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=== 鉄道路線 === |
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{{Vertical_images_list|幅=220px|枠幅=220px|画像1=船橋駅 2015.1.02 - panoramio.jpg|説明1=船橋駅(JR東日本・東武鉄道)|画像2=京成船橋駅 2015.1.02 - panoramio.jpg|説明2=京成船橋駅(京成電鉄)|画像3=西船橋駅 - panoramio.jpg|説明3=西船橋駅(JR東日本・東京メトロ・東葉高速鉄道)|画像4=|説明4=|画像5=|説明5=}}[[鉄道網]]が発達しており、7つの事業者が運行する10の旅客鉄道路線と、31の[[鉄道駅]]がある。特に東西方向への路線が多い。一方で、市内の南北を連絡する鉄道網は市の西端に沿って走る[[東日本旅客鉄道|JR]][[武蔵野線]]・JR[[京葉線]](路線の一部、西船橋駅に連絡する支線)と[[東武野田線]]、[[新京成電鉄新京成線|新京成線]]と東西方向に比べ少ない。かつて[[東葛人車鉄道]]が敷設されていた。 |
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中心となる駅:船橋駅 |
中心となる駅:船橋駅 |
2022年3月19日 (土) 03:48時点における版
ふなばしし 船橋市 | |||||
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国 | 日本 | ||||
地方 | 関東地方 | ||||
都道府県 | 千葉県 | ||||
市町村コード | 12204-1 | ||||
法人番号 | 6000020122041 | ||||
面積 |
85.62km2 | ||||
総人口 |
648,420人 [編集] (推計人口、2024年11月1日) | ||||
人口密度 | 7,573人/km2 | ||||
隣接自治体 | 市川市、習志野市、鎌ケ谷市、白井市、八千代市 | ||||
市の木 | サザンカ | ||||
市の花 |
ヒマワリ、カザグルマ (2007年(平成19年)制定)[1] | ||||
船橋市役所 | |||||
市長 | 松戸徹 | ||||
所在地 |
〒273-8501 千葉県船橋市湊町二丁目10番25号 北緯35度41分40.4秒 東経139度58分57.2秒 / 北緯35.694556度 東経139.982556度 | ||||
外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
ウィキプロジェクト |
船橋市(ふなばしし)は、千葉県の北西部に位置する市。中核市および保健所政令市に指定されている。
人口は約64.5万人で、千葉県内では千葉市に次いで第2位の人口規模で、政令指定都市ではない市では日本最大の人口を誇る[2]。旧東葛飾郡及び千葉郡[注 1]。
概要
葛南地域にあり、船橋商圏を形成する商業中心都市[3]。政令指定都市を除くと最も人口が多く、中核市最大の人口を持つ都市であり、鳥取県の総人口を上回る[4]。市の中心市街地・繁華街は船橋駅周辺であるが臨海部にはららぽーとやIKEAなどの旗艦店(1号店)をはじめ商業施設が多数立地し、県都「千葉」に対して商都「船橋」と呼ばれるほど商業が盛んである[5]。中世には海老川河口の港、近世には佐倉街道・御成街道など交通の要所となり、船橋御殿や船橋宿の宿場町として栄えた[注 2]。 近代になると、川端康成の書いた小説に『船橋は兵隊の町』と書かれている通り軍都「習志野」の近郊都市として、兵隊・軍属相手の産業が発達し、兵站物資の集積地・流通地として栄える。戦後の一時期は、戦災を逃れた船橋駅周辺は物資の集散地として「日本の上海」と言われるまでに闇市が賑わっていたこともあった[6]。戦後は旧軍用地の宅地化、団地の造成、鉄道網の発達に伴い、東京都心からの近さもあってベッドタウンとしてますます人口が増加していった[6]。
船橋は鉄道網が発達しており、10路線、31駅が市内にある。東京都心方面(総武本線・京葉線・武蔵野線・京成本線・東京メトロ東西線)及び、千葉県内各方面の成田国際空港(総武本線・京成本線・北総線)、東京ディズニーリゾート(京葉線・武蔵野線)、東葛地域(武蔵野線・東武野田線・新京成線)、千葉都心(総武本線)、蘇我副都心(京葉線)、幕張新都心(京葉線・武蔵野線)などと、多方面に対して多様な鉄道路線が利用可能である。総武線各駅停車・武蔵野線・京葉線・東京メトロ東西線・東葉高速線といった東西南北方向全ての路線が乗り入れる西船橋駅は乗り換え客が非常に多く、駅利用者数は千葉駅や船橋駅を凌ぎ、県内1位である。市内中心駅の船橋駅も駅利用者数は県内2位を誇り、船橋市は鉄道交通の要所となっている。
戦前から住宅地開発が行われており、高度成長期には、多くの農地や森が大規模な団地などへと転用された。人口の急激な増加により鉄道の混雑が激しくなり、国鉄は通勤五方面作戦にて総武本線の複々線化を行った。船橋の中心市街地は旧宿場町の本町通りと船橋駅から南に延びる駅前通りを中心として古くから繁華街として賑わっていた。国鉄船橋駅前には1967年に西武百貨店[注 3]、1977年に東武百貨店などの大型店も進出し、中山競馬場(中央競馬)、船橋競馬場(地方競馬)、サテライト船橋・オートレースふなばし[注 4] があり娯楽施設も充実している。かつては遊廓などの花町や船橋若松劇場、高度成長期には湾岸部に船橋ヘルスセンター、船橋サーキット、船橋飛行場などのレジャー施設、1990年代には屋内スキー場のららぽーとスキードームSSAWSが営業していたが、再開発によりららぽーとTOKYO-BAYやイケアなどの商業施設や高層マンション群に変貌している。1990年代以降、湾岸部や内陸部に大規模なショッピングセンターが相次いで開業したため、商業施設は市内各地に分散化の傾向にある。
明治以来、船橋では隣接する習志野市とともに軍事施設が増えたため、軍の将校、外国の武官、留学生などの住宅が建てられた。都市部では、東京の近郊都市として近代化が進み、電気・通信・交通・医療などの各方面のインフラが整備され、花輪や宮本などの海岸部には高級別荘地として山崎別荘(凌雲荘)が造成された。1933年、京成電鉄が海神駅北側の海神台や風光明媚な海神山(丘陵地)に開発した海神台分譲地(海浜別荘住宅地)が売り出された[7]。また、花輪台(宮本6丁目周辺)では、明治40年頃に凸版印刷の創始者・伊藤貴志[8] の別荘(伊藤別荘)が建てられ、大正期には東京両国で広く洋紙卸業を営んでいた山崎梅之助の息子・山崎鉦三が迎賓館的な使用を目的として山崎別荘(凌雲荘)を建てるなど「西の海神、東の花輪台」と呼称される別荘地・高級住宅街となった[9]。近年では湾岸部の京葉線沿線では工場や倉庫の跡地に集合住宅が建てられ、もともと農地が多かった内陸部の東武野田線(東武アーバンパークライン)沿線・東葉高速線沿線では、新興住宅地の開発が行われている。東京都心や成田国際空港・東京国際空港(羽田空港)[10] へのアクセスの良さや、商業施設の充実、整備された公共施設、自然豊富な住環境が整っている[11]。買って住みたい街においても、首都圏第1位を記録するなど定住を目的としたファミリー層を中心に支持を受けている。
地理
千葉県北西部、東京湾の最奥部に位置する。都道府県庁所在地である千葉市と日本の首都である東京都(都心)のほぼ中間、共に半径20キロメートル圏域に位置する。都市雇用圏における東京都市圏(東京都区部)のベッドタウンとしての性質もあり、高層マンションや住宅街が林立している。東京都特別区部への通勤率は34.5%(2015年国勢調査)。
中央部一帯は平坦な下総台地の洪積台地を形成している。臨海部は沿岸流によって形成された砂丘地帯となっている。台地と砂丘の間は関東平野の平地が広がり、低地は沖積平野となっている。かつては台地縁近部の樹枝状侵食谷には谷津田が営まれ、台地上は林と畑であったが、近年では台地上下に住宅地が広がっている。最高点は習志野三丁目の32.3メートルであり、最低点は南海神一丁目、湊町一丁目の0.2メートルとなっている。
市内には西部を南流して東京湾に注ぐ海老川、東北部を東流して印旛放水路に注ぐ神崎川があり、下総台地が海老川水系と利根川水系の分水界を形成している。かつては遠浅の海岸の浅瀬が広がっていたが、1980年代までに大半が埋め立てられ、唯一三番瀬のみが残った[12]。この三番瀬は、1990年代まで残存した東京湾の干潟としては最大のもので[13]、1996年の調査で54種の魚類が確認されるなど[14]、魚介類を含む[15] 海洋生物が多く生息し[16]、コアジサシが越冬地へ向かう際に直行せずに立ち寄るなど[17] 渡り鳥や水鳥が多数飛来する湿地にもなっており[18][19]、谷津干潟と相互に補完しあいながらシギ類のエサ場として機能するなど自然が残っている[20]。また、浅瀬に生息する二枚貝がわずか数日で海水を浄化するなど、湾内の水質の保全にも大きな役割を果たしているとされている[21]。2001年に当市が市川市や習志野市と共にラムサール条約登録を千葉県に要望し[22]、同年9月に同条約の事務局長が視察をした[23]。
市の中東部にある習志野ノ原は、明治天皇が千葉県下に最初に行幸した際の近衛兵の天覧演習地で、勅諭で名付けられた地名である[24][25][26][27]。習志野や習志野台などの地名はそのことに由来している。
市域の広がりは東西13.86キロメートル、南北14.95キロメートルである。隣接する市川市との間に市境の未確定地がある。場所はふなばし三番瀬海浜公園近くの海岸(砂浜)。未確定分の面積は0.14平方キロメートル。また、丸山地区が鎌ケ谷市に囲まれた飛地となっているが、これは法典村が1889年の町村制施行時に成立した際、土地所有者が藤原在住者であったため、現在の土地区分けとなったとされる。
地質
本町をはじめとする南部低地の多くは未固結堆積物、臨海部は埋立堆積物で形成されている。宮本周辺の低地は泥がち堆積物、高台は現世砂堆積物となっている。分水界より北部上の台地の大部分は立川ローム層・武蔵ローム層・下末吉ローム層、南部の台地は立川ローム層・武蔵ローム層となっている。
地形
- 平野・丘陵
- 河川
- 一級河川利根川水系(東京湾へ)
- 一級河川利根川水系(印旛放水路から印旛沼へ)
- 二級河川海老川水系(東京湾へ)
- 二級河川菊田川水系(東京湾へ)
- 田喜野井川、二宮川、三田川、三山川
- その他単独河川
- 海神川、本海川、高瀬川、谷津川
- 湖沼
- おはんが池、長津川調整池
- 干潟
- 海岸
-
海老川(海老川橋付近)
-
海老川(海老川大橋付近)
-
船橋市三番瀬海浜公園
気候
この節の加筆が望まれています。 |
内陸の薬円台にあるアメダスによると、1月の平均最低気温は0.4℃であり、東京都心(北の丸公園)や千葉市(旧千葉測候所)の平均値より気温が低く、最低気温が冬日の年平年値は30.4日である。また、最も暑い8月の平均最高気温は31.3℃であり、周辺の地域とほぼ同じである。
船橋(標高28m)の気候 | |||||||||||||
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月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年 |
最高気温記録 °C (°F) | 18.6 (65.5) |
24.7 (76.5) |
24.5 (76.1) |
27.1 (80.8) |
34.7 (94.5) |
37.1 (98.8) |
38.4 (101.1) |
39.0 (102.2) |
35.6 (96.1) |
32.2 (90) |
26.2 (79.2) |
23.5 (74.3) |
39.0 (102.2) |
平均最高気温 °C (°F) | 9.5 (49.1) |
10.3 (50.5) |
13.8 (56.8) |
18.7 (65.7) |
23.1 (73.6) |
25.9 (78.6) |
29.7 (85.5) |
31.3 (88.3) |
27.5 (81.5) |
21.9 (71.4) |
16.7 (62.1) |
11.7 (53.1) |
20.0 (68) |
日平均気温 °C (°F) | 4.8 (40.6) |
5.7 (42.3) |
9.0 (48.2) |
13.8 (56.8) |
18.5 (65.3) |
21.6 (70.9) |
25.4 (77.7) |
26.8 (80.2) |
23.4 (74.1) |
17.8 (64) |
12.2 (54) |
7.1 (44.8) |
15.5 (59.9) |
平均最低気温 °C (°F) | 0.4 (32.7) |
1.4 (34.5) |
4.4 (39.9) |
9.3 (48.7) |
14.5 (58.1) |
18.4 (65.1) |
22.4 (72.3) |
23.7 (74.7) |
20.2 (68.4) |
14.3 (57.7) |
8.2 (46.8) |
2.8 (37) |
11.7 (53.1) |
最低気温記録 °C (°F) | −5.4 (22.3) |
−4.7 (23.5) |
−2.0 (28.4) |
−0.6 (30.9) |
7.4 (45.3) |
10.7 (51.3) |
15.7 (60.3) |
16.6 (61.9) |
9.5 (49.1) |
6.0 (42.8) |
−1.1 (30) |
−3.6 (25.5) |
−5.4 (22.3) |
降水量 mm (inch) | 63.0 (2.48) |
61.4 (2.417) |
103.0 (4.055) |
114.5 (4.508) |
129.8 (5.11) |
155.3 (6.114) |
121.9 (4.799) |
111.4 (4.386) |
189.7 (7.469) |
239.9 (9.445) |
97.4 (3.835) |
63.3 (2.492) |
1,466.1 (57.72) |
平均降水日数 (≥1.0 mm) | 4.9 | 6.2 | 9.5 | 10.0 | 10.2 | 11.7 | 9.8 | 7.8 | 10.9 | 10.9 | 8.4 | 5.9 | 106.5 |
平均月間日照時間 | 192.0 | 166.0 | 182.8 | 185.3 | 185.3 | 128.0 | 162.6 | 194.1 | 143.8 | 137.7 | 145.9 | 177.3 | 1,999.9 |
出典:気象庁 (平均値:1999年 - 2020年、極値:1999年 - 現在)[28][29] |
人口
2020年国勢調査より前回調査からの人口増減を見ると、3.22%増の642,972人であり、増減率は千葉県下54市町村中8位、60行政区域中9位。
船橋市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 船橋市の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
■紫色 ― 船橋市
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
船橋市(に相当する地域)の人口の推移
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総務省統計局 国勢調査より |
歴史
市名
- 市名は直接には、市成立以前の船橋町にちなむ。船橋の地名の起源については諸説あるが、伝説では日本武尊が東征の折、川を渡るために船で橋を作ったのが由来とされている。市内を流れる海老川に船を並べ、その上に板を渡し橋を造った。そのような船で造られた橋のことを「船橋」ということから船橋となった、というのが最も有力な説である。海老川はかつて現在よりも水量、川幅があったとされ、現在は陸地であるが夏見干潟と呼ばれる大きな入り江があり、港として栄えていたという。
- 船橋という地名が世間で用いられるようになったのは鎌倉時代とされており、同時代の歴史書「吾妻鏡」に「船橋」という地名が出てくる。
沿革
- ※ 本節では大観のみ記述する。地域ごとに独自色が強いので、詳細な歴史記述は旧町村の記事を参照
- 海老ヶ作遺跡や高根木戸貝塚など規模の大きな貝塚が発見されていることから、縄文時代からかなり大きな集落が存在していたと思われる。
- 平安時代中期の『日本三代実録』に「下総の国意富比神」とみえる。この意富比(おおい)神社が船橋大神宮の前身とされる。
- 中世には海老川河口の港として交通の要地となり、また意富比神社の門前には市が立って大変な賑わいを見せた。
- 近世には房総往還・御成街道・佐倉街道などの主要街道沿いの地域は間の宿として栄えた。特に、成田山信仰が盛んとなると、成田山への参拝客の休憩地として一層発展した。
- 近代になると、川端康成の書いた小説に『船橋は兵隊の町』と書かれている通り、間の宿に代わり、軍都習志野の近郊都市として、兵隊・軍属相手の産業が発達した。また、都市部では、東京の近郊都市として近代化が進み、電気・通信・交通・医療などの各方面のインフラが整備され、花輪や宮本などの海岸部には高級別荘地として山崎別荘が造成された。
- 敗戦直後、戦災を免れた上に物資の集散地だったことから、闇市が隆盛を極め、「日本の上海」という異名をつけられたこともある。
- 戦時中から東京方面の軍事工場が疎開していたが、戦後の経済成長の中で、海岸部埋立地には京葉工業地帯が成立した。
- 市制施行は千葉、銚子、市川に続く4番目であった。
- 1960年完成の公団住宅前原団地の建設を契機に、内陸部には多くの住宅団地が開発され、東京のベッドタウンとして人口が増加した。
年表
先史時代
- 有史以前 - 富士山や赤城山、筑波山などの噴火活動と地殻変動によって、陸地が形成された。その後、東京湾沿いの台地が海水や雨水などによって侵食され、谷津地形が形成された。
- 旧石器時代 - 市域の下総台地上には、複数の竪穴式住居址や貝塚が見られることから3万年ほど前に居住者がいたと考えられている。
- 西ノ台遺跡(二和西)・法華経寺山遺跡(藤原)・ 八人割遺跡(藤原町)・下郷後遺跡(藤原)
縄文から奈良時代まで
- 早期 - 佐倉道南遺跡(前原)・飛ノ台貝塚(海神)などの遺跡が見られる。
- 前期 - 西ノ台遺跡(二和西)・飯山満東遺跡(芝山)・古和田台遺跡(新高根)・法蓮寺山遺跡(藤原)・下郷後遺跡(藤原)・八栄北遺跡などの遺跡が見られる。
- 中期 - 海老ヶ作遺跡(大穴町)・高根木戸遺跡(西習志野)・高根木戸北遺跡(西習志野)・沢之台遺跡(七林町)・中野木台遺跡(中野木町)・飯山満東遺跡(芝山)・中野木新山遺跡(中野木町)・飯山満台遺跡などの遺跡が見られる。
- 後期 - 古作貝塚(古作町)・宮本台遺跡(東船橋)・薬園台遺跡(薬円台)・池谷津遺跡(小室)・金堀台貝塚(豊富町)などの遺跡が見られる。
- 末期 - 金堀台貝塚(豊富町)・池谷遺跡(小室)などの遺跡が見られる。
- 中期 - 法蓮寺山遺跡(藤原)などの遺跡が見られる。
- 西暦110年(景行天皇40年) - 意富比神社が創建される。
- 後期 - 夏見台遺跡(夏見台)・夏見大塚遺跡(夏見台)・立場遺跡(金杉)などの遺跡が見られる。
- 前期 - 西ノ台遺跡(二和西)などの遺跡が見られる。
- 中期 - 外原遺跡(田喜野井)・柏上遺跡(八木ヶ谷)・夏見台遺跡(夏見台)などの遺跡が見られる。
- 後期 - 夏見台遺跡(夏見台)・小室遺跡(小室)・海神台西遺跡(海神)・印内台遺跡(印内)
飛鳥時代 - 兵部省所管の大結馬牧が夏見付近に設置される。
奈良時代 - 印内台遺跡(印内)・夏見台遺跡(夏見台)・本郷台遺跡(西船)・海神台西遺跡(海神)などの遺跡が見られる。
平安から戦国時代まで
- 前期 - 夏見台遺跡(夏見台)・夏見大塚遺跡(夏見台)・印内台遺跡(印内)・印内遺跡(印内)・本郷台遺跡(西船)・本郷台遺跡(西船)・海神大西遺跡(海神)などの遺跡が見られる。
- 863年(貞観5年) - 『日本三代実録』に「下総国意富比神社」の名が見られる。
- 927年(延長5年) - この年に成立した『延喜式』に「意富比神社」・「二宮神社(論社)」の名が見られる。
- 935年(承平5年) - この年に成立した「倭名類衆抄」の郷名に「栗原郷」の名が見られる。
- 1138年(保延4年) - 海老川流域の湊郷、夏見郷、金曾木郷、宮本郷、高根郷が伊勢神宮の御厨(船橋御厨)となる。御厨内に夏見神明社・豊受神社などが創建される。
- 1186年(文治2年) - 『吾妻鏡』によれば船橋御厨が伊勢神宮の御厨から白河院領となる。
- 12世紀末 - 豊富地区の一部が萱田神保御厨(臼井氏の荘園)となる。
- 14世紀 - 歴史書「吾妻鏡」で、船橋という地名がはじめて現れる。
- 1331年(元徳3年) - 『中山法華経寺文書』に「古牟呂村」(小室村)の名が見られる。
- 南北朝時代から室町時代にかけて市域の西部・北部は、法華経寺領(千葉胤貞より移譲)、東部は馬加氏(馬加城主)の領地となる
- 戦国時代前後、市域を含む下総国西部が千葉氏家臣の原氏(生実城主)の領地となる。
- 1410年(応永17年) - 『浄光院文書』に「大神保村」の名が見られる。
- 1423年(応永30年) - 御滝山金蔵寺開山。
- 1445年(文安2年) - 「下総三山の七年祭り」の祭礼の元となった磯出祭りが行われるようになる。
- 1563年・1564年(永禄6年・永禄7年) - 小金原(習志野台にあった酒山砦)で第二次国府台合戦の小競り合いが起きる。
- 1566年(永禄9年) - 上杉謙信の攻勢に伴い、原氏が臼井城に拠点を移動。栗原・船橋の領地が高城氏(小金城主)に移譲される。
- 1568年(永禄11年) - 北条氏の豪族に攻撃され、夏見城(現:長福寺)が落城。
安土桃山から江戸時代まで
- 1578年(天正6年) - 領主の高城胤辰が船橋大神宮の門前町の自治を許す。
- 1590年(天正18年) - 北条氏滅亡に伴い、徳川氏が関東に入府。武田信吉の領地となる。幕府によって、市域中部一帯に小金牧が設置される。
- 武田信吉の佐倉藩転封後、栗原藩を除き、主要な街道筋は天領・その他は旗本の知行地として分割統治される。
- 1600年(慶長5年) - 徳川氏の家臣である成瀬氏が関ヶ原の戦いの戦功による加増で大名に列せられ、栗原(現在の本中山・西船付近)に陣屋を置く(栗原藩)。
- 1614年(慶長19年) - 東金での鷹狩を目的に御成街道が整備される。船橋御殿(現・船橋東照宮近辺)がつくられる。
- 1615年(元和元年) - 徳川家康・秀忠一行が船橋御殿に宿泊、献魚の功から船橋浦が御菜浦(専用磯魚場)に指定される。
- 1638年(寛永15年) - 藩主・成瀬氏の断絶によって、栗原藩が改易される。
- 1674年から1678年(延宝2年 - 延宝6年) - 小金牧の一部が開墾され、神保新田・前原新田・滝台新田・上山新田・藤原新田・丸山新田・行田新田の7ヵ村が新たに開村。
- 1703年(元禄16年) - 元禄大地震によって、船橋浦の海底が変化、良好な魚場環境が失われ、漁獲量が大幅に減少。献魚から金納に転換するが御菜浦の権威が失墜し、密猟者が急増。1874年(明治7年)に永代が廃止されるまで、魚場争いが熾烈となる。
- 1721年(享保6年) - 船橋の幕府試砲台場(現:了源寺)で、大砲の試射が行われる。
- 1722年(享保7年) - 享保改革の一環として、丹羽正伯と桐山太右衛門によって、下総小金野薬園が開設される(後の薬園台新田)。
- 1725年(享保9年) - 第1回徳川将軍家小金原御鹿狩(ししかり)が行われる(徳川吉宗)。
- 1726年(享保11年) - 第2回徳川将軍家小金原御鹿狩が行われる(徳川吉宗)。
- 1785年(天明5年) - 西海神浜で塩田業が本格化する。
- 1795年(寛政7年) - 第3回徳川将軍家小金原御鹿狩が行われる(徳川家斉)。
- 1817年(文化14年) - 安川塾が開塾
- 1824年(文政7年) - 船橋漁師と猫実・東宇喜田漁師が漁場で乱闘となり、船橋漁師総代が入牢され獄死する。
- 1849年(嘉永2年) - 第4回徳川将軍家小金原御鹿狩が行われる(徳川家慶)。
明治から戦前まで
- 1868年(慶応4年) - 戊辰戦争に伴う船橋の戦いで船橋大神宮周辺・馬込沢台・海神方面で戦闘が発生、本陣があった大神宮をはじめ船橋本町の大半が焼失した。幕府の消滅に伴い幕府領が佐倉藩に編入された。
- 1869年(明治2年) - 葛飾県が設置され、その大部分が管轄となった。
- 10月-12月 - 小金牧の開墾事業によって、二和・三咲の集落が開村した。
- 1871年(明治4年) - 印旛県が設置され、その管轄となった。
- 1872年(明治5年) - 学制が頒布され、各地に尋常小学校(船橋小・宮本小・法典小・海神小・豊富小・八栄小の前身)が開校した。
- 1873年(明治6年)4月29日 - 明治天皇が、近衛兵の大演習のため、大和田原に行幸した。(史上初めて歴代天皇が県下に来幸)
- 1881年(明治14年)八栄村・法典村・二宮町・豊富村が宮内省管轄の習志野原御猟場となり、演習場内に御猟場事務所(現・郷土資料館近辺)が設置された(1925年廃止)。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行によって、当市域に船橋町、葛飾町、八栄村、法典村、塚田村が成立した。
- 1894年(明治27年)7月20日 - 総武鉄道、市川 - 佐倉間開通。船橋駅が開業した。
- 1895年(明治28年)4月12日 - 下総中山駅が開業した。
- 1897年(明治30年)6月1日 - 総武鉄道の全線開通によって、東京から成田への日帰り旅行が可能となり、継場としての繁栄は終止符がうたれた。以後、特に海岸部は、商業・レジャー都市としての性格が強くなる。
- 1899年(明治32年) - 習志野騎兵連隊が編成された。
- 1900年(明治33年) - 11月27日習志野衛戍病院(後の習志野陸軍病院)が二宮村に設立された。
- 1903年(明治36年) - 古和釜農民(豊富村)が御猟場反対運動を起こした。
- 1907年(明治40年)9月1日 - 総武鉄道が国有化された。
- 1908年(明治41年)6月17日 - 国鉄総武本線、市川 - 船橋間(同年、船橋 - 千葉間)が複線化された。
- 1915年(大正4年)3月 - 海軍無線電信所船橋送信所が竣工(塚田村と葛飾町の境界近辺)した。
- 1916年(大正5年) - 陸軍騎兵学校が二宮村に移転した。
- 1918年(大正7年)7月 - 東華学校(現・県立船橋高等学校)が創立した。
- 1919年(大正8年)10月 - 松戸競馬倶楽部(現・中山競馬場)が現在地に移転した。
- 1923年(大正12年)9月1日 - 関東大震災が発生するが、被害は軽微。海軍無線電信所船橋送信所より、震災発生を全国に打電。東京方面から多くの被災者が流入した。
- 1925年(大正14年) - 八栄村・法典村・二宮町・豊富村にあった宮内省管轄の習志野原御猟場が廃止された。
- 1929年(昭和4年) - ツェッペリン号が習志野原に立ち寄った。
- 1933年(昭和8年)9月15日 - 国鉄総武本線、市川 - 船橋間が電化された。
- 1935年(昭和10年)7月1日 - 国鉄総武本線、船橋 - 千葉間が電化された。
市制後
- 1937年(昭和12年)4月1日 - 東葛飾郡船橋町、葛飾町、八栄村、法典村、塚田村が合併して、船橋市が発足。県下で4番目の市制施行された。
- 1941年(昭和16年)12月2日 - 海軍無線電信所船橋送信所を通じ「ニイタカヤマノボレ1208」の暗号がハワイへ向けて航行中の真珠湾攻撃部隊に打電された。
- 日本建鐵船橋製作所などの軍需工場が移転して来た。
- 1942年(昭和17年)4月 - 東京初空襲の編隊が通過した。
- 1943年(昭和18年)
- 1月10日 - 現在の船橋市地方卸売市場付近にあった鴨川ニッケル工業(後に紀文グループを経て現キッコーマンソイフーズ)で溶鉱炉が爆発。工員9人が死亡、13人が重軽傷[30]。
- 8月2日 - 東部軍教育隊が二宮町に設置された。
- 1944年(昭和19年)
- 1945年(昭和20年) - 二宮町空襲により、役場をはじめ、滝台と前原の一部が焼失した。
戦後から現在まで
- 1946年(昭和21年)
- 1947年(昭和22年)12月27日 - 新京成電鉄 新津田沼 - 薬園台間が開通。
- 1948年(昭和23年)3月7日 - 船橋市警察署(自治体警察)が発足。
- 1949年(昭和24年)4月1日 - 船橋市消防本部(現・船橋市消防局)が設置される。
- 1950年(昭和25年)
- 1951年(昭和26年)6月 - 旧騎兵学校跡地に警察予備隊(現・習志野駐屯地)が入営。
- 1952年(昭和27年)
- 1953年(昭和28年)
- 1954年(昭和29年)
- 1955年(昭和30年)9月30日 - 習志野台の一部区域を習志野市に編入。
- 1956年(昭和31年) - 東京湾域の大規模な埋立てが始まる(完成後、日の出・栄町・西浦となる)。
- 1958年(昭和33年)
- 1960年(昭和35年)
- 1961年(昭和36年)
- 1967年(昭和42年)2月1日 - 習志野台団地入居開始。
- 1968年(昭和43年)
- 1969年(昭和44年)
- 1971年(昭和46年)
- 1972年(昭和47年)
- 1973年(昭和48年)10月14日 - 第28回国民体育大会秋季大会(若潮国体)。体操・馬術・ウエイトリフティング会場となる。
- 1974年(昭和49年) - 市役所で四週間に一度の週休二日制が始まる[32]。
- 1975年(昭和50年)
- 1976年(昭和51年)3月31日 - 行田団地入居開始。
- 1977年(昭和52年)4月1日 - 芝山団地入居開始。
- 1978年(昭和53年)
- 1979年(昭和54年)3月9日 - 北総開発鉄道が小室・北初富間に開通。
- 1981年(昭和56年)
- 1982年(昭和57年)
- 1986年(昭和61年)
- 1987年(昭和62年)
- 1988年(昭和63年)12月1日 - JR京葉線第2期工事完成 (新木場駅 - 南船橋駅間、市川塩浜駅 - 西船橋駅間)、二俣新町駅開業[35]
- 1989年(平成元年)4月6日 - オーデンセ市(デンマーク王国フューン県)と姉妹都市提携を締結[36]。
- 1992年(平成4年)9月14日 - 福祉と緑の都市宣言[37]。
- 1994年(平成6年)11月2日 - 西安市(中華人民共和国陝西省)と姉妹都市提携を締結[38]。
- 1996年(平成8年)
- 2003年(平成15年)4月1日 - 中核市に移行[40]。
- 2009年(平成21年)9月 - 人口が60万人を突破[41]。
- 2011年(平成23年)
- 2016年(平成28年)3月21日 - 船橋オートレース場最終レースを終了[42]、同月30日で場外発売も終了、閉鎖。
町名
船橋市では、ほぼ全域で住居表示に関する法律に基づく住居表示が実施されている。
町名 | 町名の読み | 町区域新設年月日 | 住居表示実施年月日 | 住居表示実施前の町名等 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
湊町一丁目 | みなとちょう | 1940年1月1日 | 1965年9月1日 | 九日市 | |
湊町二丁目 | 1940年1月1日 | 1965年9月1日 | 九日市 | ||
湊町三丁目 | 1940年1月1日 | 1965年9月1日 | 九日市 | ||
浜町一丁目 | はまちょう | 1968年3月1日 | 1968年3月1日 | ||
浜町二丁目 | 1968年3月1日 | 1968年3月1日 | |||
浜町三丁目 | |||||
若松一丁目 | わかまつ | 1968年3月1日 | 1968年3月1日 | ||
若松二丁目 | 1968年3月1日 | 1968年3月1日 | |||
若松三丁目 | |||||
日の出一丁目 | ひので | ||||
日の出二丁目 | |||||
西浦一丁目 | にしうら | 1974年12月1日 | 1974年12月1日 | ||
西浦二丁目 | 1974年12月1日 | 1974年12月1日 | |||
西浦三丁目 | 1974年12月1日 | 1974年12月1日 | |||
栄町一丁目 | さかえちょう | ||||
栄町二丁目 | |||||
潮見町 | しおみちょう | 1975年6月 | 1975年6月 | ||
高瀬町 | たかせちょう |
町名 | 町名の読み | 町区域新設年月日 | 住居表示実施年月日 | 住居表示実施前の町名等 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
宮本一丁目 | みやもと | 1968年3月1日 | 1968年3月1日 | ||
宮本二丁目 | 1968年3月1日 | 1968年3月1日 | |||
宮本三丁目 | 1968年3月1日 | 1968年3月1日 | |||
宮本四丁目 | 1968年3月1日 | 1968年3月1日 | |||
宮本五丁目 | 1968年3月1日 | 1968年3月1日 | |||
宮本六丁目 | 1968年3月1日 | 1968年3月1日 | |||
宮本七丁目 | 1968年3月1日 | 1968年3月1日 | |||
宮本八丁目 | 1968年3月1日 | 1968年3月1日 | |||
宮本九丁目 | 1968年3月1日 | 1968年3月1日 | |||
市場一丁目 | いちば | 1968年3月1日 | 1968年3月1日 | ||
市場二丁目 | 1968年3月1日 | 1968年3月1日 | |||
市場三丁目 | 1968年3月1日 | 1968年3月1日 | |||
市場四丁目 | 1968年3月1日 | 1968年3月1日 | |||
市場五丁目 | 1968年3月1日 | 1968年3月1日 | |||
東船橋一丁目 | ひがしふなばし | 1976年12月1日 | 1976年12月1日 | ||
東船橋二丁目 | 1976年12月1日 | 1976年12月1日 | |||
東船橋三丁目 | 1976年12月1日 | 1976年12月1日 | |||
東船橋四丁目 | 1976年12月1日 | 1976年12月1日 | |||
東船橋五丁目 | 1968年3月1日 | 1968年3月1日 | |||
東船橋六丁目 | 1968年3月1日 | 1968年3月1日 | |||
東船橋七丁目 | 1968年3月1日 | 1968年3月1日 | |||
東町 | あづまちょう | 未実施 | |||
駿河台一丁目 | するがだい | 1987年4月1日 | 1987年4月1日 | ||
駿河台二丁目 | 1987年4月1日 | 1987年4月1日 | |||
本町一丁目 | ほんちょう | ||||
本町二丁目 | |||||
本町三丁目 | |||||
本町四丁目 | |||||
本町五丁目 | |||||
本町六丁目 | |||||
本町七丁目 | |||||
南本町 | みなみほんちょう | 1965年9月1日 | 1965年9月1日 | ||
海神一丁目 | かいじん | 1967年6月1日 | 1967年6月1日 | ||
海神二丁目 | 1966年6月1日 | 1966年6月1日 | |||
海神三丁目 | 1966年6月1日 | 1966年6月1日 | |||
海神四丁目 | 1966年6月1日 | 1966年6月1日 | |||
海神五丁目 | 1966年6月1日 | 1966年6月1日 | |||
海神六丁目 | 1966年6月1日 | 1966年6月1日 | |||
海神町二丁目 | かいじんちょう | 1940年4月1日 | 未実施 | ||
海神町三丁目 | 1940年4月1日 | 未実施 | |||
海神町東一丁目 | かいじんちょうひがし | 1940年4月1日 | 未実施 | ||
海神町西一丁目 | かいじんちょうにし | 1940年4月1日 | 未実施 | ||
海神町南一丁目 | かいじんちょうみなみ | 1940年4月1日 | 未実施 | ||
南海神一丁目 | みなみかいじん | 1974年12月1日 | 1974年12月1日 | ||
南海神二丁目 | 1974年12月1日 | 1974年12月1日 |
町名 | 町名の読み | 町区域新設年月日 | 住居表示実施年月日 | 住居表示実施前の町名等 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
山野町 | やまのちょう | 未実施 | |||
葛飾町二丁目 | かつしかちょう | 未実施 | |||
本郷町 | ほんごうちょう | 未実施 | |||
古作町 | こさくちょう | 未実施 | |||
古作一丁目 | こさく | ||||
古作二丁目 | |||||
古作三丁目 | |||||
古作四丁目 | |||||
西船一丁目 | にしふな | 1966年6月1日 | 1966年6月1日 | ||
西船二丁目 | 1966年6月1日 | 1966年6月1日 | |||
西船三丁目 | 1966年6月1日 | 1966年6月1日 | |||
西船四丁目 | 1967年6月1日 | 1967年6月1日 | |||
西船五丁目 | 1967年6月1日 | 1967年6月1日 | |||
西船六丁目 | 1967年6月1日 | 1967年6月1日 | |||
西船七丁目 | 1967年6月1日 | 1967年6月1日 | |||
印内町 | いんないちょう | 未実施 | |||
印内一丁目 | いんない | 1967年6月1日 | 1967年6月1日 | ||
印内二丁目 | 1967年6月1日 | 1967年6月1日 | |||
印内三丁目 | |||||
東中山一丁目 | ひがしなかやま | 1967年6月1日 | 1967年6月1日 | ||
東中山二丁目 | 1967年6月1日 | 1967年6月1日 | |||
二子町 | ふたごちょう | 未実施 | |||
本中山一丁目 | もとなかやま | 1967年4月1日 | 1967年4月1日 | ||
本中山二丁目 | 1967年4月1日 | 1967年4月1日 | |||
本中山三丁目 | 1967年4月1日 | 1967年4月1日 | |||
本中山四丁目 | 1974年4月1日 | 1974年4月1日 | |||
本中山五丁目 | 1974年4月1日 | 1974年4月1日 | |||
本中山六丁目 | 1974年4月1日 | 1974年4月1日 | |||
本中山七丁目 | 1974年4月1日 | 1974年4月1日 |
町名 | 町名の読み | 町区域新設年月日 | 住居表示実施年月日 | 住居表示実施前の町名等 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
旭町一丁目 | あさひちょう | 1940年1月1日 | 1991年2月1日 | ||
旭町二丁目 | 1940年1月1日 | 1991年2月1日 | |||
旭町三丁目 | 1940年1月1日 | 1991年2月1日 | |||
旭町四丁目 | 1940年1月1日 | 1991年2月1日 | |||
旭町五丁目 | 1940年1月1日 | 1991年2月1日 | |||
旭町六丁目 | 1940年1月1日 | 1991年2月1日 | |||
前貝塚町 | まえかいづかちょう | 未実施 | |||
行田一丁目 | ぎょうだ | ||||
行田二丁目 | |||||
行田三丁目 | |||||
山手一丁目 | やまて | 1966年6月1日 | 1966年6月1日 | ||
山手二丁目 | 1966年6月1日 | 1966年6月1日 | |||
山手三丁目 | 1966年6月1日 | 1966年6月1日 | |||
北本町一丁目 | きたほんちょう | ||||
北本町二丁目 | |||||
丸山一丁目 | まるやま | ||||
丸山二丁目 | |||||
丸山三丁目 | |||||
丸山四丁目 | |||||
丸山五丁目 | |||||
藤原一丁目 | ふじわら | ||||
藤原二丁目 | |||||
藤原三丁目 | |||||
藤原四丁目 | |||||
藤原五丁目 | |||||
藤原六丁目 | |||||
藤原七丁目 | |||||
藤原八丁目 | |||||
上山町一丁目 | かみやまちょう | 1940年4月1日 | 未実施 | ||
上山町二丁目 | 1940年4月1日 | 未実施 | |||
上山町三丁目 | 1940年4月1日 | 未実施 | |||
馬込町 | まこめ | 1940年4月1日 | 未実施 | ||
馬込西一丁目 | まこめにし | 2011年1月31日 | 2011年1月31日 | ||
馬込西二丁目 | 2011年1月31日 | 2011年1月31日 | |||
馬込西三丁目 | 2011年1月31日 | 2011年1月31日 |
町名 | 町名の読み | 町区域新設年月日 | 住居表示実施年月日 | 住居表示実施前の町名等 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
夏見一丁目 | なつみ | 1971年4月1日 | 1971年4月1日 | ||
夏見二丁目 | 1971年4月1日 | 1971年4月1日 | |||
夏見三丁目 | 1971年4月1日 | 1971年4月1日 | |||
夏見四丁目 | 1971年4月1日 | 1971年4月1日 | |||
夏見五丁目 | 1971年4月1日 | 1971年4月1日 | |||
夏見六丁目 | 1971年4月1日 | 1971年4月1日 | |||
夏見七丁目 | 1971年4月1日 | 1971年4月1日 | |||
夏見町二丁目 | なつみちょう | 未実施 | |||
夏見台一丁目 | なつみだい | 1987年4月1日 | 1987年4月1日 | ||
夏見台二丁目 | 1987年4月1日 | 1987年4月1日 | |||
夏見台三丁目 | 1987年4月1日 | 1987年4月1日 | |||
夏見台四丁目 | 1987年4月1日 | 1987年4月1日 | |||
夏見台五丁目 | 1987年4月1日 | 1987年4月1日 | |||
夏見台六丁目 | 1987年4月1日 | 1987年4月1日 | |||
米ケ崎町 | こめがさきちょう | 1940年4月1日 | 未実施 | ||
高根町 | たかねちょう | 1961年4月1日 | 未実施 | ||
金杉町 | かなすぎちょう | 1982年4月1日 | 未実施 | ||
金杉一丁目 | かなすぎ | 1982年4月1日 | 1982年4月1日 | ||
金杉二丁目 | 1982年4月1日 | 1982年4月1日 | |||
金杉三丁目 | 1982年4月1日 | 1982年4月1日 | |||
金杉四丁目 | 1982年4月1日 | 1982年4月1日 | |||
金杉五丁目 | 1982年4月1日 | 1982年4月1日 | |||
金杉六丁目 | 1982年4月1日 | 1982年4月1日 | |||
金杉七丁目 | 1982年4月1日 | 1982年4月1日 | |||
金杉八丁目 | 1982年4月1日 | 1982年4月1日 | |||
金杉九丁目 | 1982年4月1日 | 1982年4月1日 | |||
金杉台一丁目 | かなすぎだい | 1982年4月1日 | 1982年4月1日 | ||
金杉台二丁目 | 1982年4月1日 | 1982年4月1日 | |||
緑台一丁目 | みどりだい | ||||
緑台二丁目 |
町名 | 町名の読み | 町区域新設年月日 | 住居表示実施年月日 | 住居表示実施前の町名等 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
前原東一丁目 | まえばらひがし | 1969年4月1日 | 1969年4月1日 | ||
前原東二丁目 | 1969年4月1日 | 1969年4月1日 | |||
前原東三丁目 | 1969年4月1日 | 1969年4月1日 | |||
前原東四丁目 | 1969年4月1日 | 1969年4月1日 | |||
前原東五丁目 | 1969年4月1日 | 1969年4月1日 | |||
前原東六丁目 | 1969年4月1日 | 1969年4月1日 | |||
前原西一丁目 | まえばらにし | 1969年4月1日 | 1969年4月1日 | ||
前原西二丁目 | 1969年4月1日 | 1969年4月1日 | |||
前原西三丁目 | 1969年4月1日 | 1969年4月1日 | |||
前原西四丁目 | 1969年4月1日 | 1969年4月1日 | |||
前原西五丁目 | 1969年4月1日 | 1969年4月1日 | |||
前原西六丁目 | 1969年4月1日 | 1969年4月1日 | |||
前原西七丁目 | 1969年4月1日 | 1969年4月1日 | |||
前原西八丁目 | 1969年4月1日 | 1969年4月1日 | |||
中野木一丁目 | なかのぎ | 1989年2月1日 | 1989年2月1日 | ||
中野木二丁目 | 1989年2月1日 | 1989年2月1日 | |||
三山一丁目 | みやま | ||||
三山二丁目 | |||||
三山三丁目 | |||||
三山四丁目 | |||||
三山五丁目 | |||||
三山六丁目 | |||||
三山七丁目 | |||||
三山八丁目 | |||||
三山九丁目 | |||||
田喜野井一丁目 | たきのい | ||||
田喜野井二丁目 | |||||
田喜野井三丁目 | |||||
田喜野井四丁目 | |||||
田喜野井五丁目 | |||||
田喜野井六丁目 | |||||
田喜野井七丁目 | |||||
習志野一丁目 | ならしの | ||||
習志野二丁目 | |||||
習志野三丁目 | |||||
習志野四丁目 | |||||
習志野五丁目 |
町名 | 町名の読み | 町区域新設年月日 | 住居表示実施年月日 | 住居表示実施前の町名等 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
二宮一丁目 | にのみや | ||||
二宮二丁目 | |||||
飯山満町一丁目 | はさまちょう | ||||
飯山満町二丁目 | |||||
飯山満町三丁目 | |||||
滝台町 | たきだいちょう | 未実施 | |||
滝台一丁目 | たきだい | ||||
滝台二丁目 | |||||
薬円台一丁目 | やくえんだい | 1973年4月1日 | 1973年4月1日 | ||
薬円台二丁目 | 1973年4月1日 | 1973年4月1日 | |||
薬円台三丁目 | 1973年4月1日 | 1973年4月1日 | |||
薬円台四丁目 | 1973年4月1日 | 1973年4月1日 | |||
薬円台五丁目 | 1973年4月1日 | 1973年4月1日 | |||
薬円台六丁目 | 1973年4月1日 | 1973年4月1日 | |||
薬園台町一丁目 | やくえんだいちょう | 1973年4月1日 | 未実施 | ||
七林町 | ななばやしちょう | 未実施 | |||
習志野台一丁目 | ならしのだい | 1967年11月1日 | 1972年5月1日 | ||
習志野台二丁目 | 1967年11月1日 | 1972年5月1日 | |||
習志野台三丁目 | 1967年11月1日 | 1972年5月1日 | |||
習志野台四丁目 | 1967年11月1日 | 1972年5月1日 | |||
習志野台五丁目 | 1967年11月1日 | 1972年5月1日 | |||
習志野台六丁目 | 1967年11月1日 | 1972年5月1日 | |||
習志野台七丁目 | 1967年11月1日 | 1972年5月1日 | |||
習志野台八丁目 | 1967年11月1日 | 1972年5月1日 | |||
西習志野一丁目 | にしならしの | ||||
西習志野二丁目 | |||||
西習志野三丁目 | |||||
西習志野四丁目 |
町名 | 町名の読み | 町区域新設年月日 | 住居表示実施年月日 | 住居表示実施前の町名等 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
高根台一丁目 | たかねだい | 1963年11月1日 | 1973年3月1日 | ||
高根台二丁目 | 1963年11月1日 | 1973年3月1日 | |||
高根台三丁目 | 1963年11月1日 | 1973年3月1日 | |||
高根台四丁目 | 1963年11月1日 | 1973年3月1日 | |||
高根台五丁目 | 1963年11月1日 | 1973年3月1日 | |||
高根台六丁目 | 1963年11月1日 | 1973年3月1日 | |||
高根台七丁目 | 1963年11月1日 | 1973年3月1日 | |||
芝山一丁目 | しばやま | 1975年12月1日 | 1975年12月1日 | ||
芝山二丁目 | 1975年12月1日 | 1975年12月1日 | |||
芝山三丁目 | 1975年12月1日 | 1975年12月1日 | |||
芝山四丁目 | 1975年12月1日 | 1975年12月1日 | |||
芝山五丁目 | 1975年12月1日 | 1975年12月1日 | |||
芝山六丁目 | 1975年12月1日 | 1975年12月1日 | |||
芝山七丁目 | 1975年12月1日 | 1975年12月1日 | |||
新高根一丁目 | しんたかね | 1979年2月1日 | 1979年2月1日 | ||
新高根二丁目 | 1979年2月1日 | 1979年2月1日 | |||
新高根三丁目 | 1979年2月1日 | 1979年2月1日 | |||
新高根四丁目 | 1979年2月1日 | 1979年2月1日 | |||
新高根五丁目 | 1979年2月1日 | 1979年2月1日 | |||
新高根六丁目 | 1979年2月1日 | 1979年2月1日 |
町名 | 町名の読み | 町区域新設年月日 | 住居表示実施年月日 | 住居表示実施前の町名等 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
二和東一丁目 | ふたわひがし | 1981年4月1日 | 1981年4月1日 | ||
二和東二丁目 | 1981年4月1日 | 1981年4月1日 | |||
二和東三丁目 | 1981年4月1日 | 1981年4月1日 | |||
二和東四丁目 | 1981年4月1日 | 1981年4月1日 | |||
二和東五丁目 | 1981年4月1日 | 1981年4月1日 | |||
二和東六丁目 | 1981年4月1日 | 1981年4月1日 | |||
二和西一丁目 | ふたわにし | 1981年4月1日 | 1981年4月1日 | ||
二和西二丁目 | 1981年4月1日 | 1981年4月1日 | |||
二和西三丁目 | 1981年4月1日 | 1981年4月1日 | |||
二和西四丁目 | 1981年4月1日 | 1981年4月1日 | |||
二和西五丁目 | 1981年4月1日 | 1981年4月1日 | |||
二和西六丁目 | 1981年4月1日 | 1981年4月1日 | |||
三咲町 | みさきちょう | 1940年4月1日 | 未実施 | ||
三咲一丁目 | みさき | 1981年4月1日 | 1981年4月1日 | ||
三咲二丁目 | 1981年4月1日 | 1981年4月1日 | |||
三咲三丁目 | 1981年4月1日 | 1981年4月1日 | |||
三咲四丁目 | 1981年4月1日 | 1981年4月1日 | |||
三咲五丁目 | 1981年4月1日 | 1981年4月1日 | |||
三咲六丁目 | 1985年4月1日 | 1985年4月1日 | |||
三咲七丁目 | 1985年4月1日 | 1985年4月1日 | |||
三咲八丁目 | 1985年4月1日 | 1985年4月1日 | |||
三咲九丁目 | 1985年4月1日 | 1985年4月1日 | |||
南三咲一丁目 | みなみみさき | 1982年4月1日 | 1982年4月1日 | ||
南三咲二丁目 | 1982年4月1日 | 1982年4月1日 | |||
南三咲三丁目 | 1982年4月1日 | 1982年4月1日 | |||
南三咲四丁目 | 1982年4月1日 | 1982年4月1日 | |||
八木が谷町 | やきがやちょう | 1955年4月1日 | 未実施 | ||
八木が谷一丁目 | やきがや | 1981年4月1日 | 1981年4月1日 | ||
八木が谷二丁目 | 1981年4月1日 | 1981年4月1日 | |||
八木が谷三丁目 | 1981年4月1日 | 1981年4月1日 | |||
八木が谷四丁目 | 1981年4月1日 | 1981年4月1日 | |||
八木が谷五丁目 | 1981年4月1日 | 1981年4月1日 | |||
咲が丘一丁目 | さきがおか | 1981年4月1日 | 1981年4月1日 | ||
咲が丘二丁目 | 1981年4月1日 | 1981年4月1日 | |||
咲が丘三丁目 | 1981年4月1日 | 1981年4月1日 | |||
咲が丘四丁目 | 1981年4月1日 | 1981年4月1日 | |||
松が丘一丁目 | まつがおか | 1973年3月1日 | 1973年3月1日 | ||
松が丘二丁目 | 1973年3月1日 | 1973年3月1日 | |||
松が丘三丁目 | 1973年3月1日 | 1973年3月1日 | |||
松が丘四丁目 | 1973年3月1日 | 1973年3月1日 | |||
松が丘五丁目 | 1973年3月1日 | 1973年3月1日 | |||
みやぎ台一丁目 | みやぎだい | 1981年4月1日 | 1981年4月1日 | ||
みやぎ台二丁目 | 1981年4月1日 | 1981年4月1日 | |||
みやぎ台三丁目 | 1981年4月1日 | 1981年4月1日 | |||
みやぎ台四丁目 | 1981年4月1日 | 1981年4月1日 | |||
高野台一丁目 | こうやだい | 1981年4月1日 | 1981年4月1日 | ||
高野台二丁目 | 1981年4月1日 | 1981年4月1日 | |||
高野台三丁目 | 1981年4月1日 | 1981年4月1日 | |||
高野台四丁目 | 1981年4月1日 | 1981年4月1日 | |||
高野台五丁目 | 1981年4月1日 | 1981年4月1日 | |||
大穴町 | おおあなちょう | 1955年4月1日 | 未実施 | ||
大穴南一丁目 | おおあなみなみ | 1985年4月1日 | 1985年4月1日 | ||
大穴南二丁目 | 1985年4月1日 | 1985年4月1日 | |||
大穴南三丁目 | 1985年4月1日 | 1985年4月1日 | |||
大穴南四丁目 | 1985年4月1日 | 1985年4月1日 | |||
大穴南五丁目 | 1985年4月1日 | 1985年4月1日 | |||
大穴北一丁目 | おおあなきた | 1985年4月1日 | 1985年4月1日 | ||
大穴北二丁目 | 1985年4月1日 | 1985年4月1日 | |||
大穴北三丁目 | 1985年4月1日 | 1985年4月1日 | |||
大穴北四丁目 | 1985年4月1日 | 1985年4月1日 | |||
大穴北五丁目 | 1985年4月1日 | 1985年4月1日 | |||
大穴北六丁目 | 1985年4月1日 | 1985年4月1日 | |||
大穴北七丁目 | 1985年4月1日 | 1985年4月1日 | |||
大穴北八丁目 | 1985年4月1日 | 1985年4月1日 |
町名 | 町名の読み | 町区域新設年月日 | 住居表示実施年月日 | 住居表示実施前の町名等 | 備考 | |
---|---|---|---|---|---|---|
小室町 | こむろちょう | 未実施 | ||||
小野田町 | おのだちょう | 未実施 | ||||
大神保町 | おおじんぼうちょう | 未実施 | ||||
神保町 | じんぼうちょう | 未実施 | ||||
車方町 | くるまがたちょう | 未実施 | ||||
鈴身町 | すずみちょう | 未実施 | ||||
豊富町 | とよとみちょう | 未実施 | ||||
金堀町 | かねほりちょう | 1955年4月1日 | 未実施 | |||
楠が山町 | くすがやまちょう | 未実施 | ||||
古和釜町 | こわがまちょう | 未実施 | ||||
坪井西一丁目 | つぼいにし | 2010年2月1日 | 2010年2月1日 | |||
坪井西二丁目 | 2010年2月1日 | 2010年2月1日 | ||||
坪井東一丁目 | つぼいひがし | 2010年2月1日 | 2010年2月1日 | |||
坪井東二丁目 | 2010年2月1日 | 2010年2月1日 | ||||
坪井東三丁目 | 2010年2月1日 | 2010年2月1日 | ||||
坪井東四丁目 | 2010年2月1日 | 2010年2月1日 | ||||
坪井東五丁目 | 2010年2月1日 | 2010年2月1日 | ||||
坪井東六丁目 | 2010年2月1日 | 2010年2月1日 | ||||
坪井町 | つぼいちょう | 未実施 |
地区
南部は商業施設や工場が多く、中部は住宅地が開発されて人口が多い。北部には農地もあり、米をはじめ多くの種類の農産物が栽培されている。特にニンジンや梨の栽培が有名である。
地名
各記事を参照。
- 湊町地域
- 本町地域
- 葛飾地域
- 法典地域
- 夏見地域
- 前原地域
- 習志野台地域
- 新高根・芝山地域
- 八木が谷地域
- 豊富地域
行政
行政境界の変遷
年月日 | 現:船橋市市域に関連する行政区域変遷 |
---|---|
1889年(明治22年)4月1日 | 明治憲法下による市町村制の実施により、東葛飾郡、千葉郡から1町5村が発足。
|
1937年(昭和12年)4月1日 | 船橋町、葛飾町、八栄村、法典村、塚田村が合併し、船橋市が誕生する(千葉県内で4番目の市制施行、市施行時の公式告示人口43,669人)。 |
1953年(昭和28年)8月1日 | 千葉郡二宮町を編入合併。 |
1954年(昭和29年)4月1日 | 千葉郡豊富村を編入合併。 |
1954年(昭和29年)8月 | 宮本町一・二丁目地先公有水面埋立地の編入。 |
1955年(昭和30年)9月30日 | 習志野町五丁目の一部区域を習志野市に編入。 |
1955年(昭和30年)9月 - 1956年(昭和31年)8月 |
宮本町一・二丁目地先公有水面埋立地の編入。 |
1960年(昭和35年)7月 | 湊町四丁目及び海神町三丁目地先公有水面埋立地の編入。 |
1961年(昭和36年)1月 | 海神町南一丁目地先公有水面埋立地の編入。 |
1961年(昭和36年)11月 | 海神町南一丁目及び西浦町地先公有水面埋立地の編入。 |
1961年(昭和36年)12月 | 西浦町地先公有水面埋立地の編入。 |
1964年(昭和39年)7月 | 日の出町及び宮本町二丁目地先公有水面埋立地の編入。 |
1965年(昭和40年)3月 | 浜町及び宮本町二丁目地先公有水面埋立地の編入。 |
1965年(昭和40年)12月 | 宮本町二丁目及び若松町地先公有水面埋立地の編入。 |
1971年(昭和46年)1月 | 本町一丁目地先公有水面埋立地の編入。 |
1973年(昭和48年)3月 | 浜町二丁目、栄町及び日の出町地先公有水面埋立地の編入。 |
1973年(昭和48年)12月 | 日の出町地先公有水面埋立地の編入。 |
1975年(昭和50年)6月 | 若松二丁目、浜町二丁目、西浦三丁目及び日の出二丁目地先公有水面埋立地の編入。 |
1976年(昭和51年)10月 | 潮見町、若松町二・三丁目、高瀬町及び浜町三丁目地先公有水面埋立地の編入。 |
1977年(昭和52年)7月 | 若松二丁目及び高瀬町地先公有水面埋立地の編入。 |
1980年(昭和55年)9月 | 潮見町地先公有水面埋立地の編入。 |
1981年(昭和56年)5月1日 | 習志野市から谷津七丁目の一部を編入。 |
1981年(昭和56年)12月 | 日の出一丁目及び湊町三丁目地先公有水面埋立地の編入。 |
1982年(昭和57年)9月 | 潮見町、浜町三丁目及び若松三丁目地先公有水面埋立地の編入。 |
1984年(昭和54年)3月 | 潮見町地先公有水面埋立地の編入。 |
1984年(昭和59年)9月 | 浜町二丁目、潮見町及び高瀬町地先公有水面埋立地の編入。 |
1987年(昭和62年)9月 | 高瀬町、潮見町地先公有水面埋立地の編入。 |
1989年(平成元年)7月 | 潮見町地先公有水面埋立地の編入。 |
1993年(平成5年)3月 | 日の出二丁目地先公有水面埋立地の編入。 |
1998年(平成10年)3月 | 浜町二丁目地先公有水面埋立地の編入。 |
1998年(平成10年)7月 | 日の出二丁目及び浜町二丁目地先公有水面埋立地の編入。 |
市政
市長
- 松戸徹(まつど とおる、2013年(平成25年)7月19日就任、2期目[43])
- 船橋市の歴代市長(西暦は初就任の年)
- 第1代 1937年 川久保常次郎
- 第2,3代 1938年 後藤秀四郎
- 第4代 1945年 高橋恒治
- 第5代 1947年 松本栄一(初の公選)
- 第6,7代 1951年 高木良雄
- 第8,9,10,11代 1959年 渡辺三郎
- 第12,13代 1975年 藤代七郎(1999年(平成11年)5月26日死去[44])
- 第14,15,16,17代 1981年 大橋和夫 - 5期目を目指したが、1997年(平成9年)6月22日開票の選挙で落選[45]。
- 第18,19,20,21代 1997年(平成9年)7月22日就任[46] - 2013年(平成25年)7月18日退任[47] 藤代孝七(第12,13代市長藤代七郎の息子[48][49])
- 第22,23代 2013年 松戸徹 - 2009年(平成21年)に副市長に就任[41]、藤代孝七市長の後継者として2013年(平成25年)6月23日に初当選[50]。
行政組織
この節の加筆が望まれています。 |
庁内組織図
市長┳副市長 ┃ ┣━━━━━市長公室 ┃ ┃ ┣━広報課 ┃ ┃ ┣━市民の声を聞く課 ┃ ┃ ┣━防災課 ┃ ┃ ┣━秘書課 ┃ ┃ ┣国際交流課 ┃ ┃ ┃ ┣━━━━━企画部 ┃ ┃ ┣━企画調整課 ┃ ┃ ┣━市民協働課 ┃ ┃ ┣━電子行政政策課 ┃ ┃ ┣━総合交通計画課 ┃ ┃ ┣━男女共同参画課 ┃ ┃ ┣女性センター ┃ ┃ ┃ ┣━━━━━総務部 ┃ ┃ ┣━行政管理課(総務係・行政管理課・法規係) ┃ ┃ ┣━職 員 課 ┃ ┃ ┣━情報政策課(情報公開係・統計係) ┃ ┃ ┣━職員研修所(一宮研修所) ┃ ┃ ┃ ┣━━━━━財務部 ┃ ┃ ┣━財務課 ┃ ┃ ┣━管財課(庁舎係・管財係) ┃ ┃ ┣━契約課(物品契約係・工事契約係) ┃ ┃ ┃ ┣━━━━━税務部 ┃ ┃ ┣━税制課(税制係・軽自動車税係) ┃ ┃ ┣━市民税課(市民税第1係・市民税第2係・市民税第3係) ┃ ┃ ┣━固定資産税課(課税係・償却資産係・土地係・家屋第1係・家屋第2係) ┃ ┃ ┣━納税課 ┃ ┃ ┃ ┣━━━━━市民生活部 ┃ ┃ ┣━戸籍住民課(管理係・市民第1係・市民第2係・戸籍係) ┃ ┃ ┣━自治振興課(市民生活係・自治振興係・住居表示係) ┃ ┃ ┃ ┣━三山市民センター ┃ ┃ ┃ ┣━市民活動サポートセンター ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┣━市民防犯課 ┃ ┃ ┣━国民年金課 ┃ ┃ ┣━二宮出張所 ┃ ┃ ┣━芝山出張所 ┃ ┃ ┣━高根台出張所 ┃ ┃ ┣━習志野台出張所 ┃ ┃ ┣━豊富出張所 ┃ ┃ ┣━二和出張所 ┃ ┃ ┣━西船橋出張所 ┃ ┃ ┣━船橋駅前総合窓口センター ┃ ┃ ┃ ┣健康福祉局━健康部 ┃ ┃ ┃ ┣━健康政策課(指導検査室・リハビリテーション病院整備室) ┃ ┃ ┃ ┣━健康増進課(指導第1係・指導第2係・指導第3係) ┃ ┃ ┃ ┃ ┣━中央保健センター ┃ ┃ ┃ ┃ ┣━東部保健センター ┃ ┃ ┃ ┃ ┣━北部保健センター ┃ ┃ ┃ ┃ ┣━西部保健センター ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┣━健康増進課(庶務係・資格給付係・保険料係・滞納整理係・高齢者係) ┃ ┃ ┃ ┣━船橋市立看護専門学校 ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┣━保健所 ┃ ┃ ┃ ┃ ┣━総務課(総務係・医事薬事係・検査係) ┃ ┃ ┃ ┃ ┣━保健予防課(疾病対策係・精神保健係) ┃ ┃ ┃ ┃ ┣━衛生指導課(食品指導係・環境指導係) ┃ ┃ ┃ ┃ ┣━動物愛護指導センター ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┣━船橋市立医療センター ┃ ┃ ┃ ┣━診療局 ┃ ┃ ┃ ┣━救急救命センター ┃ ┃ ┃ ┣━看護部 ┃ ┃ ┃ ┣━薬剤部 ┃ ┃ ┃ ┣━事務局 ┃ ┃ ┃ ┃ ┣━総務課(庶務係・経理係・管理係) ┃ ┃ ┃ ┃ ┣━医事課(医事第1係・医事第2係) ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┣━医療安全管理室 ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┣━福祉サービス部 ┃ ┃ ┃ ┣地域福祉課 ┃ ┃ ┃ ┣高齢者福祉課(いきがい対策係・高齢者福祉係) ┃ ┃ ┃ ┣介護保険課(保険料係・資格給付係・認定審査係) ┃ ┃ ┃ ┣包括支援課 ┃ ┃ ┃ ┃ ┣中部包括支援センター ┃ ┃ ┃ ┃ ┣東部包括支援センター ┃ ┃ ┃ ┃ ┣西部包括支援センター ┃ ┃ ┃ ┃ ┣南部包括支援センター ┃ ┃ ┃ ┃ ┣北部包括支援センター ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┣障害福祉課(庶務係・支援サービス係・相談支援係・施設援護係) ┃ ┃ ┃ ┃ ┣さざんか学園 ┃ ┃ ┃ ┃ ┣東簡易マザーズホーム ┃ ┃ ┃ ┃ ┣西簡易マザーズホーム ┃ ┃ ┃ ┃ ┣身体障害者福祉センター ┃ ┃ ┃ ┃ ┣身体障害者福祉作業所太陽 ┃ ┃ ┃ ┃ ┣ことばの相談室 ┃ ┃ ┃ ┃ ┣こども発達相談センター ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┣生活支援課 ┃ ┃ ┃ ┣豊寿園 ┃ ┃ ┃ ┣ケア・リハビリセンター ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┣子育て支援部 ┃ ┃ ┣児童家庭課(子育て支援係・ひとり親家庭支援係・児童助成係) ┃ ┃ ┃ ┣母子福祉センター ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┣保育課 ┃ ┃ ┃ ┣保育所 ┃ ┃ ┃ ┣子育て支援センター ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┣児童育成課 ┃ ┃ ┣児童ホーム ┃ ┃ ┣放課後ルーム ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┣環境部 ┃ ┃ ┣環境保全課 ┃ ┃ ┣クリーン推進課(庶務係・まち美化係・指導課) ┃ ┃ ┃ ┣ごみゼロ計画室 ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┣産業廃棄物課 ┃ ┃ ┣環境衛生課(生活環境係・衛生係・霊園葬祭係) ┃ ┃ ┃ ┣馬込衛生管理事務所 ┃ ┃ ┃ ┣西浦処理場 ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┣北部清掃工場(庶務係・業務第1係・業務第2係) ┃ ┃ ┣南部清掃工場(庶務係・業務係) ┃ ┃ ┣衛生センター(庶務係・業務第1係・業務第2係) ┃ ┃ ┃ ┣経済部 ┃ ┃ ┣商業振興課 ┃ ┃ ┣消費生活課(消費生活係・計量係) ┃ ┃ ┣農水産課(農政係・耕地係・園芸農産係・水産係) ┃ ┃ ┣農業センター(管理係・研究者指導係) ┃ ┃ ┃ ┣建設局 ┃ ┃ ┣都市計画課 ┃ ┃ ┃ ┣都市総務課 ┃ ┃ ┃ ┣技術管理課 ┃ ┃ ┃ ┣都市計画課 ┃ ┃ ┃ ┣まちづくり支援室 ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┣都市整備課 ┃ ┃ ┃ ┣都市整備課 ┃ ┃ ┃ ┣みどり推進課(指導係・計画係・整備係) ┃ ┃ ┃ ┣みどり管理課(管理係・維持係) ┃ ┃ ┃ ┣船橋市南口再開発事務所 ┃ ┃ ┃ ┣飯山満土地区画整理事務所 ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┣道路部 ┃ ┃ ┃ ┣道路管理課(管理係・調査係・占用係) ┃ ┃ ┃ ┃ ┣道路安全推進室 ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┣道路建設課(管理係・道路改良係・道路維持・安全施設係) ┃ ┃ ┃ ┣街路課 ┃ ┃ ┃ ┣交通安全課(交通安全係・自転車対策係) ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┣下水道部 ┃ ┃ ┃ ┣下水道管理課(庶務係・管理係・業務係・排水整備係) ┃ ┃ ┃ ┣下水道計画課(計画第1係・計画第2係) ┃ ┃ ┃ ┣下水道建設第1課(補償係・設計係・工事係) ┃ ┃ ┃ ┣下水道建設第2課(補償係・設計係・工事係) ┃ ┃ ┃ ┣河川管理課(管理係・維持係・調査指導係) ┃ ┃ ┃ ┃ ┣排水施設管理事務所 ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┣河川整備課 ┃ ┃ ┃ ┣西浦下水事務所(管理係・施設課) ┃ ┃ ┃ ┣高瀬下水事務所 ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┣建設部 ┃ ┃ ┣建築指導課(庶務係・指導係・構造設備係・審査第1係・審査第2係) ┃ ┃ ┣建築課 ┃ ┃ ┣宅地課(指導係・審査係・相談係) ┃ ┃ ┣住宅政策課(計画係・公営住宅係) ┃ ┃ ┃ ┣消防局 ┃ ┃┣総務課(総務係・管理係・経理係) ┃ ┃┣予防課(査察指導係・建築係・危険物係) ┃ ┃┣警防課(警防係・装備係・災害調査係第1・2・3係) ┃ ┃┣救急課(救急管理・救急指導・救急第1・2・3係) ┃ ┃┣指令課(指令第1・2・3係) ┃ ┃ ┃ ┣船橋市消防局 ┃ ┣船橋中央消防署 ┃ ┣船橋東消防署 ┃ ┣船橋北消防署 ┃ ┣収入役━━━━━会計課(歳入係・歳出係・審査係)
教育委員会組織図
教育委員会 ┃ ┣━━事務局━管理部 ┃ ┃ ┣総務課(庶務係・企画係・人事係・給与厚生係) ┃ ┃ ┣財務課(経理係・用度係) ┃ ┃ ┣施設課(庶務係・施設第1・2係) ┃ ┃ ┃ ┣━━学校教育部 ┃ ┃ ┣学務課(就学助成係・学事係・教職員係) ┃ ┃ ┣指導課 ┃ ┃ ┣保健体育課(安全係・体育係・保健係・給食管理係・給食指導係) ┃ ┃ ┃ ┣児童・生徒防犯対策室 ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┣総合教育センター ┃ ┃ ┣教育支援室 ┃ ┃ ┃ ┣━━生涯学部 ┃ ┣社会教育課(庶務係・指導係) ┃ ┣文化課(文化振興係・文化財係) ┃ ┃ ┣埋蔵文化財調査事務所 ┃ ┃ ┃ ┣青少年課 ┃ ┃ ┣青少年会館 ┃ ┃ ┃ ┣生涯スポーツ課 ┃ ┃ ┣教育施設管理事務所 ┃ ┃ ┃ ┣25公民館(船橋市の公民館一覧) ┃ ┣図書館(庶務係・奉仕係)(船橋市図書館を参照) ┃ ┣船橋市立市民文化ホール(業務係・技術係) ┃ ┣船橋市立視聴覚センター ┃ ┣船橋市立市民文化創造館 ┃ ┣船橋市郷土資料館 ┃ ┣飛ノ台史跡公園博物館 ┃ ┣青少年センター ┃ ┣一宮少年自然の家 ┃ ┣54小学校(船橋市の学校一覧を参照) ┣27中学校 ┣船橋市立船橋特別支援学校 ┣船橋市立船橋高等学校
その他
- 選挙管理委員会
- 選挙管理委員会━事務局(庶務係・選挙係・管理係)
- 公平委員会
- 監査委員━事務局
- 農業委員会
- 農業委員会━事務局
- 固定資産評価員会
- 固定資産評価員会━議会━事務局━庶務課(庶務係・調査係)・議事課(議事第1・2係)
財政
職員の給与水準が高い。2005年(平成17年)の総務省の発表により、ラスパイレス指数が全国で7番目に高く、中核市の中では最高水準にあることが判明した。国家公務員よりも高い給与水準が問題になった[51]。毎年の経常収支が健全とされるボーダーラインの80%を超えた90%台であり、財政の健全化が求められている。
広域行政
2007年(平成22年)4月27日、東京都区部から20 - 25キロメートル圏内に位置する、船橋市、市川市、松戸市、鎌ケ谷市の4市が、この地域における将来的な選択肢の一つとして、合併や政令指定都市への移行に関する共同研究をする場として、東葛飾・葛南地域4市政令指定都市研究会を創設した[52]。2005年時点での4市の国勢調査人口の合計は、1,611,834人である[53]。
施設
県の施設
- 千葉県立船橋県民の森 - 房総の魅力500選[54]。船橋市北部の15ヘクタールに広がる森林公園。野外炉があり、バーベキューも楽しむことも出来る。
- 千葉県消費者センター - 千葉市と松戸市にあったものを統合して1990年(平成2年)7月に開設[55][56]。
- 船橋県税事務所
- 千葉県中央旅券事務所葛南分室 - 船橋フェイスビル7階[57]。
- 千葉県三番瀬サテライトオフィス
市の施設
その他公的団体施設
過去に存在した軍事施設
公安施設
警察
消防
- 中央消防署
- 夏見分署
- 本郷分署
- 東消防署
- 前原分署
- 芝山分署
- 三山分署
- 古和釜分署
- 薬円台出張所
- 北消防署
- 行田分署
- 三咲分署
- 小室出張所
- 救急ステーション
- 中央消防署
国の行政機関
法務省
|
国税庁
|
議会
船橋市議会
- 定数:50名
- 議長:日色健人(自由市政会)
- 副議長:石崎幸雄(公明党)
会派名 | 議席数 | 議員名(◎は代表) |
---|---|---|
自由市政会 | 12 | ◎渡辺賢次、日色健人、中村静雄、藤代清七郎、大矢敏子、川井洋基、島田たいぞう、滝口一馬、小平奈緒、米原まさと、林利憲、大沢ひろゆき |
公明党 | 10 | ◎鈴木いくお、藤川浩子、松橋浩嗣、石崎幸雄、松嵜裕次、鈴木心一、桜井信明、木村修、橋下和子、上田美穂 |
市民民主連合 | 8 | ◎神田廣栄、つまがり俊明、斉藤誠、浦田秀夫、岡田とおる、三橋さぶろう、高橋けんたろう、宮崎なおき |
自由民主党 | 7 | ◎佐々木克敏、七戸俊治、浅野賢也、村川浩、長野春信、いとう紀子 |
日本共産党 | 5 | ◎岩井友子、金沢和子、松崎さち、坂井洋介、神子そよ子 |
みらい@船橋 | 3 | ◎朝倉幹晴、池沢みちよ、今仲きい子 |
真政会 | 3 | ◎鈴木和美、齊藤和夫、石川りょう |
無所属 | 2 | はまの太郎、小川友樹 |
計 | 50 |
県議会
- 選挙区:船橋市選挙区
- 定数:7名
当落 | 候補者名 | 年齢 | 所属党派 | 新旧 | 得票数 | 得票率 |
---|---|---|---|---|---|---|
当 | 野田剛彦 | 58 | 立憲民主党 | 現 | 38,121 | 21.5% |
当 | 仲村秀明 | 49 | 公明党 | 現 | 23,848 | 13.4% |
当 | 中村実 | 51 | 自由民主党 | 現 | 19,364 | 10.9% |
当 | 斉藤守 | 66 | 自由民主党 | 現 | 19,007 | 10.7% |
当 | 西尾憲一 | 68 | 無所属 | 元 | 15,917 | 9.0% |
当 | 鈴木浩子 | 45 | 無所属 | 新 | 13,731 | 7.7% |
当 | 大崎雄介 | 38 | 立憲民主党 | 現 | 11,969 | 6.7% |
落 | 丸山慎一 | 63 | 日本共産党 | 現 | 11,649 | 6.6% |
落 | 中沢学 | 50 | 日本共産党 | 新 | 10,091 | 5.7% |
落 | 槻谷岳大 | 37 | 無所属 | 新 | 7,419 | 4.2% |
落 | 佐藤浩 | 53 | 日本維新の会 | 元 | 5,077 | 2.9% |
落 | 門田正則 | 71 | 無所属 | 新 | 1,381 | 0.8% |
国会議員
- 衆議院選挙:衆議院千葉県第4区は以前は船橋市全域をその区域としていたが、2013年の区割変更に伴って二和出張所管内・豊富出張所管内の区域が千葉県第13区に移行し、2017年の区割変更においては飛地となっている丸山全域(一 - 五丁目:船橋駅前総合窓口センター管内)も千葉県第13区に移行された。
選挙区 | 議員名 | 党派名 | 当選回数 | 備考 |
---|---|---|---|---|
千葉県第4区 | 野田佳彦 | 立憲民主党 | 9 | 選挙区 |
千葉県第13区 | 松本尚 | 自由民主党 | 1 | 選挙区 |
経済
第一次産業
農業
近郊農業中心。谷津田が少なく、平地は商業地や宅地化が進み、丘陵地での畑作中心となる。農産物産出額のうち、野菜・梨の産出額がほとんどを占める。千葉県は北海道に次いで全国第2位のニンジン生産量であるが、船橋市におけるニンジンの生産量は千葉県内第1位である。稲作については東京近郊であることもあり、農家の高齢化と共に稲作の重労働、米価の下落により、減反でなく休耕田化するケースが増えている。
農業協同組合
- かつては西船橋農業協同組合の本店があったが、2010年1月1日に柏市農業協同組合・ちば県北農業協同組合と合併し、ちば東葛農業協同組合(本店:柏市)となった。旧本店は、合併後のちば東葛・西船支店となった。
- いっぽう、旧船橋市農業協同組合は2004年の合併により市川市農業協同組合となった。市内には同農協の船橋経済センター等が置かれている。
漁業
東京湾沿岸部の三番瀬には、1996年(平成8年)の調査で54種の魚類が確認されるなど[14]、魚介類を含む[15] 海洋生物が多く生息している[16]。そのため、漁業が盛んで、漁民の安全と大漁を祈願する「水神祭」が行われる[59][60][61]。
「スズキ」の漁獲量が日本で一番多い漁港で[62]、水揚げ直後の鮮度をPRするためにプライドフィッシュ「船橋瞬〆すずき」という商標で売り出している[63]。海苔の養殖が以前から行われており[64]、三番瀬の知名度を生かして「船橋三番瀬のり」という商標で売り出している[65][66]。
貝類ではアサリとハマグリの漁が盛んであるが[67]、2012年(平成24年)に発生した東日本大震災で最大60センチメートル[68]、平均27センチメートル沈下して干潟の面積が半減するなど[69] 海底の地形が大きく変化している[68]。また、都市化や工業化に伴う水質悪化による青潮が発生し、酸欠状態が生じてアサリが死滅するようになり[70][71]、2012年(平成24年)にはアサリ漁が不可能[72]、2014年(平成26年)にもアサリが約3880トン死滅している[73]。近年では、外国船によってもたらされたホンビノスガイが東京湾内の一部に繁殖するようになっており、当地でも漁獲されるようになった[74]。
当地で水揚げされる魚介類の多くは東京都内などに出荷されており、地元での販売は少なかったが、2013年(平成25年)9月に漁協が直売所’三番瀬みなとや’を開設した[62]。
漁港
農林水産省水産庁による港湾範囲において漁港に指定されている港は市内にはないが、漁港として船橋市漁業協同組合による船橋漁港[75] が一般呼称されている。
市場
生鮮食料品等の安定的な供給を目的として船橋市地方卸売市場が市によって設置されている。卸売品目は水産物と青果物。
第二次産業
食料品工業が中心で、大型食品コンビナートが形成されている。
内陸部には北総開発鉄道が所有していた不動産を取得して[76]、フジタが開発した船橋ハイテクパーク(豊富町 - 鈴身町)がある[77]。重化学工業は千葉港から広がる京葉工業地帯の埋立地を中心に発達している。
市内に工場のある主要企業
重工業
軽工業
第三次産業
県都「千葉」に対し商都「船橋」との形容もあり、[78]商業は盛んである。船橋市の産業の特徴の一つは、時代ごとに食糧物資を主とする物資の集積地・流通地として重要な役割を果たしてきた点である。古代から中世には、戦略的な交通の要所だったことから、兵站物資の集積地・流通地として栄えた。戦国時代には、近藤万栄なる人物が船橋を拠点に活躍したことが文献に記されており、勢力争いの中で、重要な役割をになっていたことがわかる。また、大神宮に残されている文書からもそのことをうかがうことが出来る。近世には、成田参詣の宿場・江戸を支える重要な魚農産物の集積地・供給地として栄えた。
近代に入ると宿場町は衰退し、軍都を支える経済都市として発展した。第二次世界大戦中は空襲の被害が軽微であったので、戦後の食糧不足の際には豊かな海・農産物が集積する闇市の一大拠点として栄えた。「日本の上海」と呼ばれ、敗戦に消沈した空気を戦後復興に向ける役割を果たした。
高度成長期の際には、首都圏の発展に必要な大量の働き手を収容するため、農地の多くが大規模な団地などへ転用され、食糧供給地としての影響力は低下したが、物資の集積地・流通地としての役割は強化された。船橋ヘルスセンター(1977年閉業)や中山競馬場などの娯楽施設、江戸時代以来の遊廓などの花町も発展した[79]。
高度成長期以前は、旧宿場町の本町通りと船橋駅から南に延びる駅前通りが中心であったが、1967年に国鉄船橋駅南口に西武百貨店、1977年北口に東武百貨店が進出した。ほぼ同時期、津田沼駅周辺に相次いで大型店が進出したことから、両駅周辺が中心市街となった。1981年には船橋ヘルスセンター跡にららぽーとがオープンし、船橋商業地の第3の核となった。
バブル崩壊後からは、宅地開発に伴う郊外型店進出や工場跡地などの再開発事業、市内のみならず東京都心や周辺地域との競争激化で旧商店街が衰退し対応が求められている。
公営競技
- 中央競馬 - 中山競馬場(1990年(平成2年)11月26日に新装開業[80]。)
- 地方競馬 - 船橋競馬場(1987年(昭和62年)12月28日に新装開業[81]。)
- 競輪場外サテライト船橋(船橋競馬場駐車場内)
- オートレース場外オートレース船橋(サテライト船橋に併設)
市内の主な大型店
- 東武百貨店船橋店(ターミナルデパート) - 船橋東武百貨店として独立していたが、1988年(昭和63年)9月1日に東武百貨店と合併して船橋店となった[82]。
- イトーヨーカドー船橋店 - 1981年(昭和56年)10月に「こども図書館」を開館[83][84]。
- 津田沼パルコ - 津田沼駅前の大型店だが船橋市にある[85](他は習志野市)
- エポカ高根台 - 1995年(平成7年)11月8日に開業[86]。
- 三山ショッピングセンター - 隣接する東習志野(習志野市)地区と一体で商業集積が進んでいる。
- ViVit SQUARE - 2004年(平成16年)12月1日に開業[87]。
- イオンモール船橋 - 2012年4月オープン。※マックスバリュ新船橋店及び日本建鐵船橋工場跡地。
- イオンタウン新船橋
- トップマート津田沼店
- ダイソーギガ船橋店 - ダイソーの店舗世界最大の規模。
- ららぽーとTOKYO-BAY(旗艦店) - 1988年(昭和63年)3月25日に「ららぽーと2」を開業し[88]、シネマコンプレックスや[89] 専門店を約360店に増設した[90]。
- イケア船橋店(1号店) - 2006年(平成18年)4月24日に開業[91]。ららぽーとスキードームSSAWS跡地[92]。
-
イトーヨーカドー船橋店
-
イケア船橋店
過去に存在した大型店 | 詳細 |
---|---|
十字屋船橋店 | 1996年(平成8年)に閉店[93]。 |
長崎屋船橋店 | 2002年(平成14年)1月に閉店[94]。 |
西武百貨店船橋店 | 船橋市内では最古参の百貨店。2018年(平成30年)2月28日を以て閉鎖。 |
ららぽーとスキードームSSAWS | 1993年(平成5年)7月15日ららぽーとの隣接地に開業[95]。同年11月8日に来場者数約40万人を超えるなど人気を集めたが[96]、その後は来場者数が減少し2002年(平成14年)9月30日で閉鎖[97][98]。施設は2003年(平成15年)から2004年(平成16年)春に掛けて解体され[99]、イケア船橋店や集合住宅が建設されることになった[92]。 |
市内に本社・本店を置く企業
|
姉妹都市・提携都市
日本国外
地域
主な団地
郵便局
- 船橋郵便局(ゆうちょ銀行 船橋店)(05014)
- 薬園台郵便局(05101)
- 津田沼郵便局(05144)
- 中山駅前郵便局(05175)
- 船橋宮本郵便局(05213)
- 西船橋駅前郵便局(05227)
- 船橋本町郵便局(05245)
- 船橋法典郵便局(05271)
- 船橋海神郵便局(05320)
- 船橋前原団地内郵便局(05331)
- 船橋三咲郵便局(05343)
- 船橋夏見郵便局(05349)
- 船橋高根台郵便局(05352)
- 薬園台駅前郵便局(05409)
- 馬込沢駅前郵便局(05410)
- 船橋古和釜郵便局(05424)
- 船橋市場郵便局(05428)
- 船橋東郵便局(05433)
- 船橋若松郵便局(05445)
- 船橋金杉台郵便局(05448)
- 船橋藤原三郵便局(05459)
- 船橋三山郵便局(05462)
- 船橋高根台六郵便局(05463)
- 船橋グリーンハイツ郵便局(05473)
- 船橋卸売市場内郵便局(05486)
- 船橋大穴郵便局(05487)
- 船橋塚田郵便局(05508)
- 船橋本中山郵便局(05512)
- 船橋行田郵便局(05517)
- 船橋二宮郵便局(05520)
- 船橋芝山郵便局(05521)
- 船橋小室駅前郵便局(05535)
- 船橋北口郵便局(05541)
- 船橋前原東郵便局(05547)
- 習志野駅前郵便局(05548)
- 船橋三咲東郵便局(05555)
- 船橋西習志野郵便局(05558)
- 西船橋駅南口郵便局(05597)
- 船橋浜町郵便局(05605)
- 船橋二和郵便局(05606)
- 船橋松が丘郵便局(05615)
- 高根公団南口郵便局(05633)
- 船橋習志野台五郵便局(05689)
- 東中山駅前郵便局(10003)
- イオンモール船橋内郵便局(10014)
郵便番号は以下が該当する。3集配局が集配を担当する。
放送
組合
- 生活協同組合パルシステム千葉(本部所在)
医療
二次医療圏(二次保健医療圏)としては東葛南部医療圏(管轄区域:鎌ヶ谷市と葛南地域)である。三次医療圏は千葉県医療圏(管轄区域:千葉県全域)。
医療提供施設は特筆性の高いもののみを記載する。
- 市内の医療機関(二次医療圏)
- 市内の医療機関(一次医療圏)
- 救急指定病院
- 青山病院
- 板倉病院
- セコメディック病院
- 滝不動病院
- 千葉徳洲会病院
- 東船橋病院
- 船橋総合病院
- 地域医療機能推進機構船橋中央病院
- 船橋二和病院
- その他の病院
- いけだ病院
- 大島記念嬉泉病院
- 北習志野花輪病院
- 共立習志野台病院
- 総武病院
- 下総病院高根台病院
- 千葉病院
- 船橋北病院
- 船橋市立リハビリテーション病院
- 船橋整形外科病院
- 山口病院
- 救急指定病院
- 二次医療圏
- 東京歯科大学市川総合病院(市川市、災害拠点病院)
- 順天堂大学医学部附属浦安病院(浦安市、災害拠点病院・救命救急センター)
- 東京ベイ・浦安市川医療センター(浦安市、災害拠点病院・救急基幹センター)
- 東京女子医科大学八千代医療センター(八千代市、災害拠点病院・救命救急センター)
- 千葉県済生会習志野病院(習志野市、災害拠点病院)
教育
古くは1817年(文化14年)、安川内蔵之助が安川塾(寺子屋)を藤原に開き約896人が入塾し学んだとされる。現在の学校制度が成立する前までの船橋市域には安川塾のような私塾や寺子屋が合わせて16か所存在し、民間主導による教育活動が行われていた。こうした江戸時代までの藩校や私塾、寺子屋をはじめとする民間主導による教育活動の成果(識字率95%以上)が日本の近代化の源となった。現在、船橋市は構造改革特区[101] に指定されており、船橋市英語教育特区構想が認可されている。
大学
※以上のほか、習志野市にある日本大学津田沼キャンパス(生産工学部)は、大学敷地が船橋市と習志野市にまたがるため、船橋市により緊急災害避難場所に指定されている。また、市は東邦大学(2014年4月9日)及び千葉工業大学(習志野市に所在、2018年7月17日)と包括提携を結んでいる。
専修学校
- 船橋市立看護専門学校
- ユニバーサルビューティーカレッジ
- 船橋情報ビジネス専門学校
文教研修施設
職業訓練施設
高等学校
※以下は最初の()内を設置過程とし、次の()内を設置科とする。(五十音順)
|
|
その他市内にある学校教育の施設(小中学校など)および学校教育以外の教育施設
設置者 | 中学校 | 小学校 | 幼稚園 | 保育所 |
---|---|---|---|---|
船橋市立 | 27校 | 54校 | - | 27校 |
私立 | 1校 | 1校 | 43校 | 30校 |
社会教育
図書館
公民館
市内には25の公民館があり(ほぼ1中学校区に1公民館)、各公民館で市民サークル・クラブなど様々な活動が行われている。
文化施設
船橋市内にある文化施設の一覧は「船橋市内文化施設一覧」を参照。
- 船橋市民文化ホール - 船橋駅近くの本町にある文化ホールで[116]、1996年(平成8年)9月24日に改修して新装開館した[117]。成人式や各種コンサートが開かれる。
- 船橋市民文化創造館(きらら) - 船橋駅南口再開発で2003年(平成15年)4月16日に完成した船橋フェイスビルの中にあるホール[118]。可動式の観客席がある。
- 船橋勤労市民センター - 船橋駅近くの本町にある文化ホールで[119]、1989年(平成元年)5月4日に完成した[120]。ホールの他にトレーニングルームなどもある。
- 船橋市郷土資料館 - 薬円台にある資料館で[121]、縄文土器や[121]弥生土器[122] などの出土品を常設[123]。国道296号、陸上自衛隊習志野駐屯地の向かいにある。入り口には蒸気機関車D51[124]、明治天皇駐蹕之処の碑が置かれている。
- 飛ノ台史跡公園博物館 - 縄文時代の調理場跡や[125]、縄文早期で「日本最古の人骨」が出土した「飛ノ台貝塚」を「史跡公園」として整備してその中に博物館を開設[126]。
- ふなばしアンデルセン公園 - 船橋市の市制50周年を記念して[127]1987年(昭和62年)11月15日に開園した「ワンパク王国」の[34] 隣接地に[128]、1989年(平成元年)4月6日に姉妹都市提携した[36]オーデンセ市に生まれた童話作家ハンス・クリスチャン・アンデルセンにちなんで作られて1996年(平成8年)10月25日に「ふなばしアンデルセン公園」として新装開園した[129]。こども美術館など[128]、児童のための施設が充実している。
- 船橋視聴覚センター
研修施設
合唱団
- 船橋さざんか少年少女合唱団 - 2008年3月に創立25周年記念公演を終えた合唱団。レコーディング活動も多く行っている。
スポーツ
スポーツチーム
- 千葉ジェッツふなばし - B.LEAGUE所属、プロバスケットボールチーム。
- 千葉ジェッツふなばしネクスト - 千葉県クラブバスケットボール連盟所属、社会人男子バスケットボールのクラブチーム。
- クボタスピアーズ船橋・東京ベイ - JAPAN RUGBY LEAGUE ONE所属、ラグビーチーム。
- 習志野自衛隊ラグビー部 - イーストリーグDiv.2所属、陸上自衛隊習志野自衛隊ラグビーチーム。
- 放駒部屋 - 日本相撲協会所属、二所ノ関一門の相撲部屋。
スポーツ施設
「あせ一平」「風さやか」のキャラクターで生涯スポーツを推進している船橋市には、様々なスポーツ施設がある。主なスポーツ施設は次の通り。
- 船橋市運動公園陸上競技場
- 船橋市内スポーツ施設
- 船橋市立夏見運動公園 - 市内で最も大きいスポーツ施設。高校野球の千葉県予選もここで開催される。
- 船橋市総合体育館(船橋アリーナ) - 習志野台の下水処理場跡地に[130]、1994年(平成6年)1月13日に開館したスポーツ施設[131][132]。メインアリーナは、5,000人収容。2011年(平成23年)から千葉ジェッツふなばしの本拠地となったほか[133]、バレーボールなどのプロスポーツの試合や、プロレスの興行も開かれる。オープン後数年間は成人式の第二会場としても使用された。
- ふなばし三番瀬海浜公園 - 東京湾に浮かぶ船橋中央埠頭に海に面するようにある。初夏は潮干狩り、盛夏は流水プール、冬春は流水プールに魚を放流し釣り堀となる。テニスコートや野球場、体育館などもあり通年を通して楽しむことができる。
- 己錬館
- 法典公園(グラスポ)
- 武道センター
- NTT東日本船橋グラウンド - NTT東日本硬式野球部練習場。全日本クラブ野球選手権の会場として使用されたこともある。
上記の他にも、市立小中学校の体育施設やナイター設備を利用することが出来る。また、夏休み期間中に限り、市立小学校・養護学校のプールを無料開放している。
キャラクター
船橋市最初のマスコットキャラクターは1983年(昭和58年)誕生の「汗一平くん」と「風さやかちゃん」であり[134]、地方自治体公式マスコットの中でも草分けの部類に入る。船橋市のマスコットとしては、以下がある。
- ふなばし三番瀬海浜公園のイメージキャラクター「アサリくん」
- ふなばし市民まつりのマスコットキャラクターの「博士くん」
- 船橋市スポーツ健康都市シンボルキャラクターの「汗一平くん[134]」と「風さやかちゃん[134]」
- ふなばし産品ブランドPRキャラクターの「目利き番頭 船えもん[135]」
- 船橋市の地球温暖化防止キャラクター「ふなわりくん[136]」
- ふなっしー - 船橋市在住の「梨の妖精」。船橋市非公認であるがららぽーとTOKYO-BAY公認キャラクターである。弟のふなごろー、別個体のふにゃっしーなどがいる。
市外局番
市外局番は市内全域で「047」であるが、船橋MAの区域(047- 4XX,75X - 77X)と市川MAの区域(047- 3XX,70X - 72X)[137] という、2つの通話料金計算の元となる通話区域単位が存在する。市川MAに属するのは武蔵野線より西方、西船橋駅・下総中山駅・船橋法典駅周辺の一部である。またお互いの通話は船橋市内にもかかわらず、「市内」ではなく「隣接」扱いとなる。
収容局は船橋局、薬園台局、船橋本町局、千葉上山局、千葉豊富局、二和局、習志野局(習志野市)、吉橋局(八千代市)、米本局(八千代市)、鎌ヶ谷局(鎌ケ谷市)(以上船橋MA)、市川中山局(市川市)、市川大野局(市川市)(以上市川MA)。
交通
空港
市内に空港はなく、千葉県成田市の成田国際空港(成田空港)もしくは東京都大田区の東京国際空港(羽田空港)が最寄りとなる。
成田国際空港
詳細は成田国際空港へのアクセス、最小乗換数は【】内を参照。
- 鉄道路線
- 【乗換0】JR東日本 - 総武快速線(成田線直通)にて船橋駅 - 空港第2ビル駅(成田第2・第3ターミナル)・成田空港駅(成田第1ターミナル)。
- 【乗換0】京成電鉄 - 京成本線にて空港第2ビル駅(成田第2・第3ターミナル)・成田空港駅(成田第1ターミナル)にアクセス可能である。
- バス路線
- 【乗換0】西船橋駅と成田国際空港を結ぶ路線が運行される。
東京国際空港
詳細は東京国際空港へのアクセス、最小乗換数は【】内を参照。
- 鉄道路線
- 【乗換1】JR東日本 - 総武快速線(横須賀線直通)にて船橋駅 - 品川駅(京急本線・空港線へ乗換)- 羽田空港第3ターミナル駅・羽田空港第1・第2ターミナル駅。
- 【乗換0】京成電鉄 - 京成本線(京成押上線・都営浅草線・京急本線・空港線直通)が羽田空港第3ターミナル駅・羽田空港第1・第2ターミナル駅にアクセス可能である。
- バス路線
- 【乗換0】船橋駅・西船橋駅と東京国際空港を結ぶ路線が運行される。
鉄道路線
鉄道網が発達しており、7つの事業者が運行する10の旅客鉄道路線と、31の鉄道駅がある。特に東西方向への路線が多い。一方で、市内の南北を連絡する鉄道網は市の西端に沿って走るJR武蔵野線・JR京葉線(路線の一部、西船橋駅に連絡する支線)と東武野田線、新京成線と東西方向に比べ少ない。かつては東葛人車鉄道が敷設されていた。
中心となる駅:船橋駅
東日本旅客鉄道(JR東日本)
東京地下鉄(東京メトロ)
未成線
-
北習志野駅(新京成電鉄・東葉高速鉄道)
-
船橋日大前駅 関東の駅百選(東葉高速鉄道)
-
東船橋駅(JR東日本)
-
薬園台駅(新京成電鉄)
バス路線
中心となるバス停:船橋駅・西船橋駅バスターミナル
路線バス
高速バス
- 船橋駅・西船橋駅 - 羽田空港(京成バス、京浜急行バス)
- 西船橋駅 - 富士急ハイランド(京成バス、富士急行観光)
- 【夜行】西船橋駅 - 仙台駅(成田空港交通、宮城交通)
- 【夜行】西船橋駅 - 名古屋駅(京成バス、JR東海バス)
- 【夜行】海浜幕張駅・西船橋駅 - 堺駅・和歌山駅・和歌山市駅(成田空港交通、和歌山バス)
- 【夜行】海浜幕張駅・西船橋駅 - 天理駅・奈良駅・王寺駅・五位堂駅(京成バス、奈良交通)
- 【夜行】千葉中央駅・西船橋駅 - 新大阪駅・大阪梅田・神戸三宮(京成バス、阪急バス)
- 【夜行】鎌取駅・千葉駅・西船橋駅 - 大津駅・京都駅(千葉中央バス)
深夜急行バス
- 新橋駅・有楽町駅・東京駅→西船橋駅→成田駅・成田空港(成田空港交通)[138]
- 新橋駅・有楽町駅・東京駅→西船橋駅→行田団地・桐畑(京成バス)
- 新橋駅・有楽町駅→船橋駅→京成佐倉駅(ちばグリーンバス)
- 新橋駅・有楽町駅・東京駅→船橋駅→高根木戸駅→北習志野駅→船橋日大前駅→鎌ヶ谷大仏(船橋新京成バス)
- 銀座駅・東京駅→津田沼駅→高根木戸駅→北習志野駅→船橋日大前駅→東葉勝田台駅(平和交通)
道路
市内には以下の道路があるが、人口が多い都市としては広い道路や南北を結ぶ主要道路が少なく、狭い道路が多いため、特に商業施設が多い南船橋駅や船橋駅周辺は慢性的な交通渋滞が起こりやすく、主要道路である国道14号は、交通量が多いにも関わらず、片側1車線であり、渋滞が深刻であるが、市内のほぼ全域で市街化されているためこれ以上の道路整備は困難な状況である。
- 千葉県道8号船橋我孫子線
- 千葉県道9号船橋松戸線
- 千葉県道15号千葉船橋海浜線
- 千葉県道39号船橋停車場線
- 千葉県道57号千葉鎌ケ谷松戸線(実籾街道)
- 千葉県道59号市川印西線(木下街道)
- 千葉県道69号長沼船橋線(御成街道)
- 千葉県道135号津田沼停車場前原線
- 千葉県道156号船橋埠頭線
- 千葉県道179号船橋行徳線
- 千葉県道180号松戸原木線
- 千葉県道189号千葉ニュータウン北環状線
- 千葉県道193号小室停車場復線
- 千葉県道203号下総中山停車場線
- 千葉県道283号若宮西船市川線
- 千葉県道288号夏見小室線
港湾
1947年(昭和22年)12月26日、御菜浦に指定され漁港として栄えた船橋浦周辺は「船橋港」と呼ばれ、運輸省告示第349号公有水面埋立法により指定港湾となった。1968年(昭和43年)6月1日、船橋港が市川港とともに千葉港に編入された。港湾区域が拡張され船橋市地先海面が港湾区域となる。
2009年11月9日、南極地域観測統合推進本部は「しらせ (砕氷艦・初代)」を同年1月に「スクラップになるのはもったいない」・「気象や環境問題の情報発信や議論の場として活用したい」と、しらせを気象情報会社のウェザーニューズに売却すると発表[140]。船名をローマ字表記の「SHIRASE」に変更し、2010年3月31日、船橋港(港則法上は千葉港葛南区)に曳航され係留された[141]。
しらせ(SHIRASE)の見学・乗船は「チャレンジングSHIRASE」として年5回の一般公開イベントを行っているほか、週に2日、近隣にあるサッポロビール千葉工場とのコラボレーションツアーに参加し乗船することもできる。
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
名所・旧跡
- 仲三好屋跡(商家)
- 海軍無線電信所船橋送信所(船橋無線塔記念碑)
- 東葉門(国の登録有形文化財)
- 永久堡塁
- 酒山砦
- 明治天皇駐蹕之処の碑
- 桜並木寄付記念碑
- 山崎別荘(凌雲荘)- 大正期に東京両国で広く洋紙卸業を営んでいた山崎梅之助の別荘。
- 旧兼坂医院 - 西洋風の病院建築。木造二階で、創建は1916年(大正5年)。
- 空挺館 - 旧騎兵連隊の御馬見所として天皇や皇族が馬術などを見ることを目的に建てられた用途の建物。
- 蔵春閣 (大倉別邸) - 移築を前提として解体。解体された部材は、大倉文化財団が所有。
神社
-
意富比神社(船橋大神宮)
寺院
城館
遺跡
|
観光スポット
- ふなばしアンデルセン公園
- 船橋フェイスビル
- 市民文化ホールの夾竹桃 - 作家、太宰治は1935年から1936年にかけて船橋に住み、彼の植えた夾竹桃の木は、同市本町の市民文化ホール前で今も見ることができる。
- 三番瀬 - 海岸沿いは基本的に工業地域であるが、その一部に干潟を再生し(元々航路があったが、付け替えにより使われなくなり、再度埋められた)、ふなばし三番瀬海浜公園としている。潮干狩りが楽しめるほか、谷津干潟の鳥の餌場となっている。
- 吉澤野球史料保存館 - 個人コレクションによる野球専門博物館。特に戦前のアマチュア野球の史料は随一。
- 中山競馬場 - 馬との触れ合いやプロジェクションマッピング・イルミネーションが期間限定で行われている。
- 船橋競馬場 - 冬季イルミネーションをはじめ様々なイベントが行われている。
- 行田公園
- 薬円台公園
- 正伯公園(正伯新田) - 江戸時代に小石川養生所の薬草園がこの地に作られ、幕府の命を受けた幕府御医師並の丹羽正伯(同行:日本橋の薬種商桐山太右衛門)によって設立されこれを記念する公園。
- 北習志野近隣公園
- 菖蒲園
- 習志野原子和清水給水跡
温泉
温泉をうたう入浴施設が点在している。その多くは泉質不明の銭湯であるが、玉川旅館の「湊温泉」のみ唯一の温泉法の温泉(メタ珪酸・メタ硼酸)として知られる。
名産品
- 船橋三番瀬のり - 三番瀬の知名度を生かして売り出している[65][66]
- 船橋ソースラーメン(ご当地ラーメン)
- 佃煮
- ナシ - 特産であり[143]、栽培技術の先進地として知られている[144]。
- ホンビノス貝 - 21世紀になって漁獲されるようになった新しい名産品。船橋市が公式に「船橋漁業の救世主」と謳っている[145]。
祭礼・行事
市内の主なの祭礼・祭り
- 二宮神社式年大祭(下総三山の七年祭り) - 丑年と未年の11月に行う、以下参加する神社。
- ふなばし市民まつり 7月下旬
- ふなばしミュージックストリート 10月
- 奉納相撲(意富比神社:船橋大神宮)10月20日
- 水神祭:船橋漁港(船橋大神宮)4月3日
- 神保ばやし
秋の祭礼
神楽:獅子の舞われる祭礼
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冬の祭礼 |
その他の祭礼(地区名及び字)
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文化財
番号 | 指定・登録 | 類別 | 名称 | 所在地 | 所有者または管理者 | 指定年月日 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 県指定 | 有形文化財(建造物) | 西福寺 石造五輪塔・西福寺石造宝篋印塔 | 船橋市宮本6-16-1 | 西福寺 | 昭和42年12月22日 | 2基 |
2 | 有形文化財(彫刻) | 木造蔵王権現三尊立像 | 船橋市前原東5-43 | 御嶽神社 | 昭和33年4月23日 | 3躯 | |
3 | 木造五智如来坐像 | 船橋市西船3-3-4 | 正延寺 | 平成5年2月26日 | 5躯 | ||
4 | 有形文化財(工芸品) | 南蛮胴具足 | 船橋市金杉 | 個人 | 平成20年3月18日 | 1領 | |
5 | 有形文化財(古文書) | 天正検地帳 | 船橋市ほか | 船橋市他 | 昭和57年4月6日 | 18件・71冊 | |
6 | 有形民俗文化財 | 灯明台 | 船橋市宮本5-2-1 | 意富比神社 | 昭和37年5月1日 | 1基 | |
7 | 無形民俗文化財 | 小室の獅子舞 | 船橋市小室町 | 小室獅子講 | 昭和39年4月28日 | ||
8 | 下総三山の七年祭り | 船橋市三山・古和釜町ほか | 七年祭り保存會 | 平成16年3月30日 | |||
9 | 記念物(史跡) | 明治天皇船橋行在所 | 船橋市本町4-38-15 | 千葉銀行 | 昭和9年12月18日 | ||
10 | 国登録 | 登録有形文化財(建造物) | 東葉高等学校正門(旧近藤家住宅長屋門) | 船橋市飯山満町2-670-1 | 船橋学園 | 平成13年4月24日 | 1件 |
11 | 玉川旅館本館他 | 船橋市湊町2-2720-9他 | 個人 | 平成20年4月18日 | 3件 |
景観重要建造物
著名な出身者
船橋市出身・ゆかりの人物一覧。
政治家
武家 軍人 経営者 学者 画家
彫刻家 |
文学者
俳人 絵本作家・漫画家
写真家 |
芸能
タレント
|
指揮者
ミュージシャン
俳優 放送 |
スポーツ
五輪
野球
サッカー |
バスケットボール
相撲
格闘技 その他スポーツ |
その他
船橋市を舞台・ロケ地とした作品
現代作品
- 童謡(川端康成):三田浜地区を舞台にした小説[169]
- 宮本武蔵(吉川英治):小説
- 人間失格(太宰治):小説(終章に登場する)
- 東京八景(太宰治):小説
- 極道の食卓(立原あゆみ):海老川等の市内各所が登場する。
- 地球防衛家族:漫画・アニメ
- フルメタル・パニック!(賀東招二):漫画・アニメ(第14話のみ登場)
- あんころ。(万乗大智):漫画
- ツマヌダ格闘街(上山道郎):漫画
- エリートヤンキー三郎(阿部秀司):漫画
- 僕だけがいない街:アニメ 現代の主人公が住んでいる街。船橋中央図書館やスーパーなどが描かれている。
- きらきら眼鏡(森沢明夫):小説 船橋市内各所が登場する。
- ふなふな船橋(吉本ばなな):小説 主人公は船橋市の少女。市内に実在する商業施設や飲食店が物語の舞台になっており、ふなっしーのぬいぐるみが重要なアイテムとして登場する。
- 冤罪犯(翔田寛):小説 船橋市で発生した殺人事件を巡る物語。千葉県警船橋警察署刑事課の刑事が主人公。小泉孝太郎主演でテレビドラマ化もされた。
- 北京的西瓜:映画 実際に船橋市にあった八百屋をモデルにしている。
脚注
注釈
- ^ 1937年の市制当時の区域は東葛飾郡
- ^ 船橋宿は主に間宿として使用されていた
- ^ 2018年2月28日閉店
- ^ 船橋オートレース場は2016年3月末をもって廃止されたが、2016年3月に競輪場外移転が発表され、新たにオートレース場外も併設する形で、同年4月8日より『サテライト船橋・オートレースふなばし』としてオープンした
出典
- ^ “「市の花」2つを制定 船橋 ヒマワリ カザグルマ 全国都市緑化フェアを記念”. 千葉日報 (千葉日報社): p. 15. (2007年10月8日)
- ^ “船橋市人口63万人に 政令市除き全国1位”. www.chibanippo.co.jp. 2021年11月23日閲覧。
- ^ 千葉県. “平成30年度消費者購買動向調査(千葉県の商圏)”. 千葉県. 2019年5月31日閲覧。
- ^ “船橋、最大の中核市に 熊本市の政令移行で”. 千葉日報 (千葉日報社): p. 10. (2012年4月3日)
- ^ “ショッピング・レジャースポットに恵まれた船橋エリア ~ 市川・船橋│人気の街情報 ここまち!│三菱UFJ不動産販売「住まい1」”. 市川・船橋│人気の街情報 ここまち!│三菱UFJ不動産販売「住まい1」. 2021年12月4日閲覧。
- ^ a b “総務省|一般戦災死没者の追悼|船橋市における戦災の状況(千葉県)”. 総務省. 2021年12月4日閲覧。
- ^ 京成グループ要覧2018より開発事業の歩みP54https://www.keisei.co.jp/keisei/quality/image/05.pdf
- ^ “沿革|凸版印刷”. 凸版印刷. 2019年6月27日閲覧。
- ^ “【船橋】戦前の高級住宅地と娯楽の殿堂〜海神、花輪台、三田浜楽園”. 住まいの「本当」と「今」を伝える情報サイト【LIFULL HOME'S PRESS】. 2019年6月27日閲覧。
- ^ 両空港アクセス路線(京成・北総線〜都営浅草線〜京急線)、東関東自動車道・首都高速湾岸線等を利用
- ^ Category:千葉県のニュータウン各項目を参照
- ^ 「東京ウォーターフロント原風景 最後の浅瀬船橋浦三番瀬も埋め立ての危機」『週刊読売』1991年6月30日、読売新聞社、1991年6月30日、18-19頁。
- ^ “東京湾最大の干潟「三番瀬」 埋め立て認める方針 千葉県の諮問機関”. 読売新聞 (読売新聞社): p. 30. (1995年11月5日)
- ^ a b “市川の三番瀬埋立て計画 補足調査期間延長へ 検討委員会 魚類54種など生息確認”. 千葉日報 (千葉日報社): p. 1. (1996年8月28日)
- ^ a b “「三番瀬」を歩く 豊富な魚介類目の当たり 県環境会議を前にして 市川・船橋の沖合”. 千葉日報 (千葉日報社): p. 16. (1992年5月30日)
- ^ a b “海洋生物いっぱい 埋め立て問題で揺れる東京湾「三番瀬」 生態系研究で裏付ける”. 朝日新聞 (朝日新聞社): p. 1. (1991年11月30日)
- ^ “コアジサシわざわざ東京湾に 魅力いっぱい三番瀬の環境”. 朝日新聞 (朝日新聞社): p. 28. (1994年8月25日)
- ^ “水鳥舞う湿地永遠に ラムサール条約指定求め高まる保護運動”. 毎日新聞 (毎日新聞社): p. 1 夕刊. (1992年12月5日)
- ^ ““三大聖域”で探鳥会 水鳥の生態などを解説 三番瀬 谷津干潟 小櫃川河口”. 読売新聞 (読売新聞社): p. 27. (1994年9月17日)
- ^ “谷津干潟 三番瀬 シギ類のエサ相互補完 開発すれば双方に影響”. 朝日新聞 (朝日新聞社): p. 9 夕刊. (1993年5月10日)
- ^ “浅瀬の二枚貝が海水浄化 三番瀬、わずか数日で 国立環境研が調査”. 千葉日報 (千葉日報社): p. 16. (2000年11月21日)
- ^ “三番瀬のラムサール登録などを県に要望 船橋など地元3市”. 千葉日報 (千葉日報社): p. 1. (2001年7月14日)
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- ^ 昭和44年と昭和45年の船橋市内における地盤沈下量は、最大で24.3cm、及び24.1cmと激しい沈下量を示している。近年沈下量は鈍化傾向にあり平成17年の最大沈下量は0.80cmである。
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- 船橋市北図書館、「蔵書冊数の推移」、船橋市。
参考書籍・資料
船橋市区分
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千葉県区分
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関連項目
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- 印旛県(廃藩置県)
- 関東地方
- 首都圏 (日本)
- 関東大都市圏
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外部リンク
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