利用者:Cincleat2781/sandbox
名字(みょうじ、苗字)は、日本の家(家系、家族)の名のこと。法律上は氏(日本民法第750・790条など)。
概説[編集]
「氏」「姓」「名字」「苗字」は、現代日本ではしばしば混同ないし同一視されるが、本来は歴史的由来を異にする別々の概念である[1]。 したがって、歴史的・学問的に説明する場合、用語法は可能な限り正確でなければならないが[2]、混乱が顕著で時代による変化もあるため、区別は容易ではない[3]。
大別すれば、
- 1.擬制的な血族関係を中心とした大氏族集団に対して天皇が公認した古代発祥の「氏」「姓」(ウヂ・カバネ、姓[4]、本姓[5]、例:源平藤橘・豊臣/臣・連・朝臣)と、
- 2.現在所属する家の名を示す中世~近世発祥の名字[6]または苗字[7](例:足利羽柴徳川)の二種になる[8]。
前近代(~江戸時代)においては、氏姓/名字(苗字)は明確に別物として併存していた[9]。 豊臣は前者、羽柴は後者であり、しばしば豊臣秀吉が羽柴から豊臣に改「姓」したと言われるのは現代人の誤解にすぎず、 秀吉の名字は死ぬまで羽柴のままだったと考えられる[10]。大雑把な区別の仕方として、ふじわら-の-みちなが(藤原道長)のように個人名との間に「の」を入れて読む場合は氏姓である[11]。 この点、豊臣秀吉はとよとみ-ひでよしと読まれることが多いが、豊臣は氏姓であるから、とよとみ-の-ひでよしと読むのが本来正しいとの指摘もある[12]。 もっとも平安後期は氏姓から名字への転換期と考えられるため、名字の場合も「の」を入れて呼称していた可能性が高い [13]。 那須与一(なす-の-よいち)、稲毛女房(いなげ-の-にょうぼう[14])など。また前近代では原則として実名とセットなのが前者、通称とセットなのが後者である[15]。 例えばいわゆる足利尊氏の場合、実際にそのような名前を名乗ったわけではなく、 源尊氏/足利又太郎のように、複数の名前を場面ごとに使い分けるのが社会通念であった[16]。
名字と苗字の区別はさらに困難で、名字概念を別個に認めない立場[17]もあるが、 最も単純なものは江戸時代のものを苗字、それより古いものを名字と表記する方法である[18]。 なお江戸時代の庶民に苗字は無かったという俗説が執拗に流布されているが[19]、前近代においても、大半の庶民は名字・苗字を持っていたことが明らかになっている[20]。
明治23年公布の民法典は「氏」表記を採用したが、その実質は氏姓ではなく「苗字」である[21]。 戦後の改正日本民法は家制度を除去したが、 「氏」は依然家族を表象する名前として存在し(現750条)、概ね英語のfamily nameに相当する[22]。ただし、欧米諸国のように個人名→家族名のような名前の枠組みは採られていないことを重視するときは、 明治政府は当初から欧米そのままの受容ではなく和魂洋才が望ましいと考えていたことの現れと評価[23]されている。これに対し、法文上は「氏」でありかつ「姓」とは法令上も明確に区別されるものを夫婦同「姓」などと呼ぶのは不正確または政治的主張を含む用法である[24](本項では使用を避ける)。
戦後の当用・常用漢字では苗をミョウと読まないため国語辞典などでは「名字」表記が一般化したが、学問的には「苗字」と表記すべきとの批判もある[25]。
脚注[編集]
- ^ 増本ほか(1999)1頁(井戸田)、丹羽(2001)29-31頁、折井(2003)34頁
- ^ 丹羽(2001)31頁
- ^ 中村(2009)「はじめに」i頁、本文6頁
- ^ 武光(1998)4頁、増本ほか(1999)2頁(井戸田)
- ^ 尾脇(2021)72頁
- ^ 中村(2009)252-253頁
- ^ 亀山・宮城(1890)9-12頁(亀山)
- ^ 亀山・宮城(1890)9-12頁(亀山)
- ^ 角田(2006)22頁、坂田(2006)39頁、中村(2009)252頁
- ^ 黒田(2016)10頁
- ^ 坂田(2006)39頁
- ^ 坂田(2006)40頁
- ^ 森岡浩、「姓」から「名字」への転換期だった『鎌倉殿』の時代、2022年1月3日
- ^ 高橋(2004)18頁
- ^ 坂田(2006)38頁
- ^ 坂田(2006)38-39頁
- ^ 坂田(2006)21頁、亀山・宮城(1890)9-12頁(亀山)
- ^ 奥富(2007)158頁、奥富(1999)82-90頁
- ^ 武光(1998)138頁
- ^ 洞(1966)160-180頁、ロドリゲス(1993)156頁、武光(1998)134-139頁、久武(2003)64-65頁、奥富(2004)7-8頁、豊田(2006)160-166頁、坂田(2006)42-50頁、大藤(2012)190頁
- ^ 井上・亀山(1890)7-12頁、坂田(2006)40頁
- ^ 折井(2003)34頁
- ^ 武光(1998)153頁
- ^ 増本ほか(1999)16-18頁(井戸田)、久武(2003)96-97頁
- ^ 増本ほか(1999)4頁(井戸田)
参考文献[編集]
- 井戸田博史「平民苗字必称令 : 国民皆姓」『法政論叢』第21巻、39-48頁、1985年。doi:10.20816/jalps.21.0_39。 NAID 110002803974。
- 井戸田博史『『家』に探る苗字となまえ』雄山閣、1986年4月、ISBN 9784639005650
- 井戸田博史『夫婦の氏を考える』世界思想社、2004年 ISBN 4790710750
- 大藤修『近世農民と家・村・国家』吉川弘文館、1998年
- 大藤修『日本人の姓・苗字・名前 人名に刻まれた歴史』吉川弘文館、2012年
- 奥富敬之『名字の歴史学』角川書店、2004年
- 奥富敬之『苗字と名前を知る事典』東京堂出版、2007年1月、ISBN 9784490107036
- 折井美耶子「明治民法制定までの妻の氏」『歴史評論』636号、校倉書房、2003年
- 尾脇秀和『氏名の誕生 江戸時代の名前はなぜ消えたのか』筑摩書房、2021年
- 角田文衞『日本の女性名 歴史と展望』国書刊行会、2006年
- 亀山貞義・宮城浩蔵『民法正義 財産編第壹部巻之貳』、1890年
- 熊谷開作『婚姻法成立史序説』酒井書店、1970年
- 黒田基樹『羽柴を名乗った人々』、KADOKAWA、2016年
- 坂田聡『苗字と名前の歴史』吉川弘文館、2006年4月
- ジョアン・ロドリゲス著、池上岑夫訳『日本語小分典(下)』岩波書店、1993年
- 高澤等・森岡浩『日本人の名字と家紋』プレジデント社、2017、ISBN 4833476509
- 高橋秀樹『中世の家と性』山川出版社、2004年
- 武光誠『名字と日本人 先祖からのメッセージ』文藝春秋、1998年11月、ISBN 9784166600113
- 豊田武『苗字の歴史』吉川弘文館、2012年、ISBN 9784642063845
- 中村菊男『近代日本の法的形成』有信堂、1956年
- 中村友一『日本古代の氏姓制』八木書店 、2009年
- 丹羽基二『姓氏・家系・家紋の調べ方』新人物往来社 、2001年
- 久武綾子『氏と戸籍の女性史 わが国における変遷と諸外国との比較』世界思想社、1998年
- 久武綾子『夫婦別姓 その歴史と理論』世界思想社、2004年
- 洞富雄『庶民家族の歴史像』校倉書房、1966年
- 増本敏子・久武綾子・井戸田博史『氏と家族 氏[姓]とは何か』大蔵省印刷局、1999年
関連書籍[編集]
- 太田亮著:丹羽基二編『新編姓氏家系辞書』秋田書店 、1979年6月
- 高信幸男『難読稀姓辞典』日本加除出版、2004年9月、ISBN 9784817812827
- 丹羽基二『苗字の謎が面白いほどわかる本』中経の文庫 、2008年10月、ISBN 9784806131526
- 丹羽基二『地名苗字読み解き事典』柏書房 、2002年3月、ISBN 4760122028
- 丹羽基二『日本苗字大辞典』第1-3巻、芳文館、1996年7月 ISBN 4990058402、4990058410、4990058429
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- 日本の姓の全国順位データベース - ウェイバックマシン(2017年3月16日アーカイブ分) - 静岡大学人文社会科学部言語文化学科比較言語文化コース城岡研究室