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その間、参議院や内閣の公職を多く歴任している。[[1999年]]10月、[[小渕内閣 (第2次改造)|小渕第2次改造内閣]]で[[大蔵政務次官]](主に[[参議院]]答弁の担当<ref>[https://web.archive.org/web/19990221105439/http://www.mof.go.jp/kaiken/kaiken.htm 宮澤大蔵大臣初閣議後記者会見の概要(平成11年10月5日(火))] [[大蔵省]]ホームページ</ref>)に任命される<ref name="profile"/><ref name="kantei"/>。[[2004年]]10月、参議院[[外交防衛委員会|外交防衛委員長]]に就任<ref name="profile"/><ref name="kantei"/>。[[2006年]]、[[第1次安倍内閣]]では[[内閣府副大臣]]に任命された。<ref name="profile"/><ref name="kantei"/>。
その間、参議院や内閣の公職を多く歴任している。[[1999年]]10月、[[小渕内閣 (第2次改造)|小渕第2次改造内閣]]で[[大蔵政務次官]](主に[[参議院]]答弁の担当<ref>[https://web.archive.org/web/19990221105439/http://www.mof.go.jp/kaiken/kaiken.htm 宮澤大蔵大臣初閣議後記者会見の概要(平成11年10月5日(火))] [[大蔵省]]ホームページ</ref>)に任命される<ref name="profile"/><ref name="kantei"/>。[[2004年]]10月、参議院[[外交防衛委員会|外交防衛委員長]]に就任<ref name="profile"/><ref name="kantei"/>。[[2006年]]、[[第1次安倍内閣]]では[[内閣府副大臣]]に任命された。<ref name="profile"/><ref name="kantei"/>。

2020年12月25日 (金) 08:39時点における版

林 芳正
はやし よしまさ
第30回東京国際映画祭にて(2017年)
生年月日 (1961-01-19) 1961年1月19日(63歳)
出生地 日本の旗 日本 東京都
出身校 東京大学法学部第2類卒業
ハーバード大学ケネディスクール修了
前職 衆議院議員政策担当秘書
所属政党 自由民主党岸田派
称号 法学士(東京大学・1984年
MPA(ハーバード大学・1994年
衆議院議員政策担当秘書
親族 林平四郎(高祖父)
俵田明(曾祖父)
林佳介(祖父)
林義郎(父)
広瀬勝貞(義叔父)
公式サイト 林芳正 参議院議員<平成デモクラシー>

選挙区 山口県選挙区
当選回数 5回
在任期間 1995年7月 - 現職

日本の旗 第22・23代 文部科学大臣
内閣 第3次安倍第3次改造内閣
第4次安倍内閣
在任期間 2017年8月3日 - 2018年10月2日

内閣 第3次安倍内閣
在任期間 2015年2月23日 - 2015年10月7日

日本の旗 第55代 農林水産大臣
内閣 第2次安倍内閣
在任期間 2012年12月26日 - 2014年9月3日

内閣 麻生内閣
在任期間 2009年7月2日 - 2009年9月16日

その他の職歴
日本の旗 第5代 防衛大臣
福田康夫改造内閣
2008年8月2日 - 2008年9月24日
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林 芳正(はやし よしまさ、1961年1月19日 - )は、日本の政治家。参議院議員(5期)。

参議院外交防衛委員長防衛大臣第5代)、参議院政府開発援助等に関する特別委員長、同環太平洋パートナーシップ協定等に関する特別委員長、同環境委員長内閣府特命担当大臣(経済財政政策担当)農林水産大臣第55代第58代)、文部科学大臣第22代第23代)などを歴任した。 学位MPAハーバード大学1994年[1] [2]

概説

三井物産サンデン交通山口合同ガスを経て政治家秘書となり、第17回参議院議員通常選挙にて初当選を果たし政界に入る。小渕第2次改造内閣第1次森内閣にて大蔵政務次官を務め、第1次安倍内閣では内閣府副大臣を務めたほか、参議院では外交防衛委員長政府開発援助等に関する特別委員長などを務めた。また、自由民主党においては、参議院議員副会長政務調査会長代理、外交経済連携調査会長など要職を歴任した。福田康夫改造内閣においては防衛大臣麻生内閣においては内閣府特命担当大臣(経済財政政策担当)第2次安倍内閣では農林水産大臣を務めるなど閣僚を歴任し、第3次安倍内閣では西川公也の辞任により農林水産大臣に再登板することになった。厚生大臣大蔵大臣を務めた元衆議院議員林義郎は父。高祖父の林平四郎、祖父の林佳介もそれぞれ衆議院議員を務めた。大分県知事広瀬勝貞は義理の叔父にあたる。

来歴

生い立ち

通産官僚である林義郎の長男[3] として、東京都で生まれる。1969年、父・義郎が第32回衆議院議員総選挙旧山口1区から出馬するのに伴い、一家で山口県下関市へ転居し、下関市立文関小学校に転入[3]1973年下関市立文関小学校を、1976年下関市立日新中学校を卒業。1979年山口県立下関西高等学校を卒業した。1984年東京大学法学部第2類(公法コース)[4] を卒業[3][5]

1984年三井物産に入社。商社内では、物資部タバコ課に配属された[6]1989年に同社退社、林家のファミリー企業であるサンデン交通に入社、同社社長秘書を務める[3]1990年に同社退社、山口合同ガスに入社[3][5]1991年4月、アメリカ合衆国ハーバード大学大学院に入学(身分は「特別研究生」)[3]1992年9月、ハーバード大学ケネディスクールに入学[3]。また、1991年9月より米下院議員スティーブ・ニール(Stephen Neal)の銀行委員会スタッフを務めた。1991年11月に退職し、米上院議員ウィリアム・ロス(William Roth)の国際問題アシスタントを務めた[3]。1992年12月、父の義郎が宮澤改造内閣にて大蔵大臣に就任したため、大学院休学。帰国、大臣秘書官を務める[3]1993年国会議員政策担当秘書資格試験に合格[3]1994年2月にケネディスクールに復学し、1994年6月に修了[3][5]1994年8月 林義郎の秘書を務める[3]

政治家として

2008年8月12日駐日アメリカ合衆国大使ジョン・トーマス・シーファー(右から2人目)、在日米軍司令官エドワード・A・ライス・ジュニア(右から1人目)と
2012年9月16日自由民主党総裁選挙の街頭演説にて石原伸晃(左から2人目)、町村信孝(左から3人目)、石破茂(左から4人目)、安倍晋三(左から5人目)と

1995年第17回参議院議員通常選挙自由民主党公認で山口県選挙区から出馬し、初当選[3][5]2001年7月、第19回参議院議員通常選挙で再選[3][5]2007年第21回参議院議員通常選挙では、自由民主党に逆風が吹く中、山口県選挙区で民主党戸倉多香子を大差で破り、3選[3][5]2012年8月、次期衆議院議員総選挙での山口3区からの出馬を検討するも、現職・河村建夫の選挙区のため、断念[7]2013年第23回参議院議員通常選挙では、現職大臣として選挙に臨み、民主党からの出馬はなく、圧倒的な得票数で4選。2019年第25回参議院議員通常選挙では、国民民主党大内一也らを大差で破り、5選。

その間、参議院や内閣の公職を多く歴任している。1999年10月、小渕第2次改造内閣大蔵政務次官(主に参議院答弁の担当[8])に任命される[3][5]2004年10月、参議院外交防衛委員長に就任[3][5]2006年第1次安倍内閣では内閣府副大臣に任命された。[3][5]

2008年8月、福田康夫改造内閣防衛大臣に就任し初入閣を果たしたが[3][5]福田康夫首相の突然の辞任に伴い、1ヶ月あまりで退任した。2009年7月には、麻生内閣内閣府特命担当大臣(経済財政政策)に就任。これは、中川昭一の辞任により財務大臣内閣府特命担当大臣(金融)内閣府特命担当大臣(経済財政政策)を兼務していた与謝野馨の兼任を解くために行われた補充人事(同時に、鳩山邦夫の辞任により総務大臣国家公安委員会委員長を兼務していた佐藤勉の兼任を解くために、林幹雄が入閣した)[3]2009年8月、第45回衆議院議員総選挙での自民党惨敗、野党転落に伴う麻生内閣総辞職により、内閣府特命担当大臣(経済財政政策)を退任した。

2012年12月、自民党が政権奪還後の第2次安倍内閣農林水産大臣に任命され、2014年9月の内閣改造まで務めた。その後、後任を務めていた西川公也2015年2月23日に辞任したことで、同日に後任の農林水産大臣として再び任命された[9]

2017年8月3日、加計学園をめぐる問題で文部科学省のガバナンスが揺らぐ中、第3次安倍第3次改造内閣文部科学大臣に就任。参議院議員としては異例となる5度目の入閣となった。2018年10月の内閣改造まで務めた。

また、党においては、2009年9月、谷垣禎一自由民主党総裁の下で政務調査会長代理・参議院政策審議会長に就任[3]2010年中曽根弘文の参議院議員会長就任に伴い、参議院議員副会長に昇格[3]。同年9月、政調会長代理に留任するとともに、党シャドウ・キャビネットでは財務金融部会長として「影の財務大臣」に就任。2011年9月21日、党人事に関する中曽根への不満から、参議院議員副会長の辞表を提出。中曽根は辞表を受理せず、林を慰留する方針を取った[10][11]。なお、当初小坂憲次参院幹事長、山本一太参院政審会長の続投を模索していた中曽根は党内の反発を受け、一旦参院幹事長を鴻池祥肇に交代させる人事案を諮ったが否決されたため、参院幹事長に溝手顕正、参院政審会長に岩城光英を起用する新たな人事案を提示して了承され、林も辞表を取り下げた。2012年9月、自由民主党総裁選挙に立候補した[12]1972年に総裁選挙に推薦人制度が導入されて以降、参院議員が出馬したのは初めてであった。2009年自由民主党総裁選挙に際しても党内の中堅・若手議員を中心に林を擁立する動きがあったが、経験不足を理由に固辞している[13]。総裁選では1回目の投票で27票を獲得するに留まり、5名中最下位に終わった[14]

経歴

2011年5月ザンクトガレン大学にて
2012年9月16日自由民主党総裁選挙の街頭演説にて

政策・主張

  • 2014年4月に予定されていた消費税の8%への引き上げについて、「予定通りに引き上げるべき」と回答している[15]
  • 2019年10月に予定されている消費税の10%への引き上げについて「法律に従い、引き上げるべきだ」と回答している[16]

人物像

性格は理知的で周囲の信頼が厚いとされるが、思い切りの良さや突破力に欠けるとの指摘もある[17]

2010年1月26日参議院予算委員会において菅直人財務大臣に対する質疑中、麻生内閣が編成した補正予算を凍結することのマイナス効果を容認する菅財務大臣の見解を質した林に対し、菅が「前政権公共事業は1兆円投資して1兆円しか効果がなかったが、現政権は異なる」という趣旨の答弁を行った。これを受けて林が即座に「どうも乗数効果のことを言っておられるようですが、子ども手当の乗数効果はいくらと見積もっておられますか」さらに「消費性向と乗数効果の関係は」と事前通告のない質問をすると菅が完全に答弁に窮したため、「菅財務大臣には大学の経済学部の1年生でも習う経済学の基礎知識すらないのか」などと話題になった[18]

村上ファンド村上世彰東京大学の同期で、麻雀仲間でもある。評論家の宮崎哲弥は友人。浜田靖一小此木八郎松山政司松浪健太と共に議員バンド「Gi!nz(ギインズ)」を結成し、ライブも行っている[19]。担当は主にボーカルギターピアノ&バックボーカルである[19]

2019年12月3日BS日テレの番組「深層NEWS」にマイケル・グリーンとともに出演。日韓秘密軍事情報保護協定問題を含めた東アジアの安全保障について議論した[20]

不祥事・騒動

年金未納問題

2004年、政治家の年金未納問題が注目された際に年金の未納が発覚した[21]

補助金企業からの献金と政治資金規正法違反疑惑

2015年3月に、政府から補助金を受けた企業から計60万円の寄付を受けていたことが報道された[22]

続けて、地元・山口県の所在地が同じで同一の個人の会社である2社が合計200万円のパーティー券を2013年10月に購入しており、政治資金規正法22条の8で定められた「同一の者から150万円を超えて政治資金パーティーの対価の支払いを受けてはならない」に違反する疑惑がある、としんぶん赤旗で報道された[23][24][25]

林芳正の資金管理団体が、林が農水相在任中に女性スタッフが接客するキャバクラで「飲食代」を支出していた[26]

公用車で「セクシー個室ヨガ」

2018年4月24日、林芳正が平日の昼間、公用車を使って都内の「セクシー個室ヨガ」の店舗を訪れていたことが週刊文春の報道で明らかになった。政府関係者は公用車を利用して店に行ったことは認め、「公務と公務の間なので、公用車の運用規則上は問題ない」としている[27]。 2018年5月8日、林芳正が通っていたヨガ店の指圧マッサージが違法だったことが週刊文春の取材で明らかになった。週刊文春の取材では、ヨガ店のインストラクターが、マッサージ指圧の国家資格を持たずに違法に指圧マッサージを行っており、林芳正はその施術を受けていたことになるという[28]

家族・親族

林家は、代々醤油醸造業を営む[29]。またバス事業者・サンデン交通一般ガス事業者山口合同ガス(いずれも本社下関市)等の経営を行っている。厚生大臣大蔵大臣を務めた元衆議院議員の林義郎は父。祖父の林佳介も元衆議院議員。高祖父の林平四郎衆議院議員貴族院議員を務めた。

高祖父・林平四郎

所属団体・議員連盟

支援団体

著書・論文

共著
論文

脚注

  1. ^ MC/MPA (Mid-Career Master in Public Administration) 1994.
  2. ^ Harvard University John F. Kennedy School Of Government 1998 Alumni Directory. Bernard C. Harris Publishing Company, Inc.. (1998). p. 344 
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v 「プロフィール」『林芳正 参議院議員<平成デモクラシー>プロフィール』林よしまさ後援会事務所。
  4. ^ 『東大人名録 第2部』1989年発行、688ページ
  5. ^ a b c d e f g h i j 「内閣府特命担当大臣(経済財政政策)」『内閣府特命担当大臣(経済財政政策)内閣官房内閣広報室
  6. ^ 「国会議員の仕事 - 職業としての政治」中公新書
  7. ^ 自民党:林芳正氏、衆院山口3区へのくら替え断念 毎日新聞 2012年8月26日[リンク切れ]
  8. ^ 宮澤大蔵大臣初閣議後記者会見の概要(平成11年10月5日(火)) 大蔵省ホームページ
  9. ^ 「人事異動」『官報』6480号、国立印刷局2015年2月26日、10面。
  10. ^ “林芳正・参院自民副会長が辞表 幹事長人事めぐり反発”. 朝日新聞. (2011年9月21日). http://www.asahi.com/politics/update/0921/TKY201109210666.html 2012年5月15日閲覧。 
  11. ^ “党運営に不満…自民・林参院副会長が辞表”. スポーツニッポン. (2011年9月22日). http://www.sponichi.co.jp/society/news/2011/09/22/kiji/K20110922001670690.html 2012年5月15日閲覧。 
  12. ^ “自民総裁選、5氏が立候補=政権枠組み争点-決選にらみ激戦・26日投開票”. 時事ドットコム (時事通信社). (2012年9月14日). http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2012091400240 2012年9月14日閲覧。 
  13. ^ “林氏、総裁選出馬に意欲「経験不足だが、逃げない」”. 山口新聞 (みなと山口合同新聞社). (2011年7月13日). http://www.minato-yamaguchi.co.jp/yama/news/digest/2011/0713/6p.html 2012年9月15日閲覧。 
  14. ^ 石破氏1位、党員票で圧倒=安倍氏と決選投票-自民総裁選 時事通信 2012年9月26日
  15. ^ “2013 参院選 選挙区 山口 林 芳正”. 毎日新聞 (毎日新聞社). https://senkyo.mainichi.jp/2013san/kaihyo_area_meikan.html?mid=B35000002001 2019年7月19日閲覧。 
  16. ^ “2019参院選 自民 山口 林芳正 - 毎日新聞”. 毎日新聞 (毎日新聞社). https://mainichi.jp/senkyo/25san/meikan/?mid=B35000001001 2019年7月19日閲覧。 
  17. ^ 読売新聞2009年7月1日
  18. ^ 山田孝男 毎日新聞2010年5月24日「風知草」、参院予算委員会1月26日
  19. ^ a b 「林芳正」『Gi!nz Official Site』Gi!nz Records、2009年4月1日
  20. ^ [深層NEWS]GSOMIA失効回避「米は水面下でかなり介入」…グリーン氏”. 読売新聞 (2019年12月3日). 2019年12月3日閲覧。
  21. ^ 衛藤氏ら新たに未納議員6人判明 日刊スポーツ 2004年5月2日
  22. ^ 「補助金企業献金:野党、首相を追及 林・甘利氏も発覚」、毎日新聞 2015年3月3日
  23. ^ “林農水相 今度はパー券疑惑 グループ2社が200万円分担 150万円の制約逃れか”. (2015年3月7日). http://www.jcp.or.jp/akahata/aik14/2015-03-07/2015030701_04_1.html 2017年10月26日閲覧。 
  24. ^ ガジェット通信、2015年3月3日
  25. ^ 週刊ポスト、2015年3月13日号
  26. ^ 赤坂のキャバクラで「飲食代」支出 林芳正元農水相の団体 産経ニュース2016年11月28日
  27. ^ 林文科相、公用車で「ヨガ通い」 週刊文春が報道 朝日新聞デジタル2018年4月24日
  28. ^ 「セクシー個室ヨガ」林文科相が受けた指圧は違法だった! 週刊文春デジタル2018年5月8日
  29. ^ a b 『人物と其勢力』山口県之部23頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2020年1月18日閲覧。
  30. ^ a b “2019年6月号”. 全国たばこ新聞 (全国たばこ販売協同組合連合会). (2019年5月27日). http://zenkyou.xsrv.jp/wp-content/uploads/2019/06/2019%E5%B9%B46%E6%9C%88%E5%8F%B7.pdf#page=4 2019年6月30日閲覧。 
  31. ^ 自民党たばこ議員連盟臨時総会(出席者)”. 日本禁煙学会 (2017年3月7日). 2018年4月11日閲覧。
  32. ^ a b 俵義文、日本会議の全貌、花伝社、2016年
  33. ^ 応援しています!”. 神道政治連盟. 2019年7月1日閲覧。

参考文献

  • 福田東作編『人物と其勢力』毎日通信社、1915年。

関連項目

外部リンク

公職
先代
松野博一
日本の旗 文部科学大臣
第22・23代:2017年 - 2018年
次代
柴山昌彦
先代
郡司彰
西川公也
日本の旗 農林水産大臣
第55代:2012年 - 2014年
第58代:2015年
次代
西川公也
森山裕
先代
与謝野馨
日本の旗 内閣府特命担当大臣経済財政政策
第12代:2009年
次代
菅直人
先代
石破茂
日本の旗 防衛大臣
第5代:2008年
次代
浜田靖一
先代
嘉数知賢
山口泰明
桜田義孝
日本の旗 内閣府副大臣
平沢勝栄
渡辺喜美と共同
平沢勝栄
大村秀章と共同

2006年 - 2007年
次代
中川義雄
木村勉
山本明彦
議会
先代
岡田広
日本の旗 参議院憲法審査会会長
第4代:2019年 -
次代
現職
先代
山本一太
日本の旗 参議院外交防衛委員長
2004年 - 2005年
次代
舛添要一