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=== 映画事業局 === |
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フジテレビは、[[放送事業者]]であると同時に日本最大級の映画製作集団であり、[http://web.archive.org/web/20040219130317/http://www.fujitv.co.jp/saiyo/divisions/2005eiga.html 映画事業局](2004年2月19日時点の[[インターネット |
フジテレビは、[[放送事業者]]であると同時に日本最大級の映画製作集団であり、[http://web.archive.org/web/20040219130317/http://www.fujitv.co.jp/saiyo/divisions/2005eiga.html 映画事業局](2004年2月19日時点の[[インターネットアーカイブ|アーカイブ]])が映画製作とテレビでの映画放送を行っている。 |
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映画事業局は、劇場用映画を製作する「[http://www.fujitv.co.jp/movie/index.html 映画制作部]」と、『[[土曜プレミアム]]』などテレビ等で放送する映画放映権の獲得交渉・宣伝を行う「映画調整部」の2セクションに分かれる。規模で言えば、既存の映画製作会社を凌ぎ日本でも最大級である。製作する映画のほとんどは映画制作部が主体となる。映画事業局は、同局々長である[[石原隆]]を中心に、[[関口大輔]]や臼井裕詞などの映画プロデューサーが所属。彼らが中心となり、企画から制作・配給契約・宣伝・DVD化・テレビ放送・海外セールスまでを同局が一括して管理している。配給は[[東宝]]系列で行われる例が多い。 |
映画事業局は、劇場用映画を製作する「[http://www.fujitv.co.jp/movie/index.html 映画制作部]」と、『[[土曜プレミアム]]』などテレビ等で放送する映画放映権の獲得交渉・宣伝を行う「映画調整部」の2セクションに分かれる。規模で言えば、既存の映画製作会社を凌ぎ日本でも最大級である。製作する映画のほとんどは映画制作部が主体となる。映画事業局は、同局々長である[[石原隆]]を中心に、[[関口大輔]]や臼井裕詞などの映画プロデューサーが所属。彼らが中心となり、企画から制作・配給契約・宣伝・DVD化・テレビ放送・海外セールスまでを同局が一括して管理している。配給は[[東宝]]系列で行われる例が多い。 |
2017年9月5日 (火) 02:46時点における版
種類 | 株式会社 |
---|---|
市場情報 | 非上場 |
略称 | フジテレビ、フジ、CX |
本社所在地 |
日本 〒137-8088 東京都港区台場2丁目4番8号 |
設立 |
2008年10月1日 (新設分割のため・創業は1957年11月18日) |
業種 | 情報・通信業 |
事業内容 | 放送法に基づくテレビジョン放送 |
代表者 |
代表取締役会長 嘉納修治 代表取締役社長 宮内正喜 |
資本金 |
88億円 (2017年3月31日現在)[1] |
発行済株式総数 |
2,000株 (2017年3月31日現在)[2] |
売上高 |
2,805億5,000万円 (2017年3月期)[2] |
営業利益 |
40億2,700万円 (2017年3月期)[2] |
経常利益 |
45億4,000万円 (2017年3月期)[2] |
純利益 |
28億2,300万円 (2017年3月期)[2] |
純資産 |
1,702億9,600万円 (2017年3月31日現在)[2] |
総資産 |
2,573億3,800万円 (2017年3月31日現在)[2] |
従業員数 | 1,340名(2017年3月31日現在)[1] |
決算期 | 3月31日 |
主要株主 | 株式会社フジ・メディア・ホールディングス 100% |
外部リンク | http://www.fujitv.co.jp/index.html |
特記事項:旧法人(株式会社富士テレビジョン)の設立は、1957年11月18日。 FCGビル設計・丹下健三・都市・建築研究所 |
株式会社フジテレビジョン(Fuji Television Network, Inc.)は、関東広域圏を放送対象地域とするテレビジョン放送の特定地上基幹放送事業者。また、フジテレビONE・フジテレビTWO・フジテレビNEXTの衛星一般放送を行う衛星一般放送事業者、台場2丁目を業務区域とするエリア放送の地上一般放送事業者でもある。かつてはフジテレビONE・フジテレビTWOの移動受信用地上基幹放送を行う移動受信用地上基幹放送事業者でもあった。
産経新聞や扶桑社などとともにフジサンケイグループに属する[3]。
略称は、開局から現在に至るまで正式に定められたことがなく[注 1]、後述の通りコールサイン「JOCX-DTV」(東京 21ch)から一般的に用いられるCX(シーエックス)が半ば公式略称の様相を呈している。通称はフジテレビ、フジ[注 2]。
FNNフジニュースネットワーク、FNSフジネットワーク(フジテレビ系列)のキー局である。リモコンキーIDはアナログ親局8chから「8」。
概要
2008年10月1日に株式会社フジテレビジョン(旧会社)は、株式会社フジ・メディア・ホールディングスに商号変更、テレビジョン放送関連事業を同日設立[注 3]した新会社たる「株式会社フジテレビジョン」(現行会社)に事業譲渡および放送免許を承継し、純粋持株会社また、認定放送持株会社となった。
旧会社はフジサンケイグループの中核企業であり、資本関係上もグループの統括会社となっていたが、現行会社はフジテレビグループの中核企業として産経新聞グループやニッポン放送グループなどとともにフジサンケイグループを構成している[3]。
本項目では2008年9月30日までの旧会社、および2008年10月1日以降の現行会社について述べる。
フジテレビジョン/log20200104 | |
---|---|
英名 | Fuji Television Network, Inc. |
放送対象地域 | 関東広域圏 |
ニュース系列 | FNNキー局 |
番組供給系列 | FNS |
略称 | CX |
愛称 | フジ、フジテレビ |
呼出符号 | JOCX-DTV |
呼出名称 | フジデジタルテレビジョン |
開局日 | 1959年3月1日 |
本社 |
〒137-8088 東京都港区台場 2丁目4番8号 北緯35度37分36.04秒 東経139度46分27.47秒 / 北緯35.6266778度 東経139.7742972度座標: 北緯35度37分36.04秒 東経139度46分27.47秒 / 北緯35.6266778度 東経139.7742972度 |
演奏所 | #スタジオを参照 |
リモコンキーID | 8 |
デジタル親局 | 東京 21[注 4]ch |
アナログ親局 | 東京 8ch |
ガイドチャンネル | 8ch |
主なデジタル中継局 | 下記参照 |
主なアナログ中継局 | 下記参照 |
公式サイト | http://www.fujitv.co.jp/ |
特記事項: 開局は毎日放送(大阪・JOOR-TV)、九州朝日放送(福岡・JOIF-TV)と同日。 また、大東諸島も、アナログ時代は放送区域に含まれていた。 2008年10月1日、フジ・メディア・ホールディングスからテレビジョン放送免許を承継。 |
フジテレビ | |
---|---|
お台場のテレビ局フジテレビ | |
基本情報 | |
略称(愛称) | CX、フジ |
運営(番組供給)事業者 | 株式会社フジテレビジョン |
ジャンル | 地デジ難視対策衛星放送 |
放送内容 | 地上デジタル放送のサイマル放送(マルチ編成の場合は主番組のみ) |
衛星基幹放送(BSデジタル放送) | |
放送事業者 | 社団法人デジタル放送推進協会 |
チャンネル番号 | Ch.298 |
リモコンキーID | 8 |
物理チャンネル | BS-17ch |
放送開始 | 2010年3月11日 |
放送終了 | 2015年3月31日終了 |
公式サイト | |
特記事項: 地デジ難視対策衛星放送対象リスト(ホワイトリスト)に掲載された地区のみ視聴可能。 |
各地域の系列局28社で、番組の供給・ネットを目的とするフジネットワーク (FNS:Fuji Network System) と、ニュース素材の供給・ネットを目的とするフジニュースネットワーク (FNN:Fuji News Network) を組織している。
地上波放送の他にスカパー!プレミアムサービス(東経124・128度CS放送)、および衛星基幹放送事業者であるサテライト・サービスを通じてスカパー!(旧・スカパー!e2)(東経110度CS放送)で、フジテレビONE・フジテレビTWO・フジテレビNEXTの3つのチャンネル(フジテレビワンツーネクスト)を放送していて、一部のケーブルテレビ事業者へもこれらのチャンネルの供給を行っている。
FNN(ニュース)の取材対象地域には、青森県・山梨県が含まれる[4]。
略称は開局当初、「FTV」が用いられた。しかし正式な略称として定めておらず、後に開局した系列局の福島テレビ[注 5]が「FTV」を正式な略称として使用するようになった。以後、コールサインから「CX」の略称が用いられている。これも正式な略称として定められたものではないが、放送業界ではコールサイン由来の略称はよくある[注 6]ために、次第に自身もその略称を頻用する(例:ONEの番組「ゲームセンターCX」、スマートフォン向けページのアドレス「www.fujitv.co.jp/s_cx/」、めざましテレビのTwitterアカウント「cx_mezamashi」、テラスハウスのYouTubeアカウント「terracehousecx」)ようになり、現在に至る。なお、フジテレビジョンの略称として用いられているCXは、香港のワンワールド加盟航空会社であるキャセイパシフィック航空のIATA航空会社コードと同じであるが、両者とは無関係である。
社名の由来は諸説あるが、開局にあたり創業者の一人で当時専務取締役だった鹿内信隆が、「庶民に愛されなくてはならない。ポピュラーなものでなくてはならない。日本でポピュラーと言えば、桜と富士だから、仮に富士テレビでどうだろうか」と提案の上で、社名を当初予定していた「(仮称)中央テレビジョン」から「富士テレビジョン」に改めた。しかし、漢字の「富士」は画数が多く、「フジテレビジョン」に変更された。
沿革
- 1957年(昭和32年)11月18日 - 文化放送とニッポン放送を主体とし、東宝、松竹、大映の映画会社各社が参加して、株式会社富士テレビジョン設立(「富士テレビ」に決定される前は「中央テレビジョン」で仮決定されていた)。
- 1958年(昭和33年)12月 - 商号を株式会社フジテレビジョンに変更。
- 1959年(昭和34年)
- 1月9日 - 本免許を受ける。
- 2月8日 - 試験放送を始める。
- 3月1日 - 午前9時20分から地上アナログテレビジョン放送の本放送を開始(JOCX-TV)。最初の番組は『開局に際して』(水野成夫社長の挨拶)。開局は大阪・毎日放送(MBS・JOOR-TV)と福岡・九州朝日放送(KBC・JOIF-TV)と同日。関西地区においては、関西テレビ(KTV)と毎日放送とのネットワーク関係を結ぶが、翌年関西テレビに一本化する。
- 6月1日 - 東名阪福の基幹4局(フジテレビ・東海テレビ(THK)・関西テレビ・九州朝日放送)でネットワーク協力体制に調印する。これが後のフジネットワーク(FNS)の基礎となる。
- 1960年(昭和35年)1月17日 - 本局の送信出力を映像50 kW、音声12.5 kWに増力する。
- 1964年(昭和39年)
- 1966年(昭和41年)10月3日 - フジニュースネットワーク(FNN)発足。
- 1967年(昭和42年)2月11日 - 自社制作に於いて初のカラーカメラ実写・カラーVTR使用による番組が放送される。第1弾は、クイズ番組『ズバリ!当てましょう』で、同番組カラー放送第1回にちなんで、『カラーで当てましょう』という題が付けられた。[注 7]
- 1969年(昭和44年)
- 1971年(昭和46年) - 制作局を廃止させ、系列子会社化(「フジポニー」、「フジ制作」、「ワイドプロ」など)。報道・スポーツ・生番組以外の番組の制作を委託する(1980年の機構改革で「制作局」を再発足、自社制作を復活させるまで系列子会社の再編をしながら続く)。
- 1973年(昭和48年)『キンカン素人民謡名人戦』を最後に、自主制作番組がすべてカラー放送になる。
- 1978年(昭和53年)10月2日 - 音声多重実用化試験放送開始。東京では日本テレビ、NHK(日本放送協会)に次いで3局目。第1弾は、同日午後5時からのアメリカテレビ映画『コンバット!』の2か国語放送。ステレオ第1弾は、同日午後7時から放送された神宮球場からのヤクルト対巨人戦のステレオ放送。
- 1984年(昭和59年) - フジサンケイグループ議長・鹿内春雄が将来の衛星放送事業(現在のBSフジやフジテレビワンツーネクストなど)参画による業務拡大に伴い、局舎面積拡大の必要性を訴え、新宿区河田町から当時はまだ更地であった台場への社屋移転構想を発表する(#お台場移転の経緯を参照)。
- 1985年(昭和60年)12月8日 - 文字多重放送本放送開始。
- 1986年(昭和61年)4月1日 - フジサンケイグループ統一CI導入に伴い、現在の「目玉マーク」のロゴ・マークに変更。
- 1987年(昭和62年)
- 7月10日 - 任天堂と共同で、後の『スーパーマリオUSA』の元となるファミコンディスクシステムのソフト『夢工場ドキドキパニック』を発売。
- 10月 - 日本の地上波テレビ放送局で初めてとなる24時間放送(終夜放送。日曜未明から月曜早朝及び保守点検時を除く)を開始[注 8]。
- 1988年(昭和63年) - 開局30周年を記念してオリエント急行を日本で走らせる(日立製作所・東日本旅客鉄道(JR東日本)との共同企画。オリエント・エクスプレス '88)。
- 1989年(平成元年)8月24日 - 第一世代クリアビジョン放送開始。
- 1989年(平成元年)頃 - 民放では初めて、ソニー製の1インチ非圧縮デジタルハイビジョンVTR DVH-1000が導入される。
- 1990年(平成2年)11月 - ハイビジョン試験放送開始。
- 1993年(平成5年)
- 1994年(平成6年)
- 4月23日 - セガ・エンタープライゼスと共同で、メガCDのソフト『ヘブンリーシンフォニー』を発売。
- 11月 - ハイビジョン実用化試験局免許取得。
- 1995年(平成7年)
- 4月 - 株式会社フジサンケイグループ本社を合併。
- 9月 - ワイドクリアビジョン (EDTV-II) 本放送開始。
- 1996年(平成8年)8月 - 東京都港区台場のFCGビルが完成。河田町からの移転作業が部署別に順次開始される。
- 1997年(平成9年)
- 1998年(平成10年)
- 1999年(平成11年)4月1日 - CSチャンネル「フジテレビ739」(現・フジテレビONE)放送を開始。
- 2000年(平成12年)12月1日 - 午前11時、系列のBSデジタル放送「BSフジ」(デジタルBS8Ch)開始。
- 2003年(平成15年)12月1日 - 午前11時、地上デジタルテレビジョン放送の本放送を開始(JOCX-DTV)。
- 2005年(平成17年)
- 1月17日 - 系列ラジオ局のニッポン放送株式の公開買付(TOB)を発表した。その結果、ニッポン放送発行済み株式の36.47%を取得した。
- 3月24日 - ソフトバンクグループの金融持株会社SBIホールディングスの子会社であるソフトバンク・インベストメントがフジテレビジョンの筆頭株主となる[7]。
- 5月23日 - ライブドア・パートナーズを買収し同社の商号を「LFホールディングス」に変更(7月12日に合併)。
- 6月13日 - 産業再生法に基づく事業再構築計画の認定を受ける。2008年(平成20年)5月まで。
- 7月15日 - 地上波キー局として初めてのブロードバンド動画配信サービス、「フジテレビ On Demand」のサービスを開始。
- 9月1日 - ニッポン放送と株式交換し、同社を完全子会社化。
- 2006年(平成18年)
- 1月22日 - ライブドアが証券取引法違反で1月18日に家宅捜索される。
- 3月15日 - ポッドキャスティング「フジポッド」の配信開始。
- 3月16日 - 日枝会長が記者会見を行いUSENの宇野康秀社長にフジテレビが所有するライブドア持株を95億円で全株譲渡しUSENとの業務提携を発表。同時にライブドアとの提携解消とライブドア・ショックにより受けたフジテレビの損害総額345億円の賠償請求を行うことを決定した。
- 4月1日
- 地上デジタルテレビジョンワンセグの本放送を開始。
- ニッポン放送からアナウンサーを含む47人がフジテレビに転籍。
- 4月3日 - 事業持株会社化し、フジサンケイグループの統括会社になる。これとともに株式会社ニッポン放送ホールディングス(旧・ニッポン放送、これまでのラジオ放送事業・中波放送局免許は「株式会社ニッポン放送」を新設し、同社に承継)を吸収合併し、ニッポン放送保有のフジテレビ株式は吸収後消却され、ポニーキャニオン、ディノス等ニッポン放送傘下の企業がフジテレビ傘下に移動。
- 2007年(平成19年)
- 2008年(平成20年)
- 4月1日 - CSチャンネル「フジテレビCSHD」(現・フジテレビNEXT)放送を開始。在京民放キー局主体で初のCS放送によるハイビジョン放送である。
- 9月4日 -総務大臣から、放送法に基づく放送持株会社の認定を取得し、また新設会社(2008年10月1日設立)へのテレビジョン放送免許の承継が許可された。
- 10月1日 - 株式会社フジテレビジョンが「株式会社フジ・メディア・ホールディングス」に商号変更、認定放送持株会社に移行、同時に地上波放送関連事業を分社新設分割方式による事業子会社「株式会社フジテレビジョン」(新設会社)に放送免許共々承継。社名ロゴマークは変更せず新設会社がそのまま承継した。
- 12月1日 - ファイル配信に対応した地上波(アナログ・デジタル)・BS波(BSフジ)・CS波(フジテレビワンツーネクスト)の統合型デジタルマスター設備(東芝製)が稼動[8]。同時に地上デジタルテレビジョン放送のサブチャンネル番号「083」の運用開始。3分割放送が物理上可能となる。マスター切換は3段階に分けて行われ、第1段階は地上波、第2段階は2009年4月にCS放送(フジテレビワンツーネクスト)、第3段階は2009年10月にBS放送(BSフジ)の順で切換を行った。
- 2010年(平成22年)
- 2011年(平成23年)
- 2013年(平成25年)
- 2015年(平成27年)
- 3月31日 - 正午にてBSセーフティーネットによる地デジ補完放送終了
- 4月1日 - 移動受信用地上基幹放送としてモバキャスによるフジテレビONE・フジテレビTWO放送開始
- 2016年(平成28年)
- 6月30日 - モバキャス終了に伴いモバキャスによるフジテレビONE・フジテレビTWO放送終了
- 2017年(平成29年)
- 3月10日 - お台場移転20周年
歴史
1950年代
- 1957年6月に、文化放送、ニッポン放送、東宝、松竹、大映等が免許を申請し、翌7月に予備免許が交付された。その後、事業体として同年11月、東京都千代田区有楽町1丁目7番地(現在の有楽町1丁目9番地)の糖業会館に資本金6億円で「株式会社富士テレビジョン」として設立(翌年12月に現在の商号に変更 ニッポン放送本社と同居)。
- 1959年1月に東京都新宿区市谷河田町7番地(現在の新宿区河田町3-1)に本社ビルを完成させ(本社所在地の変更は1962年)、同年3月1日に東京で3番目(総合局と教育局の区分による都合上で3番目とされているが、総合局と教育局の区分を問わなければ4番目となっている[注 12])のテレビ局として放送を開始した(放送開始当時は映像出力10 kW、音声出力2.5 kW。1960年1月17日に空中線電力を50 kWに増力した)。
- チャンネルは当初「1」を希望していたが、NHK教育テレビ→総合テレビが獲得[注 13]。日本テレビが「4」、ラジオ東京テレビ(現:TBSテレビ)が「6」を取得していたため、第8チャンネルとなった。開局から1986年3月31日までのシンボルマークはチャンネルナンバー「8」を図案化したもの(関西テレビや沖縄テレビとは多少異なる)。ロゴタイプ(ロゴ)は産経新聞(当時はサンケイ)やニッポン放送の旧書体に似た旧フジサンケイグループ標準書体(亀倉雄策の作)だった。
- 8チャンネルを取得したものの日本の黎明期のテレビ受像機は1956年頃までは6チャンネル・チューナーが一般的であったため、新たに開局した8チャンネルのフジテレビを視聴するためには12チャンネル・チューナのテレビ受像機に買い替えるかチューナの増設が必要であった。
- 1959年3月1日の開局では、9時20分に最初の番組『開局に際して』(初代社長水野成夫による挨拶)が放映。続いて、開局までの模様を映した記録映画『フジテレビの誕生』が放映された。この日の夜には『スター千一夜』が放映開始。当時の映画会社が締結した「五社協定」により、映画スターのテレビ出演が難しい時代であったが、“芸能番組への出演”という形でなく、時事に絡めた社会の話題として取り上げることにより出演を取り付けるという画期的な方法を採った。
- 1959年6月17日、渡辺プロダクションの制作指揮による音楽番組『ザ・ヒットパレード』が放映開始。
1960年代
- 1963年1月1日には、日本初の国産テレビアニメ『鉄腕アトム』が放映開始。さらに1965年10月6日には、日本初のカラーテレビアニメ『ジャングル大帝』の放映を開始。
- 1964年1月2日、正月恒例の『新春かくし芸大会』が放映開始。翌1965年からは司会者に高橋圭三を迎えて規模も年々拡大、年末年始の風物詩的番組として2010年まで続いた。
- 1964年8月31日、音楽番組『シオノギ MUSIC FAIR』が放映開始。現在でも放映が続いており、日本でレギュラー放送されている週間番組の中で、最長の放映期間を誇る。
- 1967年2月11日、『ズバリ!当てましょう』で自社制作の実写番組では初のカラー放送を実施[9]。
- 1969年、フジテレビ労組で女子社員の25歳定年制の撤廃が議論される。同制度に抗議して、全女子社員が赤いバラを胸に付けて抗議活動をした。同年、東京都地労委にあっせん申請。
河田町社屋のタワービルは1969年完成である。
1970年代
- 1970年代は、アニメ・子供向け番組などでは注目されたものの、全般としては、特に現代ドラマにおいて、裏番組の影響により、視聴率が低迷し、迷走を極めていた。
- 1974年、大型音楽番組『FNS歌謡祭』が放送開始。当初は、コンテスト形式で年2回放送されていたが、1986年からコンサート形式へリニューアルして以後、毎年冬(年末)に放送されている。
- 1976年、『プロ野球ニュース』がキャスターに佐々木信也を迎えて放送再開される。
- 1977年、ザ・ドリフターズがメイン出演のバラエティ番組『ドリフ大爆笑』が月1レギュラー番組として放送開始。軒並み高視聴率を連発して、1980年12月23日の放送では同番組の最高視聴率である40.4%を記録した。
1980年代
- 1981年にそれまでの「母と子のフジテレビ」を改め、「楽しくなければテレビじゃない」というキャッチフレーズを打ち出した。面白い番組・視聴者の笑いを取れる番組を生み出そうという意識改革のスローガンであった。そこから横澤彪がプロデュースした『THE MANZAI』『オレたちひょうきん族』『笑っていいとも!』など数々の人気番組が生まれていった。このような状況は当時のキャッチコピーから「軽チャー路線」(かるちゃーろせん)とも評された。バラエティ番組中心の編成は結果として視聴者の支持を集め、1982年に「年間視聴率三冠王」(ゴールデン・プライム・全日でトップ)を獲得。その後「三冠王」は1993年まで12年連続で達成した。1984年には年間売上高でもキー局トップとなり、名実ともに日本最大の民放テレビ局へと成長していった。また、後に日本テレビが使用する「四冠王」も同時に獲得していた。
- 1983年にスタートした『オールナイトフジ』で生放送型深夜番組のブームを巻き起こした。
- 1980年代後半のバブル景気時には、「トレンディドラマ」が人気を博し、ゴールデン・プライム帯の視聴率を押し上げた。
- 1986年、志村けんの時代劇バラエティ番組『志村けんのバカ殿様』が放送開始。年末年始・改編期の特別番組として定着しており、「アイ〜ン」などのギャグも社会現象となった。
- 1987年7月18日、同局開局以来の24時間編成の大型番組として『FNS27時間テレビ・第1回FNSスーパースペシャル1億人のテレビ夢列島』を放送(以後、『FNS27時間テレビ』として毎年夏に放送されるようになる)。
- 同年10月、日本の地上波テレビ局で初の完全24時間放送を開始(最初は平日の早朝で休止の時間帯があった)。深夜枠のソフト充実を目的に『JOCX-TV2』と銘打って実験的な内容の番組を多数開始した。以降、『やっぱり猫が好き』や『夢で逢えたら』など新感覚の番組が高い評価を受ける。
- 1988年10月13日、とんねるずのバラエティ番組『とんねるずのみなさんのおかげです』が放送開始。以後、『とんねるずのみなさんのおかげでした』としてリニュアルして、現在でも放送が続いており、同局でゴールデン・プライム帯でレギュラー放送されているバラエティ番組で最長の期間を誇る。
- この結果、1987年の全日視聴率1位を達成。関東地区における全日視聴率(ビデオリサーチの調査)は、1963年から1986年までの24年間、NHK総合テレビが各民放キー局を押しのけて、連続して1位を獲得しており[10][注 14]、民放史上初の単独での全日視聴率制覇を果たした。これは、2017年現在でも唯一の記録となる。
1990年代
- 1990年代前半には、『カノッサの屈辱』など、深夜放送を中心とした人気番組が続々生まれた。しかし、1993年夏頃から視聴率三冠のうちのいくつかを巨人戦中継などのコンテンツを持ち、バラエティ番組も好調だった日本テレビに明け渡し、その勢いも次第に衰えていった。1994年には1982年から12年続いた三冠王を奪われ、その後2003年まで10年連続で「年間視聴率四冠王」(ゴールデン・プライム・全日にさらにノンプライムを加えての表現)を日本テレビが達成した。
- また、1990年代は1990年12月に終了した『ライオンのいただきますII』を皮切りに、1994年3月終了の『平日早朝の子供番組枠(終了地点でウゴウゴルーガ)』、1996年3月終了の『なるほど!ザ・ワールド』、1997年3月終了の『FNNスーパータイム』、1999年3月終了の『平日朝8時の子供番組枠(終了地点でポンキッキーズ、枠ごと夕方へ移動後に終了)』と『おはよう!ナイスディ(終了地点でナイスデイ)』、正月特番『タモリ・たけし・さんまBIG3 世紀のゴルフマッチ』と期首特番『スターどっきり秘報告』というように1980年代以前より長年放送されており河田町時期に比較的知名度の高かった番組を、レギュラー・特別番組問わずお台場移転(後述)のイメージチェンジや視聴率の問題から次々と相次いで終了させる大改革を行っている。
- 1997年3月10日に、東京都新宿区河田町から港区台場のFCGビル(通称:フジテレビ本社ビル)に移転。新社屋の設計は『丹下健三都市・建築設計研究所』、施工は鹿島建設。敷地面積21102.220m2、延べ床面積141825.438m2、地下2階 地上25階 塔屋1階。直径32mの球体展望室が印象的。収録に使用した道具や収録スタジオ(V4スタジオ)などが見られる見学者コースがあり、東京臨海副都心を代表する観光スポットの1つになっている。ビル全体の“見た目サイズ”はワイドクリアビジョンテレビの16:9をイメージしているとされる。
- 1999年にはイメージキャラクターの「ラフくん」が登場、2002年からは「きっかけは、フジテレビ。」のキャッチコピーで様々なキャンペーンを展開、毎年本社ビルで行われているイベントも名物となっている。不定期で社内を歩き回り、愛嬌を振りまいている。
2000年代
- 2002年6月9日放送の『2002 FIFAワールドカップ 日本-ロシア』(実況:長坂哲夫)が66.1%を記録、これを持って民放史上初の年間視聴率1位獲得となった[注 15]。
- 2002年10月8日、雑学バラエティ番組『トリビアの泉 〜素晴らしきムダ知識〜』が放送開始。以後、ゴールデンへ昇格して25%前後の高視聴率を連発した。「へぇ」も流行語になるなど社会現象を起こした。
- 2003年度(2003年4月 - 2004年3月)の調査ではプライムタイムの視聴率が日本テレビを上回り、この結果、2004年には1993年以来11年ぶりに「三冠」を日本テレビから奪還し民放トップの座に返り咲いた。その後2010年まで7年連続で三冠を達成した。
- 2003年11月4日、CS放送のフジテレビワンツーネクストにてゲームバラエティ番組『ゲームセンターCX』が放送開始。現在でも放送が続く、CS放送では異例となる人気番組となっている。
- 2003年12月1日には、地上デジタル放送の放送を開始した。
- 2005年1月、お台場社屋からの主要生番組(『めざましテレビ』『とくダネ!』『ニュース関係全般』など)が全てハイビジョン放送となる。
- 2008年5月15日、フジテレビは2008年4月に施行の改正放送法に基づく「認定放送持株会社」制への移行を取締役会で決定した[11]。その概要は、現在の株式会社フジテレビジョンを純粋持株会社「株式会社フジ・メディア・ホールディングス (FUJI MEDIA HOLDINGS,INC.)」に商号変更、地上波テレビ放送事業は放送免許も含め、分社型新設分割方式によって新設する「株式会社フジテレビジョン(新設会社)」への移管・免許承継する。
- 2008年6月27日、定時株主総会にて放送持株会社制への移行が承認された。その後総務大臣の認可・法的な処理を実施の上、2008年10月1日から新体制に移行した。
2010年代
- 2010年にはデジタルコンテンツ事業の強化に乗り出し、「キミフジ」や「イマつぶ」などのオンラインサービスを開始する。
- 2010年9月27日、フジテレビが報道及び関連番組で使用していたテロップ・CGシステム(同局では「ワープロシステム」と呼称)を1994年10月の機材更新以来およそ16年ぶりに更新した[注 16]。これにより同局のニューステロップは全てHD対応仕様となった。基本書体はJTCウインSから平成角ゴシックW7に変更されたが、3週間後にJTCウインSに戻った[注 17]。なお、2011年度上期には非報道系(制作・情報系)のワープロシステムも、報道系と同様のシステムへ更新されている(ただし、報道系と非報道系は基本的に全く別のシステムとして構築されている。)。
- 2011年4月頃から、地震・ニュース速報テロップ放出時のチャイムが「緊急地震速報とのチャイムが紛らわしい」という苦情があったことから音程を変更。
- 2011年7月1日から7月23日まで『産経テレニュースFNN』や『サザエさん』など一部番組において、地上アナログ放送で放送終了のカウントダウンを画面左下に表示したため、スポンサークレジット上部の「提供」の文字を削除、企業名のみの表示となった。なお、この表示方法は同系会社のBSフジがすでに行っているものである。
- 2011年10月31日、モノラル放送(モノステレオ放送)で放送されている全ての報道・情報番組がステレオ放送に切り替えられた[注 18]。なお、各局の全国ニュース枠における全日・全時間帯のステレオ音源化は初となる。また、ニュース映像に付けられるBGMもステレオ音源で送出される(他局ではモノラル音源で送出されることが多く、全国ニュースでは数少ない)。
- 2011年8月、フジテレビの「偏向報道」、「韓流偏重」を理由として、これに抗議するデモ活動が東京お台場のフジテレビ本社周辺で行われる。このデモ活動は翌年まで断続的に行われた。→詳細は「フジテレビ抗議デモ」および「2011年のフジテレビ騒動」を参照
- 2012年、大型音楽番組『FNS歌謡祭』の派生番組として『FNSうたの夏まつり』が放送開始。以後、毎年夏に放送されている。
- 2013年10月22日、31年半と長年続いたバラエティ番組『笑っていいとも!』の終了が発表された[12]。
- 2013年10月24日、『ほこ×たて』におけるやらせが発覚した[13][14]。同時にフジテレビは『ほこ×たて』の放送を当面自粛すると発表したが、2013年11月1日に番組は正式に打ち切りとなった。
- 2014年3月31日、『笑っていいとも!』が放送終了。放送期間31年半・放送回数8054回という記録を残し、ギネス世界記録に『生放送バラエティー番組単独司会最多記録』、『生放送バラエティー番組放送回数最多記録』として認定された(前者は番組司会のタモリ、後者が番組としての記録)[15]。
- 2014年5月15日の決算報告で、フジ・メディア・ホールディングスの連結最終利益が前年度比44.8パーセント減の172億8200万円、フジテレビ単体でも同34.7パーセント減とする大幅減益が発表される。2013年度の在京民放5社の減益はフジテレビのみ[16]。
- 2014年7月11日、フジテレビ代表取締役社長の亀山千広は、フジテレビ所属の全社員約1500人のうち、約1000人を「社内活性化と視聴率奪還のため」6月27日付で異動させたことを明らかにした[17]。
- 2014年7月14日からスタートした月9ドラマ『HERO 第2シリーズ』が、文部科学省とのタイアップで道徳教育番組として位置づけられた[18]。
- 2014年8月1日付でデイヴィッドプロダクションを子会社化。
- 2014年10月20日、ドラマ型バラエティ番組『痛快TV スカッとジャパン』が放送開始。番組内で登場する木下ほうか扮するイヤミ課長の「はい論破!」というフレーズが流行語になるなど、話題となっている。
- 2015年7月6日、民放では初となる4K番組のネット配信をフジテレビオンデマンドで開始[19]。
- 2016年3月15日、インターネットチャンネル「フジテレビONEsmart / フジテレビTWOsmart」を開局[20]。
- 2016年、大型音楽番組『FNS歌謡祭』の派生番組として『FNSうたの春まつり』が放送開始。以後、毎年春に放送されている。
- 2016年12月26日、SMAPの解散に伴い『SMAP×SMAP』が放送終了。放送期間20年9ヶ月の歴史に幕を下ろす[21]。
- 2017年3月10日、フジテレビの社屋が現在の所在地である港区台場に移転してから丸20年目を迎える。
深刻な業績悪化と視聴率低迷
- 2011年以降の深刻な視聴率低迷はフジテレビのみならず、親会社のフジ・メディア・ホールディングスの業績や株価にも悪影響を及ぼしている。
- 2011年、年間視聴率三冠を2003年以来8年ぶりに日本テレビに奪われる(ビデオリサーチ調べ、関東地区・世帯・リアルタイム。以下略)。この年のフジテレビは全日視聴率が日本テレビと同率1位の一冠のみに終わった。2011年の年度視聴率においても、三冠を日本テレビに奪われている[22]。
- 2012年、年間視聴率ではゴールデン、プライム、全日の全ての時間帯で3位に後退[23]。2013年1月第4週(同月28日 - 2月3日)における全日帯の平均視聴率と2013年8月の平均視聴率では4位に後退した[24][25]。
- かつては企業価値評価の指標である株式時価総額で日本テレビ(現在の上場会社は日本テレビホールディングス、以下「日テレHD」)と互角かそれを上回る状態であったが、2014年春頃から民放トップの日テレHDに大きく溝を開けられてしまい、2015年11月現在のフジの株式時価総額は日テレHDの6割程度に留まっている。また、2015年夏頃からは長年業績低迷が続いているTBS(現在の上場会社は東京放送ホールディングス、以下「TBSHD」)の株式時価総額をも下回ってしまい、株式市場でも僅か数年で民放トップから3位にまで転落した。フジが株式時価総額でTBSHD(前身の東京放送時代も含む)を下回ったのは、1997年8月8日の東証一部上場以来初の出来事である。
- 2014年度を以て放送収入(地上波放送におけるタイムCMとスポットCMの年度売上高の合計)でもついに日本テレビに追い抜かれてしまい、30年に渡り守ってきた放送収入民放トップの座から陥落した[注 19]。
- 2015年1月第1週(2014年12月29日から2015年1月4日まで)の週間平均視聴率が、ゴールデン・プライムの2部門でテレビ東京を下回り、フジテレビは1962年12月3日に視聴率の計測が開始されてから初めて週間平均視聴率でNHK総合・在京キー局中[26]単独最下位となった。フジテレビがテレビ東京に週間平均視聴率で負けたのは、テレビ東京の前身・東京12チャンネル時代も含めて(1964年4月第2週〈4月6日から4月12日まで〉が初めての例である。)初の出来事である。尚、2015年1月4日の1日平均視聴率では前述の2部門に加え全日でもテレビ東京に敗北した[27]。その後も業績と裏番組の影響からの視聴率の悪化に歯止めがかからない状態が続いており、2015年8月25日(火曜日)の1日平均視聴率でゴールデンとプライムが全日を下回るという歴史的異常事態となり[28]、2015年10月30日に発表された2015年度第2四半期決算発表では営業利益・経常利益・純利益の全てが赤字に転落し[29]、1959年の開局以来初の赤字決算となった。更に正月に続いて11月第4週(11月23日から11月29日まで)の週間平均視聴率でもゴールデンでテレビ東京に敗北した[30]。
- 2015年の年間平均視聴率では全日が3位に留まったものの、ゴールデン・プライム2部門が昨年4位だったTBSテレビ(以下TBS)に抜かれ4位に後退した。フジテレビが年間平均視聴率でTBSを下回ったのは、1981年以来34年ぶりの出来事である[31]。更に2016年上期以降のゴールデン帯の平均視聴率においては前年上期以上にTBSに大きく水を開けられる結果となり[32]、2016年の年間・年度平均視聴率はついに全日でもTBSに抜かれてしまい、全ての部門(全日・ゴールデン・プライム・ノンプライム)がNHK総合・在京キー局6局中5位になってしまった。
- 上述の各利益に加えて年間売上高の減少も深刻であり、最大で3829億円(2009年3月期)あった年間売上高も2016年3月期の決算では20年ぶり[33]に3000億円の大台を割ってしまった。その裏で視聴率が好調な日本テレビが3000億円の大台を超えたため、1984年から31年間維持してきた年間売上高民放トップの座からも陥落し[34]、純利益でもテレビ東京の純利益を大きく下回り、在京キー局中最下位とともに、勝てないという状況となってしまった[35]。更に2017年3月期の決算では営業利益・経常利益・純利益の全てがテレビ東京を下回り、在京キー局中最下位となった。
- 2016年に放送された連続ドラマの全話平均視聴率が、裏番組に負けて関西テレビ制作枠も含め全ての作品で10%を割ってしまった[36][出典無効]。
- しかしながら、平日朝の情報番組は軒並み好調で、2014年[37]と2015年[38]には『めざましテレビ・第2部』『とくダネ!』『ノンストップ!』の3番組が年間平均視聴率で民放横並び1位を同時に獲得している。また、平日6時から正午までの午前帯でみればフジテレビは2010年から2015年まで6年連続で民放横並び1位を記録している[38]。
- また2016年には同年の『FNS27時間テレビ』が裏番組の影響で歴代最低の7.7%を獲得してしまった。だがその反面、『痛快TV スカッとジャパン』が好調である他、『かたらふ〜ぼくたちのスタア〜』・『ワイドナショー』・『さまぁ〜ずの神ギ問』などの週末日中の番組が高い満足度や評価を得ている[39]。
- 2016年10月3日からはビデオリサーチの関東地区における視聴率調査で、従前のリアルタイム視聴率に加え、新たにタイムシフト視聴率および総合視聴率の調査が開始されたが、その中のタイムシフト視聴率において『カインとアベル』『Chef〜三ツ星の給食〜』など、リアルタイムでは同枠では裏番組の影響で最低視聴率に落ち込んでいるドラマが上位にランクインしていたことが話題となった。
視聴率回復を目指しての会長・社長交代
2017年5月9日、社長の亀山千広と会長の日枝久の退任を発表し、6月28日に新社長に岡山放送社長・BSフジ社長を歴任した宮内正喜、新会長にフジ・メディア・ホールディングス社長の嘉納修治が就任した。
- 『バイキング』の7月の月間視聴率が5.9%を記録し、同時間帯初の横並び3位になり後続の『直撃LIVE グッディ!』も月間視聴率が2時台の第1部で過去最多タイとなる4.2%、3時台の第2部も過去最高の3.7%を記録した。さらに『めざましテレビ』に至っては、6時10分からの第2部の視聴率が9.3%を記録し2016年1月以来、1年半ぶりに横並び1位を奪還した[40]。
- 同年7月にスタートした『コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-3rd season』は第1回の視聴率は16.3%を記録して以降も10%台の高視聴率を記録しており、社長の宮内も「素晴らしいスタートを切ることができました。札幌地区、名古屋地区などでは20%超え。タイムシフト視聴率も初回9.9%と多くの方に見ていただけた」と褒めたたえ[41]、「シリーズを重ねるごとにキャスティング、出演の皆さんの熟成度が上がってきているのが視聴者に受け入れられているのではないか」と好調の理由を分析し、同時に「系列局から雰囲気が変わったという言葉もいただいた。いい方向に向いている」とし、「今年の10月期、来年の4月期、10月期まで見越して低迷している視聴率をなんとか底上げをはかりたい。現場からいままでにないようなアイデアも出てきており、現場も私の意を介してくれているのではないかと考えている」と手応えを語った。 [42]しかし『セシルのもくろみ』は第5話、第6話で3%台を記録したり、火曜日や土曜日のゴールデンタイムのバラエティなどが5%を下回る場合があるなど、全体的な低迷からは脱しておらず、特に『めちゃ×2イケてるッ!』がテレビ東京系列の『出川哲朗の充電させてもらえませんか?』に視聴率で後塵を拝すことがあるなど、民放最下位になることは依然として多い。
同会見で2017年10月改編に関して宮内は、「今、鋭意作業中でもう少し待っていただきたい。変わり行くフジテレビというテーマで今、編成を鋭意、詰めている段階です」と話した上で「直近では一番、大事なのが10月改編。現場から今までにない案が出ている。私の『フジ復活のムードメーカーになりたい』という意思を(社員が)理解してくれていると思います」と語り期待を寄せた。[43]
お台場移転の経緯
従前の「母と子のフジテレビ」に替わり1980年(昭和55年)に掲げた「軽チャー」路線がようやく波に乗り出し、1984年(昭和59年)には年間売上高も開局以来初めて在京キー局でトップに躍り出た。局舎の台場移転構想が持ち上がったのはこの頃である。
当時のフジサンケイグループ議長であった鹿内春雄が、所用で当時はまだ更地だったお台場を訪れ「テレビ局を運営するならビルの林立した都心よりも、その都心を広々と見渡すことのできるお台場のような場所がいい」と考え、後のフジテレビ役員会議で提唱した。当時の東京都知事・鈴木俊一も「情報の集まる所に人は集まる」と考えており、「臨海副都心計画を成功させるためにはお台場エリアに一大エンターテインメントも必要」という方針を打ち出していた。そのようなこともあり、かねてから親交が深かった鹿内春雄にフジテレビの誘致を積極的に行っていたことが、この移転構想へつながったと見られている。FCGビルの設計には鈴木や鹿内と繋がりが深かった丹下健三が選ばれた[44]。台場は当時未開発の地であり、都心と比較しても地価が安く、用地も都から安価で提供(賃貸)してもらえたことも大きく影響した。
当時はレインボーブリッジやゆりかもめ線はおろか、りんかい線さえ開通していなかったことや、都心からも遠いこともありほとんどの役員は台場移転案に消極的であったが、前述のように将来における民放の衛星放送への参画や、それに伴うスタジオの増設、局内のデジタル回線への変更などで当時の河田町の局舎では限界があったため、新局舎の建設が必要であることは役員の誰もが理解していた。このため、再三にわたる議論の末、
の3つに絞られた。フジテレビの現場サイドも局舎そのものを観光名所にして、そこから新たな収益構造を作りたいという目的があったため、住宅地に囲まれた河田町では地理的に集客力に限界があり、この目的は達成できないとして1.の移転不要案は却下された。また、2.と3.を比べても、お台場は海沿いで眺めも良く、開発されつくした大崎エリアと比べても未開発で集客面でも将来性が大きかったことと、前述の地価の面でも大きく有利に動いた。これに加えて鈴木都知事の協力が得られたことにより、3.のお台場移転案が決定的になった。
これを受け、局内に当時取締役編成局長だった日枝久を初代室長とする総合開発室が設置された。将来の台場新局舎の建設計画や用地取得、および衛星放送開始に備え、10年越しでの大プロジェクトを敢行し、「お台場のフジテレビ」を築き上げた。また、これらのプロジェクトで費やした費用は10年間で数千億円に上ったという。
特色
ニュースや情報番組で使用されているテロップのフォントは、フォント制作会社のニィスと共同開発したもので、これが先駆となって、他局や色々な印刷物にもこのフォントが使用されるようになった。
メインバンクはみずほ銀行(旧富士銀行→旧みずほコーポレート銀行)で、FNSチャリティーキャンペーンにおけるフジテレビの振込先もみずほ銀行東京中央支店(旧富士銀行本店)であり、以前には芙蓉グループ提供の番組『感動エクスプレス』『満足!迷い旅』を放送していた。さらに、フジサンケイグループ傘下の広告会社3社と合併した広告会社クオラスがある。また、三菱グループとも関係が深く、以前には三菱電機一社提供の『メントレG』を放送していたほか、FNS系列局で毎年5月に放送している『ダイヤモンドカップゴルフ』(関西テレビ制作)は三菱自動車工業などの三菱グループ数社が協賛している。元フジテレビ常務取締役の飯島一暢(現・サンケイビル代表取締役社長)は三菱商事の出身である。この縁で、フジテレビ本社内にはみずほ銀行(旧富士銀行)と三菱東京UFJ銀行(旧東京三菱銀行)のATMが2箇所に設置されている[注 21]。
1980年代に入ると、バラエティ番組を中心に同局の女性アナウンサーをタレント同然に扱う様子が見受けられるようになる。他の民放局でも同様の傾向は見られるが、フジテレビはそれが顕著で、入社以前に何らかの芸能活動を経験しているアナウンサーも多数在籍している(日本のアナウンサー#女子アナウンサーとその背景も合わせて参照)さらには、『ラヴシーン』と題した同局アナウンサーによる朗読劇を企画するなど、いち早く「タレント化」とも言える事業展開を行ってきた。そのアナウンサーのタレント扱いについて批判が寄せられることも少なくない。芸能人やスポーツ選手の親族を積極的に採用しており、アナウンス部だけでもこれまで高島彩、高橋真麻、田淵裕章、生田竜聖、永島優美、藤井弘輝などが入社している。
『NONFIX』や『ザ・ノンフィクション』など質の高いドキュメンタリー番組を多く手掛け、放送関係の受賞歴も多い。
在京キー局中、労働組合の活動状況や対経営側への影響力は最も弱いとされている(民放労連会報・会員コメントより)。
渡辺プロダクションとその系列のイザワオフィスとの結びつきが非常に強く、『ザ・ヒットパレード』や『新春かくし芸大会』、『クイズ・ドレミファドン!』、『ドリフ大爆笑』など往年の看板番組や現在放送中の『ウチくる!?』『志村けんのバカ殿様』などの制作にはこの2事務所が深く関わっており、番組エンドロールの企画・制作元が「フジテレビ」ではなく、それぞれ「渡辺プロダクション」「イザワオフィス」となっている。
制作番組
フジテレビ制作の番組については、『フジテレビ番組一覧』や『ミニ番組#フジテレビ (CX)』などを参照のこと。
制作セクションは編成制作局にあり、第三制作部までに分かれている。第一制作部(旧・ドラマ制作センター、英語ではdivision1→ディビジョン1)はドラマ、第二制作部(旧・バラエティ制作センター)はバラエティ・音楽番組、情報番組センター(旧・第三制作部)はドキュメンタリー・情報番組などを作っている(2002年7月に第三制作部は生活情報局に移行、2004年6月に情報番組センターに改称)。また、報道特番についてはFNN系報道特別番組を参照。
制作著作のクレジットについて
基本的に自社制作(第一制作部、第二制作部、情報番組センター)については「制作著作・フジテレビ」[注 22]でクレジットされている。
フジテレビ系のプロダクションである共同テレビジョン、フジ・メディア・テクノロジー(旧社名:八峯テレビ)、FCCを含む外部のプロダクションと共同制作する場合、2010年9月までは「制作・フジテレビ、(プロダクション会社名)」でクレジットされており、プロダクションとフジテレビが著作権を共有するような書き方であったが、同10月以後、フジテレビは「制作」のクレジットのみとなり、外部プロダクションが「制作著作」として表示されるようになった[注 23]。
ただし一部「制作著作:フジテレビ、制作協力:(外部プロダクション)」とする場合もあるほか、上記フジテレビ系プロダクション各社との共同制作(プロダクション側が制作協力扱いとなるもの含む)については目玉マーク1つを共有する形で2社を並列表記させる場合もある。
報道・情報番組
『FNNニュース』、『FNNスピーク』、『みんなのニュース』、『ユアタイム』などのニュース番組を報道局が制作。『めざましテレビ』、『情報プレゼンター とくダネ!』などの情報番組やワイドショー番組や『教えてMr.ニュース』から現在の『池上彰緊急スペシャル!』に続いている池上彰司会のニュースバラエティ番組は、情報制作センター(旧・第三制作部)が制作している。
フジテレビ以外の系列局の映像には当該系列局名のテロップが入ったが、2005年4月に廃止された。現在は画面左下に『FNN NEWS』と入り、その横にそのニュースの取材場所などが表示されるようになっている。これはフジテレビ、それ以外の系列局の取材に関係なく表示される。また『とくダネ!』など情報制作センターの番組では、系列局が取材した映像にクレジットが表示されている。
1961年4月1日、プロ野球に特化したスポーツニュースのはしりである『きょうのプロ野球から』が放映開始。翌1962年に『プロ野球ニュース』に改題(この当時はいずれもプロ野球シーズン期間中のみ放送)。
1965年5月1日、NET(現:テレビ朝日)系列の朝のワイドショー、『モーニングショー』に対抗し、NHKの看板アナウンサーだった小川宏を招聘して、『小川宏ショー』をスタート。初代司会陣は小川宏と元TBSアナウンサーの木元教子、当時アナウンサーだった露木茂の二人。1968年4月1日、不毛の時間帯とされた平日午後3時枠を開拓したワイドショー『3時のあなた』が放送開始。1984年10月に『FNNスーパータイム』を開始。夕方ニュース戦争の幕開けとなる。
1985年8月12日の日本航空123便墜落事故では現場が特定困難であった山中から、翌日にテレビで最も早く事故現場の映像を衛星中継上空のヘリコプター経由で中継して伝えた。2003年12月14日のサッダーム・フセイン拘束のニュース速報を他局に先駆けて伝え、民放で唯一報道特番を組んだ。
スポーツ
『スポーツLIFE HERO'S』、中継番組全般をスポーツ局が制作している。
プロ野球では、フジ・メディア・ホールディングスが出資している東京ヤクルトスワローズの放映権を持っている。2005年からはCSチャンネルのフジテレビONE(旧・フジテレビ739)で主催試合を全試合生中継している。
1987年以来、大きなスポーツイベントにおける放映権を獲得するようになり、モータースポーツの最高峰であるF1世界選手権の放送を開始。同年から10年ぶりの復活となった「日本グランプリ」の冠スポンサー(2009年まで)と、国際映像の制作(2011年まで)を務めた。その他、バレーボールワールドカップ、世界柔道選手権(2003年・大阪大会以後)、体操世界選手権(2009年-2016年まで)もフジテレビ系列の地上波独占中継となった。また2003-2004シーズンより全日本スピードスケート選手権、世界スピードスケート選手権、全日本フィギュアスケート選手権、世界フィギュアスケート選手権がフジテレビ系列の独占放送となった(2003年まではTBS系列の独占放送だった)。1992年から2004年まではツール・ド・フランスも放送していた。
FIFAコンフェデレーションズカップなど国際サッカー連盟 (FIFA) 公認のナショナルチーム同士による国際大会(W杯は除く)は、フジテレビ系列およびTBS系列が共同放送制作している(2004年アテネオリンピック以降のバレーボール最終予選もフジ・TBSの共同制作となった)。2007年以降の大会はフジテレビ系列独占放送となる。かつてはJリーグ中継は清水エスパルスや鹿島アントラーズなどの主催試合を中継していたが、2002年以降はYBCルヴァンカップ(旧・ヤマザキナビスコカップ)決勝のみの中継となっている(YBCルヴァンカップ予選リーグ - 準決勝まではフジテレビONE・NEXTで生中継もしくは録画中継している)。
開局の1959年以来、中央競馬の日曜東京・中山および夏季ローカル開催のメインレース中継を放送している。また、「フジテレビ賞スプリングステークス」の冠スポンサーにもなっている。なお、2005年の菊花賞では初めて関西テレビとの共同制作で中継された。(従来の京都・阪神の中継は関西テレビが担当している。)
格闘技は、前述の世界柔道選手権の独占中継をはじめ、日本大相撲トーナメントの主催・中継を行っている。ボクシング中継ではファイティング原田、輪島功一らの国民的スターを輩出し、現在では『ダイヤモンドグローブ』で月1回の放送に加え、2013年よりアマチュア7冠・井上尚弥やロンドンオリンピック金メダリスト・村田諒太の試合を『ダイヤモンドグローブスペシャル』としてゴールデンタイム中継を復活させた(窓口となるプロモーターは三迫プロモーション)。プロレスでは過去に全日本女子プロレスの中継や、WWEの日本語版放送を実施してきた。かつてはPRIDEやK-1も放送していたが、前者は2006年6月に主催側に契約違反があったとして、後者も2010年に主催側のファイトマネー未払い問題があったとして、放送が打ち切られている。2014年よりPRIDEとも関わりを持っていたアントニオ猪木が主催するIGFの放送を実施している。また、2015年よりRIZIN FIGHTING FEDERATIONの中継も実施している。
バラエティ
第二制作部(旧バラエティー制作センター)は、小松純也第二制作部長らが制作している。
主に『めちゃ2イケてるッ!』、『ホンマでっか!?TV』など。『ネプリーグ』等のクイズ番組を制作をしている。過去には、『森田一義アワー 笑っていいとも!』、『ライオンのごきげんよう』、『バイキング』等のトーク番組もバラエティ制作センターで制作していた。
バラエティ番組最大の特徴は、地域・事務所を問わず実力のある若手のお笑いタレントを5〜6組集合させて番組を製作し、関東ローカルの深夜番組からゴールデンタイムの全国ネットへと番組を育ててゆく手法を取ることである。この手法をとった番組を中心に軒並み高視聴率を獲得して数多くの人気バラエティ番組を輩出した。また、1980年代に一世を風靡した『オレたちひょうきん族』に始まり、『クイズ・ドレミファドン!』、『なるほど!ザ・ワールド』、『オールナイトフジ』、『夕やけニャンニャン』、『ねるとん紅鯨団』、『夢で逢えたら』、『とんねるずのみなさんのおかげです』(現在:『とんねるずのみなさんのおかげでした』)、『ダウンタウンのごっつええ感じ』、『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』、『とぶくすり』、『SMAP×SMAP』、『奇跡体験!アンビリバボー』、『笑う犬』シリーズ、『第四学区』、『サタ☆スマ』、『力の限りゴーゴゴー!!』(現在:『ネプリーグ』)、『クイズ$ミリオネア』、『あいのり』、『トリビアの泉 〜素晴らしきムダ知識〜』、『水10!』(『ココリコミラクルタイプ』・『ワンナイR&R』)、『はねるのトびら』、『クイズ!ヘキサゴンII』(旧:『クイズ!ヘキサゴン』)、『脳内エステ IQサプリ』、『爆笑レッドカーペット』、『爆笑レッドシアター』(旧:『THE THREE THEATER』)、『人志松本の○○な話』、『テラスハウス』、『Numer0n』、『ワイドナショー』、『痛快TV スカッとジャパン』、『さまぁ〜ずの神ギ問』等があり、いずれも高視聴率を獲得しフジテレビを代表する人気番組となった。異色の番組としては、若手芸人発掘のために8年周期で放送される『新しい波』シリーズがある。
他のテレビ局と比べてジャニーズ・アイドルグループをレギュラー番組で起用する事が最も多く、2017年現在、ゴールデンタイム・プライムタイムに『VS嵐』の1番組、深夜帯に『TOKIOカケル』、『キスマイBUSAIKU!?』、『いただきハイジャンプ』の3番組、昼帯に『KinKi Kidsのブンブブーン』、『関ジャニ∞クロニクル』の2番組、合計6番組のレギュラー番組が放送されている。その他、個々でそれぞれのレギュラー番組も放送されている。過去には、『SMAP×SMAP』、『VivaVivaV6』などの番組が放送されていた。また、ジャニーズだけではなく『夕焼けニャンニャン』やおニャン子クラブから秋元康との関わりも深く、同プロデュースのAKB48の2012年の『AKB48第4回選抜総選挙』から『AKB48選抜総選挙』の地上波独占放送の放映権を持っており、『ワイドナショー』、『痛快TV スカッとジャパン』に出演する指原莉乃(HKT48・STU48)など数多くの番組でAKB48グループのメンバーがフジテレビの番組に多数出演している。
スポンサー料の安い深夜・早朝枠は、逆に「視聴率を稼がなくても良い」と解釈され、実験的な番組が多数作られた。1987年10月改編で正式に「24時間放送」を開始、『プロ野球ニュース』終了後以降の深夜枠に『JOCX-TV2』という「ゾーンタイトル」を付加、社内組織的にも編成局内に「深夜の編成部」なる深夜編成担当チームが組まれた。これらの枠から人気を博した番組に『カノッサの屈辱』『ウゴウゴルーガ』『Flyer TV』があったが、編成方針の変更により「深夜の編成部」が廃止され、「ゾーンタイトル」など「深夜枠」という特定のカテゴリー自体もこれをもって廃止された。
レギュラー番組に留まらず、『ドリフ大爆笑』、『志村けんのバカ殿様』、『FNS27時間テレビ』、『明石家サンタの史上最大のクリスマスプレゼントショー』、『人志松本のすべらない話』、『超ド級!世界のありえない映像』、『IPPONグランプリ』、『芸能界特技王決定戦 TEPPEN』、『中居のかけ算』、『映っちゃった映像GP』、『世界ベスト・オブ・映像ショー』、『THE MANZAI』、『ENGEIグランドスラム』等の年1回放送や不定期放送のスペシャル番組にも総力をかけて制作している。いずれも高視聴率を獲得しフジテレビを代表する人気番組となっている。主に、『金曜プレミアム』か『土曜プレミアム』などの単発番組枠で放送されている。また、正月の元日には毎年、『初詣!爆笑ヒットパレード』が朝から昼まで放送されている。2010年までは、元日の名物番組として『新春かくし芸大会』が放送されていた。
さらに、1970年代以降からは、個人戦のトーナメントで優勝を競う番組構成やものまね四天王の一世風靡により、『ものまね王座決定戦』が高視聴率を連発して、ものまね番組も不動の人気を獲得し、『ものまね王座決定戦』は年4回放送された。他局のものまね番組の人気剥奪により、『ものまね王座決定戦』が一旦放送を終了し、2000年代からは、『爆笑そっくりものまね紅白歌合戦スペシャル』が年3回放送されるようになる。そして、2012年には12年ぶりに『ものまね王座決定戦』が放送を再開して、『爆笑そっくりものまね紅白歌合戦スペシャル』と並立しながら放送を継続している。また、兄弟番組である『歌がうまい王座決定戦スペシャル』も不定期放送されている。主に、『金曜プレミアム』か『土曜プレミアム』などの単発番組枠で放送されている。
また、複数のお笑いタレントを出演させて本業のお笑い以外のエンターテインメントで優勝を競う『お笑い芸人王座決定戦スペシャル』が2000年代を中心に放送されていた。番組ラインナップは、『お笑い芸人歌がうまい王座決定戦スペシャル』、『お笑い芸人マジック王座決定戦スペシャル』、『お笑い芸人親子で漫才王座決定戦スペシャル』、『お笑い芸人どっきり王座決定戦スペシャル』の4番組が放送されていた。
お色気番組では、日本初のお色気番組といわれる『ピンクムードショウ』が1960年代に放送されて、1990年代では『殿様のフェロモン』が放送されて、お色気番組で異例となる高視聴率を記録して大ヒットをした。
2017年現在、『とんねるずのみなさんのおかげでした』、『めちゃ2イケてるッ!』の2番組をフジテレビを代表する長寿番組としている。どちらの番組も、放送20年以上続いている。
音楽番組
バラエティ同様、第二制作部(旧バラエティ制作センター)が担当。
『Love music』など、音楽番組は現在、主に板谷栄司チーフプロデューサー、三浦淳チーフプロデューサーらが担当している。2014年まではきくち伸チーフプロデューサー率いる音組が音楽番組全般を担当していた。また、50年以上の歴史を誇り日本でレギュラー放送されている全ての週間番組の中で最長寿番組である『MUSIC FAIR』は、石田弘(現在はエグゼクティブプロデューサー役員待遇)が長く担当(2007年-2014年まできくちもチーフプロデューサーとして番組に関与)し、当初よりシオノギ製薬の一社提供番組で、現在も引き続き放送されている。
1968年11月4日、新感覚の歌謡番組と銘打ち『夜のヒットスタジオ』放送開始。幅広い出演者と歌手の素顔を映し出してゆくという番組構成が視聴者に浸透し、格上の音楽番組として後に評価されるようになる。1974年7月、第1回『FNS歌謡祭』放送。初代司会は小川宏と吉永小百合。当初は賞レース番組であったが、1991年の第20回からはコンサート形式の番組に変更され、出演アーティスト同士のコラボレーション(共演)がメインとして継続している。
他のテレビ局に比べてジャニーズ・アイドルを番組で取り上げる事が最も多く、かつてジャニーズ事務所に所属していた郷ひろみを、フジテレビを象徴するタレントとして音楽番組においてメインで起用している。
1990年代には、異例となる史上初の試みでお笑い芸人が司会が務める音楽番組として、ダウンタウンが司会の『HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP』が放送されていた。また、深夜にはKinKi Kidsが司会を務める『LOVE LOVE あいしてる』や『堂本兄弟』が放送されていた。いずれの番組も高視聴率を記録したり、多くのファンを獲得した人気番組へと成長した。
2000年代には、深夜に草彅剛が司会の『僕らの音楽』が2014年まで10年間放送されていた。
また、他局を比較して、大物アーティストを司会者として起用して音楽番組を制作することが多く、過去の例では、小室哲哉が『TK MUSIC CLAMP』、つんく♂が『つんくタウン』、DREAMS COME TRUEが『うれしたのし大好き』、桑田佳祐が『桑田佳祐の音楽寅さん 〜MUSIC TIGER〜』、浜崎あゆみが『ayu ready?』などがあり、主に深夜にレギュラー放送されていた。異色の音楽番組としては、『ボーカロイド歌謡祭』が放送されていた。
さらに、『SMAP×SMAP』の音楽コーナー「S-Live」を筆頭に、『FNS歌謡祭』、『夜のヒットスタジオ』、『HEY!HEY!HEY!』などの音楽番組には、海外アーティストが多数出演している。
マイケル・ジャクソンや尾崎豊など、他局には出演せずフジテレビの番組のみ出演しているアーティストもいるのも同局の特徴の一つである。
フジテレビでは、上記のバラエティ番組や音楽番組の企画がきっかけで、さまざまな音楽ユニットや歌手が誕生している。誕生した音楽ユニット・歌手は、イモ欽トリオ、おニャン子クラブ、バブルガム・ブラザーズ、やまだかつてないWink、H Jungle with t、野猿、浜田雅功と槇原敬之、慎吾ママ、はっぱ隊、くず、Gorie with Jasmine & Joann、Pabo、羞恥心、矢島美容室、悲愴感、舞祭組などがいる。
2016年より、同局では、冬に『FNS歌謡祭』、夏に『FNSうたの夏まつり』、春に『FNSうたの春まつり』の3番組の大型音楽番組が年1回放送されている。
『FNS歌謡祭』は、2015年より、第1夜・第2夜と2回にわたり生放送が行われている。
『FNSうたの夏まつり』は、2016年より、昼から夜まで半日かけて長時間の生放送が行われている。
ドラマ
第一制作部(旧ドラマ制作センター)が制作している。
ドラマを放送している時間帯(以下JST)は月曜午後9時、火曜午後9時、木曜午後10時、土曜11時40分、日曜午後9時の枠(2016年10月より)。
1981年10月、後にスペシャル番組としてシリーズ化される『北の国から』がスタート。脚本は倉本聰、主演は田中邦衛。1987年4月、1981年4月より続いた萩本欽一による『欽ドン!』シリーズに代わって、新たにドラマ枠(通称:"月9")を新設。『アナウンサーぷっつん物語』を最初に、『ラジオびんびん物語』、『東京ラブストーリー』、『101回目のプロポーズ』、『ロングバケーション』などの大ヒット作を生み出し、業界ドラマやトレンディードラマブームの火付け役となる。それに伴い、“月9”はドラマ業界の伝説の枠と称されている。2017年4月には、“月9”が枠設立から30周年を迎えた。2003年10月、フジテレビ開局45周年記念番組として、1978年に田宮二郎と山本學の主演で放送された社会派ドラマ『白い巨塔』のリメイク版(唐沢寿明・江口洋介主演)を半年間(2クール)にわたり放送。その他、『HERO』、『ナースのお仕事』、『僕の生きる道』、『西遊記』、『マルモのおきて』などといった作品が大ヒットしている。
連続ドラマやスペシャル番組に留まらず、『世にも奇妙な物語』や『ほんとにあった怖い話』といったオムニバステレビドラマも不定期放送されている。
また、『お台場探偵羞恥心 ヘキサゴン殺人事件』や『ふなっしー探偵』などといった単発の異色のドラマ作品も放送されている。
アニメーション
日本初の本格的なテレビアニメ『鉄腕アトム』など虫プロダクション製作の作品、『世界名作劇場』やタツノコプロ製作の作品、週刊少年ジャンプ公式で初のアニメ化作品とされてる『紅三四郎』に始まって『ドラゴンボール』・『ドラゴンボールZ』・『ドラゴンボールGT』・『ドラゴンボール改』・『ドラゴンボール超』といったドラゴンボールシリーズや『ONE PIECE』のような世界に誇るジャンプの漫画原作作品、「世界で最も長く放映されているテレビアニメ番組」としてギネス世界記録[45]になってる『サザエさん』、『あしたのジョー』、『マジンガーZ』、『ゲゲゲの鬼太郎』、『フランダースの犬』、『アルプスの少女ハイジ』、『うる星やつら』、『タッチ』、『銀河鉄道999』、『北斗の拳』、『Dr.スランプ アラレちゃん』・『ドクタースランプ』といったDr.スランプシリーズ、『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』、『GTO』などの人気アニメ番組を数多く放送するなど、かつてフジテレビは民放一のアニメ局であり、現在でもアニメ番組では数多くの人気作品を放送している。
しかし1997年以降、同局の看板作品である『世界名作劇場』の終了や、テレビ東京や独立局(UHFアニメ)でのアニメ本数の増加、ポケモンショック、少子化、裏番組などで次第に地位が低下し、2001年には平日枠(深夜枠以外)のアニメ番組が消滅した。また、民放一のアニメ局の地位をテレビ東京(TXN)に奪われた。このはるか前、1980年代まではタツノコプロ(現在は日本テレビとタカラトミーの子会社)との関係が深かったが1983年の『イタダキマン』の不振がきっかけとなって関係が縮小していき、1985年の『炎のアルペンローゼ ジュディ&ランディ』を最後に約25年間タツノコ作品の放送が途絶えていた。2004年には『こちら葛飾区亀有公園前派出所』が終了、『ONE PIECE』も2006年10月より日曜日午前9時半(ローカルセールス枠)からの放送になった事により、ゴールデンタイム・プライムタイム枠のアニメ番組は消滅した。
また、アナログ放送では2008年12月以降の放送中のアニメ放送を全てレターボックス形式に変更した(ただし『サザエさん』のみ2009年1月から)。また、バラエティ枠も深夜帯はレターボックス放送になっている。プライムタイム枠では16:9で放送されている番組が増えてきた。
1970年代から1980年代まで、フジテレビの全ての曜日の19時台が30分ずつの2番組のアニメ枠だった。
フジテレビ制作のアニメは、東映アニメーション・日本アニメーション・ぴえろ・エイケンなどとの関係や縁が深い。
2002年 - 2003年にかけて番組数が比較的多かったが、当時地上デジタルテレビ放送の準備による放送機器メンテナンスが相次ぎ放送スケジュールが不安定になり、それに伴う地上波放送の打ち切り・枠廃止も相次いだことから視聴者や制作会社から不満の声が高まり、その影響で関東地区では独立U局でのネットに切り替える作品が相次ぎ(その名残でしばらくの間、関西・中京圏では従来通り、系列局の関西テレビおよび東海テレビでの放送作品枠が1本存在した)、2004年10月に全ての枠が一旦廃止となった。
2005年4月14日から『ノイタミナ』枠でスタートした『ハチミツとクローバー』(木曜深夜0:35 - 1:05)で復活する事になり、2015年3月までは『ノイタミナ』枠2本を放送する。
尚、同局の連動データ放送は2013年6月より海外制作アニメ『チャギントン』で初めて実施(フジテレビのみ)。2014年8月より国内制作アニメ『ちびまる子ちゃん』で初めて実施。これにより関東キー局全てで連動データ放送実施の実績を持つこととなった。
年に数回、ドラゴンボールシリーズや『ONE PIECE』などのアニメのスペシャル番組や映画作品が、『金曜プレミアム』か『土曜プレミアム』などの単発番組枠で放送されている。
子供向け番組
かつて「母と子のフジテレビ」をキャッチフレーズとしていた通り、子供向け番組には黎明期から力を入れていた。主に、『ママとあそぼう!ピンポンパン』や『ひらけ!ポンキッキ』→『ポンキッキーズ』などを制作し、両番組とも長年に渡り高い支持を得てきた。
1966年10月3日、子供向けバラエティ番組『ママとあそぼう!ピンポンパン』放送開始。初代お姉さん役は渡辺直子アナウンサー。以来、若手の女子アナがお姉さん役を務め、アイドルアナウンサーの登竜門でもあった。1973年4月2日、子供向け幼児教育番組『ひらけ!ポンキッキ』放送開始。しかし、少子化や裏番組などの影響から視聴率が低迷するようになり、1994年春・1999年春各改編で平日朝の子供向け番組放送枠が消滅、2007年3月の『ポンキッキ』終了とともに、地上波でのレギュラー子供向け番組は消滅している。現在、関連会社のフジテレビKIDSがBSフジで『beポンキッキーズ』や『We Can☆47』などを制作している。
中継番組
野球・サッカー・バレーボール・ゴルフ・競馬・柔道・ボクシングなど、各スポーツ中継番組も充実している。尚、2002年6月9日に生中継された『2002 FIFAワールドカップ 日本×ロシア』では、民放歴代最高視聴率となる66.1%を獲得している。
また、2009年より実施されている『AKB48 シングル選抜総選挙』が、2012年からフジテレビで特別番組として毎年6月中旬頃に生中継されている。
長時間番組
1987年より、毎年1回、7月下旬の土曜日の夜から翌日の日曜日の夜まで丸1日通して、『FNS27時間テレビ』が放送されている。歴代総合司会者は、タモリ、明石家さんま、ビートたけし、島田紳助、ダウンタウン、SMAP、ナインティナインなど。2016年で、放送30回目を迎えた。2017年から、放送時期が9月へ変更される。
BS番組
2011年より放送開始した『東北魂TV』が、番組だけではなく復興ライブイベント・DVDなどの幅広い場で活動して好評であり、2007年より放送開始した『所さんの世田谷ベース』もBS番組では珍しい長寿番組であり、現在も放送が続いてる。
CS番組
2003年より、CSフジテレビでは代表格となるゲームバラエティ番組『ゲームセンターCX』が放送されている。日本国内のみならず海外でも人気や知名度を獲得したり、数多くのゲームメーカーからも好評や支持されている。現在も10年以上放送が続いている。また、麻雀バラエティ番組『THEわれめDEポン』も20年以上続いており、著名人を中心に高い評価を受けている。
スタジオ
臨海副都心
台場・FCGビル(フジテレビ本社ビル)
青海・フジテレビ湾岸スタジオ
その他
- スタジオアルタ(新宿区)
- ダイビル所有の貸スタジオ。フジテレビは『森田一義アワー 笑っていいとも!』(『笑っていいとも!増刊号』)収録のために借りていた。
- 大手町取材センター(千代田区大手町)
- 国会記者会館(千代田区永田町)
- 政治ニュースの取材拠点であり、会館の周辺には首相官邸などの重要施設が集中している。オフィス内に中継用の簡易スタジオがある。
- 東証アローズ(中央区日本橋兜町東京証券取引所 東証アローズ・メディアセンター内)
- 東証アローズの一角にあるメディアセンター内に設けられたミニスタジオで、フジテレビ専用ブースから中継ができる。市場を管理しているマーケットセンターのグラスシリンダー部全体が見渡せるようになっている。
かつて存在したスタジオ
新宿支局(フジテレビ第一別館)(新宿区市谷仲之町)
- 本社が台場という埋立地にあることによるアクセスの特殊性を考慮し、旧本社敷地付近にある第一別館に報道の取材拠点を設置し、簡易スタジオの常設他、中継車も常駐していた。建物は河田町本社時代のものをそのまま使用しており、通り沿いにある看板も「フジテレビ第一別館」のままであった。2009年、同支局の廃止に伴い建物は解体され、跡地はマンションになる。同支局の閉鎖で、フジテレビを含むフジサンケイグループの企業は河田町エリアから完全撤退となった。
新宿・河田町本社(フジテレビ旧本社ビル)(新宿区河田町)
- 1959年3月1日の開局時から1997年3月9日までフジテレビの本社であった。局舎はメインビル、タワービル、グランドスタジオの3つの建物があり、メインビルとグランドスタジオは地下1階地上4階建て、タワービル棟は地下2階地上13階建てで、敷地入口には各々へのルートを示す看板が設置されていた。
- 南側玄関口に設置された電波をイメージするモニュメントは野外ロケや情報番組のオープニングや天気予報中継などで見られ、東京女子医大病院側の通りには通称「凱旋門」と称される正門があり、本社側位置に多数の8マークロゴのオブジェ、メインビル入口に大きな壁画などが装飾されていた。
- 1959年開局時点はメインビル棟を含む第1〜第5スタジオが、1968年2月にはグランドスタジオ棟を含む第6スタジオとメインビル棟の第7・第10スタジオ、その後に凱旋門周辺が完成し開局10周年の1969年には第9スタジオを含むタワービルが完成した。
- メインビル前に社員向用有料駐車場や車庫があり、これを「満車」表示にして『FNS27時間テレビ』にビッグ3が車庫入れする放送がなされた。また、メインビル棟、グランドスタジオ棟の裏側からは商店街へとつながる階段があった。(現在でも残っている。)
- 『FNNスーパータイム』など、ごく一部の報道・情報番組では当時の正式な住所であった「〒162(-91→-88) 東京都新宿区河田町3丁目1番」でアナウンスすることがあったものの、ほとんどの番組においてのあて先は「〒162(-91→-88) 東京都(新宿区)牛込(郵便)局区内」として紹介されていた[注 24]
スタジオ一覧
スタジオは各フロアとも低層部に設置され、その上に副調整室というスタイルとなっていた。
- 第1スタジオ - メインビル棟1Fに設置(120坪)
- 第2スタジオ - メインビル棟1Fに設置(120坪)
- 『オレたちひょうきん族』や『うれしたのし大好き』、『一人ごっつ』、『そっとテロリスト』、『モーニングLIVE』、『ジョーダンじゃない!?』、『ドリフ大爆笑』(コント収録)などで使用。
- 第3スタジオ - メインビル棟1Fに設置(120坪)
- 『夕焼けニャンニャン』や『オレたちひょうきん族』、『志村けんのだいじょうぶだぁ』、『ダウンタウンのごっつええ感じ』などで使用。
- 第4スタジオ - メインビル棟1Fに設置(120坪)
- 『オールナイトフジ』や『なるほどザワールド』、『オレたちひょうきん族』、『所さんのただものではない!』、『志村けんのだいじょうぶだぁ』、『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』などで使用。
- 『夜のヒットスタジオ』において、別スタジオ披露やスタジオライブ(4スタライブ)において使用。
- 第5スタジオ - メインビル棟1Fに設置(79坪)
- 『たまにはキンゴロー』などで使用。
- 開局当時は第5スタジオまでがまず稼働し、その後増築で第6、7、10、9と増えていく。なお、第5スタジオはタワービル完成とそれに伴う第9スタジオ稼働までの間、報道スタジオとして使われていたという。
- 第6スタジオ - グランドスタジオ棟1Fに設置(250坪)
- 河田町本社では一番広いスタジオで、『夜のヒットスタジオ』や『ドリフ大爆笑』、『とんねるずのみなさんのおかげです』、『ダウンタウンのごっつええ感じ』、『料理の鉄人』、特別番組(『新春かくし芸大会』や『FNSスーパースペシャル 一億人のテレビ夢列島』ほか)などで使用。
- 第7スタジオ - メインビル棟1Fに設置(120坪)
- 1984年以降、『FNNスーパータイム』の放送開始に伴い第7スタジオと第9スタジオでフロアを入れ替え[46]、それ以降報道用スタジオとして、1997年の台場移転まで続けられた。
- 初期の『めざましテレビ』も、このスタジオから放送されていた。
- 第9スタジオ - タワービル棟1Fに設置(76坪)
- 1984年までは報道用スタジオ、1988年からは『プロ野球ニュース』のスタジオ。
- 第10スタジオ - メインビル棟1Fに設置(120坪)
- 『おはようナイスデイ』や『3時のあなた』、『タイム3』などのワイドショーや『いきなり!フライデーナイト』などで使用。
- Aスタジオ - メインビル棟1Fに設置
- Bスタジオ - メインビル棟1Fに設置
- Cスタジオ - メインビル棟2Fに設置
なお第二期の増設工事では第8スタジオも設置される計画があった。
送信所
主な中継局
- 東京都
- 新島 - 21ch
- 伊豆大島 - 37ch
- 八丈 - 34ch
- 青梅沢井 - 21ch
- 八王子 - 21ch
- 新島本村 - 21ch
- 八王子上恩方 - 37ch
- 鶴川 - 37ch
- 小仏城山 - 41ch
- 茨城県
- 水戸 - 19ch
- 日立 - 19ch
- 十王 - 35ch
- 山方 - 21ch
- 常陸鹿島 - 21ch
- 日立神峰 - 21ch
- 竜神平 - 21ch
- 北茨城 - 19ch
- 奥久慈男体 - 21ch
- 大子 - 19ch
- 里美 - 19ch
- 御前山 - 21ch
- 水府 - 19ch
- 笠間 - 35ch
- 岩瀬 - 21ch
- 那珂湊 - 21ch
- 栃木県
- 宇都宮 - 35ch
- 矢板 - 31ch
- 足利 - 21ch
- 今市 - 21ch
- 馬頭 - 21ch
- 日光清滝 - 40ch
- 鹿沼 - 19ch
- 足尾 - 41ch
- 那須伊王野 - 21ch
- 日光広久保 - 19ch
- 黒羽中野内 - 21ch
- 烏山神長 - 21ch
- 南那須志鳥 - 21ch
- 黒羽川上 - 40ch
- 群馬県
- 前橋 - 42ch
- 沼田 - 21ch
- 利根 - 21ch
- 吾妻 - 21ch
- 下仁田 - 21ch
- 桐生 - 21ch
- 草津 - 29ch
- 片品 - 16ch
- 川場 - 21ch
- 沼田発知 - 15ch
- 桐生梅田 - 38ch
- 嬬恋田代 - 32ch
- 沼田沼須 - 44ch
- 倉渕 - 29ch
- 妙義 - 29ch
- 横川 - 21ch
- 嬬恋干俣 - 32ch
- 片品東小川 - 21ch
- 子持小川原 - 16ch
- 利根大原 - 21ch
- 白沢 - 41ch
- 松井田上増田 - 16ch
- 埼玉県
- 秩父 - 21ch
- 小鹿野 - 51ch
- 児玉 - 21ch
- 鬼石 - 31ch
- 秩父定峰 - 51ch
- 秩父栃谷 - 51ch
- 風布- 21ch
- 飯能上赤工 - 42ch
- 横瀬根古谷 - 42ch
- 飯能原市場 - 42ch
- 千葉県
- 銚子 - 21ch
- 東金 - 21ch
- 大多喜 - 21ch
- 君津 - 21ch
- 長南 - 19ch
- 市原加茂 - 35ch
- 勝浦 - 21ch
- 館山 - 21ch
- 小見川 - 21ch
- 佐原 - 21ch
- 下総光 - 21ch
- 丸山 - 35ch
- 勝浦総野 - 35ch
- 鴨川 - 38ch
- 神奈川県
- 平塚 - 21ch
- 小田原 - 38ch
- 南足柄 - 38ch
- 湯河原 - 38ch
- 愛川 - 48ch
- 箱根湯本 - 38ch
- 横須賀武 - 38ch
- 相模湖 - 21ch
- 仙石原 - 37ch
- 山北 - 21ch
- 津久井 - 38ch
- 久里浜 - 38ch
- 逗子 - 38ch
- 秦野 - 38ch
- 横須賀鴨居 - 38ch
- 湯の沢 - 16ch
- 笹下 - 21ch
- 釜利谷 - 35ch
- 秦野菩提 - 37ch
- 中井 - 38ch
- 戸塚 - 21ch
- 鎌倉 - 38ch
- 衣笠 - 38ch
- 大船 - 38ch
- 箱根強羅 - 37ch
- 小田原東 - 37ch
- みなとみらい - 48ch
- 藤野 - 38ch
アナログ放送概要
2011年7月24日廃局。
2010年6月までは放送区域は、本来は沖縄県の放送対象地域である大東諸島が含まれたが、セーフティネット導入に伴いそちらへ移行した。これは系列局の沖縄テレビが、大東諸島に中継局を設けていなかったため。沖縄県内他局も同様。
- コールサイン:JOCX-TV
- チャンネル:8ch(東京)
- フジテレビ系列では本局と関西テレビ放送・沖縄テレビ放送が親局に8チャンネルを使用していた。
- 映像出力:50 kW
- 音声出力:12.5 kW
- 放送機器はマスター室が東芝製なのに対して東京タワー送信所はNEC製だった。
- 主な中継局
- 東京都
- 八王子 - 31ch
- 多摩 - 55ch
- 新島 - 58ch
- 父島 - 57ch
- 母島 - 58ch
- 大井町※ - 74ch
- 茨城県
- 水戸 - 38ch
- 日立 - 58ch
- 常陸鹿嶋 - 41ch
- 栃木県
- 宇都宮 - 57ch
- 群馬県
- 前橋 - 58ch
- 桐生 - 35ch
- 利根 - 57ch
- 埼玉県
- 秩父 - 29ch
- 児玉 - 57ch
- 千葉県
- 銚子 - 57ch
- 成田 - 57ch
- 館山 - 58ch
- 神奈川県
- 横浜みなと - 58ch
- 横須賀久里浜 - 37ch
- 平塚 - 39ch
- 小田原 - 58ch
- 山下町※ - 75ch
- 沖縄県
- 北大東 - 46ch
- 南大東 - 58ch
全96中継局
区域外再放送
関東広域圏と隣接し、かつ系列局がない山梨県のCATV事業者に限り、デジタル放送移行後も期限を定めず区域外再放送を認めている。山梨県のCATV・共聴設備加入率は9割を超えているため、山梨県も事実上の視聴エリアとなっている。
- 上野原ブロードバンドコミュニケーションズ
- 河口湖有線テレビ放送(ケーブルテレビ河口湖)
- 北富士有線テレビ放送
- 峡西シーエーテーブイ
- 峡東ケーブルネット(峡東CATV)
- ケーブルネットワーク大月
- 白根ケーブルネットワーク(白根CATV)
- 日本ネットワークサービス(NNS)
- 富士川シーエーティーヴィ
- CATV富士五湖
- 北杜市有線テレビ放送施設(北杜市ケーブルテレビ)
- 山梨CATV
長野県・静岡県の各一部地域のCATV事業者は各県に系列局はあるものの激変緩和措置として、区域外再放送をアナログ放送終了後3年間(2014年7月24日まで)を限度として実施していた。 緩和措置の期間満了後は個別協議により次の通り継続実施した。
静岡県
- 2014年9月30日まで
- 伊豆急ケーブルネットワーク(東伊豆地区)
- 東伊豆有線テレビ放送
- 下田有線テレビ放送
- 小林テレビ設備
- 2015年3月31日まで
- 伊豆急ケーブルネットワーク(熱海、伊東地区)
- 東豆有線
- 伊東テレビクラブ
情報カメラ設置ポイント
現在
過去
キャッチフレーズ
- 明るい家庭に楽しいテレビ(1959年開局時)
- 母と子どものフジテレビ(1960年頃)
- 春のチャンネルプラザ(1979年春)
- 青春は8ビート 燃える秋のフジテレビ(1979年秋)
- 80年代は8チャンネル(1980年1月)
- がんばれテレビ党(1980年夏)
- 思わず笑顔 秋のフジテレビ(1980年秋)
- 出会いさわやか(1981年1月)
- テレビカルサマー8チャンネル(1981年夏)
- ルンルン のってるおもしろさ(1982年夏)
- 国民的なおもしろさ(1982年秋)
- この春も おもしろ王国フジテレビ(1983年春)[注 25]
- この夏は 面白い〜ともフジテレビ(1983年夏)
- この秋おもしろロマンフジテレビ(1983年秋)
- 暮れもお正月もおもしろロマンフジテレビ(1984年年末年始)
- 軽チャーっぽい。春の8チャンネル(1984年春)
- イマジニアっぽい人、好き。秋のフジテレビ(1984年秋)
- 気分は○遊(マルユー)心は○知(マルチ)春の8チャンネル(1985年春)
- しなやか思想 秋のフジテレビ(1985年秋)
- しなやか盛り春のフジテレビ(1986年春)[注 26]
- ニャンと、しなやか。夏休みもフジテレビ(1986年夏)[注 27]
- 8チャンネルはテレビの冒険王です(1986年秋)
- 夢咲案内人。春のフジテレビ。(1987年春)[注 28]
- 夢さわぎの夏 フジテレビ(1987年夏)[注 29]
- スーパーTV宣言フジテレビ(1987年秋 - 1988年春)
- テレビを超えたときテレビが面白くなる(1987年秋)
- 年の瀬や テレビに飽きたらフジテレビ(1987年暮)
- 初春や テレビに飽きたらフジテレビ(1988年1月)
- ここはヤルネ!フジテレビがやらなくて誰がやる(1988年1月)
- フジテレビを見なくても生きては行ける。面白おこしで30年(1988年春)[注 30]
- フジテレビばかり見てると、ウマになるよ。(1988年夏)
- 誠に勝手ながら8月8日はフジテレビの日とさせていただきます(1988年夏)
- 夢じょうず 秋のフジテレビ(1988年秋)
- お世話になったあの人に、フジテレビ。(1988年末)
- 不意のお客様に、フジテレビ。(1989年1月)
- フジテレビ年とらない(1989年3月、開局30周年)
- 4月からのフジテレビに気をつけよう。(1989年春改編)
- できればフジテレビみたいにくらしたい(1989年春)
- テレビの国のおひめサマー。こっち向いて、夏のフジテレビ(1989年夏)
- おしぼり一本。フジテレビ(1989年夏)
- なんか、変化。(1989年後期)
- ゆく変化、くる変化。(1989年末)
- 変化新年。(1990年1月)
- それ、世の中、動かしてますか。(1990年前期)
- フジテレビがLOVEと言い始めた(1990年後期)
- 新しいルールとご一緒しませんか(1991年)
- みんな、そろそろ、ホントのことを。(1992年前期)
- 「哲学」(1992年後期)
- サービスとは何でしょうか?(1993年)
- フジテレビ工事中。(1993年秋)
- テレビって、[ ]。(1994年前期)[注 31]
- PUSH(1994年後期)
- フジテレビが、いるよ。(1995年)
- 歌えフジテレビの歌(1996年)
- お台場ちゃんねるフジテレビ(1997年)
- また、お会いしましたね(1997年)
- LAUGH AT ME 私を笑え。 new entertainment co. フジテレビ(1998年)
- マジ?フジ(1999年)
- フジテレビギン(2000年)
- ガッチャ!フジテレビ!(2001年)
- きっかけは、フジテレビ(2002年 - 2005年、2008年)
- 一部の系列局では「きっかけは、○○(局名)」として使用。
- ちょっぴりハッピー→ちょぴハピ きっかけは、フジテレビ(2006年)
- HAVE YOUR MEASURE きっかけは、フジテレビ(2007年)
- 50ッス!!!!!(2009年、開局50周年限定)
- 生みます。(2010年秋)
- ミトカナイトフジ!(2011年春)
- 系列局では「ミトカナイト!」として使用。
- ピカる★フジテレビ(2012年春)
- ドラマ×バラエティフェスティバル ドバドバ!フジテレビ(2012年夏)
- モテる☆フジテレビ(2012年秋)
- フジテレビの定義(2012年秋)
- フジテレビとは、____________である。(2013年)
- 5539(ゴーゴーサンキュー)55年目、目の色 変えます。フジテレビ(2013年、開局55周年)
- ヘンシン!新型フジテレビ(2014年春)
- 今日よりちょっといい明日。プラス フジテレビ(2014年秋)
- LIFE !S LIVE(2015年春)
- ふふふっ。LIVE! フジテレビ(2015年秋)
- PLAY!(2016年春)
- フジテレbe with you.(2016年秋 - 2017年春)
- reboot(2017年秋)
コーポレート・スローガン
- 母と子のフジテレビ( - 1980年)
- 楽しくなければテレビじゃない(1981年 - )
- ・夢・を・つ・く・る・(1986年 - )
オープニング・クロージング
オープニング
- 初代:富士山(1959年3月1日(開局)-1969年)
- 二代目:富士山〜局舎(1970年-1976年)※ここからカラー化
- 三代目:富士山(1976年-1978年3月、BGMはドビュッシーの「夢」)
- 四代目:愛のメッセージ(1978年4月-1981年3月)
- 五代目:I・愛・eye(1981年4月-1986年3月)
- 六代目:目玉マーク紹介 - ナレーション:逸見政孝(1986年4月-1986年8月)
- 七代目:目玉タウン(1986年9月-2001年10月)BGMの作曲は有澤孝紀。
- 八代目:未来のお台場バージョン - ナレーション:近藤雄介(2001年10月-2003年11月)
- 九代目:未来のお台場バージョン・その2 - ナレーション:向坂樹興(2003年12月-)
- ※基本的には六代目と同じだが、一部シーンが短縮されている。また、最後のコールサイン部分から出力、周波数の表示が消えた。
クロージング
- 初代:富士山(1959年3月1日(開局)-1969年)
- 二代目:局舎〜宇宙(1970年-1976年)※ここからカラー化
- ※第1-2代目は最終番組終了後、「子供を交通事故から守ろう」「吸い殻のポイ捨てはやめましょう」といった、公共広告的な一枚絵(フリップ)が放送されていた。
- 三代目:富士山と夜景(1976年-1978年3月、BGMはドビュッシーの「夢」)
- 四代目:愛のメッセージ(1978年4月-1984年3月)めざましテレビの放送開始の1978年3月に放送開始した。
- 五代目:I・愛・eye(1979年4月-1986年3月)
- 六代目:目玉マーク紹介 - ナレーション:逸見政孝(1986年4月-1986年8月)
- 七代目:目玉タウン(1986年9月-2001年10月)
- ※この第3-7代目途中(1987年頃まで)の頃まで、最終番組終了後、夜空をイメージしたイラストと「本日の放送を終了いたします。」との一枚絵(フリップ)を最初に写してから局舎の写真を使ったコールサイン→クロージングとしていた。第7代途中(1987年秋ごろ以後)は、フジテレビの社屋、ないしは局舎内の映像を写しながら「放送開始まで、しばらくお休みさせていただきます。」との字幕があった。
- ※また、新社屋での放送開始前日である、1997年3月9日ではクロージングの前に開局から河田町社屋移転までの歴史をプレイバックする2分間の特別版を放映した。
- 八代目:未来のお台場(オープニングと同じフルバージョンまたはラスト5秒のみのいずれか) - ナレーション:近藤雄介(2001年10月-2003年11月)
- 放送機器点検などのときは、クロージングの前または後に55秒間告知のフリップがアナウンスやBGM無しで流される。メンテナンスの日は、未来のお台場ラスト5秒だけが流れる。
- 九代目:未来のお台場バージョン・その2 - ナレーション:向坂樹興(2003年12月-)
- 放送機器点検などのときのフリップやメンテナンスの日は、未来のお台場ラスト5秒だけなのは同じ。その後フジテレビのイメージキャラクターの「ラフくん」が持つカンペに、「放送機器の管理・保守工事のため、この後放送を休止いたします。ご了承ください。放送は午前(放送開始時刻)時の「(放送開始直後の番組名)」から再開致します。」と表示された静止画がしばらく放映され、カラーバーを流して停波となる。
備考
2001年10月まではオープニング&クロージング映像(以下、放送開始/終了映像)の前に局名・呼出符号・周波数・出力(空中線電力)の読み上げ(副音声では音声多重放送の呼出符号「JOCX-TAM」・音声周波数・音声出力を読み上げ)があったが、2001年10月から放送開始/終了映像に局名・呼出符号・周波数・出力(空中線電力)が表示されるのみとなった。
また、2003年12月からの放送開始/終了映像では、呼出符号と局名(しかも、通称の「フジテレビ」だけ)の表示となった。一方、デジタル放送は正式な呼出名称の「フジデジタルテレビジョン」で表示・アナウンスされる。
テレビの天気ループ
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現在の番組
- めざましテレビ アクア
- めざましテレビ
- めざましどようび
- 情報プレゼンター とくダネ!
- ノンストップ!
- FNNスピーク
- みんなのニュース
テレビ放送以外
映画事業局
フジテレビは、放送事業者であると同時に日本最大級の映画製作集団であり、映画事業局(2004年2月19日時点のアーカイブ)が映画製作とテレビでの映画放送を行っている。
映画事業局は、劇場用映画を製作する「映画制作部」と、『土曜プレミアム』などテレビ等で放送する映画放映権の獲得交渉・宣伝を行う「映画調整部」の2セクションに分かれる。規模で言えば、既存の映画製作会社を凌ぎ日本でも最大級である。製作する映画のほとんどは映画制作部が主体となる。映画事業局は、同局々長である石原隆を中心に、関口大輔や臼井裕詞などの映画プロデューサーが所属。彼らが中心となり、企画から制作・配給契約・宣伝・DVD化・テレビ放送・海外セールスまでを同局が一括して管理している。配給は東宝系列で行われる例が多い。
『踊る大捜査線』をはじめとして高い興行収入が見込める作品は、通常の番組への映画キャストの出演や関連特集番組の放送など、通常の番組を徹底して映画の宣伝に利用し、ドラマの視聴者を映画館に誘導して高い興行収入に結びつけるビジネスモデルを開拓。2000年代に多くのテレビ局映画を産む契機ともなった。
現在、フジテレビは同局が中心となり、株式会社GDH(アニメーション制作会社であるGONZOの持株会社)の株を第三者割当により10%取得して資本関係を結び、アニメ映画の共同製作(第一作は宮部みゆき原作、2006年夏公開の『ブレイブ・ストーリー』)を行っている。その一方で、『攻殻機動隊』シリーズで名高いアニメーションおよびCG制作スタジオProduction I.Gと共同で、有限責任事業組合フジ・IG・ラボ・フォー・ムービーズ(FILM。現 FILM有限責任事業組合)を設立。同組合専用のデジタルスタジオ「FIX STUDIO」を立ち上げ、同スタジオと米国の音楽制作プロダクションスカイウォーカー・サウンドのスタジオ間に専用の大容量ネットワーク回線「スカイ・リンク」を敷設し、日米で同時並行作業が可能な体制を整えるなど、劇場用実写・アニメーション映画の製作力向上に対して積極的な姿勢を取っている。
なお、2008年4月よりフジテレビ製作の映画はWOWOWが先行放映している。
フジテレビ製作映画
1969年
1971年
1982年
1983年
- フジサンケイグループの総力を挙げた宣伝とメディアミックスが行われた。フジテレビの番組に俳優や犬が次々と出演、バラエティ番組で連日取り上げるなど、フジテレビとニッポン放送で大々的なキャンペーンが行われ、公共の電波の私物化であるとの批判も起こった[47]。
1984年
1985年
1986年
1987年
1988年
1989年
1990年
1991年
1992年
1993年
1994年
1995年
1996年
1997年
1998年
1999年
2000年
2001年
2002年
2003年
2004年
2005年
2006年
2007年
2008年
2009年
- 華鬼
- 誰も守ってくれない
- ヘブンズ・ドア
- ホノカアボーイ
- BABY BABY BABY! -ベイビィ ベイビィ ベイビィ-
- 劒岳 点の記
- アマルフィ 女神の報酬
- ホッタラケの島 〜遥と魔法の鏡〜
- TAJOMARU
- ヴィヨンの妻 〜桜桃とタンポポ〜
- サイドウェイズ
- SOUL RED 松田優作
- 曲がれ!スプーン
- のだめカンタービレ 最終楽章 前編
- 東のエデン 劇場版I The King of Eden
2010年
- 踊る大捜査線 THE MOVIE3 ヤツらを解放せよ!
- THE LAST MESSAGE 海猿
- 矢島美容室 THE MOVIE 〜夢をつかまネバダ〜
- 座頭市 THE LAST
- サヨナライツカ
- シュアリー・サムデイ
- 東のエデン 劇場版II Paradise Lost
- LIAR GAME ザ・ファイナルステージ
- のだめカンタービレ 最終楽章 後編
- クロサワ映画
- SP THE MOTION PICTURE
- ノルウェイの森
2011年
- ダンシング・チャップリン
- 豆富小僧
- 僕と妻の1778の物語
- プリンセス・トヨトミ
- アンダルシア 女神の報復
- ロック 〜わんこの島〜
- 私たちの時代
- アンフェア the answer
- ステキな金縛り
- UN-GO episode:0 因果論
- クロサワ映画2011〜笑いにできない恋がある〜
2012年
- ロボジー
- ウタヒメ 彼女たちのスモーク・オン・ザ・ウォーター
- LIAR GAME -再生-
- テルマエ・ロマエ
- BRAVE HEARTS 海猿
- 踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望
- 終の信託
- 任侠ヘルパー
2013年
- ストロベリーナイト
- 遺体 明日への十日間
- 桜、ふたたびの加奈子
- ドラゴンボールZ 神と神
- 中学生円山
- 真夏の方程式
- 映画 謎解きはディナーのあとで
- 劇場版 あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。
- そして父になる
- 清須会議
- カノジョは嘘を愛しすぎてる
2014年
2015年
- PSYCHO-PASS サイコパス
- テラスハウス クロージング・ドア
- 幕が上がる
- 暗殺教室
- エイプリルフールズ
- 脳内ポイズンベリー
- ドラゴンボールZ 復活の「F」
- 海街diary
- HERO
- アンフェア the end
- 心が叫びたがってるんだ。
- ギャラクシー街道
2016年
2017年
- 本能寺ホテル
- サバイバルファミリー
- ひるなかの流星
- 帝一の國
- 昼顔
- 心が叫びたがってるんだ。
- 三度目の殺人
- ミックス。
2018年
シリーズ物(2001年 - )
事業部
イベント
イベントは事業部が主催している。
総合イベント
- 国際スポーツフェア(1983年 - 1992年、毎年4月29日 - 5月5日、国立代々木競技場)
- 夢工場[要曖昧さ回避](1987年 - 1988年、東京国際見本市会場・河田町駐車場ほか)
- LIVE UFO(1993年-1995年、毎年4月 - 5月、国立代々木競技場とその周辺)
- LIVE WORKS(1996年4月27日 - 5月6日、国立代々木競技場、渋谷ほか)
- お台場Do Donpa!(1997年7月19日 - 8月8日、お台場フジテレビ本社、ホテル日航東京など)
- KISS ME ODAIBA(1997年 - 2003年、12月 - 1月、お台場フジテレビ本社、ホテル日航東京など)
- フランスまつり(1998年4月29日 - 5月6日、お台場フジテレビ本社、ホテル日航東京など)
- P-kiesワンダーランド(1998年7月18日 - 8月31日、青海Q区画(現:ダイバーシティ東京所在地)、お台場フジテレビ本社)
- BANG×PARK(1999年7月20日 - 8月29日、お台場フジテレビ本社、ホテル・グランパシフィック・メリディアン)
- お台場どっと混む! 〜o-daiba.com〜(2000年 - 2002年、7月中旬 - 9月初旬、お台場フジテレビ本社、ホテル日航東京など)
- お台場冒険王(2003年 - 2008年、毎年7月-8月、青海Q区画、お台場フジテレビ本社、ホテル日航東京など)
- 東京国際コメディフェスティバル(2003年4月 - 5月、2004年4月 - 5月)
- HOT☆FANTASY ODAIBA(2004年 - 2008年、毎年12月中旬 - 1月上旬、お台場フジテレビ本社)
- お台場学園〜文化祭〜(2005年 - 2008年、毎年4月末 - 5月上旬、お台場フジテレビ本社)
- お台場オトナPARK 〜素敵なオトナの3DAYS〜(2007年 - 2009年 、毎年11月連休、お台場フジテレビ本社)
- お台場合衆国 〜フジがやらねば誰がやる〜(2009年 - 2013年 、7月 - 8月、青海P区画、お台場フジテレビ本社など)
- お台場ラーメンPARK(2009年12月12日 - 2010年4月18日、お台場フジテレビ本社1階広場)
- お台場新大陸(2014年7月19日 - 8月31日、お台場フジテレビ本社など)
- お台場夢大陸 〜ドリームメガナツマツリ〜(2015年7月18日 - 8月31日、お台場フジテレビ本社など)
- お台場みんなの夢大陸(2016年7月16日 - 8月31日、お台場フジテレビ本社など)
- このほか、河田町時代には毎年8月8日"フジテレビの日"に河田町本社の一部と駐車場を会場に『フジテレビまつり』が開催されていた。内容は本社内部見学ツアーや、駐車場に当時の番組のブースが設けられ物販が販売されたり、駐車場の仮設ステージ上で所属アナウンサー進行によるクイズ大会や、若手芸人・タレントが参加してのステージなど。なおこの日は、本社地下のレストランで一般の人でも食事をすることができた。
シルク・ドゥ・ソレイユ日本公演
1992年より、FNS系列局との共催によって行われている。東京・原宿のビッグトップをはじめ、全国の各都市で開催されている。
- ファシナシオン(1992年)
- サルティンバンコ(1994年)
- サルティンバンコ2000(2000年 - 2001年)
- アレグリア(1996年)
- アレグリア2(2004年 - 2005年)
- キダム(2003年)
- コルテオ(2009年 - 2010年)
- クーザ(2011年 - 2012年)
- マイケル・ジャクソン:ザ・イモータル・ワールドツアー(2013年)
- オーヴォ(2014年 - 2015年予定)
なお、2008年 - 2011年に東京ディズニーリゾート(千葉県浦安市)内にあった常設劇場「シルク・ドゥ・ソレイユ シアター東京」(現・舞浜アンフィシアター)および同劇場で開催されていた常設公演「ZED」は、オリエンタルランド (OLC) がシルク・ドゥ・ソレイユ社、ディズニー社との業務提携により主催するものであり、フジテレビは直接関わっていない。
役員・社員
歴代社長
- 水野成夫(1957年設立 - 1964年)
- 鹿内信隆(1964年 - 1968年)
- 浅野賢澄(1968年 - 1982年)
- 石田達郎(1982年 - 1985年)
- 羽佐間重彰(1985年 - 1988年)
- 日枝久(1988年 - 2001年)
- 村上光一(2001年 - 2007年)
- 豊田皓(2007年 - 2013年)
- 亀山千広(2013年 - 2017年)
- 宮内正喜(2017年 - )
社員
- 現在
- 里谷多英 - 元フリースタイル・スキーモーグル選手、長野オリンピック金メダリスト。
- 冨田真紀子 - ラグビー女子日本代表、リオデジャネイロオリンピック・7人制ラグビー日本代表。
- 中野友加里 - 元フィギュアスケート選手。現役引退後に入社。
- 過去
- 上田昭夫 - 元ラグビー選手及び指導者で、元日本代表。母校の慶應義塾體育會蹴球部監督を退任後に入社し、政治部記者、スポーツキャスターなどを務めた。また、フジテレビ在籍のまま母校のラグビー部総監督に就任、再び指導に当たった。2015年逝去。
- 黒岩祐治 - ニュースキャスター。2011年4月より神奈川県知事(2期)。
- 五社英雄 - 映画部長。退社後は映画監督、脚本家として活動。1992年逝去。
- 坂井義則 - 元陸上選手、1964年東京オリンピック・聖火リレー最終ランナー。2014年逝去。
- 澤雄二 - 報道局政治部、ニューヨーク支局長、フジテレビ国際局次長などを歴任。2004年7月から2010年7月まで公明党参議院議員(1期)。
- すぎやまこういち - ディレクター。在籍時から番組テーマ曲などを作曲し、退社後、本格的に作曲家として活動。
- 妹尾河童 - 美術部。退社後は舞台美術家、エッセイスト、小説家として活動。ベストセラー『少年H』著者。
- TAROかまやつ - 在籍時からシンガーソングライターとしても活動し、退社後は音楽活動に専念。
- 俵孝太郎 - ニュースキャスター。退社後は政治評論家として活動。
- 長島一由 - 報道記者、ニュース番組ディレクター。退社後は神奈川県鎌倉市議会議員(1期)、同県逗子市長(2期)、民主党衆議院議員(1期)などを歴任。現在はドキュメンタリー映画監督。
- 藤島ジュリー景子 - 秘書室勤務。現ジャニーズ事務所代表取締役副社長。
- 三宅雪子 - 営業局、報道局、国際局、CSR推進室。2009年9月から2012年11月まで衆議院議員(1期)[注 32]。
- 武藤まき子 - 中国放送出身。フリー転向後しばらくして、局契約スタッフとして、『おはよう!ナイスデイ』『情報プレゼンター とくダネ!』の芸能レポーターとして活躍。2016年逝去。
- 横澤彪 - プロデューサー、編成局ゼネラルプロデューサーなどを歴任。退社後は吉本興業東京支社で社長、相談役などを務めた。2011年逝去。
- ヨーコ・ゼッターランド(堀江陽子) - 早稲田大学卒業後、体裁上はフジテレビ社員の肩書を持つも、バレーボールアメリカ代表に専念し、2年で退職。のちに日本Vリーグのクラブに入団、引退後はスポーツ解説者
- 吉田正樹 - ゼネラルプロデューサー、編成制作局バラエティ制作センター部長などを歴任。妻はワタナベエンターテインメント代表取締役社長の渡辺ミキで、現在は同社で代表取締役会長を務める傍ら、吉田正樹事務所代表取締役も兼務。
- 米長晴信 - ベルリン支局長、政治部キャップ。2007年7月から2013年7月まで参議院議員(1期)[注 33]。
アナウンサー
スタジオ技術系協力会社
系列局
系列放送局各社に関しては「FNN」および「FNS」の項目を参照。
関連衛星放送
- フジテレビ直営
- フジ・メディア・ホールディングスの子会社・関連会社
- BSフジ - 完全子会社
- サテライト・サービス - 非連結子会社
- 日本映画放送(日本映画専門チャンネル・時代劇専門チャンネル) - フジテレビジョンが30%保有、持分法適用関連会社
- その他
マルチメディア放送
- mmbi - 設立時にはニッポン放送と合わせて40%を出資、本社をフジテレビ内においた。2009年の第三者割当増資によるNTTドコモによる子会社化の際に出資比率はニッポン放送と合わせて10%[48]と、2011年の第三者割当増資によりフジ・メディア・ホールディングスとニッポン放送と合わせ6.35%[49]としていた。2016年3月末までにNTTドコモに売却され、mmbiはNTTドコモの完全子会社[50]となった。
エリア放送
地上一般放送局の免許を受けワンセグエリア放送を実施[51]している。主に『お台場合衆国』等のフジテレビ本社内で開催されるイベントに関する案内や、イベント以外ではお台場の観光情報(ショッピング、飲食、土産物)や番組情報を放送する。災害発生時には情報伝達手段としても利用する予定である。
免許人 | 局名 | 呼出符号 | 物理チャンネル | 周波数 | 空中線電力 | ERP | 業務区域 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
株式会社フジテレビジョン | フジテレビお台場エリア放送 | JOXZ3AT-AREA | 38ch | 623.142857MHz | 10mW | 10mW | 台場2丁目 フジテレビ本社周辺 |
周辺地域で夏冬にイベントが行われる時には、その地域を業務区域とした期間限定の「フジテレビ青海エリア放送」が同一チャンネルで開設されることがある。
番組制作姿勢に対する批判
並びは発生順。所属・役職については特記の無い限り、発生当時のものである。また、スポーツ中継などのCM入りのタイミングや演出など、番組の細部への批判も含めた場合は極めて膨大な量となるため、ここでは公に問題となった事例のみ示す。
報道
- 1998年11月29日 - 『スーパーナイト』で取り上げた隣人トラブルについて、片方の言い分だけを鵜呑みにし、相手方を一方的に非難した内容で放映した。それにより、非難された側の経営する会社が倒産に追い込まれ、娘の婚約が破談になるなどの報道被害を受け、BRC(放送と人権等権利に関する委員会)へ救済を訴えた。BRCはフジテレビの報道姿勢に対し、「人権への配慮が不十分で、放送倫理上問題があった」と認定した。
- 2002年10月25日 - 『FNN報道特別番組』として北朝鮮拉致被害者横田めぐみの娘とされているキム・ヘギョンの独占インタビューなどを放送した。放送途中からフジテレビやその系列局に「北朝鮮のプロパガンダに乗せられたのでは」などの抗議があったほか、救う会や家族会などが会見し批判した。
- 2003年8月13日 - 民放連の規定で取り扱わないとしている結婚相談所のコマーシャルを放送していることが判明[注 34]。フジテレビ広報部は「時代のすう勢に伴う判断だ」とコメントした[53]。
- 2004年6月 - 新潟県長岡市にある田中直紀参議院議員の選挙事務所前の民家を借り、事務所の様子を密かに撮影していたことが発覚し、田中議員と後援会が選挙妨害と盗撮だとしてフジテレビに損害賠償と謝罪を求めて新潟地方裁判所に訴状を提出した。2007年2月7日、新潟地裁で判決が下り、「撮影の目的自体は不当ではないが、正当な取材範囲を逸脱する違法なもの」としてフジテレビ側に36万円の賠償を命じた。
- 2006年5月4日 - 『FNNスーパーニュース』で、中華民国(台湾)の国旗として五星紅旗(中華人民共和国の国旗)を掲載。中華民国政府の駐日代表処を含む、中華民国関係者の抗議を受けた。
- 2009年7月17日 - 『FNNスーパーニュース』で、旅館の女将たちが不況下で奮闘する様子を紹介したが、宮城県の温泉旅館の女将が「売り上げが伸びない旅館という負のイメージを視聴者に与え、温泉街も暗いシーンばかりが編集されるなど事実に反する」として、謝罪などを求めた。これに対し、フジテレビは「取材に基づく事実を伝えた」と主張したが、放送人権委員会による和解斡旋の末、「誤解を与えかねない表現を詫び、今後取材先との信頼関係を大切にして報道に取り組む」という内容の書面を女将に手渡し、和解が成立した。[54]
- 2009年9月26日 - CS放送の『フジアナスタジオ まる生2009』において、アナウンサーの長谷川豊が、『ニュースJAPAN』で交代した新キャスターについて「この間までやってた外人(滝川クリステルのこと)より、ずっと上手い」と発言した。これに対して、「外国人に対し差別意識を持っている」といった批判が寄せられた。番組責任者は「外人は不適切な発言であり、この発言が出たときにすぐに訂正すべきでした。番組の制作サイドも反省しておりまして、番組の視聴者や不快になられた方に本当に申し訳ない」とコメントを出した。
- 2011年3月12日 - 東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)に関する首相会見の中継の際に「ふざけんなよ。また原発の話なんだろ、どうせ」「笑えてきた」「くそだよ」という音声が流れた。放送から9日後の3月21日に、「音声機器のトラブルによるもの」で、「誤解を招くような発言が外に出たのは反省している」と広報部はコメントした[55]。発言者の公表はしなかった。
- 2011年8月24日 - 『情報プレゼンター とくダネ!』において、出演者の小倉智昭が島田紳助引退報道に関係するコメントで述べた発言が、暴力団による民事介入暴力を容認する姿勢を示したように受け取られ、ネット掲示板などで批判が多数寄せられた[56]。8月26日、同番組で、釈明をした上で誤解があったら申し訳ないと謝罪した[57]。
- 2012年9月27日 - 『情報プレゼンター とくダネ!』において、司会者の小倉智昭とコメンテーターの田中雅子が、安倍晋三の自民党新総裁選出に関するコメントで、安倍が2007年に潰瘍性大腸炎(厚生労働省指定の難病である)の悪化により首相を辞職した事を取り上げ、「子供みたいだ」などと揶揄し、当病患者を差別し茶化したとして、潰瘍性大腸炎患者をはじめ視聴者やインターネット上で批判の声が上がり、4日後の10月1日に小倉が番組内で謝罪する事態となった。なお、田中サイドはブログや公式サイトのトップページで不快な発言への陳謝を行ったものの、安倍本人に対する謝罪などは行っていない[58]。
- 2012年10月21日 - 『黒子のバスケ』のイベントに脅迫文が届いた事件を報道した際、イベント会場内を取材許可を得ずに無断撮影した映像を使用した。イベント主催者の「スタジオYOU」からの抗議に対し、フジテレビは会場敷地外からの撮影なので問題は無く、「報道のステップを踏んでいる」との見解から、フジテレビのウェブサイト上からの画像削除の要求も拒否した。これらの問題から、主催者側は弁護士に相談する運びとなった。また「スタジオYOU」は、問題なく終了したイベントを脅迫文に関連付ける形で報じる必要性ならびに、フジテレビがイベント参加者の画像をウェブサイト上から削除せず、理由も明かさないことから、無断撮影とともにプライバシー保護の観点からも問題視しており、弁護士に相談した。「スタジオYOU」は、今後、取材のあり方とプライバシーに対する報道のあり方に論点の比重を置き、フジ側に質していくとした[59][60]。
- 2013年2月 - 2012年のロンドンオリンピック柔道日本代表選考会後の代表発表会見において、補欠の選手が代表に選ばれた選手と同席するのは敗者への敬意と尊厳にかかわると問題視されていた。しかし、その後の吉村強化担当理事の話で「代表になった選手はいいが、補欠は嫌だろう」と交渉したものの、フジテレビ側が「どうしても」ということで決まったという経緯が明らかとなった[61]。
- 2013年7月5日 - 『情報プレゼンター とくダネ!』にて、大阪市の住宅設備機器販売会社『エステート24ホールディングス』社長が、インターネットで「詐欺師」や「逮捕」といった「事実無根」の中傷をされたとして恐怖体験を語った。しかし、10月18日にみずほ銀行から融資金をだまし取ったとして詐欺容疑で実際に逮捕されたため、本当に「事実無根」だったのか疑わしい事例となった[62]。
- 2015年6月5日 - 「池上彰緊急スペシャル!」で韓国人に対してインタビューした場面で、映像と異なる吹き替えを使用したとして6月29日に謝罪した。男性が「過去の歴史を反省しない」と言っている映像には「日本人にはいい人もいますが、国として嫌い」と、また女性が「韓国には文化がたくさんあります」と言っている映像には「(日本は)嫌いですよ。だって韓国を苦しめたじゃないですか」とかぶせていた。編集ミスに加え、最終チェックが不十分だったと謝罪した[63][64]。
- 2016年12月12日 - 2016年11月28日に薬物使用容疑で逮捕された(後に不起訴処分)歌手のASKAの報道を巡り、ASKAが乗車したタクシーに搭載されているドライブレコーダーの映像がニュース番組やワイドショーで放送された問題で、東京交通新聞がこの日の号でチェッカーキャブ無線に加盟する三陽自動車交通の当該車両をフジテレビが配車予約、9時間半にわたり現場取材や社員の送迎などで利用し続けた上で取材を行ったりドライブレコーダーの映像提供を受けていたことを報じた[65]。フジテレビ側は「正当な取材活動の範囲内で映像を入手している。執行猶予中の容疑者の逮捕直前の映像であり、公共性・公益性があると判断し放送した」と説明しているが、ネット上ではプライバシーの侵害に当たると放送直後から非難の声が上がり、国土交通省も業界団体に対しドライブレコーダーの映像取り扱いについて管理の徹底を行うよう指示する通知を出している[66]。
- 2017年8月8日[注 35] - 『情報プレゼンター とくダネ!』にて、Twitter上にアップロードされていた台風5号の影響で姉川が氾濫した様子の動画を番組の情報収集用アカウントが動画を撮影・アップロードしたユーザーに使用する許可を求めた際、「午前8時までに回答が得られなかった場合は、使用する」という趣旨の返信をユーザーを行い。その後その動画が放送されたため、Twitter上で「著作権侵害である」などという批判が相次ぎアカウントが炎上する事態となった。しかし、実際には当該ユーザーの承諾を得た上で放送していたことが明らかになっている[67]。
ドラマ
- 2006年5月 - 『トップキャスター』の第3話の内容に関して、細木数子から「ドラマに登場した『女性占い師』は明らかに自分をモデルにしており、名誉毀損に当たる」として抗議を受けた。その結果、11月に発売したDVDでは第3話がカットされた。
- 2011年8月7日 - 『花ざかりの君たちへ〜イケメン☆パラダイス〜2011』第5話において、前田敦子演じる主人公が、「LITTLE BOY」という文字の入った黄色のTシャツを着用していた。これに対して、「LITTLE BOY」が第二次世界大戦中にアメリカ軍が広島市に投下した原子爆弾のコードネームに、黄色がウラン精鉱(広島型原爆や核燃料の原料)を意味する「イエローケーキ」に通じること、さらに、放送日が広島原爆忌(8月6日)の翌日であったことを理由に、配慮が足りないと指摘された[68]。
- 2011年9月8日 - 『それでも、生きてゆく』にて、「JAP18」という表記のある架空の雑誌が画面に映りこんでいたことに批判の声がネットに上がった。一部では「『それでも、生きていく』は良いドラマなだけに残念だ」とも評された[69]。
- 2012年2月 - 同年4月期放送予定の連続ドラマ『家族のうた』が、1987年にTBSで放送された『パパはニュースキャスター』と設定が似ていると一部報道で指摘された。フジテレビ社長・豊田皓は同月24日の定例会見にて、フジテレビ編成制作局のドラマ担当責任者とプロデューサーが、2月20日に『パパはニュースキャスター』の脚本・伴一彦とプロデューサー・八木康夫と直接会い話し合いをもったことを明かし、「模倣や盗作といわれるのは本意ではない。ご指摘の部分にはアレンジをする、直すなど現在、検討している。」とした。同作は予定通り同年4月期に放送された。
- 2012年10月26日 - 『海猿』の原作者の佐藤秀峰が、フジテレビ制作で映画・ドラマ化された同作に関係して、「関連書籍が著作権者(すなわち佐藤)との契約書なしでフジテレビにより無断販売された」とTwitter上で暴露した。また、以前に、フジテレビが佐藤の事務所へアポ無し取材をして傍若無人な振る舞いを行ったが、謝罪を受けたため穏便に済ませた一件があったことも明らかにした。フジテレビは佐藤に直接会って謝罪したいとしていたが、これを受けて佐藤は「フジテレビは信頼できない企業であることから、もう会う気は無い、関わることも無い」とし、今後の「海猿」の新作制作に対する契約を事実上拒否する姿勢を示した。[70][注 36]しかしその後、西渕憲司報道局長からの謝罪文書が送られたことなどを理由に2015年6月6日に和解[71]。そして、和解から1年ほどが経った2016年7月30日の「土曜プレミアム」にて、和解後では初となる映画作品の地上波放送として「THE LAST MESSAGE 海猿」が放送された。
- 2013年3月14日 - 東日本大震災をテーマとした『最高の離婚』で、端役の名刺のメールアドレスが「tsunami-lucky」で、名前の「都並達也」の「達也」を逆読みすると「津波やった」と読めることと放送日が震災発生日に近い日付であったことを理由に不謹慎であるとの声があがった[72]。
- 2016年1月18日 - 『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』にて「放射線科」ならぬ「放射"能"科」と書かれた室名札があった。
- 2016年4月21日 - 『早子先生、結婚するって本当ですか?』にて、小道具の4月のカレンダーの「29」部分が祝日(昭和の日)を示す赤文字ではなく黒文字になっていたことをアサヒ芸能のtwitterが指摘し、「昭和天皇の誕生日であり、日本人にとっては特別な日である」とネット上で問題視された。
バラエティ
- 1991年10月31日 - 『とんねるずのみなさんのおかげです』において、盲腸で入院していた木梨憲武が亡くなったような演出を行い、抗議の電話が殺到した。
- 2003年 - 『ネプリーグ』(深夜時代)において、通行人の持ち物をひったくってその被害者と競争するといった企画があり、番組内でラグビーの日本代表ユニフォームを着ていたことから、ラグビー協会が抗議、フジテレビ側が謝罪した。
- 2003年8月13日 - 『ワンナイR&R』内のコント「ジャパネットはかた」において、福岡ダイエーホークス監督・王貞治の顔を模した便器「王シュレット」を販売するという内容を放送した。これに対して同球団と王貞治本人が激怒し、地元局であるテレビ西日本(TNC)を含め、フジテレビ系列の取材を一切拒否した。後日、フジテレビは放送上などで謝罪するが、同年の日本シリーズでの放送権を剥奪され、またコーナー名、商品名のパロディ元と思われる通信販売業のジャパネットたかた、ウォシュレットを製造しているTOTOからも「あまりに良識の範囲を超えている」と抗議された。またこの日の放送では、和光堂の粉ミルク「ぐんぐん」を妊婦に扮した出演者にかけるというコントも放送しており、これに対しても視聴者から「育児に不可欠な粉ミルクを軽率に扱うとは何事か」などの苦情が殺到し、和光堂からも「企業イメージを損ねた」として抗議された。
- 2005年11月 - 『幸せって何だっけ』内で、細木数子が養鶏場で生産される鶏卵について「薬漬けのニワトリが24時間照明を点けられて一日2,3個の卵を産まされている」と発言し、養鶏業者団体から猛抗議を受けた。これを受けフジテレビは後日養鶏業者団体に謝罪し、番組内で細木自らが養鶏業者に出向いた。
- 2006年10月4日 - 『VivaVivaV6』内の罰ゲーム「浜辺の清掃」の撮影準備と称して、フジテレビスタッフが神奈川県鎌倉市腰越海岸に持参したゴミをまき散らした。住民に見咎められトラブルとなった。
- 2007年1月10日 - 同月6日に放送された『めちゃ×2イケてるッ!中居&ナイナイ日本一周健康の旅スペシャル』の内容に日本高等学校野球連盟が抗議文を送付。また、番組制作に協力した兵庫県西宮市の旅館を、甲子園大会時の指定宿舎から外す方針(後に復帰している)も決めた。
- 2011年7月 - 『FNS27時間テレビ』の番組内企画「復興スマイルライブ」の開催にあたり、東日本大震災からの復興のために自費で被災地を訪れたボランティアが、フジテレビスタッフの指示により、会場設営に動員させられた[73]。参加者からは「何でテレビ局の仕事を手伝わされるんだろうね」との声があがった[73]。フジテレビは、番組のためではなく、同場所で行われた地元主催の「復興市」の一環だと主張している。
- 2013年2月25日 - 『森田一義アワー 笑っていいとも!』の「曜日対抗いいともCUP」において、雛人形をかたどったパネルを的にして扇子で当てて倒すというゲームが行われたが、「日本の伝統工芸を侮辱しており、不謹慎だ」という意見や「天皇・皇后両陛下を表す『お内裏様』・『お雛様』を倒すのは天皇家への侮辱だ」などの非難・抗議が殺到した。抗議の様子を動画配信している放送事業者もある[74]。これを受け28日からは点数パネルに変更した。また、翌3月1日のコーナー終了後にアナウンサーの生田竜聖が、「皆様が大切にされている雛人形を的にするという演出は配慮が欠けていました」と謝罪した[75]。
- 2013年7月3日 - 『ドラゴンレイディ』の放送について、VTR出演した俳優の藤岡弘、が、オフィシャルブログにて「名誉棄損ともとれる、事実と異なった放送がありました」と表明した。この表明に対して、フジテレビは、オフィシャルサイトにて「バラエティ番組『ドラゴンレイディ』藤岡弘、氏ご出演VTRに関する訂正とお詫び」と題した謝罪文を8月23日に掲載した[76]。
- 2015年7月25日から26日 - 27時間テレビでスタッフや出演者が「NO FUN NO TV DO HONKY」と書かれたTシャツを着用していたが、「HONKY」が黒人が白人を差別する用語だったことが外部からの指摘で発覚した。記事では「話し言葉と書き言葉はまったく別の問題である。これが日本語だとしても、出演者が番組中で口にするのは許されても、それを公式Tシャツにプリントしたら問題になる言葉は少なくない。しかも欧米では、差別的な言説に対する社会的非難は非常に厳しいものがある」と評されている[77]。これについて、めちゃイケのファンを公言している俳優のマシ・オカも自身のTwitterで指摘している[78]。
韓国偏向
- 2008年12月15日 - 『情報プレゼンター とくダネ!』にて「浅田真央逆転Vも… キム・ヨナ“実力”に差」という題で、視聴者に「浅田真央よりもキム・ヨナのほうが実力が上」と感じさせる内容を放送。大きな反発を招いたため、18日に同番組内で情報に誤りがあったとして訂正及び謝罪を行った[79]。
- 2010年10月4日・5日 - 『すぽると!』において、同月12日に韓国のソウルで行われたサッカー親善試合・日本代表対韓国代表戦について、2日連続で「韓日戦」と放送。視聴者やネットで批判を受けた。広報部によると、FIFAの公式表記をもとにホームとアウェーを明確にするため以前からホームチームを先に表記していたとのこと[80][81]。6日からは「韓国戦」に修正し、以降はどちらがホームでも韓国戦としており、2011年8月の日本がホームの対韓国代表戦でも韓国戦であった。
- 2011年8月 - 上記の放送等により、報道姿勢が韓国偏向ではないかと言われることもあったが、同年7月23日に俳優高岡蒼佑がTwitterで「8は今マジで見ない。韓国のTV局かと思う事もしばしば。」といった発言をしたことをきっかけに、これらに影響を受けた団体が8月7日と21日の2度にわたりフジテレビ本社周辺でデモが執り行う事態となった。ただし、高岡はこうしたデモ活動には否定的な見解を述べていた[82]。また、7日は警察のデモ許可を取ってなかった為『散歩』『21日に向けたミーティング』と称していた。このデモは韓国など日本国外メディアでも報じられたが、フジテレビはおろか、国内のメディアは報道しなかった[83]。
やらせ・捏造
- 1999年 - 『愛する二人別れる二人』の出演者が遺書でやらせを告白し、自殺した。スポンサーが降板を申し出たために番組は打ち切られた。
- 2005年9月 - 『めざましテレビ』内のコーナー「めざまし調査隊」で、やらせがあったことが発覚。やらせを行ったフリーのディレクターとの契約は打ち切られ、コーナーも打ち切られた。また、管理責任を問われ情報制作局長を減俸、情報制作センター室長を減給処分とした。
- 2008年1月21日 - 2007年に放送された『FNS27時間テレビ』内の企画において、霊能者江原啓之の霊視の結果と編集された放送内容に対し、霊視を受けた人物から抗議を受け、BPOから「非科学的」「出演者への配慮を欠く」と改善意見を受ける。フジテレビは出演者に謝罪し、後日フォローする番組を放送する。また同時に、番組で取り上げるきっかけとなった投稿の手紙がやらせであり、霊視会場にいた観客の過半数がサクラであることも発覚した。
- 2010年1月 - 2007年6月19日放送の『世界びっくり人間!ニッポン(珍)滞在記』でやらせがあったと、出演した大家族の母親がブログ上で告発した。フジテレビは「取材や内容に問題はなかった(中略)結果として配慮が十分でなかった」と事実上謝罪した。
- 2010年3月12日 - 金曜プレステージ『熱血教師スペシャル第1夜「居場所をください 〜愛と涙の密着1000日〜」』で、15歳の少年を紹介する映像に対し時系列上の矛盾が指摘され、被取材者である教員・天宮一大の個人ブログに『やらせではないか』とのコメントが書き込まれた[84] 。19日、天宮はフジテレビに対し抗議・問い合わせをしたことを同ブログで明らかにし、『新・週刊フジテレビ批評』(2010年3月20日放送)にて、この件が扱われると発表した[85]。
- 2013年2月5日放送の『全日本温泉宿アワード2013』において、生放送中の視聴者の電話投票による温泉宿のナンバー1がやらせであることが発覚している。[86]
- 2013年10月20日に放送された『ほこ×たて 2時間スペシャル』における「スナイパー軍団vsラジコン軍団」が、スナイパーが銃弾を命中させて勝利したという番組の内容であったが、対決の順番を変更されるなど意図的に編集側が内容に手を加えたとする「捏造」があったことが、出演したラジコン操縦者による抗議文の掲載により発覚した。フジテレビは不適切な演出があったことを認め、全放送回の内容を確認するとして当面の放送自粛を発表した[87]。さらに、2012年10月21日に放送された『絶対に捕まえられないラジコンカーvsどんな物でも捕まえる猿軍団』においても、猿を糸で結ぶことによってあたかも猿がラジコンカーを追いかけているように見せる細工をするようスタッフに強要されたことも出演者の指摘で発覚した[88]。その後、11月1日に番組打ち切りが発表された。フジテレビ社長の亀山千広は同年11月29日の定例記者会見において「過剰な『演出』で、あってはいけない行為だった」と謝罪したが、「撮影前から勝敗が決まっていたわけではないので『やらせ』には当たらない」とコメントした[89]。
- 上記の問題で放送見送りとなった『ほこ×たて』の代替として2013年10月27日に放送された『美川・はるな愛のぶらり旅 長瀞へSL列車で行っちゃいました。松茸もあるヨSP』においても、画面が左右反転して日本国内なのに道路を車が右側走行をしている映像が使用されており、「制作側が『こういう画がないとダメ』とゴールを決めて融通が利かなくなっている」点が『ほこ×たて』と同様であると指摘する匿名テレビ業界関係者のコメントがマスコミで紹介された[90]。
- 2016年11月10日に放送された『めざましテレビ』内のクイズコーナー「もの知りじゃんけん」で、ヤンキース・田中将大投手の居所について事実とは一切異なる内容を正解だとして放送し、翌11日には本人がツイッター上で否定しフジテレビから何の相談もなくクイズの問題にされたことについて関係者に抗議した。なお、田中将大投手の抗議の際に、フジテレビ関係者は謝罪こそしたものの「クイズ形式になっていることを知らなかった。知っていれば本人サイドに電話等で確認していた」と釈明した。なお、12日には番組内容を変更し、メインキャスターの三宅正治による謝罪放送が行われ、問題については全選択肢を正解扱いとする対応が執られた[91]。
利益相反・電波の私物化
- タイムCM・スポットCMとは別に、番組内で自社製作の映画[47]や自社のイベント・商品、関連会社が権利を有する楽曲[注 37]などを大々的に取り上げることや、番組内で頻繁に他の番組の宣伝を行うことには、公共の電波の私物化であるとの批判もある[92]。[注 38]
放送事故・不祥事
発生順。所属については特記のない限り、発生当時のものである。
虚偽報道
番組出演中の事故
- 1993年6月24日 - バラエティ番組『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』の収録中に香港のロックバンドBEYONDの黄家駒がセットから転落、頭部を強打して重体(急性硬膜下出血、頭蓋骨骨折、脳挫傷)となり、6日後に死亡した。なお、この事故では内村光良も転落して全治2週間の打撲傷を負っている。黄家駒の死亡を受けて、番組は打ち切られた。
- 1998年9月2日 - 『めざましテレビ』の生放送中、災害時に高所から脱出する避難器具の体験リポートを行っていたフジテレビアナウンサー菊間千乃がマンション5階(地上約13m)の窓から落下、全治3か月の重傷(腰椎圧迫骨折)を負った。
- 2003年 - 深夜番組『退屈貴族』に出演した高齢男性に「火渡りに挑む日本のランボー」と銘打って、灯油を振りかけた藁に火を付け、パンツ1枚の格好で火渡りをさせ、下半身の3割にも及ぶ大火傷を負わせた。その時、スタッフが、男性の足の裏がものすごい火傷を負っており、非常に辛そうだったのにも気づいていたが、放置した。数日後、男性は火傷が原因の腎不全により死亡したが、そのことをフジテレビは知りながら、この番組を放送した。なお、この男性が認知症であった可能性も指摘されている[94]。
- 同じく2003年6月28日~29日にかけて放送された「FNS27時間テレビ みんなのうた」のさんま・中居の今夜も眠れないの生中継において、笑福亭鶴瓶が局部を露出した。
- 2010年7月26日 - バラエティ番組『オレワン』の企画でソリを使ってプール上の発泡スチロールに着地する競技の収録中、お笑いトリオ我が家の杉山裕之が左肩関節を脱臼骨折するけが、さらにお笑いコンビハイキングウォーキングの松田洋昌が左肋骨を骨折するけがを負う[95]。その5日後、同番組の企画で全身にローションを塗って滑る競技の収録中、お笑い芸人の陣内智則が肋骨にひびが入るけがを負う[96]。これらを受け、同年8月22日に予定されていた『オレワンSP』の放送は中止された。
- 2012年2月2日 - バラエティ番組『とんねるずのみなさんのおかげでした』の収録中、お笑いコンビずんのやすが新潟県内のスキー場のゲレンデを水上スキー用のゴムボートで走行、スピードが出過ぎていたため雪で作った停止点で止まることができず、その先のトタンに腰を強打、腰の骨を折るけがを負う[97]。
- 2014年5月20日 - バラエティ番組『めちゃ2イケてるッ!』内のコーナー『めちゃ日本女子プロレス』のリハーサル中、アイドルグループAKB48のメンバー・木崎ゆりあが左手首を骨折するけがを負う。なお、この回については他のメンバーを代役に立てた上で予定通り放送された。[注 39][98]。
関係者の不祥事
- 1999年 - 美容師の腕を競わせる番組『シザーズリーグ』に出演していた「カリスマ美容師」が、無免許であることが発覚した。同番組のプロデューサーは、制作会社からの制作費のキックバックを受けていたことなどが発覚し退社。その後、金融業者・無免許美容師・美容院を恐喝し逮捕された。
- 2001年2月 - 当時アナウンサーだった桜井堅一朗がプライベートで車を運転中、山手通りでバイクと衝突、バイクの運転手を死亡させる事故を起こした。その後、桜井は業務上過失致死の現行犯で逮捕され、処分の後、他部署へ降格処分がくだされた。
- 2001年10月 - フジテレビ本社内で「めちゃ2イケてるッ!」収録準備中に美術会社社員が重さ100kgのセットの下敷きになり頭を強く打つ死亡事故が発生。その影響で同年10月27日に放送予定だった内容を急遽中止して「ターミネーター2 特別編」が放送された。
- 2005年11月14日 - ジャニーズ事務所所属のアイドルグループNEWSの未成年メンバーが仙台市内で泥酔し、トラブルを起こし補導された。その後、フジテレビアナウンサーの菊間千乃が、補導された同メンバーが未成年であることを承知で酒席に呼び出していたことが発覚。ジャニーズ事務所は同メンバーを無期限謹慎処分としてNEWSメンバーから外し、研修生に降格とした。一方、フジテレビは同アナに1週間の謹慎処分を下し、同アナの他、酒席に参加していた同局常務など計10名の社員に減給減俸処分を下した[99]。
- 2011年8月 - 「湾岸のテレビ局」勤務を名乗る人物が、「tss3116」のアカウント名にて、F1関連の非売品をヤフーオークションにて大量に出品していたことが明らかになり、横領疑惑が浮上した。『湾岸のテレビ局』がフジテレビを指すことは当該アカウントのブログから明らかであるが、フジテレビはコメントを一切出していない[83]。
- 2012年は伊藤利尋[100]らの交通事故やドラマプロデューサーの酒気帯び運転[101]、社員のタクシー運転手への暴行[102]、フジテレビ『スーパーニュース』の信号無視[103]など、交通関係のトラブルが多発した。
ギャラリー
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FCGビルから見たお台場海浜公園(2008年7月4日撮影)
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FCGビルから見たお台場海浜公園(2008年7月4日撮影)
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FCGビルから見たお台場海浜公園(2008年7月4日撮影)
- 2012年6月 - 米・ニューヨーク支局勤務の長谷川豊が、滞在関連費用を不正使用していたことが発覚した。フジテレビは業務規定違反を理由に長谷川を降格処分としたが、すでに全額を返還していることから、刑事告訴はしないとしている。ただし、長谷川が自身のブログの中で、中傷メッセージをフジテレビが大量に送りつけてきたといった苦情を述べており[104]、解決はおろか関連報道[105]が継続している状態である。フジテレビ側はこれについて豊田社長自身が「とやかくいうことはない」[106]と関知せずの方針を示した。
- 2014年3月26日 - 当時フジテレビ社員だった杉尾敦弘(元ドラマプロデューサー)が、出向先の関連会社「ストーリア」で2011年秋頃から数度に亘って同社の運転資金約1億円を横領していた事が発覚。同社の資金管理は社長の杉尾が1人で担っており、当初は期末毎に穴埋めを行っていたため発覚されなかったが、最後は穴埋めする資金も底を突いたため、杉尾本人が同社の監査役に自白して発覚した。杉尾は2014年3月20日付で同社への出向を解かれ、事情聴取を経て3月26日付でフジテレビを懲戒解雇となった。ストーリアは杉尾の刑事告訴を検討している[107][108]。
- 2016年12月19日 - 報道局社会部に所属し数年前まで警視庁担当だった30代の男性記者が、取材の過程で知り合った暴力団関係者から高額な接待を繰り返し受けた上で、当該関係者の乗用車購入のために名義を貸す利益供与をした疑いがある事が判明した。フジテレビでは11月上旬に発覚した時点で当該記者を記者職から外しており、今後調査を進めた上で厳正な処分を下すとしている[109][110]。2017年3月21日、男性記者と暴力団関係者は電磁的公正証書原本不実記録・同供用容疑で書類送検された[111]。
参考文献
- 月刊SD編集部 編『SD別冊29号「フジテレビ本社ビルの記録 高度情報化社会の大規模複合建築の原点を求めて」』鹿島出版会、東京、1996年。
関連項目
- 目玉マーク
- BSフジ
- スタジオドリームメーカー
- フジテレビ青森支局(青森県内の報道取材のために設置)
- フジテレビ山形支局(山形テレビのネットチェンジにより、さくらんぼテレビジョン開局までのつなぎとして開設)
- フジテレビ甲府支局(山梨県内の報道取材のために設置)
- フジテレビ高知支局(高知県内の報道取材のため設置していたが、高知さんさんテレビの開局に伴い閉鎖)
- 愛のメッセージ(かつてのイメージソング)
- リアリー?マドリッド(アナウンサーによるフットサルチーム)
- ニッポン放送
- 文化放送
- ニッポン放送の経営権問題
- 毎日放送(大阪のラテ兼営局で、テレビ放送はフジテレビと同日に開局。CX-MBSのテレビネットワークは1年で解消となったが、ラジオ放送は現在もニッポン放送・文化放送がキー局のNRNに加盟している)
- 芙蓉グループ
- ラヂオプレス(河田町時代の局内に事務所を構えていた)
- かわた(河田町時代に同社を指した業界語)
- ダイバダッタ(台場移転後の同社を指す業界語)
- 放送持株会社
- フジテレビ関連ラジオ番組
- とことん笑顔!きっかけ先生(ニッポン放送、一社提供スポンサー、2004年4月 - 2004年10月 毎週金曜日、現在は終了)
- 着ラジ(ニッポン放送、「着フジテレビ」スポンサー、現在は終了)
- フジテレビ20ミニッツ(ニッポン放送、冠スポンサー、現在は終了)
- ミューコミ(ニッポン放送、「サポーターズパーティ」月曜スポンサー、現在は終了)
- メダマ!?ラジオ(ニッポン放送、現在は終了)
- 開局!フジテレビラジオ→ザ・フジテレビラジオ(ニッポン放送)
- 夕刊フジ 新聞の題名がフジテレビに由来する
脚注
注釈
- ^ フジネットワークの加盟局一覧にも略称の表記がない。なおOX仙台放送も略称表記がない。
- ^ ただし、地上デジタル放送のEPGと「あしたのジョー」(第1作)での制作クレジットは、正式社名のフジテレビジョンと表示。
- ^ テレビ朝日や日本テレビ・中部日本放送と異なり、準備会社を新設して一定期間の後に放送事業や放送免許等を移管する方法を採用しなかった。
- ^ a b 系列局では、仙台放送・秋田テレビ・東海テレビ・高知さんさんテレビのそれぞれの親局が物理チャンネル21chを使用している。
- ^ 厳密には、1963年開局時はオープンネットだったが1983年にネット一本化。
- ^ 系列局では仙台放送のOXがある。キー局ではテレビ朝日のEX(「全国朝日放送」時代はANB)やテレビ東京のTXがある。また、NTVが公に使われる日本テレビ放送網でもAX(アックス)を使うこともある。ただし、TBSテレビはRXの呼称が使われるケースはまずない。
- ^ 当時の朝日新聞縮刷版、フジ・メディア・ホールディングスの株主用決算報告書に記載。この年には、『ザ・ヒットパレード』が4月4日に、『ミュージックフェア』が5月1日にカラー化され、又テスト運用的ではあるが、『スター千一夜』も4月3日 - 5月8日の毎週月曜日の放送のみカラーとなった(同番組は翌年元旦から、一部例外を除きカラー放送となる)。
- ^ 東京放送(TBSテレビ)と同時。ただし、フジテレビは芝送信所(東京タワー)内にある送信機器の都合上(送信機が当時、真空管式であったためにメンテナンスの時間を要したとされている)、完全な24時間放送ではなく、毎日30分から最大1時間程度の放送休止時間が設けられていた。しかし完全な停波ではなく、電波の送出は維持されていた(休止時間帯はカラーバーが放送されていた)。なお、芝送信所の送信機を更新した後は休止なしの完全24時間放送(終夜放送)に移行している。
- ^ 同じ山形地区での代替局さくらんぼテレビジョンの開局は1997年4月1日。高知さんさんテレビと同日。
- ^ この番組&CM制作にあたり、スポンサーのパナソニックが3D関係の撮影、編集機材等を提供した
- ^ 2010年9月5日までは、関東のテレビ局では唯一、冒頭に表示するアナログ放送終了のお知らせのテロップ表記や表示形態が、開始から一度も変更されていなかったが、常時表示開始に伴い変更された
- ^ フジテレビが開局順で4番目とみなされた場合、3番目は教育局であったテレビ朝日となっている。
- ^ ほぼ同時期(1958年12月)に名古屋地区で放送を開始した東海テレビは、名古屋放送局総合テレビが「3」で、名古屋放送局教育テレビの開局は遅かった(1962年開始)ため「1」を獲得できた。
- ^ 1978年の年間の全日視聴率は、総合テレビとTBSとが10.1%で同率1位であった。なお、この年(1978年)にはTBSが年間視聴率で3冠王を獲得している。
- ^ 同年のNHK総合テレビ『第53回NHK紅白歌合戦』が叩き出した47.3%を上回り、民放で初めて『NHK紅白歌合戦』の視聴率越えも果たした。
- ^ これは、報道局の映像系システム全般の更新計画に伴うもので、これまでSDとHDが混在していたものをHDに統一することが主目的であるが、河田町時代から更新されずに来たワープロシステムも、この更新計画に沿ってHD対応の機材群へと更新されたものである(雑誌『放送技術』2011年1月号及び2月号より)。
- ^ 更新後の機材にフォントが一通りセッティングされていなかったことが理由の一つと言われている。ただし、一部番組においては番組側の都合から、平成角ゴシック体が維持されている。
- ^ ただし、関西テレビ制作の『にじいろジーン』は対象外で、2011年11月5日以降もモノラル音源で放送されている。
- ^ 放送収入がフジの2013年度:233,316百万円→2014年度:231,121百万円に対し、日テレは2013年度:228,014百万円→2014年度:238,511百万円となり逆転した。
- ^ 神様という設定の擬人化されたフジテレビである「シエクスン」なる人物が主人公たちに発見された時点で既に死んでいる、という演出。
- ^ いずれも企業内ATMであるため、両銀行とも店舗案内では公表していない。
- ^ 報道番組とすぽると!では制作クレジット表示はなし。スポーツ中継などで系列局との共同制作となる場合「制作・フジテレビ、(地元系列局名)」、ないしは「制作著作・フジテレビ、制作協力・(系列局名)」とする場合もある
- ^ フジテレビ以外の系列局が制作する番組(共同テレビが関与するものや東海テレビ制作の昼ドラマの一部など)でも、同様に放送局は「制作」のクレジットのみで、プロダクションが「制作著作」と表示されるものもある。
- ^ カッコくくりの地名は省略されることが多かった。また大口事業所向け専用番号が解禁されるようになって「〒162-88」が採用されるようになってからは地名(郵便局名)を省略して表示することも多かった
- ^ CMモデル・畑正憲、ブッシュマン
- ^ CMモデル・楠田枝里子、幸田シャーミン
- ^ CMモデル・子猫物語・チャトラン、おニャン子クラブ
- ^ CMモデル・国生さゆり、南野陽子
- ^ CMモデル・鴻上尚史、和田勉
- ^ CMモデル・上田昭夫、沢口靖子
- ^ 「[ ]」は正確には白線で囲った横長の長方形。
- ^ 当選時は民主党所属。落選時は日本未来の党。
- ^ 当選時は民主党所属。落選時はみんなの党。
- ^ 民放連が定めた放送基準の第109条に「私的な秘密事項の調査を業とするものは取り扱わない」という規定があり、結婚相談所はこれに該当する(民放連「放送基準解説書」各年版による)。
- ^ 余談だが、奇しくもこの日は宮内正喜社長就任後では初めてとなる「フジテレビの日」でもあった。
- ^ なお、トラブルの発端にもなった映画作品の地上波初放送が2013年9月21日の「土曜プレミアム」で実施されたが、このことについては特に問題にはならなかった。
- ^ フジ・メディア・ホールディングスの第73期有価証券報告書[1]には、映像・音楽事業について、ポニーキャニオンは「フジテレビジョンとの連携を強化する」と書かれているが、連携の形については具体的には述べられていない。
- ^ しかし、前者についてはフジテレビ以外の在京キー局にもあてはまるとの声も少なからずある。
- ^ 余談だが、この事故の発生から5日後にAKB48握手会傷害事件が発生。その事件で重傷を負った川栄李奈もこのリハーサルに参加・番組に出演している。
出典
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外部リンク
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