中野孝次
中野 孝次(なかの こうじ、1925年(大正14年)1月1日 - 2004年(平成16年)7月16日)は、日本の小説家、ドイツ文学者、評論家。元國學院大學教授。
東大独文科卒。近代化と自己を冷静に分析したエッセイ『ブリューゲルへの旅』(1976年)、自伝小説『麦熟るる日に』(1978年)、愛犬の思い出を綴った『ハラスのいた日々』(1987年)で認められ幅広く活躍する。ほかに『清貧の思想』(1992年)など。
人物
[編集]千葉県市川市の大工の子として生まれ、独学で旧制高校に進み、第二次大戦出兵を経て、東京大学独文科を卒業[1]。1952年から28年間、国学院大学で教鞭を執る傍ら、フランツ・カフカ、ギュンター・グラスなど現代ドイツ文学の翻訳紹介に努めた[1]。1966年に1年間滞欧ののち、日本の中世文学に傾倒、1972年に初の著作『実朝考』を刊行、1976年には洋画との出会いをもとに半生を検証したエッセイ『ブリューゲルへの旅』で独自の世界を確立した[1]。その後も自伝的小説『麦熟るる日に』、愛犬の回想記『ハラスのいた日々』、凛然と生きる文人を描いた『清貧の思想』など多彩な執筆活動を続けた[1]。
『清貧の思想』、愛犬ハラス(柴犬)との日々を描いた『ハラスのいた日々』はベストセラーとなり、後者はテレビドラマ・映画化されている。『暢気眼鏡』の尾崎一雄を慕い、碁や焼き物も愛好した。
政治的には平和主義者であり、反核アピールでは井上靖、井上ひさし、大江健三郎と行動を共にし、大岡昇平に対しては弟子格の関係にあった。
囲碁を趣味として、趙治勲との対談本を刊行、『日本の芽衣随筆 別科 囲碁』の編纂を行った。また、中野の提唱により、囲碁棋戦中野杯U20選手権(20歳以下の棋士及び推薦の院生が戦う)が開催された。
略歴
[編集]- 1925年:千葉県市川市須和田出身。父は大工を職としていた。「職人の子に教育は不要」との父親の考えから旧制中学に進学できなかったが、1日14時間の猛勉強で専検に合格して旧制中学卒業資格を取得し、旧制第五高等学校(現熊本大学)に入学。
- 1950年:東京大学文学部独文科卒業、会社員となる。
- 1952年:國學院大學非常勤講師
- 1953年:同専任講師
- 1964年:同文学部
- 1972年:初の著書『実朝考』を刊行
- 1976年:日本エッセイスト・クラブ賞受賞(『ブリューゲルへの旅』)
- 1977年:初の小説「鳥屋の日々」を発表、芥川賞候補となる。
- 1978年:「雪ふる年よ」で芥川賞候補。『麦熟るる日に』を刊行。
- 1979年:平林たい子文学賞受賞(『麦熟るる日に』)
- 1981年:國學院大學を辞職
- 1982年:国際ペン大会東京大会に向けて「文学者の反核声明」の中心人物となる。
- 1988年:新田次郎文学賞受賞(『ハラスのいた日々』)
- 2000年:芸術選奨文部大臣賞受賞(『暗殺者』)
- 2004年:日本芸術院賞・恩賜賞を受賞する。同年に死去した。79歳没。墓所は須坂市浄運寺。
著書
[編集]- 『実朝考 ホモ・レリギオーズスの文学』(河出書房新社) 1972、のち講談社文芸文庫
- 『絶対零度の文学 大岡昇平論』(集英社) 1976
- 『ブリューゲルへの旅』(河出書房新社) 1976、のち文庫
- 『我等が生けるけふの日』(小沢書店) 1978
- 『麦熟るる日に』(河出書房新社) 1978、のち文庫
- 『若き木下尚江』(筑摩書房) 1979
- 『文学への希望』(朝日選書) 1979
- 『うちなる山々』(東京新聞出版局) 1979、のち改題『山に遊ぶ心』
- 『花下遊楽』(弥生書房) 1980
- 『苦い夏』(河出書房新社) 1980、のち文庫
- 『季節の終り』(講談社) 1980
- 『神々の谷 インド・ガンゴトリ紀行』(河出書房新社) 1981
- 『一方通行路』(小沢書店) 1981
- 『南チロルの夏』(集英社) 1982
- 『人生を闘う顔』(新潮社) 1982、のち岩波同時代ライブラリー
- 『西行の花 中世紀行』(淡交社) 1982
- 『近代日本詩人選 20 金子光晴』(筑摩書房) 1983
- 『対談小説作法』(文藝春秋) 1983
- 『古典を読む 今昔物語集』(岩波書店) 1983、のち同時代ライブラリー
- 『中世を生きる』(講談社) 1983
- 『自分らしく生きる』(講談社現代新書) 1983
- 『わが体験的教育論』(岩波新書) 1985
- 『はみだした明日』(文藝春秋) 1985
- 『生のなかば』(講談社) 1986
- 『ある中国残留孤児の場合』(河出書房新社) 1987
- 『ハラスのいた日々』(文藝春秋) 1987、のち文庫
- 『人生を励ます言葉』(講談社現代新書) 1988、のち『人生を励ます黄金の言葉』(講談社+α文庫)
- 『夜の電話』(文藝春秋) 1988
- 『自分らしく人間らしく』(海竜社) 1989、のち『自分らしく生きる 人間らしく生きる』(講談社+α文庫)
- 『生きたしるし エッセイ集』(文藝春秋) 1990、のち文庫
- 『ひとり遊び』(朝日新聞社) 1990、のち文庫
- 『今を深く生きるために』(海竜社) 1990、のち改題『自分が生きる時間』(三笠書房、知的生きかた文庫)
- 『リラの僧院 共生を求めての旅』(文藝春秋) 1992、のち改題『思索の旅・発見の旅』(岩波同時代ライブラリー)
- 『本阿弥行状記』(河出書房新社) 1992、のち中公文庫
- 『清貧の思想』(草思社) 1992、のち文春文庫
- 『碧落に遊ぶ』(弥生書房) 1992
- 『プロメテウスの盗んだ火』(マガジンハウス) 1992
- 『生きて今あるということ』(海竜社) 1993
- 『本物の生き方 人間の真実の生とは何か』(海竜社) 1994
- 『贅沢なる人生』(文藝春秋) 1994、のち文庫
- 『生きることと読むことと 「自己発見」の読書案内』(講談社現代新書) 1994
- 『ぼくと兄の日章旗 兄から学んだこと』(ポプラ社、新・のびのび人生論) 1995
- 『人生のこみち』(文藝春秋) 1995、のち文庫
- 『良寛の呼ぶ声』(春秋社) 1995、のち改題『良寛にまなぶ「無い」のゆたかさ』(小学館文庫)
- 『生きること老いること』(海竜社) 1996
- 『五十年目の日章旗』(文藝春秋) 1996、のち文庫
- 『わが少年記』(弥生書房) 1996
- 『光るカンナ屑 職人かたぎ譚』(小学館) 1996
- 『日本の美徳 恥を知るということ』(光文社) 1996
- 『ハラスよ!! ありがとう』(ポプラ社) 1997
- 『現代人の作法』(岩波新書) 1997
- 『良寛に会う旅』(春秋社) 1997
- 『老年の愉しみ』(海竜社) 1997、のち文春文庫
- 『私の生活作法』(文藝春秋) 1997
- 『我慢の思想』(潮出版社、潮ライブラリー) 1997
- 『西洋の見える港町横浜』(草思社) 1997
- 『まっすぐ生きる』(春秋社) 1998
- 『生き方の美学』(文春新書) 1998
- 『論語の智慧50章』(潮出版社、潮ライブラリー) 1998
- 『存命のよろこび 古典にいまを読む』(角川書店) 1998
- 『なにを遺せますか』(日本経済新聞社) 1999、のち文庫
- 『趣味に生きる愉しみ 老年の過ごし方』(光文社) 1999、のち知恵の森文庫
- 『人生の実りの言葉』(偕成社) 1999、のち文春文庫
- 『暗殺者』(岩波書店) 1999
- 『犬のいる暮し』(岩波書店) 1999、のち文春文庫
- 『よく生きることは人間の仕事である』(海竜社) 1999
- 『老年を幸福に生きる』(青春出版社) 1999
- 『ヒエロニムス・ボス「悦楽の園」を追われて』(小学館) 1999
- 『道元断章 『正法眼蔵』と現代』(岩波書店) 2000
- 『乱世を勁く生きる 中国古典の知恵』(日本経済新聞社) 2000、のち文庫
- 『幸福になるための作法45』(ポプラ社) 2000、のち光文社知恵の森文庫
- 『風の良寛』(集英社) 2000、のち文春文庫
- 『美しい老年のために』(海竜社) 2000、のち文春文庫
- 『わたしの唐詩選』(作品社) 2000、のち文春文庫
- 『自分を活かす “気” の思想 幸田露伴『努力論』に学ぶ』(集英社新書) 2001
- 『自分の顔を持つ人になる』(海竜社) 2001
- 「中野孝次作品」1 - 10(作品社) 2001 - 2002
- 『老いのこみち』(文藝春秋) 2001、のち改題文庫化『今ここに』
- 『中野孝次 生きる知恵』(日本放送出版協会、NHKシリーズ) 2001
- 『幸福の原理 「無い」ことのゆたかさを見つめ直す15章』(大和書房) 2001
- 『自足して生きる喜び 本当に幸福になるための二十三章』(朝日新聞社) 2002、のち改題文庫化『足るを知る』
- 『良寛 心のうた』(講談社+α新書) 2002
- 『死を考える』(青春出版社) 2002
- 『幸せな老年のために 「今ココニ」充実して生きる』(海竜社) 2002
- 『いまを生きる知恵』(岩波書店) 2002
- 『中野孝次の論語』(海竜社) 2003
- 『すらすら読める方丈記』(講談社) 2003
- 『「閑」のある生き方』(新潮社) 2003、のち文庫
- 『ローマの哲人セネカの言葉』(岩波書店) 2003、のち講談社学術文庫 2020
- 『中野孝次の生きる言葉』(海竜社) 2003
- 『すらすら読める徒然草』(講談社) 2004
- 『五十歳からの生き方』(海竜社) 2004
- 『セネカ 現代人への手紙』(岩波書店) 2004
- 『良寛に生きて死す』(考古堂書店) 2005
- 『芸亭の桜 随筆抄』(神奈川文学振興会) 2005
- 『ガン日記 二〇〇四年二月八日ヨリ三月十八日入院マデ』(文藝春秋) 2006
共著
[編集]- 『盤に臨んで燃える 囲碁講義 趙治勲対談』(朝日出版社、Lecture books) 1985
- 『ブナの木の下で語ろう 鼎談21世紀をいかに生きるか』(井出孫六, 高田宏、信濃毎日新聞社) 1998
- 『犬は東に日は西に』(如月小春, 黒鉄ヒロシ、清流出版) 1999
翻訳
[編集]- 『城』(フランツ・カフカ、辻瑆, 萩原芳昭共訳、新潮社) 1953
- 『ぼくではない』(マックス・フリッシュ、新潮社) 1959、のち改題『ぼくはシュティラーではない』(白水社)
- 『性の世界史』(モールス、高橋義孝, 生松敬三共訳、新潮社) 1960
- 『百合』(ルイーゼ・リンザー、共訳、南江堂) 1961
- 『現代文学』(ワルター・イェンス、高本研一共訳、紀伊国屋書店) 1961
- 『アテネに死す』(マックス・フリッシュ、白水社) 1963、のち改題『ホモ・ファーベル』
- 『悪魔の美酒 金の壷』(マドモワゼル・ド・スキュデリー, ホフマン、河出書房新社、世界文学全集) 1965
- 『弟』(ノサック、集英社) 1965
- 『わが名はガンテンバイン』(フリッシュ、三修社、ドイツの文学) 1966
- 『鏡のなかへの墜落』(フリッシュ、三修社、ドイツの名作) 1969
- 『犬の年』(ギュンター・グラス、集英社) 1969
- 『若き日のカフカ』(クラウス・ヴァーゲンバッハ、高辻知義共訳、竹内書店) 1969、のちちくま学芸文庫 1995
- 『わかってるわ』(ハンス・ノサック、河出書房新社) 1970
- 『盗まれたメロディー』(ハンス・エーリヒ・ノサック、白水社) 1974
- 『メディア論のための積木箱』(ハンス・マグヌス・エンツェンスベルガー、大久保健治共訳、河出書房新社) 1975
- 『審判』(新潮社、カフカ全集5) 1981、のち新潮文庫 1992
- 『贅沢の思想』(C・G・クロコフ、作品社) 1994
編纂
[編集]- 『日本の名随筆 別巻1 囲碁』(作品社) 1991
- 『日本の名随筆 別巻11 囲碁2』(作品社) 19921
- 『清貧の生きかた』(筑摩書房) 1993、のち文庫
- 『大岡昇平の仕事』(岩波書店) 1997
その他
[編集]脚注
[編集]- ^ a b c d 企画展「中野孝次展-今ここに生きる」神奈川近代美術館、2006年(平成18年)6月10日