「バレンティーノ・ロッシ」の版間の差分
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{{Infobox |
{{Infobox motorcycle rider |
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| Name = バレンティーノ・ロッシ |
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| Image = [[Image:Valentino Rossi 2010 Laguna Seca.jpg|300px]] |
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| image = Valentino Rossi 2017.jpg |
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| caption = 2017年、[[アラゴングランプリ|アラゴンGP]] |
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| Nationality = {{flagicon|Italy}} イタリア |
| Nationality = {{flagicon|Italy}} イタリア |
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| birth_date = {{birth date and age|df=yes|1979|02|16}} |
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| birth_place = [[ペーザロ・エ・ウルビーノ県]][[ウルビーノ]] |
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| Current team = [[ヤマハ・ファクトリー・レーシング|モンスター・ヤマハ MotoGP]] |
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| Website = [http://www.valentinorossi.com valentinorossi.com] |
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| Bike number = 46 |
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| Current team = [[ヤマハ・ファクトリー・レーシング]] |
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| website = [http://www.valentinorossi.com valentinorossi.com] |
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| Bike number = 46 |
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| MotoGP Last season = 2021年 |
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| Championships = 9 <br /> 125cc - {{MGP|1997}}<br />250cc - {{MGP|1999}}<br /> 500cc - {{MGP|2001}}<br />MotoGP - {{MGP|2002}}, {{MGP|2003}}, {{MGP|2004}}, {{MGP|2005}}, {{MGP|2008}}, {{MGP|2009}} |
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| MotoGP Last position = 18位 (44 pts) |
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| Race Starts = 317 |
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| MotoGP Active years = {{MGP|2002}}-[[2021年のMotoGP|2021年]] |
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| Race Wins = 110(歴代2位) |
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| MotoGP Championships = 6 ({{MGP|2002}}, {{MGP|2003}}, {{MGP|2004}}, {{MGP|2005}}, {{MGP|2008}}, {{MGP|2009}}) |
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| Podiums = 196 |
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| MotoGP Manufacturers = [[本田技研工業|ホンダ]] <small>({{MGP|2002}}-{{MGP|2003}})</small><br>[[ヤマハ発動機|ヤマハ]] <small>({{MGP|2004}}-{{MGP|2010}}, {{MGP|2013}}-[[2021年のMotoGP|2021年]] </small><br>[[ドゥカティ]] <small>({{MGP|2011}}-{{MGP|2012}})</small> |
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| Poles = 60 |
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| MotoGP Race Starts = 372 |
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| MotoGP Race Wins = 89 |
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| MotoGP Podiums = 199 |
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| MotoGP Poles = 55 |
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| Last position = 2位 (295ポイント) |
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| MotoGP Fastest laps = 76 |
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| MotoGP Total Points = 5,415 |
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| 500 Active years = {{MGP|2000}}-{{MGP|2001}} |
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| 500 Championships = 1 ({{MGP|2001}}) |
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| 500 Manufacturers = [[本田技研工業|ホンダ]] <small>({{MGP|2000}}-{{MGP|2001}})</small> |
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| 500 Race Starts = 32 |
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| 500 Race Wins = 13 |
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| 500 Podiums = 23 |
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| 500 Poles = 4 |
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| 500 Fastest laps = 15 |
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| 500 Total Points = 534 |
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| 250 Active years = {{MGP|1998}}-{{MGP|1999}} |
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| 250 Championships = 1 ({{MGP|1999}}) |
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| 250 Manufacturers = [[アプリリア (会社)|アプリリア]] |
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| 250 Race Starts = 30 |
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| 250 Race Wins = 14 |
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| 250 Podiums = 21 |
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| 250 Poles = 5 |
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| 250 Fastest laps = 11 |
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| 250 Total Points = 510 |
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| 125 Active years = {{MGP|1996}}-{{MGP|1997}} |
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| 125 Championships = 1 ({{MGP|1997}}) |
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| 125 Manufacturers = [[アプリリア (会社)|アプリリア]] |
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| 125 Race Starts = 30 |
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| 125 Race Wins = 12 |
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| 125 Podiums = 15 |
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| 125 Poles = 5 |
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| 125 Fastest laps = 9 |
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| 125 Total Points = 432 |
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'''バレンティーノ・ロッシ'''({{lang|it|Valentino Rossi}}, [[1979年]][[2月16日]] - )は、[[イタリア]] |
'''バレンティーノ・ロッシ'''({{lang|it|Valentino Rossi}}, [[1979年]][[2月16日]] - )は、[[イタリア]]の[[レーシングドライバー]]、元[[オートバイ]]レーサー。異父弟は同じオートバイレーサーの[[ルカ・マリーニ]]。 |
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[[ロードレース世界選手権]]参戦以来15年間で9回のワールドチャンピオンを獲得しており、「史上最強のライダー」との呼び声も高い<ref>{{cite news|url=http://www.telegraph.co.uk/sport/tennis/rogerfederer/5758572/Top-20-sports-stars-of-all-time-how-does-Roger-Federer-compare-to-other-greats.html|title=Top 20 sports stars of all time: how does Roger Federer compare to other greats?|first=Sandy|last=Macaskill|work=[[The Daily Telegraph]]|publisher=[[Telegraph Media Group]]|date=6 July 2009|accessdate=3 May 2015}}</ref><ref>{{cite web|url=http://ivansmith.co.uk/?page_id=475|title=100 Greatest Sports Stars Ever|work=IvanSmith.co.uk|accessdate=3 May 2015|first=Ivan|last=Smith|publisher=[[WordPress]]}}</ref><ref>{{Cite news| url = https://hobby.dengeki.com/news/701874/| title = 史上最強のライダー「バレンティーノ・ロッシ」の愛機を組み立てるマガジンが創刊!レーシングバイク「YAMAHA YZR-M1」の1/4モデルをその手に!!| publisher = 電ホビ| date = 2019-02-11| accessdate = 2019-04-02}}</ref>。現時点では史上唯一の「2ストローク時代に125-500cc迄の開催されている全カテゴリーでチャンピオンを獲得したライダー」である。2021年8月5日、同年限りでの引退を表明した<ref>{{Cite web|和書|url=https://www.as-web.jp/bike/725359?all|title=バレンティーノ・ロッシ引退会見「難しい決断だけど自分が望んだこと」MotoGP26年のキャリアに終止符|website=オートスポーツWeb|publisher=三栄書房|date=2021-08-06|accessdate=2021-08-23}}</ref>。 |
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[[ロードレース世界選手権]]参戦以来15年間で9回のワールドチャンピオンを獲得しており、「史上最強のライダー」との呼び声も高い。現在[[ヤマハ・ファクトリー・レーシング]]チームに所属。 |
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== |
==経歴== |
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=== |
===幼少期=== |
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[[マルケ州]][[ウルビーノ]]で生まれる<ref name="MotoGP.com">{{cite web | url = https://web.archive.org/web/20080706084032/http://www.motogp.com/en/riders/profiles/Valentino+Rossi | title = Valentino Rossi | publisher = [[MotoGP]] | accessdate = 1 September 2008}}</ref>。家族は彼が子供の頃に[[タヴッリア]]に移り住む。父親の[[グラツィアーノ・ロッシ|グラツィアーノ]]はかつて[[スズキ (企業)|スズキ]]で活躍したグランプリレーサーで、ロッシは非常に幼くしてモータースポーツを始めた<ref name="yamaha-racing1">{{Cite web |url=http://www.yamaha-racing.com/Racing/motogp/rider_team/rossi.jsp |title=MotoGP - Valentino Rossi |publisher=Yamaha Racing |date=1979-02-16 |accessdate=2010-03-01 |archiveurl=https://webcitation.org/6HtCHt4LM?url=http://www.yamaha-racing.com/Racing/motogp/rider_team/rossi.jsp |archivedate=2013-07-05 |url-status=dead|url-status-date=2020-02 }}</ref>。初めて熱中したのは[[カートレーシング|カート]]であった。これは母親のステファニアがロッシの身を案じたため、グラツィアーノが[[ポケバイ|バイク]]の代用品として購入した物であった。グラツィアーノは5歳の息子のために、60ccのカートに代えて100ccのナショナルカートを与えた<ref>{{Cite web |url=http://www.valentinorossi46.info/earlyyears.php |title=Valentino Rossi - Early Years |publisher=Valentinorossi46.info |accessdate=2010-03-01 |archiveurl=https://webcitation.org/5mq7IwONB?url=http://www.valentinorossi46.info/earlyyears.php |archivedate=2010-01-17 |url-status=dead|url-status-date=2020-02 }}</ref>。 |
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かつて[[スズキ (企業)|スズキ]]で活躍したGPライダー、[[グラツィアーノ・ロッシ]]の子として生まれる。父親が強制したわけではないが、幼少のころより[[ポケバイ]]・[[カートレーシング|カート]]に興じ、当時からライディング感覚は優れていたという。 |
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ロッシは1990年に地域のカート選手権でタイトルを獲得した<ref>{{Cite web |url=http://www.yamaha-racing.com/Racing/motogp/rider_team/rossi.jsp# |title=MotoGP - Valentino Rossi |publisher=Yamaha Racing |date=1979-02-16 |accessdate=2010-03-01 |archiveurl=https://webcitation.org/6HtCHt4LM?url=http://www.yamaha-racing.com/Racing/motogp/rider_team/rossi.jsp |archivedate=2013-07-05 |url-status=dead|url-status-date=2020-02 }}</ref>。この後彼は[[ポケットバイク|ポケバイ]]レースを始め、1991年の終わりまでに地域のレースで幾度となく勝利した<ref name="yamaha-racing1"/>。 |
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=== アプリリア在籍時代(125cc・250cc) === |
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{{MGP|1996}}、イタリア選手権チャンピオンとしてロードレース世界選手権125ccクラスに[[アプリリア (会社)|アプリリア]]を駆ってデビュー。[[チェコグランプリ (ロードレース)|チェコGP]]で初優勝を遂げる。この頃は当時125ccクラスを席巻していた日本人ライダーら([[青木治親]]・[[坂田和人]]・[[上田昇]]など)に親しく接し、現役チャンピオンだった青木はロッシによくアドバイスを与えていたという(後に青木は「あんなに強くなるんなら教えるんじゃなかった」といった旨のコメントをしている)。翌{{MGP|1997}}には11勝を挙げ自身初のチャンピオンに輝いた。 |
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ロッシはカートレースも続け、[[パルマ]]でのカート選手権で5位に入った。ロッシは父親と共に、イタリア100ccシリーズとヨーロッパシリーズへの参戦を考えた。それは彼を[[フォーミュラ1]]への道に進める選択肢であったが、参戦にかかる高額な費用はポケバイレースを選択するという決定につながった。1992年と93年を通してロッシはポケバイレースの一部始終を学び続けていた。しかし彼によると金銭的な問題はあったもののそれが決定的な原因だったわけではないという。 |
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{{MGP|1998}}、250ccクラスにステップアップ。同じアプリリアの先輩である[[原田哲也]]と[[ロリス・カピロッシ]]が展開するチャンピオン争いに割って入り、ランキング2位。原田とカピロッシの抜けた翌{{MGP|1999}}はホンダの[[宇川徹]]を下してチャンピオンを獲得した。 |
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1993年にロッシは、父親、[[バージニオ・フェラーリ]]、クラウディオ・カスティリオーニ、[[クラウディオ・ルサルディ]]([[カジバ]]・スポーツポロダクションチームを率いていた)らからの助けを受けて、125ccの[[カジバ・ミト]]に乗ってレースに出場したが、ピットレーンからわずか100m離れた第1コーナーでクラッシュした{{sfnp|Rossi|2006|p=93-94}}。彼はその週末、レースを9位で終えた{{sfnp|Rossi|2006|p=93-94}}。 |
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=== ホンダ在籍時代(500cc・MotoGPクラス) === |
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[[ファイル:Motogp rossi 300.jpg|thumb|right|250px|[[ホンダ・RC211V]]を駆るロッシ]] |
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最高峰の500ccクラスにステップアップするにあたり、[[本田技研工業|ホンダ]]に移籍した。ホンダは、実質[[ワークス・チーム|ワークス]]格のチーム、[[ナストロ・アズーロ]]・ホンダを結成し、[[エンジニア]]にGP界で数々のチャンピオンを生み出した[[ジェレミー・バージェス]]を起用するという、500ccルーキーとしては破格の待遇でロッシを迎えた。 |
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イタリア・スポーツプロダクション選手権での最初のシーズンは変化に富んだ物であり、ロッシはシーズン最終戦の[[ミサノ・ワールド・サーキット・マルコ・シモンチェリ|ミサノ]]で[[ポールポジション]]を獲得し、決勝では表彰台に上った。2年目のシーズンでロッシはルサルディの率いるファクトリーチーム入りし、その年のタイトルを獲得した。 |
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500cc参戦初年度の{{MGP|2000}}、ロッシは最新型ホンダ[[ホンダ・NSR500|NSR500]]を駆り大いに注目を集めたが、シーズン序盤は転倒が目立った。シーズンが進むにつれ安定感が現れ、中盤の[[イギリスグランプリ (ロードレース)|イギリスGP]]で初優勝。終盤の[[ブラジルグランプリ (ロードレース)|リオGP]]でも優勝し2勝でランキング2位を獲得した。また、日本メーカーであるホンダに移籍したことから、ロッシが出場を望んでいた[[鈴鹿8時間耐久ロードレース|鈴鹿8耐]]にも参戦した。[[コーリン・エドワーズ]]とのペアで挑んだがリタイアに終わった。 |
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===125cc, 250cc, 500cc=== |
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500cc2年目の{{MGP|2001}}、ロッシは11勝を挙げ圧倒的な強さでチャンピオンを獲得、3クラス制覇の偉業を成し遂げた。開幕戦[[日本グランプリ (ロードレース)|日本GP]]([[鈴鹿サーキット|鈴鹿]])ではホンダの[[ロードレース世界選手権|WGP]]通算500勝目を記録し、前年と同じ体制で挑んだ鈴鹿8耐でも優勝した。 |
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[[File:Tavullia valentino rossi fanshop in.jpg|thumb|[[アプリリア (会社)|アプリリア]]・RS125(左)と250(右)。ロッシは{{MGP|1997}}に125cc、{{MGP|1999}}に250ccのタイトルを獲得した。]] |
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1994年に[[アプリリア (会社)|アプリリア]]はRS125R改良のためにロッシを起用し、彼が125ccクラスでのレースのペースを学ぶ機会を与えた。ロータックス製エンジンを搭載したアプリリアでイタリア選手権を戦い、翌1995年はヨーロッパおよびイタリア選手権を戦った。この年はイタリア選手権のタイトルを獲得し、ヨーロッパ選手権ではランキング3位となっている。 |
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{{MGP|1996}}、イタリア選手権チャンピオンとしてロードレース世界選手権125ccクラスにデビューする。シーズンでは5戦でリタイアし何度かクラッシュしたが、それにもかかわらず8月の[[チェコグランプリ (ロードレース)|チェコGP]]で初優勝を遂げる。ロッシはシーズンをランキング9位で終えた。この頃は当時125ccクラスを席巻していた日本人ライダーら([[青木治親]]・[[坂田和人]]・[[上田昇]]など)に親しく接し、現役チャンピオンだった青木はロッシによくアドバイスを与えていたという(後に青木は「あんなに強くなるんなら教えるんじゃなかった」といった旨のコメントをしている)。翌{{MGP|1997}}には15戦中11勝を挙げてシーズンを支配、自身初のチャンピオンに輝いた。 |
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最高峰クラスが500ccクラスからMotoGPクラスに移行した{{MGP|2002}}、ロッシはワークスの[[レプソル・ホンダ]]に加入した。ホンダが新たに投入した4ストロークマシン、[[ホンダ・RC211V|RC211V]]を駆ったロッシはまたしても11勝を記録し、チャンピオンとなった。 |
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{{MGP|1998}}、250ccクラスにステップアップ。この年のアプリリアはロッシと[[原田哲也]]、[[ロリス・カピロッシ]]を擁してシーズンを支配した。ロッシは同じアプリリアの先輩である原田とカピロッシが展開するチャンピオン争いに割って入り、カピロッシに23ポイント差のランキング2位となる。原田とカピロッシの抜けた翌{{MGP|1999}}は5度のポールポジション、9勝を挙げてホンダの[[宇川徹]]を下し、チャンピオンを獲得した。 |
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翌{{MGP|2003}}はヤマハからライバルの[[マックス・ビアッジ]]、スズキから[[セテ・ジベルナウ]]が同じホンダ([[サテライトチーム]])に移籍し、苦しいシーズンになるかと思われたものの、9勝を挙げチャンピオン獲得した。[[2003年のバレンシアグランプリ|最終戦バレンシアGP]]で{{MGP|2004}}からの[[ヤマハ・モーター・レーシング|ヤマハ]]への移籍を発表した。 |
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翌{{MGP|2000}}、ロッシは[[本田技研工業|ホンダ]]に移籍し、最高峰の500ccクラスにステップアップする。ホンダは実質[[ワークス・チーム|ワークス]]格のチーム、[[ナストロ・アズーロ]]・ホンダを結成し、前年まで[[マイケル・ドゥーハン]]のチーフ[[エンジニア]]であり、GP界で数々のチャンピオンを生み出した[[ジェレミー・バージェス]]を起用するという、500ccルーキーとしては破格の待遇でロッシを迎えた。500cc参戦初年度のこの年、ロッシは最新型ホンダ[[ホンダ・NSR500|NSR500]]を駆り大いに注目を集めたが、シーズン序盤は転倒が目立った。シーズンが進むにつれ安定感が現れ、中盤の[[2000年のイギリスグランプリ (ロードレース)|イギリスGP]]で初優勝する。この年はまた、[[マックス・ビアッジ]]と対峙した最初の年でもあった。ロッシはビアッジに対して9戦で順位が上回ったが、優勝はイギリスと[[2000年のブラジルグランプリ (ロードレース)|ブラジル]]での2勝で、4勝を挙げた[[ケニー・ロバーツ・ジュニア]]に次いでランキング2位を獲得した。また、日本メーカーであるホンダに移籍したことから、出場を望んでいた[[鈴鹿8時間耐久ロードレース|鈴鹿8耐]]にも参戦した。[[コーリン・エドワーズ]]とのペアで挑んだがリタイアに終わった。 |
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=== ヤマハ移籍 === |
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==== 5連覇達成 ==== |
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500cc2年目の{{MGP|2001}}、11勝を挙げて最高峰クラスでの初のタイトルを獲得、3クラス制覇の偉業を成し遂げた。プライベートチームでのチャンピオンは1989年の[[エディ・ローソン]]以来12年ぶり。2023年現在彼が最後である。ポイントは325ポイントと、2位のビアッジに106ポイント差をつけての圧勝であった。開幕戦[[日本グランプリ (ロードレース)|日本GP]]([[鈴鹿サーキット|鈴鹿]])ではホンダの[[ロードレース世界選手権|WGP]]通算500勝目を記録している。鈴鹿8耐にはこの年も参戦、[[ホンダ・VTR1000_SP-1/2#RVT1000R(RC51)|VTR1000SPW]]でエドワーズ、[[鎌田学]]と組んで挑み、[[スーパーバイク]]での経験は不足していたにもかかわらず、イタリア人ライダーとして初の優勝を果たした。 |
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[[ファイル:Valentino Rossi 2006 CAMEL.jpg|thumb|right|250px|ヤマハYZR-M1を駆るロッシ(2006年)]] |
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===MotoGP=== |
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====ホンダ時代 (2002-2003)==== |
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;2002 |
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[[ファイル:Motogp rossi 300.jpg|thumb|right|[[ホンダ・RC211V]]を駆るロッシ。写真は2002年のカタルーニャGP。]] |
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MotoGP初年度の{{MGP|2002}}は2ストローク500ccの参加も認められてはいたが、実際は4ストローク990ccのMotoGPマシンによってタイトルが争われたシーズンであり、500ccのマシンは本質的には時代遅れなものとなっていた。ライダー達は新型マシンを用いることで初期問題に苦しめられたが、この年、ロッシはワークスの[[レプソル・ホンダ]]に加入し、新たに投入した4ストロークマシン、[[ホンダ・RC211V|RC211V]]を駆った。ウェットレースとなった開幕戦の[[2002年の日本グランプリ (ロードレース)|鈴鹿]]ではワイルドカード出場の地元ライダー達を打ち負かして優勝。シーズン前半9戦の内8勝を挙げ、結局11勝を挙げる。ロッシは4戦を残して[[2002年のブラジルグランプリ (ロードレース)|リオデジャネイロ]]で2度目のタイトルを確定した。このシーズン、完走できなかったのは第10戦[[2002年のチェコグランプリ|ブルノ]]のみである。 |
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;2003 |
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{{MGP|2003}}もロッシは9度のポールポジション、9勝を挙げて第14戦の[[2003年のマレーシアグランプリ (ロードレース)|マレーシア]]でタイトルを確定した。この年は[[スズキ (企業)|スズキ]]から[[セテ・ジベルナウ]]が同じホンダ([[サテライトチーム]])に移籍し最大のライバルとなった。かつて[[レプソル・ホンダ]]に所属していたこともあるジベルナウは何度かロッシを打ち負かしたが、ロッシは[[2003年のチェコグランプリ|チェコGP]]で0.042秒差で競り勝っている。[[フィリップ・アイランド・サーキット|フィリップ・アイランド]]で開催された[[2003年のオーストラリアグランプリ (ロードレース)|オーストラリアGP]]で、ロッシは[[ドゥカティ]]の[[トロイ・ベイリス]]のクラッシュで黄旗が提示されている間に追い越しを行ったため10秒のペナルティが与えられたが、結局はそのペナルティを相殺し2位に15秒の差を付けて優勝した。最終戦の[[2003年のバレンシアグランプリ|バレンシアGP]]では特別塗装で出場し優勝したが、これがホンダにおける最後の勝利となった。 |
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ロッシがシーズンを圧倒的な成績で優位に進めていく内に、その成功の原因は彼の実力では無く、RC211Vの性能に依るのではないかという懐疑論が出始め、ロッシ自身はこの懐疑論に対して大きな不満を抱えることになる。その疑念を払拭するためドゥカティに移籍するのでは無いかという噂が広まり、ドゥカティ自身も彼らの[[ドゥカティ・デスモセディチ|デスモセディチ]]に乗せようとロッシへのオファーを試みたが、様々な理由からロッシがこの申し出を受けずに終わっている。2005年に出版された自叙伝「バレンティーノ・ロッシ自叙伝 ''What If I'd Never Tried It?''」でロッシはドゥカティでは無くヤマハを移籍先として選んだ理由として、ドゥカティ・コルセの考え方は彼がホンダから逃れようとしていた物と同様であったからと語っている。結局ロッシは2年間で1200万USドルという契約をヤマハとの間に結んだ。ロッシは[[2003年のバレンシアグランプリ|最終戦バレンシアGP]]で{{MGP|2004}}からの[[ヤマハ・モーター・レーシング|ヤマハ]]への移籍を発表した。 |
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====ヤマハ時代 (2004-2010)==== |
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;2004 |
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ロッシが移籍した段階で、ヤマハはMotoGPクラスで通算2勝しか挙げていなかった。ヤマハも過去2年間で培った技術を元に新開発エンジンを投入し、またホンダ時代にロッシのエンジニアを務めたバージェスをホンダから引き抜いた。ウィンターテストの段階から2004年型[[ヤマハ・YZR-M1]]は戦闘力を大幅に上げていた。 |
ロッシが移籍した段階で、ヤマハはMotoGPクラスで通算2勝しか挙げていなかった。ヤマハも過去2年間で培った技術を元に新開発エンジンを投入し、またホンダ時代にロッシのエンジニアを務めたバージェスをホンダから引き抜いた。ウィンターテストの段階から2004年型[[ヤマハ・YZR-M1]]は戦闘力を大幅に上げていた。 |
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そ |
それまでシーズン開幕戦は伝統的に[[鈴鹿サーキット|鈴鹿]]で行われてきたが、前年に発生した[[加藤大治郎]]の死亡事故も影響し、{{MGP|2004}}は[[2004年の南アフリカグランプリ (ロードレース)|南アフリカ]]が開幕戦となった。ロッシは予選で[[ポールポジション]]を獲得、決勝でもホンダのエース格であったビアッジとの激しい優勝争いを展開。激闘の末、見事ロッシは移籍初戦を優勝で飾り、[[ウィニングラン|ウィニングラップ]]で感動のあまり号泣しマシンにキスをした(自叙伝では「メットの中で大笑いしていたのさ!」と語っている)。この勝利で彼は異なったメーカーのマシンで連勝した唯一のライダーとなった。次戦の[[2004年のスペイングランプリ (ロードレース)|ヘレス]]では4位となり、23戦連続表彰台の記録が途切れた。第7戦[[2004年のブラジルグランプリ (ロードレース)|ブラジル]]ではリタイアしたが、その後もロッシはホンダ時代と変わらない強さを見せる。シーズンはジベルナウとのタイトル争いとなり、終盤のフィリップ・アイランドでは0.097秒差でジベルナウに競り勝った。ロッシはシーズン9勝を挙げ304ポイントでタイトルを獲得、優勝請負人としての仕事を果たしてみせた。 |
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この年のヤマハはロッシの他に[[カルロス・チェカ]]、[[阿部典史]]、[[マルコ・メランドリ]]の3人のライダーにも同年式のYZR-M1を与えたが、優勝経験のあるチェカ、阿部も含め、ロッシ以外には誰も勝利を挙げることがなかった。 |
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;2005 |
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{{MGP|2005}}もロッシは11勝でチャンピオンを獲得。これで2001年から続く最高峰クラス連覇を「5」とし、{{MGP|1994}}から{{MGP|1998}}にかけて500ccクラスを5連覇した[[マイケル・ドゥーハン]]の記録に並んだ。 |
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[[File:Valentino Rossi 02.jpg|thumb|right|[[2005年のイギリスグランプリ (ロードレース)|2005年イギリスGP]]。]] |
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{{MGP|2005}}もウェットレースとなった[[2005年の中国グランプリ (ロードレース)|上海]]、ル・マン、[[2005年のイギリスグランプリ (ロードレース)|ドニントン]]の3戦を含む11勝を挙げ、ロッシは7度目の世界タイトルを獲得、これで2001年から続く最高峰クラス連覇を「5」とし、{{MGP|1994}}から{{MGP|1998}}にかけて500ccクラスを5連覇した[[マイケル・ドゥーハン]]の記録に並んだ。この年完走できなかったのは[[ツインリンクもてぎ|もてぎ]]のみで、残る16戦は全て表彰台に上り、367ポイントを獲得した。 |
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;2006 |
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{{MGP|2006}}はこの記録を「6」に伸ばすべく同じくヤマハで戦ったが、[[2006年のスペイングランプリ (ロードレース)|開幕戦スペインGP]]でスタート直後に後続車に追突されるというアクシデントを皮切りに例年にない苦しいシーズン運びを強いられる。[[2006年のポルトガルグランプリ (ロードレース)|第16戦ポルトガルGP]]でようやくランキングトップに躍り出たものの、続く[[2006年のバレンシアグランプリ|最終戦バレンシアGP]]で転倒。ホンダの[[ニッキー・ヘイデン]]にタイトルを奪われ6年連続チャンピオン獲得とはならなかった。 |
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[[ファイル:Valentino Rossi 2006 CAMEL.jpg|thumb|right|ヤマハYZR-M1を駆るロッシ(2006年)。]] |
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{{MGP|2006}}はこの記録を「6」に伸ばすべく同じくヤマハで戦ったが、[[2006年のスペイングランプリ (ロードレース)|開幕戦スペインGP]]でスタート直後に後続車に追突されるというアクシデントを皮切りに例年にない苦しいシーズン運びを強いられる。シーズン前半はトラブルに見舞われ、その中には[[2006年の中国グランプリ (ロードレース)|上海]]やル・マンでの機械トラブルも含まれた。しかしながら、ロッシは[[2006年のカタールグランプリ|カタール]]、[[2006年のイタリアグランプリ (ロードレース)|イタリア]]、[[2006年のカタルーニャグランプリ|カタルニア]]で勝利を挙げた。ホンダの[[ニッキー・ヘイデン]]はシーズンの大半でポイントリードしたが、ロッシのポイントは遅々として進まなかった。第16戦[[2006年のポルトガルグランプリ (ロードレース)|第16戦ポルトガルGP]]でヘイデンがリタイアし、ようやくランキングトップに躍り出たものの、続く[[2006年のバレンシアグランプリ|最終戦バレンシアGP]]で転倒。ヘイデンがタイトルを獲得しロッシはランキング2位、6年連続チャンピオン獲得とはならなかった。 |
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;2007 |
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==== 800cc時代 ==== |
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[[ファイル:Valentino rossi.jpg |
[[ファイル:Valentino rossi.jpg|thumb|ヤマハYZR-M1を駆るロッシ([[2007年のオランダグランプリ (ロードレース)|2007年ダッチTT]])。]] |
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{{MGP|2007}}はMotoGPのマシンレギュレーションが変更となり、排気量が800ccに引き下げられエンジン出力が低下した。そのため前年までのマシンに求められた有り余るパワーのコントロールよりも、コーナリングスピードを高め限られたパワーを使い切るスタイルが求められるようになった。このようなスタイルは比較的250ccクラスのそれに似ており、2004年・2005年と250ccクラスを連覇した[[ダニ・ペドロサ]]がロッシの強力なライバルとして予想されていた。 |
{{MGP|2007}}はMotoGPのマシンレギュレーションが変更となり、排気量が800ccに引き下げられエンジン出力が低下した。そのため前年までのマシンに求められた有り余るパワーのコントロールよりも、コーナリングスピードを高め限られたパワーを使い切るスタイルが求められるようになった。このようなスタイルは比較的250ccクラスのそれに似ており、2004年・2005年と250ccクラスを連覇した[[ダニ・ペドロサ]]がロッシの強力なライバルとして予想されていた。開幕戦カタールではペドロサと同じく250cc出身でMotoGPクラス2年目の[[ケーシー・ストーナー]]([[ドゥカティ・コルセ|ドゥカティ]])が勝利し、ロッシは2戦目の[[2007年のスペイングランプリ (ロードレース)|スペイン]]で優勝、その後も3戦 - [[2007年のオランダグランプリ (ロードレース)|アッセン]]、[[2007年のポルトガルグランプリ (ロードレース)|エストリル]]、[[2007年のイタリアグランプリ (ロードレース)|ムジェロ]] - で勝利した。一方のストーナーは開幕戦も含めて10勝を挙げ、圧倒的な強さで選手権をリードした。ストーナーは2位の[[ダニ・ペドロサ]]に125ポイント差を付けてタイトルを獲得した。ペドロサは最終戦の[[2007年のバレンシアグランプリ|バレンシア]]で勝利し、ロッシはこのレースでリタイアしたため、ランキング3位でシーズンを終えた。これは1996年の125cc以来、最も低い順位となった。 |
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;2008 |
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{{MGP|2008}}は前年にストーナーが独走する大きな要因のひとつとなった[[ブリヂストン]]タイヤを自身のマシンに採用し、タイヤによるハンディの回復に努めた。序盤はチームメイトで250ccクラスからステップアップしたばかりの新人[[ホルヘ・ロレンソ]]の驚異的パフォーマンスが話題となる中、ブリヂストンタイヤに慣れる時間を要したのか少々出遅れた感もあった。[[2008年の中国グランプリ (ロードレース)|第4戦中国GP]]でシーズン初勝利をあげるとシーズン終盤には5連勝を記録。計9勝で3年ぶりとなるチャンピオンに返り咲いた。 |
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{{MGP|2008}}は前年にストーナーが独走する大きな要因のひとつとなった[[ブリヂストン]]タイヤを自身のマシンに採用し、タイヤによるハンディの回復に努めた。序盤はチームメイトで250ccクラスからステップアップしたばかりの新人[[ホルヘ・ロレンソ]]の驚異的パフォーマンスが話題となる中、ブリヂストンタイヤに慣れる時間を要したのか少々出遅れた感もあった。開幕戦カタールでは5位に終わったものの、[[2008年の中国グランプリ (ロードレース)|第4戦上海]]でシーズン初勝利を挙げると続く2戦も勝利した。それ以降は第9戦の[[2008年のオランダグランプリ (ロードレース)|アッセン]]を除いて全戦で表彰台に上り、シーズン終盤には5連勝を記録。計9勝で3年ぶりとなるチャンピオンに返り咲いた。[[2008年のアメリカグランプリ (ロードレース)|ラグナ・セカ]](コークスクリューでストーナーにパスされたものの<ref>{{cite news|url=https://web.archive.org/web/20120203214643/http://www.motogp.com/en/news/2008/Rossi+stops+Stoner+for+first+Laguna+Seca+victory|title=Rossi stops Stoner for first Laguna Seca victory|date=20 July 2008|work=motogp.com|publisher=[[Dorna Sports]]|accessdate=12 April 2010}}</ref><ref>{{cite news|url=http://www.motorcyclenews.com/MCN/sport/sportresults/mcn/2008/july/14-20/jul2008-motogp-stoner-upset-aggresive-moves/|title=Casey Stoner upset with aggressive Valentino Rossi|date=21 July 2008|work=[[Motorcycle News]]|publisher=[[Bauer Media Group]]|first=Matthew|last=Birt|accessdate=12 April 2010}}</ref><ref>{{cite news|url=http://www.motorcycle.com/events/rossi-edges-stoner-at-laguna-seca-85417.html|title=Rossi edges Stoner at Laguna Seca |date=21 July 2008|work=Motorcycle.com|publisher=Verticalscope Inc.|accessdate=12 April 2010}}</ref>、その後挽回して勝利)と、雨で短縮されたインディアナポリスでの勝利は、ロッシが現在のサーキットではどのようなコースでも勝利できることを証明した。[[2008年の日本グランプリ (ロードレース)|もてぎ]]での勝利は同コースにおけるMotoGPマシンの初の勝利であり、ホンダのホームコースにおけるヤマハ製マシンの初勝利でもあった。 |
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[[File:Valentino Rossi suiting up.jpg|thumb|left|[[2009年のアメリカグランプリ (ロードレース)|2009年アメリカGP]]。]] |
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;2009 |
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{{MGP|2009}}シーズン、ロッシは6勝を挙げ、2位に入ったチームメイトの[[ホルヘ・ロレンソ]]に45ポイント差で9度目のタイトルを獲得した。 |
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序盤は2戦をともに2位で終え、[[2009年のスペイングランプリ (ロードレース)|第3戦スペイン]]でシーズン初優勝を記録した。しかし[[2009年のフランスグランプリ (ロードレース)|第4戦ルマン]]ではクラス唯一の転倒を喫し、得意にしていた[[2009年のイタリアグランプリ (ロードレース)|第5戦ムジェロ]]でウェットコンディションによるフラッグtoフラッグの影響もあり3位になるなど若干低迷した。ムジェロで勝利を逃したのは{{MGP|2001}}以来のことであった。しかし、そこからは一気に巻き返し[[2009年のオランダグランプリ (ロードレース)|2009年ダッチTT]]ではGP100勝目を挙げる。ロッシはGPで100勝を達成した2人目のライダーとなった<ref>{{cite news|url=http://news.bbc.co.uk/sport2/hi/motorsport/motorbikes/8122354.stm|title=Rossi earns 100th career victory|date=28 June 2009|work=BBC Sport|publisher=BBC|accessdate=29 June 2009}}</ref>。[[2009年のイギリスグランプリ (ロードレース)|第10戦ドニントン]]で一度転倒して5位、[[2009年のインディアナポリスグランプリ|第12戦インディアナポリス]]では転倒リタイヤとなるが、年間通して安定した成績を残していたため大事にならず<ref>特にドニントンは2位ロレンソが転倒リタイヤ、3位ストーナーはレインタイヤを履くギャンブルに失敗し14位で、逆にポイント差を離す展開になっていた</ref>、ウェットコンディションとなった第16戦の[[2009年のマレーシアグランプリ (ロードレース)|セパン]]で1戦を残してタイトルを決める。シーズン6勝というのはロッシがタイトルを獲得したシーズンの中で最少の勝利数であった。 |
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シーズン中最も劇的な勝利は[[2009年のカタルーニャグランプリ|バルセロナ]]での勝利で、2位のロレンソに0.095秒差であった。次いで僅差のレースは[[2009年のドイツグランプリ (ロードレース)|ドイツGP]]で、このときは0.099秒差であった。 |
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{{MGP|2009}}は最初2戦をともに2位で終え、[[2009年のスペイングランプリ (ロードレース)|第3戦スペイン]]でシーズン初優勝を記録した。しかし[[2009年のフランスグランプリ (ロードレース)|第4戦ルマン]]ではクラス唯一の転倒を喫し、得意にしていた[[2009年のイタリアグランプリ (ロードレース)|第5戦ムジェロ]]でウェットコンディションによるフラッグtoフラッグの影響もあり3位になるなど若干低迷した。しかし、そこからは一気に巻き返し[[2009年のドイツグランプリ (ロードレース)|第9戦ドイツ]]で自身GP100勝目を飾り、[[2009年のイギリスグランプリ (ロードレース)|第10戦ドニントン]]で一度転倒して5位、[[2009年のインディアナポリスグランプリ|第12戦インディアナポリス]]では転倒リタイヤとなるが、年間通して安定した成績を残していたため大事にならず<ref>特にドニントンは2位ロレンソが転倒リタイヤ、3位ストーナーはレインタイヤを履くギャンブルに失敗し14位で、逆にポイント差を離す展開になっていた</ref>、[[2009年のマレーシアグランプリ (ロードレース)|第16戦セパン]]にて1戦を残してチャンピオンを決定した。 |
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[[File:Valentino Rossi vittoria 100.jpg|thumb|right|キャリア100勝を祝うロッシ、[[2009年のオランダグランプリ (ロードレース)|2009年ダッチTT]]。]] |
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{{MGP|2010}}は開幕戦から1勝を含め3戦連続表彰台に立ち、[[2010年のフランスグランプリ (ロードレース)|フランスGP]]ではポールポジションを獲得する走りを見せる。しかし、[[2010年のイタリアグランプリ (ロードレース)|第4戦イタリアGP]]のフリー走行での転倒で右足を骨折した<ref name="Rossi injure">[http://www.motogp.com/ja/news/2010/rossi+under+knife+this+saturday V.ロッシ、骨折でホームレースキャンセル]MotoGP公式サイト</ref>。今期絶望といわれたが、[[2010年のドイツグランプリ (ロードレース)|ドイツGP]]から松葉杖をつきながら復帰し、[[2010年のアメリカグランプリ (ロードレース)|アメリカGP]]では3位表彰台に立った。本人はけがについて「サッカーをやるわけじゃない」と話した<ref>[[遠藤智]]「奇蹟の復帰で見せつけたロッシが天才たる所以」 『[[Sports Graphic Number]]』2010年9月2日号、[[文藝春秋]]、2010年、[[雑誌コード|雑誌]]26851・9・2、117頁。 </ref>。その後も勝利こそ[[2010年のマレーシアグランプリ (ロードレース)|第15戦マレーシアGP]]のみにとどまったが、安定した走りでシーズン3位の成績を残した。 |
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2009年6月8日、ロッシは有名な[[スネーフェル・マウンテン・コース|マン島TTコース]]で、伝説的存在のライダーである[[ジャコモ・アゴスチーニ]]と共にエキシビション走行を行った。この周回は「神のラップ」と呼ばれた<ref name="Belfast">{{cite web|url=http://www.belfasttelegraph.co.uk/sport/motorsport/rossi-falls-in-love-with-isle-of-man-14331294.html|title=Rossi falls in love with Isle of Man |date=9 June 2009|work=Belfast Telegraph|accessdate=9 June 2009}}</ref>。この走行は悪天候のため予定より48時間遅れで行われた。彼はまた、2009年の[[マン島TTレース]]の表彰式で、表彰台に上った[[ジョン・マクギネス]]、[[スティーヴ・プラッター]]、[[ガイ・マーティン]]に花輪を送った<ref name="Belfast"/>。 |
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この年は足の他にも、4月の[[モトクロス]]トレーニング中に負傷した右肩の痛みに苦しめられた。シーズン終了後に手術を行い、2011年は回復具合を計りつつ始動することになった。 |
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;2010 |
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=== ドゥカティへ === |
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[[File:Valentino Rossi 2010 Qatar GP 2.jpg|thumb|right|[[2010年のカタールグランプリ|2010年カタールGP]]。]] |
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{{MGP|2010}}シーズンは開幕前のテストセッションの大半でトップタイムをたたき出し、開幕戦[[2010年のカタールグランプリ|カタールGP]]ではレース序盤で[[ケーシー・ストーナー]]がクラッシュした後にシーズン1勝目を挙げた。次戦スペインGPでは3位、第3戦[[2010年のフランスグランプリ (ロードレース)|フランスGP]]ではポールポジションを獲得、決勝は2位と3戦連続の表彰台を獲得した。 |
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7年間在籍したヤマハを去り、{{MGP|2011}}からはバージェスを引き連れて[[ドゥカティ・コルセ|ドゥカティチーム]]に移籍した<ref>{{Cite news|url=http://f1-gate.com/rossi/f1_8765.html |title=ドゥカティ、バレンティーノ・ロッシとの契約を正式発表 |work=F1-Gate.com |date=2010-08-16 |accessdate=2010-08-16}}</ref>。[[2011年のカタールグランプリ|初戦カタールGP]]は7位に終わり、ウェットレースとなった[[2011年のスペイングランプリ (ロードレース)|第2戦スペインGP]]では2位争い中に転倒、[[ケーシー・ストーナー]]を巻き込んでリタイヤに追いやるミスを犯してしまった<ref>http://www.honda.co.jp/WGP/race2011/rd02/report/</ref>。[[2011年のフランスグランプリ (ロードレース)|第4戦フランスGP]]では移籍後初となる3位表彰台を獲得するが、それ以降はトップ争いには絡めない状況が続いた。[[2011年のオランダグランプリ (ロードレース)|第7戦ダッチTT]]からは翌2012年シーズン用の1000ccプロトタイプマシン([[ドゥカティ・デスモセディチ|デスモセディチGP12]])に従来の800ccエンジンを積んだニューマシン「GP11.1」を投入したが<ref>http://www.motogp.com/ja/news/2011/Rossi+on+the+GP111+Ducati</ref>、事態が大きく好転することはなかった。結局ロッシはGPデビュー以来初めて優勝のないシーズンとなり、年間ランキングも最高峰クラス自己最低の7位に沈んだ。 |
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しかし、ホームグランプリの[[2010年のイタリアグランプリ (ロードレース)|第4戦イタリアGP]]においてロッシは2回目のフリープラクティス、ビオンディッティ・コーナーで約{{convert|120|mph|km/h|abbr=on}}の速度で転倒、右の脛骨を複雑骨折した<ref name="Rossi injure">[https://web.archive.org/web/20111129033716/http://www.motogp.com/ja/news/2010/rossi+under+knife+this+saturday V.ロッシ、骨折でホームレースキャンセル]MotoGP公式サイト</ref>。[[カットーリカ]]の自宅そばの病院で外科治療を受けた後、今期絶望と診断される<ref>{{cite news|url=http://news.bbc.co.uk/sport1/hi/motorsport/motorbikes/8723843.stm|title=Valentino Rossi breaks leg at Italian MotoGP|date=5 June 2010|work=BBC Sport|publisher=BBC|accessdate=5 June 2010}}</ref><ref>{{cite news|url=http://moto.gpupdate.net/en/motogp-news/236693/doctors-tell-rossi-he-s-out-for-six-months/|title=Doctors tell Rossi he's out for six months|date=11 June 2010|work=moto.gpupdate.net|publisher=GPUpdate|accessdate=11 June 2010|archiveurl=https://web.archive.org/web/20100613194739/http://moto.gpupdate.net/en/motogp-news/236693/doctors-tell-rossi-he-s-out-for-six-months/|archivedate=2010年6月13日|deadurldate=2017年9月}}</ref>。ロッシがレースを欠場するのはそのキャリアにおいて初のことであった<ref>{{cite news|url=http://www.autosport.com/news/report.php/id/84151|title=Rossi sidelined with shin bone fracture|date=5 June 2010|work=autosport.com|publisher=[[Haymarket Group|Haymarket Publications]]|accessdate=7 June 2010|first=Toby|last=Moody|authorlink=Toby Moody|first2=Matt|last2=Beer}}</ref>。しかしながら、[[2010年のイギリスグランプリ (ロードレース)|イギリスGP]]に先だって[[デイリー・テレグラフ]]紙の[[スージー・ペリー]]はロッシが[[2010年のチェコグランプリ|ブルノ]]での復帰を計画していると伝えた<ref>{{cite news|url=http://www.telegraph.co.uk/motoring/columnists/suziperry/7826605/MotoGP-Silverstone-preview.html|title=Rossi to return in Czech Republic|work=The Daily Telegraph|publisher=Telegraph Media Group|first=Suzi|last=Perry|authorlink=Suzi Perry|date=18 June 2010|accessdate=13 July 2010|location=London}}</ref>。これは1週間後にロッシ自身によって確認された<ref>{{cite news|url=http://news.bbc.co.uk/sport1/hi/motorsport/motorbikes/8765421.stm|title=Valentino Rossi optimistic on target date for return|date=26 June 2010|work=BBC Sport|publisher=BBC|accessdate=13 July 2010}}</ref>。7月7日、ロッシは[[ミサノ・ワールド・サーキット・マルコ・シモンチェリ|ミサノ・サーキット]]でスーパーバイク仕様の[[ヤマハ・YZF-R1]]に乗り、脚の回復を確認した<ref>{{cite news|url=https://web.archive.org/web/20120203215648/http://www.motogp.com/en/news/2010/Valentino+Rossi+test+ride+in+Misano+today|title=Valentino Rossi test ride in Misano today|date=7 July 2010|work=MotoGP.com|publisher=[[Dorna Sports]]|accessdate=7 July 2010}}</ref>。彼は2回のセッションで26ラップを走り、ベストタイムは同サーキットにおける最近のスーパーバイクの最速タイムから2秒落ちであった。セッションを終えるとロッシは不快感を訴え、それは脚と肩の痛みによる物であった<ref>{{cite news|url=http://www.autosport.com/news/report.php/id/85050|title=Rossi still in pain in comeback test|first=Matt|last=Beer|date=7 July 2010|work=autosport.com|publisher=[[Haymarket Group|Haymarket Publications]]|accessdate=8 July 2010}}</ref><ref>{{cite news|url=http://www.motogp.com/en/news/2010/valentino+rossi+completes+succesful+misano+outing|title=Valentino Rossi completes test at Misano|date=7 July 2010|work=MotoGP.com|publisher=[[Dorna Sports]]|accessdate=8 July 2010}}</ref>。7月12日には[[ブルノ・サーキット|ブルノ]]でもテストを行い、ロッシはよりハッピーだと語った<ref>{{cite news|url=http://news.bbc.co.uk/sport1/hi/motorsport/motorbikes/8795830.stm|title=Rossi eyeing German comeback|work=BBC Sport|publisher=BBC|date=12 July 2010|accessdate=13 July 2010}}</ref>。木曜日に医師の診断を受け、ロッシは予定よりも2戦早い[[2010年のドイツグランプリ (ロードレース)|ドイツGP]]で松葉杖をつきながら復帰した<ref>{{cite news|url=https://web.archive.org/web/20120204002950/http://www.motogp.com/en/news/2010/rossi+return|title=Rossi is back!|date=15 July 2010|work=MotoGP.com|publisher=[[Dorna Sports]]|accessdate=15 July 2010}}</ref>。これは事故からわずか41日後のことであった。このレースではストーナーとの3位争いに負けて4位でフィニッシュした。続く[[2010年のアメリカグランプリ (ロードレース)|アメリカGP]]では3位表彰台に立った。本人はけがについて「サッカーをやるわけじゃない」と話した<ref>[[遠藤智]]「奇蹟の復帰で見せつけたロッシが天才たる所以」 『[[Sports Graphic Number]]』2010年9月2日号、[[文藝春秋]]、2010年、[[雑誌コード|雑誌]]26851・9・2、117頁。 </ref>。その後も勝利こそ[[2010年のマレーシアグランプリ (ロードレース)|第15戦マレーシアGP]]のみにとどまったが、終盤5戦はいずれも表彰台に上るなど、安定した走りでシーズン3位の成績を残した。 |
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{{MGP|2012}}もレインコンデションのフランスGPで2位に入ったものの、状況は好転しないままレースを続けていたが、8月に{{MGP|2013}}は古巣のヤマハへ復帰することを発表する。その後サンマリノGPでも2位となったが、結局この2位2回がドゥカティでの最高位となり、2年間勝利を挙げられないままドゥカティを去ることになった。 |
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この年は足の他にも、4月に[[2010年のエイヤフィヤトラヨークトルの噴火|エイヤフィヤトラヨークトルの噴火]]で[[2010年の日本グランプリ (ロードレース)|日本グランプリ]]が10月に延期された後に行った[[モトクロス]]トレーニング中に右肩を負傷している。終盤2戦でチームメイトのロレンソに敗れたロッシは肩の痛みを訴えていた。負傷は当初深刻な物とは見られず、数週間で回復すると予想されたが、予想通りに回復しなかったためシーズン終了後に手術を行い、2011年は回復具合を計りつつ始動することになった。 |
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===ヤマハ復帰=== |
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{{MGP|2013}}はヤマハ・ファクトリー・レーシングでホルヘ・ロレンソと再び組み、第7戦ダッチTTで2年ぶりの優勝を果たす。 |
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====ドゥカティ時代 (2011-2012)==== |
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=== 4輪レースでの活動 === |
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;2011 |
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[[世界ラリー選手権]] (WRC) に3度の出場経験がある。 |
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[[File:MotoGP 2011 Malaysia Test 1.jpg|thumb|left|[[セパン・インターナショナル・サーキット|セパン]]でのプレシーズンテスト、{{MGP|2011}}2月。]] |
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*初出場は2002年の[[ウェールズ・ラリーGB|ラリー・グレートブリデン]]で、周囲からの大きな注目を集めていたが、2本目のスペシャルステージ (SS) でコースアウトと、無念の結果に終わった。 |
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[[2010年のチェコグランプリ|チェコGP]]後の2010年8月15日、7年間在籍したヤマハと袂を分かち、翌{{MGP|2011}}から2年の契約で[[ドゥカティ・コルセ|ドゥカティ]]に乗ることが発表された。チーフメカニックのジェレミー・バージェスを引き連れての移籍であった<ref name="Rossi11">{{cite news|url=http://www.yamaha-racing.com/Racing/motogp/news/newsdetail.jsp?Component=tcm:78-383391&PageTitle=Yamaha%20and%20Valentino%20to%20part%20company%20at%20end%20of%202010|title=Yamaha and Valentino to part company at end of 2010|work=[[ヤマハ・モーター・レーシング|Yamaha Motor Racing]]|publisher=[[ヤマハ発動機|Yamaha Motor Company]]|date=15 August 2010|accessdate=15 August 2010|publication-date=|archiveurl=https://web.archive.org/web/20100819072352/http://www.yamaha-racing.com/Racing/motogp/news/newsdetail.jsp?Component=tcm:78-383391&PageTitle=Yamaha%20and%20Valentino%20to%20part%20company%20at%20end%20of%202010|archivedate=2010年8月19日}}</ref><ref name="Ducati11">{{cite news|url=http://news.bbc.co.uk/sport1/hi/motorsport/motorbikes/8886198.stm|title=Valentino Rossi to leave Yamaha for Ducati in 2011|work=BBC Sport|publisher=BBC|date=15 August 2010|accessdate=15 August 2010}}</ref><ref>{{Cite news|url=http://f1-gate.com/rossi/f1_8765.html |title=ドゥカティ、バレンティーノ・ロッシとの契約を正式発表 |work=F1-Gate.com |date=2010-08-16 |accessdate=2010-08-16}}</ref>。チームメイトはホンダ時代にも一緒だった[[ニッキー・ヘイデン]]。ロッシは2010年11月9日に[[バレンシア・サーキット]]で初めて[[ドゥカティ・デスモセディチ]]をテストした<ref>{{cite news|url=http://www.motorcyclenews.com/MCN/sport/sportresults/MotoGP/2010/November/nov0910-rossi-tenth/|first=Matthew|last=Birt|title=Valentino Rossi tenth on Ducati debut|work=[[Motorcycle News]]|publisher=[[Bauer Media Group]]|date=9 November 2010|accessdate=9 November 2010}}</ref>。{{MGP|1999}}以来のイタリア製バイクであった<ref>{{cite news|url=http://onehd.com.au/onehd/newsarticles/Speed-Grand-Prix-New-start-for-Rossi-and-Ducati-TX-PAR-MII91.htm|title=New start for Rossi and Ducati|work=[[One HD|One]]|publisher=[[Ten Network Holdings]]|agency=[[Agence France-Presse]]|date=14 January 2011|accessdate=14 January 2011}}</ref>。前シーズンの肩の傷は、マレーシアでのシーズン前テストに備えるためオフに手術を行った<ref>{{cite news|url=https://web.archive.org/web/20110714121107/http://www.motogp.com/en/news/2010/rossi+on+surgery+in+cattolica|work=motogp.com|publisher=[[Dorna Sports]]|title=Rossi has shoulder operation|date=14 November 2010|accessdate=14 March 2011}}</ref>。ドゥカティは最初のテストから2回目のマレーシアテストまでにマシンを改善できず<ref>{{cite news|url=https://web.archive.org/web/20110714121236/http://www.motogp.com/en/news/2011/ducati+sepang+day3|work=motogp.com|publisher=[[Dorna Sports]]|title=Hayden and Rossi make final day advances|date=3 February 2011|accessdate=14 March 2011}}</ref>、[[ケーシー・ストーナー]]のホンダから1.8秒以上後れを取り、ロッシにとっては不満であった<ref>{{cite news|url=https://web.archive.org/web/20110714121253/http://www.motogp.com/en/news/2011/rossi+not+satisfied+after+sepang+test|work=motogp.com|publisher=[[Dorna Sports]]|title=Rossi not satisfied with Sepang outcome|date=24 February 2011|accessdate=14 March 2011}}</ref>。 |
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*4年後の2006年には、[[ラリー・ニュージーランド]]に出場。絶対完走を目標にスタートし、序盤は[[グループN]]より遅かったが、持ち前の適応能力を発揮し、最後は11位でフィニッシュした。 |
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*2008年には、チャンピオン獲得後の慌ただしいスケジュールを縫って2002年と同じラリー・グレートブリデンに出場。12位でフィニッシュした。 |
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他にも地元のラリーイベントに参加するなど、かなりのラリー好きでWGP引退後はラリー転向もほのめかしている。3度の出場時とも、カーナンバーは「46」。特に、初めてのWRC出場となった2002年は、運営上の都合により37から50までが欠番となっていた為、年間を通じて40番台を付けて出場したのはロッシのみである。 |
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[[File:Valentino Rossi 2011 Estoril.jpg|thumb|right|[[ドゥカティ・デスモセディチ]]を駆るロッシ([[2011年のポルトガルグランプリ (ロードレース)|2011年ポルトガルGP]])。]] |
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2005-2006年のシーズンオフに[[スクーデリア・フェラーリ|フェラーリ]]の[[フォーミュラ1|F1]]テストに参加し、2007年からF1に転向するという噂が流れた。その後、2008年と2010年にもMotoGPのタイトル獲得のご褒美としてテストを行い<ref>"[http://www.motogp.com/ja/news/2010/rossi+concludes+test+at+montmel V.ロッシ、フェラーリF1で好タイムマーク]". motogp.com.(2010年1月21日)2013年6月5日閲覧。</ref>、 |
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開幕戦[[2011年のカタールグランプリ|カタールGP]]は7位に終わり、ウェットレースとなった第2戦[[2011年のスペイングランプリ (ロードレース)|スペインGP]]では2位争い中に転倒、[[ケーシー・ストーナー]]を巻き込んでリタイヤに追いやるミスを犯すが<ref>http://www.honda.co.jp/WGP/race2011/rd02/report/</ref><ref>{{cite news|url=http://www.motogp.com/en/news/2011/stoner+and+rossi+after+clashing+in+jerez|title=Stoner and Rossi’s thoughts after clashing in Jerez|work=MotoGP.com|publisher=[[Dorna Sports]]|date=3 April 2011|accessdate=27 October 2011}}</ref>、自身は5位でレースを終えた。続く[[2011年のポルトガルグランプリ (ロードレース)|ポルトガルGP]]も5位に終わるが、第4戦[[2011年のフランスグランプリ (ロードレース)|フランスGP]]では移籍後初となる3位表彰台を獲得する。これは[[ダニ・ペドロサ]]と[[マルコ・シモンチェリ]]が接触、ペドロサはリタイアしシモンチェリはライドスルーのペナルティを受けたための結果であった。これ以降はトップ争いには絡めない状況が続き、第7戦[[2011年のオランダグランプリ (ロードレース)|ダッチTT]]からは翌2012年シーズン用の1000ccプロトタイプマシン([[ドゥカティ・デスモセディチ|デスモセディチGP12]])に従来の800ccエンジンを積んだニューマシン「GP11.1」を投入したが<ref>https://web.archive.org/web/20120113235317/http://www.motogp.com/ja/news/2011/Rossi+on+the+GP111+Ducati</ref>、事態が大きく好転することはなかった。完走はするものの表彰台に上ることはできず、第15戦[[2011年の日本グランプリ (ロードレース)|日本GP]]では[[ホルヘ・ロレンソ]]、[[ベン・スピーズ]]と接触しシーズン初のリタイアを喫した。この接触でロッシは指を骨折した<ref>{{cite news|url=https://web.archive.org/web/20111009013540/http://www.motogp.com/en/news/2011/japan+motegi+ducati+race+rossi+hayden|title=Bad luck for Ducati at Motegi following a promising weekend|work=MotoGP.com|publisher=[[Dorna Sports]]|date=2 October 2011|accessdate=27 October 2011}}</ref>。続く第16戦[[2011年のオーストラリアグランプリ (ロードレース)|オーストラリア]]でもレース中盤にクラッシュしてリタイアした。第17戦[[2011年のマレーシアグランプリ (ロードレース)|マレーシア]]では予選を9位で通過した物の、決勝では2周目に転倒した[[マルコ・シモンチェリ]]が[[コーリン・エドワーズ]]のマシンに激突、その後を走っていたロッシもシモンチェリの頭部に衝突した。シモンチェリはこの事故による負傷で死亡し<ref>{{cite news|url=http://news.bbc.co.uk/sport1/hi/motogp/15420069.stm|title=Marco Simoncelli dies after MotoGP crash in Sepang|work=BBC Sport|publisher=BBC|date=23 October 2011|accessdate=27 October 2011}}</ref>、レースはキャンセルとなった。最終戦の[[2011年のバレンシアグランプリ|バレンシアGP]]でもロッシは転倒した[[アルバロ・バウティスタ]]に巻き込まれ、ヘイデン、[[ランディ・ド・プニエ]]と共にリタイアする<ref>{{cite news|url=http://uk.eurosport.yahoo.com/23012012/58/lorenzo-rossi-fading.html|title=Lorenzo: Rossi not fading yet|work=[[Yahoo!]] [[Eurosport]]|publisher=[[TF1 Group]]|date=23 January 2012|accessdate=13 June 2012}}</ref>。 |
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ヤマハとの契約が終わる2011年からフェラーリのサードカーを走らせるという可能性を語った<ref>"[http://f1-gate.com/rossi/f1_4066.html バレンティーノ・ロッシ、F1転向の可能性を認める]". F1-Gate.com.(2009年6月7日)2013年6月5日閲覧。</ref><ref>"[http://f1-gate.com/rossi/f1_7831.html バレンティーノ・ロッシ、3台目のフェラーリでのF1参戦への願望を認める]". F1-Gate.com.(2010年6月4日)2013年6月5日閲覧。</ref>。[[ジョン・サーティース]]以来となる2輪・4輪ダブルチャンピオンの期待がかけられたが、2013年にF1参戦の夢が終わったことを認めた<ref>"[http://www.gpupdate.net/ja/f1-news/291363/ ロッシ 「F1参戦の夢は終わった」]". GpUpdate.(2013年3月7日)2013年6月5日閲覧。</ref>。 |
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結局ロッシはGPデビュー以来初めて優勝のないシーズンとなり、年間ランキングも最高峰クラス自己最低の7位に沈んだ。 |
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== ライディングスタイル == |
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{{出典の明記|section=1|date=2011年12月|ソートキー=人}} |
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ロッシの[[ライディング]]は長身・長い手足を生かした積極的な[[荷重]]コントロールによってマシンの性能を最大限引き出すことが特徴的である。また[[タイヤ]]のスライド感覚にも優れ、2002年に駆ったホンダRC211Vの[[エンジンブレーキ]](バックトルク)によるリアタイヤのスライドに他のライダーが悩まされる中、ロッシはそのスライドを積極的にコーナリングに活用しアドバンテージを得ていた。 |
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;2012 |
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タイヤのスライド感覚が鋭いため、[[スリップダウン]]・[[ハイサイド]]での転倒が極端に少なくロッシの安定した強さの要因(=リタイア・怪我が少ない)にもなっている。特にハイサイドの処理は秀逸で、マシンから振り落とされそうになっても一瞬早く反応して収束させてしまうライダーは稀有である。受け身も巧いため転倒した場合にも大怪我を負いにくいという強みも併せ持つ。また、ロッシは世界選手権に125ccクラスでデビューしてからの連続出走記録を更新し続けていたが、2010年6月のイタリアGPフリー走行で右脛骨を骨折し予選から欠場<ref name="Rossi injure" />となり、最終的に230試合連続出場という記録となった。 |
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{{MGP|2012}}シーズンも開幕戦[[2012年のカタールグランプリ|カタールGP]]で10位、第2戦[[2012年のスペイングランプリ (ロードレース)|スペインGP]]で9位、第3戦[[2012年のポルトガルグランプリ (ロードレース)|ポルトガルGP]]で7位と、スローペースで始まったが、レインコンデションの第4戦[[2012年のフランスグランプリ (ロードレース)|フランスGP]]で2位に入る。レース序盤は[[テック3]]の[[アンドレア・ドヴィツィオーゾ]]、[[カル・クラッチロー]]と3位を争ったが、両名ともトラブルから脱落し、ロッシが表彰台を獲得した。第6戦[[2012年のイギリスグランプリ (ロードレース)|イギリスGP]]では最初のフリープラクティスで最速タイムを記録したが、決勝では9位に終わった。その後も状況は好転しないままであったが、8月に{{MGP|2013}}は古巣のヤマハへ復帰することを発表する。第13戦サンマリノGPでも2位に入ったものの、結局この2位2回がドゥカティでの最高位となり、2年間勝利を挙げられないままドゥカティを去ることになった。 |
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====ヤマハ復帰 (2013-2021)==== |
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その一方で近年までは雨には弱く、著しく成績が下がるか転倒といったパターンであった。目立つところでは2001年イタリアGP、本来得意な[[ムジェロ・サーキット|ムジェロ]]で最終ラップで転倒し雨に弱いイメージの一因となっている。しかしここ数年ほどの間に雨を克服したようで、[[2005年の中国グランプリ (ロードレース)|2005年の中国GP]]では雨のレースで[[オリビエ・ジャック]]を抑え優勝を飾っている。 |
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;2013 |
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2012年8月10日、ロッシは2012年シーズンをもってドゥカティを離れることを発表した<ref>{{cite news|url=https://web.archive.org/web/20140405045030/http://www.motogp.com/en/news/2012/Ducati+Rossi+split|title=Ducati and Rossi to part ways at the end of 2012|work=MotoGP.com|publisher=[[Dorna Sports]]|date=10 August 2012|accessdate=10 August 2012}}</ref>。同日午後には翌シーズンから{{MGP|2014}}シーズンまでヤマハファクトリー・チームに再び加入し、[[ホルヘ・ロレンソ]]とペアを組むことが発表された<ref name=backtoyam>{{cite news|url=https://web.archive.org/web/20130325230001/http://www.motogp.com/en/news/2012/Rossi+back+to+Yamaha|title=Rossi heads back to Yamaha for 2013 on two-year contract|work=MotoGP.com|publisher=[[Dorna Sports]]|date=10 August 2012|accessdate=10 August 2012}}</ref>。 |
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2012年11月13日、14日に[[バレンシア・サーキット]]で行われたテストで、ロッシは再びYZR-M1に乗る。しかしながら、雨のために正確なラップタイムを計ることはできなかった。2013年2月5日から7日にかけて[[セパン・サーキット|セパン]]で行われたテストでは、2013年型のマシンが用意された。ここで彼は28名のライダー中3位の2:00.542を記録し、これはペースセッターのダニ・ペドロサから0.442秒、チームメイトのホルヘ・ロレンソから0.113秒差のタイムであった。 |
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レーススタイルとしては典型的な「[[差し馬]]」型で、トップを走るライダーの後にぴったり付け、ラスト2~3周でスパート・優勝というパターンがホンダ時代には多く見られた。ヤマハに移籍してからは、マシンの違いから他の勝ち方も見られるが大きくは変わってはいない。予選一発の速さ的には他のライダーには負ける事があっても、予選4番手以降(フロントローが取れなくとも)から気づけばトップというレース展開は定番である。 |
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開幕戦[[2013年のカタールグランプリ|カタールGP]]では2位に入るが、続くアメリカズGPでは6位、スペインGPでは4位となった。第4戦フランスGPではクラッシュしたがコースに復帰し、12位となる。ホームグランプリのムジェロでは[[アルバロ・バウティスタ]]と接触してリタイアとなった。第6戦スペインGPでは4位となった。2013年6月29日に行われた第7戦[[2013年のオランダグランプリ (ロードレース)|ダッチTT]]でロッシは2年ぶりに優勝する。続く2戦で連続して3位表彰台に上る。その後も4位が6回3位が2回と安定した成績を残し、237ポイントを獲得してランキング4位となった。ロッシはシーズンを通して[[カル・クラッチロー]]、[[ステファン・ブラドル]]、[[アルバロ・バウティスタ]]らとセカンドグループで争った。 |
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[[2009年のドイツグランプリ (ロードレース)|2009年のドイツGP]]で最多表彰台記録に並び、一発の速さもある、ロングディスタンスの速さもあると、まさしく[[絶対王者]]としての地位を確立させている。 |
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;2014 |
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近年、ブレーキング時にコーナー内側の足をステップからわざと外すスタイルが流行している。これに対しロッシは「バイク上でさらに前輪へ荷重がかかるように感じるから」としているが、データロガーの回収情報では何も差が無く、速くなってもいないことも認めている<ref>[http://www.yamaha-motor.co.jp/profile/sports/race/riders/rossi/2009/002/index.html ヤマハWebサイト上ライダーコラム]</ref>。 |
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[[File:Valentino Rossi running out of front tire (14023449353).jpg|thumb|left|[[2014年のグランプリ・オブ・ジ・アメリカズ|2014年アメリカズGP]]。]] |
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2013年シーズンが終わると、ロッシはチーフエンジニアの[[ジェレミー・バージェス]]との長きにわたった関係を解消することを発表した。バージェスの後任として、[[マルコ・メランドリ]]の[[スーパーバイク世界選手権]]チームのクルーであったシルヴァーノ・ガルバセラが起用された<ref>{{cite news|url=https://web.archive.org/web/20131111150421/http://www.motogp.com/en/news/2013/galbusera+new+rossi+crew+chief|title=Silvano Galbusera becomes Rossi's Crew Chief|work=MotoGP.com|publisher=[[Dorna Sports]]|date=11 November 2013|accessdate=7 May 2014}}</ref>。 |
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シーズンは開幕戦[[2014年のカタールグランプリ|カタールGP]]で2位に入り、好スタートを切った。レースは[[マルク・マルケス]]との激しい争いが繰り広げられた。第4戦[[2014年のスペイングランプリ (ロードレース)|スペインGP]]、第5戦[[2014年のフランスグランプリ (ロードレース)|フランスGP]]でも2位に入る。2014年6月1日、ロッシはホームグランプリのムジェロでGP参戦300戦目を達成した<ref>{{cite news|url=http://msn.foxsports.com/speed/motogp/300-races-later-rossis-stats-put-marquez-on-toes-entering-mugello/|title=300 races later: Rossi's stats put Marquez on toes entering Mugello|work=[[Foxsports.com]]|publisher=[[Fox Sports]]; [[Fox Entertainment Group]]|date=28 May 2014|accessdate=28 May 2014|first=Samuel|last=Reiman}}</ref>。第13戦[[2014年のサンマリノグランプリ (ロードレース)|サンマリノ]]でロッシはシーズン初勝利を挙げる。この勝利はシーズン初のホンダ車以外による勝利であった<ref name="Misano2014win">{{cite web|url=http://www.bbc.co.uk/sport/0/motorsport/29197067|title=San Marino MotoGP: Valentino Rossi takes first win of the season|publisher=BBC Sport|accessdate=15 September 2014}}</ref>。この勝利で彼はまた通算5000ポイントを達成した<ref name="SMH5000points">{{cite web|url=http://www.smh.com.au/sport/motorsport/valentino-rossi-wins-san-marino-motogp-marc-marquez-crashes-20140914-10gx4b.html|title=Valentino Rossi wins San Marino MotoGP, Marc Marquez crashes|publisher=Sydney Morning Herald|accessdate=15 September 2014}}</ref>。続く[[2014年のアラゴングランプリ|アラゴンGP]]では予選6位となるが、決勝では濡れた路面でスリップ、芝を走って激しくクラッシュした。ロッシはクラッシュで短時間意識を失い、[[アルカニス]]の病院でCTスキャンを受けた<ref>{{cite news|url=http://www.motogp.com/en/news/2014/Precautionary+scan+for+Rossi+as+he+recovers+from+Aragon+crash|title=Precautionary scan for Rossi as he recovers from Aragon crash|work=MotoGP.com|publisher=[[Dorna Sports]]|date=28 September 2014|accessdate=28 December 2014}}</ref>。シーズンのリタイアはこの1回のみであった。第16戦[[2014年のオーストラリアグランプリ (ロードレース)|オーストラリアGP]]ではレースをリードしていたマルケスがリタイアし、ロッシはシーズン2勝目を挙げる。[[フィリップ・アイランド・サーキット|フィリップ・アイランド]]でロッシは[[2001年のオーストラリアグランプリ (ロードレース)|2001年]]から[[2005年のオーストラリアグランプリ (ロードレース)|2005年]]まで5連勝しており、この勝利は6勝目となった。最終戦の[[2014年のバレンシアグランプリ|バレンシアGP]]では[[2010年のフランスグランプリ (ロードレース)|2010年フランスGP]]以来の[[ポールポジション]]を獲得するが、これはGPにおける自身60回目のポールポジションとなった。決勝はマルケスに次ぐ2位となり<ref>{{cite news|url=https://web.archive.org/web/20141109190732/http://www.motogp.com/en/news/2014/Rossi+Valencia+race+review|title=Rossi converts pole to second in race and championship|work=MotoGP.com|publisher=[[Dorna Sports]]|date=9 November 2014|accessdate=15 December 2014}}</ref>、マルケスから67ポイント差の295ポイントでランキング2位となった。 |
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== 人物 == |
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{{出典の明記|section=1|date=2011年12月|ソートキー=人}} |
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===性格=== |
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[[ファイル:2005 0409 Valentino Rossi.jpg|240px|thumb|インタビューを受けるロッシ(2005年)]] |
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イタリア人らしく非常に陽気な性格で知られる。ファンサービス精神にあふれており、ウィニングラップでは[[ウィリー]]・[[ドラッグレース#バーンアウト|バーンアウト]]を積極的に行ったり、後述のイベントなどで観客を楽しませる。 |
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;2015 |
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しかしレースに対する姿勢は非常にプロフェッショナルであり、テストを積極的にこなしマシン開発に尽力する。また自らのミスで成績が芳しくない時などは無口で厳しい表情を見せるが、自身、同郷と言うことで応援していた[[マックス・ビアッジ|マッシミリアーノ・ビアッジ]]の、上手くいかない際はマシンのせい、スタッフのせいというあまりの態度に辟易した過去もあり、リタイアの原因がマシントラブルにあったとしても、公の場でスタッフを責める発言は口にしない。また勝利の際は必ずチームとスタッフに謝意を述べる。こうした性格のギャップもロッシの魅力の一つである。 |
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[[File:Valentino rossi COTA 2015.png|thumb|サイン会でのロッシ、[[2015年のグランプリ・オブ・ジ・アメリカズ|2015年アメリカズGP]]。]] |
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世界GP参戦20年目となる{{MGP|2015}}は、開幕戦[[2015年のカタールグランプリ|カタールGP]]での勝利から始まった。開幕戦での勝利は[[2010年のカタールグランプリ|2010年]]以来であった。ロッシは[[ドゥカティ・コルセ|ドゥカティ]]の[[アンドレア・ドヴィツィオーゾ]]の109勝目を阻止し<ref>{{cite news|url=http://www.bbc.co.uk/sport/0/motorsport/32109292|title=Valentino Rossi wins season opener in Qatar|work=[[BBC Sport]]|publisher=[[BBC]]|date=29 March 2015|accessdate=5 April 2015}}</ref>、3位にはドヴィツィオーゾのチームメイト、[[アンドレア・イアンノーネ]]が入ってイタリア人ライダーが表彰台を独占した。これは[[2006年の日本グランプリ (ロードレース)|2006年日本GP]]以来のことであった<ref>{{cite news|title=MotoGP records destroyed in the desert|url=https://www.motogp.com/en/news/2015/04/05/motogp-records-destroyed-in-the-desert/173124|date=5 April 2015|accessdate=5 April 2015|work=motogp.com|publisher=[[Dorna Sports]]}}</ref>。第2戦[[2015年のグランプリ・オブ・ジ・アメリカズ|アメリカズGP]]ではマルケス、ドヴィツィオーゾに次ぐ3位となり<ref>{{cite web|url=http://resources.motogp.com/files/results/2015/AME/MotoGP/RAC/Classification.pdf|format=[[Portable Document Format|PDF]]|title=Red Bull Grand Prix of the Americas - MotoGP - Race - Classification|work=motogp.com|publisher=[[Dorna Sports]]|date=12 April 2015|accessdate=20 April 2015}}</ref>、第3戦[[2015年のアルゼンチングランプリ (ロードレース)|アルゼンチンGP]]でシーズン2勝目を挙げる。このレースでロッシはリアタイヤにエクストラ・ハードを選択し、同タイヤを使用して優勝した初のライダーとなった<ref>{{cite news|url=http://resources.motogp.com/files/results/2015/ARG/MotoGP/RAC/Classification.pdf|format=[[Portable Document Format|PDF]]|title=G.P. Red Bull de la Republica Argentina - MotoGP - Race - Classification|work=motogp.com|publisher=[[Dorna Sports]]|date=19 April 2015|accessdate=20 April 2015}}</ref>。GPキャリア200戦目となった第4戦[[2015年のスペイングランプリ (ロードレース)|スペインGP]]では3位に入って8戦連続の表彰台となる<ref>{{cite news|title=Lorenzo puts on master class to claim Jerez win|url=https://www.motogp.com/en/news/2015/05/03/lorenzo-puts-on-master-class-to-claim-jerez-win/175051|date=3 May 2015|accessdate=3 May 2015|work=MotoGP.com|publisher=[[Dorna Sports]]|quote=Unlike in Argentina he managed to respond to keep the Italian at bay with Rossi eventually crossing the line in third, a further six seconds back, to claim his 200th World Championship podium.}}</ref>。続く[[2015年のフランスグランプリ (ロードレース)|フランス]]、[[2015年のイタリアグランプリ (ロードレース)|イタリア]]でも表彰台を獲得<ref>{{cite news|url=https://www.motogp.com/en/news/2015/05/31/lorenzo-delivers-master-class-to-make-it-three-in-a-row/176886|title=Lorenzo delivers master class to make it three in a row|work=MotoGP.com|publisher=[[Dorna Sports]]|date=31 May 2015|accessdate=31 May 2015}}</ref>、記録は継続した。 |
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第7戦[[2015年のカタルーニャグランプリ|カタルーニャGP]]ではチームメイトのロレンソが優勝、ロッシは2位となりポイント差が1と詰め寄られたが<ref>{{cite news|url=http://www.bbc.co.uk/sport/0/motorsport/33127468|title=Jorge Lorenzo beats Valentino Rossi|work=[[BBC Sport]]|publisher=[[BBC]]|date=14 June 2015|accessdate=14 June 2015}}</ref>、次戦[[2015年のオランダグランプリ (ロードレース)|ダッチTT]]ではポールポジションを獲得、決勝ではマルケスとの長いバトルを制して3勝目を挙げ、3位に入ったロレンソとのポイント差も10へと広がった<ref>{{cite news|work=Crash.net|publisher=Crash Media Group|url=http://www.crash.net/motogp/news/220532/1/motogp-race-director-talks-rossi-marquez-incident.html|title= MotoGP Assen: Race Director talks Rossi, Marquez incident |date=28 June 2015|accessdate=28 June 2015}}</ref>。ポールトゥフィニッシュは[[2009年のサンマリノグランプリ (ロードレース)|2009年サンマリノGP]]以来のこととなった。第9戦のザクセンリンクでは3位に入賞しリードを広げ<ref>{{cite news|work=Crash.net|publisher=Crash Media Group|url=http://www.crash.net/motogp/news/221066/1/rossi-title-charge-is-on.html|title=MotoGP Germany: Rossi: Title charge is on|date=13 July 2015|accessdate=13 July 2015}}</ref>、続くインディアナポリス<ref>{{cite news|work=Crash.net|publisher=Crash Media Group|url=http://www.crash.net/motogp/news/221868/1/rossi-we-knew-we-had-to-suffer.html|title=MotoGP Indianapolis: Rossi: 'We knew we had to suffer'|date=9 August 2015|accessdate=10 August 2015}}</ref>、チェコでも3位に入賞<ref>{{cite news|work=Crash.net|publisher=Crash Media Group|url=http://www.crash.net/motogp/news/222030/1/lorenzo-rossi-title-battle-starts-from-zero.html|title=Lorenzo, Rossi MotoGP title battle 'starts from zero'|date=16 August 2015|accessdate=17 August 2015}}</ref>、連続表彰台の記録も継続した。ロレンソはブルノで勝利し、その時点で勝利数でロッシを上回ってタイトル争いでもリードを取った。次戦イギリスGPはウェットレースとなり、ロッシはマルケスとトップ争いを繰り広げたが、マルケスは転倒リタイア、ロッシがシーズン4勝目を挙げて再びチャンピオン争いでもトップに立った。このレースでロレンソは4位に入賞した<ref>{{cite news|url=https://www.motogp.com/en/news/2015/08/30/rain-master-rossi-rules-at-silverstone/183092|title=Rain-master Rossi rules at Silverstone|work=MotoGP.com|publisher=[[Dorna Sports]]|date=30 August 2015|accessdate=30 August 2015}}</ref>。サンマリノGPでは5位となり連続表彰台の記録は16で途切れたが、ロレンソはリタイアしポイント差は23へと広がった<ref>{{cite web|work=Crash.net|publisher=Crash Media Group|url=http://www.crash.net/motogp/news/223017/1/rossi-wanted-to-cry-but-important-result.html|title=MotoGP Misano: Rossi 'wanted to cry', but 'important result' |date=13 September 2015|accessdate=14 September 2015}}</ref>。第14戦アラゴンGPではロレンソが優勝、ロッシは3位に入り残り4戦で14ポイント差となる。両者が順調にポイントを積み重ねたことで、ヤマハは{{MGP|2010}}以来のマニファクチャラーズタイトルを早々に決定した<ref>{{cite web|work=Crash.net|publisher=Crash Media Group|url=http://www.crash.net/motogp/news/223583/1/rossi-i-played-all-my-cards-and-more.html|title= MotoGP Aragon: Rossi: I played all my cards - and more|date=27 September 2015|accessdate=28 September 2015}}</ref>。 |
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日本GPでロッシはペドロサに次ぐ2位となる。ロレンソはポールポジションを獲得したが、タイヤの問題で3位となった<ref>{{cite news|url=https://www.motogp.com/en/news/2015/10/11/peerless-pedrosa-takes-his-50th-gp-victory-at-motegi/186727|title=Peerless Pedrosa takes his 50th GP victory at Motegi|work=MotoGP.com|publisher=[[Dorna Sports]]|date=11 October 2015|accessdate=11 October 2015|quote=Dani Pedrosa rides a superb race to take victory at the Motul Grand Prix of Japan while Rossi extends lead over Lorenzo to 18 points.}}</ref>。続くオーストラリアGPではロレンソが2位、ロッシが4位となりポイント差は11に縮まった<ref>{{cite news|url=http://www.autosport.com/news/report.php/id/121387|title=Marc Marquez beats Jorge Lorenzo on last lap|work=[[Autosport]]|publisher=[[Haymarket Media Group|Haymarket Publications]]|date=18 October 2015|accessdate=18 October 2015}}</ref>。マレーシアでもロレンソ2位、ロッシ3位という結果でポイント差は7となったが、ロッシはマルケスとの接触でペナルティを受け最終戦バレンシアGPでは最後尾からスタートすることとなる<ref>{{cite news|url=https://www.motogp.com/en/news/2015/10/25/pedrosa-wins-as-lorenzo-cuts-rossi-s-lead-to-7-points/188359|title=Pedrosa wins as Lorenzo cuts Rossi's lead to 7 points|work=MotoGP.com|publisher=[[Dorna Sports]]|date=25 October 2015|accessdate=25 October 2015}}</ref>。バレンシアでロッシは最後尾から4位まで追い上げたものの、ロレンソが優勝したことで7ポイント差を逆転され、ロレンソが5ポイント差を付けてタイトルを獲得した<ref>{{cite news|work=[[BBC Sport]]|publisher=[[BBC]]|url=http://www.bbc.co.uk/sport/0/motorsport/34760108|title=Jorge Lorenzo beats Valentino Rossi to win third title|date=8 November 2015|accessdate=9 November 2015}}</ref>。 |
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;2021 |
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[[2021年のMotoGP|2021年]]は長く在籍していたヤマハファクトリー・チームを離れ、[[ペトロナス・ヤマハ・SRT]]に移籍する。チームメイトは2017年Moto2チャンピオンであり自身の弟子である[[フランコ・モルビデリ]]。この年のロッシはデビュー以来最もと言える苦戦を強いられた。その影響もあってかサマーブレイク中に引退を表明。最終戦[[2021年のバレンシアグランプリ|バレンシアGP]]を最後にMotoGPを引退した。MotoGPレジェンドとして、殿堂入りを果たす。<ref>{{Cite web|和書|title="生ける伝説"バレンティーノ・ロッシ、MotoGP殿堂入り。正式にレジェンドとして認定 {{!}} MotoGP {{!}} autosport web|url=https://www.as-web.jp/bike/760511|website=AUTO SPORT web|date=2021-11-15|accessdate=2021-12-06|language=ja}}</ref> |
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==ライバル関係== |
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チャンピオンを争うライバルとの関係では、初期には[[マックス・ビアッジ]]との不仲が知られた。ビアッジとの関係は90年代半ばに始まり、{{MGP|2000}}シーズンまで続いた。緊張関係はロッシが世界選手権を連覇したことと、ビアッジが自らへのサポート体制の構築に苦戦し始めるようになるにつれて弱まっていった。 |
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「バレンティーノ・ロッシ自叙伝 ''What If I'd Never Tried It?''」では、ロッシはビアッジとの対立の理由および緊張に至った事件のいくつかに関して語っている。ドキュメント映画『[[ファスター (映画)|ファスター]]』にはそういったエピソードのうち、レース中にビアッジが肘でロッシを押し出したり、レース後の表彰式を待つ間に乱闘寸前になったりした模様が収められている。 |
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[[File:Rossi and Lorenzo 2010 French GP.jpg|thumb|right|[[ホルヘ・ロレンソ]]とロッシ、[[2010年のフランスグランプリ (ロードレース)|2010年フランスGP]]。]] |
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[[File:Phillip Island MotoGP podium 2010.jpg|thumb|right|[[2010年のオーストラリアグランプリ (ロードレース)|2010年オーストラリアGP]]の表彰台、ロレンソ、[[ケーシー・ストーナー]]、ロッシ。]] |
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{{MGP|2003}}、{{MGP|2004}}シーズンのライバルとなったのは[[セテ・ジベルナウ]]であった。ジベルナウはサテライトチームである[[グレシーニ・レーシング|チーム・グレシーニ・モビスター・ホンダ]]のRC211Vに乗り、2005年はファクトリー仕様のRC211Vの開発も担当した。両者は当初好意的な関係にあり、ジベルナウはロッシが[[イビサ島]]の別荘で開いたパーティーに参加したりもしていた。その関係は2004年シーズンが始まると変化し、「カタール事件」で決定的な物となった。第13戦[[2004年のカタールグランプリ|カタールGP]]において、ロッシのチームクルーがトラクションを上げるためにレース前にスターティンググリッド上を「掃除」していたことが問題視され、ロッシは同様の行為を行っていたマックス・ビアッジと共にペナルティを受けてグリッド後方に降格させられた。この告発を行ったチームの中に、ジベルナウの所属するチーム・グレシーニが含まれていた。ロッシとチーフエンジニアのジェレミー・バージェスは、同様の行為は他チームも以前に行っていたと主張した。 |
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以降両者は会話をすることも無くなった。ロッシはジベルナウに対して心理的圧力を加えるためにこの事件を利用した。カタールGPはジベルナウが優勝し、ロッシは転倒リタイアした。ロッシはこれに腹を立て、ジベルナウに対して「お前はもう2度とレースに勝てない」と宣告した。ロッシはこの「カタールの呪い」を否定するが<ref>{{cite news|url=http://www.motorcyclenews.com/MCN/sport/sportresults/mcn/2009/April/6-12/apr0909-rossi-and-gibernau-make-friends/|title=Valentino Rossi and Sete Gibernau end feud|first=Matthew|last=Birt|work=[[Motor Cycle News]]|publisher=[[Bauer Media Group]]|date=9 April 2009|accessdate=4 May 2013}}</ref>、この「呪い」は現実となり、ジベルナウは以後全く勝てないままキャリアを終えた。スペインやイタリアのメディアのいくつかはこの「呪い」のことを取り上げている。 |
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この他、[[2005年のスペイングランプリ (ロードレース)|2005年スペインGP]]でロッシは最終ラップの最終コーナーで強引にジベルナウのインを突き、弾き出して優勝した。レース後は接触について謝罪せず、表彰式ではブーイングを浴びている<ref>遠藤智 "[http://number.bunshun.jp/articles/-/11295 開幕戦を後味悪くした、王者ロッシの愚行。]". Number Web.(2005年4月28日)2013年6月5日閲覧。</ref>。 |
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=== 2年目のジンクス === |
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今まで125cc、250cc、WGP、鈴鹿8時間耐久レースと、チャンピオンを取る、もしくはビッグレースで勝つというのは全て2年目で達成している。一つだけの例外がMotoGPクラスでのチャンピオンで、これだけは1年目に達成している。しかしMotoGPが800ccになった際にはやはり2年目で達成しているため、1年を通しマシンを育てていき、2年目で結果を出すというのが本人のスタイルのようである。 |
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{{MGP|2007}}にライバルとして現れたのは[[ケーシー・ストーナー]]だった。ドゥカティに乗った若いオーストラリア人ライダーは2007年の開幕戦に優勝し、その後も勝利を積み重ねてタイトルを獲得した。ロッシとストーナーのライバル関係は[[2008年のアメリカグランプリ (ロードレース)|2008年アメリカGP]]で頂点に達した。幾度となく順位を入れ替えた後、ロッシはコークスクリューでストーナーに追いついた。ロッシは大胆にも縁石よりさらにイン側のダートに外れてストーナーを追い抜き、コースに戻ったとき両者は接触した。数ラップ後、ストーナーは11コーナーでグラベルにコースアウト、どうにか復帰して2位に入ったが、ロッシが優勝した。レース後にストーナーは「僕は史上最も偉大なライダーの一人に対する敬意を失った。」とコメントした。このコメントに関して、ストーナーは次戦でロッシに謝罪した<ref>{{cite news|last=Birt|first=Matthew |url=http://www.motorcyclenews.com/MCN/sport/sportresults/mcn/2008/august/11-17/aug1408-brno-motogp-stoner-apologises-to-rossi/?R=EPI-102309|title=Brno MotoGP: Stoner apologises to Rossi|publisher=[[Bauer Media Group]]|work=[[Motorcycle News]]|date=14 August 2008|accessdate=1 March 2010}}</ref>。その後も[[2011年のアメリカグランプリ (ロードレース)|2011年アメリカGP]]では挑発的な言動を応酬したりもしている<ref>"[http://sportiva.shueisha.co.jp/clm/motorsports/2011/05/05/article86/index2.php 【MotoGP】悩める天才、ロッシ。派手な場外乱闘を発奮材料にできるか?] {{Wayback|url=http://sportiva.shueisha.co.jp/clm/motorsports/2011/05/05/article86/index2.php |date=20150505035434 }}". web Sportiva.(2011年5月5日)2013年6月5日閲覧。</ref>。 |
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=== ビジュアルへのこだわり === |
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[[ファイル:Valentino Rossi's AGV helmets.jpg|240px|thumb|多彩なヘルメットデザイン]] |
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ロッシの大きな特徴としてビジュアルデザインに対するこだわりがある。[[ヘルメット]]・ツナギやマシンに後述のキャラクター・[[パロディ]]などの遊び心にあふれたステッカーを多数製作・貼付している。また、2001年までは地元イタリアGPでマシン自体にスペシャルカラーを施していた。 |
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{{MGP|2008}}には期待の新星、[[ホルヘ・ロレンソ]]がファクトリー・ヤマハに加入しロッシのチームメイトとなり、新たなライバル関係が生じた。ロレンソはラグナ・セカと中国で大きくクラッシュし、その年のタイトルはロッシが獲得した。{{MGP|2009}}はバレンシア、アッセン、ザクセンリンクなどで厳しいバトルを制し、ロッシが優勝した。特に、ロレンソのホームであるカタルーニャでロッシは最終コーナーでロレンソをパスして勝利した。ロッシはこの年もタイトルを獲得したが、翌{{MGP|2010}}は肩の怪我や第4戦ムジェロでの骨折が影響し、ロレンソがMotoGPクラスで初のタイトルを獲得した。 |
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ヘルメットデザインの多彩さは他のライダーの及ぶところになく、毎年2~3つのデザインを使いまわしている。地元イタリアGPでは毎年スペシャルデザインを用意している。[[2008年のイタリアグランプリ (ロードレース)|2008年イタリアGP]]では、自らの顔写真をヘルメット頭頂部にデザインし(ストレートなどで伏せると正面を向くようになっている、この時の顔は「ブレーキングポイントで踏ん張った時の顔」であった)特に話題を呼んだ。 |
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==ニックネーム== |
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主な[[キャラクター]]は月と太陽、ブルドッグ、カメ、ザ・ドクター。好きな色は[[黄色]]である。 |
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[[File:Valentino Rossi 1.JPG|thumb|[[2011年のポルトガルグランプリ (ロードレース)|2011年ポルトガルGP]]。]] |
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月と太陽のデザインはロッシ自身の二面性を表しているらしい。 |
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[[File:Motor Show 2007 Gnocca con la moto di Valentino.jpg|thumb|ロッシの[[ヤマハ・YZR-M1]]。2007年[[ボローニャモーターショー]]。]] |
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キャリア初期からロッシは多くのニックネームを持っているが、最高峰クラスを制してからは「ザ・ドクター」が代表的なニックネームとなっている。「ザ・ドクター」を使う理由として大きく2つが挙げられるが、1つはイタリアで学位を得た際の称号である「ドクター」と、医者のようにマシンをセットアップするというのをかけているという説がある。 |
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[[パロディ]]・自虐ネタが好きで、2004年序盤に4位が続いて迎えた地元イタリアGPでは、ヘルメットに木のメダルをデザインし(金・銀・銅に次いで4位は木という意味。もちろんイタリアの洒落)、「自分には4位がお似合いだ」というメッセージを込めた(結果は優勝)。また不振が続く2006年には、シートカウルが定位置になっているブルドッグのステッカーにランキング1位のライダーと自分とのポイント差を気温差のように表示し、ポイント差が開くとマイナスの度合いが開きブルドッグが凍えていく、という皮肉なデザインを使っていた(普段のブルドッグは暑そうにしている。最大時にはブルドッグはアイスブロックで覆われていたが、その後ポイントが縮まりアイスブロックは撤去された)。 |
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この他にも、若手時代、日本人GPライダー[[阿部典史]]の大ファンだったことで知られ(阿部が[[ワイルドカード (スポーツ)|ワイルドカード]]参戦した{{MGP|1994}}[[日本グランプリ (ロードレース) |日本GP]]の走りを見て憧れたという)、阿部への尊敬から自らに'''ろっしふみ'''(ロッシ+のりふみ)というニックネームを付けたほどだった。また、阿部のニックネーム「ノリック」にならい、'''Valentinic'''(バレンティニック)と書いたロゴをマシンに貼ったこともある。それ故2007年10月阿部の交通事故死に対し、ロッシは大きなショックを受け、直後に行われた[[2007年のオーストラリアグランプリ (ロードレース)|オーストラリアGP]]で'''「ノリックは僕のアイドル。唯一サインを求めたライダーだ」'''と阿部への追悼コメントを述べ、決勝には喪章を付けて臨んだ。 |
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=== 憧れる人物 === |
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若手時代、日本人GPライダー[[阿部典史]]の大ファンだったことで知られ(阿部が[[ワイルドカード (スポーツ)|ワイルドカード]]参戦した{{MGP|1994}}[[日本グランプリ (ロードレース) |日本GP]]の走りを見て憧れたという)、阿部への尊敬から自らに'''ろっしふみ'''(ロッシ+のりふみ)というニックネームを付けたほどだった。また、阿部のニックネーム「ノリック」にならい、'''Valentinic'''(バレンティニック)と書いたロゴをマシンに貼ったこともある。それ故2007年10月阿部の交通事故死に対し、ロッシは大きなショックを受け、直後に行われた[[2007年のオーストラリアグランプリ (ロードレース)|オーストラリアGP]]で'''「ノリックは僕のアイドル。唯一サインを求めたライダーだ」'''と阿部への追悼コメントを述べ、決勝には喪章を付けて臨んだ。 |
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また、もう一人のアイドルは[[世界ラリー選手権|WRC]]ドライバーの[[コリン・マクレー]]で、この年相次いで二人のアイドルを失ったロッシは「2007年はよくない年だ」と語った。 |
また、もう一人のアイドルは[[世界ラリー選手権|WRC]]ドライバーの[[コリン・マクレー]]で、この年相次いで二人のアイドルを失ったロッシは「2007年はよくない年だ」と語った。 |
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ロッシはGPデビュー以来一貫して"'''46'''"の[[ゼッケン]]ナンバーを使い続けている。この番号は父グラツィアーノが現役時代の{{MGP|1979}}に優勝した3戦で使用していた番号である。MotoGPでは前年のチャンピオンに「1」を付ける権利があり、それを用いるのが一般的であるが、[[バリー・シーン]]がタイトルを獲った翌年も初めて同じゼッケン(#7)を使用したように、ロッシもチャンピオンになった翌年も「46」を使っている。チャンピオンを獲得した翌年は革スーツの肩にNo.1を貼り付けている。ロッシと父親のつながりは深く、2007年には親子でヤマハのCMに出演した。 |
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=== ライバル関係 === |
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チャンピオンを争うライバルとの関係では、[[マックス・ビアッジ]]との不仲が知られた。レース中にビアッジが肘でロッシを押し出したり、レース後の表彰式を待つ間に乱闘寸前になったりした模様が、ドキュメント映画『[[ファスター (映画)|ファスター]]』に収められている。 |
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ヘルメットには友人グループの愛称「チワワ族 ''The Tribe of the Chihuahua''」がペイントされ、革スーツには「WLF」の文字が縫い付けられるが、これは「Viva La Figa」の略である。「W」は「ViVa」の2つの「V」を意味する。ロッシは蛍光イエローが好みの色であり、スーツのデザインによく取り入れているが、このことから解説者のトビー・ムーディやジュリアン・ライダーは最近ロッシを「蛍光ペン ''Highlighter Pen''」と呼ぶようになった。 |
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[[セテ・ジベルナウ]]とは[[2005年のスペイングランプリ (ロードレース)|2005年スペインGP]]の最終ラップ、最終コーナーで強引にインを突き、ジベルナウを弾き出して優勝した。レース後は接触について謝罪せず、表彰式ではブーイングを浴びた<ref>遠藤智 "[http://number.bunshun.jp/articles/-/11295 開幕戦を後味悪くした、王者ロッシの愚行。]". Number Web.(2005年4月28日)2013年6月5日閲覧。</ref>。 |
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かつてチームメイトであった[[コーリン・エドワーズ]]や、何人かのテレビジャーナリストは「the GOAT」(史上最も素晴らしい、Greatest Of All Time)とも呼ぶ<ref>{{cite video|year=2003|title=Fastest (2003)|url=http://www.imdb.com/title/tt0368721|medium=Motion picture|publisher=[[Dorna Sports]]|location=Madrid, Spain|accessdate=7 August 2010}}</ref>。 |
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[[ケーシー・ストーナー]]とは[[2008年のアメリカグランプリ (ロードレース)|2008年アメリカGP]]のバトルで因縁が生まれ、[[2011年のアメリカグランプリ (ロードレース)|2011年アメリカGP]]では挑発的な言動を応酬した<ref>"[http://sportiva.shueisha.co.jp/clm/motorsports/2011/05/05/article86/index2.php 【MotoGP】悩める天才、ロッシ。派手な場外乱闘を発奮材料にできるか?]". web Sportiva.(2011年5月5日)2013年6月5日閲覧。</ref>。 |
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==四輪競技での活躍== |
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=== F1 === |
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シーズンオフの2006年1月31日、2月1日、2日に[[バレンシア・サーキット|バレンシア]]で行われた[[スクーデリア・フェラーリ|フェラーリ]]の[[フォーミュラ1|F1]]テストに参加し、2007年からF1に転向するという噂が流れた。1日目は濡れた路面でスピン、コースアウトしてグラベルトラップに捕まった。2日目は15名中9位のタイムを記録し、[[ミハエル・シューマッハ]]から約1秒遅れのタイムであった。シューマッハ自身は全体ではトップから3番目のタイムであり、ロッシは[[マーク・ウェバー]]、[[デビッド・クルサード]]、[[ヤルノ・トゥルーリ]]よりも速かった<ref>{{Cite web |url=http://www.superbikeplanet.com/2006/Feb/060201a.htm |title=Soup :: Rossi Ninth in F1 Test Today; Feb 2006 |publisher=Superbikeplanet.com |date=2006-02-01 |accessdate=2010-03-01 |archiveurl=https://web.archive.org/web/20090617074158/http://www.superbikeplanet.com/2006/Feb/060201a.htm |archivedate=2009-06-17 |url-status=dead|url-status-date=2017-09 }}</ref>。テストの最終日にシューマッハのベストタイムから0.5秒遅れのタイムをたたき出した<ref>{{Cite web |url=http://www.superbikeplanet.com/2006/Feb/060202o.htm |title=Soup :: Rossi Faster on Four Wheels |publisher=Superbikeplanet.com |date=2006-02-02 |accessdate=2010-03-01 |archiveurl=https://web.archive.org/web/20111020151558/http://www.superbikeplanet.com/2006/Feb/060202o.htm |archivedate=2011-10-20 |url-status=dead|url-status-date=2017-09 }}</ref>。シューマッハはロッシの才能を称え、F1に転向してもすぐに競争力を発揮できると語った。 |
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2006年5月、自身のモーターバイクへの仕事が「終わった」と感じるまでMotoGPに留まると発表した。フェラーリのシューマッハはそれを聞いて「悲しい」と感じたと語ったが、その決定を支持した。 |
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2007年にもフェラーリでのテストや、何回かのラリー出場からF1やWRCへの転向が取りざたされた<ref>{{cite news|url=http://www.autosport.com/news/report.php/id/57063 |title=WRC News: Rossi would consider Fiat WRC drive |publisher=autosport.com |date= 6 March 2007|accessdate=1 March 2010}}</ref>が、ロッシはMotoGPに留まることを決心した。「僕は2008年までヤマハとの契約を持っている。」とロッシは語った。「それが終了したとき、僕たちは見るだろう。僕が確信しているのは、31歳か32歳になるまでは乗り続けるだろうということだ。僕は次の2~3シーズン以内に新しい刺激を探すつもりだが、当分は完全にモチベーションを保っているよ<ref>[https://web.archive.org/web/20070713121746/http://uk.eurosport.yahoo.com/09072007/58/german-gp-rossi-quit-2010.html German GP - Rossi to quit in 2010 - Yahoo! Eurosport UK](2007年7月13日時点の[[インターネットアーカイブ|アーカイブ]])</ref>。」ロッシはヤマハと2010年までの新たな2年契約にサインした<ref>{{cite news|url=http://news.bbc.co.uk/sport1/hi/motorsport/motorbikes/7515302.stm|title=Rossi signs new Yamaha contract|accessdate= 19 July 2008 |work=BBC News | date=19 July 2008}}</ref>。 |
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しかしながら、2010年1月21日、22日に古いフェラーリのF1をテストする間に<ref>"[http://www.motogp.com/ja/news/2010/rossi+concludes+test+at+montmel V.ロッシ、フェラーリF1で好タイムマーク]". motogp.com.(2010年1月21日)2013年6月5日閲覧。</ref>、フェラーリF1のチーム代表である[[ステファノ・ドメニカリ]]は、ロッシにヤマハとの契約が終わる2011年からフェラーリのサードカーを走らせるという可能性を語った<ref>"[http://f1-gate.com/rossi/f1_4066.html バレンティーノ・ロッシ、F1転向の可能性を認める]". F1-Gate.com.(2009年6月7日)2013年6月5日閲覧。</ref><ref>"[http://f1-gate.com/rossi/f1_7831.html バレンティーノ・ロッシ、3台目のフェラーリでのF1参戦への願望を認める]". F1-Gate.com.(2010年6月4日)2013年6月5日閲覧。</ref>。[[ジョン・サーティース]]以来となる2輪・4輪ダブルチャンピオンの期待がかけられたが、2013年にF1参戦の夢が終わったことを認めた<ref>"[http://www.gpupdate.net/ja/f1-news/291363/ ロッシ 「F1参戦の夢は終わった」]". GpUpdate.(2013年3月7日)2013年6月5日閲覧。</ref><ref name="reuters ferrari 2010">{{cite news2|language=en|url=http://uk.reuters.com/article/idUKLDE60C17B20100113?sp=true|title=Motor racing-Ferrari remain cautious ahead of car launch|last=Meadows|first=Mark|editor-first=Justin|editor-last=Palmer|date=13 January 2010|publisher=Reuters|accessdate=14 January 2010}}</ref>。 |
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=== ラリー === |
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[[File:Wales Rally Gb 2008 Valentino Rossi.JPG|thumb|right|2008年[[ラリーGB]]]] |
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ロッシはラリーにも非常に強い関心を持ち、実際に参戦するなどその関心はF1以上である。幼い頃からの彼の英雄の一人は[[世界ラリー選手権|WRC]]チャンピオンの[[コリン・マクレー]]であった。伝説的ラリードライバーのマクレーはロッシにラリーカーの運転の基礎を教えた<ref name="scouk.net">{{cite web | url = http://www.scouk.net/colinmcrae/rip/| title = Colin Steele McRae MBE | accessdate = 12 April 2008}}</ref>。両者は2005年のモンツァ・ラリーショーで対決し、マクレーはシュコダ・ファビアWRC、ロッシはスバル・インプレッサWRCをドライブした。この対決ではロッシが勝利している<ref name="McRae v Rossi">{{cite web | url = https://web.archive.org/web/20120203230409/http://www.motogp.com/en/news/2005/Rossi+beats+McRae+in+Monza+Rally+Showdown| title = Rossi beats McRae in Monza Rally Showdown| publisher = MotoGP.com | accessdate = 28 August 2008}}</ref>。ロッシが[[世界ラリー選手権]]に初めて公式に出場したのは2002年の[[ウェールズ・ラリーGB|ラリー・グレートブリデン]]で、周囲からの大きな注目を集めてプジョー・206WRCをドライブしたが、2本目のスペシャルステージ (SS) でコースアウトと、無念の結果に終わった。 |
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2006年10月には、その年の[[ラリー・ニュージーランド]](11月17日-19日開催)に出場することが発表された<ref>{{cite news|url=http://www.rte.ie/sport/2006/1115/rossiv.html|title=Rossi enters New Zealand rally|work=[[RTE Sport]]|publisher=[[Raidio Teilifis Eireann]]|date=15 November 2006|accessdate=24 July 2010}}</ref>。スバル・インプレッサWRC04をドライブ、絶対完走を目標にスタートし序盤は[[グループN]]より遅かったが、持ち前の適応能力を発揮して最後は39人中11位でフィニッシュした。また、同年のモンツァ・ラリーショーにはフォード・フォーカス RS WRC04で出場、2005年の勝者リナルド・カペッロを24秒差、7ステージ中5勝を挙げて打ち破った。大接戦となったファイナルでは、元WRCチャンピオンの[[ディディエ・オリオール]]を7秒差で凌いだ。ロッシはその後、ショーの中で2007年のラリー・グレートブリデンへの出場を発表したが、実際には出場は取りやめられた。2007年のモンツァ・ラリーショーではロッシは再び優勝している。 |
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彼はチャンピオン獲得後の慌ただしいスケジュールを縫って2002年と同じラリー・グレートブリデンに出場した<ref>{{cite news|first=Scott|last=Coursey|title=Valentino Rossi to use Subaru World Rally Team S14 WRC on Wales Rally GB 2008|work=Rallybuzz|publisher=Stagetimes|date=3 October 2008|url=http://www.rallybuzz.com/valentino-rossi-subaru-rally-gb/|accessdate=22 September 2010|publication-date=|archiveurl=https://web.archive.org/web/20110717144624/http://www.rallybuzz.com/valentino-rossi-subaru-rally-gb/|archivedate=2011年7月17日}}</ref>。当初はインプレッサWRC2008をドライブする予定であったが、代わりにフォード・フォーカスRS WRC07をドライブ<ref>{{cite news | title = Rossi set to drive Ford in Rally GB | url = http://www.autosport.com/news/report.php/id/71660 | work = Autosport.com | date = 23 October 2008}}</ref>。優勝者の[[セバスチャン・ローブ]]から13分20秒4遅れの12位でフィニッシュした<ref>{{Cite web | title = Rally GB final timesheet | url = http://www.wrc.com/jsp/index.jsp?lnk=405&season=2008&rally_id=GB | work = wrc.com | date = 2008-12-07 | accessdate = 2008-12-07 | archiveurl = https://web.archive.org/web/20081207040757/http://www.wrc.com/jsp/index.jsp?lnk=405&season=2008&rally_id=GB | archivedate = 2008-12-07 | url-status=dead|url-status-date=2017-09 }}</ref>。 |
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WRCの3度の出場時とも、カーナンバーは「46」。特に、初めてのWRC出場となった2002年は、運営上の都合により37から50までが欠番となっていた為、年間を通じて40番台を付けて出場したのはロッシのみであった。 |
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2010年1月、ロッシはオートバイレースを引退したら、ラリーへの転向を望んでいると語った。「人間の肉体は22歳から34歳までそれほど変化しないから、僕にはまだ時間がある。僕は4輪への転向を考えている。それは多分ラリーだろうが、気楽にやると最終的に決めるだろう。… F1がより簡単であることは知っているが、MotoGPを引退する頃には僕は年を取り過ぎているだろう。<ref name="reuters 2010">{{cite news2|language=en|url=http://uk.reuters.com/article/idUKB62934420100111|title=Rossi Staying on Two Wheels for Now|last=Rajan|first=Sanjay|editor-first=Patrick|editor-last=Johnson|date=11 January 2010|publisher=Reuters|accessdate=14 January 2010}}</ref>」と語った。 |
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2010年3月にイタリアの外務大臣[[フランコ・フラッティーニ]]は、イタリアの国際的イメージを向上させたとしてロッシに最初の''Winning Italy Award''を授与した<ref name="winningitaly">{{cite web|url=http://www.motogp.com/en/news/2010/Rossi+recognition+from+Italian+minister+Frattini|title=Rossi distinguished by Italian government with award|date=12 March 2010|work=motogp.com|publisher=[[Dorna Sports]]|accessdate=13 March 2010}}</ref>。 |
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イタリアで毎年12月に行われる[[モンツァ・ラリーショー]]にも00年代から[[トヨタ・カローラWRC]]やフィエスタWRCなどで参戦し、[[ティエリー・ヌービル]]やテーム・スニネンといったWRCのレギュラードライバーすら幾度も破り、2018年までに4連覇を含む7度もの優勝を収めている<ref>[https://www.motorsport.com/rally/news/rossi-monza-rally-show-seventh-win/4310823/amp/?__twitter_impression=true Rossi sweeps Monza Rally Show for seventh win] Motorsports.com 2018年12月9日 </ref>。 |
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=== その他 === |
=== その他 === |
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2013年、ロッシは[[シャーロット・モーター・スピードウェイ]]で[[カイル・ブッシュ]]が[[NASCAR]][[ネイションワイド・シリーズ]]で使用するストックカーのテストドライブを行った。ロッシは時速185マイルの最高速度を達成したが、これはネイションワイド・シリーズのトップ15に入る速度であった<ref>{{cite web|title=Rossi carjack's Kyle Busch's NASCAR|url=https://web.archive.org/web/20130516221815/http://www.motogp.com/en/news/2013/Valentino+Rossi+Kyle+Busch+NASCAR+Nationwide+Series+Toyota+Camry+Monster+Energy+Report|publisher=motogp.com |accessdate=2013-4-23}}</ref>。 |
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*2005年の推定年収は33億円。2006年収入はスポーツ紙スポルトによるとスポーツ界ランキング7位(約35億円)で、サッカー選手の[[ロナウジーニョ]](8位)や野球選手の[[デレク・ジーター]](10位)より上だった。なお過去に海外収入の扱いを巡って自国の税務当局とトラブルを起こしたことがある。 |
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*[[ゼッケン]]ナンバーはデビュー以来一貫して"'''46'''"を使い続けている。この番号は父グラシアーノが現役時代に好んで使用していた番号である。MotoGPでは前年のチャンピオンに「1」を付ける権利があり、それを用いるのが一般的であるが、ロッシはチャンピオンになった翌年も「46」を使っている。2007年には親子でヤマハのCMに出演した。 |
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*大の[[タバコ]]嫌いとして有名で、以前タバコ会社がスポンサーを務めるチームからのオファーを蹴って比較的ギャラの低い[[レプソル]]・[[ホンダ]]に所属していた。ただし、ヤマハ移籍後2年間は、[[ゴロワーズ]]・[[キャメル (タバコ)|キャメル]]とタバコ会社がスポンサーを務めるチームに所属していた。 |
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*個人[[スポンサー]]としてイタリアの[[ビール]]ブランドである[[ナストロ・アズーロ]]がついていた。ナストロ・アズーロは、500cc時代まではロッシの所属チームのメインスポンサーを務めていた。また、使用するヘルメットメーカーは一貫してイタリアの[[AGV (ヘルメットメーカー)|AGV]]。ツナギなどライディングウェアは全て同じくイタリアの[[ダイネーゼ]]と契約している。 |
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*世界中を転戦するMotoGPであるが、彼の[[ファンクラブ]]は熱心に全てのレースに帯同し、ロッシが勝つと[[ウィニングラップ]]にコースに出てきてロッシと喜びを分かち合う。チャンピオン獲得など記念すべきレースでは何らかのイベントを用意している場合が多い。 |
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[[ファイル:Valentino Rossi 2010 Qatar GP 1.jpg|thumb|right|220px|2010年カタールGPにて]] |
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*レース開始前、[[ピット (サーキット)|ピット]]から出て行く際には必ずマシンのステップを掴んでしゃがみこみ、精神統一を行う。 |
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*好きなスポーツに[[サッカー]]があり、贔屓のチームはイタリア1部リーグ・[[セリエA (サッカー)|セリエA]]の[[インテルナツィオナーレ・ミラノ|インテル・ミラノ]]である。イタリアが優勝した[[2006 FIFAワールドカップ|2006年ワールドカップドイツ大会]]直後の開催だった[[2006年のドイツグランプリ (ロードレース)|ドイツGP]]で優勝。その表彰式にて、ワールドカップ決勝戦で[[ジネディーヌ・ジダン]]から頭突きを受けた事で時の人となっていたイタリア人[[ディフェンダー (サッカー)|DF]]・[[マルコ・マテラッツィ]](インテル・ミラノ所属)のイタリア代表ユニフォームを着て表彰台に上がった。そのユニフォームはマテラッツィ本人に優勝を祝福する連絡をした所、本人からそのお礼に送られたものだった。 |
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*イタリア国内でも勿論人気は高く、様々な番組にて彼は登場、または取り扱われているが、ロッシの特徴的な癖の一つである股間を触る行為をイタリア・コメディアンに頻繁に真似されている。 |
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=== 二輪引退後 === |
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2022年、[[:en:GT_World_Challenge_Europe_Endurance_Cup|GTワールドチャレンジ・ヨーロッパ・エンデュランスカップ]]に[[W・レーシングチーム|チーム・WRT]]から[[ニコ・ミュラー]]等と参戦。 |
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* 1995年:イタリア選手権125ccチャンピオン |
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**ヨーロッパ選手権125ccランキング3位 |
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2022年12月、[[BMW]]が翌シーズンよりロッシと[[ワークス・チーム|ワークス]]ドライバーとしての契約を結ぶことを発表した<ref>[https://www.as-web.jp/sports-car/893455?all BMW、バレンティーノ・ロッシとワークスドライバー契約を結ぶ。チームWRT以外のプログラムは後日発表] - オートスポーツ・2022年12月23日</ref>。これにより、ロッシはチームWRT以外のBMWのモータースポーツ活動にも参加することになる。 |
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===ロードレース世界選手権 戦績=== |
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*'''[[Template:MotoGP results legend|凡例]]''' |
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==チームオーナーとして== |
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*'''ボールド体'''のレースはポールポジション、''イタリック体''のレースはファステストラップを記録。 |
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ロッシは[[スカイ・レーシングチーム・バイ VR46]]のオーナーである。同チームは{{MGP|2014}}に[[Moto3]]クラスにデビュー、ライダーは[[ロマーノ・フェナティ]]と[[フランチェスコ・バグナイア]]が起用された。{{MGP|2015}}シーズンバグナイアに代わって[[アンドレア・ミグノ]]が起用された。 |
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{| class="wikitable" style="text-align:center; font-size:80%" |
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==ライディングギアとデザイン== |
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[[ファイル:Valentino Rossi's AGV helmets.jpg|thumb|多彩なヘルメットデザイン]] |
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ロッシはビジュアルデザインに対する大きなこだわりを持っている。[[ヘルメット]]、ツナギやマシンに[[キャラクター]]、[[パロディ]]などの遊び心にあふれたステッカーを多数製作、貼付したり、スペシャルペイントを行っている。ヘルメットデザインの多彩さは他のライダーの及ぶところになく、毎年2~3つのデザインを1シーズンのうちに使用している。地元イタリアGPでは毎年スペシャルデザインを用意している。2001年までは地元イタリアGPでマシン自体にスペシャルカラーを施していた。デザインで最も用いられるモチーフが月と太陽であり、これはロッシ自身の二面性を表しているという。使用するヘルメットメーカーは一貫してイタリアの[[AGV (ヘルメットメーカー)|AGV]]。現在のグラフィック担当はアルド・ドルディ。[[2008年のイタリアグランプリ (ロードレース)|2008年イタリアGP]]では、自らの顔写真をヘルメット頭頂部にデザインし(ストレートなどで伏せると正面を向くようになっている、この時の顔は「ブレーキングポイントで踏ん張った時の顔」であった)特に話題を呼んだ。 |
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[[パロディ]]、自虐ネタが好きで、2004年序盤に4位が続いて迎えた地元イタリアGPでは、ヘルメットに木のメダルをデザインし(金・銀・銅に次いで4位は木という意味で、イタリアの洒落である)、「自分には4位がお似合いだ」というメッセージを込めた(結果は優勝)。また不振が続く2006年には、シートカウルが定位置になっているブルドッグのステッカーにランキング1位のライダーと自分とのポイント差を気温差のように表示し、ポイント差が開くとマイナスの度合いが開きブルドッグが凍えていく、という皮肉なデザインを使っていた(普段のブルドッグは暑そうにしている。最大時にはブルドッグはアイスブロックで覆われていたが、その後ポイントが縮まりアイスブロックは撤去された)。 |
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革ツナギなどのライディングウェアは、GPデビュー時から全て同じくイタリアの[[ダイネーゼ]]と契約している。1996年、1997年には[[アルパインスター]]がチームのスポンサーとなったが、このときもダイネーゼのツナギを使用した。その後ヤマハに加入すると、チームはアルパインスターのシャツを採用していたが、ロッシはダイネーゼとの契約を維持した。2011年、2012年はドゥカティのファクトリー・チームに加入し、チームは[[プーマ]]のシャツを採用していたが、ここでもロッシはダイネーゼとの契約を維持した。 |
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==乗車前の「儀式」== |
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[[File:Valentino Rossi 2010 Qatar GP 1.jpg|thumb|right|[[2010年のカタールグランプリ|2010年カタールGP]]にて。]] |
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ロッシは非常に迷信深く、レース開始前、[[ピット (サーキット)|ピット]]から出て行く際には必ず精神統一の「儀式」を行うのは有名である。レース当日は、いつもMoto3のレースでスタートシグナルがどのくらい点灯しているかを確認し、その後、乗車前(プラクティス、予選、決勝いずれも)には必ずバイクから約2mの位置に立ち、続いてしゃがみこみ、マシンの右ステップを掴む。インタビューでは「それはただ集中して、僕のバイクと話す瞬間だ。ある場所から次に動くように<ref>{{cite web|url=http://www.zimbio.com/Valentino+Rossi/articles/VyUzAroFUYH/Zimbio+Exclusive+Interview+Valentino+Rossi |title=Zimbio Exclusive: Interview with Valentino Rossi |publisher=Zimbio.com |accessdate=1 March 2010}}</ref>。」と話している。また、バイクに乗り降りする際も常に同じ動作で行っている。 |
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== ライディングスタイル == |
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{{出典の明記|section=1|date=2011年12月|ソートキー=人}} |
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ロッシのライディングは長身・長い手足を活かした積極的な[[荷重]]コントロールによってマシンの性能を最大限引き出すのが特徴である。また、[[タイヤ]]のスライド感覚にも優れ、2002年に駆ったホンダRC211Vの[[エンジンブレーキ]](バックトルク)によるリアタイヤのスライドに他のライダーが悩まされる中、ロッシはそのスライドを積極的にコーナリングに活用し、アドバンテージを得ていた。 |
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タイヤのスライド感覚が鋭い為、スリップダウンや[[ハイサイド]]での転倒が極端に少なく、ロッシの安定した強さの要因(=リタイア・怪我が少ない)にもなっている。特にハイサイドの処理は秀逸で、マシンから振り落とされそうになっても、一瞬早く反応して収束させてしまうライダーは稀有である。受け身も巧い為、転倒した場合にも大怪我を負いにくいという強みも併せ持つ。また、ロッシは世界選手権に125ccクラスでデビューしてからの連続出走記録を更新し続けていたが、2010年6月のイタリアGPフリー走行で右脛骨を開放骨折し、予選から欠場<ref name="Rossi injure" />となり、最終的に230試合連続出場という記録となった。 |
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その一方で雨には弱く、著しく成績が下がるか転倒といったパターンも見られていた。目立つ所では2001年イタリアGP、本来得意な[[ムジェロ・サーキット|ムジェロ]]で最終ラップで転倒し、雨に弱いイメージの一因となっている。しかし後には雨を克服した様で、[[2005年の中国グランプリ (ロードレース)|2005年の中国GP]]では、雨のレースで[[オリビエ・ジャック]]を抑え優勝を飾っている。 |
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レーススタイルとしては典型的な「差し馬」型で、トップを走るライダーの後にぴったり付き、ラスト2~3周でスパート・優勝というパターンがホンダ時代には多く見られた。ヤマハに移籍してからは、マシンの違いから他の勝ち方も見られるが大きくは変わってはいない。予選一発の速さには他のライダーには負ける事があっても、予選4番手以降(フロントローが取れなくとも)から気付けばトップというレース展開は定番である。 |
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[[2009年のドイツグランプリ (ロードレース)|2009年のドイツGP]]で最多表彰台記録に並び、一発の速さもある、ロングディスタンスの速さもあると、まさしく[[絶対王者]]としての地位を確立させている。 |
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近年、ブレーキング時にコーナー内側の足をステップからわざと外すスタイルが流行している。これに対しロッシは「バイク上で更に前輪へ荷重がかかるように感じるから」としているが、データロガーの回収情報では何も差が無く、速くなってもいない事も認めている<ref>{{Cite web|和書|url=http://www.yamaha-motor.co.jp/profile/sports/race/riders/rossi/2009/002/index.html |title=ヤマハWebサイト上ライダーコラム |accessdate=2009-10-02 |archiveurl=https://web.archive.org/web/20091010053610/http://www.yamaha-motor.co.jp/profile/sports/race/riders/rossi/2009/002/index.html |archivedate=2009-10-10 |url-status=dead|url-status-date=2020-02 }}</ref>。 |
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今まで125cc、250cc、500cc、鈴鹿8時間耐久レースと、チャンピオンを獲る、若しくはビッグレースで勝つというのは全て2年目で達成している。一つだけの例外がMotoGPクラスでのチャンピオンで、これだけは1年目に達成している。しかしMotoGPが800ccになった際には、やはり2年目で達成している為、1年を通しマシンを育てていき、2年目で結果を出すというのが本人のスタイルの様である。 |
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==私生活== |
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[[タヴッリア]]の実家を出た後、彼は[[ミラノ]]に移り住んだ。ホンダとの契約期間には[[ロンドン]]に居住していた。この期間に[[イビサ島]]の別荘を購入している<ref>{{cite news|url=http://www.telegraph.co.uk/motoring/2752342/Valentino-Rossi-two-wheels-god.html|title=Valentino Rossi: two wheels god|author=Rory Ross|work=Daily Telegraph|date=17 May 2008|accessdate=15 August 2010|location=London}}</ref>。課税に関する裁判が始まった後はイタリアに戻り、家族の近くに暮らしていた。実践的なカトリック教徒である<ref>{{cite news|url=http://www.mcnews.com.au/rossi-a-little-more-of-an-insight-to-the-world-champion/|title=Rossi - A little more of an insight to the World Champion|date=22 October 2002|accessdate=16 October 2014|publisher=SEO Company Melbourne|work=MCNews.com.au}}</ref>。 |
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===年収=== |
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2005年の推定年収は33億円。2006年収入はスポーツ紙スポルトによるとスポーツ界ランキング7位(約35億円)で、サッカー選手の[[ロナウジーニョ]](8位)や野球選手の[[デレク・ジーター]](10位)より上だった。[[スポーツ・イラストレイテッド]]誌によると、2007年には約39億円(3400万ドル)を稼いでいる<ref>{{cite news|url=http://sportsillustrated.cnn.com/more/specials/fortunate50/index.20.html |title=SI.com - The Fortunate 50 |work=Sports Illustrated |accessdate=1 March 2010}}</ref>。2009年に[[フォーブス (雑誌)|フォーブス]]誌は、世界で高収入のアスリートランキングで、2008年に約36億円(3500万ドル)の収入があったロッシを9位とした<ref>{{cite news|url=http://www.forbes.com/2009/06/17/top-earning-athletes-business-sports-top-earning-athletes_slide_10.html |title=Forbes.com - The World's Highest-Paid Athletes |work=Forbes |accessdate=5 May 2010 |first=Kurt |last=Badenhausen}}</ref>。 |
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===脱税疑惑=== |
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2007年にイタリアの税務当局は、ロッシが海外収入の扱いを巡って脱税疑惑で調査されていたと発表した。当局によると、2000年から2004年の収入1億1200万ユーロが申告されていなかったとする。当時ロッシはロンドンに居住し、イギリスで個人マネージメント会社を設立した。ロッシ側は税率の低いイギリスで納税すれば良かったと考えたが、イタリアの税務当局は当時のロッシの居住地であるロンドンの住所は虚偽であり、事実上の生活拠点はイタリアにあるとした<ref>[http://www.intelli-mark.net/bikeArticles/2007/news20070813001.html ロッシに脱税疑惑、181億円の支払い命令?]</ref><ref>[http://www.ansa.it/site/notizie/awnplus/english/news/2007-08-08_108107275.html Valentino Rossi in tax probe]{{Dead link|date=October 2008}} ANSA - 8 August 2007</ref>。ロッシは「ロンドンに居住しているが、住所は定められない。」とコメントした。ロッシには約6,000万ユーロ(約64億2千万円)の脱税容疑がかけられたが、2008年2月に課税問題について税務当局と解決したと発表し、3500万ユーロを支払った。 |
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===その他の趣味=== |
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可能な限り自らの私生活を世間の目から遠ざけようとしている。しかしながら、[[サッカー]]への興味は隠そうとせず、好きなチームはイタリア1部リーグ・[[セリエA (サッカー)|セリエA]]の[[インテルナツィオナーレ・ミラノ|インテル・ミラノ]]である。[[サッカーイタリア代表|国内代表]]が優勝した[[2006 FIFAワールドカップ|2006年ワールドカップドイツ大会]]直後の開催だった[[2006年のドイツグランプリ (ロードレース)|ドイツGP]]で優勝。その表彰式にて、ワールドカップ決勝戦で[[ジネディーヌ・ジダン]]から頭突きを受けた[[マルコ・マテラッツィ]]の代表ユニフォームを着て表彰台に上がった。ユニフォームはマテラッツィに優勝を祝福する連絡をした所、本人からそのお礼に送られたものだった。また、2009年に9度目の世界タイトルを勝ち取った後、インテルは公式ホームページでロッシのタイトル獲得を祝福した<ref>{{cite web |url=http://www.inter.it/it/news/46167 |title=Moto Gp: Valentino, 9^ volta campione |language=Italian |trans-title=Moto GP: Valentino, 9th time champion |publisher=F.C. Internazionale Milano |date=25 October 2009 |accessdate=21 May 2014}}</ref>。[[2015年のアルゼンチングランプリ (ロードレース)|2015年アルゼンチンGP]]で優勝した際、[[ディエゴ・マラドーナ]]のレプリカユニフォームを着て表彰台に上った。マラドーナは[[フェイスブック]]で優勝を祝福した。 |
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===性格=== |
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イタリア人らしく非常に陽気な性格で知られる。ファンサービス精神にあふれており、ウィニングラップでは[[ウィリー]]、[[ドラッグレース#バーンアウト|バーンアウト]]を積極的に行ったり、後述のイベントなどで観客を楽しませる。 |
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しかしレースに対する姿勢は非常にプロフェッショナルであり、テストを積極的にこなしマシン開発に尽力する。また自らのミスで成績が芳しくない時などは無口で厳しい表情を見せるが、自身、同郷と言うことで応援していた[[マックス・ビアッジ|マッシミリアーノ・ビアッジ]]の、上手くいかない際はマシンのせい、スタッフのせいというあまりの態度に辟易した過去もあり、リタイアの原因がマシントラブルにあったとしても、公の場でスタッフを責める発言は口にしない。また勝利の際は必ずチームとスタッフに謝意を述べる。こうした性格のギャップもロッシの魅力の一つである。 |
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== その他 == |
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*大の[[タバコ]]嫌いとして有名で、以前、タバコ会社がスポンサーを務めるチームからのオファーを蹴って比較的ギャラの低い[[レプソル]]・[[ホンダ]]に所属していた。ただし、ヤマハ移籍後2年間は、[[ゴロワーズ]]、[[キャメル (たばこ)|キャメル]]とタバコ会社がスポンサーを務めるチームに所属していた。 |
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*個人[[スポンサー]]としてイタリアの[[ビール]]ブランドである[[ナストロ・アズーロ]]がついていた。ナストロ・アズーロは、500cc時代まではロッシの所属チームのメインスポンサーを務めていた。 |
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*世界中を転戦するMotoGPであるが、彼の[[ファンクラブ]]は熱心に全てのレースに帯同し、ロッシが勝つとウィニングラップにコースに出てきてロッシと喜びを分かち合う。チャンピオン獲得など記念すべきレースでは何らかのイベントを用意している場合が多い。 |
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*イタリア国内でも勿論人気は高く、様々な番組にて彼は登場、または取り扱われているが、ロッシの特徴的な癖の一つである股間を触る行為をイタリアのコメディアンに頻繁に真似されている。 |
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*01年に行われたインタビューで、アプリリアと契約していた時代から、プライベートのバイクとしてホンダのバイクを所有していたと発言している。プライベートのバイクとして、01年当時は[[ホンダ・VTR1000 SP-1/2|ホンダ・VTR1000 SP-1]]と[[ホンダ・CBR600F]]を所有していた。<ref>{{Cite book|和書 |title=RACERS - レーサーズ - Vol.36 NSR Final |publisher=三栄書房}}</ref> |
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*エナジードリンクの[[モンスターエナジー]]には彼とコラボしたものがあり、日本では2017年に数量限定で販売された<ref>{{Cite news|title=モンスターエナジーがライダーとコラボ 黄色の「ロッシ」が6月27日に登場 - Peachy - ライブドアニュース|url=https://news.livedoor.com/article/detail/13156680/|accessdate=2018-08-12|work=ライブドアニュース}}</ref>。 |
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== 戦績 == |
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=== ロードレース世界選手権 === |
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==== シーズン別 ==== |
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!年 |
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! シーズン |
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!クラス |
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!車両 |
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!チーム |
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!出走回数 |
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!優勝回数 |
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!表彰台 |
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!{{Tooltip|[[ポールポジション|PP]]|ポールポジション回数}} |
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!{{Tooltip|[[ファステストラップ|FL]]|ファステストラップ回数}} |
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!ポイント |
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!ランキング |
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!タイトル |
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|- |
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! {{MGP|1996}} |
|||
| 125cc |
|||
| align="left"| [[アプリリア・RS125R]] |
|||
| align="left"| [[AGV (ヘルメットメーカー)|スクーデリア AGV]] [[アプリリア (会社)|アプリリア]] |
|||
| 15 || 1 || 2 || 1 || 2 || 111 || 9位 || 0 |
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|- |
|||
! {{MGP|1997}} |
|||
| 125cc |
|||
| align="left"| [[アプリリア・RS125R]] |
|||
| align="left"| [[ナストロ・アズーロ]] [[アプリリア (会社)|アプリリア]] |
|||
| 15 || 11 || 13 || 4 || 7 || 321 ||{{MsStatsC|1st}}| '''1位''' || 1 |
|||
|- |
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! {{MGP|1998}} |
|||
| 250cc |
|||
| align="left"| [[アプリリア・RS250]] |
|||
| align="left"| [[ナストロ・アズーロ]] [[アプリリア (会社)|アプリリア]] |
|||
| 14 || 5 || 9 || 0 || 3 || 201 ||{{MsStatsC|2nd}}| '''2位''' || 0 |
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|- |
|||
! {{MGP|1999}} |
|||
| 250cc |
|||
| align="left"| [[アプリリア・RS250]] |
|||
| align="left"| [[ナストロ・アズーロ]] [[アプリリア (会社)|アプリリア]] |
|||
| 16 || 9 || 12 || 5 || 8 || 309 ||{{MsStatsC|1st}}| '''1位''' || 1 |
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|- |
|||
! {{MGP|2000}} |
|||
| 500cc |
|||
| align="left"| [[ホンダ・NSR500]] |
|||
| align="left"| [[ナストロ・アズーロ]] [[本田技研工業|ホンダ]] |
|||
| 16 || 2 || 10 || 0 || 5 || 209 ||{{MsStatsC|2nd}}| '''2位''' || 0 |
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|- |
|||
! {{MGP|2001}} |
|||
| 500cc |
|||
| align="left"| [[ホンダ・NSR500]] |
|||
| align="left"| [[ナストロ・アズーロ]] [[本田技研工業|ホンダ]] |
|||
| 16 || 11 || 13 || 4 || 10 || 325 ||{{MsStatsC|1st}}| '''1位''' || 1 |
|||
|- |
|||
! {{MGP|2002}} |
|||
| MotoGP |
|||
| align="left"| [[ホンダ・RC211V]] |
|||
| align="left"| [[レプソル・ホンダ|レプソル・ホンダ・チーム]] |
|||
| 16 || 11 || 15 || 7 || 9 || 355 ||{{MsStatsC|1st}}| '''1位''' || 1 |
|||
|- |
|||
! {{MGP|2003}} |
|||
| MotoGP |
|||
| align="left"| [[ホンダ・RC211V]] |
|||
| align="left"| [[レプソル・ホンダ]] |
|||
| 16 || 9 || 16 || 9 || 12 || 357 ||{{MsStatsC|1st}}| '''1位''' || 1 |
|||
|- |
|||
! {{MGP|2004}} |
|||
| MotoGP |
|||
| align="left"| [[ヤマハ・YZR-M1]] |
|||
| align="left"| [[ヤマハ・モーター・レーシング|ゴロワーズ・フォルトゥナ・ヤマハ]] |
|||
| 16 || 9 || 11 || 5 || 3 || 304 ||{{MsStatsC|1st}}| '''1位''' || 1 |
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|- |
|||
! {{MGP|2005}} |
|||
| MotoGP |
|||
| align="left"| [[ヤマハ・YZR-M1]] |
|||
| align="left"| [[ヤマハ・モーター・レーシング|ゴロワーズ・ヤマハ・チーム]]{{refn|タバコ広告に関する規制のため、[[2005年のアメリカグランプリ (ロードレース)|アメリカGP]]および[[2005年のバレンシアグランプリ|バレンシアGP]]では[[ヤマハ・ファクトリー・レーシング]]の名称を使用した。|group="N"}} |
|||
|17 || 11 || 16 || 5 || 6 || 367 ||{{MsStatsC|1st}}| '''1位''' || 1 |
|||
|- |
|||
! {{MGP|2006}} |
|||
| MotoGP |
|||
| align="left"| [[ヤマハ・YZR-M1]] |
|||
| align="left"| [[ヤマハ・モーター・レーシング|キャメル・ヤマハ・チーム]] |
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| 17 || 5 || 10 || 5 || 4 || 247 ||{{MsStatsC|2nd}}| '''2位''' || 0 |
|||
|- |
|||
! {{MGP|2007}} |
|||
| MotoGP |
|||
| align="left"| [[ヤマハ・YZR-M1]] |
|||
| align="left"| [[ヤマハ・モーター・レーシング|フィアット・ヤマハ・チーム]] |
|||
| 18 || 4 || 8 || 4 || 3 || 241 ||{{MsStatsC|3rd}}| '''3位''' || 0 |
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|- |
|||
! {{MGP|2008}} |
|||
| MotoGP |
|||
| align="left"| [[ヤマハ・YZR-M1]] |
|||
| align="left"| [[ヤマハ・モーター・レーシング|フィアット・ヤマハ・チーム]] |
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| 18 || 9 || 16 || 2 || 5 || 373 ||{{MsStatsC|1st}}| '''1位''' || 1 |
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|- |
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! {{MGP|2009}} |
|||
| MotoGP |
|||
| align="left"| [[ヤマハ・YZR-M1]] |
|||
| align="left"| [[ヤマハ・モーター・レーシング|フィアット・ヤマハ・チーム]] |
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| 17 || 6 || 13 || 7 || 6 || 306 ||{{MsStatsC|1st}}| '''1位''' || 1 |
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|- |
|||
! {{MGP|2010}} |
|||
| MotoGP |
|||
| align="left" | [[ヤマハ・YZR-M1]] |
|||
| align="left" | [[ヤマハ・モーター・レーシング|フィアット・ヤマハ・チーム]] |
|||
| 14 || 2 || 10 || 1 || 2 || 233 ||{{MsStatsC|3rd}}| '''3位''' || 0 |
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|- |
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! {{MGP|2011}} |
|||
| MotoGP |
|||
| align="left" | [[ドゥカティ・デスモセディチ|ドゥカティ・デスモセディチ GP11]] |
|||
| align="left" | [[ドゥカティ・コルセ|ドゥカティ・チーム]] |
|||
| 17 || 0 || 1 || 0 || 1 || 139 || 7位 || 0 |
|||
|- |
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! {{MGP|2012}} |
|||
| MotoGP |
|||
| align="left" | [[ドゥカティ・デスモセディチ|ドゥカティ・デスモセディチ GP12]] |
|||
| align="left" | [[ドゥカティ・コルセ|ドゥカティ・チーム]] |
|||
| 18 || 0 || 2 || 0 || 1 || 163 || 6位 || 0 |
|||
|- |
|||
! {{MGP|2013}} |
|||
| MotoGP |
|||
| align="left" | [[ヤマハ・YZR-M1]] |
|||
| align="left" | [[ヤマハ・モーター・レーシング|ヤマハ・ファクトリー・レーシング]] |
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| 18 || 1 || 6 || 0 || 1 || 237 || 4位 || 0 |
|||
|- |
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! {{MGP|2014}} |
|||
| MotoGP |
|||
| align="left" | [[ヤマハ・YZR-M1]] |
|||
| align="left" | [[ヤマハ・ファクトリー・レーシング|モビスター・ヤマハ MotoGP]] |
|||
| 18 || 2 || 13 || 1 || 1 || 295 ||{{MsStatsC|2nd}}| '''2位''' || 0 |
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|- |
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! {{MGP|2015}} |
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| MotoGP |
|||
| align="left" | [[ヤマハ・YZR-M1]] |
|||
| align="left" | [[ヤマハ・ファクトリー・レーシング|モビスター・ヤマハ MotoGP]] |
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| 18 || 4 || 15 || 1 || 4 || 325 ||{{MsStatsC|2nd}}| '''2位''' || 0 |
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|- |
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! {{MGP|2016}} |
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| MotoGP |
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| align="left" | [[ヤマハ・YZR-M1]] |
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| align="left" | [[ヤマハ・ファクトリー・レーシング|モビスター・ヤマハ MotoGP]] |
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| 18|| 2 || 10 || 3|| 2 || 249 ||{{MsStatsC|2nd}}| '''2位''' || – |
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|- |
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! {{MGP|2017}} |
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| MotoGP |
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| align="left" | [[ヤマハ・YZR-M1]] |
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| align="left" | [[ヤマハ・ファクトリー・レーシング|モビスター・ヤマハ MotoGP]] |
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| 17 || 1 || 6 || 0 || 0 || 208 || 5位 || – |
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|- |
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! {{MGP|2018}} |
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| MotoGP |
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| align="left" | [[ヤマハ・YZR-M1]] |
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| align="left" | [[ヤマハ・ファクトリー・レーシング|モビスター・ヤマハ MotoGP]] |
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| 18 || 0 || 5 || 1 || 0 || 198 || {{MsStatsC|3rd}} |'''3位'''|| – |
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! [[2019年のMotoGP|2019年]] |
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| MotoGP |
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| align="left" | [[ヤマハ・YZR-M1]] |
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| align="left" | [[ヤマハ・ファクトリー・レーシング|モンスター・ヤマハ MotoGP]] |
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| 19 || 0 || 2 || 0 || 1 || 174 || 7位 || – |
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|- |
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! [[2020年のMotoGP|2020年]] |
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| MotoGP |
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| align="left" | [[ヤマハ・YZR-M1]] |
|||
| align="left" | [[ヤマハ・ファクトリー・レーシング|モンスター・ヤマハ MotoGP]] |
|||
| 12 || 0 || 1 || 0 || 0 || 66 || 15位 || – |
|||
|- |
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! [[2021年のMotoGP|2021年]] |
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| MotoGP |
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| align="left" | [[ヤマハ・YZR-M1]] |
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| align="left" | [[セパン・レーシング・チーム|ペトロナス・ヤマハ・SRT]] |
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| 20 || 0 || 0 || 0 || 0 || 44 || 18位 || – |
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|- |
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! colspan=4| 合計 |
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| '''432''' |
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| '''115''' |
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| '''235''' |
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| '''65''' |
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| '''96''' |
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| '''6357''' |
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| '''9''' |
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==== クラス別 ==== |
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{|class="wikitable" style="font-size:85%; text-align:right;" |
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!クラス |
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!シーズン |
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!デビュー戦 |
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!初表彰台 |
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!初勝利 |
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!出走数 |
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!勝利数 |
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![[ポールポジション|PP]] |
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![[ファステストラップ|FL]] |
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!ポイント |
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!タイトル |
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|- |
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! 125 cc |
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| 1996-1997 |
|||
| align="left"| [[1996年のオーストラリアグランプリ (ロードレース)|1996年マレーシア]] |
|||
| align="left"| [[1996年のオーストリアグランプリ (ロードレース)|1996年オーストリア]] |
|||
| align="left"| [[1996年のチェコグランプリ|1996年チェコ]] |
|||
| 30 || 12 || 15 || 5 || 9 || 432 || 1 |
|||
|- |
|||
! 250 cc |
|||
| 1998-1999 |
|||
| align="left"| [[1998年の日本グランプリ (ロードレース)|1998年日本]] |
|||
| align="left"| [[1998年のスペイングランプリ (ロードレース)|1998年スペイン]] |
|||
| align="left"| [[1998年のオランダグランプリ (ロードレース)|1998年オランダ]] |
|||
| 30 || 14 || 21 || 5 || 11 || 510 || 1 |
|||
|- |
|||
! 500 cc |
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| 2000-2001 |
|||
| align="left"| [[2000年の南アフリカグランプリ (ロードレース)|2000年南アフリカ]] |
|||
| align="left"| [[2000年のスペイングランプリ (ロードレース)|2000年スペイン]] |
|||
| align="left"| [[2000年のイギリスグランプリ (ロードレース)|2000年イギリス]] |
|||
| 32 || 13 || 23 || 4 || 15 || 534 || 1 |
|||
|- |
|||
! MotoGP |
|||
| 2002- 2021 |
|||
| align="left"| [[2002年の日本グランプリ (ロードレース)|2002年日本]] |
|||
| align="left"| [[2002年の日本グランプリ (ロードレース)|2002年日本]] |
|||
| align="left"| [[2002年の日本グランプリ (ロードレース)|2002年日本]] |
|||
| 333 || 76 || 176 || 51 || 61 || 4881 || 6 |
|||
|- |
|||
! 合計 |
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! colspan=4|1996 - 現在 |
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| '''430''' |
|||
| '''115''' |
|||
| '''235''' |
|||
| '''65''' |
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| '''96''' |
|||
| '''6357''' |
|||
| '''9''' |
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|} |
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==== レース別 ==== |
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([[Template:Motorsport driver results legend|凡例]])('''太字'''は[[ポールポジション]]、''斜体''は[[ファステストラップ]]) |
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{| class="wikitable" style="text-align:center; font-size:85%" |
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! 年 |
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! クラス |
! クラス |
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! チーム |
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! バイク |
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! 1 |
! 1 |
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! 2 |
! 2 |
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177行目: | 555行目: | ||
! 17 |
! 17 |
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! 18 |
! 18 |
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! 19 |
|||
! 順位 |
! 順位 |
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! ポイント |
! ポイント |
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|- |
|- |
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!align="left"| {{MGP|1996}} |
!align="left"| {{MGP|1996}} |
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!align="left"| |
!align="left"| 125cc |
||
!align="left"| [[アプリリア (会社)|アプリリア]] |
!align="left"| [[アプリリア (会社)|アプリリア]] |
||
| |
|{{MsStatsC|pt}}| [[1996年のマレーシアグランプリ (ロードレース)|MAL]]<br /><small>6</small> |
||
| |
|{{MsStatsC|pt}}| [[1996年のインドネシアグランプリ (ロードレース)|INA]]<br /><small>11</small> |
||
| |
|{{MsStatsC|pt}}| [[1996年の日本グランプリ (ロードレース)|JPN]]<br /><small>11</small> |
||
| |
|{{MsStatsC|pt}}| [[1996年のスペイングランプリ (ロードレース)|SPA]]<br /><small>4</small> |
||
| |
|{{MsStatsC|pt}}| [[1996年のイタリアグランプリ (ロードレース)|ITA]]<br /><small>4</small> |
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| |
|{{MsStatsC|ret}}| ''[[1996年のフランスグランプリ (ロードレース)|FRA]]''<br /><small>Ret</small> |
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| |
|{{MsStatsC|ret}}| [[1996年のオランダグランプリ (ロードレース)|NED]]<br /><small>Ret</small> |
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| |
|{{MsStatsC|pt}}| [[1996年のドイツグランプリ (ロードレース)|GER]]<br /><small>5</small> |
||
| |
|{{MsStatsC|ret}}| [[1996年のイギリスグランプリ (ロードレース)|GBR]]<br /><small>Ret</small> |
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| |
|{{MsStatsC|3rd}}| [[1996年のオーストリアグランプリ (ロードレース)|AUT]]<br /><small>3</small> |
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| |
|{{MsStatsC|1st}}| '''[[1996年のチェコグランプリ|CZE]]'''<br /><small>1</small> |
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| |
|{{MsStatsC|pt}}| ''[[1996年のイモラグランプリ|IMO]]''<br /><small>5</small> |
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| |
|{{MsStatsC|ret}}| [[1996年のカタルーニャグランプリ|CAT]]<br /><small>Ret</small> |
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| |
|{{MsStatsC|ret}}| [[1996年のブラジルグランプリ (ロードレース)|BRA]]<br /><small>Ret</small> |
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| |
|{{MsStatsC|pt}}| [[1996年のオーストラリアグランプリ (ロードレース)|AUS]]<br /><small>14</small> |
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205行目: | 585行目: | ||
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!align="left"| {{MGP|1997}} |
!align="left"| {{MGP|1997}} |
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!align="left"| |
!align="left"| 125cc |
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!align="left"| [[アプリリア (会社)|アプリリア]] |
!align="left"| [[アプリリア (会社)|アプリリア]] |
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|{{MsStatsC|1st}}| '''''[[1997年のマレーシアグランプリ (ロードレース)|MAL]]'''''<br /><small>1</small> |
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| |
|{{MsStatsC|ret}}| [[1997年の日本グランプリ (ロードレース)|JPN]]<br /><small>Ret</small> |
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| |
|{{MsStatsC|1st}}| ''[[1997年のスペイングランプリ (ロードレース)|SPA]]''<br /><small>1</small> |
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| |
|{{MsStatsC|1st}}| [[1997年のイタリアグランプリ (ロードレース)|ITA]]<br /><small>1</small> |
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| |
|{{MsStatsC|2nd}}| ''[[1997年のオーストリアグランプリ (ロードレース)|AUT]]''<br /><small>2</small> |
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| |
|{{MsStatsC|1st}}| [[1997年のフランスグランプリ (ロードレース)|FRA]]<br /><small>1</small> |
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| |
|{{MsStatsC|1st}}| '''[[1997年のオランダグランプリ (ロードレース)|NED]]'''<br /><small>1</small> |
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|{{MsStatsC|1st}}| '''''[[1997年のイモラグランプリ|IMO]]'''''<br /><small>1</small> |
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|{{MsStatsC|1st}}| '''[[1997年のドイツグランプリ (ロードレース)|GER]]'''<br /><small>1</small> |
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| |
|{{MsStatsC|1st}}| ''[[1997年のブラジルグランプリ (ロードレース)|BRA]]''<br /><small>1</small> |
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|{{MsStatsC|1st}}| ''[[1997年のイギリスグランプリ (ロードレース)|GBR]]''<br /><small>1</small> |
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| |
|{{MsStatsC|3rd}}| [[1997年のチェコグランプリ|CZE]]<br /><small>3</small> |
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|{{MsStatsC|1st}}| [[1997年のカタルーニャグランプリ|CAT]]<br /><small>1</small> |
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| |
|{{MsStatsC|1st}}| ''[[1997年のインドネシアグランプリ (ロードレース)|INA]]''<br /><small>1</small> |
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| |
|{{MsStatsC|pt}}| [[1997年のオーストラリアグランプリ (ロードレース)|AUS]]<br /><small>6</small> |
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|bgcolor="#ffffbf"| '''1位''' |
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|{{MsStatsC|1st}}| '''1位''' |
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|{{MsStatsC|1st}}| '''321''' |
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|- |
|- |
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!align="left"| {{MGP|1998}} |
!align="left"| {{MGP|1998}} |
||
!align="left"| |
!align="left"| 250cc |
||
!align="left"| [[アプリリア (会社)|アプリリア]] |
!align="left"| [[アプリリア (会社)|アプリリア]] |
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| |
|{{MsStatsC|ret}}| [[1998年の日本グランプリ (ロードレース)|JPN]]<br /><small>Ret</small> |
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| |
|{{MsStatsC|ret}}| ''[[1998年のマレーシアグランプリ (ロードレース)|MAL]]''<br /><small>Ret</small> |
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| |
|{{MsStatsC|2nd}}| [[1998年のスペイングランプリ (ロードレース)|SPA]]<br /><small>2</small> |
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| |
|{{MsStatsC|2nd}}| [[1998年のイタリアグランプリ (ロードレース)|ITA]]<br /><small>2</small> |
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| |
|{{MsStatsC|2nd}}| [[1998年のフランスグランプリ (ロードレース)|FRA]]<br /><small>2</small> |
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| |
|{{MsStatsC|ret}}| [[1998年のマドリードグランプリ|MAD]]<br /><small>Ret</small> |
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| |
|{{MsStatsC|1st}}| [[1998年のオランダグランプリ (ロードレース)|NED]]<br /><small>1</small> |
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| |
|{{MsStatsC|ret}}| [[1998年のイギリスグランプリ (ロードレース)|GBR]]<br /><small>Ret</small> |
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| |
|{{MsStatsC|3rd}}| [[1998年のドイツグランプリ (ロードレース)|GER]]<br /><small>3</small> |
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| |
|{{MsStatsC|ret}}| [[1998年のチェコグランプリ|CZE]]<br /><small>Ret</small> |
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| |
|{{MsStatsC|1st}}| [[1998年のイモラグランプリ|IMO]]<br /><small>1</small> |
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| |
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| |
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|{{MsStatsC|1st}}| ''[[1998年のアルゼンチングランプリ (ロードレース)|ARG]]''<br /><small>1</small> |
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|bgcolor="#dfdfdf"| '''2位''' |
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|{{MsStatsC|2nd}}| '''2位''' |
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|{{MsStatsC|2nd}}| '''201''' |
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|- |
|- |
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!align="left"| {{MGP|1999}} |
!align="left"| {{MGP|1999}} |
||
!align="left"| |
!align="left"| 250cc |
||
!align="left"| [[アプリリア (会社)|アプリリア]] |
!align="left"| [[アプリリア (会社)|アプリリア]] |
||
| |
|{{MsStatsC|pt}}| '''[[1999年のマレーシアグランプリ (ロードレース)|MAL]]'''<br /><small>5</small> |
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| |
|{{MsStatsC|pt}}| [[1999年の日本グランプリ (ロードレース)|JPN]]<br /><small>7</small> |
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| |
|{{MsStatsC|1st}}| [[1999年のスペイングランプリ (ロードレース)|SPA]]<br /><small>1</small> |
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| |
|{{MsStatsC|ret}}| '''''[[1999年のフランスグランプリ (ロードレース)|FRA]]'''''<br /><small>Ret</small> |
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| |
|{{MsStatsC|1st}}| ''[[1999年のイタリアグランプリ (ロードレース)|ITA]]''<br /><small>1</small> |
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| |
|{{MsStatsC|1st}}| ''[[1999年のカタルーニャグランプリ|CAT]]''<br /><small>1</small> |
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|{{MsStatsC|2nd}}| '''''[[1999年のオランダグランプリ (ロードレース)|NED]]'''''<br /><small>2</small> |
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| |
|{{MsStatsC|1st}}| [[1999年のイギリスグランプリ (ロードレース)|GBR]]<br /><small>1</small> |
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| |
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| |
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|{{MsStatsC|3rd}}| '''[[1999年のアルゼンチングランプリ (ロードレース)|ARG]]'''<br /><small>3</small> |
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|{{MsStatsC|1st}}| '''1位''' |
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|{{MsStatsC|1st}}| '''309''' |
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!align="left"| {{MGP|2000}} |
!align="left"| {{MGP|2000}} |
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!align="left"| |
!align="left"| 500cc |
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!align="left"| [[ホンダ]] |
!align="left"| [[本田技研工業|ホンダ]] |
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| |
|{{MsStatsC|ret}}| ''[[2000年の南アフリカグランプリ (ロードレース)|RSA]]''<br /><small>Ret</small> |
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|{{MsStatsC|ret}}| [[2000年のマレーシアグランプリ (ロードレース)|MAL]]<br /><small>Ret</small> |
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| |
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| |
|{{MsStatsC|3rd}}| [[2000年のカタルーニャグランプリ|CAT]]<br /><small>3</small> |
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| |
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| |
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| |
|{{MsStatsC|2nd}}| [[2000年のドイツグランプリ (ロードレース)|GER]]<br /><small>2</small> |
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|{{MsStatsC|2nd}}| [[2000年のチェコグランプリ|CZE]]<br /><small>2</small> |
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|{{MsStatsC|3rd}}| ''[[2000年のポルトガルグランプリ (ロードレース)|POR]]''<br /><small>3</small> |
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| |
|{{MsStatsC|ret}}| [[2000年のバレンシアグランプリ|VAL]]<br /><small>Ret</small> |
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|{{MsStatsC|2nd}}| ''[[2000年のパシフィックグランプリ (ロードレース)|PAC]]''<br /><small>2</small> |
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|{{MsStatsC|3rd}}| [[2000年のオーストラリアグランプリ (ロードレース)|AUS]]<br /><small>3</small> |
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|bgcolor="#dfdfdf"| '''2位''' |
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|{{MsStatsC|2nd}}| '''2位''' |
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|{{MsStatsC|2nd}}| '''209''' |
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!align="left"| {{MGP|2001}} |
!align="left"| {{MGP|2001}} |
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!align="left"| |
!align="left"| 500cc |
||
!align="left"| [[ホンダ]] |
!align="left"| [[本田技研工業|ホンダ]] |
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| |
|{{MsStatsC|1st}}| [[2001年の日本グランプリ (ロードレース)|JPN]]<br /><small>1</small> |
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|{{MsStatsC|1st}}| '''''[[2001年のスペイングランプリ (ロードレース)|SPA]]'''''<br /><small>1</small> |
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| |
|{{MsStatsC|3rd}}| [[2001年のフランスグランプリ (ロードレース)|FRA]]<br /><small>3</small> |
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|{{MsStatsC|ret}}| '''''[[2001年のイタリアグランプリ (ロードレース)|ITA]]'''''<br /><small>Ret</small> |
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|{{MsStatsC|1st}}| '''''[[2001年のカタルーニャグランプリ|CAT]]'''''<br /><small>1</small> |
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| |
|{{MsStatsC|1st}}| ''[[2001年のイギリスグランプリ (ロードレース)|GBR]]''<br /><small>1</small> |
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| |
|{{MsStatsC|pt}}| [[2001年のドイツグランプリ (ロードレース)|GER]]<br /><small>7</small> |
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| |
|{{MsStatsC|1st}}| ''[[2001年のチェコグランプリ|CZE]]''<br /><small>1</small> |
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| |
|{{MsStatsC|1st}}| [[2001年のポルトガルグランプリ (ロードレース)|POR]]<br /><small>1</small> |
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| |
|{{MsStatsC|pt}}| [[2001年のバレンシアグランプリ|VAL]]<br /><small>11</small> |
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| |
|{{MsStatsC|1st}}| ''[[2001年のパシフィックグランプリ (ロードレース)|PAC]]''<br /><small>1</small> |
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| |
|{{MsStatsC|1st}}| [[2001年のオーストラリアグランプリ (ロードレース)|AUS]]<br /><small>1</small> |
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| |
|{{MsStatsC|1st}}| ''[[2001年のマレーシアグランプリ (ロードレース)|MAL]]''<br /><small>1</small> |
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| |
|{{MsStatsC|1st}}| ''[[2001年のブラジルグランプリ (ロードレース)|BRA]]''<br /><small>1</small> |
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|bgcolor="#ffffbf"| '''1位''' |
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|{{MsStatsC|1st}}| '''1位''' |
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|{{MsStatsC|1st}}| '''325''' |
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!align="left"| {{MGP|2002}} |
!align="left"| {{MGP|2002}} |
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!align="left"| MotoGP |
!align="left" rowspan="20"| MotoGP |
||
!align="left"| [[ホンダ]] |
!align="left"| [[本田技研工業|ホンダ]] |
||
| |
|{{MsStatsC|1st}}| '''''[[2002年の日本グランプリ (ロードレース)|JPN]]'''''<br /><small>1</small> |
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|{{MsStatsC|2nd}}| '''[[2002年の南アフリカグランプリ (ロードレース)|RSA]]'''<br /><small>2</small> |
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| |
|{{MsStatsC|1st}}| '''''[[2002年のスペイングランプリ (ロードレース)|SPA]]'''''<br /><small>1</small> |
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|{{MsStatsC|1st}}| '''''[[2002年のフランスグランプリ (ロードレース)|FRA]]'''''<br /><small>1</small> |
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| |
|{{MsStatsC|1st}}| '''[[2002年のイタリアグランプリ (ロードレース)|ITA]]'''<br /><small>1</small> |
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|{{MsStatsC|1st}}| ''[[2002年のカタルーニャグランプリ|CAT]]''<br /><small>1</small> |
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|{{MsStatsC|1st}}| '''''[[2002年のオランダグランプリ (ロードレース)|NED]]'''''<br /><small>1</small> |
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| |
|{{MsStatsC|1st}}| '''''[[2002年のイギリスグランプリ (ロードレース)|GBR]]'''''<br /><small>1</small> |
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| |
|{{MsStatsC|1st}}| ''[[2002年のドイツグランプリ (ロードレース)|GER]]''<br /><small>1</small> |
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| |
|{{MsStatsC|ret}}| [[2002年のチェコグランプリ|CZE]]<br /><small>Ret</small> |
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| |
|{{MsStatsC|1st}}| ''[[2002年のポルトガルグランプリ (ロードレース)|POR]]''<br /><small>1</small> |
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| |
|{{MsStatsC|1st}}| [[2002年のブラジルグランプリ (ロードレース)|BRA]]<br /><small>1</small> |
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| |
|{{MsStatsC|2nd}}| [[2002年のパシフィックグランプリ (ロードレース)|PAC]]<br /><small>2</small> |
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| |
|{{MsStatsC|2nd}}| [[2002年のマレーシアグランプリ (ロードレース)|MAL]]<br /><small>2</small> |
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| |
|{{MsStatsC|1st}}| ''[[2002年のオーストラリアグランプリ (ロードレース)|AUS]]''<br /><small>1</small> |
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| |
|{{MsStatsC|2nd}}| [[2002年のバレンシアグランプリ|VAL]]<br /><small>2</small> |
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|bgcolor="#ffffbf"| '''1位''' |
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|{{MsStatsC|1st}}| '''1位''' |
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|{{MsStatsC|1st}}| '''355''' |
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|- |
|- |
||
!align="left"| {{MGP|2003}} |
!align="left"| {{MGP|2003}} |
||
!align="left"| |
!align="left"| [[本田技研工業|ホンダ]] |
||
|{{MsStatsC|1st}}| '''''[[2003年の日本グランプリ (ロードレース)|JPN]]'''''<br /><small>1</small> |
|||
!align="left"| [[ホンダ]] |
|||
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|{{MsStatsC|2nd}}| ''[[2003年の南アフリカグランプリ (ロードレース)|RSA]]''<br /><small>2</small> |
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!align="left"| [[ヤマハ発動機|ヤマハ]] |
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!align="left"| |
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!align="left"| [[ヤマハ]] |
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!align="left"| {{MGP|2009}} |
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!align="left"| |
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|bgcolor="#ffffbf"| '''1位''' |
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|{{MsStatsC|1st}}| '''1位''' |
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|{{MsStatsC|1st}}| '''306''' |
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!align="left"| {{MGP|2010}} |
!align="left"| {{MGP|2010}} |
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!align="left"| |
!align="left"| [[ヤマハ発動機|ヤマハ]] |
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|{{MsStatsC|1st}}| [[2010年のカタールグランプリ|QAT]]<br /><small>1</small> |
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!align="left"| [[ヤマハ]] |
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| |
|{{MsStatsC|3rd}}| [[2010年のスペイングランプリ (ロードレース)|SPA]]<br /><small>3</small> |
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| |
|{{MsStatsC|2nd}}| '''[[2010年のフランスグランプリ (ロードレース)|FRA]]'''<br /><small>2</small> |
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| |
|{{MsStatsC|dns}}| [[2010年のイタリアグランプリ (ロードレース)|ITA]]<br /><small>DNS</small> |
||
|bgcolor="#ffffff"| [[2010年のイタリアグランプリ (ロードレース)|ITA]]<br /><small>DNS</small> |
|||
<!-- Please do not put DNS on the GBR, NED and CAT GP. Rossi did not participate in those races which are indicated by blank cells, see [[Template:Motorsport driver results legend]] for the details.--> |
|||
| [[2010年のイギリスグランプリ (ロードレース)|GBR]] |
| [[2010年のイギリスグランプリ (ロードレース)|GBR]] |
||
| [[2010年のオランダグランプリ (ロードレース)|NED]] |
| [[2010年のオランダグランプリ (ロードレース)|NED]] |
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| [[2010年のカタルーニャグランプリ|CAT]] |
| [[2010年のカタルーニャグランプリ|CAT]] |
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| |
|{{MsStatsC|pt}}| [[2010年のドイツグランプリ (ロードレース)|GER]]<br /><small>4</small> |
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|{{MsStatsC|3rd}}| [[2010年のアメリカグランプリ (ロードレース)|USA]]<br /><small>3</small> |
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|{{MsStatsC|pt}}| [[2010年のチェコグランプリ|CZE]]<br /><small>5</small> |
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|{{MsStatsC|pt}}| [[2010年のインディアナポリスグランプリ|IND]]<br /><small>4</small> |
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|{{MsStatsC|3rd}}| [[2010年のサンマリノグランプリ (ロードレース)|RSM]]<br /><small>3</small> |
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|{{MsStatsC|pt}}| [[2010年のアラゴングランプリ|ARA]]<br /><small>6</small> |
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|{{MsStatsC|3rd}}| ''[[2010年の日本グランプリ (ロードレース)|JPN]]''<br /><small>3</small> |
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|{{MsStatsC|1st}}| ''[[2010年のマレーシアグランプリ (ロードレース)|MAL]]''<br /><small>1</small> |
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|{{MsStatsC|3rd}}| [[2010年のオーストラリアグランプリ (ロードレース)|AUS]]<br /><small>3</small> |
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|{{MsStatsC|2nd}}| [[2010年のポルトガルグランプリ (ロードレース)|POR]]<br /><small>2</small> |
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|{{MsStatsC|3rd}}| [[2010年のバレンシアグランプリ|VAL]]<br /><small>3</small> |
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|{{MsStatsC|3rd}}| '''3位''' |
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|{{MsStatsC|3rd}}| '''233''' |
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!align="left"| {{MGP|2011}} |
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!align="left"| MotoGP |
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!align="left"| [[ドゥカティ]] |
!align="left"| [[ドゥカティ]] |
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|{{MsStatsC|pt}}| [[2011年のカタールグランプリ|QAT]]<br><small>7</small> |
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|{{MsStatsC|pt}}| ''[[2011年のスペイングランプリ (ロードレース)|SPA]]''<br /><small>5</small> |
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|{{MsStatsC|pt}}| [[2011年のポルトガルグランプリ (ロードレース)|POR]]<br /><small>5</small> |
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|{{MsStatsC|3rd}}| [[2011年のフランスグランプリ (ロードレース)|FRA]]<br /><small>3</small> |
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|{{MsStatsC|pt}}| [[2011年のカタルーニャグランプリ|CAT]]<br /><small>5</small> |
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|{{MsStatsC|pt}}| [[2011年のアメリカグランプリ (ロードレース)|USA]]<br /><small>6</small> |
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|{{MsStatsC|pt}}| [[2011年のチェコグランプリ|CZE]]<br /><small>6</small> |
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|{{MsStatsC|pt}}| [[2011年のインディアナポリスグランプリ|IND]]<br /><small>10</small> |
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|{{MsStatsC|pt}}| [[2011年のサンマリノグランプリ (ロードレース)|RSM]]<br /><small>7</small> |
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|{{MsStatsC|pt}}| [[2011年のアラゴングランプリ|ARA]]<br /><small>10</small> |
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|{{MsStatsC|ret}}| [[2011年の日本グランプリ (ロードレース)|JPN]]<br /><small>Ret</small> |
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|{{MsStatsC|ret}}| [[2011年のバレンシアグランプリ|VAL]]<br /><small>Ret</small> |
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! 7位 |
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! 139 |
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!align="left"| MotoGP |
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!align="left"| [[ドゥカティ]] |
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|{{MsStatsC|pt}}| [[2012年のオーストラリアグランプリ (ロードレース)|AUS]]<br /><small>7</small> |
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|{{MsStatsC|pt}}| [[2012年のバレンシアグランプリ|VAL]]<br /><small>10</small> |
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! 6位 |
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! 163 |
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!align="left"| |
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!align="left"| [[ヤマハ]] |
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|bgcolor="#dfffdf"| [[2013 Valencian Community motorcycle Grand Prix|VAL]]<br /><small>4</small> |
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|{{MsStatsC|ret}}| '''[[2016 Japanese motorcycle Grand Prix|JPN]]'''<br /><small>Ret</small> |
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|{{MsStatsC|2nd}}| [[2016 Australian motorcycle Grand Prix|AUS]]<br /><small>2</small> |
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|{{MsStatsC|2nd}}|[[2016 Malaysian motorcycle Grand Prix|MAL]]<br /><small>2</small> |
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|{{MsStatsC|pt}}| [[2016 Valencian Community motorcycle Grand Prix|VAL]]<br /><small>4</small> |
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!align="left"| {{MGP|2017}} |
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|{{MsStatsC|3rd}}| [[2017 Qatar motorcycle Grand Prix|QAT]]<br><small>3</small> |
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|{{MsStatsC|2nd}}| [[2017 Argentine motorcycle Grand Prix|ARG]]<br /><small>2</small> |
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|{{MsStatsC|2nd}}| [[2017 Motorcycle Grand Prix of the Americas|AME]]<br /><small>2</small> |
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|{{MsStatsC|pt}}| [[2017 Spanish motorcycle Grand Prix|SPA]]<br /><small>10</small> |
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|{{MsStatsC|ret}}| [[2017 French motorcycle Grand Prix|FRA]]<br /><small>Ret</small> |
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|{{MsStatsC|pt}}| [[2017 Italian motorcycle Grand Prix|ITA]]<br /><small>4</small> |
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|{{MsStatsC|pt}}| [[2017 Catalan motorcycle Grand Prix|CAT]]<br /><small>8</small> |
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|{{MsStatsC|1st}}| [[2017 Dutch TT|NED]]<br /><small>1</small> |
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|{{MsStatsC|pt}}| [[2017 German motorcycle Grand Prix|GER]]<br /><small>5</small> |
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|{{MsStatsC|pt}}| [[2017 Czech Republic motorcycle Grand Prix|CZE]]<br /><small>4</small> |
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|{{MsStatsC|pt}}| [[2017 Austrian motorcycle Grand Prix|AUT]]<br /><small>7</small> |
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|{{MsStatsC|3rd}}| [[2017 British motorcycle Grand Prix|GBR]]<br /><small>3</small> |
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| [[2017 San Marino and Rimini's Coast motorcycle Grand Prix|RSM]] |
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|{{MsStatsC|pt}}| [[2017 Aragon motorcycle Grand Prix|ARA]]<br /><small>5</small> |
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|{{MsStatsC|2nd}}| [[2017 Australian motorcycle Grand Prix|AUS]]<br /><small>2</small> |
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|{{MsStatsC|pt}}| [[2017 Malaysian motorcycle Grand Prix|MAL]]<br /><small>7</small> |
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|{{MsStatsC|pt}}| [[2017 Valencian Community motorcycle Grand Prix|VAL]]<br /><small>5</small> |
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! 5位 |
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!align="left"| {{MGP|2018}} |
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|{{MsStatsC|pt}}| [[2018 Motorcycle Grand Prix of the Americas|AME]]<br><small>4</small> |
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|{{MsStatsC|pt}}| [[2018 Spanish motorcycle Grand Prix|SPA]]<br><small>5</small> |
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|{{MsStatsC|3rd}}| [[2018 French motorcycle Grand Prix|FRA]]<br><small>3</small> |
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|{{MsStatsC|3rd}}| '''[[2018 Italian motorcycle Grand Prix|ITA]]'''<br><small>3</small> |
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|{{MsStatsC|3rd}}| [[2018 Catalan motorcycle Grand Prix|CAT]]<br><small>3</small> |
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|{{MsStatsC|pt}}| [[2018 Dutch TT|NED]]<br><small>5</small> |
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|{{MsStatsC|2nd}}| [[2018 German motorcycle Grand Prix|GER]]<br>{{small|2}} |
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|{{MsStatsC|pt}}| [[2018 Czech Republic motorcycle Grand Prix|CZE]]<br>{{small|4}} |
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| [[2018 British motorcycle Grand Prix|GBR]] |
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|{{MsStatsC|f}}| [[2018 Malaysian motorcycle Grand Prix|MAL]]<br>{{small|18}} |
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|{{MsStatsC|nc}}| [[2018 ValeNCian Community motorcycle Grand Prix|VAL]]<br>{{small|13}} |
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!align="left"| [[2019年のMotoGP|2019年]] |
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|{{MsStatsC|pt}}| [[:en:2019 Spanish motorcycle Grand Prix|SPA]]<br>{{small|6}} |
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|{{MsStatsC|pt}}| [[:en:2019 French motorcycle Grand Prix|FRA]]<br>{{small|5}} |
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|{{MsStatsC|ret}}| [[:en:2019 Italian motorcycle Grand Prix|ITA]]<br>{{small|Ret}} |
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|{{MsStatsC|ret}}| [[:en:2019 Catalan motorcycle Grand Prix|CAT]]<br>{{small|Ret}} |
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|{{MsStatsC|ret}}| [[:en:2019 Dutch TT|NED]]<br>{{small|Ret}} |
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!align="left"| [[2020年のMotoGP|2020年]] |
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| [[:en:2020 Aragon motorcycle Grand Prix|ARA]] |
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! 15位 |
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! 66 |
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!align="left"| [[2021年のMotoGP|2021年]] |
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|{{MsStatsC|ret}}| [[2021年のポルトガルグランプリ (ロードレース)|POR]]<br />{{small|Ret}} |
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|{{MsStatsC|f}}| [[2021年のスペイングランプリ (ロードレース)|SPA]]<br />{{small|17}} |
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|{{MsStatsC|pt}}| [[2021年のフランスグランプリ (ロードレース)|FRA]]<br />{{small|11}} |
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|{{MsStatsC|pt}}| [[2021年のイタリアグランプリ (ロードレース)|ITA]]<br />{{small|10}} |
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|{{MsStatsC|ret}}| [[2021年のカタルーニャグランプリ|CAT]]<br />{{small|Ret}} |
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|{{MsStatsC|pt}}| [[2021年のドイツグランプリ (ロードレース)|GER]]<br />{{small|14}} |
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|{{MsStatsC|ret}}| [[2021年のオランダグランプリ (ロードレース)|NED]]<br />{{small|Ret}} |
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|{{MsStatsC|pt}}| [[2021年のスティリアグランプリ|STY]]<br />{{small|13}} |
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|{{MsStatsC|pt}}| [[2021年のオーストリアグランプリ (ロードレース)|AUT]]<br />{{small|8}} |
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|{{MsStatsC|f}}| [[2021年のイギリスグランプリ (ロードレース)|GBR]]<br />{{small|18}} |
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|{{MsStatsC|f}}| [[2021年のアラゴングランプリ|ARA]]<br />{{small|19}} |
|||
|{{MsStatsC|f}}| [[2021年のサンマリノグランプリ (ロードレース)|RSM]]<br />{{small|17}} |
|||
|{{MsStatsC|pt}}| [[2021年のグランプリ・オブ・ジ・アメリカズ|AME]]<br />{{small|15}} |
|||
|{{MsStatsC|pt}}| [[2021年のエミリア・ロマーニャグランプリ (ロードレース)|EMI]]<br />{{small|10}} |
|||
|{{MsStatsC|pt}}|[[2021年のアルガルヴェグランプリ|ALG]]<br />{{small|13}} |
|||
|{{MsStatsC|pt}}| [[2021年のバレンシアグランプリ|VAL]]<br />{{small|10}} |
|||
! |
|||
!18位 |
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!44 |
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|- |
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! 年 |
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! クラス |
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! チーム |
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! 1 |
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! 2 |
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! 3 |
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! 4 |
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! 5 |
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! 6 |
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! 7 |
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! 8 |
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! 9 |
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! 10 |
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! 11 |
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! 12 |
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! 13 |
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! 14 |
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! 15 |
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! 16 |
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! 17 |
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! 18 |
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! 19 |
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! 順位 |
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! ポイント |
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|} |
|} |
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* |
*シーズン進行途中 |
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==== 鈴鹿8時間耐久ロードレース ==== |
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{|class="wikitable" style="font-size:80%" |
|||
! 開催年 |
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! バイク |
|||
! チーム |
|||
! パートナー |
|||
! 総合順位 |
|||
|- align="right" |
|||
| 2000年 |
|||
| rowspan="2" | [[ホンダ・VTR1000 SP-1/2|ホンダ・VTR1000 SPW]] |
|||
| {{flagicon|JPN}} [[カストロール]]・[[ホンダ・レーシング|ホンダ]] |
|||
| {{flagicon|USA}} [[コーリン・エドワーズ]] |
|||
| {{MsStatsC|ret}} | リタイア |
|||
|- align="right" |
|||
| 2001年 |
|||
| {{flagicon|JPN}} [[キャビン (たばこ)|チーム・キャビン]]・[[ホンダ・レーシング|ホンダ]] |
|||
| {{flagicon|USA}} [[コーリン・エドワーズ]] |
|||
| {{MsStatsC|1st}} | '''1位''' |
|||
|- |
|||
|} |
|||
==== 記録 ==== |
|||
2020年シーズン終了時点で以下の記録を保持している:<ref>{{cite web|url=http://www.crash.net/MOTOGP/news/153962/1/valentino_rossi_record_breaker.html|title=Valentino Rossi: Record breaker|date=25 October 2009|work=Crash.Net|accessdate=3 September 2010}}</ref><ref>{{cite web|url=http://www.crash.net/motogp/news/153961/1/valentino_rossis_place_in_history_-_so_far.html|title=Valentino Rossi's place in history - so far|date=25 October 2009|work=Crash.Net|accessdate=3 September 2010}}</ref><ref>{{cite web|url=https://web.archive.org/web/20120203172821/http://www.motogp.com/en/news/2009/Rossis+remarkable+home+record|title=Rossi's remarkable home record|date=29 May 2009|work=MotoGP.com|accessdate=3 September 2010}}</ref><ref>{{cite web|url=https://web.archive.org/web/20120203172559/http://www.motogp.com/en/news/2009/rossi+statistics+2009|title=Rossi’s ninth title win: the statistics|date=26 October 2009|work=MotoGP.com|accessdate=3 September 2010}}</ref> |
|||
{| class="wikitable" border="1" style="font-size:85%" |
|||
! 記録 |
|||
! 回数 |
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|- |
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!colspan=2| 全クラスでの記録 |
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|- |
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! 表彰台回数 |
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| 235 |
|||
|- |
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! ポールポジション獲得数 |
|||
| 61 |
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|- |
|||
! 総獲得ポイント |
|||
| 6,313 |
|||
|- |
|||
! 連続出走回数 |
|||
| 230 ([[1996年のマレーシアグランプリ (ロードレース)|1996年マレーシアGP]]-[[2010年のフランスグランプリ (ロードレース)|2010年フランスGP]]) |
|||
|- |
|||
! 連続した優勝経験年 |
|||
| 15 ({{MGP|1996}}-{{MGP|2010}}) |
|||
|- |
|||
! タイトル獲得排気量クラス |
|||
| 5 (125cc, 250cc, 500cc, 800cc, 990cc) |
|||
|- |
|||
! 優勝期間最長のグランプリライダー |
|||
| {{Age in years and days|1996|8|18|2015|8|30}}<br>[[1996年のチェコグランプリ|1996年チェコGP]] (18 August 1996; 125cc) to [[2015年のイギリスグランプリ (ロードレース)|2015年イギリスGP]] (30 August 2015; MotoGP) |
|||
|- |
|||
! [[ムジェロ・サーキット|ムジェロ]]での最多勝利([[イタリアグランプリ (ロードレース)|イタリアGP]]) |
|||
| 9 ([[1997年のイタリアグランプリ (ロードレース)|1997]], [[1999年のイタリアグランプリ (ロードレース)|1999]], [[2002年のイタリアグランプリ (ロードレース)|2002]]-[[2008年のイタリアグランプリ (ロードレース)|2008]]) |
|||
|- |
|||
! [[ムジェロ・サーキット|ムジェロ]]での連勝([[イタリアグランプリ (ロードレース)|イタリアGP]]) |
|||
| 7 ([[2002年のイタリアグランプリ (ロードレース)|2002]]-[[2008年のイタリアグランプリ (ロードレース)|2008]]) |
|||
|- |
|||
! [[カタルーニャグランプリ|カタルーニャ]]での最多勝利 |
|||
| 10 (1997-1999, 2001-2002, 2004-2006, 2009, 2016) |
|||
|- |
|||
! [[ポルトガルグランプリ (ロードレース)|エストリル]]での最多勝利 |
|||
| 5 (2001-2004, 2007) |
|||
|- |
|||
! [[オーストラリアグランプリ (ロードレース)|フィリップ・アイランド]]での最多勝利 |
|||
| 8 (1998-1999, 2001-2005, 2014) |
|||
|- |
|||
! [[パキサ・フリーウェイ|ウェルコム]]での最多勝利 |
|||
| 3 (1999, 2001, 2004) |
|||
|- |
|||
! [[スペイングランプリ (ロードレース)|ヘレス]]での最多勝利 |
|||
| 9 (1997, 1999, 2001-2003, 2005, 2007, 2009, 2016) |
|||
|- |
|||
! [[マレーシアグランプリ (ロードレース)|セパン]]での最多勝利 |
|||
| 6 (2001, 2003-2004, 2006, 2008, 2010) |
|||
|- |
|||
! [[イギリスグランプリ (ロードレース)|ドニントン・パーク]]での最多勝利 |
|||
| 7 (1997, 1999-2002, 2004-2005) |
|||
|- |
|||
! [[リオデジャネイログランプリ (ロードレース)|リオ]]での最多勝利 |
|||
| 6 (1997, 1999, 2000-2003) |
|||
|- |
|||
! [[アプリリア (会社)|アプリリア]]での勝利 |
|||
| 26 |
|||
|- |
|||
!colspan=2| 500cc/MotoGP 記録 |
|||
|- |
|||
! 優勝回数 |
|||
| 89 |
|||
|- |
|||
! 2位回数 |
|||
| 61 |
|||
|- |
|||
! 表彰台回数 |
|||
| 199 |
|||
|- |
|||
! 出走回数 |
|||
| 370 |
|||
|- |
|||
! [[ダッチTT|アッセン]]での最多勝利 |
|||
| 8 (2002, 2004, 2005, 2007, 2009, 2013, 2015, 2017) |
|||
|- |
|||
! [[チェコグランプリ|ブルノ]]での最多勝利 |
|||
| 5 (2001, 2003, 2005, 2008-2009) |
|||
|- |
|||
! [[上海国際サーキット|上海]]での最多勝利 |
|||
| 2 (2005, 2008) |
|||
|- |
|||
! シーズン最多表彰台回数{{refn|[[ホルヘ・ロレンソ]]、[[ケーシー・ストーナー]]、[[マルク・マルケス]]と共通。|group="N"}} |
|||
| 16 ({{MGP|2003}}, {{MGP|2005}}, {{MGP|2008}}) |
|||
|- |
|||
! シーズン最多ファステストラップ回数{{refn|[[マルク・マルケス]]と共通。|group="N"}} |
|||
| 12 ({{MGP|2003}}) |
|||
|- |
|||
! 連続表彰台回数 |
|||
| 23 ([[2002年のポルトガルグランプリ (ロードレース)|2002年ポルトガルGP]]-[[2004年の南アフリカグランプリ (ロードレース)|2004年南アフリカGP]]) |
|||
|- |
|||
! 連続出走回数 |
|||
| 170 ([[2000年の南アフリカグランプリ (ロードレース)|2000年南アフリカGP]]-[[2010年のフランスグランプリ (ロードレース)|2010年フランスGP]]) |
|||
|- |
|||
! [[ヤマハ発動機|ヤマハ]]でのタイトル |
|||
| 4 ({{MGP|2004}}-{{MGP|2005}}, {{MGP|2008}}-{{MGP|2009}}) |
|||
|- |
|||
! 異なったコンストラクターでの連続タイトル獲得{{refn|[[エディ・ローソン]]と共通。|group="N"}} |
|||
| 2 ({{MGP|2003}}-{{MGP|2004}}) |
|||
|- |
|||
! 異なったコンストラクターでの連勝 |
|||
| 2 ([[2003年のバレンシアグランプリ|2003年バレンシアGP]]-[[2004年の南アフリカグランプリ (ロードレース)|2004年南アフリカGP]]) |
|||
|- |
|||
! [[ヤマハ発動機|ヤマハ]]での勝利数 |
|||
| 56 |
|||
|- |
|||
! [[ヤマハ発動機|ヤマハ]]でのシーズン最多勝利数 |
|||
| 11 ({{MGP|2005}}) |
|||
|- |
|||
! [[ヤマハ発動機|ヤマハ]]での連勝 |
|||
| 5 ([[2005年の中国グランプリ (ロードレース)|2005年中国GP]]-[[2005年のオランダグランプリ (ロードレース)|2005年ダッチTT]], [[2008年のアメリカグランプリ (ロードレース)|2008年アメリカGP]]-[[2008年の日本グランプリ (ロードレース)|2008年日本GP]]) |
|||
|- |
|||
! タイトル獲得経験のあるマシン |
|||
| 4 ([[ホンダ・NSR500|500cc ホンダ]], [[ホンダ・RC211V|990cc ホンダ]], [[ヤマハ・YZR-M1|990cc ヤマハ]], [[ヤマハ・YZR-M1|800cc ヤマハ]]) |
|||
|- |
|||
! エンジン[[排気量]]別でのタイトル |
|||
| 3 (500cc, 800cc, 990cc) |
|||
|- |
|||
! エンジン機構別でのタイトル{{refn|[[ジャコモ・アゴスチーニ]]と共通。|group="N"}} |
|||
| 2 ([[2ストローク機関|2ストローク]], [[4ストローク機関|4ストローク]]) |
|||
|- |
|||
! 勝利経験のあるエンジン[[排気量]] |
|||
| 4 (500cc, 800cc, 990cc, 1000cc) |
|||
|- |
|||
!colspan=2| 125cc 記録 |
|||
|- |
|||
! シーズン最多勝利 |
|||
| 11 ({{MGP|1997}}) |
|||
|} |
|||
=== 世界ラリー選手権 === |
|||
{| class="wikitable" style="text-align:center; font-size:85%;" |
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|- |
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! 年 |
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! 使用車両 |
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! 1 |
|||
! 2 |
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! 3 |
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! 4 |
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! 5 |
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! 6 |
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! 7 |
|||
! 8 |
|||
! 9 |
|||
! 10 |
|||
! 11 |
|||
! 12 |
|||
! 13 |
|||
! 14 |
|||
! 15 |
|||
! 16 |
|||
! 順位 |
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! ポイント |
|||
|- |
|||
! {{WRC|2002}} |
|||
! [[プジョー・206 WRC]] |
|||
| [[2002年のモンテカルロラリー|MON]] |
|||
| [[2002年のスウェーディッシュ・ラリー|SWE]] |
|||
| [[2002年のツール・ド・コルス|FRA]] |
|||
| [[2002年のカタルーニャ・ラリー|ESP]] |
|||
| [[2002年のキプロス・ラリー|CYP]] |
|||
| [[2002年のラリー・アルゼンティーナ|ARG]] |
|||
| [[2002年のアクロポリス・ラリー|GRE]] |
|||
| [[2002年のサファリ・ラリー|KEN]] |
|||
| [[2002年のラリー・フィンランド|FIN]] |
|||
| [[2002年のラリー・ドイチュラント|GER]] |
|||
| [[2002年のサンレモ・ラリー|ITA]] |
|||
| [[2002年のラリー・ニュージーランド|NZL]] |
|||
| [[2002年のラリー・オーストラリア|AUS]] |
|||
| {{MsStatsC|ret}} | [[Rally GB|GBR]]<br>{{small|Ret}} |
|||
| |
|||
| |
|||
! NC |
|||
! 0 |
|||
|- |
|||
! {{WRC|2006}} |
|||
! [[スバル・インプレッサ|スバル・インプレッサ WRC04]] |
|||
| [[2006年のモンテカルロラリー|MON]] |
|||
| [[2006年のスウェーディッシュ・ラリー|SWE]] |
|||
| [[2006年のラリー・メキシコ|MEX]] |
|||
| [[2006年のカタルーニャ・ラリー|ESP]] |
|||
| [[2006年のツール・ド・コルス|FRA]] |
|||
| [[2006年のラリー・アルゼンティーナ|ARG]] |
|||
| [[2006 Rally d'Italia Sardegna|ITA]] |
|||
| [[2006年のアクロポリス・ラリー|GRE]] |
|||
| [[2006年のラリー・ドイチュラント|GER]] |
|||
| [[2006年のラリー・フィンランド|FIN]] |
|||
| [[2006年のラリー・ジャパン|JPN]] |
|||
| [[2006年のキプロス・ラリー|CYP]] |
|||
| [[2006 Rally of Turkey|TUR]] |
|||
| [[2006年のラリー・オーストラリア|AUS]] |
|||
| {{MsStatsC|f}} | [[2006年のラリー・ニュージーランド|NZL]]<br>{{small|11}} |
|||
| [[2006 Rally GB|GBR]] |
|||
! NC |
|||
! 0 |
|||
|- |
|||
! {{WRC|2008}} |
|||
! [[フォード・フォーカスWRC|フォード・フォーカスRS WRC 07]] |
|||
| [[2008年のモンテカルロラリー|MON]] |
|||
| [[2008年のスウェーディッシュ・ラリー|SWE]] |
|||
| [[2008年のラリー・メキシコ|MEX]] |
|||
| [[2008年のラリー・アルゼンティーナ|ARG]] |
|||
| [[2008 Jordan Rally|JOR]] |
|||
| [[2008 Rally d'Italia Sardegna|ITA]] |
|||
| [[2008年のアクロポリス・ラリー|GRE]] |
|||
| [[2008 Rally of Turkey|TUR]] |
|||
| [[2008年のラリー・フィンランド|FIN]] |
|||
| [[2008年のラリー・ドイチュラント|GER]] |
|||
| [[2008年のラリー・ニュージーランド|NZL]] |
|||
| [[2008年のカタルーニャ・ラリー|ESP]] |
|||
| [[2008年のツール・ド・コルス|FRA]] |
|||
| [[2008年のラリー・ジャパン|JPN]] |
|||
| {{MsStatsC|f}} | [[2008 Rally GB|GBR]]<br>{{small|12}} |
|||
| |
|||
! NC |
|||
! 0 |
|||
|} |
|||
=== ブランパン耐久シリーズ === |
|||
{| class="wikitable" style="text-align:center; font-size:85%;" |
|||
! 年 |
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! チーム |
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! 使用車両 |
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! クラス |
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! 1 |
|||
! 2 |
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! 3 |
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! 4 |
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! 5 |
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! 6 |
|||
! 順位 |
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! ポイント |
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|- |
|||
! [[2012年のブランパン耐久シリーズ|2012年]]<br><small>([[:en:2012 Blancpain Endurance Series|英語版]])</small> |
|||
! [[:en:Kessel Racing|ケッセル・レーシング]] |
|||
! [[フェラーリ・458イタリア|フェラーリ・458イタリア GT3]] |
|||
! Pro-Am |
|||
| {{MsStatsC|f}} | [[モンツァ・サーキット|MON]]<br>{{small|18}} |
|||
| [[シルバーストン・サーキット|SIL]] |
|||
| [[ポール・リカール・サーキット|LEC]] |
|||
| [[スパ・フランコルシャン|SPA]] |
|||
| {{MsStatsC|f}} | [[ニュルブルクリンク|NÜR]]<br>{{small|19}} |
|||
| [[ナバラ・サーキット|NAV]] |
|||
! NC |
|||
! 0 |
|||
|} |
|||
=== GTワールドチャレンジ・ヨーロッパ・エンデュランスカップ === |
|||
{| class="wikitable" style="text-align:center; font-size:85%" |
|||
! 年 |
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! チーム |
|||
! 使用車両 |
|||
! クラス |
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! 1 |
|||
! 2 |
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! 3 |
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! 4 |
|||
! 5 |
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! 順位 |
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! ポイント |
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|- |
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! 2022年<br><small>([[:en:2022 GT World Challenge Europe Endurance Cup|英語版]])</small> |
|||
! [[W・レーシングチーム|モンスター・VR46・チームWRT]] |
|||
! [[アウディ・R8 (市販車)|アウディ・R8 LMS EvoⅡ]] |
|||
! Pro |
|||
| {{MsStatsC|f}} | [[イモラ・サーキット|IMO]]<br>{{small|17}} |
|||
| {{MsStatsC|pt}} | [[ポール・リカール・サーキット|LEC]]<br>{{small|5}} |
|||
| {{MsStatsC|f}} | [[スパ・フランコルシャン|SPA]]<br>{{small|17}} |
|||
| {{MsStatsC|pt}} | [[ホッケンハイムリンク|HOC]]<br>{{small|5}} |
|||
| {{MsStatsC|pt}} | [[カタロニア・サーキット|CAT]]<br>{{small|6}} |
|||
! 16位 |
|||
! 30 |
|||
|- |
|||
! 2023年<br><small>([[:en:2023 GT World Challenge Europe Endurance Cup|英語版]])</small> |
|||
! [[W・レーシングチーム|BMW M・チームWRT]] |
|||
! rowspan="2" | [[BMW・M4|BMW・M4 GT3]] |
|||
! Pro |
|||
| {{MsStatsC|ret}} | [[モンツァ・サーキット|MNZ]]<br>{{small|Ret}} |
|||
| {{MsStatsC|pt}} | [[ポール・リカール・サーキット|LEC]]<br>{{small|8}} |
|||
| {{MsStatsC|pt}} | [[スパ・フランコルシャン|SPA]]<br>{{small|6}} |
|||
| {{MsStatsC|f}} | [[ニュルブルクリンク|NÜR]]<br>{{small|49†}} |
|||
| {{MsStatsC|ret}} | [[カタロニア・サーキット|CAT]]<br>{{small|Ret}} |
|||
! 15位 |
|||
! 13 |
|||
|- |
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! 2024年<br><small>([[:en:2024 GT World Challenge Europe Endurance Cup|英語版]])</small> |
|||
! [[W・レーシングチーム|チームWRT]] |
|||
! Pro |
|||
| {{MsStatsC|pt}} | [[ポール・リカール・サーキット|LEC]]<br>{{small|4}} |
|||
| {{MsStatsC|f}} | [[スパ・フランコルシャン|SPA]]<br>{{small|24}} |
|||
| {{MsStatsC|}} | [[ニュルブルクリンク|NÜR]]<br>{{small|}} |
|||
| {{MsStatsC|}} | [[モンツァ・サーキット|MNZ]]<br>{{small|}} |
|||
| {{MsStatsC|}} | [[ジッダ市街地コース|JED]]<br>{{small|}} |
|||
! 9位 |
|||
! 12 |
|||
|- |
|||
|} |
|||
=== GTワールドチャレンジ・ヨーロッパ・スプリントカップ === |
|||
{| class="wikitable" style="text-align:center; font-size:85%" |
|||
! 年 |
|||
! チーム |
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! 使用車両 |
|||
! クラス |
|||
! 1 |
|||
! 2 |
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! 3 |
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! 4 |
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! 5 |
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! 6 |
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! 7 |
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! 8 |
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! 9 |
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! 10 |
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! 順位 |
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! ポイント |
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|- |
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! 2022年<br><small>([[:en:2022 GT World Challenge Europe Sprint Cup|英語版]])</small> |
|||
! [[W・レーシングチーム|モンスター・VR46・チームWRT]] |
|||
! [[アウディ・R8 (市販車)|アウディ・R8 LMS EvoⅡ]] |
|||
! Pro |
|||
| {{MsStatsC|f}} | [[ブランズ・ハッチ|BRH<br>1]]<br>{{small|13}} |
|||
| {{MsStatsC|pt}} | [[ブランズ・ハッチ|BRH<br>2]]<br>{{small|8}} |
|||
| {{MsStatsC|f}} | [[マニクール・サーキット|MAG<br>1]]<br>{{small|15}} |
|||
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|||
| {{MsStatsC|f}} | [[ザントフォールト・サーキット|ZAN<br>1]]<br>{{small|14}} |
|||
| {{MsStatsC|f}} | [[ザントフォールト・サーキット|ZAN<br>2]]<br>{{small|16}} |
|||
| {{MsStatsC|ret}} | [[ミサノ・ワールド・サーキット・マルコ・シモンチェリ|MIS<br>1]]<br>{{small|Ret}} |
|||
| {{MsStatsC|pt}} | [[ミサノ・ワールド・サーキット・マルコ・シモンチェリ|MIS<br>2]]<br>{{small|5}} |
|||
| {{MsStatsC|f}} | [[バレンシア・サーキット|VAL<br>1]]<br>{{small|11}} |
|||
| {{MsStatsC|ret}} | [[バレンシア・サーキット|VAL<br>2]]<br>{{small|Ret}} |
|||
! 16位 |
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! 8 |
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|- |
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! 2023年<br><small>([[:en:2023 GT World Challenge Europe Sprint Cup|英語版]])</small> |
|||
! [[W・レーシングチーム|BMW M・チームWRT]] |
|||
! rowspan="2" | [[BMW・M4|BMW・M4 GT3]] |
|||
! Pro |
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| {{MsStatsC|f}} | [[ブランズ・ハッチ|BRH<br>1]]<br>{{small|14}} |
|||
| {{MsStatsC|2nd}} | [[ブランズ・ハッチ|BRH<br>2]]<br>{{small|2}} |
|||
| {{MsStatsC|pt}} | [[ミサノ・ワールド・サーキット・マルコ・シモンチェリ|MIS<br>1]]<br>{{small|8}} |
|||
| {{MsStatsC|1st}} | [[ミサノ・ワールド・サーキット・マルコ・シモンチェリ|MIS<br>2]]<br>{{small|1}} |
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! [[2024年のル・マン24時間レース|2024年]]<br><small>([[:en:2024 24 Hours of Le Mans|英語版]])</small> |
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| align="left" | [[BMW・M4|BMW・M4 LM GT3]] |
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== 関連項目 == |
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*[[バレンティーノ・ロッシ ザ・ゲーム]] |
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== 脚注 == |
== 脚注 == |
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{{Reflist|group="N"}} |
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{{reflist}} |
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{{脚注ヘルプ}} |
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==参照== |
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{{Reflist|30em}} |
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==参考文献== |
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*{{cite book|last=ロッシ|first=バレンティーノ|author2=エンリコ・ボルギ |others=西村章(翻訳)|title=バレンティーノ・ロッシ自叙伝(日本版) ''Valentino Rossi - The Autobiography: What if I had never tried it''|publisher=ウィック・ビジュアル・ビューロウ|isbn=978-4900843509|accessdate=3 January 2010|ref=harv}} |
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== 外部リンク == |
== 外部リンク == |
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{{ |
{{commons|Valentino Rossi}} |
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* |
*{{official website|http://www.valentinorossi.com/}} |
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* [ |
* [https://x.com/ValeYellow46 @ValeYellow46] バレンティーノ・ロッシ公式ツイッター |
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* [http://www.fanclubvalentinorossi.com/ fanclubvalentinorossi.com]バレンティーノ・ロッシ オフィシャルファンクラブ |
* [http://www.fanclubvalentinorossi.com/ fanclubvalentinorossi.com] バレンティーノ・ロッシ オフィシャルファンクラブ |
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* |
*[https://web.archive.org/web/20080706084032/http://www.motogp.com/en/riders/profiles/Valentino+Rossi MotoGP.com Rider Profile] |
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*[http://www.rallye-info.com/driverprofile.asp?driver=1285 WRC career results] |
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2024年11月27日 (水) 01:38時点における最新版
バレンティーノ・ロッシ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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2017年、アラゴンGP | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
国籍 | イタリア | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
生年月日 |
1979年2月16日(45歳) ペーザロ・エ・ウルビーノ県ウルビーノ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
現在のチーム | モンスター・ヤマハ MotoGP | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ゼッケン | 46 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ウェブサイト | valentinorossi.com | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
バレンティーノ・ロッシ(Valentino Rossi, 1979年2月16日 - )は、イタリアのレーシングドライバー、元オートバイレーサー。異父弟は同じオートバイレーサーのルカ・マリーニ。
ロードレース世界選手権参戦以来15年間で9回のワールドチャンピオンを獲得しており、「史上最強のライダー」との呼び声も高い[1][2][3]。現時点では史上唯一の「2ストローク時代に125-500cc迄の開催されている全カテゴリーでチャンピオンを獲得したライダー」である。2021年8月5日、同年限りでの引退を表明した[4]。
経歴
[編集]幼少期
[編集]マルケ州ウルビーノで生まれる[5]。家族は彼が子供の頃にタヴッリアに移り住む。父親のグラツィアーノはかつてスズキで活躍したグランプリレーサーで、ロッシは非常に幼くしてモータースポーツを始めた[6]。初めて熱中したのはカートであった。これは母親のステファニアがロッシの身を案じたため、グラツィアーノがバイクの代用品として購入した物であった。グラツィアーノは5歳の息子のために、60ccのカートに代えて100ccのナショナルカートを与えた[7]。
ロッシは1990年に地域のカート選手権でタイトルを獲得した[8]。この後彼はポケバイレースを始め、1991年の終わりまでに地域のレースで幾度となく勝利した[6]。
ロッシはカートレースも続け、パルマでのカート選手権で5位に入った。ロッシは父親と共に、イタリア100ccシリーズとヨーロッパシリーズへの参戦を考えた。それは彼をフォーミュラ1への道に進める選択肢であったが、参戦にかかる高額な費用はポケバイレースを選択するという決定につながった。1992年と93年を通してロッシはポケバイレースの一部始終を学び続けていた。しかし彼によると金銭的な問題はあったもののそれが決定的な原因だったわけではないという。
1993年にロッシは、父親、バージニオ・フェラーリ、クラウディオ・カスティリオーニ、クラウディオ・ルサルディ(カジバ・スポーツポロダクションチームを率いていた)らからの助けを受けて、125ccのカジバ・ミトに乗ってレースに出場したが、ピットレーンからわずか100m離れた第1コーナーでクラッシュした[9]。彼はその週末、レースを9位で終えた[9]。
イタリア・スポーツプロダクション選手権での最初のシーズンは変化に富んだ物であり、ロッシはシーズン最終戦のミサノでポールポジションを獲得し、決勝では表彰台に上った。2年目のシーズンでロッシはルサルディの率いるファクトリーチーム入りし、その年のタイトルを獲得した。
125cc, 250cc, 500cc
[編集]1994年にアプリリアはRS125R改良のためにロッシを起用し、彼が125ccクラスでのレースのペースを学ぶ機会を与えた。ロータックス製エンジンを搭載したアプリリアでイタリア選手権を戦い、翌1995年はヨーロッパおよびイタリア選手権を戦った。この年はイタリア選手権のタイトルを獲得し、ヨーロッパ選手権ではランキング3位となっている。
1996年、イタリア選手権チャンピオンとしてロードレース世界選手権125ccクラスにデビューする。シーズンでは5戦でリタイアし何度かクラッシュしたが、それにもかかわらず8月のチェコGPで初優勝を遂げる。ロッシはシーズンをランキング9位で終えた。この頃は当時125ccクラスを席巻していた日本人ライダーら(青木治親・坂田和人・上田昇など)に親しく接し、現役チャンピオンだった青木はロッシによくアドバイスを与えていたという(後に青木は「あんなに強くなるんなら教えるんじゃなかった」といった旨のコメントをしている)。翌1997年には15戦中11勝を挙げてシーズンを支配、自身初のチャンピオンに輝いた。
1998年、250ccクラスにステップアップ。この年のアプリリアはロッシと原田哲也、ロリス・カピロッシを擁してシーズンを支配した。ロッシは同じアプリリアの先輩である原田とカピロッシが展開するチャンピオン争いに割って入り、カピロッシに23ポイント差のランキング2位となる。原田とカピロッシの抜けた翌1999年は5度のポールポジション、9勝を挙げてホンダの宇川徹を下し、チャンピオンを獲得した。
翌2000年、ロッシはホンダに移籍し、最高峰の500ccクラスにステップアップする。ホンダは実質ワークス格のチーム、ナストロ・アズーロ・ホンダを結成し、前年までマイケル・ドゥーハンのチーフエンジニアであり、GP界で数々のチャンピオンを生み出したジェレミー・バージェスを起用するという、500ccルーキーとしては破格の待遇でロッシを迎えた。500cc参戦初年度のこの年、ロッシは最新型ホンダNSR500を駆り大いに注目を集めたが、シーズン序盤は転倒が目立った。シーズンが進むにつれ安定感が現れ、中盤のイギリスGPで初優勝する。この年はまた、マックス・ビアッジと対峙した最初の年でもあった。ロッシはビアッジに対して9戦で順位が上回ったが、優勝はイギリスとブラジルでの2勝で、4勝を挙げたケニー・ロバーツ・ジュニアに次いでランキング2位を獲得した。また、日本メーカーであるホンダに移籍したことから、出場を望んでいた鈴鹿8耐にも参戦した。コーリン・エドワーズとのペアで挑んだがリタイアに終わった。
500cc2年目の2001年、11勝を挙げて最高峰クラスでの初のタイトルを獲得、3クラス制覇の偉業を成し遂げた。プライベートチームでのチャンピオンは1989年のエディ・ローソン以来12年ぶり。2023年現在彼が最後である。ポイントは325ポイントと、2位のビアッジに106ポイント差をつけての圧勝であった。開幕戦日本GP(鈴鹿)ではホンダのWGP通算500勝目を記録している。鈴鹿8耐にはこの年も参戦、VTR1000SPWでエドワーズ、鎌田学と組んで挑み、スーパーバイクでの経験は不足していたにもかかわらず、イタリア人ライダーとして初の優勝を果たした。
MotoGP
[編集]ホンダ時代 (2002-2003)
[編集]- 2002
MotoGP初年度の2002年は2ストローク500ccの参加も認められてはいたが、実際は4ストローク990ccのMotoGPマシンによってタイトルが争われたシーズンであり、500ccのマシンは本質的には時代遅れなものとなっていた。ライダー達は新型マシンを用いることで初期問題に苦しめられたが、この年、ロッシはワークスのレプソル・ホンダに加入し、新たに投入した4ストロークマシン、RC211Vを駆った。ウェットレースとなった開幕戦の鈴鹿ではワイルドカード出場の地元ライダー達を打ち負かして優勝。シーズン前半9戦の内8勝を挙げ、結局11勝を挙げる。ロッシは4戦を残してリオデジャネイロで2度目のタイトルを確定した。このシーズン、完走できなかったのは第10戦ブルノのみである。
- 2003
2003年もロッシは9度のポールポジション、9勝を挙げて第14戦のマレーシアでタイトルを確定した。この年はスズキからセテ・ジベルナウが同じホンダ(サテライトチーム)に移籍し最大のライバルとなった。かつてレプソル・ホンダに所属していたこともあるジベルナウは何度かロッシを打ち負かしたが、ロッシはチェコGPで0.042秒差で競り勝っている。フィリップ・アイランドで開催されたオーストラリアGPで、ロッシはドゥカティのトロイ・ベイリスのクラッシュで黄旗が提示されている間に追い越しを行ったため10秒のペナルティが与えられたが、結局はそのペナルティを相殺し2位に15秒の差を付けて優勝した。最終戦のバレンシアGPでは特別塗装で出場し優勝したが、これがホンダにおける最後の勝利となった。
ロッシがシーズンを圧倒的な成績で優位に進めていく内に、その成功の原因は彼の実力では無く、RC211Vの性能に依るのではないかという懐疑論が出始め、ロッシ自身はこの懐疑論に対して大きな不満を抱えることになる。その疑念を払拭するためドゥカティに移籍するのでは無いかという噂が広まり、ドゥカティ自身も彼らのデスモセディチに乗せようとロッシへのオファーを試みたが、様々な理由からロッシがこの申し出を受けずに終わっている。2005年に出版された自叙伝「バレンティーノ・ロッシ自叙伝 What If I'd Never Tried It?」でロッシはドゥカティでは無くヤマハを移籍先として選んだ理由として、ドゥカティ・コルセの考え方は彼がホンダから逃れようとしていた物と同様であったからと語っている。結局ロッシは2年間で1200万USドルという契約をヤマハとの間に結んだ。ロッシは最終戦バレンシアGPで2004年からのヤマハへの移籍を発表した。
ヤマハ時代 (2004-2010)
[編集]- 2004
ロッシが移籍した段階で、ヤマハはMotoGPクラスで通算2勝しか挙げていなかった。ヤマハも過去2年間で培った技術を元に新開発エンジンを投入し、またホンダ時代にロッシのエンジニアを務めたバージェスをホンダから引き抜いた。ウィンターテストの段階から2004年型ヤマハ・YZR-M1は戦闘力を大幅に上げていた。
それまでシーズン開幕戦は伝統的に鈴鹿で行われてきたが、前年に発生した加藤大治郎の死亡事故も影響し、2004年は南アフリカが開幕戦となった。ロッシは予選でポールポジションを獲得、決勝でもホンダのエース格であったビアッジとの激しい優勝争いを展開。激闘の末、見事ロッシは移籍初戦を優勝で飾り、ウィニングラップで感動のあまり号泣しマシンにキスをした(自叙伝では「メットの中で大笑いしていたのさ!」と語っている)。この勝利で彼は異なったメーカーのマシンで連勝した唯一のライダーとなった。次戦のヘレスでは4位となり、23戦連続表彰台の記録が途切れた。第7戦ブラジルではリタイアしたが、その後もロッシはホンダ時代と変わらない強さを見せる。シーズンはジベルナウとのタイトル争いとなり、終盤のフィリップ・アイランドでは0.097秒差でジベルナウに競り勝った。ロッシはシーズン9勝を挙げ304ポイントでタイトルを獲得、優勝請負人としての仕事を果たしてみせた。
この年のヤマハはロッシの他にカルロス・チェカ、阿部典史、マルコ・メランドリの3人のライダーにも同年式のYZR-M1を与えたが、優勝経験のあるチェカ、阿部も含め、ロッシ以外には誰も勝利を挙げることがなかった。
- 2005
2005年もウェットレースとなった上海、ル・マン、ドニントンの3戦を含む11勝を挙げ、ロッシは7度目の世界タイトルを獲得、これで2001年から続く最高峰クラス連覇を「5」とし、1994年から1998年にかけて500ccクラスを5連覇したマイケル・ドゥーハンの記録に並んだ。この年完走できなかったのはもてぎのみで、残る16戦は全て表彰台に上り、367ポイントを獲得した。
- 2006
2006年はこの記録を「6」に伸ばすべく同じくヤマハで戦ったが、開幕戦スペインGPでスタート直後に後続車に追突されるというアクシデントを皮切りに例年にない苦しいシーズン運びを強いられる。シーズン前半はトラブルに見舞われ、その中には上海やル・マンでの機械トラブルも含まれた。しかしながら、ロッシはカタール、イタリア、カタルニアで勝利を挙げた。ホンダのニッキー・ヘイデンはシーズンの大半でポイントリードしたが、ロッシのポイントは遅々として進まなかった。第16戦第16戦ポルトガルGPでヘイデンがリタイアし、ようやくランキングトップに躍り出たものの、続く最終戦バレンシアGPで転倒。ヘイデンがタイトルを獲得しロッシはランキング2位、6年連続チャンピオン獲得とはならなかった。
- 2007
2007年はMotoGPのマシンレギュレーションが変更となり、排気量が800ccに引き下げられエンジン出力が低下した。そのため前年までのマシンに求められた有り余るパワーのコントロールよりも、コーナリングスピードを高め限られたパワーを使い切るスタイルが求められるようになった。このようなスタイルは比較的250ccクラスのそれに似ており、2004年・2005年と250ccクラスを連覇したダニ・ペドロサがロッシの強力なライバルとして予想されていた。開幕戦カタールではペドロサと同じく250cc出身でMotoGPクラス2年目のケーシー・ストーナー(ドゥカティ)が勝利し、ロッシは2戦目のスペインで優勝、その後も3戦 - アッセン、エストリル、ムジェロ - で勝利した。一方のストーナーは開幕戦も含めて10勝を挙げ、圧倒的な強さで選手権をリードした。ストーナーは2位のダニ・ペドロサに125ポイント差を付けてタイトルを獲得した。ペドロサは最終戦のバレンシアで勝利し、ロッシはこのレースでリタイアしたため、ランキング3位でシーズンを終えた。これは1996年の125cc以来、最も低い順位となった。
- 2008
2008年は前年にストーナーが独走する大きな要因のひとつとなったブリヂストンタイヤを自身のマシンに採用し、タイヤによるハンディの回復に努めた。序盤はチームメイトで250ccクラスからステップアップしたばかりの新人ホルヘ・ロレンソの驚異的パフォーマンスが話題となる中、ブリヂストンタイヤに慣れる時間を要したのか少々出遅れた感もあった。開幕戦カタールでは5位に終わったものの、第4戦上海でシーズン初勝利を挙げると続く2戦も勝利した。それ以降は第9戦のアッセンを除いて全戦で表彰台に上り、シーズン終盤には5連勝を記録。計9勝で3年ぶりとなるチャンピオンに返り咲いた。ラグナ・セカ(コークスクリューでストーナーにパスされたものの[10][11][12]、その後挽回して勝利)と、雨で短縮されたインディアナポリスでの勝利は、ロッシが現在のサーキットではどのようなコースでも勝利できることを証明した。もてぎでの勝利は同コースにおけるMotoGPマシンの初の勝利であり、ホンダのホームコースにおけるヤマハ製マシンの初勝利でもあった。
- 2009
2009年シーズン、ロッシは6勝を挙げ、2位に入ったチームメイトのホルヘ・ロレンソに45ポイント差で9度目のタイトルを獲得した。 序盤は2戦をともに2位で終え、第3戦スペインでシーズン初優勝を記録した。しかし第4戦ルマンではクラス唯一の転倒を喫し、得意にしていた第5戦ムジェロでウェットコンディションによるフラッグtoフラッグの影響もあり3位になるなど若干低迷した。ムジェロで勝利を逃したのは2001年以来のことであった。しかし、そこからは一気に巻き返し2009年ダッチTTではGP100勝目を挙げる。ロッシはGPで100勝を達成した2人目のライダーとなった[13]。第10戦ドニントンで一度転倒して5位、第12戦インディアナポリスでは転倒リタイヤとなるが、年間通して安定した成績を残していたため大事にならず[14]、ウェットコンディションとなった第16戦のセパンで1戦を残してタイトルを決める。シーズン6勝というのはロッシがタイトルを獲得したシーズンの中で最少の勝利数であった。
シーズン中最も劇的な勝利はバルセロナでの勝利で、2位のロレンソに0.095秒差であった。次いで僅差のレースはドイツGPで、このときは0.099秒差であった。
2009年6月8日、ロッシは有名なマン島TTコースで、伝説的存在のライダーであるジャコモ・アゴスチーニと共にエキシビション走行を行った。この周回は「神のラップ」と呼ばれた[15]。この走行は悪天候のため予定より48時間遅れで行われた。彼はまた、2009年のマン島TTレースの表彰式で、表彰台に上ったジョン・マクギネス、スティーヴ・プラッター、ガイ・マーティンに花輪を送った[15]。
- 2010
2010年シーズンは開幕前のテストセッションの大半でトップタイムをたたき出し、開幕戦カタールGPではレース序盤でケーシー・ストーナーがクラッシュした後にシーズン1勝目を挙げた。次戦スペインGPでは3位、第3戦フランスGPではポールポジションを獲得、決勝は2位と3戦連続の表彰台を獲得した。
しかし、ホームグランプリの第4戦イタリアGPにおいてロッシは2回目のフリープラクティス、ビオンディッティ・コーナーで約120 mph (190 km/h)の速度で転倒、右の脛骨を複雑骨折した[16]。カットーリカの自宅そばの病院で外科治療を受けた後、今期絶望と診断される[17][18]。ロッシがレースを欠場するのはそのキャリアにおいて初のことであった[19]。しかしながら、イギリスGPに先だってデイリー・テレグラフ紙のスージー・ペリーはロッシがブルノでの復帰を計画していると伝えた[20]。これは1週間後にロッシ自身によって確認された[21]。7月7日、ロッシはミサノ・サーキットでスーパーバイク仕様のヤマハ・YZF-R1に乗り、脚の回復を確認した[22]。彼は2回のセッションで26ラップを走り、ベストタイムは同サーキットにおける最近のスーパーバイクの最速タイムから2秒落ちであった。セッションを終えるとロッシは不快感を訴え、それは脚と肩の痛みによる物であった[23][24]。7月12日にはブルノでもテストを行い、ロッシはよりハッピーだと語った[25]。木曜日に医師の診断を受け、ロッシは予定よりも2戦早いドイツGPで松葉杖をつきながら復帰した[26]。これは事故からわずか41日後のことであった。このレースではストーナーとの3位争いに負けて4位でフィニッシュした。続くアメリカGPでは3位表彰台に立った。本人はけがについて「サッカーをやるわけじゃない」と話した[27]。その後も勝利こそ第15戦マレーシアGPのみにとどまったが、終盤5戦はいずれも表彰台に上るなど、安定した走りでシーズン3位の成績を残した。
この年は足の他にも、4月にエイヤフィヤトラヨークトルの噴火で日本グランプリが10月に延期された後に行ったモトクロストレーニング中に右肩を負傷している。終盤2戦でチームメイトのロレンソに敗れたロッシは肩の痛みを訴えていた。負傷は当初深刻な物とは見られず、数週間で回復すると予想されたが、予想通りに回復しなかったためシーズン終了後に手術を行い、2011年は回復具合を計りつつ始動することになった。
ドゥカティ時代 (2011-2012)
[編集]- 2011
チェコGP後の2010年8月15日、7年間在籍したヤマハと袂を分かち、翌2011年から2年の契約でドゥカティに乗ることが発表された。チーフメカニックのジェレミー・バージェスを引き連れての移籍であった[28][29][30]。チームメイトはホンダ時代にも一緒だったニッキー・ヘイデン。ロッシは2010年11月9日にバレンシア・サーキットで初めてドゥカティ・デスモセディチをテストした[31]。1999年以来のイタリア製バイクであった[32]。前シーズンの肩の傷は、マレーシアでのシーズン前テストに備えるためオフに手術を行った[33]。ドゥカティは最初のテストから2回目のマレーシアテストまでにマシンを改善できず[34]、ケーシー・ストーナーのホンダから1.8秒以上後れを取り、ロッシにとっては不満であった[35]。
開幕戦カタールGPは7位に終わり、ウェットレースとなった第2戦スペインGPでは2位争い中に転倒、ケーシー・ストーナーを巻き込んでリタイヤに追いやるミスを犯すが[36][37]、自身は5位でレースを終えた。続くポルトガルGPも5位に終わるが、第4戦フランスGPでは移籍後初となる3位表彰台を獲得する。これはダニ・ペドロサとマルコ・シモンチェリが接触、ペドロサはリタイアしシモンチェリはライドスルーのペナルティを受けたための結果であった。これ以降はトップ争いには絡めない状況が続き、第7戦ダッチTTからは翌2012年シーズン用の1000ccプロトタイプマシン(デスモセディチGP12)に従来の800ccエンジンを積んだニューマシン「GP11.1」を投入したが[38]、事態が大きく好転することはなかった。完走はするものの表彰台に上ることはできず、第15戦日本GPではホルヘ・ロレンソ、ベン・スピーズと接触しシーズン初のリタイアを喫した。この接触でロッシは指を骨折した[39]。続く第16戦オーストラリアでもレース中盤にクラッシュしてリタイアした。第17戦マレーシアでは予選を9位で通過した物の、決勝では2周目に転倒したマルコ・シモンチェリがコーリン・エドワーズのマシンに激突、その後を走っていたロッシもシモンチェリの頭部に衝突した。シモンチェリはこの事故による負傷で死亡し[40]、レースはキャンセルとなった。最終戦のバレンシアGPでもロッシは転倒したアルバロ・バウティスタに巻き込まれ、ヘイデン、ランディ・ド・プニエと共にリタイアする[41]。
結局ロッシはGPデビュー以来初めて優勝のないシーズンとなり、年間ランキングも最高峰クラス自己最低の7位に沈んだ。
- 2012
2012年シーズンも開幕戦カタールGPで10位、第2戦スペインGPで9位、第3戦ポルトガルGPで7位と、スローペースで始まったが、レインコンデションの第4戦フランスGPで2位に入る。レース序盤はテック3のアンドレア・ドヴィツィオーゾ、カル・クラッチローと3位を争ったが、両名ともトラブルから脱落し、ロッシが表彰台を獲得した。第6戦イギリスGPでは最初のフリープラクティスで最速タイムを記録したが、決勝では9位に終わった。その後も状況は好転しないままであったが、8月に2013年は古巣のヤマハへ復帰することを発表する。第13戦サンマリノGPでも2位に入ったものの、結局この2位2回がドゥカティでの最高位となり、2年間勝利を挙げられないままドゥカティを去ることになった。
ヤマハ復帰 (2013-2021)
[編集]- 2013
2012年8月10日、ロッシは2012年シーズンをもってドゥカティを離れることを発表した[42]。同日午後には翌シーズンから2014年シーズンまでヤマハファクトリー・チームに再び加入し、ホルヘ・ロレンソとペアを組むことが発表された[43]。
2012年11月13日、14日にバレンシア・サーキットで行われたテストで、ロッシは再びYZR-M1に乗る。しかしながら、雨のために正確なラップタイムを計ることはできなかった。2013年2月5日から7日にかけてセパンで行われたテストでは、2013年型のマシンが用意された。ここで彼は28名のライダー中3位の2:00.542を記録し、これはペースセッターのダニ・ペドロサから0.442秒、チームメイトのホルヘ・ロレンソから0.113秒差のタイムであった。
開幕戦カタールGPでは2位に入るが、続くアメリカズGPでは6位、スペインGPでは4位となった。第4戦フランスGPではクラッシュしたがコースに復帰し、12位となる。ホームグランプリのムジェロではアルバロ・バウティスタと接触してリタイアとなった。第6戦スペインGPでは4位となった。2013年6月29日に行われた第7戦ダッチTTでロッシは2年ぶりに優勝する。続く2戦で連続して3位表彰台に上る。その後も4位が6回3位が2回と安定した成績を残し、237ポイントを獲得してランキング4位となった。ロッシはシーズンを通してカル・クラッチロー、ステファン・ブラドル、アルバロ・バウティスタらとセカンドグループで争った。
- 2014
2013年シーズンが終わると、ロッシはチーフエンジニアのジェレミー・バージェスとの長きにわたった関係を解消することを発表した。バージェスの後任として、マルコ・メランドリのスーパーバイク世界選手権チームのクルーであったシルヴァーノ・ガルバセラが起用された[44]。
シーズンは開幕戦カタールGPで2位に入り、好スタートを切った。レースはマルク・マルケスとの激しい争いが繰り広げられた。第4戦スペインGP、第5戦フランスGPでも2位に入る。2014年6月1日、ロッシはホームグランプリのムジェロでGP参戦300戦目を達成した[45]。第13戦サンマリノでロッシはシーズン初勝利を挙げる。この勝利はシーズン初のホンダ車以外による勝利であった[46]。この勝利で彼はまた通算5000ポイントを達成した[47]。続くアラゴンGPでは予選6位となるが、決勝では濡れた路面でスリップ、芝を走って激しくクラッシュした。ロッシはクラッシュで短時間意識を失い、アルカニスの病院でCTスキャンを受けた[48]。シーズンのリタイアはこの1回のみであった。第16戦オーストラリアGPではレースをリードしていたマルケスがリタイアし、ロッシはシーズン2勝目を挙げる。フィリップ・アイランドでロッシは2001年から2005年まで5連勝しており、この勝利は6勝目となった。最終戦のバレンシアGPでは2010年フランスGP以来のポールポジションを獲得するが、これはGPにおける自身60回目のポールポジションとなった。決勝はマルケスに次ぐ2位となり[49]、マルケスから67ポイント差の295ポイントでランキング2位となった。
- 2015
世界GP参戦20年目となる2015年は、開幕戦カタールGPでの勝利から始まった。開幕戦での勝利は2010年以来であった。ロッシはドゥカティのアンドレア・ドヴィツィオーゾの109勝目を阻止し[50]、3位にはドヴィツィオーゾのチームメイト、アンドレア・イアンノーネが入ってイタリア人ライダーが表彰台を独占した。これは2006年日本GP以来のことであった[51]。第2戦アメリカズGPではマルケス、ドヴィツィオーゾに次ぐ3位となり[52]、第3戦アルゼンチンGPでシーズン2勝目を挙げる。このレースでロッシはリアタイヤにエクストラ・ハードを選択し、同タイヤを使用して優勝した初のライダーとなった[53]。GPキャリア200戦目となった第4戦スペインGPでは3位に入って8戦連続の表彰台となる[54]。続くフランス、イタリアでも表彰台を獲得[55]、記録は継続した。
第7戦カタルーニャGPではチームメイトのロレンソが優勝、ロッシは2位となりポイント差が1と詰め寄られたが[56]、次戦ダッチTTではポールポジションを獲得、決勝ではマルケスとの長いバトルを制して3勝目を挙げ、3位に入ったロレンソとのポイント差も10へと広がった[57]。ポールトゥフィニッシュは2009年サンマリノGP以来のこととなった。第9戦のザクセンリンクでは3位に入賞しリードを広げ[58]、続くインディアナポリス[59]、チェコでも3位に入賞[60]、連続表彰台の記録も継続した。ロレンソはブルノで勝利し、その時点で勝利数でロッシを上回ってタイトル争いでもリードを取った。次戦イギリスGPはウェットレースとなり、ロッシはマルケスとトップ争いを繰り広げたが、マルケスは転倒リタイア、ロッシがシーズン4勝目を挙げて再びチャンピオン争いでもトップに立った。このレースでロレンソは4位に入賞した[61]。サンマリノGPでは5位となり連続表彰台の記録は16で途切れたが、ロレンソはリタイアしポイント差は23へと広がった[62]。第14戦アラゴンGPではロレンソが優勝、ロッシは3位に入り残り4戦で14ポイント差となる。両者が順調にポイントを積み重ねたことで、ヤマハは2010年以来のマニファクチャラーズタイトルを早々に決定した[63]。
日本GPでロッシはペドロサに次ぐ2位となる。ロレンソはポールポジションを獲得したが、タイヤの問題で3位となった[64]。続くオーストラリアGPではロレンソが2位、ロッシが4位となりポイント差は11に縮まった[65]。マレーシアでもロレンソ2位、ロッシ3位という結果でポイント差は7となったが、ロッシはマルケスとの接触でペナルティを受け最終戦バレンシアGPでは最後尾からスタートすることとなる[66]。バレンシアでロッシは最後尾から4位まで追い上げたものの、ロレンソが優勝したことで7ポイント差を逆転され、ロレンソが5ポイント差を付けてタイトルを獲得した[67]。
- 2021
2021年は長く在籍していたヤマハファクトリー・チームを離れ、ペトロナス・ヤマハ・SRTに移籍する。チームメイトは2017年Moto2チャンピオンであり自身の弟子であるフランコ・モルビデリ。この年のロッシはデビュー以来最もと言える苦戦を強いられた。その影響もあってかサマーブレイク中に引退を表明。最終戦バレンシアGPを最後にMotoGPを引退した。MotoGPレジェンドとして、殿堂入りを果たす。[68]
ライバル関係
[編集]チャンピオンを争うライバルとの関係では、初期にはマックス・ビアッジとの不仲が知られた。ビアッジとの関係は90年代半ばに始まり、2000年シーズンまで続いた。緊張関係はロッシが世界選手権を連覇したことと、ビアッジが自らへのサポート体制の構築に苦戦し始めるようになるにつれて弱まっていった。
「バレンティーノ・ロッシ自叙伝 What If I'd Never Tried It?」では、ロッシはビアッジとの対立の理由および緊張に至った事件のいくつかに関して語っている。ドキュメント映画『ファスター』にはそういったエピソードのうち、レース中にビアッジが肘でロッシを押し出したり、レース後の表彰式を待つ間に乱闘寸前になったりした模様が収められている。
2003年、2004年シーズンのライバルとなったのはセテ・ジベルナウであった。ジベルナウはサテライトチームであるチーム・グレシーニ・モビスター・ホンダのRC211Vに乗り、2005年はファクトリー仕様のRC211Vの開発も担当した。両者は当初好意的な関係にあり、ジベルナウはロッシがイビサ島の別荘で開いたパーティーに参加したりもしていた。その関係は2004年シーズンが始まると変化し、「カタール事件」で決定的な物となった。第13戦カタールGPにおいて、ロッシのチームクルーがトラクションを上げるためにレース前にスターティンググリッド上を「掃除」していたことが問題視され、ロッシは同様の行為を行っていたマックス・ビアッジと共にペナルティを受けてグリッド後方に降格させられた。この告発を行ったチームの中に、ジベルナウの所属するチーム・グレシーニが含まれていた。ロッシとチーフエンジニアのジェレミー・バージェスは、同様の行為は他チームも以前に行っていたと主張した。
以降両者は会話をすることも無くなった。ロッシはジベルナウに対して心理的圧力を加えるためにこの事件を利用した。カタールGPはジベルナウが優勝し、ロッシは転倒リタイアした。ロッシはこれに腹を立て、ジベルナウに対して「お前はもう2度とレースに勝てない」と宣告した。ロッシはこの「カタールの呪い」を否定するが[69]、この「呪い」は現実となり、ジベルナウは以後全く勝てないままキャリアを終えた。スペインやイタリアのメディアのいくつかはこの「呪い」のことを取り上げている。
この他、2005年スペインGPでロッシは最終ラップの最終コーナーで強引にジベルナウのインを突き、弾き出して優勝した。レース後は接触について謝罪せず、表彰式ではブーイングを浴びている[70]。
2007年にライバルとして現れたのはケーシー・ストーナーだった。ドゥカティに乗った若いオーストラリア人ライダーは2007年の開幕戦に優勝し、その後も勝利を積み重ねてタイトルを獲得した。ロッシとストーナーのライバル関係は2008年アメリカGPで頂点に達した。幾度となく順位を入れ替えた後、ロッシはコークスクリューでストーナーに追いついた。ロッシは大胆にも縁石よりさらにイン側のダートに外れてストーナーを追い抜き、コースに戻ったとき両者は接触した。数ラップ後、ストーナーは11コーナーでグラベルにコースアウト、どうにか復帰して2位に入ったが、ロッシが優勝した。レース後にストーナーは「僕は史上最も偉大なライダーの一人に対する敬意を失った。」とコメントした。このコメントに関して、ストーナーは次戦でロッシに謝罪した[71]。その後も2011年アメリカGPでは挑発的な言動を応酬したりもしている[72]。
2008年には期待の新星、ホルヘ・ロレンソがファクトリー・ヤマハに加入しロッシのチームメイトとなり、新たなライバル関係が生じた。ロレンソはラグナ・セカと中国で大きくクラッシュし、その年のタイトルはロッシが獲得した。2009年はバレンシア、アッセン、ザクセンリンクなどで厳しいバトルを制し、ロッシが優勝した。特に、ロレンソのホームであるカタルーニャでロッシは最終コーナーでロレンソをパスして勝利した。ロッシはこの年もタイトルを獲得したが、翌2010年は肩の怪我や第4戦ムジェロでの骨折が影響し、ロレンソがMotoGPクラスで初のタイトルを獲得した。
ニックネーム
[編集]キャリア初期からロッシは多くのニックネームを持っているが、最高峰クラスを制してからは「ザ・ドクター」が代表的なニックネームとなっている。「ザ・ドクター」を使う理由として大きく2つが挙げられるが、1つはイタリアで学位を得た際の称号である「ドクター」と、医者のようにマシンをセットアップするというのをかけているという説がある。
この他にも、若手時代、日本人GPライダー阿部典史の大ファンだったことで知られ(阿部がワイルドカード参戦した1994年日本GPの走りを見て憧れたという)、阿部への尊敬から自らにろっしふみ(ロッシ+のりふみ)というニックネームを付けたほどだった。また、阿部のニックネーム「ノリック」にならい、Valentinic(バレンティニック)と書いたロゴをマシンに貼ったこともある。それ故2007年10月阿部の交通事故死に対し、ロッシは大きなショックを受け、直後に行われたオーストラリアGPで「ノリックは僕のアイドル。唯一サインを求めたライダーだ」と阿部への追悼コメントを述べ、決勝には喪章を付けて臨んだ。
また、もう一人のアイドルはWRCドライバーのコリン・マクレーで、この年相次いで二人のアイドルを失ったロッシは「2007年はよくない年だ」と語った。
ロッシはGPデビュー以来一貫して"46"のゼッケンナンバーを使い続けている。この番号は父グラツィアーノが現役時代の1979年に優勝した3戦で使用していた番号である。MotoGPでは前年のチャンピオンに「1」を付ける権利があり、それを用いるのが一般的であるが、バリー・シーンがタイトルを獲った翌年も初めて同じゼッケン(#7)を使用したように、ロッシもチャンピオンになった翌年も「46」を使っている。チャンピオンを獲得した翌年は革スーツの肩にNo.1を貼り付けている。ロッシと父親のつながりは深く、2007年には親子でヤマハのCMに出演した。
ヘルメットには友人グループの愛称「チワワ族 The Tribe of the Chihuahua」がペイントされ、革スーツには「WLF」の文字が縫い付けられるが、これは「Viva La Figa」の略である。「W」は「ViVa」の2つの「V」を意味する。ロッシは蛍光イエローが好みの色であり、スーツのデザインによく取り入れているが、このことから解説者のトビー・ムーディやジュリアン・ライダーは最近ロッシを「蛍光ペン Highlighter Pen」と呼ぶようになった。
かつてチームメイトであったコーリン・エドワーズや、何人かのテレビジャーナリストは「the GOAT」(史上最も素晴らしい、Greatest Of All Time)とも呼ぶ[73]。
四輪競技での活躍
[編集]F1
[編集]シーズンオフの2006年1月31日、2月1日、2日にバレンシアで行われたフェラーリのF1テストに参加し、2007年からF1に転向するという噂が流れた。1日目は濡れた路面でスピン、コースアウトしてグラベルトラップに捕まった。2日目は15名中9位のタイムを記録し、ミハエル・シューマッハから約1秒遅れのタイムであった。シューマッハ自身は全体ではトップから3番目のタイムであり、ロッシはマーク・ウェバー、デビッド・クルサード、ヤルノ・トゥルーリよりも速かった[74]。テストの最終日にシューマッハのベストタイムから0.5秒遅れのタイムをたたき出した[75]。シューマッハはロッシの才能を称え、F1に転向してもすぐに競争力を発揮できると語った。
2006年5月、自身のモーターバイクへの仕事が「終わった」と感じるまでMotoGPに留まると発表した。フェラーリのシューマッハはそれを聞いて「悲しい」と感じたと語ったが、その決定を支持した。
2007年にもフェラーリでのテストや、何回かのラリー出場からF1やWRCへの転向が取りざたされた[76]が、ロッシはMotoGPに留まることを決心した。「僕は2008年までヤマハとの契約を持っている。」とロッシは語った。「それが終了したとき、僕たちは見るだろう。僕が確信しているのは、31歳か32歳になるまでは乗り続けるだろうということだ。僕は次の2~3シーズン以内に新しい刺激を探すつもりだが、当分は完全にモチベーションを保っているよ[77]。」ロッシはヤマハと2010年までの新たな2年契約にサインした[78]。
しかしながら、2010年1月21日、22日に古いフェラーリのF1をテストする間に[79]、フェラーリF1のチーム代表であるステファノ・ドメニカリは、ロッシにヤマハとの契約が終わる2011年からフェラーリのサードカーを走らせるという可能性を語った[80][81]。ジョン・サーティース以来となる2輪・4輪ダブルチャンピオンの期待がかけられたが、2013年にF1参戦の夢が終わったことを認めた[82][83]。
ラリー
[編集]ロッシはラリーにも非常に強い関心を持ち、実際に参戦するなどその関心はF1以上である。幼い頃からの彼の英雄の一人はWRCチャンピオンのコリン・マクレーであった。伝説的ラリードライバーのマクレーはロッシにラリーカーの運転の基礎を教えた[84]。両者は2005年のモンツァ・ラリーショーで対決し、マクレーはシュコダ・ファビアWRC、ロッシはスバル・インプレッサWRCをドライブした。この対決ではロッシが勝利している[85]。ロッシが世界ラリー選手権に初めて公式に出場したのは2002年のラリー・グレートブリデンで、周囲からの大きな注目を集めてプジョー・206WRCをドライブしたが、2本目のスペシャルステージ (SS) でコースアウトと、無念の結果に終わった。
2006年10月には、その年のラリー・ニュージーランド(11月17日-19日開催)に出場することが発表された[86]。スバル・インプレッサWRC04をドライブ、絶対完走を目標にスタートし序盤はグループNより遅かったが、持ち前の適応能力を発揮して最後は39人中11位でフィニッシュした。また、同年のモンツァ・ラリーショーにはフォード・フォーカス RS WRC04で出場、2005年の勝者リナルド・カペッロを24秒差、7ステージ中5勝を挙げて打ち破った。大接戦となったファイナルでは、元WRCチャンピオンのディディエ・オリオールを7秒差で凌いだ。ロッシはその後、ショーの中で2007年のラリー・グレートブリデンへの出場を発表したが、実際には出場は取りやめられた。2007年のモンツァ・ラリーショーではロッシは再び優勝している。
彼はチャンピオン獲得後の慌ただしいスケジュールを縫って2002年と同じラリー・グレートブリデンに出場した[87]。当初はインプレッサWRC2008をドライブする予定であったが、代わりにフォード・フォーカスRS WRC07をドライブ[88]。優勝者のセバスチャン・ローブから13分20秒4遅れの12位でフィニッシュした[89]。
WRCの3度の出場時とも、カーナンバーは「46」。特に、初めてのWRC出場となった2002年は、運営上の都合により37から50までが欠番となっていた為、年間を通じて40番台を付けて出場したのはロッシのみであった。
2010年1月、ロッシはオートバイレースを引退したら、ラリーへの転向を望んでいると語った。「人間の肉体は22歳から34歳までそれほど変化しないから、僕にはまだ時間がある。僕は4輪への転向を考えている。それは多分ラリーだろうが、気楽にやると最終的に決めるだろう。… F1がより簡単であることは知っているが、MotoGPを引退する頃には僕は年を取り過ぎているだろう。[90]」と語った。
2010年3月にイタリアの外務大臣フランコ・フラッティーニは、イタリアの国際的イメージを向上させたとしてロッシに最初のWinning Italy Awardを授与した[91]。
イタリアで毎年12月に行われるモンツァ・ラリーショーにも00年代からトヨタ・カローラWRCやフィエスタWRCなどで参戦し、ティエリー・ヌービルやテーム・スニネンといったWRCのレギュラードライバーすら幾度も破り、2018年までに4連覇を含む7度もの優勝を収めている[92]。
その他
[編集]2013年、ロッシはシャーロット・モーター・スピードウェイでカイル・ブッシュがNASCARネイションワイド・シリーズで使用するストックカーのテストドライブを行った。ロッシは時速185マイルの最高速度を達成したが、これはネイションワイド・シリーズのトップ15に入る速度であった[93]。
二輪引退後
[編集]2022年、GTワールドチャレンジ・ヨーロッパ・エンデュランスカップにチーム・WRTからニコ・ミュラー等と参戦。
2022年12月、BMWが翌シーズンよりロッシとワークスドライバーとしての契約を結ぶことを発表した[94]。これにより、ロッシはチームWRT以外のBMWのモータースポーツ活動にも参加することになる。
チームオーナーとして
[編集]ロッシはスカイ・レーシングチーム・バイ VR46のオーナーである。同チームは2014年にMoto3クラスにデビュー、ライダーはロマーノ・フェナティとフランチェスコ・バグナイアが起用された。2015年シーズンバグナイアに代わってアンドレア・ミグノが起用された。
ライディングギアとデザイン
[編集]ロッシはビジュアルデザインに対する大きなこだわりを持っている。ヘルメット、ツナギやマシンにキャラクター、パロディなどの遊び心にあふれたステッカーを多数製作、貼付したり、スペシャルペイントを行っている。ヘルメットデザインの多彩さは他のライダーの及ぶところになく、毎年2~3つのデザインを1シーズンのうちに使用している。地元イタリアGPでは毎年スペシャルデザインを用意している。2001年までは地元イタリアGPでマシン自体にスペシャルカラーを施していた。デザインで最も用いられるモチーフが月と太陽であり、これはロッシ自身の二面性を表しているという。使用するヘルメットメーカーは一貫してイタリアのAGV。現在のグラフィック担当はアルド・ドルディ。2008年イタリアGPでは、自らの顔写真をヘルメット頭頂部にデザインし(ストレートなどで伏せると正面を向くようになっている、この時の顔は「ブレーキングポイントで踏ん張った時の顔」であった)特に話題を呼んだ。
パロディ、自虐ネタが好きで、2004年序盤に4位が続いて迎えた地元イタリアGPでは、ヘルメットに木のメダルをデザインし(金・銀・銅に次いで4位は木という意味で、イタリアの洒落である)、「自分には4位がお似合いだ」というメッセージを込めた(結果は優勝)。また不振が続く2006年には、シートカウルが定位置になっているブルドッグのステッカーにランキング1位のライダーと自分とのポイント差を気温差のように表示し、ポイント差が開くとマイナスの度合いが開きブルドッグが凍えていく、という皮肉なデザインを使っていた(普段のブルドッグは暑そうにしている。最大時にはブルドッグはアイスブロックで覆われていたが、その後ポイントが縮まりアイスブロックは撤去された)。
革ツナギなどのライディングウェアは、GPデビュー時から全て同じくイタリアのダイネーゼと契約している。1996年、1997年にはアルパインスターがチームのスポンサーとなったが、このときもダイネーゼのツナギを使用した。その後ヤマハに加入すると、チームはアルパインスターのシャツを採用していたが、ロッシはダイネーゼとの契約を維持した。2011年、2012年はドゥカティのファクトリー・チームに加入し、チームはプーマのシャツを採用していたが、ここでもロッシはダイネーゼとの契約を維持した。
乗車前の「儀式」
[編集]ロッシは非常に迷信深く、レース開始前、ピットから出て行く際には必ず精神統一の「儀式」を行うのは有名である。レース当日は、いつもMoto3のレースでスタートシグナルがどのくらい点灯しているかを確認し、その後、乗車前(プラクティス、予選、決勝いずれも)には必ずバイクから約2mの位置に立ち、続いてしゃがみこみ、マシンの右ステップを掴む。インタビューでは「それはただ集中して、僕のバイクと話す瞬間だ。ある場所から次に動くように[95]。」と話している。また、バイクに乗り降りする際も常に同じ動作で行っている。
ライディングスタイル
[編集]ロッシのライディングは長身・長い手足を活かした積極的な荷重コントロールによってマシンの性能を最大限引き出すのが特徴である。また、タイヤのスライド感覚にも優れ、2002年に駆ったホンダRC211Vのエンジンブレーキ(バックトルク)によるリアタイヤのスライドに他のライダーが悩まされる中、ロッシはそのスライドを積極的にコーナリングに活用し、アドバンテージを得ていた。
タイヤのスライド感覚が鋭い為、スリップダウンやハイサイドでの転倒が極端に少なく、ロッシの安定した強さの要因(=リタイア・怪我が少ない)にもなっている。特にハイサイドの処理は秀逸で、マシンから振り落とされそうになっても、一瞬早く反応して収束させてしまうライダーは稀有である。受け身も巧い為、転倒した場合にも大怪我を負いにくいという強みも併せ持つ。また、ロッシは世界選手権に125ccクラスでデビューしてからの連続出走記録を更新し続けていたが、2010年6月のイタリアGPフリー走行で右脛骨を開放骨折し、予選から欠場[16]となり、最終的に230試合連続出場という記録となった。
その一方で雨には弱く、著しく成績が下がるか転倒といったパターンも見られていた。目立つ所では2001年イタリアGP、本来得意なムジェロで最終ラップで転倒し、雨に弱いイメージの一因となっている。しかし後には雨を克服した様で、2005年の中国GPでは、雨のレースでオリビエ・ジャックを抑え優勝を飾っている。
レーススタイルとしては典型的な「差し馬」型で、トップを走るライダーの後にぴったり付き、ラスト2~3周でスパート・優勝というパターンがホンダ時代には多く見られた。ヤマハに移籍してからは、マシンの違いから他の勝ち方も見られるが大きくは変わってはいない。予選一発の速さには他のライダーには負ける事があっても、予選4番手以降(フロントローが取れなくとも)から気付けばトップというレース展開は定番である。
2009年のドイツGPで最多表彰台記録に並び、一発の速さもある、ロングディスタンスの速さもあると、まさしく絶対王者としての地位を確立させている。
近年、ブレーキング時にコーナー内側の足をステップからわざと外すスタイルが流行している。これに対しロッシは「バイク上で更に前輪へ荷重がかかるように感じるから」としているが、データロガーの回収情報では何も差が無く、速くなってもいない事も認めている[96]。
今まで125cc、250cc、500cc、鈴鹿8時間耐久レースと、チャンピオンを獲る、若しくはビッグレースで勝つというのは全て2年目で達成している。一つだけの例外がMotoGPクラスでのチャンピオンで、これだけは1年目に達成している。しかしMotoGPが800ccになった際には、やはり2年目で達成している為、1年を通しマシンを育てていき、2年目で結果を出すというのが本人のスタイルの様である。
私生活
[編集]タヴッリアの実家を出た後、彼はミラノに移り住んだ。ホンダとの契約期間にはロンドンに居住していた。この期間にイビサ島の別荘を購入している[97]。課税に関する裁判が始まった後はイタリアに戻り、家族の近くに暮らしていた。実践的なカトリック教徒である[98]。
年収
[編集]2005年の推定年収は33億円。2006年収入はスポーツ紙スポルトによるとスポーツ界ランキング7位(約35億円)で、サッカー選手のロナウジーニョ(8位)や野球選手のデレク・ジーター(10位)より上だった。スポーツ・イラストレイテッド誌によると、2007年には約39億円(3400万ドル)を稼いでいる[99]。2009年にフォーブス誌は、世界で高収入のアスリートランキングで、2008年に約36億円(3500万ドル)の収入があったロッシを9位とした[100]。
脱税疑惑
[編集]2007年にイタリアの税務当局は、ロッシが海外収入の扱いを巡って脱税疑惑で調査されていたと発表した。当局によると、2000年から2004年の収入1億1200万ユーロが申告されていなかったとする。当時ロッシはロンドンに居住し、イギリスで個人マネージメント会社を設立した。ロッシ側は税率の低いイギリスで納税すれば良かったと考えたが、イタリアの税務当局は当時のロッシの居住地であるロンドンの住所は虚偽であり、事実上の生活拠点はイタリアにあるとした[101][102]。ロッシは「ロンドンに居住しているが、住所は定められない。」とコメントした。ロッシには約6,000万ユーロ(約64億2千万円)の脱税容疑がかけられたが、2008年2月に課税問題について税務当局と解決したと発表し、3500万ユーロを支払った。
その他の趣味
[編集]可能な限り自らの私生活を世間の目から遠ざけようとしている。しかしながら、サッカーへの興味は隠そうとせず、好きなチームはイタリア1部リーグ・セリエAのインテル・ミラノである。国内代表が優勝した2006年ワールドカップドイツ大会直後の開催だったドイツGPで優勝。その表彰式にて、ワールドカップ決勝戦でジネディーヌ・ジダンから頭突きを受けたマルコ・マテラッツィの代表ユニフォームを着て表彰台に上がった。ユニフォームはマテラッツィに優勝を祝福する連絡をした所、本人からそのお礼に送られたものだった。また、2009年に9度目の世界タイトルを勝ち取った後、インテルは公式ホームページでロッシのタイトル獲得を祝福した[103]。2015年アルゼンチンGPで優勝した際、ディエゴ・マラドーナのレプリカユニフォームを着て表彰台に上った。マラドーナはフェイスブックで優勝を祝福した。
性格
[編集]イタリア人らしく非常に陽気な性格で知られる。ファンサービス精神にあふれており、ウィニングラップではウィリー、バーンアウトを積極的に行ったり、後述のイベントなどで観客を楽しませる。
しかしレースに対する姿勢は非常にプロフェッショナルであり、テストを積極的にこなしマシン開発に尽力する。また自らのミスで成績が芳しくない時などは無口で厳しい表情を見せるが、自身、同郷と言うことで応援していたマッシミリアーノ・ビアッジの、上手くいかない際はマシンのせい、スタッフのせいというあまりの態度に辟易した過去もあり、リタイアの原因がマシントラブルにあったとしても、公の場でスタッフを責める発言は口にしない。また勝利の際は必ずチームとスタッフに謝意を述べる。こうした性格のギャップもロッシの魅力の一つである。
その他
[編集]- 大のタバコ嫌いとして有名で、以前、タバコ会社がスポンサーを務めるチームからのオファーを蹴って比較的ギャラの低いレプソル・ホンダに所属していた。ただし、ヤマハ移籍後2年間は、ゴロワーズ、キャメルとタバコ会社がスポンサーを務めるチームに所属していた。
- 個人スポンサーとしてイタリアのビールブランドであるナストロ・アズーロがついていた。ナストロ・アズーロは、500cc時代まではロッシの所属チームのメインスポンサーを務めていた。
- 世界中を転戦するMotoGPであるが、彼のファンクラブは熱心に全てのレースに帯同し、ロッシが勝つとウィニングラップにコースに出てきてロッシと喜びを分かち合う。チャンピオン獲得など記念すべきレースでは何らかのイベントを用意している場合が多い。
- イタリア国内でも勿論人気は高く、様々な番組にて彼は登場、または取り扱われているが、ロッシの特徴的な癖の一つである股間を触る行為をイタリアのコメディアンに頻繁に真似されている。
- 01年に行われたインタビューで、アプリリアと契約していた時代から、プライベートのバイクとしてホンダのバイクを所有していたと発言している。プライベートのバイクとして、01年当時はホンダ・VTR1000 SP-1とホンダ・CBR600Fを所有していた。[104]
- エナジードリンクのモンスターエナジーには彼とコラボしたものがあり、日本では2017年に数量限定で販売された[105]。
戦績
[編集]ロードレース世界選手権
[編集]シーズン別
[編集]年 | クラス | 車両 | チーム | 出走回数 | 優勝回数 | 表彰台 | PP | FL | ポイント | ランキング | タイトル |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1996年 | 125cc | アプリリア・RS125R | スクーデリア AGV アプリリア | 15 | 1 | 2 | 1 | 2 | 111 | 9位 | 0 |
1997年 | 125cc | アプリリア・RS125R | ナストロ・アズーロ アプリリア | 15 | 11 | 13 | 4 | 7 | 321 | 1位 | 1 |
1998年 | 250cc | アプリリア・RS250 | ナストロ・アズーロ アプリリア | 14 | 5 | 9 | 0 | 3 | 201 | 2位 | 0 |
1999年 | 250cc | アプリリア・RS250 | ナストロ・アズーロ アプリリア | 16 | 9 | 12 | 5 | 8 | 309 | 1位 | 1 |
2000年 | 500cc | ホンダ・NSR500 | ナストロ・アズーロ ホンダ | 16 | 2 | 10 | 0 | 5 | 209 | 2位 | 0 |
2001年 | 500cc | ホンダ・NSR500 | ナストロ・アズーロ ホンダ | 16 | 11 | 13 | 4 | 10 | 325 | 1位 | 1 |
2002年 | MotoGP | ホンダ・RC211V | レプソル・ホンダ・チーム | 16 | 11 | 15 | 7 | 9 | 355 | 1位 | 1 |
2003年 | MotoGP | ホンダ・RC211V | レプソル・ホンダ | 16 | 9 | 16 | 9 | 12 | 357 | 1位 | 1 |
2004年 | MotoGP | ヤマハ・YZR-M1 | ゴロワーズ・フォルトゥナ・ヤマハ | 16 | 9 | 11 | 5 | 3 | 304 | 1位 | 1 |
2005年 | MotoGP | ヤマハ・YZR-M1 | ゴロワーズ・ヤマハ・チーム[N 1] | 17 | 11 | 16 | 5 | 6 | 367 | 1位 | 1 |
2006年 | MotoGP | ヤマハ・YZR-M1 | キャメル・ヤマハ・チーム | 17 | 5 | 10 | 5 | 4 | 247 | 2位 | 0 |
2007年 | MotoGP | ヤマハ・YZR-M1 | フィアット・ヤマハ・チーム | 18 | 4 | 8 | 4 | 3 | 241 | 3位 | 0 |
2008年 | MotoGP | ヤマハ・YZR-M1 | フィアット・ヤマハ・チーム | 18 | 9 | 16 | 2 | 5 | 373 | 1位 | 1 |
2009年 | MotoGP | ヤマハ・YZR-M1 | フィアット・ヤマハ・チーム | 17 | 6 | 13 | 7 | 6 | 306 | 1位 | 1 |
2010年 | MotoGP | ヤマハ・YZR-M1 | フィアット・ヤマハ・チーム | 14 | 2 | 10 | 1 | 2 | 233 | 3位 | 0 |
2011年 | MotoGP | ドゥカティ・デスモセディチ GP11 | ドゥカティ・チーム | 17 | 0 | 1 | 0 | 1 | 139 | 7位 | 0 |
2012年 | MotoGP | ドゥカティ・デスモセディチ GP12 | ドゥカティ・チーム | 18 | 0 | 2 | 0 | 1 | 163 | 6位 | 0 |
2013年 | MotoGP | ヤマハ・YZR-M1 | ヤマハ・ファクトリー・レーシング | 18 | 1 | 6 | 0 | 1 | 237 | 4位 | 0 |
2014年 | MotoGP | ヤマハ・YZR-M1 | モビスター・ヤマハ MotoGP | 18 | 2 | 13 | 1 | 1 | 295 | 2位 | 0 |
2015年 | MotoGP | ヤマハ・YZR-M1 | モビスター・ヤマハ MotoGP | 18 | 4 | 15 | 1 | 4 | 325 | 2位 | 0 |
2016年 | MotoGP | ヤマハ・YZR-M1 | モビスター・ヤマハ MotoGP | 18 | 2 | 10 | 3 | 2 | 249 | 2位 | – |
2017年 | MotoGP | ヤマハ・YZR-M1 | モビスター・ヤマハ MotoGP | 17 | 1 | 6 | 0 | 0 | 208 | 5位 | – |
2018年 | MotoGP | ヤマハ・YZR-M1 | モビスター・ヤマハ MotoGP | 18 | 0 | 5 | 1 | 0 | 198 | 3位 | – |
2019年 | MotoGP | ヤマハ・YZR-M1 | モンスター・ヤマハ MotoGP | 19 | 0 | 2 | 0 | 1 | 174 | 7位 | – |
2020年 | MotoGP | ヤマハ・YZR-M1 | モンスター・ヤマハ MotoGP | 12 | 0 | 1 | 0 | 0 | 66 | 15位 | – |
2021年 | MotoGP | ヤマハ・YZR-M1 | ペトロナス・ヤマハ・SRT | 20 | 0 | 0 | 0 | 0 | 44 | 18位 | – |
合計 | 432 | 115 | 235 | 65 | 96 | 6357 | 9 |
クラス別
[編集]クラス | シーズン | デビュー戦 | 初表彰台 | 初勝利 | 出走数 | 勝利数 | 表彰台数 | PP | FL | ポイント | タイトル |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
125 cc | 1996-1997 | 1996年マレーシア | 1996年オーストリア | 1996年チェコ | 30 | 12 | 15 | 5 | 9 | 432 | 1 |
250 cc | 1998-1999 | 1998年日本 | 1998年スペイン | 1998年オランダ | 30 | 14 | 21 | 5 | 11 | 510 | 1 |
500 cc | 2000-2001 | 2000年南アフリカ | 2000年スペイン | 2000年イギリス | 32 | 13 | 23 | 4 | 15 | 534 | 1 |
MotoGP | 2002- 2021 | 2002年日本 | 2002年日本 | 2002年日本 | 333 | 76 | 176 | 51 | 61 | 4881 | 6 |
合計 | 1996 - 現在 | 430 | 115 | 235 | 65 | 96 | 6357 | 9 |
レース別
[編集](凡例)(太字はポールポジション、斜体はファステストラップ)
- シーズン進行途中
鈴鹿8時間耐久ロードレース
[編集]開催年 | バイク | チーム | パートナー | 総合順位 |
---|---|---|---|---|
2000年 | ホンダ・VTR1000 SPW | カストロール・ホンダ | コーリン・エドワーズ | リタイア |
2001年 | チーム・キャビン・ホンダ | コーリン・エドワーズ | 1位 |
記録
[編集]2020年シーズン終了時点で以下の記録を保持している:[106][107][108][109]
記録 | 回数 |
---|---|
全クラスでの記録 | |
表彰台回数 | 235 |
ポールポジション獲得数 | 61 |
総獲得ポイント | 6,313 |
連続出走回数 | 230 (1996年マレーシアGP-2010年フランスGP) |
連続した優勝経験年 | 15 (1996年-2010年) |
タイトル獲得排気量クラス | 5 (125cc, 250cc, 500cc, 800cc, 990cc) |
優勝期間最長のグランプリライダー | 1996年チェコGP (18 August 1996; 125cc) to 2015年イギリスGP (30 August 2015; MotoGP) | 19年 + 12日
ムジェロでの最多勝利(イタリアGP) | 9 (1997, 1999, 2002-2008) |
ムジェロでの連勝(イタリアGP) | 7 (2002-2008) |
カタルーニャでの最多勝利 | 10 (1997-1999, 2001-2002, 2004-2006, 2009, 2016) |
エストリルでの最多勝利 | 5 (2001-2004, 2007) |
フィリップ・アイランドでの最多勝利 | 8 (1998-1999, 2001-2005, 2014) |
ウェルコムでの最多勝利 | 3 (1999, 2001, 2004) |
ヘレスでの最多勝利 | 9 (1997, 1999, 2001-2003, 2005, 2007, 2009, 2016) |
セパンでの最多勝利 | 6 (2001, 2003-2004, 2006, 2008, 2010) |
ドニントン・パークでの最多勝利 | 7 (1997, 1999-2002, 2004-2005) |
リオでの最多勝利 | 6 (1997, 1999, 2000-2003) |
アプリリアでの勝利 | 26 |
500cc/MotoGP 記録 | |
優勝回数 | 89 |
2位回数 | 61 |
表彰台回数 | 199 |
出走回数 | 370 |
アッセンでの最多勝利 | 8 (2002, 2004, 2005, 2007, 2009, 2013, 2015, 2017) |
ブルノでの最多勝利 | 5 (2001, 2003, 2005, 2008-2009) |
上海での最多勝利 | 2 (2005, 2008) |
シーズン最多表彰台回数[N 2] | 16 (2003年, 2005年, 2008年) |
シーズン最多ファステストラップ回数[N 3] | 12 (2003年) |
連続表彰台回数 | 23 (2002年ポルトガルGP-2004年南アフリカGP) |
連続出走回数 | 170 (2000年南アフリカGP-2010年フランスGP) |
ヤマハでのタイトル | 4 (2004年-2005年, 2008年-2009年) |
異なったコンストラクターでの連続タイトル獲得[N 4] | 2 (2003年-2004年) |
異なったコンストラクターでの連勝 | 2 (2003年バレンシアGP-2004年南アフリカGP) |
ヤマハでの勝利数 | 56 |
ヤマハでのシーズン最多勝利数 | 11 (2005年) |
ヤマハでの連勝 | 5 (2005年中国GP-2005年ダッチTT, 2008年アメリカGP-2008年日本GP) |
タイトル獲得経験のあるマシン | 4 (500cc ホンダ, 990cc ホンダ, 990cc ヤマハ, 800cc ヤマハ) |
エンジン排気量別でのタイトル | 3 (500cc, 800cc, 990cc) |
エンジン機構別でのタイトル[N 5] | 2 (2ストローク, 4ストローク) |
勝利経験のあるエンジン排気量 | 4 (500cc, 800cc, 990cc, 1000cc) |
125cc 記録 | |
シーズン最多勝利 | 11 (1997年) |
世界ラリー選手権
[編集]年 | 使用車両 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 順位 | ポイント |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2002年 | プジョー・206 WRC | MON | SWE | FRA | ESP | CYP | ARG | GRE | KEN | FIN | GER | ITA | NZL | AUS | GBR Ret |
NC | 0 | ||
2006年 | スバル・インプレッサ WRC04 | MON | SWE | MEX | ESP | FRA | ARG | ITA | GRE | GER | FIN | JPN | CYP | TUR | AUS | NZL 11 |
GBR | NC | 0 |
2008年 | フォード・フォーカスRS WRC 07 | MON | SWE | MEX | ARG | JOR | ITA | GRE | TUR | FIN | GER | NZL | ESP | FRA | JPN | GBR 12 |
NC | 0 |
ブランパン耐久シリーズ
[編集]年 | チーム | 使用車両 | クラス | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 順位 | ポイント |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2012年 (英語版) |
ケッセル・レーシング | フェラーリ・458イタリア GT3 | Pro-Am | MON 18 |
SIL | LEC | SPA | NÜR 19 |
NAV | NC | 0 |
GTワールドチャレンジ・ヨーロッパ・エンデュランスカップ
[編集]年 | チーム | 使用車両 | クラス | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 順位 | ポイント |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2022年 (英語版) |
モンスター・VR46・チームWRT | アウディ・R8 LMS EvoⅡ | Pro | IMO 17 |
LEC 5 |
SPA 17 |
HOC 5 |
CAT 6 |
16位 | 30 |
2023年 (英語版) |
BMW M・チームWRT | BMW・M4 GT3 | Pro | MNZ Ret |
LEC 8 |
SPA 6 |
NÜR 49† |
CAT Ret |
15位 | 13 |
2024年 (英語版) |
チームWRT | Pro | LEC 4 |
SPA 24 |
NÜR |
MNZ |
JED |
9位 | 12 |
GTワールドチャレンジ・ヨーロッパ・スプリントカップ
[編集]年 | チーム | 使用車両 | クラス | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 順位 | ポイント |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2022年 (英語版) |
モンスター・VR46・チームWRT | アウディ・R8 LMS EvoⅡ | Pro | BRH 1 13 |
BRH 2 8 |
MAG 1 15 |
MAG 2 11 |
ZAN 1 14 |
ZAN 2 16 |
MIS 1 Ret |
MIS 2 5 |
VAL 1 11 |
VAL 2 Ret |
16位 | 8 |
2023年 (英語版) |
BMW M・チームWRT | BMW・M4 GT3 | Pro | BRH 1 14 |
BRH 2 2 |
MIS 1 8 |
MIS 2 1 |
HOC 1 8 |
HOC 2 7 |
VAL 1 8 |
VAL 2 Ret |
ZAN 1 3 |
ZAN 2 7 |
5位 | 50 |
2024年 (英語版) |
チームWRT | Pro | BRH 1 15 |
BRH 2 25† |
MIS 1 1 |
MIS 2 3 |
HOC 1 |
HOC 2 |
MAG 1 |
MAG 2 |
CAT 1 |
CAT 2 |
5位* | 27* |
24時間GTシリーズ
[編集]年 | チーム | 使用車両 | クラス | 1 | 2 | 3 | 順位 | ポイント |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2022-23年 (英語版) |
KFC・VR46・ウィズ・チームWRT | BMW・M4 GT3 | Pro | KUW | DUB 3 |
ABU | NC | 0 |
インターコンチネンタルGTチャレンジ
[編集]年 | チーム | 使用車両 | クラス | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 順位 | ポイント |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2023年 (英語版) |
チームWRT・46 | BMW・M4 GT3 | Pro | BAT 6 |
KYA | SPA 6 |
IND | GUL | 13位 | 38 |
BMW M・チームWRT | BAT | KYA | SPA | IND | GUL 2 | |||||
2024年 (英語版) |
チームWRT | Pro | BAT 4 |
NUR | SPA 9 |
IND | 19位* | 14* |
ル・マン・カップ
[編集]年 | チーム | 使用車両 | クラス | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 順位 | ポイント |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2023年 (英語版) |
チーム・WRT | BMW・M4 GT3 | GT3 | CAT | LMS 1 13 |
LMS 2 1 |
LEC | ARA | SPA | ALG | NC | 0 |
FIA 世界耐久選手権
[編集]年 | チーム | 使用車両 | クラス | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 順位 | ポイント |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2024年 | チーム・WRT | BMW・M4 LMGT3 | LMGT3 | QAT 4 |
IMO 2 |
SPA Ret |
LMS Ret |
SÃO 5 |
COA NC |
FUJ 3 |
BHR 14 |
5位 | 61 |
ガルフ12時間レース
[編集]ガルフ12時間レース 結果 | ||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
年 | チーム | コ・ドライバー | 使用車両 | クラス | サーキット | 周回数 | 総合順位 | クラス順位 |
2019年 (英語版) |
モンスターエナジー・VR46・ケッセル・レーシング | ルカ・マリーニ アレッシオ・サルッチ |
フェラーリ・488 GT3 | Pro-Am | ヤス・マリーナ | 316 | 3位 | 3位 |
2020年 (英語版) |
モンスターエナジー・VR46・ケッセル・レーシング | ルカ・マリーニ アレッシオ・サルッチ |
フェラーリ・488 GT3 | Pro-Am | サヒール | 339 | 4位 | 3位 |
2023年 (英語版) |
BMW M・チームWRT | ニック・イェロリー ドリス・ヴァントール |
BMW・M4 GT3 | Pro | ヤス・マリーナ | 348 | 2位 | 2位 |
スパ24時間レース
[編集]スパ24時間レース 結果 | |||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
年 | チーム | コ・ドライバー | 使用車両 | クラス | 周回数 | 総合順位 | クラス順位 |
2022年 (英語版) |
モンスター・VR46・ウィズ・チームWRT | ニコ・ミュラー フレデリック・ヴェルビッシュ |
アウディ・R8 LMS Evo II | Pro | 531 | 17位 | 14位 |
2023年 (英語版) |
チーム・WRT | アウグスト・ファルフス マキシム・マルタン |
BMW・M4 GT3 | Pro | 537 | 6位 | 6位 |
2024年 (英語版) |
チーム・WRT | ラファエル・マルチェッロ マキシム・マルタン |
BMW・M4 GT3 | Pro | 475 | 24位 | 13位 |
ル・マン24時間レース
[編集]ル・マン24時間レース 結果 | |||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
年 | チーム | コ・ドライバー | 使用車両 | クラス | 周回数 | 総合順位 | クラス順位 |
2024年 (英語版) |
チーム・WRT | アーマド・アル・ハーティ マキシム・マルタン |
BMW・M4 LM GT3 | LMGT3 | 109 | DNF | DNF |
関連項目
[編集]脚注
[編集]- ^ タバコ広告に関する規制のため、アメリカGPおよびバレンシアGPではヤマハ・ファクトリー・レーシングの名称を使用した。
- ^ ホルヘ・ロレンソ、ケーシー・ストーナー、マルク・マルケスと共通。
- ^ マルク・マルケスと共通。
- ^ エディ・ローソンと共通。
- ^ ジャコモ・アゴスチーニと共通。
参照
[編集]- ^ Macaskill, Sandy (6 July 2009). “Top 20 sports stars of all time: how does Roger Federer compare to other greats?”. The Daily Telegraph (Telegraph Media Group) 3 May 2015閲覧。
- ^ Smith, Ivan. “100 Greatest Sports Stars Ever”. IvanSmith.co.uk. WordPress. 3 May 2015閲覧。
- ^ “史上最強のライダー「バレンティーノ・ロッシ」の愛機を組み立てるマガジンが創刊!レーシングバイク「YAMAHA YZR-M1」の1/4モデルをその手に!!”. 電ホビ. (2019年2月11日) 2019年4月2日閲覧。
- ^ “バレンティーノ・ロッシ引退会見「難しい決断だけど自分が望んだこと」MotoGP26年のキャリアに終止符”. オートスポーツWeb. 三栄書房 (2021年8月6日). 2021年8月23日閲覧。
- ^ “Valentino Rossi”. MotoGP. 1 September 2008閲覧。
- ^ a b “MotoGP - Valentino Rossi”. Yamaha Racing (1979年2月16日). 2013年7月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年3月1日閲覧。
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- ^ Birt, Matthew (21 July 2008). “Casey Stoner upset with aggressive Valentino Rossi”. Motorcycle News (Bauer Media Group) 12 April 2010閲覧。
- ^ “Rossi edges Stoner at Laguna Seca”. Motorcycle.com (Verticalscope Inc.). (21 July 2008) 12 April 2010閲覧。
- ^ “Rossi earns 100th career victory”. BBC Sport (BBC). (28 June 2009) 29 June 2009閲覧。
- ^ 特にドニントンは2位ロレンソが転倒リタイヤ、3位ストーナーはレインタイヤを履くギャンブルに失敗し14位で、逆にポイント差を離す展開になっていた
- ^ a b “Rossi falls in love with Isle of Man”. Belfast Telegraph (9 June 2009). 9 June 2009閲覧。
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参考文献
[編集]- ロッシ, バレンティーノ; エンリコ・ボルギ. バレンティーノ・ロッシ自叙伝(日本版) Valentino Rossi - The Autobiography: What if I had never tried it. 西村章(翻訳). ウィック・ビジュアル・ビューロウ. ISBN 978-4900843509
外部リンク
[編集]- 公式ウェブサイト
- @ValeYellow46 バレンティーノ・ロッシ公式ツイッター
- fanclubvalentinorossi.com バレンティーノ・ロッシ オフィシャルファンクラブ
- MotoGP.com Rider Profile
- WRC career results
先代 ケーシー・ストーナー |
MotoGPクラス世界チャンピオン 2008-2009 |
次代 ホルヘ・ロレンソ |
先代 ケニー・ロバーツ・ジュニア |
500cc/MotoGPクラス世界チャンピオン 2001 (500cc), 2002-2005 (MotoGP) |
次代 ニッキー・ヘイデン |
先代 ロリス・カピロッシ |
250ccクラス世界チャンピオン 1999 |
次代 オリビエ・ジャック |
先代 青木治親 |
125ccクラス世界チャンピオン 1997 |
次代 坂田和人 |
先代 イヴァン・クレモニーニ |
125ccイタリア選手権チャンピオン 1995 |
次代 イゴール・アントネッリ |
先代 加藤大治郎 宇川徹 |
鈴鹿8時間耐久ロードレース 優勝者 2001 同職: コーリン・エドワーズ |
次代 加藤大治郎 コーリン・エドワーズ |
先代 ドメニコ・フィオラバンティ フィリッポ・マグニーニ |
イタリアのスポーツマン・オブ・ジ・イヤー 2001-2003 2008-2009 |
次代 ステファノ・バルディーニ ジュリアーノ・ラッツォーリ |