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多摩地域

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多摩地区から転送)
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多摩地域
多摩地域
多摩地域
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 東京都
面積
 • 26市・3町・1村 1,159.82 km2
人口
(2024年12月1日)
 • 26市・3町・1村 4,294,915人
 • 密度 3,700人/km2

多摩地域(たまちいき)は、東京都のうち、東京都区部(旧東京市)と東京都島嶼部伊豆諸島小笠原諸島)を除いた市町村部(26市・3町・1村)のこと。多摩地区(たまちく)、三多摩(さんたま)、多摩(たま)とも呼ばれる。

おおむね令制国時代の武蔵国多摩郡に相当し、古くは武蔵国の行政の中心地として国府国分寺が置かれていた。

東京都人口(14,200,331人)の約3分の1に当たる4,294,915人がこの地域に居住している。国勢調査より、多摩地域の人口を上回る都道府県は順に神奈川県大阪府愛知県埼玉県千葉県兵庫県北海道福岡県の8道府県。

三多摩などとも言われ、住みたい街ランキングで上位に入る事が多い武蔵野市の吉祥寺を筆頭に八王子市以東は東京23区のベッドタウン郊外エリアとして人気がある[1][2]

地理

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中心に近い府中市中部より南西方面のパノラマ画像。広がる多摩丘陵富士山も見える(2017年撮影)。平地が占めるが山岳部もある。

地勢

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関東平野の、おおむね武蔵野台地多摩川低地および多摩丘陵に位置する。特に東部は国分寺崖線の「はけ」による坂があるものの、おおむね平地であり、市町村各自治体面積も50平方キロメートルと広くはない。多摩川より北は台地が多く、多摩川の南また西部は比較的丘陵地帯が多く山岳部もある。武蔵野台地の北側には孤立した狭山丘陵もある。

気候

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気候太平洋側気候に属するが、内陸地域であるため、内陸性の気候も見られる。夏は暑さが厳しく、猛暑日が多い。また、冬は冷え込みが厳しく、全域でほぼ連日冬日となる。

奥多摩
標高が高いことから夏は猛暑日は少なく、熱帯夜にならないことから避暑にも適している。冬は山間部のため、東京都の中で一番冷え込みが厳しく厳冬期には-10℃以下になることもあるなど、長野県南東北並みの気温となる。ただし、奥多摩町アメダスは奥多摩湖畔に設置されているため、冷え込みが緩く、周辺より3-4℃高く観測されている。
多摩平野部、武蔵野
立川市や府中市、調布市などの北多摩地域、多摩ニュータウン地域が該当する。夏の暑さが厳しく、猛暑の年には38℃前後まで上がることがある。また、都心部には近いが、冬は放射冷却が強いため、寒さが厳しく、-6℃前後まで冷え込むこともある。府中アメダスの1月の平均最低気温は-1.4℃で、北関東の前橋市の−0.5℃や埼玉県北部の熊谷市の−0.9℃よりも低い。
八王子、青梅、あきる野
多摩平野部に比べ、より内陸性の気候を受け持つ。夏の暑さは厳しく、八王子市2018年2020年に39.3℃、青梅市は2018年に40.8℃を観測している。また冬の寒さも厳しく、厳冬期には-8℃前後になることもある[3]

自然概況

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奥多摩」と呼ばれる山間部は関東山地の東縁で暖温帯林~冷温帯林の生育環境にあたり、第二次世界大戦後の拡大造林により人工林であるスギ林が多い。また多摩丘陵には落葉広葉樹林を中心とした雑木林のいわゆる里山が広がり、丘陵地が浸食された谷戸と呼ばれる地形も見られる。

範囲

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武蔵国多摩郡であった区域のうち、東多摩郡を除く、北多摩郡南多摩郡西多摩郡の3つの地域の総称。おおむね多摩川秋川の合流地点よりやや東の米軍横田飛行場付近から西が西多摩地域、それより下流の多摩川の南側が南多摩地域、北側が北多摩地域である。

タクシー業界では武蔵野市三鷹市の2市が「都内・武三地区」(武蔵野・三鷹の略)として、それ以外は北多摩・西多摩・南多摩の3交通圏に分けられている。

路線バスの運賃地域区分では武蔵野市[注 1]・三鷹市に加えて調布市の大部分[注 2]狛江市の4市は「都内均一運賃地区」として特別区(23区)と同じ均一運賃、府中市立川市などの他の地域は武相運賃地区とも呼ばれる[4]乗車区間に応じて変動する多区間運賃となる。乗車方法も均一運賃地区は前乗り先払い、武相運賃地区の多くは後乗り後払い(整理券発行)であるが、境界に近いエリアでは前乗り先払い申告制として多区間運賃を実施している。1965年に都区内地区と多摩地区に分けられた。武蔵野市や三鷹市などの多摩東部を都区内地区としたのは23区に隣接し市制化していたからであった。当時まだ郡部だった狛江町も23区と調布市に挟まれていたため、都区内に含めた。しかし、同じく23区に隣接している現在の西東京市域はまだ郡部の保谷町、田無町だっため都区内地区にしなかった。府中市の多磨駅周辺、調布市飛田給地区、西東京市新町などは都区内料金区、稲城市の京王相模原線沿線と矢野口駅周辺は川崎市料金区ととのつながりが強いためバス会社によっては均一料金となることもある。 

電話単位料金区域 (MA) では、狛江市の大半および調布市・三鷹市の一部地域が特別区扱いで、市外局番03である(参考までに、兵庫県尼崎市が入っている大阪市の市外局番06とは異なり、市外局番03は都外では使われていない)。03以外の区域は、0428の青梅料金区(山梨県北都留郡小菅村丹波山村を含む)と0422の武蔵野三鷹料金区を除き、1997年(平成9年)~1998年(平成10年)にかけての移行後は、神奈川県相模原市の大半および山梨県南都留郡道志村の一部を含め042に統一されている。しかし料金区は依然、武蔵野三鷹、国分寺、立川、八王子、相模原、青梅に分かれており、異なる料金区間での市内通話はできないため、違う料金区にかける時は市外局番をつける必要がある。

多摩地域内を区分する場合、旧来の郡に合わせた多摩北部多摩南部多摩西部(あるいは北多摩・南多摩・西多摩)の3区分とする場合が多いが、おおよそ立川市を境に多摩東部・多摩西部という区分をすることもある。気象庁天気予報では、多摩東部・多摩西部と2つに区分している。それ以外にも不動産関係企業などで便宜的に区分を細分化している場合がある。

変遷

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多摩地域は、平安時代中期に延喜式において、武蔵国多摩郡とされたのが始まりである。明治維新後にこの地の旧天領、旧旗本領は武蔵県韮山県などに編成された一方で、各藩の領地はそのまま各県の飛び地となった。多摩郡のうち東部の各村は武蔵県に編入され、品川県を経て1871年(明治4年)に東京府に編入された。北南西部の各村は韮山県に編入され、小田原県神奈川県を経て、1893年(明治26年)に東京府に移管された。1878年(明治11年)の郡区町村編制法施行により、それぞれ東京府および神奈川県において東多摩郡・西多摩郡・南多摩郡・北多摩郡の4郡が成立した。東多摩郡は1896年(明治29年)に南豊島郡と合併して豊多摩郡1932年(昭和7年)には東京市へ編入)となって消滅し、北多摩郡と南多摩郡は郡内全町村の市制施行に伴って1970年(昭和45年)、1971年(昭和46年)に消滅した。これにより旧多摩郡4郡で郡名を残すのは西多摩郡のみとなっている。

呼称

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三多摩

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本来の多摩地域は、令制国の武蔵国多摩郡に当たる。だがこの定義では、旧東多摩郡に属する地域(中野区杉並区の全域)と旧北多摩郡に属する地域(世田谷区の旧砧村・旧千歳村)は多摩地域に含まれ、埼玉県から編入された旧北足立郡(旧新座郡)に属する地域(西東京市のうち旧保谷市の地域)と旧入間郡に属する地域(瑞穂町のうち旧元狭山村の地域)は多摩地域に含まれないことになる。

「東京都の特別区と島嶼を除いた地域」を指す名称としては、「多摩地域のうち東多摩郡を除く、北多摩郡・南多摩郡・西多摩郡の多摩3郡域」の意味で三多摩(さんたま)の語を用いる場合もあるが、前述のとおり世田谷区の旧砧村・旧千歳村の区域が北多摩郡であったため、厳密にはこれも正確な表現とは言えない。だが、多摩地域のうち旧東京市に編入された、現在の中野区・杉並区(旧東多摩郡、編入当時は豊多摩郡)、世田谷区の砧地域烏山地域(旧北多摩郡)が東京23区となってから長年が経過し、これらの地域がかつて「多摩」であったという意識は薄れている。また市制施行により西多摩郡以外の2郡は消滅したため、「三多摩」の語の使用頻度は減少しつつある。ただし旧郡名については地域名称として、例えば東京都議会の北多摩第一~第四、西多摩および南多摩の各選挙区分として利用されている(東京都議会#選挙区も参照)。

三多摩の行政区画の変遷

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北多摩郡
北多摩郡は、現在の武蔵村山・東大和・東村山・清瀬・東久留米・西東京・小平・昭島・立川・国立・国分寺・小金井・府中・武蔵野・三鷹・調布・狛江市及び世田谷区の西部(旧砧村・旧千歳村)の区域。1907年(明治40年)に西東京市の旧保谷市の区域が埼玉県北足立郡より編入された。北多摩郡は1970年(昭和45年)に村山町が武蔵村山市に昇格したのを最後に消滅した。旧郡役所所在地:府中町(同上)
現在の一級河川「多摩川」北側の地域であり「北多摩」と呼ばれる。
南多摩郡
南多摩郡は一級河川「多摩川」の南側であり、現在の八王子・町田・日野・多摩・稲城市の区域だったが、1971年に多摩・稲城の市制施行に伴い消滅。旧郡役所所在地:八王子市(同上)
現在の一級河川「多摩川」南側の地域であり「南多摩」と呼ばれる。
東多摩郡
東多摩郡は1896年(明治29年)に南豊島郡と合併して豊多摩郡の区域の一部となり、1932年(昭和7年)に旧東京市に編入された。現在の中野区杉並区に相当する。旧郡役所所在地:中野村(同上 1896年(明治29年)当時)
西多摩郡
西多摩郡はかつて青梅・福生・羽村・あきる野市も含んでいたが、現在は瑞穂町・日の出町・奥多摩町・檜原村の3町1村に限ることである。1958年(昭和33年)に埼玉県入間郡元狭山村の区域の一部が編入された。旧郡役所所在地:青梅町(郡役所廃止1923年(大正12年))
  • これらに関しては東京都も参照のこと。

広域多摩地域(TAMA)

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多摩地域に加えて、神奈川県国道246号沿線(川崎市多摩区麻生区宮前区高津区横浜市青葉区緑区都筑区瀬谷区)や相模原市大和市埼玉県のうち旧入間県所沢市狭山市入間市川越市などの南西部)は、電気・電子機械製造業の工場・開発拠点、大学などの教育研究機関が集積しているため、旧通商産業省関東通商産業局は、この一帯を総称して「広域多摩地域」と名付けた[5]。また、TAMA産業活性化協議会は、この広域多摩地域の総称を、「Technology Advanced Metropolitan Area」(技術先進首都圏地域)の頭文字をとって「TAMA」と名付けた。また、これらの地域は多摩地域とのつながりも深い。

業務核都市基本構想

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東京都が多極分散型国土形成促進法により諸機能の立地促進を行うもの。八王子立川青梅町田多摩ニュータウン多摩市)、相模原市の6箇所がある[6]

多摩広域拠点域・多摩イノベーション交流ゾーン

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東京都が2017年に発表した「都市づくりのグランドデザイン~東京の未来を創ろう」によると、概ね武蔵野線から圏央道の間の地区(概ね埼玉県入間地区、青梅市、立川市、八王子市、町田市、相模原市、多摩ニュータウンとその周辺)を新たな地域区分として「多摩広域拠点域」と位置づけ、更に大学や企業、研究機関が集積している立川市、八王子市、町田市、相模原市、多摩ニュータウンの一帯を「多摩イノベーション交流ゾーン」と位置づけ、2040年に向けて多様なイノベーションが創出される地区にしていくことを目指すとしている[7]

歴史

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律令制以前

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現在の多摩地域は、令制国武蔵国多摩郡に相当するが、534年武蔵国造の乱の後に献上された4つの屯倉のうちの1つ多氷屯倉(おおいのみやけ、歴史的仮名遣おほひのみやけ)の位置は、「多氷」を「多末」(たま)の誤記としてこの多摩郡[注 3]、特に現在の東京都あきる野市付近であると推測されている。

律令制の時代

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律令制において設置された前述の多摩郡には、武蔵国の中枢機関に当たる国府(現・府中市)と国分寺(現・国分寺市)、一宮小野神社多摩市)、二宮二宮神社あきる野市)が置かれた。なお、武蔵国は、現在の東京都および埼玉県葛飾郡以外の地域と神奈川県北東部を含む広い版図だった。

この地域の一部には古代から帰化人が移住していたとされ、高句麗人1799人が集められた高麗郡、新羅人74人が集められた新羅郡(新座郡)が置かれた。また亀塚古墳のある狛江郷(狛江市)は高句麗に由来するとする説もある。

延喜式神名帳』には、足立郡氷川神社(名神大社)、多摩郡阿伎留神社小野神社(一宮)、青渭神社穴澤天神社大麻止乃豆乃天神社等が見える。対して、後世に武蔵国総社とされた大國魂神社や、東京都区部の神社として著名な神田明神日枝神社の名は見えない。

中世

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平安時代後期・鎌倉時代には武蔵七党などの武士団が勃興した。鎌倉後期の元弘3年(1333年)5月には上野国新田義貞が挙兵し、義貞勢は南下して5月15日に武蔵府中で鎌倉幕府勢の北条泰家を破り(分倍河原の戦い)、鎌倉へ侵攻した。

戦国時代の多摩郡は、関東管領上杉氏による支配を経て、江戸を本拠地とする太田氏や小田原(神奈川県小田原市)を本拠地とする戦国大名である後北条氏の地盤となった。北条氏政の弟・北条氏照八王子城八王子市)を築き、西方の甲斐国武田氏に備えた。その後北条氏も豊臣秀吉小田原征伐によって没落した。

近世

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江戸時代には、幕府の直轄領(御料)や旗本領となり、八王子宿には関東各地の直轄領を支配する代官18人が駐在することとなり、武田氏旧臣の大久保長安が代官頭を務めて、多摩地域の開発と甲州街道青梅街道の整備に当たった。また、江戸幕府は、国境警備のため、八王子宿周辺の農村に八王子千人同心を配した。近藤勇(現・調布市)、土方歳三(現・日野市)など新選組主要隊士の出身地もこの地域である。

東京府

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多摩3郡が神奈川県に属していた1872年(明治4年)12月の行政区画地図
多摩3郡が神奈川県に属していた1872年(明治4年)12月の行政区画地図

多摩郡内の旧幕府・旗本領は韮山県品川県などに編入されたが、川越藩領との移管も含めて、各町村ごとの管轄の変遷は極めて錯綜している。1871年(明治4年)8月29日(旧暦7月14日)の廃藩置県後、同年12月(旧暦11月)に多摩郡は東京府入間県に分割されたが、多摩郡内が横浜に居留する外国人の遊歩区域に含まれるとの神奈川県知事陸奥宗光の上申により全域が神奈川県に移管された。ただし、東部の中野村ほか31村(現在の中野区・杉並区)は1872年(明治5年)9月に再び東京府へ移管された。1878年(明治11年)11月に施行された郡区町村編制法により、神奈川県管下の区域は3分割され西多摩郡、南多摩郡、北多摩郡に、東京府管下の区域は東多摩郡となった。

この後、多摩3郡は1893年(明治26年)に東京府に編入された。この理由は、帝都の水源である多摩川や玉川上水を東京府の管理下に置くためとされた。しかし当時の政府が日清戦争に備えての海軍力増強予算を帝国議会で成立させるためだったという説もある。それは、この時期の多摩地域は自由民権運動の中心でもあり[注 4]、この時期には自由党の地盤でもあった。これは、多摩地域に養蚕業を中心とした製造業者とそれを横浜港から輸出する流通業者が多く、軍事よりも産業振興を求める層だったからであるといわれている。軍事大増強を阻もうとする自由党の地盤を行政区画の変更という手段で解体したのではないか[8]というものである。移管の際に反対運動の中心となったのは自由党の戦闘組織である三多摩壮士団だった[8]大阪事件以降の村野常右衛門森久保作蔵は東京市政において大正末頃まで大きな影響力を及ぼす。多摩は名望家民権家で同時に多様な集団の受け皿となった人物を多く輩出している。

1895年(明治28年)に内務省東京15区を政府の管理下に置くために「東京都制および多摩県設置法案」を出したが、帝国議会や東京市民から自治権を奪うものだとして反発を受け、成立には至らなかった。しかしこの時期、「多摩県」構想や「武蔵県」構想は実際に存在した。

「多摩県」構想は、多摩3郡のみで県を構成する案だった。この構想での県庁所在地は、八王子市である。一方、「武蔵県」構想は、東京市(発足当時の15区)を除く東京府、すなわち多摩3郡と豊多摩郡北豊島郡荏原郡南足立郡南葛飾郡を含めて県を構成する案だった。この案では、豊多摩郡内藤新宿町1920年東京市四谷区に編入)あるいは八王子市に県庁を置く案があった[8]

1907年(明治40年)4月1日 、埼玉県北足立郡保谷村が北多摩郡に編入された。

1932年(昭和7年)10月1日、東京市が20区制に編成されることにともない、豊多摩郡が東京市に編入された。

1936年(昭和11年)10月1日、北多摩郡砧村千歳村が東京市世田谷区に編入された。

東京都

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1943年(昭和18年)7月1日、内務省によって東京市と東京府は廃止され、東京都が設置された。東京都発足時、道路・公共施設等の都市基盤の整備状況は特別区と三多摩地域とで大きな差を生じており、「三多摩格差」の語が生まれた。

第二次世界大戦後のこの地域には大規模な住宅団地や工業団地が進出し、多摩丘陵には全国最大規模の多摩ニュータウンが建設された。このニュータウンの完成に合わせて、京王相模原線小田急多摩線が開通した。また、特別区のキャンパスが手狭になった大学の移転も相次いだ。

1958年(昭和33年)10月15日には、埼玉県入間郡元狭山村西多摩郡瑞穂町へ編入された。

1964年(昭和39年)に開催された東京オリンピックでは、八王子市に仮設された「八王子ロードレースコース」において自転車競技が行われた。また1967年(昭和42年)、全国第2の高速道路として中央自動車道が開通した。この道路の初めての開通部分は調布インターチェンジ - 八王子インターチェンジで、いずれも多摩地域内である。

1970年(昭和45年)狛江町、大和町、清瀬町、久留米町、村山町が市制施行によりそれぞれ狛江市東大和市清瀬市東久留米市武蔵村山市となり郡より離脱、これにより北多摩郡が消滅した。

1971年(昭和46年)には稲城町と多摩町が市制施行してそれぞれ稲城市多摩市となり郡より離脱、同年南多摩郡消滅。

1977年(昭和52年) 米軍立川基地が横田基地へ移転し、同基地は日本に全面返還される。跡地は国有地化され、陸上自衛隊立川駐屯地立川広域防災基地や、後の1983年(昭和58年)に開園した国営昭和記念公園などに転用された。

1991年(平成3年)には羽村町が市制施行して羽村市となり、1995年(平成7年)には五日市町が秋川市と合併しあきる野市が発足、西多摩郡より離脱。

1998年(平成10年)には多摩地域に不足している南北間の交通を補完する目的で多摩都市モノレールが開通した。また2002年(平成14年)にはこの地域内に首都圏中央連絡自動車道(圏央道)の東京都内部分が初めて開通。2007年(平成19年)にはこの地域内にある八王子ジャンクションが供用開始されたことにより中央道と関越道とが圏央道を介して接続された。

2007年(平成19年)12月には、町田市と相模原市の間を流れる境川の改修に伴い、両市の境界線が変更された[9]

2013年(平成25年)には、多摩地域と島嶼部を中心とした国民体育大会「第68回国民体育大会」が開催された。

自治体

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多摩地域地図

現行の自治体

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2001年以降、多摩地域には26市3町1村、計30の自治体が存在する。

全国地方公共団体コード(市町村コード)では、上2桁の13は東京都、次の桁の2は市、3は町村を表す。下2桁は成立順に付与される。市への移行・合併時には継承されず、新しく付与される。

団体コード 市町村 読み 推計人口
[注 5]
面積 人口密度 成立年月日
132012 八王子市 はちおうじし 576,804人 186.38km² 03,095人/km² 1917年(大正06年)09月01日
132021 立川市 たちかわし 185,435人 024.36km² 07,612人/km² 1940年(昭和15年)12月01日
132039 武蔵野市 むさしのし 150,654人 010.98km² 013,721人/km² 1947年(昭和22年)11月03日
132047 三鷹市 みたかし 195,952人 016.42km² 011,934人/km² 1950年(昭和25年)11月03日
132055 青梅市 おうめし 130,386人 0103.31km² 01,262人/km² 1951年(昭和26年)04月01日
132063 府中市 ふちゅうし 263,414人 029.43km² 08,951人/km² 1954年(昭和29年)04月01日
132071 昭島市 あきしまし 115,951人 017.34km² 06,687人/km² 1954年(昭和29年)05月01日
132080 調布市 ちょうふし 244,508人 021.58km² 011,330人/km² 1955年(昭和30年)04月01日
132098 町田市 まちだし 432,277人 071.55km² 06,042人/km² 1958年(昭和33年)02月01日
132101 小金井市 こがねいし 127,828人 011.30km² 011,312人/km² 1958年(昭和33年)10月01日
132110 小平市 こだいらし 200,494人 020.51km² 09,775人/km² 1962年(昭和37年)10月01日
132128 日野市 ひのし 191,817人 027.55km² 06,963人/km² 1963年(昭和38年)11月03日
132136 東村山市 ひがしむらやまし 152,185人 017.14km² 08,879人/km² 1964年(昭和39年)04月01日
132144 国分寺市 こくぶんじし 132,348人 011.46km² 011,549人/km² 1964年(昭和39年)11月03日
132152 国立市 くにたちし 76,762人 08.15km² 09,419人/km² 1967年(昭和42年)01月01日
132187 福生市 ふっさし 55,993人 010.16km² 05,511人/km² 1970年(昭和45年)07月01日
132195 狛江市 こまえし 83,511人 06.39km² 013,069人/km² 1970年(昭和45年)10月01日
132209 東大和市 ひがしやまとし 83,617人 013.42km² 06,231人/km² 1970年(昭和45年)10月01日
132217 清瀬市 きよせし 76,380人 010.23km² 07,466人/km² 1970年(昭和45年)10月01日
132225 東久留米市 ひがしくるめし 114,669人 012.88km² 08,903人/km² 1970年(昭和45年)10月01日
132233 武蔵村山市 むさしむらやまし 69,550人 015.32km² 04,540人/km² 1970年(昭和45年)11月03日
132241 多摩市 たまし 145,925人 021.01km² 06,946人/km² 1971年(昭和46年)11月01日
132250 稲城市 いなぎし 95,040人 017.97km² 05,289人/km² 1971年(昭和46年)11月01日
132276 羽村市 はむらし 53,727人 09.90km² 05,427人/km² 1991年(平成03年)11月01日
132284 あきる野市 あきるのし 78,303人 073.47km² 01,066人/km² 1995年(平成07年)09月01日
132292 西東京市 にしとうきょうし 207,662人 015.75km² 013,185人/km² 2001年(平成13年)01月21日
133035 瑞穂町 みずほまち 西多摩郡 31,200人 016.85km² 01,852人/km² 1940年(昭和15年)11月10日
133051 日の出町 ひのでまち 西多摩郡 16,453人 028.07km² 0586人/km² 1974年(昭和49年)06月01日
133078 檜原村 ひのはらむら 西多摩郡 1,809人 0105.41km² 017.2人/km² 1889年(明治22年)04月01日
133086 奥多摩町 おくたままち 西多摩郡 4,261人 0225.53km² 018.9人/km² 1955年(昭和30年)04月01日
合計 4,294,915人 1,159.82km² 3,703人/km²

将来人口推計

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2020年(令和2年)国勢調査の結果をもとにした国立社会保障・人口問題研究所による30年後(2050年)までの推計[10]

2025年 2030年 2035年 2040年 2045年 2050年
合計 4,289,857 4,311,158 4,296,883 4,270,996 4,230,171 4,178,409
八王子市 579,355 577,448 571,769 563,590 553,338 543,085
立川市 183,581 185,427 185,223 184,469 183,065 181,100
武蔵野市 150,149 154,175 156,616 158,625 159,716 159,750
三鷹市 195,391 197,885 200,381 202,377 203,316 203,180
青梅市 133,535 129,258 124,231 118,601 112,562 106,287
府中市 262,790 265,595 266,159 266,090 264,965 262,933
昭島市 113,949 115,091 114,338 113,199 111,610 109,677
調布市 242,614 248,007 251,011 253,528 254,713 254,454
町田市 431,079 431,122 427,113 422,245 417,122 411,871
小金井市 126,074 128,382 129,811 130,871 130,950 130,165
小平市 198,739 200,960 201,789 202,385 201,590 199,893
日野市 190,435 192,017 192,376 191,808 190,313 188,303
東村山市 151,815 152,572 152,166 151,397 150,472 149,221
国分寺市 129,242 132,238 132,981 133,480 133,144 131,964
国立市 77,130 77,602 77,476 77,349 76,851 75,987
福生市 56,414 54,836 52,882 50,874 48,776 46,689
狛江市 84,772 86,492 87,427 88,402 88,975 88,994
東大和市 83,901 83,796 83,184 82,378 81,526 80,672
清瀬市 76,208 75,964 75,289 74,558 73,865 73,212
東久留米市 115,271 113,646 111,745 109,977 108,383 106,934
武蔵村山市 70,829 70,665 69,857 68,906 67,964 67,047
多摩市 146,951 146,282 144,259 141,696 138,846 136,181
稲城市 93,151 96,490 98,447 99,886 100,816 101,225
羽村市 54,326 52,756 50,837 48,784 46,678 44,549
あきる野市 79,292 77,773 75,649 73,283 70,890 68,618
西東京市 207,388 210,968 212,640 213,841 214,300 213,944
瑞穂町 31,765 30,572 29,194 27,680 26,092 24,453
日の出町 16,958 16,933 16,277 15,465 14,614 13,831
檜原村 2,003 1,800 1,648 1,490 1,338 1,186
奥多摩町 4,750 4,406 4,108 3,762 3,381 3,004

廃止になった自治体

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市町村コードが制定された1968年(昭和43年)以降の自治体を記す。廃止時の人口は住民基本台帳に基づく。

番号 市町村コード 廃止時の人口 面積 人口密度 成立 廃止 移行後の自治体
01 13216 田無市 77,737人 6.80 km2 11,432人/km2 1967年(昭和42年)01月01日 2001年(平成13年)01月21日 西東京市
02 13217 保谷市 101,962人 9.05 km2 11,267人/km2 1967年(昭和42年)01月01日 2001年(平成13年)01月21日 西東京市
03 13226 秋川市 54,126人 22.44 km2 2,412人/km2 1972年(昭和47年)05月05日 1995年(平成07年)09月01日 あきる野市
04 13301 福生町 1940年(昭和15年)11月10日 1970年(昭和45年)07月01日 福生市
05 13302 羽村町 1956年(昭和31年)10月01日 1991年(平成03年)11月01日 羽村市
06 13304 秋多町 1955年(昭和30年)04月01日 1972年(昭和47年)05月05日 秋川市
07 13305 日の出村 1955年(昭和30年)06月01日 1974年(昭和49年)06月01日 日の出町
08 13306 五日市町 22,252人 50.90 km2 437人/km2 1889年(明治22年)04月01日 1995年(平成07年)09月01日 あきる野市
09 13320 南多摩郡 1878年(明治11年)11月18日 1971年(昭和46年)11月01日
10 13321 多摩町 1964年(昭和39年)04月01日 1971年(昭和46年)11月01日 多摩市
11 13322 稲城町 1957年(昭和32年)04月01日 1971年(昭和46年)11月01日 稲城市
12 13340 北多摩郡 1878年(明治11年)07月22日 1970年(昭和45年)11月03日
13 13341 狛江町 1952年(昭和27年)11月10日 1970年(昭和45年)10月01日 狛江市
14 13342 村山町 1952年(昭和27年)11月10日 1970年(昭和45年)11月03日 武蔵村山市
15 13343 大和町 1954年(昭和29年)05月03日 1970年(昭和45年)10月01日 東大和市
16 13344 清瀬町 1954年(昭和29年)04月05日 1970年(昭和45年)10月01日 清瀬市
17 13345 久留米町 1956年(昭和31年)08月01日 1970年(昭和45年)10月01日 東久留米市

地域区分

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  • 北多摩地域(17市)
立川市・武蔵野市・三鷹市・府中市・昭島市・調布市・小金井市・小平市・東村山市・国分寺市・国立市・狛江市・東大和市・清瀬市・東久留米市・武蔵村山市・西東京市
  • 南多摩地域(5市)
八王子市・町田市・日野市・多摩市・稲城市
  • 西多摩地域(4市3町1村)
青梅市・福生市・羽村市・あきる野市・瑞穂町・日の出町・檜原村・奥多摩町

自治体歌

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多摩地域での自治体歌の制定は、三多摩で最初となる1917年(大正6年)10月1日に市制施行した八王子市の市制20周年記念として1936年(昭和11年)に制定された「八王子市歌」が嚆矢とされる[11]。この「八王子市歌」は多摩地域最初の市歌であると同時に戦前から変わらず演奏され続けており、東京都内の現行の区歌市町村歌としても(東京市廃止後に都が引き継いだ「東京市歌」を別にすれば)最古である。最も新しいものは、2021年令和3年)11月に市制施行50周年を記念して制定された「稲城市歌」である[12]。また東村山市では、市制施行の直前に作られた「東村山音頭」が市歌に相当するシンボルソングとして演奏されている。

20世紀末から21世紀初頭に合併して誕生した自治体では、西東京市が合併3周年を記念して2004年(平成16年)1月21日に新しい市歌「大好きです、西東京」を制定した(合併前にあった「保谷市歌」は廃止)[13]ほか、あきる野市ではイメージソング「美しい街のバラード」を2002年(平成14年)に作成した(合併前にあった「秋川市の歌」は廃止)。

正式な市町村歌がない自治体では北多摩北部を中心にイメージソングなどの形で何らかの楽曲を作成している場合があるが[14]、昭島市では市歌・イメージソング等のいずれも作成しておらず[14]、市民音頭「昭島音頭」「新あきしま音頭」の作成のみに留まっている。清瀬市は小金井市の調査では「無し」とされているが、1997年(平成9年)に作成された「清瀬讃歌」が市の行事で演奏されている[15]

ナンバープレート

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多摩地域のナンバープレートは以下のように区分される。当初は多摩ナンバーのみだったが、1985年2月4日、東京陸運事務所多摩支所(当時)の管轄区域を分割する形で、多摩地域西部を管轄する八王子自動車検査登録事務所が設置され、八王子ナンバーが誕生した。

多摩ナンバー
  • 立川市・武蔵野市・三鷹市・府中市・昭島市・調布市・町田市・小金井市・小平市・東村山市・国分寺市・国立市・狛江市・東大和市・清瀬市・東久留米市・武蔵村山市・多摩市・稲城市・西東京市
八王子ナンバー
  • 八王子市・青梅市・日野市・福生市・羽村市・あきる野市・西多摩郡(瑞穂町・日の出町・檜原村・奥多摩町)

イベント

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1993年(平成5年)4月25日から同年11月7日まで、多摩東京移管100周年記念事業として、市民大学企業等が市町村、東京都と提携してTAMAらいふ21が開催された。

広域行政

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多摩地域の自治体は公営競技、ゴミ処理などで一部事務組合を作っている。なお、以下はそのすべてではない。

多摩地域の消防については、かつてはすべての市町村が単独および組合の消防本部を設置していたが、現在では稲城市を除いて東京都区部(東京23区)の消防本部である東京消防庁へ委託する形となっている(自治体が設置した一部事務組合ではない)。

  • 東京市町村総合事務組合 - 東京都の全市町村(多摩地域および島嶼)で組織し、東京自治会館を運営する。
  • 多摩北部都市広域行政圏協議会 - 小平市、東村山市、清瀬市、東久留米市、西東京市の5市で施設の相互利用、イベントの共同開催を行っている。
  • 西多摩地域広域行政圏協議会 - かつて西多摩郡に属していた青梅市、福生市、あきる野市、羽村市を含め、奥多摩町、日の出町、瑞穂町、檜原村の4市3町1村で、単独の自治体では処理が困難な行政課題に対応することを目的に組織されている。

公営競技

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ごみ・し尿処理

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  • 東京たま広域資源循環組合 - あきる野市、奥多摩町、日の出町、檜原村を除く25市1町で、日の出町にある谷戸沢廃棄物広域処分場および二ッ塚廃棄物広域処分場の運営、エコセメント事業を行っている。
  • 柳泉園組合[16] - 東久留米市、清瀬市、西東京市の3市で、東久留米市にある清掃工場「柳泉園クリーンポート」、野球場等併設の余熱利用浴場施設「柳泉園グランドパーク」を運営している。
  • 小平・村山・大和衛生組合[17] - 小平市、武蔵村山市、東大和市の3市で、小平市中島町2-1にある清掃工場[18]、東大和市にある資源物中間処理施設「エコプラザ スリーハーモニー」を運営している[18]
  • 西多摩衛生組合[19] - 青梅市、福生市、羽村市、瑞穂町の3市1町で、羽村市にある「環境センター」、体育館等併設の余熱利用浴場施設「フレッシュランド西多摩」を運営している。
  • 西秋川衛生組合[20] - あきる野市、日の出町、檜原村の1市1町1村で、あきる野市にある清掃工場「高尾清掃センター」、最終処分場 「御前石最終処分場」「第2御前石最終処分場」を運営している。奥多摩町は2011年(平成23年)10月3日に加入。奥多摩町のごみの搬入時期は、建設中の新炉(熱回収施設)試験運転開始日の2013年(平成25年)12月以降の予定とした。また、あきる野市でし尿処理施設「玉美園」を運営していたが[21]、2019年(平成31年)3月に「玉美園」の敷地の一部に新施設「汚泥再生処理センター」を整備し[22]、旧施設は解体された。
  • 多摩川衛生組合[23] - 1963年(昭和38年)9月設立[24]。狛江市、稲城市、府中市、国立市の4市で、稲城市にある清掃工場「クリーンセンター多摩川」を運営している。1999年(平成5年)に多摩市が脱退。同年に二枚橋焼却場の建て替え計画頓挫により府中市が加入。1999年(平成11年)4月に国立市が加入。
  • 多摩ニュータウン環境組合[25] - 多摩市全域および八王子市・町田市の多摩ニュータウン地区で構成[26]。多摩市にある「多摩清掃工場」を運営している。
  • ふじみ衛生組合[27] - 三鷹市、調布市の2市で構成。1960年(昭和35年)1月19日設立[28]。当初はし尿処理施設の共同化を目的に設立された[28]。調布市深大寺東町にある可燃ごみ処理施設「クリーンセンターふじみ」、不燃ゴミ処理施設「リサイクルセンター」を運営している。二枚橋衛生組合の解散により清掃工場を新設した。また調布市は二枚橋焼却場の跡地(調布市野水2丁目1番地1)に「調布市クリーンセンター」を建設し、2018年(平成30年)12月17日に完成[29]。深大寺東町にあった旧「調布市クリーンセンター」を移転し、翌2019年(平成31年)4月より本格稼働開始した[29]
  • 浅川清流環境組合[30] - 日野市国分寺市、小金井市の3市により、2015年に設立。既存の日野市の施設「日野市クリーンセンター[31] 」(日野市石田1丁目210番地の2)の敷地内に建て替えの形で、3市合同の可燃ごみ処理施設を建設。2020年(令和2年)4月1日より本格稼働を開始した[32]
  • 二枚橋衛生組合(廃止) - 調布市、府中市、小金井市の3市で、調布市野水2-1-1に可燃ごみ焼却施設「二枚橋焼却場」を運営していた。1957年2月に設立、2010年3月に解散[33]。清掃工場の老朽化による建て替え計画に対し、小金井市内の市民団体による反対運動が起きたことから「小金井ごみ問題」が発生、建て替えが頓挫して解散した。
  • 武蔵野三鷹地区保健衛生組合(廃止)[34] - 武蔵野市、三鷹市の2市で構成[34]。1955年(昭和30年)1月に設立され、三鷹市内にごみ焼却施設「ふじみ処理場」を建設して可燃ごみ共同処理を行っていた[34]。1984年(昭和59年)に武蔵野市に可燃ごみ焼却場「組合立第2処理場」が完成[34][35]、同時に「ふじみ処理場」は「組合立第1処理場」となり、各市内でごみ処理を行うこととした[34]。同組合は2003年3月31日に解散[34] 。組合解散後は、武蔵野市内の旧「組合立第2処理場」は武蔵野市クリーンセンターとして引き続き稼働してきたが、2016年(平成28年)12月に稼働終了[35]。同年秋に2代目となる武蔵野市クリーンセンターが完成し[35]、翌2017年(平成29年)4月1日より本格稼働開始した[35]。また三鷹市内の「組合立第1処理場」も稼働を続けていたが[34]、2012年にクリーンセンターふじみが完成し、調布市との共同処理を開始した(経緯については二枚橋衛生組合も参照)。
  • 湖南衛生組合[36] - 1961年(昭和36年)6月設立[36]。武蔵野市、小金井市、小平市、東大和市、武蔵村山市の5市で、武蔵村山市にあるし尿処理施設と、敷地内に設けられた「湖南菖蒲[37]」を運営している[36]
  • その他、下水道水洗トイレの普及により、し尿処理の共同運営を終了した一部事務組合もある。

その他

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  • 昭和病院組合 - 小金井市、小平市、東村山市、東久留米市、清瀬市、東大和市、西東京市の7市で、小平市内に公立昭和病院を運営している。
  • 福生病院組合 - 福生市、羽村市、瑞穂町の2市1町で、福生市内に公立福生病院 を運営している。2001年(平成13年)、東京都国民健康保険団体連合会から経営移管された。
  • 阿伎留病院組合 - あきる野市、日の出町、檜原村の1市1町1村で、あきる野市内に公立阿伎留医療センターを運営している。
  • 多摩六都科学館組合 - 小平市、東村山市、清瀬市、東久留米市、西東京市の5市[38]で、西東京市にある多摩六都科学館を運営している。
  • 羽村・瑞穂地区学校給食組合- 羽村市、瑞穂町の1市1町で、羽村市内にある2つの学校給食センターを運営している。
  • 瑞穂斎場組合 - 福生市、羽村市、武蔵村山市、瑞穂町、埼玉県入間市の4市1町で、瑞穂町内に瑞穂斎場を運営している。
  • 南多摩斎場組合- 八王子市、町田市、多摩市、稲城市、日野市の5市で、町田市内に南多摩斎場を運営している。
  • 秋川流域斎場組合- あきる野市、日の出町、檜原村の1市1町1村で、日の出町内にひので斎場を運営している。
  • 立川・昭島・国立聖苑組合- 立川、昭島、国立の3市で、立川市内に火葬場立川聖苑を運営している。
  • 青梅・羽村地区工業用水道企業団- 青梅市、羽村市の2市で、羽村市内にある配水所を運営している。

観光

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多摩地域の観光地を参照。

交通

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主要幹線鉄道は、明治から昭和初期にかけて完成している。

鉄道

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主な多摩地域の主要駅 八王子駅・町田駅・立川駅・吉祥寺駅・調布駅・府中駅

東日本旅客鉄道(JR東日本)
中央線
青梅線(全線)
横浜線
五日市線(全線)
南武線
八高線
武蔵野線
京王電鉄(京王)
KO 京王線
KO 相模原線
KO 競馬場線(全線)
KO 動物園線(全線)
KO 高尾線(全線)
IN 井の頭線
小田急電鉄(小田急)
OH 小田原線
OT 多摩線
東急電鉄(東急)
DT 東急田園都市線
西武鉄道(西武)
SI 池袋線
SS 新宿線
SS 拝島線(全線)
ST 多摩湖線(全線)
SK 国分寺線(全線)
SK 西武園線(全線)
SW 多摩川線(全線)
SY 山口線
多摩都市モノレール
多摩都市モノレール線(全線)

バス

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多摩地域内のバス営業所のみ記載。

運賃制度については#範囲も参照。

コミュニティバス

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多摩地域は都心のベッドタウンとして開発が進んだ一方、急激な宅地化と人口増加に見合った交通網の整備が遅れたため交通不便地域が多く、早くからコミュニティバスが発達した地域でもあった。1980年代から各地でコミュニティバスの運行が開始され、最も早期のものは1980年(昭和55年)に開業した武蔵村山市内循環バス[39]、次いで1986年日野市ミニバスが開業した[39]

1990年代に入ると、1995年に武蔵野市でムーバスが開業し[39]、成功を収めて全国にコミュニティバスが広まる契機となった。1996年には合併前の保谷市でキャンバス(現:はなバス)が開業している。また府中市のように市が1997年小型バスを購入しバス事業者に寄贈した上で路線開設を求め、それが後にコミュニティバス(現:ちゅうバス)へ発展した例もある。

1990年代後半から2000年代にかけては相次いで、多摩地域の各地でコミュニティバス路線が開設された[39]。多くの自治体で、誰でも利用できる有償のコミュニティバス(乗合バス)、または住民限定で運賃無料の福祉バスの運行を行っている。檜原村デマンドバスでは一般路線バスのフィーダー線として、定時便のほかに予約がある場合のみ運行する予約便を運行している。

コミュニティバス(誰でも利用できる有償の乗合バス)を運行している自治体

武蔵村山市日野市武蔵野市西東京市多摩市、町田市(まちっこ玉川学園コミュニティバスかわせみ号)、三鷹市調布市あきる野市昭島市稲城市立川市東村山市東大和市小金井市国立市八王子市国分寺市府中市小平市羽村市清瀬市狛江市檜原村デマンドバス)、瑞穂町

コミュニティバス(自治体住民限定の無料福祉バス)のみ運行している自治体

日の出町 - 乗合コミュニティバス「日の出ユートピア号」を廃止して町民専用に転換

福生市[40] - 市民・町民専用の無料福祉バスのみ運行

過去に瑞穂町[41]が運転していたが、2021年10月を以て、前述の通りコミュニティバス転換された[42]

コミュニティバスを運行していない自治体

東久留米市[43]、青梅市[43]、奥多摩町

  • 東久留米市では、2020年から利用対象者限定で事前登録が必要な有償のデマンド型交通を運行している[44]
  • 青梅市では1970年代に民営バス会社が市内の路線を多数廃止したため、その代替として市内にバス路線を保有している東京都交通局青梅支所[注 6]に運行の引き継ぎを依頼し、赤字補填のために交通局に対して補助金を支出している。このため、青梅市では市が主体となってコミュニティバスの運行を行っていない[45]
  • 奥多摩町内の一部には、隣接する山梨県小菅村村営バスが乗り入れている[46]

道路

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空路

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ゆかりの作品など

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多摩地域を舞台にした文芸作品には、著名なものとしては国木田独歩の『武蔵野』や大岡昇平の『武蔵野夫人』などがある。戦前に吉祥寺に在住していた横溝正史には、『真珠郎』(吉祥寺)、『黒猫亭事件』(武蔵野の面影が残る町)、『殺人鬼』(吉祥寺)、『夜歩く』(小金井市)、『女王蜂』(青梅市)など多数の作品がある。他の作家の近年の作品としては、武蔵村山市を舞台にした『OUT』、国分寺市の『さらば国分寺書店のオババ』、村上龍芥川賞受賞作で福生市が舞台の『限りなく透明に近いブルー』、三津田信三奥多摩を舞台にした推理小説首無の如き祟るもの』、米澤穂信武蔵野市を舞台にした『追想五断章』などがある。

また漫画作品では、東久留米市の『めぞん一刻』、吉祥寺の『GTO』『ろくでなしBLUES』、国立市の『姫ちゃんのリボン』、福生市の『河よりも長くゆるやかに』などがある。杉並区練馬区と並ぶアニメスタジオの地盤ともなっており、スタジオジブリ小金井市に、タツノコプロ武蔵野市[注 7]に、シンエイ動画西東京市に、日本アニメーション多摩市に本社を置いているなど大小スタジオが多数ある。スタジオジブリのアニメ作品には多摩市を舞台にした『平成狸合戦ぽんぽこ』『耳をすませば』(アニメ映画版)がある。

音楽では、TM NETWORKは「多摩 (TaMa) 」が語源であり(TM NETWORK#ユニット名も参照)、メンバーの小室哲哉は府中市、宇都宮隆木根尚登は立川市と、全員が多摩地域の出身である。

他にもRCサクセションの「多摩蘭坂」などもある。

脚注

[編集]

注釈

[編集]
  1. ^ 武蔵野市と隣接する西東京市の一部を含む。
  2. ^ 一部を除く。
  3. ^ 多磨郡と呼ばれた時もあった
  4. ^ 五日市憲法草案(あきる野市)もこの地で生まれている。
  5. ^ 2024年12月1日現在。
  6. ^ 東京都交通局の営業エリアは特別区が主であるが、多摩地域の振興を目的として青梅市八王子市に運行拠点を設置しており(後に八王子市の八王子支所は廃止)、都心から青梅市や八王子市を結ぶ路線を運行していた。
  7. ^ 過去には国分寺市に本社があった。

出典

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  1. ^ 関東 住みたい街ランキング2022”. SUUMO. リクルート (2022年). 2022年4月10日閲覧。
  2. ^ 【ホームズ】〈首都圏版/関東〉2022年LIFULL HOME’S住みたい街ランキング 住まいのお役立ち情報”. LIFULL HOME'S. LIFULL (2022年). 2022年4月10日閲覧。
  3. ^ 参考
  4. ^ 武相運賃地区”. 小田急バス. 2020年11月12日閲覧。
  5. ^ 児玉俊洋 (2003年2月). “多摩地域とTAMA (技術先進首都圏地域)”. 経済産業研究所. 2021年5月14日閲覧。
  6. ^ 参考
  7. ^ 都市づくりのグランドデザイン 第6章 個別の拠点や地域の将来像 多摩広域拠点域東京都都市整備局
  8. ^ a b c 『多摩百年のあゆみ』多摩百年史研究会編著 けやき出版
  9. ^ 平成18年相模原市議会12月定例会付議事件一覧[リンク切れ]
  10. ^ 一覧”. 2024年1月7日閲覧。
  11. ^ 八王子市歌 八王子市公式サイト
  12. ^ 稲城市歌の作成
  13. ^ 市歌 西東京市公式サイト
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関連項目

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外部リンク

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