第10回衆議院議員総選挙
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第10回衆議院議員総選挙 | |||
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内閣 | 第1次西園寺内閣 | ||
任期満了日 | 1908年(明治41年)3月27日 | ||
公示日 | 1908年(明治41年)4月13日 | ||
投票日 | 1908年(明治41年)5月15日 | ||
選挙制度 | 大選挙区制 | ||
改選数 | 379() | ||
議席内訳 | |||
有権者 | 直接国税10円以上納税の満25歳以上の男性日本国民 | ||
有権者数 | 159万45人 | ||
投票率 | 85.29%(0.77%) | ||
各党別勢力 | |||
党順 | 第1党 | 第2党 | 第3党 |
画像 | |||
党色 | |||
党名 | 立憲政友会 | 憲政本党 | 大同倶楽部 |
党首 | 西園寺公望 | 不明 | 不明 |
前回選挙 | 113 | 90 | 新党 |
選挙前議席 | 180 | 87 | 58 |
獲得議席 | 187 | 70 | 29 |
増減 | 7 | 17 | 29 |
党順 | 第4党 | ||
画像 | |||
党色 | |||
党名 | 猶興会 | ||
党首 | 複数代表制 | ||
前回選挙 | 新党 | ||
選挙前議席 | 36 | ||
獲得議席 | 29 | ||
増減 | 7 | ||
< 1904年1912年 > | |||
第10回衆議院議員総選挙(だい10かいしゅうぎいんぎいんそうせんきょ)は、1908年(明治41年)5月15日に日本で行われた帝国議会(衆議院)議員の総選挙である。
概説
[編集]日露戦争の戦費調達のために行われた増税が、結果として有権者数を前回総選挙時と比べて2倍以上に増加させることになった選挙である。
選挙権保有者が158万人に上った[1]。
選挙データ
[編集]内閣
[編集]任期満了日
[編集]公示日
[編集]投票日
[編集]改選数
[編集]- 379
選挙制度
[編集]- 大選挙区制(一部1人区制)
- 制限投票
- 直接国税10円以上納税の満25歳以上の男性
- 有権者数 159万0045(前回比 +208.54%)
選挙結果
[編集]投票率
[編集]- 85.29%(前回比 0.77%)
党派別獲得議席数
[編集]- 立憲政友会 187
議員
[編集]当選者
[編集]立憲政友会 憲政本党 大同倶楽部 猶興会 中立
※北海道の「○○等」は○○の周辺の複数の支庁管内を示す。
補欠当選等
[編集]立憲政友会 憲政本党 立憲国民党 大同倶楽部 中央倶楽部 猶興会・又新会 中立
年 | 月日 | 選挙区 | 選出 | 新旧別 | 当選者 | 所属党派 | 欠員 | 所属党派 | 欠員事由 |
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1909 | 3.2 | 宮城県郡部 | 繰上補充 | 元 | 遠藤良吉 | 立憲政友会 | 高野孟矩 | 中立 | 1909.2.23選挙法第11条該当 |
3.5 | 愛媛県郡部 | 元 | 森肇 | 中立 | 田坂初太郎 | 又新会 | 1909.2.23辞職 | ||
5.10 | 長崎県郡部 | 新 | 辻川与一右衛門 | 立憲政友会 | 臼井哲夫 | 大同倶楽部 | 1909.4.28辞職(日本製糖汚職事件) | ||
5.14 | 岡山県郡部 | 新 | 川島亀夫 | 立憲政友会 | 横井時雄 | 立憲政友会 | 1909.5.6辞職(日本製糖汚職事件) | ||
5.25 | 三重県郡部 | 新 | 川村曄 | 立憲政友会 | 栗原亮一 | 立憲政友会 | 1909.5.10辞職(日本製糖汚職事件) | ||
愛知県郡部 | 元 | 後藤文一郎 | 立憲政友会 | 村松愛蔵 | 立憲政友会 | 1909.5.11辞職(日本製糖汚職事件) | |||
静岡市 | 元 | 松本君平 | 立憲政友会 | 秋山一裕 | 立憲政友会 | 1909.5.12辞職(日本製糖汚職事件) | |||
埼玉県 | 元 | 粕谷義三 | 立憲政友会 | 小沢愛次郎 | 立憲政友会 | 1909.5.13辞職(日本製糖汚職事件) | |||
愛知県郡部 | 更正決定 | 元 | 鈴置倉次郎 | 又新会 | 後藤文一郎 | 立憲政友会 | 1909.5.13当選無効 | ||
5.27 | 兵庫県郡部 | 繰上補充 | 元 | 安藤新太郎 | 立憲政友会 | 森本駿 | 立憲政友会 | 1909.5.13辞職(日本製糖汚職事件) | |
6.2 | 奈良県郡部 | 元 | 久保伊一郎 | 大同倶楽部 | 青木新治郎 | 憲政本党 | 1909.5.12辞職 | ||
7.1 | 石川県郡部 | 元 | 藻寄鉄五郎 | 立憲政友会 | 上出長次郎 | 立憲政友会 | 1909.6.11選挙法違反 | ||
7.25 | 静岡県郡部 | 補欠選挙 | 新 | 伊東要蔵 | 立憲政友会 | 松浦五兵衛 | 立憲政友会 | 1909.7.3選挙法第11条該当 (日本製糖汚職事件) | |
元 | 河井重藏 | 憲政本党 | 沢田寧 | 立憲政友会 | |||||
7.26 | 函館外 三支庁管内 |
新 | 遠藤吉平 | 立憲政友会 | 横田虎彦 | 大同倶楽部 | 1909.6.28辞職(日本製糖汚職事件) | ||
栃木県郡部 | 新 | 関田嘉七郎 | 憲政本党 | 木村半兵衛 | 憲政本党 | 1909.7.3選挙法第11条該当 (日本製糖汚職事件) | |||
7.27 | 兵庫県郡部 | 元 | 鹿島秀麿 | 憲政本党 | 西村真太郎 | 憲政本党 | |||
7.28 | 福井県郡部 | 新 | 名村忠治 | 立憲政友会 | 荻野芳蔵 | 立憲政友会 | 1909.7.1辞職(日本製糖汚職事件) | ||
広島市 | 再選挙 | 元 | 早速整爾 | 又新会 | 串本康三 | 立憲政友会 | 1909.7.5選挙無効 | ||
7.29 | 群馬県郡部 | 補欠選挙 | 元 | 中島祐八 | 憲政本党 | 佐藤虎次郎 | 立憲政友会 | 1909.7.3選挙法第11条該当 (日本製糖汚職事件) | |
千葉県 | 元 | 千葉禎太郎 | 立憲政友会 | 安田勲 | 憲政本党 | ||||
佐賀県郡部 | 新 | 永野静雄 | 中立 | 神崎東蔵 | 憲政本党 | ||||
7.30 | 神奈川県郡部 | 新 | 土屋大次郎 | 立憲政友会 | 長谷川豊吉 | 立憲政友会 | |||
9.4 | 長野県郡部 | 新 | 上柳喜右衛門 | 立憲政友会 | 立川雲平 | 立憲政友会 | 1909.8.9辞職 | ||
9.11 | 愛知県郡部 | 新 | 三浦逸平 | 又新会 | 横井甚四郎 | 立憲政友会 | 1909.8.16死去 | ||
11.14 | 千葉県 | 補欠選挙の 繰上補充 |
新 | 関和知 | 憲政本党 | 鈴木久次郎 | 憲政本党 | 1909.10.23選挙法第11条該当 | |
11.19 | 大阪府郡部 | 補欠選挙 | 新 | 乾亀松 | 立憲政友会 | 中林友信 | 立憲政友会 | 1909.10.12選挙法第11条該当 | |
12.29 | 小樽区 | 元 | 高橋直治 | 立憲政友会 | 渡辺兵四郎 | 中立 | 1909.12.10当選無効 | ||
1910 | 6.1 | 神奈川県郡部 | 補欠選挙の 繰上補充 |
元 | 神藤才一 | 中立 | 土屋大次郎 | 立憲政友会 | 1910.5.12死去 |
7.13 | 神戸市 | 補欠選挙 | 新 | 野添宗三 | 立憲国民党 | 桜井一久 | 立憲国民党 | 1910.6.18死去 | |
9.5 | 大阪市 | 新 | 日野国明 | 中立 | 天川三蔵 | 立憲政友会 | 1910.8.8選挙法第11条該当 | ||
10.3 | 京都府郡部 | 新 | 木戸豊吉 | 立憲政友会 | 岩田信 | 立憲政友会 | 1910.9.4死去 | ||
11.14 | 高知県郡部 | 元 | 藤崎朋之 | 立憲国民党 | 和田尊義 | 立憲国民党 | 1910.10.17死去 | ||
12.6 | 神奈川県郡部 | 新 | 黄金井為造 | 立憲政友会 | 中村舜次郎 | 立憲政友会 | 1910.11.10辞職 | ||
1911 | 1.14 | 京都市 | 元 | 浜岡光哲 | 中立 | 西村治兵衛 | 中立 | 1910.12.14死去 | |
3.7 | 大阪府郡部 | 元 | 森秀次 | 中央倶楽部 | 藤沢元造 | 中立 | 1911.2.16辞職 | ||
6.11 | 千葉県 | 新 | 五十嵐敬止 | 立憲政友会 | 東条良平 | 立憲政友会 | 1911.5.8死去 | ||
7.18 | 大阪市 | 新 | 三谷軌秀 | 中立 | 沢田佐助 | 立憲政友会 | 1911.7.3死去 | ||
7.24 | 石川県郡部 | 新 | 小池靖一 | 立憲政友会 | 藻寄鉄五郎 | 立憲政友会 | 1911.6.8選挙法第11条該当 | ||
8.5 | 愛知県郡部 | 新 | 高浜与七 | 立憲政友会 | 内藤魯一 | 立憲政友会 | 1911.6.29死去 | ||
8.8 | 前橋市 | 新 | 笹治元 | 立憲国民党 | 関口安太郎 | 中立 | 1911.7.11死去 | ||
8.12 | 山形県郡部 | 新 | 斎藤三郎右衛門 | 立憲国民党 | 池田藤八郎 | 立憲国民党 | 1911.7.7死去 | ||
10.27 | 東京市 | 新 | 古島一雄 | 立憲国民党 | 鳩山和夫 | 立憲政友会 | 1911.10.4死去 | ||
12.21 | 青森県郡部 | 元 | 寺井純司 | 立憲政友会 | 小山内鉄弥 | 立憲国民党 | 1911.11.23死去 | ||
12.29 | 岐阜県郡部 | 新 | 高橋義信 | 中立 | 大熊三之助 | 立憲国民党 | 1911.12.4選挙法第11条該当 | ||
出典:衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 院内会派編衆議院の部』大蔵省印刷局、1990年。 |
初当選
[編集]- 計181名
- 立憲政友会
-
- 85名
- 憲政本党
-
- 34名
- 大同俱楽部
-
- 7名
- 猶興会
-
- 7名
- 中立
-
- 48名
返り咲き・復帰
[編集]- 計37名
- 立憲政友会
-
- 21名
- 高田露(熊本県郡部)
- 憲政本党
-
- 2名
- 大同俱楽部
-
- 2名
- 猶興会
-
- 1名
- 高木正年(東京府郡部)
- 中立
-
- 11名
- 川越進(宮崎県)
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]参考文献
[編集]- 衆議院事務局編『総選挙衆議院議員当選回数調 - 第1回乃至第19回』衆議院事務局、1936年。