コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

日本原駐屯地

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
日本原駐屯地
位置
地図
所在地 岡山県勝田郡奈義町滝本
座標 北緯35度06分55秒 東経134度09分07秒 / 北緯35.11528度 東経134.15194度 / 35.11528; 134.15194座標: 北緯35度06分55秒 東経134度09分07秒 / 北緯35.11528度 東経134.15194度 / 35.11528; 134.15194
概要
駐屯地司令 中部方面特科連隊第3特科大隊長
主要部隊 中部方面特科連隊第3特科大隊
第13高射特科中隊

開設年 1965年
テンプレートを表示

日本原駐屯地(にほんばらちゅうとんち、JGSDF Camp Nihonbara)は、岡山県勝田郡奈義町滝本に所在し、中部方面特科連隊第3特科大隊等が駐屯する陸上自衛隊駐屯地

概要

[編集]

1965年(昭和40年)3月31日に開設され、駐屯地司令は、中部方面特科連隊第3特科大隊長が兼務する。最寄の演習場は日本原演習場で日本原駐屯地業務隊が管理する。演習場の都合等で四国が警備担当の第2混成団の創隊時には第2混成団特科大隊、第2混成団戦車隊が、第14旅団の創隊時には第14旅団隷下の第14戦車中隊が同駐屯地に駐屯していた。一時期は90式戦車89式装甲戦闘車(両車とも試作車、現在は陸上自衛隊広報センターにて展示)が展示されていた。

沿革

[編集]
  1. 第2混成団特科大隊を第13特科連隊第4大隊及び第5大隊第12中隊を基幹に、第6大隊から1個高射中隊を編成編合して新編。
  2. 第2混成団戦車隊を第13戦車大隊第4戦車中隊を基幹として新編。
  • 1990年(平成02年)3月26日:戦車の北転事業により第2混成団戦車隊を廃止。
  • 1991年(平成03年)3月29日:第13特科連隊から第6大隊を分離し、第13高射特科大隊として新編。
  • 1994年(平成06年)3月29日:第2混成団特科大隊が松山駐屯地に移駐。
  • 1999年(平成11年)3月29日:第13師団の旅団への改編。
  1. 第13特科連隊が第13特科隊に縮小改編。
  2. 第13戦車大隊が第13戦車中隊に縮小改編。
  3. 第13高射特科大隊が第13高射特科中隊に縮小改編。
  • 2006年(平成18年)3月27日:第2混成団が第14旅団に改編され、第14戦車中隊及び第14後方支援隊戦車直接支援小隊が新編。
  • 2008年(平成20年)3月26日:第13特科隊第4射撃中隊及び第13戦車中隊第4戦車小隊が廃止。
  • 2015年(平成27年)3月26日:会計隊の改編に伴い、第421会計隊が廃止され、第356会計隊日本原派遣隊が設置される。
  • 2018年(平成30年)3月26日:
  1. 第14戦車中隊が第15即応機動連隊の機動戦闘車隊として改編のうえ、善通寺駐屯地に移駐。
  2. 第14後方支援隊第2整備中隊戦車直接支援小隊が廃止。
  • 2024年(令和6年)3月21日:改編。
  1. 第13特科隊を廃止し、方面隊直轄の中部方面特科連隊第3特科大隊を新編[2]
  2. 中部方面特科連隊第3特科大隊長を駐屯地司令に職務指定[3]
  3. 第13偵察隊と第13戦車中隊を統合し、出雲駐屯地第13偵察戦闘大隊を新編[4][5]

駐屯部隊

[編集]

中部方面隊隷下部隊

[編集]

防衛大臣直轄部隊

[編集]

駐屯地司令

[編集]
官職 階級 氏名 補職発令日 前職 出典
中部方面特科連隊第3大隊長

兼 日本原駐屯地司令

2等陸佐 倉本貴史 2024年03月21日 第1特科団 団本部第4科長  [3]

過去の駐屯部隊

[編集]

最寄の幹線交通

[編集]

重要施設

[編集]

脚注

[編集]
  1. ^ 自衛隊法施行令の一部を改正する政令(昭和39年政令第375号)
  2. ^ 日本原駐屯地パンフレット日本原駐屯地ホームページ。2024年3月22日閲覧。
  3. ^ a b @CAMP_NIHONBARA (2024年3月22日). "陸上自衛隊日本原駐屯地". X(旧Twitter)より2024年3月21日閲覧
  4. ^ 出雲駐屯地に戦闘大隊 陸自 来年度末新設、530人に”. 山陰中央新報デジタル. 2024年2月20日閲覧。
  5. ^ 陸上自衛隊出雲駐屯地で「偵察戦闘大隊」の編成式」『島根NHK NEWS WEB日本放送協会、2024年3月21日。2024年3月22日閲覧。

外部リンク

[編集]