第14回衆議院議員総選挙
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第14回衆議院議員総選挙 | |||
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内閣 | 原内閣 | ||
解散日 | 1920年(大正9年)2月26日 | ||
公示日 | 1920年(大正9年)3月5日 | ||
投票日 | 1920年(大正9年)5月10日 | ||
選挙制度 | 小選挙区制 | ||
改選数 | 464( 64) | ||
議席内訳 | |||
有権者 | 直接国税3円以上納税の満25歳以上の男性日本国民 | ||
有権者数 | 306万9148人 | ||
投票率 | 86.73%(5.19%) | ||
各党別勢力 | |||
党順 | 第1党 | 第2党 | 第3党 |
画像 | |||
党色 | |||
党名 | 立憲政友会 | 憲政会 | 立憲国民党 |
党首 | 原敬 | 加藤高明 | 犬養毅 |
前回選挙 | 165 | 121 | 35 |
選挙前議席 | 162 | 118 | 31 |
獲得議席 | 278 | 110 | 29 |
増減 | 116 | 8 | 2 |
< 1917年1924年 > | |||
第14回衆議院議員総選挙(だい14かいしゅうぎいんぎいんそうせんきょ)は、1920年(大正9年)5月10日に日本で行われた帝国議会(衆議院)議員の総選挙である。
概説
[編集]この選挙から、有権者の資格が直接国税10円以上を納める男子から直接国税3円以上を納める男子に緩和され、有権者数は前回選挙に比べ倍以上に増加して300万人を突破した。また選挙区制度が大選挙区制から小選挙区制に移行して初めての選挙となった。選挙区名が「道府県名◯区」(◯は数字)に変更された。
選挙の結果、与党の立憲政友会は選挙前の165議席から278議席へと100議席以上伸ばす圧勝を収めた。野党第1党の憲政会(旧・立憲同志会)は110議席と減少し、無所属議員も減少した。
沖縄県の先島諸島及び北海道の国後島と択捉島で初めて国政選挙が実施された[1]。
選挙データ
[編集]内閣
[編集]解散日
[編集]公示日
[編集]投票日
[編集]改選数
[編集]- 464
選挙制度
[編集]- 小選挙区制(一部複数区制)
- 制限投票
- 直接国税3円以上納税の満25歳以上の男性
- 有権者 306万9148
選挙結果
[編集]投票率
[編集]- 86.72%(前回比5.20%)
党派別獲得議席
[編集]- 中立(無所属)48議席[2]
議員
[編集]当選者
[編集]立憲政友会 憲政会 立憲国民党 中立
※空欄の選挙区は複数定数選挙区の2位以下の当選を示す。
補欠当選等
[編集]立憲政友会 憲政会 立憲国民党 革新倶楽部 中立
年 | 月日 | 選挙区 | 選出 | 新旧別 | 当選者 | 所属党派 | 欠員 | 所属党派 | 欠員事由 |
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1920 | 7.22 | 奈良2区 | 補欠選挙 | 新 | 福井甚三 | 立憲政友会 | 森岡京次郎 | 中立 | 1920.6.28死去 |
8.9 | 福島2区 | 新 | 石川淳 | 立憲政友会 | 前田兵郎 | 憲政会 | 1920.7.8死去 | ||
9.20 | 佐賀4区 | 新 | 石川三郎 | 立憲政友会 | 井原喜代太郎 | 憲政会 | 1920.8.6死去 | ||
12.18 | 北海道8区 | 更正決定 | 新 | 浅川浩 | 憲政会 | 大久保虎吉 | 立憲政友会 | 1920.11.11当選無効 | |
12.27 | 石川3区 | 元 | 戸水寛人 | 立憲政友会 | 神田重義 | 立憲政友会 | 1920.12.23当選無効 | ||
1921 | 1.15 | 秋田3区 | 補欠選挙 | 新 | 三浦権兵衛 | 立憲政友会 | 高橋本吉 | 立憲政友会 | 1920.11.26死去 |
2.8 | 秋田2区 | 更正決定 | 新 | 村山喜一郎 | 憲政会 | 池田亀治 | 立憲政友会 | 1921.1.26当選無効 | |
5.4 | 三重10区 | 補欠選挙 | 元 | 川崎克 | 憲政会 | 福地銭吉 | 立憲国民党 | 1921.4.4死去 | |
広島7区 | 新 | 佐久間啓荘 | 憲政会 | 金尾稜厳 | 憲政会 | 1921.3.23死去 | |||
6.27 | 北海道4区 | 新 | 友田文次郎 | 憲政会 | 井内歓二 | 中立 | 1921.5.21死去 | ||
6.29 | 静岡4区 | 新 | 深沢米太郎 | 立憲政友会 | 清崟太郎 | 立憲政友会 | 1921.5.29死去 | ||
11.9 | 福島4区 | 新 | 粟山博 | 憲政会 | 川口誠三郎 | 立憲政友会 | 1921.9.24死去 | ||
11.29 | 和歌山3区 | 新 | 望月政友 | 立憲政友会 | 児玉亮太郎 | 立憲政友会 | 1921.10.25死去 | ||
12.21 | 岩手1区 | 新 | 大矢馬太郎 | 立憲政友会 | 原敬 | 立憲政友会 | 1921.11.4死去(原敬暗殺事件) | ||
1922 | 1.17 | 石川4区 | 新 | 米原於菟男 | 立憲政友会 | 米田穣 | 立憲政友会 | 1921.12.3死去 | |
愛知5区 | 新 | 加藤紋右衛門 | 立憲政友会 | 波多野喜右衛門 | 立憲政友会 | 1921.12.15選挙法違反 | |||
3.17 | 静岡4区 | 新 | 平野光雄 | 中立 | 深沢米太郎 | 立憲政友会 | 1922.2.3死去 | ||
4.21 | 岡山8区 | 再選挙 | 新 | 土居通憲 | 立憲国民党 | 妹尾順平 | 立憲政友会 | 1922.3.6選挙無効 | |
4.29 | 宮城5区 | 補欠選挙 | 新 | 佐藤庄助 | 立憲政友会 | 沢来太郎 | 立憲政友会 | 1922.3.23死去 | |
6.25 | 岩手4区 | 新 | 河野喜蔵 | 立憲政友会 | 菊池長右衛門 | 立憲政友会 | 1922.5.16死去 | ||
7.1 | 熊本5区 | 新 | 中島照寛 | 立憲政友会 | 山移定政 | 憲政会 | 1922.5.21死去 | ||
7.25 | 新潟5区 | 新 | 佐藤栄吉 | 立憲政友会 | 長場龍太郎 | 中立 | 1922.6.16死去 | ||
9.28 | 神奈川4区 | 新 | 田川平三郎 | 憲政会 | 福本清之輔 | 憲政会 | 1922.8.18死去 | ||
11.10 | 愛知3区 | 新 | 千賀千太郎 | 中立 | 手島鍬司 | 憲政会 | 1922.9.23死去 | ||
11.11 | 福岡11区 | 新 | 辻勇夫 | 立憲政友会 | 古林与六 | 立憲政友会 | 1922.10.9死去 | ||
1923 | 1.27 | 東京9区 | 新 | 中原徳太郎 | 憲政会 | 秋乕太郎 | 憲政会 | 1922.12.15死去 | |
4.10 | 福岡14区 | 元 | 樋口典常 | 立憲政友会 | 江崎幸太郎 | 立憲政友会 | 1923.2.24死去 | ||
4.22 | 山形1区 | 新 | 添田敬一郎 | 立憲政友会 | 戸狩権之助 | 立憲政友会 | 1923.3.12死去 | ||
5.27 | 北海道7区 | 新 | 石黒長平 | 立憲政友会 | 伊藤広幾 | 立憲政友会 | 1923.4.4死去 | ||
7.10 | 長崎3区 | 元 | 則元由庸 | 立憲政友会 | 横山寅一郎 | 立憲政友会 | 1923.5.22死去 | ||
香川3区 | 新 | 大森貞資 | 立憲政友会 | 林毅陸 | 立憲政友会 | 1923.5.18辞職 | |||
8.30 | 福岡17区 | 新 | 神崎勲 | 立憲政友会 | 蔵内次郎作 | 立憲政友会 | 1923.7.18死去 | ||
11.3 | 長野3区 | 新 | 宮沢長治 | 立憲政友会 | 花岡次郎 | 立憲政友会 | 1923.9.23死去 | ||
11.16 | 埼玉2区 | 新 | 斎藤小十郎 | 憲政会 | 綾部惣兵衛 | 憲政会 | 1923.10.5死去 | ||
12.11 | 新潟6区 | 新 | 建部遯吾 | 憲政会 | 坂口仁一郎 | 憲政会 | 1923.11.2死去 | ||
12.24 | 広島12区 | 元 | 吉田中 | 憲政会 | 永屋茂 | 立憲政友会 | 1923.11.8死去 | ||
1924 | 1.14 | 福井4区 | 新 | 加藤勝康 | 立憲政友会 | 高島七郎右衛門 | 立憲政友会 | 1923.11.25死去 | |
1.15 | 福岡4区 | 新 | 坂井大輔 | 立憲政友会 | 鮎川盛貞 | 革新倶楽部 | 1923.11.13辞職 | ||
1.23 | 山口8区 | 新 | 窪井義道 | 中立 | 難波作之進 | 中立 | 1923.12.28辞職(虎ノ門事件) | ||
1.24 | 鹿児島5区 | 新 | 東幸治 | 立憲政友会 | 萩亮 | 立憲政友会 | 1923.12.19死去 | ||
出典:衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 院内会派編衆議院の部』大蔵省印刷局、1990年。 |
初当選
[編集]- 計243名
- 立憲政友会
-
- 151名
- 岡田伊太郎(北海道6区)
- 松実喜代太(北海道7区)
- 伊藤広幾(北海道7区)
- 大久保虎吉(北海道8区)
- 栗林五朔(北海道10区)
- 黒住成章(北海道11区)
- 北山一郎(青森1区)
- 宇野勇作(青森3区)
- 原田藤次郎(青森4区)
- 梅田潔(青森7区)
- 久慈貫一(岩手3区)
- 菊池長右衛門(岩手4区)
- 広瀬為久(岩手5区)
- 志賀和多利(岩手6区)
- 佐藤良平(岩手7区)
- 伊澤平左衛門(宮城1区)
- 野副重一(宮城3区)
- 中島鵬六(宮城4区)
- 成田直一郎(秋田4区)
- 鶴見孝太郎(山形5区)
- 高橋善五郎(山形6区)
- 鐸木三郎兵衛(福島1区)
- 川口誠三郎(福島4区)
- 谷津新八郎(茨城2区)
- 石井三郎(茨城4区)
- 市村貞造(茨城6区)
- 高柳淳之助(茨城8区)
- 高野毅(茨城9区)
- 植竹龍三郎(栃木1区)
- 波多野承五郎(栃木4区)
- 松岡俊三(栃木5区)
- 今泉嘉一郎(群馬4区)
- 高田良平(埼玉3区)
- 長谷川宗治(埼玉3区)
- 山崎猛(埼玉4区)
- 中山佐市(千葉1区)
- 本多貞次郎(千葉3区)
- 浜口吉兵衛(千葉5区)
- 西川嘉門(千葉7区)
- 鈴木隆(千葉8区)
- 竹沢太一(千葉9区)
- 吉野小一郎(神奈川5区)
- 森恪(神奈川7区)
- 飯島信明(山梨2区)
- 三枝彦太郎(山梨5区)
- 宮崎三之助(東京6区)
- 土屋興(東京13区)
- 長谷場敦(東京13区)
- 中島守利(東京15区)
- 内山安兵衛(東京16区)
- 木村清三郎(新潟2区)
- 伊藤虎助(新潟6区)
- 高橋金治郎(新潟8区)
- 青木恒太郎(新潟10区)
- 武田徳三郎(新潟11区)
- 鈴木義隆(新潟12区)
- 米沢与三次(富山4区)
- 神田重義(石川3区)
- 益谷秀次(石川5区)
- 山本条太郎(福井1区)
- 野村勘左衛門(福井3区)
- 高島七郎右衛門(福井4区)
- 河崎清(福井5区)
- 花岡次郎(長野3区)
- 塚原嘉藤(長野7区)
- 佐藤寅太郎(長野9区)
- 山田永俊(岐阜1区)
- 木村作次郎(岐阜2区)
- 川村数郎(岐阜4区)
- 大道寺慶男(岐阜4区)
- 野呂駿三(岐阜7区)
- 牧野良三(岐阜9区)
- 宮崎友太郎(静岡3区)
- 加藤重三郎(愛知1区)
- 下出民義(愛知4区)
- 波多野喜右衛門(愛知5区)
- 山本清三郎(愛知6区)
- 斎藤鷲太郎(愛知11区)
- 舞田寿三郎(愛知12区)
- 伊坂秀五郎(三重5区)
- 加藤久米四郎(三重6区)
- 安原仁兵衛(滋賀2区)
- 西村伊亮(滋賀5区)
- 竹上藤次郎(京都1区)
- 風間八左衛門(京都3区)
- 大島実太郎(京都6区)
- 樋口伊之助(大阪1区)
- 赤田瑳一(大阪4区)
- 山口義一(大阪5区)
- 井阪豊光(大阪11区)
- 菊川惣吉(兵庫2区)
- 木下甚三郎(兵庫7区)
- 松山常次郎(兵庫12区)
- 磯田粂三郎(奈良1区)
- 津野田是重(奈良3区)
- 玉置良直(奈良5区)
- 久下豊忠(和歌山1区)
- 山口嘉蔵(鳥取3区)
- 清瀬規矩雄(鳥取4区)
- 佐野正雄(島根1区)
- 櫻内幸雄(島根2区)
- 原夫次郎(島根3区)
- 平田民之助(島根4区)
- 若林徳懋(島根6区)
- 佐々木志賀二(岡山3区)
- 妹尾順平(岡山8区)
- 永屋茂(広島12区)
- 古林新治(山口2区)
- 阪上貞信(山口3区)
- 吉木陽(山口9区)
- 海原清平(徳島1区)
- 浅石恵八(徳島3区)
- 岡順次(徳島5区)
- 蓮井藤吉(香川4区)
- 深見寅之助(愛媛3区)
- 矢野丑乙(愛媛6区)
- 水野吉太郎(高知1区)
- 大石大(高知2区)
- 坂本素魯哉(高知3区)
- 国沢新兵衛(高知4区)
- 野口忠太郎(福岡7区)
- 中村清造(福岡9区)
- 三好徳松(福岡10区)
- 青柳郁次郎(福岡10区)
- 古林与六(福岡11区)
- 江崎幸太郎(福岡14区)
- 崎山克治(福岡16区)
- 木下十四三(佐賀3区)
- 向井倭雄(長崎7区)
- 小橋一太(熊本1区)
- 高木第四郎(熊本2区)
- 門田新松(熊本3区)
- 松野鶴平(熊本4区)
- 上塚司(熊本5区)
- 島本信二(熊本6区)
- 池田泰親(熊本7区)
- 金光庸夫(大分2区)
- 吉良元夫(大分4区)
- 柿原政一郎(宮崎1区)
- 永井作次(宮崎2区)
- 岩切重雄(鹿児島2区)
- 久木田叶(鹿児島3区)
- 樋渡次右衛門(鹿児島3区)
- 海江田準一郎(鹿児島4区)
- 津崎尚武(鹿児島6区)
- 日野辰次(鹿児島7区)
- 岩崎宗茂助(鹿児島7区)
- 禱苗代(鹿児島8区)
- 花城永渡(沖縄2区)
- 石川善盛(沖縄3区)
- 仲田徳三(沖縄4区)
- 憲政会
-
- 48名
- 立憲国民党
-
- 10名
- 中立
-
- 34名
返り咲き・復帰
[編集]- 計43名
- 立憲政友会
-
- 28名
- 憲政会
-
- 10名
- 立憲国民党
-
- 2名
- 中立
-
- 3名
引退・不出馬・落選
[編集]- 計201名
- 立憲政友会
-
- 67名
- 憲政会
-
- 67名
- 立憲国民党
-
- 14名
- 純正国民党
-
- 4名
- 中立
-
- 49名
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 衆議院解散後の5月2日に急死した。
出典
[編集]参考文献
[編集]- 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 院内会派編衆議院の部』大蔵省印刷局、1990年。