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花柳壽輔 (2代目)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

二代目 花柳 壽輔(にだいめ はなやぎ じゅすけ、新字体:寿輔1893年明治26年)10月3日 - 1970年昭和45年)1月22日)は、大正から昭和にかけて活躍した舞踊家。日本舞踊 花柳流の二世家元。本名は花柳 芳三郎(はなやぎ よしさぶろう)。

初代花柳壽輔と「とめ」という女性との間に晩年の一粒種として東京に生まれる[1]。はじめ六代目尾上菊五郎に入門し、尾上菊太郎(おのえ きくたろう)を名乗って歌舞伎役者になるが、父の死去後廃業し、大正7年(1918年)に二代目花柳壽輔を襲名、二世家元を継承する。その後は花柳舞踊研究会を興して新舞踊運動を先導した。1957年日本芸術院賞を受賞[2]。昭和35年(1960年)人間国宝。昭和38年(1963年)花柳壽輔の名跡を長女・若葉に譲り、自身は花柳 壽應(はなやぎ じゅおう、新字体:寿応)を名乗った。

四代目花柳芳次郎二代目花柳壽樂花柳宗岳花柳寿南海初代花柳寿美など多くの優秀な人材を育成した。

著書

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  • 『寿輔芸談』実業之日本社 1957
  • 『民謡 おどりとげき』小沢不二夫共著 邦芸社 1960

関連書籍

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  • 『二世花柳寿輔』編者:三代目花柳寿輔 沙田 1972
  • 三代花柳寿輔『柳緑花紅』善本社 1977
  • 三代花柳寿輔『花わけ衣 二代目花柳寿輔二十三回忌を迎えて』私家版、1992

脚注

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  1. ^ 花柳流花柳会・設立経緯 花柳 寿々司郎、平成27年6月11日
  2. ^ 『朝日新聞』1957年2月28日(東京本社発行)朝刊、11頁。

外部リンク

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