伊藤五百亀
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伊藤 五百亀(いとう いおき、男性、1918年5月11日 - 1992年3月4日)は、日本の彫刻家。
来歴・人物
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1918年、愛媛県新居郡大保木村(現、西条市黒瀬)にて出生。17歳の時、雑誌に掲載されていた帝展(現、日展)作品の彫刻を見て感動、彫刻家を志し、上京して多摩帝国美術学校に入学。中途退学するも、その後も吉田三郎に師事し、本格的な創作活動を行った。
1942年、第5回文部省美術展覧会に出品した「立像」が入選、翌年の文部省美術展では「鍬の戦士」が特選となる。
終戦後、五百亀は帰郷し、彫刻活動を断念した。しかし、当時の大保木村村長・伊藤一らが後援会を組織し、五百亀を励ました。五百亀は再び上京し、制作活動を再開。1954年、1955年の日展でも連続特選を受け再起を果たした。
その後、日展審査員、日展評議員を歴任し、1974年の日展で文部大臣賞を受賞、1982年には日本芸術院賞を受賞した。[1]。
1991年、西条市功労賞を受賞。
代表作品
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- 渚
- とこしえに(鹿児島県南九州市知覧特攻平和会館)
- 十河信二胸像(鉄道歴史パーク in SAIJO)
- 高山彦九郎皇居望拝之像
- 加藤恒忠胸像
- うたかたの譜
- 伊曽乃神社神門前狛犬
- 鍵谷カナ像
- 井上正夫像
- 子規座像(子規記念博物館)
- 柳原極堂像
- 安倍能成像(愛媛県立松山東高等学校)
五百亀記念館
[編集]彫刻家伊藤五百亀の顕彰施設であり、五百亀の作品や制作に使用した道具を展示する。2013年8月1日に五百亀の出身地である愛媛県西条市に開館した[2]。
記念館は愛媛県立西条高等学校に近接し、近傍には西条市立西条郷土博物館、愛媛民藝館が所在する。
所在地:愛媛県西条市明屋敷238番地2
脚注
[編集][脚注の使い方]
- ^ 『朝日新聞』1982年3月3日(東京本社発行)朝刊、22頁。
- ^ 西条市社会教育課 (2013年8月2日). “愛媛県西条市-五百亀記念館がオープンしました”. 西条市. 2013年11月17日閲覧。
関連項目
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外部リンク
[編集]- 西条市内公共施設 伊藤五百亀氏作品 - 西条市
- 五百亀記念館 - 西条市
日本芸術院賞受賞者 | |||||||||||||||||
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太字は恩賜賞受賞者。名跡は受賞時のもの。表記揺れによる混乱を避けるため漢字は便宜上すべて新字体に統一した。 |
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