談社〈講談社現代新書〉、2014年10月20日。ISBN 978-4-06-288282-8 
  • 松波成行「国道58号」『酷道をゆく』、イカロス出版、2008年3月20日、87頁、ISBN 978-4-86320-025-8 

関連項目

外部リンク